L'art de croire             竹下節子ブログ

真実は人を自由にするか(承前)

前記事の「真実は人を自由にする」について、カトリックの見方を質問してきた方がいたので、もう少し敷衍しておく。

前教皇のヨハネ=パウロ二世の教勅に『Veritatis Splendor(真理の輝き) 1993/8/6』というのがあって、そこ(64)には「良心の自由は真理を無視した自由ではなく、真理の中にだけいつもある」とある。

この「良心」というのは、「善悪を見分けるために備わっている知識」から「自意識」まで使われるconscientiaから来た言葉だが、日本語だと「良」心に限定される感じで分かりにくい。

ここでは、「真理が自由にする」ということを別の角度から見て、世にはびこる「自由」至上主義が「好き勝手なことをしてもよい」方向にいかないように、むしろ「真の自由」とは何か、と問いかけているのだ。

これも、日本語の「自由」という言葉は「自らに由る」という「自分が基準」の感じがあるから、分かりにくい。

「なにものにもとらわれない状態」というのは、自他の利害の対立や権利義務の拮抗などを超えた、集合的な命全体の流れの中でのみ成就されるという意味なのだろう。

その底には、人にはそういう「真理」を感知する能力があって、それを行使すれば、「自由に」人生を「善」の方に向けることができるという確信があるわけだ。

この「真理」は、表面的ないろいろな対立や視点の相違を超越したものだから、ある家庭の事情で今、家族関係が実はどうなっているかというような「現実」とは関係がない。むしろ理念に近い。実際、近代理念というものは、欧米キリスト教国が(神の)「真理」から「神」を削除または希釈したものだと言える。

「事実は真実の敵(かたき)なり」

というのはドン・キホーテの有名なセリフだ。

「事実が真実をつつみ隠すこともある」

この場合、事実を事象と言い換えた方が分かりやすいかもしれない。
私たちが感知する事象は、事実の「相」であって、本質ではない、というように。

「一番憎むべき狂気とは、あるがままの人生に折り合いをつけて、あるべき姿のために戦わないことだ」

なかなか含蓄のある言葉だ。

といっても、ドン・キホーテにとっての「あるべき姿」は騎士道世界の「幻想」なのだから、「戦い」は「風車に突進する」ような馬鹿げたものとなる。

ドン・キホーテは自分の「幻想」世界の「捕らわれ人」となっているのだから、それを信じて「自分勝手に」振る舞っても、それが「真の自由」の行使とは言えない。

ドン・キホーテを「正気」に戻そうと、司祭や学士があれこれ策を練る。

17世紀初頭、宗教戦争がまだおさまらないヨーロッパはキリスト教にとっての危機の時代なのに、スペインでは、レコンキスタ以来のカトリックがさまざまな宗教的公正にのっとった「真理」をしっかり掌握していた。

人々にとっては、その真理を吟味するよりも、新大陸に進出する欲望やエネルギーの方が優先する時代だったのかもしれない。

何が、誰にとって、「真理」なのか「幻想」なのか、見分けることは難しいし、見分けることを要請しないような社会も時代も状況も存在する。

それでも、「現実」や「真実」との「折り合い」のつけどころというのは、その時々にあるわけで、それをうまくインスパイアしてくれるのは、宗教の聖典よりも、ある種の文学作品だったりするのかもしれない。
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# by mariastella | 2011-12-30 08:47 | 宗教

ロバート・B・パーカー 『晩秋』

ロバート・パーカーのスペンサー・シリーズの『晩秋』は名作と言われる『初秋』でスペンサーが救った15歳の少年ポールが10年の時を隔てて、行方不明の母を見つけるためにスペンサーの助けを求める話だ。

ポールはスペンサーや精神科医のおかげで、「自立」や「自律」の道を歩み、最後の母離れ(母が自立していないで、見かけばかりの男にばかり依存している現実を受容する)をこの作品で果たすことになっている。

敵対するギャングの方の父子関係にも「息子の自立」をめぐる判断の誤りや親の煩悩による悲劇が展開する。

この作品ではスペンサー自身がどのような育ち方をして「大人の男」になったのかというような話も出てくるのだが、なんといっても、この話のクライマックスは、ラストに近いこのやりとりだ。

母親を直視してその現実を知ったことは進歩だと評価するスペンサーに対して、ポールは、

「真実が人を解放する」

と、怒りを含んだ口調で言う。するとスペンサーが

「必ずしもそうとは限らない。しかし、《偽り》は絶対に解放しない」

と答える。その後、ポールはスペンサーの方を一分間ほど見て、さらにビールを飲んでから、にっこり笑い、

「モルトはミルトンより役に立つ」
「人に対する神のやり方を正当化するのに」

と言って、大人になる通過儀礼を終了したことが分かるのだ。

私はもちろんここの部分に反応した。それについて書こうとして、はじめて文庫本のカバー(自分でつけていたもの)を外したら、元のカバーの表紙絵の下に、その部分が英語で書いてあった。

“The truth will set you free, ” Paul said.
His voice was angry.
“Not necessarily,”I said.
“But pretend sure as hell doesn’t do it.”

                   
ここが表紙カバーで引用されているのは誰の選択なんだろう。
Amazonの英語版の表紙には見えない。

で、この部分だが、言わずと知れた福音書の超有名部分で、イエスの語った言葉だ。

私の好きな言葉でもある。

「イエスは、御自分を信じたユダヤ人たちに言われた。「わたしの言葉にとどまるならば、あなたたちは本当にわたしの弟子である。あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする」(ヨハネによる福音書31-32)

ここの「真理はあなたたちを自由にする」が有名なので、ポールは、

「母の真実の姿を直視するのはつらいけれど、それによってぼくは母親のくびきから本当に解放されて自由になれるんだよね」

と自分に言い聞かせているわけである。

ところがスペンサーは

「必ずしもそうとは限らない。しかし、《偽り》は絶対に解放しない」

と、言ってやる。

聖書の解釈学や神学の中でも、「人を自由にするのは真理だけとは限らない」などという言説もあるし、何よりも、この福音書の場合の「真理」とは「神の言葉」の中の真理なのだから、たとえば、「偶像化していた母親の真実の姿を見てしまった」というような「真実」なのではない。

スペンサーは、まず、普通に使われているような紋切り型の「生活の知恵」としての聖書の言葉を「必ずしもそうとは限らない」、と相対化してポールを軽く驚かせたのだ。

その後に続けて 「しかし、《偽り》は絶対に解放しない」と「父のお告げ」を下す。

この「偽り」とは、pretend sure as hell で、「はっきりしないことを絶対確実だと言いきる」という感じだから、確かに福音書のイエスが蛇蝎のごとく嫌った唯一の悪徳である「偽善」にも通じる。

ここでスペンサーが言いたかったのは、

「真実を知ったからと言ってそれが君を自動的に解放するわけじゃない、けれども、真実から目をそむけて、思い込みにとらわれていては、君は決して自由になれないんだ」

ということで、つまり、

「君が真に自立するかどうかはこれからの君にかかっているんだ。でも、ひとまず、不都合な真実を直視したことで、第一歩は踏み出せたんだよ」

と言いかえられる。

ポールは、すぐにはその意味を解せずに、スペンサーを1分間ほど見た。
さらにビールを飲んでから、にっこり笑い、

「モルトはミルトンより役に立つ」
「人に対する神のやり方を正当化するのに」

と言ったのだ。

ここでは「モルト」maltと「ミルトン」Miltonの音の遊びもあるのだが、ミルトンは『失楽園』の詩人で、スペンサーやポールの生きるキリスト教文化圏においては、人間が神の禁を破って「善悪の知識の実」を食べたことで楽園を追われたというイメージを定着させた。

「善悪の知識の実」というのは「真理」を探究したいとか「真実」を直視したいという人間の欲望のようでもあり、それをそそのかしたのが悪魔で、「pretend sure as hell」のように、所詮、人間が浅知恵で「真実」だと確信することなど、「地獄」からの誘惑のレベルなのかもしれない。「真実」は常に「神のみ旨」にしかないのだから、何が真実だとか、自分が真に自由かどうかなど、本当には分からないのだ。

無言でスペンサーを見つめた1分間で、ポールの脳裡にはこういうことがいろいろ浮かんだのだろう。自分でその場で考えなくても、キリスト教文化圏では何度も繰り返されるようなことである。それでも、その本当の意味を人生のしかるべき時に咀嚼できるかどうかは、それこそ、「神のみぞ、知る」である。

ポールは母離れという試練に際して、まず、紋切り型の「真理は人を自由にする」で自分を慰めようとした。しかしそれでは、これからのポールのさらなる試練を乗り切れないと見たスペンサーが、より深い神学的な人間性の洞察を口にしたわけだ。

で、ポールが最終的にキャッチしたのは、「この試練に何が何でもポジティヴな意味づけをするのはひとまずやめよう」、というメッセージだった。

彼は、自分の誠意が母親に伝わらなかったこと、母親が下らない男を選んだことに対して怒り、しかも、自分の母離れ、「自立」の名目でそれを受容しなくてはならないことを不当で不条理だと思っている。そのような「神のやり方」はとても受け入れられないのだ。

しかし、その「神のやり方」を敢えて受け入れるのには、いくつかの方法がある。神のやり方を理屈で意味づけて「正当化」することも、一つの方法だろう。
そして、信頼できる人間といっしょにビールを飲んで、「ああ、うまい」と思えることで、とりあえずの充実を感じて前に進むのも、また、別の方法なのだ。

どんな不条理なことが起こっても、誰かがsure as hellで「神のみ旨」だと言い張ることで他の人々を悲惨な境遇に閉じ込めるという歴史は形を変えて、どの国にもどの文化にもあったし、今でもあるだろう。

それに抵抗するためには、「人を自由にしない真実は見せかけの真実である」と唱えることが必要な時もある。

自己正当化へのあくなき欲求や、神の意志を代弁する理由なき自信や、他人の自由を侵蝕することでのみ完全になると思われる自分の自由・・・

それらのどの罠からも解放されて「自由」に生きることは、簡単なことではない。

信頼する人と飲む一杯のビールだとか、愛する女とチェリイ・パイを食べるとか、いうことを聞かない犬と遊んでやるとかなどが、本当の自由への嗅覚を保つ秘訣なのだと、『晩秋』は繰り返し語っているのだ。

原題が『PASTIME』であるのは、それと無関係ではないだろう。

(But pretend sure as hell doesn’t do it.では、「絶対に確か」だというふりをするのが「偽り」なのだが、翻訳では、「しかし、《偽り》は絶対に解放しない」と、「絶対に」は「解放しない」にかかっている。最初の聖書の文が持つ紋切り型の絶対性がぴんとこない日本人向けの翻訳として、後の方に「絶対に解放しない」と持ってきたのは絶妙のさじ加減だと思う。だから、あえてこの部分をカバーに載せているのかなあ、とも想像してしまった。)

(追記:カバーの英語引用にタイピングミスがあったので修正しました。指摘してくれたYCATさんありがとう。)
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# by mariastella | 2011-12-29 02:20 |

『ルルドの泉で』

★『ルルドの泉で』12月23日(金)よりシアター・イメージフォーラムにて公開!

http://lourdes-izumi.com/

オーストリアの女流監督ジェシカ・ハウスナーによるオーストリア、フランス、ドイツ合作映画。

主演はシルヴィー・テステューで、「信心が足りない」人がなぜか奇跡の治癒の恵みを受けるとどう反応するかというおもしろい役柄にぴったりのキャストだ。

試写に行った人から、「ルルドがこんなに大規模なお祭りの様相を呈しているところだとは知らなかった」という感想があった。もっとひっそりしたイメージだったのかもしれない。

この映画は全編ルルドでのロケなので、雰囲気はかなりよく分かる。

ルルドをテーマにした映画はいろいろあって、「水浴」とか「洞窟」のシーンがまったくパロディになっているコメディまである。

1987年のジャン=ピエール・モッキー監督の『Le Miraculé(奇跡の治癒者)』が最たるもので、ジャンヌ・モローなどそうそうたる配役なのに日本では公開されていない。本物のルルドが知られていないのにパロディは分からないと思われたのだろう。

私はこの年には、まだルルドに行ったことがなかったので、ユイスマンスやアレクシス・カレルのルルド紀行によって培われたのが私のルルドのイメージだった。
映画のセットがジョークだとは分かっていても、大洞窟風呂のようなセットや、コインを入れて「告解」するシーンなどに驚いた記憶がある。

その後いろいろなドキュメンタリーのビデオを手に入れたので、ルルドの変遷を視覚的にもたどることができた。それでも実際にその地に足を運ぶと、テンションの高さに圧倒された。

後に『奇跡の泉ルルドへ』(NTT出版)という本を書くに至ったのだが、モッキーの映画を見ていなければひょっとしてあれほど熱心にルルドに関心をいだいたかどうかは分からない。

実際にルルドに行って驚かされるのは、病気や障害というタイプの不幸や試練を前にした時の人間の絶望や希望や諦念や怒りなどの重さと、それらを突き抜ける別の次元から吹いてくる風の実感だった。

そこでは生と死や健康や病に対する「外界」での条件付けがラディカルに無化されていて、パーソナルに背負っているものが相対化されてしまう。

私が今興味を持っているのは

Nimatullah Youssef Kassab Al-Hardini (1808-1858)

というレバノンのマロン派の聖人で、ヨハネ=パウロ二世に列福(1998)列聖(2004)された人物の列聖認定の時に認められた「奇跡の治癒」の話だ。

このことについて詳しく書こうと思っているのだが、日本語では聖人の名が何と表記されているのか検索しても一向に出てこない。

この時の奇跡の治癒を受けた人は、19歳で末期の血液癌だったので、運動障害や痛みなどと違って、それが「治癒」したかどうか、即座には自分でも分からなかった。検査されていくら治ったと言われても、信じられなかったという。
ヴァティカンでの審査はほとんど拷問のように感じるくらいに厳しかったらしい。
この人は今はマロン・カトリックの司祭なのだが、子供を難病で失った母親などの嘆きを前にする時など、どういう言葉を発するべきか大いに悩むという。

