L'art de croire             竹下節子ブログ

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Le pouvoir de l'Amour (追記あり)

最近復活上演されたことがあるロワイエRoyerの英雄バレーballet héroïqueで、『愛の力Le pouvoir de l'Amour』というのがある。

ちょうど私たちトリオの守備範囲のルイ15世時代のフランス・オペラ・バレーなのだが、このプロローグの構成と歌詞に、はっとさせられる。

ルイ14世時代のオペラのプロローグと言えばひたすら神々に託して王の栄光を称えるものばかりだったが、このLe pouvoir de l'Amourのプロローグは少し違う。

台本はC.H. Le Fèvre de Saint-Marcという人で、他にどんな台本を書いているかと検索しても出てこない。他に書いているのは、パリ大学の医者とか軍人や司教の伝記ノンフィクションのようなものばかりという感じだ。
http://www.idref.fr/035266465

プロローグの歌詞は楽譜と共にネットで読める。

http://gallica.bnf.fr/
 
に行って、Le pouvoir de l'Amour で検索すれば全て開くことができる。本当にいい時代だ。

タイトルページがこれ。

http://gallica.bnf.fr/ark:/12148/btv1b9058703t.r=le+pouvoir+de+l%27amour.langEN

で、このプロローグの何が気にいったかというと、その登場人物だ。

最初に「火」を手に入れたプロメテウスが地上に人間を生み出す。

ジュピターは、火を手に入れて暮らす人間を快く思わず、罰するためにパッションたちを地に送りだす。パッションというのはイエスの受難と同じような苦しみという意味で、どうにもならない受苦である。ここでles Passionsは複数だ。

そこで、その苦しみを緩和するためにプロメテウスが出会って人間に送りこむのがl'Imagination(イマジネーション、想像力)だ。

想像力とは、欲望や誤りをインスパイアする。「有益な嘘」でもある。

そして、このl'Imaginationから生まれるのが、l’Amour(愛)だというのだ。

想像力と愛とが協力すれば、人は苦しみに耐えることができる。それが「運命」の順序だ。

哲学的でもあり、精神分析学の先取りのようでもある。

現世の苦しみから逃れるためには想像力しかないのだが、それは必ずしもプラスのものではなく、エラーも含んでいる。

自由意思を付与されたと言ってもいい。

想像力によって、人は、苦しみをどう生きるかという受け止め方における「自由」を行使できるのだ。

そして、最後に生まれるのが「愛」で、「愛」はそのような想像力や自由とセットになってはじめて人を癒し生かす力となるのだ。

それまでフランス・オペラが踏襲してきたギリシャ神話的なモデルでは「愛」は最初から「女神」のような形で存在していて、それがいろいろなトラブルに発展することもあるのだから、このプロローグの「順序」は新鮮だ。だからこそ、はっとさせられた。

自由意思を与えるのが「天地創造」の神で「愛」に結実するのがキリストであるとも読めるが、それなら原罪としてのパッションが先に来ているのが合わない。贖罪の観念もない。

「想像力」とは自由意思の発現であり、それは善にも悪にも真実にも虚偽にも向かうわけだが、たとえどんな結果になっても、一方的に与えられたパッション「受難」よりは耐えやすい、というのは説得力がある。

当時の他の思想との関連を調べてみたい。

(追記:この台本作者は別の人だと判明した。それについて新たな記事をアップしておいた。

http://spinou.exblog.jp/17178006/

を参照してください)
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by mariastella | 2011-11-30 20:12 | 音楽

ローマ法王とヴードゥ教

ベネディクト16世は、2009年のアンゴラとカメルーンの訪問以来2度目のアフリカ訪問のターゲットをベナン共和国にしぼった。

べナン共和国は旧仏領で公用語がフランス語なので、フランスのニュースにはかなり取り上げられたし、現地の報告もフランス語で読める。

すごーく、微妙というか、明らかに、違和感。

前回は、アフリカにおけるエイズの蔓延の対策が話題になり、B16が飛行機でしゃべったことがいろいろ取り沙汰された。

ベナン共和国は、ヴードゥー教の本家だ。今のハイチやキューバに見られるヴードゥー教はみなこのベナン出身の黒人から伝わったものだ。

フランスの植民地だったこともあるせいかアフリカで一番古いカトリック教会が建っていたり、カトリック人口が34%もいるのだそうだ。
その他のキリスト教もあるし、イスラムも少なくない。それでも、単独の首長を戴く宗教としては、一応ローマ・カトリックが優勢ということだ。そのカトリック教会も、アフリカによくある妻帯司祭の問題の他、汚職とか、未成年との性スキャンダルとか、異教徒の習合とか、いろいろ問題あり、の様子だ。

