L'art de croire             竹下節子ブログ

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5つのパンと2匹の魚

マタイによる福音書14章に出てくる有名なエピソードです。5つのパンと2匹の魚だけしかなかったのに、大群衆に分け与え、全ての人が食べて満足します。

このパンと魚をあしらったクロスをいただきました。

ありがとうございます。

なぜだか、はじめてこのエピソードの意味がわかりました。

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by mariastella | 2016-10-31 00:58 | 宗教

バロック紙芝居を試聴する

先日、大阪田辺の養護施設「聖家族の家」を訪れる前に、無理を言って『レミとミーファの冒険』のデジタル紙芝居の試作版を完成させてもらった。

イラストを描いてくれた村上さんと一緒にうちで試聴した。

曲にナレーションがかぶっていたりずれたりしているところを手直ししてもらった後で、いよいよ配信が実現する。

曲はお話の伴奏ではなく、お話の内容の非言語的な部分だと説明した。
曲を聴いて、いろいろなことをイメージしてもらいたい。

今はラモーの新シリーズを練習しているのでこのDVDに入っている曲を聴くのは実は久しぶりだ。

演奏は、物語のシーンに合わせて弾き方を変えている。
ニテティスのオペラに挿入する時とはテンポも違っている。

ナレーションの声も、イラストも、みな心がこもっている。
すべて、調布美術研究所のみなさんの手作りの共働作業で、このお話のテーマと重なる。

このお話は、一見、幸せの青い鳥探しのようで、子供たちの成長物語、大人になる通過儀礼の物語なのだけれど、「勇気を出して何かを努力して手に入れたこと」が大切なのではなくて、「自分以外の人を喜ばせたいという心に突き動かされて行動する」ことが本当の意味で「大人になる」ということだというのがメイン・メッセージとなっている。

私たちのトリオもそうやってずっと活動してきた。

来年は、2年前に宇部で子供のためのコンサートをした時にたまたま聴いてくださった山口県山陽小野田市の芸術顧問で作曲家の田村洋さんと一緒に新しいコンサートを企画中だ。

試聴版を見て聴いているだけで元気をもらえた。

多くの子供たちに聴いてもらえるのが楽しみだ。

フランス語版、英語版も作成予定なので、早くフランスの子供たちにも聴かせたい。
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by mariastella | 2016-10-30 00:22 | 音楽

フィリピン大統領とカトリック

暴言王として有名で、この人が大統領に選出されたのだからトランプ大統領の誕生もありうる、と思えてくるフィリピン大統領のロドリゴ・ドゥテルテ。

大統領選出馬を表明した昨年11月に、フランシスコ教皇の2015年マニラを訪問時の交通大渋滞で車が身動きできなかったことについて、
「こう言ってやりたかった。『売春婦の息子である法王よ、自分の国に帰れ、二度とこの国に来るな』」
と語った。

フィリピンは人口一億人の8割がカトリックとアジア最大のカトリック国。

けれどもドゥテルテが市長を務めていた南部のミンダナオ島(人口200万人)はスペイ統治より前に伝わったイスラム教が優勢で、しかも過激化していると言ってカトリックは被害者意識を持っている、フィリピンでは珍しい場所だ。そんなところで成功してきたドゥテルテの宗教は何なのかと調べると、一応カトリックだった。

前述の暴言にも一応謝罪の手紙をヴァティカンに送り(宗教は別にしても一国の首長を公然と罵倒したのだから当然だとはいえ)、ヴァティカンからは

「お祈りします」

と答えをもらったという。

今年の5月10日に当選してからは、12日には、ヴァティカンを訪問して教皇に謝罪するのが優先事項だと訪問を申し入れたと言っていたが、返事はもらえなかった。

女性へのセクハラ発言もトランプなどかわいく見えるようなひどいことを言っていて、1989年にミンダナオの暴動で、ダバオの刑務所内で集団レイプされ死んだオーストラリア人の修道女についてのコメントで「自分もやりたかった」などとコメントしたことが問題になった。その時ももちろん「謝罪」している。

5/22には、対立候補者に6百万票の差をつけたことで自分はカトリック教会よりも影響力がある、と堂々と語り、さらに、

「フィリピンの司教たちは恥ずかしくないのか、売春婦の息子よ、私にまでに金をせびった」

などとインターネット・サイトで発言している。

一夫婦につき3人の産児制限法も公約していて、カトリックの避妊禁止のせいで人口が増えすぎた、と公言している。

2006年に廃止された死刑制度の復活も公約していて、これには、リパの大司教ラモン・C・アルグェリェスが、もしも死刑制度が復活するならすべての死刑囚の代わりに私が死ぬ。それこそが、キリストが私たちにしてくれたことではないか? と、アメリカのカトリックサイトCrux(5/19)で語った。

