L'art de croire             竹下節子ブログ

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「オバサン」の話

フェミニズムに関係した日本語のブログでおもしろいと思うのは最近見つけた田中ひかるさんの

http://ameblo.jp/tanakahikaru77

だ。

彼女の『「オバサン」はなぜ嫌われるか』は読んでいないのだが、「おばさん」はまあいいけれど「オバサン」は差別語だということみたいだ。

彼女も、若い時に学生からジョークでオバサンと言われたことはあるがほんとにオバサンの年齢になったら言われなくなった、それは「差別語」という認識があるからだ、というようなことを述べている。

ところが、動画も少し拝見したが、田中さんは若々しくてかわいい感じの人で、歳も若いし、外見では彼女のいう「オバサン」のカテゴリーに入らない。

考えてみると、こういうタイプの言説というのはすごくスタンスが難しい。

たとえば、「女性は太っているくらいの方がきれいですよ」と発言する女性が太っていたら「自己弁護」だと思われるし、痩せていたら「痩せている人にそんなことを言われたくない」と思われる。
「清貧の勧め」を説く人が貧乏なら「痩せ我慢」だと思われるし、金持ちなら「ほんとうの貧乏の苦労を知らない」と言われる。

「オバサン」は差別だと主張したい女性が、その差別されているオバサン・イメージである「女を捨てた人」「身なりを構わない人」「でっぷり肥え太った人」だったりしたら、すごく勇気がいる。日本のような国でこういうことを書いたからには、田中さんはいつまでも女らしく綺麗でい続けるしかないのだろう。

その点、男の方は、たとえばハゲの人がハゲ差別をするなと言ってもおかしくない。というより、当然だと思う。

また男が自分のことをオバサンだと言ってもあまり変ではない。

たとえば、小田嶋隆さんのコラムhttp://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20111020/223341/?P=1

にこういうのがあった。

***

「自分はひねくれたおっさんなので事実上おばさんの立ち位置で世界を見ている」(・・・)「組織や社会からはぐれたおっさんは、おばさんとして生きて行くほかにどうしようもない」(・・・)おっさんは、組織に属している。だから、「わが社」(ないしは「わが省」「わが党」)ということを軸にものを考える。で、おっさん本人は、自分のこの考え方を「社会的」な視点であるというふうに自覚してたりする。おばさんは、組織に依らない。だから、自分の目でモノを見て、自分のアタマで考える。

***

という風に、男が自分をオバサン(この場合は「おばさん」だが)化していると自称する時は、軽々と、ポジティヴな意味を付与してしまえるのだ。

ところが、女が「自分はオッサン化している」と言ったら、自虐か、あるいは本当は全然オッサンに見えなくてむしろ女性らしい人の演出だったりする。

男性マンガ家が描く自画像は本人そっくりなことが多く、女性マンガ家やブロガーが描く自画像はたいていもっさりしていたりデフォルメされていて、リアルに出会った人に、「・・・さんってほんとはすごく細くてきれいでスタイルもよくて若々しいんですね」と驚かれることになっている。

小田嶋隆さんをリアルで見て、「いやー、おばさん化しているなんて言ってたけど実物はすごく男らしいじゃないですか」なんていう人はいないだろうし、本人もそんなことをねらっているわけではない。

でも、「オバサン」の真の問題は、実は見た目や発想法ではなく、それが「年齢差別」だからだと思う。

年配の女性でも、「奥さん」とか「おかみさん」とか「おかあさん」と呼ばれる時は、差別のニュアンスはない。
それは「役割」だからだ。

「おばあさん」が、孫から見た続柄のおばあさん、「おばさん」が姪や甥から見た続柄のおばさん、あるいは「何々ちゃんのおばちゃん」と幼稚園児がクラスメートのおかあさんを呼ぶならば、差別観はない。

そのような明らかな「役割」や関係性を付与されずに女性を「おばさん」と呼ぶ時に「差別」が生じるのだ。

私はフランスにいるので、音楽の生徒たちなどから「マダム」またはファーストネームで呼ばれている。日本ならそれこそ役割で「先生」と呼ばれるだろうが、ここでは、ざっと言って、知らない人からはマダム、私のファーストネームを知っている人からはファーストネームで呼ばれる。年下からも年上からも同じだ。

私が30代後半だった時、同世代の日本人女性が、小学校低学年の子供を連れてきた。その時に、「さあ、おばちゃんにこれを・・・」と自分の子供に言って、「いや、おばちゃんっていうのは合わないから、おねえちゃんだね。おねえちゃんにこれを・・」と言い直したことがある。

姪でもない子供から「おばちゃん」呼ばわりされる違和感を私の表情から読み取ったのか、彼女らにとって生活感のないフランスで会う私に突然「おばちゃん」(彼女と私はファーストネームで呼びあっていた)と呼びかけたことに自分で違和感を感じたのかもしれない。

