L'art de croire             竹下節子ブログ

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フランスとイスラム  その1

フランスとイスラムについて前にもう書いたことがある。この記事ではエマニュエル・トッドについても すでに批判している。

これからしばらくこの話について書く。
どうしてトッドのような誤りが生まれたかについてもゆっくり書いていく。

その前に少し概論をして、さらに、アルジェリアのジャーナリストで作家のカメル・ダウードによる2012年から2015年にかけての記事の抜粋を訳する。この人の新しい本が2/15に発売されたばかりだ。

ヨーロッパでイスラム過激派によるテロが頻発するようになったのは、いくつか理由がある。

まず、油断していたこと。

アルカイダはアメリカを標的にしていたし、アフガニスタンやアルジェリアの過激派はイスラム圏でテロを展開していた。フランスでは1997年以来、テロがなかったこともあり、ヨーロッパは別だと思っていたのだ。

イスラム過激派とイスラムのイデオロギーの区別がつかなかった。
というより、イスラムは政治の次元を包含した宗教だという認識によるリスク管理がなかった。

キリスト教はもともとローマ法が制定されていた場所に生まれた政教分離的な宗教だった。
いや、もっと言えば、ユダヤ教がアイデンティティになっていた社会で生まれた非宗教的な教えだった。その後のヨーロッパでは、キリスト教が政治にも軍事にも取り込まれてしっかりと社会の全体主義的規範となったのは事実だ。けれども、ルネサンス、宗教改革、近代革命などを経て、「宗教としてのキリスト教」は限りなく弱体化した。

残ったのは、「伝統儀礼としてのキリスト教」「民間信仰としてのキリスト教」と、キリスト教の基盤である福音にある「自由と平等主義と平和主義」が世俗化した西洋近代普遍主義の価値観である。

「宗教としてのキリスト教」は「信教の自由」の項目の中でのみ存続を許され、キリスト教もそれに適応してきた。

そんな社会にイスラム教が入ってきた。多くは、北アフリカのマグレブと言われる旧植民地(アルジェリア、チュニジア、モロッコ)からの移民による共同体によるものだったけれど、1960年代以降に、ナーセル大統領の暗殺を謀ってエジプトから追われたスンニー派のイスラム主義(シャリーアによる法治国家の設立を目指す)組織ムスリム同胞団がやってきた。
一部はエルドガン政権のトルコにも亡命したが、ヨーロッパにやってきた彼らは、ヨーロッパにイスラム法治国を打ち立てることを計画した。
もともとイスラムは成立において宗教と政治と軍事が一体化したものだ。異教徒を改宗させてイスラム法による統治を広げる原則を推し進めるグループは、「三度目のヨーロッパ陥落」を目指した。
イスラム勢力は、ヨーロッパでは七三二年にポワティエの戦いでシャルル・マルテルに阻まれてピレネーを越すことができず、その後レコンキスタによってイベリア半島からも撤退したし、一六八三年には第二次ウィーン包囲でヨーロッパの神聖同盟に破られて、領土の割譲を強いられた。三度目の正直が二一世紀の今だという。(続く)
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by mariastella | 2017-02-19 03:02 | フランス

ウェス・アンダーソンの『ダージリン急行』(2007)

おしゃれな映画だという評判だったが、ちょっと違うかもしれない。

3人兄弟の造形がユニークなのは確かだ。包帯だらけの兄、いつもアイマスクはつけるがズボンなしで寝る長身の弟、小柄で濃い感じの末弟。アングロサクソンっぽいオーウェン・ウィルソン、東欧系ユダヤ人っぽいエイドリアン・ブロディ、ラテンっぽいジェイソン・シュワルツマン(名はドイツ風だけど。この人は私の昔のピアノの生徒そっくりだ)、とても父母を同じくする血のつながった兄弟には見えなさすぎる。

兄が、インドの長距離鉄道に乗るスピリチュアルな旅を弟たちに提案し、「a,b,c」と項目を並べながらするべきことを指示するのだが、最後の方で、ヒマラヤの修道院で孤児を世話しているエキセントリックな母親が、同じように「a,b,c...」と数え立てるので、ああ、この長男は、スピリチュアル好き(クジャクの羽を使った儀式など)も、こういう話し方も母親譲りなんだなあと分かる。

