L'art de croire             竹下節子ブログ

ピオ10世会の破門解除騒ぎについて 

ピオ10世会の破門解除騒ぎについて   


 フランスのカトリック界はここ2週間ほど大騒ぎだ。

 1988年に破門された故ルフェーヴル師がヴァチカンの同意なく任命した4人の司教が破門を解除されたニュースのすぐ後で、その1人がスウェーデンのTVで「ユダヤ人はガス室では死んでいない」という、ヨーロッパではタブーの歴史修正主義的発言をしたからである。

 もともとフランスのカトリック言論界は結構リベラルで、第2ヴァチカン公会議を全否定するピオ10世会と現教皇のベネディクト16世(以下B16)の歩み寄りには警報を鳴らしていた。

 今度の騒ぎでも、戦後のカトリックが苦労して築いてきたユダヤ教との対話路線を一方的に危機に陥れるものだとして、件の発言をしたウィリアムソン(ケンブリッジ卒のイギリス人でカトリックに改宗した人だから、もともとカトリックの「伝統的」な典礼だのに親和性があったのだろう)を厳しく弾劾、彼を受け入れるというヴァチカンに強く抗議している。

 私は、この話については、実はあまり、触れたくなかった。

 もし自分を在フランスのカトリック言論人として位置づけて意見を述べるなら、彼らと全く同じ意見ではある。

 でも、個人的には、いろいろ複雑な思いがある。

 私は、昨年末からのイスラエルによるガザ攻撃に心を痛めていた。

 堂々と弱いものいじめをした後で、オバマ大統領の就任式の直前に撤退するなど、あからさまな政治的思惑にもすでに嫌な感じがしていたし、今度のこともそれと続いて、あまりにもいいタイミングで、反ユダヤ主義をたたく結果になっているので、メディア操作の気味悪さが抜けない。
 実際、ウィリアムソンがこのような反ユダヤ的発言をしたのは、今回が初めてではなく、数年前にカナダでも言ってるそうだし、今回のTV も、収録は2008年の11月である。

 つまりこの人は言ってみれば確信犯で、別に、バチカンを巻き込んでやれとか、カトリックを困らせてやれとか特に思っているわけではない。

 こういうタイミングの問題のあやしさが、一つ。

 もう一つは、私は、どんな歴史にしろ、特定の「正史」に反する言動を即刑法で罰するというシステムには反対だ。
 今のドイツでは、反ユダヤ主義やShoahについての歴史修正主義は、そのような対象として罰せられる。第二次大戦のヨーロッパ的文脈からして避けられないことだったのだろう。

 しかし、私はどんな正しいと見なされる歴史にも、「疑う権利」は保証されるべきだと考える。そして、社会的、公序良俗に「不適切」な修正主義は、個別に裁かれるべきである。

 これは、私が、たとえば、フランスで、「同性愛者に対する差別的言動」を特定化して刑法上のより重い罪とするのに反対するのと同じ理由である。
 人は、だれでも、その帰属や、人種、民族、性別、身体的特徴、年齢、障害、性的傾向などを理由に差別されたり、侮辱されてはならない。
 それを「同性愛者」を分けて特化することは、得てしてコミュノタリスムの表現であり、ユニヴァーサリズムの後退であるからだ。
 もっと言えば、選挙の集票につながる特定ロビーの優遇であり、それを野放しにしていては、ロビーを形成できないマイノリティの権利がおろそかにされる恐れがあるからだ。

 歴史修正主義の規制についても同じである。特定の政治的ロビーとつながるものだけを特化して優遇することには反対である。
 逆に、どんな修正主義的発言でも、ケース・バイ・ケースで、人種差別や人権侵害や名誉毀損などを構成するかどうかが問われなくてはならないし、その社会的影響や文脈もその都度考慮しなくてはならない。

 概して、ヨーロッパキリスト教世界におけるナチスのホロコーストに対する反応は、ユニヴァーサリズムを超えた「特例」をなしている。

 いろいろな理由があるだろう。

 ヨーロッパは2度の大戦で荒廃しきったので、ともかく経済復興することが優先問題だった。そこに冷戦構造が加わった。
 ナチス・ドイツをスケープ・ゴートにするだけでは納まらず、フランスのような国では、罪悪感も大きい。フランスはドイツに占領されて親ナチヴィシー政権でユダヤ人迫害政策をとったからだ。
 長年「西欧」に同化していたリッチなユダヤ人たちのアンビバレントな行動もある。それらが一体となって、イスラエルという国を戦後、強引に作った。

 第二次大戦における、原爆とホロコースト、これは戦後西欧知識人の2大トラウマでもあった。
 このトラウマのすごさは、戦後日本に生まれた私には想像もつかなかった。
 
 私のような普通の日本人ならたいていそうだろうが、日本人は、ホロコーストだのナチスのガス室が怖ろしいとは言っても、人類としての「罪悪感」など持ちにくい。もちろん、ホロコースト=繰り返してはならない悪という刷り込みは、『アンネの日記』からシモーヌ・ヴェイユ、エディット・シュタイン、エティ・ヒレスムなどの読書を通じて、しっかり定着している。映画にもこと欠かない。
 日本人の感覚では「ユダヤ人=優秀な民族だが歴史の犠牲者」というのが普通で、第一、大方の日本人にとって「西欧系ユダヤ人」は顔も姿も普通の欧米人と区別がつかないことが多いから、「反ユダヤ主義」などは育つ土壌がない。だから、深刻な罪悪感もない。

 しかも、もう一つの「意図的皆殺し」であるトラウマの「原爆」だって、相手のアメリカが戦勝国になったこと、日本も戦後の復興に一生懸命でモラルの問題を追及する余裕がなかったこと、冷戦により、当のアメリカの「核の傘」というものに入って守られるという状況になったものだから、「原爆=悪」の責任追及というのは、ナチス狩りのような展開にはなりようもなかった。
ノーモア・ヒロシマと言えば、「もうこの過ちを繰り返しません」という誓いとなった。それはそれで、本当に自覚的な平和宣言と武力放棄に支えられていたなら、「こいつが悪い」式の糾弾やスケープゴートを立てるやり方よりはずっとユニヴァーサリズムにつながり、「人類の進歩と平和」の道にかなっていたと思うが、実際は、冷戦構造の名の下に、ダブル・スタンダードの立てまくりで、いまや収集がつかなくなっている。

 このように、ことは複雑なのだが、それを踏まえても、私は、『日本書紀』を否定するのが即、罪になる、式の、ホロコースト否定が即罪になるという形で特化する法制化には反対の立場であるわけである。

 だから、ウィリアムソンが、そんなことを発言したからと言って、それだけで即糾弾と言うのでなく、それが誰にどんな迷惑をかけ誰の権利を侵害したか、などという分析が必要だと思う。

 もちろん、カトリックが大騒ぎをするのは納得する。

 先に書いたような、カトリックが戦後苦労して進めたユダヤ教との対話路線を無に帰するような発言、しかも、B16の信用を危うくさせるようなタイミング。

 先代JP2はポーランド出身で、アウシュヴィッツで祈ったり、エルサレムの嘆きの壁で祈ったり、特にユダヤ人との和解に心を砕いた。今のB16 と言えば、なんとドイツ出身であるから、ナチス・トラウマはいっそうべったりはりついている。
 フランスで言えば、先のパリ大司教の故リュスティジェはポーランド系ユダヤ人の改宗者であり、困難を乗り越えて、パリの大ラビとも友情を築いてきた。

 フランスの司教団は、1997年9月30日に、公に、ヴィシィ時代のカトリック教会の態度について謝罪した。

 ヴィシィ政権の反ユダヤ的政策について、フランスの教会の取った一般的態度は「沈黙」であった。犠牲者を擁護する言葉は例外的なものであった。この犯罪の酷さを前にして、多くの聖職者は、その沈黙によって、教会とその使命を損なった。この沈黙は誤りであった。

 とはっきり言っている。

 まあ無理に情状酌量してみれば、中世にずっと「世界の良心」として、他の国の世俗権力に介入してきて、近代でその勢力争いに敗れ、フランスでは特に迫害されたり厳格な政教分離を課せられてきたりしたカトリック教会は、「君たちは政治のことには口を出さないでおとなしく祈ってなさい」と言われ続けてたんで、萎縮していて声を出せなかったというのもあるだろう。
 キリスト者の当然の義務としてナチスに抵抗して、収容所で処刑されたドイツ人カトリック司祭の日記を最近読んだが、彼も、ヴァチカンからの援護射撃がないことを苦しんでいた。

 しかし、ともかく、ピオ10世会のメンバーは、そういう反省を全然していないのは明らかである。

 ヴィシィ政権が伝統的信仰と労働と家族愛とを称揚したのは大変よろしいと、ルフェーヴル師は発言している。

 世界については、
 
 「B16は、教会は世界と調和するべきだと言う。なぜ彼は真実を言わないのか ?
世界は我われを憎んでいる。世界のエスプリは地獄へとつながる。世界が教会に拍手するようならば恐れおののくべきだ。世界と和解できると想像するのはむようである」(Bernard Fellay 2007/6/7)

 と言っている。

 「あなたがたは、よりよい世界、より連帯した世界を打ち立てるために寄与できるはずだ。たった1人の回心と現実参加がすべての人の救いの芽生えの一部となる。」(2002・4・17)


 と、JP2 が大学生たちに話したのとは全く違う。

 第二ヴァチカン公会議は、他宗教についてがんばってこういうことを言った。

 「カトリック教会は、これら(他)の宗教のうちにある真実や聖なるもののどれも忌避するものではない。」(Nostrae aetate 1965)

 ピオ10世会のフランスのリーダーはこう言う。

 「第二ヴァチカン公会議は、(信者たちの)魂にとって、この社会に向けた限りなく遺憾でスキャンダラスな親切さとなっている。(この社会とは)悪徳と過ちを護り、地獄を準備するもので、全く不当に『他宗教』と呼ばれている」(2009年念頭挨拶)

要するに、ピオ10世会というのは、1人のウィリアムソンがガス室がなかったと言うとか言わない以前に、また、古式の典礼を守りたいとかいう問題以前に、今のカトリック教会の基盤となっている第二ヴァチカン公会議を公然と全否定しているんで、いや、全世界に背を向けて、自分たちの殻に閉じこもるセクトなのである。

 では、なぜ、B16 が「出入り禁止」を解いたのかというと・・・

 それは、今のトップであるBernard Fellay が、もう大分前からB16に頼んだからだ。「ドアを開けてください」と。

 彼らが出て行った根本のところが全然変わっていないのだから、ドア開けるほうがおかしい、と多くの人は思う。

 でも、キリスト教的な赦しの概念を考えると、
 B 16 の判断の誤りも、まあ、無理もないかなあと思える部分がある。

 キリスト教的な「和解」や「赦し」は、まず「無条件」であることが本来のものである。

 「破門を解くから、あなたたちも公に謝罪して今までのエラーを認めなさい 」

 とは事前交渉しなかった。

 B16は、Bernard Fellayが「ドアを開けてください」と言ってきたこと自体に、聖霊の働きを見たんだろう。

 ただし、件のウィリアムソンなんかは、Bernard Fellay のこの歩み寄りにすでに反対している。彼らも一枚岩ではないらしい。

 で、ドアを開けたらすぐに、むこうが歩み寄るかというと、それは、「神のみぞ知る」である。

 今のところ、B16 は、ほら、見たことか、どうせあんなネオナチのカルトなやつらが反省するわけはないだろう、B16 に状況を説明してちゃんとアドヴァイスしなかった側近が悪い、という、批判や嘆きの渦にいるというわけだ。

 しかし、違反分子をどうするか、という問題は、「ユニヴァーサリズム=多様性の中の統一」を目指すグループにとっては、永遠の難問である。
 合意と秩序を守るために、排除するのか、管理するのか、原則を犠牲にしても緩やかに取り込むのか、理屈だけでは割り切れない。

 実際に、人間の心の動きには、理屈では割り切れない回心のような展開がある。
 秩序と整合性の追及だけでは得られない思いがけない結果と言うものもある。

 カトリック教会の首長くらい、そういう冒険をしても罰が当たらないかもしれない。それを猛然と批判するカトリック内の動きがあることもそれはそれで結構だ。

 後悔や迷いや批判をすり合わせて、学習するかもしれないし、進化するかもしれないし、何かいい方に変容するかもしれない。

 ことは、信仰の世界で起こっているのだから、必ずしも、即効に、論理的な結論がでるものではないのだろう。

 少なくとも、「ガス室がなかったという歴史修正主義を口にする司教の破門を解いたからB16 も責任がある」というような単純な問題ではない。

 まあ、上記のように、このピオ10世会の考えはあらゆる点で近代ユニヴァーサリズムの方向と反しているので、私にはとても容認できないのだが、「ガス室がなかった」なんて発言だけをピンポイントに取ると、情けないと共に憐憫の気も起こる。

 日本でいつぞや、こういう記事を載せて廃刊になった雑誌があったせいで、今でもネットで読めるので、読んだ人は分かるだろうが、これはこれで、巧妙にできている。つまり、決して反ユダヤ主義で言っているのではなく、歴史の真実への使命感からの論議であるという設定になっているのだ。結果的なホロコーストは認めたり憎んだりしたままで、でも、ほら、共産圏による情報操作ってあるんだよ、何しろ、冷戦があったから・・・と言われると、おお、なるほど、そういうこともあるかも・・・と思う人も出てくる。実際、共産国や独裁者のいる国が、歴史を修正したり捏造することはあるだろうし、戦争がからむと、嘘やでっち上げやデマゴーグが普通にとぶことも衆知の事実である。

 私も、自分の比較的よく知ってる分野のことなら、フリーメイスンの陰謀論とか、安易な終末論とか、世間に飛び交う「トンでも説」は、すぐにひどいと分かるのだが、そして、そういうことをいい大人が真剣に信じて広めていたりするとがっかりするのだが、知らない分野では、「ほうら、実はこんなことが・・・驚愕の真実」とか言われると、あやしいと思いつつも、つい話のタネにしたり、ものの見方に微妙にバイアスがかかったりすることがあるので、他人のことは気軽に批判できない。

 まあ、トンでも説やら陰謀説やらは、いつの時代にもいくらでも出てくるし、どんなに否定されても、ひどい時はたとえ最初の嘘つきが「あれは私のでっち上げでした」とカミングアウトしてすら、一人歩きして、もう消すことができないサブカルチャーになっていたりするので、一つ一つ検証するのは不可能だし無意味である。

 だから、結局、この稿の最初に言ったことと同じく、文脈と影響と結果を見て、それが特定の個人や民族やグループの差別や名誉毀損や権利侵害に至る場合にのみ警鐘を鳴らすのを怠るな、ということになるだろう。

 たとえば、私は、イエス・キリストが青森県出身だったとか、ノアの箱舟が宇宙船だったとか、そういうトンでも話は、わりと好きだったりする。

 でも、どんなトンでも説でも、いや、れっきとした歴史の真実ですら、一部の人や国の都合で歪められたり矯められたり、演出されたりすることで、利用されたり取り込まれたり、他者の抑圧の道具とされてしまう危険は常にあるわけで、そういうことを肝に銘じて、分別と洞察力を磨いていくことこそが、何よりも大切だ。 つくづく思う。
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# by mariastella | 2009-02-04 23:08 | 宗教

VESPRO DELLA BEATA VERGINE

シャトレー劇場に、モンテヴェルディの『聖母の晩祷』( les Vêpres de la Vierge de Monteverdi)を観にいってきた。聴きにいったというより観にいったというのがぴったり。

 指揮がJean-Christophe Spinosi で、ソリストも充実、この曲は、大曲で難曲だが、来るべきフランス・バロック音楽で花開く劇場性を新鮮かつダイナミックに構築したすばらしいもので、前に教会で聴いたたことがあるが、まさに感動ものだったし、今回も楽しみにできるはずだったが・・・・

 いろいろ考えさせられた。 ちょっとショックだった。

 何がショックかというと、自分の反応についてである。

 今回の売り物は、ウクライナの前衛芸術家の Oleg Kulik  が舞台監督していることだ。
 クリクといえば、ニューヨークで裸で犬の真似をして警官に噛みついたり、つい昨年も、パリで、裸で動物と交わってる風の写真を発表して没収されたり、スキャンダラスで挑発的なパフォーマンスをやる人で、そんな人が、今度は裸も動物も離れて、空間典礼というシリーズで「聖なるもの」に挑んで、宗教音楽の金字塔に挑戦というので話題になっていた。

 私は、猥雑やら冒涜やら血みどろ系のパフォーマンスが嫌いだ。そういうのはなんだか1960年アメリカン・テイスト、って感じがする。禁忌が顕在している場所や時代でないと意味や力を持てないので、まあ、だから、旧ソ連系や中国なんかのアーティストがそこに向かうのは何となく分かるが、彼らのニューエイジ臭には辟易する。

 何にしろクリクはこの演出にすごく自信を持ち、特徴ある髭をふりたてて真っ先に舞台に出てきて「さあ、携帯電話も経済危機も忘れて、沈黙を!! 拍手もなしで!」と宣言した。

 彼は、フランス人の多くは抗鬱剤を飲んでいて大いなる愛から孤絶している、その上に金融危機で、アルコールとドラッグに溺れるだろう、しかし、私のこのVesproを聴いた人は、世界を別のように見ることができる、と豪語していた。

 客席の真ん中に吊るされた回る巨大透明スクリーン、劇場は入口からもう薄暗く光の演出がなされていて、すみずみまで音と光とミストと香りが駆使され、指揮者は時として観客に向かって指揮するし、ソリストたちやダンサーが客席に出没する。

 彼がねらったのは、典礼とは本来、共同体験であり、聴衆が客席で不動の受身であるのはもうやめよう、みんなが能動的に参加するのだ、ということだそうだ。

 これらの意図自体は、共感できるものだ。

 というか、まさに私が日頃標榜しているもので、私がコンサートを企画する時も、客に踊ってもらったこともあるし、席で体を揺すってくれるようにお願いしたりもする。一緒に何かを創りたい、互いにインスパイアし合いたい、というのがある。

 そして、観客としても、実際、ある種の展覧会を観た後や、バレーを観ただけで、その後の世界が一変するような体験もしたことがあるので、クリクの試みに期待していた。

 私はフランス・バロックの心身音楽的側面の魅力にはまっているから、クリクの目指す五感を動員した「全体芸術」というコンセプトもそれ自体は気に入る。

 なんといっても中心となる音が、モンテヴェルディの晩祷であるから、その質は確かで、そこにさらに眼福が加わり、香りまで・・・ かなり期待していた。

 つまり、私は決して、「モンテヴェルディの宗教曲をテーマパークみたいに飾り立てるなんて邪道だ、冒涜だ、奇をてらってるだけだ」、という先入観を持って臨んだわけではない。

 ただ、最初の評を読んで、舞台写真を見て、なんだか、その派手派手しさは、北京オリンピックの開会式(ビデオで少し見ただけだが)みたいなテイストじゃないかな、とがっかりした。

 考えると、これまで舞台芸術における新規な試みとか、意外な組み合わせなどで、新しい地平を見たようにはっとさせられたのは、「ほんのちょっとした違い」が効を奏している場合だった。力ずくでねじ伏せられて感心させられたことはない。

