L'art de croire             竹下節子ブログ

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クリスティアン・ペツォールトの『フェニックス』

久しぶりのドイツ映画で、しかもホロコーストのすぐ後のベルリンをこんな風に扱っているのは珍しい。
原作はフランスの小説でドイツ人のものではない。原作は『灰の帰還』というもので、これが火で身を焼いて生き返るフェニックスに関係している。
原作と違うのは性的なシーンがまったくない所だそうだ。それが強靭なサスペンスを支えている。

アウシュヴィッツから奇跡的に生還した歌手ネリーが、爆弾を受けた顔面を修復して「別人」になってしまって、ピアニストだった夫を探すのだが、夫は彼女が死んだと思っている。

「夫はネリーを裏切ってナチスに売り渡したのだ、二人でテルアビブかハイファに移住しよう」と親友レーネが言ってくれているのにネリーは夫に近づく。

夫は彼女が分からないのだが、妻に似ているのを利用して妻に仕立て上げて遺産をせしめようと提案する。

ピグマリオンと人形のような関係になるのだけれど、それが徹底してネリーの側から描かれているし、ネリーは「夫の目に映っていた自分」を演ずるという複雑で倒錯した話になっている。

いくら顔が変わっているからといって夫が妻の声やしぐさや体つきを見抜けないのは不自然かもしれないが、それは妻を裏切った罪悪感のせいかもしれないし、そもそも、歌手としての妻を利用していただけで、愛していなかったということなのかもしれない。

ネリーは「別人」として夫から過去の自分への愛の証拠を探りたい、また新たに恋をさせたい、などの思惑があるのだけれど、夫はずっと親称ではなく他人行儀の言葉でネリーに話しかけるし、部屋に閉じ込めているのに性的には一切近づかない。
それがまた怖い。
後の印象がまるでヒチコックのモノクロ映画を観たような気分だ。

ネリーがベルリンに留まると知ったレーネは自殺する。
レーネはネリーを愛していたと思う。この思いもすごく抑制がきいているのであらわにはならない。それにレーネはネリーが、真摯な愛を傾ける女性の自分よりも、つまらない裏切り男の方を愛していることを知っている。

ネリー役のニーナ・ホスは絶対にヒチコック映画のヒロインにならないようなタイプなのだけれどとにかくうまい。鍵になっている英語の歌はエヴァ・ガードナーがミュージカルで歌っていたというSpeak Lowで、ユダヤ人作曲家でアメリカに亡命したクルト・ワイルの曲だそうだが、初めのバーでのシーン、そして肌寒くなるラストシーンと、あまりにもぴったりで効果的で、歌が世界を一気に崩壊させるさまを始めてみた。

戦後すぐの焼け跡のベルリン、アメリカ兵相手のバー(このバーの名前が「フェニックス」というのだ)の様子など、日本との共通点があるがドイツでは実際どうなっていたのかがあらためて分かってなるほどと思った。

ホロコースト、裏切り、顔の再建、占領、金、焼け跡、だまし合い、偽善、あらゆる要素が倒錯的で陰湿でさえあるのに、すべてが簡素で抑制のきいたトーンで語られるので、「部分」に淫することなくストーリーを追えるようになっている。なかなかの名人芸だ。
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by mariastella | 2015-02-28 10:05 | 映画

バルチュス展

バルチュスの遺作『少女とマンドリン』を見ようとパリのギャラリーに行った。

世界一の規模のギャラリーと言われるGagosian Gallery(名前からしてアルメニア系?)のパリ支店というか、さすがに立派で、展示が充実していて解説も親切で、それでもギャラリーだから鑑賞は無料だし満足できるはずなのになんだか落ち着かない空間だった。

落ち着かないと言えばバルチュスの作品を前にしても、いつもながら居心地が悪い。


眠り込んだ少女のポラロイドカメラの連作
まである。

私は1994年のユリイカの「クロソスキーの世界」で「聖女幻想」という記事を書いたことがある。クロソフスキーはバルチュスの実兄だ。クロソフスキーの描く倒錯的な女性に聖女幻想を重ねることは自然だった。

それなのになぜバルチュスの少女像が居心地悪く感じるのだろうか。

今となっては、彼がユダヤ系であることを否認していたこと、バイロン卿と繋がりがあるとして貴族の称号を名につけてこだわっていたことという話などまで、なんだか気になる。
彼の母親がリルケの最後の愛人だったことは有名だが、バルチュスもリルケの友人になった。

母親の父はプロシャのシナゴーグでラビを助ける助祭をしていた。バルチュスはパリ生まれでカトリックの影響は受けているが、無神論者のグループにもいた。彼の子供時代の宗教帰属は何だったのだろう、とそんなことも今は気になる(少なくとも兄のクロソフスキーはカトリック神学を学んでいるし、ベネディクト会やドミニコ会の修道院でも過ごして修道士を目指したことさえある)。

バルチュスは30歳以上も若い日本女性と結婚していつも和服を着せていたという日常が何度もドキュメンタリーになっているので、そういうこともすっきりしない。

ただ、今回見たモンテカルヴェロの風景画の連作は気に入った。岩肌の重なりがまるで地下から押し出てきた骨ばった指のようだ。ウェブで画像が見つからないけれどその中で一点、画面自体が岩肌みたいになっているのがあって、ずっと見ていたいと思った。

