L'art de croire             竹下節子ブログ

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サイトの管理人さんのこと

 先日亡くなった私のサイトの管理人さんについて、彼女と知り合うきっかけになった共通のお友達が掲示板にコメントを入れてくれました。

http://8925.teacup.com/babarder/bbs?

 私はこのブログには詳しいことを書くのは控えたのですが、そのような事情でした。
 「闘病」と「生活の質」との兼ね合い、折り合いは難しいものがあります。

 それは生と死との折り合いかもしれません。

 健康意識が強迫的になりがちな今、「一病息災」教のように各種の数値管理をしている人たちもいます。
 もっと具体的な「闘病」の毎日を送っている人もいます。
 ジョギングしたりスポーツジムで筋トレに励む人はそれなりの充実感があっていいですが、各種の療法や服薬の副作用で苦しむ人もたくさんいます。合併症などの恐怖も判断力を狂わせますが、薬品による治療の副作用としての倦怠感も確実に生活の質を蝕みます。

 生と死の折り合いって、ひょっとして、体と心の折り合いなのでしょうか・・・・
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by mariastella | 2010-02-25 18:37 | 雑感

正五度コンサート

 2月20日に、Théatre du Ranelagh に、ハイチ地震支援のチャリティ・コンサートに行って来た。ロンチボー・コンクールの過去の優勝者であるStéphane Tran Ngocが仲間のヴァイオリニスト、ヴィオラ、チェロ、総勢20人で、弦楽器だけのコンサートをしたのだ。デュオや、バッハの2台のヴァイオリンのコンチェルトや、Niels Gade の Octuor à cordes など。最後のは、もとは8人用だが、20人でやるのでなかなかの迫力。

 非常に興味深かった。

 ヴァイオリンは下から、ソ、レ、ラ、ミの五度間隔の調弦で、ヴィオラは上のミを捨てて下にドを加えてドレソラの五度。チェロはヴィオラと全く同じで、1オクターブ低い。
 この3種の組み合わせだから、まさに五度が安定していて、非常に気分がいい。弦のこういう組み合わせ以外にここまでぴったりくるのは、ピアノ伴奏のない合唱くらいだ。後、私たちの正五度ギターが近い。この頃耳がそれに慣れているので、本当にしっくりくる。
 普通のギターは、下から ミラレソシミ になっている。 四度と三度の組み合わせ。すでに開放弦だけでも調弦するのが難しい。四度は逆五度だから、もう少しぴったりきてもいいのだが、結局、平均律でごまかすしかない。

 最近読んだ音楽書には、人間の声や、擦る弦楽器は女性楽器と言われて、自分で音程を作るしかない、平均律の楽器なんかは男性楽器といわれ、音程を変えられない、とあった。で、音程を変えられない型にはまった楽器で演奏を比べる方が、逆にそこをぬって現れる演奏者の個性が分るのだそうだ。なるほどなあと思った。ものはいいようだ。

 もう一つ、あらためて驚いたこと。薄々感じてたんだけど、どこかで誰かが書いてるのは読んだことがない。
 それは、ヴァイオリニストやヴィオラ奏者や管楽器奏者は、本質的に歌い手であり、立って演奏するのが基本だということだ。
 このラネラグ劇場は小ぶりで、20人が出てくると、座る場所はなく、3人のチェリストをのぞいて、全員立ったままで弾く。コンチェルトでソリストは前に出てくるが、基本的にはみな起立だ。

 こうすると、弓の振り上げ方とか、まさに戦士の踊りのようである。

 立って演奏するのと座るのと、違いが出てくるかというと、明らかに出てくると思う。

 チェロやギターやピアノは座って演奏するしかない。
 チェロやギターは、騎馬戦みたいな感じだ。馬の上に乗って弓を射るとか、あるいは砲兵みたいな感じ。
 ピアニストやオルガニストは、戦車や巨大ロボットの中で操作している感じ。

 でも、管楽器や、小ぶりの弦楽器や、歌い手は、手に刀を持ったり、あるいは素手で戦う戦士みたいなものである。

 私は、自宅で椅子に座って練習する歌手やヴァイオリニストやフルート奏者を知らない。あり得ないと思う。
 自分に関して言えば、いつも立っている。
 非常に疲れ果てた時に練習しとこうと思って、座ったことが一度だけある。
 あと、室内楽を始めた時に、座って弾くのが居心地悪くて、上手く腕が動かない気がして、また音量も出ない気がして、座って練習してみたことがある。