死んだ父親は、車だとか、サングラスだとか、ベルトだとか、多くのトランク(ルイ・ヴィトン)などの小道具を通して息子たちに影のようにつきまとっている。撮影の年のこの3人は、40、35、27歳くらいでかなり年が離れている。

ダージリン鉄道の汽車の小宇宙もおもしろいし、広がるインドの風景ももちろん興味深い。

寓話か不条理劇みたいで、大きくは、イニシエーションがテーマなのだろう。

それぞれエゴイスティックに生きていた兄弟たちが、長距離列車の客室に閉じこめられて、いろいろな感情の対立やすれ違いがある中で、共に列車から降ろされたり、川に落ちた少年たちを助けたり、助けられなかった一人の葬儀に参加したり、母親と再会したりするうちに、3人の絆と信頼感は深まる、という話なのだけれど、「いい年をした男たちが…」とつい思ってしまう。
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by mariastella | 2017-02-18 05:53 | 映画

『沈黙』をめぐって その11

映画『沈黙』をめぐっていろいろ書いてきたけれどどこまで何を書いたのか分からなくなったので、ここでいったん停止することにする。
今執筆中の本のテーマと重なっているのでよけいに頭の中でまざってしまった。

本に書いていることの一つは、殉教における自由の問題だ。

以下、それについての一節をここに要約コピーしてこのテーマは終わりにする。

迫害に耐えた「殉教者」たちの多くは「宗教としてのキリスト教」に殉じたといえるだろう。理性で納得して洗礼を決意しキリスト教を実践した人々には、時代の空気が変わってからも、「大義のために死ぬ」という美学を貫くことを余儀なくされた場合があるだろう。宣教師の多くは自分たちの「羊」である信者たちへの責任を感じ、家族や臣下にキリスト教を勧めた武士たちにも義理が生じ、先行するキリスト教のイエスの受難や殉教聖人の後に続くという決意があったかもしれない。
「確証バイアス」をもって日本にやってきた宣教師はともかくとして、「形だけの棄教」にも応じなかった信者を支えていたのは「信仰」よりも「狂信」に近い原理主義的確信であったかもしれない。それは迫害者側も同じことで、人はそれぞれの「大義」のために殺したり殺されたりしていた。 

殉教者の中には、原理主義的な偏狭の罠に捕らえられたり、「義に殉じる」「誓いに殉じる」という原則を貫いたりしたのではなく、純粋に「愛」のために死んでいった人々がいる。

殉教を覚悟で、むしろそれを大いなる恵みとして意気高らかに喜びのうちに死んでいった。日本の場合も、死を前にした宣教師らが本部に送った手紙の中には、熱烈な愛の歓びと勝利を謳ったものがある。これは、神が「受肉」して人として苦しんだイエス・キリストとの「関係」の上に立つキリスト教の特徴の一つかもしれない。彼らは、「狂信」や「原理主義」や「宗教」のためにではなく、ただ並外れた「イエスへの愛」のうちに死ぬ以外の選択肢がなくなっていたのだ。このことは、「忠義」のために命を捨てるという文化の日本社会に「愛のために命を捨てる」という新しい地平を開いた。

そのこととも関係しているのが、貧しいキリシタン村の指導者や、学のない庶民の殉教だろう。
彼らの多くが棄教しなかったのは、殉教を決意した親兄弟からの同調圧力のせいでもなく、宗教の原理主義的な教えに「洗脳」されていたからでもなく、「イエスへの盲目的な愛」のためだけでもない。多くの「庶民」に殉教の覚悟を促したものは、キリスト教の根本にある「自由」のメッセージだった。

イエスは「神の言葉」に依って立つユダヤ教の世界で生きていたが、いつしかその神の言葉が、形骸化し支配階級のツールとなり、偽善の足場となっていることを批判した。「神の言葉」や「律法」を司る階級が、それらを人々の手に届かない「聖なるもの」とすることで権威や権力や利益を獲得していたのだ。イエスはそれを批判した。神の言葉も律法も、人間のためにあるのであって、人間が神の言葉や律法のためにあるわけではない。神が人間を愛し、信頼し、何度信頼を裏切られてもまた愛したように、人も隣人を愛し、敵さえも愛さなくてはならない。

