L'art de croire             竹下節子ブログ

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ギリシャの新政権

ギリシャで急進左派のシリザが政権についた。

40歳になったばかりの若きツプィラス首相は「インタナショナル」で迎えられた。

彼には25年来の伴侶がいるのだそうで、と言うことは15歳の頃から一緒みたいだ。

でも、結婚していなくて、2人子供がいて、子供に洗礼を受けさせていない、とあった。

ギリシャ正教が浸透しているギリシャではかなりイデオロギッシュだ。

でも、当選したらすぐにアテネ大主教と並んで写真に撮られていた。

慣例としたらこの大主教の前で就任の宣誓をやるのだろう。

ギリシャが破産するに至るまでめちゃくちゃな財政を放置していたことについて

「ラテン」のヨーロッパと違ってギリシャは「オリエント」だから、財政についての感覚がそもそも違うのだ、

と言うのを聞いたことがある。

西ローマ帝国の版図には入っていないが、東方正教の東ヨーロッパも今はEUに入っているのだから、ギリシャの場合、ローマ・カトリック系(とそこから離反したプロテスタント)対正教と言うのではなく、やはり「オリエント」のメンタリティが「違う」と言われるらしい。

でも今の悲惨は、2012年来の緊縮財政が人々を窮乏させ、社会保障もなくなり、屈辱を与えたから、と言われている。

貧困と屈辱があってもテロではなくてちゃんと選挙で「革命」ができてしまうのはやはり「民主主義」の揺籃の地であると思わせるし、かつ、ギリシャ正教の権威と洗礼を拒否するような「自由」とが両立しているという感じも昨今の国際事情に鑑みて、ほっとさせられる。

今のままでギリシャの借金をちゃらにするとフランス人の一人一人が650ユーロ(8万5千円くらい)の負担になるなどとテレビでは試算していたが、これからいろいろと交渉されていくことになるのだろう。
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by mariastella | 2015-01-27 07:25 | 雑感

教皇の「ウサギ」発言

フランシスコ教皇がフィリピンからの帰りの飛行機でおもしろいことを言ったので和まされた。

カトリックのファミリーはウサギのように子供を産むと思われているようだがそれは違うというのだ。

メディアもそのことばかりおもしろおかしく伝えたので、教皇の言った他の厳しいことについては全く批判されず、好感度アップで、もしその効果をねらっていたのなら、なかなかの手際だ。

7人の子を帝王切開で生んだ母親が8人目も妊娠しているのを見て、「子供を孤児にするつもりかね」と言った時、その母親が「神さまを信頼していますから」と答えたそうだ。

教皇は

「神は人が責任ある生き方をする手段を与えてくれているのだ」

と言う。、

(こんなジョークを思い出す。洪水で流されそうになった男が神に助けを祈り、救助隊が来ても「いや、神が助けてくれるからけっこうです」と断り、ついに溺れ死んだ。天国に行って、神にどうして祈りを聞きとどけてくれなかったのか」と文句を言ったら神が「だから私が救助隊を送ってやったじゃないか」と答えた、というやつだ)

カトリックは避妊具を使ってはいけないとか中絶手術をしてはいけないとか言っているので、「熱心な信者=子だくさん」というイメージはあるが、子だくさんがいいとは言っていない。結婚というものは命の誕生の扉を開くものだとは言っても、子供をつくれ、とか、つくり続けろなどとは言わない。

それでも、ローマ法王の謁見の時に15人の子供のいるスペイン人ファミリーが一番前に並ばされた例があるらしいので、内部でも「敬虔な信者=子だくさん」の錯覚があるようだ。

カトリックの解釈では聖母マリアは永遠の処女であり、イエスの他に子供を産んでいないのだから、「聖家族」は子だくさん家庭のイメージの正反対であるのも皮肉だ。

それでも「ウサギのように」という表現に怒り狂った子だくさんのカトリック信者の投稿がフランス語のウェブ上を飛び交った。

「ウサギ」は「多産」だというだけではなく「いつも交尾している」という比喩にも通じるからだそうだ。

教皇は「多産」がよくないと言ったのではなく、子供をただ産むだけではなくきちんと育てる健康や環境の条件をよく吟味してから生むべきだと言ったのだけれど、この言葉を聞いた後では、

「子供を7人も8人も連れて教会に通うファミリーを見かけたら今度から絶対にウサギを連想しそうだ」

と言う人もいる。

この前のカリカチュアのテロではないが、「表現」の力は時として大きく、理性と関係なく偏見の種にもなるし、本来の意図に関わらず「傷つけられた」と感じる人も出てくるということだろう。

でもこの教皇のシンプルな「健全さ」は、カトリック以外にもますます信頼感を広めているようで、アメリカとキューバの雪解けもそうだったが、これからも宗教間対話も含めていろいろ期待したいところである。

追記: パリのテロの後の日曜日、「共和国行進」のパリで200万とも言われる参加者数について『シャルリー・エブド』の次の号が

「(その日の)ミサに行った人よりも多くの人出」

と形容していたのが笑えたのだが、その後のフィリピンの野外ミサでは参加者600万人の記録が出たそうで(これまでの最大はやはりマニラでのJP2の400万人台だとかいう)、すごいなあ、とあらためて思った。
教皇はイスラム国からもイタリアのマフィアからも脅迫されているそうで心配だけど。
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by mariastella | 2015-01-22 09:58 | 宗教

翻訳について

翻訳について

ジイドは80歳になってロシア語の勉強を始めた。
ドストエフスキーの本質はロシア語に宿るのではないかと思ったからだ。

『悪霊』の訳が『Les démons(悪魔たち)』か『Les possédés(憑かれた者たち)』の二種類あって、そのタイトルだけで読者の魂の向き方が変わると思ったのだ。

でもロシア人の文学者には、フランス人のドストエフスキーに対する高評価の多くはフランス語訳の質の高さによっていると強調する人たちがいる。
彼らに言わせると、ドストエフスキーのロシア語はトルストイ、ゴーゴリ、プーシキンにはるかに及ばない。

フランス人もゾラについて同じようなことを言う人がある。

バルザックやユゴーの場合も同じことが言われがちで、これらの作家が外国で高い評価と人気を博していても、ラシーヌ、ヴェルレーヌ、マダム・ド・ラファイエット、プルーストのフランス語には及ばない、と。

オーストリア人のリルケはフランス語で書くことを愛していたが、「完璧を求めるこの言葉」の難しさを認識していた。リルケの残したフランス語の詩の評価は低い。

上田敏によるヴェルレーヌの翻訳詩や日夏耿之介によるポーの翻訳詩や斎藤磯雄によるリラダンの翻訳文学が優れているのは、彼らの「翻訳術がうまい」のではなくて彼らの「日本語能力」が優れているからだ。

逆に言えば、日本語の感性や美意識さえすぐれていれば、原作が平凡な作品でも錬金術のように変質させることができる。

私がフランス語を普通に読めるようになってから分かったのは、たとえ自分ですばらしい文を書けなくても、すばらしい文のすばらしさはそのまま理解できるということだ。

脳内翻訳という手続きはまったく必要ない。

読んだフランス語の日本語訳を目にしたら、今度はそのまま日本語脳でキャッチするのでまた別の世界だ。

もちろんフランス人でもフランス語の鑑賞能力に差はあるのは、日本人でも日本語の鑑賞能力や読解力が人それぞれ違うのと同じだ。

「詩」のように「文法」の決まりごとや「語彙」の意味以外の多くのものから成り立っているのではなく、演劇のように人間性のドラマのストーリーが中心になっているものについては、それでも、原作の世界に翻訳の世界がかなり近づけるものがある。

Jean-Luc Jeener の新作『アルツハイマー』を翻訳したいと思うようになってから考えていることを書いてみた。

私たちは認知症になった親しい人をそうでない時と同じように愛せるのだろうか、
いや、たんに、親しい人が老いて衰えた時に、愛し方が変わらないだろうか?

