L'art de croire             竹下節子ブログ

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La dolce fiamma

『La dolce fiamma』というPhilippe Jarousskyの新作CDを聴いた。

http://www.amazon.fr/Jean-Chretien-Bach-Dolce-Fiamma/dp/B002P2SA4Y

ジャルスキーと言えば、ヘンデルとかヴィヴァルディしか聴いたことがない。

そもそも、Johann Christian Bachのオペラを聴いたのも初めてだ。

非常に興味深い。
偉大な父親JS バッハがドイツに根を下ろして教会音楽に軸足を置いていたのに対して、この末息子は、ミラノやロンドンで活躍し、カトリックに改宗し、オペラの魅力にとりつかれた。しかも、父親譲りの堅固なポリフォニーの教養に拠って立っていた。

歌手のジャルスキーは、現代フランスの若手の人気コントルテノール(カウンター・テナー)で、音楽性やテクニックはもちろん、美しく、知的で、カリスマ性もある。

彼が言うように、「英雄は男らしい低い声」、というのは近代以降の刷り込みで、17、18世紀には高音域が、純粋さと力強さとを併せ持つと考えられていた。

その後のオペラにおいても、低音のバスは老人や悪役が多く、ヒーローとヒロインはテノールとソプラノの組み合わせが多いのは、高音の方が、感情の高揚を心に届けやすく、訴求力も大きいのかもしれない。赤ん坊も高音の方を早くからキャッチすることが知られている。

だとしたら、男性ヒーローを表現する時も、裏声でコントラルトやコントルテノールで力強く絶唱する方向に向かうことは十分考えられる。バロック時代にすらカストラートが流行らなかったフランスで、地声が普通のジャルスキーのような青年が今、高音の男性役アリアに挑戦するのはおもしろい。

西洋音楽をやる人は、「ナチュラル・ニュアンス」というのを習う。特に指定のない時は、連なる音が高くなればなるほどクレシェンド、すなわちだんだんと大きな音で弾いたり歌ったりし、音が下がって行くとデクレシェンド、すなわち音量も下がるというものだ。

これが「自然」だと言われると、少なくとも、西洋的文化の文脈では納得させられる。「助けて」と叫ぶ時は、高い声で大きく、一方、内緒話は低い声でぼそぼそささやくというイメージだ。

しかし、これはそれほど自明な「自然」でもない。昇ってゆく高音は雲の彼方に去ってだんだんとか細く消えていく、とも言えるし、逆に、低音は大地に達して、地鳴りのごとく増幅するとか、ドスの利いた大声で怒鳴りつけて威嚇するとかいうイメージも考えられる。

あるいはジェンダーの問題もあるかもしれない。一般に「女子供」の声は、大人の男の声よりも1オクターヴは高いからだ。女子供の発言を封じる社会では、

「高い声でキイキイ叫ぶんじゃない、黙っていろ」

と押さえつけることも考えられるし、逆に、男には、

「そんなにぼそぼそと女々しく口ごもるんじゃない、堂々と低い声を朗々と響かせるんだ」

という圧力がかかるかもしれないのだ。

そう考えると、高音に力強さを重ねることを「自然」だと見なす文化はそれなりに含蓄がある。

音楽を教えていると、もう一つ自然な傾向というのがあって、高音に向かうメロディーは「速く」なり、音が下がって行くと「ゆっくり」になるというものだ。しかしこれは、指定がない限り、同じテンポを維持しなくてはいけない。音列の上下と速度の緩急を分けることは、初心者には結構難しい。しかも、音列の上下に対して音量の方は「ナチュラル・ニュアンス」として連動することが認められているわけだから、音量の多寡と速度の緩急も分けなくてはならないのだ。

日本の謡曲などでは、話が佳境に入れば歌い手の鼓動も息も速くなるのだからテンポやピッチが微妙に上がっても「ナチュラル」だということがある。基音のピッチですら、リーダーの体調やその日その場所の環境全部によって微妙に変わり、直前の音合わせで決まったりするのだ。

それに対して、西洋近代音楽は特に、いつでも等しい再演が可能な機械的な均質性に向かっていったから、テンポやピッチの初期設定の維持にはうるさい。

それでも、テンポやピッチや音量の変化が、「自然」だったり「作曲者の恣意的なもの=不自然」だったりしながら、揺らいだり、そこにまた、演奏者が、自分の「自然」だの自分の「文化」だのをすり合わせる。

音楽はメッセージをのせているヒューマンな言語なのだ。
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by mariastella | 2010-09-29 23:13 | 音楽

