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L'art de croire             竹下節子ブログ

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お知らせ


今から日本に出発しますので、3週間ほどはトリオのブログのみのチェックとなります。

http://nitetis.cocolog-nifty.com/blog/


これを読んでくださる方と、どこかのコンサートでお会いできたらいいですね。

私は肩を痛めているので演奏時のポジションを変えています。後で体中がこわばりますが、演奏には差し支えないところまで回復しました。日本でも治療を続けます。

だから、体の向き、肩が上がっていることなど、気にしないで、よい子のギタリストは決して真似しないように。トリオの他の二人を見てください。
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by mariastella | 2010-10-21 16:57 | お知らせ

フェミニズムの効用

前に書いたブノワト・グル―

http://spinou.exblog.jp/13901370/

の自伝『Mon évasion』を読んでいる。

これを読んでると、もう、60歳になったらフェミニズムに邁進しなくちゃ、と思ってしまう。

昨日の記事で「伝統医療と代替医療』という時の日仏の差を書いたが、「フェミニズム」という言葉や女性差別の実態も、日仏で全く違う。

フランスのフェミとWASPのフェミがかなり違うことはすでに書いたことがあるが、

日本の女性差別には儒教的な伝統があって、キリスト教的女性差別とは種類が違う。

キリスト教フェミの中では、

プロテスタント世界では、女性が身体をはって権利拡張のために戦い、男世界を女世界にラディカルに書き変えようとし、家庭内では理解ある夫が家事に参加、という感じの進歩になる。

カトリック世界では、ユニヴァーサリスムに目覚めた男が世界を変えようと戦い、夫と妻は家事を誰かに委託していっしょに戦いに出かけたりする。

まあこれは短絡化した図式だが、キリスト教の根本にいるナザレのイエスの家庭は、けっこうカトリック的フェミだったし、イエスもフェミニストだった。

フェミニズムの一番の効用は、女性の権利がどうこうというよりも、「質の良い男」をもっと素晴らしくするところだと思う。

差別を支配の道具にしている社会は多い。
江戸時代には、支配者は、農民に非人を卑しみ憎むように仕向けることで支配を楽にしたし、黒人差別が露わだった頃のアメリカでは、黒人たちはプエルトリコ人をさらに差別していた。そして、最低のランクのグループ内ではさらに女性が差別される。

差別する人もされている人もある意味でマインドコントロール下にあるのでその意味が分からない。そればかりか、そのような情報操作のおかげで、非差別状態の苦しみをあまり意識せずにサバイバルできることもある。

だから、理念だけで「寝た子を起こす」のは不毛だし、差別されている人は時として「解放者」を疎ましく思ったり蔑んだりするのだ。

けれども、差別されていないグループの中で、「覚醒する」人は必ず出てくる。

その人たちの人間としての質の良さは、まさに「新しい人間」の誕生のようである。人類に貢献したどんな立派な哲学者でも芸術家でも、思想家でも、生まれた時から染みついたmisogynieから自由になれる人は少ない。

私は文学者としてのドォルヴィリィやユイスマンスやジードは好きだけれど、コンドルセやフーリエのような「覚醒者」とは対極にある。

フランス文学界における女性差別は長い間強烈であって、日本人の想像を絶するものだ。

日本では『源氏物語』の昔から、なんだか、文学だの小説書きだのは、どちらかというと「女」の分野として、分野そのものが支配の構造からは少し離れたところにあった。

以前のヨーロッパにおける「学問」からの女性の排除の凄まじさも、日本とは少し違う。

日本ではむしろ、学問に2種類あって、文科系は女性が得意、理科系は男性の分野、のようなイメージがあったような気もする。

ヨーロッパ思想史とフェミニズムの関係については結構前から調べているのだが、フェミニズムの比較文化論は奥が深いと思う。

個人的には、昔から、女性であることがむしろ不当にプラスになっていると意識してきた。

今の時代で面白いのは、厖大な個人ブログによって、今までは知りえなかったような「他の人」たちの実態や意識に触れられることで、それを見ていると、フェミニズムなんて、実質上はあまり実を結んでいないと分かる。

けれども、「質のいい男」とも出会える。

それまではフェミニストを自称するような男なんて、ただの恰好付けか、偽善者か落ちこぼれか、男としてルサンチマンがあるんじゃないかとか、漠然と、まじめには考えてこなかったのだけれど、何年もブログを読み続けて筋金入りの「覚醒者」が存在することも分かった。