けれども、最初のキリスト者の共同体はすでに、個々の生き方よりも共通した「形」にこだわるという誘惑にさらされていた。パウロが割礼の有無についての議論の中で「わたしたちは、義とされた者の希望が実現することを、“霊”により、信仰に基づいて切に待ち望んでいるのです。キリスト・イエスに結ばれていれば、割礼の有無は問題ではなく、愛の実践を伴う信仰こそ大切です。(ガラテヤ5)」と言っていることがその状況をよくとらえている。パウロは、キリスト教が「軛としての律法」から人々を自由にするために出発していると訴え続けたのだ。それは同時に、「律法遵守主義」の中に人質のように取り込まれている「神」をも解放することを意味していた。

日本の戦国時代から江戸時代初期までの動乱期において、農民の多くは、戦乱に巻き込まれ、土地や作物を略奪され、蹂躙されてきた。暴力の行使を裏付けとした支配構造のただなかにあった。そんな時に、人の世界の上下関係や差別構造をすべて超えた超越神が被造物であるあらゆる人々を愛していて、そのために「人が人を殺す」世界にあえて「独り子」を遣わしたという教えが入ってきた。

人は神の前に「平等」であり、神は人に各自(ペルソナ)の「自由」を与えたという。その神を信じれば、イエス・キリストによる救いにあずかれて、天国での永遠の命と安らぎが得られる。この世での差別や暴力に苦しみ続けるばかりであった農民や漁民らにとって、「キリスト教」ははじめて自分たちが個人として愛され救われるという希望をもたらせてくれるものだった。

キリスト教の信仰の中で、彼らははじめて「自由」を獲得した。彼らの共同体は共通の神を拝み、それ以外の権威を認めない、妥協しない共同体だった。拷問され、「形ばかりの踏み絵だから踏むがよい」などと言われても、踏み絵を踏んで失われるのは信仰ではなくて「自由」だった。

思えば、義のため、忠節のために命を捨てるという文化の日本においても、愛のために「心中」するというカウンター・カルチャーが存在した。
それも、社会の中で容認されない恋、恋を遂げるために必要な金銭が用意できないの末の心中である。

神に愛されていると知り、神の子キリストへの愛の中で「自由」を知った人々にとっては、「棄教」は信仰だけではなく自由を捨てることと同義だった。キリシタン大名の息子に生まれたわけではなく過酷な生を生きていた庶民たちは、はじめて人を平等に愛するという「主」、自分たちのために苦しくて屈辱的な死を受け入れたという「主」、その「主」への愛を通して主のもとでもう誰にも搾取されない永遠の生を得られることを知った。

このようにいったん自由と愛を知った庶民にとっては、棄教することは再び「奴隷の生活」に戻ることと同義だった。(・・・・・)
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by mariastella | 2017-02-17 02:37

『沈黙』をめぐって  その10

映画『沈黙』の話に戻る。フランス語での「批評」で印象に残ったものを少し。

「日本に何年も済んだことがある」と称するフランス人が、この映画を見てショックだったというコメントを残しているのを見た。

「日本という国は全くこの通りで、信じられないような暗黒面を自然の美しさが隠している」というのだ。(日本で何があったんだ、このフランス人…)

リベラシオンだかの映画評では、

「この映画ではの信仰は、それを否定する相手に対してどれだけ抵抗できるか、ということに集約されていて、棄教するくらいなら他の人たちが殺されるのを受け入れる方がましだという、今なら〈狂信的〉と形容される態度に近い。日本人が、おびえて司祭にすがりつく者たちとサディックな審問官のどちらかに単純化されているのは弁証法的な視点が全くないひどいものだ。スコルセッシは17世紀の日本と同じように古臭い」

という趣旨のものがあった。

あるカトリックメディアのレビューではバチカンで教皇も含むイエズス会士のために特別上映した時のエピソードが伝えられる。

上映後に、日本人の残虐さと暴力についての話題になった。

その時に、フィリピンのイエズス会士の一人が立ち上がってこう発言したという。

「ええ、確かにこの時代の日本人は残酷にふるまいました。でも、当時、別の種類の暴力がアジア人に対して犯されていたのです。それは西洋が『真理』をもってきて、アジアの文化はよくないと言ったことです」