イギリスのカトリック

昨日、教皇ベネディクト16世がイギリスを公式訪問していることに触れた。

ヨハネ=パウロ二世も1982年にスコットランドを訪問したのだが彼は人気があり、英国国教会との歩み寄りに大きな意味があった。

今回は、「公式訪問」であり、ゴードン・ブラウン前首相が正式に招いてしまったのでイギリス側に膨大な経費の負担がかかることになったわけだ。

イギリスのカトリックは10%弱の600万人ほどらしいのだが、JP2の頃は主としてアイルランド系ということだった。

今のイギリスではカトリックの6人に1人はポーランド人で、ポーランド人の修道会もいろいろできている。

ポーランドがEUに加入してから門戸を開かなければならなかったからだ。アフリカ系、フィリピン系のカトリックも昔よりずっと増えたらしい。

スラブ系の人は言語的に区別する周波数域が広いので外国語を学ぶのに有利だということを聞いたことがある。実際、スラブ系の人はマルチリンガルが多く、ヨーロッパ中に進出している。

でも、かなり「昔風カトリック」。

イギリスでは、反カトリックの人は、何かというと教皇庁の反動的な倫理観を攻撃する。今回、イギリス人に教皇を歓迎させるにはバチカンが避妊具を売り出すしかないというジョークもある。歴史的な経緯のせいで、国教会との差異に敏感だ。

カトリックが一応マジョリティであるフランスでは、「普通のカトリックの人」は、避妊に関する教皇庁のスタンスなんかほぼぜんぜん気にしていない。

だいぶ差がある。

生粋のイギリス人で、マイノリティであるカトリックをやっている人も、けっこう「古い」のかもしれない。

ネットで世界的に有名になったおばさん歌手のスコットランドのスーザン・ボイルさんは、熱心なカトリックで、有名になったのも、神のおかげ、自分の才能も神の恵み、カトリックは私の生活の根幹、とか言っている。ルルドにも3回巡礼に行き、マリア信心会にも入っている。教会の聖歌隊メンバーであるのはもちろんだ。

JP2が1982年にグラスゴーに来た時ももちろんミサに参加して感激し、教皇のために歌いたかったそうだ。
今回のB16の訪問で、ようやく「教皇の前で歌う」夢がかなって特別コンサートを念入りに用意し、満席だったのに、教皇はなぜかごくはじめに退席してしまったということだ。気の毒。

B16の側近って、ほんとうに、彼の人気を高める戦略がゼロである。



 
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by mariastella | 2010-09-17 22:46 | 宗教

ガーディアン・エンジェル

 サラ・パレツキ―のV.I.ウォーショースキーのシリーズの『ガーディアン・エンジェル』を読んだ。
 発表時の順不同で読んでいるが、いままで読んだもののうちで一番構成がしっかりしていて、展開の仕方やディティールや着地点が見事なので、満足させられた。

弁護士のフリーマンがヴィックに、「おいで、ジャンヌ・ダルク。」とやさしくからかうように話すシーンがある。

そういえば、20世紀の初め頃、ロンドンで

St.Joan's Political and Social Union

というのができて、フランスがそれに加入して国際ジャンヌ・ダルク連盟としたのは少し後だったと思う。

今でもユネスコでもブレインになっている、カトリックのフェミニスト・グループだ。

カトリックが10%しかいないイギリスに今ローマ教皇が初の公式訪問中で、移動だの警備などの費用がかかり過ぎるとして問題になっている。カトリック教会が一部を負担するためにミサ出席を有料にしたり、教皇グッズを売ったりして費用の一部を捻出しようとしているが、30ユーロという高額で、思ったより売れていないらしい。夕方のニュースで、スコットランド入りして女王とも会った教皇が、タータン・チェックのマフラーを肩にかけて車に乗っている姿が映っていた。

話を戻すと、そんなわけで、カトリックのフェミニズムが、ジャンヌ・ダルクをシンボルにしているのはおもしろいと思っていた。それがイギリスで生まれたことも。

ジャンヌ・ダルクはフランスではやはり、イギリス軍を追い出したフランスの救国の少女、というイメージがあるが、その敵であったはずのイギリスでは、20世紀初頭(ジャンヌが列福された後で、聖女となる前)においては、むしろフェミニズムのシンボルだったのか。