しかし、なんというか、もっとすごいのは、いわゆる信者数としてはカトリックより少ないヴードゥー教が何と、1992年以来、ベナンの「国教」となっていることだ。この国の祝日は、カトリック・カレンダーのクリスマスや復活祭の他にラマダン明けもなんでもありで、1月10日はヴォドン(ヴードゥー)の大祭日。そして生け贄の動物の首がばんばん飛ぶ。

まあ、日本人の多くが、家の宗旨にかかわらず1 日1 日に「年神さま」をお迎えするとか、皆がどっと初詣でに行ってさい銭を投げる光景が極自然な風物誌になっているのと多分同じなのだろう。

ローマ法王が来るのは大歓迎で、大きなポスターが貼られて、みんなやんやのお祭り騒ぎ。で、ローマ法王歓迎パレードが繰り広げられる。それが、もろヴードゥーのトランスの踊りで、ローマ法王を歓迎しての生け贄まで捧げられる。

カトリックは基本的に生け贄はなし、だ。あらゆる生け贄は、神の子羊であるイエス・キリストの犠牲によって成就したと見なされる。

キリスト教文化圏の人には、公共の場で生け贄の血が流されるのを見るのは結構ショックなできごとだ。でも、ベナンの人は、全然気にしてない。いやそもそもベナンのカトリック信者も皆同時にヴードゥーをやっているのだ。それにしても、この屈託のなさ。

でも、たとえば、ある国が、外国から来るムスリムの偉い人を公式に歓迎するとしたら、女性はヴェールをかぶるとか、アルコールを出さないとか、豚は食事から外すとか、みな、あらかじめプロトコルをいろいろ研究すると思う。

普通にリスペクトするためでもあるが、宗教関係の人にはやはり気をつかうというのが普通だろう。しかも、ローマ法王は一国の首長でもあるし、一応ベナン人の3人に1人はカトリックということなのだから。

もちろんカトリックはインカルチャレーションで、現地の文化や伝統を取り入れることを奨励しているから、インドでは司教が額に香料を塗ってもらうこともあるし、ヨガのポーズで座るキリスト像などもあるほどだ。その意味では、ベナンがすでにカトリック・カルチャーであるからこそ、自信を持って教皇を歓迎しているのだろうけれど…

日本の諏訪大社の御頭祭でも、もうずっと、鹿や猪の頭の剥製を供えることになっていて、昔の血なまぐさい行事は姿を消した。そのことからしても、プリミティヴな文化で普遍的な「いけにえ」は、文明が都市化したり人工化したり自然と切り離されてきたら必然的にシンボリックなものに置き換わっていくのだという気がする。仏教では殺生が禁じられていることの影響も日本では大きかったろう。(神道も一応血を不浄として嫌っているはずなのだから「いけにえ」は別の民俗ルーツが習合したものかもしれないけれど。)

それにしても、ベナンでの教皇歓迎行事のエネルギー、トランス、生け贄の様子は強烈だった。

B16は、よく耐えていたなあ。

ダライラマがベナンを訪れるとは思えないが、ダライラマでも、こんなシーンでは、にこにこしてスルーするんだろうか・・・
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by mariastella | 2011-11-22 08:13 | 宗教

OWS

ついこの前、ウォール・ストリートの反格差抗議占拠(OWS)について、なかなかいい感じみたいだと書いた。

http://spinou.exblog.jp/17076295/

それから一週間もしない週明けの深夜1時に300人の警察が踏み込んで強制排除したそうだ。近隣の商店からの要請で「セキュリティ」のためなんだそうだ。抵抗した者はもちろん逮捕された。

