L'art de croire             竹下節子ブログ

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フランシスコ教皇と精神分析

ローマ教皇フランシスコが、フランスの社会学者でコミュニケーションやメディア学が専門のドミニク・ヴォルトンに10回以上のインタビューに答えた『政治と社会』という本が出版された。

カトリックのヒエラルキーの頂点にいる人たちのインタビューというのはなぜかいつも無防備で誠実だ。彼らには、地上で失うものはもう何もないのかもしれない。

で、カトリックはじめてのヨーロッパ大陸以外からの出身のこの教皇、普段から率直でユーモアもあるのは知っていたが、意外なことがいくつかあった。

まず、教皇が外国訪問から帰る時の機内の記者会見について。

このブログでも、
こことか
こことか
ここ
などで書いているように、むしろ、機内では自由な本音が聞けるのかという印象を持ってていたが、実際は、機内でジャーナリストに囲まれるときはライオンの檻に投げ込まれたような気がする、のだそうだ。映像を見るといつも通り自然体でリラックスしているように見えるのに。

確かに、機内では、絶対に逃げられない、これで終わりにします、といって奥に下がることもできない。

ローマ教皇になったことについても、まさか自分がバチカンという檻の中で一生を終えることになるなどと思ってもいなかった。でも、内的には自由のままでいる、と言う。

飛行機も檻、バチカンも檻。

気の毒だ。

気の毒と言えば、42歳で精神分析にかかったことがあるという話も出てきた。
自分の中ではっきりさせたいことがあったからだと。

教皇が42歳と言えば、1979年あたり。

1973年に36歳の若さでイエズス会のアルゼンチン管区長に任命されたことの重圧の他に、1976年から1983年の軍事独裁政権があった。イエズス会士にもコミュニストとと共闘する者が現れ、「解放の神学」がローマから批判された時代だ。
この時代の中南米におけるカトリック教会と解放の神学とコミュニズムの関係の変遷については、今執筆中の「神、金、革命」(仮題)にくわしく書いた。

この時代に、後にブエノスアイレスの大司教となり教皇にまでなるベルゴリオ神父は、独裁政権に迎合したと言われたり、いや、レジスタンスの立場にいたと言われたり、解放の神学に対しての姿勢の曖昧さを問われたりと、なかなか微妙なスタンスにいた。時の教皇に絶対服従のイエズス会士の立場を貫くのか、軍事独裁政権によって抑圧されている弱者の側につくべきなのか、さぞや迷いがあっただろうと思われる。

ちょうどその時期に、精神分析を受けたというのだ。

自分の中ではっきりさせたいことがあった、からだと。


神は答えをくれなかったのだろうか。


いや、神がどのように何を通して答えをくれるのかなんて、人間の想像力を超えているのだろう。


現役のローマ教皇が、宗教や救いというテーマでなく、ずばり政治と社会をテーマに語る。

全部読んでからまたコメントすることになるだろう。




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by mariastella | 2017-08-31 05:44 | 宗教

ジャンヌ・モローにミレイユ・ダルク

最近、フランスの大女優たちが相次いで亡くなった。

ジャンヌ・モローにミレイユ・ダルク。

ミレイユ・ダルクはもともと心臓に疾患があり、何度も手術したのは聞いていたが、ジャンヌ・モローより10歳も若いし、TVや雑誌で今もよく見かけるので79歳の訃報に驚いた。

この二人の映画をいろいろ日本の映画館で見ていた頃を思い出す。


ミレイユ・ダルクはボーイッシュで素敵だった。

けれども、そのころの「新作」のジャンヌ・モローは私にとってはすでにかなり年配の女性だった。彼女は私の母とほとんど同じ世代だ。

そのことに驚いたのをはっきり覚えている。

それはルイ・マルの『ビバ ! マリア』を観に行った時のことだ。ブリジット・バルドーとの共演で、ジャンヌ・モローはかなり老けて見えた。パンフレットを読むと、彼女はすでに38歳で、バルドーでさえ32歳だった。私は1415だった。30代の女性二人があのようなはじけた役柄をしていることに驚いた。私はそのパンフレットを地下鉄の中で読んでいる自分を思い出す。中学3年でひとりで映画館に通うようになって見た初期のころの映画だからだ。