 バンジャマン・ラザールのバロック・オペラの贅沢な再現だって博物館的な重さを感じたし、逆に、スクリーンを使ってミニマムにヴァーチャルなサポートが効果的なバロック・オペラを見ると、これなら自分たちにも上演できる可能性があると楽しくなる。
 要は、物量ではなくて、強度なのだ。

 で、このVESPROの評で、ヴィジュアルな演出が濃すぎて音楽が単調に聴こえた、というのを読んで、「大丈夫かなあ」と思った。

 実際、客席の聴衆が古典的なコンサートと全く違う反応をするということ自体は、すぐに実現した。あちこちに映像が飛び交い、歌い手もあちこちに出現するので、みながきょろきょろするのだ。確かに、コンサートに来ているというよりもサーカスに来ている感じ。しかも、サーカスなら、一応目を凝らしてみるポイントがありサスペンスがあるが、ここでは、なるほど個々の観客は自分なりの見方をしてしまうが、みんなが一緒に盛り上がるという一体感はなく、要するに「落ち着きのない」感じになる。

 落ち着かない、集中できない。

 疲れる。

 教会の音響に近づけるための音響の工夫がされていて、そのせいで、VESPROの演奏とその切れ目に挿入される鳥の声だの雨の音だの、救急車の音だの、という効果音?が、一続きになって聞えてくる。

 これが非常に疲れる。

 組み合わせが意外でおもしろいとか、文脈を壊すことによってそれらの音が聖なる次元に取り込まれるとか、あるいは時間や空間や聖や俗の垣根が取り払われて新しい体験ができるとか、多分クリクがねらっていたような方向には向かえない。

 私のすぐ後ろの夫婦は、第一部の終わりごろになると

 「なんてひどい」
 「ばかげてる」

 という言葉を低く発し続けていた。

 クラシックの演奏会、しかも宗教曲なんていう場所で、演奏中に聴衆が不満の声を発するなんて、確かに前代未聞であり、その意味ではクリクのショック療法というか「聴衆を変革する」パフォーマンスは成功してるのかもしれない。

 確かに咳する人も多かった。鼻をかむ人もいた。

 サーカスだからね。

 モンテヴェルディ、かわいそう。

 幕間の後、その夫婦は戻ってこなかった。
 本当に腹を立てたのだろう。

 で、その幕間だ。

 VESPROが終わって奏者が姿を消す間、チベット音楽がすごい音量で鳴り続けている。
 あまりうるさいんで外へ出たら、外でもそれが大音量で続いているのだ。

 チベットの長笛とか祈りか唸りかが延々と続く。
 照明は暗く、赤っぽい。チベットで流された血を象徴しているそうだ。
 
 スーフィーの音楽も流れる。

 シャーマニズムとか神秘主義をブレンドして政治的メッセージもこめたシンクレティックな趣向らしい。何かやはり安易なニューエイジと時代への迎合感がある。チベット音楽も、仏教以前のボン教の音楽とか、さらに奇をてらったエゾテリックな趣向だ。

 「私はほんとの幕間がほしい」

 と、疲れきった老婦人がバーの長椅子に座ってため息をついていた。

 ヴィジュアルはちょっと休めるし、目を閉じることもできるが、音の侵略は暴力的である。

 だからこそ、関係性や、世界を変えることができる、って、クリクは考えているのだろう。

 それでも、第2部はマニフィカートなので、少し期待した。

 音楽のレヴェルはすごく高い。ミュージシャンたちはよく頑張っている。
 モンテヴェルディのこの楽譜では、集中せざるを得ないし、他のことを考えてる余裕はないだろう。もったいない。

 ヴィジュアルなものがなかった方が、ずっと世界が広がって感動的だったろう。
 クリクはイマジネールの力というものを無視してる。
 あるのは彼自身のイマジネーションなんだろう。

 終わりに一応拍手があったが、最初に「拍手お断り」と言ってたように、無視された。

 で、非常に疲れて、帰る途中で考えた。

 私は、べつに、チベットの音楽とかセレモニーが苦手とかいうわけではない。
 いわゆるチベット問題にも、事情があってかなり関わっている。

 組み合わせの問題なのだ。

 何がいけないかというと、「沈黙(静寂、silence 、サイレンス)」が抹殺されていることだ。

 クリクは、音の絶え間ない侵襲によって、催眠術的なトランス効果とかを目指したのかもしれない。

 しかし、音と、音楽は違う。

 こういうことを考えた。

 チベット音楽やスーフィーの音楽のようなものは、ジョン・ダンのいう天の国の流れているものの先取りである。ジョン・ダンによると、現世の人間が渇望するその場所では、音もなく静寂もなく、ただ一様な音楽だけが満ちている、不安も希望もなく、一様な充足があり、友も敵もいず一様なコミュニオンがあり、はじめも終わりもなく、ただ一様の永遠がある。

 そのような、音と静寂の違いが消滅した場所にびっしりと満たされた音楽、

 切れ目のない祈りとか、延々と続く読経とか、永劫回帰の円環の音楽とか、終わらぬ呻吟に似た呪文とか、は、その「あの世」の音の世界の先取り、または、招来するために唱えられるのだろう。

 クリクの演出において、モンテヴェルディも嵐の音も車の音もチベット音楽も延々と一様に切れ目なくつなげてしまうのは、本来は、多分そういうのを目指したんだと思う。

 しかし、残念ながら、モンテヴェルディの曲は、そのような「天上を満たす」種類の音楽ではない。
 「天上を築き、描く」音楽なのである。

 ジョン・ダンの言葉をもう一度借りよう。

 (天国では、)音もなく静寂もなく、ただ一様な音楽(チベット音楽風の)だけが満ちている

 ところが、「この世」では、「音」とも「静寂」とも別のものとしての「楽音」があるのだ。

 その楽音とは、静寂の反対物である「音」とは全く別のものである。

 楽音とは、「静寂=silence」のファミリーなのである。

 静寂が満ちたときに生まれるのが楽音である。

 一滴ずつたまってついにあふれた水が竹の筒を傾ける時、
 水滴がはじける時、
 手や足が空を切った後、

 静寂と静寂が楽音を囲む。

 静寂がないと音楽は成立しない。

 音楽は文化的言語であるが、それを生み、受けとめる静寂は、ユニヴァーサルである。

 静寂さえあれば、古池に飛び込む蛙の水音でさえ、芸術世界を構築する。

 先行する静寂に育まれた楽音が、連なり、その途中でもさらに多くの静寂(休止)を度々呼吸して新たに生まれ続けるのが音楽である。そしてそれは、やがて、もとの大いなる静寂の中に帰っていく。大洋に生まれた生命が旅を終えてまた大洋に戻っていくように。

 そういう音楽は静寂から生まれ、静寂を糧として行き、静寂へと還る生命なのである。

 モンテヴェルディのVESPROはその種の音楽である。

 その命を共有して、私たちの命と共振させ、糧とするには、ユニヴァーサルな静寂を共有しなくてはならない。

 クリクはその静寂を奪った。

 歌手や奏者の息継ぎの中にはそれはあるのだが、曲の始めと終わりにはそれが奪われていた。絶えず聞えてくる「あっちの音」の模倣。

 ヴィジュアルな奇抜さのために落ち着かない、集中できない、ということよりも、本質的な問題は、実は、そこのところだったと思う。

 ユニヴァーサルな静寂の中にインスパイアされつつ「こっち」で完結する音楽と、静寂と音の境を越えてそのまま「あっち」に参画しようとする音楽という異質なものを強引に結びつけたのが クリクの失敗だった。

 でも彼は気付いていないだろうな。

 あの、自信たっぷりの解説ぶり(それ自体は魅力的でそれなりの説得力もあるのだが)を見てると。
 
 このコンサートにがっかりした人たちは、きっと、因習的な宗教音楽の鑑賞態度の枠から逃れられない保守的な人たちだとクリクから思われるんだろう。

 このユニヴァーサルな静寂については、オリバー・サックスがその新著『Musicophilia』が、音楽が記憶障害の人を孤独から救う例としても書いている。サックスの本は人気があるし、フランス語訳はたちまち出たので、日本語訳も出るんだろう。絶対面白いと思う。






 

 
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# by mariastella | 2009-01-26 18:04 | 音楽

Van Dyck の不思議

 最終日近く、ジャクマール=アンドレ美術館にようやくヴァン・ダイク展を見に行った。この美術館はニッシム・ド・カモンドと共に、なぜか、とっても落ちついて、前世で住んでたんじゃないかなあ、と思える場所なんだけれど、この寒いのにえらく込んでいて、道にまで列ができていたので驚いた。

 で、ヴァン・ダイクだが、今回は肖像画だけで、ドラマチックな宗教画はないのだが、かえってぞくぞくした。

 ヴァン・ダイクの描いたマグダラのマリアは、17世紀のバロック時代における一連のマグダラのマリアの絵画表現の出発となったものだと思う。
 彼なしには、たとえば、Nicolas Regnier や Claude Mellan の マグダラのマリアの表現は生まれなかった。マグダラのマリアのイメージといえば、それまでは、罪の女時代の肉感的なものと、苦行をした後の壮絶な姿に引き裂かれていたのが、Van Dyck は 一種 atemporel 非時間的なものを持ち込んだ。

 彼の描く貴族たちの肖像を見ていて、圧倒的な上手さにも感心するが、何にもっとも驚かされるかというと、elegance と arrogance の共存だ。
 
 エレガンスというのは、バロック時代のフレンチ・エレガンスの意味で、「もてるものを全部見せない、出さない、マキシマムを強要しない」という感じで、後のロマン派が垂れ流すような情熱や不安などは、抑制されて、人工的頭脳的に再構成されて提供される。

 アロガンスというのは、一種投げやりな横柄さ、尊大さ、傲慢さであり、一見すると、エレガンスと対極にあるんじゃないかと思うかもしれない。

 ところが、ヴァン・ダイクにおいては、この二つが自然にハーモニーをなしているから意外で味わい深いのだ。

 それが独特の elegance nonchalante を醸し出している。つまり、天然のゆったりした無頓着な感じを伴うエレガンスであり、末梢神経をくすぐるような緻密さは表に出てこない。

 このアロガンスがどこから来るのかといえば、画家にとってはその圧倒的な技量、技術、天才から来る。つまり、そのやすやすとした感じ、facilite から来る。
 そして彼のモデルとなる王侯貴族たちにおいても、その、貴族ゆえに浮世離れした生来のnonchalance が、自然な尊大さにつながるのである。

 チャールズ一世の表情にあふれるメランコリーはまるでこの人が清教徒革命でやがて処刑される運命を暗示しているかのように見えてしまう。しかし、その心もとない、胸を締めつけられるような哀しみの発露にかかわらず、王権神授を唱えた絶対君主の息子として生まれて専制を続けた「生まれながらの権力者」だけが持ち得るような、どこか投げやりで、人生を外側から見ているような冷たく尊大な非現実感がある。

 絵のスタイルのエレガンスと、画家の才能とその確信からくるアロガンス、そこに、モデルの王侯貴族の出自から来る独特の投げやりさをまとったアロガンスが加わって、ヴァン・ダイクの肖像画には、エレガンスとアロガンスが並び立つ。

 風味があって、冷たさまでが、いとおしい。
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# by mariastella | 2009-01-25 04:00 | アート

共和制とファシズム

 佐藤優さんによれば、ファシズムは「共和制の構築的な運動」(『一冊の本』1月号)なんだそうだ。
 
 合法的な手段で選ばれた「われらのリーダー」「領導者」の周りに国民が結束して、国益一筋になる。ファシズムは民主主義の一形態と思えるそうだ。

 それに対して日本は、超越的な祭主である天皇がいるから、本来はそれがファシズムの歯止めになっている、という展開だが、いくらなんでも短絡的じゃないだろうか。

 まあ、私は現在、サルコジという独裁者が暴れているフランスにいるので大きなことは言えないが、そのサルコジだって、投票者の半数近くの49%には忌避されたわけだ。

 国民の直接選挙で選ばれた代表者がファシズムのリーダーになるには、何か別の要因で、選ばれた時にすでに圧倒的多数の支持を得ていた場合だろう。ファシズムの原因は、直接選挙そのものにあるのではなく、すでにその時の国際情勢などが影響しているわけだ。
 国が一応健全な状態にあれば、独裁者を避けるためだけにでも、優勢な側に反対票を投じるものが出るわけで、「われらのリーダー」だから何でもできるという方にはいかない。
 半数に近い「反対者」を常に擁しているといる緊張感が、フランスみたいな国では、「革命もあり」ということで、権力者の暴走の歯止めになっている(と思いたい)。

 第一、「民主的」に選ばれたヒトラーが最悪のファシズムでヨーロッパを壊滅させたというので、それを教訓としたヨーロッパは、「多数決の原則」よりも普遍的な「人権」の理想が優先されるべきといったような危機管理の安全策をいろいろ用意している。

 人種差別的極右を排除するという意識が強いから、オーストリアのハイダーが選挙によって1999年に連立政権入りした時に、EU諸国は猛烈に反発して辞任に追い込んだ。

 2002年のフランスの大統領選でやはり極右のル・ペンが最有力候補だった社会党のジョスパンに勝って決選投票に登場した時は、彼にノンというためにだけ、すでに人気のなかったシラクが前代未聞の82%の得票で再選された。誰もがその意味を知っていた。

 どんな制度も運営上の失敗はつきものだが、EUは一応、彼らの原則に従って学習したわけだ。

 「超越的なもの」を奉じているからファシズムの歯止めになるというなら、国益の枠を超えた「人権」だって、「自由・平等・友愛」の共和国精神だって歯止めになるはずだ。

 実際は、権威と権力はすぐ癒着したり、「超越的なもの」がただの道具や口実や旗印として利用されたりするので、その辺は、共和国でも君民共治国でも、残念ながら変わらない。

 排外主義によってピュアになって生き残ろうという選択と、多様性の中で連帯して共生して生き残ろうという選択は、生命戦略としては、どちらもありなのかもしれない。でも、今の地球の現実の前では、もう、多様性の中の連帯にしか希望はないと思えるのだが。

 後は、佐藤さんもいってるように、福祉国家型社会民主主義、を自覚的に育てていかないと。それが国家としての統合が弱くても、それはそれで、狭い国益観を乗り越えるチャンスにつながればいいんだけれど。

 

 
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# by mariastella | 2009-01-21 01:49 | 雑感

仮面のいじめ

 12月12月の記事「壊れものである権利」について、サイトの方に、

 「ポジティヴシンキング」「成功」「自己実現」は無邪気な笑顔で蔓延していますが、それがどれだけ天真爛漫に人を追い詰めている事か。」

 というコメントをいただいた。

 こういうものが蔓延しているのはもちろん、それで金儲けができる人がいるからだろうが、それだけならまあ、それでもいい。

 真に犯罪的だと思うのは、これらの言葉のいたずらな称揚が、実は、「そうでない人」いじめになっているからだ。

 それも、結果的にそうなる、というのではなく、無意識にしろ、そういうものに託して弱者をはっきり差別している。

 今は、さすがに人権意識とかが常識になっているから、大人はだれも、

 「何々さんは、くらーい」

 とか、

 「あの人は年の割りに老けてるし、体も故障だらけよね」

 とか、

 「あそこのお宅はだんなさんがリストラされて坊ちゃんは引きこもりで、お嬢ちゃんはちょっとおつむが弱いんですって」


 なんてあからさまに言わない。

 言えば人格を疑われるだろう。

 でも、「何々さんはいつも明るくポジティヴに生きててすてき」

 とか、

 「あの人は、いつまでも若くて綺麗だし、健康管理も抜群よね」

 とか、

 「あそこのお宅はセレブで、坊ちゃんもイケメンで一流大学だし、お嬢ちゃんは才色兼備でうらやましいわね」

 とかは、一応「人を誉めている」のだから、それこそポジティヴで、こういう言辞をどれだけ垂れ流して、「あの人みたいにならなきゃね」と無理しても、別に非難されない。

 でも、それって、実は、同じことの裏表だ。

 「フランス人の女性政治家はみな美人でおしゃれでスタイルがいい」と、イギリスの雑誌が書く。

 それは、「イギリスの女性政治家はおばさんばかり」という絶対に書けないことの含意だとイギリスのフェミニストが怒っていた。

 フランスの女性政治家は美人ばかりじゃない。

 当然ながら「普通」の人の方が多い。

 「セゴレーヌ・ロワイヤルは美人でスタイルがいい、モデルみたいだ」

 とはどの雑誌も平気で称揚する。

 「マルチーヌ・オーブリーは贅肉のついたオバサンだ」

 とは、誰も絶対に言わない。

 子供を生み、育てキャリアも築き、女としても魅力的な人は「スーパーウーマン」とか言われる。
 スーパー老人もたくさんいる。

 もう、こういう言説、意識してやめてみよう。

 ほんとは足の速いウサギが油断して居眠りしたから遅いカメさんに先を越されたんだよ、なんて教訓はいいとしても、

 持って生まれた容姿とか、能力とか、環境とか、健康状態とか、運とか、人生のアクシデントとか、自分ではどうにもならないようなことの「優劣判断」につながるような賞賛や憧れや目標設定はやめよう。

 つくづく思う。

 人はみなつながっている。

 運がいい時は運が悪い人を助けよう。

 あなたの幸運はそのために与えられている。

 
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# by mariastella | 2009-01-14 10:14 | 雑感

メジュゴリェの聖母出現とバリ島のダンス

 1月13日のクーリエ・アンテルナショナルCourrier internationalの記事(ネットでも読める。courrierinternational.com)に、ボスニア-ヘルツゴヴィナのあの有名な聖母御出現を大いに怪しむブラジルの『Veja』誌の記事が紹介されていた。

 ヴァチカンに属する教皇庁国際マリア・アカデミーの調査団が3年前から現地でやっている真偽調査が2009年の終わりには終了すること、

 あの聖母好きの前教皇JP2ですら、ボスニアに2度行ったのについにメジュゴリェには行かなかったほどメジュゴリェについてはあやしいことが元々あること、

 昨年、現教皇B16が、メジュゴリェの御出現を演出して子供たちのマインドコントロールをしたとも言われているフランシスコ会の福音派系神父をイタリアの修道院に監禁を命じたこと、

 その神父は1970年に叙階され、1976年にある修道女を妊娠させたといわれ、1981年に最初の御出現の3ヵ月後にメジュゴリェに来てから、子供たちが聖母を見ながら口をもごもごさせるなど、演劇的パフォーマンスが増えたこと、

 1984年にはこの神父は、当時の教理省長官だった現教皇によって、76年の妊娠事件を口実にすでに一度イタリアで謹慎させられたこと(その機会に、メジュゴリェの教区などがその「おいしい巡礼産業」を利用したとも言われる)、

 メジュゴリェの聖母は現れすぎで、しゃべりすぎで、言ってることが必ずしも教会の伝統に合致しないことなど、

 などである。

 クーリエは、2004年にも記者にメジュゴリェをルポさせて、『メジュゴリェについて教皇の知らない3つのこと』という記事を出している。

 要するに、メジュゴリェはいかに地域興しになっているかという経済効果のことで、当地の神父たちがいくら稼いでいるか、教皇は分かるまい、という話だ。

 1981年6月に聖母を見た6人の子供たちは今や40年配で、そのうち3人は、今も定期的に出現する聖母とコミュニケートしていて、そのメッセージが毎日各国語に訳されてネットで配信されたり、世界各国をパフォーマンスして回る者もいる。こうなると「聖地」は問題でなく、聖母は「人」に憑くわけで、まあ霊媒の実演みたいなものである。