例の、Zucotti Parkのオーナーがこの運動のシンパで占拠を許可しているという話はどうなったのだろう。

翌日に、パリ近郊のデファンスにずっと少ない人数だがテントを構えていた反格差グループも排除された。

今度はシャンゼリゼに行く、と言ってるらしい。

OWSのグループも、この木曜が運動の2カ月記念なのでハーレムだとかいろんな場所で集まると言っている。

「どうせその日暮らしのサバイバルなんだから」

と言っている人もいる。

フランス政府は緊縮財政で、税金逃れをしている金持ちを追いかける代わりに、社会保障の不正受給の摘発に必死だ。「病人はうそつき、失業者は怠け者」扱い。

とても、嫌な雰囲気だ。
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by mariastella | 2011-11-17 07:13 | 雑感

未来の福島こども基金

私の主催しているアソシエーションで油絵の三人展をやります。

EXPOSITION 

L'association Schubertiade vous présente

TAKAHIRO IINO [MOUVEMENT ET PAIX]
RYO TANIGUCHI [Over]
NORIYUKI WADA [MATERNEL]


DE 25 AU 27 NOVEMBRE 2011
TOUS LES JOURS DE 14H A 20H

VERNISSAGE DIMANCHE 27 A PARTIR DE 17H

44, rue Nicolo 75016 Paris

Rez-de-chaussée à gauche

Interphone Boussemart/tél.07 86 80 34 23

Métro : Muette, Trocadéro

もし売り上げがあれば、その一割(つまりアソシエーションの取り分)を、

未来の福島こども基金Fukushima Children's Fund

http://fukushimachildrensfund.org/cooperate.html

に寄付しようと思います。

津波の被害者の支援とかは何とかなっていくと思いますが、福島で暮らしている子供たちには公には何の支援もなさそうなので。

フランスでは、東日本大震災の方はその後のトルコの地震の報道などで、少し旧聞になりかけていますが、フクシマは収束していないことも含めてまだまだインパクトがあるので、またコンサートもやろうかとも思っています。

パリにいらっしゃる方は三人展にどうぞ。
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by mariastella | 2011-11-11 00:09 | お知らせ

Occupy Wall Street

NYのWall Street の近くで投資家や富裕層による富の独占に抗議しているoccupy Wall Street運動の人たちをフランスから見ていて、一番、我彼の差を感じるのは、9 月17日以来彼らがデモの拠点として占拠している場所のことだ。

占拠者が野営しているのはWall Streetから200mほどのZucotti Parkだが、そこはなんと、Brookfield Propertiesという会社が所有している私有地なのだそうだ。

9.11の後で800万ドルをかけて改修したそうで、Zucottiというのは、社長の名前である。
イタリア系で、このパークにWTCの廃材「十字架」を誘致したこともあり、カトリック教会も近いから、カトリックなのだろう。

占拠者たちはZucotti がこの運動に共感していると称している(CHARLIE HEBDO 1012/15)。

実際、私有地であるから、基本的に持ち主の依頼なく警察が介入することができない。だから7週間も占拠できるのだ。

この「占拠」のことを、08年末~09年1月の日比谷公園の年越し派遣村にたとえる人もいるが、年越しは文字通り年越しで、1週間も続かなかったし、雰囲気もまったく違う気がする。

パークで毎夕開催されるコンサートで楽しそうに掲げられる「Arrest the Bankers」というプラカードの裏に「JESUS ♡ YOU」と書いてあったりするのも、いかにもアメリカ的だ。フランスでは考えられない。日本でももちろんあり得ないだろう。

現在50万ドルの寄付が集まっていて、それこそこれからちゃんと「年越し」できるほどオーガナイズされているらしい。

もちろんNY 警察は遠巻きに見張っていなくてはならないので、寒空で一番気の毒なのは、彼らかもしれない。
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by mariastella | 2011-11-10 07:41 | 雑感

村崎芙蓉子さんのこと

婦人公論の1332号(2011/10/7)に、村崎芙蓉子さんのことが載っていた。(ルポルタージュ『時代を創る女たち』島崎今日子)

