L'art de croire             竹下節子ブログ

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吉原真里『「アジア人」はいかにしてクラシック音楽家になったのか?』(アルテスパブリッシング)

比較文化の社会学をこういう切り口で分析してみるなど考えたこともなかったので、非常に新鮮だった。

当事者を含めて皆が薄々感じていながらもあえて意識に上らせないような微妙な覗き見感もある。
はっきり言って、この研究をWASPの男性社会学者が企てたなら逆に偏見を持って見られそうだ。

NY生まれ東京育ちでピアノを本格的に勉強してアメリカで文化批評のスペシャリストとなった著者でないと分け入ることのできなかった世界かもしれない。

私自身、著者が取り上げるアジア人女性でありフランスの音楽師範学校に通ったこともあり、複数のアンサンブルでいろいろなところで演奏する活動をもう30年も続けていて、生徒に個人レッスンをするのもかれこれ30年近く、またアーティストを支援するアソシエーションを立ち上げてパリに来るさまざまな音楽家に演奏の機会を提供するようになってからも20年経つ。二軒長屋の自宅の片側には日本人女性のピアニスト、フルーティスト、サクソフォニストらに住んでもらって自由に練習してもらってきた。その間、日本からの音楽留学生の直面するいろいろな問題や進路の変更を含めて、さまざまなことを見てきた。

それなのに、それらの経験をこの本の著者のような形で考察して言語化するということは、ありそうでなかった。

なるほどと思える興味深いフィールドワークがたっぷり報告されている。

けれども、これを読んで個人的にあらためて気づかされたのは、

1. アメリカとヨーロッパってまったく違うなあ、

2. ヨーロッパの中でもフランスってまったくユニークだなあ、

3. クラシック音楽界とバロック音楽界のメンタリティはまったく違うなあ、

の3点だった。

2 と3は、『バロック音楽はなぜ癒すのか』(音楽之友社)に書いたことを追認した形でもある。

一つだけ、この本を読んでから、今までの感じ方が180度変わったことがある。フランスの音楽教育の評価についてだ。

これまでは、フランスの幼稚園はもちろん小学校に音楽の時間がないせいで、音楽の教養のまったくない多くの大人を生むので嘆かわしいとずっと思っていた。

私のところに来る大人の生徒も、子供のころから楽器演奏にあこがれていたのにその機会がなくコンプレックスを持ち続けたという人が多い。

その点日本では、今のことは知らないが、私の育った時期には、幼稚園のどのクラスにもオルガンがあって休み時間には自由にさわれたので全員が「猫ふんじゃった」が弾けたし、小中学校の音楽の授業では誰でもドレミが読めるどころか階名が移動ドなので、ドレミで歌う時はたとえばヘ長調ならハ長調のファをドと読まなければならなかった。4、5 種類の読み方が自動的に頭に入っていた。

縦笛もハーモニカも習ったし、クラス対抗の合唱コンクールや合奏コンクールがあった。

全員が無理矢理9年間もそんなことを続けていれば少なくとも、自分に適性があるか、音楽や楽器が好きか嫌いかははっきりしてくる。

ところがフランスの小学校(5年間)には音楽の時間がないので、音楽をやりたい子供は幼稚園の頃から公立のコンセルヴァトワールに通って楽典、コーラス、楽器を習うことになる。毎年進級試験があるし、二度落第すると残れないから、レベルはかなり上がる。中級の試験の聴音などは、日本なら音大の入試レベルですよ、と驚かれたこともあった。だから、中学では音楽の授業が始まるのだけれど、その頃には、コンセルヴァトワールに通っている子とそうでない子(ドレミも読めない)との間に差があり過ぎて、教師は音楽の基礎を教えることが不可能だ。縦笛が少し手ほどきされることはあるけれど、基本的にはみんなで歌を斉唱したりいろいろな曲を聴いたりというレベルにおさまってしまう。

私は、こういうシステムは不公平だな、音楽教育の機会平等がないなあ、とこれまでずっと思っていたのだ。
日本の音楽教育の方が民主的だと。

しかし、よく考えてみると…

吉原真里の言うように、楽器の勉強は膨大なコストがかかるので中産階級以上の家庭の子供にしか不可能だとか、クラシック音楽の技能を磨くことで社会的な階層の上昇を見込める、というような言説が、フランスには相当しない。

なぜなら、小学校に音楽の授業がない代わりに、どんな町にも必ず公立のコンセルヴァトワールがあって、住民であれば、家庭の収入に応じた授業料で通えるからだ。

「教育社会主義」のような国だから、はっきり言ってその額は、低収入家庭に対しては限りなくゼロに近くなる。

弦楽器はみな貸してもらえるからコストゼロなので低収入家庭の子供が集まる。ピアノはさすがに家に楽器があるのが条件となるが、レンタル業者も普通にあるし、そこはフランスだから、100年も前の古いピアノならあちこちの家庭に眠っていたりする。

