L'art de croire             竹下節子ブログ

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ファン・エイクとファビエンヌ・ヴェルディエ

先日の仏教フェスティヴァルの記事でも書いたが、フランス人がフランスで禅僧の格好をしていたりするとなんとなく「どや顔」に見えてしまう。

実際、ジャポニスムの頃からそうだが、日本通とか中国通とかのフランス人は結構尊敬されたりするのだ。

フランス人のスノビズムのツボにはまるらしい。

でも、日本人の目から見ると、つい「どうせ外国人には日本文化の真髄なんて分かるまい」と思いがちだ。自分がどれだけ日本文化の真髄を分かっているかは問わない。(フランス人はその点鷹揚で、日本人がフランスの文化に心酔してフランスでその分野に進出しても喜ぶし本気で尊敬もする。)

そういう偏見のせいか、私には、Fabienne Verdierという画家(書家でもある)のよさが全く理解できない。

彼女は中国で書の名人のところに6ヵ月毎日通って書を届け、ついに弟子入りを許可され、「その代わり10年はかかるぞ」と言われたエピソードを必ず語る。

その10年で老子の精神だとかを体得して禅画風の水墨画や書の名人になったそうだ。

その後でヨーロッパに戻り、今度はヨーロッパ文化のルーツに迫り、水墨の黒白の世界に色彩を取り入れて、西洋画の名作にインスピレーションを受けて東洋の境地に昇華するのを得意としている。

その手続きについて、複雑な分析やら再構成やらのステップを紹介する本も出していて、そこではモデルにする作品の緻密でアカデミックな研究を通してその本質を抽出するテクニックが「どや」とばかりに紹介されているのだ。

その一見知的なアプローチも、フランス人から見ると「ははーっ」と感心される点だ。

けれども、私にはどうしてもその「どや」の部分が分からない。

たとえば、彼女はヤン・ファン・エイクの有名な『ファン・デル・パーレの聖母子』を精密に解析して、そのダイナミックを抽出したとしてこういうものを描いている。

原画(122x157)に劣らぬ大作(180x120)である。

私にとってはこの聖母子像は、ディティールの書き込みのすごさに神が宿っているような感じがするし、登場人物の視線もおもしろい。

この絵の注文主であるファン・デル・パーレという神父が祈りの途中でふと目を上げたら、聖母子と、ファン・デル・パーレの守護聖人である聖戦士ゲオルギウス(聖ジョルジュ)や、所属するブルッヘ聖堂参事会の守護聖人である聖ドナトゥスなどが姿を現すというのがその構成だ。

聖母子の姿が映っている兜をちょいと持ち上げたゲオルギスは、聖母子にファン・デル・パーレを紹介するという格好だが、視線は幼子イエスの方を向いているようないないような曖昧なものだ。

ファン・デル・パーレはまだ全然聖母子の出現を感知していないで、どこを見ているのやら分からない。

ところが、聖母子とドナトゥスはそろってファン・デル・パーレを見ているのだけれど、それが

「何、この人」

という感じのわりとドライな視線なのだ。

極め付けは、幼子イエスの抱いている鳥(聖霊の鳩かと思ったが、嘴が曲がっているので別の鳥なのかもしれない)までが、やはり、

「なんだ、こいつ」

という感じで丸い目を向けていることだ

ファビエンヌ・ヴェルディエはインタビューに答えて、

この聖母は命の息吹でアニマであり智恵の源である、私はファン・エイクの他の聖母子像もすべて詳細に研究した上で、クレーが「描線に夢をみせろ」と言ったように天と地を結ぶ三角形を描いた、これは老子の世界でもある、

などと言っている。

極東の思想とエックハルトやマルグリット・ポレートなどのライン神秘主義者の思想の間で普遍を見出したのだ、とも言う。

その成果がこの三角なのか。

これが、まだ50になったばかりのフランス人の美人画家でなくて、白いひげをたくわえた亡命中国人僧かなんかがフランドル絵画にインスピレーションを得たものがこういう三角に結晶した言っているのなら、はたして私の見方は変わったのだろうか。

正直、よく分からない。
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by mariastella | 2013-05-31 07:32 | アート

洗礼の取り消し

フランスの共和国アイデンティティがカトリック教会との権力争いの中で築かれてきたのだということを実感することのひとつに、「洗礼の取り消し」というか、洗礼の記録の抹消を求める人の存在がある。