村崎さんは、50代くらいの頃に、医者らしくも熟女らしくもなく、軽々とギャル風で楽しそうな人としてやはり女性誌に紹介されていた記憶がある。

76 歳になる今も、そのかわいらしさも元気の良さも変わらないのだが、それよりも、こういう記述に驚いた。

新婚時代の彼女が語る「夫婦の非対称性」だ。ある日曜に、台所で慣れない包丁を使い昼ごはんの支度をしていると、背中に視線を感じて振り返った。庭でゴルフの練習をしていた夫(高名な精神科医)が、愛おしげに妻を見ていたのだ。

ここで、村崎さんは、

「一瞬冷水をかけられたようにゾッとした」

と言うのだ。

「家事をする妻の姿を素敵だなと思っていたのでしょう。でも、そのときの私は読みたい文献があって、内心イライラしながらキュウリを刻んでいて、心の中はそんな美しいものではなかった。夫の視線に、2人のギャップを一瞬のうちに感じてしまったんです」

と彼女は語る。

すごいなあ。

彼女の時代のキャリアウーマン、エリートであればある程、それでもよき主婦でよき母であるスーパーウーマンでなければ周囲から偏見の目で見られただろう。
そんなお偉い女先生には家事はつとまらないとか、ご主人や子供の世話はできないとか。

で、キャリアを目指す人は、家庭生活を犠牲にするか、あるいは、家庭までもうまく切り盛りできるパーフェクトな自分に酔うか、どちらもできずにぼろぼろになるか、というのがよくあるパターンだったろうと思う。

村崎さんは医師という専門職で、実の両親と同居で、夫はエリートコースで、美人で、人生を楽しんでいる感じだから、日曜日には敢えてキッチンに向かう自分に自己満足を感じていたとしてもおかしくない。

だから、その自分を愛おしそうに見つめる夫の視線を感じるのも、

「私って、キャリアもあって、同時に、愛されキャラで、すてき」

と位置づけても不思議ではなかったと思う。

それが

「冷水をかけられた」

と感じたというのだ。

キャリアのある男は日曜に庭でゴルフの練習をするのが絵になっていて、キャリアのある妻は日曜にキュウリを刻んでいるのが絵になる。

夫はそのパターンを受け入れているから、そんな妻の姿を「いとおしい」と見ているのだ。加害者意識があるわけではない。

しかし、かいがいしく働く妻を愛おしく見るということはそのまま、家事をしないで文献を読む妻を苦々しく見るということにつながるわけである。

村崎さんは無意識にそれを回避してキュウリを刻んだ。

村崎さんは、自分の息子たちを「夫のような男には育てない」と一心不乱に教育して、息子はめでたく家庭的に育ったらしい。女の子がいればそのニュアンスは変わったのだろうか。

私は日本のキャリア女性の家庭における非対称性のことなど日本にいた頃もあまり考えたことはなかったが、むしろ、ここ数年、「普通の主婦」のブログが簡単に読めるようになって、地域にもよるのだろうが、家庭とか子育てとかいうシーンでは旧態依然というか、村崎さんが昭和の時代に体験したのと大して変わらない光景が普通に繰り広げられているのを目にして驚いている。

昭和の時代に村崎さんが「冷水をかけられた」ようにゾッとした夫婦の非対称性などは今でも同じ感じで再生産されている。

フランスでももちろんいろんなパターンがあるだろうが、少なくとも、お隣と比べるとか子供のクラスメートのお母さんと比べるとか、雑誌に出てくるカリスマ主婦と比べるとか、そういう発想はない。姑同士が「うちの嫁は・・・」と品評するすることはないし、男同士が「うちのやつは・・・」と言い合うこともない。

人にはそれぞれ得手不得手や好き嫌いもあるから、男と女に限らず、共同生活をするには、互いの得手不得手や好き嫌いが補完し合うような人同士が暮らすのが一番平和だろう。

うまくそういう相手と巡り合うのはどの国でも難しい。

けれども、うまく巡り合った場合に、「理想の家庭」のパターンについて先入観や同調圧力があるような国や社会においては、その平和が「外圧」によって脅かされるかもしれない。

それが多分、日本の一番の問題だ。
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by mariastella | 2011-11-08 03:29 | フェミニズム