 この「聖母のメッセージ」を教会関係者が配信してはならないと司教が禁止している。
 しかし、プライヴェートな巡礼はもちろん、聖職者と共にやってくる巡礼グループも禁止されているわけではない。普通、御出現だの奇蹟だのが真性かどうかは、当該司教が宣言する権限があるのだが、メジュゴリェではそれが剥奪されている。

 そもそも、その手の出来事の「真性」審査は、それが終わってから、というのが基本である。
 福者や聖人の認定が、当人の死後にしか審査が始まらないのと同じだ。

 ところがこのメジュゴリェでは、御出現は30年近く、現在進行形である。

 6人の「見神者」は同じ通りにそろって家を構えている。全員結婚して子供もいる。
 そのうちの2人はたいてい留守である。
 1人は元ミス・マサチューセッツと結婚してボストンに住み、もう1人はイタリアに住んでいるからだ。みな講演活動でひっぱりだこでリッチらしい。

 この時の記事については、フランスのモンペリエ大学の医学部の消化器外科のアンリ・ジョワィユー教授が反論している。彼のブログでも読める。

 彼は、医学関係の調査団として1984年以来17回もメジュゴリェを訪れたが、子供たちのトランス状態はほんもので、演技ではなく、また、精神的にも精神的にも生理的にも器質的にも何の異常もないことは明らかだと太鼓判を押す。元々は彼も懐疑的だったのにかかわらず、である。
 
 そして、メジュゴリェには深い祈りと瞑想と平安があり、多くの人がほんとうに癒されているという。特に、重症の麻薬中毒患者が劇的に治るらしい。それは、そこで働く人々が、深い信仰に支えられているからこそだ。

 多分、ほんとだろう。

 この手の巡礼地がここまで熟成すると、もう御出現の真偽や演出がどうこうという次元を離れてしまうからだ。
 それほどまでに、信仰を求める人々の気持ちは切実だし、それが集まると、大きなサイコ・エネルギーが集まる。
 経済効果は大きいだろうが、功利的な思惑の何千倍もの善意とか無償性とか精神性がみなぎり溢れてくるので、全体としては、立派な「聖地」「巡礼地」の機能を果たすのだろう。

 では、何十年も毎日のようにエクスタシーやトランス状態になって聖母と交信するという、部外者から見るといかにもあやしい見神者たちは、本当は、何者なんだろう。

 1度や2度とか、1年くらいの話なら、まあ、いろんな意味でのアクシデントというか、そんなこともあるかもね、とも思えるし、その人がその後で早逝するとか、聖職につくとかいう展開になると、すべては、宗教的狂熱の表現なんだなあ、とも思えるかもしれないが、メジュゴリェのみなさん、あまりにも、「俗」の側にいるような気がして、いまひとつありがたみがないのでは・・・・

 で、ここからが、私の解釈。

 私は年末年始とバリ島へ行って来た。

 目的の一つはバリの伝統舞踊のトランスを見ること。

 最近、石井達郎さんの『身体の臨界点』青弓社という本で、バリ舞踊のトランスについて読んだからである。

 バリ島といえば、ここ数十年、文化人のお手軽フィールドワーク地だったから、すっかり商業的になっていると思うだろうが、意外に、中途半端に素朴である。

 観光客相手に、まるで京都の祇園コーナーにいる錯覚を起こすような場所でバロンダンスとか毎日やっているんだが、若手の稽古の場という感じではないし、すれっからしの芸人が仕事をこなしている、という風でもない。
 バリでは、今も、村中が、子供のときからお祭用の踊りを練習しているから、住民全員アーチストであって、いろんな村の人が交代で出演してるという感じで、専任のプロがいるというより、みんなアマチュア、玉石混交なのだ。しかもバリの暦は1年が210日だから、毎年の各種の祭りの周期も短い。男も女も、男の踊りも女の踊りも楽器も、みなひととおりできてしまう。

 もちろん寺院の祭礼でやる本番と違って観光客相手の踊りはそれこそアルバイトだから、精神の高揚も緊張もない。だから、トランスにも入らない。

 バリの人、正直。

 「踊りの最後でトランスに入るんですってね」とわくわくする私に、バリのガイドさんは、「寺ではそうだけど、観光客相手のはただの振り付けです」とにべもなく答えた。
 
 その振り付けとは、たとえば、戦士たちが魔女の魔力にやられて、脱魂、忘我の境地で自分の胸に剣を突き立てる、などというやつだ。

 まあ、楽器奏者の方は、楽器のテンポが上がったりするので、それに引かれて、それなりに「行っちゃってる状態」になってる人もいるが、踊り手のほうは、舞台の上で、本気で自分に剣を突き立てるモチヴェーションはわかないだろう。

 楽器なしのケチャックという上半身裸の男たちが何十人も「クン、クン、ケック、ケッケッ、クク」と声を発しながら体を揺らす踊りも、最後はトランス状態になって「超能力を得て全員火渡りに突入」というふれこみだった。

 これも、実際は、まあ、気分は村の盆踊りの練習で、お年よりもいればほんの子供もいて、それなりに真剣にやる人やいかにもうまいリーダーもいるが、よそ見したりしてる若い子もいる。
 だから最後にも、火渡りほどのものもなくて、派手に松明を散らして炎を広げて、火を見ると観客も興奮するから、それなりに盛大に・・・という程度だ。

 でも、野外でのこの公演は絶対に雨が降らない、それは、踊る前に、雨が降らないようにみんなでお祈りするからだ、と聞いた。

 公演は大事な観光収入だから、踊りはともかく、お祈りの方は「本気」なんだろう。

 そこのところでは、神や自然とちゃんと交信しているみたいで、なんだか、聖と俗とかアマとプロとか本気と手抜きの区別が曖昧だ。

 で、踊りのトランスだが、では、それがそもそも、それほど「途方もない」ことかというと、実はそうでもないような気がする。

 私も多少踊るので想像がつくのだが、そもそも、身体技法を伴ったアートというのは、アートとして成立するには、多少のトランスを必要とする。

 どんなにテクニックを磨いて完璧に準備しても、その形を完全に見せるだけでは試験に臨む優等生のようなものだ。

 いざ観客を前にしたり舞台に出たら、そこは入魂というか、場の雰囲気と融合しインスパイアされなければクリエートとは言えない。

 楽器演奏でも同じことだ。

 充分練習すれば、後は、我を忘れて天命を待つ、みたいな瞬間がないと、いい演奏などできない。

 岡本太郎が、「芸術は爆発だ」と言ったが、踊りが芸術になるにはこの「爆発(それが内的なものであれ)」の部分が必要で、逆に言うと、プロのアーチストであれば、誰でも、そういうプチ・トランス状態に入る術を知っているはずである。本格的にシャーマニックで鬼気迫る人ももちろんいる。

 ここぞという時に、人前でトランスに入れるかどうか。

 体質、気質にもよるし、コツもあれば、慣れもある。

 絶対無理な人もいる。

 そういう人は、永遠に、テクニックの教師か自己満足のアマチュアでしかない。

 で、バリ島のような文化環境だと、伝統とか、集団の力で、たいていの人は、祭りの奉納舞踊となると、みんなわりと楽にトランス状態になるんだろう。

 そして、祭りの奉納舞踊で次々とトランス状態になってしまうであろうバリの人たち、

 この人たちを、もし、西洋の医師団が来て検査しても、

 そのトランスは演技でもやらせでもなく、彼らの精神も肉体も健康で病的なところはなく、「ほんもののトランス」って言うことになる。

 文脈が変われば、別に不思議でもなんでもない。

 祭祀があり奉納がある伝統社会では、よくあった話だろう。
 それがソロでやるか集団でやるかは文化の差があるだろうが。

 それを思うと・・・
 
 メジュゴリェの聖母出現パフォーマンスも、一般人の勝手なトランスが嫌いな高度の管理体系でもあるカトリック教会とか、身体技法を忘れてしまったヨーロッパの人々とかから見ると、その真偽を問いたくなったり、回心体験を誘発したり、感涙を流したり、糾弾したくなる特殊なものだったりするかもしれないが・・・

 バリ島の舞踊などと照らし合わせて考えてみれば、

 彼らのパフォーマンスはリチュアルであり、奉納の一種なんだろう。

 小さい時から毎日やってれば、毎日、ミニ・トランス。

 彼らの生活の中では聖と俗の境界とかも曖昧で、
 多分信仰も篤くて、
 かと言って、無理に出家しちゃうような辻褄合わせの必要もプレッシャーもなく、

 天然のほんもの、になっちゃってるのかもしれない。

 欲だけで何十年も演技続けられるものでもないし、そこまでマインドコントロールできるものでもない。

 バリ島の舞踊では、「演じる」という芸能と「憑く」という呪術が、洗練されることなく、また様式化されないままに野太く入り組んでいる(前掲書より)。

 メジュゴリェの「聖母との交信」も似たようなものなのかもしれない。

 ケチャックを踊る人たちが踊る前に本気で祈って、おかげで雨が決して降らないように、
 メジュゴリェだって、聖なるものとの交信があるのかもしれないし。

 バリ舞踊をはじめて見た西洋の民俗学者なんかが大いに感動したように、メジュゴリェの奉納を見てはじめて聖母に出会う人もいるのだろう。


 奉納としてのトランス。

 奉納としての御出現。

 近い、と思う。

 
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# by mariastella | 2009-01-14 09:41 | 雑感

mixedのアイデンティティとは

 1月2日にバリ島のホテルでCNNを見ていたら、オバマが自分の「Mixed-race heritage」についてインタヴューに答えているのに遭遇した。

 私はこのブログで前にも書いたが「オバマ=黒人初」という言説が嫌いだったので、彼自身も、戦略的に黒人になったり白人の家族を強調したりと使い分けてるのかなあと漠然と思っていたのだが、こんなふうにまともに答えていることに好感を持った。

 最近 Alain Maalouf の『Les Identites meutrieres』  Le Livre de Poche

 という本を読んだ。著者は私と同じ30数年前に故国レバノンを離れてフランスに住んでいる。彼のアイデンティティの感覚とそれを巡って他の人が抱く「ずれ」の感覚とは、私の体験するものととても似ている。

 著者は、レバノン人でもあり、フランス人でもあるというアイデンティティを持っているのだが、他の人から、「でも、心の奥ではどっちなんですか?」と問われることがあるという。

 そのように問われること自体、「アイデンティティ」には人を唯一のコミュニティに帰属させようという狭い排他的なコンセプトがついてまわっている証拠だと著者は言う。

 だれでも家庭人、社会人、公民などの複数のアイデンティティを持っているものだが、その継ぎ合わせがその人の総体というわけではなく、新しい出会いの度に、総体は少しずつ進化するものである。

 何か一つのアイデンティティが排他的独善的に働くと、諸悪の根源になる。
 純粋とか純潔とかいう幻想がイデオロギーと結びついたりすると、破壊的になる。

 社会も同じで、歴史を通じてさまざまなルーツに属しながら進化は続いていく。 
 社会の場合は、独善排他の道をとらぬためには、「多様性を認める」というメッセージを公に、積極的に示さなければならない。表面的に平等主義を掲げるだけではなく「多様なあり方」「多様な表現」が正当であることをたえず表明しなくてはならない。

 そうしないと、「伝統」とか「慣習」でさえ、イデオロギーになりかねない。

 人も社会も時代とともに変化、進化していく。生命は多様性に向かう。

 そう、それを、恐れてはならない。それには、

 他者との出会いは常に自分を豊かに変えていくので、決して劣化させるものではない

 ことを信じなければならない。

 異文化との出会いも、新しいテクノロジーとの出会いだって同じだ。

 画家のゴーギャンは、工業化したヨーロッパに絶望して、西洋の手垢のつかないパラダイスを求めてたタヒチに行った。しかしタヒチにもすでに西洋人がいた。帝国主義者と宣教者に「汚染」されていないような場所はついに見つけられなかったのだ。

 結局、絶望して、遺書代わりに『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか』という大作を描いた後で自殺を図る(未遂に終わったが)。

 彼は「われわれは何者か」というアイデンティティの問題を、「文明に毒されていない」手つかずの過去に求めようとして果たせなかったわけだ。

 我々がどこから来たのかというルーツはあまりにも複合的で遡れば遡るほど豊かである。どこに行くのかという先も。大きな全体から切り離しては、我々は決して充全ではあり得ない。

 過去に抑圧されたマイノリティが権力の座についたところでは、アイデンティティが逆に差別的に働く。今の時点で、ブラック・アフリカの国では、オバマのような mixed の人間は決して仲間と見なされず、彼らを代表することはあり得ないそうだ。

 それを思うと、オバマが大統領になることは、「黒人初」だから意義があるのではなく、彼がまさに mixed であるところに希望があると思う。

 その意味では、今の日本でよく、欧米に汚染される前の日本には世界に誇る精神性があった、それに回帰しろとかいう議論がなされると、本当に、がっかりする。

 大切なのは、豊かな出会いを通して「共にどこへ向かうか」という方向性なのだが。


 

 
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# by mariastella | 2009-01-13 23:20 | 雑感

フレンチ・テイストってなんだろう

 フランスに戻ってからフランス映画を2本見た。

 対照的な2本だ。

 ひとつは主演女優がすべてを支えるコメディで、
 もう一つは主演男優がすべてを支えるスリラー。

 どちらも、とてもフランス的だ。

 フランス的って、一体なんだろう。

 前者は、Etienne Chatiliez の 『Agathe Cléry』 ミュージカル仕立て。

 ヴァレリー・ルメルシエ(Valérie Lemercier)がとにかくうまい。

 白い肌用のスカンジナヴィアという化粧品売出しを担当しているキャリアウーマンであるヒロインがAddison病にかかって、肌が黒くなる。この病気は実在するらしく、ジョン・F ・ケネディも罹っていたらしい。腎臓系の免疫病。

 で、ヒロインのアガトは、もともと黒人もアラブ系も差別しているレイシストだった。
 その彼女の肌が真っ黒になり、職も解雇され、新しい職につくのも困難になる。

 結局、白人を雇わない逆差別の会社に入り、そこの黒人社長と恋仲になったところで、突然病気が治って、また悩むというどたばたなんだが。

 いわゆる社会派コメディなのだが、その差別ネタがすごーく微妙で、人種別ロビーイングの発達してるアメリカなんかではちょっと作られないし、実態もかなり違う。

 フランスでは白人ヨーロッパ文化がしっかり基盤にあるところに移民やグローバル化でさまざまな差別などの問題が生まれてきている。にもかかわらず、アメリカ風のプラグマティックなコミュノタリスムを拒否してユニヴァーサリズムでゴリ押ししているという国ならではのギャグが満載なのだ。

 普通の日本人が見たらその機微が多分わかんないだろうけど。
 
 その居心地の悪さや意地悪視線こそ、この監督の持ち味なんだけれど。

 でも、ヴァレリー・ルメルシエが、白人の時も、黒人の時も、輝いてる時も泣いている時も、とにかくかっこよくて、彼女の才能と個性が文脈やストーリーにあるわだかまりを吹き飛ばしてしまう。

 また単純に考えても、顔立ちが変わらないのに皮膚の色だけがラディカルに変わるだけで、人はこれほどアイデンティティが揺らぐのかというのはあらためて衝撃的だ。 
 しかも服を着てるから、皮膚の色なんて、ほんとに顔と手くらいなんだけど。
 だとしたら、シワやしみ一つで女性が大騒ぎするのも無理はないのか。

 Bluemanというパフォーマンスがあるが、彼らは頭もスキンヘッドをブルーに塗っている。
 でも、顔立ちは白人で、体格もいい。ブルーマンが小柄な黒人やアジア人とか、プエルトリコとかの特徴を持っているって、興行コンセプト的にないような気がする。青いからこそ、白人男性型アンドロイド、みたいな倒錯的差別感を隠してるのかもしれない。

 黒髪の日本人にとっては、歳とって総白髪になる変化もラディカルだ。
 実際、プラティナ・ブロンド系の人は、白髪まじりになっても目立たない。
 しかし、髪の方は、歳にかかわらず、色をころころ染め替える人も多い。
 昔の日本人は白髪染めしかなかったけど、ヨーロッパでは昔から神の色は帽子の色みたいなファッションの一部だったし。

 黒髪の日本人がある日、金髪で現れたら、人は、単に、髪を染めたんだなあ、と思う。
 でも突然まっ黒い肌で現れたら? すぐにはその人だと認めてもらえないかもしれないのだ。

 外にさらしている肌というのは社会的だからだ。
 大きい絆創膏をして現れるだけで、場合によっては釈明を要求されたりする。
 差別とか個性とか偏見とはなんだろう、と、考えさせられる。

 2本目は、

 Fred Cavayé  の デビュー作『Pour elle』
 タイトルからしてフランス的だ。

 ヴァンサン・ランドン(Vincent Lindon)が主演。

 妻子と幸せに暮らしてたリセの国語教師の生活が一変する。
 妻が冤罪で20年の懲役刑になったからだ。
 主人公のジュリアンは、妻を脱走させて、息子と3人で国外逃亡を企てる。

 痛快といえば痛快だが、このVincent Lindonという俳優は、アンチ・ヒーローとまではいかないが、すごく普通のフランス人である。つまり、全然アメリカ人やイギリス人やゲルマン人やラテン人に似ていない。堅固とか頑健とか陽気とか峻厳とかマッチョとかではなく、少し軽目でいいかげんな男。
 映画の最後にも、警察が驚いて、こいつって、リセの教師だぜ、「Monsieur Tout le Monde 」(どこにでもいる男、只野ひとしさん)なんだ、と慨嘆するシーンがあるが、この「普通のフランス人」ぽさの変身が、ストーリーを支えてる。

 スーパーマンが私生活ではちょっとな情けなかったり、という「影のヒーロー」的シチュエーションは結構アメリカ的だと思うけど、Vincent Lindonはちょっと違う。サム・ペキンパーの『わらの犬』なんかでおとなしかったダスティン・ホフマンがきれてしまうようなのとも少し違っている。

 その辺もフレンチ・テイストとしか呼びようがないんだが。

 
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# by mariastella | 2009-01-11 21:06 | フランス

日本の世代論について

 後藤和智さんの『おまえが若者を語るな!』(角川oneテーマ21)というのを読んで驚いた。

 私は雑誌の記事を除いて、日本の内輪の文明論や社会論をほとんど読まないので、若者論や世代論の語られ方を知らなかったからだ。

 大筋では、この著者の言ってることがもっともだなあと思う。

 私は著者が批判してる論者たちよりも上の年代だけど、日本でバッシングされまくってきたらしい著者のような「若者」世代は身近に多くいるので、むしろ親近感を持っている。

 ヴァーチャルな世界では、これまでならどこでどんな生活をして何を考えてるのか想像もつかなかった人々のブログなどを読んでいるおかげで、これも、昔日本に住んでた時よりもいろんな人を身近に感じるくらいだ。

 それで、いつの時代もいろんな人がいて、でもパターンはある程度似かよっているなあ、と日頃感心しているくらいで、決して、若い人が理解できないとか、心性が変わったとか、思ったことがないのだ。ただ、昔なら直接知らなければ知らないままだったような事件とか出来事に今は具体的にアクセスできる分、「こんな変なやつがいる」とか「こんな変なことがある」とか、いわゆる「ネタ」にされやすいだけで、一般化して警報を鳴らしたり宿命論に持っていくなんて、著者の言うようにミスリードじゃないだろうか。