おもえば、1994年にクロソフスキーについて書いた時は、クロソフスキーもバルチュスも存命だった。二人とも同じ年、2001年に亡くなっている。今は新しい資料も出ているのでいつかこの2人について「汎ヨーロッパ性と表現の自由」というテーマで書いてみる日がくるかもしれない。
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by mariastella | 2015-02-27 06:35 | アート

『トゥルー・グリット』とジハディスト

コーエン兄弟のウェスタン映画『トゥルー・グリット』(2010)をDVDで久しぶりに見た。

先ごろ講談社選書メチエの『フリーメイスン』の中で映画界のフリーメイスンのことに触れたのでまた見たくなったのだ。

この映画は1969年のヘンリー・ハサウェイ『勇気ある追跡』のリメイクで、その時の主演がメイスンであるジョン・ウェインだし、ストーリーのはじめで、使用人に殺された父の葬儀に当たって娘マティが「メイスンの前垂れをつけて棺に入れてくれ」と頼んだり、父の遺品の中にいつも持っていたらしいメイスンのシンボル定規とコンパスがあるところなど、公開当時フリーメイスンのサイトでもいろいろと話題にされた。

でも、今回見直してみてショックを受けたのは別のところだ。今、キリスト教文化圏の欧米各国で普通の白人の若者が、ISILの勧誘ビデオなどを見て親の家を抜け出してシリアに合流することが話題になっている。またアメリカの空爆で家族を失ったイラクの若者が復讐を誓ってISILに加わり自爆テロリストになることもあるが、そういう状況が想起されたからだ。

映画は、14歳の少女が「父の仇」を決意して困難な旅に出る、最後は自分の手でその仇を討つ、というストーリーなので、弱い者が勇気をもって勧善懲悪することに共感できるし、女の子が「神に代わってお仕置きよ」という痛快さがありハラハラしながら見るので気づかなかったけれど…

これって、少女の「狂信」の物語じゃないだろうか。

一応は、「仇をその場で殺すことが目的ではなくて法の手に渡して裁いてもらう」と言っているのだけれど、その「法」というのは、最初の縛り首のシーンにあるように「公開処刑」による見せしめを自分の町でやりたいということだ。

その縛り首のシーンで三人が処刑されるのだがそこにも人種による「待遇の差別」がはっきり出ていて、「法」というのが恣意的であることがよく分かる。(白人は処刑の前にスピーチができるが黒人はすぐに袋を頭にかぶせられるというように)

第一、1880年のアメリカでは、南北戦争の兵隊上がりも保安官も賞金稼ぎも主人を殺す盗っ人も、みんなアウトローのようなもので、少女の「父の仇」も、仇ではあってもいわくつきの「敵」だったわけでなく、命が軽かった暴力の時代に金のためによそでも人を殺している「平均的なならず者」に過ぎないのだ。

そしてそのならず者を殺す途上で、結局8人が巻き込まれて殺されることになる。

この少女は開拓民の子孫というこの時代のアメリカの少女らしく教会にちゃんと通うピューリタン的心性を持っていて、彼女にとって「平均的なならず者」など悪魔のようなものだ。
「罪を償わせる」という考え方が根付いている。

「復讐するは神にあり」ということは知っているが、その復讐を待っていられないし、罪人が神でなく人間に裁かれて縛り首になる罰を受けているのを日常的に目にしている。

すべての行動には代償がある、代償のないのは「神の恩寵」だけだ、という覚悟はある。

で、自らの手で父の仇を殺したすぐ後でまるで地獄に墜ちるかのように穴に落ちてガラガラヘビに咬まれる。

彼女を助けてなんだか「共依存」みたいになっていた飲んだくれの連邦保安官のコクバーンが必死に努力して町まで連れていき、何とか命はとりとめるが、肘から下の片腕を失う。

多くの人を殺してきたコクバーンはこの「勇敢で無垢の少女」を助けるのがまるで自分の贖罪であるかのようにふるまっているが、彼自身も戦争で片目を亡くしているように、すでに暴力の代償を払っている。

20世紀になってそのようなウェスタンの世界はなくなり、無法者の生き残りが「ワイルド・ウェスト・ショー」という興業をやって回っていたというのも驚きだ。

明治維新後の日本なら散髪脱刀が出たから「侍ショー」は不可能だが、今に至るまで一般人に銃を持たせているアメリカだからそういうショーもできて、「ウェスタン」のジャンルが確立したのだろう。

それにしても、

家族を殺した相手に復讐するとか、

そのためには命をいとわないのを「真の勇気」みたいにいうとか、

一瞬もひるむことのない決意の固さとか、

「汝の敵を愛せ」とか「右の頬を打たれたら左の頬も差し出せ」とイエスが言っているのに「敬虔なキリスト教徒」が神に代わって悪を倒すとか、

こういうことはそのまま、今の時代の若いジハディストの行動論理に重なる。

「洗脳」というけれど、特に誰かが自分の利益のために若者の無知を利用してマインド・コントロールをしなくても、時代と状況によっては自発的に「聖戦士」になって突撃する若者が出てくるということだ。

