L'art de croire             竹下節子ブログ

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吉井秀文さんの個展

パリのギャラリーで久しぶりに吉井秀文さんの個展をやっている

Galerie Arichi
26 rue Keller 75011 Paris
tél: 09-5146-5114

吉井さんの作品については以前パリにお住まいだった時に書いたことがある。


今回案内をいただいた後に、写真で、黒光りする彫刻作品とドローイングを見て驚いた。

10年以上前のあのカンバスから抜け出た「筆勢」だけでできた透明感や自由な感じとは対極の鉱物的な重いものに見えたからだ。タイトルは「彫空」というのだけれど、無機質で地から発生する結晶みたいに見える。

でも、彼の作品は生身の「出会い」を必要とするものだと分かっていたので、楽しみにして出かけた。

鉛筆の光沢による無機質さの奥に有機的な生成の力が閉じ込められている。

この形はいったい何かというと、鉱物どころか、「泡」なのだ。

シャボン玉は一つだと丸い。

自由で、舞い上がり、でもはかなくはじけて消える。

空気を閉じ込めきれない。

シャボン玉の自由は空気の自由に負ける。

そのシャボン玉が2つくっつくと、くっついた部分はもう丸くはない「面」になる。
「角」が発生する。

吉井さんはアクリルのケースの中の水に洗剤を入れて空気を吹き込み無数の泡を発生させ互いにくっつかせる。

それらにはもう「丸」や「球」の面影はなく、さまざまな「角」を持った不思議な形になる。

それは空気と水のせめぎあいであり、絶えず居場所を確保しようとする張力同士の「共存」の形態だ。

吉井さんはそれを観察し、その中から一つの形、あるいはくっついたいくつかを選んでデッサンし、その角に折り目をつけて浮き立たせ、光と影の立体感をつける。

やがてその向こう側も表現したくなって、ウレタンを材料にして三次元に取り出してプラスティックで表面加工し、ドローイングと同じように鉛筆で塗り上げるのだ。

それが「たった一つ」の場合でも、地から生成した結晶とは正反対で、その形は、それぞれの面を形成する「外からの力」とのバランス関係によっており合った地点の集合体なのである。

中は空気に過ぎない。

それ自体空気を閉じ込めたひとつの気泡が、球になる自由を拒否されて他の気泡との併存を強いられ、それが形になったもの、が取り出されたのだ。

彫空というのは、彫刻における「マスを刻む」ということがなくて、この作品が泡同士の内なる空間の力が、外からのあらゆる方向からの「同類の力」を受けて形作られた姿を写し取ったからなのだ。

ひしめく泡たちが周りの力によって一つとして同じ形のない独特の形に造られて、それらすべてが連動していて、ナンバーワンもなければオンリーワンでもない世界。

何かを表現したいというのではなく、何かが「ある」ということを切り取ってそこに置かれた不思議な作品だ。

ギャラリーにいたある年配のフランス人は、その形が大小二つ、三つと組み合わさったものに、より生成の秘密を感じると言っていた。

それは大きいものから小さいものが生まれるというのではない。

実は大小の互いが互いを成り立たせていること、
そしてその周りには、描かれていないけれどその大小の形をそうあらしめている無数の「力」があり、
見ている私たちも含めて「ある」ということは常にそういう「あり方」なのだという秘密なのだ。
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by mariastella | 2015-09-30 20:09 | アート

パリの奇跡の治癒の話 その3

(これは前回からの続きです)

この教会の「奇跡の治癒」の集会を組織しているのはイマニュエル会だ。

タルディフ神父らの運動と同じ系譜である。

てっとりばやくいうと、1970年代にアメリカのカリスマ運動に接してフランスに帰ってきた人たちが1976年につくったグループで、その後ローマ教会の承認を受けている。

もともとカリスマ刷新運動は、アメリカのプロテスタントの中で「聖霊降臨」を生きる人々(部外者の目から見るといわゆる神がかり)になって集団で陶酔するような状態を再現するグループから始まった。

聖霊によって様々な異能を授かるという「カリスマ運動」は多くの信者を獲得し、それがアメリカ聖公会、エキュメニカル派のプロテスタントやカトリックへと波及したのだ。

カトリックでは、「奇跡」は「聖人崇敬」、「聖地巡礼」を通して管理されているので、このような熱狂に対して教会はあまりいい顔をしなかった。

しかし、アメリカ大陸のカトリック信者たちがどんどんとペンテコステ(聖霊降臨)派の教会に流れていくので、それを食い止めるためにも「カリスマ運動」の受け皿が必要だとカトリック教会が考えたとしても不思議ではない。

教義的にも、絶対に禁止する理由はない。

第二ヴァティカン公会議を始めたヨハネ23世も「新しき聖霊降臨として、今おんみの奇跡を更新し給わんことを」と祈ったし、パウロ6世も「永遠に続くペンテコステ」が教会には必要だと言った。