で、何が起こるかというと、親が子どもに音楽をさせようとしさえすれば、低収入家庭の子供でも、アラブやアフリカ移民の子供でも、楽典のクラスと楽器の個人授業と(これは必修)、室内楽のクラスと、合唱のクラスをほぼ無料で受けることができ、試験に通れば、そのレベルが全国で通用する。

引っ越し先のコンセルヴァトワールで同じレベルのクラスに編入できるのだ。
一定のレベルの免状があれば、国立大学のオーケストラに入ることも許可される。

コンセルヴァトワールから離れても、独学やプライヴェート・レッスンで用意した曲をバカロレアの楽器演奏オプションに登録して通過すると、最低の国家認定になる。

大学は基本的に国立の低料金で奨学金も出るし、音楽学を専攻して免状をとることもできるし、大学教授資格(アグレガシオン)もとることができる。そうすれば、最低でも、よい条件で公立リセの音楽教師として、数学教師と同じレベルの収入を得られる。楽器教授の国家資格もあり、それがあると公立のコンセルヴァトワールに職を得られる。

これがどういうことかというと、フランスでは親の意向があり、子供にやる気や才能があれば、最下層の出身でも、コストをかけずに音楽で食べていけるキャリアを築くことが可能だということだ。
移民だろうが外国人であろうが区別はされない。
出自にかかわらず均等な機会が与えられているということは、ある意味で民主主義が完全に機能しているということではないだろうか。
で、その音楽の基礎教育課程において、ジェンダーだの民族差が問題とされることはまったくない。そして共和国の免状さえ獲得すれば、後はそれがものをいうのだ。

だから、フランスではクラシック音楽で生計を立てている人の民族的階層的な先入観というのはあまりない。

フランスでも共和国の建前と社会の実態が乖離している場面はたくさんあるのだけれど、少なくともこの部分は機能している。

そしてアファーマティヴ・アクションも人種別統計も公的には禁止されているから、偏見は生まれにくい。

私自身についても、フランスのしかるべき免状がないので公立機関の音楽教師にはもちろんなれないのだけれどアーティスト支援のNPOを主催してその資金作りのためにピアノやギターの個人レッスンを口コミだけで、時には親子二代や三代の生徒まで抱えながら続けている。曲の理解と教える技術への信頼について、ジェンダー的にも民族的にもいかなる違和感も表明されたことがない。
民族楽器をコレクションするのも趣味なので、生徒にいろいろな音階を説明したりして、音楽の中で何が文化依存しているものか何が普遍的なものなのかの区別を教えることはあるし、ダンスとの関係に関しても延々と語るので、私のレッスンは面白い人にはものすごく面白いと思う。

擦弦楽器もやっているから、装飾音やスタカートなどの意味やニュアンスも、ピアノやギターしか弾かない教師には実感できないいろいろなヒントを与えられる。そして、究極的にはコミュニケーションとしての音楽の普遍性を伝えたいということを明確にしている。音楽の伝達はパッションなのだ。

でも、考えてみたら、私がこういう信念を掲げて生徒に喋りまくるということ自体、フランス語だからできるのかもしれない。

これが、日本語で日本人にレッスンするなら、「音大も出ていないのに」、「偉そうに自信満々で」話すということが、すでに自主規制で違和感を感じて気がひけると思う。

思えば、『バロック音楽はなぜ癒すのか』を出した時も、私にとって一番大事だったのは、それが一般出版社ではなくて「音楽之友社」から出してもらえることだった。

この本はユニヴァーサリズムを擁護する思想書でもあるのだけれど、音楽の部分について「アマチュアの繰り言」だと思われるリスクは減らしたかった。そのためには音楽専門の出版社のステイタスが必要だったのだ。

実際、この本を通じて、バロック音楽演奏者やダンサーと知り合うことができた。

クラシック音楽とバロック音楽(フランス・バロック)の違いも大きい。

吉場さんの本に出てくる、西欧人のクラシック音楽家がアジア人やアジアの音楽に抱く異国性を表明するようなケースは、単に彼らにフランス・バロックの教養がないせいじゃないかと思うことがある。

吉原真里さんの言うように、一番の問題は、クラシック音楽も経済的なフィールドでの市場論理に従うコストパフォーマンスの文脈で営為されているという現実だ。
生産と伝播が国際社会の経済構造に見合っているものが優れているとか意味があるかのように思われる。

「フランスの外に出なかったラモーの音楽よりも世界中で弾かれているバッハの音楽の方が普遍性があって優れている」と最近ある人が言われたことがあるが、世界中で弾かれていることは市場性の問題、流通や情報の問題であって、普遍性の問題ではない。手作りの職人業の料理を出す小規模の店がその料理人や伝統のあるところを出られないからと言ってマクドナルドよりも普遍性がないとか劣っているとかとは言えないのと同じだ。