どうしてある人は奇跡的に救われ、ある人は救われないのか。

長いスパンで見れば、どちらの人も、「生まれた」ことと、遅かれ早かれ「死ぬ」ことでは共通している。

エントロピーに対抗しながら生と死が繰り返される大きな流れの中にいるのだ。

治癒を求める「祈り」の中にはそういう大きな流れと一瞬接触する契機のようなものがあるらしい。「神秘」との邂逅である。

『ルルドの泉で』では、人間は素晴らしくよく描かれているのに、そういう「神秘」の視点は描かれていなくて、それが残念だ。
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# by mariastella | 2011-12-23 06:01 | 映画

フランスで聞いた北朝鮮の世代交代

今朝(12/19)のラジオで(Europe1)、北朝鮮の金正日の死のニュースを聞いて驚いた。

後継者の金正恩のことを、「日本人の母」の息子とはっきり言ったからだ。

さっそく日本のwikipediaで調べると、母親は1950年、大阪の鶴橋生まれの在日朝鮮人で1961年に家族7人で北朝鮮に渡ったとあった。その父親はプロレスラーで、北朝鮮でも柔道の指導者になったらしい。

正恩の母は舞踏家になり、金正日と結婚して2人の息子を得たが、2004年にフランスで亡くなっている。正日は彼女のことを「あゆみ」と日本名で呼んでいたとか・・・

正恩はスイスのローザンヌに留学したのでフランス語は堪能、とあった。漢字を勉強しているが日本語の能力は分からない、と。

北朝鮮のことはさすがにフランス語より日本語の情報の方が信頼できるだろうと思う。

それでも気になって夕方の公営放送2chのニュースを見たら、そこでもまた「日本人の母親」と言っていた。その言葉をわざわざ付け加えるというのが、どれほど微妙なことなのかフランス人には分からないのだろう。

フランスのwikiを調べてみると、さすがにそんなことは書いていないで、母はKo Young-Heesという元ダンサーでパリ郊外Villejuifの癌研IGRで乳癌で亡くなったとだけある。

本当にわざわざフランスで治療を受けていたというなら、正恩のフランス語の人脈が関係しているのだろうか。

スイスはローザンヌではなくベルンのインタナショナルスクールGümligenにPak Cholという名で留学し、さらに公立校LiebefeldにPak Unという名で在籍し、英独仏を操るようだ、とあった。

日本語の能力ことは書いていない。
しかし11歳まで日本にいた母親には日本の人脈もあるだろうから、ひょっとして日本語も分かるかもしれない。日本語情報には、母と共に東京ディズニーランドに来たこともあるとか、拉致されてきた日本女性とコンタクトがあったような噂さえ出ていたが、どうなんだろう。

フランスの新聞はどう書いているかと思って『ル・モンド』の電子版を見てみたら、東京にいる特派員がインタビューに答えていた。さすがに「日本人の母」という言葉などは出てこない。

「日本のメディアは控えめなのでありきたりのコメントしかない」と特派員のPhilippe Mesmer氏が答えている。

「スイスで学んだのなら、世界に向けて開けているのではないか?」

と質問されて、

「金正日だって1970年代にマルトに留学して英語を学んでいる。それが政治に影響するとは思えない。」という趣旨のことも言っている。

フランスは北朝鮮と外交関係がないのだが、サルコジに派遣されたジャック・ラング(この組み合わせがまた不自然なのだが)のピョンヤン訪問の後、この9月に「協力事務所」というのが開設されている。すでに北朝鮮で活動しているフランスの複数のNGOと共にフランス文化を広めるというのが目的らしい。

北朝鮮は資源はある国だから、今後、風向きが変わった時のために、窓口を設けておこうという策かもしれない。

実際は、カリタス・コリアをはじめとするカトリック系の福祉団体の活動が最も顕著だ。ピョンヤンにはカトリック教会が三つあり、ちゃんと信者が集まっている。


そこでは共産党員だという人が、信教の自由は憲法に明記されていると話している。

韓国のカトリック教会や司教団は充実しているし、フィリピンのように植民地として宗主国の影響でキリスト教化した国と違って、昔から宣教者が活躍して迫害されつつも信教の自由を拡大してきた、アジアで最もキリスト教の盛んな国になっている。

フランスのパリ外国宣教会の影響も大きい。北朝鮮にはそういう、キリスト教やカトリックつながりの「フランス語」人脈があるのは間違いない。

在日朝鮮人だった金正恩の母親が日本ではなくて遠くフランスで癌の治療を試みた背景にも、多分そういうものがあるのだろう。

「アラブの春」は若者たちの自由への渇望によって幕を開けた。
金正恩は、まだ20代という若さだ。そんな国際派で、スイスやヨーロッパの空気も味わった人なら、最初は身動きが取れないとしても、何年か後には何かが少しずつ変わってくるという可能性もなきにしにあらずだ。

日本は、植民地問題、拉致問題、など、複雑で難しい問題を抱えているが、何か別の突破口が開けないとは限らない。

これからの若い世代が、憎しみや警戒心や攻撃欲でなく、自由や連帯や平和の希求にうながされて、世界を今よりもよくしてくれればいいのだけれど。
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# by mariastella | 2011-12-20 07:15 | 雑感

オノレ・フラゴナール

南仏のGrasseで買ったFragonardの香水を一つ持っている。
ネーミングで選んだ。
『BAROQUE』という。

このフラゴナールの家系のオノレ・フラゴナールが、パリ郊外にあるアルフォール獣医学校にある有名なミイラ騎馬像を作った人だとは知らなかった。

Arteのドキュメンタリーで、香水を調合している兄が、花の香りを「生命の香り」だと言って、弟の解剖する動物の死骸は腐敗臭しかない、と言う。すると弟は、それこそ生命の香りかもしれない、と言う。彼は解剖によって動物の生命の神秘に迫っているからだ。

騎馬像も、人と馬の筋肉を比較することと、その「標本」が「死」でfなくて「生命」を表わすための演出だった。

この人は、解剖と生命の仕組みの内部を再構成することに情熱を注いだ。最初はルイ15世下で王立の外科アカデミー、国家資産ともいえる馬のために設立された獣医学校での実技講義、やがてそこから追われて個人の博物コレクションであるcabinet de curiositésのための標本作り、さらに、フランス革命後に獣医学校の標本をはじめとしてフランス中の解剖標本の保存のアドヴァイザーなど、怒涛の18世紀を、ひたすら、解剖標本作りで駆け抜けたのだ。

後に盛んになるロウ細工の標本でもなく、ホルマリン漬けの病理標本でもなく、フラゴナールの仕事は、アートとまでは言えないとしても明らかに彼の「美意識」に貫かれていた。

こういう仕事が自由にできていたということから、当時のカトリックには「建前」主義はあっても「原理主義」はなかったのだなあ、とあらためて思う。
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# by mariastella | 2011-12-19 01:15 | 雑感

『造物主の掟』

ジェイムズ・P・ホーガンの『造物主の掟』を読んでいると、キリスト教文化圏の宗教と科学の対立的歴史観や無神論や進歩主義がどれほど普遍的な「物差し」になっているかがよく分かる。

とことん考え抜くのは多くの人には時間がかかり過ぎるから、イエス・キリストからカール・マルクスまで、すばやく効果を上げた人たちは、民衆を啓蒙するより条件づけた、

とか、

現世でりよい生活を望むよりも来生で報われると信じさせてきた、

とかいう切り口も、いかにもという感じだ。

アメリカがニューエイジの洗礼によって新しい蒙昧に入って、日本や中国やインドやアフリカ(!)などのプラグらティズムに負けた、という近未来観も、この本が書かれた1980年代初頭の空気を反映している。
日本は宇宙進出でもアメリカと肩を並べていることになっている。

第一、この近未来(2020年頃?)では東西冷戦がまだ終わっていないし、ソ連への牽制や米ソ核戦争の可能性などがまだ続いている。

慣性式核融合発電で熱核宇宙船を飛ばしているという状況も、「フクシマ以降」の今の時点で読むと感慨を覚える。アメリカは日本からトカマク反応炉を輸入していることになっているのだ。
欧米諸国は、消費財の新たな開発のために、無批判で消費する愚民操作をしたので力を失っている、インテリの間ですら各種「陰謀論」が氾濫しているという設定だ。

しかし、このような欧米人も、ヨーロッパの中世末期からルネサンス・レベルであるタイタン星人を前にして、

「地球上での過去の帝国主義の過ちを繰り返さず、タイタン星人らの『集合的知性』が成熟するまで見守ろう」

という啓蒙的な「上から目線」を獲得するのだ。

ホーガンはがちがちのアングロサクソンだから、こういう視点は無理もない。

しかし、壮大なSF作品というものが、ここまで、科学哲学、歴史哲学、政治哲学によるバイアスを抜きにしては成立し得ないという事実に、当然ながら、軽いショックを受けた。

知性のある生物が進化するにあたって、宗教や科学観、自由や世界観の拮抗、すなわち「進歩のし方」が、必ず地球の「欧米型」の歴史をたどるであろうという自明性への違和感だ。
地球の人類における近代以降の「進歩」の型は、宗教としてかなり特殊なキリスト教と切り離せないというのに。

ホーガンはそれをタイタンでも普遍的な発展であるのように描き、そこに、わざわざキリスト教っぽい「非暴力」や「隣人愛」を説くことで彼らをさらに「啓蒙」しようというシナリオを書く。

理念としてのキリスト教と、「キリスト教」の中でキリスト教を否定することで紡がれた「西洋近代」の視点とが分けられていない。

ホーガンは日本でも人気作家だったらしい。

もちろんハードSFとしての着想のユニークさはイデオロギーと関係なく光っている。

機械人間にとっては自らの機械構造が最後の神秘で、外部にある有機体を「道具」として開発している途中だとか、異種間のコミュニケーションについて、それぞれ固有の感覚器官によってキャッチして再構成した「現象」を見るのでなく「関係性」を分析していくのだという発想も説得力がある。

しかし、SFが、ひとたび異星とか異星人とか、百万年の時のスパンや進化について語り始めると、それは結局、人類とその歴史をどの視点からどう評価するかという俯瞰的な思想の上に展開することにならざるを得ない。

欧米人にはそれでいいし、そもそもSFが拠って立つ「近代科学」が「欧米」系なのだから、それを採用している日本人にもそれでいいのだろうか。

イスラム圏の人やアジア・アフリカの少数民族の人などには、とてもユニヴァーサルとは見えない設定だと思うのだがどうなのだろう。

私はユニヴァーサリズムの信奉者なので、それがまず「地球人」をどのように連帯させられるものなのかをあれこれ考えなければ、「異星人」の物語に心から参入できなくなってしまった。

逆に、宇宙や「異星人」との関係に思いをはせなければ、この地球でのユニヴァーサリズムは成就しないだろうとも思う。

『ビッグコミック』でホーガンの『星を継ぐもの』をコミック化したものを読んだことがあるが、そうやって一度「絵」にしてしまうと、ますます「哲学」が見えなくなる。私たちが宇宙的な広がりを持つ思想を展開できるのは、やはり、「想像力」の中でしかない。
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# by mariastella | 2011-12-18 03:45 |

最強のふたり Les intouchables

話題の映画 『Les intouchables』のことを書こうと思ったのだが、今大成功をおさめているこの映画を見ていない上に、タイトルをどう訳そうかと迷っていた。

思い立って監督名をカタカナにして(エリック・トレダノ、オリヴィエ・ナカシュ)からネットで検索したら、何と、「最強のふたり」という邦題で、11月の第24回東京国際映画祭でサクラグランプリを獲得していた。

http://mainichi.jp/tanokore/cinema/

「事故で首から下が麻痺してしまった富豪と、介護役の黒人青年との、実話に基づく交流を映画化した作品で、主演したフランソワ・クリュゼ、オマール・シーは揃って最優秀男優賞も受賞」らしい。

フランスでは興業的成功が第一の話題だ。

その上、フランス在住の日本の方による詳しい内容説明があるブログを見つけた。

http://pepecastor.blogspot.com/2011/11/blog-post_10.html

くわしい内容を知りたい方はそちらをどうぞ。

で、私はこの映画を見ていない。

バロック・バレーの知り合いが少しだが出演して、観に行った仲間が「よかった、絶対に行くべき」と言ったので、迷ったのだが、貧富の格差と障碍の有無で立場がまったく違う二人の友情など、あまりにもお手軽な感動シチュエーションだと思って抵抗があった。

それに、差別の問題や格差の問題が日常にあるこの社会で、ある意味でラディカルな状況をフランス人がみんないっしょにブルジョワも失業者も、インテリもドロップアウト組も、右翼も左翼も笑いころげて感動することで連帯の気分になる偽善性も嫌だったのだ。

すると先日、ヒットしたフランス映画のアイディアをリメイクすることが少なくないアメリカ映画界の反応が新聞に載っていた。

この映画は人種差別映画だと批判されている。

「黒人奴隷が白人の主人を楽しませる」というテーマはアメリカではよくあった、というのである。

やっぱりなあ、と私は思った。

フランスの「本土」ではいわゆる「黒人奴隷」という歴史がほとんどないので、この映画でもそうだが、黒人はアフリカから経済的その他の事情によってやってくる移民や難民というのが一般イメージである。もちろん「差別」はあるのだが、奴隷制やら植民地やら強制連行やらホロコーストなどといったフランス側の「罪悪感」には直結しない。だから、フランスで黒人の「不良」が白人の貴族の富豪と仲良しになる話をしても、「政治的公正」の刃でもろに切って捨てられるリスクはない。