私は正直言って、そんな子供から「おねえちゃん」などと呼ばれるのも余計に違和感がある。

でも、役割から切り離された人を「おばさん」と呼ぶのは「失礼だ」という前提があるからこそ、このような展開になったのだ。

なぜ失礼なのか。

それは日本語の「おばさん」が年齢差別用語だからだろう。

フランス語の「マダム」には年齢差別はない。

フランスでも、マダムとマドモアゼルを分けるのは女性にだけ既婚か未婚化を区別するということだから女性差別だとして英語のミズのように、別の言葉をつくろうというフェミニズムの運動はある。

しかしそれは女性差別であっても女性の年齢差別ではない。

よく言われることだが、マダムは「大人」の認定でありリスペクトなのだから、結婚しているかどうか分からない時は誰でもマダムと呼んだ方が失礼ではないし、事実婚が多く離婚も多いフランスでは、結婚していないことがはっきりしていても「マダム」で通せる。

「マドモアゼル」と訂正したい人は自分で訂正すればいいのだ。

もちろん明らかに未成年とか、非常に若い女性にはマドモアゼルと言った方がいいし、マドモアゼルと呼ばれて「あら、私ってそんなに若く見えるかしら」と喜ぶ人もいないではないが、それも時と場合によりけりで、普通は「マダム」と呼ばれた方がリスペクトされているので、知らない人からマドモアゼルと呼ばれると軽く見られていると感じる方が多い。

で、ここが大事なところだが、後は、30歳でも、80歳でも、「マダム」でOKである。

「マダム」には年齢差別のニュアンスもなければ、ましてや「女を捨てた」などという性差別もない。

見た目で言えば、日本人の方がいくつになっても圧倒的に若く見えるし、日本人は、私の知っている限りは、たとえ、男を誘惑したいという意味での女を捨てても、「同性の同世代」のグループの中ではきれいだとか若いだとか思われたい気持ちが70 歳でも80歳でも延々と続くのである。

ある日本のブログ・サーバーのサイトに載っていた広告に、「38歳に見えない彼女愛用。同い年に差がつくコスメ」というコピーがあった。

あまりにも日本的で、びっくりした。

「同い年に差をつける」。

これが強力な日本人の消費者インセンティヴなのだ。

昔、「日本の学校では飛び級も落第もないのに、どうして必死に塾に通わせたりするんだろう」と質問したら、子育て中の人が、「飛び級させようと思って程度の高いことを教えるんじゃないんです。横並びの中で一番になるというのが大事なんです」と言ったので、なるほどと思ったことがある。

日本社会のメンタリティについて「同調圧力」という言葉が使われるが、それは「他と違っていれば居心地が悪い」のと同時に、「似たようなグループの中で羨望されたい」という欲望につながっているらしい。

いいかえると、そのグループから外れると差別されるし、あるグループが別のグループから差別されるということもあり得る。でも、みな、グループ内でのサバイバルに汲々としているから、別のグループから受けている差別に対して団結して抵抗するという方向にはなかなかまとまらないのである。

小田嶋隆さんが「おばさんは、組織に依らない。だから、自分の目でモノを見て、自分のアタマで考える」と評価する「おばさん」とは、彼のいう「おっさん」グループから抜け出す自由と視点を獲得した「アバターおばさん」であって、決して、「年齢差別」を被らないおばさんでは、ないのである。
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by mariastella | 2011-10-29 00:58 | フェミニズム

リビア、アフガニスタン、BHL、Christophe de Ponfilly

リビアの暫定政権CNTが、4月3付けでカタールの内閣府あてに、政権をとればフランスに石油利権の35%を譲渡するという手紙を出していることについて、「ほーら、やっぱり石油利権ほしさの侵略だった」とか「ベンガジの部族がトリポリの部族を倒すための陰謀だった」などという声がある。

もっとも、アフガニスタンのような貧しい国と違って、リビア人は自分たちの豊かさを知っていて、軍事支援に対して「論功行賞」を約束するのは彼らのカルチャーとして当然だという専門家の見解も、この手紙をスクープした「リベラシオン紙」が同時に紹介している。

http://www.liberation.fr/monde/01012357324-petrole-l-accord-secret-entre-le-cnt-et-la-france

もちろん与党はそんな手紙のことは知らなかったと言っているから、一応は後ろめたいのだろう。(カタールにはフランスの常設軍事基地がある。)

確かに歴史的にみると、いつもいわゆる欧米帝国主義陣営が、虎視眈々と資源を狙ってアジアやアフリカに一方的に介入したり侵略したりするというわけではない。

途上国が内乱中に「欧米」に「支援」を求めることも少なくない。

その時に「欧米」がとる態度には「論功行賞」の計算があるにしてもだ。

ダライラマが中国の侵略に対して「国際社会」に最初に訴えた時、「欧米」は耳を貸さなかった。中国に対する色気の方が勝っていたからだ。

アフガニスタンのマスードもタリバンに抵抗するために国連に訴えたしフランスにも訴えたのに、支援を得る前に暗殺されてしまった。

マスードは、ソ連赤軍の侵略に対して果敢に戦った勇者で、その後はタリバンと戦っていたが、戦闘における人道主義で稀有な人柄だったと語り伝えられている。キューバのカストロを思わせる。