そして、20世紀末に近い頃、シカゴの女探偵が「ジャンヌ・ダルク」と呼ばれている。

「戦う女」だからか。

フェミニズムのシンボルだからか。

フランスのフェミニズムにおいては微妙である。

フランスでは20世紀初頭、反カトリックの勢いが強く、フェミニズムの陣営はどちらかというと、左派で反カトリックだったからだ。

フランスのフェミニズムの初期の立役者の女性が目立った場と言えば、フリーメイスンのことに思い至る。フリーメイスンか無政府主義。

アングロサクソンにおけるフェミニズムとカトリックとジャンヌ・ダルクの関係を調べてみたい。

で、この作品でのヴィクは、元夫のWASP系の男や、新しい恋人である黒人刑事や、ラテン・カトリック系の隣人ら、いろいろなタイプの男たちと相変わらず強気の心理的葛藤を繰り返すのだけれど、ユダヤ人女性のロティとも溝ができる。

それによって、それまで男対女というジェンダーの問題だとヴィクが思っていた依存関係への恐怖が、別のニュアンスを持って現れる。

ヴィクやロティのように、強がりで強情な女たちを評して、一見家族の犠牲になっているように見える看護師のキャロルという女性が最後の方でこう言う。

「あなたもロティも分かっていないのね。自分を愛してくれる人に頼るのは悪いことじゃないわ。ほとんよ、ヴィク。」

含蓄のある言葉だ。

頼るのは、単なる依存でなく信頼関係であり、それには愛が前提になるのかもしれない。

誰かを愛したら、その人から頼られたい、と思うのは分かる。「愛する人に頼る」のではない。「愛する人に頼られたい」のだ。

神とか仏とかはそうやって衆生を愛してくれるのかもしれない。

ヴィクやロティは、きっと、「愛したい」のだ。

愛した時に湧き上がってくる「頼ってほしい」という思いは甘美で優しいものだ。

相手が動物であっても。

「愛し愛される」ことのバランスに悩むよりも、
「愛し、頼られる」ことの方が、満足感や平和を確実に得られるのかもしれない。

苦手な相手から頼られてますます嫌になるということはよくあるが、それは向こうから愛されてない証拠だと無意識に感知するからだろうか。

ヴィクは悩み多い女性だが、こういう言葉を配するパレツキ―はさすがだと感心する。
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by mariastella | 2010-09-17 05:39 |

楽器の形態学でびっくりしたこと

 昨日は、チベット・フェスティヴァルのことを書いたが、実は、一番の収穫は、「どこがヒマラヤなんですか?」という感じの南インドのカルナカタ音楽のスタンドで、ヴィーナ奏者でダンサーでもあるRaghunath Manetさんとお話したことだった。

 私はギター奏者で、ウードやウクレレも真似事で少し弾くが、この手の楽器が人体にたとえられる時、膝や腿に置く丸い部分が胴体のように見なされることが普通だと思っていた。

 実際、ギターなら、真ん中がくびれているので、よく女体にたとえられたり、体の前に抱えて弾くので、抱いているような感じがある。

 ウードやリュートは、ギターに比べて共鳴胴の下が丸いので落ち着きが悪いなあ、と思うことがある。

 タミール地方のヴィーナは日本の琵琶の原型とも言われている。

 大体この種の弦撥楽器は、シルクロードを通って、東西に分かれて発展したので、みんな親戚でもある。正倉院にはすばらしい楽器が残っているようだ。

 それなのに、少なくとも私は、これまで、Manetさんの話を聞くまで、この手の楽器の胴体が「頭」だという比喩を全く知らなかった。

 ヴィーナに関しては、人体の各部の比率が完璧に応用されていて、ダヴィンチの人体図を見るかのようである。下に抱える部分は頭で、24のフレットは、背骨、つまり、頚椎7、胸椎12、腰椎5に対応しているのだそうだ。この比率はすべて、奏者の親指の長さや手を広げた時の親指の先から小指の先の長さを基準にしているので、本来は、楽器は、奏者の体格に合わせて作られなければいけない。

 ギターでもそうだが、駒に近い方のフレットは間隔が長く、胴体に近づくにつれて間隔が狭まる。

 これも、背骨の骨の間隔と同じなのだそうだ。そこからも、抱いているところは、「胴体」ではなく、明らかに、「頭」だと分る。

 で、「弦を指ではじく」ということは、声を出すことであり、指は「舌」なんだそうだ。

 「頭」の「口」にあたるところで「舌」を動かして「(神に)語ったり祈ったり歌ったり(これは同義である)」するのが、弦撥楽器を弾くということなのである。

 しかしその声は、口からではなく、チャクラのある仙骨から発せられるようでなくてはいけない。腹から声を出せ、というやつだ。だから、ヴィーナには、仙骨にあたる部分にもう一つ小型の共鳴胴がついている。