それまで、「みんなが勧めるいい映画」であるこの映画を、うちの家政婦さん(白人フランス人女性)だけが、「私は絶対に見に行かない」ときっぱり言っていた。

いわく、この金持ちは、重度障害者の手当て(700ユーロ未満)を国から受け取っている。金で買えないものはない。金さえあれば、24時間体制で全て世話してもらえて、パラグライダーもできるし、旅行もできるし、幸せになれるのだ。不愉快だ。
金がなくて障碍を抱えている者を馬鹿にしている。

私はおずおずと、

「そりゃ、貧乏で障碍があるのは悲惨よ。でも、大富豪で首から下が麻痺していてあらゆる世話をしてもらえるよりも、誰でも、貧乏で元気な方がいいんじゃない。だから、映画見てる人は誰でもそれなりのカタルシスを味わえるのでは ?」

と言った。

確かにそれだけ金があるなら、私なら同じ障碍の人のための施設を創るとか別の連帯を考えると思うけど…

すると家政婦さんは、テレビでこの映画のモデルとなった「主人」と「介護者」を見た、障害者手当をもらっていると堂々と言ったのはその富豪で、幸せいっぱいそうだった、すごいエゴイストだ、と言った。

おまけに、現実の介護者は、アフリカ黒人でなく、フランスでは最も「郊外」の移民ゲットーで問題を起こし差別もされているマグレバン(アルジェリア、モロッコ、チュニジアという旧植民地や保護領)の若者なのだそうだ。
この映画が実話に基づいていることは聞いていたが、介護者がアラブ人だとは知らなかった。

なるほど。

今のフランスで、「郊外のアラブの若者」が「パリの白人の富豪」と友情で結ばれるというストーリーをそのまま映画にしたら、アメリカでの反応と同じくかなりの「政治的公正」の琴線に触れていただろう。で、ビジュアルにはもっと対照的で、けれども政治的歴史的にはややプレッシャーの少ない黒人をもってきたわけである。

しかし、アメリカ人の目から見ると、微妙以上のリスクである。

すると家政婦さんとその話をした日(12/13)の夜、たまたま、テレビ(2ch)で、この映画のモデルになった2人のドキュメンタリーをやっていた。

なんというか・・・

すごいのは、この重度障害の富豪貴族duc Pozzo di Borgoのキャラクターだ。

この人の中には、アブデルという介護者に出会う前から、独特の強烈なバイタリティとオプティミズムがある。ソルボンヌで一目ぼれした妻を癌で失って落ち込んだが、アブデルに助けてもらえたのは事実だ。

自分がパラグライダーの事故にあって寝たきりになってから3年後に妻が死んだ。その亡くなった妻のことを話すだけで泣いている。彼の生涯での一番の苦しみは、自分の事故や障碍でなくて、今でも、「妻を失ったこと」なのだ。

障碍に関しては、他の障害者に向けて、全身麻痺でも「人生を楽しめる」というメッセージをちゃんと出し続けている。

家政婦さんの言ったように「金さえあれば」というのでは反発されるだろうが、この人には独特の、天然の明るさがあって、「私は楽しく生きている」と言われると、みな、惹きつけられてしまうのだ。

アブデルの方はフィリップ・ポゾ・ディ・ボルゴと出会えてラッキーだった普通の人だ。とても頭がよくて性格もいいが、相手次第では冷酷にもなれそうな男だし、皮肉屋でもあり、コンプレックスと裏返しになったつっぱりや顕示欲もある。フィリップ・ポゾ・ディ・ボルゴのような稀有の男と出会ったチャンスを見抜く力もあり、信頼を得る力もある。

彼はフィリップを取り巻く人々の偽善を感知し、フィリップがそれらと一線を画することも感知した。

アブデルは、頭のいい普通の男だが、フィリップの周りには絶対いないタイプであることは事実である。

フィリップは、病気の妻が子供を産めないのを慰めるために2人の養子を育てた。この、ぜいたくに育った養子がそもそも、いわゆる白人ではない。この娘の方がアブデルを差別の目で見ていたようだ。それも実感がある。アブデルはそれにも敏感だ。

なんだか、映画を見ずに私が感じていた違和感の正体が次々ととけていく気がした。

興行収入の一部は障害者支援に回されるというので、そのうち見に行ってまた感想を書こう。
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# by mariastella | 2011-12-16 02:39 | 映画

ユーロ危機とフランス

サイト http://setukotakeshita.com/

の掲示板にユーロ危機に対するフランス人の反応について質問があったので答えました。

http://6318.teacup.com/hiromin/bbs?

興味がある人はそちらを見てください。
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# by mariastella | 2011-12-15 23:05 | フランス

Le pouvoir de l'Amourのその後

先日の記事

http://spinou.exblog.jp/17153366/

で、Royerのオペラバレー 『Le pouvoir de l'Amour』の台本作者がフランス語のWikiによるとC.H. Le Fèvre de Saint-Marcという人で、プロローグの内容が素晴らしいのに他に台本を書いていないので変だなあと思っていることを書いた。

すると、トリオの仲間のHが、

http://operabaroque.fr/ROYER_POUVOIR.htm

によると、台本作者は長い間C.H. Le Fèvre de Saint-Marcと思われていたのだが、実はl'abbé de Voisenonだと判明しているのだと教えてくれた。

それでl'abbé de Voisenonを検索すると、11 歳の時に韻文でボルテールに手紙を送ったという伝説があるくらいの文才があり、教養もあり、僧籍はあるがいかにも啓蒙時代の作家で、音楽もMondonvilleのための台本もいろいろ書いている。

納得。

その『Le pouvoir de l'Amour』からHが、プロローグの最後を締めくくる二つのメヌエットと、別のパサカリアとを私たちのトリオのために編曲してくれた。メヌエットはミオンのものにも似ている。華麗だ。

シャコンヌにはぎょっとさせられた。

近頃、ミオンのパサカリアと比較するためにデュフリーのチェンバロ用のシャコンヌを練習していたのだが、デュフリーの一番いい部分が出ている清らかですがすがしくて新鮮でかつダイナミックな曲だ。

ミオンの曲はどれもみな素晴らしいが、デュフリーやモンドンヴィルには平板な曲も多くて、何を選択するかの選択眼が不可欠だ。私たちはHが厳選したものをぜいたくに弾いている。

モンドンヴィルの新しいものではルールを一つ。

で、Royerもチェンバロ曲を主に作曲した人なのだが、このLe pouvoir de l'Amourが、台本の素晴らしさは別として音楽的にどんな感じなのか、私はまだ聴いたことがなかった。

ところが、パサカリアについては、シャコンヌやパサカリアに典型的な華やかな展開なのだが、ずっとある種の痛みをひきずっている。それはほとんど倒錯的で不健康な痛みなのだけれど、曲想と展開が凛としているので、その痛みは注意しないと感じられない。

痛みと「姿」とは違うのだ。

高貴さとは常に演出されるものだ。

今朝の練習で、そのパサカリアを通しで弾いたのだが、弾きながらどきどきして、初見だった私もMも、その「昇華された」というより「隠蔽された」痛みを強烈な美しさだと感じた。

心の琴線とはよく言ったもので、私たちのそれが同じ波長でぶるぶると震えるのである。

私たちがそれを告げると、Hは我が意を得たりという喜びを隠さなかった。

こういう時の感受性というのが、私たちはまったく一致していて、互いに感じていることがありありと伝わっていくのだ。その結果、曲に対してフェティッシュな愛情を抱いてしまうのも同じだ。

私のトリオについて、去年の日本公演のためにブログを作ったので、本来はこの記事もそこに載せるべきなのだが、ここに書いておくことにした。

5月のチャリティ・コンサートの展開の記事も含めてトリオの活動については刺激的なことがたくさんあるのだが、書く時間がない。

ちょっと休止。

来年の5月には、師井さんのExpoとジョイントしたコンサートを企画しているので、その時にはこのロワイエとミオンのパサカリアを合わせて弾きたい。

それにしても、このテキストとこの曲。

わくわくする。
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# by mariastella | 2011-12-07 09:18 | 音楽

天まで、昇れ。

どうでもいいお遊びなのだが、ちょっと書いてみたくなった。

長崎の修道士さんのブログ 

http://tomaozaki.blogspot.com/

に、来年が年男だということで、

「来年2012年はタツどし、私の年だよ、84歳、登ぼれ、登れ、天まで昇れ」

と書いてあった。

天まで、と来ると「登れ」が、「昇れ」と字が変わったので、キリストの「昇天」を連想した。

突然、イエスって何年生まれだったんだろうかと知りたくなった。

まず、イエスの誕生年を今の西暦になおさなくてはならない。

http://remacle.org/bloodwolf/gertoux/jesus.htm

というサイトが詳しくておもしろかったのだが、そこでは、紀元前2年の2/19-8/18となっている。

この説はかなり長く有力だったようだが、今では、どうも紀元前4年から7 年の間という説が支持されている。

21世紀の始めという世紀の変わり目にも、当然このことはいろいろ取り沙汰されて、ヴァティカンも、確か2001年の4年くらい前から毎年テーマを決めて準備に入り始めたので、紀元前4年というのを想定しているのだろうなと当時から思っていた。

誕生日が冬至というのは後から決めたことで、実際は羊飼いが外で眠ることのできる春から夏にかけて生まれたというのは確からしい。

で、ともかく、紀元前4年として計算してみたら、あら、イエス・キリストも辰年生まれになるような・・・

キリスト教の福音史家のシンボルは獅子や鷲や雄牛など勇ましいのが多く、キリスト自身は子羊や小鹿といったかわいらしいのから魚も使われるが、辰とかドラゴンとかいうと、天使や聖人たちに退治される悪者キャラだ。
誘惑者である蛇の「巳年」は、紀元前3年生まれだからずれていてよかったが、「辰年」っていうのも微妙だなあ。

でも、意外といいかも。

「天まで、昇れ。」
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# by mariastella | 2011-12-05 22:36 | 雑感

Le pouvoir de l'Amour (追記あり)

最近復活上演されたことがあるロワイエRoyerの英雄バレーballet héroïqueで、『愛の力Le pouvoir de l'Amour』というのがある。

ちょうど私たちトリオの守備範囲のルイ15世時代のフランス・オペラ・バレーなのだが、このプロローグの構成と歌詞に、はっとさせられる。

ルイ14世時代のオペラのプロローグと言えばひたすら神々に託して王の栄光を称えるものばかりだったが、このLe pouvoir de l'Amourのプロローグは少し違う。

台本はC.H. Le Fèvre de Saint-Marcという人で、他にどんな台本を書いているかと検索しても出てこない。他に書いているのは、パリ大学の医者とか軍人や司教の伝記ノンフィクションのようなものばかりという感じだ。
http://www.idref.fr/035266465

プロローグの歌詞は楽譜と共にネットで読める。

http://gallica.bnf.fr/
 
に行って、Le pouvoir de l'Amour で検索すれば全て開くことができる。本当にいい時代だ。

タイトルページがこれ。

http://gallica.bnf.fr/ark:/12148/btv1b9058703t.r=le+pouvoir+de+l%27amour.langEN

で、このプロローグの何が気にいったかというと、その登場人物だ。

最初に「火」を手に入れたプロメテウスが地上に人間を生み出す。

ジュピターは、火を手に入れて暮らす人間を快く思わず、罰するためにパッションたちを地に送りだす。パッションというのはイエスの受難と同じような苦しみという意味で、どうにもならない受苦である。ここでles Passionsは複数だ。

そこで、その苦しみを緩和するためにプロメテウスが出会って人間に送りこむのがl'Imagination(イマジネーション、想像力)だ。

想像力とは、欲望や誤りをインスパイアする。「有益な嘘」でもある。

そして、このl'Imaginationから生まれるのが、l’Amour(愛)だというのだ。

想像力と愛とが協力すれば、人は苦しみに耐えることができる。それが「運命」の順序だ。

哲学的でもあり、精神分析学の先取りのようでもある。

現世の苦しみから逃れるためには想像力しかないのだが、それは必ずしもプラスのものではなく、エラーも含んでいる。

自由意思を付与されたと言ってもいい。

想像力によって、人は、苦しみをどう生きるかという受け止め方における「自由」を行使できるのだ。

そして、最後に生まれるのが「愛」で、「愛」はそのような想像力や自由とセットになってはじめて人を癒し生かす力となるのだ。

それまでフランス・オペラが踏襲してきたギリシャ神話的なモデルでは「愛」は最初から「女神」のような形で存在していて、それがいろいろなトラブルに発展することもあるのだから、このプロローグの「順序」は新鮮だ。だからこそ、はっとさせられた。

自由意思を与えるのが「天地創造」の神で「愛」に結実するのがキリストであるとも読めるが、それなら原罪としてのパッションが先に来ているのが合わない。贖罪の観念もない。

「想像力」とは自由意思の発現であり、それは善にも悪にも真実にも虚偽にも向かうわけだが、たとえどんな結果になっても、一方的に与えられたパッション「受難」よりは耐えやすい、というのは説得力がある。

当時の他の思想との関連を調べてみたい。

(追記:この台本作者は別の人だと判明した。それについて新たな記事をアップしておいた。

http://spinou.exblog.jp/17178006/

を参照してください)
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# by mariastella | 2011-11-30 20:12 | 音楽

ローマ法王とヴードゥ教

ベネディクト16世は、2009年のアンゴラとカメルーンの訪問以来2度目のアフリカ訪問のターゲットをベナン共和国にしぼった。

べナン共和国は旧仏領で公用語がフランス語なので、フランスのニュースにはかなり取り上げられたし、現地の報告もフランス語で読める。

すごーく、微妙というか、明らかに、違和感。

前回は、アフリカにおけるエイズの蔓延の対策が話題になり、B16が飛行機でしゃべったことがいろいろ取り沙汰された。

ベナン共和国は、ヴードゥー教の本家だ。今のハイチやキューバに見られるヴードゥー教はみなこのベナン出身の黒人から伝わったものだ。

フランスの植民地だったこともあるせいかアフリカで一番古いカトリック教会が建っていたり、カトリック人口が34%もいるのだそうだ。
その他のキリスト教もあるし、イスラムも少なくない。それでも、単独の首長を戴く宗教としては、一応ローマ・カトリックが優勢ということだ。そのカトリック教会も、アフリカによくある妻帯司祭の問題の他、汚職とか、未成年との性スキャンダルとか、異教徒の習合とか、いろいろ問題あり、の様子だ。