アメリカという社会での音楽業界を観察すると、当然、「商品」としての音楽、音楽家に焦点を当てざるを得なくなる。

このことについて、実際に音楽で生計を立てられる人は一握りであるから、その反動として、金に魂を売らない純粋な音楽だけが優れているのだと孤高や清貧を称揚するアーティストの例も紹介されている。

これは、ある意味で本当だ。

カエサルのものはカエサルに、神のものは神に。

音楽はミューズのものだからミューズに。

市場原理で動くものはまったく別物で、偶像崇拝が起こる。

私たちのアンサンブルは「音楽にとって無償性は本質的なものである」と近頃ますます考えるようになっている。

無償性とはフランス語でgratuité であり、それはgrâce と同じルーツを持つ。grâce とは、恩寵であり、恵み、感謝、魅力、優美だ。
gratuitは「理由なき」という意味で純粋という名という使われ方もする。たとえば「理由なき反抗」のように。
意味がない、少なくとも、人間社会のロジックの中では意味がない。
コストパフォーマンス的にも意味がない。

英語で「無料」のfreeが自由という言葉を当てているのと同様に、神学的にはgratuité(無償性)とは、神によって与えられる恵みと救済の持つ自由で全的な属性を意味する。

つまり「無償性」には自分が金を稼げないとか、アートを売り物にしないとかいう以上に、音楽は神からすでに無償で与えられた恵みであって、それに感謝することまで含まれる。

そして、音楽の本質にそれがあるというのは、恵みとはすべての人と分け合えるし、分け合っても減らないし、それどころか分け合った時にこそ本当に「感謝の意味」を持つということだ。

作曲家やその生きた文化や時代の理解が「真正性」を担保するのではなくて、「恵み」の理解が音楽の真正性なのである。

私たちは、ラモーを弾く度に「神さま、ありがとう」と言いたくなる。もちろん、演奏をマーケットに乗せて生計を立てる必要にかられない自分たちの立場にも感謝する。

この吉原さんの本に触発されて、フランス・バロックの社会学的フィールドワークの論文が書けるくらいだ。

もちろん、フランスに勉強に来る日本人クラシック音楽家のいろいろなケースを見てみるとこの本に通じる部分はたくさんある。

この著者にはフィールドワークの機会がなかったらしい音楽家におけるホモセクシュアリティについても、私は本質的なものを感じている。

音楽におけるアイデンティティとか「真正性」についてもいろいろなことを考えている。

でも、もう十分長く書き連ねてしまったので、ここではいったんストップして、この本を出してくれたアルテスパブリッシングにとりあえず感謝の気持ちだけ伝えたい。
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by mariastella | 2014-05-31 01:47 |

ウクライナ、ロシア、ヨーロッパ

EU議会の選挙で、反ヨーロッパ、脱ユーロの極右国民戦線がフランスで最大の票を獲得して、他のヨーロッパ諸国でも、ヨーロッパ懐疑派が議席を増やし、ヨーロッパの夢ももう風前の灯なのかと悲観する人もいるが、同日のウクライナ大統領選では予想通り親ヨーロッパ政権が生まれた。

ウクライナとロシアの確執を見る一つの視点が、宗教事情だ。

一応、最大宗派は東方典礼の正教なのだが、ウクライナがソ連から独立した際に、キエフの主教がモスクワの主教から独立してしまった。ウクライナの東部では司教任命権のある自治教会が健在だが、教会法的には、司教任命の認可をモスクワ大主教に仰がなければならない。それは今も残っている。それに対抗して、1991年にドゥニセンコ司教がキエフ主教としてウクライナ正教を確立したのだ。

それだけではない。ウクライナには16世紀末にコンスタンチノープルと袂を分かってローマと横並びした東方典礼カトリックというものがある。

その頃のウクライナはローマ・カトリックであるポーランドやリトアニアと併合されていたのでその影響を受けたのだ。今でも400万人以上の信者を擁するこの宗派は、しかし、1945年にスターリンによってロシア正教に回収された。司祭たちがとらえられ、強制労働に送られ、1946年末に204 人の司祭がラテン異端を棄教する宣言をしてロシア正教となった。

けれども、亡命者の他に地下に潜ってカトリックの信仰を持ち続けた人たちがいて、共産主義が崩壊した後で、「隠れカトリック」が姿を現した時は、やはりポーランドのカトリックと「連帯」して冷戦終結に心血を注いだヨハネ=パウロ2世をいたく感動させた。