ルーティーン化する典礼や冠婚葬祭だけでは人々の心をつかめない。

「不思議」や「奇跡」をもたらす聖霊が「現役で降ってくる」場所を確保しておかないと活性化は期待できないだろうし、若者たちはいつもエネルギーのある方に惹かれる。

「今、ここ」のご利益を期待する現世主義の傾向にも応えられない。

で、カリスマ派の容認。2014年6月にはローマのオリンピック・スタジアムでのイタリアのカトリックカリスマ刷新の第37回全国総会にフランシスコ教皇が参加した。

教皇はカリスマ派について以下のコメントを残しているそうだ。

「何年も前、70年代の終わりか80年代の初めには、わたしは彼らに会ったことがありませんでした。一度、彼らと語りながら次のように言ったことがあります。『この人たちは典礼祭儀とサンバの学校とを履き違えている』と。このようにわたしは言ったのです。
わたしは考え直しました。その後で、もっとよく彼らのことを知ることになりました。
よい指導者たちに恵まれた時には、この運動がよい歩みをしたことも確かです。そして今は、この運動は、一般的には、教会にとても益になっていると思います。ブエノス・アイレスでは、わたしはしばしば彼らを集め、1年に一回カテドラルで彼らみんなとミサをささげたものです。わたしがやり直したとき、彼らがしている良いことを見た時、わたしはいつも彼らを支えてきました。なぜなら教会のこの時点で、―そしてここでは、もうすこし答えを拡げますが―わたしは多分様々な運動が必要なのだと思うのです。様々な運動というのは、聖霊の恵みだと思います。

 『でもこんなにも自由勝手な運動をどう支えることができるのですか?』と問う人もいるでしょう。教会も自由です。聖霊は為したいことをするのです。しかも、聖霊は調和のはたらきをします。けれどわたしは様々な運動というのは恵みだと思い ます。教会の精神をもっている諸運動は。ですからカリスマ刷新の運動は、ペンテコステ派の信仰告白へと移行するのを妨げるためだけに役立つのではありません。それではないのです。教会そのものに役立つのです。つまりわたしたちを新たにするのです。そして一人ひとり自分のカリスマに従って、聖霊が促して連れて行くところで、自分の運動を探すのです。」(http://unidosconelpapa.blogspot.fr/2014/02/blog-post.htmlより引用)


とてもバランスのとれた模範解答だ。
聖霊にインスパイアされたのだろう。

教会がいろいろな形の運動と並走することがあってもいい。

その運動が「よい指導者たちに恵まれた時」にはよい歩みとなり、「よくない指導者」にかかると「サンバの学校」となりかねないだけだ。

自由の尊重と教会の精神の徹底。

この兼ね合いはきっと難しい。

で、先日の話。

サン・ニコラ・デ・シャン教会に入った時、とにかくたくさんのスタッフが私を含む席のない多くの人たちの落ち着く場所を必死に誘導しているのがまず印象的だった。
誰かが倒れた時にすみやかに救護できる経路を残しておくようにと消防署から厳しくお達しがでているそうだ。
納得できる。

「スタッフの指示に従ってください。スタッフの指示には主イエスの声だと思って謙虚に従ってください。後ろの部屋にも場所があります。そこからはご聖体は見えませんがスピーカーで祈りは聞こえます。そういう隠れた場所にも主は必ず来てくださいます。いや、隠れた場所にこそ優先的に来て下さるのです」

とアナウンスが流れている。

子連れや赤ん坊連れの人も多い。

お年寄りも多ければ具合の悪そうな人、障碍のある人も多そうだ。

こんなところにぎっしりつめこまれて倒れたりさらに具合の悪くなる人が出てこないだけでも十分奇跡ではないか、と思ってしまう。
みんな昂揚しているから一時的に抵抗力が増すのか。

あまり昂揚できない私はこんなところで一時間半も立っていられるだろうかと少し心配になってきた。

ギターの音と共ににぎやかな歌が聞こえてきた。

「サンバの学校」?

 (続く)
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by mariastella | 2015-09-30 00:04 | 宗教

パリの奇跡の治癒の話 その2

(前回からの続き)

この教会の「奇跡の治癒」は、1970年代くらいから盛んになったカリスマ刷新運動系のものだ。

私はカナダのタルディフ神父の集会のことはよく知っていた。

タルディフ神父(1928-99)は27歳で司祭になってイエスの聖心宣教会のドミニコ共和国の管区長などを務めていた。少年時代に夢の中で、大群衆を前にして自分がイエスの名で人々を癒している姿を見たことがあるそうだ。

それ自体は別に不思議なことではない。

ナザレのイエスが宣教活動を始めた時も、悪霊を追い出したり、目や足の不自由な人を治したり、死者を生き返らせたりすることであっという間に評判になったのだし、弟子たちにも癒しの行為を託して送り出している。

キリスト教が制度となった後では、その官僚組織的な部分がそのような「癒し」を表に出さなくなったのは当然だ。

「奇跡の治癒」は少数のカリスマによるパフォーマンスになったけれど、そんな人たちは、最終的に、死んだ後でも「治癒を求める人々の祈りを神にとりつぐ」という形での「奇跡」が確認されてからはじめて、福者や聖人になって教会の傘下に入ることになる。

カナダには20世の前半モントリオールの聖ヨセフ大聖堂でフレール・アンドレが30年に渡って夜も昼も、巡礼者に聖ヨセフの油を塗油して夥しい奇跡の治癒が有名だった。(『「弱い父」ヨセフ』参照

だからタルディフ神父にもそういうものに憧れる素地はあったのだろうが、決定的なのは、自分が結核で倒れた時に、病床にやってきたカリスマ刷新運動に属する妹夫妻と友人夫妻のおかげで奇跡の治癒を得たことだ。