アメリカとは手を切る、中国と日本の間でうまく立ち回る、という感じの今のドゥテルテの雰囲気を見ていると、偽善的なキリスト教にはうんざりで非キリスト教の中国と日本に近づいた、という面もあるのかもしれないとちらと考えたけれど、そうでもないらしい。
彼の票田には、プロテスタント系団体「イグレシア・ニ・クリスト」(INC)が数百万票もの組織票を持ち、過去の大統領選でもキャスティングボードを握った。

1986年2月の「民衆革命」ではカトリック教会ハイメ・シン枢機卿が反マルコス大統領を訴えて、マルコスは亡命、敬虔なカソリックのコラソン・アキノ夫人が大統領になった。2001年にもシン枢機卿がエストラダ大統領の汚職の粛清を訴えて退陣につなげたけれど、2005年に亡くなった。

このようなことを考えながら、フィリピン人のメイドさんの到着を待って質問した。

彼女とは以前にももう何度も話し合っていて、フィリピンの「敬虔なカトリック」の平均的なプロフィールと信仰心を持つ人だと分かっている。

私はフランスでミンダナオ島出身の家政婦さんに振り回されて罪悪感を目いっぱい利用された経験があるのだけれど、日本人と結婚していて日本で働くメイドさんはやはり雰囲気が違うのかなあとも思っていた。

ところがドゥテルテについて質問すると

ドゥテルテは敬虔なカトリック、善きカトリック。

教皇に失礼なことを言ったけれど、その時に多くの人が思っていた本音を言っただけで、信仰の深さとは関係がない。全然問題がない。

麻薬関係者を一掃するのは当然。

誰かが人を殺した時点で死刑にするのも当然。

冤罪は?
  私は司法と判事を信じる。神さまは声を出せないのだから。

教皇の言っていることと大統領の言っていることが矛盾したら?
 国のことは国が決めるのが当然。みんなの考えを代弁するのが大統領だ。

教皇が何か言うのはことば。国の決めるのは法律。法律に従うべき。

でも例えばあなたの息子が冤罪に問われて死刑判決を受けたら?
 冤罪かどうか、絶対的証拠があるのかどうかは判事が決めるから大丈夫。

マルコスの時代は偉大な時代だった。マルコスも善きカトリックだった。

などなど…。

メイドさんはたぶんマルコス時代に生まれたのだと思う。
当時の冷戦の状況、対共産圏国家の政策におけるレーガン大統領やローマ教皇の連携との関係など事情は複雑なのだけれど、メイドさんがなんの屈託もなく、マルコスもドゥテルテも称賛しているのを見ると、軽い衝撃を受ける。

彼女を見る限り、一般のフィリピン人は「独裁者」を嫌がってはいない。
これが一神教の「絶対神」に帰依する伝統から来たのだろうなどという無知で軽率なことは言えない。

でも、神に対する愛や信頼と、大統領や判事に対する信頼は半端ではなくセットになっている。

それにしても、アメリカ人なら多くの人が今回の大統領選の二人の候補について「恥ずかしい」と言うのに、フィリピン人はドゥテルテの暴言を基本的に気にしていないというのもおもしろい。

本音だからといって真実であるとは限らない。
でも、アメリカ人のほうが偽善的でフィリピン人の方が実際的なようにも見える。

もし私に、敬虔なプロテスタントでトランプ支持者のアメリカ人と話す機会があったなら、果たして同じような言葉が返ってくるのだろうか。

普遍主義に根差した自由・平等・博愛という建前の大切さを再認識する。

この建前を喜びとともに生きるのが大切だ。
憎悪や怒りや妬みや侮蔑を生み出すような本音など絶対に封印しなくてはならないと自戒する。

でも、怖いのは、喜びとともに負の本音を生きている人たちもたくさんいるということだ。

メイドさんの言葉をフランシスコ教皇がもし聞いたならやはり

「お祈りします」

という返事が返ってくるのだろうなあ。
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by mariastella | 2016-10-29 00:41 | 宗教

