L'art de croire             竹下節子ブログ

ベビーブーマー

前の記事で団塊の世代のことを1946から49年生まれと書いたら、サイトのForumで47年からですよとJeanさんから訂正していただいた。
確かに、Jeanさんと同じくその周辺世代の私としては47年から49年という認識があった。ではどうして、46年と書いてしまったのかというと、ただの打ち間違いや思い違いではなく、フランスの私の周りにいるシニアたちのことが頭にあったからだと思う。

フランスでは46年からベビーブームという印象だったからだ。
なるほど、日本では45年8月に終戦、兵士たちが引き揚げてきたのが46年、で、ベビーブームは47年から。一方、フランスのレベルでは45年5月で、「自由フランスが」一応「戦勝国」の側に回ったので、シベリア抑留などの悲劇はなく、すぐにお祭りムード(ドイツ軍には早く譲歩したので、戦禍は特にアメリカ軍によるものの方が大きかったこともあり、占領されて焼け跡から立ち上がるというのでなく、解放のムードが演出されたのだろう)になった。で、ベビーブームは46年というイメージだったのだ。彼らが自分で「ベビーブーマーだから」というのも何度もきいていたので。

今回Jeanさんから指摘していただいたのをきっかけに、フランス語のネットで検索してみると、なんと、フランスの「ベビーブーム」はいろいろな数え方があるけれど、1942年から1965年、というのが標準らしい。

日本人の私としては驚きだ。
確かに、1940年夏には一応ドイツとは「停戦」していてヴィシー政権や占領地域ができていたのだから、「戦闘がなくなった」ということでベビーブームにつながったのだろうか。ゆっくり調べていないから分からない。

同時に、これもまだ確認していないけれど、日本語の団塊の世代というネーミングとベビーブームというネーミングは重なるものではなくて、ベビーブームの中でも突出して多い3年間に生まれた人を団塊の世代というのだろう。

でもこれも、混同して使われていることが多いので、
「団塊、バブル、ロスジェネ、ゆとり、さとり」
などと括られると、私のような団塊ではなくバブルでもない、という意識のある世代は違和感を感じるのかもしれない。
いや、私の世代でもバブルを謳歌した人はたくさんいるのかもしれないけれど、私はその前に日本を離れていたので、実感はない。80年代から日本人がパリでブランド物を大量に買うのは見てきたけれど。

あらためて「36歳以下の世代」のサイト記事を読むと、そのくくりはアメリカの「ミレニアム世代」でもあるそうだ。

これを書いている時点で、日本語と英語の検索はしていないけれど、調べると、フランスの社会学者はフランスの戦後生まれの世代を4つに分けている。

  • 1946 から1964生まれがベビーブーマー。
  • 1965 から 1979がX世代。
  • 1980 から 2000がY世代。
  • 2000年以降がZ世代、だそうだ。

  • 1962年にアルジェリア戦争が終わってからは徴兵された兵が単独で関わるような形の戦争がないから、後は、デジタル分野の情報技術革命とも関連している。

  • 世代論というのは、社会学的な物差しではあっても、かなりの歴史を経過してみないとその本質は見えてこないから、まあ、どれもみな、「仮置き」のコンセプトなんだろう。

  • 40年以上もフランスにいて、ミクロな実感としては、いつもながら、

  • 「国や世代の差よりも個人差の方が大きい」

  • というのに落ち着くのだけれど、ベビーブーマーとも、XYZいずれの世代とも家族や友人、生徒たちを通して親密な接触がある私にとっては、たまに社会学的な眼鏡をかけて観察するのは興味深いかもしれない。





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    # by mariastella | 2017-11-16 17:20 | 雑感

    36歳以下の世代と私に共通点がある?

    あるネットサイトで、36歳以下の若い世代と旧世代との断絶についての記事を偶然目にした。

    その中で、こういう言い回しがなんとなく気になった。

    >>>「団塊」「バブル」などと呼ばれた上の世代は、戦後の焼け野原の何もないところから、何かを生み出すことに達成感を感じて仕事をしてきた世代です。

    当時は、"美女とワイン"といった贅沢することを糧に、出された指示をいかに早く・正確に遂行するかを考えて、前に置かれた階段をただひたすら登ればいいだけでした。

    しかし、乾けない世代は、”意味があると自分が思えること""仲のいい人たち""ただやりこむこと"が大事だと思うようになっているんです。

    ポジティブ心理学者のマーティン・セリグマンが提唱する「幸せの5種類」に当てはめると、上の世代が「達成」や「快楽」を追い求めて働いていたのに対して、下の世代にとっては「意味合い」「没頭」「良好な人間関係」がモチベーションの源。まったく価値観が違うのです。<<<

    というものだ。

    こう説明しているのは尾原和啓という方で、1970年生まれ。

    なるほど、1970年生まれの人にとっては団塊やバブルの世代って、


    「戦後の焼け野原の何もないところから、何かを生み出すことに達成感を感じて仕事をしてきた」


    って見えるのか、と思った。


    厳密にいう団塊の世代は19461947年から49年生まれだと、少し後の私の世代は学校での生徒数がこれを境に激減しているのを知っているので、団塊の次がバブルだと括られること自体も不自然に思える。

    でも、それよりも、「戦後の焼け野原の何もないところから、何かを生み出すことに達成感を感じて仕事をしてきた」というのは、私にとっては、敗戦を経験した「親の世代」というイメージだ。

    私は焼け跡、闇市などを見たことがない。団塊の世代である私の兄が3歳くらいの時に見た闇市の光景を覚えていると言って私の母は驚いていたけれど、兄より3つ下の私には、そんな記憶はない。

    私の生まれたのは神戸市内で、母は神戸の大空襲で逃げ回ったのだから、焼け跡はたくさんあったはずだけれど、母の実家の大きな家は焼け残って、焼け出された人や多くの引揚者を受け入れていたという(祖父は貿易商で、関東大震災でやられた横浜港から神戸港へと移ってきて神戸に住んでいたのだ)。私は祖父母の家のこともよく覚えているが、周りはどこもこぎれいな町だった。

     で、この発言の中で私がもっと驚いたのは、価値観がまったく違って断絶しているという36歳以下の人の考えであるらしい「意味があると自分が思えること""仲のいい人たち""ただやりこむこと"が大事だと思う」という生き方のことだ。

    それは、私が昔から実践していたものとほとんど変わらない。


    もともと、努力とか競争とか達成などというのは体質的に合わない。

    でも、日本にいた頃もそれで別に生きづらくはなかった。

    多分日本にいた頃の私が、「子供」、「女の子」、「若い女性」という属性を持っていたからだろう。努力とか競争とか達成などを他から求められることも一切なかった。

    現実と遊離したお稽古事大好き少女でも、退屈な学校をさぼって一人で映画に行っても、だれからも咎められなかった。いじめられることもなかった。

    競争が嫌い、戦いが嫌い、というのは世代差ではなくて個人差だと思うが、そんな存在が周囲からどう見られるかというのには「性差」や「時代」があるのだろう。


    それでも、こういう世代差論がいろいろ出てきてカテゴリー分けされたりすること自体がとても日本的だ。

    これがフランスなら、そういう差の他に、国籍の違い、親の出身国の違い、それも旧共産圏か、旧植民地圏か、EU加盟国かどうかの違い、宗教の違い、階級の違い、情報格差などが複雑に絡まり合っているから、単純なレッテル貼りはあり得ない。

    もしあるとしたらそれは差別の道具(フランスのムスリム、だとか、移民の子弟だとか、難民とか)として機能するものなのですぐ批判にさらされる。多くの人が「そうだよねー」という感じにはならない。


    まあ、私の場合は、正確にいうと、「"意味があると自分が思えること" を、"仲のいい人たち""ただやりこむこと"が大事だと思う」というわけではない。


    「意味があると自分が思えること""仲のいい人たち""ただやりこむこと"が〈好き〉だけれど、それだけではいけないと自戒して、良好感を分かち合うことが大事だと思う」


    といった感じだろうか。


    だから、36歳以下の世代の内向きな生き方というのがもし本当ならば、この「分かち合う」ことの大切さをぜひ伝えたい。

    すでに「仲のいい人たち」との分かち合いはたやすいけれど、

    「戦わずして仲のいい人たち」の輪をひろげていくことそのものがチャレンジだ。


    すべての人が「戦わずして仲のいい人たち」になり得る世界は可能だろうか。


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    # by mariastella | 2017-11-16 03:44 | 雑感

    アニッシュ・カプーアの崩壊概論

    前に『コンテンポラリー・アートのナルシシズム』という本について少し書いた。


    この本についての掘り下げた論考をまだ書いていないのに(いや、少し書いたはずなのだけれど、今ブログに見当たらないので、アップしていなかったのだろうか。)