西のリヴィウでは今もラテン典礼のウクライナ教会まであるのだが、東方典礼カトリックは首座をキエフに移したためにますます「反ロシア」勢力の温床となっている。

ロシア正教も冷戦時代に「民衆のアヘン」扱いの御用宗教として骨抜きにされてきたわけだけれど、冷戦後は、国の統合のツールとしてうまく使いまわされ、キリスト教という「共通言語」の使い手として欧米との関係の円滑剤となってきた。
ロシアの修道院はこの25年に18から800以上に増えたそうで、ロシアの「霊性」復活は半端ではない。

しかし、ウクライナ正教がモスクワ正教から「独立」するのはロシア正教にとって望ましいことではない。なぜなら、もともと、ロシア正教のルーツがウクライナにあるからだ。

この地域のキリスト教への改宗は988年にキエフで始まった。

今のロシア・ウクライナ、ビエロロシアなどを含む中世の東スラブの国であるキエフ・ルーシ大公国が洗礼を授けられたからだ。

キリル文字のルーツもここにある。

要するに、ウクライナの教会を配下において制していないと、ロシア正教を統合のツールとして使っているロシアとしては非常に都合が悪いわけだ。

逆に、ウクライナの方は、キエフの宗教的独立は、伝統的なルーツとしてロシアに対して優位を感じられる大切な部分だし、ローマ・カトリック圏をルーツに発展したヨーロッパとの関係から言っても、ウクライナの東方典礼カトリックも戦略的な意味がある。

もちろん、キエフのウクライナ正教とウクライナ・カトリックの間にも微妙な軋轢はある。

外から見ていると、そもそも冷戦時代にロシア正教が生き延びてきたこと自体にも感心するし、冷戦の終結において正教だの東方カトリックだのが再び重要な地政学的意味を担ってていることにも改めて驚く。

日本では近代の荒波や敗戦と復興などの過程において、民族宗教である神道、特に政治的であった国家神道などが挫折したのはしょうがないにしても、普遍宗教である仏教もあまり国際的、外交的、内政的なツールとして使われなかった。

そんな国のそんな時代に生まれて育った私にはウクライナ、ロシア、ヨーロッパの宗教の駆け引きの現状を見るのが新鮮でもあり不思議でもある。

新大統領ポロシェンコはいつもロザリオを持ち歩く熱心な正教徒だそうだが、モスクワ主教下のウクライナ自治教会信徒なのでロシアとの緊張はやや緩和される。今年の復活祭にはキエフ主教のウクライナ正教会にも、ギリシャ典礼ウクライナ・カトリック教会にも現れて、宗教間のバランスをとることも忘れないし、政府のメンバーも宗派的に偏らないように配慮する模様だ。

和解と正義を基盤にした平和を築いてほしいものである。

 
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by mariastella | 2014-05-29 00:15 | 宗教

ピエール・サルヴァドリの『Dans la Cour(中庭)』

一番最近観に行ったフランス映画は、ピエール・サルヴァドリの『Dans la Cour(中庭)』だ。

40代でミュージシャンの生活を捨ててアパートの管理人になった男(ギュスタ―ヴ・ケルヴェルン)とサロンの壁に入ったヒビを見て建物の崩壊の恐怖にとらわれる定年退職したばかりの女性(カトリーヌ・ドヌーヴ)の不思議な安らぎの求め合いを描いたものだが、パリのゴンクールのあたりの古い建物が舞台であるので、あまりにもリアル。

集合住宅の中庭に面した建物に集う人々の孤独や病や妄想もリアル。

主演の二人は素晴らしいし脇役陣もいい。

『愛、アムール』のようなブルジョワの立派なアバルトマンに住んでいてさえ人は病気や老いや孤独の中で闇に足をすくわれてどこまでも沈んでいく。

そこにドラッグやら貧しさやら、過去のさまざまな挫折感やらが加わって複雑にからんでいるとしたら、それが一種のユーモアを生むか、心を切り裂く痛みを生むか、生に向かうか死に向かうか、本当に紙一重だ。

カーソン・マッカラーズの『心は孤独な狩人』を思い出した。その映画化の『愛すれど心さびしく』(1968)のことも。

この映画では、集合住宅の管理人が、言葉を話せない男のように人々の不幸や生き難さをいつの間にか少しずつ分け持ってしまう。

その彼の生き難さには誰も気づかない。

ここでは、彼を失った後でカトリーヌ・ドヌーヴ演じるマチルドが、それにやっと気づき、人は他者を助けることでしか生きていけないことを悟って立ち直る様子が描かれているので少し救いがある。

でも、言い換えれば誰かが本当に救われるのには別の誰かが犠牲にならなければならない、ということにもなり、よりやりきれない気もするのだけれど。

この映画には絶望もヴァイオレンスもあるけれど、いわゆる「悪」や「悪人」は出てこない。

人は、不都合な症状に診断名がついて初めて状況を受け入れて、前向きに対処しよう、解決しようと道が開けることがある。
でも「悪」や「悪人」などというわかりやすい対象がはっきり見えてこない混沌の中の絶望はひたすら人を分断して深淵の前に追いやるのだ。ひょっとして悪は善の触媒なのかもしれない。
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by mariastella | 2014-05-28 00:03 | 映画