彼らは神父に「イエスが過去にパレスティナで人を癒したように今も人を癒し続けているということを誠に信じるか?」と質問し、手を当てて、「イエスと聖霊の働きで病が癒えるように」と祈った。

3日後に神父は全快していた。

それ以来、イマニュエル共同体「生けるキリストの奉仕者」会を組織し、祈りによる数多くの「奇跡の治癒」を起こして、1979年にはモントリオールのオリンピック・スタジアムで7万人を集める祈りの会を成功させた。

その特徴は、祈りや聖体礼拝の途中で、「今、主は誰それを治されました」というアナウンスがあることで、それを感じた人が前に出てきて証言したりする。

たとえば

「この中に、もう3年もxxの病気に苦しんで、先日は自殺まで考えた人が来ています。その人は今癒されました」

という感じだ。

それが次々と発表される。

それがどういう根拠で言われるかというと、カリスマ派の人たちの口を通して聖霊が言わせているということになる。

普通なら仕込みとかやらせだとか考えたくなるが、毎回毎回何千人もの人を相手に「やらせ」など続けられない。ちなみに参加費などは一切とらない。何かを売りつけられることもない。パリの教会ではもう8年も毎週やっているのだ。

私が行った時、治癒のアナウンスの多くは、ある意味で誰にでも当てはまるようなものが多かった。

「かかとの変形で歩くのがつらい人がいます。その人の痛みはなくなりました」とか

「片方の目が見えにくくなっている人、あなたの目は癒されました」(これには少し心が動いた)とか

「毎朝の通勤が苦しくて、人混みが怖くて動けなくなるほど悩んでいる人、その恐怖は取り去られました」とか。

どこか具合の悪い人が1000人も集まっていたら、そのようなものに思い当たる人はたくさんいると思う。

だから、たとえ私の目が治らなくても、「ああ、きっと他にもっと困っていた人がいてそれが治ったんだろうな」と納得できる。

そういうアナウンスの度に皆が「メルシー、主イエス」と唱和する。

たまに、パリの中の特定の通りの名を出して、そこで働いている人のロッカーの話まで触れるなど具体的なものがアナウンスされることもある。

でもほとんどは、言ってみれば雑誌の「今月の星座占い」みたいなもので、自分の問題に集中していれば、何となく「あ、これだ、当たっているかも」、という感じのものなので、みんな少しずつ期待が高まっている感じが伝わる。

ともかく、今回実際に参加したのは、そのアナウンスのされ方とリアクションを現場で観察したかったからだ。

しかし、このカリスマ刷新運動のリーダーになる人って、タルディフ神父のように自分自身が祈りによって奇跡的に救われたという体験がきっかけになることが多い。

ひとつは、もともとそういう祈りによって救われるような「体質」というか「感受性」があったので、それをきっかけに自分が逆の立場に立っても祈りが効くことが分かったと考えられる。

また、臨死体験などをしてから祈りによって息を吹き返したようなタイプの人は、そういう「祈り」の効果が行きかう「境界領域」に足を突っ込んでいたわけで、一応「こちらの世界」に戻ってはきたけれど、実はまだ一部が境界領域とコネクトしたままになっている。だから、他の病人のために祈ったり触ったりするとパワーが伝わりやすい、という考え方もある。

「神秘体験」で壊れてしまってそういう状態になる人もいるし、稀には生まれつき「リアル」にうまく収まらない人もいる。

他の人の病を癒せる人、というのは確かに存在するようだ。

もちろん誰のどんな病でも治せるというのではなく、病者と治療者のバイオリズムや周りの雰囲気や天気や温度や心理状態やその他いろいろなものが「出会った」場ができた時にはじめて何かが起こる。

日本のカトリックにはこのような派手なものはないけれど、シスター鈴木秀子さんがやはり自分が臨死体験をして祈りで救われた経験の後で、「癒す力」が発現してしまったというのが有名だ。
非常に知的な人である上にカトリックのシスターなので、新宗教系のあやしさはない。

しかし、タルディフ神父とか、鈴木秀子さんに奇跡の治癒があれば、その後で「祈りの効果」に皆が気づくという点で、「神の業」としてのコストパフォーマンスがいい。元が神父やシスターだから、「信仰を証明する」必要もない。

1000人の集まりで、「かかとの痛みが取れてよかったよかった」と黙って家路につく人とは違う。

カリスマ派の理屈では、「神は信じていない人をも治す」という。それによって「回心」がもたらされるからだ。

もし私が「奇跡の治癒」を得たら、コスパが悪いので神は後悔するだろう。回心よりも懐疑にとらわれそうだ。
私が信じていないのは神ではなくて「私に起こる奇跡」だからだ。

「治癒」を確認し、調べ、様子を見て、他の要素を分析したり他の奇跡の治癒と比べたり、心理状態の変化を書き留めたり、再発を恐れたり、観察に一生懸命で、素直な感謝と神の賛美みたいな方向にはきっといかないと思う。(続く)
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by mariastella | 2015-09-29 05:43 | 宗教