    コンテンポラリー・アートが、普通だれにでも美しい、調和的だと思うものに背を向けて、グロテスク、廃棄物、臓器、排泄物、死体、などなどを素材にしていくことの意味についてだ。その展示に場所を提供するホワイト・キューブとは何か。

    今回の日本で、いつもどおり、うちのすぐそばにあるMoMAストアに寄ってみた時、その隣で「アニッシュ・カプーアの崩壊概論 コンセプト・オブ・ハピネス」という展覧会をやっていたので入ってみた。解説にある、「文明と野蛮の対立を両義的に浮かび上がらせる」とか、その二つを対立構造としてとらえず多様なテクネー(技術)と知性を用いて作品化する英国アーティストの新境地を世界初展示、というキャッチ・コピーに惹かれたのだ。

    で、入ってみたら、ショック。

    こういうのとか、

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    こういうの。

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    素材は、ガーゼ、ファイバーグラス、シリコンなど。


    うーん、MoMAと言えばホワイト・キューブの走りだから、そのストアのそばにこういう空間があってもなるほど、と思うべきなのか。

    でも、「野蛮と文明」の対立だとか幸福の概念だとかを「技術と知性で作品化」してここに至るためには、別の大きな力が働いている。コンテンポラリー・アートのベースにある、環境汚染の深刻さや自滅、自壊に向かう文明の暴走などだ。

    それを支える奇妙なナルシシズム。

    このような現代アートは、「写真を撮られる」ために挑発的にそこにあるような気がする。

    で、撮影フリーで、私も写真を撮ったわけだけれど、お食事中の方にはとても見せられない。

    けれども、衝撃と、訴求力はまた別物だ。

    衝撃が去ったところに残るのは「居心地の悪さ」と、それを否認する嘘っぽさだった。


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    # by mariastella | 2017-11-15 00:44 | アート

    セバスティアン・クルツの「小国」

    オーストリアの新首相となるセバスティアン・クルツ。

    31歳。

    マクロンも39歳で若さに驚いたけれどいわゆる童顔ではない。

    でも、このクルツって、童顔っぽい。
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    (これは11/10付のル・モンド紙のロイターの写真を拡大して撮ったものです)

    それでも髪型が絶対にゲルマン風。フランスならあり得ない感じ。

    中道右派で難民受け入れに厳しく、極右FPOeとの連立政権になる予定。

    FPOeって、すでに1983-86年に左派と、2000-2006年に右派と連立与党になっている。EU離脱派でネオナチとも近く、イスラエルからボイコットされている。

    でも、このル・モンドの記事によるとクルツは親EUだと言明している。
    この50年で3度目の政権与党になるそうで、自分は若いけれど、古参のブレーンがついているから大丈夫、新鮮な風をオーストリアにもたらす自信があるという。
    FPOeは連立の中で少数派だから制御可能だとしているようだ。

    オーストリアはEUの中で、人口比でいうと最も外国人の割合が大きいのだそうだ。その上2015年以来15万人の難民申請者が押し寄せているから、その対策をするのは当然だと言う。
    オーストリアは、ここ5年、いわゆるベーシックインカムの制度を実施している。すべての居住者は、働かなくとも毎月900ユーロ(12万円くらい)近くを支給される。それはEUの中の東欧など他の国の国民平均所得の2倍に近く、そのせいで、「社会政策ツーリスト」が絶えない。クルツはそれを廃止するつもりだ。

    そんなことはすっかり忘れていた。
    一番驚いたのは、マクロンの政策について聞かれたクルツが、

    マクロンの提唱するEUの構想に賛成すること、フランスよりもずっと小さい国の代表者として自分に彼を助けることができるなら、するつもりだ、

    と答えていることだ。

    大国のイメージは面積から言ってもアメリカ、ロシア、中国、インドなどで、ヨーロッパ大陸には多くの国がひしめき合っているイメージだから、その中でオーストリアが「うちはフランスよりもずっと小さい」などという認識を持っていて口に出すのが意外だった。

    日本だって、うちは中国よりずっと小さい、とか、アメリカよりずっと小さい、などと、わざわざ政治家が口にするのを耳にしたことがない。

    それに、私のようにヨーロッパ史にしょっちゅう首を突っ込んでいる者にとっては、オーストリアと言えば、オーストリア=ハンガリー帝国だとか、神聖ローマ帝国などのイメージ、ハプスブルク家の歴史があるので、むしろ、ルイ一四世やナポレオンをも悩まし、姻戚関係を結んできた「列強」のイメージがある。

    確かにナチス・ドイツに併合され、戦後は、確かに「小国」(面積は8万3千平方キロ。ちなみにフランスは55万、日本は37万8千、アメリカは983万だ)には違いないが、その「永世中立国」のイメージやウィーンの華やかさなどで存在感は大きい、と思っていた。

    前にプーチンが「うちはお金がないのだからアメリカと比べることもできない」などとオリバー・ストーンに話していたことを思い出した。

    政治のパワーゲームってなんだかイメージ産業みたいなところがあるので、どんな風にも見せることができるのだなあとあらためて思う。

    オーストリアが「小国」になってからのここ30年ほどしか生きていないクルツのプラグマティズム、リアルポリティクスとはどういうものなのだろうと興味が出てきたのでウォッチングを続けよう。


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    # by mariastella | 2017-11-14 01:22 | 雑感

    フランス・バロック弾きが現代曲と出会ったこと

    ニテティスのブログに、山陽小野田での写真を少し入れました。田村洋さんが魚眼レンズで撮ってくださったものです。


    来年はフランスで田村さん、師井さんといっしょにコラボできるようにまた企画するつもりです。
    思えば、私たちが現代曲を世界初演で演奏するなんて不思議なご縁でした。

    田村さんのオリエンタルダンスのイメージは暗闇から戦士が現れるようなものもあり、バリ島のダンスやら日本の暗黒舞踏などと通ずるものがあるようです。

    瞑想的な植物的なイメージで弾いていた私たちは、田村さんの意図をうかがって焦りましたが、踊る体をリズムが大切であること、は、バロック舞曲と同じなので、少しは田村さんの表現に近づいたかと思います。

    三年前は子供のためのコンサートだけしか聴いてもらえませんでしたが、今回のラモーをすばらしいと言っていただいて安心しました。

    帰仏早々またフランス・バロックにどっぷり浸かっているいる私たちですが、現代曲との出合いの経験は貴重なものだったとあらためて感謝です。




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    # by mariastella | 2017-11-13 01:11 | 音楽

    トランプ大統領の訪日と沖縄

    今回の日本滞在は、はじめは台風の中の総選挙、終わりはイバンカ来日とトランプ来日のニュースと、政治的な話題にことかかなかった。


    メンバーと滞在先に近い明治神宮に行くと、お守りやおみくじといっしょに教育勅語が売られていたので驚いた。前からあったのかどうか知らないが、こんなに目立って気づいたのははじめてだ。

    いつからだろう。


    こんなに「明治」回帰の大日本帝国の誇りを取り戻そうという感じの流れと、横田基地から入って出ていったというトランプ大統領に追随して武器をどんどん買いますよ、という属国ぶりとがどう両立するのか分からない。


    トランプ大統領は中国ではもっと大々的にトップセールスを繰り広げていた。

    私はフランス大統領が中近東やインドに行くたびに、やはり、起業家を引き連れて軍需産業のセールスをセットにしているのもすごく抵抗がある。武器輸出におけるアメリカ一強をけん制するために敢えてフランスから武器を買う国もある。

    今回そういう関係をベースにして、イランとの危機を高めるサウジアラビアのリーダーに対話を訴えに行ったことはフランスならではだと思うので、安易に日本と比べることはできないのだけれど。


    日本の一連の情勢の中で、沖縄の米軍ヘリの墜落から始まって、辺野古基地確約まで、衝撃を受けたのは、日本って差別主義が根付いている国なのだということだ。

    日本で生まれて育って、いつも「なんとなくマジョリティ」の側にいた時は実感がなかったけれど、嫌韓、嫌中の言説を目にすることが多くなり、沖縄差別も結局それと同じレベルだと分かってきた。


    いつも読んでいるこのブログ、沖縄戦終結後や太平洋戦争終結後に日本軍が久米島住民を虐殺した話を読んで、差別の根の深さにショックを受けた。


    銃を持って向かい合う、殺すか殺されるか、というような状況と、相手を人間とは思わずに弱者を一方的に殺すというのは違う。戦争という極限状況が人間性を失わせる、というのとは別の次元の何かがある。