私も、覚醒しつつある。
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by mariastella | 2010-10-18 22:20 | フェミニズム

伝統医学

 今、自分が肩を痛めたリハビリを通して、代替医療についてのレポートを書こうとしているのだが、それについてフランス語で読む時と、日本語で読む時の差に気づいて改めて考えさせられた。

 昨年鳩山内閣は代替医療のエビデンスを確立したいというような統合医療を目指す方針を出したらしいが、日本では、

「近代西洋医学」

    対

「伝統医学」または「代替医療」

という図式があって、

「近代西洋医学」は科学的でエビデンスを追求し、普遍性があるが、機械論や細部にとらわれて全体を見ない、個々の人間を見ない、副作用で体を壊すこともあり、冷たい、

それに対して「伝統医学」や「代替医療」は自然にやさしく人間にやさしく、ホーリスティックで全体を見て、理論は確立していなくとも実績がある、温かい、

という印象がある。

これが、フランスでは根本的に違う。

もちろん、近代医学が解決できない難病などの前に、代替医療系の特効薬や奇跡の治療が紹介される時には、確かに医薬産業を脅かすということもあって、徹底的に叩かれることもあるのは、「先進国」では共通したことだ。

しかし、「効く」代替医療の特集などが雑誌類に載る時は、「伝統医学に対する補完医学」という書かれ方をすることがよくある。「古典(クラシック)医学に対する新医学、代替療法」という言い方もされる。

ここで「伝統医学」とか「古典医学」というのは、

もちろん日本でいう「西洋近代医学」を指しているのである。

当然ながら、ヨーロッパにおいての伝統医学とは、ヒポクラテス以来、進化してきた医学の全体を表わしているので、修道院での薬草栽培やルネサンス以来アラビア人やユダヤ人がもたらした医薬の伝統もすべて入っている。フランスには今でも在野の治癒師がいるし、火傷の急患がいると、救急医空の連絡を受けて痛みをとる念を送る役の人もいる。
フランスでは癌の診断が下されると一切の治療はキャッシュレスになるし、癌の「機械論的」治療と並行して、カウンセラーやホーリスティック医療のチームが病院に組み込まれていることも少なくない。

どこの国でも、人の病気をホーリスティックに直したいと思うのはベースにあるわけで、その中で、ある種の病気については、外科的とか化学的薬品的なピンポイント治療が有効だと分かって光のあたる場所に出てきただけだ。

だから、フランス語で「伝統医学」というのは、「西洋近代医学」だけではなく、「西洋近代医学」は氷山の一角に過ぎない。その水面下の部分に、鍼灸だとか、「気」だとか、アユルヴェーダなどの「他の国の伝統医学」だのホメオパシーやオステオパシ―などの近代代替医療も取り入れて、氷山の上の部分を補完しようとする。それらの医療が大学で研究されたり治療として保険適用されたりするのだ。

氷山の上の部分が万能だなどと言っていないし一番偉いとも言っていない。特化した部分であるだけだ。

フランスの医学部の博士論文の審査にはヒポクラテスの胸像が同席していて、合格した者は、その胸像に向かって宣誓するのだが、それはいわゆる「ヒポクラテスの誓い」の直訳ではなく、「貧しい人の治療を拒みません」とか「治療した以上の報酬は受け取りません」というようなものだ。

日本は近代と共に「西洋近代」を輸入してきたもので、そこに傾倒する部分と、「西洋近代」の弊害をあげつらって、伝統回帰が一番、のような反動の部分がある。
「西洋近代」医学に従事する者は、それが、西洋の伝統医学の一部分でしかないことを自覚せずに、「蒙昧な伝統医学」を切って捨てるような態度をとる者もいるし、それこそ機械論的な非人間的治療をする者もいる。

代替医療をめぐる言説というのは、だから、日本語の文脈で考える時と、フランス語の文脈で考える時とでは、微妙に違うのだ。
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by mariastella | 2010-10-18 00:56 | フランス語

enantiodromie

Klimaのsolipsismeと無神論は相通じると日頃思っている時に、私の中でそれを結びつける言葉はenantiodromieだった。

これを日本語でなんと言うのか調べようとしてカタカナにしてネットで検索しても分からない。心理学用語集を見ても。ヘラクリトスとかユングも見てみたのだけれど。
どんなものでも究極に突き進めると真逆のものと一致する、みたいな意味でかなり普遍的なパラドクスだが、「神」と「無」のような、それ自体「無限」というか「絶対」を抱合しているものもその一形態のような気がする。
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by mariastella | 2010-10-18 00:02 | つぶやき