ちょうど兄が高3で、いわゆる受験期だったから、母が日曜ごとに私について映画を見に行くのを控え始めたのだ。ビデオもない時代だったから、二本立てや三本立ての映画もよく見に行った。いわゆる「洋画」ばかりだった。(日本映画に目覚めたのは大学で中沢新一くんと出会ってからかもしれない。)

で、38歳のジャンヌ・モローは、今風に言うとかなりイタく見えた。

私はまだ中学生だったのに、もう「年相応の役」という日本風先入観に毒されていたらしい。

ミレイユ・ダルクの方は、テレビの番組でアラン・ドロンに直接「あなたが私をおいて出ていったことが私にとってどんなにつらかったかあなたは知らなかったの?」と質問したシーンが印象に残っている。アラン・ドロンは「知っていた。知っていただけではなくて今もそのことを自分の中に抱えている」と答えた。

ダルクもドロンも二人とも大スターで、それが放映された頃はもうかなり年配だったのに、なぜかとてもシンプルで誠実そうで、ほとんど初々しく見えた。

ミレイユ・ダルクはテレビのドキュメンタリー・ジャーナリストとして、女囚や売も春婦など、「底辺の女性」を取材して女性の権利擁護に活躍、それが彼女に似合っていた。自らもつらい少女時代を体験してきた人らしい。


ジャンヌ・モローは、一番正統派の女優らしい女優だった。奔放に見えたミレイユ・ダルクよりもずっと自由奔放な生き方をした人だ。確か、息子さんに会ったことがある。


もう一人の「ビバ ! マリア」のブリジット・バルドーはと言えば、80台で健在だが、こちらは女性の権利擁護よりも動物愛護原理主義のアイコンになって久しい。


いろんな生き方、いろんな老い方がある。


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by mariastella | 2017-08-30 00:45 | フランス

ウィーンの話 その12 聖ペーター教会

ウィーンのバロック教会の続き。

次はシュテファン大聖堂の近くにある聖ペーター教会。

ここも丸屋根。丸屋根率が多い。

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元はシャルルマーニュの時代にさかのぼる。今の姿は18世紀初めににイタリア人の設計のバロック様式で、確かに派手で有機的だ。最近修復されたらしく奇麗だ。
今はオプス・デイが管理している。
オプス・デイといえば日本では『ダビンチ・コード』で有名になったので秘密のカルト組織みたいだが、カトリックに正式に認められた属人区(まあ聖俗問わない修道会みたいなもの)だ。創立者であるスペイン人のホセマリア・エスクリバーが、20世紀スペイン内戦時代の人であり、死後例外的に早く列福列聖されたこともあっていろいろ取りざたされたし、スキャンダルもあったのだ。まあ、カトリック右派に分類される。
この教会にも当然オプスデイの行事の案内などが置いてある。
ちょっとプロテスタント風に信仰と勤勉を奨励する雰囲気だ。

ここでも、修復のされ具合や、管理者が転々としたせいなどで、ババリアやプラハのバロックのような怪しい迫力が感じられない。ローマのバロックはもちろん壮大だけれど、「本家本元」の確信ぶりや政治臭があるので、それともまた違う。(続く)

(関係ないけれど、どの教会ももちろん正式には「聖」何とか、とつくのだけれど、その前にある広場の名は全部、アンナ広場とかカールス広場とか、ペーター広場といって「聖」がない。フランス語なら必ずくっついているし、英語でも多分、「セント」ルイスとか「サン」フランシスコとかいうから聖はセットになっているのになぜだろう。カテドラルでもサンクト・シュテファンが通称は「Stephansdom」だから、日本語ガイドの訳語もシュテファン大聖堂になっている。ローマならサンピエトロ大聖堂とかフランスでもサン・ミッシェル教会とかなのに。)

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by mariastella | 2017-08-29 01:17

スピノザの49日?

