L'art de croire             竹下節子ブログ

La triomphante

Feuillet の la triomphante の一部(コントルタン・アン・トゥルナンのあるページ〉を交差する形で左右を入れ替わるという風に繰り返し繋げてルイと踊っていたら、クリスチーヌから交差する時にくっつきすぎだと言われた。最初のパ・ド・ブレ・アン・トゥルナンで背中をくっつけあうようにするところが、踊りにくいけれど見た目にはきれいだと思っていたのだが、クリスチーヌが手本を見せてくれた。実際はかなり離れているのだが、illusion optique でくっついているように見せるのだそうだ。

 これはバロック・オペラの舞台つくりも同じだ。その後の演劇やバレーやオペラにも継承されてきたが、幾層もの背景の遠近法でパノラマ効果や奥行きを出す。

 バロック・バレーは、基本的に、正面にいる王と王妃にどう見えるかということが基本だ。
 だから踊りの空間の取り方にも錯視が使われるのだ。

 当然といえば当然だが、今まであまり意識化していなかったので目を開かれた気になった。
 自分が踊っていたらなかなか「王の視線」にはなれないものだ。
[PR]
# by mariastella | 2009-06-29 19:53 | 踊り

William Blake

先の記事のアトス山のお宝展と同じPetit Palais でやっていたWilliam Blake展。

 陰影の多い刺繍作品と違って版画系は、立派な画集を手に入れてじっくり見ても、印象は対して変わらない気がする。これまでにさんざん見ているから既視感があるのも当然なのだが。ブレイクは、レリーフ的なテクニックをあみ出し、上からの色づけもしているから、なるほどと思うものもあったが。

 日本にいてはなかなか思いつかないことのひとつに、William Blakeのような人が、フランスではほとんど知られていないことだ。フランスの文化風景に入ってない。ジイドが詩の翻訳をしたし、熱心なファンももちろんいたわけだが、閉じられたサークルだった。日本ではなかなかメジャーでビッグ・ネームだと思うのだが。

 しかし、ブレイク自身は、フランス革命にとても影響を受けたりしている。いや、当時のヨーロッパは大々的に揺さぶられたのだから当然だが、特に彼は革命派だった。ヨーロッパの各国の歴史は共振し拮抗しあっているので、アートの発展や受容もそれとは切り離せない歴史的、心理的な出来事で、時には政治的な出来事であったりさえするのだが(現代では経済原理も大いに働いている)、それを目録的に広くキャッチしている日本の教養人などは、微妙なところが分らない。

 ブレイクは、小さい頃からの幻視者で、霊能者でもあったらしく、版画のテクニックも死んだ弟が夢で教えてくれたと言っている。ロマン派の嚆矢ともいえる表現だが、不安や恐怖を描くと迫力があり、詩作品と同様、精神構造の全体から眺めたくなる人だ。体質的とも言える幻視者や神秘家はいろいろあれど、その人たちのすべてに画や詩の表現能力があるとは限らない。
 ビンゲンのヒルデガルトとか、ウィリアム・ブレイクとか、はっきりと自分を幻視者と自覚し、カミングアウトして、しかも、それを表現する高度な能力がある人が作品を残してくれるというのは、非常に興味深いことである。

 その逆に根っからの芸術家で、表現方法を希求しているうちに次第に幻視者みたいな方向に行ってしまう人のほうは少なくないのだが。

 というよりも、芸術家などというものは、表現できないものを表現するという情熱に焼かれるものだから、そういう「あっちの世界」を向いた人でないとやっていけないんだろうが。

 先の記事で書いたジャン=イーヴ・ルルーの臨死体験に、まず、鳥がカゴから出て飛翔し始めるのだが、やがて、飛翔が鳥から出て行く、という表現があった。実に清冽だ。

 カゴの内部にいる時も、外は見えているのであって、カゴの中にいながら飛翔だけ飛ばすことのできる鳥もいるのだろう。
[PR]
# by mariastella | 2009-06-27 03:19 | アート