パリの奇跡の治癒の話 その1

フィラデルフィアでの教皇はまたユーモラスなことを言って、みんなを笑わせ、フランスのTVはそのシーンばかり流していた。

いろいろあるんだけれど、先日ようやくパリのルルドと呼ばれる場所での奇跡の治癒の集会に行ってきたのでそれについて少しずつ書いていこうと思う。

毎週木曜の午後6時半から7時40分。

夏休みなどは休みになるし、毎週木曜クラシック・バレーのレッスンに通っていた私はなかなか行けなかった。そのレッスンが秋の新学期からなくなったので参加できたのだ。近くて遠い奇跡の場所。

感想は、ひとことで言うと、「聞きしに勝る」という感じだ。

30分前に行ったのにもう人がいっぱいで、通路までいっぱい。

毎回1000人以上が集まるというがもっといるんじゃないだろうか。

普通の教区教会ではクリスマスや復活祭でもこんなに人が入ることはないだろう。

この「病者の祈り」の様子はyoutubeにあがっているのですでに逐一見て知っている。
その教区のサイトにもちゃんと載っている。

だから「決してあやしいものではない」というのがポイントだった。

今までプロテスタントの福音派のミサなどで按手をされた信者が次々と卒倒するなどというシーンをアメリカの宗教チャンネルでは見たことがある。

ああいう「神がかり」なのは怖い。

今まで「潜入した」ことがあるのは学生時代の山岸会だけ。
それももともと集団ヒステリーだとか洗脳風の集まりが嫌いなので、「体験」みたいなのは遠慮した。

福音派のメガ・チャーチの熱狂だとか、カリスマ刷新運動でみんなが輪になって陶酔してぐるぐる回るとかいう感じも苦手。

で、このサン・ニコラ・デ・シャン教会の集まりだけは、事前にネットで見ているし、司祭のインタビューも見たし、パリの真ん中の普通のカトリック教会の中であるし、でもその日には信者も信者でない人も、ムスリムでもだれでも、心身の不調の癒しを求めている人、周囲のそのような人の癒しを祈りたい人など、だれでも自由に来れるというものなので、「健全」というか、テロの可能性は低そうだというか、この怖がりの私でも、実際はどうなのかと、現場の雰囲気を味わいたくて行ってみる気になったのだ。

どうせだから、だめもとで事前に身体の不調をチェックしておく。

差し当たっては耐糖能異常と左目の白内障。

白内障なんて手術以外に絶対に治らないのだから、手術がうまく行きますように、程度の謙虚さでいいか。
しかし、奇跡の治癒というのは、時として、原因が解消していないのに機能だけが回復する、というケースもある。

つまり水晶体の白濁が治っていなくても視力だけが出てしまうかもしれない。

視力というのは脳の中で再構成するものだから、不可能ではないかもよ、とちらっと思う。(続く)
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by mariastella | 2015-09-28 03:00 | 宗教

ヴィジェ・ル・ブランの回顧展と回想

若桑みどりさんが生きていたら絶対喜ぶだろうな、と思うヴィジェ・ル・ブランの初の大回顧展が来年1/11までグラン・パレで始まった。その後はNYとオタワに行くらしい。

私がこの人のことを「女性画家」として意識したのは若桑みどりさんの『女性画家列伝』(岩波新書)を読んでからだ。

懐かしくてもう一度読んでみた。

相変わらず面白いが、彼女の肖像画のことを、自画像をのぞいて皆モデルがこう見られたいという欲求にそって、感じよく、観る者にアピールするようにまとめている、というのは必ずしもそうじゃないと思う。

マリー・アントワネットの肖像画をその御用画家ぶりの代表みたいに挙げているのだけれど、ヴィジェ・ル・ブランは、後の回想でマリー・アントワネットのことを

「背が高く、感嘆するほど良い体格で、ちょうどいい具合の肉付き。腕はすばらしく、手は小さくて完璧な形。足は魅力的」

などと「画家の眼」できっちり描写している。

若い時と母になった時の自画像、自分の娘の描き方を見ていると、他の肖像画もかなりリアルだったのだと想像できる。

まあ注文主のために多少の修正は施したろうけれど、素材を生かしたまま魅力的に仕上げるすべがあった。

3人の子に囲まれた母親としてのマリー・アントワネット像の構成など、死産した最後の子供が寝かされるはずだったベビーベッドを持ち上げる息子、その暗闇の配し方などなかなかぞっとする。

回想と言えば、彼女はフランス革命から逃れて一時イタリアに亡命したのだがその時のことをこう書いてい
る。

(トリノで)見たのは、神さま、なんという光景でしょう。街路も広場もフランスの町々から逃げて避難場所を求めてやってきたあらゆる世代の男や女たちでいっぱいでした。
何千人という単位でやってきて繰り広げるその様子を見ると胸が張り裂けそうでした。
彼らのほとんどは荷物も金も、パン一つも持ってきていませんでした。
命以外のものを助け出す時間がなかったからです。(…)
子供たちはおなかをすかせて哀れに泣き叫び、それまで荷馬車に乗ったことなどなかった妊婦たちはでこぼこ道の振動に耐え切れず多くが流産しました。
これ以上ひどいものは見たことがありません。
サルデーニャの王がこれらの不幸な人々を泊めて食べ物を与えるようにという命令を出しましたが、とてもすべての人に行きわたるものではありませんでした。

