L'art de croire             竹下節子ブログ

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斉藤洋二『日本経済の非合理な予測』

40数年ぶりに会った友人に著書をいただいた。

為替ディーラーやトレーダーとして生きてきた経済の専門家が友だちというのは不思議だけれど、十代の頃の友だちというのはその後何十年会っていなくてもすぐ気分は十代になる。

で、著書をいただいたので「感想を書くね」、と言い、すぐに読んだのだけれど、門外漢の私が何か言えるわけでもない。

日本をアメリカ、欧州、中国の三極の中で捕えるという視点は分かりやすいし、欧州やユーロ、ドイツについての見方が私と共通していたので何かほっとした。

思えば、1980年にまだ経済の国際統計が日本では「欧州」がくくりになっていなかった頃に、今後「欧州」のくくりで見ることがいかに重要になるかについて、一度だけ従兄の頼みで日本の経済誌に記事を書いたことがある。それは先見の明だったと思うが、フランスの原子力廃棄物リサイクルシステムについても同じ記事で書いた記憶があるので、チェルノブイリの時にすでに後悔した記憶がある。

30年経つと、世界の見方が劇的に変わる部分と、全く変わらない部分と、進化する部分がある。

この本では2050年の経済に関する予測が語られているので、その結果が私に見届けられるとは思えないけれど、それが荒唐無稽に響かないのは、これまでの30年、40年で起こったことを生き、観測し、人間性への洞察がそれなりに深まったのでこれからの世界を自分がどう「見たい」のかについてはかなりはっきりしてきているからだ。、そのヴィジョンとすり合わせて興味深く読めた。

中国については知らないことばかりだったのでとても参考になった。

この本で、一番共鳴した部分は、実は「『成長を求めない』社会」という部分だ。

その前には、日本経済の建て直しはアベノミクスの第三の矢である成長戦略の帰趨にかかっている、しかしその第三の矢が最も迫力不足だとある。規制緩和による供給構造の転換とか、「世界で勝つ」とか、成長を取り戻すのか破綻の道か、などという言葉も出てくるのだけれど、そのどれも、今のフランスの社会党政権が振り回している言葉と同じだ。私はオランドの成長戦略に反対の立場なので、この本の終りに、日本は「ものづくり国家」としての再興を図りつつ情報力を武器とした頭脳的グローバルプレイヤーの国家を目指すべきではないだろうか、と、ポスト・アベノミクスの提言があることにほっとした。

歴史に学ぶのは重要だけれど、70年代に一世を風靡したようなポスト・モダンの言説については、私はすでに、同時代的にキャッチしていたに関わらず、それが奇妙な変容を遂げていくのを把握していなかった。あたかも、もとは霊的に優れている言説がいつのまにか支配者の特権維持に便利なイデオロギーとなり、偶像化していったのに気づかないまま崇め続けている「一般信者」みたいなものだ。

ポストモダンのキイ・ワードは多様性と自由だった。

それまで「西洋キリスト教社会のスタンダード」を押し付けられていた非キリスト教文化圏の人間にとっては、文明や文化の形にヒエラルキーはない、これからは真に雑多な日本のような国の時代だ、のようにそれを応用できるのは楽しかったし、「自由」は、冷戦下の一党独占の統制経済陣営に対して自由経済や民主主義を謳歌する価値に見えたし、同時にリベラルは革新につながった。

伝統を重んじる保守主義と違って、リベラルな革新は、その元にはマルクス主義があって、すなわち、保守的な社会においてたえず搾取されている労働者だとか女性だとか社会的弱者を解放しよう(自由にしよう)という意味のリベラルだったのだ。

でも、今にして考えてみると、もうその時点からすでに言説に矛盾がある。

世界に対しては、一方的に押し付けられた西洋スタンダードから自由になって日本の独自性とかローカル文化が大事だとか言って、コミュニティの維持や価値観を再評価しながら固定しようとして、コミュニティ内部ではしっかりと従来のヒエラルキーや特権構造を守っていた。

だから実際は「社会的弱者の解放」などされなかった。西洋コンプレックスから解放されただけで中では伝統の名の元に既存の秩序が守られた。

社会的弱者にも平等に与えられた地位は、消費者というステイタスだけだ。むしろ個々の消費者として分断された分、古いコミュニティでの役割固定から解放されていない現実から多くの人が目をくらまされてきたと言ってもいい。

経済が回っていた時はその幻想が続いたけれど、夢から覚めて、何が起こっていたかというと、「リベラル」とは抑圧からの解放ではなくて、弱肉強食に都合よく経済活動や法による規制をどんどん取っ払うという倫理や社会的義務からの解放になっていた。

結果、リベラルを掲げる革新が「解放」しようとしていた労働者たちは分断されて孤立してますます搾取されてつぶされていた。

いや労働の場からすらはじき出されている人も少なくない。

もとからの力のある者(人脈とか年齢、性別、国籍など)に有利な自由競争の「自由」と、固定された搾取から弱者を解放するという意味の「自由」は今や全く乖離しているのが分かっている。