 ギターではこれが一体化しているのだとしても、やはり、下の方が頭で、上の方が腰ということになる。

 発想の転換。

 ギターを抱えて爪弾くというのは、何となく、女体をかき鳴らすという官能的な比喩の方向に向うことが多いが、ヴィーナの見方でいくと、楽器は実は自分と同じサイズ(頭からである仙骨までなので身長の半分)である分身である。。それをまるで自分の反物質だか陰陽の片割れだかのように、逆に抱えて、重なる。自分の腰の近くに頭を置いて、自分の腹の近くで指を舌のように駆動して音(=声)を出す。ヴィーナで奏する祈りが最もシヴァ神の気に入るといるのも、太陽叢あたりを口にして歌うことになるからなのか?

 Manetさんの本を購入したので他の楽器についてももっと読んでみよう。

 楽器演奏は、ある一定の段階に行くと、こういうちょっとしたイメージ操作が大きな変化をもたらすこともある。
 この話明日の練習でをトリオの仲間にするのが楽しみだ。

 
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by mariastella | 2010-09-14 00:42 | 音楽

フランス人の人種差別

私のサイトの掲示板

http://6318.teacup.com/hiromin/bbs

で、最近、フランス人の人種差別意識の実態について質問されて答えた。

その後で考えてしまったこと。

今日は、年に一度のチベット・フェスティヴァル、正式には、チベットとヒマラヤの人々の文化フェスティヴァル。
10e Festival Culturel du Tibet et des Peuples de l’Himalaya


フランスのチベット人コミュニティは今700人ほどだそうだ。

私と彼らのつき合いは、私とフランスのつき合いと同じくらいに長い。

このヴァンセンヌの森のパゴダ周辺で行われるチベット祭にも何度も来ているが、去年からどちらかと言えばフランス仏教連合の開催するものに参加する方が多かったので、「チベット文化シンパ」のフランス人独特の雰囲気を久しぶりに味わった。

入場料は3ユーロ50。400円くらい?

でも、すぐそばに無料で散策できるヴァンセンヌの森と湖があるのだから、「普通のフランス人」が偶然通りかかって金を払ってまで入る、ということは、まず、ない。

チベット文化シンパの人たちがわざわざ来るのだ。

仏教連合の方は、フランスには旧インドシナ系の仏教コミュニティがあるので、ラオス人とかミャンマー人とかベトナム人とかがたくさん来る。アジア色豊かな感じ。ZENも人気だ。

しかし、チベット人は総数が少ないし、もとが移民じゃなく亡命者だから、こういうフェスティバルでも、歌や踊りを披露する側にはいても、参加者のほとんどはフランス人である。

パリのヴァンセンヌの近くの地域などは、移民も外国人も多いのだが、こういうところに集まっているのは、いわゆる生粋のフランス人が目立つ。

冷静に見たら、かなり、独特だ。

一昔前のフランス人のチベット文化シンパは、ブルジョワ出身のインテリ左翼が多かった。

インテリ左翼なので、反教権主義の伝統があり、伝統宗教に批判的で距離を置いたが、実は霊的なものを必要としているタイプ。
宗教や宗教指導者などに憧れを抱いているのだが、いわゆる宗教というものは蒙昧であるという刷り込みがあり、近づくのは教養が邪魔をする。

そこに「宗教じゃない、哲学である」と言われ、「超越神を立てない無神論である」と言われている仏教登場。

しかし、旧植民地国の仏教はなんとなく敷居が高い。で、大乗仏教ということもあって、日本仏教やチベット仏教に向かう。フランスの日本人コミュニティの仏教徒としての連帯は限りなく希薄だから、日本に行って仏教を学んだフランス人が帰って来て「偉く」なったりする。

チベット仏教は、ある意味でもっと魅力的だった。

戦争や植民地にまつわるやっかいな歴史がない。
ヒマラヤの神秘。
大国中国に侵略された犠牲者、悲劇の民。
ダライラマの亡命政府。
輪廻転生の思想。
仏陀の智恵を体現するラマ。

ヨーロッパには、そうやって人々をひきつけてほとんどカルト化したチベット系仏教コミュニティもところどころにある。

そういうところに、昨今のエコロジー・ブームで、「自然に還れ」という感じのやや反動的な教条主義も表れた。これはどちらかといえば保守派。カトリック信徒も少なくない。カトリックの人々は、「仏教は哲学」だと言っているので、チベット仏教にのめりこむのにさして抵抗がない。むしろ、がちがちの保守カトリックではなくて自由で開かれたカトリックだと自負している。