日本人はもしキリスト教を食い止めなければ政府も領土も彼らの本質も失うだろうと考え、自衛のために国境を200年閉ざしたのだ、とレビューは締めくくられている。

こういう時に、「カトリック大国」のフィリピン人でもやはりアジア同士の視点を持つのかな。
ということは彼らも「西洋」主導のカトリックの上から目線や、植民地とセットになってきた歴史を消化しきれていないのかもしれない、などと思ってしまう。

そういえば、『沈黙』の時代とちょうど同じころ、確かクロムウェルのアイルランド侵略があって、カトリックが半端でない殺され方をした。
それは一応「キリスト教」文化圏同士の内戦でもあり、民族的にも文化的にも、ヨーロッパと日本のような差がない。要するに、「宗教」はどこでも口実に過ぎなくて、覇権争いであり、政治の問題だということだ。
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by mariastella | 2017-02-16 06:16 | 映画

閑話休題 トランプ大統領の握手とトルドー首相

先日フランスのTVのニュースでトランプ大統領と安倍首相の握手のシーンが映って、なんだかいやな気分になった。
トランプの握手の仕方についてはもうさんざん知られているのだから、何か対策を立てていけばいいのに。
相手の手を自分の手の上に載せるように手首を曲げるのは、宮廷ダンスなどで伝統的に男が女の手を取る形だ。
普通の握手なら手は縦になる。

いろいろ含意がありすぎ。

カナダのトルドー首相は十分対策を練っていたようで、フランスでも話題になった。日本語でもこういうサイトなどで見られるようだ。

で、共同声明の時も、トルドー首相が突然フランス語に切り替えて話しだし、トランプが少し驚いた顔をして、それを見たトルドーが「よろしければスペイン語で続けますよ」と言ったそうだ。スペイン語といったのはトランプのヒスパニック差別(メキシコとの壁やホワイトハウスのスペイン語ページの閉鎖など)を揶揄しているのだ。

トルドー首相は、フランス系の自分の父親が首相時代に根づかせた英仏2ヶ国語公用語制の存続に最初は積極的ではなく、そのことを批判されて謝罪したという過去がある。
カナダのやり方にはいろいろ思うところ(イヌイットへの差別など)もあるが前にこの記事にも書いたようにアメリカに対してはなかなかやるなと思う。

カナダとは普段から縁があるのでこういう時には気分がいい。

フランスは5月に選ばれる次の大統領までトランプとの会見はないのだろうか。フランス大統領がどういう握手をするのか見ものだ。

そもそも、アングロサクソンの握手とフランスの握手は全く違う。
アングロサクソンの握手はshake handsで手を握って振るようなシェイクだが、フランスの握手はserrer la mainで、強く握る、ワン・アクション、ワン・プレッションのひと振りで終わり。
長く握っているようなのは、ボンジュールといいながらの握手ではあり得ない。長いものは特別誰かを祝福したりなどの別の意味が生じる。

ほとんど写真撮影用の握手をしなければいけない政治家の会見など、ボディランゲージが見えすぎてほんとうに大変だなあと思う。
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by mariastella | 2017-02-15 07:34 | 雑感

『沈黙』をめぐって  その10 番外: ル・ペンと猫

殉教のテーマで書くことがまだまだたくさんあり、その上、フランスとイスラムの関係、日本で読まれているエマニュエル・トッドのひどさなどについてもじっくり書きたいのだが今取り込み中で、ゆっくり書けない。

で、今日はちょっと寄り道して「猫」の話。

映画『沈黙』で、五島に戻ったロドリゴの目に移ったのはおびただしい数の猫ばかり、というシーンがあった。猫好きには印象的だ。

「フクシマの猫」のことも心をよぎる。

最近、猫についてショックなことというか、考えさせられることがあった。

サイトのフォーラムで、最近こんなことを書いた。

>>>猫飼いって、どんなに親ばかで自慢しても罪がない感じがします。猫を支配しているわけではないことが明らかだから…。
プーチンが猫を愛でている写真なんてあり得ないでしょ。クリントンもオバマもトランプも犬の「ご主人さま」だし。(007のボスが白いペルシャ猫を愛でていたのはある意味もっと怖いですが。)<<<