そして、やはり時代と状況によっては、周りの人がその「聖戦士」の姿を、潔い、立派だ、健気だと愛でる心の動きもあり得るということだ。

『トゥルー・グリット』を見ていると、それが分かる。

でも同時にそういう「罠」には一定のパターンがあることも分かるのだから、「いかなる理由によっても人が人を殺さない」という世界に少しでも近づくような方向性くらいは共有できてもよさそうだ。

少なくともその反対に向かっていきたくはない。
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by mariastella | 2015-02-26 00:20 | 映画

カルティエ財団で見るアルタヴァスト・ペレシャン

アルタヴァスト・ペレシャンの短編映画『住民(1970)』をカルティエ財団30年記念展で観た。

モノクロの本源的な力と強靭さと危うさをこれほど味わわせてくれる作品はない。

個体のアップと激しく動く群像が交互に畳みかけられ、光と闇や音と沈黙も含めたモンタージュの完璧な技巧が全面に出ているにも関わらず、情動を揺すぶられる。目に見えている世界の解体や脱構築がこれほど抒情的なのもめずらしい。

8分58秒で「生命」を何度もパターンにまで落とし込んでまた爆発させる手腕は化学実験みたいだ。音も一体となっていて、「プレローマ」の中に引き込まれる。寝椅子に座って鑑賞できるので、視座も変わるし体重の感じ方も変わる。

この映画のオマージュとして構成されたインスタレーションが周りにあり、フランシス・ベーコンなどいかにも、という作品も配されているが、なんといっても、デヴィット・リンチとパティ・スミスの存在感が濃い。

世の中にはこういう強烈な個性とエネルギーを持つ人たちがいて絵も映画も演劇も文学も音楽も何でもこなしてしまうんだなあと感心するが疲れもする。両者とももう60代終わりなのに、ずっと最前線でとんがった活躍をしているというのがすごい。

ペレシャンのオマージュが地下部分で、一階部分は建物全体を素材にした光のインスタレーションとなっていて時々落ちてくる水滴をセンサー付き移動バケツ・ロボットがまわって受けるなど遊びの要素が大きいし、鑑賞者が作品の内側に包まれる形で作品の一部をなしていることの規模が大きいので楽しい。

もともとこの建物は透明性、外と中の境界を取り外すみたいなコンセプトでできていて、通りから前庭を区切る巨大な透明の壁が、ゴシック大聖堂のように建物本体から伸びている梁で支えられているし、あちこちが「丸見え」状態なのだ。今回はその建物の一階の半分の透明の壁に特殊フィルムを貼り付けて「半透明性」の強度が少しずつ移り変わるようになっている。

カルティエ財団現代美術館は、パリの大通りに面したところにあるのに、「庭」を散策することができるので、規模も性格も趣向も文化も文脈も全く違うのだけれど私にとっては東京の根津美術館と同じ感じの、時々その「場所」に行きたい小美術館だ。
根津美術館の庭はよくできた日本庭園で、あちこちから集められた仏像や灯篭などが配されている。カルティエの庭は、建物の周りを囲んで20年前に設計された小さなものだけれど、いわゆる幾何学的なフランス庭園のコンセプトではなく、生物学的多様性を意識して造られているので、いろいろな珍しい鳥や虫も集まるようになったミクロコスモスになっている。

そこに、シャトーブリアンが1823年に自邸に植えた大きな杉が移植してあったり、言葉遊びの植樹(6本のイチイでdes six ifs= décisif「決定的」)や、現代彫刻がそこかしこにある。

私のお気に入りは、その6本のイチイのそばにあるブロンズ製の大きな倒木で、あまりにもリアルに溶け込んでいる。でもよく見ると、折れた部分に緑色の手の平が刻まれていてそこで雨水を受けて下に流すようになっている(建物に向かって右側。ここを訪れる時はだから日中で雨が降っていない時、でも雨が上って薄日が差してきた頃が一番いいかとも思う)。

ここでは日本のアーティストもよく登場してその中では北野武展に行ったことがあるが、建物自体のコンセプトを生かしたという点では今回のものが一番効果的だったと思う。

ショップには、これまでの展覧会のアーティストを記念する横尾忠則による肖像画作品とともに、『シャルリーエブド』テロで犠牲になったヴォランスキーのデッサン原画16点も展示されていた。アーティストがテロの標的となって殺されたことの意味をあらためて思う。
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by mariastella | 2015-02-25 05:55 | アート

北欧のカリカチュアとテロ事件

フランスのテロからひと月あまり経った2月14日に、デンマークのコペンハーゲンの文化センターで、『シャルリーエブド』へのオマージュも込めた「表現の自由」会議があって、そこにフランス大使(フランスの内務大臣と仲がいい)も出席していたのだが、外から銃弾が40発撃ち込まれた事件があった。

犯人はパレスティナ系移民の二世でデンマーク国籍、次の日未明にシナゴーグを襲ってユダヤ人を一人殺し、自分も撃ち殺された。フランスのニュースでは例の「イスラムとテロを混同するな」のお達しを守って、犯人がパレスティナ系だとかムスリムだとかは一切コメントされなかった。

この時に直接の標的になったのはスウェーデンの画家で2007年にムハンマドの顔を犬の胴体につけた戯画を描いたラーシュ・ビルクスだった。

デンマークと言えば、2005年に自己規制に反発した新聞が12人の画家による「ムハンマドの顔」を掲載してイスラム系の国から大反発を受けて『シャルリーエブド』事件の発端にもなった国だ。