ウェブの世界などでは、人について「劣化」などというモノについての形容がよく使われている。

「人」は「劣化」した時点で「共に生きる」ことから脱落するのだろうか。

他者が「勝手に」「劣化」していくときに、私たちは彼らを捨てる、あるいは二級カテゴリーに入れてしまう罪悪感から逃れようとして、むしろ親しい他者の方が「共に生きるべき人生」という戦線から勝手に離脱したのだ、自分たちは捨てられた、裏切られた、という思いを抱いてしまうのではないだろうか。

そんな風に、残される人を顧みずこの世から去っていく時、「死ぬ」のはいったい誰なのだろうか?

季節も日も分からず、同じ時を生きず、わが子に「あなたはどなた?」という不可解な他者が死ぬのだろうか?

「魂は永遠に」という「魂」はすでに「劣化」か「崩壊」していて、肉体の死の後で復活するのだろうか?

そのような問いを前にカトリック劇作家が試みた答えはどういうものだろうか?
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by mariastella | 2015-01-18 21:28 | 雑感

ユーモアと冒涜について その2

シャルリー・エブドの新刊の第一面に預言者が戯画化されているとしてイスラム系の国でフランス大使館やフランス文化センターを襲ったり放火したりする事件が相次いでいる。穏健派や保守派の雑誌もシャルリー・エブドの一面や彼らのこれまでのカリカチュアを転載しているせいからだろうか、エール・フランスのビジネスクラス用のラウンジにはこのところ、「事件の前」の号の雑誌が並んでいる。危機管理の一種なのか。

イタリアのボローニャのカテドラルでは警戒が続いている。ムハンマドと蛇の地獄絵があるからだそうだ。カテドラルのサイトではそれをカットした。
ダンテの神曲をテーマにした15世紀のフレスコ画であって、イスラム過激派の標的になるリスクを回避して撤廃するなどの処置を司教は拒否したと言っている。

ナチスの手から逃れて少年時代にフランスに来て、自分の周りに起こったことを知りたくて精神分析医になったBoris Cyrulnik(Les Âmes bléssées『傷ついた魂たち』の著者、もちろんユダヤ人)が「冒涜」について語っていた。

全体主義者が戦いを仕掛ける口実の第一番は「不信心」で、二番目が「冒涜」だそうだ。

冒涜の基準はもちろん時代によっても変わり、キリスト教の聖像の行列を前にして女性が髪を隠していないだけでも「冒涜」と見なされたこともあった。大名行列を前にしては土下座しなければ切り捨てられたかもしれない時代があったのだから、宗教とは関係がない。

シャルリー・エブドがヤハヴェを戯画化した時も、だからユダヤ人は訴訟を起こしたことがない。反ユダヤ主義の罪は、「ユダヤ人を殺せ」などというメッセージにのみ問われるのだとボリス・シリュルニクは言う。

シャルリー・エブドは、宗教を「冒涜」したかもしれないが一度も「死ね」とか「殺せ」とは言っていない、その逆で「死ね」「殺せ」という側を批判したのであり、「暴力を煽動する冒涜」と「暴力に向かうことのない冒涜」は別のものだと。

シリュルニクは今週のシャルリー・エブドの一面に描かれた預言者の姿はやさしいものであり報復や暴力とは逆の方向である共感をさそうものだと思う、と言った。

これはなるほどと思うけれど、その表現はどうあれ、「描く」こと自体が冒涜とされている場合は基準が違う。

「人となった神」、それも尊厳を傷つけられて殺されている磔刑像などを表現してきたキリスト教世界はもともと画像への許容度が高い。

もちろん口に出して「死ね」といわないでも、悪質ないじめなどで、「無視される」だけでも苦しんで自死に至るケースがあるのだから、「尊厳を傷つける」こと自体が暴力的だとも言える気もする。

すべては相対的で、多数派や強者が意図的に少数派や弱者に自分たちのルールを強制する時はどんなやり方でも「暴力」なのかもしれない。特にその少数者や弱者が追いつめられる立場にある時は。

シリュルニクは、犯罪の多い南米のスラムで観察したことも述べた。

犯罪取り締まりのためにどんなに多くの警官を動員しても、「警官に立てつくこと」自体に意義を見出す若者たちが出てくるので犯罪が減ることはなかったのが、

一人のギタリストがやってきたらすっかり変わったのだという。
若者たちはみな音楽に魅せられて、演奏や踊りに向かって犯罪が減ったという。

さもありなんという感じだ。

インターネット環境のせいでテロが広がることについても、印刷術のはじめの時の例を引いていた。

印刷術によって多くの人が聖典や古典に触れることが出来るようになったけれど、最初のベストセラーは『魔女への鉄槌』という異端審問の本だった。

独善主義、全体主義な主流秩序が、それに与しないものを弾劾し「鉄槌を下す」というディスクールは、いつの世でもどんな文化にも見られるわけだが、それが、多くの人を惹きつけてしまうのは何故なのだろうか。保身だけとは思えない。

余談だが、フランスの中で、1905年の政教分離法ができた時にドイツ領だったアルザス・ロレーヌ地方ではナポレオンのコンコルダがまだ生きていて、「冒涜罪」も有名無実とはいえ存在していたので、ストラスブールではカリカチュアが冒涜罪で訴えられていた例が最近もあった。

この地方で冒涜罪がついに正式に廃止されたのは、1月6日、シャルリー・エブドへのテロの前日のことである。
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by mariastella | 2015-01-17 23:01 | フランス

ユーモアと冒涜について

シャルリー・エブドがすっかり有名になったので、日本人でもそのカリカチュアを目にする人が多くなり、

「全然笑えない」

「テロリストはユーモアを解さない、という言い方はいかがなものか」

などという声が伝えられたので、一言だけ書いておく。

まず、前にもふれたがシャルリー・エブドは無神論イデオロギーのシンパ新聞なので、「宗教」全部を揶揄することが基本にある。

フランスの歴史的文脈のせいで、最も下品に傷つけられているのがカトリックであり、これも歴史的文脈のせいで最も忍耐強いのもカトリックだ。

それでも聖職者の小児性愛スキャンダルの後でベネディクト16世が少年を虐待しているカリカチュアが出た時は名誉棄損で訴えた団体がいた。

でも斥けられた。

フランスで最も政治的に神経質に監視されているのはこれも歴史的文脈から、ユダヤ人差別であり、「カトリック差別」というのはテーマでないからスルーされる。

それに、たとえ「ユーモア」が伝わるとか伝わらないとかでも、シャルリー・エブドは金を払って購入する新聞だから、公共の場で無理やり目にすることを強要されるものではない。その手のユーモアを面白いという人が読者であればいいことだ。

殺された画家の親友でカトリック雑誌の編集者は

「私はシャルリー・エブドに笑わされたことは一度もなかったけれど、むしろ不愉快だったけれど、今回は泣かされることになった」

と書いている。

笑いのツボは外れても、信念に従って書き続けていた人の非業の死には皆が泣く。

知られていないかもしれないが、シャルリー・エブドの内部でも激しい意見の対立があって、それが訴訟にまで発展したことがある。2008年に、時の大統領サルコジの息子の結婚についてユダヤ人を不当に揶揄したカリカチュアについてだ。この対立で共同創立者の一人が出ていった。

2012年に預言者の絵を一面に掲載してすぐに編集部が焼かれる前も、リスクをとることに反対した人たちがもちろん内部にいた。

フランスでは実は旧体制の終わりにはすでにカリカチュアその他による「冒涜(王や聖職者に対して)」が事実上罰されることのない時代があった。

それが、明文化されたのがフランス革命後の人権宣言である。

さらに、1881年の報道の自由法がそれを固め、

1905年の政教分離法によって強化された。

想定されてきたのは当然カトリック教会だ。

想定外だったイスラムの問題は、ユーモアが分かるかどうかだとかいう以前に、「預言者を描いてはならない」というイスラム法に反するということがある。

で、そのイスラム法を、非ムスリムに対しても適用するのかどうかと言うことだが、一般的に援用されるハディスによれば「イスラムがマジョリティの場所においては非ムスリムにも適用する」ということになっているとあった。