それなのにポストモダンの言説をリベラル、革新、と受け取ったまま「勝ち組」に残ったエリートたちは、フランスのような社会党政権でもまよわず規制緩和や貿易の「自由」化などによる成長戦略を遠慮なく掲げているのだ。

そこには、ポストモダンを経てすら確実に生き残った「進歩」信仰、進歩イデオロギーがある。

いや、ポストモダンは、西洋型近代価値を相対化したかっただけで(それは西洋人にとってはエキゾチシズムやスノビズムの一種でアジア人にとっては西洋コンプレックスからの解放に見えた)、その底に流れる進歩主義と経済成長志向とは一度だって途切れたことはなかったのだ。

「自由」はあらゆる既成の枠を打ち破ってより前進することを目標にしていた。

その路線は、ドゥルーズ、ガタリ、ネグリやマイケル・ハートから、ベルナール・スティーグラー、アラン・バディウまで一貫している。

そこにはテクノロジーの発展が世界の民主化に寄与しているという確信もあった。

たとえば誰でもインタネットの端末を持てば世界とつながり無限の情報を取り出せるとか、ソシアル・ネットワークで市民運動を組織できるとかいうような面だ。

それは事実なのだが、そのような発展にはそれこそ限界がなくモラルの縛りもないので、文明の利器は、必要の枠を超えてどんどん新機能を付加されてモデルチェンジをしていく。「必要」とは別のところでの市場論理や利潤至上主義が働いているからだ。

技術はどこまでも発展しているように見えるが、実は売れる技術にしか開発の予算がつかないことは誰でも知っている。

そういう方向性のあるところにだけ、どこまでもどこまでも、無限とも思える成長の挑戦がなされているのだ。

取り残される人々、取り残される分野との格差など関係がない。

でもその戦闘性がなんだか「ラディカル」な感じがするので、リベラル(規制撤廃)とリベルテール(抑圧からの解放)を混同してしまった「革新」勢力も平気で突き進むのだ。

保守政権のところはもっとひどくて、昔は革新の旗印だったリベラルを掲げることで保守世界の特権階級の特権を維持するための秩序を強化しながら、昔ながらの「保守VS革新」「改革VS革命」などの対立を無効化して権力は安泰だと思っている。

今や、経済は、経済だけではなく、経済と文化と政治の複合した事象なのだ。

政治やイデオロギーの革新とか急進は、「成長」とか「進歩」という前進の枠にとらわれていては、複合した全体を変革することはできない。ほんとうのラディカルとは、今の不都合の原因を政治と文化と経済の根元の部分にまでさかのぼって吟味して、それらの動きを誘導する光の方向性を変えるところにしかない。

確かにソシアル・ネットワークなどのおかげで中東など規制の厳しい社会においてさえ人々が新しい自由と新しいつながりを持つことができるのはこれからも大きな可能性を与えてくれる。

けれども、すでに表向きの表現の自由が許されているような国で、デジタル・ネットワークだけで繋がる人々からは、「生身(なまみ)」が希薄になっていく。

その「実体のなさ」は、大量消費社会の刹那主義や量産主義とも呼応して、「絆」も「連帯」も、量があっても質があるのかどうか、もはや分からない。

個人の自由と、物質的条件の平等と、ユニヴァーサルな集合的自律を共に志向できるような内実のある人生観(そう、いくら無限の成長だの進化を語っても、人間の有限性は変わらない)の構築こそが今もっとも大切なことだ。

それを目指す言説もあちこちに存在するのだけれど、マーケット戦略が伴わない限り声は遠くには届かない。

私たちは耳をすます必要がある。

そのためにも、経済学や経済予測というものは、私たちの置かれた立場の来し方行く末を考える有効な物差しになるものだとつくづく思う。
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by mariastella | 2013-12-31 23:48 |

ラニ・マサラの『ジラファーダ』

映画『ジラファーダ』Giraffada  監督Rani Massalha

少し前になるが、来年4/30に劇場公開される『ジラファーダ』というパレスティナが舞台の映画の試写会に行って、その後で、これが監督一作目のRani Massalhaと話す機会があった。

彼はパレスティナからフランスで亡命してフランスで育った人だ。この映画はいろんな意味ですごくよかった。

この映画と同じフランコ・アラブ映画フェスティヴァルで最初に見たサウジ・アラビア映画の感想を書いたが、それと同じようにこの映画も、子供の目を通して描かれていること、そして暴力シーンがないことが共通している。

暴力シーンがないといっても、イスラエルによる空爆シーンはあるし、主人公の少年が他の少年に殴られたりするシーンもあるのだけれど、監督が「血糊」などを調達する予算がなかったというだけあって、血が流れないのはいい。

この映画の前に同じパレスティナのドキュメンタリーでこれはアカデミー賞でも評価された映画『壊された五つのカメラ』もディスカッション付きで上映されたのだが私は見に行っていない。
イスラエルが隔離壁を築いたヨルダン川西岸地区の村で生まれた子供の成長を記録しようとする父親のカメラがそのままイスラエル兵士による暴力の支配の記録になっていて、これを見たらかなり情緒的に善悪の二元論的評価をしてしまいそうだったからだ。