「スピノザが亡くなってから今日で49日ですね」というお便りをいただいた。わたし的にはスピヌーは即天国で、いつも私のそばにいるので、49日って…なに、それって感じもするが、そうか、そろそろ喪も新しいステップに移るのかもしれない。

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「お兄ちゃんがいなくなって、ぼく、悲しい…」と涙を拭う今朝のイズー。(もちろんやらせです) 実際はママ(私)のひざの上でこんな感じ。
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by mariastella | 2017-08-28 19:16 |

バルセロナのデモ行進

8/26のバルセロナでのアンチ・テロリズム行進をテレビで見てやはり、ここはすごくカタルーニャだなあと思った。
カタルーニャの旗の色(白、赤、黄色)の花を配っているし、プラカードや横断幕の「私たちは怖くない」というのもカタルーニャ語で書かれている。

スペイン王も行進に加わったのだが、カタルーニャ自治州の分離独立派から野次をとばされていた。

バリで2015年の1月にアンチテロの行進があったときは、フランス全土で同時に行進があったし、大統領が率先して各国の首脳に呼びかけて集めたし、メイン・テーマが「表現の自由」(シャルリー・エブドの襲撃の後だったので)だったし、フランスってやっぱり中央集権国家で、大統領国王制の国なんだなあとあらためて思う。

まあバルセロナの場合は、現場が観光地の中心でバカンス中で、国際色豊かで、26日は8月最後の週末で天気もいいし、観光客もまだたくさんいるし、この行進が盛り上がるのも分かる。

2015/1のフランスの場合はシャンゼリゼが狙われたわけではなく、風刺週刊新聞の編集部というコアな所とユダヤ食品店の立てこもりや警官殺害などで、その10ヶ月後にカフェやコンサート会場の無差別テロが起こるとはまだ予想していなかったし。

ベルギーやオランダでも続いてテロやテロ未遂があり、本当に物騒だ。

でも、なんといっても2024年オリンピック開催のパリだから、もう今後テロはないかのようなふりをしている。実際、今年は観光客も戻ってきているらしい。

そういえばフランスはリヨン・オリンピックとかボルドー・オリンピックとか、マルセイユ・オリンピックとかはない。パリ一強の中央集権ぶりがここにも表れる。
スペインのオリンピックもバルセロナだった。公用語もスペイン語とカタルーニャ語だった。マドリードは2020年に立候補して東京に敗れている。

テロリストたちはヨーロッパの国によって「戦略」を変えているのだろうか。

ともかく、国によってアンチ・テロリズムへの反応が微妙に違うのを観察するのは興味深い。

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by mariastella | 2017-08-28 01:43 | 雑感

ウィーンの話 その11 聖アンナ教会

ウィーンのバロック教会、次は聖アンナ教会。

そのすぐ近くにマルタ騎士団教会もある。
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こういうの。マルタ十字架が印象的だ。19世紀初頭のもの。私の滞在したホテル(アンバサダー)の向かいにある。

で、そのすぐ先に聖アンナ(聖母マリアのおかあさん。教育熱心でマリアに読み書きを教えたのでマリアは本好きの女の子になり、天使に受胎告知された時も本を読んでいて、幼子イエスを寝かしつけている時も本を読んでいて、抱っこしている時も本を読んでいる、という図柄がたくさんある)教会。

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バロック時代(1629-1634)に後期ゴシックから改装したというから、確かにバロックの意匠なのだけれど、カールス教会と同じように、形はあるけど濃密さが今一つ伝わらない。
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聖アンナ教会だから、聖アンナが聖母マリアと幼子イエスの両方を抱いている像もある。

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これはイコン風。聖アンナが幼いマリアを抱いている。マリアはちゃんと本(祈祷書?)を持っている。のちに被昇天して「戴冠」したのでもう冠を被っている。