    沖縄の基地問題は確実にそれと地続きのところにある。


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    # by mariastella | 2017-11-12 00:23 | 雑感

    タンブラン、デュフリーのシャコンヌと私の幸運

    フランスに帰り、新学期が始まって、時差にもめげず月曜にクラシックバレエのレッスンに行ったら、教師が病気で中止だった。そういえば彼女は前から足の不調を訴えていた。木曜日にはバロック・バレエにも行ったが、クリスティーヌもあちこち痛みを抱えている。
    満身創痍だ。
    ダンサーというのは職業病みたいに故障が絶えない。

    フィギュアスケートの羽生選手が転倒してグランプリをあきらめ、五輪出場も心配されているというニュースをネットで見た。あのスピードと高さから転倒するのが固い氷の上、技術の難易度がどんどん上がって事故のリスクは大きい。世界最高のレベルの人でも悲惨なことになる。体操競技の転倒ならマットの上だし、他の競技なら、うまくいかなくても記録が落ちるとかですむし、格闘技ですら、スケートほどには事故のリスクが大きくない気がする。
    それにしても、平均的な人よりもはるかに体力、精神力、運動能力に優れているダンサーやスポーツ選手たちが普通の人以上に痛みやら怪我に苦しむことの不条理をいつも感じる。

    クリスティーヌはガボットやリゴドンについての研究をさらに進めて新しい成果を教えてくれた。結局、最も手掛かりの少ないのがタンブランで、踊れるタンブランはラモーしかない、というので、私はミオンのタンブランのことを話した。ミオンのタンブランを弾いているのは世界で私たちだけだから知らないのも無理はない。2010年にはバロックダンサーとも共演した。
    今回の公演ではダルダニュスのタンブランを二つ、ミオンのタンブランを一つ弾いた。バロックダンスの音楽として非常に興味深いものだ。

    新学期のバレエはキャラクター・バレエの一種で「農民の踊り」。ガボットの一種で、パ・ド・ブレがなくて、ほとんどジャンプばかりで構成されている。疲れる。

    金曜日は、弦楽のアンサンブルで、モーツアルト、バッハの他にシューマンを初見で弾いた。
    日本でのコンサートの準備でヴィオラをほとんど触っていなかったから新鮮だ。
    ロマン派の曲を弾くのも聴くのも新鮮な感じがする。

    ヴィオラのアンサンブルから戻ってすぐにトリオの練習。
    今回はDVDの宣伝もあって『レミとミーファの冒険』風に弾く第二部やファミリーコンサートもしたので、「レミとミーファはもういい」という感じで、デュフリーのシャコンヌやロワイエのパサカリア、ラモーのリトゥルネルなどを久しぶりに弾く。
    デュフリーのシャコンヌはまるで私たちのトリオのために存在しているかのような曲だ。チェンバロで弾くとモノクロで、ギターだと極彩色だ。
    ロワイエのパサカリアのミスティックな雰囲気にもあらためてぞくぞくする。
    前に弾いていた時よりも余裕と距離感ができて、シャコンヌの情景が変わる度に弾きながら驚いたり楽しんだりできる。ロワイエに至っては、一音ずつ情景が変わる。

    トリオの二人は私への花束を抱えてきた。
    ラモーの新曲も待っている。

    私は本当に幸運だと思う。
    30年前にルイ・ロートレックと知り合い、最初に意気投合して、1年後には彼とアンサンブルを作り、最初のコンサートで、ロートレックの生徒で16歳になる直前だったHと同じパートを弾いた。そのまた1年後、このアンサンブルでスペインに公演旅行に行き、その時にやはり過去にロートレックの生徒だった28歳のギタリストMと知り合った。アンサンブルはいろいろな編成(最大12人だった)で、いろいろな場所で弾き、それはそれで楽しかった。
    私とHとMとロートレックの4人では、パリのインターコンチネンタルホテルで阪神大震災の被災児童を招いたコンサートで弾いた。
    パリ大学の音楽学の学生になったHがオペラ座図書館から発掘してくるミオンの曲を弾くようになったのはその少し前の1994年頃からだった。でもその頃はまだバッハやボッケリーニなども弾いていた。

    私が「大人のグループ」から完全に離れて、はるかに刺激的な若い2人とのトリオを選んでから20年以上になるが、音楽的には毎回が新しい発見と新しい歓びの連続だ。人間的には嵐のような日々を経験した。どんな修羅場の後でも、花束と新譜で再出発してきた。
    若い二人は私生活も嵐に次ぐ嵐のようなものだったけれど、私だけは私生活が安定していて引っ越しもしないので港のような存在になれたのもラッキーだった。

    彼らより10歳も20歳も年長の私としては、彼らの都合でトリオが消滅するのならしょうがないけれど、私の体力や技術のせいでトリオを解消するのは嫌だった。
    一番残念なのは、私たちのトリオの演奏をバックに私が踊れないことだ。弾くことと踊ることは同時にできない。でも、バロックバレエも20年以上続けていることで、結果として体力も維持できているのかもしれない。
    バレエと音楽がなければ、引きこもりの座業である私はもうぼろぼろになっていたかもしれない。
    もちろん演奏と加齢のせいで爪が割れたり腱鞘炎になったりというアクシデントとは隣りあわせだけれど、いわゆる怪我をする心配はないし、クラシックバレーもトウシューズをはかないことにし、転倒を防ぐため回転の連続はセーブすると決めている。

    それにしても、演奏家とは、過去のどんな天才作曲家とも付き合えるのだから、最高にしあわせなアーティストだ。

    こんな幸運がいつまで続くのかは分からないけれど、日本から戻ったトリオがすぐに別の曲を弾きながらわくわくキラキラする時間を共有した後で、感謝の気持ちでいっぱいになっている。日常のあれやこれやの不安ややっかいごとなどきれいさっぱりと別世界の出来事になる。

    この幸運を何かに還元できますように。





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    # by mariastella | 2017-11-11 08:02 | 雑感

    機内で見た映画 その4  『ボン・ボヤージュ~家族旅行は大暴走~』ニコラ・ブナム

    『ボン・ボヤージュ~家族旅行は大暴走~』ニコラ・ブナム

    JAL便なのでフランス映画は一本しかなかった。


    好みではなかったけれどジョゼ・ガルシアやアンドレ・デュソリエという芸達者が出ていることだしと思って観た。


    原題が「A fond」と言って、アクセルをいっぱいに踏んでとまらない、というのを表したタイトルだけど、それをボン・ボヤージュ、って変な表記のフランス語(英語読みなのかもしれない)。

    これはどう考えてもボン・ヴォワイヤージュだと思うけれど、例の「既視感」のデジャ・ヴュを日本語表記デジャブとするのも定着しているようだし耳にもするのでこんなもんだろうか。もっとも、たとえ「デジャブ」の代わりに「デジャ・ヴュ」と言っても、ジャの発音も、ヴュの発音もフランス語と違うので通じるかどうかわからないけど。

    で、整形美容医療で金持ちになった夫と、三人目の子を妊娠中で精神科の勤務医の妻が、2人の子供と夫の父親との5人で、スピード制御機能などの充実した新車でバカンスに出かける。途中のサービスエリアで、夫の父親がヌーディストクラブに向かう若い娘をそっと便乗させてやり、次に車のブレーキが利かなくなって時速160キロで拘束道路を暴走、どうサバイバルを果たすか、というドタバタコメディだ。

    ばかばかしいのだけれど、シチュエーションがあまりにも極限的なので、あり得ないとはわかっていても、フランスの高速道路という身近な場所が舞台なのでつい恐ろしい事故の可能性が頭にちらついて、結局目が離せなくなってしまった。


    そういうぎりぎりの状況で、険悪だった家族が互いの愛を確認するというシーンも、ハリウッド映画ならそれなりの感動があるように作られるのかもしれないが、この映画では全体があまりにも不条理でナンセンスなのでジョークのようにひびく。夫婦のどちらもが浮気をしていて、独身の父親もあいかわらずガールフレンドを求めては分かれを繰り返すなどの状況がフランス的と言えば言える。


    交通警察のカップルを含めたアクロバティックな特殊撮影?がよくできているので、中途半端にリアルなせいで全部を笑い飛ばせずにハラハラさせられてしまうという匙加減が、うまいといえばうまい。


    映画はちょっと休んで、来週からはまた芝居を観に出かけることにしよう。


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    # by mariastella | 2017-11-10 00:10 | 映画

    機内で見た映画 その3 『僕のワンダフルライフ』『ヘッドハンター・コーリング』

    アメリカ映画2本

    『僕のワンダフルライフ』(ラッセ・ハルストレム)