しかし、なんというか、もっとすごいのは、いわゆる信者数としてはカトリックより少ないヴードゥー教が何と、1992年以来、ベナンの「国教」となっていることだ。この国の祝日は、カトリック・カレンダーのクリスマスや復活祭の他にラマダン明けもなんでもありで、1月10日はヴォドン(ヴードゥー)の大祭日。そして生け贄の動物の首がばんばん飛ぶ。

まあ、日本人の多くが、家の宗旨にかかわらず1 日1 日に「年神さま」をお迎えするとか、皆がどっと初詣でに行ってさい銭を投げる光景が極自然な風物誌になっているのと多分同じなのだろう。

ローマ法王が来るのは大歓迎で、大きなポスターが貼られて、みんなやんやのお祭り騒ぎ。で、ローマ法王歓迎パレードが繰り広げられる。それが、もろヴードゥーのトランスの踊りで、ローマ法王を歓迎しての生け贄まで捧げられる。

カトリックは基本的に生け贄はなし、だ。あらゆる生け贄は、神の子羊であるイエス・キリストの犠牲によって成就したと見なされる。

キリスト教文化圏の人には、公共の場で生け贄の血が流されるのを見るのは結構ショックなできごとだ。でも、ベナンの人は、全然気にしてない。いやそもそもベナンのカトリック信者も皆同時にヴードゥーをやっているのだ。それにしても、この屈託のなさ。

でも、たとえば、ある国が、外国から来るムスリムの偉い人を公式に歓迎するとしたら、女性はヴェールをかぶるとか、アルコールを出さないとか、豚は食事から外すとか、みな、あらかじめプロトコルをいろいろ研究すると思う。

普通にリスペクトするためでもあるが、宗教関係の人にはやはり気をつかうというのが普通だろう。しかも、ローマ法王は一国の首長でもあるし、一応ベナン人の3人に1人はカトリックということなのだから。

もちろんカトリックはインカルチャレーションで、現地の文化や伝統を取り入れることを奨励しているから、インドでは司教が額に香料を塗ってもらうこともあるし、ヨガのポーズで座るキリスト像などもあるほどだ。その意味では、ベナンがすでにカトリック・カルチャーであるからこそ、自信を持って教皇を歓迎しているのだろうけれど…

日本の諏訪大社の御頭祭でも、もうずっと、鹿や猪の頭の剥製を供えることになっていて、昔の血なまぐさい行事は姿を消した。そのことからしても、プリミティヴな文化で普遍的な「いけにえ」は、文明が都市化したり人工化したり自然と切り離されてきたら必然的にシンボリックなものに置き換わっていくのだという気がする。仏教では殺生が禁じられていることの影響も日本では大きかったろう。(神道も一応血を不浄として嫌っているはずなのだから「いけにえ」は別の民俗ルーツが習合したものかもしれないけれど。)

それにしても、ベナンでの教皇歓迎行事のエネルギー、トランス、生け贄の様子は強烈だった。

B16は、よく耐えていたなあ。

ダライラマがベナンを訪れるとは思えないが、ダライラマでも、こんなシーンでは、にこにこしてスルーするんだろうか・・・
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# by mariastella | 2011-11-22 08:13 | 宗教

OWS

ついこの前、ウォール・ストリートの反格差抗議占拠(OWS)について、なかなかいい感じみたいだと書いた。

http://spinou.exblog.jp/17076295/

それから一週間もしない週明けの深夜1時に300人の警察が踏み込んで強制排除したそうだ。近隣の商店からの要請で「セキュリティ」のためなんだそうだ。抵抗した者はもちろん逮捕された。

例の、Zucotti Parkのオーナーがこの運動のシンパで占拠を許可しているという話はどうなったのだろう。

翌日に、パリ近郊のデファンスにずっと少ない人数だがテントを構えていた反格差グループも排除された。

今度はシャンゼリゼに行く、と言ってるらしい。

OWSのグループも、この木曜が運動の2カ月記念なのでハーレムだとかいろんな場所で集まると言っている。

「どうせその日暮らしのサバイバルなんだから」

と言っている人もいる。

フランス政府は緊縮財政で、税金逃れをしている金持ちを追いかける代わりに、社会保障の不正受給の摘発に必死だ。「病人はうそつき、失業者は怠け者」扱い。

とても、嫌な雰囲気だ。
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# by mariastella | 2011-11-17 07:13 | 雑感

未来の福島こども基金

私の主催しているアソシエーションで油絵の三人展をやります。

EXPOSITION 

L'association Schubertiade vous présente

TAKAHIRO IINO [MOUVEMENT ET PAIX]
RYO TANIGUCHI [Over]
NORIYUKI WADA [MATERNEL]


DE 25 AU 27 NOVEMBRE 2011
TOUS LES JOURS DE 14H A 20H

VERNISSAGE DIMANCHE 27 A PARTIR DE 17H

44, rue Nicolo 75016 Paris

Rez-de-chaussée à gauche

Interphone Boussemart/tél.07 86 80 34 23

Métro : Muette, Trocadéro

もし売り上げがあれば、その一割(つまりアソシエーションの取り分)を、

未来の福島こども基金Fukushima Children's Fund

http://fukushimachildrensfund.org/cooperate.html

に寄付しようと思います。

津波の被害者の支援とかは何とかなっていくと思いますが、福島で暮らしている子供たちには公には何の支援もなさそうなので。

フランスでは、東日本大震災の方はその後のトルコの地震の報道などで、少し旧聞になりかけていますが、フクシマは収束していないことも含めてまだまだインパクトがあるので、またコンサートもやろうかとも思っています。

パリにいらっしゃる方は三人展にどうぞ。
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# by mariastella | 2011-11-11 00:09 | お知らせ

Occupy Wall Street

NYのWall Street の近くで投資家や富裕層による富の独占に抗議しているoccupy Wall Street運動の人たちをフランスから見ていて、一番、我彼の差を感じるのは、9 月17日以来彼らがデモの拠点として占拠している場所のことだ。

占拠者が野営しているのはWall Streetから200mほどのZucotti Parkだが、そこはなんと、Brookfield Propertiesという会社が所有している私有地なのだそうだ。

9.11の後で800万ドルをかけて改修したそうで、Zucottiというのは、社長の名前である。
イタリア系で、このパークにWTCの廃材「十字架」を誘致したこともあり、カトリック教会も近いから、カトリックなのだろう。

占拠者たちはZucotti がこの運動に共感していると称している(CHARLIE HEBDO 1012/15)。

実際、私有地であるから、基本的に持ち主の依頼なく警察が介入することができない。だから7週間も占拠できるのだ。

この「占拠」のことを、08年末~09年1月の日比谷公園の年越し派遣村にたとえる人もいるが、年越しは文字通り年越しで、1週間も続かなかったし、雰囲気もまったく違う気がする。

パークで毎夕開催されるコンサートで楽しそうに掲げられる「Arrest the Bankers」というプラカードの裏に「JESUS ♡ YOU」と書いてあったりするのも、いかにもアメリカ的だ。フランスでは考えられない。日本でももちろんあり得ないだろう。

現在50万ドルの寄付が集まっていて、それこそこれからちゃんと「年越し」できるほどオーガナイズされているらしい。

もちろんNY 警察は遠巻きに見張っていなくてはならないので、寒空で一番気の毒なのは、彼らかもしれない。
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# by mariastella | 2011-11-10 07:41 | 雑感

村崎芙蓉子さんのこと

婦人公論の1332号(2011/10/7)に、村崎芙蓉子さんのことが載っていた。(ルポルタージュ『時代を創る女たち』島崎今日子)

村崎さんは、50代くらいの頃に、医者らしくも熟女らしくもなく、軽々とギャル風で楽しそうな人としてやはり女性誌に紹介されていた記憶がある。

76 歳になる今も、そのかわいらしさも元気の良さも変わらないのだが、それよりも、こういう記述に驚いた。

新婚時代の彼女が語る「夫婦の非対称性」だ。ある日曜に、台所で慣れない包丁を使い昼ごはんの支度をしていると、背中に視線を感じて振り返った。庭でゴルフの練習をしていた夫(高名な精神科医)が、愛おしげに妻を見ていたのだ。

ここで、村崎さんは、

「一瞬冷水をかけられたようにゾッとした」

と言うのだ。

「家事をする妻の姿を素敵だなと思っていたのでしょう。でも、そのときの私は読みたい文献があって、内心イライラしながらキュウリを刻んでいて、心の中はそんな美しいものではなかった。夫の視線に、2人のギャップを一瞬のうちに感じてしまったんです」

と彼女は語る。

すごいなあ。

彼女の時代のキャリアウーマン、エリートであればある程、それでもよき主婦でよき母であるスーパーウーマンでなければ周囲から偏見の目で見られただろう。
そんなお偉い女先生には家事はつとまらないとか、ご主人や子供の世話はできないとか。

で、キャリアを目指す人は、家庭生活を犠牲にするか、あるいは、家庭までもうまく切り盛りできるパーフェクトな自分に酔うか、どちらもできずにぼろぼろになるか、というのがよくあるパターンだったろうと思う。

村崎さんは医師という専門職で、実の両親と同居で、夫はエリートコースで、美人で、人生を楽しんでいる感じだから、日曜日には敢えてキッチンに向かう自分に自己満足を感じていたとしてもおかしくない。

だから、その自分を愛おしそうに見つめる夫の視線を感じるのも、

「私って、キャリアもあって、同時に、愛されキャラで、すてき」

と位置づけても不思議ではなかったと思う。

それが

「冷水をかけられた」

と感じたというのだ。

キャリアのある男は日曜に庭でゴルフの練習をするのが絵になっていて、キャリアのある妻は日曜にキュウリを刻んでいるのが絵になる。

夫はそのパターンを受け入れているから、そんな妻の姿を「いとおしい」と見ているのだ。加害者意識があるわけではない。

しかし、かいがいしく働く妻を愛おしく見るということはそのまま、家事をしないで文献を読む妻を苦々しく見るということにつながるわけである。

村崎さんは無意識にそれを回避してキュウリを刻んだ。

村崎さんは、自分の息子たちを「夫のような男には育てない」と一心不乱に教育して、息子はめでたく家庭的に育ったらしい。女の子がいればそのニュアンスは変わったのだろうか。

私は日本のキャリア女性の家庭における非対称性のことなど日本にいた頃もあまり考えたことはなかったが、むしろ、ここ数年、「普通の主婦」のブログが簡単に読めるようになって、地域にもよるのだろうが、家庭とか子育てとかいうシーンでは旧態依然というか、村崎さんが昭和の時代に体験したのと大して変わらない光景が普通に繰り広げられているのを目にして驚いている。

昭和の時代に村崎さんが「冷水をかけられた」ようにゾッとした夫婦の非対称性などは今でも同じ感じで再生産されている。

フランスでももちろんいろんなパターンがあるだろうが、少なくとも、お隣と比べるとか子供のクラスメートのお母さんと比べるとか、雑誌に出てくるカリスマ主婦と比べるとか、そういう発想はない。姑同士が「うちの嫁は・・・」と品評するすることはないし、男同士が「うちのやつは・・・」と言い合うこともない。

人にはそれぞれ得手不得手や好き嫌いもあるから、男と女に限らず、共同生活をするには、互いの得手不得手や好き嫌いが補完し合うような人同士が暮らすのが一番平和だろう。

うまくそういう相手と巡り合うのはどの国でも難しい。

けれども、うまく巡り合った場合に、「理想の家庭」のパターンについて先入観や同調圧力があるような国や社会においては、その平和が「外圧」によって脅かされるかもしれない。

それが多分、日本の一番の問題だ。
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# by mariastella | 2011-11-08 03:29 | フェミニズム

G20が終わって。

今朝のラジオで外相、ヨーロッパ相、国務大臣としてサルコジにカンヌG20でぴったりくっついていたアラン・ジュペがインタビューに答えていた。

その中で、チュニジアで多数党となったイスラミスト政党がこれからはイスラムを基本理念にして、と言ったことについてコメントを求められていた。

そこには、「フランスはアラブの春を手離しで応援しているようだが、選挙をしたら結局イスラミストが勝ち、これではイランと同じイスラム革命になって藪蛇ではないのか」という考え方がある。

それに対してジュペは、「イスラムと民主主義が両立しないという一方的な決めつけはおかしい」とまっとうなことをいい、民主主義国が宗教を軸に据えるのは例外的なことではない、と述べた。

その例に出したのが、女王が国教会の首長であるイギリスである。

世界的に見て、民主主義が歴史的に無神論と結びついているような国はフランスくらいしかない。

で、誰もイギリスを民主主義ではないと言うわけではないのに、チュニジアのようにイスラムを軸にしようという新民主主義国家をそれだけで批判するのは間違っているというわけだ。それはそうだと思う。

政教分離のさじ加減というのはどこの「民主主義国」でも独自の文化や歴史やメンタリティによって、かなり違っている。イスラム国でもアラブ系ではないトルコやインドネシアなどでは、けっこうフォークロリックな政教分離が見られる。

また、近代世界を牽引したキリスト教圏欧米でも、16世紀の宗教革命や18世紀の市民革命の時点において、どんな教会が政治的にどのような勢力を持っていたかによって、その後の政教分離の建前と実際や、民主主義の落とし所は微妙に違ってくる。

私が感心するのは、「欧米」の内輪同士では、それらの差異を混同することなく、自分たちがどういう政教分離のどういう民主主義で、相手のそれはどういうものなのかをよく心得ているというところだ。