Le Mont Athos et l'Empire byzantin など

 コンサート類が終わってほっとしたら、Petit Palaisの2つの展覧会が終わりに近づいていたのであわてて出かけた。

 まずは、Le Mont Athos et l'Empire byzantin で、あのアトス山の修道院のお宝の数々を見ることができるというので見逃せない。

 世界中の、行きたい見たいと思うところの中で、行こうと思えば行くことができるのに、後回しにしたり機会を逃している場所は多々あれど、アトス山のように、頭から女人禁制(正確には、髭のない人間は入れないとあるので、要するに「女子供」ダメ、という場所である。で、無毛症の男性が修道士になろうとした時にいろいろ大変だったとギリシャで聞いたことがある)だと言われると、それだけで、ますます行きたくなる場所もある。2005年にエーゲ海クルーズをした時に正教の古い教会はけっこう見ることができたが、やはり、アトス山ほど魅力的なところはない。
 言ってみれば、中国侵入前のラサのポタラ宮殿というイメージかなあ。

 気のせいか会場には女性の姿の方が多い。

 しかし、期待が大きかったせいか、あまり感激しなかった。

 アトス山のようなところは、場のオーラ、伝統とその継承そのものが脈づいているのだから、そこから切り離されたモノが並べられても、そこに「ないもの」の不在ばかり目立つ。

 アトス山には今でも20の修道院があるが、隠者の小屋なども数えれば、400に上るそうで、その中には、「完全におかしい、奇人変人」もいると言われている。展示されている絵の中にも、その様子を描いたものがあり、柱の上で暮らし、吊るした篭に食物を入れてもらう修道士とか、膝で歩く修道士とかライオンに乗っている修道士とかがいる。初期キリスト教の「神の狂人」などと言われた隠者や苦行者のエピソードは数々あリ、何十年も柱の上で暮らしたシメオンなどの聖人も有名だ。でも、何となく、今は、そういう奇矯な苦行者はインドのヨギなんかを連想するのだが、アトス山に行けば本当に今もいるのだろうか。

 アトス山といえば私の好きな Jean-Yves Leloup が最初にアトス山に行った時、炎天下に山を登るのに疲れ果てて、倒れそうになった時のエピソードを思い出す。道半ばで、一人の修道士に出会った。救いを求めようとしたら、その人は、指を口にあてて自分がしゃべることができないことを示した。沈黙の行なのだろう。その修道士は、Jean-Yves Leloup を座らせて、どこかに姿を消した。疲れ果てた彼がぐったりすること1時間半、その修道士が息を切らして戻ってきた。その手には、水の入った錆びた椀があり、彼はそれをJean-Yves Leloupに黙って差し出した。修道士は、その水を調達するために1時間半も炎天下を駆けたのである。
 それを飲んだ時、Jean-Yves Leloupは、もう一生喉が渇くことはないんじゃないかと思ったそうだ。  
 この瞬間に彼は正教徒になったのだろう。

  Jean-Yves Leloup は、元無神論者で、若い時に臨死体験をした後で、神秘家になる。ドミニコ会士になり、神学者になった後で、ギリシャ正教に改宗するのだ。
 臨死体験の後で超能力を獲得したというケースはよく聞くが、臨死体験のあとで回心が起こるというのはありそうでない。

 彼が正教のヘシカズムの体験や、「神化」を語る時、私は、神秘体験についてこれ以上に明晰な説明を読んだことがない。いや、もちろん、ことの性質上、説明はできないのだが、よく分かるのだ。ネットで検索すると、 「ジャン・イヴ・ルルー 著 高橋正行 訳 『アトスからの言葉』 あかし書房 1982 」というのが出てくるのだが、絶版のようで、正教会文献目録みたいなところに入っている。実にもったいない。宗教神秘主義に関心がある人には必読だと思う。この「分りやすさ」は稀有なことだ。

 そのようなアトス山美術品展示の中で気に入ったのは、epitaphios という大きな四角い布で、イエスの磔刑図が刺繍してあるのだが、その精緻さに息を呑む。イエスの髪の毛一筋一筋やそこに流れ込む血や、顔の傷など、色や形やデザインとは別の細密さだけでも圧倒される。絹と金糸銀糸だ。

 このような、偏執狂的ともいうべき細かな作品というのは、いろんな文化に見られはするが、信仰というものはやはり関係するのだろうか。アトス山の修道士が刺繍しているというのは聞いたことがないから、専門のアトリエがあったのだろう。それとも修道女の修道院で作成されたものもあるのだろうか。刺繍作業と苦行と祈りと瞑想はどういう風に連動しているのだろう。

