L'art de croire             竹下節子ブログ

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キューバのローマ法王 (承前)

3月28日、B16がハバナの革命広場で行なった野外ミサの様子がニュースで流された。

その後で、フィデル・カストロと30分の会見も実現した。

前教皇(JP2)はクリスマスの祝日化を実現させたが、B16は復活祭の聖金曜日の祝日化を提案したそうだ。キリストの生まれた日と死んだ日ということだから説得力があると思ったのかもしれない。復活の日はどうせ日曜日なので祝日にする意味があまりない(フランスでは続く月曜が振り替え休日になっている。聖金曜日は祭日ではない)。多分無理かも。

B16は、共産党政府と反体制派の仲介をオルテガ枢機卿に任せるという姿勢を強化しただけで、JP2のように積極的に解放を唱えてくれるかと期待していた反体制派は失望したようだ。反体制派との会見も断られ、聖堂の占拠も排除された。

1998年、JP2が歴史的なキューバ入りをした時は、はじめは警戒されていたのだが、1月25日、革命広場でJP2が、「ネオリベ資本主義」、「市場の盲目的力」、「拡大する貧困層の上で極度に富む少数派」を強く弾劾し、「不公正を蒙っているすべての人々を心と言葉で励まします」と朗々と宣言したので、万雷の拍手が沸き起こった(そういえば、ソ連末期にバチカンを訪れたゴルバチョフも、それまではローマ法王は「西側の手先」だと思っていたのに、「アメリカ・モデルを採用してはいけないと」JP2が激しく批判したのですごく驚いたと述べていたっけ)。

ようやく拍手がやんだとき、「私は拍手に反対じゃないですよ、拍手の間は少し休めますからね」とユーモアを見せて、最前列にいたカストロの顔がほころんだ。

この時に驚いたのはキューバ人だけではなく、JP2を追いかけていたヨーロッパ系のジャーナリストたちもそうだった。JP2はパーキンソン病のためになめらかに話すことがすでに困難になっていたからだ。信仰には小さな奇跡が時々あるのかも。

実際に日曜にミサに行くカトリック信者は現在キューバ人の10%だ。しかし、カトリックとのつながりは、最後の共産国のひとつであるキューバにとって、世界に開かれた窓であり自由世界への橋でもある。

B16はJP2のようなユーモアもないし、カリスマ性もないかもしれない。しかし、アメリカ主導の不当な経済封鎖を今回もきっちりと非難した。ブッシュ批判をして反米政策を取るベネズエラのチャベス大統領もヴァティカンで教皇と会見している。二人の教皇の時代の文脈も違うし、聖霊によるインスピレーションも違うのだろうが、この人たちが果たすシンボリックな役割は小さくない。

野外ミサの行なわれた革命広場は、チェ・ゲバラとカミーロ・シエンフエゴスの2人の巨大な壁面肖像モニュメントが圧倒的なインパクトを与えていて、キューバが「無神論国家」として出発した歴史的な場所である。

宗教行為を解禁したのは1992年なのでちょうど20年、前教皇が訪れてクリスマスが祝日になってから14年になる。

集まった人々は、革命とキリスト教は共存できる、と嬉しそうにインタビューに答えていた。

チェ・ゲバラとローマ教皇が並ぶのは違和感がないそうだ。

ゲバラはアイルランド人とスペイン人の貴族の両親のもとにアルゼンチンで生まれているから、カトリック文化圏の人であることは間違いないのだが。

最近のインタビューで、ロスアンジェルスに住んでいるJulie Delpy(フランスの女優で監督)が、チェ・ゲバラのプリントTシャツを着ているパリス・ヒルトンと出くわして

「世界の終わりだ」

とショックを受けた、と語っていたのを、なんとなく思い出してしまった。
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by mariastella | 2012-03-30 19:53 | 宗教

Virgen de la Caridad del Cobre

3月23日から28日までローマ教皇ベネディクト一六世(以下B16)がメキシコとキューバを訪れる。

メキシコは麻薬密売組織のナルコスと警察とが癒着や戦いを繰り返していて内戦状態に近いくらいに治安が物騒なのだが、司教が「神の停戦」を提案して、ナルコもそれを受け入れて、教皇のいる間は騒ぎを起こさないと約束したんだそうだ。