帝国主義時代には「西欧の進んだ文明の高みに黒人を引き上げるのが自分たちの義務」と言ったり、「新」世界の資源を無邪気に搾取奪略したりしていたフランス人たち。

チベットには略奪する見込みがなくて、犠牲者であるチベット人を助けるという、いかにも無償の行為。

住むところを失って世界中にちらばりつつ、文化と信仰心を維持しようとするチベット人の運命は、ユダヤ人のそれと似た構図もある。

ユダヤ人に対する葛藤、迫害、差別、憎悪、偽善、罪悪感などは、教養あるフランス人にとっては抑圧したい原罪にも似たトラウマでもある。歴史、経済、政治、いろいろなファクターが多すぎて、「贖罪」は難しい。

そういうもやもやの一部が、チベット人を支援することで解消されているのではないだろうか?

誰もこんなことは言わないが。

ユダヤ人だけではない。

フランス本土に住む、旧植民地出身のアラブ人や、黒人や、カライブなど海外県の黒人や、中国人らに対する、ぬぐいきれない差別意識への罪悪感が、見方によってはもっとエキゾティックなチベット人を支援することによって、軽くなるのかもしれない。

しかも、他の外国人にひそかに期待するような、「フランスにいるんだからフランス人になりきりたまえ」という、上から目線の「同化」主義じゃない。

チベット人がチベット風であるのは大歓迎。それどころか、ぼくたちフランス人もダライラマの前で五体投地するし、本気で尊敬するし、憧れるし、チベット服も着るし、チベットに同化せんばかりの勢い。

ほらね。

人種主義者じゃないでしょ。

白人優越主義でもないでしょ。

近代文明賛美者でもないでしょ。

植民地主義や帝国主義じゃないでしょ。

平和主義でしょ。

そんな人たちが、このフェスティヴァル会場の一歩外に出ると黒人に差別意識を抱いていても、全然不思議じゃない。

前述したように、一昔前は、

「インテリ左翼だが、宗教と縁を切るには繊細過ぎ、弱過ぎて、また、フランス人の個人主義的競争社会に居心地の悪さを感じていた人たち」

の魅力的な受け皿となっていた「チベット文化シンパ・サークル」に、今は、

「テクノロジーの進化を苦々しく思う保守派や、自然に還れ、的なエコロジー原理主義たち」

が加わったのだ。

黒人もいない。

アラブ人もいない。

中国人もいない。

(ユダヤ人はいる。フランスの伝統社会にもユダヤの伝統社会にも違和感を持っているインテリ左翼ユダヤ人は、こういう場所でほんとうに「フランス的自由平等友愛」の連帯を感じるのかもしれない)

ヒマラヤのヤクの背に乗ってはしゃぐ金髪の子供たち。

みんな和気あいあい。

自由、平等、友愛、平和。

チベットがシャングリラとか桃源郷っていうのは、ほんとだなあ。

30年以上も、フランスのチベット・シンパ・コミュニティの皆さんをウォッチングして来て、思う。

この中では、私は差別されてない。

フランスの他の場所では、中国人もベトナム人も日本人も区別せずに漠然とした差別意識を持っている人は少なくないと思う。

しかし、さりげない「エリート意識」が漂うチベット・シンパのフランス人は、もちろん、ベトナム人と日本人を混同したりしない。しかも私は「日本人コミュニティ」として参加しているわけではない。

どっちかというと「インテリ左翼」の仲間、と思われてきた。

しかし、東洋人だから、仏教のことなどフランス人より詳しそうだし、チベット人とも近そうだ。
ちょっと、牽制。
ちょっと、嫉妬。

そういうスタンスが多かったかも。

私が最初に知り合ったパリのチベット人コミュニティは、次世代、次々世代に移ろうとしている。

感慨深い。

それに対して、最初に知り合った「インテリ左翼」フランス人のチベット・シンパの人々は、

私と共に老いてきた。

子供がいない人、独身の人が圧倒的に多いからだ。

一方、新しいチベット・シンパのフランス人は、保守派や自然志向、エコロジー志向の人が多い。結婚して、赤ちゃんを産んで、わざわざ布オムツを使っているような人たち。

そんな人たちが、大挙してくるから、子供たちが駆け回っている。

新しいところでは、引退した68年世代が、健康問題をかかえたりして、何か心のよりどころを求め、今さら教会などに戻る気はないので、エコロジーで環境に優しそうで健康にもよさそうなチベット仏教はどうかなあ、という感じでけっこう来ている。