パトリス・ルコント『約束』、ジョン・タトゥーロ監督のコメディ『Fadinggigolo(ジゴロ見習い)』

フランスに戻ってから観た映画の感想を忘れないうちに書いておく。

フランス人監督が英語で撮影したドイツの話、
フランス人女優が出ているニューヨークが舞台のアメリカ映画、
そしてカトリーヌ・ドヌーヴの出る生粋のフランス映画の3本だ。

まず、パトリス・ルコントがステファン・ツヴァイクの『過去への旅』を脚色した『約束』。

脚色だからもう少し時代設定とか変えているのかと思ったら、舞台は第一次大戦前から後にかけてのドイツだった。第一次大戦へのアメリカの参戦理由のひとつががメキシコに巣食いつつあったドイツの脅威だったとことを思い出して、それがこういうことだったのかというのを内側からの臨場感を持って理解できたのはおまけだ。

で、主演のアラン・リックマンもレベッカ・ホールも地味と言えば地味だし、若くて貧乏だけれど頭がよく学歴のある青年が突如社会的なエリートたちの間に投げ込まれるというカルチャーショックの設定はベルトラン・タヴェルニエの新作『Quai d'Orsay ケ・ドルセイ(外務省)』を思い出す。

映画的テーマだ。

でもこの『約束』は、年配で持病のある実業家の屋敷に若い妻と一人息子と、息子の家庭教師にもなる若い男の密室的状況がほとんどで、そこに互いに惹かれあいながらその気持ちを自分にも相手にも隠すような心理戦が延々と続く。

このタイプの純愛だか、禁断なのでかえって倒錯的なのか分からないような抑制の恋愛ドラマというのは、私はすごく苦手だと思っていたし退屈するだろうと覚悟していたのだけれど、時代や場所が現実離れしている割にはサスペンスフルで、最後までドキドキして観てしまったのは、語り口の職人技に感服するほかはない。

次にウッディ・アレンが俳優としてのみ出てくるジョン・タトゥーロ監督のコメディ『Fadinggigolo(ジゴロ見習い)』。

ルコント映画の息苦しさから解放されて笑おうと思ったのだけれど、ニューヨークのユダヤ原理主義コミュニティってこんなにすごいのか、ともちろんコメディだから大げさにしているにしても、笑えない部分もあった。

未亡人が外に出る時に髪を見せてはならないというので、ヴェールや帽子をかぶるのでなくウィッグをつけることも、トルコなのでは実際そうなのだから、あり得る話だと思って異様だ。

紙の書店がたちいかなくなって店を閉めて、小遣い稼ぎに花屋の男友達に売春を斡旋する。その役を監督自身が演じていて、妙な誠実さや不器用ぶりや変身ぶりの演技に説得力がある。

ウッディ・アレンがユダヤ人だけれど原理主義者とは対極にある役で、黒人女性と結婚していて子だくさんという設定もおもしろいが、買春して3Pの行為を楽しもうとするシャロン・ストーンらの、金と力と欲望と美しさとモラルの欠如が一体となった魅力的な白人女性2人の存在も、どこかリアルな分うすら寒い、というか索漠としてくる。

年齢的にはヴァネッサと変わらないかさらに上の熟女なのに、同じ時代の同じ町に住みながら、抑圧の格差があり過ぎる。

私生活でジョン・デップと別れたばかりのヴァネッサはもちろんユダヤ人ではないのだが、彼女をはじめて見たウッディ・アレンはユダヤ人にしか見えないと感嘆したそうだ。

6人のマッチョ予備軍の息子を抱えた未亡人の美容師はウッディ・アレンの子供の頭のシラミかシラミの卵を取り除いてやる。その後でマッサージ師として「ジゴロ」を紹介されるのだ。

タトゥーロはイタリア移民のカトリック家庭の出身で、映画と同じNYブルックリン出身だそうで、モザイク社会に住む人々が原理主義的でない時にそれぞれ生存戦略をめぐらして行く様子を巧みに描いているのが楽しい。

(フランス映画については次に続く)
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by mariastella | 2014-05-27 07:26 | 映画

森達也『A3』(集英社文庫)

いつものことながら、フランスに読む本がたまっているのに日本から帰ってきたらつい日本で手に入れた日本語の本を読んでしまう。

すぐに並行して読み始めたのは

岡崎乾二郎『ルネサンス経験の条件』(文春学藝ライブラリー)

山田廣成 『量子力学が明らかにする、存在、意志、生命の意味』(光子研出版)

吉原真里『「アジア人」はいかにしてクラシック音楽家になったのか?』(アルテスパブリッシング)

森達也『A3』(集英社文庫)