G20が終わって。

今朝のラジオで外相、ヨーロッパ相、国務大臣としてサルコジにカンヌG20でぴったりくっついていたアラン・ジュペがインタビューに答えていた。

その中で、チュニジアで多数党となったイスラミスト政党がこれからはイスラムを基本理念にして、と言ったことについてコメントを求められていた。

そこには、「フランスはアラブの春を手離しで応援しているようだが、選挙をしたら結局イスラミストが勝ち、これではイランと同じイスラム革命になって藪蛇ではないのか」という考え方がある。

それに対してジュペは、「イスラムと民主主義が両立しないという一方的な決めつけはおかしい」とまっとうなことをいい、民主主義国が宗教を軸に据えるのは例外的なことではない、と述べた。

その例に出したのが、女王が国教会の首長であるイギリスである。

世界的に見て、民主主義が歴史的に無神論と結びついているような国はフランスくらいしかない。

で、誰もイギリスを民主主義ではないと言うわけではないのに、チュニジアのようにイスラムを軸にしようという新民主主義国家をそれだけで批判するのは間違っているというわけだ。それはそうだと思う。

政教分離のさじ加減というのはどこの「民主主義国」でも独自の文化や歴史やメンタリティによって、かなり違っている。イスラム国でもアラブ系ではないトルコやインドネシアなどでは、けっこうフォークロリックな政教分離が見られる。

また、近代世界を牽引したキリスト教圏欧米でも、16世紀の宗教革命や18世紀の市民革命の時点において、どんな教会が政治的にどのような勢力を持っていたかによって、その後の政教分離の建前と実際や、民主主義の落とし所は微妙に違ってくる。

私が感心するのは、「欧米」の内輪同士では、それらの差異を混同することなく、自分たちがどういう政教分離のどういう民主主義で、相手のそれはどういうものなのかをよく心得ているというところだ。

まあ、同じローマ・カトリックの根っこから分かれてあれほど激しく殺し合いを続けて血を流してきて、やっと棲み分けの智恵をつけた文化圏なのだから、当然だとも言える。

そして、そのくせに、非キリスト教世界や非欧米世界に向けては、まるで申し合わせたように同じ口調で「民主主義」や「自由平等」などを唱えるのだから、「圏外」の人にはなかなか実態を見抜けないし、「使い分け」のリテラシーも身につかない。

特に、たとえばアングロ・サクソンの情報源に頼っていれば、無神論系やラテン系の民主主義のニュアンスをつかむことは難しいし、「欧米」内談合の機微をうかがうのも楽ではない。(この辺の考え方のヒントについて書き下ろしたものを筑摩書房から近日出す予定です)

まあ、民主主義の理念などに興味を示すふりをする必要もないほど人口的にも経済的にも軍事的にも勢いがあって上り坂にある大国であれば、機微もへったくれもなく、リアルポリティクス一辺倒で押していけるのだろうけれど。

G20における日本の立ち位置というのは、「欧米」先進国と同じように疲弊して低成長なのに、「老獪パワー」仲間に入れてもらえるパスワードを有していない、空気を読めないヒトみたいだ。

フランスとアメリカは共に来年が大統領選であるし、共に現職大統領の人気が低迷しているし、財政的にも苦しい所にあるので、このG20ではけっこうなかよし路線を演出していた。「欧」と「米」とが組めば、ヘゲモニーはまだ盤石と思っているからだろうか。

そして、その「欧米」が実際に意味を持つには、「欧」がまとまっていなくてはならない。

「米」の一州が破産して米ドルから離脱するということがあり得ないように、ユーロ圏は少なくとも、通貨圏としては「一心同体」を前提として築かれた。

だからこそ、その中のギリシャが破産寸前となっても、基本的に、ユーロ離脱という選択肢はない。つまり、最初の規定に、「離脱手続き」が想定されていないのだ。

もしギリシャが離脱するという前例ができてしまうと、離脱手続きが既成のものとなってしまう。

それが何を意味するかというと、これから先、ユーロ圏内の主権国家に投資するリスクが撥ねあがるということだ。その国が立ちいかなくなればユーロから離脱して破産してしまうという可能性があるからだ。外部の投資機関にとっては、ユーロ圏の評価が下がる。