それが事実なら、ムスリムがマジョリティでないヨーロッパで非ムスリムが描くものについて、名誉棄損で訴えることはできても、罰すること、実力で制裁することはできないはずだ。

逆にそのことをもって、

「フランス国内の普通のムスリムが穏健でありジハディストを糾弾しているのは、彼らがフランスでマジョリティではないからであり、もしマジョリティになれば過激派と同じことをするだろう」、

などと言いだす人がいる。

でも、若くして亡命したダライ・ラマが、すっかり民主主義で政教分離主義者になっているのを見ても、フランス生まれやフランス育ちの「普通のムスリム」が「普通の共和国主義」を表明するのは自然だと思う。

水曜の国会では議員たちが黙祷し自発的に国歌(この曲が革命由来のもので勇ましいのはいいとしても、歌詞に「不浄な血を地に流せ !」というのがあるのはさすがにまずい)を歌い、その後のヴァルスの演説でイラクの仏軍駐留を延期するという提案が与野党区別なく可決されてしまった。

その時たった一人だけ反対票を投じた野党の議員は、「正義ぶるならなぜウクライナを無視するのだ、恣意的に決めて軍隊を出すのはおかしい」とインタビューに答えていた。。

フランスはマリやイランでイスラム過激派と戦っているせいでテロの標的にすると宣言されているのだから、私もエゴイスティックでチキンな小市民としては

「軍隊など全部引っこめればいいのに、そしたら少しは安全かも」

などとちらと思ってしまうが、中東やアフリカ(これはナイジェリアのボコ・ハラムもそうだ)で残虐の限りを尽くしているテロリスト集団のことを考えると、このままでは世界中が恐ろしいことになる、とは真剣に危惧する。

同じ日に環境相が新型原子力発電所を建設することに合意する発言をした。

これも衝撃的だ。

次の世代はどうなるのだろう。

フランス語では戦いをあきらめてしまうことを

「腕を降ろすbaisser les bras」

と言う。

日本語の「お手上げ」と似た意味なのに動作が反対だ。

これはシャルルマーニュ大帝が決めた一種の神明裁判で、柱に縛られた容疑者たちが十字架にはりけられているように両腕を水平に上げた姿勢で耐え、最初に降ろした者が犯人とされるといったものに由来しているらしい。そのやり方は十字架のパロディで「冒涜」だとして聖ルイ(ルイ9世)王が819年に廃止したという説もある。

真偽は分からないがこの表現は今もよくつかわれていて、テロ事件以来多くの人が「とことん戦い続けなくてはならない」という意味で「腕を降ろしてはならない」を使いまくっている。

フランス国外を見ても国内を見ても「お手上げ」の状態なのに、「腕を降ろさずに」戦うというのは、皮肉だ。

これまで軍隊を派遣せずにすんでいた日本は、「お手上げ」になる前によく考えてほしい、と思う。
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by mariastella | 2015-01-16 02:17 | フランス

パリのテロ事件について  その8

テロから一週間過ぎた。

日曜のナルシシスティックなデモの心理療法的効用と

それを最大限に安上がりに利用したコストパフォーマンスの高かったお得な政治劇も終わり、

シャルリー・エブドが五百万部(これまでのフランスの新聞の最大部数はドゴールの死の後の220万部だそうだ)でることで、「表現の自由」原理主義たちにとっても割の合う一週間となった。

ヴァルス首相はブッシュ並にフランスを守る、テロリストを許さない、と鼻息を荒くしているが、一方ではフランスらしい多様な意見が出始めている。

私はこのブログではこれで打ち切って、遅れた仕事にかかるつもりだが、この件について、「フランスの政教分離」とカトリックについて、まともな記事をそのうち公表するつもりである。

少しだけ触れておこう。

今のヨーロッパ内部でのイスラム過激派によるテロについて考える時に、

「ヴァイオレンスの責任が一神教にある」とか
「イスラム過激派のジハードとカトリックの異端審問は同じ」

などという単純な言説はもちろん間違っている。

日本から見て「白人の価値観至上主義」などと言うのも間違っている。

白人の価値観ではなくて、キリスト教の価値観と言う方がかなり真実に近いのだが、問題はキリスト教徒も含めて彼ら自身が絶対にそう言わないところだ。

啓蒙時代のユニヴァーサリズムから「キリスト教」の含意をすべてとりのぞいたものが「西洋近代の民主主義や自由平等主義」だからだ。

特に、世界でも一つと言われるフランス型の政教分離(ライシテ)はすべてカトリックの聖職たちが形成してきたと言っていい。

そのことをカトリック自身もほぼ絶対に言わないし、政治家はもちろん無視している。

なぜカトリックの聖職者たちがライシテを作ったかと言うと、

1.無神論者や反教権主義(ローマ・カトリックを認めない)者たちには、政教分離を考える必要がなかった。カトリックを追放したり迫害したり財産を没収するだけで事足りるからだ。

2.サヴァイヴァルをかけて新しい社会の「環境設定」をするのはカトリック側の使命となった。

3.カトリックにはそれまでの知識や哲学や教養などの膨大な文化資産があった。

4.啓蒙の時代以降のカトリックの聖職者たちは啓蒙思想の中に本来のキリスト教のメッセージを読み取った。

5.彼らは独身である。 仕事へのモティヴェーションが高い人が、日銭を稼ぐ心配、家族の心配、老後の心配、財産形成や管理の心配などがない時、その生産性は高くなり、仕事の質も当然高くなる。

こうして彼らは自ら政教分離の空間を「発明」して、その下で生きる社会を形成した。

このことを誰も言わない。

その内容についてはここではくわしくは書かない。

ひとつだけ書いておくと、

「神が支配者でありすべてを決める」という姿勢と、

「神も主人も倒せ、人はそれぞれ個人の欲望を持つ相対的存在である」

という立場はどちらもカトリック的ではない。

トマス・アクィナスが言ったように「神は人に責任ある存在としての尊厳を与えた」。

「自由意志」と言うやつで、人は神と共に自分たちの生き方を絶えずオーガナイズする役割を与えられる。
 
しかし、その責任を果たさず神を愛し人を愛するという原則に外れると枠から外される。

それは政治家が失言によって辞職に追い込まれるのと同じだ。
責任には「自制」が要求されるからだ。

それのない社会、「誰でも好きなことを無制限にやったり言ったりする権利がある」と言えば、何が起こるだろう。  

「絶対自由で好きなことをやりなさい」、で、そこで当然起こる衝突を制圧するために重警備社会が登場する。

このことを「世界の監獄化」と評した人がいる。 

「自由世界は監獄の運動場みたいなものだ。
囚人を勝手にふるまわせているが、ぐるりはすべて警護官にびっしり取り巻かれているのだ」と。

自由に冒涜の言辞が飛び交っても軍隊に警護されなくてはならない国では意味がない。

イスラムがフランスで問題になるのは、フランス型の政教分離というコンフィギュレーションがカトリック由来なのでイスラムには合わないからだ。

もう一度政教分離の神学的ルーツにまで戻ってコンフィギュレーションを変更しなくてはならない。

フランス・カトリック型のコンフィギュレーションの中でイスラムが生きるのは不自然だからだ。

フランスのカトリックは政教分離をうまく生きている(自分たちに合わせて作ったのだから当然だ)。

戦後のフランスでカトリックや無神論者や無信仰者がユダヤ人を差別することなど久しくなかった。

差別も区別もなかった。(一部の極右はすぐに社会的に制裁される)

ここ10年ほどの間に公立小学校でユダヤ人の子供たちはムスリムの子供たちに攻撃されるようになった。

公立学校に残るのは今や3分の1で、3分の1がユダヤ人学校に、残りの3分の1がカトリックの学校に通っている。

それでも多くのユダヤ人がフランスを出てイスラエルに移住することを表明している。

その深刻さを、それまで

「僕たちの政教分離は完全に機能しているもんね」

と満足していたフランスの「共和国市民」たちは気づかなかった。

あるいは見て見ぬふりをしてきた。

何となく、

「ルールを破るムスリムは出て行ってもらいましょう、あんたたち、うちのコンフィギュレーションでは機能しないから」

と警戒や忌避の感情を養っていただけだ。

と、なんだかんだ言って結構書いてしまった。

これから少し間をおくつもりです。
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by mariastella | 2015-01-15 00:52

