L'art de croire             竹下節子ブログ

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マーティン・スコセッシの『沈黙』 をめぐって(その5)

映画『沈黙』、フランス公開初日の最初の回に観に行った。

もうさんざん映画評やら、感想やら、スコセッシの言葉などを読んだり予告編をネットで観たりしていたので、なんだかもう見る前に食傷気味かなあと思っていたのだけれど、「百聞は一見に如かず」、アカデミー賞の撮影賞のノミネートというのはすごく妥当だと思うくらいカメラワーク、アングル、素敵だ。音とそして無音の部分も魅力的。

拷問だとか処刑シーンは見たくないのでいやだなあと思っていたけれど、意外に我慢できた。
リアルの知人笈田ヨシさん(村長のジイサマ)が磔られているのはショックだったけれど。
彼にも書いたのだけれど、普通なら彼のリアルさが作品への没頭を邪魔するかもしれないと思ったけれど逆で、彼がリアルの彼のままなので、作品世界全部が彼にくっついてきてリアルに見えた。

このジイサマとモキチの信仰がすごく説得力がある。
塚本晋也の相貌と表情には誰でもキャッチできる誠実さのシグナルがある。
この2人の組み合わせ、そして、若いイエズス会士二人の描き分け、演じ分けが秀逸なので、物語としてのメリハリがある。

フェレイラの描き方はとても日本的だと思った。
私は『無神論』の「一七世紀の無神論」という項で、フェレイラにも触れている。イエズス会のガラス神父の著作にも触れて、当時のカトリック神学者の状況について書いた。当時のヨーロッパでは「一般信者は何も理解しないでただ信じているだけ、それでOK」というスタンスだったのだが、一六世紀後半からの日本人の信者はほとんど「知的に理解」して賛同する人々だった。高山右近もその一人だ。
一方で、当時の仏教僧は信徒に何かを理解させ説得するという必要はまったくない主流秩序の構成要素だった。だから宣教師とまともにディベートをすればひとたまりもなかった。
不立文字の禅宗が盛んな頃だったが、日本人がすべて「以心伝心」でやっていたなどと思うのは幻想で、多くの人は、「真理の言語化」というものに出会って驚倒し魅惑された。

『沈黙』の時代の迫害は、もう完全に政治的なものだから、理性の次元も宗教の次元も超えている。

もう一つの次元に「愛」というものがあるのだが、これは驚くべきもので、これを「信仰」と呼ぶのなら、それは「愛の対象に出会った人」にしかわからない。

そういうこともこれから少しずつ書いていくつもりだし、今書いている本の流れとも関係している。

だから『沈黙』もそういう全体の文脈でしか私には見られないのだけれど、せっかくだから、スコセッシの話の続きもふくめて、まだ続けていくことにしよう。

今日のところは、私には意外だったある「フランス人の感想」を紹介。

1. キリシタンの一人が突然首を切り落とされるシーン。その男が1人だけ残されるのに、恐怖の様子が見られなかったのは不自然だと思った。(えっ、そんなこと言われても、もう一度見てみないと私には分からない。ほんとにそうだとしたら何か意味があるのだろうか?)

2. 通辞役が日本人には見えない。不自然すぎる。
(不自然、不自然って自然主義的なことばかり言ってどうする? でも私が通辞役の浅野忠信って北欧系アメリカ人のクォーターなんだよ、って言ったら、なるほど、と言われた。そんな微妙なことってあるのかなあ。井上筑後守役のイッセー尾形とのコントラストが絶妙だと思うけど。)

3. で、肝心の、踏み絵を踏んで棄教するということと信仰の問題はどう思う? と質問。そしたら、

「拷問や強迫によって強要された自白は無効だから」って。

うーん、ある意味すごく明快。

こういういろいろな迫害の歴史を経て、少しは暴力制御装置が働くようになった時代に生きててよかった。

(続く)
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by mariastella | 2017-02-09 03:22 | 映画

高山右近の列福式と『沈黙』の関係など

高山右近の列福式のビデオをネットで試聴した。

へー、大阪城ホールってこんなに大きいんだというのが第一印象。
メガ・チャーチみたいだなあ。

長崎での列福式とか列聖式などでは、周り一帯がテーマパーク風になる感じなので不思議ではないけれど、大阪って、南蛮文化館を観に行ったことがあるくらいで、カトリックの教会など見たことがない。