中東の難民ではない。
うーん、これを今のEUの難民対策委員たちが読めばなんと思うだろう。
わずか2世紀ほど前のことだ。

ヴィジェ・ル・ブランは亡命先のローマで1791年に、知り合いの歌手の妻マダム・カイヨーからの手紙を受け取った。

「私たちはみなが平等になるのです、黄金時代が到来するのです」と言って彼女にも帰国を促したものだ。

ヴィジェ・ル・ブランは信じなかった。

その少しあとにマダム・カイヨーは絶望の果てに窓から身投げして死んだという。

黄金時代の代わりに恐怖時代がやってきたのだ。

政治家がどんなプロパガンダを広めようと、苦しむのはいつも女子供などを含めた多数の弱者であり、憐れみを求めて別の場所に逃れようとするのは変わらない。

歴史を見ること、視点を変えることの必要性がよく分かる。
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by mariastella | 2015-09-27 00:20 | アート

家族シノドスがめざすもの

今月末からローマで開かれる第二回家族シノドスの特別書記長ブルーノ・フォルテによるとシノドスの目的は、家族に関する教義の確認ではなく、今の世界でどんどん増えている、人生で愛にまつわることで傷ついた多くの人に寄り添うことだそうだ。(la Vie no.3655)

その中にはシングル・ペアレントの家庭、離婚者、再婚者らの問題が含まれている。

JP2も家族についてのシノドスを開いたのだが、34年後の今は状況が大きく変わった。

フランシスコ教皇の故郷であるアルゼンチンではなんと今では90%のカップルが結婚より同棲を選択するのだそうだ。
これはすでに「家庭の危機」などではなく、カップルが共に暮らして子供を育てるために公的な制度に参画するという意味の「結婚」の危機でもある。

カトリック国でもそうだとしたら、「婚外子」が少ない日本なんて優等生もいいところだけれど、子供をつくるには結婚するというのがデフォルトである国だからこそ、それがうまく行かなくなった時の離婚も増えている。

結婚しない国では相対的に離婚も減って来る。

そんな世界でカトリック教会が考えたいのは、

1. 今の世の中でファミリーの美と真実をどのように伝えるか、

2.司牧生活で出会う(ファミリーに関することで)傷ついた状況にある人々をどのように癒し、また寄り添うことができるか、

という2つだそうだ。フォルテ師の話をさらに聞こう。

なぜファミリーはそんなに大事なのか ?

1.人はファミリーの中で人格形成に必要な愛をうけるから。

2.世代間、きょうだい、親戚などとの関係を通して社会的存在であることを学ぶ場所であるから。

3.ファミリーは教会の中で生きるということを学ぶ場所、両親が信者であれば信仰とは何かを学ぶ場所であるから。

4.ファミリーは神が、一人一人が聖性への呼びかけに応えるために用意した使命を発見する場所であるから。

これらゆえに、カトリック教会はファミリーが世界にとってひとつの福音であることを伝えなければならない。

しかしその過程において誤り傷ついた者たちをどのように慈しみ統合していくかが緊急の課題だ。

彼らに慈しみの言葉をかけることのできる形を増やす必要がある。

彼らが傷を治して立ち直り、過去と和解して新たな交わりに入っていけるようにどのように助けられるか、彼らを迎え入れ慈しむことをどのような形で表現するか、を話し合わなければならない。

再婚者の場合も、贖罪のための不可能な条件(セックスレスなど)を課したりせずに、過ちを意識化したうえで教会の中に受け入れられる道を開く必要がある。

再婚者に悔悟の心と神を求める心があれば、一生聖体拝領できない状態に置くのではなく段階的に再び共同体に入れるように助けるべきだというのが教皇の考えだ。

福音の中心である慈しみは具体的で実効性のあるものでなければならない。

教義を厳格に適用するだけでは慈しみの解決の場所がなくなってしまう。

教皇の新しい考え方は、教義をその強さと美しさにおいて提示しながらも人それぞれの現実を無視してはならないと言うことだ。

その現実を見ることなしに教義を押し付けるのは赦しを求める人に対するイエス・キリストの福音の呼びかけから外れてしまう。

教会から遠ざけられた、捨てられたと感じて苦しんでいる人に、恵みと赦しと慈しみの道を見つけることが大切だ。

個々の人を見ない教義は福音的ではなくイデオロギーとなる。

教皇は教義の人であるが、真実の中にはいつも慈しみがあるとする。

逆説的な2つのものを結びつけるのは、神が人となったイエス・キリストについていくこと、神の真実を人間の歴史の中に求めることを分かち合うことだ。

(フォルテ大司教は聖餐の秘跡のラテン語「pro multis」の訳で、「すべての人」派から「多くの人」派に2012年に「転向」した人だ。その辺の事情はややこしいので書かないが、なるほどと思わせるものがある。)

「規則の適用はケース・バイ・ケース」で、というのはしごく当たり前のように見えるが、実は2009年にブラジルでレシフェ事件というのがあった。

義理の父にレイプされて妊娠した9歳の女の子に妊娠中絶の手術をさせた母親と手術した医師をレシフェの大司教が破門した事件だ。

少女は1m33で36キロ、貧血で、双子を妊娠していた。

放置していたら死の危険があった。ブラジルは中絶禁止の国だが、レイプと母親の命が危険な場合は容認される。

この時はまだ妊娠させたのが誰かは分からなかった。23歳の義理の父はその後少女を6歳の頃からレイプしていたと供述、14歳の障碍児である少女の姉も同様な目に合わせていたと分かって逮捕された。