私のごく身近でも、仏教の受戒と戒名を受けるために洗礼の取り消し手続きをした人が複数いる。

普通の日本人にとっては、「自分は仏教徒だ」と言っても、戒名は死んでからもらうようなものだし、「ある仏教派の寺の檀家に生まれた」「法事を寺でやる」というほどの意味しかない。

日本では宗教の統計をとると神道と仏教で軽く総人口を越すくらいに帰属の基準は曖昧だ。

「キリスト教の洗礼を受ける」となると確かに教区の記録に残るわけだが、それをもとに何かを要求されるわけではないから、教会に縁がなくなった人でも別に気にしない。

カトリックとなると、洗礼と同様に結婚も秘蹟で記録に残るから、離婚したら、結婚無効の手続きをしなければもう教会では再婚ができない。

洗礼の方は、普通、2歳までの「幼児洗礼」は確かに本人の自由意思とは関係がないから、8歳くらいからカテキズムに通って信仰告白をしたり初聖体をもらったりする希望を自分で文書にしなくてはならない。

成人洗礼は最初から自分の意思であることが必要で、洗礼と堅信は同時に行われる。

子供の初聖体などはまあ七五三のようなものだから自分の意思といっても、家族の行事みたいなものである。

だからそれを過ぎたら教会に行かなくなるという子供が今や過半数である。

で、別に何の罪悪感もなく暮らしている。それが問題になるのは「仏教に改宗する」など、かえって宗教心の篤い人かもしれない。

後、時の教皇が何か反動的なことを口にする度に、「洗礼取り消し」の手続きをする人たちが出る。

反動的というのは中絶禁止とか避妊禁止とか、共和国の法律に抵触するような発言のことだ。

しかし、5月28日にカーンの高等裁判所で受理されて検討されるルネ・ルブヴィエという人の「洗礼取り消し」訴訟はかなり極端だ。

ルブヴィエ氏は1940年ノルマンディの生まれ。生まれて2日後に村で洗礼を受けた。

その後司教によって洗礼簿に「洗礼を否認した」という一句を名前の傍にすでに書き加えてもらえたのだが、今度は記録そのものの末梢を求めている。

子供の時に、両親など家族が多分良かれと思って教会に頼んだ洗礼を「なかったことにする」のは、なんだか変だ。「洗礼を自分の意思で否認した」という記録を残す方が、その人のアイデンティティに関する信念に合致しているだろうと思うのだが。

パン職人だったルブヴィエ氏は、2001年、61歳の時、教皇による避妊具禁止のコメントを聞いて洗礼取り消しを決心して司教に手紙を出した。

その前からすでに、「カトリック教会は蒙昧で教条主義」だと考える自由思想の信奉者だったのだ。

その結果、彼の洗礼記録の横には「2001/5/31付の手紙により否認された」との一文が加えられた。

ところが、それから10年も経ってから、友人たちによって記録そのものを消す要請ができると知って、今度は司教を相手に公に訴訟を起こしたのである。

彼の要請は最初は受け付けてもらえなかったのだが、2011年10月にクタンスの地方裁判所で取り上げられて、「教会による洗礼は個人の私的情報であり、民法の私生活のリスペクトに関する権利に相当する」とされた。

クタンスの地方裁判所で敗訴した司教は、そのような前例をつくることを恐れて上告することにした。

それが今回カーンで受理されたわけである。

「すべての人はある団体から離脱する権利があり、リストから名を消す権利がある」として、必要なら最高裁まで行くことを決意しているルブヴィエ氏は、それが自分の人生で唯一の良い行動になるかもしれない、とまで言う。

ユダヤやイスラムの割礼と違って洗礼は体にメスを入れることがないから、外的な跡は残らないし、教会で活動していない限り「会費」のようなものを払う必要もないのだから、問題はまったくイデオロギー上のものだと言える。

実際、彼は「自由思想連合」という思想団体に属している。

教会は明らかにしていないが、2008年の『ル・モンド』紙の調査では、フランスでは毎年千件ほどの「洗礼取り消し」があるそうで(教区に月平均10件)、毎年31万人という洗礼者数に比べると微々たるものではある。

教皇のコメントに反発しての洗礼取り消し要請の他に、「エホバの証人」や「ラエリアン」などの新宗教やカルトが信者に勧めるケースもある。フランスでは1996年にヨハネ=パウロ二世がランスを訪れてから洗礼取り消しの傾向が生まれたという。それまでは、ナポレオンとピウス七世の確執以来、200年近くも教皇はフランスに足を踏み入れていなかったのだ。

このようなこだわりは日本人にはなかなか理解できない。

地域の神社や檀那寺から信者としてカウントされていてもいなくても、「実害」さえなければ誰も気にとめないし、お宮参りや初詣に行くことも葬式だけ仏教に頼ることも普通だ。