ところが最近、フランスの大統領選の第一次投票の一番人気である極右国民戦線のマリーヌ・ル・ぺンがとても猫好きであることを知った。

写真を検索してみると、父親のル・ペンも猫との写真はあるが犬との写真もある。いかにもという感じのものだ。

マリーヌと犬で検索しても出てこない。
猫との写真を見る限り、本気で猫好きのようだ。

犬好きの権力者のイメージを覆すための「演出」だとしたら驚きだけれど、まあそこまでする意味はないだろうと思う。
2015年のインタビューで、一番最近泣いたのは? と聞かれて、猫が犬にかまれて殺されたことを挙げ、それだけで目が潤み、私は猫かあさんだから、と言って、その後他の猫を守るために引っ越しまでした、と語っている。

前にこのブログでリシュリューの猫というシリーズを書いた。
考えてみると、リシュリューも権力の権化みたいな人だ。
そういえばカール・ラガーフェルドと猫についても書いた。こっちの方は排他的な一匹への愛なのでナルシストっぽい感じがするが…。

マリーヌ・ル・ペンって、不思議な人だ。
偏見を捨てて公平に見てもその政策はとても私には容認のできない者なのだけれど、猫かあさんって…親近感を掻き立てられすぎる。

同時に、犬好きがどうとか猫好きならどうとかなんて軽々しく口にしてはいけないんだなあ、と自戒させられた。
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by mariastella | 2017-02-14 06:25 |

『沈黙』をめぐって  その9

スコセッシのインタビューの続き。(カトリック雑誌より)

--- 『沈黙』の最期にロドリゴの棺の中に小さな木の十字架がある意味は?

これは原作にはない。私は何年も、エピローグを読んでいなかった。エピローグに東インド会社のオランダ人によって、ロドリゴが何度も棄教の宣言をさせられたとある。つまり、彼は何度もキリスト教に戻ったのだ。遠藤は彼が信仰を持ち続けていたと言いたかったのだろう。遠藤は別のところで、第二次大戦後にイエズス会を去った還俗司祭を1950年代初めにあるレストランで見かけたことを書いている。食事が出された時、その人が十字を切って食膳の祈りをするのを見たという。それもヒントになった。信仰は何かとてもパーソナルなものになったのだ。

(これは今のフランスでは決して珍しくない妻帯司祭の例にもある。彼らの多くは教会法上、司祭職を続けることはできないけれど、信仰はまったく変わらないと言っている。制度としての宗教のさまざまな制約に抵触することで帰属を放棄せざるを得ないことと、キリストの愛に生き、弱い立場の者に寄り添い続けることは別だ。それこそパウロが割礼の有無についての議論の中で「わたしたちは、義とされた者の希望が実現することを、“霊”により、信仰に基づいて切に待ち望んでいるのです。キリスト・イエスに結ばれていれば、割礼の有無は問題ではなく、愛の実践を伴う信仰こそ大切です。(ガラテヤ5)」と言っているように、キリスト教は「軛としての律法」から人々を自由にするために出発した。しかし、典礼や規則の体系を伴う宗教という社会的な表現なしには「信仰」は形にならない。
人間は社会的存在だから、生まれた瞬間から、時代や場所、所属社会の文化や伝統を背負っている。「宗教」は長い間そのような逃れられない属性の一つだった(サウジアラビアのような国に生まれれば今でもそうだ)。今の「先進諸国」では信仰の有無も、宗教の有無も強制されない。「棄教」の形も進化し続ける)

---信仰とは、共同体で分かち合うことがなく心の奥で生きる親密なものであり得ると思いますか?