「一心同体=一蓮托生」が前提であってこそ、ユーロ圏の主権国は、それぞれが国債などを売ることができる。
だからこそギリシャがここまで深みにはまったのだし、格差のある国を組み入れたユーロ構想は最初から見通しが甘かったとも言える。

ともかく、「ユーロ圏は崩壊しない」という建前が維持できなければ、ユーロ内の主権国は、投資先としての価値を大幅に削減されてしまう。

それにいくら日本が赤字でも日本国債の債権者は日本国民がほとんどであるように、ギリシャの国債や他の事業にも他のヨーロッパ国がかなり投資しているわけで、そもそも全ての投資は、慈善事業ではないのだから、皆リスクと共にそれなりの恩恵を享受していたりそれなりの思惑があったりしたはずだ。

そんなわけで、独仏の必死のギリシャ救済は、別に義侠心の発揮ではなくて、ヨーロッパが、

「いつでも解体可能な寄り合い部品のロボットだから投資先としては向いていない」

と見られないために、

「生活習慣病で病に侵された内臓を見捨てないで治療を続ける一体化した人格」

と見られるようにがんばっているだけだ。

今の世の中では、「投資する価値」や「投資される価値」ばかりが評価基準になっているのは、国ばかりではない。

崩壊しかけているのは、何か、別の、もっと大切なものなのかもしれない。

(この記事の後半は、私のサイトhttp://setukotakeshita.com/の掲示板http://6318.teacup.com/hiromin/bbs?に寄せられた質問の答えに替えたものです)
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by mariastella | 2011-11-07 00:06 | 雑感

ロマン・ポランスキーの『ゴーストライター』

アメリカの司法との問題を引きずっていてスイスに監禁状態だった頃のロマン・ポランスキーが仕上げた映画『ゴースト・ライター』は、アメリカのピューリタニズムへの抵抗もあってか、フランスで必要以上に評価された映画だ。2011年のセザール賞の監督賞もとっている。

イラク派兵当時のマイケル・ムーア映画の高い評価のことも思いだす。

まあ、アートを楯にとってアングロサクソン文化との差異性を強調するのはフランスのお家芸の一つなのだから不思議ではない。
ハーグの国際刑事法廷を批准していないアメリカの仲間はイランや北朝鮮やパキスタンなのだということを英国の元首相が知らないというのはあり得ないが、それをからかっているのが印象的だ。

そんなわけで、舞台がアメリカで主要登場人物が皆イギリス人という設定なのに、映画は全てヨーロッパで撮影された。

批評家や業界の高い評価と対照的に、一般観客からは「失望」「退屈」の意見が目立っていた。私は敬遠していたのだが、最近つき合いで観る機会があった。

言いつくされているように、音楽やカメラワークは素晴らしくてサスペンスを盛り上げる雰囲気作りも繊細で堂に入っている。退屈とか冗長ということはない。臨場感は半端ではない。雨や風や空気まで体感できそうなくらいだ。

ただ、決定的につまらないのは、これは演出というより原作が悪いのかもしれないが、メインになる「秘密」みたいなのにインパクトがなさすぎなところだ。

最後の一見「意外などんでん返し」に見える「真相」発見も、よく考えると「それが、なにか?」というレベルであり、真実に迫るヒントを与えてくれるのが、主人公がグーグルで検索するとたらたらと出て来る程度の情報というのも拍子抜けする。

せっかく兵器産業の話とかも出てくるのだし、何かもっと壮大なスケールでリアルなディティールをたたみかけてくるならおもしろいのに。
雰囲気のディティールしかないのは残念だ。

主人公は、最初にロンドンの路上で暴漢に襲われてショック状態になるほど「普通の人」に描かれている。最後まで「巻き込まれ型」ヒーローであることと、ゴーストライターというステイタスが合致しているのは、よくできている。