日本で天皇が地方を訪れる時は、暴力団の抗争のある地域なら警察の取締強化がなされそうだが、「おとなしくしましょう」という呼びかけや受け入れがあるのだろうか。ましてや他の国の首長とか宗教の長が来る時は・・

中世、近代を通じて少しずつキリスト教主導で停戦協定や戦時国際条約を作ってきたキリスト教文化が基本にあるところは、ある意味で分かりやすくてうらやましい。

キューバの訪問は、カトリックにとってさらにシンボリックな意味を持つ。

キューバは1959年の革命から1992年まで、公式に「無神論国家(国家のドグマは科学的無神論)」だった。教会やミッションスクールは閉鎖され、外国人宣教師は追放され、クリスマスを祝うことも禁止された(1998年に解禁)。

プロテスタントのバチスト教会だけが政府と協調路線に入って生き残り、勢力を広げた(8000人から10万人)。家庭内ではカトリック的民衆宗教が存続していた。

カトリック教会は、革命前のバチスタ独裁政権と癒着しアメリカのCIAとも関係があるとされて徹底的に弾圧されたのだ。

現在のオルテガ枢機卿も、60年代には軍の「再教育」収容所に隔離された。カストロの出身校であるイエズス会の学校は士官学校に変わった。

はっきりと風向き変わったのは、ヨハネ=パウロ二世が1998年にフィデル・カストロと会見した時以来である。カトリックは、アメリカのカトリック・ロビーを通じて、経済封鎖の解除に働きかけ、亡命してマイアミに住むキューバ人との和解を進め、キューバと自由世界を結ぶ架け橋として重要な役割を果たす。ヴァティカン太子はキューバにいるし、キューバ大使もヴァティカンに常駐している。キューバ政府に囚われている政治犯の解放にも助力した。

今回も、B16にその交渉をしてもらおうとして、慈悲の聖母の聖堂にを占拠したグループがいるくらいだ。
もっとも教皇が何かをする時はすべて水面下なので、表向きの示威行動は逆効果である。

ともかく、キューバのそのような「カトリック還り」を象徴するのが「Virgen de la Caridad del Cobre 銅の慈悲のおとめ」と呼ばれる奇跡の聖母子像の巡行である。

担がれて練り歩く黄色のマントを着た小ぶりの聖母子像は、わりと地味な透明ケースに入れられて、普通のお人形みたいだ。

一六一二年、遭難しかけた三人の漁師「うち2人がインディオ)の前で、波間に現れて救ってくれたという「銅の慈悲のおとめ」像は、アフリカ由来の民間宗教Santeríaの愛の女神Ochunと習合して、キューバの守護聖人としとなり、もともと人気があった。

2010年8月からキューバ中を巡行して人々を熱狂させた。

プロテスタントのバチスト派は聖人や聖母崇敬を認めていないので、女神と習合した聖母好きの民衆の宗教感の高揚をうまく誘導できない。

カトリックの独擅場である。

B16は、その聖像出現の400周年記念に訪れる。

昨年の8月30日にその「大聖年」がスタートした時ににも、B16は夏の別荘であるカステル・ガンドルフォからキューバ国民に熱いメッセージを送った。


フィデル・カストロと語ったヨハネ=パウロ二世は社会主義陣営の鉄のカーテンを落とした立役者だった。

B16はラウル・カストロと会見する。

もしも、Líder Máximo とも呼ばれる老雄フィデル・カストロがB16に会うなら、シンボリックな意味はますます強まるだろう。
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by mariastella | 2012-03-24 07:34 | 宗教

電気輸入大国フランス?

今年のフランスは記録的な寒さだった。

原発によるエネルギーの自給(実はニジェールなどのウラン鉱山のネオ帝国主義的搾取を前提としているのだが)を掲げているフランス政府は電気暖房を推奨しているため、この冬は電気が足らなかった。

寒さのピークの2月2日から17日の間には、ドイツを主として、イタリア、ベルギー、イギリス、スペインとほぼすべての隣国から電気を輸入した。

http://clients.rte-france.com/lang/fr/visiteurs/vie/tableau_de_bord.jsp

これは原発九基に相当するらしい。

今でも夏場は電力が余っていて他国に輸出もしている。

けれども、フランスは寒い冬には自力で電力をまかなえない国なのだ。

今は一般家庭の暖房の30%が電気だが、新建築は70%がオール電化を進めている。

電気のエアコンで夏の冷房をまかなっていてあわてる日本と変わらないなあ。

(スイスの原発とフクシマの原発を比べたブログ記事

http://eikojuku.seesaa.net/article/256938335.html#comment

が興味深かったので、そこに思わずコメントしたので、それをここにもアップした記事です)
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by mariastella | 2012-03-12 21:04 | フランス