クラリス会、イエズス会、聖アンナ信心会、芸術アカデミーと転々として、今はある修道会が運営してちゃんと毎日ミサがあるそうだ。
何度も修復されている。

なんというか、濃い巡礼地の聖堂などと違って、訪れる人のサイコエネルギーがたまる暇がないのか、「妖気」っぽいものが感じられない。コンサートはいろいろある。(続く)



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by mariastella | 2017-08-27 02:03 | 宗教

ウィーンの話 その10 カールス教会

楽友協会から丸屋根が見えていたカールス教会はバロック時代の教会だ。
ドームに見事なフレスコ画があって、エレベーターでかなり上まで昇り、さらに階段で天井のすぐ近くまで行ける。外の塔に上るというのはよくあるけれど教会の真ん中の空間を上っていくのは…天にも昇る気持ち?

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この鉄骨の骨組みがエレベーター。フレスコ画修復のための足場をそのまま残しているのだろうか。

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こんな迫力で見えてくる。

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おお、ついに天国に到着。

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バロック教会独特の演劇的祭壇。


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一番上には聖霊の白鳩が舞う。

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この聖母子像はなかなかいい。

うーん、でも、ウィーンのバロック教会って、なんだか、違う。

ラテンアメリカのバロック教会はもちろん、地理的に近いババリアのバロックやプラハのバロックとも雰囲気が違う。

さらに別のところへ行ってみよう。(続く)






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by mariastella | 2017-08-26 02:20 | 宗教

良寛とアッシジの聖フランチェスコのシンクロニシティ

とても不思議なことがあった。

私は「シンクロニシティ」というのをあまり信じない。

「偶然」に意味をこじつけているような場合が多いからだ。

うまく使うと「おおこれは神のお導き」、「あなたはやっぱりこうなる運命だったのです」のようにいわゆるマインド・コントロールに悪用されそうな気がする。

でも、夕べはあまりにも意外なことがあったので、つい書き留めておきたくなった。

いわゆる共時性という意味のシンクロニシティとは少し違うけれど。

それは、ちょうど、読売日本交響楽団のプログラム誌「月刊オーケストラ」のためにアッシジの聖フランチェスコについての原稿を書き終えた時のことだ。メシアンの同名のオペラのコンサート・ヴァージョンが秋に演奏されるにあたっての企画だそうだ。メシアンについても言いたいことはいくらでもあるけれど私の担当はとりあえず聖フランチェスコの今日性ということで、参加させていただいた。

朝もキリスト教関係のことを読んだり書いたりしていたので、ちょっと気分を変えたくて、わりと近くにあった日本語の本を手に取った。

北川省一著『良寛游戯』(アディン書房刊)という本。

厚紙のケースから取り出して、本体を机の上において、なんとなく、フランス語の本の癖で、右から左に開いてしまった。すると、漢字がたくさん並ぶページの中ですぐ目に飛び込んできたのがそこだけカタカナが目立つ

「聖フランチェスコ」

の文字。

いやあ、目を疑った。

結びの部分であり、聖フランチェスコの晩年と良寛の晩年を重ねている。

さらに読んでみると、「終わりに」の部分に、この本は良寛を、荘子とニーチェを通して解釈したもので、エピクロスや聖フランチェスコも引き合いに出したのは著者が西欧文学を学んだ人だからで、良寛を宗門や郷土史の枠から解き放った人間の一原型として定立したかったからだとある。

それにしても、では本文にどんな風にフランチェスコが出てくるのかとパラパラと繰ってみたけれどそう簡単にはもう目に入ってこなかった。

さらに、40年前に出版されたこの本を書いたときの著者は今の私と同じ年。

wikipediaで調べると、東大の仏文を出た人だった。息子の北川フラムさんは、私の好きな直島の地中美術館の総合ディレクターで、娘婿がフランスのラ・ヴィレットの設計コンペにも入賞した原広司さん(京都駅ビルの設計者でもある)だった。