マスードが殺されて二日後にアメリカが同時多発テロにみまわれて、アフガニスタンには多国籍軍が侵入した。

シラクはBHL(ベルナール=アンリ・レヴィ)をアフガニスタンに送って、マスードの碑を建てさせて、BHLは賛辞の後に(20年来の友、BHL)と銘を入れた。
それは真っ赤な嘘で、彼がマスードと一度だけ出会ったのは1998年だった。

1980年代のソ連赤軍との闘いの頃からマスードに入れ上げて盟友となったのはフランス人ジャーナリストのクリストフ・ド・ポンフィリーである。BHLも、1998年にマスードに会うために彼に仲介してもらった。

ポンフィリーはマスードの死から立ち直れなかった。その後アフガニスタンのソ連兵士を主人公にした映画などを現地で製作したりしたが、結局2006年に自殺した。

今年の初めにリビア介入についてサルコジをたきつけたのはBHLである。できたばかりのCNTをわざわざエリゼ宮にまねいて「リビアの代表」として世界で初めてサルコジに認証させた。そうなるともう後には引けないから、カダフィが死ぬまでCNTを「支援」し続けるしかない。

しかし、CNTの方には、「マスード」はいない。「カストロ」もいないし、40年前のカダフィすらいない。

BHLもサルコジも自己顕示欲の突出した人たちだから、自分たちさえCNTから「英雄」視されれば、その後で、CNTが「新しいリビアはイスラム法を基盤にしてやっていく」と宣言しても平気なのだろう。

イラクやエジプトでは、サダム・フセインやムバラクの時代には保護されていたカルデア派やコプトのキリスト教徒たちの大量虐殺が始まっている。今の世界で宗教の帰属によって最も大量に殺されているのはキリスト教徒である。

自由で安定した社会の建設にはマイノリティの尊重が絶対に必要なのだということは明らかなのに。

同じように、真の経済成長だの財政赤字の解消だのには、弱者の保護が必要だ。福祉を切り捨てて景気を回復することはできないのと同じだ。
貧しい母子の健康を守ったり若者に教育や職業訓練の投資をしたりすることは、未来の納税者や生産者や消費者を育てることであって、決して、剰余金を恵むことなどではない。
苦しい状況にある時こそ、最も苦しい人の手当てをしなくてはならないのだ。

世界規模でもそれは同じで、「民族浄化」の殺戮も、ソマリアの飢饉も、独裁者の暴虐も、エコロジーの問題と同様に、全世界を、蝕む。
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by mariastella | 2011-10-28 01:53 | 雑感

カストロの憤激

カダフィの死について、キューバ前議長のフィデル・カストロがNATOを人類最大の野蛮な軍事同盟のような形容で罵った。

思えばカストロも革命の後で一党独裁のもと、50年間も元首として君臨し、清廉な政治を貫いたとはいえ、その後は弟が継いだのだから、「独裁者」のカテゴリーに入ると言えば入る。

しかし、石油マネーでうるおい、多部族が割拠する広大な国土のリビアのカダフィと違って、強大なアメリカのそばの小国で、自分も元はスペインからの植民者の子孫でカトリック系の学校に行っていたカストロとはまったく立場が違う。

権力者の社会主義的理念がぶれずにいる貧しい国で、権力者が自らの偶像化を禁じている場合は、亡命者は大量に出ているとはいえ、言論統制弾圧国家というよりは福祉国家路線を貫けるのだ。国の規模が小さい場合、国民に尽くす理想を掲げた指導者が長生きすると、独自の立ち位置を獲得する場合もある。

シルトでの避難先から逃亡するカダフィらの車を空爆したのはNATO軍で、カダフィは空爆では死なずに反乱軍に「処刑」されたらしいのだが、NATO軍が爆撃していた時点で、カダフィが死んでもいいと思っていたのは明らかだし実際に多くの死者が出た。四輪駆動の運転席で黒焦げになっているカダフィ軍の写真も出回っていた。

これは確実に、国連で合意を得たリビアの一般市民を守るという枠を超えた殺戮だ。

その時に、「国連軍」という名目ではなく、いわゆる「欧米」のNATO軍が手を下したというのは、グロテスクである。

こんなことならいっそ、もともと先走っていたフランスが自分たちの名で介入していた方が潔かったくらいだ。

ドゴールがNATOから脱退したのは「帝国主義欧米」の一枚岩を切り崩す意味でも悪くなかった。ブッシュ政権にすり寄っていたサルコジがフランスをNATOに完全復帰させたことの結果がNATO軍のリビア空爆なのは、下品でぞっとする。
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by mariastella | 2011-10-27 05:18 | 雑感

ふたたび佐藤俊太郎さんのコンサートのお知らせ

4月にサンジェルマン・デ・プレ教会で、東日本大震災のチャリティコンサートをなさった指揮者の佐藤俊太郎さんが、今回はパリのマドレーヌ寺院で「東日本大震災みやぎこども育英募金」への寄付に向けて第二回コンサートを行います。