実際、イスラエル軍が村人を助けようとしているシーンもよく見ればあるらしいのに、バイアスがかかりまくりの編集で見ていられないというコメントも読んだので、フランスのような国では上映後のディスカッションがかなり政治的になりそうな気がした。

この『ジラファーダ』はジラフ、すなわちキリンにインティファーダをかけている。キリンを通したレジスタンスというわけだ。

イスラエルの植民の進むこんな地域に動物園があるということ自体にもびっくりしたが、そこにイスラエルの空爆があった時、キリンがパニックに陥って柵に首を突っ込んで死んだという実話があり、この映画はそれにインスパイアされて作られたものだそうだ。

動物園の獣医ヤシンは息子と二人暮らしで、この息子が、動物園にいるキリンのカップルに夢中で毎日餌をやるなど熱心に世話をしている。

それなのに爆撃のショックでオスのキリンが死に、残ったメスも餌を採らなくなる。弱っていくメスが餌を食べますようにと神に祈る少年は自分も食事を摂らなくなった。

その前に、農家に馬の難産で呼び出されたヤシンが奇跡的に母馬と仔馬の命を救うエピソードがあり、一緒に行った息子が馬の命を救ってくださいと神に祈るシーンがある。馬の飼い主はヤシンに払う金がなくてオリーブをもらってもらう。
帰り道で息子は片足とびで歩いている。何をしているのかと問う父に、「さっき神さまに馬の命を救ってとお願いした時に、助けてもらったら片足で帰りますと約束したのだという。
お祈りは取引の一種だから、自分も何かを犠牲にするべきで、そうやって願いをかなえてもらえたことがよくあるのだという。

そのような伏線があるから、キリンが食べなくなった時に少年がハンストした意味が分かる。

少年の母は少年を生むときに産褥で死んだ。それもこれもイスラエルの強権支配のせいで金も施設も薬も不足しているからだ。

獣医のヤシンは、フランスの女性ジャーナリストに頼んでエルサレムの獣医仲間からキリンのための薬をもらってきてもらう。

しかしキリンは相変わらず食べない。

父親とジャーナリストが接近するのを見た少年は嫉妬も手伝って父親を拒絶するようになり、ある戒厳令の夜に家を出て帰ってこない。

父親は探し回り、イスラエル兵に誰何されて殴られ医療鞄を投げ捨てられる。

この映画でもイスラエル兵は暴力的なのだけれど、彼らの方も本気で自爆テロを怖がってヒステリックになっているのが伝わってくる。
暴力を生むのは恐怖なのだ。

実際子供に至るまで、誰が爆薬を体に隠し持っているかわからないような地域で警備に当たるのはすごいストレスだろう。

しかも普通の兵士たちは、職業軍人ではなくみな徴兵された若者たちだ。
このことは上映の後で監督も言っていた。
イスラエルの若者は全員が18歳から21歳まで兵役につく。その間、実際にパレスティナの自爆テロで死ぬ人もいる。テロをする側もインティファーダで投石する子供たちがそうであるように、素人がほとんどだ。
つまり素人が命を懸けて攻撃するのを、徴兵された普通の若者が警備に当たる。

恐怖とパニックの連鎖だ。

監督はイスラエルにも多くの友人がいて、エルサレムや近郊にも滞在している。

彼がショックを受けたのは、ガザ地区などで起こっている毎日の緊張、恐怖、暴力とはまったく別世界の自由と幸せをイスラエル人たちが浜辺で謳歌しているように見えることだ。

しかし、実は、彼らは皆、兵役中にトラウマを受けている。で、兵役が終わると皆がこぞってインドやタイに出かけて魂をリセットしてから戻ってくるのだそうだ。

昨日の記事で紹介したフランスの職業軍人のトラウマ処理法とは対極にある。

話を映画に戻そう。

戒厳令の夜、少年は幸い、動物園でコーンを売る屋台の老人に見つけられて老人の家に入れてもらう。彼の家には電話もないのでヤシンに連絡はできない。 

そこで少年は自分の悩みを老人に話し、キリンを救ってもらうために神さまに願をかけて食べない決心をしていることも告げる。

すると老人はコーランに出てくる「ノアの方舟」の話をする。あるときアラーは怒って大洪水を起こすことを決めたのだが、ノアに、義人たちとすべての動物を一つがいずつ方舟に乗せて救うように言った。アラーは命を大切にしたのだ。