パリのテロ事件について  その7

この件について休止しようと思っていたのに、掲示板でも微妙に警戒心をそそられることを言われたし、あちこちから日本での論調についての意見を聞かれたりもしているのでもう少しあれこれ書いてみる。

他の国がらみのニュースで興味をひかれたのは、ロシアの風刺新聞『Novyi Krokodil』誌(そんなのロシアにもあったんだ)が、シャルリー・エブドに連帯して1920-50年代のソ連のアンチ宗教(ロシア正教)プロパガンダを再掲載する特集を予告したそうだ。 これは1932年のもの。

これらのカリカチュアと共に大規模な迫害があって、多くの聖職者や信者が犠牲になったそうだ。

これってどういうことだろう。
宗教を迫害する体制側がカリカチュアを使ってアンチ宗教の空気をつくっていたということだと理解できるが、何となく真意が分からない。カリカチュアが独裁体制の側に利用されることもあると言いたいのだろうか…

中学3年のピアノの生徒が、パリから乗ったメトロで高校生くらいの若者が3人、テロリストの話をしていて「よくやった」「自分もできたら手伝いたかった」などと言っているのを聞いて怖かったと言っていた。
単なる挑発なのか、過激化する予備軍なのか分からない。

これは公立の話だが、中学や高校で黙祷の時にそれを拒否した生徒もチェックされたという。これは国歌を歌わないとかいう話ではないから、「黙祷しない」というのは黙祷の時にイスラム過激派のスローガンだのを敢えて叫んだりしたということらしい。教師がそれを書きとめて教育委員会に提出して、それがただの「反抗」なのか、過激派グループと関係があるのか、あるいは指導が必要なのかを検討して当局に知らせるたというニュースもあった。

私の生徒はカトリックの中高一貫校に通っているのだが、クラスにはユダヤ人もムスリムもアジア人もいる。市民教育の時間に、「メジャーなジハードとは完成に向かう内的な戦いのことで、マイナーなジハードがイスラムの教えを布教するということなのだ」などと教えられたという。

その生徒の8歳の弟もカトリック系の小学校に行っていて、そこにもいろいろな家庭の子供がいるのだけれど、ムスリムであるアラブ系の子供に向かって別の子供が

「あんたたちみたいな人のせいで人が殺されたんだ」

と言ったそうで、それを先生が耳にしたかどうかは知らないが、弟くんが母親にそれを告げて、「ひどいことを言うんだよ」とショックを受けていたという。

8歳の子供が差別的言辞を吐くというのは今回の事件の報道を見ていた周りの大人がそう言ったのだろうから重大だ。

フランスが今のような混乱に至った理由はいろいろあるが、一番の問題は2007年のサルコジ政権以来推し進められて、2012年からの社会党政権にまできっちり引き継がれて拡大してきたコミュノタリスム(コミュ二タリアニズム)だ。

2007年までは何とか続いていたゴーリズムや共和国主義の原則が、どんどん崩れてアメリカ化していった。

新自由主義経済の下で国家が「企業」化して、収支決算や利益率、経営状態などで「査定」されるような存在になったからだ。

国家も「企業」化したが、実効支配しているのはマネーでありそれも実体のない金融マネー支配となり、国家はマルチナショナルの大企業に追随するようになってしまった。

で、フランスのコミュノタリスムが進んだ。

「多様化」「異種共生」の名のもとに「棲み分け」が広がったのだ。

それまではヨーロッパの中ほどに位置してゲルマンとケルトとラテンがまざって多様なルーツの者が共通の社会を築いていたのに、旧植民地からの移民をはじめとしたゲットー化が進行した。

日本では今回のテロに関して、時として、「白人の価値観を押し付けられ差別されるイスラム系移民が過激化した」ような言われ方もされているが、ことはもっと複雑だ。

日本でのヘイトスピーチや差別の対象になるのは主として、やはり過去に一部や全部を植民地化された国だが、もともと日本文化は多くをそれら大陸や半島の国経由のものをルーツにしているから親和性がある。
そして、何より、見ただけでは区別がつかない同じ東アジア系の姿だ。それなのに彼らの二世や三世が日本人と同じように生きていても差別の対象になることがある。

それに対して、同じように例えばフランスにとって「見た目」も変わらず文化もルーツを共有し親和性のあるイタリア(大戦の敵国であった歴史もある)からの大量の移民はフランスの共和国主義の下で完全に共和国市民になってきた。イヴ・モンタンを「イタリア系フランス人」などという者はいない。
イザベル・アジャーニがドイツ人とアルジェリア人の親を持つからフランス人でないという者もいない。

フランスは「何々系フランス人」と言う呼び方を公的な場で使わなかった。

ここにある意味で盲点がある。

「何々系」とか出身国によって区別せず、肌の色によっても区別しないという原則は確固としているのに、「宗教別」のカテゴリー分けは禁止していないからだ。なぜかというと、政教分離のライシテが徹底しているせいで、公の部分では宗教そのものがスルーされてきたからである。それは長い間葛藤を繰り返したカトリック教会との折り合いでもあった。

そこにムスリムが大量に移民してきた時も、最初の世代は「共和国市民」としての恩恵を受けることの方が多かった。

それが今のような険悪な状態になったのは、冷戦の間に西側諸国とアラブ系独裁国や軍事政権が利害を共にして結びつき、冷戦後にそれが崩れたこと、石油産出国などがイスラム原理主義者に資金を提供したことなどがある。

ゲットー化した郊外の移民が密集する地域では、そのようなイスラム国から派遣されてくるイマムが実際に原理主義的な流れを作った。もちろん原理主義がテロリストになるわけではないのだが、フランスの将来のテロリストたちの温床となったのがそのような環境であることも事実である。

ところがフランスは出生地主義で二重国籍もOKだから、移民の二世三世が有権者となるので、政治家たちは票を集めるためにコミュノタリスムをますます容認するようになった。

公立小学校でムスリムの子供のために別のメニューを提供したり公営プールで女性専用の時間を作ったりし始めたのだ。

これが一般化し始めたころのこんなエピソードを思い出す。

ピアノの発表会の後の立食パーティの時だ。
11歳の生徒の一人の友達(どちらも女の子)がいた。
いろいろあった料理のうち、パスタがあり、その女の子を連れてきた女性(発表会で弾いた子供の母親)が私のところに来て、そのパスタに豚肉は入っていないかどうかを聞いたのだ。
その子はムスリムだから豚は食べられないと言って。
私は「知り合いのレストランからおまかせで取り寄せたものなので細かいことは分からない。気になるなら他のものを食べれば」と答えた。

するとすぐ後にまた別の大人が、その子を連れて来て「この子は豚を食べないのであのパスタに豚があるかどうかきいているんだけれど」と私にたずねてきた。

「私には何も保証できない。ケーキを食べれば ? ケーキには豚がないよ」と私は答えたが、非常に嫌な気分になった。

私はその子を招待したわけではない。他の誰からも会費をとっていない。30人近くいろいろな人がいたが、別に満腹させるために招待したわけではない。もちろん飲むことも食べることも強制していないのだから、食べたくない人はおしゃべりしているだけでもいいし、帰ってもいいのだ。

でも、その女の子がしつこく聞いてきたのは、親から豚を食べるなと言われていたからかもしれないが、そもそも、こういう場所でこういう時にはそんなことをいちいち聞くものではない、とその子を連れてきた大人(普通のフランス人)が言ってもよかったと思う。