    は、犬と飼い主の絆ストーリー。

    1950年代からのアメリカの情景が変化してくるのを見るのも楽しく、飼い主との間の愛情やかけがえのない感じもぐっとくる。過去に飼っていた犬との思い出も重なる。

    少年イーサンが青年になり、父親が失業してアル中になり、青年は恋もして、アメリカンフットボールの選手として大学入学が内定し、恋人と同じ都会に出ていくことが決まっている矢先に、家が放火されて窓から飛び降りて足をやられ夢は潰える。母の実家の農場を継ぐために農業を学びに旅立ち、老いた愛犬ベイリーはイーサンの祖父母の家で死を迎える。

    その後でシェパードとして生まれ変わって飼い主となる警官の孤独を癒し、警察犬として活躍して殉死、次にコーギー犬として黒人の女子学生のペットとなり幸せな生活をまっとうする。さらににミックス犬として虐待されるが逃げだして年老いたイーサンと再会。自分がベイリーの生まれ変わりだと気づいてもらおうと努力して…


    泣かせるエピソードが満載で、でも、犬に託して、


    生きることとは愛すること、

    愛する人のために尽くすこと、


    など、わかりやすいモラルのメッセージ性がかえってむなしい気もする。

    こういう公正でまっとうなモラルをハリウッド映画などが繰り返し称揚しているのに、どうしてアメリカの人種差別はなくならず、銃社会が続くのだろう、などとつい思いいたってしまうからだ。

    市井のアメリカ人と犬との交流を見ると心を通わせることができるのに、どうして、力の誇示しかしないようなトランプ大統領のような男がトップに立っているのだろう。

    『ヘッドハンター・コーリング』(マーク・ウィリアムス)

    も、わかりやすい家族愛もの。


    ジェラルド・バトラーという主演俳優がいい味を出している。

    建築家になるのを夢見る10歳の長男が白血病になり、仕事人間の父親が出世競争から脱落してまでも子供と妻に寄り添う。

    シーク教徒の医師の姿もすごくアメリカ風だ。

    弱いものを救うために最大の力を尽くすのがシーク教の教えだ、というのも、とてもいい。

    けれども、58歳の男の再就職の難しさや、嘘をつくなど汚い手を使ってでも自分の業績を稼ぐという実態や、金がすべての社会を見ていると怖くなる。


    もちろん映画ではそこから主人公が人間性に目覚めることで目先の成功は失うがもっと大切なものを救いそれが結果的には次につながる、というハッピーエンドになる。

    とはいっても、その陰には、消費され、消耗してバーンアウトしていく人たちや崩壊する家庭が累々としているのだと思うと気が重い。


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    # by mariastella | 2017-11-09 05:02 | 映画

    機内で見た映画 その2 『君の膵臓を食べたい』『アウトレイジ 最終章』

    日本映画を2本。

    『君の膵臓を食べたい』はベストセラー小説の映画化だそうだ。

    タイトルが衝撃的で、膵臓の病で死を宣告されている少女とその秘密を偶然知ったことで無理やり「なかよし君」認定されてしまう少年のストーリーで、その少年の12年後に母校の国語教師となった姿も違和感がなくていい。

    二人の高校生の演技がいい。

    自分の世界に閉じこもっている少年と、クラスの人気者の明るい少女。

    この少女の方が実は死を間近にしてある意味で「老成」しているのだけれど、無邪気にふるまって少年を翻弄する。

    高校時代である2005年の時点で学校内で自由に携帯電話が使えているんだなあ、という驚きがあった。

    この少女の、一見無邪気風の深刻さと残酷さ、それを見抜けないまま意のままにあやつられる少年の孤独と困惑とのコントラストが最も印象的だった。

    このタイプの男を、自覚しないままに思うがままに操るタイプの女は確実にいる。

    かってに「なかよし君」認定してしまう力関係、それは、青春時代の男女だけではなく、何歳になっても、ある種の制約の中にある男女の仲に倒錯的に存在する。


    映画の感想よりも、そっちの感慨の方がだんだんと大きくなってしまった。

    『アウトレイジ 最終章』

    悪夢のもとになるバイオレンス映画はこれからの余生でできるだけ避けようという方針からこの映画もスルーしようと思っていたけれど、機内の小画面なのでなんとなく見始めた。

    バイオレンスよりもホラー映画の方が避けるべきで、バイオレンスはそのシチュエーションによるということが分かった。

    この「やくざ映画」には、指詰めや拷問などの残酷なバイオレンスはなく、拳銃乱射などの抽象的なもので、東映やくざ映画のように、打たれてもなかなか死ねないという生々しさがない。

    それに、まさに、ジャッキー・チェンの香港映画と同じく1970 年代によく観た「仁義なき戦い」シリーズだの「県警と組織暴力」などの懐かしい東映映画との同窓会のような気もする。つまり、バイオレンスと言っても、やくざという特殊社会の様式内の表現なので、あまり怖くないのだ。日本人は兵隊とやくざを演じればだれでも名優になる、というのを昔読んだことがあるけれど、上意下達、親兄弟の義理などの日本社会を縛る原風景的拘束感と、大声、凄み、脅し、恫喝、罵詈雑言などが醸し出すカタルシス感がセットになっているので、だれでも隠れた本音みたいなのを感じるのかもしれない。

    花菱会若頭でクーデターを起こしてしまう西田敏行の悪人面がすごい。

    これが『釣りバカ日誌』の浜ちゃんを演じられる俳優とは。

    浜ちゃんがやくざになれるならフーテンの寅さんのやくざ姿だって想像してしまう。

    ビートたけしの演じる大友の舎弟である若者が、他のチンピラとは違う人懐こさ、兄貴分への愛着によって一種のさわやかさを発している。その役を演じる大森南朋は麿赤兒の息子だそうで、それも懐かしい。


    アウトレイジのシリーズを見るのは初めてだけれど、北野武の暴力団映画はフランスで『ソナチネ』を観ている。それでもなお印象が過去の東映映画の枠組みへ収められてしまうというのは、「やくざ映画」の枠組みというのが独特の「文化圏」内にあるからなのだろう。

    ストーリーは変化があって分かり易く、役柄はみなキャラが立っていて、その上韓国の済州島のシーンも興味深かった。

    こういう国際的なフィクサーってホントにいるんだろうなあ。


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    # by mariastella | 2017-11-08 00:33 | 映画

    ルターの反ユダヤ主義

    今年はルターが1517年に『95ヶ条の論題』をヴィッテンベルクの教会に貼りだしてから500年という記念の年で、いろいろな催しや特集があった。他の国のことは詳しくわからないけれど、フランスのカトリックもルター派プロテスタント教会も、成熟した誠実な反応をしている。


    まず、今のカトリックは、『95ヶ条の論題』にすべて賛同しているという。

    第二ヴァティカン公会議から今に至るカトリックの自己改革の流れの源にはルターがいるというわけだ。


    もう一つは、ルターの反ユダヤ主義のことだ。ルターは晩年にユダヤ教についてかなりひどく貶める文書を残した。死の3年前、1543年に出した『ユダヤ人と彼らの嘘』というものだ。

    初期にはそんなことを言っていないでずっと公正だったので、ルターの晩年にどういう心境の変化があったのかはよく分からない。


    ルターの反ユダヤ主義は、反ユダヤ人主義ではない。

    ユダヤ人でなくユダヤ教を批判するものだ。しかも別にルターの独自のものではなく、なぜか中世以来の無知な反ユダヤ主義をなぞるものである。

    問題は、1940年にナチスのゲッペルスが反ユダヤ主義の広報映画を製作した時に、シナリオの中に、このルターの著作からの引用がたくさん使われたことだ。

    その前にドイツのプロテスタント牧師ヒルシュが1932年以来ナチスの国家社会主義に協力して、ルターの最悪の反ユダヤ主義を「活用」している。


    カール・バルトやパウル・ティリッヒらの神学者はこれに対抗し、ディートリヒ・ボンヘッファーなどはヒトラー暗殺計画に加担までして強制収容所で殺された。


    このようないわばルターにまつわる黒歴史の部分もこの500周年にあたってちゃんと取り上げられているところは誠実で好感がもてる。

    それにしても、いくら500年前の人とはいえ、ルターほどの影響力のある人は、晩年の著作をファシズムに政治利用されることもあるのだ。

    思想を発信する人の責任は重大だとあらためて思う。


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    # by mariastella | 2017-11-07 01:44 | 宗教

    お知らせ

    日本でのコンサートを振り返る記事をトリオ・ニテティスのブログに載せています。

    ギャラリーで販売できなかったDVDのお申し込み先も載せています。
    あわせてご覧ください。

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    # by mariastella | 2017-11-06 20:29 | お知らせ