ニーチェと猫

ニーチェって猫嫌いだったんだろうか。

『ツァラツストラはかく語りき』の中でも、月を、屋根の上をしのび歩くオス猫にたとえて「いとわしい」といっている。

極め付きは、猫を「愛する能力のないもの」としてそんなものに喉を鳴らしてもらうことはくだらないと戒めていることだ。

これについて、こんな解説がなされることがある。

人からの評価を気にするな、あなた以外の他人のほとんどすべては自分のことしか考えていない。ほんの一部があなたのことを好きか嫌いかであるが、あなたを嫌う人のうちの半分は、理由があってあなたを嫌っているのではなく、すべての人を嫌っているのだ。だから、みんなから好かれようとするのは不可能でばかげたことだ。

それは本当だと思うのだけれど、そして、猫が喉を鳴らすのは確かに猫自身の自己満足の表現かもしれないけれども、そうやって満足を音にしてくれる信頼ぶりに、私たちは愛を感じるのであって、猫によって人間同士とは違うまた別の愛し方や愛され方を学ぶのだ。

ニーチェが猫をひざに乗せてめでていたら別の人生を送っていたかもしれないなあ、と、ふと思う。

それとも、私が知らないだけでニーチェには愛猫がいたのだとしたら・・・

ますます不可解でかわいそうになってくる。
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by mariastella | 2012-03-10 07:28 |

プーチンとキリル一世など


なんだか予定調和的なロシアの選挙が迫っているが、モスクワ総主教のキリル一世が、ついこの前は反プーチン派を擁護していたので、ひょっとして風向きが変わるかなと思っていたのに、急にデモを牽制し始めた。

プーチンはスターリンの死ぬ一年前、ロシア正教が禁止されていた時代に、信仰深い母親の願いで、サンクトペテルブルク(当時はレニングラード)において隠れて洗礼を授けられたと言われている。

実際に教会に行く人は5%ほどだが、人口の70%が正教徒だと自称するロシアでは、このプーチンと教会の「親密さ」が政治的に有利なのは確かだ。

キリル一世が何より恐れているのは、反プーチン派の示威行動がいつかまた「革命」に発展しないかということであって、力の衝突よりも対話を願うというのはよく分かるし、プーチンが大統領に返り咲いた時に彼に対する影響力を温存しておいた方がいいと判断したのかもしれない。

けれども、シリアの問題もあるし、いっそ、プーチン、反プーチンに並ぶ第三の勢力として持ちこたえてもよかったのにと思う。

シリア=イラン=ロシア路線と、サウジアラビア=欧米路線の対立は、なんだか冷戦時代よりもたちが悪そうでおそろしい。

しかも、民主化がどうとかいうならば、サウジアラビアなど「欧米」民主主義基準からまったく外れていることは、イランと変わらないわけで、これはもう、文明の衝突とか民主主義と非民主主義の対立とかいうレベルではないのは明らかだ。現に冷戦時代も、非民主的独裁国家でも親米でさえあれば「自由主義陣営」だと見なされていたのだから。

欧米基準で独裁と言うなら、たとえばイギリス連邦加盟国でイスラム教を国境とするブルネイだって、総選挙もなく、立法も行政も国王とその家族が独占しているのだから、立派な独裁国家、非民主主義国だ。でも、この国も、サウジアラビアと同じく、石油やら天然ガスやらの資源が豊富で、王が国民を丸抱えする「幸せな国」だ。税金もないし、医療も教育も無料だし、物資も豊かでインタネットの検閲もない。

それなら・・・OKなのか。

私が11年前にサウジアラビアについての本を書いた時、その時はまだ9・11以前だったので、招待してくれたフランス人から、「王家の批判とイスラムの批判は書かないこと」と釘を刺されていた。