30人もいれば、好き嫌いもあればアレルギーもおなかの具合もあるだろう。
誰も主催者の私にいちいち自分の個人的な事情を告げにくることはない。

その女の子は明らかに、自分の「違い」をアピールしていた。

それがその頃のムスリム家庭の傾向になっていたのだ。

それでも、「普通のフランス人」はみんなその子にやさしく、自然に甘やかしていた。

フランス人はもともと消費の場ではクレームもつけるし自己主張もするので、「共同体主義」の「違い」アピールがもつイデオロギー性に気がつかなかったのだ。

それに旧植民地に対しては過去の植民地主義を責められてきたせいで自虐的にもなっている。

イタリアやスペインやポーランドなどの移民を特別扱いせずあっさりとフランス人にしてきたフランスが、20世紀のおわり頃から「違い」を主張するコミュニティの前でどうしていいか分からなくなってきた時代に突入したのだ。

そこに新自由主義経済の発展による格差の広がりが加わり、公教育が崩壊し始めた。

そんなことが積み重なって社会不安が高まっているところに、アフリカや中東でのテロリスト集団の勢力拡大、それにともなってフランスが今や実際にアフガニスタン、マリ、イラクに軍隊を出しているのだから、その「テロリストとの戦争」がフランス国内でも始まるのは当然でもあった。

「西洋の価値を押しつけられた異文化のグループが差別されて反撃している」という単純な構図とは、少し違う。
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by mariastella | 2015-01-14 10:27 | フランス

パリのテロ事件について  その6

日曜のフランス全土で500ヶ所4百万人とも言われるデモ行進が終わった夜、ラジオ・フランスのホールで特別スペクタクルがあったのが公営放送で中継されたのを視聴してしまった。

大規模行進の終わりはたいていチンピラが店のウィンドウを壊すなどの悪い終わり方をするのがこの国の常なのだけれど、昨日はさすがに群衆の「正義オーラ」に気おされたのか、すべて平和裏に収束した。

で、夜の特別スペクタクルの方は、準備に24時間しかなかったというのに、フランスらしさが全開だった。

司会のナギはフランスで一番人気の司会者だけれどこの日自分で言ったようにエジプト生まれ(父がエジプト‐ギリシャ人、母がフランス‐イタリア人)で、フランス型の多様性にぴったりだ。

なにしろシャルリー・エブドの追悼だから、お笑い芸人たちがたっぷり毒のある風刺を繰り広げるし、カリカチュア作家たちもその場で何枚もデッサンを描いてはその都度披露された。

公序良俗に反する言葉や絵が全開で、政治的公正なんてまったくなし。

平常時ならカットされたり自粛するようなフレーズが自由に飛び交ったりする。

なかなか不思議な光景だ

。普通なら、こういう「非常時」で追悼番組だからこそ、みんなが偽善的に神妙にしてもいいのだけれど逆なのだから。

歌や音楽もたくさんあってユダヤ人の人気歌手パトリック・ブリュエルも歌ったし、シャルリーのために特別に創られた曲もある。ミッシェル・ルグランのピアノでナタリー・ドゥセがデュエットした。

カトリックの司祭に扮したコメディアンが金の計算ばかり言って

「それで、いったい神はどうなってるんだい」

と聞かれ

「え、それって何?」

と答える落ちもあった。

多くのギャグの中で面白いと思ったのは、この数日あらゆるところでお題目のように

「イスラムとテロリストのアマルガムをしてはいけない(混同してはいけない、同一視してはいけない)」

と唱えられているのを揶揄して

「イスラムとテロリストのアマルガムをしてはならない、ぼくはテロリストを知っているがムスリムでないやつがたくさんいるよ」

というものだ。

もちろん本来は「テロリストでないムスリム」というべきところである。

昼間の政治家の行進のことも「シャルリー」が残した最大のカリカチュアだと評されていた。

アフガニスタンの作家は、自分はジャン・バルジャンのフランス、ヴォルテールのフランスに憧れてやってきたが、そのフランスに今日はじめて出会うことができた、と言っていた。

「あなたはムスリムですか」と聞かれて

「私は私の宗教です。

自分の弱さを認識していることで仏教徒であり、

自分の弱さを告白することでカトリックであり、

自分の弱さを恐れることでムスリムであり、

自分の弱さを歯牙にもかけないことでユダヤ教徒です」

と答えていたのも楽しい。

深刻だったのは、イラクなどでレポーターをしている女性ジャーナリストがその場を借りて、「イスラム国」が4000人の女性を誘拐して性奴隷化してジハディストに提供していること、世界中からやってくる若者たちの中には、それが目当ての者もいるのだということを訴えたことだ。

なるほど。

彼らはウェブ上の勇ましい戦闘シーンなどを見て鼓舞されているのかと思っていたが、表には出なくても、「あそこに行けば…」という情報が浸透しているということらしい。

9・11の後の呆然と自粛と報復の雰囲気と違って、フランスではこういう時に表現者たちの存在感が増すところが頼もしい。

ゴールデン・グローブ賞の授賞式でジョージ・クルーニー(アイルランド系カトリックで、レバノン出身のアラブ系イギリス人と最近結婚した)が最後にフランス語で「私はシャルリー」と言ったし、シンプソンのアニメで赤ん坊も「私はシャルリー」のフランス語の旗を掲げていた。
2003年のブッシュ大統領のイラク侵攻の時に、シラク大統領が真っ向から反対した時、セザール賞の授賞式でマイケル・ムーアがフランスを称賛したことも思い出す。

アーティストたちは基本的に「表現の自由」の風の吹くところでしか生きていけない。

それに対してオバマ大統領はその日これといった予定がなくてワシントンにいたのにパリに駆けつけなかったことでいろいろ批判されているようだ。

オバマ大統領が出席したなら日本の首相も行っていたのだろうか。だとしたらますますカリカチュアだ。

今回「私はシャルリー」たちの発する提案の中で一番過激だと思ったものは、

フランスに「冒涜の権利」法を成立させて、その条文をすべての宗教の聖所の扉に張り付けておく、

というものだ。

誰かにとっての「聖なるもの」を他人に強制してはならないからだ、と言う。

「聖なるもの」を崇めることを他者に強制するのは明らかに間違っていると思うが、それがすなわち「冒涜を許可する」のにつながるというのには少し違和感を覚えた。

だれかにとっての「聖なるもの」はリスペクトされるべきではないかと思ったからだ。

たとえば、ある人ににとって「聖なるもの」である母親を「お前のかあちゃん***」というような言葉で侮辱されたら、それだけで報復されるケースがある。
2006年のワールドカップの決勝戦で相手チームの選手からこの種の侮辱言辞を吐かれたジダン選手が相手に頭突きをして退場させられたことを思い出す。

人それぞれ「マイ聖域」や「マイ聖なるもの」があってそれが表明されている場合や、親や家族や祖国や宗教のように「聖なるもの」かもしれないと想像できるものについては、それが他者にも強制されているわけでない場合は敢えて嘲笑したり侮辱したりしてはいけないのでは… ? と単純に思った。

しかし『ル・ポワン誌』でサルマン・ラシュディ(『悪魔の詩』でホメイニから死刑宣告を受けた)のコメントを読んで納得した。

風刺の芸はいつの世も自由の側に立ち、暴君や不正直や愚行に対抗してきた、
『宗教をリスペクトする』ということは今日『宗教を恐れる』ということと同義になっている。
我々はある思想を批判するように宗教を批判しなくてはならない、
身の危険を感じることなく揶揄したりリスペクトを欠いたりできなくてはならない

こう言われると分かる。

時代の文脈の中で、ある宗教を批判すると仕返しに何をされるか分からないという原理主義、全体主義がまかり通るシーンでは、「報復を恐れる」故の自粛や沈黙という状況が発生し得る。

リスペクトが恐れに裏打ちされているような時には、それを打ち破る揶揄が許されなくてはならないのだ。

これは相手が宗教だけではなく、独裁国家で独裁者の批判をすれば罰せられたり抹殺されたりする場合も同じだ。

イラン出身の女性小説家であるChahdortt Djavann の言葉にも共感した。

宗教であろうとイデオロギーであろうと、ある社会で思想のシステムとなっているものはすべて批判や揶揄の対象になるべきである。
特にそれが「絶対の真実」として主流秩序の中で通用している場合には。
イスラムの指導者は、イスラム過激派について「あれは本来のイスラムではない」などと悠長なことを言っている場合ではない、「イスラム批判は一つの権利である」と断言しなくてはならない。
それはヨーロッパで過去に人々がキリスト教の異端審問などに「否」を唱えて戦ってきたことと同じだ。