「動物はみんな?」

「ああ、みんなだ」

「蚊も?」

「蚊もだ」

「アラーは、怒った、怒っても殺さなかったんだ・・・」

「そうだ、だから命は神さまにした約束よりも大切なものなのだ」

翌朝、老人は少年を父親のところに送り届ける。

少年ははじめて少し食物を口にした。

少年はメスのキリンのところに行く。リタ(キリンの名前)は相変わらず食べようとしない。

「ねえ、リタ、僕は少し食べたんだ。リタも食べておくれ」

深刻な顔の父親がリタの腹に聴診器を当て、じっと聴いていたが、突然、表情が変わる。

「妊娠している」

父と息子に突然幸福感が漲りあふれるのが分かる。

闇にさす光のように、映画を見ている客席にも同じ幸福感と喜びが貫いた。

外に兵士がいても、爆撃があっても、多くの人が犠牲になっても、キリンが妊娠していると聞いただけで、魂の根っこに天からの慈雨が降り注いだような感じになる。
獣医である父の喜びも少年の喜びも一瞬にして共有できる。

カタストロフ映画などで登場人物がほとんど全滅するのに最後に生き残った女性が妊娠していた、という安易なハッピーエンドを使う例があるけれど、ストーリーテリングがうまければ、キリンの妊娠でも、

「そうだ、だから命は神さまにした約束よりも大切なものなのだ」

という老人の言葉が歓喜と共に裏書きされたのが分かる。

しかし物語はこれで終わらず、リタは相変わらず餌を食べない。

このままだとリタも胎児も一緒に死んでしまう。

リタをPTSDの鬱状態から救うには死んだオスの代わりに別のキリンを与えてやらなくてはいけない、と皆が直感的に思う。

他に方法はない。

アフリカ経由などまともなルートでは間に合わない。

ことは一刻をあらそう。

結局、ヤシンはやはり知り合いの獣医がいる別の動物園に連絡し、キリンをエルサレムに運ぶワゴンを用意してくれという。

ヤシンと息子はフランス人ジャーナリストの車のトランクに隠れて検問を突破した。帰りは山間の道を通ってチェックポイントの閉まっていないところを経て戻らなくてはならない。

動物園には6匹のキリンがいた。少年はすぐにリタにぴったりなキリンを見つける。

「この子だ!」

ヤシンの友人である獣医がワゴンをつないだ車を運転して動物園を出なくてはならない。

彼はヤシンたちがエルサレムからの要請ではなくて、ヨルダン川西岸地区にキリンを拉致するつもりであることを知る。

獣医は顔色を変える。

ヤシンは、武器を持って脅されたと言えばいい、と言う。彼らが去った後でキリンの盗難を通報してくれと。

それから三人と一匹の逃避行が始まる。イスラエルの植民地区では植民者がみな武器を持って警戒している。途中でガソリンもきれるが、ヤシンに家畜を救ってもらった農場が近くにあったのでガソリンを補給してもらうことができた。しかし、その間、一人でキリンのそばについていた少年が植民者に見つかり…

といろいろあってようやくチェックポイントにたどり着いたら、ゲートは閉じられていてワゴンを通す幅はない。

少年は絶望するが、ヤシンは「残りは歩いていこう」、という。

ワゴン車から降ろされて優雅に進むキリンと、その後を歩く少年と父と、彼らのために危険を冒したジャーナリスト。

シュールな光景が続く。

張り巡らされた壁の前を進むキリンの優雅なシルエット。

このために監督はキリンを選んだのだという。

このシーンはロケではなくてスタジオの中で撮影したと言っていた。

それから彼らの一行は町の中を動物園に向かって進むのだが、このシーンもまったく素敵な童話のようで感動的だ。少年はキリンをリタのところに誘導する。しかし、通報を受けたイスラエル軍が動物園に来てヤシンは逮捕され、連れ去られる。

やがて、少年の姿とキリンの子供の姿が映り、少年のモノローグがエンドロールに続く。

もちろんこの話はフィクションなのだが、ともかく、盗んだキリンも返還されずにすんで、一応のハッピーエンドになったわけだ。

上映が終わった後で、あの父親はその後どうなったのか、と客席から、ある少年が監督に質問した。
みんなが内心気になったことだ。

すると監督は、

「ぼくは、彼がすぐにではないけれど釈放されたと思う」

と答えた。

この答えに私はすごく好感をもった。

というのは、実は、このフランコ・アラブ映画祭で、サウジアラビアの映画とこの映画のほかに私はもう一つの「子供を主人公にした映画」を見たのだが、後味が悪かったからだ。

その映画はHicham Ayouch監督の『Fièvres』(熱)と言うもので、ある意味でなかなかの名作だった。

つまり、人間がよく描けていて、カメラワークもシナリオも絶妙で主人公の少年やその父や祖父母なども名演としかいいようがないからだ。

それなのにすごく違和感があり、気分が悪かった。それがなぜなのかすぐには言語化できなかった。

けれど『ジラファーダ』を観た後で、その理由が分かった。

『Fièvres』という映画のメッセージは私の「信ずるところ」に反するものだったからだ。

『Fièvres』の舞台はパリ近郊にある半ばゲットー化した団地である。

パリの母子家庭の少年がいて、母親が逮捕され懲役に服すことになったので養護施設に入れられようとするが、母親が父親の名を明かす。父子関係が証明されて少年は父に引き取られることになる。父カリムは、アルジェリアからの移民一世である自分の両親と住んでいる40男だ。失業はしていないが、何の希望もなく建築資材をあつかう肉体労働をしている。