全くそう思う。信仰は日常の行動を通して生きることができる。宣教師の役割は変わった。助け合いの次元はもう布教の中にない。「国境なき医師団」のような様々な団体は天使の働きをしている。信仰のあるなしにかかわらず義となるやり方で働いている。

(特定の共同体への帰属意識がなくて決められた典礼に従わないで生きることは難しくないが、宗教行為を通して表現しない信仰は、やはり他者との関係の中で生きられなければ意味がない。一人で自分の「無病息災」を祈っているようなものは信仰ではなく別の次元の原始的な「神頼み」に過ぎないのだろう。「宗教」としてのカトリック教会でさえ、今の教皇は教会の外へ出ていきなさい、野戦病院であれ、などと言っている)
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by mariastella | 2017-02-13 04:32 | 映画

『沈黙』をめぐって  その8

中断していたスコセッシのインタビューから。(カトリック雑誌より)

---『クンドゥン』との関係。仏教への傾倒について。

仏教の静謐さ、瞑想が好き。宇宙と対立するのではなくその中に居場所を見つけること。台湾でも日本でも自然と一体化するするやり方を見た。それも神性の一種の受容かもしれない。けれどもキリスト教の要求の高さ、他者をのことを考えるように仕向けるところが私の気に入っている。私は映画人としてはエゴイストだが、子供の時からキリスト教的考え方に影響を受けている。

(これはなかなか突っ込みどころが多い。仏教にもキリスト教にも静謐や沈黙の修行や伝統もあればやかましいものもある。他者に施しをせよという戒は仏教にもある。自然と一体化とか宇宙の中に居場所を、というのは確かにキリスト教にはない見方とだと思われそうだが、キリスト教は自然や宇宙も人間と同じ「創造物」としているのだから、人はすでに自然と同じ側にあるのだ。神は宇宙や自然の外に、超越した存在だ。ギリシャやオリエントの多神教世界では自然や宇宙の側に「人間を超えた」もの(神?)を見ているのだから、一体化は時として「諦念」だったりもする。でも、そもそも、エジプトもギリシャもパレスティナも日本も、大きく見れば「ローラシア神話文化圏 ⁽『キリスト教の謎ー奇蹟を数字から読み解く(中央公論新社)』第六章p83参照)」なのだから、太陽を崇める神のヒエラルキーや、「国づくり」神話のような「神による人間世界の創造」というテーマも実は共通している。初期にデウスを大日と訳した誤解などは別としても、根本のところで親和性があったという気がする)

---ロドリゴとキチジロー、司祭とユダのどちらに近いですか?

初めはロドリゴに近いと思っていたが、結局はキチジローだ。善いことをしようと思うのにいつもぼろぼろになる。力がなく、自分にも他人にも誤ったことをする。でもある意味でキチジローはロドリゴの師(メンター)だとも言える。そして最後まで彼のそばに残った。


( キチジローはユダというよりパウロだなあと思う。パウロは「ローマの信徒への手紙」の7 章でこういうことを言っている。

わたしは肉の人であり、罪に売り渡されています。
わたしは、自分のしていることが分かりません。
自分が望むことは実行せず、かえって憎んでいることをするからです。
そして、そういうことを行っているのは、もはやわたしではなく、わたしの中に住んでいる罪なのです。
わたしは、自分の内には、つまりわたしの肉には、善が住んでいないことを知っています。
善をなそうという意志はありますが、それを実行できないからです。わたしは自分の望む善は行わず、望まない悪を行っている。

これってキチジローそのものだ。そして多分、誰でもそうだろう。自分の中で天使と悪魔が戦っている、という感じよりも、デフォルトが悪で、善は「望むもの」としてしか存在しない。

だからこそ、望まない悪を犯したことを後悔し、告解すれば免償してもらえるカトリックのシステムはキチジローにとって「希望」そのものだった。性懲りもなくあんなに何度も赦してもらいにくるなよ、と思ってしまうが、悪業のカルマを積むばかりで来生は畜生道に落ちるしかない、と絶望したり良心の呵責に苦しめられたりするのはつらい。司祭に告解して、重荷を下ろしてもらえて、さあ、行きなさい、と懲りずに信頼してもらえるカトリックの方がセラピーとしてすっきりする。キチジローがロドリゴのメンターだというのもこれに通じるだろう。ロドリゴが踏んだ踏み絵のイエスは、自分自身の自尊感情だったのだ。)
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by mariastella | 2017-02-12 06:38 | 宗教