「洗礼取り消し」が今でもイデオロギーになるくらいに、ある種のフランス人にとっては洗礼も教皇も逆説的に大切なのかななあと思う。

まあ、フランスでカトリックの洗礼式に出席したチベット仏教の活仏から、「自分が生まれ変わってくる予定の子供には洗礼を受けさせないでくれ」と言われたことがあるので、秘蹟のパワーというのは見える人には見えるものかもしれない。
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by mariastella | 2013-05-30 22:37 | フランス

仏教フェスティヴァルで山伏神楽を観たが・・・

ヴァンセンヌの森のパゴダで毎年開かれている仏教者のフェスティヴァル(vesak)に付き合いで顔を出してきた。

その中で、

Kagura-danses sacrées japonaises de la tradition du shugendô (Kûban Jakkôin)

というものがあって一体どんなものか気になった。

「修験道の伝統の日本の聖なる踊り神楽(Kûban 寂光院)」

ていったいどういう代物かと思ったら、烏天狗が一人で竜を退治して(竜とか獅子の姿はない)剣を奉納するというような舞だったのだが、剣が袖に引っ掛かったりして今ひとつ迫ってくるものもなければありがたい感じもない。

音楽も録音だ。

演者が後で面をとって挨拶したのを見るとフランス人だった。

主催者にKûbanってどういう意味ですか、と後から聞いたら、それは演じた僧の「出家名」なのだそうだ。

寂光院で20年修行したとかで、「寂光院のKûbanさんが踊る」という意味なのだった。

寂光院というと京都大原寂光院の雅なイメージを思い浮かべていたのだが、修験道と関係があるとしたら真言宗の寂光院(犬山市)なのだろうか。さっぱりわからない。

仏教フェスティヴァルとずれている気もする。

単にフォークロリックな芸能という感じだが中途半端だった。

パゴダの金色のブッダは、これまではいつ見てもつい「ブッダ・バー」を連想していたのだが、よく見るとハンサムで、このブッダの伏せ目の視線をしっかり受け止めて舞っているからすべてよしなのだろうか。

会場には仏教の僧の格好をして闊歩しているフランス人が少なからず闊歩しているのだが、日本系の仏教の僧は、「現地での修業を終えてこちらで一家をなしている人」が多いので、今風に言うとなんだか「どや顔」をしている。

チベット仏教系のフランス人は少し違って腰が低い。亡命してフランスに腰を落ち着けているチベット人の活仏(リンポチェ)について修行を続けている場合が多く、その活仏たちはたいていダライラマと同様にいつもニコニコと腰が低いものだから、弟子のフランス人たちもみなそっくりの雰囲気になるのだ。

フェスティヴァルの初日には内務大臣で宗教も担当するマニュエル・ヴァルスが挨拶したが、ユダヤ、キリスト教、イスラムなどの一神教系でない集まりだから安全圏にいてちょっと息抜きできるというリラックス感があった。

フランスのライシテとは宗教の自由な実践を保証するものだ、と関係者もみないっしょになって持ち上げていたが、同じことをムスリムの集まりではなかなか言えるものではないだろう。

この種の会合で常連のスーフィとも話したが、奥さんがドイツ人で、4人の子がみなグランゼコールを出たエリートに育ったのだそうだ。みなドイツ人の奥さんの教育のおかげですと言っていた。

やはり常連のドミニコ会のティエリー=マリー神父が来れなかったので、彼の人選で代わりに来たのは仏教シンパとしてはこれ以上考えられないベネディクト会のピエール・マッサン(Massein)神父だった。ノルマンディの有名なサン・ヴァンドリーユ修道院の名誉院長で、サンスクリットやパーリ語にも通じタイの「森の僧」のところで長期間過ごして本も出している。 

前も思ったけれど、ここはフランスだからやはりカトリック界からの人物は傑出した人たちが豊富にいるのでこういう時はおもしろい。
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by mariastella | 2013-05-29 06:16 | 宗教

フランスのオニババ

昨年パリの近郊モントルィユ市に公的資金が投入された高齢女性のグループホームが建った。

もう10 年も前からプロジェクトがあったのだが、女性限定というのでは両性の平等を保証する憲法違反ではないかというのでなかなか実現しなかった。

しかし提唱者である86歳のフェミニストであるテレーズ・クレールが2008年にレジオン・ドヌール勲賞を授かったこと、同年に緑の党の女性がモントルイユの市長なったことが後押しして着手され、2012年10月に完成したのだ。