 それに、たとえば、ポストモダンのオタクたちが、特定の情報への関心に支えられているけれど、そこから離れる自由もまた留保している、というような(これは東洪紀さん)説明は、なんだか、ポストモダンというよりも、モダンの生んだ人間の普通の姿のような気がする。

 平成に育った若者がネットや携帯などで表現形式が先行世代と変わったから、心性が変わったというが、ツールが変わったのは私たちも同じだ。上の世代には使いこなすのが大変とかいう部分はもちろんあるけれど、大筋は、むしろ変化の恩恵を受けている。
 夜行列車で東海道を行ってたのが新幹線になったり、フランスもいつの間にか直行便ができたりとか、交通手段だって、ものすごく変わったけど、別に私が運転するだけじゃなくて座ってるだけだから困らない。ワープロができたり、パソコンが使えたり、メモリーが増えたり、便利になることの方が多い。そんなことで人格が変わると思えない。

 変わる人もいるかもしれないが、ちょっとした変化に影響される人だって昔からいた。人が多様だったのは昔から変わっていないと思う。

 地域社会やクラブ活動を離れてサブカルやヴァーチャルリアリティに浸っていると、「自分をデータベース化して管理する、解離的、多重人格的な人格」になると言っても、それも、結構普通に思える。だれだって、文脈によって対象との間にその都度異なる自己を形成するのが普通で、それが即「幼児的万能感を保ったまま歳をとる」というのは、また、別の話ではないだろうか。

 少なくとも、私自身は、昭和30年代が子供時代だったから、リアルの世界もたくさんあったが、それが、マンガや本で体験する世界よりも決定的だったとは別に思わない。

 昔も今も、自分は解離的で多重人格的だと思っていたが、それが社会の枠組みの崩壊と関係があると思ったことはない。

 ゲームやヴァーチャル世界に幼い頃からどっぷりつかっている若い人もけっこう知っているが、理解可能で、コミュニケーションもとれる。依存症になったりコミュニケーションがとれない少数の人もいるけれど、それは、昔の世代でリアルに暮らしていても、そういう人はいたし、でも目立たなかっただけだろう。

 もちろん、ネオリベラリズムの弊害で、個人が分断されたり、教育や福祉による機会や余剰の分配のシステムが崩れたために格差が生まれたり、落ちこぼれたりする人が出てくるなどの「今時の問題」は、大いに存在するわけだが、それは何も若者に限ったことではない。
 もっとも、既得権のある人は逃げ切ることができやすいので、弱い人が犠牲になりがちだから、若者が不利益を受けることはある。若い人が絶望するような世の中は誰のためにも絶対によくないので、政治や社会の構造的なところにまで踏み入って対策を立てなくてはならない。

 それを、日本はサブカルとヴァーチャルリアリティの「先進国」だから若者が変質したのだ、みたいな論議にすりかえるのはどうみてもおかしいと思う。
 その点ではこの本の趣旨に共感だ。

 だけど・・・

 この本で言われてる「ポストモダン」というのが、89年の冷戦崩壊を差してるみたいなのは不思議だ。著者は、まあ、それは誤解であるというのだが、

 元々フランスなどで「ポストモダン」が提唱されたのは、1970年-80年代の初頭である。さらにその元ネタは(・・・)「ポストモダン建築」であった。(p181)

 なんて言い切っている。

 で、今の状況を打開するためには、「科学」や「人権」や「経済」や「法」などの「普遍的基準」を基にして、経済政策や政府による生存権の保障などに向かうべきだと提唱してるのだが・・・


 この「普遍的基準」って、これこそが、モダン=近代=フランス型普遍主義 なんだけど。

 キリスト教無神論の系譜をやっているとはっきり見えてくるが、西洋近代主義は、ユニヴァーサリズムとしてのキリスト教の非宗教化から生まれたものだ。教義は捨てたが、超越理念は捨てていない。

 そして、無神論が生まれたときにポストモダンが生まれた。無神論は西洋近代が本格的に神を捨てた時に生まれた。スピノザとかヘーゲルとかはその意味では無神論者ではない。実存主義系も違う。ニーチェとかフロイトとかその延長の構造主義とかがポストモダン無神論の系譜である。

 著者が、「フランスのポストモダン」と言っているのは、構造主義のことなんだろう。そしてそれは、モダンの弊害を正そうとしたアメリカのコミュノタリア二ズムと呼応して、マイノリティ・リスペクト(これも個性重視という名の切り捨てにつながる微妙な展開にもなるんだが)の相対主義として花開いたので、もともと「親アメリカ」的な流れである。

 それでも冷戦中は共産主義革命への恐怖から、自由主義陣営でもせっせと社会政策がとられていたが、確かに冷戦が終焉したので歯止めがなくなって露骨な弱肉強食が始まった。

 ここで、しつこく「モダン=フランス革命の理念=ユニヴァーサリズム」にしがみつくフランスとアメリカの差がだんだん顕わになった。

 こういう観点は、日本にはほとんどない。

 だからこそ、

 この本の中に引かれている別の本の中で、

 欧米支配下の野卑な世界にあって、「孤高の日本」でなければなりません。

 なんていう言葉が出てくるのだ。

 「欧」と「米」は対立してるんだってば。

 いや、対立してるのはフランスだけど。

 でも、欧州連合をフランスが牽引してきたから、他のヨーロッパ諸国もある程度はいやいやしたがっている。

 ドイツの Peter Sloterdijk なんて、そもそも、フランスがせっかく近代革命を成功させたのに、ナポレオンが侵略して「モダン=ユニヴァーサリズム」を押し付けたから、スペインやロシアやドイツやオーストリアなどみなその反動で、アンチ共和国になって「モダン」が数世代遅れた、と言っている。この人がフランスとドイツの愛憎についてぐちぐちとルサンチマンを並び立てるのは印象深い。アンチゲルマン主義が残ってるのはポーランドとイギリスだけだとか、ドイツは英雄主義から消費主義に改宗し、完璧に欲望至上主義へと構造が変質したから、歴史認識なんてオプションに過ぎないのさ、といいつつ、フランス文化だけがいまだに、自尊心とヒューマニズム魂と叙事的英雄的なディメンションを保ってるのさ、と、揶揄してるのか羨ましいのか分からない言い方をする。

 フランスはドイツに占領されてコラボしたくせに戦勝国となったから反省が足らない、と言いつつ、フランス人から、「レジスタンスの非神話化やヴィシー政権、植民地主義、過去の奴隷制からアルジェリアでの拷問まで、最近のフランスはどちらかというと自虐的だけど・・」と言われると、「外から見れば、フランス風の自己批判なんて、表層的な芝居で、底にある愛国心は一度も揺らいでないように見えるよ」と答える。

 もちろんその後で、サルコジ政権の見世物性を批判して、ポスト民主主義だといい、それはナポレオン三世の猿芝居の再来(まあ、サルコジをナポレオン三世と比較するのはフランスでもよく見られることだけど)だとか言っている。(以上はLe Pointの1892-3号のインタビュー記事より)

 戦争を卒業することでEUの基を築いた独仏だが、こんなふうに立場の違いと愛国心のぶつかり合いなどを見れば、大戦後の日本とアジアの国々との関係に思いを馳せずにはおれない。

 日本の場合は、他ならぬ冷戦とアメリカによる思考停止状態に追い込まれたからもっとまずかったけれど。

 いずれにせよ、ドイツでもフランスでも、少なくとも、情報化社会のせいで若者が変になった、みたいに特定世代をスケープゴートにする言説にはなっていかない。

 この問題って、けっこう深刻なんじゃないだろうか。

 

 
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# by mariastella | 2008-12-24 10:55 | 雑感

L'apocalypse

Arteで12回連続の初期キリスト教史のドキュメンタリー番組の最後を見た。

 フランス、ドイツ、イタリア、イギリス、アメリカ、イスラエルなどの歴史学者や文献学者や宗教学者らが次々に意見を述べるのがモザイク様に繰り出されて、非常に印象的だった。

 充分知っている内容が多いのだけど、こういう風に、いろんな立場の人がそれぞれ語るのを聞くと感慨が深い。カトリックとかプロテスタントとかユダヤ人とかいう立場も分かるので、知的誠実さのほかに感情がまじって、これは「心理的霊的仮説ですから・・」と断る人もいた。

 最後の回での、キリスト教による反ユダヤ主義の理由についての意見の時だ。

 ユダヤ人によるユダヤ人の宗教が、非ユダヤ人の間で爆発的に広まって、結局、最後まで改宗しなかったのはユダヤ人だけ、ということで、それがキリスト教のトラウマであり、パラドクスであり、アイデンティティの不安であると言うのだが、そうだなあ、と思うと同時に、私は日本人だから、インド人によるインド人の改革宗教だった釈迦の仏教も結局インドでは生き延びなかったけど、日本人らの仏教徒は別に「インド人に認めて欲しい」と密かに願ってるってことはないよなあ、と思ってしまう。民族の枠を超えてしまうのは普遍宗教の宿命だろうし。

 また、ローマ帝国の中で迫害されていた時は、堂々と「信教の自由」を主張していたキリスト教徒が、国教になってからはどうして手のひらを返したように信教の自由を認めなくなったのか、とか、質問の仕方が、ある意味素朴で、それゆえ、それぞれの専門家が「自分の言葉」で答えざるを得なくなっているのもよくできている。
 6世紀はじめに、「全員洗礼」の通達が出た時点で、アテネの学校も閉鎖され、思想が終焉した、それは同時に本当の意味でのキリスト教の終焉だったとする人もいる。

 一体、なんで、一介のローカル宗教がここまで巨大になったんだ、という素朴な疑問も出た。
 ローマ帝国が地方分権で中央官僚というものがなかったので、キリスト教の組織がローカルに根付いたのだという意見があった。4世紀末のガザ何かでは「異教徒」の方が多かったので、テオドシアヌスの通達が出ても、税金を払ってるだろう、と言って、神殿を壊したりせずに、逆に、ヘラクレス像を壊したキリスト教徒に市が弁償を求めたらしい。
 
 キリスト教徒は異教の神殿の建築的価値などは認めていたので、決して組織的に破壊しようなどとは思っていなかった、ただ、彼らに耐えられなかったのは、異教の祭壇の上に残る血を流す獣の姿だったのだという人もいる。それは、ジョゼ・ボヴェがマクドナルドを襲撃したのと基本的に同じで、「形而上的エコロジー」の感情だというのだ。

 こういう「形而上的エコロジー」とか「心理的霊的仮説」とか、あまりアカデミックでない言葉が飛び出してくる部分がおもしろい。

 後は、結局、イデオロギーの補強となるのは宗教の機能のひとつだ、ということで、それによってまた宗教の方も変質していくという宿命論も感じた。

フランスの番組っぽいと思ったのは、Alfred Loisy(1857-1940)の有名な言葉「イエスが神の国(の到来)を告げたのに、やってきたのは教会だった」というのを引いて、識者の感想を聞いたところだ。このフレーズのせいでロワズィは破門されてしまったくらいに当時は大騒ぎだったのだが、これに対する反応も微妙だ。
 
 イエスの予告したのはイスラエル王国の復活だったので、政治的だった、イエスはユダヤ教の改革者であり、司教団のことなど考えてもいなかった、という人もあれば、教会がとりあえず時間稼ぎをしているので、教会も神の国の到来を待っているのだ、という人、いろんなニュアンスがある。

 なぜコンスタンチヌス帝が改宗したかについての回も興味深かった。

 この番組はDVDになって販売されるのだろうが、ほとんどが識者コメントなので、本になって訳されれば、日本人にも非常に役に立つ参考書になると思う。多少なりとも「西洋」関係の研究とかしてる人には、「ユダヤ生まれのキリスト教がどうしてそこまでヨーロッパを形成したのか」というのが西洋人にとっても永遠の謎であることを知るのは無意味でない、と思う。

 
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# by mariastella | 2008-12-21 08:06 | 宗教

クリスマスの絵

 何度見ても不思議なイエス生誕の馬小屋の絵の一つは、Hugo Van der Goes
の祭壇画だ。ぴんと来ない人のためにネット上で今一つ見つけた。


http://www.abbaye-de-leffe.be/SITES/abbaye-de-leffe.be/IMG/jpg/retable_central_compresse.jpg


 日本語ページで検索を書けたらやはり一つ出てきた。

 カタカナでは、ヒューホ・ヴァン・デル・フースと書くことが分かった。

 http://www.salvastyle.com/menu_renaissance/goes_portinari.html


 このサイトで、祭壇画の拡大表示をクリックするとよく見える。こっちの方が画質がいいかも。

 左にいる聖ヨセフの手が、あまりにも写実的で年寄りくさくて、でも、この手でシナゴーグとか建ててきたんだろうなあ、という感じ、天使たちが画一的に金髪の長髪なところ、みんなあまり嬉しそうじゃないところ(これを評して、微笑とは人間の弱さの補償だから、聖人や天使には必要ないという人もいるが・・・)、高校生シングルマザーが親に隠れて産み落としちゃったのか、と言いたくなるほど、地べたにぽとんと置かれた幼子(せめてマグサ桶に入れろよ。)、とか、気になるところはいくらでも出てくる。人物のプロポーションの違いや衣装の色分けなんかは言わずもがなだけど。

 放置されてる幼子をすごく嬉しそうに見てるのは、左手のロバさんと、右手の羊飼いのおじさん。

 聖ヨセフ、この状況にあせってるのは分かるが、せめてこの羊飼いのおじさんくらいに暖かさを表わしてほしかったよ。まあ、この情けない感じも聖ヨセフの持ち味の一つだけど、ひざまずいてる髭のおじさんの方が、はるかにかっこよく見える。ま、おたおたするのも人間的なことで、聖ヨセフの祈りの手の無骨なことで、救われる。それに比べたら、天使たちの手って、どう見ても労働者の手じゃないな。

 キリスト教で神が受肉するってのは、地面に投げ出された裸の新生児という、サヴァイヴァル能力ゼロの存在としてスタートしたってことで、小さい者、弱い者を世話しなさい、って言ったイエスは、その辺のことを踏まえてたんで、ただのレトリックじゃなかったんだなあ、としんみりしてしまう。

 今日は近くの教会に寄って、ルルド型聖母像の下にしつらえられた馬小屋のセットを眺めた。小さな藁の寝床が空になってる(クリスマスイヴの深夜ミサに赤ちゃん像が置かれる)のを見たら、このヒューホ・ヴァン・デル・フースの絵で寝床も用意されてないイエスのことがすぐに思い出されてしまった、というわけだ。
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# by mariastella | 2008-12-19 00:44 | 宗教

神秘体験と無神論体験は似ている

 もう30年以上も、神秘家と言われる人々の書いたものを読んできた。
 どんな文化や宗教にもある、神や絶対者や宇宙とかとの合一体験みたいなものである。
 忘我とか恍惚とかいう側面もあるし、「あっちの世界にいってしまった」ような部分もある。

 その文章が残っているような神秘家は、その体験の後から「こっちの世界」に戻ってきたり、あるいは、天と交信しっぱなしの吹き抜け状態で生きたりするが、まあ、普通の人々の救済に役立ったり属する宗教を刷新したりするものだ。

 ここ3年は、モダンやポストモダンの言説に無神論的な文脈の中で読み直す作業をしてきた。
 「眼からうろこ」状態だった。無神論、特にモダンやポストモダンを形成したキリスト教無神論は、すべて、かれらの神への強いこだわりが原動力になっていることがはっきり見えたからだ。

 今回の本(無神論についての本)では、神秘家と無神論者の比較には踏み込まないけれど、この両者は「似ている」。

 誰もそんなこと言ってないが、無神論をずっとやった後で、最近、また神秘化のテキストを読み返して、忽然と悟った。衝撃的だ。

 まだうまく言えないが、神秘家の神秘体験では、ちょうどヴァーチャル・リアリティによる神経症の治療のように、脳内の現実解析のプロセスが変わってしまう。

 多くの神秘家は、それまで自己であると思っていたものが実は幻想に過ぎないと悟り、代わりに、無限の何かに呑みこまれる。そうすれば、それまでの自己は、なんだか黒色矮星みたいになってしまうのだ。

 逆に、無神論者は、それまでの自己を外から担保していると思っていた神とか絶対とかをと突如として失う。で、残るのは、梯子を奪われた自己だったり、あるいは、神の座(神はいないのだから神の座だってほんとはないはずなのに)にちゃっかり座る自己だったりする。

 一見、後者の方が孤独で強いと思うかもしれないが、神秘家の方も実は孤独である。自己を外から担保していた神を失うという意味では神秘体験も同じようなものだからだ。

 言い換えると、神秘体験や無神論体験で、神秘家や無神論者は、世界の構造を失うのである。自己を成り立たせている対象との関係性を失う。それを成り立たせていたツールやルールや、共同体構造も、全部、まとめて、失う。

 宗教の体制が、神秘家を隠したり、抑圧したり、必死に管理したり、嫌ったり、悪魔つきにしてしまうのは、まさにそのせいだ。人間の実存的不安を手当てする救済のためのツールやルールや共同体を神秘家にスルーされたら宗教はその基盤を失うからだ。

 ここで、無神論者というのは、特に西洋近代とポストモダンの中で現れてきたまさに、「神なき神秘家」たちのことで、単に科学主義に支えられた懐疑主義や教育やイデオロギーに基づく無神論者ではない。

 日本人にはぴんとこないかもしれない。

 卑近なたとえだが、たとえば、小学校にあがるまではサンタクロースの存在を固く信じていた子供たちが、ある日、サンタクロースって両親だったんだとか、全部「子供だまし」だったんだとか、分かった衝撃を想像してほしい。クリスマスのイルミネーションも、デコレーションも、音楽も、社会全体が、共謀して自分をだましていた、と感じたとしたら。(実際そういうトラウマを語る人もいる)

 それに比べて、毎年、正月に初詣にいって、今年もいいことがありますように、と何の疑問も抱かずに賽銭を投げて手を合わせる人のことを考えてみよう。彼らは、一度として、この拝殿の後ろには実は何もない、などと考えないし、そこにいっしょにいて拝む人の中には、テロや通り魔によって死ぬ人もいれば、大事な人やものを不当に失くす人もいるかもしれない、初詣なんて気休めさ、なんてこともわざわざ考えないだろう。
 神がいるかいないかの証拠を挙げろ、なんて野暮なことで悩まないし、まあ、強い人でも、自分は「神仏に恃まず」、と言って、拝むのを控える程度だろう。それも宮本武蔵くらい強くないとなかなかできない。

 まあ、子供がサンタクロースの「子供だまし」に気づいて愕然とするのに比べて、賽銭と招福のコストパフォーマンスなんて野暮なことは言わない、初詣にいくのは風物詩だからね、という方が「大人」の態度だと考えるかもしれない。

 そしてそういうプラグマティックな「大人の態度」が、「普通」の信仰者だったり、「普通」の無神論者なのである。

 「神がいた」とか「神はいなかった」とか気づいて、自己の属する世界のストラクチュアを失うのが、神秘家だったり、無神論者だったりする。

 こんな人たちが必死に、新しい世界観を構築して、生き続けようとすることで、人類の霊的世界も、思想や哲学も豊かになった。

 私たちは、神秘家たちや無神論者たちの恩恵を受けながら、ヌルイ世界に生きている。
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# by mariastella | 2008-12-18 23:53 | 宗教

チュイルリーのモアイ像

 メトロで配られるフリーペーパーに、2010年に、イースター島からモアイ像がやってくる、と書いてあった。今年の夏にパリを訪れていたラパヌイの族長ペドロ・エドムンド・パオアさんらが、ルーヴルそばのチュイルリーを訪れた時、突然、そこが強いエネルギーの場であると感じて、モアイ像がここに来たいと言っている、というような話になったらしい。

 彼らによると、モアイは、この場所に置かれることで、人類の意識を物質的なものから変革するスピリチュアルなエネルギーを放射するんだそうだ。

 パリには原始美術系のケー・ブランリー美術館などもあるのに、この話は、PSのパリ市長も1区のUMP系市長も知らないところで、イタリアの財団が金を出して、LVMHのルイ・ヴィトンのキャンペーンも絡んで実現するそうだ。

 ネットで調べたら、日本では、2007年9月に、日本とチリの修好150周年記念行事として、丸ビルの中でモアイ像が展示されたとある。ただし、世界遺産のやつではなく、現地での「新作」の一つだそうだ。
 1990年代に日本(官民どちらか知らないが)の援助で新しいモアイが15体作られたことも知った。その時のものが、1992年以来、「平和のモアイ」として世界を回っているとか。

 世界遺産って、勝手に動かせるのか?