『沈黙』をめぐって その7

『沈黙』のテーマについての考察を続ける前に寄り道。
笈田ヨシさんが、雑誌『日経回廊』で「映画『沈黙』に出演して僕が考えたこと。」という記事を書かれていたのを見せてくださった。
そこで初めて、笈田さんが、ジョアン・マリオ・グリロ監督『アジアの瞳』(1996)という日本とポルトガルの合作映画で、なんと中浦ジュリアンの役で出演なさっていたことを知った。

中浦ジュリアンというのは有名な4人の「天正の遣欧少年使節」の一人で、日本人で初めてポルトガル、スペイン、イタリアなどを訪れ、司祭に叙階された人たちだ。有馬の神学校に通っていた14、5歳の将来有望な少年たちが選ばれて、初の日本人司祭 を養成するために1582年に出発した。本能寺の変のあった年だ。

8 年後の1590年に帰ってきて、翌年会った豊臣秀吉にも好意的に迎えられた。その後天草やマカオで修練して1608年に司祭叙階される。博多で宣教していたが1613年にキリシタン弾圧が始まり、長崎に移り、翌年の江戸幕府によるキリシタン追放令が出た時に潜伏して20年も信者を支えた。1632年に逮捕され、翌年『沈黙』でフェレイラ神父が「転んだ」穴吊るしの刑にフェレイラや他のイエズス会司祭や修道士らとともに処せられた。

苦しさのあまり棄教したのはフェレイラ1人で、65歳の中浦ジュリアンは4日目に最初に息絶えた。ローマに旅立った日からちょうど半世紀が経っていた。毅然として「ローマに赴いた中浦ジュリアン神父」だと役人に言った。「ローマに行って教皇と会った」のは彼のアイデンティティの核にあったのだ。

けれどもローマに行った4人の少年のうち他の3人伊東マンショ、千々石ミゲル、原マチルノは殉教しなかった。ミゲルは神学の勉強を続けず棄教してイエズス会を去った。彼らはみなキリシタン領主の息子たちであり、政局の変化と共に棄教しても、生活の安定は保証されていた。リーダー格であったマンショは絶望して病死、学にすぐれたマルチノは1614年マカオに戻って出版や翻訳などの活動を続け1629年に死んでマカオの大聖堂に埋葬された。マルチノも大村領の名家の出だから、拷問されずに亡命という選択肢があったのだろう。高山右近が棄教せず追放されてマニラに渡ったのと同時代だ。

晩年のジュリアンは拷問のため失明していて、この映画でも目を隠している。彼に棄教を勧めるかつての仲間ミゲルの家で、座敷の隅に熱を出しているという赤ん坊(ミゲルの孫)をおいてミゲルが席を外した(ふりをした?)時に、そばにある盥からそっと水を汲んで洗礼を授けたシーンがあるそうだ。(親の正式な同意と依頼なしに洗礼を授けてもいいのか?とつっこんではいけない。別に割礼するわけじゃないからね。ここは以心伝心というわけだ。宗教の形は捨てても信仰は捨てていない、というのでなく、司祭を前にしてやはり形を求めずにはおれない、というのは『沈黙』の告解と通じる)

ネットで少し試聴できるが、やはり、笈田さんの存在感はすごい。



笈田さんの目力はすごいが、目を覆っていても同じオーラを発揮している。

それにしても穴吊りの刑に耐えて殉教した聖人である中浦ジュリアンを演じた笈田さんが、20年後に、杭に縛られて海水を浴びせられて死んだキリシタンの村の長老イチゾウを演じるなんて、なんというめぐりあわせだろう。

笈田さんには、迫害する側の役人をやれないのかなあ、とふと考えるけれど、彼が迫害者を演じたらそれはそれですごく迫力のある迫害者になるだろう。

笈田さんは今日本で、今月18日に東京芸術劇場シアターオペラでの『蝶々夫人』の演出をしている。

この紹介を見つけた。すごく刺激的な試みだ。観たかった。東京にいる方はぜひどうぞ。


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by mariastella | 2017-02-11 04:32 | 映画