まあ、同じローマ・カトリックの根っこから分かれてあれほど激しく殺し合いを続けて血を流してきて、やっと棲み分けの智恵をつけた文化圏なのだから、当然だとも言える。

そして、そのくせに、非キリスト教世界や非欧米世界に向けては、まるで申し合わせたように同じ口調で「民主主義」や「自由平等」などを唱えるのだから、「圏外」の人にはなかなか実態を見抜けないし、「使い分け」のリテラシーも身につかない。

特に、たとえばアングロ・サクソンの情報源に頼っていれば、無神論系やラテン系の民主主義のニュアンスをつかむことは難しいし、「欧米」内談合の機微をうかがうのも楽ではない。(この辺の考え方のヒントについて書き下ろしたものを筑摩書房から近日出す予定です)

まあ、民主主義の理念などに興味を示すふりをする必要もないほど人口的にも経済的にも軍事的にも勢いがあって上り坂にある大国であれば、機微もへったくれもなく、リアルポリティクス一辺倒で押していけるのだろうけれど。

G20における日本の立ち位置というのは、「欧米」先進国と同じように疲弊して低成長なのに、「老獪パワー」仲間に入れてもらえるパスワードを有していない、空気を読めないヒトみたいだ。

フランスとアメリカは共に来年が大統領選であるし、共に現職大統領の人気が低迷しているし、財政的にも苦しい所にあるので、このG20ではけっこうなかよし路線を演出していた。「欧」と「米」とが組めば、ヘゲモニーはまだ盤石と思っているからだろうか。

そして、その「欧米」が実際に意味を持つには、「欧」がまとまっていなくてはならない。

「米」の一州が破産して米ドルから離脱するということがあり得ないように、ユーロ圏は少なくとも、通貨圏としては「一心同体」を前提として築かれた。

だからこそ、その中のギリシャが破産寸前となっても、基本的に、ユーロ離脱という選択肢はない。つまり、最初の規定に、「離脱手続き」が想定されていないのだ。

もしギリシャが離脱するという前例ができてしまうと、離脱手続きが既成のものとなってしまう。

それが何を意味するかというと、これから先、ユーロ圏内の主権国家に投資するリスクが撥ねあがるということだ。その国が立ちいかなくなればユーロから離脱して破産してしまうという可能性があるからだ。外部の投資機関にとっては、ユーロ圏の評価が下がる。

「一心同体=一蓮托生」が前提であってこそ、ユーロ圏の主権国は、それぞれが国債などを売ることができる。
だからこそギリシャがここまで深みにはまったのだし、格差のある国を組み入れたユーロ構想は最初から見通しが甘かったとも言える。

ともかく、「ユーロ圏は崩壊しない」という建前が維持できなければ、ユーロ内の主権国は、投資先としての価値を大幅に削減されてしまう。

それにいくら日本が赤字でも日本国債の債権者は日本国民がほとんどであるように、ギリシャの国債や他の事業にも他のヨーロッパ国がかなり投資しているわけで、そもそも全ての投資は、慈善事業ではないのだから、皆リスクと共にそれなりの恩恵を享受していたりそれなりの思惑があったりしたはずだ。

そんなわけで、独仏の必死のギリシャ救済は、別に義侠心の発揮ではなくて、ヨーロッパが、

「いつでも解体可能な寄り合い部品のロボットだから投資先としては向いていない」

と見られないために、

「生活習慣病で病に侵された内臓を見捨てないで治療を続ける一体化した人格」

と見られるようにがんばっているだけだ。

今の世の中では、「投資する価値」や「投資される価値」ばかりが評価基準になっているのは、国ばかりではない。

崩壊しかけているのは、何か、別の、もっと大切なものなのかもしれない。

(この記事の後半は、私のサイトhttp://setukotakeshita.com/の掲示板http://6318.teacup.com/hiromin/bbs?に寄せられた質問の答えに替えたものです)
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# by mariastella | 2011-11-07 00:06 | 雑感

ロマン・ポランスキーの『ゴーストライター』

アメリカの司法との問題を引きずっていてスイスに監禁状態だった頃のロマン・ポランスキーが仕上げた映画『ゴースト・ライター』は、アメリカのピューリタニズムへの抵抗もあってか、フランスで必要以上に評価された映画だ。2011年のセザール賞の監督賞もとっている。

イラク派兵当時のマイケル・ムーア映画の高い評価のことも思いだす。

まあ、アートを楯にとってアングロサクソン文化との差異性を強調するのはフランスのお家芸の一つなのだから不思議ではない。
ハーグの国際刑事法廷を批准していないアメリカの仲間はイランや北朝鮮やパキスタンなのだということを英国の元首相が知らないというのはあり得ないが、それをからかっているのが印象的だ。

そんなわけで、舞台がアメリカで主要登場人物が皆イギリス人という設定なのに、映画は全てヨーロッパで撮影された。

批評家や業界の高い評価と対照的に、一般観客からは「失望」「退屈」の意見が目立っていた。私は敬遠していたのだが、最近つき合いで観る機会があった。

言いつくされているように、音楽やカメラワークは素晴らしくてサスペンスを盛り上げる雰囲気作りも繊細で堂に入っている。退屈とか冗長ということはない。臨場感は半端ではない。雨や風や空気まで体感できそうなくらいだ。

ただ、決定的につまらないのは、これは演出というより原作が悪いのかもしれないが、メインになる「秘密」みたいなのにインパクトがなさすぎなところだ。

最後の一見「意外などんでん返し」に見える「真相」発見も、よく考えると「それが、なにか?」というレベルであり、真実に迫るヒントを与えてくれるのが、主人公がグーグルで検索するとたらたらと出て来る程度の情報というのも拍子抜けする。

せっかく兵器産業の話とかも出てくるのだし、何かもっと壮大なスケールでリアルなディティールをたたみかけてくるならおもしろいのに。
雰囲気のディティールしかないのは残念だ。

主人公は、最初にロンドンの路上で暴漢に襲われてショック状態になるほど「普通の人」に描かれている。最後まで「巻き込まれ型」ヒーローであることと、ゴーストライターというステイタスが合致しているのは、よくできている。

主人公と元首相の妻との会話で、

「政治家になれずに政治家の妻になった」彼女と

「作家になれずにゴーストライターになった」主人公との

「人生へのわだかまり」みたいなものが一瞬交差するところがある。

それが最後の「真相」によって別の意味を持って照らし出されるので、人生における自由だとか選択だとかいう幻想がもたらす苦渋が、テーマと言えばテーマなのかもしれない。

そうだとしたら、謎の「真相」の肉付けがないのも、インパクトが足らないのも納得がいく。

しかし、そういうテーマならもっとよくできた映画や戯曲もあるから、評価の高さに比べると不全感を覚えるのは、否めない。
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# by mariastella | 2011-11-02 09:01 | 映画

パリのジャンヌ・ダルク

最近いろいろあってゆっくりとジャンヌ・ダルクのまとめにかかれていない。

だからパリに出たついでに聖ジャンヌ・ダルク・バジリカ聖堂に寄ってきた。

ここはミサの時意外に一般公開していないので、普通の人には敷居が高いのが残念だ。

パリ市内にはバジリカ聖堂という特別の巡礼対象になっている大聖堂がいくつかある。

観光客にも有名なのはノートルダム大聖堂やモンマルトルのサクレ・クール。

パリの一等地にあって聖母のヴィジョンがあったノートルダム・デ・ヴィクトワール、

ノートルダム・デュ・ペルペテュエル・スクール(恒久の救済の聖母)(ここはローマのサンタ・マリア大バジリカ聖堂の奇跡のイコンのコピーを有していて1966年にバジリカ聖堂として認定された。)

7区にあるサント・クロチルドは、19世紀のネオゴティックで、遠くから尖塔を見ると、小ぶりのノートルダム大聖堂かと思えるほどだ。
ここは、1897年のクローヴィス洗礼1400周年を記念してバジリカに認定された。(クロチルドはクローヴィスの妻。クローヴィスの洗礼でキリスト教国としてのフランスの歴史が始まった。

つまり、他のバジリカは、聖母、王妃、イエスの聖心臓と、錚々たる聖人に捧げられているのに、その他に、15世紀に生きた普通の村娘で17歳で歴史に登場、19歳で火刑台で殺された処女戦士ジャンヌ・ダルクが、1920年になってようやく聖女になったということで、聖母と並んでフランスの守護聖女になって首都にバジリカ聖堂を建ててもらったわけだ。

このバジリカは、18区のシャペル通りRue de la Chapelleにあるサン・ドニ教会にくっついて建てられている。1429年、オルレアンを奪還した後で、パリに攻め込もうとしたジャンヌは、その前にこの教会で一晩を祈って過ごした。その頃、ここは城壁に囲まれたパリ市内ではなく郊外の丘の上だったのだ。

サン・ドニとはパリの初代司教で、殉教して首をはねられて、その首を抱えて丘に登りモン・マルトル(殉教者の丘)の名を残した。その向こうにあるサン・ドニ市にはサン・ドニのバジリカ聖堂があって代々の国王の墓所になっている。
18 区のサンドニ教会はその出店みたいなもので、ここからサンドニのバジリカまで、聖体や聖像を掲げた立派な行列があったわけだ。

それが今は、サン・ドニ市も、サン・ドニ教会のあたりも、アラブ・アフリカ系の移民の多いゲットー化している区域が多く、モスクでもあった方が人が集まりそうな人口構成になっている。治安も悪く、とても巡礼者がバジリカを訪れるという雰囲気ではない。

で、平日はずっと閉まっている。

バジリカが開いている日も、サン・ドニ教会の内側から入るようになっている。バジリカの立派な表門は閉じられたままなのだ。

サン・ドニ教会でも、蝋燭を備える人が小銭を入れるスタンドが壊されて聖アントワーヌの像が倒されて首が落ちた(特別にバジリカを案内してくれた係りの人が、告解室の扉を開けてその無残な姿を見せてくれた)。聖母子像は、木製だが銅で装飾をされているのでそれをはがしに来る者もいる。あちこちに監視カメラがある。

バジリカは1200人が集まれる広々としたものだ。

ジャンヌ・ダルクの像は全部で三つある。

バジリカの前庭にブロンズ製で甲冑姿の勇ましいジャンヌ。

バジリカの聖堂内陣前の広間(ミサの後ここでコーヒーなどを飲める)に、女装だが、天使の翼のように衣を持ち上げて百合の花をかざし、腰には剣を帯び、軍旗も支えるジャンヌ。

そして、サン・ドニ教会の方に、中に入ってすぐ左手に火刑台に縛られたジャンヌの像がある。顔は若い娘のそれだが、はだけてそらしたたくましい肩や胸には女性らしいところがなく、ギリシャの勇士の姿のようだ。

どれも20世紀初頭テイストの像だが、三つ合わせてながめると胸に迫るものがある。

サン・ドニ教会にはパリの守護聖女ジュヌヴィエーヴもやってきてサン・ドニの遺骨の前で祈ったと言われている。ジュヌヴィエーヴはパリをフン族から守った。

ジャンヌ・ダルクもパリをイギリスと組んだブルゴーニュ派から「解放」しようとしたのだが、聖ドニは、ちょっと困ったのかもしれない。ジャンヌは結局パリを攻略できずに負傷してしまった。

ジャンヌ・ダルク・バジリカ聖堂のあるメトロMarx Dormoyと同じ12番線をサン・ラザールの方に向かって乗ると、ノートルダム・ド・ロレットという駅があり、この教会はとても19世紀らしい。
http://www.patrimoine-histoire.fr/Patrimoine/Paris/Paris-Notre-Dame-de-Lorette.htm

パリの教会では最も色彩豊かと言われていて、美術館のように当時のいろいろな画家や彫刻家を集めて飾ったので、統一は取れていないがいろいろなスタイルを楽しめる。ちょっとした劇場のようだ。フランス語さえ読めれば、全体の解説も各部分での解説も懇切丁寧で、じっくり楽しめる。

ここも下町ではあるが、教会の中にはいつもかなりの人がいて聖体の前で拝んでいる。立派なオルガンがあるのでコンサートも少なくない。

このロレットというのは、マリアが受胎告知を受けた家が、ムスリムの侵入後に、天使に運ばれてきて、まずクロアチアに、それからさらにイタリアに避難させられて移築され、サンタ・カーサ(聖なる家)教会が建てられて、ノートルダム・ド・ロレットと呼ばれたのに由来する。

パリのこのノートルダム・ド・ロレットの丸天井の絵の下の方にも、そのマリアの白い家が描かれている。

マリアが死んだという家はトルコにもあるし、エルサレムの近くにもあるし、イエスが育ったナザレの教会や生まれたベツレヘムの教会もあるのだが、この「受胎告知の家」は、天使が運んで移動させたのだから、どこででも「聖堂」化できるらしい。

ノートルダム・ド・ロレットの修道会は、マザー・テレサが修道女として入会したことで有名になった。

ともかく、やはり、絶対人気の聖母マリアである。

それに比べると、オルレアンやルーアンと違って、パリでのジャンヌ・ダルクの立ち位置は、「聖女」としてはどことなく居心地が悪そうだ。

あんな立派なバジリカが、あんな場所にあって、要塞のように表を閉じているのは、残念だ。

サン・ドニのバジリカ聖堂もそうだが、聖母がイエスのために作って成長と共に大きくなったという縫い目のない衣を祀っている有名なアルジャントゥユの教会も、パリの北の郊外でムスリムの多い地区にあるので、ほとんど閉じられている。

歴史的にも文化的にも観光資源としても貴重なカトリック教会があちこちで孤島のように閉ざされているのは残念だ。

だからというわけではないが、このブログでは、次回から、少しずつ、聖母御出現について書いていこう。

私が聖母御出現やメッセージに興味を持ち始めたのは1980年代からで、その頃は御出現ラッシュという現象が現れたのと、いわゆる世紀末に向かって、終末論的な言辞が組み合わさっていた。