市民精神、連帯、無宗教、エコロジーが四つの柱となっている。

今は60歳から87歳の女性21人が自治管理している。

一人一人はシャワー、キッチン付き35平米のワンルームに住み、一階には200平米の共同スペースがあっていろいろな活動が展開されている。

活動といっても、単にダンス教室みたいなものだけではなく、今の社会で老いるということについての議論や啓蒙活動が中心だ。共同生活者に介護が必要となったり認知症になったらどうするかなどについても話し合いが繰り返されている。

テレーズ・クレールは普通に結婚して4人の子の母となった人だが、68年の5月革命で「自由」に目覚めて離婚し、以来フェミニズムの闘士として活躍してきた。今年のインタビュー・クリップにはヌード写真まで載っているのだが、堂々として楽しそうでかっこいい。

老いに対する社会の視線を変えたいという意気込みの成果がもう出ている。

で、このグループホームの名前が「オニババの家」なのである。

いや、「La Maison des Babayagasメゾン・デ・ババヤガ(ババヤガたちの家)」という名だ。

バーバヤーガはスラブ神話に登場する妖婆で森の中にすみ子供などをとって食う。

オニババと限りなく似ている。語感もオニババと山姥を足したような迫力だ。

そういえば昔、『オニババ化する女たち』という本(年輩の読者からフランスに送られてきて感想を求められた)があって「社会のなかで適切な役割を与えられない独身の更年期女性が、山に籠もるしかなくなり、オニババと」なるとされていた。

日本のグループホームのネーミングを見てみると、「ひまわり園」(幼稚園ですか…)とか「くつろぎ」「やすらぎ」「のどか」などで、「オニババ」なんてあり得ない。

フランスのオニババの家、いやババヤガの家は、他の都市にも同じプロジェクトが立ち上がっているそうだ。同じモデルでババヤガ・チェーンの展開となるようである。

オニババにはなりたくないがババヤガにはなっていいかも。
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by mariastella | 2013-05-28 02:48 | フェミニズム

黒いロマン派

オルセー美術館でやっている「黒いロマン派――ゴヤからマックス・エルンストまで」という展覧会がもうすぐ終わるのでついに行ってみることにした。

予想を裏切らない、というか予想そのまんまの内容だったので、カタログを買っただけでOKだったような気がしている。

フランクフルトでやった展覧会がパリに来たもので、ドイツ側の集めたものも充実しているし、ビクトリア朝のイギリス的なもの、ドイツの小ロマン派的なもの、フランスのエゾテリックなものやシンボリズムなど、いろいろな流れがたっぷり見られる。

個々の作品はすでにあちこちで見たことのあるものが少なくなかったし、構成・演出としてもあまりインパクトがなかった。

黒いロマン派というのは要するに、蝶よ花よのロマンティックなロマン派でなく、幻想的でも悪魔や背徳や頽廃や倒錯や異教趣味に傾いたものだ。

でも、今の時代に「暗いロマン派」にぞくぞくする人なんているのだろうか。

シンクレティックでオカルティックな流れと19世紀末の文明技術革命への抵抗とペシミズムと貴族趣味が絡み合っているところも、今となっては、ゲームの世界みたいだ。

ゲームがなかった時代には、若者はゴシック・ロマンにも夢幻的な小説も神秘主義にも高踏派にも審美主義にもわくわくさせられてきた。

そんな若者だった過去を持つ自分も、今は、この手の表象を前にして末梢神経的な意味では何も感じない。

18世紀末のサド侯爵の世界からボードレールなどを経て19世紀末のユイスマンスやらリラダンやらバルベイ・ドールヴィリまでの100年間、その間にヨーロッパと植民地に起こったことを20世紀に位置づけて、さらにそれからまた次の100年が経った20世紀の世紀末を自分で体験したことではじめて見えてきた流れというものがある。

カタログの中にあったCôme Fabroという人の「 Le romantsme noir à l’heure symboliste 」という論文に1841年のハイネの『Atta Troll』という詩が引用されていて、そこに、「ピレネー山脈を越えたら1000年遅れている蛮人の世界だ」という意味のことばある。ゴヤのスペインって、そのように見られていたのだ。ナポレオンがイタリアに配慮し、エジプトにも配慮したのにスペインには配慮しなかったのはそういうペースがあったからなのだろうか。