 しかし、基本的に、ソロの曲を練習する時は、立っている。

 歌い手もそうだと思う。

 ただし、歌うのは、ピアノやギターの弾き語りというのもあり、そういう時は当然座ってるし、風呂桶に浸かりながら声をはりあげる人もいるし、赤ちゃんのベッドの横に座って子守唄を歌う人もいるだろう。
 オペラなどで、瀕死のヒロインが、ヒーローの腕の中に崩れ折れながらほとんど横になってソプラノを朗々と歌うこともある。
 訓練した演奏者なら、どんな体勢でも、声量や音量や演奏技術に影響ないパフォーマンスができるのだろう。

 しかし・・・・

 オーケストラの弦楽器奏者は全員座らされる。コントラバスとかは別として。

 なぜ?

 長丁場で疲れるから、ではない。
 長大な交響曲でも、年配の指揮者が立ったまま指揮する。

 なぜなのか、Tran Ngoc のグループを見てて分った。

 オーケストラでソリスト以外の弦楽器や管楽器奏者が座らされるのは、犬に首輪をつけられるようなものなのだ。

 オーケストラにおいて、演奏するのは、歌うのは、音楽を創るのは、「指揮者」一人で、「座った演奏家」たちは指揮者の「楽器」なのだ。
 管楽器奏者や弦楽器奏者に座れというのは、「ここはきみが一人で歌うところでも一人で戦うところじゃないからね」と知らせるためだ。戦士じゃなく歩兵になる。

 ギターは基本的にポリフォニー楽器なので、演奏者はソリストのメンタリティがある。だから、複数で座っていても、自分を矯めるのが大変だ。しかし固定平均律楽器だから、音程と自分の間にそれなりの距離がおける。

 トリオやカルテットなどで弦楽器奏者がみな座るのは、視覚的なバランスもあるだろうが、やはり、ソロではなくて「みんなで創ろう」という心構えの現われだ。これがデュオとなると、まず、立つ。二人なら、一騎打ちしながら共に舞えるからだ。

 8重奏を20人で、3人のチェリストだけが着席という構成では、まあ、指揮者代わりのカリスマ性のあるStéphane Tran Ngocがいるからぴたりとまとまっているけれど、歩兵のマスゲームでなく戦士の行進だ。
 コーラスは、着席しない。ソリストは前に出てくるだけだ。歌は体が楽器だから、座らせることで失うものが大きすぎる? しかし、第一第二ヴァイオリン、ヴィオラや管楽器のグループを起立させれば、彼らはまたたくまに空飛ぶ小鳥になって自分の歌を歌いだすかもしれない。弓という翼があるから。
 ギターは自分の指しかない。ヴァイオリンから、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、と、楽器が大きくなるにしたがって弓はどんどん短くなる。ヴァイオリニストが長い弦を振り上げるのは音楽の一部だ。

 長年、オーケストラの一員として、座ったまま、譜面台を前に楽々と弾くことだけを続けるヴァイオリニストって、どんな心理なんだろう。もし、オーケストラのパート譜を、うちで座ってさらっているだけの日々だとしたら・・・彼はもう永久に戦士にはなれないんじゃないだろうか。

 Stéphane Tran Ngocのヴァイオリン隊はみな、はじけていた。バッハでは楽章を変えるたびに違う二人のソリストが前に進み出た。歌う喜び、が伝わってくる。演奏の身体感覚と着席起立の関係は大きく、本質的な何かを含んでいる、と実感した。ほんとうにすばらしいオーケストラでは、座っても立っている音が鳴っているのだろう。
 バロック時代のオーケストラでは、チェンバロ奏者がチェンバロの前に座りながら指揮したりした。楽器はみな不安定な「女性楽器」で、音も濁らず、ソリストの集まりのような不思議なハーモニーがある。

 みんなで何かを創る時、みんなが立つのか、みんなが座るのか、なかなか難しい問いである。
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by mariastella | 2010-02-25 00:29 | 音楽

バロック・バレーに二つの流派はあるのか?