彼らにとってカリムの息子の存在は寝耳に水だった。

しかも、バンジャマンというキリスト教の名前を持っているというのだ

「でも、私たちの孫だから」とカリムの母は少し希望をもったように言う。

父系主義のアラブ家庭では、カリムが独身で子供もいないことは将来の先祖の供養もできないという無言の絶望の種になっていた。実はカリムには弟がいるのだが、事故で心身に重い障害を負って施設に入れられている。引退しているカリムの両親が故郷のアルジェリアにまだ帰れない理由の一つはこの息子の存在だ。定期的に訪問する母親は、うつろな目で涎を流しているこの息子の伸び放題の髪を洗ってやったり梳かしてやったりいつくしんで世話をする。カリムだけはなぜか行かない。

で、このバンジャマンというのが、学校には行かないわ、建物の壁にスプレーを吹き付けて落書きするわ、喧嘩をするわ、ひどい子供で、キッチンから包丁を取り出して父を刺し殺そうとまでするシーンもある。

祖父母にも叱られるのだが、祖父に向かっても、「自分の母は淫売だ、お前の息子は淫売と寝たんだ、アラブと寝るなんて淫売しかいない」などと毒舌を吐く。

まあ、いろいろあるうちに、この子供がさぞや不幸な子供時代を送ってきたのだろうと察しはつくし、それでも、祖父母や父といるうちにたまに子供らしいところを見せたり、だんだんと強面で挑発的な態度が薄れて角が取れてくるのも分かる。

施設にいる「叔父さん」のところにも行って、はじめは驚くが、楽しそうに車いすを押したりする。どん底からサバイバルして世界中に喧嘩を売っているような子供にとっては、心身障害の弱者のそばにいる時が一番警戒を解いて子供らしくなるのかもしれない。

で、それまで強権の父親のもとである意味でいつまでも「息子」として服従しながら生きてきたカリムも、突然現れた自分の息子に手を焼いているうちに次第に「父親」として目覚めてくる。

で、ある日、カリムはバンジャマンに彼の一番のつらさ、秘密を教えてしまう。

それは、弟を障碍者にした事故の責任はカリムにあるという事実だった。その罪悪感がカリムの人生までも生きながらにして葬っていたのだ。

で、ラストの場面は、血の付いたナイフを握っているバンジャマンと、無抵抗に刺されて血まみれで横たわっているおじの遺体。

これだけなら、まだ、暗くて救いのない映画だが、強度があり、人間性や社会についてのさまざまな問題を突き付けてくる名作だとも言える。しかし、私は納得がいかなかった。

すると、上映後、バンジャマンと同じ年恰好(中学一年くらい)の少年が監督に「バンジャマンはなぜおじさんを殺したのか」と質問した。

監督は、

「私にもわからない。答えはない。みんなに答えを考えてもらいたい。君はなぜだと思う?」

と答えた。

質問した少年は「叔父さんがいつもへべれけだったからだと思う」と答えた。

監督は

「君がそう思うならそれが答えだ。そうバンジャマンはおじさんがいつもラリッっているから殺したんだね」

と言った。

すると後ろの席から、ある中年女性が「そのような答えはスキャンダラスだ、私には承服できない」と叫んで、席を立って出て行った。

私はその時点で、まあそんなに目くじらを立てるのも大人げないなあ、と思っただけだった。

バンジャマンは映画の終わりの方ではじめて父親の苦悩を理解して、このおじさえいなくなれば皆が解放されるのだと短絡的に思ったのだろう、あれはバンジャマンが生まれて初めてした愛の行為、犠牲の行為だったのだろうというのは分かった。しかしそれが別の形でまたこの家族の不幸を増幅するのだという想像力がこの少年にはなかったのだ。

ところが、女性が憤激して出て行った後で、監督は

「この映画で一番伝えたかったのは、行動を起こす、行動に移す、ということだ。ご覧になったようにバンジャマンは一人で戦闘行為をしている。自分を取り巻くすべてのもの、社会、不運、不公平などすべてに宣戦布告をしているのだ。我々は語るだけでアクションを起こすということをしない。そのような欺瞞をバンジャマンは許さない、少なくとも彼は行動した」

と語った。

それだけならまだいいのだけれど、その後に彼は私にとって驚くべきことを付け加えた。

「私はバンジャマンの行動を見るとき、ローマ兵のエピソードを思い出す。それはこういう話だ。あるローマ兵士が戦闘に出発する時に彼の妻が乳飲み子を抱いてやってきて、『あなた、戦争に行かないで、この子を置いて行かないで』と訴えた時、ローマ兵は妻の手から幼子を奪い取り、壁に叩きつけて殺してから、さあ、これでいいだろう、と言って出征した、という話だ」