の 4 冊。

その他日本で行ったコンサート、芝居、バレエ、機内で観た映画多数、フランスに帰ってから観た映画2本に演劇など、書き留めておきたいことはたくさんあるのだけれど、それらは追々書くとして、ここではまず、並行して読みながら最初に読み終えた『A3』について。

私はAもA2も知らなかった。オウム真理教のノンフィクションで単行本として読んだのは、林郁夫の『オウムと私』だけだ。

オウム真理教が私に与えた影響の一つは、それまではスルーしていた「自殺してもお花畑は見えるのでしょうか?」系の「読者の手紙」にきっちり答えることにしたことだ。

「オウムの信者たちはいろいろな悩みや疑問を抱えていたのに忙しい大人たちはそれに答えてくれなかった、麻原だけがそれに明快に答えていた」としみじみ述懐する人に出会ったからだ。

私に答えがあるわけではないけれど、一緒に考えるというリアクションを得ることもその人たちにとってある種の答えになるかもしれないと思ったからだ。

もう一つはマインドコントロールなどに対する問題意識から、文春新書で『カルトか宗教か』を出したことだ。
オウム以来、カルトと宗教が無自覚に混同されていた状況に理解のための補助線をひくことができるといいと思った。

そこでは、カルトにはまった人を糾弾するようなことは書いていない。その頃、オウムの信者で麻原の公判を傍聴した人が、最初は被告席の尊師がエネルギーを送ってくれるように感じていたが、私の本を読んでから不思議なことにそれが消えてしまった、「竹下節子おそるべし」というコメントを残しているのをウェブ上で発見したことがある。

元信者やまた別の新宗教の信者同志の掲示板などで「なんだか目が醒めたような感じ」だと書かれたこともある。

もうずいぶん前だから消えてしまっただろうけれど、その時に、必要な人に必要なメッセージが届いていることを嬉しく思い、インターネットのおかげでそれを知ることができる僥倖にも感謝した。

で、その後の麻原の言動がおかしくなったというのはあちこちで耳にし目にしていたし、死刑判決が確定したのももちろん知っていた。

その後、今回はじめて「その後の麻原」と、『A3』で出会ったのだ。

問題意識と正論に対するこだわりに妥協がないのに、自分の心情を絡めることによって、上から決めつけるような言い方を避けているし、、「当事者意識」で武装する人々に対してもできるだけコミュニケートしようという誠実かつ周到な構成と語り口には感心した。

しかも、この本の中には、私が昨年出した本のタイトルにある「ジャンヌ・ダルク」も言及されているし、最近出した本のタイトルである「ユダ」についてのエピソードもあるし(刺殺された村井秀夫が「ユダにやられた」という言葉を残したとか「ユダヤたたき」をやろうとしていたなどの話ははじめて知った)、今書いている最中の「フリーメイスン」もしっかりと出てくる。最近の三作のタイトルに私のアンテナが反応したのはもちろんだ。

でも、一番ショックだったのは、オウム事件以来日本の危機意識がはっきりと変化して、人権よりもセキュリティを重んじるようになったということ、監視カメラの数がイギリスを抜いて世界一だとか、市民運動とか人権派と言われる人々は「いい人」とか「弱い人」にしかつかない、テロリストの周辺(未成年の家族を含む)のためには動かないということ、などだ。

そういえばその後の日本の厳罰化だとか、ヘイトスピーチの垂れ流しとか、ウェブ空間における陰謀論の跋扈とか、在日認定だのネトウヨ認定だのという言葉とか、共謀罪の動きとか、九条の解釈改憲まで、不穏な感じはすべてオウムの事件によって日本社会が深いところで変質した流れにあると言われているようで驚いた。

軽犯罪からテロリズムに至るまで、セキュリティの不安が常にあるフランスで暮らしていると、たまに行く日本はやはりのどかでのんびりリラックスしていて安心できるなあと今でも思っていたからだ。

著者のいろいろな分析や解釈にはほとんど共感するけれど、宗教一般について、その役割が人間の「死への不安や恐怖を軽減する」ために生まれたという機能ゆえに、「人を殺すことへのハードルを下げる」から、すべての宗教は戦争や虐殺と親和性が高い、としているのはいかがなものかと思う。

宗教の登場の最初においては「死への不安や恐怖の軽減」ではなくて、死者との別れ、つまり「喪失」とどう折り合うかの方が先行しているのではないかと考えているからだ。

戦争や虐殺や他者の排除に宗教が利用されているのはまた別の文脈であって、純粋に「宗教的なこと」ではないような気がする。
エピクロスではないが、死ぬまでは活きているのだし、死んだらもういないのだから、人は自分の死のことよりも、身近な人の死による喪失をどう生きるかという「喪」の儀式としてまず宗教を必要としたのだと思う。