チラシは

https://docs.google.com/viewer?a=v&pid=gmail&attid=0.1.1&thid=13332627df043a45&mt=application/pdf&url=https://mail.google.com/mail/?ui%3D2%26ik%3D5adf4e70c9%26view%3Datt%26th%3D13332627df043a45%26attid%3D0.1.1%26disp%3Dsafe%26zw&sig=AHIEtbQWOz_593CkuBi6bWPveAfP-z1HGA

にリンクされています。

以下、佐藤さんからのフランス語と日本語のメッセージをコピーしますので、その日にパリにいる人、行けそうな人にぜひ知らせてください。

Bonjour,

Nous avons donné un concert de soutien au Japon le 15 avril à l'Eglise Saint- Germain des Prés avec beaucoup de succès: l'église était presque au complet (550 place au maximum) et donc nous avons fait don de plus de 10.000 euros à la Croix Rouge Japonaise. Je voudrais vous remercier de votre collaboration.
La situation dans les régions sinistrées au Japon reste toujours difficile et a besoin de contribution matérielle et morale. J'ai donc décidé d'organiser un autre concert de soutien pour faire un don aux enfants qui ont perdu leurs parents.
Voici les informations concernant ce prochain concert. Pourriez-vous transmettre ce courriel à vos amis et également le mettre sur facebook?
De plus, n'hésitez pas à l'imprimer et à le distibuer.
Nous pouvons également vous envoyer des brochures par courrier si nécessaire.


Bien Cordialement,

Direction musicale, Shuntaro SATO
Violoniste, Michiko KAMIYA-SATO
Organisatrice, Mika CROUZET


この度11月24日マドレーヌ寺院にて、東日本大震災のための、第2回チャリティーコンサートを開催しますことを皆様にお知らせ申し上げます。
4月15日に行いました、第1回目の際には、1万ユーロを超える額を日本赤十字社に寄付することができ、これも一重に皆様の暖かいお気持ちのお陰と感謝しております。

わたしは仙台市出身で、6月に帰国した際に初めて被災地を見て参りました。
そこは、津波の跡もまだまだ復興にはほど遠い状況ですし、放射能の心配も未だ解決されず、東北の方々は日々不安を抱えて過ごしていらっしゃいました。
この大災害の被害の記憶が時と共に風化してしまうことを防ぐためにも、微力ながらチャリティーコンサートを続けていこうと思いました。
今回は、この震災で親を亡くした子どもたちのために、寄付をしたいと思っております。

お送りさせていただく電子チラシは、お手持ちのプリンター機器などでご自由に印刷し、ご使用いただければと思います。
また、この電子チラシを、なるべく多くの方にメールあるいはお使いのソーシャルネットワークなどにて転送していただければ幸いです。
もし、チラシ本体をご希望の方は、ご連絡いただければ郵便にてお送りさせていただきます。

皆様のご協力を、何卒よろしくお願い申し上げます。


指揮者 佐藤俊太郎
ヴァイオリニスト 佐藤(神谷)美千子
オーガナイザー  Crouzet 見香
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by mariastella | 2011-10-26 00:27 | お知らせ

Sic transit gloria mundi

リビアのカダフィが故郷の町で最後まで抵抗して殺された時、イタリアのベルルスコーニ首相は、わざわざラテン語で「Sic transit gloria mundi」とコメントした。

「こうして世界の栄光は移りゆく」というのだが、リビアの旧宗主国で、カダフィとの関係の中でずいぶん特権的な「いい目」をみてきた違いない人の口からこう言われると、いろいろと違和感がありまくりの言葉だ。

このリビアの「反乱」支援は、明らかにフランス主導だったのだが、オバマ大統領は、まるでアメリカの「手柄」のようにコメントしていたので、フランスではそれを皮肉る人も少なくなかった。

といっても、別に、フランスの「手柄」だと強調したいわけではなく、サルコジの先走りのせいで泥沼に突っ込んで行ったら、この先どうなるのか、結局は世界中から倫理的な非難だってされるのではないかと心配していたので、単純にほっとした人も多い。

カダフィの血まみれの姿がニュースで流れた時、ショッキングだが、革命とはこういうもので、フランス革命だって恐怖時代を通過したのだから(自分たちにはとやかく言えない)・・とキャスターが口にしていた。

皆が、居心地悪い思いをしたのだ。

チュニジアのベンアリやエジプトのムバラクのように逃げ出さずに予告通り最後まで戦って死んだということで、「生き方は悪かったが死に方はよかった」とコメントしてしまった人もいた。

23日のラジオでは、カダフィの死についてコメントを求められた国防大臣のジェラールロンゲが、意外なことを口にした。

前にも、ジェラール・ロンゲのコメントに感心したことを書いたことがある。

http://spinou.exblog.jp/16596328/


今回、ロンゲは、カダフィの遺体が引きずられていた映像を見て、それにショックを受けるくらいに「Je suis assez chrétien」(私は十分キリスト教徒だから)と言ったのだ。

「カダフィの血まみれの姿が強烈だとしてもこの40年間にカダフィの手で血まみれになった人々の姿を忘れることはできないが」とも言っていたが、フランスでは、現職の大臣が「私はキリスト教」なんて口にするのはタブーに近いのだ。