自由、平等、友愛。

平和。

和気あいあい。

こちらでは子供たちがはじけるように笑い、
あちらでは初老の女性がチベット健康茶を真剣な面持ちで購入している。

仮設舞台では歌手が、空気をつんざくような高い声で「ルー」という伝統歌謡を絶唱している。

連帯なのか。

これって、連帯なのか。

でも、

とても、

とても、

フランス的だ。
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by mariastella | 2010-09-13 06:07 | フランス

『神々と男たち』Des hommes et des dieux

Des hommes et des dieux
Xavier Beauvois

Lambert Wilson, Michael Lonsdale, Philippe Laudenbach
 
今年のカンヌ映画祭で放映された後で8分間も拍手が鳴りやまなかったという「感動」作で、批評家賞も獲得したこの映画。モデルになった事件は1996年にアルジェリアで7人のフランス人トラピスト修道士がテロリストに誘拐されて惨殺されたというもので、つい最近もそれが実はアルジェリア正規軍による誤殺だったのではないかという疑いが話題にもなり、フランスでは強烈な事件だった。
修道院長であったクリスチャン・ド・シェルジェがテロリストに殺されることを予測して残した手紙が発表されて、それが単純な悲劇や英雄行為でないことが明らかになった。彼は、悪や弱さに対する洞察の中から、自分の命を奪う者と自分のどちらもが、イエスの両脇で処刑された2人の罪人と見なし、共に神に救われる希望を捨てなかったのだ。

 で、この映画だが、三つの観点から興味深かった。

 一つはまさに修道士たちのその生き方という「内容」であり、映画という形で見せられて気づくことも多く、非常に啓発的だった。特に「自由」とは何かについて。それは別のところに書くことにする。

二つ目は、この映画に対するフランス人の反応のおもしろさである。フランスと言えば、『無神論』でも紹介したように、カトリック・アレルギーや戦闘的ライシテ守護者の勢力を多く出してきた国だ。反教権主義がこの国の近代の牽引となったといってもいい。

しかし今となっては、この映画の監督もそうだが、もはや戦闘的だったライシテの時代も知らず、伝統や教育によって叩きこまれた宗教のくびきや罪悪感から逃れるために必死に苦労した一昔前の知識人の葛藤もない世代がたくさんいる。機械的にアンチカトリックを名乗っていても、何がどうアンチだったのかも分かっていない。
「チベット仏教がおもしろそうじゃないんじゃない?」というのと同じノリで、「カトリックの修道生活ってエコロジーで今風じゃない?」と思ったりする人ももはや少なくないのだ。

そういう人たちは、カトリックシンパだと見なされて蒙昧なやつだと思われるんじゃないかと、もはやびくびくしていないから、この映画の霊性を素直にほめたりする。

まあ、単純に言って、地元の人への奉仕活動に専念していた善意の丸腰の年輩の男たちを武器を持った暴力集団が拉致して惨殺ということで、「善悪」の対照は明らかだから、犠牲者側を批判するようなことは誰も言えない。

「カトリックを扱っているからもっとbondieuserie(神さま仏さま)かと思って警戒していたら、押しつけがましくなくて好感が持てた」と言ったりする。

でも、長年の反カトリックの反応パターンから抜けきれない人もいる。

だから、批評や感想にバイアスがかかりまくりだ。

それを観察するのがおもしろい。

たとえば、「長すぎる」とか「隣で観ていた私の妻は涙を流していた」「基本的に女性向けじゃないか」という批評家もいた。

これは、「宗教とは女子供用のものである」という、これもフランス史の中にずっとあった欺瞞の表現なのだ。

反応のバイアスは、それだけではない。フランス内部の宗教的なものとは別のもう一つの歴史によるバイアスだ。映画の中でもアルジェリアの当局が、自分たちの国がこういう状況にあるのは、過去におけるフランスによる組織的奪略の結果による遅れである、という嫌味を言うシーンがある。

アルジェリアがフランス領であった頃から活動してきたトラピストたちの存在そのものが、政治的に不公正というのである。これに加えて、映画はこの修道士惨殺事件の真相を探ろうとしていないという批判もある。