BenedictusXVI

『カトリック中央協議会ホームページ』にある2010年9月26日の「お告げの祈り」の教皇の言葉を読んで、すごく心に残った言葉。

「愛は感情ではありません。
愛は、キリストの愛に結ばれて、他の人に奉仕することです。」

というところ。

愛は感情ではありません。

・・・・・肩の荷が下りるような言葉だ。

なぜだろう。
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by mariastella | 2010-10-13 05:37 | つぶやき

フランス・バロック音楽のオリジナリティについて

『バロック音楽はなぜ癒すのか』(音楽之友社)に書いたことの一部を、分かりやすく言い換えてみよう。

フランス・バロックの音楽は、1650年から1750年の100年間に、その後いわゆる「西洋近代音楽」に発展したイタリア・ドイツ系のバロック音楽とは全く違う、いわば「ガラパゴス」的な展開をした。その後、ある種のヨーロッパ・グローバリゼーションと民主化と産業革命の流れの中で、フランス・バロックは絶滅種となってしまう。

ここでフランス・バロックと言うのは、別にフランス人がフランスで作曲したものと言うわけではなく、スタイルの問題であり、バッハもたとえばフランス組曲を書いている。

フランス・バロックは非常に複雑で知的な体系だった。

それを可能にしたのはルイ14世に頂点をなした中央集権的な芸術の囲い込みと言う政治的経済的背景である。宮廷や首都に、コーラスやバレエ団やオーケストラや大がかりな機械仕掛けを常駐させるオペラ座を抱えて維持することは、ローマ教会のによる典礼の縛りの強いイタリアや領邦国家群であったドイツには自明のことではなかった。

フランス・バロック音楽がなぜ特殊かと言うと、それは、身体性のランガージュと通して音楽と出会う二つのルーツ、「語り」と「踊り」を対等に、同時に取り込んでいるからである。

まず「語り」から説明しよう。

歌になりやすいイタリア語と違って、フランス語は「詠唱」に適していた。ルネサンス以来、ギリシャ演劇の伝統を最もよく受け継いだのはフランスの古典演劇だった。それを可能にしたのは、中世においても脈々と受け継がれてきた弁論術や説教術の伝統だ。その朗朗とした韻律は体の芯に響き、揺さぶり、その効果を最大限に高めるためにコード化された身振り手振りによって演出されていた。

イタリア人のリュリーがフランス語のためのオペラを作るようにと言われて、毎日古典演劇に通い詰めて頭に叩き込んだのは、韻律に富んだ語りが身振り手振りと共にくり出される様子だった。リュリーは、まず、俳優にその韻文を歌わせることにした。コード化した身振り手振りにのって歌われる語り、それに配されたのが音楽である。だから器楽部分は、語りの部分の効果を高めるように作曲されたし、楽器も人の声が語るように演奏された。音楽のランガージュとフランス語のランガージュは一体化し、切り離せなかったのだ。

これは、イタリア曲のように、音階やアルペジオのような純粋な音楽要素を展開させたり、歌手も声を楽器として音楽要素で競い合う、というものとは全く逆の道をいくものである。

次に「踊り」である。

いわゆる民衆の野外の踊りなどと別に、ルネサンス以来、貴族や法官らの支配者層は、教会に向かう時などに移動する姿の美しさを追求するようになった。歩き方の工夫、体の重心の把握と重心の移動のコントロール、それらの方法論の体系化は、やがて、踊りを、馬術、剣術と共に騎士階級にとっての必須の訓練科目に組み込むことになった。

踊りは、武器をもたぬ武術であり、基礎訓練でもあった。踊りの体系化は、行進や武術の方法論とセットになって、音楽とは独立して進化したのである。

バロック時代のダンス曲は、踊りのために、踊りのコードに対応し、踊りのランガージュと共存するために作られた。「既成の曲に合わせて踊った」のではない。
踊りのステップが、ダンス曲の構造を決定したのである。そこでは作曲者も振付家もダンサーも観客も批評家も同じファミリーだった。若きルイ14世が毎日汗びっしょりになるまで踊りの稽古をし、舞台にも立ち、ギターを弾いたことはよく知られている。宮廷では王と王妃を前にして、貴族たちを両側に、オーケストラを後ろにした空間で、一人ひとりの貴族が、社交界での生命をかけて自分の身体制御能力を披露したのだ。