鞍馬の魔王尊

久しぶりに鞍馬に登った。

ここの「魔王」さんというのが岩に降り立った「宇宙人」で、その後、平安京建設に当たって異端とされずにいろいろ習合したのに、宗教的政治的に利用されることが少なく別枠民間信仰の位置をずっと保って来たのは不思議で前にも書いたことがある。

「魔王」というよりソフトな「尊天」も使われているけれど、信ずる人にはやっぱり魔王さんだ。

一神教の超越神に似ていて

「何事も尊天の御はからいに依るとの確(かた)き信念と強き信仰とに生きよ」

と言う。

「尊天」は神や仏を習合させるために「三身一体」と後から言われるようになったのも興味深い。

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奥の院から山を超えて貴船川沿いで食事。川床の流しそうめんを頂いてからもう何十年になるだろうか………

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by mariastella | 2016-10-28 01:04 | 宗教

あいりん地区で出会ったお坊さん

フランスから田辺にやって来た愛徳姉妹会のシスターたちは2週間後にはベック神父といっしょにあいりん地区にやって来たそうです。たくさんの子供たちを見たシスターたちが水を得た魚のように働き始めたのが目に見えるようです。

釜ヶ崎支援機構とかいろいろなストラクチャーがあって、なんというか、善意の喜びのエネルギーの高さに圧倒されます。ベック神父がシスターたち(聖心会のシスターたちも)と最初のセツルメントを作り、2番目のセツルメントもできていたのに、大阪の空襲できて全て焼けました。修道院と教会と病院だけは奇跡的に残ったのはベック神父に護られたのかもしれないということです。

三角公園で、毎週1回午後アコーディオンを弾くお坊さんに出会いました。アランを見たらフランスの曲を弾いてくれました。レパートリーがたくさんあって、皆さんが歌えるようにしているそうです。
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by mariastella | 2016-10-27 01:06 | 雑感

大阪田辺教会

1931年に大阪で田辺教会を始めたパリ外国宣教会 のピエール・ベック神父の妹さんの子孫に当たり、神父の形見を所有している友人のアランといっしょに、新装の田辺教会を訪れました。

ベック師の写真が「聖母の騎士」10月号に載っていて、アランとなんとなく似ているといわれました。

ベック師を直接知っていた愛徳姉妹会のシスターと私のトリオは2003年にお話ししました。当時96歳でした。「聖家族の家」でのコンサートでした。2014年のコンサートは、ようやくデジタル童話が完成しました。日本語版は配信の形を考え中です。

写真は、旧教会の祭壇のあった場所に置かれた聖像の前でのアランとシスター・ミリアムです。
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by mariastella | 2016-10-26 00:29 | 宗教

ルオーの画と能面

出光美術館に「大仙厓展」に行った時、久しぶりにルオーのイエス像などを見て、あらためて、彼の正面向きの人物像の表情は能面と同じだなあと思った。

日本で 金子賢之介神父の『風、いつも吹く日々』のカバー絵のイエスや私の訳書『自由人イエス』のカバー絵のイエスの顔が右半分と左半分では表情が違うというのが、直接能面からインスパイアされたものか、ルオーからインスパイアされたものか、あるいはルオーの発想がどこから来たのかなど私にはよくわからない。

能のシテは怒ったり迷ったり、絶望したり、成仏出来ていない状態で橋掛りを渡って舞台に出る時、顔の右半分の苦悩や煩悩を見せる。

でも旅の僧などによって慰霊してもらえると、最後は左半分の安らぎの顔を見せて退場する。
この世とあの世の境界領域はいつも両義的だ。

ルオーのこのピエロの顔なんて明らかで 、ピエロそのものの両義的な存在様式が分かる。

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受難のイエスとなると、さらに人間と神の狭間にいるわけだから、能面的な諦念が顔の右側にあって、左に永遠の命の安らぎがあってもいいのに、左はむしろ固い決意、覚悟、希望を思わせるものがある。

ただしルオーの宗教画には、その左右の描き方が逆になっているものもあるから、 能面と橋掛りの関係は把握していなかったのかなとも思う。

出光さんはルオーの画の太い黒い輪郭線が禅画の墨絵と似ているという 認識があったそうだが、そこに能面の影響関係はあるのだろうか。

仙厓の世界とは対極にあるように思える。
もっと調べてみよう。とりあえず覚書。
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by mariastella | 2016-10-25 00:41 | アート

フッガーライの話 その3

ヤコブ・フッガーが免罪符を販売した利益の一部を自分の取り分にしていたこと、いや、免罪符そのものを金で買えるものにしたことなどは、ルターでなくとも、「宗教的公正」にもとるように見える。
けれども本当にそうなのだろうか。