それなのにこの大盛況って、やっぱり、元大名っていうインパクトだろうか。小説やドラマで戦国ものは日本人の好きなテーマだし、去年の大河ドラマもキリシタン弾圧とか細川ガラシャとか、右近と同時代のものだったようだから、タイムリーだったのかもしれない。

以前の殉教者セレモニーの時にも書いたけれど、時の主権者の政令に背いた犯罪者を称えることに躊躇する中国なんかと違って、判官びいきというか、つらい最期を遂げた人に共感を持つ日本って悪くない。

忠臣蔵だって、言ってみれば、殿中で刃傷沙汰を起こして罰せられた主君の仇という名目で、たった一人の相手を討つのに武装した47人が攻め込むなんて、しかも、ただ警備の任務に就いているだけの武士たちを殺したのだろうから、なんだかひどい話にも思えるが、日本人好みのストーリーだ。

高山右近の方は、殺されたわけでもないし、拷問も受けなかった。

その後のキリシタン迫害では、ひどい拷問のために宣教師さえ棄教したということは、映画『沈黙』で描かれているとおりだ。

右近はマニラに追放されてすぐに客死して、殉教と認められたわけだが、彼がこういう撤退の仕方をしてくれたことの意味は実は大きい。

その後のひどい迫害の後でも、そのことがカトリック教会に知られていたにもかかわらず、いわゆる「十字軍」的な日本への侵攻が試みられなかったからだ。戦国大名という立場の右近が「叛旗を翻す」ような行動をとらなかったことはすばらしいメッセージだ。

当時の迫害には三種類ある。

最初は長崎の26殉教聖人のように、天を称えて十字架に架けられた人々。
これは、迫害する側にとってはまずい結果だった。
まさに、「殉教聖者」を誕生させたわけだから。

十字架上で殉教するなど、同じように磔刑死したイエス・キリストをいただくキリシタンにとっては「光栄」でしかない。信仰の強さが信仰の正しさを証明するようになっては藪蛇である。

次に追放。

追放するなら、特に、キリシタン大名の追放なら、領地や財産を没収できるからまだ実利がある。

しかしそれではもうやっていけなかった。

で、拷問をエスカレートさせる。
コストパフォーマンスの関係からいうと、拷問して棄教させるのが一番有効である。
特に「指導者」たちを。

それが『沈黙』の世界だ。

で、それでも、なんというか、この世界は一応全体としては「野蛮」から「文明」の方に向かっている。

今のISのような「野蛮な宗教過激派」が中東のキリスト教コミュニティ(中東は世界で一番古いキリスト教コミュニティのある場所だ)を支配した時も、キリスト者に選択肢を与えた。

まずキリスト教を捨てさせてイスラムに改宗を迫る。

改宗しない者にはいくつか選択がある。

金を払う(だからといって自由に信心行がで切るわけではない)。
家財産を捨てて出ていく。
逃げ遅れた者、金を払わない者、は首を切られて殺される。

多くの人がイラクやシリアから出て行った。
それが今のヨーロッパの難民問題の始まりだ。

そして、中東のキリスト教徒を迫害するISはけしからん、ということで、同盟軍が、空爆という名の「十字軍」侵攻を始めた。

もちろんいろいろ状況も時代も違うけれど、基本的にはこういうシナリオがある。

そう、高山右近と彼と共にマニラに追放された300人の日本キリシタンは、「宗教難民」なのだ。

『沈黙』のタイプの拷問と棄教は、もう古いタイプの迫害である。

高山右近型の「難民」をどう受け入れてどう評価し、迫害者をどう扱ってどう評価するかが、今問われている。

このことについては別の場所でも書くことにしているけれど、そういう意味で右近が2017年の今列福されるということは意義深い。

列福式では右近が追放されたにかかわらず、神に従い光へと向かう喜びと希望の中にいたというようなことがコメントされていたので、スコセッシの言葉を思い出した。

スコセッシも、悲惨で残酷に見える『沈黙』の一番のテーマは、実は、ミゼリコルド(神の慈しみ)とそれに対する「喜び」なのだ、と言う。

痛めつけられて殺されるので自衛のために脳からドーパミンが放出されて歓びになるんじゃないのか、というわけではないようだ。(その喜びの正体は今なんとなく分かるが、別の機会に書く)