少女の実の父は福音派で中絶絶対反対論者だった。手術をした医師は信者だった。

この件で、大司教からは少女をいたわる言葉もなければ義理の父を責める言葉もなかった。

ただ教会法が機械的に適用されただけだった。

このことが多くの人にショックを与えたのにヴァティカンの教理省は教会法のテキストと、大司教の権限について役所的な見解を発表しただけだった。

それだけがローマ教会の公式な対応だったのだ。

この時、フランシスコ教皇は隣のアルゼンチンの首都の大司教だった。

今回中絶に対して、聖年の間の「赦し」の可能性を発表したフランシスコ教皇の言葉は、女性に直接話しかけ、彼女らの痛みを共有しその状態を不公平なものだと顧みるものだった。

告解によって「赦し」が可能だとわざわざ言ったのは、本当は、中絶で罪悪感を抱く女性はしばしば自分で自分が完全に赦せない、過去と和解できないのだということを分っていて、その内なる罪悪感から女性を解放しようとしているのだろう。

それには神の愛の仲介がいる。

教会との和解よりも、神との和解による自分自身との和解が大切で、教会はそれを助けなくてはいけない、というのが教皇のスタンスなのだ。

妊娠や出産は「普遍」が「特殊」の中に侵入してくる出来事だ。

「愛」や「愛の誓い」も、理屈や法律を超えた出来事だ。

それらにおける不可逆な「失敗」の前には、どんな理屈も法律も手術も薬も、深い所では無力でしかない。

それを深い所で癒してくれるのは、失敗や成功や従順や反抗などという物差しを超える無限の存在が与えてくれる無限の赦しと愛だけで、教会はその慈しみの橋渡しをしなくてはならない、と教皇は考えるのだろう。

(これに関する前の記事はこれこれ
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by mariastella | 2015-09-26 21:55 | 宗教

アメリカ議会のフランシスコ教皇

フランシスコ教皇のアメリカ議会での55分にわたる演説を読んだ。

いろんな人の逐一の解説もすでに出ている。

教皇は、自分もまた「アメリカ大陸の子」であることを利用して共感的に語っている。

この辺は、微妙と言えば微妙だ。

これまでヨーロッパの旧大陸の教皇の「上から目線」はやり過ごしてきた北アメリカが、「南米出身の教皇に叱責されたくない」という気持ちはあるからだ。

でも、公式のテキストにあった

「政治が真に(人格としての)人々に奉仕するべきものならば、経済や金融に屈服するべきではない」

というフレーズを教皇は敢えて読まなかった。

その辺の機微をよく心得ている。

演説の中で言っているように、善と悪のような二元論を避けること、二元論的に保守と革新とか自由と共産とか宗教と無神論とかいって対立したり排斥したりしあっている者たちの間に橋をかけることが教皇の使命なのだから、キューバで政府の人権弾圧を直接非難しなかったようにアメリカの新自由主義経済も直接非難しないわけだ。

正論によって追い詰めない、というのはこの人の一貫したやり方で、プラグマティズムと福音主義がうまく両立しているとも言える。

その代わりに、アメリカのクラシックな建国の精神に訴える。

アメリカは金の上に築かれたのではなく兄弟愛と連帯のもとに生まれたのだ、と(先住民を殺したとか差別したとかは言わない)。

そしてそのような真のアメリカ精神を体現する4人を挙げるのだが、リンカーンとキング牧師は奴隷解放と黒人差別撤廃で分かりやすいとして、後の二人が、プロテスタントの生まれだけれど無神論的で共産主義に共感して社会運動に取り組んだ後で、カトリックに改宗したトーマス・マートンとドロシー・デイだという取り合わせがなかなかおもしろい。

トーマス・マートンは神父でトラピスト修道士で、第二ヴァティカン公会議以降の仏教との対話でも知られる。

ドロシー・デイはフェミニストでもあり、デモに参加して70代で逮捕されるなど過激な社会運動家であるけれど、列福調査が始まっているくらいだから、「模範的なカトリック」であることは確かだ。

演説の中でおもしろいと思ったのは、中絶に反対するアメリカのカトリック保守勢力が死刑には反対しないことの矛盾をそれとはなしについていることだ。

教皇が死刑制度を批判するのは分かっていたので、これに触れたとたんに拍手は半分になったそうだ。

保守派の議員たちはtwitterで、JP2が1995年に出した「命の福音」の回勅の中(56)で社会の防衛がそれ以外に不可能な時は死刑があり得ると書いてあると口をそろえて言うのだが、そのすぐ後に、刑法組織の進歩によって今はそのようなケースは事実上存在しない、とあることには触れない。

宗教的なテキストを前にした時に全体の流れをつくるエスプリを見ずに、自分の都合のいい部分だけを抜き出して立場を正当化するというのはありとあらゆるところで起こっていることだ。

家族の重要性やエコロジーについてももちろん触れていた。

国連での演説とフィラデルフィアでの説教と合わせて全体像が見えてくるのだろう。
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by mariastella | 2015-09-26 03:37 | 宗教

ローラン・バルトが実は分かりやすい人だったこと

今年はローラン・バルトの生誕100年で、いろいろな本や番組が出始めている。

Arteで彼のインタビューや独白がたくさんある番組を観た。

あまりにも分かりやすくて驚いた。

ローラン・バルトとサルトルは、私が最初にパリに住んでいた時に数年は「同時代」を生きた人だったが、1979年から80年にかけて博士課程の単位を取り終わるために一時帰国していた時に亡くなった。インターネットのない時代だったから、この2人の死は、ワンクッションおいた形で入ってきた。