一方ラーシュ・ビルクスの方は、ヨーロッパイスラム化反対愛国同盟(ペギーダ)の推進者で、2011年にオスロであったネオナチ系の連続テロの犯人の公判の折に共感的なことを述べていて、「表現の自由」より「嫌イスラム」の雰囲気のある人だ。

この人に比べたら、2005年にムハンマドのターバンのかわりに爆弾を描いたクルト・ベスタゴーなどはもっと正当的な「表現の自由」擁護者だと思うが、ベスタゴーはテロに狙われるリスクが高すぎるとしてデンマークの新聞社から「永久求職」扱いにされてしまった。今回の事件で、今年80歳になるこのベスタゴーが、自分はビルクスを擁護するし、自由に描き続ける意志もあると述べていた。

ビルクスも60代末の人だけれど、パリのテロで殺された画家のうち2人も80歳、76歳という年齢で現役で、こういう人たちが「安全に余生を過ごす」ことなく命をかけているのを見ると、日本のウェブサイトで匿名で「イスラム国クソコラ画像グランプリ」をやっている人たちとは別種類の信念の強さが伝わってきてリスペクトの気持ちが湧き上がる。

といっても、老いてますます人種差別や憎悪にしがみつくタイプの表現者がいるのだとしたら、それも怖い。

でも、確かノルウェイのテロの時も書いた気がするが、もともと金髪碧眼系のスカンジナヴィア諸国では、アラブ系移民は見た目が違いすぎる。

フランスのように人種や文化の混ざり方の多い国とは違う。

いわゆる「統計」の世界では北欧諸国は何でも先進のトップを行く自由平等の豊かな国ということになるが実態は複雑だ。

出生地主義で移民二世にあっさり国籍をくれて「平等」のはずなのだが現実として移民の二世は移民労働やまたは失業者のグループに留まる。
それはフランスも同じなのだけれど、フランスにはサッカーのナショナルチームを見てれば分かるようにたとえばカリブ海の海外県の黒人のように「移民じゃない異人種」もたくさんいる。 
帝国主義の歴史がよくも悪くも混合社会を形成しているのだ。  

でも北欧の場合は、主として労働力として入ってきた移民が、一見平等に扱われているように見えて「棲み分け」があるわけで、「見た目の差」と「宗教の差」が一致している。なかなか混じらない。
ドイツでもドレスデンのような町でペギーダのヘイト・デモが定期化しているのが問題になっているけれど、そういう町の「普通の人たち」は、単純に言って、「見た目が違い、宗教が違う」人たちに「慣れていない」のだ。

私は個人的に、北欧には住めないと思う。ドレスデンにもアイオワにも。

パリのような町では、もちろんカルチェによっても違うが、留学生やツーリストも多いこともあって、見た目の「雑多」がデフォルトになっている。それはニューヨークやロンドンのような都市でも同じだろう。

日本人が見たら、はっきり言ってラテン系もゲルマン系もアラブ系も区別がつかなかったりする。
「見た目」で違いが分かるのは黒人だが、前述したように「旧植民地」の歴史でもう何世紀もキリスト教化してフランス人化している人たちが圧倒的に多いので差別は少ない。というより、見た目が大きく違う人への差別は分かりやすいので規制も激しいし自主規制も働く。

その他に「見た目が違う、宗教も違う」と思われているのはアジア人だ。

でもアジア人のコミュニティは長い間、棲み分けが進んでいたので衝突の対象にはなっていなかった。
それでも、「アジア人=中国人=クリーニング屋か中華料理屋(今は寿司レストランも多い)」という類型でくくられて、一般フランス人(白人)がそれらの人たちと接するのは「客」としてだから、自然と「見下し」目線が入る。

アジア系移民は教育熱心なので二世以降は「共和国教育社会主義」の恩恵を受けてむしろエリートになるが一世の人々は共同体主義のせいでフランス語があまりうまくないせいもある。

私はそれに長い間気づかなかった。

なぜかというと、私は日本人で、フランスのインテリ層には伝統的なオリエンタリズムやジャポニスムがある上に、テクノロジーやマンガなどサブカルチャーのおかげでむしろ買いかぶられているからだ。もちろん都市に住んで主としてインテリ層やアーティストたちと接しているからでもある。

一方、フランス人からは好かれていても、パリに住む中国人や韓国人に対しては私ははじめ警戒していた。
なぜなら、中国や韓国の反日的プロパガンダのせいで、日本人は彼らから敵視されていると思っていたからだ。個人的に親しい友人はいるが、一般の中華レストランや食料品店に客としていく時は何となく、目立たないように低姿勢でふるまっていた。

でも、ある時、韓国レストランに傘を忘れて次の日に電話すると、「忘れ物はない」ときっぱり言われ、それでも「…時頃に行った日本人なんですけれど」と言うと、「あ、それなら、傘はあります」と態度が変わったことがあった。「なんだ、この差別は」と思ったが、無事に傘を取りに戻った。