西洋ロマン派というとオリエント趣味などを連想するが、ヨーロッパの内部でも充分にカルチャーショックがあったわけだ。

当時の芸術家にとってはギリシャ神話の女神と、北欧神話の女神と、旧約聖書のヘロデ王の妻と、三人並べればもう、くらくらするようなシンクレティスムである。

ゲーム世界を渉猟してきた今の若者たちの異文化受容キャパシティには及びもつかない。

でもまあ、情報が少なくてタブーの多いほど密度や思い入れは濃くなるものだ。

特にルネサンス以来はアートのテーマというと愛とか美とか徳が追求されていたのに19世紀にはそれががらりと変わった。

愛や美は理性と計算によって生み出す付加価値で、手を加えない自然(や生の人間性)とは残酷なものである。

で、たとえばサディズムも男が女を痛めつけるものから、100年経てば、ゴルゴーン(メドゥーサ)、スフィンクス、エヴァ(アダムとイヴのイヴである)などの「自然=女」が蛇を従えながら男たちの生き血をすすりはじめるものへと変わっていった。

今や、どちらの形も、やれやれ、ミソジニーの両面だなあと思う。

わずかな情報を脳内錬金術ですごいものに変換していた時代と、エゾテリックなものもダークなものもオカルトなものもすべてウェブでテイクアウトできてしまう時代では脳の報酬系の反応が全然違ってくるのも不思議ではない。昔ロマン派が夜の闇の中だけで夢みたものは、今はPCのモニターの中でサーフできるので、むしろ昼間の道端で見かける猫の姿だとか、聞こえてくる鳥の声などの方に新鮮な驚きを誘われる。
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by mariastella | 2013-05-27 01:35 | アート

フリーメイスンの司祭が停職処分された話

フランス・アルプスのアネシィ司教区の司祭パスカル・ヴザンが2001年からフリーメイスンのグラントリアン(GOFまたはGODF)で活動していたことから、ローマからの指示を受けた司教により、5月26日付けで辞職を余儀なくされた。

2010年にヴザン神父がフリーメイスンに所属していると密告した手紙を受け取った司教から問いただされた時、司祭は否認した。

2011年にもふたたび密告の手紙があり、フリーメイスンをから脱会するように言われて、

「信教の絶対的自由」

によってカトリックとフリーメイスンを両立させると答えた。

結局ヴァティカンの教理省の指示で、司祭職から外されることになった。

メイスンを脱退して教会に戻る道は開かれているそうだ。しかし教区でミサをあげられないだけではなく、本人も聖餐にあずかれないという処置なので、目下のところはいわゆる「破門」に近い。

1月17日に、地元の週刊誌のサイトのインタビューを受けて、自分は熱心な政教分離派だと唱えていて、同性婚法にも賛成している。

43歳の「働き盛り」であり、フリーメイスン脱会を要求されてからはずっとダモクレスの剣を吊るされて生きている心地だったが、まさか本当に「解雇」(半年から1年の間給与が払われ続けるそうだが)されるとは思ってもいなかった、と神父は語る。

自分は司祭になるために生まれてきたと召命を自覚しているし、信仰は強固であるそうだ。

もう第3共和国時代のようなフリーメイスンとカトリック教会の対立などない、と彼は言う。

「自分は、思想と表現の自由を福音書によってインスパイアされた」のだとも言う。

過去に、フリーメイスンだったがそれを司教から許可されていたことで話題になったのは、オータンのジャン=クロード・デブロス神父だ。
1999年に亡くなった時、12月4日にオ―タンのカテドラルで葬儀ミサが行われたが、9日、フィガロ紙の死亡欄に、1980年に司教に許可されて以来フリーメイスンに属していたこと、メイスンの位階を昇っていたことなどが詳しく掲載された。

1980年に許可したという当時の司教はもう去っていて、99年にコメントを求められた司教は、18日に、地方の司教にはメイスンの妥当性を判断する権利がないとしたヨハネ=パウロ二世の言葉(1983/11/26)を引いた。

実際1917年5月の教会法には2335条がフリーメイスン即破門と明記されていたのが、1983年1月の新法からはフリーメイスンという言葉は消えている。教会に反する団体に入り主要な役割を果たす者に対するミサ禁止の罰則規定のみがある。

弁護士でありオ―タンの巡礼責任者でもあったデブロス神父はフリーメイスンに入会した時32歳だった。

今回のヴザン神父は今43歳ということだから、入会時は31歳とほぼ同年代だったわけだ。

以下、下線部は6/8修正

これについて、ラ・グランド・ロージュ・ナショナル(GNLF)の書記長クロード・ルグランは、自分たちの「神」はキリスト教の神ではないが、GOFが反教権主義なので目の敵にされているのだ、と語っている(ル・モンド)。
しかし、GOFには26000人の司祭が入会している、と言われているのだ。