その意味をさぐりたかったのだが、21世紀も最初の10 年が過ぎた頃から、「世紀末」から距離ができて、ようやくいろいろなことが見え始めてきた。

特に、ルワンダのキベホにおける御出現とその顛末は、その後に続いた内戦の虐殺の凄惨さのことを思うと、いろいろ考えさせられる。

「終末論と聖母御出現」というシリーズにして少しずつまとめてみるつもりだ。
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# by mariastella | 2011-11-01 10:01 | 雑感

「オバサン」の話

フェミニズムに関係した日本語のブログでおもしろいと思うのは最近見つけた田中ひかるさんの

http://ameblo.jp/tanakahikaru77

だ。

彼女の『「オバサン」はなぜ嫌われるか』は読んでいないのだが、「おばさん」はまあいいけれど「オバサン」は差別語だということみたいだ。

彼女も、若い時に学生からジョークでオバサンと言われたことはあるがほんとにオバサンの年齢になったら言われなくなった、それは「差別語」という認識があるからだ、というようなことを述べている。

ところが、動画も少し拝見したが、田中さんは若々しくてかわいい感じの人で、歳も若いし、外見では彼女のいう「オバサン」のカテゴリーに入らない。

考えてみると、こういうタイプの言説というのはすごくスタンスが難しい。

たとえば、「女性は太っているくらいの方がきれいですよ」と発言する女性が太っていたら「自己弁護」だと思われるし、痩せていたら「痩せている人にそんなことを言われたくない」と思われる。
「清貧の勧め」を説く人が貧乏なら「痩せ我慢」だと思われるし、金持ちなら「ほんとうの貧乏の苦労を知らない」と言われる。

「オバサン」は差別だと主張したい女性が、その差別されているオバサン・イメージである「女を捨てた人」「身なりを構わない人」「でっぷり肥え太った人」だったりしたら、すごく勇気がいる。日本のような国でこういうことを書いたからには、田中さんはいつまでも女らしく綺麗でい続けるしかないのだろう。

その点、男の方は、たとえばハゲの人がハゲ差別をするなと言ってもおかしくない。というより、当然だと思う。

また男が自分のことをオバサンだと言ってもあまり変ではない。

たとえば、小田嶋隆さんのコラムhttp://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20111020/223341/?P=1

にこういうのがあった。

***

「自分はひねくれたおっさんなので事実上おばさんの立ち位置で世界を見ている」(・・・)「組織や社会からはぐれたおっさんは、おばさんとして生きて行くほかにどうしようもない」(・・・)おっさんは、組織に属している。だから、「わが社」(ないしは「わが省」「わが党」)ということを軸にものを考える。で、おっさん本人は、自分のこの考え方を「社会的」な視点であるというふうに自覚してたりする。おばさんは、組織に依らない。だから、自分の目でモノを見て、自分のアタマで考える。

***

という風に、男が自分をオバサン(この場合は「おばさん」だが)化していると自称する時は、軽々と、ポジティヴな意味を付与してしまえるのだ。

ところが、女が「自分はオッサン化している」と言ったら、自虐か、あるいは本当は全然オッサンに見えなくてむしろ女性らしい人の演出だったりする。

男性マンガ家が描く自画像は本人そっくりなことが多く、女性マンガ家やブロガーが描く自画像はたいていもっさりしていたりデフォルメされていて、リアルに出会った人に、「・・・さんってほんとはすごく細くてきれいでスタイルもよくて若々しいんですね」と驚かれることになっている。

小田嶋隆さんをリアルで見て、「いやー、おばさん化しているなんて言ってたけど実物はすごく男らしいじゃないですか」なんていう人はいないだろうし、本人もそんなことをねらっているわけではない。

でも、「オバサン」の真の問題は、実は見た目や発想法ではなく、それが「年齢差別」だからだと思う。

年配の女性でも、「奥さん」とか「おかみさん」とか「おかあさん」と呼ばれる時は、差別のニュアンスはない。
それは「役割」だからだ。

「おばあさん」が、孫から見た続柄のおばあさん、「おばさん」が姪や甥から見た続柄のおばさん、あるいは「何々ちゃんのおばちゃん」と幼稚園児がクラスメートのおかあさんを呼ぶならば、差別観はない。

そのような明らかな「役割」や関係性を付与されずに女性を「おばさん」と呼ぶ時に「差別」が生じるのだ。

私はフランスにいるので、音楽の生徒たちなどから「マダム」またはファーストネームで呼ばれている。日本ならそれこそ役割で「先生」と呼ばれるだろうが、ここでは、ざっと言って、知らない人からはマダム、私のファーストネームを知っている人からはファーストネームで呼ばれる。年下からも年上からも同じだ。

私が30代後半だった時、同世代の日本人女性が、小学校低学年の子供を連れてきた。その時に、「さあ、おばちゃんにこれを・・・」と自分の子供に言って、「いや、おばちゃんっていうのは合わないから、おねえちゃんだね。おねえちゃんにこれを・・」と言い直したことがある。

姪でもない子供から「おばちゃん」呼ばわりされる違和感を私の表情から読み取ったのか、彼女らにとって生活感のないフランスで会う私に突然「おばちゃん」(彼女と私はファーストネームで呼びあっていた)と呼びかけたことに自分で違和感を感じたのかもしれない。

私は正直言って、そんな子供から「おねえちゃん」などと呼ばれるのも余計に違和感がある。

でも、役割から切り離された人を「おばさん」と呼ぶのは「失礼だ」という前提があるからこそ、このような展開になったのだ。

なぜ失礼なのか。

それは日本語の「おばさん」が年齢差別用語だからだろう。

フランス語の「マダム」には年齢差別はない。

フランスでも、マダムとマドモアゼルを分けるのは女性にだけ既婚か未婚化を区別するということだから女性差別だとして英語のミズのように、別の言葉をつくろうというフェミニズムの運動はある。

しかしそれは女性差別であっても女性の年齢差別ではない。

よく言われることだが、マダムは「大人」の認定でありリスペクトなのだから、結婚しているかどうか分からない時は誰でもマダムと呼んだ方が失礼ではないし、事実婚が多く離婚も多いフランスでは、結婚していないことがはっきりしていても「マダム」で通せる。

「マドモアゼル」と訂正したい人は自分で訂正すればいいのだ。

もちろん明らかに未成年とか、非常に若い女性にはマドモアゼルと言った方がいいし、マドモアゼルと呼ばれて「あら、私ってそんなに若く見えるかしら」と喜ぶ人もいないではないが、それも時と場合によりけりで、普通は「マダム」と呼ばれた方がリスペクトされているので、知らない人からマドモアゼルと呼ばれると軽く見られていると感じる方が多い。

で、ここが大事なところだが、後は、30歳でも、80歳でも、「マダム」でOKである。

「マダム」には年齢差別のニュアンスもなければ、ましてや「女を捨てた」などという性差別もない。

見た目で言えば、日本人の方がいくつになっても圧倒的に若く見えるし、日本人は、私の知っている限りは、たとえ、男を誘惑したいという意味での女を捨てても、「同性の同世代」のグループの中ではきれいだとか若いだとか思われたい気持ちが70 歳でも80歳でも延々と続くのである。

ある日本のブログ・サーバーのサイトに載っていた広告に、「38歳に見えない彼女愛用。同い年に差がつくコスメ」というコピーがあった。

あまりにも日本的で、びっくりした。

「同い年に差をつける」。

これが強力な日本人の消費者インセンティヴなのだ。

昔、「日本の学校では飛び級も落第もないのに、どうして必死に塾に通わせたりするんだろう」と質問したら、子育て中の人が、「飛び級させようと思って程度の高いことを教えるんじゃないんです。横並びの中で一番になるというのが大事なんです」と言ったので、なるほどと思ったことがある。

日本社会のメンタリティについて「同調圧力」という言葉が使われるが、それは「他と違っていれば居心地が悪い」のと同時に、「似たようなグループの中で羨望されたい」という欲望につながっているらしい。

いいかえると、そのグループから外れると差別されるし、あるグループが別のグループから差別されるということもあり得る。でも、みな、グループ内でのサバイバルに汲々としているから、別のグループから受けている差別に対して団結して抵抗するという方向にはなかなかまとまらないのである。

小田嶋隆さんが「おばさんは、組織に依らない。だから、自分の目でモノを見て、自分のアタマで考える」と評価する「おばさん」とは、彼のいう「おっさん」グループから抜け出す自由と視点を獲得した「アバターおばさん」であって、決して、「年齢差別」を被らないおばさんでは、ないのである。
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# by mariastella | 2011-10-29 00:58 | フェミニズム

リビア、アフガニスタン、BHL、Christophe de Ponfilly

リビアの暫定政権CNTが、4月3付けでカタールの内閣府あてに、政権をとればフランスに石油利権の35%を譲渡するという手紙を出していることについて、「ほーら、やっぱり石油利権ほしさの侵略だった」とか「ベンガジの部族がトリポリの部族を倒すための陰謀だった」などという声がある。

もっとも、アフガニスタンのような貧しい国と違って、リビア人は自分たちの豊かさを知っていて、軍事支援に対して「論功行賞」を約束するのは彼らのカルチャーとして当然だという専門家の見解も、この手紙をスクープした「リベラシオン紙」が同時に紹介している。

http://www.liberation.fr/monde/01012357324-petrole-l-accord-secret-entre-le-cnt-et-la-france

もちろん与党はそんな手紙のことは知らなかったと言っているから、一応は後ろめたいのだろう。(カタールにはフランスの常設軍事基地がある。)

確かに歴史的にみると、いつもいわゆる欧米帝国主義陣営が、虎視眈々と資源を狙ってアジアやアフリカに一方的に介入したり侵略したりするというわけではない。

途上国が内乱中に「欧米」に「支援」を求めることも少なくない。

その時に「欧米」がとる態度には「論功行賞」の計算があるにしてもだ。

ダライラマが中国の侵略に対して「国際社会」に最初に訴えた時、「欧米」は耳を貸さなかった。中国に対する色気の方が勝っていたからだ。

アフガニスタンのマスードもタリバンに抵抗するために国連に訴えたしフランスにも訴えたのに、支援を得る前に暗殺されてしまった。

マスードは、ソ連赤軍の侵略に対して果敢に戦った勇者で、その後はタリバンと戦っていたが、戦闘における人道主義で稀有な人柄だったと語り伝えられている。キューバのカストロを思わせる。

マスードが殺されて二日後にアメリカが同時多発テロにみまわれて、アフガニスタンには多国籍軍が侵入した。

シラクはBHL(ベルナール=アンリ・レヴィ)をアフガニスタンに送って、マスードの碑を建てさせて、BHLは賛辞の後に(20年来の友、BHL)と銘を入れた。
それは真っ赤な嘘で、彼がマスードと一度だけ出会ったのは1998年だった。

1980年代のソ連赤軍との闘いの頃からマスードに入れ上げて盟友となったのはフランス人ジャーナリストのクリストフ・ド・ポンフィリーである。BHLも、1998年にマスードに会うために彼に仲介してもらった。

ポンフィリーはマスードの死から立ち直れなかった。その後アフガニスタンのソ連兵士を主人公にした映画などを現地で製作したりしたが、結局2006年に自殺した。

今年の初めにリビア介入についてサルコジをたきつけたのはBHLである。できたばかりのCNTをわざわざエリゼ宮にまねいて「リビアの代表」として世界で初めてサルコジに認証させた。そうなるともう後には引けないから、カダフィが死ぬまでCNTを「支援」し続けるしかない。

しかし、CNTの方には、「マスード」はいない。「カストロ」もいないし、40年前のカダフィすらいない。

BHLもサルコジも自己顕示欲の突出した人たちだから、自分たちさえCNTから「英雄」視されれば、その後で、CNTが「新しいリビアはイスラム法を基盤にしてやっていく」と宣言しても平気なのだろう。

イラクやエジプトでは、サダム・フセインやムバラクの時代には保護されていたカルデア派やコプトのキリスト教徒たちの大量虐殺が始まっている。今の世界で宗教の帰属によって最も大量に殺されているのはキリスト教徒である。

自由で安定した社会の建設にはマイノリティの尊重が絶対に必要なのだということは明らかなのに。

同じように、真の経済成長だの財政赤字の解消だのには、弱者の保護が必要だ。福祉を切り捨てて景気を回復することはできないのと同じだ。
貧しい母子の健康を守ったり若者に教育や職業訓練の投資をしたりすることは、未来の納税者や生産者や消費者を育てることであって、決して、剰余金を恵むことなどではない。
苦しい状況にある時こそ、最も苦しい人の手当てをしなくてはならないのだ。

世界規模でもそれは同じで、「民族浄化」の殺戮も、ソマリアの飢饉も、独裁者の暴虐も、エコロジーの問題と同様に、全世界を、蝕む。
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# by mariastella | 2011-10-28 01:53 | 雑感

カストロの憤激

カダフィの死について、キューバ前議長のフィデル・カストロがNATOを人類最大の野蛮な軍事同盟のような形容で罵った。

思えばカストロも革命の後で一党独裁のもと、50年間も元首として君臨し、清廉な政治を貫いたとはいえ、その後は弟が継いだのだから、「独裁者」のカテゴリーに入ると言えば入る。

しかし、石油マネーでうるおい、多部族が割拠する広大な国土のリビアのカダフィと違って、強大なアメリカのそばの小国で、自分も元はスペインからの植民者の子孫でカトリック系の学校に行っていたカストロとはまったく立場が違う。

権力者の社会主義的理念がぶれずにいる貧しい国で、権力者が自らの偶像化を禁じている場合は、亡命者は大量に出ているとはいえ、言論統制弾圧国家というよりは福祉国家路線を貫けるのだ。国の規模が小さい場合、国民に尽くす理想を掲げた指導者が長生きすると、独自の立ち位置を獲得する場合もある。