 1月の末のコンサートの後、うちの近くの音楽院で、バロック・ダンサー二人と、「バレー付きコンサート」の検討をした。うちひとりは、6月4日にフランスで、10月29日に岡山で、11月3日に東京でごいっしょする湯浅宣子さんだ。もう一人はクリスティーヌ・ベイル(Christine Bayle)のクラスで時々私といっしょに踊っているフランス人ダンサーで、日本にもプリセツカヤやオペラ座バレー団とともに来たことのある男性ダンサーである。『王は踊る』(ジェラール・コルビオ)という映画にも出ていた。

 この二人の踊り方はかなり違う。湯浅さんはボストンでフランス流のダンサーを見たことがあるので驚かなかったがそれがなければとても驚いただろうと言っていた。概して、イギリス流の人は、フランス流が違うことを意識しているが、フランス流の人はイギリス流を意識してないという話だった。

 湯浅さんの話を聞いて驚いたのは、イギリスでのバロック・バレーのクラスの様子が限りなくクラシック・バレーのレッスン風景に似ているということだ。
 つまり、手脚や胴体の細かい形までたえず、一定の形にはめられ、矯正され、それが「正しく」達成されないと「だめ」ということだ。とにかく、できるまで繰り返し指摘される。

 クラシックではその通りで、基本的には、小さい時から何度も何度も言われるので、何年かやった人は、足やひざはほっといてもちゃんと外側に開くし、ひざを伸ばした時は、必ず、その人のマキシマムに伸びる。「良い加減」というのがなく、よりまっすぐにとか、より高くとか、より柔らかくとかいう、明らかな基準がある。私のように何十年ぶりでクラシックバレーを再開した者でも、筋肉とかを今の自分なりにぎりぎりまで使う反射が残っている。それでもバロックバレーの癖で、つま先立ちが低かったり、腕の伸びが少なかったり、足のポジションが甘かったり、跳ぶ高さが低かったり、ステップの移動距離が短かったりするので、頭と体の切り替えがけっこう大変だ。

 私は1996年にパリでバロック・バレーを始めてから、複数の教師について初級から上級クラスまでひととおりやったが、一度も、「形のための形」をしつこく注意されたことはなかった。筋肉は決してマキシマムにはならない、マキシマムに感じなくてはいけないのは、重力と、固まりとしての身体との関係を通した身体感覚の良好感であると言われた。だからこそ、私はバロックバレーと太極拳が似ていると思い、年配の人でも踊れる楽しみとして最高の可能性があると思ってきたのだ。逆に、それぞれのダンサーのその「良好感」は、形を忠実にまねても必ず得られるものではなく、何年やっても、明らかに、「形だけ」という人もいる。そうなると、昔、「テクニックが不足してるとか指の短いピアニストとかがチェンバロに転向する」という現象があって、クラシックより難易度が低いバロック曲を、平板に弾く、ということが起こったのと同じように、バロックバレーはひじもひざも曲がり、華やかなジャンプ力も回転力もない、素人にもできる何となく気取った踊り、という誤解さえ出てくる。
 その意味ではイギリス風の厳密さは、「素人には真似できない」というプロの差異化というか付加価値をもたらすが、それでは、フランスでバロック・バレーをやっている楽器演奏者や歌手なんか、半分以上はギブアップしていなくなるだろう。

 早い話、たとえば、横のステップで、体重を片脚にかけた時、フランス風では、体を足の方に傾ける。落下をおそれないできれいにおさまるこの揺れる感覚というのは、体得すると、すごく気持ちいい。ステップによっては体がこうして左右に触れるので、その落とし込みやずれ方がとてもいい感じなのだ。

 湯浅さんによると、イギリス風ではクラッシックと同じで、上体は必ずまっすぐに保たれる。フランス風のダンサーが踊りながらふりこのように揺れると見ている人から笑いが起きることさえあるそうだ。
 日本のバロックバレーはもちろんこのイギリス風が主流で、というか、それ以外は「ペケ」のようである。日本人は英語の方がアクセスが楽だからおのずと、イギリス風のレッスンで修行することになるのだろう。