これには、昨今のフランスにおける旧植民地出身の移民の二世三世世代をめぐる経済格差や差別、イスラムを視野に入れた新たなライシテ問題などが背景にある。

けっこう「タブー」な場所に首を突っ込んだ映画なのだ。

それを「感動もの」に仕立てるには、「女性向き」な「感動巨編」で、そのために大の男たちが次々と涙を流す。

まさにそこが、三つ目の、映画としての観点における問題だ。

映画の文法としては非の打ちどころがない。

美しい景色、地元の人々との生き生きした自然な交流のシーン、『12人の怒れる男』顔負けの『8人の悩める男』たちの迫力あるクローズアップ、そして暴力が登場するシーンの臨場感、繰り返し挿入される典礼の静的な美しさ(日に五時間もかかるこの典礼をこなす暇がないから、リュックという医者は、その義務のない平修道士の地位に留まることを選んでいる)。

そして、この映画のためにほんとうにトラピストの修道院に滞在して歌も覚えたという俳優たちの本気の一体感。

そこがなあ。

ロマン派過ぎる。

役を構築して表現しているというより、「なりきっている」。

ロマン派的名演だ。

バロック的でない。

バロック奏者の私が違和感を持つのは自然すぎる。

あまつさえ、最後の晩餐にあたるシーンでは、彼らの一体感、信頼感、高揚と、最後まで残る不安や懐疑などが、『白鳥の湖』の音楽にぴったりとのって、ドラマティックに展開するのだ。

ここが、まさに、「妻が泣いた」という「泣かせどころ」なのである。

典礼の音楽は典礼が本来持つ「演出」という枠の中であるから、どんなに情念が漂っても、マキシマムに出さない抑制があり、それが、深いところにある情緒の根に触れる。最初にテロリストに踏みこまれて追い返すことができた後のクリスマス・イヴの典礼の喜びや優しさは胸をうつ。

しかし、最後は、「白鳥の湖」だよ。

女子供、19世紀センチメンタリズムと言われてもしょうがない。

こういう着地のされ方をすると、困る。
驚きのない予定調和の世界だ。

「やり過ぎ」のさじ加減が、フレンチ・エレガンス好きの私には合わない。

この映画が、映画としての観点から私にとってもっとも意味があったのは、そのタイトルかもしれない。

『Des hommes et des dieux』(神々と男たち)

直訳すると人間と神、どちらも複数である。

「人々と神々」

一神教なのに複数なんて変じゃないかと思われるかもしれない。

修道士たちがみんな神さまと言っているが実はみんなそれぞれ思いこみのマイ神さまなんだ、という意地悪な意味ではない。

イスラムのテロリストも神の名のもとに「聖戦」を唱えて殺しているし、殺される修道士たちも神に命を捧げているが、人の数だけ、あるいは人の信念の数だけ神はいるんだなあ、という皮肉でもない。

題名の由来は映画の最初にすぐに出てくる。旧約聖書『詩編』82にある

あなたたちは神々なのか
皆、いと高き方の子らなのか

という箇所だ。

ここがまた、厄介な箇所なのだ。

文脈から言うと、神の名において神聖な裁きをするはずの者たちが、不正に裁いていることの批判である。

ヨハネ福音書(10-33~36)で、イエスのことを、「人間なのに自分を神と言って神を冒涜している」と言って、打ち殺そうとする人たちがいた。

イエスはそれに反論して、

「わたしは言う。あなたたちの律法に、あなたたちは神々であると書いてあるではないか。神の言葉を受けた人たちが、『神々』と言われている」

と答える。

私たちには所詮「神」のことなど分からない。
人間のことですら分からない。

神と人間が一つになれるのかなどが分かるはずがない。

ナザレのイエスが神であるのかどうかが、キリスト教の初期に論議の対象であったように、このことは、なかなか不都合な議論である。

しかし、「正統派」がイエスを「人間であり同時に神である」と言ったので、それ以後は、「人が神になることをうながすために神が人になったのだ」という考えは不都合ながら続いてきた。

 ニッセのグレゴリウスは「人は力において小型の神である」と言ったし、セザレのバジリウスは「人とは神になるようにと呼ばれた動物である」と言った。 
イエスが「人間の神化」の起源でありモデルであるという考えは東方教会に常にあった。

プラグマティックには、イエスが言ったように、人の「神化」は、「善い業」によって信じなければならない。
カルヴァンが「人は神の協働者」だと言い、シュヴァイツァーが「人を救う欲求そのものが神である」と言い、ソロヴィエフは「人は神の自由な協力者であり、それによって『神-人』は『神-人間性』となる」と言った。

だとしたら、この映画の題名は、「人は神においてみな兄弟、一つであって平和を実現しなければいけない」というメッセージをこめているのだろう。
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by mariastella | 2010-09-10 23:21 | 映画