驚いた。

インタビュアーも、その少し後で、皮肉りたかったのか、「あなたはキリスト教徒ですが、イスラムが宗教的な政治をするようになったらどうしますか」みたいな質問をしていた。

ロンゲは、それは一部の過激派であって宗教そのものとは関係がないという風にあしらっていた。

ジェラール・ロンゲは若い頃に極右の政治活動をしていて国民戦線の創設とも関係があったとウィキペディアに書いてあった。

もちろん「それは間違いだった」と言って転向し、今はサルコジ政権で大臣にまでなったわけだ。

ともかく、カダフィの末路を

「人間として見ていられない」

という代わりに、

「キリスト教徒として見ていられない」

と言ったのは、その時点では、不思議なことに、誠実に響いた。

「リビア人はイスラム教徒だから残酷なことをした」というお粗末なあてこすりなどではない。

テレビのキャスターですら、「フランス革命だってひどかった」と認めているくらいだし、ヒトラーのヨーロッパの惨禍は共通認識だし、共産圏ヨーロッパが崩壊した後のひどい内戦も記憶に新しい。

ロンゲが「キリスト教徒として」と言ったのは、むしろ「人間として」という近代ヨーロッパ表現のルーツがそのまま出たという感じだった。

キリスト教ヨーロッパが脱宗教化しながら近代ヒューマニズムを概念としてグローバル化した。キリスト教は近代ヒューマニズムの「成因」のひとつなのだ。

別にロンゲの超保守の地金が出たのだと思わないし、あるいは逆に、大統領選を控えてキリスト教系勢力も取り入れようとする与党の大臣が迎合して計算して使った言葉だとも思わない。

前回のブログで書いた彼の言葉と並べてみると、この人の感受性の整合性がうかがえるのだ。

日本ではカダフィの末路について政治的な積極的なコメントはあまりなかったようだし、日本の大臣たちは何かというと失言で更迭されている。

フランスの国防大臣の言葉に、ヨーロッパでは戦争と平和に対する歴史観の陰影が深く刻まれているんだなあ、と、あらためて、思い知らされる。

カダフィに対しては、彼の社会主義的善政を評価し、今度のNATOの介入は帝国主義国の利権争いにしか過ぎないと激しく批判する人ももちろんいる。

軍事介入に関してのサルコジの先走りぶりを見て、カダフィにしゃべられたらよほど困ることでもあるんだろう、と思ったこともある。

ただ、一つ言えることは、たとえどんなに立派で人民のことを考える英雄的指導者がいるとしても、

何が善で何が悪か、

何が正しくて何が正しくないかということを

「たったひとりの人間」が決定して、それ以外は否定されてしまう、反対する声は圧殺されるという体制のあり方は、長い目で見ると絶対によくないということだ。

人は変わるし、間違うこともあるし、道に迷ったり、誘惑に負けたり、疲れたり、勘違いしたりもする。多様な意見が聞こえてこないという社会は閉塞する。

そろそろ結果の出るチュニジアの自由選挙でイスラム勢力が多数派になりそうだが、もうイラン革命の頃とは流通する情報量も違うし、法治国家で多数派になれば過激さは減るはずだ。

これからのリビアやエジプト、シリアの情勢もふくめて目が離せない。
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by mariastella | 2011-10-25 06:01 | 雑感

高田崇史『QED諏訪の神霊』

高田崇史の小説QEDシリーズを時々読む。

舞台になっている場所は行ったことのある所もない所もあるが、小説を読む度に、ディティールを確かめるために行きたい、と思う。

東照宮の話などはわくわくさせられた。

ところが、今回、この『QED諏訪の神霊』を読んではじめて、ネットの動画検索をすることを思いついた。

私は長野オリンピックの時に日本にいなかったし、諏訪大社の壮大な御柱祭のことをTVで見たこともなかった。だから、小説に出てくる樅の木の落下の仕組みも今一つ分からず、前と後ろにV字形につけ加えられるという「メドデコ」の位置関係もよく分からなかった。

で、ネットで検索したら、大量の動画が出てきてひと目で分かった。

実際に行ったとしても人ごみのせいでれほどにはっきりと把握できなかっただろう。もちろん動画を見ても「現場」の熱気みたいなものには包まれないが、そこにいる人たちがどういう風に興奮するのかという観察は十分できる。今は、種々のマインド・コントロールの動画も見ることができるし、すごい時代になったと思う。

私は子供の時にずっと大都会の町中でばかり過ごしたので、花火大会や盆踊り以上のフォークロアにリアルに出くわしたことがない。

小学生用の日本の祭や行事に関する本で、一番印象に残ったのがナマハゲの話で、描写はすごかったものの、写真はなくて単色のイラストだった。それでもそんなものが一体この世に本当にあるのだろうか、と思った。劇場やテーマパークなどにはよく行っていたけれど、「異形のもの」が向こうから自分の家に入り込むなんていうことは信じられなかったのだ。