 しかし、一体この差は・・・

 当時、スペインやフランスの宮廷では大体同じダンスのメソードが流通していた。その最大の権威がフイエの振り付け譜と、ピエール・ラモーによる解説書である。
 バロックバレーというのは200年くらい完全に途絶えていたから、師から弟子へと伝わったものはない。
 1970年代くらいから、Francine Lancelot 女史が本格的に研究を始めて、1980年に今や伝説的なRis et Danceries 団を立ち上げた。クリスティーヌ・ベイルはその時の創立メンバーである。当時フランシーヌは48歳、クリスティーヌは32歳だった。Marie-Geneviève Massé もその頃の同期だ。彼女らがバイブルのように読み込んだのが、ピエール・ラモーの解説書である。

 そして、ピエール・ラモーは、「体の傾きを忘れるな」とはっきり書いている。現在のバロック・バレーがこの書に基づいている限り、体の傾きや自然な落ち方や体重の受容は、正統的だといえる。

 では、なぜ、こうなったのか。

 すでに、ラモーの本は、18世紀に英訳されたが、たとえば腕の動きなどが訳されていない部分がある。完訳ではない。今でも、「当時の図像」に拠っていろいろ分析しているようだが、所詮静止画であるから、動きと身体感覚という文脈にない。

 フランシーヌもそうだったが、クリスティーヌも非常なインテリだ。研究者である。そのクリスティーヌですら、何十年もやるうちに、コントルタンの腕の下ろし方などに思い込みや思い違いが出てきたことを認めるし、一方でフランシーヌも気づかなかったことをあらたに発見したりしている。フランシーヌは2003年に亡くなった。私は共通の友人のオリヴィエ・ルー(『からくリ人形の夢』岩波書店・参照)を通して会ったことがあるがいっしょに踊ったことはないし、彼女が踊るのを見たこともない。第一私がバロック・バレーを始めたのは、Ris et Danceriesが解散した翌年のことである。(1992年からRis et Danceriesに参加していたエレーヌが偶然私のピアノの生徒の母親で、ミオンの曲に振付けてもらったことがある。)

 私が最初にバロック・バレーを習ったセシリアも、当時博士論文執筆中のインテリだった。バロック・バレーの狙うところをすごくよく教えてくれた。クリスティーヌはもっと徹底していて、フランシーヌの亡き後、ピエール・ラモーを暗記するほど読んでいるのは彼女じゃないだろうか。踊り方について、国別、時代別の変遷も研究している。

 そのクリスティーヌに、イギリス流のことをどう思うかと聞いた。

 「イギリス人ダンサーは傘を呑みこんでいる」というジョークが返ってきた。
 
 クリスティーヌは、1983年にRis et Danceriesを出て自分のカンパニーを創設したので、Ris et Danceriesで彼女の教えたダンサーは少ないし、ラモーの言葉はどんどん曲げられたり無視されたり忘れられたりしていった。フランシーヌは、なぜか、もうあまり、訂正しなくなったという。共に研究した同期のMarie-Geneviève Massé は1985年に自分のカンパニーを創設、すでに、はじめの頃のエスプリはなく、クリスティーヌとほとんどすれ違ったBéatrice Massinも、今やラモーもどきでしかない、とクリスティーヌは言う。つまり、初期のRis et Danceriesの研究成果をさらに掘り下げているのはほぼクリスティーヌ一人だけで、後はどんどん水増しされ、クラシック化(ダンサーの多くは元クラッシック・ダンサーである)され、伝言ゲームのように細部を変えつつ、みなが「マイ流派」のように家元割拠状態になっているわけである。

 この話にクリスティーヌの矜持やいくらかのルサンチマンもあるのは確かだ。彼女は、踊りと演劇と音楽と研究と守備範囲が広い。その意味でやはりスーパーウーマンだったフランシーヌと一番近いかもしれない。しかし、売込みとか根回しとかマーケティングとかには強くない。逆に彼女のもとに集まるのは彼女の解釈に納得し、その人柄に魅せられた人であるので、とても絆は強い。

 で、イギリス流の高いハードルを越えて、国際的に活躍を続ける湯浅さんだが、そんなイギリス流の彼女と私たちトリオでは多少のカルチャー・ショックがあっても不思議はないのに、これが、ないのである。
 彼女は「傘を呑みこんだイギリス人」風どころか、非常に優雅で柔軟で楽しそうな踊り方をするからだ。

 湯浅さんは私の『バロック音楽はなぜ癒すのか』(音楽之友社)を読んでコンタクトしてくれたのだが、その時に、「自分が感じていても言語化できなかったことをそっくり書いてくれている」ので感激したと言ってくれた。