これをどう見るか。

まず、グラントリアンの方では信仰を問わないのでカトリックでも無神論者でも容認される。

ただし「宇宙の設計者」を認める理神論的な団体である。(今は公式には理神論を捨てている。6/8註)

そして、メンバーは、自分で公表するのは自由だが、他のメンバーの名を公にすることは禁じられている。

だから、たとえ司祭が入会していても自分で公にしなければ世間には分からないことになる。
ただし活動が派手だったり、今回のように「密告」されたりすれば、今のカトリック教会からは脱会を勧告されるのが普通のようだ。

教会の務めをちゃんと果たしていて第三者にさえ分からなければ、愛人がいようと同性愛であろうと、小児性愛(これは犯罪だから大変だが)であろうと内々で隠蔽されることが多い世界だから、フリーメイスンに属すること自体が「お目こぼし」になっていたとしても、それ自体は特に不思議ではない。

フランスのように政教分離がはっきりした国で「共和国」的な理念を掲げる聖職者がフリーメイスンに接近することも不思議ではない。

ただ、ヴザン神父はその言動自体が今のカトリック教会の路線より「過激」で自由主義的だったので、保守的な信者などの不興を買っていたということは大いに考えられるし、それが「密告」にもつながったのだろう。

フランス・カトリックの「進歩派」の祖と言われる19世紀のラコルデール神父のことを思い出す。

彼は「信教の自由」を普遍的なものとして政教分離を雑誌の記事で唱えた人だが、フランスの教会でスキャンダルを引き起こした後で、当時の教皇グレゴリウス16世の判断に委ねた。
その結果Mirari Vosという教勅によって信教の自由や表現の自由が弾劾された。

この時のラコルデールもちょうど30歳だった。

彼は教皇の判断には従い、その後、ドミニコ会士になって内部改革をしたりいろいろな説教によって別の道を選択したりしながら戦略を変えていったのだ。

フリーメイスンとカトリックは両立します、とか相互補完的です、と主張するような、二者だけを視野に入れたレトリックにこだわるのとは、根本的に違う。

聖職を選択したということ自体が「神からの召しだし」に自由意思で応えたものであったのなら、30代のはじめあたりで革新の風に吹かれてすぐに「上司に逆らう」ことを選択するのは、後で不毛に終わるような気がする。

なんであれ、改革の信念というものは、さまざまな困難をかわし、乗り越え、時には引き返したり脇道に分け入ったりしながら少しずつ醸成させていくもので、その改革がたとえ自分の代で実現できなくても、必ず根をはって次世代を動かすことがある。

聖職者が「信教の自由=フリーメイスン」ととびつくのは安易で浅い選択ではないだろうか。

もっとも、そういう理由ではなく単に人脈作りのためにだけメイスンに入会している聖職者たちがいるとしたら、彼らはヴザンなどよりもっとしたたかで、密告されて活動停止に追い込まれたりなどはしないのかもしれない。
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by mariastella | 2013-05-26 02:14 | フリーメイスン

「女性手帳」について

少子化対策を検討する内閣府の有識者会議が提唱するという妊娠・出産の正しい知識を女性に広めるための「生命(いのち)と女性の手帳」について、フランス在住の立場からどう思うかと質問されたのでひとこと。

フランスというか、ごく個人的な印象としてはこういう「女性手帳」を配るのって限りなくセクハラに近い印象を受けました。今のとこ、それがすべてです。

で、ネットで検索すると、マタニティに関するハラスメントで「マタハラ」という言葉もあるそうなので、ああ、まさにこれだなあ、と思って読んでみると、なんと、それは「出産を期待するプレッシャー」の話ではなく、妊娠出産による休職や退職などに向ける雇用者や同僚の冷たい視線や嫌がらせのことでした。

子供を産まなければ「先送りしていると産めなくなるぞ」と脅され、産んだら産んだで「職場の戦力にならない」とハラスメントを受けるようです。

出生率の高いフランスでは同僚が「妊娠した」と告げる度に、みな満面の笑みをたたえて「おめでとう」というのですが、頭の中では「では産休がいついつからで復帰はいついつまでは見込めないからどうやってシフトを組もうか」と全員が瞬時に考えながらパニックになるっているのだと、複数の人から聞きました。