主人公と元首相の妻との会話で、

「政治家になれずに政治家の妻になった」彼女と

「作家になれずにゴーストライターになった」主人公との

「人生へのわだかまり」みたいなものが一瞬交差するところがある。

それが最後の「真相」によって別の意味を持って照らし出されるので、人生における自由だとか選択だとかいう幻想がもたらす苦渋が、テーマと言えばテーマなのかもしれない。

そうだとしたら、謎の「真相」の肉付けがないのも、インパクトが足らないのも納得がいく。

しかし、そういうテーマならもっとよくできた映画や戯曲もあるから、評価の高さに比べると不全感を覚えるのは、否めない。
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by mariastella | 2011-11-02 09:01 | 映画

パリのジャンヌ・ダルク

最近いろいろあってゆっくりとジャンヌ・ダルクのまとめにかかれていない。

だからパリに出たついでに聖ジャンヌ・ダルク・バジリカ聖堂に寄ってきた。

ここはミサの時意外に一般公開していないので、普通の人には敷居が高いのが残念だ。

パリ市内にはバジリカ聖堂という特別の巡礼対象になっている大聖堂がいくつかある。

観光客にも有名なのはノートルダム大聖堂やモンマルトルのサクレ・クール。

パリの一等地にあって聖母のヴィジョンがあったノートルダム・デ・ヴィクトワール、

ノートルダム・デュ・ペルペテュエル・スクール(恒久の救済の聖母)(ここはローマのサンタ・マリア大バジリカ聖堂の奇跡のイコンのコピーを有していて1966年にバジリカ聖堂として認定された。)

7区にあるサント・クロチルドは、19世紀のネオゴティックで、遠くから尖塔を見ると、小ぶりのノートルダム大聖堂かと思えるほどだ。
ここは、1897年のクローヴィス洗礼1400周年を記念してバジリカに認定された。(クロチルドはクローヴィスの妻。クローヴィスの洗礼でキリスト教国としてのフランスの歴史が始まった。

つまり、他のバジリカは、聖母、王妃、イエスの聖心臓と、錚々たる聖人に捧げられているのに、その他に、15世紀に生きた普通の村娘で17歳で歴史に登場、19歳で火刑台で殺された処女戦士ジャンヌ・ダルクが、1920年になってようやく聖女になったということで、聖母と並んでフランスの守護聖女になって首都にバジリカ聖堂を建ててもらったわけだ。

このバジリカは、18区のシャペル通りRue de la Chapelleにあるサン・ドニ教会にくっついて建てられている。1429年、オルレアンを奪還した後で、パリに攻め込もうとしたジャンヌは、その前にこの教会で一晩を祈って過ごした。その頃、ここは城壁に囲まれたパリ市内ではなく郊外の丘の上だったのだ。

サン・ドニとはパリの初代司教で、殉教して首をはねられて、その首を抱えて丘に登りモン・マルトル(殉教者の丘)の名を残した。その向こうにあるサン・ドニ市にはサン・ドニのバジリカ聖堂があって代々の国王の墓所になっている。
18 区のサンドニ教会はその出店みたいなもので、ここからサンドニのバジリカまで、聖体や聖像を掲げた立派な行列があったわけだ。

それが今は、サン・ドニ市も、サン・ドニ教会のあたりも、アラブ・アフリカ系の移民の多いゲットー化している区域が多く、モスクでもあった方が人が集まりそうな人口構成になっている。治安も悪く、とても巡礼者がバジリカを訪れるという雰囲気ではない。

で、平日はずっと閉まっている。

バジリカが開いている日も、サン・ドニ教会の内側から入るようになっている。バジリカの立派な表門は閉じられたままなのだ。

サン・ドニ教会でも、蝋燭を備える人が小銭を入れるスタンドが壊されて聖アントワーヌの像が倒されて首が落ちた(特別にバジリカを案内してくれた係りの人が、告解室の扉を開けてその無残な姿を見せてくれた)。聖母子像は、木製だが銅で装飾をされているのでそれをはがしに来る者もいる。あちこちに監視カメラがある。

バジリカは1200人が集まれる広々としたものだ。

ジャンヌ・ダルクの像は全部で三つある。

バジリカの前庭にブロンズ製で甲冑姿の勇ましいジャンヌ。

バジリカの聖堂内陣前の広間(ミサの後ここでコーヒーなどを飲める)に、女装だが、天使の翼のように衣を持ち上げて百合の花をかざし、腰には剣を帯び、軍旗も支えるジャンヌ。