ずっと後になって、国立民族博物館のビデオ資料室でナマハゲのシーンを見た。すごく感動した。展示されている生の衣装や写真などよりも、ビデオに映る姿や声を聞く方がリアルだった。
何時間もいろいろな祭や風習の映像記録を見て過ごした。

それが、今は、自宅のパソコンの前に座るだけで、世界中の奇習や奇祭がのぞき放題だ。特に日本の祭などは、今や、民俗学者でもジャーナリストでもない一般人があらゆる角度から撮影しているので臨場感がすごい。

QEDのシリーズでかたむけられる史蹟の蘊蓄だって、今や、ネットを渉漁すると、即座に得られる。自分が今まで長年古い本などを漁ってようやく集めたものにしても、今はかなりのものが拍子抜けするほどに簡単にネット上で見られるのだ。

そのせいで、今まではQEDシリーズを読む度に、よし、次に日本に行ったらここを訪ねなきゃあ、と思っていたのに、今回は動画を見ることによって好奇心が満たされてしまうという事態になった。 

 このまま行くと、ユイスマンスの『さかしま』に出てくる元祖ひきこもりのデゼッサント症候群になりそうだ。

ヴァーチャル体験は体が動かなくなった時の楽しみにとっておいて、今はできるなら「現場」を見て、リアルでしか分からないものを発見した方がいいと思うのに。

ただ、どんなリアルだって、一度過去になれば再構成された記憶になるので、次に何かのコピーを見ても、オリジナルを想像したり、記憶を活性化したり再々構成したりできるので、記憶の貯蔵のし方が問題になると思う。
ちょうど、生の演奏を聴いた後でその録音を楽しむとか生の美術展に行った後で写真集を広げるように。

その「誤差」の感覚が分かれば、次に、最初から録音や写真集でしか知らないものに対してもオリジナルを想起できるのだ。

ともかく、こういう小説の面白さは情報満載を楽しむ所にあるのだから、その貴重さを差し引いた時に、上質の音楽や美術作品のように

後から養われるようななにかが残るかのというのは、難しい問題だ。
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by mariastella | 2011-10-22 07:31 |

インドの地震、ビルマの地震

画家の友人が遊びにきた。

会ったのが久しぶりだったので、春の日本の大震災についての話になった。

彼女は年季の入った仏教者でもあって、不安というものがあまりなく、私が地震を怖がっているのを笑った。

「地震が絶対に来ない所(パリ地方)にいる人には分からない」

と私が言うと、インドやビルマでの暮らしが長かった彼女は、自分は何度も地震に遭遇したが、どこでも周りの人はみな、たいていはむしろリラックスして経過を観察していたというのだ。

インドで彼女が暮らした場所では春と秋に地震が多かったという。

台風ではあるまいし地震が季節と連動していることなんて絶対にあり得ないと私は言ったが、彼女の経験則で、周りの人も何となく合意しているのだという。その「季節」が過ぎるとみんな、ほっとするのだそうだ。

地震が来る前には

空が一瞬暗くなる、

それから風もないのに、木々の葉がそよぎ始める。

動物たちの声が途絶える。

次に、遠くからかすかな地鳴りが聞こえてきて、

やがて揺れが感じられると、獣や鳥が狂ったように鳴きだすのだ、

と言う。

いつも、いつも、そうだったと。

確かに、かすかに牧歌的というか、少なくとも私の持っている地震のイメージとだいぶ違う。

私が生涯で体験した地震は全て東京かその近郊のもので、町中か家の中だ。

でも、彼女がたいていは自然の中にいたのだとしても、被害はないのか、と聞くと、ビルマには寺院が多いからその屋根の宝輪が簡単に落ちて転がり、それがぶつかって怪我をする人はいるので気をつけなければいけなかったと言う。

それ以外は、とにかく、地震が来たら揺れがおさまるまでは地面に伏せて寝転がるのだそうだ。

「なぜ ?」と私は聞いた。

それは、まず、揺れで転ばないため、次に地面がひび割れした時に足を挟まれたり落ちたりしないためで、でき腕も伸ばして長くなって寝ていれば、全身が落ちるようなひび割れはまずないので助かると言う。

なるほど。

私は以前に東京の防災館でシミュレーション訓練をやったことがある。舞台に夕食前のダイニングキッチンのセットがしつらえてあって、そこに登って揺れを待つ。火を消すより先に頭を守るというのが正解で、その後で火を消したりドアを開けたりするのだ。

昔、ハワイ島を観光した時に、キラウェア火山の噴火が活発になると、現地の人々が車に乗り弁当を持って見物に来る展望ポイントがあるのを見せてくれて驚いたことがある。

確かに大自然の爆発だの鳴動などというスペクタクルは、相対的に安全なところからながめる限りは「興味ある」現象だ。

だからこそ、カタストロフィ映画を観てカタルシスを得る人もいる。

「災害」は、それが人間や人間の暮らしや活動を脅かす時に「災害」となるので、人間が関わらない時には自然の「脅威」は自然の「驚異」でしかないのかもしれない。

若き日に、インドの山あいで瞑想したり絵を描いたりしていた友人。

彼女が、周りが急に暗くなり静かになったのをキャッチして、「ほら、地震が来る」と耳をすませてあたりを観察している光景を思い浮かべると、人が自分のいる環境(突発的に起こり得る自然現象も含めて)を知って共存している場所があり、そこでは、そうではない場所に比べてパニックや恐怖の敷居がずっと高いんだろうな、と考えさせられた。

ちなみにその友人は昨年はじめてルルド巡礼に行き、聖母行列の時に「生きた聖母」をはっきりと目にしたそうだ。

彼女の名はマリーといって、聖母マリアは守護聖女である。

パニックや恐怖の敷居が高いと、「生きた聖母」を見る敷居が、きっと、低くなるのかもしれない。
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by mariastella | 2011-10-21 02:09 | 雑感

Ça a débuté comme ça.