それから、中華レストランでも、惣菜屋でも、特に私が一人だと、実は特別親切にしてもらえている気配を感知するようになった。
「日本人か」と聞かれることもあり、日本人だと言うと「日本人は綺麗だ」とフランス語の下手な総菜屋の女主人(私より若い)から何度も言われたこともある。
他のフランス人の横柄な客の前であからさまに私に過剰サービスがなされることもあった。
私が明らかにフランス語に不自由していないことも、なんだか「アジア人として誇らしい」みたいな感じなのだ。

そこには、彼らが「普通のフランス人の客」から普段何となく見下されている抑圧もうかがえる。

これは旧仏領インドシナのベトナム人とかの場合ではもちろんない。彼らはフランス語で苦労していないし、私も向こうが反日ではないかと警戒しないので問題がない。

日本では「見た目が同じ」な韓国や中国人との軋轢があるのに、アジア人がマイナーな場所ではそれは消滅する。

アイデンティティなんて、どの文脈で何に注目するかによって変わるものでましてや人種や文化や習慣の違いで区別したり差別したりすることがいかに無意味かが分かる。

デンマークは第二次大戦中にユダヤ難民を受け入れた国で、フランスはドイツに占領されてから率先してユダヤ人を迫害した国なのに、今のフランスはヨーロッパ最大のユダヤ人コミュニティとムスリムのコミュニティを擁している。

そのベースに、「表現の自由」についての長い戦いと試行錯誤と反省の歴史があると信じたい。
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by mariastella | 2015-02-24 03:22 | 雑感

ギリシャとヨーロッパ

ギリシャとヨーロッパがぎりぎりの交渉を続けている。

一切の妥協を許したくなかった強硬なドイツに、ツィプラスは外国から金を引き出すと公約していた通り、第二次大戦中のナチス占領被害の賠償をしろとふっかけた。

そんなこんなで財政支援4ヵ月延長合意がなったらしい。でも、4ヵ月って、普通の家庭でさえ家計を立て直すには短すぎるかも…

ビジュアルにたのしいのはツィプラスやバルファキス財務相が相変わらずノーネクタイなことだ。イギリスではわざわざネクタイをプレゼントされたけれど、国の財政が再建されるまでは締めない、と答えた。緊縮で首が締まったのを例えているのか。もっとも、ネクタイってすごくイギリス的で、もともとギリシャには向いてないかも。

バルファキスなんて、会議では革ジャンに開襟シャツだったが、ギリシャでの姿はいつもTシャツで、体格、雰囲気もまるでブルース・ウィリスだ。

シリザに刺激されて同じ路線で騒いでいるのがこれも緊縮を強要されているスペインのポデモス党(イエス、ウィ・キャンみたいな名の党だ)で、その30代の若き党首パブロ・イグレシアスがこれもなんだかビジュアルがかわいい。

ギリシャに話を戻すと、ツィプラスが強気なのはギリシャ正教とロシア正教にパイプがつながっているからだとも言われる。

プーチンの政策には反対だと言っているものの、そして自分も無神論者といっているものの、そこは「東方正教」同士でなんとか…なるのか?

ヨーロッパの他の国もそれは分かっていて、いまギリシャを見離したら、ロシアや中国に金策するのが分かっているので何とか食い止めたいのだろう。
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by mariastella | 2015-02-23 00:03 | 雑感

第40回セザール賞

40回目のセザール賞の発表が金曜日にあった。

この賞の歴史はほぼ私のフランス滞在の歴史と重なっているので多くの映画の記憶と共に、プレゼンテーション自体の変遷が感慨深い。

今年は「表現の自由」が話題になった年だったので、いつにもまして、普通なら自粛するような差別用語とかがそこかしこに出てきた。

『トンブクトゥ』が各賞をさらったのも、監督のスピーチも、フランスのいいところが全開だった。
監督のアブデラマーヌ・シッサコはモリタニア国籍で、幼い頃マリに亡命、モスクワで映画を学び、1990年代初めにフランスに来てずっと制作し続けている。この話は過激派に占領されたマリの町の様子をモリタニアでロケしたものだ。

イスラム過激派に侵略されたマリに単独で出かけて行って過激派を追いやって人々を「解放」したのは、オランド大統領の数少ない「成功体験」で、現地の人々に感謝された「分かりやすい正義」ということもあるが、ここでこの映画を評価して、監督に「自由を侵す者への抵抗」の価値を体現させたことは時宜にかなっていた。

名誉セザールを受賞したのがショーン・ペンという人選もぴったりとなった。

ショーン・ペンはロシア系亡命ユダヤ人の父とアイルランド・イタリア系カトリックの母との間でライシテ、不可知論の環境で育った。若い頃に暴力沙汰で逮捕されたり投獄されたりの過去は有名だし、役柄としても、絶望した暴力的な若者だとか知的障碍者、重病人、同性愛者、死刑囚などのマイノリティを演じてきた人だから、もちろんフランスとフランス映画のシンパでもある。

宗教にまつわる陰謀論がはびこっているのを意識してか、セザール賞がイスラム、カトリック、ユダヤ、悪魔崇拝の四つの勢力に牛耳られているというパロディ・ビデオも挿入されて笑えた。
この四つを動員するなら、なんだって陰謀の「証拠」になる。
その中で映画で使われるFUJI FILM というのはFILM JUIF(ユダヤの映画)のアナグラムだというこじつけが日本人としてはおもしろかった。JUIFはフランス語だからあまり日本では受けないだろうけれど、日本の象徴でもある FUJIというアルファベットの綴りが「ユダヤ」(名刺も形容詞も)に変わるというのは、今度からは目にする度に思い出しそうだ。