でもとりあえず生き延びようと逃れるシリアの難民たちは、ヨーロッパの国々が「与えてくれる」ミゼリコルドにはたして希望を持っているのだろうか。

難民を宗旨に関係なく受け入れよという今のローマ教皇の呼びかけは、「慈しみ」の特別聖年を設けた人だけあって、筋が通っている。

一応キリスト教のトランプ大統領は、南米出身のフランシスコ教皇が選出された背景にはオバマ大統領とヒラリー国務長官の陰謀があった、として、調査を命じたそうだ。
笑える。

そして、

いつか列福される可能性もなく、立派なミサを捧げてもらえることもなく、ただ、家も故郷も捨てて、命がけで徒歩や危険な船で「政教分離の文明国?」にやってきて鉄条網に阻まれる人々のことを考える。

「政教分離の文明国」に生まれ育ちながら、その底辺で、住むところも持たず、寒空で飢えたり凍えたり、孤独に苦しんだりする人々のことを考える。
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by mariastella | 2017-02-08 01:24 | 宗教

マーティン・スコセッシの『沈黙』 をめぐって(その4)

スコセッシはニューヨークのリトル・イタリーという地区で育った。
一方にギャングや不良グループがいてもう一方にカトリックの司祭たちがいる、という環境だ。

彼に外の世界への目を開いてくれたのは11歳から17歳まで指導された司祭だった。
司祭は、スコセッシにイギリスの小説家グレアム・グリーンの『権力と栄光』(1940)を読むように勧めた。

グレアム・グリーンは、イギリス国教会からカトリックに転向した人だ。
この小説は20世紀前半のメキシコ革命下のカトリック迫害をテーマにしたものだ。ウィスキーを飲んでアル中気味の神父がカトリック摘発の警察当局から逃亡して村に隠れるが、当局は村人を人実にとって神父を誘い出そうとする。同僚には当局の弾圧に負けて結婚した神父もいる。

遠藤周作は『沈黙』を書くのにこの本の影響を受けたと明言している。

司祭に勧められてスコセッシが読んだものではこの本だけはない。
もう一冊は、Dwight MacDonaldの『ある革命家の回想』(1960)で、トロツキストからソ連を憎む平和主義者に転向したNY生まれのジャーナリストの作品だった。

スコセッシはぜん息でアパルトマンに閉じこもる少年時代だったから、司祭との出会いや読書が大きな影響を与えたことは確かだろう。

『最後の誘惑』の後でポール・ムーアから「本気で信仰について語りたいのならぜひこれを」と『沈黙』を渡され、ロドリゴの棄教のシーンにはまった。
キリスト教の基礎となるメッセージ隣人愛や汝の敵を愛せよ、に立ち返って信仰を考えようとした。革命的だと思った。ユートピアかもしれないが、非暴力に価値を与えたことで人類はサバイバルに成功したのだ。

とスコセッシは語る。

なるほど。

1920年代、チェスタートンらと同じ時期にカトリックに転向したグレアム・グリーンは、1930年代には共産党に入党した。どちらも当時の知識人にとって一種のブームだったという。晩年にも、確信を持ったカトリック信者と共産主義者には共感があると言っている。「解放の神学」などの影響も想像できる。

『栄光と権力』の直接の舞台となったのは、メキシコ革命に続くクリステロス戦争という白色テロ、宗教迫害の残滓で、1924年のカリェス大統領による迫害から内戦となり、犠牲者たちのうち22人の司祭と3人の信者が殉教者として2000年に列聖されている。カトリックの反乱軍はグアダルーペの聖母の旗を掲げて、司令官の名もイエズス何某だ。

殉教の司祭クリストバルは信徒の武力蜂起を戒めていた。
逮捕されてもすぐに敵を赦し、自分の流す血がメキシコの平和の礎となるようにとの言葉を残して処刑されたという。

内戦はおさまったが、そ1940年にカトリックの大統領が就任するまではカトリックの司祭への追求は続いたという。

『権力と栄光』はジョン・フォードの『逃亡者』として映画化され、ヘンリー・フォンダが追われる神父役だった。
検索するとネタバレ付きのストーリーが日本語でも出てくる。

何かが決定的に『沈黙』と違っている。
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by mariastella | 2017-02-07 03:12 | 宗教

フラクタルの最期

毎日、楽しみにしていたフラクタルが全滅。

犯人はこいつ。



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ごめんなさーい、と逃げた先がこれ。


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最近変えたPSのモニターの空箱。これを見たネコ飼いは絶対切り取りたくなるよね。
え、私だけ?
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by mariastella | 2017-02-06 00:02 |