    機内で見た映画 その1 『カンフー・ヨガ』

    今回の日本への往復の機内で見た映画。

    中国・インド映画1

    邦画 2

    アメリカ映画 3

    フランス映画 1 (これ1本しかなかった。)

    日本に行く時は夜間飛行だった。映画をたくさん観て徹夜してしまうこともあるが、今回は演奏旅行なので体力温存が優先、ちゃんと寝ることにして、往きは一本だけしか見なかった。


    なぜか中国インドの共同制作の、その名も『カンフー・ヨガ』。


    60歳を超えてなおアクションをこなすというジャッキー・チェンへのなつかしさに突き動かされた。

    彼の主演のハリウッド映画も少しは見たが、なんといっても、1970年代の日本で見た酔拳などの香港映画の鮮烈な思い出が東京の映画館の空気と共に浸みこんでいる。

    いわば同窓会的な気分。


    60代のジャッキー・チェンって想像できない。

    しかも、考古学者の役。

    無理に若作りしているわけでもなく、一見普通のおじさんに見えないでもないが、なかなかいい感じで、贅沢なロードムービーで楽しめる。

    お宝発見の最後が全員の踊りとなるのはインド映画のお約束だが、そのお約束ぶりにちょっとくらくらする。

    ジャッキー・チェンの踊りの切れ味も悪くない。

    でも、私にはこれまでのジャッキー・チェンの映画との関係の中でしか見られないので、この映画ではじめて彼を見る若い人などにとってどう見えるのだろう、と思ってしまった。


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    # by mariastella | 2017-11-06 00:33 | 映画

    メヌエットをどう弾くか

    フランス風の舞曲からなる「組曲」について、「舞曲」とはいっても実はその形式を借りているだけで各作曲家はそこで自分の語りたいことを奏でているのだから、実際にダンサーと共演するパフォーマンスでならともかく、コンサートピースとしての舞曲は踊ることを前提にして演奏される必要はない、そうするべきだとするのは、原理主義的な意見だ、と最近言われた。


    私も昔からそういうことを耳にしていた。

    バッハの無伴奏チェロ組曲など、ダンス曲の名前がついているけれどダンサーのための曲でなくまったくピュアなコンサートピースだとか、フランス・バロックのオペラ・バレエの曲でも、管弦楽でやる時はバレエ曲として弾くがチェンバロのヴァージョンではバレエのステップを前提とした制約を無視して別の独立したコンサート曲として弾くようにというような話だ。アメリカで数人のチェンバロの師に学んだチェンバロ奏者もそう話していた。(その方は、フランスでレッスンをうけてまさにカルチャー・ショックだと衝撃を受けたという)


    ところが、フランス・バロックと名のつく曲は、どんな曲でも、ダンスと朗誦とを前提としていないと弾けない。それは、べつに、作られた時がそうだったから、それに忠実に弾かなくてはいけないという「原理主義」ではない。それがないと魂が抜け落ちる。


    確かに、1970代にバロック音楽の研究が進んだ時には、まさにバロック・バレエの振り付け譜の解読から実はどのように弾かれていたのかが解明されたという経緯がある。

    ベートーヴェンやモーツァルトは、たとえ伝言ゲームみたいに変化することはあっても、一応、彼らの生前から演奏されてきたのを聴いた人たちが次々と継承していったのだけれど、フランス・バロックのほとんどは、いったん完全に途切れた。

    ドイツ=イタリア系音楽に席巻されたからだ。その理由などは『バロック音楽はなぜ癒すのか』に書いたことがある。


    バレエの振付譜によって、体重の移動やバランスを助けるための附点の強調や装飾音のタイミングが分かってきた。それは画期的な発見だった。


    当時のバロック奏者はほとんど未知の世界への冒険家だった。


    でも、それが、「古楽器を使った古楽演奏」という妙な選民意識の醸成にもつながった。

    21世紀にはそういう「原理主義者」が増えたのは確かだ。


    私たちのトリオは、フランス・バロックの魅力を最もよく表現できるものとしてカスタマイズしたクラシックギターを使っている。古楽原理主義とは程遠い。ラモーに聴かせてあげたいといつも思う。

    で、これも先に述べた本に書いたのだが、18世紀前半から中盤にかけて最高に洗練されたフランス・バロックの舞曲というのは、別にフランスでフランス人が作曲した曲というわけではない。当時、たとえば同じ作曲家がフランス組曲とイタリア組曲と別々に作曲していたように、一つの形式なのだ。それはバロック・バレエのステップを前提とした形式にほかならない。

    バッハは16歳の時、つまり18世紀に入ったか入らないかの頃に、ドイツで舞曲をフランス語で学んでいる。子供たちともいっしょによく踊った。バッハの舞曲はほぼすべて、正統的なフランス・バロック・バレーの文法とステレオタイプを備えている。

    当時の多くの作曲家がそうであったように、バッハは舞曲を作曲する時は確実にフランス・バロックの様式とエスプリで臨んでいるので、「形式だけ借りている」というわけではない。

    踊る体の感覚を喚起するように作られている。

    実際、友人のクリスティーヌ・ベイルが無伴奏チェロ組曲の第五番に振り付けて踊っているのを見ると、それがいかに「踊る」曲だったかということがよく分かる。


    もっとも、数あるこの組曲の録音を聴くと、どのダンスでも、踊ることができるような演奏はほとんどない。みな速すぎる、ビブラートをかけて音を伸ばし過ぎるなど、まったくクラシックでロマンティックで思い入れたっぷりか名人芸の披露かというものだ。

    私が一番共感したのは藤原真理さんの演奏だった。彼女ほどに弾きこめば、舞曲のエッセンスが自然に体得できるのだろう。

    なぜバロック音楽が長い間ロマン派音楽のように弾かれていたのかには、いくつも理由がある。はっきりいって、フランス・バロックのエスプリがフランス革命によっていったん絶滅し、その後ナポレオン戦争によるヨーロッパ各地でナショナリズムが台頭し、ドイツのロマン派音楽がヘゲモニーを確立というのが一番大きい。

    フランスだけは19世紀から20世紀にかけて、ナショナリズムにはいかずにエゾテリックな方向に行った。そしてフランス人は実は傲慢なくせになぜか自虐でいるのがよりエリートっぽいと思うらしく、フランスでも最も愛され、評価されたのが、ドイツ=イタリア系ロマン派音楽だった。「大バッハの発見と再評価」も完全にロマン派の文脈で起こった。

    ショパンのポロネーズでポロネーズは踊れない、とか、モーツァルトの交響曲のメヌエットではメヌエットは踊れない、というのは事実だ。

    それは彼らがすでにクラシックやロマン派のエスプリの作曲家だからで、彼らの時代にはもはやフランスのバロック・バレエはほぼ消滅していた。その後ロマンティック・バレエやロシアのクラシック・バレエへと進化するが音楽と体の関係はラディカルに変化する。

    18世紀末以降のコンサートピースの中の「舞曲」には、最低限の形式以外にダンサーを想定するものは何もない。

    でも、バッハは、ベートーヴェンやモーツァルトよりざっと100年近く前に生まれた人で、フランスのバロック・バレエを熟知していた。バッハの舞曲は踊る体を想定して書かれている。

    日本からの帰りの飛行機の中で、オーディオ・サービスのクラシックの名曲というところに「メヌエット」というのがあった。「憩いのメヌエット」とあり、最初の解説で、「メヌエットはフランスに古くから伝わる優美な踊りです」と言われた。

    実際のメヌエットは「憩い」でもなく「優美」を目指してもいず、空間にどのように動線を描いていくかという「移動」の単純ステップだ。でもステップのリズムが単純ではなく少しずつ体を揺さぶるようにできている。それを誘い出すように作られているし演奏しなければいけない。そうするとほんとうに気持ちがいい。

    で、機内オーディオのメヌエットのセレクションが、ボッケリーニとバッハが二つと、モーツアルトの交響曲。フランスのものが一つもないのも象徴的だが、最後のモーツァルトがばりばりのドイツ・ロマン派風のカラヤンの指揮のものだというのにも驚いた。

    踊れるメヌエットはもちろんひとつもなく、「憩い」となる「優美」なもので、まさに「解説」通りだった。

    私はもう20年以上も音楽とバレエでフランス・バロック世界にいるのでもちろん「古楽器至上主義派」との対立や試行錯誤もあれば、常に新しい研究と発見の連続の中にいて、バロック音楽の世界も変化したなあ、と感慨を覚えるのだけれど、「『憩い』と『優美』なメヌエット」と言われていまだにカラヤンの指揮のものが流されるのが「普通」なのだと思うと、驚く。