『沈黙』をめぐって その6

『沈黙』のテーマに関しての考察を当分続ける。
 
この映画の中で、日本には「キリスト教が根付かない」とい有名なくだりがある。
植え付けても根枯れする、というのだ。

日本語で文化と訳されるカルチャーという言葉はもともと植物の栽培に関した言葉だ。

で、この映画では、キリスト教、あるいは「普遍協会」の「アカルチュレーション」は不可能だと言っている。aculturation は、栽培で言うと「移植」だ。臓器移植で拒否反応が出て失敗するという言葉も連想する。
で、今のカトリック教会(第二バチカン以降)というのは、もうaculturationはやめて、インカルチュレーション inculturation (栽培で言うと埋め込み)の時代だよね、ということになっている。
つまり、帝国主義の侵略と親和性のあるようなアカルチュレーションはやめて、種だけ持って行って現地のやり方で育てよう、という感じか。

詳しく知りたい人には 2013年のコンゴで出たこの文を読むと感動的によくわかる。

人間の宗教的な「召命」と文化とにはオーガニック(有機的)なリンクがある。「普遍教会」であろうとなかろうと、その宗教的な表現はすべて「文化」に結びついたものだ、とある。
つまり、ローマ教会が「普遍」の教えだと思っていたものは、「普遍」をヨーロッパ文化の文脈で表現した教えだったという当たり前のことだ。

木を移植するのにはそれに適した気候、風土の研究が必要だ。ヨーロッパ産のものがすぐに日本に根付くとは限らない。
ローマ教会は、パレスティナから広がったキリスト者たちが広めた考え方を「体制宗教」としていく中でしっかり自分ちでインカルチュレーションしていた。種が埋め込まれて、風土に適した新種が育ったのだ。そういう形でなければ新しい宗教が習俗や伝統としては根付くことはない。

で、一六、七世紀のフランシスコ会やイエズス会は別として(中国のマテオ・リッチなどかなりインカルチャーした人もいたけれど)、遠藤周作が影響を受けた近代以降のフランスのパリ外国宣教会はアジア専門だったこともあって、よーし、今度こそ失敗しないぞ、とがんばった。
彼らが建てた日本人向けの教会には畳敷きのところが多かったのもその意気込みを表している。
長崎で「隠れキリシタン」を「発見」したのがパリ外宣の神父で、フランスのカトリックは沸きに沸いた。原種に近く戻す必要はあったけれど、「インカルチュレーション」の奇蹟だと思った。
でも、隠れキリシタンではなく、宣教師らの作ったミッションスクールなどを通してキリスト教を「欧風文化」の一環とみなしていた日本人の感覚とはかえってずれていたかもしれない。

要するにこういうことだ。

ローマ教会が、自分たちの「普遍」も文化の一形態であり、それを超えたところに真のルーツである「普遍価値」があり、それを異文化世界で広め認めてもらうことは不可能ではないのだ、とようやく理解するためには、

プロテスタントに離反され、
宗教戦争で血を流し、
近代革命に追放され、
政治の道具にされ、
自分たちの内部でしっかり根腐れを起こしているのも何度も土を入れ替えたり品種改良したり、
そうこうしているうちに人々の心が離反していった、

そういう経験のすべてを必要としたということだ。

こうなるといいかげん、宗教としては「終わりのコンテンツ」となっても不思議ではなかったのだけれど、そうならなかったのにはわけがある。

それは『沈黙』とは別の話なので別のところで。

ともかく、『沈黙』でフェレイラが「この国って絶対無理なんだ」って言っているのは、

アカルチュレーションのやり方で「真理の花」を咲かせるっていう方法論が間違っているんだよ、

と気づいたと言っているのだ。

けれども前の記事でも書いたように、一七世紀前後のヨーロッパのキリスト教世界というのは、一応同じ文化の中だったのに、地質が変わり、栽培法も変わり、「真理」も「花」も、その有用性はおろか存在すら疑われた時代だった。
イエズス会士たちはそれを十分知っている。

「拷問に負けて棄教はしたけれど心の底では信仰を捨てずにずっと神を信じて生きていきましたとさ」というようなお花畑な話とは無縁だった。

「社会の秩序維持のため、キリストへの愛のため司祭職を全うするけれど、心の底では無神論の誘惑にさらされて疑いと迷いの中で生きていきました」というケースの方が縁がある。

通辞と井上様がロドリゴのことを「よし、あいつは傲慢だから絶対転ぶぞ、」という感じで予測した人間観察は正しかった。(続く)
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by mariastella | 2017-02-10 01:13 | 宗教



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