マーティン・スコセッシの『沈黙』 をめぐって(その3)

映画『沈黙』の公開がいよいよ来週水曜に迫ったので<スコセッシ監督もフランスにプロモーションに来てあちこちでインタビューを受けていたのだが、なかには「へえー」っと思ったものもあった。
いろいろ考えさせられたので少しずつ紹介していこう。

それにしてもスコセッシの知名度は高いから話題にはなるけれど、フランスでの上映館はかなり少ないようだ。
観客動員を見こめそうにない映画という市場原理の方が監督の知名度に勝つということだろう。

今発売中のパリ・マッチ誌なんて、『ムーンライト』(これはわたしも観にいくつもり)を絶賛しているページの片すみに★2つの『沈黙』評がほんの少し。しかも、

「(宣教師が)天皇の審問官によって迫害」

なんていう事実誤認はまあいいとして、

「偉大なスコセッシは的外れで、私たちに、役柄に説得力を与えられなかったスターを使った長すぎる映画をおしつける。拷問の積み重ねもなんの感動ももたらさない。ラストはグロテスクだ。まあ、しょうがない、ZEN(冷静を保つこと)で行こう。」(評者Alain Spira)

という言われようだ。

アメリカでもなんだか「色モノ」という目で観られたり、イエスの言葉が聞えるシーンで観客から失笑が漏れたという話も聞いたけれど、フランスでの一般の反応はどうなるだろう。

スコセッシが、この映画をバチカンに持っていって教皇と会見し、イエズス会士らと共に試写を見てもらったこともよく知られているが、では、教皇と会ってどんな話をしたかというと、

質疑応答はただ一つ、

スコセッシが教皇に

「長崎に行ったことがありますか」と聞き、

教皇が

「ありません」と答えた。

教皇が日本に行ったことがないのはネットで調べたりイエズス会の誰かに聞いたりすればわかるでしょ。

(私なら、せっかくだから、「もし教皇がロドリゴの立場ならどうなさいますか?」と聞いちゃうかも。)

で、教皇からは、映画の成功を祈ってます、good luck、って言葉をいただいたそうで。

でも、スコセッシは大満足。

なぜなら、家族を引き連れてバチカン入りしたスコセッシの目的は多分、教皇からの「祝福」を受けること。
実際、家族全員を「祝福」してもらった。

カトリックの祝福というのは、神父が、物や人に大して神の恵みが働くよう願い求める行為だ。

教皇による祝福も、一司祭による祝福も、「神の救いの業」を想起するのだから「効き目」は変わらない。
でも、代々カトリックであるシチリア系のスコセッシにとっては、NYのリトル・イタリーのゲットーで育った自分が、なんと、バチカンで、ローマ教皇からの祝福を家族と共に受けられるなんて…。と、これがメインになっていたとしても全然不思議ではない。

特に『最後の誘惑』ではスキャンダルになったし、『クンドゥン』ではダライ・ラマに共感する映画を作ってるし、さあ、この辺で、名誉挽回、だと思ったのかどうか…。

(続く)
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by mariastella | 2017-02-05 00:33 | 映画

フラクタルの話

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枯れ木のように見えるプラント3種を鉢に植えて水をやっていたら、あちこちから芽が出てきた。やがて、ふたつに枝分かれするタイプのものと、三つの葉が出てその真ん中のものだけ延びてさらに三つに分かれる、などのパターンができて、フラクタルってこういうものだなあ、と毎日毎日観察している。ルネ・トムの「構造安定性と形態形成」ってまさにこれだ、と思う。

今日はこれから 演奏会で弾くので昨日の続きはまた後日。

私に殉教者の心を始めて理解させてくれた本は、最近読み返した2冊。昔京都の赤尾照文堂で買ったもの。

海老澤有道『京畿切支丹史話』東京堂書店 昭和17年
木村太郎訳 『日本廿六聖人殉教記』 岩波書店 昭和6年

キリスト教の殉教者の謎が解ける気分だった。
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by mariastella | 2017-02-04 00:34 | 雑感

高山右近の列福、映画『沈黙』のキリシタン迫害で殉教について考える

大阪城での高山右近の列福式が近づき、スコセッシの『沈黙』が公開され、日本ではキリシタン殉教についての関心が高まっている。(フランスでは来週上映開始)