先に質問した少年のように、会場には中学生のグループもいる。

監督のこのエピソードから、「人は戦うべき時には非情になっても戦うのだ」というメッセージを受け取った子供もいたに違いない。

そんなこと言うべきではない。

ローマ兵には乳飲み子を母から奪ってたたきつける権利はない。
子供の命は彼の所有物ではない。

そんなメッセージを中学生に送ってはいけない。

で、その十日くらい後に『ジラファーダ』を観たのだ。

パリの近郊の少年の境遇は母子家庭といい、移民の家族といい、決して楽なものでないということは分かる。しかしパリの近郊に爆撃機は飛んでこないし、戒厳令もなければ兵士に殴られることもない。

『ジラファーダ』では、イスラエルの強引な植民政策によって土地を奪われ、貧困と物不足にあえぎ、尊厳を傷つけられ爆撃を受ける厳しい暮らしがあるが、そこで生きている父子家庭の少年は父の愛を受けて育っていて、キリンに愛を振り向けている。

そして少年も映画の観客も、キリンが妊娠したという話だけで思わずうれし涙が出てくるのだ。

そこでのメッセージは、老人が少年に言ったこと

「命は神さまにした約束よりも大切なものなのだ」

である。

私は若い世代にこっちのメッセージに耳を傾けてほしい。

アクションを起こすには方向性があり、それはいつも「命」の尊重でなければならない。

第一、

「命は神さまにした約束よりも大切なものなのだ」

とすべての人が思ってくれれば、神の名のもとに自爆したり敵を無差別攻撃したりすることもなくなる。

映画がメッセージを担うとき、それがどんなに巧みに、効果的に、説得力を持って仕上がっていても、そのメッセージが「私の信ずるところ」に反しているときは受け入れられない。

その「信ずるところ」というのが自分でも何かよくわからなかったけれど、『ジラファーダ』のイスラム教徒の老人の言葉をきいてそれが私の信ずるところに合致していることは分かった。

アラビサウジアの少女の話、パリ近郊のアラブ移民の家庭にやってきた少年の話、パレスティナの動物園の少年の話、子供の目を通して描かれた三本の映画を見て、子供たちに何をどう伝えることが大切なのかをあらたに考えさせられた。
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by mariastella | 2013-12-23 03:43 | 映画

ベルトラン・タヴェルニエの新作『Quai d'Orsay ケ・ドルセイ (外務省)』

ベルトラン・タヴェルニエの新作『Quai d'Orsay ケ・ドルセイ (外務省)』(Thierry Lhermitte、 Raphaël Personnaz 、Niels Arestrup)を最近観た。監督とディスカッション付きの上映会だ。もう70歳をいくつか越えて大御所になったタヴェルニエに会ってみたいと思い立たなければ、コミックを原作にしたこの映画は特に見るつもりがなかった。

でも、行って正解だった。ついでにハードカバーコミック(BD)の特別版も購入して監督にサインしてもらった。

後でコミックを読んだら、これを一読しただけで映画化を考えたという監督の描いたイメージがよく分かった。

特にモルパのキャラ。この人だけが、実際にすべてを把握し、すべてを動かし、冷静沈着で、外的なパフォーマンスというものをまったく考えていない。その役にNiels Arestrupを起用したのは驚くべき選択で、タヴェルニエはいつも役者に今までのキャラとまったく違うものを与えるのが好きなのだと言っていた。
いつもと違って口数が少なく独特のカリスマ性だけでそこに「いる」というモレパを演じている間、Niels Arestrupは他の俳優たちから離れてぽつんと自分の世界にいたそうだ。

この原作のマンガというのがChristophe Blain 作画で Abel Lanzacのシナリオなのだが、その Abel Lanzacはなんと実際にドミニク・ド・ヴィルパン首相のために演説原稿を書いたAntonin Baudryのペンネームであり、マンガで起こることは全て本当に見聞したことなのだそうだ。

もちろん外務省は、フランス市民の税金で雇われた役人たちが公益のために働いている場所なのだから、プライヴェートなゾーンというのとは違う。
それでもこれだけ赤裸々な人物描写をマンガや映画にできるのがすごい。

しかも、ハイパーアクティフでいつも舞い上がっているナルシスティックな怪物として描かれているヴィルパン本人も、現職の首相や外相も、みな映画を見ているというのがまたすごい。私はヴィルパンがこれだけカリカチュラルに描かれていればさすがに鼻白むかと思ったが、「いや実際の私よりも落ち着いて描かれてるね」と感想を述べたそうだ。彼はユーモアのセンスがある、とタヴェルニエが言っていた。

ヴィルパンをモデルにした外務大臣が入ってきただけで風が巻き起こって紙が飛ぶというシーンはさすがに戯画化されているのだが、実際、ヴィルパンは物質的なことが頭になく、食べない、寝ない、食べることにも眠ることにも興味がない。ノーベル賞作家が政治の話をしたかったのに文学の話を一人で滔々と述べたてて、相手に話させろというメモが回ってきたエピソードも実際に会ったそのままだそうだ。