そして、サン・ドニ教会の方に、中に入ってすぐ左手に火刑台に縛られたジャンヌの像がある。顔は若い娘のそれだが、はだけてそらしたたくましい肩や胸には女性らしいところがなく、ギリシャの勇士の姿のようだ。

どれも20世紀初頭テイストの像だが、三つ合わせてながめると胸に迫るものがある。

サン・ドニ教会にはパリの守護聖女ジュヌヴィエーヴもやってきてサン・ドニの遺骨の前で祈ったと言われている。ジュヌヴィエーヴはパリをフン族から守った。

ジャンヌ・ダルクもパリをイギリスと組んだブルゴーニュ派から「解放」しようとしたのだが、聖ドニは、ちょっと困ったのかもしれない。ジャンヌは結局パリを攻略できずに負傷してしまった。

ジャンヌ・ダルク・バジリカ聖堂のあるメトロMarx Dormoyと同じ12番線をサン・ラザールの方に向かって乗ると、ノートルダム・ド・ロレットという駅があり、この教会はとても19世紀らしい。
http://www.patrimoine-histoire.fr/Patrimoine/Paris/Paris-Notre-Dame-de-Lorette.htm

パリの教会では最も色彩豊かと言われていて、美術館のように当時のいろいろな画家や彫刻家を集めて飾ったので、統一は取れていないがいろいろなスタイルを楽しめる。ちょっとした劇場のようだ。フランス語さえ読めれば、全体の解説も各部分での解説も懇切丁寧で、じっくり楽しめる。

ここも下町ではあるが、教会の中にはいつもかなりの人がいて聖体の前で拝んでいる。立派なオルガンがあるのでコンサートも少なくない。

このロレットというのは、マリアが受胎告知を受けた家が、ムスリムの侵入後に、天使に運ばれてきて、まずクロアチアに、それからさらにイタリアに避難させられて移築され、サンタ・カーサ(聖なる家)教会が建てられて、ノートルダム・ド・ロレットと呼ばれたのに由来する。

パリのこのノートルダム・ド・ロレットの丸天井の絵の下の方にも、そのマリアの白い家が描かれている。

マリアが死んだという家はトルコにもあるし、エルサレムの近くにもあるし、イエスが育ったナザレの教会や生まれたベツレヘムの教会もあるのだが、この「受胎告知の家」は、天使が運んで移動させたのだから、どこででも「聖堂」化できるらしい。

ノートルダム・ド・ロレットの修道会は、マザー・テレサが修道女として入会したことで有名になった。

ともかく、やはり、絶対人気の聖母マリアである。

それに比べると、オルレアンやルーアンと違って、パリでのジャンヌ・ダルクの立ち位置は、「聖女」としてはどことなく居心地が悪そうだ。

あんな立派なバジリカが、あんな場所にあって、要塞のように表を閉じているのは、残念だ。

サン・ドニのバジリカ聖堂もそうだが、聖母がイエスのために作って成長と共に大きくなったという縫い目のない衣を祀っている有名なアルジャントゥユの教会も、パリの北の郊外でムスリムの多い地区にあるので、ほとんど閉じられている。

歴史的にも文化的にも観光資源としても貴重なカトリック教会があちこちで孤島のように閉ざされているのは残念だ。

だからというわけではないが、このブログでは、次回から、少しずつ、聖母御出現について書いていこう。

私が聖母御出現やメッセージに興味を持ち始めたのは1980年代からで、その頃は御出現ラッシュという現象が現れたのと、いわゆる世紀末に向かって、終末論的な言辞が組み合わさっていた。

その意味をさぐりたかったのだが、21世紀も最初の10 年が過ぎた頃から、「世紀末」から距離ができて、ようやくいろいろなことが見え始めてきた。

特に、ルワンダのキベホにおける御出現とその顛末は、その後に続いた内戦の虐殺の凄惨さのことを思うと、いろいろ考えさせられる。

「終末論と聖母御出現」というシリーズにして少しずつまとめてみるつもりだ。
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by mariastella | 2011-11-01 10:01 | 雑感



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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