高山右近は迫害によって殺されたわけではないが、一国の城主だったのに権力や財産をすべて捨てて追放されることを受け入れ、国外で客死した。
それを「殉教」がとして認められたので、「右近の執り成しによる奇蹟」の認定がなくても福者に列せられることになったのだ。

殉教について私はサイトで見られる記事とかブログのこの記事などで何度か日本のキリシタンの殉教のことについて書いてきた。

基本にある違和感は変わらないのだけれど、周辺部ではいろいろ感じ方が変わってきた。

まず、キアラ神父(映画のロドリゴ)などは、やはり、宣教師だったのだから、きっちり殺されるべきだったと今は思う。
他のすべての人についてはそれぞれの状況や性格や情緒に従っていろいろな選択があって当然だと思う。
迷いや恐れや保身自体は、キリスト教の上の「罪」ではないし、近代法風に言っても、迫害されているのだから、「信仰を(いったん)失うこと」「棄教したと形式的に宣言すること(踏み絵を踏むことも含む)」「隠れること」などは明らかに「緊急避難」や「正当防衛」に該当して、「罪」とは思えない。

でも、仮にも、聖霊の恵みと使命を受けたはずの神父で、その中でも危険を承知で別世界の「宣教」に志願したような「宣教師」は、当然想定されるような「迫害」を前にして「緊急避難」や「正当防衛」の余地はない。

内心がどんなに動揺していても、パードレと信頼してくれる信徒たちのの信頼を裏切らない、という責任がある。

つまり、心では決して信仰を捨てていず、人々への拷問をやめさせるというプラグマティックな判断で、

「ここはひとまず人助けのために踏み絵を踏んでおこうか、イエスさまがこんなことで罰を下すと思えないしな。ここは長い目で、この国で地道に信仰の種をまく方が有益かも」

なんて思うのは、合理的には正しいが、やっぱり

「宣教師がそれをやっちゃダメでしょ、たとえ他のすべての人が転んでも、宣教師だけは死を恐れないところを見せるべきでしょ」

と思う。

イエスの一番弟子だったペトロは確かに鶏が鳴くまでにイエスとの関係を3度も否認した。

でも、それは、イエスがまだ殺されていず、したがって復活もしていなかったからだ。
忠実な「弟子」ペトロはイエスを逮捕に来たローマ兵の耳に切りつけたくらいに「師イエスお大切」の情熱はあった。でも当のイエスからそれを戒められて、情熱はしぼみ、後は逃げに回り、自己嫌悪に陥った。

でも、その後にイエスの復活によって「忠実な弟子」が「信仰者」になり、「使徒」となった。
イエスの復活によってキリスト者が「誕生」したのだ。
それからの彼らには怖いものがなくなった。
特に「死」はもう「怖いもの」ではなくなった。「死」は「復活」の信仰の証しだからだ。

キリスト教はそういう宗教だ。
だから、「宣教師」は、宣教師だけは、「イエスに何と言われても、踏み絵を踏むべきではない」。

もちろんイエスは彼らの弱さを赦してくれるだろう。
でも、彼らは、彼らの「証し」を聞いて信仰に入った信徒たちを裏切るべきではない。

私が宣教師だったとしても、もう諦める。殺される以外の道はない。
イエスのためではない。
私の話を聞いてくれた人のためだ。

もっとも私は絶対宣教師にはならない。
石橋を叩いても、下に急流が見える限りは渡りたくないヘタレだからだ。

などと思いながら、最近久しぶりにある本を読み返したら、日本での殉教者の心情が突然理解できた。

いや、理解を超えるものだと理解できたのだ。
こうなったら違和感もへったくれもなく、ただ、感嘆の思いしかない。

それはいったい何かというと…  (続く)
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by mariastella | 2017-02-03 00:12 | 宗教

トランプ、フェミニズム、ミスユニバース、プルエス、相撲と紅白歌合戦

私は(先進諸国の中で)「日本は遅れている」という言い方は嫌いだ。そんなことは一括してはとてもいえないし、分野にもよるし、時と場合にもよるし、感受性の差にもよる。

ひと世代前の日本人の仏文学者がフランスでの体験を書いて、ソルボンヌの教授のやることなすことに「…しておられた」などと敬語を使いまくっているのを読んでもなんだか不愉快なくらいだ。