    帰りの機内、トリオの仲間は耳栓をして、ノートパソコンでラモーの複数のオペラ・バレエの総譜を延々と見ながら三台のギターによって弾かれる方がより美しいものをさらに20曲くらいピックアップしていた。

    私たちはいつまでこの冒険を続けるのだろう。

    ほんとうは、私たちの演奏を聴く側に回りたい。

    弾きながら三人とも、いつも、そう思っている。


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    # by mariastella | 2017-11-05 04:26 | 音楽

    頭大仏と光の教会

    国立新美術館に安藤忠雄展を見に行った。

    直島ファンである私には直島のマケットや、風景を読むというコンセプト、構成力にあらためて感動した。

    でも、偶然安藤忠雄さんがいらしてのトークイベントが始まる時だったので、直島用インスタレーションの部分がアクセス不可能になった。
    彼の話は、放映されていたコメントとほぼ同じだった。

    北海道の真駒内滝野霊園「頭大仏」という発想が斬新だった。
    野外に大きな大仏坐像があまり人々の崇敬を得ていないのをなんとかならないかと安藤さんに依頼が来た。
    彼は大仏像をいじる代わりに、 周りにラベンダーの丘を築き、外からは頭だけ見えるようにしたのだ。

    中に入る人には、空を背景に、 全身があらわれる。
    遠くから見えるのは、頭だけ。

    「全部を見せない」ことからだけ生まれる力というのがよくわかる。季節の変化もよりラディカルになる。
    雪をかぶった大仏というのも新鮮だ。

    真駒内滝野霊園頭大仏 画像という言葉でリサーチして下さい。

    下は、光の教会のインスタレーション。
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    自然光を応用して十字架をこういう風に扱うのは、実は中世からある仕掛けで、現代のと教会にも斬新なものをたくさん見た。
    それでも、ここに置かれると、「安藤忠雄」になってくるのが不思議でもある。


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    # by mariastella | 2017-11-04 00:05 | アート

    日光その3 奥日光の滝


    まず、華厳の滝へ。

    これを見るのは何十年ぶりかで、下に降りていくエレベーターももちろんはじめて。
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    屏風岩がきれいだ。

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    ガイドして下さった方のイチ押しが湯滝。


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    急流に添って降りていけるのが竜頭の滝。


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    どれも違った持ち味で変化があって楽しい。

    中禅寺湖に戻る時、日本猿の親子も見た。

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    # by mariastella | 2017-11-03 00:09 | 雑感

    日光小旅行

    ハロウインの日、いろは坂を車で登っていくと、標高1300mから1900mまでが今紅葉の真っ盛りということで、最高に楽しめた。
    赤と黄のツートンカラーの楓も美しい。

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    # by mariastella | 2017-11-02 00:06 | 雑感

    日光で三味線を弾く

    原宿に戻ったら、ハロウインの仮装をした若者たちにすれ違い、ニュースでは日本にハロウインはすっかり定着しました、などと言っていたけれど、日光や奥日光にはハロウインのかけらもなかった。

    コンサートがすべて終わって、台風も去って、みんなで鬼怒川温泉へ。

    まず、日光江戸村、ワンダーランドに行った。
    平日なので人が少ない。

    最初に入ったのがもちろん三味線のお稽古体験。

    「さくら、さくら、やよいの空に」

    という部分を、弦の番号と、押さえるフレットの位置を図解したものを見ながら教えてもらう。撥の持ち方と、弾き方も。

    トリオのメンバーの2人もこのメロディーは知っているので、すぐに、

    「見わたすかぎり」

    も続けて弾いてしまったので、「お師匠さん」は目を丸くしていた。

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    # by mariastella | 2017-11-01 01:59 | 音楽

    猿でもわかるパラダイス その15 (終わり)

    15 世界の終わりはいつ来るの ?

    福音書は「その時」を注意して待つように促しています。

    「だから、目を覚ましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないのだから。」(マタイ 25,13)とあります。世界の終わりを告げるキリストの再臨(παρουσία / parousía)は信仰上の確信でしたが、その「時」が分からないので、初期のキリスト者の共同体はそれが間もなく起こることだと考えました。黙示録の描写はそれを詩的に表現したものです。それ以来、多くの説教者が、聖書に根差したさまざまな計算法を駆使してその「時」を予告しようとしてきました。「至福千年派」が予告した1848年のものが有名です。そこからは、セブンスデー・アドベンチスト教会のような有名な新宗派が生まれています。

    Sekkoのコメント 

    うーん、20世紀の終わりに流行った「ノストラダムスの大予言」もそうだけれど、こういう「世界の終わり」系の脅し言説マーケットは苦手だ。『陰謀論に騙されるな』でも書いたけれど、陰謀論と終末論は兄弟みたいなものだ。

    「世界の終わり」も「ある特定の個人の終わり」も似たようなものだ。太陽にも寿命があるから地球にも人類にももちろん終わりがあるし、それよりずっと前に個々の人間は等しく「終わり」を迎える。これを読んでいる人はすべて確実に100年後は生きていないだろう。

    終わりがあるということを意識して「目を覚ましていなさい」というのは分かる。

    「人生は一度しかない、と悟った時から新しい人生が始まる」というやつだ。

    とりあえず、あまり壮大なことは考えられないので、21世紀に生まれた若者たちの世代によりよい環境を残す、というのを意識して余生を過ごしたい。

    自分も含めて、どういう生き方をした人がどういう人生の納め方をするのかにも興味がある。

    ユダヤ=キリスト教においては、旧約聖書の初めあたりでは、ノアの箱舟のノアもそうだけれど、長生きは「報酬」の一種だった。夭逝は懲罰の一種だ。日本の神道のように死は穢れのひとつで、共同体の誰かが死ねば、その日のうちに埋葬し、残った人は服を裂き、断食し、灰を被った。それが『ダニエル書』あたりではじめて「死後の世界」の信仰が登場する。

    『第二マカバイ記』で「死」は神の慈悲の采配の範囲となった。

    「死者のための祈り」が生まれた。


    人と死者と神の関係の進化ってすごく人間的だ。


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    # by mariastella | 2017-10-31 00:05 | 死生観

    猿でも分かるパラダイス その14

    問 14  復活は転生とは両立するの ?

    転生を信じるということは、同じ魂が「再生」のサイクルの中で次々と複数の肉体を生きると信じることです。「復活」はそうではありません。復活の考えでは、私たちは肉体の死と共に地上での生き方とは別の生き方を始めることになり、それは最終的なものです。

    Sekkoのコメント

    以前『ヨーロッパの死者の書』の中で書いたことがあるけれど、夭折した子供の「転生」みたいなものを教会が例外として容認する場合も実際には存在した。

    まあ、神さまは全能なのでその気になればなんだってしてくれる。新しく生まれた子供がその前に亡くした大切な人の「生まれ変わりだ」と思って慰められるという人間の感情が普遍的にあるのだとしたら、そういう必要に対応するのが宗教の知恵だともいえる。


    日本の仏教だって、亡くなった人たちが49日後にどこかに転生してしまったと思うよりも、誰でもちゃんと「成仏」して、または「極楽」に行って、生きている人を見守ってくれる(しかもお盆に戻ってきてくれたり‥)という方向で根付いた。


    「転生」は、どこか遠くに行ってしまったり、ステージの低い動物だの虫だのに「格下げ」になってしまったりと考えるのは嫌だけれど、愛することのできる身近なものに「生まれ変わってくれる」と考えられるときに慰めになる。


    私にも死んでしまった愛猫が存在の形を変えて私と共に生きていると思える気持ちと、49日後に生まれた子猫をさがして生まれ変わりだと思いたい気持ちが両方ある。

    愛の形を継承、再生するという意味では、その二つはひょっとして両立するのではという気も、しないではない。


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    # by mariastella | 2017-10-30 00:05 | 死生観

    三年寝太郎

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    厚狭駅 (山口県)前の「寝太郎」像の前で田村洋さんと記念写真。1977年の第19回パリ国際ギターコンクールで作曲部門受賞なさってからちょうど40年ということで、田村さんの新曲を発表できて光栄でした。

    私たちと田村さんの出会いからもちょうどまる三年なので、
    寝てたわけではないですが、なにか感慨深いです。


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    # by mariastella | 2017-10-29 00:05 | 雑感

    シャークタワーを見て思ったこと

    ホテルの部屋でTVをつけたらたまたま、伊戸というところの海中で繰り広げられるシャークタワーというのを見て驚いた。

    そこは置き網漁業の場所で、サメに網を食いちぎられるなどの被害に悩んで、餌をやることにしたという。すると、すっかり餌付けされてしまって、決まった時間に餌がもらえるのだから、人間はお友だち、ダイバーたちが潜って撫でても平気、どこのイルカさんですかという雰囲気で、すごい数のサメがタワーのように泳ぎ回る。