もちろんオウムがポアの理論によって殺人を正当化するという部分だけを見るとそれで殺人のハードルが下がったのは間違いないだろうが、一般化するのは無理がある。

しかし、このオウムの論理の中で、新実智光が法廷で語った「一殺多生。(事件の被害者は)最大多数の幸福のためのやむを得ない犠牲者である」というのには、胸を締めつけられる思いがした。

4月に国立能楽堂で鑑賞した『鵜飼』の台詞を思い出したからだ。
殺生禁止ということで魚を取ることが禁じられている場所で夜な夜な松明を灯して鵜を連れて漁にくる鵜飼の老人が、待ち伏せしていた村人たちにつかまって、簀巻きにされて生きたまま川に沈められる。「殺生禁断の所とは知らなかった、助けてくれ」と手を合わせて嘆く老人に、「一殺多生の理に任せ、彼を殺せ、と言い合」ってリンチしたのだ。

大乗経典の『瑜伽師地論』に出てくる言葉(能の解説では報恩経とある)でわかりやすいと言えばわかりやすいが、『鵜飼』では、殺生禁断は、領主の許可を得た特権のある鵜飼だけが漁を許されていたのだから政治的だし恣意的だ。

また、「生類憐れみの令」や、支配者の領内の動物を殺したら死罪になるなど、歴史上でも人の命と動物の命を同等に扱えるのかを考えさせられることがいろいろあるし、現代のディープ・エコロジーの狂信的な人たちの言動も想起してしまう。

『鵜飼』を鑑賞していた時も私はこの展開にぞっとした。

『A3』でも、死刑とは、殺人犯は誰かを殺したから罰せられるのではなくて、共同体の法を破ったから抹殺されるのだというハンナ・アーレントの言葉を引いている。日本のように「残虐この上なく」とか「更生の可能性もなく」などではないと。

しかし、共同体の法というのは共同体が変われば変わるのだし、「更生の可能性」の有無も主観的なものでしかない。

いつ誰でも、共通善や法の名のもとに『鵜飼』の村人のように集団でよそ者をそれこそ「残虐この上なく」抹殺してしまうことがあるかもしれない。

それを抑止するには、「ペルソナ(人格)としての個の価値は共同体の共通善に優先する」と銘記するしかない。

それは当然、死刑も戦争も否定することにつながるだろう。

共同体主義から少しずつ脱却したりあるいは共同体の概念を拡張したりしてきた今の世界には「死刑廃止」を決意した国が多いが、戦争や武力を放棄した国はない。

神の名を唱えて戦う国もあれば宗教もあるし、「正義の戦争」や「自衛戦争」の権利を手放す国はない。絶対非暴力の宗派はあっても共同体主義の壁を超えることはなかなかできない。

それにしても、『A3』によると今でも治療すれば精神機能の回復の可能性があるかもしれないという麻原彰晃にその治療のチャンスが与えられないのでは、歴史的事件についての証言を聞きたい、人間の弱さや人間性の罠と社会の関係などについての洞察の材料を得たいという思いを否定される。

せっかくこのような本が世に出て、評価されているのに、このまま、まるで鵜飼を簀巻きにして水底に葬るような形でオウム事件を終わらせてしまうのなら、成仏できずに奈落に沈む悪鬼となってさまよう鵜飼の老人のように、オウム事件で処刑される人々もまたいつまでも人々の心に疑心を振りまき続けるかもしれない。

「魔道に沈む群類を救う」(『鵜飼』より)のは、「世俗の法」で裁くのが悪の問題の到達点では決してないということなのだろう。

悪人と言えども結縁に引かれつつ、仏果菩提に至るべし、往来の利益こそ、他を助くべき力なれ、という『鵜飼』の最後の言葉をじっくり考えてみる必要がありそうだ。
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by mariastella | 2014-05-23 07:55 |

桜の日本

明日はフランスに帰る日。あわただしくて日本でブログを書いている暇がなかったのだけれど、今回の日本は何となく自分の中で「よし、桜を見よう」という気分だになっていた。

というのは国立博物館でやっている「博物館でお花見を」という企画の最終日が4/13日で私が日本に着いた翌日がぎりぎりセーフだと分かったからだ。

春に日本に帰るのは2年ぶりで、その前も、フランスの春休みは4月後半なので4月初めに日本に来て桜を見ることができたのはもう10年以上前だ。

で、まず久しぶりに上野公園へ。

もちろん最終日でもうほとんど葉桜だったけれど、ボタンザクラなどはまだ咲いていて、人々がその前で記念撮影をしていた。でもソメイヨシノ風の繊細なイメージのものはないなあと思っていると、一本イチヨウザクラの大木が満開で白っぽい花がぎっしりと華やかで枝のたれ具合も風情があって少し「花見」をした気分になった。三脚を立てて撮影している人もいる。