 でも、イギリスでは言語化されてないというか、踊り方にも本当には反映されてないようなバロック・バレーにおける身体部分の体重の流れの意識化と気持ちよさの追求というテーマは、私がバロックバレーを習い始めてからずっと、フランスじゃ耳にタコができるくらい言語化しまくられてきたものだ。まず、エスプリありき、という感じだった。それを頭で理解して、気持ちよさの感じ、体の各部の重さの落とし方を探っていって「腑に落ちる」所に至るには、それなりの試行錯誤があるのだが、目指すところははじめから、よく分かった。一度コツをつかむと、気持ちいいので、それを楽器のレッスンにもそのまま応用できたほどだ。

 しかし、頭で分っても明らかに体は解放されてないままでいる人や、スタイルを多少バロック風に変えてもクラシックやコンテンポラリーの体をそのまま引きずっている人もたくさんいて、それはそれで、一目で分る。クリスティーヌのやり方がいかに「正し」くて気持ちいいかは、彼女の体の使い方を見ていれば一目で分るのと同じように。

 逆に、イギリスでイギリス風のかなり緻密なコントロールを要求される踊り方を習った人たちの中でも、そのまま「形」だけで仕上げる人もいれば、湯浅さんのように、ピエール・ラモーのねらっている気持ちよさに到達する人もいるわけなのだろう。日本の他のバロック・ダンサーが私の本を読んで啓発されないのは不思議だ、みたいなことを彼女は言ってくれるが、イギリス流の「家元」になっている人たちには、ひょっとして、「これなに?」の世界だったのかもしれない。そう思うと、湯浅さんがその「流派の差」を超えて、バロック音楽とバロック・バレーの身体良好性を感得したというのは稀有なことなのかもしれない。イギリス風はある意味非常に禁欲的なので、その体勢で気持ちよさや自然さを感得するのは並大抵なことではない気がする。彼女がマイムやアーリーダンスなどにも造詣が深いこととも関係しているのだろう。

 フランスのバロック・バレーは、始まりに騎士たちの「健康増進」という目的もあった。芸術性や芸能性とはややずれたところにあったのだ。宮廷中が踊ることを奨励されていた。その辺の感覚が切り離されれば、もう、それは似て非なるものになるかもしれない。
 
 クリスティーヌのカンパニーのダンサーの方は、コンテンポラリーの振り付けや演出もしているのだが、バロックのエスプリを最大限に生かしてコンテンポラリーなクリエーションをしたいと言っていた。

 どちらにしても、振り付け譜の失われたミオンのオペラ曲は、ダンサーの体に纏われることで、真によみがえる。楽しみだ。
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by mariastella | 2010-02-10 09:39 | 踊り

Le botulisme

7月の帰国時に、あるNPOに依頼されて陰謀論のリテラシーについて講義をすることになりそうだ。

 1998年に、ノストラダムスの予言についてのリテラシーについて、朝日カルチャーセンターで連続講義したのを思い出した。1999年の7の月は遠くなったが、21世紀になって、終末論は影をひそめたかというわけではなく、当時とは比較にならないほどに、インタネット世界が広がっているせいで、端末機の前で孤独に恐怖に駆られる人も飛躍的に増えるわけで、ある意味、深刻になっている。

 今度出す『無神論』にも書いたが、科学主義や合理主義が一見デフォルトになっているかのような今の時代なのに、トンでも論というのはますます盛んで、冷静に考えれば絶対ありえないような陰謀論などもむしろ巧妙、悪質になり、マーケッティングによって何でもできるというか、個人は昔より脆弱になっている気もする。

 体と心がしばしば乖離するように、合理主義や現実主義と、救済願望や不安も別個に共存しするのだろうか。
 一番不愉快なのは、「情報」とか「知識」とかが権力と結びついたり、弱者の支配の道具になることだ。

 「秘密の智恵」は選ばれた仲間にしか教えられないとか、警告だけはしてやるが、その理由付けは普通人の理解を超えるからしない、とか、検証のできないような「権威」を持ってきてそれを楯にして「真実」を振り回すとか、安全や健康若さや美や長命は金で買えるとか、コーチングや、自己管理や自助努力で達成できるとか、そういう言説が私はすごく嫌いだ。