    これで漁の被害はなくなり、世界中からダイバーやカメラマンたち

    が集まり観光資源にもなっているという。


    サメというと、フランスでも人が襲われたというような話題ばかりで、凶暴なのだと思っていたけれど、考えてみたら別に人間を憎んでいるわけではないわけで、空腹や防御反応などから来ているのだろう。

    サメの種類や生きる環境によって一概には言えないのかもしれないけれど、天然のサメを餌付けすることができる、共存の関係性を作ることも不可能ではないのだなあと感心した。


    人間の社会でも、凶暴だ、狂犬だ、根っからのアウトローだ、テロリストだ、好戦的で挑発的な独裁者だ、などと忌み嫌われていて、取り締まる、排除する、抹殺するなどと言われる人やグループが存在する。

    でもそういう人に、やみくもに圧力をかけたり、より強い力で制圧しようとする以外の道があるんじゃないかと、生き生き動くサメたちを見ていて思ったのだ。


    貧困や差別が、社会からの「落ちこぼれ」を作り出し、恨みや欲求不満から「過激化」を招くというのはすでに言われていることだ。


    監獄を増やすよりも学校を増やし、衣食住に安定した満足を供給することが必要なのは自明だ。

    全ての人が飢えることなく安全に生きる権利があるというのは本当だ。

    一時の「バラマキ」などではなく、調和のとれた共存を実現するためには何が大切なのかについて改めて考えさせられたシャークタワーだった。



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    # by mariastella | 2017-10-28 00:05 | 雑感

    山陽小野田市のコンサート その2

    25日は山陽小野田市の文化会館でのコンサート。

    師井公二さんとのコラボです。
    こんなインスタレーションが、水に反射してきれいです。
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    ステージの後ろの4枚組の絵は、今回の新しいレパートリーであるラモーのプログラムをフランスで聴いた師井さんがイメージして制作して下さったもので、ラモーを弾いている時にモチーフがずっと揺れ動いていたという感想を下さった方がいて感激です。
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    演奏の後にかわいいこどもたちから花束をもらって溶けてしまっているところです。
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    師井さん夫妻とは、2011年に私がパリコンコルド広場の海軍省サロンで開いたチャリティコンサート以来のおつきあいで、今回私たちが初演した曲の作曲者である田村洋さんには、2014年のコンサートの楽屋で5分くらいお話しした以来なのですが、今回、もう、すぐに旧来の仲間という感じがしました。他のメンバーも同様で、この世には「アーチスト」というカテゴリーの人種が確かにいるんだなあとしみじみ思います。

    みなさま、ありがとうございました。


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    # by mariastella | 2017-10-27 00:05

    山陽小野田市のコンサート

    山陽小野田市での第一回コンサート。中央図書館で。

    なんと、フランスとフランス文化の展示までして下さっていた。
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    田村洋さんのオリエンタルダンスを初演。

    私たちは、いつもこの曲に癒されていたのでなんとなくヒーリング音楽風に弾いていたのだけれど、リハーサルで、田村さんに指揮していただいて、もっとアグレッシブに、アクセントを強調して弾くべきだと分かった。
    クラシック・ギターのダンス曲にオリエンタルのものがないので挑戦されたので、確かに私たちの解釈は内省的過ぎた。もっとクリアーに、もっと歯切れよくというのが理解できた。
    これをフランスで弾く時には来てくださるということなので、またいろいろなアイデアが浮かぶ。

    帰りにはお知り合いの日本酒製造の蔵を見学させていただき、メンバーは、試飲させてもらって感激していた。山猿というお酒です。
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    お土産にも持たせていただいたので、ホテルの夕食に、このコンサートに展示やインスタレーションでジョイントして下さった師井公二夫妻と味わいました。


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    # by mariastella | 2017-10-26 00:07 | 音楽

    猿でもわかるパラダイス その13

    問 13 復活って結局なあに ?

    「肉体」の復活を語る時、キリスト者の信仰は、ある人格がその全体性の中で生きる新しい命のことを宣べています。人間とは、肉体の牢獄に閉じ込められた霊魂ではありません。もし私たちの霊魂だけが神のもとに行けるというなら、それは私たちそのものではありません。私たちの肉体は、その物質的な構成においてはそのまま「よみがえる」わけではなく、塵にかえるでしょう。ですから、肉体の復活というのを死者のよみがえりと混同してはいけません。教会は火葬を許可しています。

    Sekkoのコメント

    中世のカトリック世界では、信徒の火葬はもちろんあり得ないし(だからこそ異端者は火刑に処せられた)、最後の審判の時に復活するためのモデル像を棺の上に刻んだりした。

    本家のイエス・キリストが、両手や脇腹の聖痕を残したまま「復活」したらしいのに、時にはもっとひどい殺され方をした殉教者たちは、死んだ後で傷が消えて美しい姿になっていたという伝説に事欠かない。誰でもゾンビのような蘇生の仕方はしたくない。

    十字軍の遠征中に遠方で死んだ騎士などは、さすがに埋葬するために遺体を持って帰れないので、遺体を煮て骨だけを持って帰ったというような例もある。どこの文化でも、朽ちていく「肉」に比べるとそのまま残る「骨」に永遠を託すことのできるエッセンスがあるという考え方はあった。

    まあ私は、霊魂だけが転生を繰り返してステージを上げていくとか、霊魂はもともと神から放射されたものが一時的に肉体にとらわれたものだというようなタイプの死生観には、前世の記憶がない限りあまり興味がない。霊肉セットとなった存在形態が別の次元にシフトして今の記憶や生者との関係性を保つことができるという考え方の方が抵抗がない。


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    # by mariastella | 2017-10-25 00:21 | 死生観

    近況

    日本に着いてから雨と寒さ、台風と総選挙のニュースとに振り回されて落ち着かなかった。ようやく台風も去り、大きな予定変更もなく、もうすぐ新幹線で厚狭に出発する。(これを書いているのは23日の朝)


    フランスでもこの台風が報じられたらしく心配するメールをたくさんもらった。


    トリオのメンバーも4度目の同じ時期の公演で初めての長雨と台風に目を丸くしていた。


    選挙では沖縄のことが気になった。辺野古埋め立てやヘリ墜落の画像が映されるたびに胸がつまる。


    22日は川口市の立派なリリアホールに「バッハとルター」というコンサートにご招待いただいた。さすが新国立劇場の合唱指揮者の三澤洋史さんだけあって、合唱のバランスは完璧だった。アマチュアコーラスが大人数だと音量がありすぎてまいってしまうことが多いのだが完全に三澤さんのカリスマに統制されている。


    全体も、バッハやルターというより、三澤さんの信仰と祈りと音楽美学の結晶のようで、三澤さんからのプレゼントという感じだった。

    私たちフランスバロック脳のメンバーとしては、管弦楽組曲が、カンタータと対照的な「宮廷音楽」として前座のように紹介されたのはちょっとフラストレーションだったけれど。


    また、カンタータは、私は日本語の字幕を見て、メンバーのM はドイツ語を読み、Hが音楽に集中という立体的な聴き方をしたので興味深かった。

    それにしても、こんなコンサートに参加する人のほとんどは経済的にも健康上にも問題なく、余裕のある人だと思う。

    歌詞にあるような罪深い私に救いを、と必死に訴えるような強迫観念とは縁が薄いのでは、と思った。

    正直、今の日本人がバッハをカルチャーとしている意味ってなんだろう、とさえちらりと思う。


    バッハはフランスバロックもよく研究していたが、この組曲のフォルラーヌを聴けばわかるが、このダンスにも、アルト(ヴィオラ)で16分音符で埋め立てようという感覚は、フランス的洗練(文字どおり、洗い尽くして、本質だけを残す)には耐えられない構築強迫がある。バッハには「間」が耐えられない。


    いつも言っているが、フランスバロックは「間」や「空(くう)」と、そこに軽やかに消えていく装飾音が命で、そういう「間」を味わう感性というのはむしろ日本人的である。


    ドイツは連邦国で、今でも旧領邦国家間の確執がしっかり残る。

    そしてプロテスタントの峻厳さが加わる。


    それに比べて、実際はともかく「単一民族」幻想のある日本や、中央集権の「太陽王」幻想のあるフランスって、いわゆるハイコンテキスト、以心伝心の幻想もあって、ひたすら洗練させていく美、というのが成立する。フランスの宮廷文化は実は日本の町人文化と似ているのだ。


    もちろんどの国ののどんな人でも、戦争やら生老病死の危機は免れないから、それこそいざという時には神仏に必死にすがる、という心情はユニヴァーサルではある。

    でも、バッハのカンタータは決してユニヴァーサルではないと思う。


    三澤さんの情熱にユニヴァーサルな訴求力があるのと、ルターとバッハのカンタータに普遍性が果たしてあるのか、というのは別のような気がする。


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    # by mariastella | 2017-10-24 00:05 | 音楽

    猿でもわかるパラダイス その12

    問 12 

    リンボ(古聖所,孩所:洗礼を受けなかった幼児やキリスト降誕以前に死んだ善人の霊魂が死後に住む地獄と天国の中間にある場所)ってあるの?