けれども、週刊朝日(2/10号)の北原みのりさんの記事をネットで読み、澤藤統一郎さんのブログのこの記事とかを見ていると、暗然とする。

どちらもトランプ大統領がらみのテーマだ。

北原さんのはフェミニズムに引き付けてのものだけれど、もちろんすべての差別において人の「モノ化」は通底している。

この週刊朝日の記事もそうだけれど、実際、インターネットのサービスで、今まで見たこともないいろいろな週刊誌などをザッピングできるので、男性をターゲットにした若い女性のグラビアでの扱い方を目にすると胸が悪くなる。

トランプに話を戻すと、メラニア夫人がいつもなんとなく悲しそうな顔をしているのは本当だし、これについては、フランスの大統領なら少なくとも自分の連れ合いにこんな態度をとるということはあり得ないだろう。

今年のミス・ユニヴァースのコンクールでで半世紀以上ぶりにミス・フランスが勝利したということについてさえ、ただの遺伝子の比較に過ぎなく、なんのprouesseもない勝負にフランス人が誇らしい、みたいなことを言うべきではない、と批判する人がいた。
フランスの教育やフランスの環境によって学者やアスリートやアーティストが育ったり力を発揮したりして国際的に認められるなら誇ってもいいが、ミス・コンテストはその人の個人的な遺伝子の勝利であり、コンテストの中でprouesseを求められないから意味がない、という。

この「プルエス」という言葉、昔、東大のフランス科にいた時のなんの授業だったかで、すごく細かく説明されていたテキストを読んだ。
とても印象的だったので、おかげで今でも、単に辞書的な意味でなく、その背後にある価値観がよくわかる単語のひとつになっている。

今、ためしにgoogle翻訳で日本語にしたら、「業績」と出てきた。
フランス語から英語にしたらprowessと出てきた。
その英語をさらに日本語に訳したら「武勇」と出てきた。

うーん、まあ騎士道などと関係があるから、「業績」よりは「武勇」の方がまだ近いけれど、もっと、ある「決意」を、克己とか精進とかを伴って遂行した結果に得られたもの、という感じかな。
ヒロイックな含意がある。
ミス・コンテストには確かにそんなものは必要ないから、やはり「見た目」がモノとして評価されているだけだ。

大相撲で、久しぶりに「日本出身力士」が横綱になったと話題になっているのも目にした。
でもフランスにいて聞くとこ、の言葉は微妙な言葉だなあと思う。

モンゴル出身などで日本国籍を取得した横綱と区別するためらしい。
国籍とは関係なく、「日本生まれではない」というニュアンスがある。

では、日本生まれの外国籍の人は「日本出身」ではないのだろうか。
あるいは、両親が日本人で外国で生まれた人が日本で力士になったら、「日本出身」とは言わないで「日本人」というだけなのだろうか。
あるいは「日系二世」とか?

でも、文脈からいうと、「日本出身」というのはどうも、日本の「純粋な血」をひいた、という、例の「単一民族」神話を反映しているらしい。

フランスでも、差別問題で口に出される言葉に「Français de souche」のがある。soucheは木の株というか、土着のという感じで実際は「白人」という人種的な言葉を避けるためかのように使われている。

まあ、いわゆる白人でもフランスにはイタリア移民、ポルトガル移民、ポーランド移民はとても多いのだが、二、三代目ではFrançais de soucheとは呼ばれない。
Français de soucheとは、「先祖代々のフランス人」ということになる。

とはいえ、先住のケルト人だけではなく、ゲルマン人の移動と共にやってきた人、ローマ帝国の版図と共に広がったラテン系の人などがまざっているわけで、「先祖代々」と言っても見た目もいろいろだ。
フランク族のクローヴィスとかシャルルマーニュとかが今の独仏伊あたりを統合したので、そして、彼らがローマの国教だったキリスト教に改宗して共同体をオーガナイズしたので、結局は「白人のキリスト教徒」みたいな含意もある。フランスに多いイタリア、ポルトガル、ポーランド移民はみなカトリック国という共通点も見逃しがたい。

でも、柔道重量級の世界チャンピォンであるテディ・リネールなど、フランス本土ですらないカリブ出身(本人はフランス本土生まれだが)の黒人だし、サッカーで一世を風靡したジダンは北アフリカのベルベル人だし、伝説的なテニスチャンピォンのヤニック・ノアは黒人との混血だが、フランス人がそういう時に彼らを「フランス出身でない」とか「ウィンブルドン現象(よそから来たものに地元が負ける)」だなどとは言わないし、多分思ってもいない。すごく単純に、「フランス万歳」と喜んでいる。