 昔から陰謀説も終末論による脅しも存在した。ニューエイジによって増幅し、その後グローバル化し、今はそれがネオリベラリズムと結びついてますます複雑になっている。
 それを読み解くリテラシーは、究極的には、自己肥大から背を向けて身近な弱者と連帯するアンテナを調整するだけでいいのだが、一度懐疑や恐怖にとらわれたら、そこからの脱出が容易に自己目的化するのは、誰でも体験することである。

 2012年問題の読み解きについて頼まれていた仕事も、終末論と陰謀論の切っても切れない似た語り口をまたささやかながら分析したいので、講義の準備とともに進めるかもしれない。

 私にそう思わせたのは、昨日(2月8日)のニュースで、あのBHL(人気哲学者)が、botulisme の犠牲になったと認めたことを知ったからである。ノルマリアンのくせに、ノルマリアン伝統のcanular(意図的な嘘)に引っかかったわけだ。
 『イマニュエル・カントの性生活』という偽書(Jean-Baptiste Botul )からまじめに引用してしまった本が2月10日に出るそうで、それをすっぱ抜かれ、明後日のLe Point誌でBHL自身が釈明というか、騙されたことを認めたコラムを書いてるらしい。

 まあ、モノを書く仕事をしている者として、ちょっとひやりとしないでもない出来事である。
 しかし、以前にダヴィンチコードがらみで書いたことがあるように、ヨーロッパ、特にフランスにおける「偽書」のメンタリティは独特のものがあり、エリートの芸として成り立っているのに、それが一人歩きしてアメリカあたりでおおまじめに あげつらわれたりする。

 逆に言えば、偽書であってもそれがどうした、という部分もある。それが人のお役に立ってみんな幸せとか、みんな楽しんだとか、真実にはいろんなレベルがあるとか、結果オーライというのはいいのだが、BHLのようなインテリがまともに脚をすくわれては、かなりまずい。

 まあ、今度のことは、ちょっとした笑い話だが、BHLだからこそ、こうして明らかにされたわけで、たとえば普通の人が偽書やあやしい言説を真に受けてそれが、増殖され、脅しのツールになったり、「売れるものが正しいもの」みたいになると、どこかでほんとの犠牲者が出るかもしれない。
 
 来月からジャンヌ・ダルクについての連載をはじめるのだが、ジャンヌ・ダルクをめぐる言説ですら、ノストラダムスをめぐる言説と変わらないというか、同じような「流言」定着の構造があって、ちょっとショックでもある。

 もっとも、人々を結びつける神話や大きな物語というものもこの世にはたくさんある。その要素にあやしいものがあるとか嘘があるとか、証明できないとかいう反論だけでは切って捨てることのできない「意味」を担い続けてきた物語もあるのだ。それを利用する権力者や、自分の都合のいい神話をつくって支配のツールとする権力者もいるから、評価はますます難しくなる。しかし、偽書や流言やトンでも話をどのようにかわしていけばよいかという智恵も、古今東西の事例からきっと学ぶことができる、と、ひとまず「信じる」ことにしよう。

 

 
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by mariastella | 2010-02-09 23:51 | 陰謀論と終末論

未知動物と神

 『無神論』の発売が5月はじめってことになりそうだと編集者から連絡をいただいた。
 楽しみ。
 久しぶりに日本の単行本を2冊読んでいたら、そのうち1冊の書き方が、何だか、『無神論』を書いていた間の私の気分とそっくりだったので笑ってしまった。

 高野秀行さんの『アジア未知動物紀行』(講談社)

 この中のいくつかのフレーズの未知動物とか幻の動物とかを「神」に置き換えて引用してみよう。

   ・・・・・・・・・


 神について語る人のタイプ。
 
 1、神の存在を信じており、興味がある。
 2、神の存在を信じておらず、興味もない。
 3、神の存在を信じていないが、興味がある。
 4、神の存在を信じているが、興味はない。

 彼らは彼らなりの納得の仕方で神を受け入れている。神はどうやら理屈で説明するものでなく、「感知」するものらしい。

 
 神は人を選ぶ。人もまた神を選ぶ。飾り気のない人にはシンプルな神が似合っている。

 あまりに神について深く考えすぎた挙げ句、「理解」するより「戦慄」したくなってきた。そっちのほうが「ほんとうのこと」に近づくようにも思える。神を神のまま放り出したっていいじゃないか。