Ça a débuté comme ça(そいつはこんな具合にはじまったんだ)

という文は、セリーヌ(Louis-Ferdinand Céline)の『Voyage au bout de la nuit』(夜の果てへの旅)の冒頭だ。

この文体の衝撃がどのようなものだったか、今は、よく分かる。

単に話し言葉を取り入れたというより、そのスピード感、臨場感、直截性は並々ならぬものだ。

まえにも少し書いた(http://spinou.exblog.jp/16600046/)のだが、今年はセリーヌの死後50 周年に当たる。

文化相のフレデリック・ミッテランが記念行事を企画しようとしたのだが、反ユダヤ主義者を国が記念するのは共和国の名にもとる、と猛反対を受けてひっこめたという経緯がある。

昨日Arteでドキュメンタリー番組があったが、それによると、前の記事に私が書いたイメージよりも、セリーヌは、プチ・ブルジョワの価値観の中で育ったらしい。母親はパリの商店街でレースの店を経営していたので、要するに、フランスの小商人がユダヤの大商人に向ける当時一般的だった憎悪が普通にあったのだ。

それにしても、激烈なユダヤ差別言辞を堂々と書いたので、あれでは確かに弁解の余地がないのだが、もっと不可解なのは、そのある意味で月並みなユダヤ人への罵倒を何の品格もなく機関銃のように撃ちだすことが、 彼の美意識にとって全然平気だったのかなあ、ということだ。

晩年も、自分はむしろ犠牲者だと開き直って、謝罪の姿勢も全くないし。単に「世渡り」的にも理解できない。

彼の反ユダヤ言辞の下品さの前では、戦時中の斎藤茂吉の激烈反英米短歌など、かわいく上品なものである。

で、セリーヌがいろいろ愚痴を言いながらも平和裡にベッドの上で死んだことに対して今でも憤激する人がいて、ホロコーストの犠牲になったどのユダヤ人をとってもセリーヌより不幸なのに、と言う。

そうかと思うと、「天才だから無罪放免」と言う人もいる。

医学部の博士論文が、ハンガリーの医師の伝記であって、ほぼ文学になっているというのにも驚いた。感染症に対して先見の明があり過ぎて理解されずに不遇に終わった医師だ。

とにかく何がなんでも悪いのはいつでもみな他者であって自分は犠牲者でしかないというセリーヌの確信を導く心の向きというのは、医学部時代からずっと一貫していたようだ。

いや、やはり第一次大戦への参戦と負傷というトラウマが、「人は意味もなく殺し合うものだ」という絶望の根となったのだろう。

Blablaと言うフランス語はセリーヌが使いはじめたそうだ。

彼が嫌悪するblablaは、プロパガンダのように、意味のない言葉が垂れ流されるというものだが、今や「ブラブラ・ランド」といった掲示板があるように、ちょっとした「おしゃべり」という時に使われる方が多い。「ぺちゃくちゃ」という感じで、文脈によって侮蔑的でもあるし、他愛ない無害のおしゃべりだったりする。

セリーヌは、言葉が、不条理な殺し合いへと人を駆りたてたり黒い絶望を植えつけたりすることを憎んだ。

しかしその彼は言葉の天才であって、20世紀の壮大な愚かさを内側から照らして見せたのだ。

セリーヌは20世紀のフランス作家のうちでプルーストの次に多く各国語に翻訳されている人なのだそうだ。

彼がフランス文学界に与えた衝撃を、翻訳小説はいったい、どこまで、伝えられるのだろう。
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by mariastella | 2011-10-20 00:05 | 雑感

J.P.ホーガン 『時間泥棒』創元SF文庫

ホーガンの作品にしては軽くて短編のようなノリで読みやすい。

文庫のカバーの絵もいいし、邦題もしゃれている。

NYの至る所で、時間が遅れていくという設定で、エイリアンによる「時間泥棒」という当初の推測から、結局、別次元の虫が時間を食べて空間を吐き出す新陳代謝をしている、という結論に落ち着くのだから、このタイトルは、ずれているわけだけれど。

主人公の刑事がコペクスキーと、ポーランド系カトリックなんだろうなあ、とウォーショースキーのことを思い出す。彼が、意見を聞きに訪ねて行く先がやはりカトリック教会のアイルランド神父のもとだったりするので、ホーガンもカトリックなのかと思った。