シルトでの避難先から逃亡するカダフィらの車を空爆したのはNATO軍で、カダフィは空爆では死なずに反乱軍に「処刑」されたらしいのだが、NATO軍が爆撃していた時点で、カダフィが死んでもいいと思っていたのは明らかだし実際に多くの死者が出た。四輪駆動の運転席で黒焦げになっているカダフィ軍の写真も出回っていた。

これは確実に、国連で合意を得たリビアの一般市民を守るという枠を超えた殺戮だ。

その時に、「国連軍」という名目ではなく、いわゆる「欧米」のNATO軍が手を下したというのは、グロテスクである。

こんなことならいっそ、もともと先走っていたフランスが自分たちの名で介入していた方が潔かったくらいだ。

ドゴールがNATOから脱退したのは「帝国主義欧米」の一枚岩を切り崩す意味でも悪くなかった。ブッシュ政権にすり寄っていたサルコジがフランスをNATOに完全復帰させたことの結果がNATO軍のリビア空爆なのは、下品でぞっとする。
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# by mariastella | 2011-10-27 05:18 | 雑感

ふたたび佐藤俊太郎さんのコンサートのお知らせ

4月にサンジェルマン・デ・プレ教会で、東日本大震災のチャリティコンサートをなさった指揮者の佐藤俊太郎さんが、今回はパリのマドレーヌ寺院で「東日本大震災みやぎこども育英募金」への寄付に向けて第二回コンサートを行います。

チラシは

https://docs.google.com/viewer?a=v&pid=gmail&attid=0.1.1&thid=13332627df043a45&mt=application/pdf&url=https://mail.google.com/mail/?ui%3D2%26ik%3D5adf4e70c9%26view%3Datt%26th%3D13332627df043a45%26attid%3D0.1.1%26disp%3Dsafe%26zw&sig=AHIEtbQWOz_593CkuBi6bWPveAfP-z1HGA

にリンクされています。

以下、佐藤さんからのフランス語と日本語のメッセージをコピーしますので、その日にパリにいる人、行けそうな人にぜひ知らせてください。

Bonjour,

Nous avons donné un concert de soutien au Japon le 15 avril à l'Eglise Saint- Germain des Prés avec beaucoup de succès: l'église était presque au complet (550 place au maximum) et donc nous avons fait don de plus de 10.000 euros à la Croix Rouge Japonaise. Je voudrais vous remercier de votre collaboration.
La situation dans les régions sinistrées au Japon reste toujours difficile et a besoin de contribution matérielle et morale. J'ai donc décidé d'organiser un autre concert de soutien pour faire un don aux enfants qui ont perdu leurs parents.
Voici les informations concernant ce prochain concert. Pourriez-vous transmettre ce courriel à vos amis et également le mettre sur facebook?
De plus, n'hésitez pas à l'imprimer et à le distibuer.
Nous pouvons également vous envoyer des brochures par courrier si nécessaire.


Bien Cordialement,

Direction musicale, Shuntaro SATO
Violoniste, Michiko KAMIYA-SATO
Organisatrice, Mika CROUZET


この度11月24日マドレーヌ寺院にて、東日本大震災のための、第2回チャリティーコンサートを開催しますことを皆様にお知らせ申し上げます。
4月15日に行いました、第1回目の際には、1万ユーロを超える額を日本赤十字社に寄付することができ、これも一重に皆様の暖かいお気持ちのお陰と感謝しております。

わたしは仙台市出身で、6月に帰国した際に初めて被災地を見て参りました。
そこは、津波の跡もまだまだ復興にはほど遠い状況ですし、放射能の心配も未だ解決されず、東北の方々は日々不安を抱えて過ごしていらっしゃいました。
この大災害の被害の記憶が時と共に風化してしまうことを防ぐためにも、微力ながらチャリティーコンサートを続けていこうと思いました。
今回は、この震災で親を亡くした子どもたちのために、寄付をしたいと思っております。

お送りさせていただく電子チラシは、お手持ちのプリンター機器などでご自由に印刷し、ご使用いただければと思います。
また、この電子チラシを、なるべく多くの方にメールあるいはお使いのソーシャルネットワークなどにて転送していただければ幸いです。
もし、チラシ本体をご希望の方は、ご連絡いただければ郵便にてお送りさせていただきます。

皆様のご協力を、何卒よろしくお願い申し上げます。


指揮者 佐藤俊太郎
ヴァイオリニスト 佐藤(神谷)美千子
オーガナイザー  Crouzet 見香
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# by mariastella | 2011-10-26 00:27 | お知らせ

Sic transit gloria mundi

リビアのカダフィが故郷の町で最後まで抵抗して殺された時、イタリアのベルルスコーニ首相は、わざわざラテン語で「Sic transit gloria mundi」とコメントした。

「こうして世界の栄光は移りゆく」というのだが、リビアの旧宗主国で、カダフィとの関係の中でずいぶん特権的な「いい目」をみてきた違いない人の口からこう言われると、いろいろと違和感がありまくりの言葉だ。

このリビアの「反乱」支援は、明らかにフランス主導だったのだが、オバマ大統領は、まるでアメリカの「手柄」のようにコメントしていたので、フランスではそれを皮肉る人も少なくなかった。

といっても、別に、フランスの「手柄」だと強調したいわけではなく、サルコジの先走りのせいで泥沼に突っ込んで行ったら、この先どうなるのか、結局は世界中から倫理的な非難だってされるのではないかと心配していたので、単純にほっとした人も多い。

カダフィの血まみれの姿がニュースで流れた時、ショッキングだが、革命とはこういうもので、フランス革命だって恐怖時代を通過したのだから(自分たちにはとやかく言えない)・・とキャスターが口にしていた。

皆が、居心地悪い思いをしたのだ。

チュニジアのベンアリやエジプトのムバラクのように逃げ出さずに予告通り最後まで戦って死んだということで、「生き方は悪かったが死に方はよかった」とコメントしてしまった人もいた。

23日のラジオでは、カダフィの死についてコメントを求められた国防大臣のジェラールロンゲが、意外なことを口にした。

前にも、ジェラール・ロンゲのコメントに感心したことを書いたことがある。

http://spinou.exblog.jp/16596328/


今回、ロンゲは、カダフィの遺体が引きずられていた映像を見て、それにショックを受けるくらいに「Je suis assez chrétien」(私は十分キリスト教徒だから)と言ったのだ。

「カダフィの血まみれの姿が強烈だとしてもこの40年間にカダフィの手で血まみれになった人々の姿を忘れることはできないが」とも言っていたが、フランスでは、現職の大臣が「私はキリスト教」なんて口にするのはタブーに近いのだ。

驚いた。

インタビュアーも、その少し後で、皮肉りたかったのか、「あなたはキリスト教徒ですが、イスラムが宗教的な政治をするようになったらどうしますか」みたいな質問をしていた。

ロンゲは、それは一部の過激派であって宗教そのものとは関係がないという風にあしらっていた。

ジェラール・ロンゲは若い頃に極右の政治活動をしていて国民戦線の創設とも関係があったとウィキペディアに書いてあった。

もちろん「それは間違いだった」と言って転向し、今はサルコジ政権で大臣にまでなったわけだ。

ともかく、カダフィの末路を

「人間として見ていられない」

という代わりに、

「キリスト教徒として見ていられない」

と言ったのは、その時点では、不思議なことに、誠実に響いた。

「リビア人はイスラム教徒だから残酷なことをした」というお粗末なあてこすりなどではない。

テレビのキャスターですら、「フランス革命だってひどかった」と認めているくらいだし、ヒトラーのヨーロッパの惨禍は共通認識だし、共産圏ヨーロッパが崩壊した後のひどい内戦も記憶に新しい。

ロンゲが「キリスト教徒として」と言ったのは、むしろ「人間として」という近代ヨーロッパ表現のルーツがそのまま出たという感じだった。

キリスト教ヨーロッパが脱宗教化しながら近代ヒューマニズムを概念としてグローバル化した。キリスト教は近代ヒューマニズムの「成因」のひとつなのだ。

別にロンゲの超保守の地金が出たのだと思わないし、あるいは逆に、大統領選を控えてキリスト教系勢力も取り入れようとする与党の大臣が迎合して計算して使った言葉だとも思わない。

前回のブログで書いた彼の言葉と並べてみると、この人の感受性の整合性がうかがえるのだ。

日本ではカダフィの末路について政治的な積極的なコメントはあまりなかったようだし、日本の大臣たちは何かというと失言で更迭されている。

フランスの国防大臣の言葉に、ヨーロッパでは戦争と平和に対する歴史観の陰影が深く刻まれているんだなあ、と、あらためて、思い知らされる。

カダフィに対しては、彼の社会主義的善政を評価し、今度のNATOの介入は帝国主義国の利権争いにしか過ぎないと激しく批判する人ももちろんいる。

軍事介入に関してのサルコジの先走りぶりを見て、カダフィにしゃべられたらよほど困ることでもあるんだろう、と思ったこともある。

ただ、一つ言えることは、たとえどんなに立派で人民のことを考える英雄的指導者がいるとしても、

何が善で何が悪か、

何が正しくて何が正しくないかということを

「たったひとりの人間」が決定して、それ以外は否定されてしまう、反対する声は圧殺されるという体制のあり方は、長い目で見ると絶対によくないということだ。

人は変わるし、間違うこともあるし、道に迷ったり、誘惑に負けたり、疲れたり、勘違いしたりもする。多様な意見が聞こえてこないという社会は閉塞する。

そろそろ結果の出るチュニジアの自由選挙でイスラム勢力が多数派になりそうだが、もうイラン革命の頃とは流通する情報量も違うし、法治国家で多数派になれば過激さは減るはずだ。

これからのリビアやエジプト、シリアの情勢もふくめて目が離せない。
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# by mariastella | 2011-10-25 06:01 | 雑感

高田崇史『QED諏訪の神霊』

高田崇史の小説QEDシリーズを時々読む。

舞台になっている場所は行ったことのある所もない所もあるが、小説を読む度に、ディティールを確かめるために行きたい、と思う。

東照宮の話などはわくわくさせられた。

ところが、今回、この『QED諏訪の神霊』を読んではじめて、ネットの動画検索をすることを思いついた。

私は長野オリンピックの時に日本にいなかったし、諏訪大社の壮大な御柱祭のことをTVで見たこともなかった。だから、小説に出てくる樅の木の落下の仕組みも今一つ分からず、前と後ろにV字形につけ加えられるという「メドデコ」の位置関係もよく分からなかった。

で、ネットで検索したら、大量の動画が出てきてひと目で分かった。

実際に行ったとしても人ごみのせいでれほどにはっきりと把握できなかっただろう。もちろん動画を見ても「現場」の熱気みたいなものには包まれないが、そこにいる人たちがどういう風に興奮するのかという観察は十分できる。今は、種々のマインド・コントロールの動画も見ることができるし、すごい時代になったと思う。

私は子供の時にずっと大都会の町中でばかり過ごしたので、花火大会や盆踊り以上のフォークロアにリアルに出くわしたことがない。

小学生用の日本の祭や行事に関する本で、一番印象に残ったのがナマハゲの話で、描写はすごかったものの、写真はなくて単色のイラストだった。それでもそんなものが一体この世に本当にあるのだろうか、と思った。劇場やテーマパークなどにはよく行っていたけれど、「異形のもの」が向こうから自分の家に入り込むなんていうことは信じられなかったのだ。

ずっと後になって、国立民族博物館のビデオ資料室でナマハゲのシーンを見た。すごく感動した。展示されている生の衣装や写真などよりも、ビデオに映る姿や声を聞く方がリアルだった。
何時間もいろいろな祭や風習の映像記録を見て過ごした。

それが、今は、自宅のパソコンの前に座るだけで、世界中の奇習や奇祭がのぞき放題だ。特に日本の祭などは、今や、民俗学者でもジャーナリストでもない一般人があらゆる角度から撮影しているので臨場感がすごい。

QEDのシリーズでかたむけられる史蹟の蘊蓄だって、今や、ネットを渉漁すると、即座に得られる。自分が今まで長年古い本などを漁ってようやく集めたものにしても、今はかなりのものが拍子抜けするほどに簡単にネット上で見られるのだ。

そのせいで、今まではQEDシリーズを読む度に、よし、次に日本に行ったらここを訪ねなきゃあ、と思っていたのに、今回は動画を見ることによって好奇心が満たされてしまうという事態になった。 

 このまま行くと、ユイスマンスの『さかしま』に出てくる元祖ひきこもりのデゼッサント症候群になりそうだ。

ヴァーチャル体験は体が動かなくなった時の楽しみにとっておいて、今はできるなら「現場」を見て、リアルでしか分からないものを発見した方がいいと思うのに。

ただ、どんなリアルだって、一度過去になれば再構成された記憶になるので、次に何かのコピーを見ても、オリジナルを想像したり、記憶を活性化したり再々構成したりできるので、記憶の貯蔵のし方が問題になると思う。
ちょうど、生の演奏を聴いた後でその録音を楽しむとか生の美術展に行った後で写真集を広げるように。

その「誤差」の感覚が分かれば、次に、最初から録音や写真集でしか知らないものに対してもオリジナルを想起できるのだ。

ともかく、こういう小説の面白さは情報満載を楽しむ所にあるのだから、その貴重さを差し引いた時に、上質の音楽や美術作品のように

後から養われるようななにかが残るかのというのは、難しい問題だ。
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# by mariastella | 2011-10-22 07:31 |

インドの地震、ビルマの地震

画家の友人が遊びにきた。

会ったのが久しぶりだったので、春の日本の大震災についての話になった。

彼女は年季の入った仏教者でもあって、不安というものがあまりなく、私が地震を怖がっているのを笑った。

「地震が絶対に来ない所(パリ地方)にいる人には分からない」

と私が言うと、インドやビルマでの暮らしが長かった彼女は、自分は何度も地震に遭遇したが、どこでも周りの人はみな、たいていはむしろリラックスして経過を観察していたというのだ。