いつも燃え上っていて、いつジョギングに飛び出るのかも分からない。

2002年から2003年にかけてアメリカがイラク侵攻を画策していたころフランスが断固として反対し、ド・ヴィルパン外相が国連で歴史的な演説をした時、当時ブッシュの顔がTVに出てくるだけでも気分が悪くなった私には、ド・ヴィルパンは爽やかで格好良く見えた。背が高くやせ形のスポーツマンでエリート外交官でありながら妻がアーティストで美男美女の子供たちがモデルなどをしているという自由な感じも素敵に見えた。ブッシュへの嫌悪の解毒剤は私にとってシラクではなくド・ヴィルパンだったのだ。

その後で首相になった時も好意的に見ていたのに、内政でつまずき、大統領選でも敗れ続け、気の毒な気がしていたが、私の持つ好感は変わりなかった。

それが・・・この映画で見られるほとんどパラノイアックな唯我独尊の舞い上がりぶりが、ほぼ事実だというのだから・・・100年の恋も醒めた感じだ。
しかも、「まさか」、という感じではなくて、「ああ、そうなのか、こういう舞台裏とあの頃の公のパフォーマンスの出来は完全に一致するなあ」、と納得だ。

それにしても、あからさまにクロアチアやデンマークを軽視していたり、当時防衛大臣であったMMAを蔑視しているような発言ももろに出てくる。

映画の中で、フィクションとして付け加えられたのは若い原稿書きの同棲相手が小学校の先生というシチュエーションだ。不法滞在で追放されようとされている移民の家族を救ってほしいと、トイレで頼まれた外務大臣が忘れずにアレンジしてくれることになっている。

実際のヴィルパンもジェーン・バーキンが二つの移民家族の窮状を訴えたらすぐに解決してくれた実績があるらしい。英雄的な情熱の炎にいつもあぶられていたが、小さなしめやかなエピソードに対して具体的に対応するのもこの人の特徴だったとタヴェルニエは言う。

フィリップ・ノワレが亡くなる前にはその病床に毎日通って、話をしたそうだ。

タヴェルニエはモルパの実物と話してやはり感動したそうだ。

モルパは全てを把握していた。ある大使が「もしこれを読まなかったらシャンパンひと箱を送らせる。」とためしに電報を送ってみたら、翌日「シャンペンを送れ」と返信が来たそうだ。また歩く時には、絶対に人の前を行かず、忘れ物をしたなどと理由をつけては必ず後ろについた。

執務室ではシャルトルーの猫を前任者から運動靴や家具といっしょに引き継ぎ、外務省には自分で運転する小型車で通っていた。8時半から午前3時までいつもいた。

みなが週80時間勤務の実態だそうだ。

2006年までは省内で喫煙できた。今は中庭に喫煙コーナーがあるが撮影のためにそれを取り除いた。ただし当時も、ヴィルパンやモルパの前では誰も吸わなかった。

いつも腹をすかせる大男が出てくるが、実際はもっと大きくて2m6あったそうだ。実際のヴィルパンも映画の役者より大きい。

主人公の若者も映画の設定のようにENAではなく、もっと伝統的エリート校であるポリテクとmineを出ている。

みんなキャラが立ち過ぎだ。

しかし、世界を相手にする外務省では、時差があるから24時間営業でハイパーアクティフでないとやっていけない。

日本のイメージでは外務省というと優等生的な官僚主義という気がしていたのだけれど、フランスの外務省はアクロバティックなサーカスみたいだ。

私は昔日本を担当していた友人が外務省にいたので、時々ケ・ドルセイに寄ったことがある。彼のところには朝X新聞が取り寄せられていて、それに毎日目を通さなければならないはずだったのだ。で、一か月分たまる頃に、なんだか新品の新聞をもらいに行っていた。まだインタネット版など存在していない頃の話だ。
それにうちで目を通すと、今度は、日本に派遣されている宣教会の人で「一年間の里帰り」中の修道士が、「日本語を忘れないように」と称してうちに取りに来るのだった。日本とフランスの距離は遠かった。でも、今でも、フランス外務省の中では日本は遠い国なのだろうなあという気がする。

でも、私はこういう内部情報を堂々と当事者がマンガにしたりそれが映画になったりするフランスという国が好きだ。

日本でもアメリカでも、それぞれ別の理由であり得ないことだと思う。

そう言えば、最近、アフガニスタンに派遣されていた軍人ブリス・エルブランの書いた戦争のトラウマについての本が出た。『Dans les griffes du Tigre.Lybie-Afghanistan 2011』(Les Belles Lettres)

その人は士官学校を出たエリートで、自分のなすべきことはよく理解していたし、使命も心得ていた。2011年3 月、最初に人を殺したのがアフガニスタンの砂漠で、2人の武装テロリストが潜伏している場所を教えられてタイガー戦闘ヘリコプターで近づき、攻撃した。
31歳のエリート職業軍人である。