それは守ったが、イスラム原理主義的なリヤドの女性の表向きの「自由のなさ」と、内側の物質的贅沢の差にくらくらしたことを書いた。

するとあるフェミニズムの論文の中で、それを一部引用して、まるで私が、彼女らを羨ましがっているかのように書かれていたことがある。

もちろん、人々が物質的に不自由なく快適な暮らしをしている国の方が、飢饉で子供たちまで餓死する国よりはずっといいけれど、そういう問題ではなく、そのような格差や悲惨な状況を生み出しているこの世界の地政学的な構造そのものが変わらない限り、本当の意味で「幸せな国」などあり得ない。

ロシアと言えば、確か、平均寿命が異常に短い国で、特に男性は今世紀に入っても60歳を切ることがあった。

プーチン、今年60歳。いかにも頑健そうだ。

キリル層司教、65歳。長い髭は白い。

2人とも現役感満々だ。

きっと、健康格差が大きい国なんだろう。

(そういえば、女性が車の運転を禁止されているサウジアラビアで、2011年5月、わざわざ自分が運転しているとこを撮影してウェブの動画に流したマナル・アル・シャリフという女性がいる。彼女は数日禁固されたが、その画像はソーシャル・ネットワークを通して瞬く間にひろがり、彼女は女性解放のシンボルとなりつつある。

2009年には初めて女子教育相次官に女性が任命されたし、2015年には選挙権を得ると公約されている。

サウジアラビアは今や、人口の60%が25歳以下というすごい人口構成の国だ。

この国に「アラブの春」がどのような形で来るのか、じっくり見てみたい。)
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by mariastella | 2012-03-03 07:58 | 雑感

『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』


メリル・ストリープがアカデミー賞を受賞した『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』を観た。(この邦題の「涙」って日本的過ぎる・・・まあ、原題のThe Iron Ladyって、今や日本語に直訳したら鉄道マニアの女性と間違われかねないけれど。)

私がわざわざ観にいったわけは、ちょうどジャンヌ・ダルクにおける英仏関係について書いているので、なんとなく、「イギリス側の雰囲気」に浸りたかったからだ。

案の定、サッチャー女史がやはりアンチ・フランスを口にするシーンがあって、カレー(ドーヴァー海峡を隔ててイギリスと40キロしか離れていない。百年戦争の時もすぐに攻防があった。ロダンの『カレーの市民』で有名だ)の名も出てきた。フランスの映画館なので失笑が起こったのもご愛嬌。

サッチャー女史が失脚したのは1990年だ。その時、彼女は、冷戦終結10周年のセレモニーに出席のために体よくパリへと追い払われていた。パリとロンドンをつなぐユーロスター鉄道が開通したのは1994年だった。その頃はまだ頭脳明晰だったサッチャー女史は、どんな感想をもったのだろう。

しかし、この映画を観て、英仏関係だけではなく今私がジャンヌ・ダルクで扱っている三つのテーマがすべて重なることが分かった。

英仏関係のほかに、ジェンダーの問題と、政治と宗教の問題だ。

以前にサッチャー失脚にまつわるドキュメンタリー番組を見て、イギリスはフランスよりもはるかに力のある女性に対して残酷だなあと思ったことがある。ある意味で、15世紀から変わっていない。
また、フォークランド紛争の時にイギリス軍の最高司令官として強硬な決定を下すシーンとそれを取り囲む男たちの姿も、私には百年戦争での女と戦争のパラドクスを想起させるものだった。

サッチャー女史がアッシジのフランチェスコの平和の祈りを引用したり、ダライラマが自由主義神学者に語った言葉を引用したりするシーンも、宗教のカリスマの政治のカリスマへの流用について考えさせられた。

ギボンによると、ローマ帝国時代にあちこちの神々がローマに輸入されていた時、一般大衆はあらゆる宗教をどれも均しく真であると信じ、哲学者たちは均しくみな虚偽であると説き、政治家たちは、いずれも均しく役に立つと見なしたらしいが、そういう基本的な構図というのは、ひょっとして2千年経っても変わっていないのかと思うと、ちょっと愕然とする。
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by mariastella | 2012-03-02 01:43 | 映画