このように、一方で、身振り手振りを基礎にした「語り」を効果的に音楽にのせること、もう一方で、身振り手振りと移動の仕方を基礎にした「踊り」を効果的に音楽にのせることが、フランスのバロック音楽を形作った。音楽は独立したランガージュではなく、言葉による語りと踊りによる表現という他のランガージュと組み合わさったものなのだ。

「言葉による語り」と「踊りによる表現」との共通点は、その身体感覚である。フランス・バロックの語りが、身振り手振りを伴う雄弁術から派生したように、貴族の基本教養となった踊りにも、同じ伝統が組み入れられていた。語りのコード、身振りのコード、踊りのコードは、身体と世界の関係(体と重力の関係)の意識化を前提としていた。だから歌と踊りのために作曲されたフランスのバロック音楽は、独特のリアルな身体意識なしには演奏できないし、鑑賞もできない。

リュリーの天才は、語りの音楽と踊りの音楽を一同に集めるために、古典演劇とは正反対の非日常的な超自然世界を舞台にしたオペラを発案したことだ。そこでは、人間だけではなく、神や精霊や怪物たちが自在に現れる。彼らのランガージュは「踊り」なのだ。こうして、歌と物語と踊りが混然一体になって進行するフランス・バロック・オペラが誕生したのだ。オペラ座こそがフランス・バロックのガラパゴスだったのである。

それを支えたのが絶対王政であり貴族階級であったのは間違いない。次の時代には、ブルジョワの台頭、民主的なコンサート、フランス革命、すべてが、フランス・バロック・オペラとバレーを壊滅させた。

時代は、分かりやすい音楽だけのランガージュを残すことになった。芝居やバレーは特化した。音楽に合わせて歌がうたわれ、音楽に合わせて踊りが踊られ、演奏家や踊り手の超絶技巧が商品となっていった。
ロマン派の時代には、人の感情を直接表現するランガージュとしての音楽が普通になった。悲愴な気分は悲愴な音楽で、楽しい気分は楽しい音楽で表わされ、そこにはもはや身体意識に基づいて複雑に再構成するという演出はない。ひたすら感情を増幅する音楽が聴衆を全体主義的に同じ船に乗せようとするのである。

その傾向は批評の世界にも広がる。神学のディスクールにも似た「正統」の権威が確立し、超絶技巧演奏家は偶像と化し、祭司がひしめく。人々は、ある時は音量に圧倒され、ある時はむき出しのセンチメンタリズムに酔い、集団催眠にかけられ、それが「わからない」人は排除される。

近代日本が「西洋音楽」を輸入した頃は、まさにそういう時代であった。そこに「舶来信仰」が加わる。思えば皮肉なものである。近代以前の日本の音楽とはむしろフランス・バロックにも似た朗唱や語りと一体化したものだったからだ。

「西洋音楽」は、グローバリゼーションという名の悪しき標準化、均一化に向かう民主的ツールとなる一方で、「西洋クラシック音楽」という名のエリート宗教を残した。その神殿で学ぶものは「完璧なテクニックで感情をこめて」パフォーマンスすることを要求される。

20世紀後半に復活したフランス・バロック音楽は、当然、その前提となる「踊り」と「語り(における演出)」の再発見を必要とした。
フランス・バロック音楽を「完璧なテクニックで感情をこめて」弾いても意味がない。その色彩豊かな和声進行や知的な構成や繊細な装飾音や神秘的な不協和音は、音楽だけのランガージュで生まれたものではなく、踊りと語りのランガージュと共に織りなされたものだからだ。

フランス・バロック音楽奏者や歌手たちが、必ずと言っていいほどバロック・ダンスの講習やバロック・ジェスチュエルの講習に参加するのは当然だ。曲の根っこにあるのは、感情ではなくて、踊りと語りの兼ね合いによって再構成する演出と、それを支える身体感覚なのである。

(この記事は特にフランス・バロック音楽奏者に読んでほしいので、トリオ・ニテティスのブログ
http://nitetis.cocolog-nifty.com/blog/
の方にも転載してあります。)
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by mariastella | 2010-10-07 08:10 | 音楽



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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