それにしても、若い頃のショーン・ペンが演じていた「絶望して暴力的になる若者」だとか、『トンブクトゥ』でイスラム過激派に恐怖支配を受けている地域の人の暮らしだとか、どれもこれも過去のものではなくて今現在の危機的状況そのものだというのはおそろしい。

18歳で親の家を抜け出してシリアでISILに合流して、現地の子供たちの世話をしていると親に連絡していたフランス人(ムスリム家庭ではない)の若者が、イラクで「自爆テロ」をして自分も死んだというニュースがセザール賞の日の夕方に流れた。
それを見て、日本で人質事件の間にグーグルの翻訳機能を使ったという日本語で、ツイッターで日本人とやりとりしていた22歳というISILのメンバーの話を思い出した。彼も子供たちの世話をしていて、自分たち(仲間には14歳くらいの少年がいるとも書いていたと思う)は自爆要員だと言っていた。いつ命令が来ても従う使命感があるようだった。その人はイラクの空爆で家族を殺されたという個人的恨みがあったようだが、ISILの勧誘動画を見て現地に行くヨーロッパの家庭の若者もいるのだ。ツイッターの真偽は分からなかったけれど、今回の自爆テロを見て、そういう若者たちがまだたくさん控えているのだろうとおもうといろいろな意味で恐ろしい。
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by mariastella | 2015-02-22 03:12 | 映画

高価な多機能戦闘機が売れてウハウハのフランス

景気の悪い話ばかりのフランスで最近全メディアがはしゃいだ出来事があった。

フランスの軍事技術の誇るラファル戦闘機が24機もエジプトに売れたというのだ。

雇用も増えるし経済的にはいいことだらけらしいがそれについては書かない。「武器を売る」ことそのものに忌避感情がある私にはぞっとする話だった。

フランスはもう30年もこの戦闘機を売ろうとしてことごとく失敗していた(多機能で高価すぎることもある)のだそうだ。それはアメリカに妨害されたからだという。これまで交渉していたけれど破談になった国はシンガポール、韓国、サウジアラビア、オランダ、スイス、ブラジルだそうだ。

今回急に話がまとまったのはもちろん、シッシーによる革命でイスラム兄弟党が追放されたので、エジプト軍が2014年にアメリカからの援助15億ドルを失ったせいだ(将軍の一人がフランスのプレスに、イスラム兄弟党支援のアメリカからの制裁処置だと言っている)。

金の切れ目が縁の切れ目。

アメリカはこれまでエジプトに軍事支援をすることでイスラエル・パレスティナ戦争の緩衝地帯(仲介役)にしようとしていた。縁が切れればエジプトが反イスラエルに舵を切るかもしれない。

実はそれだけではない。

エジプトがフランスにラファルを買うと言った数日前(2/9-10)にロシアのプーチンがカイロで、友好のシンボルにカラシニコフ銃をシッシーに手渡して、エジプト最初の原発をロシアが作ることが決まった。

エジプトはアメリカ離れをしても生き延びるためにロシアと接近したので、その危機を緩和するためにもフランスからも戦闘機を買うという選択をしたのだろう(スエズ運河を防衛して再開させるという経済目的ももちろんある)。

フランスはもちろん、エジプトは友好国で、優秀な戦闘機を売ることでISILと戦う支援にもなる、と言っている。

(フランスはさすがにアメリカに武器は売っていないが軍事通信機器は売っている。)

一番金が動くのが武器と原発マーケットなのかもしれないが、そらおそろしい。

ラファルは敵地を「着実に大量破壊できてしかも核兵器じゃないから地球を汚染しない環境にやさしい」兵器ということで、ある意味では、「核の抑止」みたいな人類絶滅のあやうさに立っているよりもましだというのだろうか。

「クリーンな兵器」がペイすることで世界中の核兵器がすべて廃棄されるなら「最悪よりはまし」かもしれないが、「原発」とセットとなっている時点ですでにアウトだ。

フランスでこういう状況を見聞きするだけでも暗澹とするのに、日本の首相もせっせとあちこちで原発を売りこみイスラエルに武器を売るというというのだから驚く。

エジプトやサウジでのアメリカとフランスの駆け引きはまだその戦略のロジックが分かる(一国に依存せずにリスクを分散させるとか)のだが、日本の首相の危機管理のロジックは分からない。むしろ進んでリスクを高めているような気がするのだけれど…

中東やアフリカで何が起こっても何か「対岸の火事」風だったころの日本が今となっては懐かしい。
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by mariastella | 2015-02-21 19:57 | フランス

『シャルリー・エブド』と報道の自由

IS(イスラム国)による日本人人質の殺害についてこれまで書かなかった。

すでに『シャルリー・エブド』事件についての日本の反応を見て、フランスとのあまりの違いに驚いていたからだ。

国民性の違いももちろんあるが、何よりも中近東との地政学的距離の違いが決定的だ。
フランスにとって中近東やイスラム勢力とは何世紀も前から直接戦争(732年にピレネー山脈を越えてフランク王国に侵入したウマイヤ朝のイスラム政権を「追い返した」トゥール・ポワティエの戦いから、今も引き合いに出される十字軍など)をしてきた過去があるし、帝国主義下の植民地化と独立戦争やその結果としての罪悪感や移民問題など、緊張関係の深さは日本とは比べられない。