左派戦線とキリスト教

ちくま新書『キリスト教の真実──西洋近代をもたらした宗教思想』の再校が終った。4月8日頃書店に並ぶそうだ。

こういう本を書くと、私が「フランス・シンパだとかキリスト教シンパだとかカトリック・シンパなのでバイアスがかかっている」と思われがちなので閉口する。けれども、今、一応世界のスタンダードとして認知されている自由・平等の普遍主義が、ヨーロッパにおけるキリスト教の発展の歴史にルーツを持っているのは疑いがない。

これまでは、そうはいっても私自身、欧米帝国主義とキリスト教の連携だの、ヨーロッパ中心主義だの、ずっと前からある「キリスト教国が率先して戦争しているじゃないか」という冷笑や十字軍がどうだなどの言説の前で、もやもやしている部分があった。

もちろんそれらの批判そのものが、宗教と信仰とか宗教組織とか、理想と現実、本音と建前、歴史的、地政学的文脈の混同や、イデオロギー操作のせいで、妥当とはほど遠いのは分かっているのだが、それを整理していちいち反論するのもまた、フランスだのキリスト教へのシンパシーによるバイアスだと思われるのも面倒だった。

厄介なのは、そのようなアンチ・キリスト教言説は、別に非キリスト教国のナショナリズムとは関係なく近代西洋思想の核のひとつをなしているので、非キリスト教国の人も安心してそれにのっかって安易なキリスト教批判をできる土壌があることだ。

今回の新書ではそれを思い切ってある程度整理したのだが、今フランスの大統領選に出馬している左派のジャン=リュック・メランション(Jean-Luc Mélenchon)のインタビュー記事を読んで私の説が間違っていないとあらためて思えた。

欧州議会議員のメランションは社会党のジョスパンが首相時代に閣僚でもあった人で、社会党の左派として認知されていたが、社会党を離脱、今は、有名無実化しているフランス共産党(2007年の大統領選では当時の書記長のマリー・ジョルジュ・ビュッフェが共産党から出馬した候補だったが惨敗していた)と組んで、左派戦線というのを立ち上げて今回の大統領選に出馬した。皮肉なことに、極右の国民戦線の陰画のような部分があって、アンチ・リベラル、アンチ・ユーロ、ポピュリズムなどで、共通していると言われている。

大きな違いのひとつはもちろん反キリスト教、反宗教であり、国民戦線の「古きよきカトリックのフランス」の称揚とは対極にあると思われていたはずだったのだが・・・

なんと、メランションの母は熱心なカトリックで、幼い彼も母と共に日曜ごとに教会に行き、聖歌隊にも属していた。ところが、母が離婚して聖体拝領から退けられた。第二ヴァティカン公会議以前の当時の感覚では、「教会の出入りを禁じられ、コミュニティから追放された」くらいの強い否定である。

まあ、これでは、普通の子供はルサンチマンを持つし、教会嫌いになってもしようがない。

しかし、そのような組織としての教会には敵意を持つものの、「信仰は(跡の残る)火傷のようなもの」であるというメランションは、キリスト教的価値観をずっと持ち続けていた。彼の社会運動は、フランスのカトリックの労働司祭と呼ばれる左派の運動とずっと連動していたらしく、その人脈がすごく大きい。

で、彼は、

もし自分がキリスト教の中で育っていなければ、普遍的な人間性という神話を見るようにはならなかったろう

と言い切っているのだ。

ユニヴァーサルなヒューマニティ、それは確かにひとつの神話かもしれない。

強い者が弱い者を支配するとか、優れた者が愚かな者を統治するとか、地縁血縁があったり利害関係を共にする者の利益を優先してよそ者や厄介者は排除していいとか、そういう考えは、古今東西に見られる「現実」で、神話ではない。

そういう圧倒的な現実の中で、なお、すべての人は自由で平等であり、同じ尊厳を有する、ということを前提にすることは、神話的で革命的で、だからこそ、人間の自由意志による選択の無限の可能性を感じさせてくれる。

どんな人でも人生のどこかでは絶対に弱者であるのだから、この「神話」は、そこに向かって現実を変えていく努力をするために価値あるものだと思う。

筋金入りの左派であるメランションの言葉は、キリスト教評価における政治的思惑によるさまざまなバイアスをふり払うぐらいにはっとさせられるものだった。

ちなみに、メランションがフリーメイスンであることは彼の意図に反して知られていて、そのへんの兼ね合いも非常に興味深いが、それはまたべつの機会に。
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by mariastella | 2012-03-01 02:00 | フランス



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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