にっこり笑いながら心の中では「やれやれ大変だ」と思っているような「外面のいい」対応はむしろ日本のものだと思っていた私には、意外でした。

日本の方が「迷惑だ」とあからさまに顔に出されるなんて。

一般的に言って「弱者」やマイノリティに対する態度は、「偽善的」なくらいでちょうどいいのかもしれません。本音を出すと歯止めがきかなくなる人が少なくありませんから。

伊藤計劃の『ハーモニー』の中で何度も、作品の舞台になっている社会で子供が大切にされるのは子供が「社会資源」だからなのだと強調されていました。共同体存続のためのリソースということです(産んだり産まれたりするからには社会に寄与することを求められているわけです)。

「少子化対策」から「女性手帳」の流れって、もうすでにそういう世界観の現れなのかもしれません。
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by mariastella | 2013-05-25 01:06 | フェミニズム

ノートルダム大聖堂で自殺した人

火曜日の午後、観光客ら1500人がいあわせたパリのノートルダム大聖堂の祭壇前で、祭壇に1通の手紙を置いた後で、78歳の男が口中に発砲して自殺した。

ドミニク・ヴェネールという極右のエッセイストで、近刊予定が『Un samouraï d'Occident(西洋のサムライ)』というものだそうで、三島由紀夫の信奉者だったらしい。

フランスがアラブ・アフリカからの移民に浸食されてイスラミストの国になることを恐れ、単に抗議するだけでなく自身を犠牲に捧げることで人々を覚醒させたい、ということらしい。

その日のブログでそのような動機を詳しく書いている。

これについて、極右国民戦線党の党首もその動機は「フランス人の目を覚ませるため」だとコメントした。

カトリック教会は口を閉ざした。

「いい迷惑だ」と思っているのだろう。

実際、カトリック教会はその国境のない普遍主義の理念に従って、不法移民の保護などをしているので、ドミニク・ヴェネールからもはっきりと「敵」扱いされているのである。

それなのに敢えてノートルダムの祭壇前で自殺したのは、儀式の効果と共に、もちろんメディアに大きく取り上げられることを願ってのことだろう。

ニュース専門のBFMTVは、メディアのスターでもあるアラン・ド・ラ・モランデ神父を招いて語らせることに成功した。

神父はすぐにヴェネールを「心の壊れた人」だと決めつけ、人の命は人に属さないで神に属するものだから、今も昔も自殺は神に反する暴力行使だと言った。

そして、自殺とは絶望の好意で希望の行為ではないから人々を覚醒することを期待するのは筋違いだ、昼間のノートルダムを選んだことで自分ばかりでなく多くの人を同時に傷つけた、と言った。

そして、

「絶望するのは間違っている、私はヴェネールと同じ78歳だが、命は私の前途に広がっている」

と、生き生きして楽しそうに語った。

2人とも、アルジェリア戦争に従軍した同じ過去を持つ世代なのにこうも違うのか。

パリではその数日前(5/16)に7区の私立幼稚園の中で50代の男が子供たちの前で自殺するという事件(思想的背景はない)が起きていて、その記憶も新しいので、昨今の失業増大や不景気と合わせて、なんだか希望のない話題ばかりで暗い気分になっていたのだが、ド・ラ・モランデ神父のポジティヴな力強い表情を見ていたら元気づけられた。

フランスのカトリックは今や古臭そうに見えるが、彼らを見ていると本質的に前向きでオプティミズムに満ちている。

カト的には、あらゆるノスタルジーはニヒリズムと親和性がある。人は、新しいものに生まれるという展望と共にある時にだけ今の生(それは新生児時代だったり幼年期だったり学生時代だったりする)を手離して死に臨むことを平穏に受け入れられる。

年をとっても前向きにオプティミズムと共に生きると決めたとしよう。
運よく長生きしたら楽しい時間が長く過ごせるし、途中で意外に早く死んでも短い時間を楽しめたことになる。

反対に、もう後がないと思ってびくびくしながら生きるとしたら、長生きすれば、その長い月日を楽しめなくて台無しにすることになるし、早く死んだら短く苦しく生きるだけだ。

だとしたら、「明るく生きると決める」方が、絶対にお得である。

「年とっても意気軒昂」型の有名人たちはみんな遺伝子強者でラッキーな人たちなのだから自分とは関係ないと今までは思っていたのだけれど、この神父を見ていると、いくつになっても希望を持って生きる姿勢というのはそれ自体が健康法であるばかりか、周りの人をも元気づけるのだとすなおに受け入れられる。