博物館の中では桜が描かれた浮世絵や屏風絵の桜、桜柄の着物などの展示があり、博物館前では上野桜まつりの最終日で屋台が出て猿回しが猿に芸をさせていたし、ほんのり塩気のある桜もち味のソフトクリームを食べたりして「花見気分」が強化される。

猿が猿回しの言葉を理解したようにふるまうところが面白いのに、見物の人たちは猿が器用にジャンプするたびに本気で「おおー」と感嘆の声をあげていた。猿の運動神経がいいこと自体は別に驚くことではないのに。

私が上野まで行って桜を見たと言うと、気の毒がって「宿御苑ではまだ八重桜が満開だ」と勧めてくれた人もいたが、わざわざ新宿御苑まで行く気は起きなかった。

で、その代わりに新宿の末広亭の四月中席に行った。

すると、四月らしく「桜ネタ」や「花見ネタ」があったのでここでも花見気分を味わえた。寄席では立春から四月いっぱい桜ネタが続くそうだ。

「長屋の花見」をやっていたのが嬉しい。子規の「銭湯で上野の花のうわさかな」も引用され、噺家たちが上野の花見で吟行したという話題も出て、上野の山のことを「この山は風邪をしいたかハナだらけ」というダジャレ句も紹介されたので、ああ、上野の山の桜を少しでも見ることができてよかったなと花見気分を共有した気分になった。

良寛の「散る桜、残る桜も散る桜」という句も、残っていた少しばかりの花を見たところなので共感できた。

上野と寄席で「桜」気分になれたので今度はそれをさらに確定するために、山種美術館でやっている「富士と桜と春の花」展に足を延ばした。山種美術館は数年ぶりだけれどすぐ近くに立つミケランジェロの「ダビデ」像にも会えるのはもう山種美術館とセットになっているわくわくする。

富士と桜の取り合わせも、富士だけの絵も、桜だけの絵も、典型的な日本的な感性のフィルターを通して描かれていて、それがするりと分かってしまうのがほっとして心が和む。

と、まあ、上野、寄席、山種の三か所で「桜」はクリアしたことにしようかと思っていたら、5月2日に、旅行先の岐阜県御母衣ダムの近くの天然記念物である樹齢400年の2本の大木「荘川桜」が満開であるのに遭遇した。

この桜次のような由来がある。(以下wikipediaからの一部コピー)

1960年、御母衣ダム建設により水没する予定地を視察中、光輪寺の庭にあった巨桜を見たダム建設事業主である電源開発株式会社の初代総裁高碕達之助は「なんとかこの桜を救えないものか」と、市井の桜研究家で「桜男」とも称された当時の桜研究の権威笹部新太郎に 移植を依頼した。当初笹部はその困難さから、これを固辞したものの、高碕の熱意に絆され、結局は引き受けることとなった。その後、桜移植の事前調査にあたるため同地を訪れた笹部は、同様の桜の巨樹が照蓮寺にもあることを知り、この桜も移植することを提案し、2本同時に移植することとなった。笹部指導の下行 われた移植工事は、世界的にも例がないといわれるほど大がかりなものであったうえ、樹齢400年以上という老齢とその巨体、更に「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」と言われるほど外傷に脆弱な桜を移植することもあり、困難を極めた。可能な限り枝や根を落とした桜をダム水面上となる丘まで運搬し、移植したが、無骨 な幹だけの姿は無残な姿にも見えたため、当時、笹部や高崎には水没地住民や世間から「むごい仕打ち」「いずれ水没するのに追い討ちをしなくても」などと非難が集中した。しかし笹部の目算通り、その翌1961年春、桜の活着が確認。1962年6月に行われた水没記念碑除幕式で当時の電源開発総裁により「荘川桜」 と命名された。移植以来、同社の継続した保守管理もあり以降も年々枝葉を伸ばし続け、現在はかつてのように美しい花を咲かせている。荘川桜の活着当時、桜にすがりついて泣いた元住民もいたといわれる。平成10年頃までは水没地の元住民の集まりである「ふるさと友の会」が春先に荘川桜の元に集うなど、元住民にとっては現在でもかつてのふるさとの象徴的存在となっている。

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案内してくれたのは地元の人で、この桜が復活した時の感動を語ってくれた。満開を伝える中日新聞によると、花の少ない年と多い年が交互にあるそうで今年は多い年にあたっているということだ。

この巨大な二本のエドヒガンザクラの他に、周りには御母衣湖を見下ろしてたくさんの桜が植えられていて、すべて満開だった。

快晴の空の青に満開の桜が映えて、人々の生活の記憶を刻んだままの村々が底に沈んだ御母衣湖を前にすると、今年の春「日本の桜」になぜかこだわっていたのはすべてこの光景を見るためだったのかもしれない、と思えてきた。
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by mariastella | 2014-05-05 00:41 | 雑感



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