     ・・・・・・・・・

 著者が、未知生物の目撃者(これは見神者みたいなもの?)に話を聞くと、みんな認識が違うのに、それぞれ同じものについて語っていると信じているらしい。
 著者が科学的精神によって未知生物を検証しようとすればするほど、その姿はぼやけてくる。
 それなのに、それに立ち会った人たちには、目撃談を聞く著者のその真剣さによって、未知生物の実在性が鮮やかになってくるらしい。いつもゆるやかに揺れる存在、存在と意味とが乖離することもある。

 著者は、遠野物語の柳田國男が現場に行って検証しようとせず、ただ記録して不思議な話をそのまま人々に提供したが、その後、怪現象を民俗学的に研究してそれらを歴史的精神史的に解釈し、「怪」を武装解除してその力を無化していったのに対して、自分の道は逆のような気がするという。
 はじめは、科学的なアプローチと民族学的理解を目指したのに、「未知を解明したい」欲求と「未知を未知のまま放り出したい」という欲求の間を揺れ動くのだ。

 この感覚ってすごく親近感がある。「科学」とか「論理」とか「証拠」とか「実在」とかいや、「真実」なんていう枠すら超えたところに、なにか「ほんとうにたいせつなもの」との出会いがある気がするのだ。

 仮説を立ててその妥当性を検証するとか、方法論的厳密さとか、トラサビリティとか、多様性とか、パラダイムの変換などというこ難しそうなことを煙に巻いて、それでも残る何かがありそうだ。

 もう1冊は、『やっぱり人は分かり合えない』(中島義道/小浜逸郎)PHP新書。

 これは、還暦を過ぎた男性文化人のガールズ・トークみたいな本だ。
 すごく日本的だと驚いた。エリート同士で、自分は引きこもりだの落ちこぼれだの、普通人だの生活者だの競って言い合ってる様子は、たとえばフランスのエリート哲学者同士ではあり得ない展開である。何もガールズ・トークが悪いわけじゃないけど、空しいより、つらい気分もした。こういう人たちが生い立ちや本音だのをわざわざ自分たちで掘り下げてあげつらうのはもったいないなあ。じゃあ、読まなきゃ、と言われそうだけど。

 小浜さんが、「多くの人にとって信念の対象となるものは存在としての権利を保証される」というのを西洋哲学の認識論の到達点というのも、なんだか、西洋哲学の神の存在論の手のひらから出てない気がする。
 誰かが「聖母の処女懐胎を信じる」と言明するのはすでに「信念」と「真なる知識」の対立がはじまっているからですでに懐疑の芽が含まれているとか、未来への時間軸の立て方が普遍的だというのも、例が処女受胎だからよけいに、キリスト教全盛時代にも「信仰告白」は根幹だったのだから、妙な気がした。キリスト教の聖人信仰における非時間軸性や、典礼における循環時間もあるし、もっと複合的だと思うのだけれど。

 「自由とは法則の否定を意味する」とか、「幸福」や「快」や場合によっては「善」も、えらく「欲求充足」と関連して自明のように語られているところは私とまったくスタンスが違うが、この二人はけっこう分かり合ってるじゃないかと思う。

 このお二人と、高野秀行さんは、全く別種のタイプだ。 
 そして、ジャングルとかで絶対冒険したくないインドア派のこの私が、冒険家の高野さんのメンタリティの方に、ずっと近い感じがするのはおもしろい。
 
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by mariastella | 2010-02-04 04:01 |

哀悼

 私の「公式サイト」を管理、運営してくださっていたI さんが1月31日の朝、亡くなられました。
 ここで哀悼の意を表させていただきます。

 サイトの彼女の自己紹介にはこうあります。

 「竹下節子のお部屋へようこそ♪ 当サイトの制作運営スタッフのPickyです。196×年生まれの会社員兼主婦です。
竹下節子氏の著作、『テロリズムの彼方へ我らを導くものは何か』でガツンと衝撃を受け、『不思議の国サウジアラビア』で「ほ~」「へえ~」「ふふふ」となり、『大人のためのスピリチュアル「超」入門』では笑ったり泣いたりし、『アメリカにNOと言える国』では目からうろこがぼろぼろっと落ちました。竹下氏の著作にはいつも大いなる刺激を受け、そして氏の本を読んだ後の胸のあたりに暖かいものが降りてくる感覚が好きで、縁あってこのサイトの運営スタッフをしています。」