インドで彼女が暮らした場所では春と秋に地震が多かったという。

台風ではあるまいし地震が季節と連動していることなんて絶対にあり得ないと私は言ったが、彼女の経験則で、周りの人も何となく合意しているのだという。その「季節」が過ぎるとみんな、ほっとするのだそうだ。

地震が来る前には

空が一瞬暗くなる、

それから風もないのに、木々の葉がそよぎ始める。

動物たちの声が途絶える。

次に、遠くからかすかな地鳴りが聞こえてきて、

やがて揺れが感じられると、獣や鳥が狂ったように鳴きだすのだ、

と言う。

いつも、いつも、そうだったと。

確かに、かすかに牧歌的というか、少なくとも私の持っている地震のイメージとだいぶ違う。

私が生涯で体験した地震は全て東京かその近郊のもので、町中か家の中だ。

でも、彼女がたいていは自然の中にいたのだとしても、被害はないのか、と聞くと、ビルマには寺院が多いからその屋根の宝輪が簡単に落ちて転がり、それがぶつかって怪我をする人はいるので気をつけなければいけなかったと言う。

それ以外は、とにかく、地震が来たら揺れがおさまるまでは地面に伏せて寝転がるのだそうだ。

「なぜ ?」と私は聞いた。

それは、まず、揺れで転ばないため、次に地面がひび割れした時に足を挟まれたり落ちたりしないためで、でき腕も伸ばして長くなって寝ていれば、全身が落ちるようなひび割れはまずないので助かると言う。

なるほど。

私は以前に東京の防災館でシミュレーション訓練をやったことがある。舞台に夕食前のダイニングキッチンのセットがしつらえてあって、そこに登って揺れを待つ。火を消すより先に頭を守るというのが正解で、その後で火を消したりドアを開けたりするのだ。

昔、ハワイ島を観光した時に、キラウェア火山の噴火が活発になると、現地の人々が車に乗り弁当を持って見物に来る展望ポイントがあるのを見せてくれて驚いたことがある。

確かに大自然の爆発だの鳴動などというスペクタクルは、相対的に安全なところからながめる限りは「興味ある」現象だ。

だからこそ、カタストロフィ映画を観てカタルシスを得る人もいる。

「災害」は、それが人間や人間の暮らしや活動を脅かす時に「災害」となるので、人間が関わらない時には自然の「脅威」は自然の「驚異」でしかないのかもしれない。

若き日に、インドの山あいで瞑想したり絵を描いたりしていた友人。

彼女が、周りが急に暗くなり静かになったのをキャッチして、「ほら、地震が来る」と耳をすませてあたりを観察している光景を思い浮かべると、人が自分のいる環境(突発的に起こり得る自然現象も含めて)を知って共存している場所があり、そこでは、そうではない場所に比べてパニックや恐怖の敷居がずっと高いんだろうな、と考えさせられた。

ちなみにその友人は昨年はじめてルルド巡礼に行き、聖母行列の時に「生きた聖母」をはっきりと目にしたそうだ。

彼女の名はマリーといって、聖母マリアは守護聖女である。

パニックや恐怖の敷居が高いと、「生きた聖母」を見る敷居が、きっと、低くなるのかもしれない。
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# by mariastella | 2011-10-21 02:09 | 雑感

Ça a débuté comme ça.

Ça a débuté comme ça(そいつはこんな具合にはじまったんだ)

という文は、セリーヌ(Louis-Ferdinand Céline)の『Voyage au bout de la nuit』(夜の果てへの旅)の冒頭だ。

この文体の衝撃がどのようなものだったか、今は、よく分かる。

単に話し言葉を取り入れたというより、そのスピード感、臨場感、直截性は並々ならぬものだ。

まえにも少し書いたのだが、今年はセリーヌの死後50 周年に当たる。

文化相のフレデリック・ミッテランが記念行事を企画しようとしたのだが、反ユダヤ主義者を国が記念するのは共和国の名にもとる、と猛反対を受けてひっこめたという経緯がある。

昨日Arteでドキュメンタリー番組があったが、それによると、前の記事に私が書いたイメージよりも、セリーヌは、プチ・ブルジョワの価値観の中で育ったらしい。母親はパリの商店街でレースの店を経営していたので、要するに、フランスの小商人がユダヤの大商人に向ける当時一般的だった憎悪が普通にあったのだ。

それにしても、激烈なユダヤ差別言辞を堂々と書いたので、あれでは確かに弁解の余地がないのだが、もっと不可解なのは、そのある意味で月並みなユダヤ人への罵倒を何の品格もなく機関銃のように撃ちだすことが、 彼の美意識にとって全然平気だったのかなあ、ということだ。

晩年も、自分はむしろ犠牲者だと開き直って、謝罪の姿勢も全くないし。単に「世渡り」的にも理解できない。

彼の反ユダヤ言辞の下品さの前では、戦時中の斎藤茂吉の激烈反英米短歌など、かわいく上品なものである。

で、セリーヌがいろいろ愚痴を言いながらも平和裡にベッドの上で死んだことに対して今でも憤激する人がいて、ホロコーストの犠牲になったどのユダヤ人をとってもセリーヌより不幸なのに、と言う。

そうかと思うと、「天才だから無罪放免」と言う人もいる。

医学部の博士論文が、ハンガリーの医師の伝記であって、ほぼ文学になっているというのにも驚いた。感染症に対して先見の明があり過ぎて理解されずに不遇に終わった医師だ。

とにかく何がなんでも悪いのはいつでもみな他者であって自分は犠牲者でしかないというセリーヌの確信を導く心の向きというのは、医学部時代からずっと一貫していたようだ。

いや、やはり第一次大戦への参戦と負傷というトラウマが、「人は意味もなく殺し合うものだ」という絶望の根となったのだろう。

Blablaと言うフランス語はセリーヌが使いはじめたそうだ。

彼が嫌悪するblablaは、プロパガンダのように、意味のない言葉が垂れ流されるというものだが、今や「ブラブラ・ランド」といった掲示板があるように、ちょっとした「おしゃべり」という時に使われる方が多い。「ぺちゃくちゃ」という感じで、文脈によって侮蔑的でもあるし、他愛ない無害のおしゃべりだったりする。

セリーヌは、言葉が、不条理な殺し合いへと人を駆りたてたり黒い絶望を植えつけたりすることを憎んだ。

しかしその彼は言葉の天才であって、20世紀の壮大な愚かさを内側から照らして見せたのだ。

セリーヌは20世紀のフランス作家のうちでプルーストの次に多く各国語に翻訳されている人なのだそうだ。

彼がフランス文学界に与えた衝撃を、翻訳小説はいったい、どこまで、伝えられるのだろう。
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# by mariastella | 2011-10-20 00:05 | 雑感

J.P.ホーガン 『時間泥棒』創元SF文庫

ホーガンの作品にしては軽くて短編のようなノリで読みやすい。

文庫のカバーの絵もいいし、邦題もしゃれている。

NYの至る所で、時間が遅れていくという設定で、エイリアンによる「時間泥棒」という当初の推測から、結局、別次元の虫が時間を食べて空間を吐き出す新陳代謝をしている、という結論に落ち着くのだから、このタイトルは、ずれているわけだけれど。

主人公の刑事がコペクスキーと、ポーランド系カトリックなんだろうなあ、とウォーショースキーのことを思い出す。彼が、意見を聞きに訪ねて行く先がやはりカトリック教会のアイルランド神父のもとだったりするので、ホーガンもカトリックなのかと思った。

ロンドン生まれのようだが、ミドル・ネームのPがPatrickと、アイルランドの守護聖人だし、亡くなったのはアイルランドのようだから、やはりアイルライド系カトリック家庭出身なのかもしれない。

だからどうしたというわけではないが、ところどころに挿入されるディティールに風味が出ている。

電気を使いすぎの文明批評にもなっているので、今のような原発事故や節電の時代に読むとリやけに身につまされるアリティがあるのだが、これが書かれた90年代前半と今では、はっきりいって、電子機器の様子がすっかり変わった。

この小説では、大型コンピューターを使う会社などが特に損害を受けるのだが、「公衆電話」がでてくるほどで、モバイル携帯などは想定されていない。隔世の観があるのだ。

今の時代に、もし、地球がこの小説のような「虫」に襲われたら、この小説にあるような解決策をとるのがほぼ不可能だ。

僅か20年も経たないうちに、SF小説が古くなるなんて、衝撃的でもある。

世界貿易センターのタワーが傾き始めるという描写も今となってはノスタルジックだ。

キリスト教原理主義のグループがやってきて、

バベルの塔を造ろうとした人間に警告するために神が「多様な言葉」を与えて混乱させたように、機械情報文明で全能になろうとする人間への警告として今度は神が「多様な時間」を与えて混乱させたのだ

と説く場面がおもしろい。

バベルの塔のエピソードでは、それまでは人間は同じ言語を使ってコミュニケートしていた。いわば、はじめにグローバリゼーションありき、だった。

この小説では、電気がまったく使えないとしたら、「産業革命以前の時代に戻るしか終結の方法はない」と人々が絶望する。

つまり、「産業革命以前の時代」では、「多様な時間」が流れていても、全然困らなかったということである。

実際、多様な時間が流れていたのだろう。

「多様性」とは何だろう、と考えさせられる。

この本で、ぺダントリーの他に特徴的なのは、色彩感が豊かなことだ。

時間を喰われたコンピューターには赤いもやがかかる。

時間の遅れが激しい場所は、周りも赤っぽくなる。

時間が損失するとは、時間がゆっくり流れるということで、周波数に比例する色も変わり、光の波長が伸びて、赤方偏移が起こるから、らしい。

他にもいろいろな物性変化がありそうだが、「赤い光」というビジュアルな面に変化を絞ったのが印象的だ。

放射能も目に見えないが、ガイガー・カウンターなどによる、警告「音」のイメージが強い。死の灰がまざった「黒い」雨というのもあるけれど。

それにしても、遠くない過去に書かれたこの小説が成り立たなくなるくらいにはるかに密な電磁気的なネットワークにがんじがらめになっている今の世界に暮らしていることが、そらおそろしくなってくる。
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# by mariastella | 2011-10-19 00:28 |

montreuilのアトリエ公開

パリやパリの近郊では、アーティストのアトリエ公開日を設けているところが少なくない。

私の住んでいる町でも、同じ通りに画家のアトリエがあり、プロの音楽家が住んでいるうちも何件かある。

公開日には、いろいろな場所でいろいろな人と話ができて楽しい。

パリ市内にはいわゆるアパルトマンの集合住宅がほとんどだから、アーティストには不便だ。金をかけて完全防音設備をつくったり、倉庫を全面的に改造したりする人もいるが、金のないアーティストには手が出ない。

モンパルナスやモンマルトルといったアーティストの町も、元はといえば、パリの外れであって家賃が安かったのでアーティストが集まった新興地域だった。

モントルィユは、パリに接しているが、移民も多くいわゆる治安の悪い町という印象だったのだが、なんと、パリを囲むイール・ド・フランス県で最もアーティスト人口が多く、前市民の8-10%を占めているという。

この週末には、600人のアーティストが参加して、公の会場やグループ展意外に174の個人のアトリエが公開された。市の配布する地図を片手にいろいろな所をめぐることができる。

http://www.montreuil.fr/culture/ateliers/

5月の末に私が海軍省で主催した東日本大震災チャリティコンサートに出席してくれた日仏カップルがいて、彼らから案内をもらって出かけた。

http://www.kojimoroi.com/

師井さんは私とほぼ同世代の人で、ほぼ同じ頃フランスに来た人で、時の流れを共有している感じがした。

シルクスクリーンの作品をいくつか購入。

一番気に行ったのは海の上を飛ぶ一匹の蝶々。

去年東京で見た山種美術館で

前田青邨86歳のときの小品『鶺鴒』で、「たらしこみ」の手法の青い海を背景に一羽飛ぶ白い鶺鴒の鮮烈さが脳裏に焼きついていたのだが、それが戻ってきた。

私のアソシエーションで、私たちの演奏のテーマと合わせた作品を新たに何か創ったり構成したりして、いっしょに何かしましょうという話になった。

アートの無償性みたいなものがはっきり見えている場所で新しいことを企画するのは本当に心躍るぜいたくだ。

ミオンの『精霊の踊り』で喚起される四代元素をテーマに何か構成してみたい。
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# by mariastella | 2011-10-16 23:51 | アート

ジェレミー・リフキンがフランスの原発問題について語る

先日の記事で、河沿いのフランス原発の方が、いざという時の緊急冷却には淡水だから有利なのだろうかと自問した。

すると、友人からこんなビデオをリンクしてもらった。

http://www.youtube.com/watch?v=j_EbrOjIGkQ&feature=youtube_gdata_player

フランス語の字幕で「 eau potable」とあるのは、fresh waterのことで、ここでは 「eau douce 」の意味なので翻訳エラーだと思う。

つまり、そこだけピックアップすると、フランスでは使われている淡水の40%が原発で消費され、河の温度を上げているので、周りの農業環境に影響を与えているというのだ。

他のことについてもよくまとまっているなと思うが、各種情報の無償化と同じようにエネルギーのグローバル化や無償化が将来、可能なのだろうか。

ジェレミー・リフキンは以前にも水素エネルギーの可能性を称揚していた記憶があるけれど、トリウム発電ほどにも展望がない気もする。

最近目を通した中央公論11月号で、勇気を出して前原誠司と石破茂の対談を読んでみた。今の日本の与野党って似た者同士なんで、議論を読む気になかなかなれないのだが。

そこで一つ教えられたこと。

日本と中国とロシアのエネルギー効率を比較したら

1:9:18

なんだそうだ。

つまり、同じだけのGDPを生み出すためには、中国は日本の9倍、ロシアは日本の18倍のエネルギーが必要になる。

「効率」の差が技術力の差だということだ。

他の「先進国」のことも知りたい。

まあ生産の「効率」ということではまったく「後進」というか原始的なシステムに安住する私が言うのもなんだけど。
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# by mariastella | 2011-10-14 19:57 | フランス



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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