キリスト教における聖フランチェスコ、仏教における良寛、確かに似ている。

もっと言うと、良寛はナザレのイエスにも似ている。

すごい。いろいろなイメージがわいてきた。

北川省一さんは復員後共産党に入り離脱した人のようで、フラムさんは藝大全共闘で孤軍奮闘して中退したそうだ。宗教、戦争、革命の関係を書いている最中の私の琴線に触れる予感がする。

北川省一さんはもう亡くなっている。イエスもフランチェスコも良寛ももちろんもういない。


でも人は本によって、言葉によって、自分の人生よりずっと広く長く、自分の世界よりずっと大きく広く生きることができる。


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by mariastella | 2017-08-25 01:41 |

ウィーンの話 その9 楽友協会と中国人観光客


アウグスティーナ教会での中国人に向けた「声を出すな、拍手もするな」というコメントに人種差別を感じて不快だったことを前の記事に書いた


ところが、その後で、楽友協会のコンサートに行った時のことだ。


楽友協会のゴールド・ホールといえば、ウィーンフィルの本拠地で、毎年のニューイヤーコンサートのヨハン・シュトラウス演奏で、超メジャーな「巡礼地」だ。

ウィーンフィルはバカンスだが、観光客のためにいろいろなコンサートがあり、私は18世紀のコスチュームで演奏するモーツアルト・オーケストラの公演に行った。古楽器ではない。

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バリトンとソプラノの歌手も一人ずついて、オペラの衣装を着て、「パパゲーノ」などを披露してくれる。

いわば「軒を貸している」だけだから、楽友協会のグッズが買えなくて、モーツアルト・オーケストラのグッズしか買えない。

それでもわくわくする。

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ところが…ここの中国人客の多さに驚いた。

明らかに団体ツアーと思われる人がたくさんいる。

左右のバルコン席には、小さい子供たちも鈴なりになっているのだ。


そして、席に着いたらすぐに、周りの中国人たちの撮影会の嬌声、

だけならまだいいが、私のすぐ後ろの数人の中国人がすごい大声で何かをまくしたてている。


連れが「彼らはきっと自分の畑のニンジンの収穫量を競っているのに違いない」とつぶやいた。


私は、野菜を栽培している人に偏見などないし(むしろ尊敬)、収穫量を競おうと別にかまわない。でも、その時に、その比喩が、あまりにもぴったりしていたのには笑えた。

どう考えても、ウィーンの話やモーツアルトの話や楽友協会の話をしていない。音楽の話もしていない。


撮影会をしている人たちからは「わあ、ここってやっぱりすてきねー」という雰囲気の言葉が聞えてくるし、華やいだ感じだ。


でも、私の後ろの男性たちは、周りも見ていないし、完全に自分たちの世界であたりかまわず大声で何かを張り合っているのだ。

それがトーンダウンせずに延々と続く。完全に騒音公害レベルだ。ショックだった。振り返ってその姿を見ると、派手なドラゴン模様のTシャツだった。

もちろん、ニューイヤーコンサートの着飾った紳士淑女たちというのは期待していないし別に望んでもいない。観光客レベルでいいのだ。私も観光客だから。

でも、これはひどすぎる。

結局、この人たちの大声の会話は、演奏開始ぎりぎりまで続き、演奏中にも声を発したのでそれはさすがに周囲から「シーッ」ととがめられて黙った。そして演奏が終わるとすぐに話の続きが始まる。

幕間もずっと同じ調子で、私は耐えられなくて席を外した。


オーケストラの方は、指揮者も歌手も含めて、サービス精神に富み、自分たちのやっていることが楽しくてしょうがないという感じのプロで、完全に満足できたので、この中国語の洪水というより爆撃のような状態には辟易して、ふと、アウグスティーナ教会の指揮者のコメントを思い出した。


彼が一度でもこういう環境で教会コンサートをする羽目になったことがあるなら、トラウマになることは大いに理解できる。(そういえば、パリのメトロの車両でも、中国人の団体が大声でノンストップでまくしたて続けるので降りてしまったという友達の話をきいたことがある。)