 2年半ほど前に病気が発覚、早期なのですぐに手術すると助かる、手術しないと余命は1年、と言われ、手術しない道を選び、半年後に同じ医者から、もう遅い、余命は6ヶ月、などとというような心ない言われ方をしたのに反撥してその後もいろいろな代替療法、免疫療法などで闘病を続けていましたが、やはり「奇跡」は起こりませんでした。
 代替療法、民間療法の中には、たとえ病気を治さなくても、「痛みや苦しみを緩和する」といった効果を発揮するものがありますが、彼女の場合は、「病気を克服する」のが絶対のテーマだったこともあり、痛みや苦しみは避けられなかったようで、本当に辛かったと思います。この2年半、彼女に負担をかけないようにと、私の記事はこのブログに移行してきましたが、彼女自身は、サイトの存在が他の世界とのつながりの一つでもあり、決して閉じることを考えていませんでした。だから、もし、彼女が回復したら今度は二人でもっと具体的に人の役に立てるようなネットワークを何か新しく作りましょうね、と言っていたのです。
 
 ではほんとに治る日が来るのか、それは大いに疑問だったので、もう「神頼み」しかないので、彼女にこう書いたことがありました。昨年の夏、パリのヴィクトワール広場に、リジューの聖女テレーズの両親が前年に福者になった後でリジューから譲られた聖遺物の特別展示を観にいったことです。

 「テレーズのおかあさんのゼリー・マルタンは乳癌で亡くなったんですが、ルルドの聖母を信仰していて、いろいろな恵みがあったそうです。この夫婦は、後ひとつ「奇跡」が認定されたら福者から聖人に認定されるので、とりなしの祈りをみんな熱心にしていました。それで私はIさんのことをお願いしました。だから、これから劇的に奇跡的に回復したら、バチカンに申請しなくっちゃ・・・」

 すると彼女からは、

 「ありがとうございます!きっと奇跡をおこします!バチカンに申請してもらえるように。」

 という返事が来ました。もともと彼女がその時に、ある宗教の関連の病院に入院していて、「そこの方たちが熱心に祈ってくれるので感謝している、自分の祈る神社の神さまなんかとみんな大元は同じですね」、と書いてきたからです。私も何かしなくっちゃ、と思い、でも私の「信仰心」レベルではどんな神仏も耳を傾けてくれることはないだろうから、ヨブの時代から可能性がありそうな、「聖人によるとりつぎ」ならどうかと考えたのです。
 どちらにしてもかなり非現実的な話ですが、彼女の「気晴らし」程度にはなったかもしれません。

 彼女がその前にパリに来た時は、バック通りの奇跡のメダイの聖堂に案内し、とても感動されていたことを思い出したからでもあります。

 しかし、私の読者の方で、たった一人こうして、サイトの立ち上げと管理に関わってくださった方が、5年後に亡くなるとは、まったく想像だにしないことでした。私よりはるかにお若い方ですし、アウトドア派で活発で、健康意識も高い方だったのです。

 思えば不思議なご縁でしたが、彼女の作ったこの「公式サイト」を通じて知り合った方、ご縁のできた方もいます。この場を借りて、あらためてIさんに感謝の言葉を捧げさせていただきます。

 サイトはおそらく閉じることになります。記事を保存したい方は今のうちです。
 サイトの著作案内の「読者の感想」のメールも彼女がチェックしていたので、今朝はじめて開きまして、昨年末からコンタクトされていたのにそのままになっていた方たちがあるのを知りました。お詫び申し上げます。
 遅ればせながらお返事しました。

 そのメールアドレスは少なくとももう少しはおいておきますので、お使いください。
 掲示板ももう少しあけておきます。「おしゃべりルーム」でコメント可能です。

 このブログは独り語りなので、コメントを閉鎖しているので、これからどうやってコミュニケーション可能にしていくか検討中です。自分でサイトや掲示板を運営するスキルがないこともあり、迷ってます。これを読んでいらっしゃる方で、何か提案がありましたらどうぞ。
 
 
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by mariastella | 2010-02-03 02:11



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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