この意見は結局、最初の「冒涜の権利」に通じている。

なるほど。

いや、この『ル・ポワン』誌はシャルリー事件の直後の緊急編集でできるだけ多くの人のコメントを載せているので、どの人も多分まだショック状態だったろうから、普段考えていることや本音がでてしまっていてなかなかおもしろい。

この事件について最初にどうコメントするかで、それまでに言ったり書いたりしてきたこと以上に、その人がどういう人か分かってしまう。

他にもいろいろな切り口があるのだが少し休憩。

サイトの掲示板にこの件で質問があったのでそこにもコメントしておく
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by mariastella | 2015-01-13 09:14 | フランス

パリのテロ事件について  その5

もう書くのをやめようと思ったけれど、今朝のラジオでジャン・ドルメソンが話していたので興味を持った。
テレビでは同じような画像ばかり流していて情緒的な表情ばかり見えるので情報の絶対量やオリジナリティはラジオの方が多い。

ジャン・ドルメソンJean d'Ormessonはパリ解放も体験している89歳で、王党派、貴族、カトリックのルーツがあるアカデミー・フランセーズのメンバーでありながら、今や国民的に広い層から信頼されている賢人的ポジションにいる人だ。

今度の事件で、多くの人がフランスにおける表現の自由の伝統についてヴォルテール(寛容論の著作があり、たとえ自分と違う意見の人でもその意見を述べる権利を自分は死守すると言った)を例に出すのだけれど、ドルメソンは、風刺の伝統として、シャルリー・エブドのように猥雑なものも含めて、フランス人はラブレーとボーマルシェの子孫である、と何度も強調した。

レジスタンスとリベルテール(主流秩序による制限を否定して絶対自由を標榜する)がフランスだと。

結局午後の行進にはイスラエルとパレスティナの首脳まで含めて50ヶ国もの代表が参加することになったので、パリは厳戒態勢である。
それもこれも、フランスの掲げるユニヴァーサリズムが国際的に理解されていて、フランスに仕掛けられたテロは「人類」に仕掛けられたテロだと全世界が認識しているのだ、と、メディアは高揚している。

行進に参加するかどうかのアンケートでは81%のフランス人がウィと答えたそうだ。

一方で、シャルリー・エブドの「生き残り」のカリカチュア作家の一人は

「政治的に利用されるのが我慢できない、自分はサルコジやメルケルと握手など考えられない」

と言ってパリを離れて地方の行進に参加すると言う。最近になって警備も軽くされ、六万部の赤字発行で、廃刊寸前の綱渡りを強いられてきたシャルリー・エブドの口惜しさが伝わってくる。

シャルリー・エブドのカリカチュアを転載したドイツの新聞社も昨夜放火された。ドイツからフランスの行進に参加する人のために運賃を半額にした交通機関もある。

この盛り上がり方は、ドルメソンによるとパリ解放の依頼で、68年5月革命を上回る、 と言う。

メトロの中やアカデミー・フランスセーズの中でも黙祷があったそうで、「アカデミー・フランセーズがシャルリーのために黙祷した」ことの意味の深さをかみしめるドルメソンは、この盛り上がりが後でスフレのようにしぼまなければいいが(この比喩がフランス的だ)、と懸念していた。

一方、アンケートで「行進に参加しない」と答えた人には何種類かあって、

「ムハンマドを揶揄したシャルリーに『私はシャルリー』などという共感をしたくない」というべたな反発、

「政治家たちに利用されるのが不愉快だから」というもの、そして

「アンチ・コンフォルミズムの精神から」というものなどがある。

普段は互いに無関心だったり批判しあっていたり反目しているような人々が「危機を前にして団結する」というお話は美しい。そういう形の危機管理のリアクションがDNAに組み込まれているからこそ私たちは何とか生き延びてきたのだろう。

「東日本大震災」の後の「絆」なども思い出してしまう。

でも、9・11の後も、アメリカのことを、「危機が起きると国内が一致団結して政権の求心力が高ま」ったという言い方があるが、この「政権の求心力」というのが別の危機になる場合もあるという気がする。
「挙国一致」というやつだ。

まあアフガニスタンだの中東やアフリカだのにまで出て行って戦争を仕掛けたりするよりは、「自分たちよりも大きな理想」を掲げてそれをテロリストに見せつけるという方針は大いに意味があると思う。

どんなものでもそうだが、「サイレント・マジョリティ」の良識というのはなかなか表には出ない。
過激なスローガンやプロパガンダばかりが喧伝されて、下手をすると若者を惹きつける。

共和国の自由・平等・共生の理念は、普段は強烈なスローガンにならない。フランスはアメリカのように国旗掲揚や国歌斉唱や忠誠の誓いを一般人に強制することがないからだ。

多くの人が集まることでそれを形にするのは、自覚においても、テロリストによる挑発の答えとしても貴重な機会である、

ウェブのハッカー集団アノニムスがテロリストのネットワークを徹底的に破壊するという感じのヴァーチャルな宣戦布告をしたので、おお、そういう手があったか、と一瞬期待したが、それをやられると安全保障のための危険人物監視や諜報活動に支障をきたす、と当局が困惑しているという話もある。

難しい。

即効ではないが、長い目で見てやはり最も大切なのは「教育」だと思う。
これについては考えていることがたくさんあって、私なりにずっと実践してきているのだが、それはまた別の機会に書こう。

朝の諸宗教者対談番組を観た。こういう場所でいつもただ一人の女性である義妹だけがファーストネームで呼びかけられていた。

ユダヤ教、イスラム教、プロテスタントの代表がいて、三つの一神教はアブラハムが息子を犠牲に捧げようとしたのを救われたところに基盤を持つ兄弟であるから、「人を犠牲に供する」ことを否定することから始まった画期的な平和宗教なのだ、と言っていた。

仏教は勘定に入っていないな。

義妹は、

リスペクトが大切、それは自分に対するリスペクト、他者に対する、環境に対するリスペクトだ、

と言い、それを受けて「リスペクトするには容認が必要で、容認には識ることが必要で、識ることは愛することなのだ」とまとめられていた。(「認める」というフランス語の中には「識る」という言葉が含まれている)

合間に、各宗教のテキストが映し出され、

「あなたが誰かに向かって手を挙げればそれだけであなたは不信仰者だ」というタルムード、

「あなたが誰かを殺せばそれは人類すべてを殺すのに等しい(宗教を殺す、だったかもしれない。要確認)」というコーラン、

「神を愛するという人が、一方で兄弟を愛していないならその人は嘘つきだ」という聖書など、

それぞれの代表者が選んだのかテレビ局が選んだのか知らないが、宗教の名のもとに暴力を行使する輩にはぜひ読んでほしい。

その中で「愛と慈悲は一つの宗教である、愛は普遍的宗教である」という感じのダライラマの言葉があったが、いつもながらダライラマってかなりキリスト教起源の啓蒙テイストの人だなあと思った。
仏教が「超越をたてない無神論哲学」だと伝統的に認識されているフランス向けの言葉としては正しい言葉だ。

と、ここまで書いて、午後3時になったので、「歴史的行進」のTV中継を観ることにした。

7/14のシャンゼリゼの軍事パレードなど比べ物にならないインパクトだった。

これだけのVIPが、完璧に警護されているとはいえ、腕を組んで大通りをただ「歩く」という光景はシュールだ。

今世界の主要国の首脳はみな第二次大戦の体験がない世代だから、ここに集まったのは「新しい戦争」への決意である。

まあ、いわゆる「民主主義国家」でない国の代表もいるのだからみなが「言論の自由」のために歩いているのではなく「テロとの戦い」のために歩いているわけだ。プーチンがいなくて残念。(ロシアとウクライナの代表はいたが)