まあ、相撲は日本の「国技」で、世界的にはローカルスポーツだから、「日本代表」対「外国代表」という国際試合がないので、よけいに出身の「差」が目立つのだろう。

日本の外から見ている限りでは、モンゴル出身の横綱も見た目には区別はつかないし、お相撲さんというのは誰でも訥々と語るイメージがあるから、インタビューなどを受けての日本語を耳にしても違和感がない。

ただ、本来閉鎖的な日本の相撲の世界にわざわざ挑戦する外国人力士の出身国と日本には、やはり「経済格差」があるようで、その「出稼ぎモチベーション」抜きには今のような状況には絶対になっていないだろうなあとは思う。
昔は日本でも、ハングリー精神で地方からやってきて横綱を目指すというような例があったのに、もう日本人にはそういう人は少なくなったともよく言われる。

個人戦のスポーツはいろいろな含意や偏見を反映しているから難しい。
チームのスポーツは、その中で多様性を発揮できるからもう少しリベラルな感じがする。
ラグビーなんか、日本でもナショナルチーム自体が国際的だ。
フランスのサッカーのナショナルチームなど、「先祖代々の白人の」フランス人なんてマイノリティだ。

愛国心とは別に選手やチームの「プルエス」を愛でるファンも多いだろう。

そういえば、日本には今も「紅白歌合戦」という、形だけにせよ、「男女対抗」の「合戦」がある。
確かに歌は筋肉のつき方や身長などと関係がないから、男女が「同じ土俵」で競い合うともいえるけれど、パロディだとしても、よくこのコンセプトが続くなあ、と思う。こんな催しって日本以外にあるんだろうか…。
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by mariastella | 2017-02-02 00:44 | 雑感

ポンピドー文化センター

パリのポンピドー文化センターができてちょうど40年ということで、記念のドキュメンタリー番組を先日見た。

ポンピドー・センターの歴史はそのまま私のフランスでの生活の歴史に重なるので感慨深い。

できた時には、「友の会」のような支援グループに会費を払って登録していたので、その後、展覧会にも並ばずに入れた。

開館一周年記念のパーティにも招かれて出席した時、センターをかたどった直方体の大きなケーキが出されたのも懐かしい。

ポンピドーセンターの近くはなじみの界隈になった。

まだミッテラン政権の前で、同性愛が刑法上の罪を構成していた時期で、この地区にゲイの友人が、フランスで初めてのゲイのためのカフェを開いていて、ある夕方に訪ねて行った。親密な雰囲気のカップルたちがカウンター席で寄り添っていた。私は目立たないように奥の席に通された。

ベトナム人の知り合いが「七つの牛料理」という名のレストランを開いて、七つの調理をした牛肉料理が次々出てくるのをはじめて食べたのもセンターのすぐ近くだ。ネムという揚げ春巻きをミントの葉といっしょにレタスに包んで食べることもそこで初めて覚えた。

図書館の雑誌コーナーに日本の週刊誌が置いてある時期があって、感激したこともある。

だいぶ後で、私のピアノの生徒のお母さんがここで働いていたので、数々の招待券をもらったこともある。

今回のドキュメンタリー番組で初めて知ったのは、ここが、予定の敷地の半分をセンターに、半分を広場にするというデザインが採用されてできたものだということだ。私は最初から広場は広場だと思っていたのだけれど、じつは、広場はセンターの一部、というか、一体だった。

最初に大道芸人がこの広場に集まってきた時に、警察から追い出されたが、みな戻ってきた。
なぜなら、そこはセンターの一部であるから、センターが警察に撤去を要請しない限り、市や警察は無断で介入できないからだ。

で、いつも大道芸人が集まるなじみの光景が出現した。それは折り込み済みだったわけだ。

2000年の改修以来、図書館部分との入り口が別になったり有料部分も増えたりして、広場の大道芸人はぐっと減ったという。

最近は行っていないけれど、テロ対策はどうなっているのだろう。
広場へのアクセスは自由だから、セキュリティ検査はできない。

嫌な時代になったなあと思う。昔はセンターの外側も内側も、町の延長のような感じだったから。

昨年、金沢の21世紀美術館に久しぶりに行ったけれど、そういえば、昔はポンピドーもこんな感じだったなあ。

なつかしい。
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by mariastella | 2017-02-01 01:03 | フランス



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