バルコンにいる子供たちの方は、演奏中も出たり入ったり、席を変わったりしている。大人たちが注意する様子はない。皆リラックスしている。


私の席からは遠いのでさすがに声や音は聞こえないのだけれど、カルチャーショックでできるだけ見ないようにした。演奏者たちは慣れているのかもしれないけれど、私なら自分が演奏する時に子供に動き回られると耐えられないと思う。


ひとつおもしろかったのは、子供の1人が、音楽に合わせて指揮を真似始めたことだ。7,8歳くらいの少年だが、ただの真似ではなく、音楽の流れをつかんで没頭している。席を立ち、手すりに乗り出して、全身で、振りが大きいので、もし私がそばの席にいたら迷惑で注意したかもしれないが、その子の周りもみな子連れのグループで誰も気にしていない。

で、完全に曲に入りきっている。リズムも先取りしている。

指揮者の大野和士さんが、3歳の時にテレビで指揮者の姿を見て指揮者になると決めた、とおっしゃっていたけれど、この子も未来の大指揮者かも。しかも、ウィーンの楽友協会でモーツアルトの音楽で指揮に目覚めるって、贅沢だ。

このコンサート、私の後ろの席の中国人や動き回る子供たちは別として、もちろんみなが、「雰囲気」を楽しみに来ている。

で、サービス精神あふれるこのオーケストラは、アンコールで、なんと、18世紀のコスチュームのまま、「美しき青きドナウ」を弾き始めた。観客席が嬉しい驚きで一気に盛り上がる空気が感じ取られ、一人一人の演奏者も幸せそうな笑顔になっている。

すごい拍手。

で、アンコール二曲目。

これもまた、ニューイヤーコンサートのラストでお約束のラデツキー行進曲だった。その日の午前中に王宮でラデツキー将軍の肖像画を見てきたところだったので、ますますウィーンっぽい。

で、これもお約束の手拍子。指揮者が時々振り向いて、上手に観客を誘導。最高に盛り上がる。すごい音。

私はわりと複雑な気分だった。


ニューイヤーコンサートの楽友協会ホールでシュトラウスを聴けたのだから、「観光客」としては最高だけれど、モーツアルトとシュトラウスではまったく違う。


そして私はもちろんモーツアルト派だ。


しかも、手拍子というポピュリズムに時として耐えられない。


去年パリのフィルハーモニーで2000人近い聴衆の前でこれも200人もの人数で軽快な曲を弾いたとき、指揮のジル・アパップがリハーサルで私たちに言ったのは、絶対に手拍子の音を聴いてはならないということだった。ホールの反響のせいで、手拍子は演奏者にとってわずかにずれて聞こえるからだ。つまり、聴衆は演奏家と一体になったつもりで手を叩いているけれど、演奏者は大音量になる手拍子には耳をかさずに、指揮者だけを見て弾かなければならない。

それだけではない。この雰囲気で、ウィーンは、やはり「シュトラウスのウィンナワルツの町」なのだと思い知らされた。モーツアルト・オーケストラの人たちも実はシュトラウスを弾いている時にこそ生き生きしているようではないか、日本人の演歌みたいなものではないか、と思った。

モーツアルトは確かにウィーン観光の目玉商品だから、みな演出にいろいろ工夫してはいるけれど、モーツアルトの生きた後期バロックのエスプリなぞ、本当は誰も分かっていないで、19世紀ロマン派音楽で上書きされてしまっているのではないだろうか。

ウィーンの人々にとって、モーツアルトは商売道具でシュトラウスが本音なのではないのか、と思ってしまった。


外に出たら、きれいな月が出ていた。



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向こうに見えるのは聖カルル(シャルル・ボロメ、カルロ・ボロメオ)教会(カールス教会)の丸屋根。これは18世紀前半の、バロック後期の美しい教会だ。私のレパートリーのフランス・バロック曲と時代がかぶる。
シュトラウスとは程遠い。

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楽友協会は1870年、シュトラウス時代ばりばりの建物だ。


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by mariastella | 2017-08-24 02:11 | 音楽