(追記:オランドの隣がメルケル首相というのは予想できたが、右隣がマリの大統領というのは金髪女性と黒人男性のコントラストが目立った。

マリは評判の悪いオランド政権で唯一、2年前にマリからの要請で軍隊を出してテロリストの南下をくいとめたというタカ派的「成功」体験のある国だ。

旧植民地でフランス語が公用語であり、イスラム教が多数派だ。
2年前にマリ政府から「救世主」のように感謝された様子は「フランスの偉大さ」を示す貴重な図であった。

マリ大統領を隣に並べたのは、フランスのユニヴァーサリズムと、ヨーロッパとアフリカという組み合わせで広がりを演出する意図があったのだろう。

もう一つ、今回ユダヤ人を殺したテロリストは黒人でマリ移民の二世だった。そういうところにも配慮したのかもしれない。)

一方、イスラエルのネタニヤフ首相はフランスのユダヤ人に、

「君たちのホームはイスラエルだ、フランスを去ってイスラエルに来なさい」

というメッセージを発したが、フランスの大ラビは、

「私はフランスで生まれ、フランス語を話し、フランス語で夢を見るフランス人だ。いつの日か『フランスのユダヤ人のように幸せだ』という表現が生まれることを願う」

と表明したそうだ。

今日のような日に、フランス市民である前にユダヤ人である、などと言うはずはない。
(と言っても、日曜夜のパリのシナゴーグでの追悼セレモニーの後では、4人の犠牲者はイスラエルに埋葬されることになったそうだ)


犠牲者の家族とVIPの行進のために足止めされていたのでレピュブリック広場に集合した人たちは1時間半経っても一歩も動けなかった。

マリアンヌの像の台座に上った若者たちはマルセイエーズを歌っていたが、フランスの旗だけではなくいろいろな国の旗が掲げられていた。ブラジル、レバノン、イスラエル、クルドなどだそうだ。

これまで大きな政治デモは政府に対する抗議や要求だからみながパリに出てくることが多かったが、今回は共和国理念を表明すると言うことで、地方でのデモも多く、各地で90万人が集まったということだ。

鉛筆を掲げたり、大きな鉛筆フィギュアを掲げたり、「表現の自由」用語がやはり目立つ。

犠牲者の関係者が行進している光景はやはり見ているだけで涙が出てくる。

シャルリー・エブドの現場から直接オランド大統領に電話した救急医(シャルリー・エブドに記事を書いている)とオランドが抱き合っているのも心が動かされる光景だった。公式のものではないこの連絡によって、オランドがすぐに現場にかけつけたのだ。

携帯電話の時代ならではのエピソードである。

この抗議運動がここまで広がったのは、二つの理由がある。

ひとつはシャルリー・エブドがもともと左翼の雑誌であり、サルコジなどには猛烈な攻撃を仕掛けていたので、社会党とは親和性があるということだ。オランドもシャルリーのジャーナリストを個人的に知っていた。その社会党政権下のできごとだった。

もう一つはジャーナリズムが標的になったことで、御用メディアや右派メディアも含めて、メディアの人間にとって「他人事」ではなく、「表現の自由」「報道の自由」を守るために報道が過剰とは言わないまでも、増幅したことである。

木曜までは犠牲者は「警官」と「ジャーナリスト」だった。

本来シャルリー・エブドも含めてジャーナリズムは主流秩序批判の使命を帯びているので、秩序のシンボルである警官の側に立つ人とは別のグループにいるのだが、この事件では一致した。

金曜日にユダヤ人が標的になったことで政治的なテンションは高まってやや微妙になりかけたが、土曜日に感動的なシーンが放送された。

ユダヤ人4人を殺したアメディ・クリバリはマリからの移民の二世の黒人だ。イスラム国の名でビデオ・メッセージも残している。ところが、水曜に別のテロリストに殺された警官の一人がアメド・メラベという名のイスラム教徒だったのだ。

土曜日に、アメドの家族が、

すべての差別主義者、反イスラム者、反ユダヤ主義者に告げる、戦闘開始したりモスクやシナゴーグを攻撃したりするのをやめろ、死者は帰ってこない、他の人を攻撃しても、犠牲者は戻ってこないし家族が慰められるわけではない

と記者会見で訴えた。

40歳のアメドは昇進試験に合格したところで、11区の勤務は最後の日だったという。

このアメドとテロリストのアメディの名は発音が似ている。

どちらももちろんクラシックなフランス風の名ではない。

で、「アメディ=テロリスト」と刷り込まれそうになった時に「アメド=ヒーロー」が上書きされた。

そして、ヒーローのアメドはアルジェリアからの移民二世のムスリムだ。

シャルリー・エブドを襲ったテロリスト兄弟も、アルジェリアの移民二世のムスリムである。

木曜にそのプロフィールが公開された時は、昔ながらの

「アルジェリア移民の二世=犯罪者、あるいは監獄で洗脳されたテロリスト」

というステレオタイプの偏見を呼び覚まされた人も多かった。

ところが、同じ社会的立場にありながら、

一方は警官になり昇進試験にも合格し、共和国の公務員として殉職した。

もう一方はテロリストになリその警官を残忍に殺した。

この事実が、

「フランスにおけるテロリズムの問題は移民の問題でもイスラムの問題でもない」、

という認識を人々にきっちりと促した。

みんなが情緒的になって興奮している時に、人種や宗教にかかわるヘイト・スピーチを効果的に封じる偶然の出来事だった。

しかもこのところ雨もよいで寒かったのが、日曜は晴れ間さえ出て暖かかった。

家族連れも多かった。

無事に終わってよかった。

広場を埋め尽くす人の波をテレビで見ながら、これが日本なら、安全のための警戒だけではなくて地震が起きた場合も想定しなくてはならないのでは・・・と連想してしまった。パリでは少なくともその心配がないから助かる。

実はフランスでは昨年末からいろいろな物騒な事件が起きているのだが、メディアもなんだか「見て見ぬふり」の風潮があった。

今回は前述したような様々な要因が手伝って、

「フランスのユニヴァーサリズムや理念はテロを許さない」

という決意をひとまず市民が表明したわけだ。

何か本質的な変化に結びついてくれたら、と思う。
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by mariastella | 2015-01-12 03:50 | フランス

フランスのテロ事件に思うこと  その4

日曜は共和国の行進。

それに行くかどうか、と質問をされたのだが、私はもちろん行かない。

木曜正午の黙祷の時にも公共の場所にいないように配慮した。
スーパーにいても音楽が止められて黙祷が促される。

私はもしうちでTVを見ていて黙祷のシーンになったら黙って心を合わせるタイプだ。

別のチャンネルにわざわざ変えるつもりもないし、突然しゃべったりトイレに立ったりもしない。

でも、時間を決められたいっせいの黙祷のような行為を外で強制されるのは苦手だ。
もちろんいざその場に居合わせたら目立たないようにおとなしく黙祷するだろう。
自分のそういうことなかれ主義のオートマティズムが不愉快なので選択の余地があればそういう場所にはいたくない。

行進もまったく同じ理由で、「みんなで盛り上がる」ということ自体に抵抗があるのだ。

今朝のラジオのインタビューの最後でレジス・ドゥブレは、「私はコミュニオンが好きなのでもちろん行きます」と言っていた。

この人は私よりずっと素直でキリスト教的だとあらためて思う。

実は今回の事件についてこの人が何を言うかぜひききたいと思っていたのだが、ちょうどラジオのインタビューが始まったので嬉しかった。

私の世代のかなりの人はそうでないかと思っているのだけれど、私にとってのレジス・ドゥブレは高校に入ってすぐのヒーロー的著者だった。中学生でポール・ニザンの『陰謀』や『アデン・アラビア』に夢中になって、高校ではドゥブレの『革命の中の革命』だった。