 パリに来るってやつは「新作」なのか、古い980体の一つなのか?

 フランスのの記事によると、980体の一つらしく、その移動に関する手続きが大変で、それが2009年いっぱいかかるとある。

 ヴラマンクの頃から、プリミティヴ・アートはフランスのアーティストをかなりインスパイアしてきたけれど、ラパヌイの人から見ても今、世界人類に貢献できるようなエネルギーの場がパリにあって、そこにモアイを持ってきたら、わずか2週間でも、人類の意識が変わるんだ、と言ってもらえるなんて、けっこう「両想い」だなあ。

 こういう、「スピリチュアルなエネルギーが何たら」とかいう言説に、あまりニューエイジっぽくもなく、カルト的でもなく、トンでも風でもなく、嘲笑的でもなく、観光一辺倒や商業主義丸見えでもなく、半ば敬虔に、半ばアートの言説として、さりげなく居場所を与えて共有できるところが、この国の魅力だなあと思う。

 2010年には、チュイルリーに来たい、と言ったというモアイ像に会ってみよう。人類全部は無理でも私一人くらいの意識は変革できるかも?
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# by mariastella | 2008-12-17 23:20 | 雑感

人権宣言のこと、再び

 サルコジ政権の外務大臣に任命されたベルナール・クシュネール「国境なき医師団の立役者で国民的人気の高い左派だった)は、若い黒人女性のラマ・ヤドを人権担当国務大臣に引き入れた。
 ところが、彼女は、サルコジがカダフィーを招待すると「フランスは足拭きではない」、と言うし、サルコジの北京オリンピック開会式出席にもそっぽを向くし、いつしか「やっかいなわがまま女」的存在になり、つい最近、クシュネールが、人権は、すべてのベースにあるべきで、特別に大臣職を設置したのは自分のエラーである、外交や政治は人権だけでは動かない、みたいなことを言って公的に「後悔」して見せた。

 外交とか政治とか、国益とかについて、人権だけで判断して動かせないのは自明である。

 でも、それを超えて、「人権」はフランスという国のブランドイメージの一つだから、広告塔としても、「人権担当大臣」の設置は、大きい意味では国益にかなっていた、とも言える。

 フランスのブランドイメージはユニヴァーサリズムであり、ユニヴァーサリズムというのはひとつの理想だから、必ずしも外交指針にはならない。

 つい先頃、60周年を迎えた国連の「世界人権宣言」だが、この日本語訳そのものが、フランスの思い入れを分かりにくくしている。

 これは、

Universal Declaration of Human Rights=Declaration universelle des droits de l"homme

である。世界っていうと、なんだか、ワールド、って感じがするけれど、「ユニヴァーサル」ってところに、これがフランス革命的ユニヴァーサリズムの直系だよ、というフランスの自己主張がある。

 実際、この決議が採択された時の国連58カ国だかで、承認したのは48カ国で、棄権したのが8カ国くらいあった。
 サウジアラビアは、「男と女の平等は、うちの文化と伝統に合わない」と言ったし、南アフリカは、「人種の平等はうちの政策に合わない」、と言ったのである。

 正直だ。

 南アフリカのアパルトヘイトは終了したが、世界中に「人権無視」は浜の真砂のように絶えない。
 それはフランスとて同じで、人権宣言の起草者で91歳のステファンヌ・エッセルは、フランス国内の不法移民の権利のために今日も戦っている。ユニヴァーサルに人権を擁護するなら、不法入国者だとか、外国人だとかは関係ない。誰にでも、よりよい生存を求めて移動する権利がある。

 これが、国の「移民政策」だの「安全対策」だの「失業対策」と両立しないのは明らかなのだが。

 共同体主義の国が、「うちの文化では」「うちの伝統では」というのも、ちょっと目には一理あり、
 
 たとえすごくマイナーな文化でもマイノリティをリスペクトしろ、とか、

 価値基準は相対的なのだから西洋先進国だけが自分たちの理念を押し付けるのはいかがなものか、

 などという理屈が必ず出てくる。

 「うちの文化」の中では、強制的な女性性器切除とか、マイノリティの虐殺や奴隷化が普通であるととしても、だ。

 ユニヴァーサリズムの中の人権とは、当然、「弱い立場」「搾取されている立場」の権利を守ることを前提にしている。弱者の権利は、特定共同体の文化や伝統や、一国の政治的経済的利益に優先するのである。

 これを、「西洋キリスト教文化による押し付け」と見る立場もある。

 確かに、普遍的人権は、キリスト教文化の庶子である。
 嫡子は十字軍とか異端審問とかやってたんで大きな声は出せないんだが、今は、そうだ、人権擁護が使命だったんだった、って積極的に取り組む人も多い。不法移民の駆け込み寺になってるカトリック教会とかも多い。

 でも、キリスト教だけでなく、世界の「普遍」宗教はみな、本来、「普遍的人権」とか、「人権の普遍的宣言」のルーツであるはずだ。

 なぜなら、「民族宗教」の多くは、共同体の利益を優先して、村を救うためなら龍神さまに若い娘を生贄にして・・・とか、敵の部族との戦争に勝つ(=敵を殺す)ために神に祈ったりとかするけれど、「普遍」宗教とは、「救済」を、地縁血縁から解き放つことによって「普遍」宗教になったのだから。

 「普遍宗教」は、人が、どこの生まれでも、どんな色や形でも、ただ信仰によってだけ、「普遍的」に救われるよ、と言ったのだ。

 まあ、その「普遍」の根無し草ぶりを利用して、自分の都合のいいように矯めて利用してきた権力者もたくさんあるし、「鎮護国家」の道具になってきたことだってかなり普通だった。でも、どの「普遍」宗教も、その始まりの理念においては、教えの前の、信仰の前の平等を革命的に掲げたのは確かだ。

 1948年の人権宣言の序文にはナチズムへの反省が込められている。

 アメリカの独立宣言、フランスの人権と市民権宣言、数々の平和条約とか、人はしょっちゅう反省しては初心に帰って決意を新たにしなくてはならないらしい。

 人権宣言の60年も、その間に起こった人権侵害や民族虐殺の歴史を眺めれば、「決意新たに」する以外にはない。

 しかし、実際は、なんだか、悪しき共同体主義のポストモダン主義、が、毒を振りまいてもいる。

 人権の中には、自殺する権利、安楽死の権利、子供を持つ権利(代理母制度を認めること)もあるというのである。人権宣言の中にそれらを加えよ、という。
 人権に、自己責任とか自己中心主義とか自己愛とか自己肥大が混ざってきている。

 これは、アメリカ型の「人」の概念が、「体は自己の所有物」とするのと、ヨーロッパ型の、「人は体と人権と人格の三位一体」とすることの違いに起因しているとも言われる。

 しかし、世界のマジョリティの地域では、とてもそんなどころでなく、

 人=体は、ひたすら奪われ、搾取されるものなのである。

 臓器として売られたり、使い捨て労働力だったり、性的オブジェだったり、ただ病気と飢餓にさらされる存在だったり。

 もっとも弱い部分を守らなければならない。
 
 「普遍」を信じることは、人間が相互につながりあった運命共同体であることを信じることだから、そのもっとも弱い部分を守らなければ、船は、必ず、沈むのである。

 

 
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# by mariastella | 2008-12-15 00:54 | 雑感

シャルコーとフロイト

 19世紀終わりにヨーロッパ中で超有名だったシャルコーは、精神病理学のその後の発展やら精神分析学の登場によって、長い間かすんでいた。

 といっても、私のように多少なりとも、キリスト教の神秘家の言動を研究してきたものにとっては、シャルコーのヒステリー研究はほとんど出発点でもあり、信仰によってヴェールをかけられた神秘家の姿を、「医学」の名のもとに「たっぷり」見せてもらえる気がして、ずっと参照してきた。
 それは、なんというか、日頃私の標榜するフランス風のエレガンスとは対極にあるExuberanceの極地なんだけど、非常な魅力もあった。

 シャルコーは、医学を意識して見世物、と言って悪ければ演劇化した人物で、サルペトリエールにおける彼の毎火曜日の公開公演といえば、とにかく老若男女のすごい娯楽だったらしい。

 たくさんの写真が残っている。

 当時登場した写真術は、感光させる時間が必要で、ヒステリー患者のアクロバチックな「硬直」が、それにぴったりだったということもある。

 でも、では、シャルコーが、神秘のヴェールをはいで宗教を神経症や異常心理学に貶めたのかと単純に考えると、全く違う。

 19世紀後半というと、科学主義や進歩主義が席巻した時期と思うかもしれないが、同時に、フランスでは、ルルドでの聖母御出現に見られるような、「信仰」のルネサンスの時期でもあった。

 そして、シャルコーは、どんなに野心的で興行師のように悪趣味のやつかと思うかもしれないが、実は、「患者を癒したい」という臨床の人でもあった。

 実際、彼が『La foi qui guerit(癒す信仰)』(1893)で、18世紀におけるフランソワ・ド・パリスの墓の土によって、奇跡の治癒を得た31歳の女性の話を分析する時、そこには信仰の否定や揶揄はない。
開いていた潰瘍が瞬時に治ったことについても、そこで彼はルイーズ・ラトーやアッシジのフランチェスコの聖痕を引き合いに出しながら、よく読むと、奇跡譚を否定すると言うよりも、「癒しの可能性」について積極的に語っている。

ジル・ド・ラ・トゥーレットなどは、これをシャルコーの「哲学的遺言」と形容してるくらいだ。

 ただし、彼の言う、「癒す」信仰とは、実存的な救済とは関係なくて、「信ずること」と「期待すること」の二つにかかっていた。キリスト教の「信仰と愛と希望」という三つの徳でなく、「信頼と期待」という二つが生む「癒す力」に注目したわけだ。それを引き出すのが催眠術でも巡礼でも祈りでも、彼には同じことだった。「癒す情熱」を彼は持っていたと思う。

 それなのに、彼のこの「哲学的遺言」は、政治的宗教的にすごい反響を巻き起こした。
 第三共和制の批判者、反教権主義者、として、取り込まれ、賞賛されたり憎まれたりしたのだ。

 初期のヒステリー患者の研究が、ヒステリーという語源に現れているように「女性特有」のイメージだったので、彼の「神秘家」を病人として分析する姿勢は、なんだか「魔女狩り」のような印象を与えがちだ。しかし、彼が「男性ヒステリー」の研究を発表した時から、それは、神経「トラウマ」の研究だという道が開かれた。当時はパーキンソン病などもその分析に入っていたのだ。

 男性ヒステリーの病因は、子宮にあるわけではない。脳のどこかに損傷があるはずだ。その「どこか」とは、「無意識」の宿るところである。
 
 彼がそう考えて、トラウマの「場所」を探ろうとしていた時期に、20代終わりの1人の青年が、奨学金をもらって、サルペトリエールのシャルコーのもとにやってきた。1885年の秋である。

 シャルコーの講義をドイツ語に訳したこの若い神経病理学者ジグムント・フロイトは、やがて精神分析学の父となる。精神分析学は、ヨーロッパの「無神論の歴史」において、決定的な位置を占める。

 10年後のシャルコーとフロイトの道は、ずいぶん違うようにも思われるが、実は似ているのかもしれない。

どちらも一見、宗教から距離を置き、人間の無意識に踏み込むことで、一種の「冒聖」を侵した。

しかし、彼らはいずれも、患者に全体性を回復させることによって、「癒すこと」を望んだので、臨床家であり続けたし、患者との連帯によって、語のもとの意味での宗教(Religion=結びつけるもの)者であり続けた。

 キリスト教と精神医学が真に手を取り合うには、さらに100年もかかることになるのだけれども。

 
 

 
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# by mariastella | 2008-12-14 23:44 | 雑感

Tony Judt のヨーロッパ

 フランスがEUの議長国だった半年もほとんど終わったこの頃、フランスでは急に、

 『Après-guerre. Une histoire de l'Europe depuis 1945』, Paris, Armand Colin,

 が話題になっている。「オバマのアメリカ」を前に、「世界が変わるかも」という気分があるんだろう。いかにもフランス人の好きそうな本だ。

 原作は 『A History of Europe since 』1945, Penguin Press, 2005』で、

 今ネットで検索したら、日本語訳も出てた。

 『ヨーロッパ戦後史 』 トニー・ジャット, 森本醇 みすず書房

 ここでは、21世紀はもうアメリカの時代でないばかりか、アジアの時代でもなくて、ヨーロッパの時代だと書いてある。冷戦は、共産主義と資本主義との戦いとかではなかった。ソ連邦によるヨーロッパの植民地化であり、それに対抗したのは、資本主義でなく、ヨーロッパ再構築のヨーロッパ主義だった。ソ連が瓦解した時アメリカはNATOによるヨーロッパの再分断を画策したが、失敗した。ヨーロッパの牽引力、ユニヴァーサリズムの理念が、アメリカの覇権主義に勝っていたからだ。

 冷戦とともに、NATOの太平洋ヴァージョンとして日米安保条約があったことを考えると、その後の展開には差がありすぎるなあ。

 著者は、1948年生まれ。無神論的自由主義者のユダヤ系リトアニア人を父にもつ英国人で、シオニズムにかられてイスラエルにも渡り、フランスのグランゼコールでも学び、今はNY大学にいる。
 彼のヴィジョンと、来歴は、切り離せられない。

 インタナショナルな人は「デラシネ=根無し草」になるとか、コスモポリタンは無国籍人だとか思うかもしれないが、実は、結構、ミュータントになる。
 私のことでも、フランス在住だから視点がユニークだと言われることもあるが、それはもう、視点や視座や視野が違うのでなく、視覚の解析の方法そのものが確実に変わってしまっているという方が近い。もちろん、出自がたとえばハーフでも精神はモノカルチュラルな人、や俺様キンダムの住民だっていっぱいいるんだけど。

  トニー・ジャットのような人も、単にヨーロッパびいきのアングロサクソン系ハイブリッドな人、というレッテルでは語れない、と思う。イスラエルにおける共同体主義の理想を過激に駆け抜けた後だからこそ、ユニヴァーサリズムのフランス型ヨーロッパ教の洗礼を受けて、新人格に到達したんだろうな。

 世界を変えるには、オプティミスティックな希望に裏打ちされた確信が必要なんだろう。
 
 思えば、今や、先進国の伝統宗教というのは、そういう無邪気な自信を失ったり封印したりしている。

 日本で買った『ジッポウ』(季刊・秋号ダイヤモンド社)という仏教雑誌に、島田裕己さんが、戦後日本の宗教シーンを俯瞰、分析していた。
 なかなか本質をついている。やはり、これも、彼の人生の果実なんだろうなあ。筆先のレトリックではない説得力がある。
 そして、これを見ていて、一体、戦後60年も、日本におけるこのような宗教的貧困の中で、「伝統宗教」は一体何をしていていたんだ、と愕然とする。

 まあ、この雑誌は、遅ればせながら、高齢化社会におけるちょっとエコで手軽な救済マーケットに仏教を注入しようとしているわけだけれど、日本の伝統仏教は、廃仏毀釈や国家神道によるトラウマが大きすぎたんだなあ、とつくづく思い知らされる。

 日本でマイナーなキリスト教は、16世紀末以来の切支丹狩りのトラウマは別として、明治以降は和魂洋才の名のもとに抑圧されたといっても、それなりに、「欧米」のオーラも享受したはずなんだから、戦後なら何とか、体制を立て直して進化するチャンスもあったろうに、何をしてたんだろう。

 法然は、「勝他(論争で他を屈服して得意になる)・利養(信者獲得による利益)・名聞(名声・名誉)」の邪道に陥るなと修行者を戒めたそうだ。その戒めが効を奏し過ぎて、なんだか、大手の伝統宗教はひたすら上品に自己規制して、必要以上におとなしくしてたみたいだ。

 カトリックなんか、戦後60年も経って、進学校やお嬢様学校のミッションスクールの実績作りは別として、ようやくイニシアティヴをとった宗教的自己主張が、4世紀前の殉教者の称揚だよ。
 前回のエントリーでも触れたが、新新宗教によるテロどころか、毎年の自殺が3万人という現在の日本の異常事態を見据えれば、他にやることがあるだろうが、と言いたくなる。

 キリスト教新宗教といえば、罪悪感や終末観をあおったり、若者をコミュノタリズムに閉じ込めたり、ペシミスティック、アナクロニックで後ろ向きなものばかり目立つ。

 確かに、今のカトリックは「福音宣教」は捨てていなくても、「信者獲得」は全然めざしていない。伝統仏教が多角経営や「ご縁のあった人に法を説く」だけで、積極的布教や折伏と縁がないのと同様だ。
 コミュニティ内の冠婚葬祭だけに専念するなよ。「普遍」宗教だろ。

 『ジッポウ』を見て、一部仏教が頑張ってるとはいっても、LOHASとか、エコとか、スローライフとか、中高年の心の健康とか、「体力が落ちた人のナルシシズムの要求に応える」っぽい仕様になってるのは、「?」だ。

 病や事故や老いや貧困などでナルシシズムやエゴイズムの維持に挫折した人には、「お手軽修業体験」だの、「仏教を楽しむ」だのは、もはや意味をなさない。老舗宗教の宗教者は、次の年の3万人の自死予備軍を1人でも救うことに心を砕いて欲しい。

 もし、「生きてる意味がない」とか、「苦しさに耐えられない」とか、「死んでしまいたい」とか思ってる人が偶然この文を読んだら、私のサイトに連絡してください。必ず、必ず、話をききます。
 
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# by mariastella | 2008-12-12 22:44 | 雑感

壊れものである権利

 来年の1月24日と25日にトゥールーズで、宗教者を中心にした大会がある。

 Fragilites interdites? Plaidoyer pour un droit a la fragilite

 というものだ。 フランスでダンボールに 「fragile」と書いてあったら、「割れ物(注意)」という意味だ。人が「壊れものである権利」の擁護がテーマである。

中心となっているのはISTR(諸宗教科学と神学研究所)の創設者Bernard Ugeux神父で、彼は、ここ数年、信仰における弱さの復権、擁護に熱心だ。

 私も昨年、『弱い父ヨセフ』(講談社選書メチエ)の中で、十字軍的、アメリカ的、あるいはイスラム過激派的な「強さ」とは、よく日本で安易に言われるような「一神教的」「狩猟民族的」な文化の強さではなく、ただ、権力拡大欲や開拓移民的メンタリティや部族父権的メンタリティなどの中に現れた一面であって、本来のキリスト教は、強いものは弱いものの中に現れるという逆説に特長を持つことに触れた。

 でも、Ugeux師は、私が言い控えていたことを堂々と言ってくれる。

 彼は、アフリカの悲惨を体験する中で、神の無力さを受け入れざるを得なかった、と言い切る。シスター・エマニュエルが、カルカッタのスラムで、乳児たちが次々と破傷風で死んでいくのを見ながら「神はいなかった」、と言ったのと同じだ。

 苦しむ人は、ほとんどいつも、見捨てられた、不当に罰せられた、と感じ、どうして神は何もしてくれないのか、と呻吟する。人は最も壊れやすい時、最も神を必要とする時、神への信頼を失って神に悪の責任をとらせようとするのだ。

 Ugeux師は言う。

 「神は全能ではない、神が一度も望んだことのない力を勝手に付与したのは人間だ。神は物事をあれこれ操作するのではない、神がするのは自分を捧げることだけだ。

 そして、神が自分を捧げるのを受け取ったりそれに合意したりするのは、人間の側にかかっている。

 悪は解決しない。悪は一つの謎であり続けるし、この世も不条理であり続ける。

 それでも、あなたに自分を捧げてくる神を受けいれてその愛を信頼するかどうかは、人の選択である。」



 で、愛を受け入れるのには、コツがある。

 それは、自分の弱さを受けいれて、差し出すことだ。

 これはすごく難しい。

 多くの文化の中で、すべての教育が、逆のことを称揚するからだ。

 より強くなれ、より大きくなれ、競争に勝て、自立しろ。

 新自由主義の時代には、自己管理に自己責任に成果主義が加わる。

 「全知全能」の神が権力者のモデルであり、権力の担保であったりもする。

 聖性とは完成への道を目指すことだという誤解もある。

 もっとやっかいなものもある。

 それは強さや全能の誘惑が、孤高への誘惑と結びつくことだ。

 Dereliction の誘惑である。

 一匹狼が、ゴルゴ13が、かっこよく見える。
 彼らは、人間の期待する全能の神を投影する姿だからだ。

 苦しみや痛みや絶望も人を分断し孤独の淵に追いやるが、
 強さや勝利の志向も、こうして、人を孤立させる。

 しかも、人は、そのような孤独が精神の「自由」を保証するものだと錯覚を起こす。

 孤高で強い人間の厳しく硬い殻には、「自らを捧げる神」をとらえるレセプターがない。

 猫と触れ合う時、どうする?