ロンドン生まれのようだが、ミドル・ネームのPがPatrickと、アイルランドの守護聖人だし、亡くなったのはアイルランドのようだから、やはりアイルライド系カトリック家庭出身なのかもしれない。

だからどうしたというわけではないが、ところどころに挿入されるディティールに風味が出ている。

電気を使いすぎの文明批評にもなっているので、今のような原発事故や節電の時代に読むとリやけに身につまされるアリティがあるのだが、これが書かれた90年代前半と今では、はっきりいって、電子機器の様子がすっかり変わった。

この小説では、大型コンピューターを使う会社などが特に損害を受けるのだが、「公衆電話」がでてくるほどで、モバイル携帯などは想定されていない。隔世の観があるのだ。

今の時代に、もし、地球がこの小説のような「虫」に襲われたら、この小説にあるような解決策をとるのがほぼ不可能だ。

僅か20年も経たないうちに、SF小説が古くなるなんて、衝撃的でもある。

世界貿易センターのタワーが傾き始めるという描写も今となってはノスタルジックだ。

キリスト教原理主義のグループがやってきて、

バベルの塔を造ろうとした人間に警告するために神が「多様な言葉」を与えて混乱させたように、機械情報文明で全能になろうとする人間への警告として今度は神が「多様な時間」を与えて混乱させたのだ

と説く場面がおもしろい。

バベルの塔のエピソードでは、それまでは人間は同じ言語を使ってコミュニケートしていた。いわば、はじめにグローバリゼーションありき、だった。

この小説では、電気がまったく使えないとしたら、「産業革命以前の時代に戻るしか終結の方法はない」と人々が絶望する。

つまり、「産業革命以前の時代」では、「多様な時間」が流れていても、全然困らなかったということである。

実際、多様な時間が流れていたのだろう。

「多様性」とは何だろう、と考えさせられる。

この本で、ぺダントリーの他に特徴的なのは、色彩感が豊かなことだ。

時間を喰われたコンピューターには赤いもやがかかる。

時間の遅れが激しい場所は、周りも赤っぽくなる。

時間が損失するとは、時間がゆっくり流れるということで、周波数に比例する色も変わり、光の波長が伸びて、赤方偏移が起こるから、らしい。

他にもいろいろな物性変化がありそうだが、「赤い光」というビジュアルな面に変化を絞ったのが印象的だ。

放射能も目に見えないが、ガイガー・カウンターなどによる、警告「音」のイメージが強い。死の灰がまざった「黒い」雨というのもあるけれど。

それにしても、遠くない過去に書かれたこの小説が成り立たなくなるくらいにはるかに密な電磁気的なネットワークにがんじがらめになっている今の世界に暮らしていることが、そらおそろしくなってくる。
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by mariastella | 2011-10-19 00:28 |

montreuilのアトリエ公開

パリやパリの近郊では、アーティストのアトリエ公開日を設けているところが少なくない。

私の住んでいる町でも、同じ通りに画家のアトリエがあり、プロの音楽家が住んでいるうちも何件かある。

公開日には、いろいろな場所でいろいろな人と話ができて楽しい。

パリ市内にはいわゆるアパルトマンの集合住宅がほとんどだから、アーティストには不便だ。金をかけて完全防音設備をつくったり、倉庫を全面的に改造したりする人もいるが、金のないアーティストには手が出ない。

モンパルナスやモンマルトルといったアーティストの町も、元はといえば、パリの外れであって家賃が安かったのでアーティストが集まった新興地域だった。

モントルィユは、パリに接しているが、移民も多くいわゆる治安の悪い町という印象だったのだが、なんと、パリを囲むイール・ド・フランス県で最もアーティスト人口が多く、前市民の8-10%を占めているという。

この週末には、600人のアーティストが参加して、公の会場やグループ展意外に174の個人のアトリエが公開された。市の配布する地図を片手にいろいろな所をめぐることができる。

http://www.montreuil.fr/culture/ateliers/

5月の末に私が海軍省で主催した東日本大震災チャリティコンサートに出席してくれた日仏カップルがいて、彼らから案内をもらって出かけた。

http://www.kojimoroi.com/

師井さんは私とほぼ同世代の人で、ほぼ同じ頃フランスに来た人で、時の流れを共有している感じがした。

シルクスクリーンの作品をいくつか購入。

一番気に行ったのは海の上を飛ぶ一匹の蝶々。

去年東京で見た山種美術館で

前田青邨86歳のときの小品『鶺鴒』で、「たらしこみ」の手法の青い海を背景に一羽飛ぶ白い鶺鴒の鮮烈さが脳裏に焼きついていたのだが、それが戻ってきた。

私のアソシエーションで、私たちの演奏のテーマと合わせた作品を新たに何か創ったり構成したりして、いっしょに何かしましょうという話になった。

アートの無償性みたいなものがはっきり見えている場所で新しいことを企画するのは本当に心躍るぜいたくだ。

ミオンの『精霊の踊り』で喚起される四代元素をテーマに何か構成してみたい。
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by mariastella | 2011-10-16 23:51 | アート



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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