「富は、天に積みなさい(マタイによる福音書 6-20)」という有名なイエスの言葉は当時誰でも知っていただろう。

この世での自分の欲望の充足のためなどに富を蓄え消費することが「神の目」にとって望ましくないことは誰でも知っていて罪悪感を持っていた。

だからこそ、神との仲介をしてくれる教会に金を払ったのだ。

「免罪符」を買うといっても免罪符は地獄堕ちから守ってくれる「護符」などではない。

教会は「効き目のない呪符」を騙して売っていたのではなく、教皇庁にとっても信徒にとっても正当だと思われていた免償システムを「商品」として販売したのだ。

需要があり、信者たちがそれを「購入」したのは、彼らにとっては「天に富を積む」ことに相当した。

この世での利益を祈願してのことではない。

教会もまた、得た金で「神の家」である聖堂を造ろうとしていた。
「天に富を積む」つもりだったのだ。

もともと裕福なメディチ家から出たレオ10世がそんな金で「私腹を肥やす」意識があったとは思えない。
フッガーだって、その後500年も続く福祉住宅フッガーライを建てたのは、免罪符の販売から得た富の少なくとも一部を「天に積む」ことで死後の魂の行方を気にかけていたのだろう。

社会的な弱者の中にキリストの姿を重ねて仕えよ、というイエスのメイン・メッセージのひとつも共有されていた。
それだけではなく、「天に富を積む」ことによって期待できる「救い」はとりなしの祈りを経由するという認識も共有されている。

ヨブの昔から聖人による神への「とりなし」の祈りなら、助けてもらえるという伝統が形成されていた。
聖人だけではない。
貧しい人、子供は天国に近い存在で、弱者=小さい者にイエスの姿を重ねるのだから、彼らを支援したり寄り添うことで、彼らからも「とりなしの祈り」を捧げてもらえればより効果的だと考えられても不思議ではない。

裕福な多くの人や権力者たちが葬儀の際に貧しい人々に祈ってもらえるよう施しとセットにして遺言を残してもらったのもそういう意識があったからだ。
観想修道会に寄進することにも、自分の魂のために祈ってもらえるというギブ・アンド・テイクがあった。

その意味でヤコブ・フッガーは、教会に寄進することで「天に富を積」み、貧者を救済することで貧者からみかえりに「とりなしの祈り」を得るという二重の「保険」をかけていたことになる。

実際フッガーライが続いてきた理由には、住民が寄進者のために祈るという条件が、多くの人の寄進の動機づけになったからだろう。

寄進は財産や金だけではない。

変わり種としては、71歳になるゲルハルト・シュリッヒさんがいる。
歴史好きの彫金師である彼は20年前にフッガーライに奉仕しようと決意して、16世紀のコスチュームをつけてフッガーライの通りを歩くことにした。
金属製の角笛型の容器に観光客から寄付金を集め、その額はこの20年で50 万ユーロに上るそうだ。
年間18万人の観光客の数からしたらそれでも少ないと彼は言う。

その金がフッガーライの管理費にあてられ、市は彼を表彰した。
そのおかげで、彼の名は、住民が神への祈りをその人の魂のために捧げる「寄進者」のリストに載せられた唯一の生存者となった。
シュリッヒさんは鍵を忘れた住民などにも頼られる存在だ。

入居の条件が守られているなら150人の住民が毎日3つの祈りを唱えるのだから、450の祈りが彼のためにも唱えられていることになると思うと、毎晩床に入るときにとても安らかな気持ちになるという。
彼のことを「アウスブルグで最も聖なる人」と呼ぶ人もいるそうだ。

フッガーライ、
現在の入居者の平均年齢は63歳、最年長者は、40年暮らしている94歳。
午後10 時の「門限」を守らないものには1ユーロ課金されることもあって若者は少ないから、今は単身者のホスピス機能も果たしている。

信仰とか信心の形が500年も続いて社会的にも精神的にも実際にポジティヴな役割を果たし、広く認められている不思議な場所が今のヨーロッパの真ん中にあるということから、いろいろなことを考えさせられた。
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by mariastella | 2016-10-24 11:27 | 宗教

フッガーライの話 その2

フッガーライを始めた銀行家のヤコブ・フッガーは16世紀当時のヨーロッパの全GDPの2%に当たる財産を所有していたという。
割合からいうと「有史以来、世界一富める男」だそうだ。