後に90年代になって『ユリイカ』でローラン・バルトについて書いた時、彼のプロテスタント性について触れた覚えがあるのだが、その本が見つからない。

一番の思い出は大学の授業で蓮實重彦さんのフランス哲学かなんかの講義に出て、『零度のエクリチュール』を読んだことだ。フランス語がさっぱりわからなくて、翻訳本を買ったけれど日本語でもわけが分からなかった。講義もわけがわからなかった。

その後いろいろな形でバルトと関わったけれど、今回彼が話すのをTVで見て、はじめて、書くものは言い回しが無駄に難解だけれど、話す時はこんなにも明快で分かりやすい人だったのだと知った。

今の私の年と同じくらいで事故に会って死んだわけで、今となっては、テレビの中のバルトが同年輩の知り合いのような気がしてくる。今ここに彼がいたら、対等に何時間でも話せるだろう。

あの「表徴の帝国」における表徴ならぬ表層的な日本理解に関しても別の視点を提供できたのにと思う。

寝室に、書くコーナーと、描くコーナーと、ピアノを弾くコーナーがあるというのも親近感を覚える。

ただし「好きなもの」にヘンデルやピアノが入っているのはいいとして、「嫌いなもの」にヴィヴァルディやシャルパンティエやオルガンやチェンバロが挙がっているのを見ると、やはり「友だち」にはなれないという感じだ。

それにしても、バルトやサルトルもそうだし、ドゴール大統領などもそうだけれど、生前の姿と肉声をテレビなどで見聞きする度に、100%分かることにかなり感動する。

彼らの書いたり言ったりしてきたことは、私にとって最初は「日本語訳」を通してインプットされてきたものばかりなので、いくらフランス語が分かるようになっても、なんだかヴェールの向こう側の人のような感じがしていた。

バルトのいうように、主体そのものがランガージュの中に組み込まれているのに、一度日本語と日本語脳で認識したことがあるので、何かが乖離していたのだ。

今こういう感慨を抱けるのはフランス語に関してだけで、英語だと、たとえ簡単なもので聞き取れて、翻訳せずに理解できても、同じ言語世界で生きているという感じはしない。ツールとしてか、あるいはやはり「外国語」として頭の中で仕分けされてしまう。読んでいて、やはりすんなり理解できても、言語としてはなんだかのっぺりとして、コンテンツだけが非言語脳の領域にストックされる感じのことが多い。それを言語化する時はフランス語か日本語かになるのだ。

そうなると、音楽や絵画のコミュニケーションにおけるランガージュの普遍性はやはり便利だなあとあらためて思う。
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by mariastella | 2015-09-25 07:13 | 雑感

アメリカとカトリック

フィガロ紙(9/23)によれば、アメリカでは2007年以来カトリック人口が300万人減っている(現在8100万人)のにワシントンのセント・マシューズ大聖堂ではこの20年に、700家族から3100家族に増えたそうだ。

10h30のミサはラテン語を多用して聖歌もラテン語で保守層向け、しかし午後にはゲイとレズビアンの信者の集まりがあるという。

信者のニーズに応じてこまめに対応してきた結果、教会に通う人が増えたのだそうだ。

これって、信者を「顧客」、「消費者」とみてマーケッティングした結果、多様な形にしているわけで、ある意味では共同体ごとに分断しているわけで、本来のキリスト教的ではない。

でも、長い間黒人教会と白人教会が分かれていて今もその名残があるアメリカらしいと言えばそうなのかもしれない。

南部ではヒスパニックが多いから別だけど、他の場所ではカトリック信者のカップルの4組に1組が離婚する現状だから、それにも対応しなくてはいけない。

リベラルなカトリックは民主党に多く、長い間WASPの陰で苦労して居場所を築いてきたから、「国への忠誠を誓う」姿勢を、WASPよりもさらに強調してきた歴史がある。

だから、アメリカの市場経済至上主義や覇権主義、保守的な家族観の崩壊などにも異を唱えない傾向があるそうだ。なるほど。

ジョージタウンのイエズス会の大学などは革新的すぎて、そこから保守的なノートルダム・ユニヴァーシティに移ることを余儀なくされた教授もいるという。

保守的なカトリック信者で第二ヴァティカン公会議以来、何がどうなったかよく分からないという世代は、教皇が「教義」や禁止事項について明らかにしてほしい、と期待している。

ローマ帝国が崩壊した時に各地の修道院がキリスト教文化やモラルを維持して後世に伝えることができたように、「アメリカ帝国」が崩壊しつつある今、家庭の価値を守るコミュニティを維持することが重要だという人もいる。同時に「教会は聖人たちのホテルでなく、罪びとたちの病院なのだ」として、保守やリベラルを超えたフランシスコ教皇のメッセージを期待している人もいる。

ベルリンのカトリック教会で、イラン人とアフガニスタン人の改宗者でいっぱいでペルシャ語で表記している場所のことも最近読んだ。キリスト教に改宗していることは、難民認定において有利に働くのだそうだ。でもいったん改宗したら、改宗を認めないイスラム国にはもう帰れないということもあり得る。