 猫好きの夢は、猫が、ごろにゃんと横になり、目をつぶり、喉を鳴らし、腹を見せて愛撫させてくれることである。

 もっとも柔らかいところ、もっとも傷つきやすいところ、もっとも壊れやすいところを、差し出してくれる。そしたら、私たちは、こちらも、一番感じやすい手のひらや指先で、そっと、そっと、羽のように、壊れ物をあつかうように、猫を撫ぜるのである。
 猫の自由も、尊厳も、猫好きの自由も尊厳も、失われはしない。

 ほんとうの自由とは、これに似ている。

 互いの柔らかいところで、もっとも弱いところで、人と人は、(人と猫は、人と神は)真につながるのだ。
 壊れ物である権利とは、自分を無防備に差し出す権利でもある。
 人は弱い時、「自立」を失う。寝たきりになった人は、体を触らせる。
 自分を自分で守れなくなった人は、助けを、世話を、受け入れる。

 人は自分の最も弱く、柔らかいところに、神を住まわせることができるのである。
 
 弱い神に背を向けたら、きっと、猫にも逃げられる。

 Ugeux師のいうキリスト教の神とは、そんな神だ。
 もっとも弱い人、もっとも小さい人に寄り添うことが神と出会うことだと、イエスも言っているのだから、そうなんだろう。

 日本の自殺者数は、毎年、交通事故の死者数よりひと桁多く、殺人事件の被害者数よりふた桁多い。

 強くなれなかった人、大きくなれなかった人、勝てなかった人、有用性を失った人、自己実現できなかった人、自己管理に失敗して自己処理を選択した人、痛い人、苦しい人、絶望した人、が自死を「選択」する。逃避もあれば、それが最後の尊厳だと思う人もいる。

 これは、大変な事態だ。少子化問題どころではないのではないか。
 
 人は、最も弱いところ、最も傷つきやすいところで、やさしく自由に結びつき、支えあえるのだということを、声を大にして呼びかけなくてはならないのは、日本じゃないのか?

 死ぬまで自立してピンピンコロリだとか、アンチエイジングだとか、いじめに負けない強い心とか、ポジティヴシンキングとか、念じれば通じるとか、努力すれば成功するとか、そんな言説の一つ一つが、どこかで誰かを、確実に、少しずつ、絶望の淵へ追いやっている。

 無神論より、怖い。

 



 
 

 

 
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# by mariastella | 2008-12-12 09:43 |

世界人権宣言デー

 12月10日は世界人権宣言の60周年記念日で、パリのトロカデロでは、60年前にこの宣言文を作った共同執筆者の「生き残り」である 91歳の Stephane Hessel が姿を見せた。

 アベ・ピエールが亡くなり、シスター・エマニュエルも亡くなり、ベルナール・クシュネールが「?」な言動を見せる今のフランスにおいて、ステファン・エッセルがいてくれるだけで、「理念の力」を信じられるし、彼のように、絶対に希望を捨てることなく戦うことでこの世を少しでも確実によくしてきた人と同時代にいることを喜べる。

 この人は、もとドイツ人で、トリュフォーの『ジュールとジム』(今検索してみたら、邦題は『突然炎のごとく』だった。なんて懐かしい)のジュールのモデルとなった作家の息子だった。20歳でパリのエコール・ノルマル・シュペリユールに入って、フランス国籍を取得、その後、ナチスの政策を攻撃し、フランスのレジスタンスにも参加したし、チャーチルもスターリンも手をつけなかった「世界人権宣言」を世に出し、移民労働者の人権のために戦い、人権を侵犯されている世界中の人のために奔走し続けた。こういう人がいるから、あらゆる誘惑に負けてとても人間的な展開をしてしまったフランス革命の価値ですら信じてもいい、と思えるのだ。

 そして非力ながら、私もユニヴァーサリズムの擁護に役に立ちたいと思う。

 昨日はフランスのライシテの危機についてアルテがドキュメンタリーと議論の番組をやっていたが、ドイツのムスリム女性のフェミニスト弁護士とフランス側はエリザベト・バダンテールが、そのたどった道は違うものの、異口同音に、文化の多様性の名の下に弱者を切り捨ててはならないことを強調した。なんと、国連は、たとえばアフガニスタンの女性のブルカ着用への「先進国」による批判などを「人種・文化差別」だとしているのだそうだ。考えたら、伝統を相対化して普遍理念に向かうような余裕のある「先進国」なんて、数からいうと世界のマイノリティだしな。

 フランスでも100年経って戦闘性をなくしたライシテは、本来の意味を失いつつある。「人間的に適用すべきだ」と言ってリールで公営プールに女性専用枠を設けたマルティーヌ・オーブリーのように、「マイノリティのリスペクト」がコミュノタリズムの侵食をゆるす口実にされつつあるのだ。
 人権とライシテはセットになっている。理念であるから、決して譲れない一線がないと意味をなさないのだが。
 マイノリティのコミュニティが政治ロビーとなって票田となるところに罠があるのだ。

 ドイツはババリア地方では今も公立学校の教室に十字架があるし、幼稚園からスカーフを被ってくるムスリムの女の子もいて、小中学校でも、ラマダンの時には子供たちがふらふらだから試験もできないそうだ。

 と、ここまで書いたが、その私の大好きなエリザベト・バダンテールの夫で、これもいつ聞き返してもほれぼれする死刑廃止演説

 (日本語訳がここで読める  http://kihachin.net/tips/badinter.html  )

をして見せたロベール・バダンテールが、最近、普遍的な人権問題にとって、国際刑事法廷の持つ意義を賞賛しているのを読んで、違和感を感じた。

 独裁者や虐殺者など、国際刑事法廷が執拗に追い詰める「人道に対する罪」っていうのは、時効がない。もちろん、その時々の国際的力関係によって、詰めが甘かったりお目こぼしがあったりするのだが、それでも、だんだんよく機能してきている、進歩している、と、バダンテールは言う。
 でも、たとえば、こういうのを見ると、やはりアメリカは日本に原爆を落としたことで罪に問われるのが嫌で国際刑事法廷の憲章を批准しないのかなあ、とか思ってしまい、犠牲者主義に気持ちが傾く。

 これに対して、哲学者のポール・チボーなんかは、法と政治は本来完全には切り離せないものであり、正義や公正の理念を、加害者を断罪して罰するということに収斂しては、ルサンチマンはネガティヴでアグレッシヴな方向にのみ向かう、と警告を発している。
 政治とは、国やグループの間の線引きをその都度調整していくことでもあり、常に未知の方をむいた試行錯誤である。それに対して法による制裁とは、基本的には、過去の作った基準でその後に起こったことを裁いていく。「人道に対する罪」を罰することには、何か、全能の傲慢さがつきまとう。ポール・チボーのキリスト教的な「復讐するは神にあり」という気持ちが、「人権法廷」を本能的に警戒させているのかもしれない。

 人道に対する罪から被害者や遺族を守ったり、復権させたりして、建設的なことにつなげていくのならいいけれど、人権の名の下に「過去の権力者」をなぎ倒していくのは、死刑と同じ「復讐の論理」ではないんだろうか。
 被支配者に対する生殺与奪の権を持つ権力者は、人の命にやすやすと軽重の差をつける誘惑に駆られる。そして、その芽は、きっと、誰にでもあるような気がする。
 たいていの権力者は彼らなりの「合法」の中で、人道に対する罪を犯しているわけだし。

 時代や文化を超えて広がった「普遍」宗教などには、そういう人間の法を超えたメタ基準としての「内的良心」をたてたものもあった。

 普遍を標榜する人権宣言も、そういう伝統の末裔にあると言えば言える。
 普遍的な理念とは、人間性を広げたり深めたりつなげたりするように働くならいいが、人を加害者と被害者や善と悪に分断して裁きあったり「落とし前をつける」方向に行くのはいかがなものだろうか。理念の敵は、相対主義だけではなく、教条主義でもある。
 
 死刑反対と、国際刑事法廷称揚とは、どこかそぐわないんじゃないだろうか。

 
 
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# by mariastella | 2008-12-11 02:49 | 雑感

キリスト教と精神分析

 フランソワーズ・ドルトー(Francoise Dolto)の生誕百年だそうだ。

 1977年に彼女が『Les Evangiles et la foi au risque de la psychanalyse』を出版した時、私はすでにフランスに住んでいた。当時、聖書を精神分析の立場で読むなどと言う本は結構流行っていたという記憶があり、数冊読んだ。わりと普通のことだと思っていた。
 カナの結婚のエピソードでイエスが母親を無視したのは、母の庇護を断ち切って社会的存在になるために必要な通過儀礼だったというような話だ。

 今になって、精神分析学者として高名だった彼女が、70歳にしてはじめてキリスト者であることを「カミングアウト」したことの当時の衝撃の大きさを認識した。

 精神分析学の世界は、ヨーロッパにおける戦闘的「無神論」の臥城であり、聖域だったからだ。

 当然、カトリックの側でも、精神分析界は悪魔の巣屈で、1952年にマルク・オレゾン神父が発表したキリスト教的生活におけるセクシュアリティの神学は禁書扱いになり、1960年には、聖職者が精神分析医にかかることを禁止した。

 第二ヴァチカン公会議で、ようやく心理学や社会学の有用性が認められ、つい最近、今年の10月30日には、ヴァチカンが、司祭の教育における心理学の必要性について文書を出したと言う。

 今や、神父で精神分析学者や心理学者などは普通だし、PSY (プシ=心理学や精神分析学)と SPI(スピ=スピリチュアル、霊性)はすっかりなかよし、カトリックの結婚の無効の条件に「愛情の未熟」などが加わったのは、その成果の一つだそうだ。

 どうしてこの二つがなかよしになり、互いをリスペクトするようになったかというと、互いに、自分たちはすべてを説明できない、と認めたからだ。

 自分が全能だと思うと、人は、神だの科学だのを私物化して支配の道具、裁きの道具にする。

 人の心の襞、複合性、神秘、それを謙虚に認めると、PSYとSPIは、和解し、互いにインスパイアし合い、他人を支配したり裁いたりする誘惑から身を守ることができる。

 無神論の系譜の中で、フロイトの占める位置は大きいのだが、ここでもまた、無神論というのが、結局のところきわめて霊的な探求だったのだということが明らかになってくる。

 無神論であろうがなかろうが、「他者」に向かう人はみな神の子だと、シスター・エマニュエルも言っていたなあ。

 
 
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# by mariastella | 2008-12-05 03:12 | 宗教

枯山水

 重森三玲の『枯山水』(中央公論新社)を読んだ。

 ものすごく明快だ。

 それにつけても、禅家の趣向というものの特殊性にあらためて感心する。
 水墨山水画が、従来の仏画に取って代わったと言うのは、考えたらかなり異常な事態である。

 幽玄とか侘びとか言うのも、「とても日本的テイスト」だと漠然と思っていたが、これも、考えたら異様だ。象徴的、高踏的、難解なものが、一世を風靡していいんだろうか。

 竜安寺式の配石について、芸術の造形深い近衛家の人が、

 「私テイノ者ノ見テハ好悪ノ論ハ及ガタシ、一向上ノ事ニヤ」

 と言っているくらい、難解だったのだ。

 貴族階級の  「優美典麗」な「池泉庭園」が、
 武士や禅家の 「枯淡雄勁」な「枯山水」に変わっていく。
 桃山文化にはその二つが共存していた。

 叙景と叙情が入り乱れて幽玄に到達するとそうなるらしい。

 風景画というものがない文化がある。
 ヨーロッパでも長い間、風景画というジャンルが登場しなかった。
 チベット仏教、チベット文化には、今でもない。

 ヒマラヤの雄大な自然があるのに。

 山よりも海や水の方が、叙景をインスパイアするんだろうか。

 重森三玲さんは、自分でも枯山水を作庭した。フランスのアーティストたちが高く評価してくれたと書いてある。
 その感じは分かる気がする。
 デザイン性が極めて高いからだ。
 フランス庭園は、自然主義的でなくデザインだからだ。

 多くのアート作品は、大衆を相手に売らんがために低下する、と重森さんは言う。
 幸いに作庭は、依頼主一人を理解させたらよい、依頼主を向上的に指導すればいいと言う。

 依頼主を指導することのできぬ作庭家の作品はだめだと。

 「庭園は、設計する以前において、依頼主を設計しなければならない」
 「依頼主を完全に設計することができて、始めて庭園の設計ができる」

 すごいなあ。

 このメンタリティも少しフランスっぽい。
 
 でも、フランスの宮廷美術は、優美典麗を追求し続けた。
 枯淡雄勁には転換しなかった。
 でも、高いデザイン性という点で、共通点がある。

 いろいろ考えさせられる論考だ。
 
 
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# by mariastella | 2008-12-05 02:36 | 雑感

横浜トリエンナーレ

 先月下旬、終幕近くに横浜トリエンナーレに行った。

 『タイム・クレヴァス』というテーマが刺激的だったのでわくわくしてたのだが、大きな物語はなく、単に「非日常」みたいな意味だったらしい。

 日本では「国際展」は、世界の一流アーティストを一堂に見られる、みたいな、オリンピックのような感じで「成功」したと見なされるのかもしれない。

 キュレーターとはオーガナイザーなのか、メタ・アーティストなのかという議論もあるが、参加アーティストに、もっとつっこんでテーマ性を要求したらおもしろかったのに。

 60年代からのハプニングとかフルクサスとかの回顧みたいな部分が多く、これじゃタイム・トラベルだなあと思った。60年代の前衛シーンはよく覚えているので、懐古気分にはひたれたけど。

 趣向が凝っているのが多くあって、たとえば、ロドニー・グラハムの作品なんかは、2006年の作を1969年作に見立てている。ジャガイモを銅鑼に向かって投げるパフォーマンスの映像も、わざわざ1960年代の服装で黒白映像を撮り、まさにタイム・スリップなのだ。本気で、1960年代の作品だと思って見てる人もいた。

 クロード・ワンプラーの「彫刻」は、白い台だけで、壁にかすかにシルエットみたいなのが見えるのだが、しかも、「時の彫刻」とか「無題」とか、「自分を食らうヴァンパイア」とか、会期中にタイトル進化してるみたいで、素材も詳しく書いてあり、後から確かめたのだが、音声ガイドでももっともらしく「彫刻」が解説されている。

 そして、その傍では、見えない彫刻をスケッチしていたり、コメントしあっている人がいる。
 私もはじめは、ある角度でないと見えないレーザー光線とかホログラムの映像なのかと思って眺めたのだが見えないので、じっと見ている女性に

 「私、見えないんですけど、どこにあるんですか」

 と間抜けな質問をした。すると、

 「いや、ここにあります」

 と真面目に答えられた。

 で、さすがに、これはジョン・ケージ作品みたいなパフォーマンスで、客の反応が作品になっているんだと気づいて、

 「あ、そういう風に答えろって、言われているんですか」

 とまた馬鹿な質問をしたら

 「いいえ」

 と冷たく言われた。

 芸大生だかのバイトなんだろうと思って、その後で通りかかった時もちらちら見たが、時々メンバーが変わって、いろいろな人が、見えない彫刻に手を触れるふりとかしていた。若者グループにもっともらしく解説する大人までいて、ヴァリエーションがある。一般客は遠巻きにして不思議そうに眺めるのだが、私のように「見えないんですけど」なんていう野暮な人はいないようだった。

 その後、新港ピアの会場に行った後で、またこの日本郵船倉庫会場に戻ったので、今度は遊んでやろうと思った。

 ほんとうは、その「彫刻」の前に行って、

 「なんて、グロテスクなんでしょう、これも、ショッキング指定(いくつかの作品はスプラッターみたいな血みどろ映像のために、不快感を与えるかもしれませんと注意書きがあったのだ。こういう、前衛アートのスプラッターも私は全然好きじゃない)すべきじゃないですか」

 と、デッサンしてるふりをしてるパフォーマーというかサクラに声をかけようと思ったのだが、そこはそれ、日本の上品な鑑賞者たちの前では、さすがに勇気が出ない。

 で、

 「あなたはこの作品のどの部分が好きですか?」

 と声をかけた。

 「え・・・そう、私はやっぱり、この・・お尻の部分ですかね」

 と美大生らしい女性が何もない空間を指して答えた。

 「ふーん、そうですかあ」

 と私は言って、その「お尻」に触れて撫ぜるふりをした。

 そして、耳につけた音声ガイドを指して、

 「いやあ、このガイドって、すごくよくできてますよー、このおかげで、見所がすごくよくわかりますよ」

 と言いながら、「彫刻」の周りをふるっとまわって見せた。

 あの女の子、きっと後から、音声ガイドを確認したに違いない。
 ガイドも決してネタをばらしてないんだけどね。

 新港ピアには大掛かりなインスタレーションがいろいろあったが、その多くは初日のパフォーマンスの残骸であり、こういうパフォーマンスとナルシシズムとの境界線が引きにくいこともあって、アーティストたちのの自己愛で腹いっぱいという気にもなった。