ジャンヌ・ダルクは「痛い」のか

私は現在、白水社の『ふらんす』という月刊誌に『ジャンヌ・ダルク異聞』という連載記事を書いている。

来年にはまとまった本にする予定だが、先日、日本画家の松井冬子さんが子供の頃、ジャンヌ・ダルクの本を読んで感動して甲冑を身につけた女性の絵を書いた、柔道も習いたかったが父親に反対されたというような記事を読んだ。

松井さんといえば、少女の死体から内臓が見えていたり、幽霊画だったり、確か、「痛みが美に変る時」というTV番組のことについても読んだことがある。

松井さんのような美女で、作品はグロテスクで猟奇的な細密画のようなテーマというので、一昔の私だったら絶対に萌えそうなキャラだけれど、本気なのか販売戦略なのかやたらジェンダー・バイアスがかかっているところが、今の私には違和感がある。

女の痛みをくっきり描いて、女性たちはよく描いてくれたと同調して癒されるといい、男は逃げ腰になるような反応の違いは望むところだ、というような話もあった。
 
実際に松井さんはDVの犠牲者という話で、その話も典型的過ぎる。美貌や化粧や服装や学歴が作品と共に彼女にとって甲冑の役割になっているらしい。

で、芸大の博士論文が「知覚神経としての視覚によって覚醒される痛覚の不可避」だって。

ほんとなのか?

暴力と縁のない世界に生きてきた人間にとっては「痛みが美に変る」とも思えない。

 痛みは感情を形成し、それが理性の判断に影響を及ぼすというソマティック・マーカーの理論のは分るのだけれど、外的で視覚的な痛みは、自分の体の内外をモニタリングした痛みの情報と違って、別の回路を巡るとは思うが、それが「美」に向かうには、暴力にまつわる恐怖や屈辱の記憶みたいな「不当感」というファクターが関わるのだろうか。

 ティム・バートンの、『アリス・イン・ワンダーランド』では、ジャンヌ・ダルクの死の歳と同じ19歳のミア・ワシコウスカが甲冑を着て剣を手にして怪物を倒す。長く波打つ金髪。

 「痛い」のか?

 女の子が同調して憧れるより倒錯的なロリコン心を刺激しないか?

 「痛い」ジャンヌといえばベッソンの映画でのミラ・ジョボヴィッチのジャンヌも相当倒錯的だった。

 「痛み」はトラウマということらしい。

 暴力によるトラウマ、性的トラウマ、ジェンダーによるトラウマ、子供が大人になるトラウマ・・・

 constructionnisme social 理論も、ネガティヴばかりでは大いに疑問がある。

 ジャンヌ・ダルクは彼女の歴史の文脈では、異形ではあったけれど、多分、痛い存在ではなかった。火刑台の上でさえも、きっと、痛みの感情よりも畏怖を誘ったのだろう。

 若くも美しくもなく、女性ですらなく、暴力や痛みにさらされる人たちはたくさんいる。

 その人たちの痛みは決して美には変らない。

 痛みと美をジェンダー処理すると、そこからはじき出されてますます苦しむ人が出てくる。

 人は生まれた時の所与の条件から自由になって生き方を自分で構築できるという考えかたには実は、罠がある。その時の社会でより優位にある者のモデルを理想としがちになることだ。

 だから、女に生まれたものが男のように振る舞ったり、弱いものがことさら自分を鍛えたり、黒人や東洋人は白人の真似をしたりするのだ。優劣の解消という方にはなかなか向わない。

 難しい問題だ。

 だからこそ、勇ましく勝利したのに結局生きたまま火刑にされたり、人を救いに来たのに十字架にかけられて殺されたりしたジャンヌ・ダルクやイエス・キリストのような逆説的な人たちが必要なのかもしれない。
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by mariastella | 2010-09-09 03:16 | フェミニズム

トリオ・ニテティス

 長いヴァカンスの季節が終わってようやく新学期モードになりました。

 秋の日本でのコンサートに向けて、私のバロック・アンサンブルについてのブログをスタートさせました。音楽の無神論についての新刊はコンサート後になるので、そちらのブログで音楽について書いていきます。

 http://nitetis.cocolog-nifty.com/blog/

 このブログに今まで書いてきた音楽や踊りのカテゴリーと合わせてお読みください。

 新公式サイト
http://setukotakeshita.com/

からは両方にリンクできます。
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by mariastella | 2010-09-02 00:59 | お知らせ



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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