もちろん中近東との関係の中には「冷戦」だとか「石油」だとか「グローバリゼーション」による格差の拡大とか、日本にもフランスにも共通するファクターもあるけれど、中近東とフランスの確執の実態が日本人には見えないのは、フランス人が日韓中の確執に想像力を発揮できないのと同じだ。

で、『シャルリー・エブド』の預言者のカリカチュアとそれに続くテロについても、日本では、

「やり過ぎ」、
「挑発した」、
「宗教はリスペクトすべき」

という声が出る(フランスで出ていないというわけではない)。

それは、日本で人質問題への「自業自得」「蛮勇」のようなコメントと通じるところもある。

テロの後で預言者が泣いているカリカチュアを第一面にした号の『シャルリー・エブド』の画像を日本の新聞が自粛して載せず、掲載した東京新聞が謝罪したというような話など、いろいろ考えさせられていたのだけれど、敢えて何も言わなかった。

しかし今日、こういう記事を目にした。

以下の引用はあいば達也さんのブログからの孫引きだ。


≪ 著名言論人が緊急声明 「今の日本は翼賛体制の第2段階だ」
 後藤健二さんがイスラム国の人質となって以降、安倍政権を批判すると、ネット社会では「テロリストの味方か」みたいに叩かれる風潮が高まっている。
  その背景には自民党支援のネット組織の存在が見え隠れするが、官邸の圧力も露骨だ。元官僚の著述家、古賀茂明さんが「報道ステーション」で「I am not Abe」運動を呼び掛けたところ、さっそく、官邸筋が動いた。こうしたことが有形無形の圧力となって、現場の刃がそがれていく。安倍政権はというと、人質事件に乗じて、戦争法整備を推し進めようとシャカリキなのだから、怖くなる。
 そんな中、もう見ちゃいられないとばかりに言論人が立ち上がり、 「翼賛体制の構築に抗する言論人、報道人、表現者の声明」を9日に出し、記者会見した。 声明には<「非常時」であることを理由に政権批判を自粛すべきだという理屈を認めてしまうなら原発事故や大震災などを含めあらゆる「非常時」に政権批判を することができなくなってしまう。日本が交戦状態に入ったときなどにも(その)理屈を認めざるを得なくなり、結果的に「翼賛体制」の構築に寄与することに なるだろう>と書かれている。 賛同人には古賀氏の他、音楽家の坂本龍一氏、憲法学者の小林節氏、思想家の内田樹氏、映画監督の是枝裕和氏、パロディー作家のマッド・アマノ氏、作家の平 野啓一郎氏、パーソナリティーの吉田照美氏、劇作家の平田オリザ氏、吉本芸人のおしどりマコ氏ら多数の有名人が 集まった。
 古賀氏は改めてこう言った。 「これまでもマスコミの自粛、萎縮というものを感じていましたが、いまは相当な危機を感じています。翼賛体制にはホップ、ステップ、ジャンプがあって、 ホップで権力側は報道にやんわり文句を言う。そうなると現場は面倒になって、ステップでメディアは自ら権力側に迎合していく。そうした報道により、ジャン プで、選挙による独裁体制が確立する。今はステップの段階に来ています」
 その古賀氏の自宅周辺を最近、神奈川県警が警備を強化しているというから、本当に笑えない世の中になってきた。 ≫(日刊ゲンダイ)

***

で、あらためて、『シャルリー・エブド』がなぜ預言者のカリカチュアにこだわったのかについて一言書いておくことにした。

ことの発端はよく知られているが、2005年9月にデンマークの新聞が、ムハンマドのカリカチュアを出したことで、世界中で抗議デモやデンマーク大使館やキリスト教会攻撃が起こり死者まで出たことだ。

カリカチュアはイスラムを侮辱するものではなくイスラムの名を掲げる狂信派、テロリストを揶揄する意図のものであった。当然国際問題となり、夕刊紙「フランス・ソワール」がそのカリカチュアを転載した。

2006年2月1日のことだ。

ところが、当時『シャルリー・エブド』の編集長だったフィリップ・ヴァルがその日に他のジャーナリストたちと夕食をとっていたところ、「フランス・ソワール」の編集責任者ジャック・ルフランが解雇されたというニュースが入った。

「フランス・ソワール」の所有者はシリア系コプト出身のエジプトとフランス両国籍を持つレイモン・ラカーである(翌日、新編集長に任命されたエリック・ファヴローはその日のうちに抗議の辞職をした)。 