 もちろん、感心させられた作品もあったんだけど。

  1965年のNYの『カット・ピース』と、2003年のパリの『カット・ピース』を並べたオノヨーコはすごい人だ。 彼女の年齢と、立場と、時代と、NYとパリという場の差が興味深い。あれを見てると、NYでなくてパリに住んでることが嬉しくなる。

 5月に直島に行った時、直島で成功している、と思ったもの、つまり、その場でインスピレーションを得て制作するというような試みが、横トリでは、全部、ちょっとずれていた。

 直島にあって、横トリにはなかったもの、それは、エレガンスである。
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# by mariastella | 2008-12-05 01:50 | アート

宗教の世界における本物と贋物

 日本に帰国中、NHKの番組で、世界遺産のスリランカの聖地キャンディの仏歯寺の番組を見た。お釈迦さまの左の糸切り歯が納められた黄金の塔が信仰を集めている。入り口が男女別で、聖域ではまだ外なのに裸足にならなくてはならない。
 この仏歯堂は、直訳すると仏歯宮殿で、400年前にシンハラ王朝が築いた。シンハラ族は人口2千万のスリランカの70%を占める仏教徒だ。独立を目指すタミール人との内戦が20年も続き、10年前にはこの仏歯寺もテロにあい、巡礼者に死者が出た。

 1日3回、太鼓の音とともに、儀式の最後に扉が開き、強化ガラスの向こうに仏歯の入った容器が見える。7重で、ルビーやサファイアを配した豪華なもので、

 この所有者が歴代の正当な王、という王権の保証、
 仏歯によって国はさまざまな災害から守られてきた、という鎮護国家の道具、
 釈迦の生前の8万4千回の説教に直接触れた歯だから、教えがしみこんでいる、という、釈迦の教えへのリスペクトの対象、という仏法のシンボル、

 などの複合的価値を持つ。

 現在は在家総代が管理していて、仏陀が食事、歯磨き、水浴をしているかのように供養されるという。高野山の奥の院の空海の世話みたいなものだ。

 でも、これって、偶像崇拝? 執着を捨てろという釈迦の教えに合っていないのでは・・

 実際そういう議論も古来からあり、しかし、偶像を作らないからこそ、釈迦の遺骨や歯や遺灰(棺の灰も含む)にこだわったという面もある。後に、他の宗教と習合して、仏像も作られ、ものとしての仏像を崇めるのでなく、仏像を通して仏法を拝むのだとか、キリスト教のイコンのような理屈がつくので、即物的な遺骨の必要は、切実ではなくなったのかもしれない。

 しかし、亡くなった人のゆかりのものをいわば拠り代にしてパワーをもらうという類推呪術のような風習はどこにでもあるもので、仏像にも、額の白亳のところに、仏舎利をはめ込んでおく、というような例が多い。

 キリスト教の聖遺物も、それぞれの時代の意匠と造詣の粋を凝らした豪華絢爛な容器がたくさんあるが、メインは、きっちり「見せること」だ。

 キリストは昇天したので骨はないが、各種聖人の骨には事欠かないので、それをしっかり見せる。

 舎利を収めるストゥーパが、塔の形をしたものの発展系が仏教寺院の塔であり、中心線に納めたり、塔基の地下に埋めたりヴァリエーションがあるが、キリスト教会の聖堂も、祭壇の地下に聖遺骨を埋めたのが基本である。

 宗教の場というのは、みな「死」を要においているのかもしれない。

 中世ヨーロッパにも、そういう聖遺物商人がいて、多くの「贋物」が生まれた。
 それは本物らしく見せた贋物だ。

 つまり、本物であることが珍重されたからこそ、贋物マーケットも生まれたわけである。

 「本物か贋物か」という「鑑定」は、いつも重要だった。

 聖性の「シンボル」などではなく、本物性にこだわったのである。
 だから、骨っぽいのを見せる。
 古そうであればありがたそうだ。
 髑髏やなんかをビーズで覆って、見せながら飾ったりする。それが透明容器に入れられる。

 カトリックなんかでは、もうひとつ、「ご聖体」という、無酵母パンに一種の神降ろしの儀式をして、それが主の体になる、という礼拝の対象がある。これは、礼拝しつつ、拝領して食べてしまえるという、見方によればなかなか官能的な対象なのだが、「豪華絢爛な器」というのは、この聖体容器と、聖なる血になるワインを入れる聖杯とに、集中した。

 この二つは、見た目は、ただの丸く薄いせんべいとワインだと分かっているので、別に透明にして中を見せる必要はない。心の目で見るのである。それに毎回消費されて更新されるものだから、容器は容器として、独立した宝となる。権力や富の象徴にもなる。

 つまり、化学式を持った物質としては明らかにパンとワインであるものを「ご聖体」と見立てるのだから、そこには贋物とか本物とかいう議論はない。
 とはいえ、そういう見立て呪術をめぐって、懐疑で悩む人も古来いて、奇跡だのが起こったり、いや、いっそ、あれは単なるシンボルだからと解釈する宗派が分かれたり、いろいろあるわけだ。

 でも、伝統的な教会では、聖餐におけるイエスの「血と肉」の物質としての真偽は問わず、そのかわり、各種聖人の聖遺物、特に聖遺骨は、目いっぱい、物質的に、解剖学的に、こだわりを見せてきた。

 こういうと必ず、ヨーロッパは肉食文化だから動物を解体するメンタリティがあるとかいう日本人が必ず出てくる。

  私も最初はそう思った時期がある。
 
 日本で生まれ育った日本人なので、小さいときから、お寺などで「仏舎利」の展示を目にしてきた。子供だから好奇心や怖いもの見たさがあるから、「仏舎利=お釈迦様の骨」と言われたら、「ええっ」と思って目を凝らす。ま、たいていは、あきらかに貝殻でできたきれいな粒だったりする。だから、仏舎利とは本物でなく見立てなんだなあ、となんとなく了解していた。

 その頭で、ヨーロッパの教会にいくと、各種チャペルの中に、聖何たらの遺骨がしっかり飾ってあり、誇りにまみれた立派な腕の骨に刺繍のされた朽ちたようなリボンが結んであったりするのを見て驚いた。

 日本でも有名なザビエルの右腕みたいに、ミイラみたいなのも、しっかり出回っている。

 比較的最近亡くなった聖人候補でも、遺骨を切り分けたりするのも普通だ。
 
 肉食文化だからというより、埋葬文化だから、という方が当たってるかもしれない。

 火葬は日本に仏教とともに入ったが、日本の聖性の観念とはわりと相性がよかった。この編のところは『聖女の条件』(中央公論新社)に書いたことがあるので。ここでは繰り返さない。

 で、日本の密教系新興宗教が、スリランカから釈迦の真骨を日本に持ってきたということを読んだときに、「おお、本物は真骨というのか」、と感心した。新宗教の権威付け、効験あらたかそうである。
 
 ところが、少し調べると、鎌倉の円覚寺舎利堂には釈迦の奥歯があるというではないか。
 これも、全然公開する意思も要望もないみたいだ。

 真偽はどうでもいいのか。

 舎利信仰は、最初に八つに分けられたがその確実なものは発掘されていない。
 仏陀の舎利は硬くて打っても砕けず、弟子の舎利なら砕ける、と『法苑珠林』にあるそうなので、10大弟子などの遺骨もまあ祀られていたのだろうし、釈迦のそれが、フェティッシュなパワー信仰の対象になっていたのは想像できる。

 それなのに、それなのに・・・

 アショカ王が、最初の8分骨の塔を発掘して、細かく砕いて、仏舎利塔を新たに8万4千も作らせた、という。
釈迦の骨なのにそんなに簡単に砕けちゃったの?とがっかりもするし、そもそも、8万4千って、細かくなりすぎないか。

 三蔵法師は、一寸四方の如来の頂骨(黄白色で髪孔分明)を見たと言ってるし、毎月15日の夜に光を発する仏舎利1升余の話だとか、玄照法師も頂骨を見たし、150粒中国へ請来したとも記録がある。

 このへんは、まだなんとなく、「この目で見た!」的な「本物」志向が感じられるのだが、この後、舎利信仰はリアル路線からどんどん外れる。第二次舎利信仰である。

 高僧の至誠によって、舎利は「感得」されて、出現する。
 霊験譚が広がり、舎利は増えたり減ったりする。

 こうなると、さすがに「真骨」は足りなくなるし、すでに「真偽」なんかどうでもよくなって、中国の僧が、石英、真珠、水晶など持って、「真骨」とされるものの前で供養すると、あら不思議、それらが舎利の代替品になる。

 つまり、神降ろしによって無酵母パンがそのまま主の体になるのと同じシステムができたのである。そうやって今全世界に2トンと言われる仏舎利が拡大再生産された。

 これって、なんとなく、「コピーでもいいんじゃない、それが何か?」っていう中国っぽいメンタリティと関係がありそうに思えるのは私の偏見だろうか。

 キリスト教の殉教者や聖人は今も生まれるので新しい本物の聖遺骨は登場できるが、釈迦の骨は、なんだか水増しされてしまった。

 そうやって中国に大事にされてたのを、たとえば鑑真が754年に日本に三千粒持ってきたり、806年に空海が80粒持ってきたりした。

 その80粒の「根本舎利」というのがあら不思議、12世紀には真言寺院全体で4102粒になっている。大師信仰の拡大とともに日本製のものも加えた信仰マジックであるらしい。

 そして、奈良の室生寺には、その空海が、これは絶対に効く、と言った、8万4千粒の仏舎利があって、それが元寇の危機の際に、北条氏に分けられた。

 4粒。

 8万4千粒もあるのに4粒かい。

 しかし、さすが室生寺の仏舎利、4粒でも神風が吹いて蒙古を防いだね。

 その室生寺と東寺の仏舎利4粒ずつをおさめた弥勒菩薩坐像が2007年に、称名寺で発見された。
 それが今、一般公開されているのが、称名寺境内にある金沢文庫である。

 今回、私が日本に来て訪ねるのを楽しみにしていた『釈迦追慕』展がそれだ。

 石英かなにからしいが、肉眼では芥子粒ほどでよく見えない。

 見てる人たちも、これが、釈迦の遺骨かどうかなんていう発想はゼロである。

 「お釈迦様の舎利なんだから、ありがたいですよ、拝まなきゃ」

 と言ってた人は一人いたが。

 「本物だと思いますか」

 って聞いてみたら、ふっと、笑われた。

 展示を見た後、金沢文庫の図書室で、

 景山春樹『舎利信仰』その研究と史料 1986 東京美術

  『仏舎利の荘厳』奈良国立博物館編 昭和58年 同朋社出版 

 の2冊を読んでコピーもとった。

 しかし、うちに帰ってネットで検索すると、名古屋に、覚王山日泰寺というのがあり、. 明治33年にシャム国皇帝から贈られた釈迦の遺骨を奉安するために明治37年に創建されたとあるではないか。

 超党派で管理されていて、有名だそうだ。

 といっても、別にその遺骨を見ることができるわけではなさそうだ。
 ぜひ見たい、とかいう人もいなさそうだ。

 この舎利は、1898年にイギリス人が発掘したもので、今のところ、最初の8塔の可能性が大とされているものである。
 そうなると、私なんかは、じゃ、釈迦のDNAとか取れるんじゃないかとわくわくする。あるいは、少なくとも、カーボン14かなんかでそれが何世紀頃の人骨だとかいう実験調査はしないのかと思ってしまう。だが、なんだか、日本人って淡白なのか、イエスの聖骸布とかをめぐってキリスト教世界が喧々諤々するような騒ぎは全然ないらしい。

 信仰の問題にも科学的決着をつけたい、とか、神の存在証明をしたいとか、原理主義と科学が対立するとか、そういうこと自体が、ギリシャ的主知主義世界で発展したキリスト教の「癖」というか宿命というか、メンタリティなんだろうなあ。アニミズム的呪術世界を切り捨てるようにしてキリスト教が生まれたというのは、こういう時につくづく納得がいく。

 でも、私は、すごく知りたい。

 何千年も前のエジプトのミイラはしっかり時代考証だの医学的考証がされている。

 エジプトの王様たちに比べれば、釈迦もイエスも、けっこう近い時代である。
知りたさ、は、信仰とは別に成立すると思うんだけど、タブーがあるのか。
 あるいは、あやしい霊験譚を駆使して民衆を煙に巻いてきた宗教側体制側に「不都合な事情」があるのか。

 私たちは、充分成熟した相対主義もそろそろ身につけていると思うんだけど。


 (お知らせ)今発売中の『新潮45』に裁判員制度についての記事を書いている。興味ある人はどうぞ。
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# by mariastella | 2008-11-19 20:11 | 宗教

黒人初の・・・

 オバマが当選して、繰り返し、「黒人初の・・」という言葉が流れる。

 私はこの言葉がすごくいやだ。

 彼がたとえばケニア国籍でケニア大統領に選ばれたら「白人初の・・・」なんて言われるだろうか。

 「白人の血をひく」とか、「白人の母親を持つ」とかじゃないだろうか。

 過去のアメリカの差別政策においては、何代さかのぼって黒人とか、黒人の血が何分の一かで黒人とかいう基準があったはずだ。プランテーションにおいて、白人の「主人」が黒人女性の奴隷に子供を生ませても、その子供は即黒人=奴隷でしかなかった、という状況を踏まえているからなんだろう。

 アメリカ第3代大統領のジェファーソンは、そうして生まれたハーフの黒人奴隷を妻の死後に伴侶として、そこに生まれたクォーターの子供たちの中には見た目はまるで白人のような子供がいたが、公式には一生奴隷だった。ジェファーソンの遺言で自由の身になったというが。

 つまり、アメリカにおける人種差別の根拠は、ずっと、「純粋白人ではない」というところにあったのだ。「純白」が少しでも「汚された」ら「不純」。

 私は、宗教上の食べ物の禁忌もすごく抵抗がある。

 その多くは、魚なのにうろこがないとか、ひずめが割れてるとか割れてないとか、要するに、カテゴライズできない中間的存在や曖昧な存在を忌避したり排除したりする考えに基づいているからだ。
 マジョリティに似ていないもの、秩序を乱しそうなものを劣等な存在とする排他思想や優生思想にも通じる。

 白人でも黒人でもないあたらしいカテゴリーがあってもいいし、そういうハイブリッドな存在が、社会の支配構造を決めるカテゴリー分類そのものを無化する牽引となってもいい。

 ユニヴァーサリズムを掲げるフランスでは、「人種別統計」は禁じられているので、アメリカのように「30代白人女性」は何パーセントオバマ支持とかいう調査は絶対に出てこない。「何系フランス人」という言い方も、公式には使わない。
 たとえそれが偽善だと言われても、そういう姿勢はフランスを居心地よくするし、カテゴリー外のハイブリッドな人間をどんどん送り出そうとしている私にはかなり重要な部分だ。

 だから、オバマにつく「黒人初の・・」という形容を聞くたび、暗くなる。
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# by mariastella | 2008-11-06 00:30 | 雑感

オバマのハワイ里帰り

 オバマ大統領候補を育ててくれたハワイのおばあさんの具合が悪いというので、彼が48時間、選挙活動を中止してハワイへ帰るという記事があちこちで出ていた。

 この大事な時に、家族のために留守をするというのは、

 もう勝利は確実という自信がある、

 家族を、しかも目上の年寄りを大事にするという人間的な側面をアピール、

 などの理由があるかもしれないが、こちらで見るどの記事にもおばあさんと抱擁する彼の写真などが出ていて、そのおばあさんが典型的な白人だということが嫌でも目に入る。

 確か、アメリカでは70年代だかの知事選挙で、黒人候補にみなが投票したといっていたのに、蓋を開けたら落選したという事件があった。表向きは応援していた白人の中で、いざとなったらどうしても黒人に投票するのに抵抗があったということだろう。

 今は時代が変わったが、それでも、今のオバマ優先の空気の中で、やはり彼の肌の色への差別意識というのが消えたとは思えない。ヒラリー候補だって、女性差別主義者から明らかな嫌がらせを受けた。

 で、今回の選挙戦の最後の駄目押しに、オバマと白人のおばあさんの抱擁シーンをばらまいて、ほら、彼は白人の仲間ですよ、というサブリミナル情報を与えてるのかもしれない。

 そうだとしたらなかなかの戦略だ。

 ネット上のジョーク(?)にこんなのがあった。

 本当に差別がない社会が実現するのは、黒人女性のローマ法王が誕生した時だ


 というものだ。

 アメリカ、どうなるのかなあ。
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# by mariastella | 2008-10-22 04:12 | 雑感

DSKのスキャンダル

 NYでIMFの専務理事をやってるDSK(ドミニク・ストロス=カーン)が、金融危機のこの時期に、もと同僚のハンガリー女性との浮気と彼女がやめたことについてスキャンダルを言い立てられている。

 浮気は去年のことで、彼はそれを認めた。

 アメリカでだからこうなったんだそうだ。
 フランスなら浮気の真偽を本人に問いただすという展開にはならない。

 「アメリカでは、公人が公共の場で嘘をつくのはモラル上の大罪だからだ」

 とフランスのメディアは解説している。

 アメリカはピューリタン的で性的パラノの国だから、とも言っている。

 夫人がコメントしなければならなかったのもアメリカならでは、だ。

 サルコジの女性経歴はお笑いだが、DSKはまったく反対のキャラなのに。

 夫人は、「どのカップルにも必ずあり得ることで、私たちにはもう終わったことです」

 みたいな発言をしている。ともに団塊の世代で、ジャーナリストの夫人は再婚だが、DSKは彼女とともに新たに生まれた、というくらい、強い絆だったみたいだが。

 「浮気」はひと晩だけだった、とかいうのも、何かかえって生々しくて嫌な感じだ。

 調査中で、女性の退職について、彼が退職に追い込んだとか退職の条件を有利にしたなどの事実が発覚すれば、DSKは辞任に追い込まれるそうだ。アメリカでIMFのトップで、今の時期に、フランス社会党からの大統領候補(党内選挙でセゴレーヌ・ロワイヤルにやぶれた)だった彼の手腕が期待されていただけに、彼の足を引っ張っているのは一体だれだろう、と詮索したくなる。

 しかし、そもそも、既婚の60年配の男が、要職について大事な仕事してるのに浮気なんかするなよ、とやはり思う。
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# by mariastella | 2008-10-22 00:18 | 雑感

アメリカ大統領選の宗教ボキャブラリー

 夕べ、TVで、アメリカ大統領選と宗教についてのドキュメンタリー番組を見た。ベルギー制作でヨーロッパ目線なのだが、1人のイスラエル人がアメリカを旅して取材するロード・ムーヴィー風になっている。

 後で、ドイツ人、フランス人、アメリカ人などをまじえた討論があった。これを見てる平均的フランス人の視線がすごく分かる。アメリカのキリスト教はヨーロッパの16世紀以前のキリスト教じゃないか、とかいっている。驚きは日本人でも同じだろう。

 それは、

 なんだ、アメリカって全然「政教分離」してないじゃないか、


 などというレベルのものではない。

 
 こいつら、ほんとに、本気で、こんなこと信じてるのか?