ハプスブルク家が重要な顧客だった。
故郷のアウスブルクは彼のおかげでヨーロッパの金融の中心地となっていた。
フッガー家の宮殿は町のカテドラルに匹敵する広大な建築で、ここを訪れたモンテーニュはどの部屋も自分の見た最も美しいものだと言っている。

その金が、「信仰と福祉」を結びつける革新的なモデルを作った。

フッガーライは1516年から1523年にかけて造られ、簡素だが機能的な建物は500人まで収容できた。

その一人は石工で、1681年から94年まで14番地に住んでいたフランツ・モーツアルトだ。

未来の神童W.A.モーツァルトの曾祖父である。

フッガーライは、町の70%を破壊して730人の死者を出した1944年2/25-26の空襲からも復興して、ヤコブの家系の三つの分家を中心にした財団に管理されている。

経費の70%は3200ヘクタールの森林資源と観光収入と住宅投資からまかなわれている。
16世紀当時のモデルルームや記念館などを訪れる観光客のフッガーライ・ゾーンの「入場料」は長い間無料だったが今は4ユーロ(500円ほど)で、住民の年間家賃の4倍以上だ。アウスブルグには現在2万戸の福祉住宅がある。でも500年の歴史を持つ140戸のフッガーライのシンボリックな意味は大きく、住民たちの誇りとなっているという。

ヤコブ・フッガーは七人きょうだいの末っ子で、聖職者の道を歩むはずだった。

その彼が、大富豪になり、1506年に最初に教皇庁のスイス衛兵の費用を出したり、ローマのサン・ピエトロ大聖堂の建築資金を集めるために免罪符の販売を始めたりしたのだ。

ヤコブは教皇庁に金を貸し、その見返りに、免罪符の販売を一手に引き受けて歩合をせしめていた。

免罪符のシステムに反駁したマルティン・ルターを1518年に召喚して尋問した教皇大使はフッガー家に滞在していた。教皇はレオ10世だ。(参考)

けれども、フッガーライを見ていると、

聖と俗のなれあいや、私的な利益の追求、教皇庁の腐敗やご都合主義などだけが「宗教改革」の契機となっただ、

という単純な図式ではない宗教観や信仰のあり方がそこにはあるのが分かる。(続く)
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by mariastella | 2016-10-23 11:27 | 雑感

フッガーライの話

16世紀のドイツで銀行家のヤコブ・フッガーが始めた社会福祉住宅は、今も健在だ。

ドイツ南部バイエルン地方の第三の都市アウスブルグ(人口29万人)の中心部に1万5千平米に1516年に建てられたフッガーライ(フッガーの場所)だ。二階建てで隣り合わせの長屋式小住宅が並び、142戸の住居に150人が住んでいる。入居条件も昔からのものだ。1521年に創立者が作った規約は変わっていない。

貧しいこと。

アウスブルクの市民であること。

カトリックであること。

毎日「主の祈り」と「アヴェ・マリア」と「信徒信条」を、フッガーと他の寄進者のために唱えること。

庭の手入れや夜の見回りを手伝えることも望ましい。

最も必要なのは忍耐で、四年前から住む68歳のモニカ・シーバーという女性は七年待ってほとんどあきらめかけていたと語る。

規約だけでなく、家賃も変わっていない。
1521年に1ライン・フロリンであった家賃は、2016年の時点で年間0,88ユーロ、つまり年間100円くらいというわけで、ほぼ無償ということだ。

各戸は寝室とリビングからなる60平米で近代的に補修されている。

イロナ・バルベールは一年前に入居したが、すでにインテリアもすべて整えられていた。アメリカで15年過ごし、2度の離婚を経て今は天涯孤独、わずかな年金しかないが、フッガーライで本当の尊厳を取り戻したという。「もう動きたくないわ、ここで幸せです。きれいだし、静かだし安全だから」

フッガー財団の広報によれば、「尊厳」は大切なポイントで、創立者は「物乞い」は嫌ったという。
つまり「自助努力しても貧しい」人のための施設なのだが、候補者選別の優先基準は「より困っている人」なのだから、柔軟だ。

柔軟と言えば、毎日の祈りの義務も別に監視されるわけでもチェックされるわけでもない。

でも各部屋にかけられたデューラーによるヤコブ・フッガーの肖像画を見ながら、「サインしたんだから祈ってますよ」とモニカは言う。(続く)
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by mariastella | 2016-10-22 11:04 | 雑感



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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