同時に、ニヒリズムというものがどういうものなのかも実感として分かった。

自分と世界の有限性を意識した時、ありのままに受け入れるのはなかなか難しい。

無限を信じてそちらが「来世」なのだと信頼して生きる人もいれば、有限を恣意的に断ち切る意思にのみ存在の手応えを託す人もいる。

まずは、形だけでも、今の生はまだまだ続くのだと明るく生きることで、アラン・ド・ラ・モランデ神父にもらった「福音」のおすそ分けを他の人とも分け合いたい。
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by mariastella | 2013-05-24 00:40 | 雑感

原発廃炉産業の未来って・・・

火曜の夜、独仏TVのArteで、原子力発電所の廃炉問題についてやっていた。

結局フランスが原発を続ける理由は、強力なロビーや利権は別としても、廃炉する予算がない、稼働し続ける方が今の時点では最も経済的、というのが一番大きいようだ。

ドイツの方は、廃炉はともかく、原発をやめてしまうことで、少なくとも処理する廃棄物の量だけは特定できるから現実的だ。

処理の仕方がまったく分からないままの技術を膨大な金をかけて産業にしてしまったことは信じられないが、それを言うなら「核兵器」開発などというのも正気があればできないはずなので、戦争という殺し合いの一連の狂気の中で原発も生まれたということだろう。

ドキュメンタリーの後で、ドイツ人とフランス人が並んでインタビューを受けていたのだが、論点が、

ドイツはこれから廃炉技術でブレイク・スルーがあるかもしれない、そうしたらその技術を他の先進国に売ることができるので廃炉産業で大儲けする可能性がある、

それに引き換えフランスは原発継続に凝り固まっているから遅れをとる、ということに移って行った。

その中で、日本だって、もはや多くの原発が稼働していないのだから代替エネルギーの開発や廃炉技術の研究がさぞや着々と進められているに違いない、というようなコメントがあった。

でも私の印象では、日本では廃炉技術開発や廃棄物処理技術開発よりも原子力ロビー対「再稼働反対」勢力の対立に多くの時間とエネルギーが投入されているように見える。

廃炉や核廃棄物処理技術にブレーク・スルーをもたらすような原子力工学者が生まれるモチヴェーションも予算もないのではないかと心配だ。

ともかく現実的な結語としては、20世紀にここまで無責任な核開発を続けてきた世代が今目指すべきことは、一気解決というような不可能なことではなく、とりあえず今の世代とその子供たちの生きている間だけは何とかカタストロフィが起きないだけの処置をしておくことだ、というコメントがなされていた。

核兵器の廃絶の方もいっしょにやらないと危機管理にはならないと思うが。

20 世紀の核エネルギー開発が、21世紀の子供たちを危機に陥れている。

今の子供たちは本当に無事に暮らせるのだろうか。

伊藤計劃の『ハーモニー』の世界で起こる「大災禍(ザ・メイルストロム)」は半端でないくらいリアリティがある。

と、すごく暗い気分になったところで、ニュース専門チャンネルを見てみると…

さらに暗いニュースをやっていた。

ますます八方ふさがりの気分になったのだが、そこで、ある人が現れた。

ほんの1分ほどの語りだったが、希望はあるもんだなあ、とその後気持ちよく眠ることができた。

それについてはまた明日書くことにしよう。
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by mariastella | 2013-05-23 00:02 | 雑感

教皇フランシスコとアンゲラ・メルケル

4月20日にメルケル首相を謁見したローマ教皇は、通常の20分を超えて、47分間を使い、ヨーロッパが無制限の自由経済、拝金主義から解放されるべきであること、一部の者の多大な利益が貧しい人をも潤すというのは全くの嘘であり、経済を管理して貧しい者を守るのは政府の務めであると強調したそうだ。

教皇は17日にも各国大使に向けて同様の趣旨のことを語っている。

こういう時、非ヨーロッパ人の教皇でよかったなと思う。ましてや、ドイツ人のベネディクト16世だったら、同国人のメルケルに対してそこまで言うのは微妙に難しかっただろう。

メルケルはキリスト教民主同盟で、ドイツは日曜日に店を開かないことではアングロサクソン国はもとよりフランスと比較してもずっと厳格である。

巨大な富の蓄積のあるマルチナショナルのカトリック教会の首長にそんなことを言われたくない、などと突っ込んではいけない。いろんな過去を持つカトリックの首長だからこそ遠慮なく正論を吐けばいいと思う。

ダライ・ラマなら、経済について語るより平和について語る方が似合っているような気がするが。

フランシスコ教皇の今の人気は半端でないので、あきらめずにキリスト教のいい部分を訴えていれば、何かが少しずつ動く可能性もあるかもしれない。
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by mariastella | 2013-05-22 01:28 | 宗教



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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