 という感じである。

 「オバマは神が遣わせてくれた人」

 「神に選ばれた」

 なんて熱狂している。

 実際、候補者の演説もすごく宗教的含意に満ちている。

 フランスでは絶対あり得ない。
 その点では日本と同じだ。

 これまで、何となく考えてたのは、

 アメリカは神の国として建国したので政教分離がもともと無理、

 1960年代や70年代のリベラルの反動で宗教右派が台頭した、

 などというファクターだった。

 でも、昨日の番組を見て、はっきり分かったのは、

 ケネディからニクソンまでは、大統領選のディスクールのパラダイムが今とははっきり別だった。
 アイルランド系でカトリックのケネディは、当選するために、「政教分離」のパラダイムを創始せざるを得なかった。それは1960年から1976年まで機能していた。

 それがウォーターゲイト・スキャンダルで壊された。

 そこに登場したのが、政治の言説にモラルを導入したカーター(民主党!)である。
 「モラル」を担保したのが「信仰」だったのだ。

 後のブッシュ・ジュニアと同じ「ボーン・アゲイン」もそうだが、要するに、「神を信じているから自分は絶対に嘘をつかない」、と言ったわけである。(中絶だの同性愛者の結婚だのは、1976年にはテーマにはなっていない。それは当時マイノリティの意見で政治的でなかった。)

 それから、パラダイムが劇的に変わり、それ以来の候補者はみな多かれ少なかれ聖書の「預言者」として自己演出するようになった。宗教右派の原理主義的テーマは、後になってそれに利用されただけだったのだ。(今はそれが踏み絵のような肥大したファクターになった。)

 オバマの場合はキング牧師のイメージも使っているからすごく預言者的だ。
 黒人のブラック・チャーチは、もともと、教会が彼らの学校で病院で公民館の役割を果たしていたので、政教が切り離せない。オバマは意識してそれを利用している。

 で、実際、彼がどれだけ宗教的言辞を弄しても、中味は、かなりプラグマチックな人だろう。
 でも、大統領選の演説では預言者としてふるまう、これがもうお約束のレトリックになっているわけだ。とはいえ、よくもこれだけ聖書的せりふを振り回せるなあ。
 モスクでの取材もあったが、大統領選の「神」や「預言者」はみなユダヤ=キリスト教の神だから自分たちは居場所がない、と言っていた。

 熱狂してる人たちは、果たして、どの程度「演じて」いるんだろう。
 内心の虚実の具合を知りたい。

 経済恐慌のせいで、神懸り言辞よりももう少しリアリティのある言葉も最近は出てきたが、そもそも権力志向の政治家なんてほんとに神なんて信じているんだろうか。

 
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# by mariastella | 2008-10-16 02:59 | 宗教

ネコの自由と安全

 今朝のラジオで猫論議をやっていた。

 猫マンガとか猫事典とか書いてる人たちの座談会だ。猫好きな人ばかりだから、聞くほうも馴れ合いの安心感がある。

 猫がヨーロッパに入ってきたのは、ネズミとともに、なんだそうだ。ネズミとペストが一緒に入ってきて、その解決策として猫が導入されたんだそうだ。

 黒猫が魔女とともに焼かれたのは、そもそも猫が尻尾を掲げて、尻を見せることが、性的だと見なされたので、娼婦や魔女と結びつけられたとか。

 猫を飼う人は自分の生活に「予見不可能性」を引き入れている。
 猫を飼う人は「自由」の価値を主張する人である。

 ふんふん、まあ、この辺は、猫好きのお約束の自己評価である。

 で、室内飼いの猫について。

 猫を室内飼いする人は、猫の安全を求めている、と言う。
 
 で、猫を放し飼いにしないで、家に閉じ込めることは「自由」の謳歌に反しないか。

 すると、

 「自由は安全を含む」

 から当然だという。

 うちには室内飼いの3匹の猫がいる。

 彼らのせいで家も家具もぼろぼろだ。

 しかも、猫は自由、独立のシンボルみたいなイメージがあるから、それを妨げているのではという罪悪感がいつもあった。去勢しただけでうしろめたく、一生の借りを作ったような気もした。

 でも、ずっと彼らとうまくやっていて、彼らが「いい感じ」なのは分かる。

 最初の猫は車に轢かれて即死した。
 次の猫はどこかで毒を撒かれて死んだ。
 喧嘩の傷がもとで死んだのもいる。

 3年以上生きたのはいなかった。

 いろいろあって、ついに、完全室内飼いに踏みきった。

 それ以来、一匹も死なない。
 
 13歳が1匹に、8歳が2匹である。

 家具は傷だらけで私の手や腕や肩や背中も傷だらけだが、彼らには傷一つない。

 毛並みはつやつやのぴかぴかで、肉球も赤ちゃんのようにぷよぷよ。


 だから私の選択が「間違ってない」とは思ってた。

 しかしいつも罪悪感がはりついていた。

 「自由は安全を含む」(La liberte inclut la securite.)

 と言われて、10年来の罪悪感が霧消した。

 彼らの自由をリスペクトするには、安全を提供してやらなければならない。

 危険があると分かっているところに、自由に、勝手に、さあ、どうぞ、と送り出すのは本当の自由のリスペクトではないのだ。

 自由と安全はセット。

 自由のために安全を目指し、安全のために自由を行使できなくてはならない。

 子供の教育とか国の安全保障とかについても、いろいろ考えさせられる。
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# by mariastella | 2008-10-16 02:27 |

Les amants magnifiques

 いきつけの小劇場 Theatre du Nord-Ouest に、モリエールの『Les Amants magnifiques』を観にいった。

 今から年末くらいまでにパリにいる人、是非観にいって欲しい。

 あんまり観客が少ないんで気の毒だからだ。こんな良心的な上演がペイしないと、文化が貧困になってしまう。
 私は昔、6人から12人くらいまでのアンサンブルでいろんなところで弾いていた。中には、すごく客の少ないコンサートもあった。その時に言われたのは、「客の数が出演者の数よりも少なければ、出演者は上演を取りやめる権利がある」、ということだ。実際はそんなことは一度もなかったが、こっちが12人だと、思わず客の数を数えることもあったし、私がコンサートをオーガナイズする側になっても、サロン・コンサートなんかでお天気が悪くて7人しか集まらないことがあった。出演者は2人だった。まあ、そういう時に来てくれる人はモチヴェーションが高いし、密度も高いので、帰って充実して喜んでもらえることが多かったが、そんなわけで、小劇場で出演者の数と客の数を比べるのは癖になっている。

 で、今日の午後は客が私を含めて8人、出演者は13人である。だからすごく居心地が悪かった。しかもそれだけでも眼福って感じの「コスチュームもの」だ。私の他には年配の男性4人、中年の男性1人、中年の女性2人、みな単独客だ。なにしろ空いているのでバラバラに座っているからよく分かる。カップルで芝居を見物に来るのが普通のフランスではめずらしい。私は割引券を持っているので、13ユーロしか払わず、演出や照明や衣装など無視して単純計算しても、役者1人に1ユーロしか払ってない計算である。

 今シーズンはモリエールの芝居34作品の上演だ。この作品のように珍しいものが観られる。
 私にとってこの作品が絶対に見逃せなかったのは、リュリーの音楽にバロックバレーの振り付けがついていると思ったからだ。実際は、音楽は録音だったし、サラバンドなどの振り付けもたいしてバロック的ではない。というか、俳優たちは明らかにダンスの素養がない。
 
 でも、それはそれで悪くなかった。衣装が美しいこともあるし、劇中劇の設定がおもしろいからだ。それに、基本的に、16世紀以来のダンスの基本は poser しながら「歩くこと」である。かかとから、一踏みごとに体重をのせて、時間と空間をその度にたっぷり満たす。プリエやドゥミ・ポアントはそのヴァリエーションに過ぎない。ピョンピョンはねるのが民衆的なダンスから来てるとしたら、poser して、体の占める時空を移動させていくのが、領主や法官や聖職者の歩き方で、その発展形としての宮廷ダンスだった。
 女性の方は、poser というよりも、上半身のプレザンス presence が問題になる。足と腰にどうやって胸郭を乗せていくか、である。

 だから、poser と presence さえ成功すれば、音楽にあわせて歩くだけで、宮廷バレーは基本的に成功する。後は、文脈の問題だから、踊りのテクニックがなくても、それだけでは台無しになることはない。

 しかし、この作品が必見なのは、歴史的興味からである。

 これは、モリエールからリュリーに寵愛を移し、マドモワゼル・ラ・ヴァリエールからモンテスパン夫人に寵愛を移したルイ14世が、自分が愛人たちと踊るためにモリエールに書かせた舞踊劇なのである。ルイ14世、王妃、二人の愛人、王の弟、そしてモリエール自身も出てくる。モリエールがラシーヌだのコルネイユだのと決定的に違うのは、自分自身が役者で舞台監督だったことだ。この作品では、王や王妃たちが自分たちの役で出てくると同時に、劇中劇で踊ったり牧歌的な愛のコメディを演じたりする。
 散文劇のせいか、すごくリアルである。あの頃の、「恋愛作法」のややこしさと倒錯も実にリアルに伝わってくる。しかも言葉の力が強烈なので、大した話でもない恋愛シーンですら、それなりに迫ってくる。キャスティングもなかなかいい。衣装もいい。
 
 私は『バロックの聖女』(工作舎)の中で、ヴァリエール嬢とルイ14世の恋について書いた。この芝居が演じられた頃にはサンジェルマンの城で、ヴァリエール嬢はモンテスパン夫人と続きの部屋をあてがわれて、ほとんどいじめにあっていた。まもなく、修道院に入ってしまう。
 
 ルイ14世は、そういう時代にこういう劇を書かせて、その中で二人を出演させて、自分は劇中劇でモンテスパン夫人とキスするシーンもあるのだ。
 この劇の中心となる恋愛は、若い貴族の娘が二人の求婚者のどちらを選ぶか、それとも彼女にひそかに思いを寄せる将軍と結ばれるか、という話だ。それはそれで、この頃の恋愛の建前と本音がおもしろいのだが、どうしても、ルイ14世と二人の愛人とモリエールに目がいく。ルイ14世紀の時代に興味のある人にとっては、新鮮な光を投げかけてくれる作品だと思う。
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# by mariastella | 2008-10-12 05:40 | 演劇

ピカソの展覧会に行く前に

  今、グランパレなどで大々的なピカソ展をやりはじめたので、ラジオでいろんな話をしていた。ピカソの子孫もいる。

 芸術上の天才には生前不遇な人も多いのに、ピカソは「天才」だと認知されながら長生きした。

 天才だと自称あるいは自覚している人の99%は天才じゃない、しかし、すべての天才は自分の天才を自覚しているんだそうだ。天才の自覚は天才の必要条件(充分条件ではない)らしい。

 しかし、ピカソは、一生、失敗作を恐れていたそうだ。

 天才とは、「人と違う=オリジナリティ」を別に目指すわけではない。しかし、先行する天才の偉大さに追いつこうとする野心がある。

 コンセプチュアル・アートの人は同じコンセプトで連作する。
 「人と違う」コンセプトを発見したらせいぜい使いまわすとも言える。

 でもピカソは、失敗をたえず恐れていた。
 実際多作の中には凡作もある。
 それがまた次のチャレンジにつながった。天才とはそういう道のりらしい。

 「人と違う人」というのは天才でなくても存在するし、当然それを自覚している。その孤独は引き受けるしかないものである。

 キュービズムなんかは遠近法の革命で、コンセプトというよりパラダイムの変換だった。

 バルセロナのピカソ美術館にはベラスケスの模写連作の部屋があり、あれを見ていると、天才のクリエーションへの「迫り方」とは何かが見えてきて実に迫力があるのだが、今回の展覧会は、ゴヤやグレコやマネやアングルやセザンヌやらへの迫り方も系統的に見せているらしい。

 1947年にルーブルでピカソ自身が、ドラクロワの作品とそれをモチーフにした自分の絵を展示するという試みをした。その時、「ドラクロワがあなたの絵を見たらなんというと思いますか」、と聞かれたピカソは、「気に入ってくれると思う、ドラクロワだってルーベンスにインスパイアされたんだから」と答えたそうだ。

 彼が過去の大画家の作品をモチーフにヴァリエーションを連作するのは、たとえていえば、偉大な演奏家が過去の偉大な作曲家の作品を、楽器を変えたりテンポやニュアンスを変えたり、解釈を変えたりしながらいろいろな演奏を試みるのにも似ている。

 ヴラマンクによるゴッホやセザンヌの模倣は全然違った。
 彼は「演奏」していない。
 彼は、自分で「作曲」しようとしたのだ。
 彼は「他の人と違う」自分があり、それを自覚していたので、ゴッホやセザンヌをモデルにして、その「違い」を表現しようとして、ある程度は成功した。
 でも、ヴラマンクは天才じゃなかった。
 ゴッホやセザンヌと比べてしまうと、その格差に愕然とする。

 ピカソは天才だったので、「演奏家」としても優れていて、それを血肉にして自分の作品も創ったのだ。
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# by mariastella | 2008-10-10 22:23 | アート

踊り脳

 科学雑誌を読んでいたら、「踊り脳」の分析があった。アメリカとカナダの研究だ。
 実に興味深い。脳の部位の日本語訳を確認していないんでここでは詳しく紹介しない。
 
 普通は、音楽が先にあって、つまり、聴覚刺激があって、それにあわせて体が動くのが踊りだと思いがちだが、多分、体の動きが音楽の起源なんだという。

 すごい発想の転換だなあ。

 まあ、鳥の鳴き声とかは昔からどこでもあって、そのメロディー性はとらえられていたと思うけれど。それよりも歩いたり呼吸したり心臓の拍動とか、体の固有のリズムが先に自覚されていて、「体で拍子をとる」というのはヒトに固有なんだそうだ。脳内メトロノームがある。「リズム=命」である。

 脳のスキャナーに入った人に、タンゴの音楽を聴かせてそれにあわせてある足の動きを思い浮かべて足の筋肉だけ緊張させてもらう、スクリーンの上で足をすべらせてもらう、それを音楽なしで自分でリズムをとったのと、音楽にあわせたのとを比べる。

 などいろいろな実験があるのだが、要するに、筋肉に命令する運動神経系と、自分の空間の位置をフィードバックするシステムと、体内メトロノームと、聴覚が複雑に絡み合っている。音楽が入ったほうが血流が増える。

 また、自分の踊ることのできるダンスを見るときは、あるいは、自分の踊ることができる音楽を聴くときは、運動のイメージが喚起され、視覚や聴覚が身体感覚になる。

 これは、クラシック・バレーのバレリーナに、南米の民俗舞踊を見せた時とクラシック・バレーのヴィデオを見せた時、あるいはそれぞれの音楽だけ聴かせた時、逆に、民俗舞踊の踊り手にクラシックバレーのヴィデオや音楽を聞かせたりして、脳の動きを調べた観察結果である。

 私がフランスバロック音楽がダンスのために捧げられたこと、フランスバロックを聞くときは、体を「動く固まり」として緩やかに動かしながら聴いてほしいこと、などを日頃言っているのともつじつまがあう。

 私は、たとえ下手でも、誰でも楽器や踊りを少しでも習えば、鑑賞のレヴェルが上がり、世界が広がり楽しみが倍増するといつも思っている。自分でも、多少とも自分で弾ける曲とか、踊れる曲とかを見たり聴いたりすると、全然知らないものと違う見方や聞き方になると気づいている。どこかでたまたまフレージングがリスペクトされたバロック音楽が流れていると、耳でそれを意識するより先に、身体感覚としてキャッチしていることもよくある。音が脳の聴覚を処理する部分に行き着く前に、身体感覚の方に情報が回っているのだ。

 何も、すごく上手な踊り手や弾き手になれなくてもいい。いや、一時期熱心に習ったという記憶だけでもいい。ミラーニューロンが刺激されて、体が「知っている」という感覚を呼び起こされて、動きや空間で、踊りや音楽をつかむようになる。

 フルート吹きは、オーケストラのフル演奏を聴いても、フルートのパートだけがはっきり別に聴こえてきたりするし、いわゆる絶対音感のないギタリストでも、ギターに関しては、あるいは自分の楽器に関しては絶対音感を持っている。

 私たちは「リンゴ」と言われると、リンゴの聴覚映像が浮かぶ。紅いか黄色いか、甘いかすっぱいか、大きいか小粒か、いろいろあるだろうし、リンゴの肌触りとか味とか、リンゴにまつわる思い出とか、いわゆるクオリアという質感もあるだろう。気候や文化によっても違うだろう。

 同様に、たとえば、私たちが「モーツァルト」と言われる時に喚起されるのは何だろう。いや、モーツァルトの何々という曲、と限定してもいい。
 楽譜だろうか。音符だろうか。出だしの音だろうか。ある音楽会の光景だろうか。発表会の思い出だろうか。

 モーツァルトの「オリジナル」というのはどこにもない。楽譜は楽譜に過ぎないし、あらゆる演奏は interpretation に過ぎない。

 この点で、たとえば、絵画作品なんかとは違う。絵画作品なら「オリジナル」があるし、「ダヴィンチのモナリザ」と言えば、思い浮かべるモデルもある。抽象的なリンゴよりも共通点がありそうだ。そして、モナリザを鑑賞するのに、模写した経験はなくても関係ない。模写したことがあれば、見方や見る角度が変わってくるだろうが、鑑賞において身体感覚とかミラーニューロンとはつながらない。古典小説を読む時も、別に、原稿用紙にペンをカリカリ動かしてとか巻紙に筆で書いて、とかいう真似事をしても、小説の内容とは特につながらない。

 ところが、能のような古典芸能の鑑賞となると、仕舞や謡曲を少しでも習ったことのあるのとないのではすごく違う。

 見るだけではだめみたいだ。

 これも、クラシックバレーの男と女のバレリーナで実験したそうだ。一緒に踊るので互いに互いの動きを熟知している。にもかかわらず、音楽やヴィデオを見せたり聞かせたりして脳を観察すると、プロプリオセプションとして体が反応するのは自分の踊るパートだけなんだそうだ。

 まあ、個々の動きでなくとも、息の継ぎ方とか、動きのタイミングとか、バランスのとり方、体重のかけ方とかだけでも反応するんで、とにかく初心者用のレパートリーの一部を入門程度でも、一度でもかじったことがあれば、音楽や踊りを「体の場」に取り込むのは可能だ。

 慣れもあるので、ある楽器の奏者やある踊りのダンサーは、異種の楽器やダンスに遭遇しても、楽にバリアを取り払える人も多い。可塑性を大きくするコツみたいなのもある。

 精神も同じだけれどね。

 そういえば、パーキンソン病は、踊りの実践によって、症状を軽減したり進行を遅らせたりできると、この記事に書いてあった。やはり、踊りと音楽に関する脳の血流の関係らしい。

 マンガ家のごとう和さんが、結構激しい民謡をやることでパーキンソン病が軽くなったという体験マンガを書いてたのを読んだことがある。彼女は、踊ることで高揚してドーパミンが出て気持ちが上向きになるからかもと言っていたが、もっと具体的な根拠があるみたいだ。覚えとこう。

 しかし、機械論的な体の研究と、それについて「考える」心の研究との間の乖離は、デカルト、マルブランシュ、ロック、バークレー、リード以来、あまり解消してない。聴覚や視覚など体と心を繋ぐ橋としての知覚現象も、体と心のアイデンティティに未だうまくつながっていない。
 
 「音楽を生んだのは体=踊り」ってのはいいヒントである。

 
 
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# by mariastella | 2008-10-10 01:16 | 踊り



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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