その時彼は動揺した。自分は、敵に襲われているフランス人を救うために防衛しているのではなく、ただ敵を攻撃しているのだ。

フランス軍は攻撃についての規制が非常に厳しいのが有名である。

アフガニスタンでアメリカ人の攻撃ぶりを見てみな批判的になっている。
このことは第二次大戦の終わりごろからのフランスの「常識」で、ノルマンディでもパリ近郊でも、フランスを占領しているドイツ軍からフランスを解放するという目的にしろアメリカ軍から無差別に近い爆撃があちらこちらであったので、フランスの多くの一般人が犠牲になった。フランスで第二次大戦の市民の戦死といえばほとんどがアメリカ軍の爆撃によるものだ。もちろんそれはあまり語られないし、アメリカは犠牲者や町の破壊については戦後にちゃんと「金で保障」している。

ともかくそんなフランス軍にとっては、アフガニスタンでアメリカと共に戦うだけですごいストレスになっているわけだ。そして、砂漠の岩の下に潜伏していた二人の「テロリスト」を軍の命令によって殺した戦闘機パイロットのエルブランは大ショックを受ける。10日後、カブールで休養しているとき、毎夜、悪夢に悩まされ、自分が岩の下にいてヘリコプターが襲ってくる場面を反芻する。軍付の心理学者はそれは相手を自分に置き換えるよくある現象だと言い、軍付司祭も慰めてくれる。

けれども、エルブランには自分のPTSDが理解できない。自分が特別弱い人間だとは思えないからだ。実際、同僚と同じようなトラウマを語り合うこともあった。直接の理由がないのに先制攻撃をして誰かを殺せば、人は必ずトラウマを負うのだ。

エルブランはその後、リビアにも転戦し、合計50人ばかりの命を奪った。彼には4人の子供がいる。殺した敵やその家族、子供たちのために祈らないではおられない。彼は自分が兵士としての使命を果たしたこと、国に奉公したこと、必要悪だったこと、を自認している。しかし、自分を赦すことは難しい。義務という名のもとに精神の平安は保てるが魂は赦しを求めている、と言う。

もう「普通の世間」との溝は埋まらない。フランスに残っている人、軍人ではない人、形而上的な悩みから切り離されて個人主義と消費主義の刹那に生きている人たちの間には戻れない。

彼は今でも現役の軍人でパリに戻り階級も上がっている。しかし、これらの戦争の名における殺人のトラウマについて証言して出版した。すると、なんとインドシナ戦争の退役軍人からも、恐れや死や悪夢について描いてくれたことを感謝された。

注目すべきなのは、このことについて、出版に圧力がかけられなかったばかりではなく、軍から一字の検閲もなかったという事実だ。

そしてこのような実存的であると同時にタブーの問題について言語化能力に優れている軍人がいること、文章にエレガンスがあることも含めて、いかにもフランス的だと思う。そして、そういうところが、フランスで私の一番好きな部分だ。

ヴィルパンはラッキーだった。2002年のヴィルパンが掲げた燃え立つ十字軍の旗は、イラクの派兵にではなく、派兵を強行しようとするアメリカを阻止するための言葉の武器の十字軍の旗だった。

人は、人を殺さないために戦ってほしい。
兵士に敵を殺すことを命令しないために戦ってほしい。

そこにハイパーアクティフな理想主義者と、剣をより強いペンをふるえる書き手と、冷徹なワークホリックな官僚らのキャラが集まって火花を散らすのも、悪くない。
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by mariastella | 2013-12-22 04:56 | 映画

バロック音楽での八分音符の非「等価」性について

バロックのヴァイオリニストやチェリストには、バロックのダンス曲でルーレ(二つの八分音符が続く時に第一音を強くレガートで弾くこと)でない二つの八分音符は等しい長さではないのだということをいくら言ってもなかなか分かってもらえない。

ルーレはギターやピアノなどでは逆にイメージしにくい奏法だが、擦弦楽器だとボーイングがはっきり違うから身についてしまっている。その代わりに、ルーレではない二つの八分音符は弓の方向を替えるだけでOKという刷り込みが初期にできる。

でも、バロック・ダンス曲において、二つの八分音符が等価ではないというのは、実は、バロック・ダンスやバロック・ジェスチュエルの足のポジションに連動しているのである。

バロック・ダンスやジェスチュエルにおいて、足が平行にシンメトリックに置かれるのは「死」に等しい。動きは、躍動は、流れは、常に、踏み出された片足から生まれる。

つまり、体重のかけ方に揺らぎがあって、動きを内包し促しているという形だ。

その足のポジションに呼応するから、ダンス曲の二つの八分音符が等しい長さの二つの音であり得ないのは自明なのだ。

バロック・ダンスやジェスチュエルにおいてはあれほど繰り返し言われることなのに、楽器奏法においてはなんとなく

「バロック音楽では、ルーレでない二つの八分音符は最初の方が少し長く弾くんですよ」

のような「口伝」でしか伝えられないのは思えば不思議なことだった。

20年も弾いてきて、ようやく説明ができるようになった。
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by mariastella | 2013-12-01 00:33 | 音楽



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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