今振り返ると、ニザンの方がまだ想像可能なところにいて、ドゥブレなんてボリビアのファンタズムだったのかなんだか分からない。

2人ともフランスのエリートでインテリの共産党シンパという近い位置にいたが、今から思うと、日本の中学生や高校生にとって彼らはただのシンボルだったのかもしれない。

で、1990年代くらいになってドゥブレと再び、今度はフランス語で出会うようになって、この人がすごく自分と近い感性を持っているのが分かった。

仲間のような気がする。

で、今回のことについても私と同じように、アメリカとの違いを強調する。

ブッシュがしたように、テロリストに対して戦争と称して愛国法を作ってそれこそ表現の自由などを制限したり拷問を正当化したりしてしまうのではなく、法治国家の掲げる理念を追求することにこだわる。

「判断の自由」、啓蒙の光と「反抗」はフランスのDNAだと言う。

彼が「自由判断libre jugement」 という時は、キリスト教の「自由意志libre arbitre」が明らかに念頭にある。

人権宣言には「表現の自由は絶対のものではないし無条件のものでもない」とある。

時代の文脈に合わせ、共存と平和の実現が可能な方向でそれを調整する法の制定が必要だということだ。

オランド大統領も今回さすがに、「我々の理想は我々よりも偉大だ」と認めている。

フランスは革命を経て政教分離した時に、共和国理念を宗教の差異を超越するものであると見なした。
いや、国家の差異さえ超越する普遍主義だと言ったのだ。

だからドゥブレが言うように、国家が衰退してシンボリックな権威を失う時、勢いを増すのはカルトとマフィアだけだとなるのだろう。つまり狂信と反則。 

権力がリスペクトされるためにはメタフィジックが必要だ。

サルコジは今度のことを「文明への戦争だ」などとハンティントンばりのアメリカ的言辞を繰り返したが、ドゥブレはこれをトインビーのいう意味でのチャレンジとレスポンスだと見る。

そして、もう一度共和国理念のもとに人々が連帯するには、垂直のディメンションが必要だと語る。

政治(ここでは共和国)が世俗宗教であることをやめて(すなわち宗教モラルを世俗的に継承させていくシステムであることをやめて)、歴史と希望のメッセンジャーでもなくなった時、巷の宗教がイデオロギー化し、政治化する。

政治はエコノミストであることをやめ、マネーの独裁や金勘定から離れて、大文字の「真実」とか「国家」に戻らなくてはならない。

言い換えると、いわゆるポスト・モダンの相対化による水平の多様化だけでは人は本当には平等に共存できないので、差異を超越する価値を掲げて集まり、同じ方向に向かって進まなければならない。

ドゥブレもゲリラ戦に加わった体験から、戦争が若者を惹きつけることや大義のために命を捨てる欲望も理解出来るという。
しかし、ゲリラ戦で捕虜を殺すことはなかった。そこにはヒューマニズムのコンセプトがあった、と言って、「キリスト教のコンセプト」があった、と回想する。

こんな話を聞いていると若い頃は勇ましい共産主義の革命家だったドゥブレがいかに、キリスト教的文化の継承者で一神教的世界観を持っているかが分かる。

しかし、こういうことを語ると、必ず、西洋と東洋(ここでは非西洋、つまり非キリスト教ということ)はそもそも違うんだ、その差異を認めるべきだ、と言う人が出てくる。

すなわち

我々の西洋的価値では権力や権威を批判したり揶揄したりする自由は認められているが、それが東洋のほとんどの国では冒涜であり罪であるのだ、つまり、異なる価値観の衝突なのだ

という言い方である。

また非キリスト教文化圏の日本のような国でも、

「西洋は自分たちの民主主義だの資本主義だの自由平等などを絶対の普遍価値のように押しつけるが、そもそもそれは彼らの伝統ではあって、我々の伝統には合致しない。西洋スタンダードを押し頂くのは考え直すべきではないか」

などという論調も耳にする。

これについては、両方とも正確ではない。

そもそも人間の社会は長いスパンで見ると、東西どこでも、聖俗の支配者や権威を公に批判したり揶揄したりすることが罪になり罰の対象になるところがほとんどだ。

階級の差であったり長幼の差であったり、性差であったり、上下関係を規定し固定するルールはどこにでも存在する。
自然神にしろ先祖神にしろ、「聖なるもの」とその代理人、司祭、神降ろしをする人を冒涜すれば共同体から追放されたり制裁されたりということも一般的で、そこに東西の差はない。

そんな中で、確かにキリスト教は「神が人間になって生まれ、超人ぶりを発揮しないまま罪なくして無抵抗で殺された」という起源を持ち、「人類はみな神の子で自由平等に愛し合うべききょうだいである」、という特殊なメッセージを持っていた。
もちろんそれだけではメジャーになりえないのだが、ローマ帝国の国教となってから一気に拡大した。
逆に言えば帝国の国教になってから、支配に不都合なメイン・メッセージは隅においやられてしまった。
しかし、まあ、完全に忘れるわけにもいかないので、いつの時代にもメイン・メッセージを掲げて改革に乗り出す人やグループはいたのだ。

そのせいで、教会分裂や宗教改革や反教権主義から理神論などが生まれて、そこに他のいろいろ複合的な要素が重なって、特権階級や宗教の権威に服さずに自由に生きる権利を追及する大きな流れが出てきたのがヨーロッパのキリスト教社会の中においてだったことは間違いがない。

そこから革命だの戦争だのが繰り返されて、実際に無産階級や女性らの自由や平等の権利が拡大されてきたのも事実だ。

つまり、「西洋の価値観」と言うのは別に人種的地域的に固有な伝統ではなくて、近代の三世紀くらいをかけて血を流し、試行錯誤し、反省を重ねてようやく「普遍価値」として合意したもので、だからこそ自分たちの身の丈よりも大きい、上方にある価値なのだ。

キリスト教の父なる超越神が天の国にいるという垂直イメージがそのまま基本的人権や自由平等の理念の普遍性、超越性のイメージになったのである。

まあ、慈悲の神を戴く宗教でも人間の手にかかればあっというまに偶像と化し便利な道具になってしまうように、自由平等や民主主義の普遍理念も、あっという間にただのお題目になり権力の担保になるのがほとんどのケースではあるが。

だからこそ、フランスのような国でも、共和国理念と合いいれない偽善や見て見ぬふりの裏で差別や格差が広がるわけである。

今回のようなテロが起きると、大統領が言うようにフランスは本来のフランスらしいレベルで共和国主義と連帯を取り戻すきっかけになるようだ。

それに比べるとアメリカという国は宗教戦争や封建制度打倒などの「戦い」の歴史を経ずに最初から理想的な「神の国」を建国したという意識と自負があるから、わりと単純に

「うちの価値観が西洋の価値観で普遍的で正しい価値観だ」

と言い切る。

けれども「西洋の価値観」は実は長い戦いの歴史の中でようやく獲得された理想の価値観であって、常にその「質」を維持する努力なしには独善主義や覇権主義に簡単に陥る危ういものなのである。

でも、一部の狂信者がいるからといってある宗教の価値観を否定できないように、「西洋の価値観」をふりかざす帝国主義者がいるからといって自由平等の人権主義や法治主義そのものを否定することはできない。

そういうことがあるから、日曜に英・独・伊・仏・西・欧の首脳やヨルダンの王夫妻や、イスラエルの首相までが集まって共和国の価値観のもとに「歩く」というのは、いかにもフランスらしい、いいことだと思っている。

アクシデントが起こりませんように。

(このテーマを追っていくとますます仕事が遅れるのでいったんストップするつもりだが、政治批判のお笑いとかカリカチュア文化は日本と「西洋」ではかなり違うなあといつも思う。日本のお笑い芸の政治性はアグレッシヴなものはないし、レベルの高いマンガも、カリカチュア風の政治がらみで面白いと思うのは業田良家(ガラガラポン・日本政治)くらいかなあ。でも日本のマンガですごいと驚くのは、講談社の『モーニング』誌で見る『いちえふ』「福島第一原子力発電所労働記)だ。マンガ家が実際に建屋で作業してそれをドキュメント・マンガにしているもので、これなどはさすが日本だなあと感心する)
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by mariastella | 2015-01-11 07:39 | フランス



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