ニュースを聞いたフィリップ・ヴァルたちは

「ジャーナリストとしての仕事をしたことで解雇されるのは許されない、我々も一斉にあのカリカチュアを掲載しよう、それで解決するはずだ」

と決意した。

ところが、翌朝『リベラシオン』のセルジュ・ジュリーがヴァルに電話してきて、「うちでは無理だ」と言った。

『ヌーヴェル・オブゼルヴァトゥール』の編集長も、このことを話したら編集部全員に反対されたのであきらめたと言った。

ヴァルは編集部にこの企画を話した。

風刺画家たちはデンマークの同業者への連帯意識もあってただちに賛同し、そのリスクにもかかわらず、経理や広報に至るまでみなが賛同した。

結局、件のカリカチュアを転載したのは『シャルリー・エブド』だけで、『レクスプレス』誌だけがその『シャルリー・エブド』の記事をさらに転載しただけだった。

もしもその時に、フランスの主要メディアが一斉にカリカチュアの転載をしていたら、今回の事件は起こらなかったかもしれないと無念の思いをヴァルは吐露する。

私は『フランス・ソワール』は見ていなかったがこの時の『シャルリー・エブド』を購入した。

カリカチュアが問題になっている時は、「知りたい」は「見たい」とイコールだ。

正直言って、『シャルリー・エブド』の他のページの過激さに比べて拍子抜けするほどソフトだと思った。

で、カリカチュアの転載された号の発売前日にヴァルはド・ヴィルパン首相に召喚されたが代理を送った。
その後で大統領にも呼び出されたがサルコジが横やりを入れた。それは別にサルコジが表現の自由を支援したからではなく、当時の深刻な与党内部の分裂の反映だ。

次に、フランス・イスラム連合と世界イスラム連盟とパリのモスクの三者が連名で『シャルリー・エブド』を名誉棄損で訴えた。乗り気ではなかったパリ・モスクを後押ししたのはシラク大統領で、自分の顧問弁護士を紹介するからとまで言った。

なぜか?

その一週間後にシラク大統領はサウジアラビアを訪問してミラージュ戦闘機の注文を受けてきた。

裁判は『シャルリー・エブド』の勝訴だった。

彼らの意図が宗教攻撃ではなく時代の一般ニュースを考察したものであると認められたからだ。

でもフィリップ・ヴァルは脅迫され続け、暗殺未遂もあった。

そういう流れに『シャルリー・エブド』はあったのである。

ちなみに、『シャルリー・エブド』がマイナーで下品なメディアなのがテロで突然脚光を浴びたかのように言われるのを見たが、殺された風刺画家らは、メジャーな場所でも多く描き続けている国民的に知られた人たちだ。
80歳や76歳で意気軒昂な「現役」であったことからも、彼らが多くのフランス人にとって「原風景」みたいな図柄を長く提供していたのは確かだ。

彼らの死によって、今度こそはと、『シャルリー・エブド』がこれまでに出した様々な「政治的(経済的?)公正」を欠くカリカチュアや、テロの後の号の表紙が、これでもかこれでもかとマスメディアに繰り返し転載され、映された。

まさに「赤信号、みんなで渡れば怖くない」垂れ流し状態だった。

そのことでイスラム系の国のフランス大使館や教会が攻撃され、
フランス国旗が燃やされようとも、
これまで見て見ぬふりをしてきたいろいろな問題が顕在化されようとも、

『シャルリー・エブド』テロの後のリアクションとしては、とりあえずあれしかなかった、と大方のフランス人は納得している。

これから何をどうするのかが問題であることはもちろんだけれど、見て見ぬふりや事なかれ主義が重大な結果を生んでしまうことの教訓だけは肝に銘じられたのだろう。

それらの経緯を見てくると、あらためて、このフランスでのテロやそれに続く人質事件に対する日本の大手メディアの対応がはらむ大きな問題を考えざるを得ない。
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by mariastella | 2015-02-11 23:09 | 雑感

ジョー・バイデンはひどい

アメリカはひどい国だと常々思っているけれど、あまり口にしないようにしてきた。

でも2月6日のル・モンド紙に乗ったバイデン副大統領のインタビュー記事(ヨーロッパの複数の新聞を代表しての文書回答)にはあきれた。

この人はもともと失言の多い人らしく、

「私はオプティミストだ。なぜならアメリカ人はたとえチャンスが半分しかなくても決して国をほろぼされるままにしなかった。ドイツが真珠湾を爆撃した後でさえ」

などと、日本人が読んだら、「真珠湾=日本が悪者という刷り込みは薄くなっているのかも」と何となくほっとするような言い間違いが伝えられている(公式な記録はないがJoe Biden said Germany bombed Pearl Harborなどで検索するといろいろ出てくる)。日本ではあまり聞かないが、フランスではしつこく揶揄されている。

今回、問題はそこでなく、要するに、彼は、今の世界情勢で我々の

敵はプーチンとアサド
であり、ジハディストはマイナーな問題でしかない(我々の生き方に対する実存的脅威ではない)、と言っている。

で、反アサド穏健派にせっせと武器をわたしてそれがみなジハディストに渡っているというわけだ。

ウクライナ内戦はロシアの一方的な攻撃のせい。

アメリカは外交努力をしている。自分は30回以上もポロシェンコと話し合った、と言う。
外交というのならプーチンとも話し合わねばならない。一方とだけなら外交というより戦争だ。

この人はまだ「冷戦」脳から変わっていない。

ちなみにバイデンはヒラリー・クリントンから「強く経験深いリーダー」と評されている。

こんなんでいいのか、アメリカ。

そして、それにまた追随する日本って…
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by mariastella | 2015-02-09 19:35 | 雑感



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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