こういうことを読んでいると、本当に、今、キリスト教最大宗派の主張であるフランシスコ教皇の言動の意味は大きい。

非キリスト教文化圏の人は、「西洋文化の傲慢」とか独善を、他の神を排する一神教のメンタリティなどと誤解することが多いけれど、キリスト教がなければ、「力を得ると傲慢で独善に陥る」というかなり普遍的なメンタリティにまったく歯止めがかからないかもしれない。

けれども、カトリックの聖職者とか修道者はみな独身制だから、弱者尊重の利他主義や平和主義や平等主義などを本気で唱える人のDNAはいつも自然淘汰されて行く可能性がある。その割にはフェニックスのように灰から舞い上がって正論を更新することもあるのだから大したものかも。
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by mariastella | 2015-09-24 02:58 | 宗教

出会いはどこにあるか分からない

まず、

松村包一さんという方の「詩集 夜明け前の断絶-テロと国家と国民と-」からの抜粋です。

「自己責任」とは何かが分かって面白い。

ピラミッド
   --無責任体制その3
  責任には重さがある
  不思議なことに
  大きな責任ほど 軽く
  小さな責任ほど 重い
  大きかろうが小さかろうが
  とにかく重さがあるからには
  責任は下へ下へと滑り落ち
  次第次第に重くなる
  責任は最高責任者から
  上位・中位・下位責任者へと
  次々 次々と分割委譲され
  最下位責任者へと辿り着く
  最下位責任者から その先は
  何と! 責任者とは縁無き衆生の
  庶民の肩に食らい付くなり
  (自己責任)と改名する!
  かくて 最高責任者は
  最高無責任者になり
  以下の各位責任者もまた
  以下同様ということになり
  ありとあらゆる責任はすべて
  庶民の自己責任ということになり
  巨大な無責任体制のピラミッドが
  庶民の暮しに華を添える

次の詩も大いに考えさせられる。

防 衛
  万里の長城は総延長八千八百キロを超える
  それは中国全土を防衛できる筈だったが
  蒙古軍の怒涛の進撃を阻むことは出来なかった
  建設に駆りだされた膨大な数の人民の
  塗炭の苦しみは遂に徒労に帰した
  中国が世界に誇る万里の長城
  世界文化遺産として登録されているのだが
  それは正に大いなる愚行の記念碑として
  永く保存されるべきである
  その後も 規模の大小こそあれ
  防衛線なるものは次々と出現した
  独仏国境には マジノ線 ジークフリート線
  また冷戦を象徴したベルリンの壁 等々
  破られない防衛線なぞ遂になかった
  すべては破られる為にのみあった
  真の防衛とは 防衛しないこと
  敵意と不信と邪悪な野望を捨てること
  虚心に 対等に 互いに尊重し合うこと
  内外にあまねく扉を開くことではなかろうか

以上は、実は、「澤藤統一郎の憲法日記」というブログからの孫引きだ。

この方のすべての意見に賛成しているわけではないのだが、すごく参考になって愛読している。

この方のブログに出会ったのは割と最近のことだ。

私は友人の師井公二さんの蝶々のリトグラフを2点持っていてすごく気に入っているのだが、彼の蝶々はとてもデリケートで雄大な感じとは程遠いのに、なぜかいつも

「てふてふが一匹韃靼海峡を渡って行った」

という詩を思い浮かべてしまう。

ある日、そういえばこの詩の作者は誰だったのだろう、と思って、検索をかけたら、この詩人安西冬衛に会ったことがあるという話のブログに行きついたのだ。
この詩人が片足を切断して不自由だったことを知って、「蝶々が海峡を渡る」ことに託された思いのようなものにも心を動かされた。

インタネット上にはいろいろな出会いがある。

日常の中にも思いがけない出会いがある。

今日、午前中に音楽院でトリオの練習をしてから近くの中華ビュッフェで仲間と食事をしながら、先日の記事に書いた映画『マルグリット』のことを話していた。
音程をとれない生徒をどうするか、楽器演奏者(歌手を含む)は音を出す直前、最中、直後、と連続して脳で音を聴いていなくてはならない、という話などをしていたのだ。

そうすると、隣の席で一人で食事をしていた50がらみの男性が突然やってきて、名刺を差し出しながら、ギターの先生を探していると言いだした。

食事をした後で音楽院に行ってギターのクラスに空きがあるか聞こうとしていたらしい。昔ギターを弾いていたことがあり、今弾きたいのはバッハだそうだ。

うちの近所に住んでいて、パリオペラ座のビデオ部門の人で、舞台監督もやっていて、奥さんはロシア人のピアニスト、自分は音楽の免状がないので今大学で音楽学もやっているそうだ。

私たちは食事の時に必ず音楽教育談義をしているわけではないのに、たまたま『マルグリット』の話をしていて、それをたまたま音楽教師を探している隣の席にいた人が聞いているなんて不思議だ。

一緒にいたトリオのメンバーはその男性の行っている同じ大学の音楽学の学位も持っているし、楽器奏者で共通の知り合いもいた。

すっかり意気投合して、明日さっそくギターを持ってうちにレッスンに来ることになった。

うちから歩いて5分くらいの所に住んでいる。

出会いはどこにあるか分からない。
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by mariastella | 2015-09-23 00:17 | 雑感



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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