    リンボは、特に洗礼を受ける間もなく死んでしまった赤ん坊を受け入れる場所とされていました。カトリック教会は、神が彼らに恵みを与えないとするなどは考えられないと判断して2007年にそれを信ずる必要がないとしています。

    Sekkoのコメント

    この話を聞くと、思い出すのは、大学時代に見た映画『スケアクロウ』のラストの衝撃だ。妊娠していた妻を五年間も放置していた元船員のアル・パチーノが恐る恐る妻に電話すると、五歳の息子の傍らにいる妻は、子供を産む前に転んで死産した、洗礼を授けてもらっていなかったから子供は地獄に堕ちている、自分はもうすぐ再婚する、と嘘をつく。そのことに衝撃を受けたアル・パチーノは錯乱して、地獄に堕ちた我が子を救うかのように叫びながら、公園にいた子供を抱いて噴水に飛び込み、相棒のジーン・ハックマンに助けられる。

    「赤ん坊が洗礼を授けられずに死んだから地獄堕ち」というのは、中世の話かと思っていた。中世でさえ、それではまずいから、形だけいったん蘇生させたことにして急いで洗礼を授けてから埋葬するという習慣があったことも知っている。

    アル・パチーノだから、アメリカのイタリア移民でカトリックという想定だろうが、そんなに、錯乱するほどの衝撃なのかと驚いた。もちろん、望みをかけていた妻子との再会の夢が破れて、妻も子供も失った絶望が、「地獄堕ち」という言葉に集約されて増幅したのだろうし、妻も、身勝手な夫に子供を会わせたくないことと、不在に対する一種の「罰」として地獄堕ちなどという言葉(多分夫の泣き所だと知っていて)を口にしたのだろう。

    それでも、1970年代半ば、20世紀のアメリカで、そんなことを信じているのだなあ、と印象的だった。そういえばやはり同じころ見た『ゴッドファーザー』のラストシーンもアル・パチーノが代父となった甥の洗礼式に出席しているところだった。ゴッドファーザーという言葉自体が代父(=洗礼親)ということで、イタリア系マフィアにおいて「洗礼」の持つが意味が大きいことは分かるのだけれど。

    それにしても、2007年まで待たなくても、昔から赤ん坊には即地獄堕ちではなくて「リンボ」という場所があったのに、妻が「永遠に天国には行けない」と言ったことがこたえたのかもしれない。

    天国にしても地獄にしても、様々な「あの世」の表象は、生きている人たちを愛や信頼で結びつけるものであればいいけれど、脅したり罰したり関係性や人間性を壊すものとして使われるのはよくないなあ。



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    # by mariastella | 2017-10-23 00:10 | 死生観

    猿でもわかるパラダイス その11

    問 11  地獄に行くのはどんな人 ?

    自分の中で「善」と「愛する心」を、修復不可能なまでに破壊してしまった人です。カトリックのカテキズム(要理)によれば、意図的に神を忌避しそれを最後まで貫徹する人ということです。なぜなら神は人を赦すことを決して拒否しませんが、赦しや救いを人に強制することもありません。赦しは受け取ることのできる贈り物なのです。

    Sekkoのコメント

    「自由意志」というやつだ。キリスト教のこういうタイプの解説を読めば読むほど、神さまが気の毒になってくる。勝手気ままな人間たちに、そむかれても、裏切られても、無視されても、嫌われても、懲りずに愛を捧げてくれるばかりの神さま。

    確かに、こういう愛し方や愛され方を体験できたら、神さま、仏さま、と思いたくなる。


    イエス・キリストもそうで、共犯にされるのをおそれて自分のことを知らないと三度も言った弟子のペトロのことも、彼が後悔しただけで赦したが、自分を裏切ったユダは赦しを請わないで自死した(ことになっている)ので、地獄に堕ちたなどと言われている。

    でも、自由意志というものがどこまで自由意志なのかは実際よく分からない。


    幼いころに受けた虐待などのトラウマのせいで愛する心や愛を受け入れる心を破壊されてしまった人もいるかもしれないし。


    背を向けながらも背中で「助けて」と言っている人、「無理やり」にでも赦したり救ったりしてくれるのを待っている人もいるかもしれないなあ、と思う。


    まあ全能の神なら本音を汲み取ってくれるのかもしれないけれど。


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    # by mariastella | 2017-10-22 00:15 | 死生観

    猿でもわかるパラダイス その10

    問 10  死者のために何かできる ?

    「諸聖人とのコミュニオン(聖徒の交わり、聖者も死者の交えた信徒の交わり)」を信じるということは、共にキリストの体を形作る生者と死者が互いに責任を共有するということを信じることです。カトリック教会は、死者に恵みや赦しが与えられるようにと、また死者からこちらの願いを神にとりなしてもらえるようにと、信徒に、祈りや贖罪を呼びかけます。

    Sekkoのコメント

    これはぴったりくる。「死者と生者には互いに責任がある」ってなかなか言葉としては耳にしないけれど、心情的にはなんとなくわかる。

    死者の思いを無にしないとか、遺志を継ぐとか、逆に死んだ後も守ってあげるからね、と言い残すとか、交わされた言葉や関係性によって、いつもつながっているという感じ。

    生きているうちも死んだ後も、何か大きな次元でポジティヴなこと(平和とか安全とか)の成就にかかわろうね、という「連帯」みたいなのは年を重ねるとともに実感となっている。


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    # by mariastella | 2017-10-21 00:55 | 死生観

    日本共産党って

    フランスでTVを見ていたら日本共産党が出てきた。


    ロシアの10月革命の100周年(と言っても今のグレゴリオ暦では数え方がずれているし、はっきりと日付を特定しないことが多いが)なので、「マルクス主義、共産党は果たして今でも生きているのか?」という特集があちこちである。

    10/17の夜のarteで、ベルリンの壁と共に共産主義は崩壊したけれども、


    「知っていますか、みなさん、今でも共産党が元気な国ってあるんですよ。」


    という感じのコメントがあった。


    中国とか北朝鮮の話ではない。

    なんと日本共産党だった。

    先の選挙で議席を倍増した、機関紙の赤旗は大部数だ、若者向けのアピールもすごい、と言って、志位さんの写真が出て、アニメの広報ビデオが映されて、かわいいネーミングのキャラが紹介される。


    日本のいわゆるネトウヨの言説を見ていると、今でも共産党は、「アカ」、「反日」などのレッテルを貼られているけれど、若い世代にはハードルが低くなっているのだろうか、と一瞬思った。


    思えば、ボルシェビキとは縁を切ったと宣言したフランスの共産党も、今もトロツキストの末裔はいていろいろ枝分かれしているにしても、実質すっかり影が薄くなって存在感はゼロに近くなった。大統領選にも独自候補は出さない。

    5月まで政権の座にあった社会党でさえ、大統領選で惨敗し、マクロンに新党を作られて解体に近くなった。


    それにくらべると、確かに日本では「社会党」が看板を降ろしたのに共産党は存続して「ぶれない党」として存在感を持ち続けている。「欧米」から見たら「驚き」の状態なのだろう。


    ソ連で、マルクス主義に一番近いのはイスラムだ、と言われていたことも紹介されていた。

    マルクス主義と普遍宗教は、その普遍主義と国際主義においては確かに共通しているけれど本質的には違います、と歴史学者が注意していたが。

    確かに今一番「元気」な革命はイスラム革命のようにも見えないでもない。


    ボルシェビキ型革命が失敗したのは、「平等」を実現するために「自由」を制限したからだろう。イスラム革命も「救い」を実現するために「自由」を制限する。

    「自由」の中で「平等」を実現するには、「公正さ」が必要で、私利私欲にまみれたり「お友達優先」の非公開主義に陥ったりしないためには、何らかの形で「超越的な視点」を導入しなくてはならないのだろう。


    難しい。



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    # by mariastella | 2017-10-20 07:31 | 雑感



    竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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