バルセロナのテロ その後

カタルーニャのテロの実行犯がバルセロナからそう遠くないところで射殺された。


前日まで、フランスでは、フランスに逃げたのではないか、EUのシェンゲン条約で国境がないのが悪い、国境審査を再開しろ、などと、また、「国別」の感覚で騒ぐ人たちがいた。フランス国籍を持つ移民の子孫のテロリストがいくらでもいることを誰でも知っているのに。


スペインは「イスラム国」への爆撃ではあまり存在感がないのに、モロッコとはすごく近いからやはり危険なのかなあ、と漠然と思っていたけれど、カタルーニャの地方都市アルカナルで120発もの爆弾を調達していたテロリストグループが「過激化」したのは、その爆弾の誤爆で家ごと命を落としたイマム(ベルギーから来た?)に故郷の村で効果的に洗脳されたからだそうだ。


彼らの生まれ育ったのはピレネー山麓のリポイという小さな町で、ベネディクト会修道院の遺跡が中心にあるところだ。そこには500人くらいのモロッコ人コミュニティがあるそうで、ごく普通に暮らしていたようだ。そこにやってきた過激派のイマムが青年たちを洗脳してしまった。イマムはベルギーに本拠地があったフランスのテロの起こった2015年にフランスやベルギーに滞在していて、今回も同じ爆薬を準備していた。


どうして短期間に普通の青年がイスラム過激派に洗脳されるかというと、シリアの子供たちが爆撃で死んでいくなどの映像を見せて感情に訴えるという定番ほかに、スペインがもとはイスラムの地で、カトリックに征服された、という理屈も使われるそうだ。

なるほど。

レコンキスタというやつで、まあ「再征服」で、もともとイスラムの方が後発宗教であるわけだが、ピレネーに住む若者たちには衝撃的な分かりやすい「聖戦」へのモチヴェーションなのかもしれない。


日本のメディアには、今回も、相変わらず、日本も安全ではない、同じリスクがある、というタイプの見出しがあったけれど、少なくとも日本にいるムスリムのコミュニティでは、今回のレコンキスタ・タイプの煽動は不可能だろう。

やはり歴史的な確執があって距離も近い中韓北朝鮮との問題の方がずっと深刻そうだ。


テレビではEUFBIを作る必要があると言っていた。

2015年のパリのテロも、ベルギー、アテネと渡り歩いていたテロリストが、どこでも国境を越えたら監視から外れていたので、もし相互の情報交換がなされていたらパリのテロは防げたといいきる専門家がいた(カルト監視役として私のお気に入りのGeorges Fenech)。

いや、情報を水平方向に交換するのではだめで、やはりすべてをセンターにまとめて、各国がそこから情報を引き出せるようにすべきだと。

実際は、フランス国内ですら、監視網がパリとパリ以外に別れていて、危険人物がパリを出たら、そこで監視が終わってそれが別の監視網に申し送りされないという驚きの実情なのだそうだ。

根本的にメンタリティを変えないと、各国間の連帯などできない。


5eyes体制でアングロサクソンの連携情報網に強いイギリスが、Brexitの条件の交渉で、イギリスのメリットを残してくれないならテロリストの情報の協力をしない、などとセキュリティを交換条件に持ち出したことに対してEUもイギリス内部でも批判が起こったことは記憶に新しい。

でもロンドンだって続けてテロに見舞われたし、その共同体主義が結果的にテロリストを守る盾になっていることもよく知られている。

また、どの国でも、「普通の人」が自宅でインターネットを見て洗脳されて一匹狼で車や刃物を使ったテロに走るとしたら、これも防ぎようがない。


「イスラム過激派のテロ」でなくとも、精神的に異常をきたして銃を乱射したり車で突っ込んだり、ひどい場合は自分の操縦する飛行機を墜落させたりする人だっている。威嚇的な軍事演習をしたりミサイル実験を繰り返したりする権力者もいる。


『猿の惑星』のように、せめて「人は人を殺さない」という基本ラインが普通にリスペクトされる世の中が来るといいのに。


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by mariastella | 2017-08-23 00:58 | 雑感



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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