 しかし、epitaphios は正教の典礼に使うものだから、刺繍のアトリエは東西別だったと思われる。

 私は、アトス山の刺繍の布の美しさを忘れないうちに、次の日に、la Manufacture Prelleの展示会に行ってみることにした。ヨーロッパ中の聖母訪問会の刺繍作品を発掘してMoulinsの本部に美術館が作られているが、その一部が今パリで見られるのだ。その見事さを賛美していた記事をさんざん読んでいたので、アトス山の正教世界の刺繍と比べてみよう、と思い立ったのだ。

 すばらしかった。7月下旬ごろまでやっているので今パリにいる人は必見だ。
 しかも無料である。
 宣伝もまったくしていないので、行ってベルを押すと、「何を見てここに来たんですか?」と聞かれる始末だ。

 布で秀逸なのはビロードをGaufrageというテクニックで熱で型押しして、Moiré という効果を出したものである。Moiré というのは日本語で何というのか分らないが、サテンなどで、波型とか、木目の形が一面に入っていて反射する非常に美しいものだ、しかしそれは、遠目だと、光が飛んで、効果がはっきり見えない。それを、ビロードの型押しで表現すると、くっきりした波型になるのである。刺繍とブロシェの違いやいろいろなテクニックも、布の裏側とか見せて教えてくれた。この会場はリヨンの有名な絹織物工房のショールームなのである。

 私があまりにも熱心なので、織物の研究家ですか、と聞かれてしまった。
 いや、むしろ、聖母訪問会の創立者カップルの研究をしたことがあるんです、と答えた。

 余談だが、ここで、はじめて、Moulins の美術館のカタログを買って、フランソワ・ド・サル(サレジオ)の生前の肖像画などを見て、彼の目がおかしいのに気づいた。フランソワ・ド・サルは美丈夫で有名で、イエスに似ているとされ、女性にももてて、ジャンヌ・ド・シャンタルも夢中になったのだから、こんなに左右の目の大きさが違うのは意外だった。福者や聖人になってからの肖像画は普通に描いてあるので気がつかなかったが。その普通に出回っている肖像画を見て、どこが美丈夫なんだろうと思っていたが、アネシィでデスマスクを見たときになるほどハンサムで堂々としてしかもやさしそうだと納得したことがある。でもデスマスクだから目は閉じていた。生前の姿を元にしたと思われる画像には目の異常が認められるものがいくつかあり、銅版画などのせいか、左右が入れ替わっていることもある。それが生来のものだったのか、それとも、晩年のものか、なんだったのか、とても興味がある。彼が言われていたようにハンサムで女性に人気だったこと、その信仰書の書き方、しかしその外見の美のバランスを失ったことがあるのか、関係を知りたい。(知っている方は教えてください。)
 
 聖母訪問会の刺繍作品に戻ろう。時代的には、17世紀以降なので、正教のものより新しいものが多いが、このヴィクトワール広場での展示で光っているのは、それがフランスの文化の粋と連動しているからだろう。
 アトス山の作品が、1900年のネオクラシックなプチパレ美術館とちょっとずれているのに比べて、聖母訪問会の成り立ちから考えても貴族的な趣味と刺繍作品がプレルのショールームにぴったりだ。

 たとえば、1848年革命の時にチュイルリーに会った王家の衣装などが売りに出され、修道女がマリー=アントワネットのドレスを買った。未来のルイ16世が結納品としてオーストリアに送った花柄の布である。それに刺繍やレース編みをほどこして、司教の式服や聖杯カバーに作り変えたりするのだ。

 刺繍も、刺繍効果をねらったブロシェの織りも、みな、基本的にレリーフで奥行きがあるし質感が複雑で、光の反射具合も複雑なので、これらの作品は、実際に見るのと写真で見るのとではすごい差がある。超高級な工芸と言ってしまえばそうなのだが、聖母訪問会には、下図を描く修道女もいたらしく、依頼されたものを機械的に制作していたわけではない。芸術的才能や意匠の才能豊かな集団が思い切り贅沢に作品を仕上げたという感じだ。それを内側を毛羽立てた綿のカバーの中で大切に保存してきたそうで、実に眼福である。展示作品は触れないが、見本の布を触らせてくれる。これもなかなかサンシュエルである。五感で楽しみたい。思わず、

 ここでコンサートとかしないんですか?

 ときいてしまった。

 私はバロックのオペラ・バレーを演奏していて、ダンサーとコンサートしたいんですけど、ここはぴったりだと思って、と。
 
 そしたら、そこの責任者の女性とすっかり気があってしまった。何でも口に出してみるものだ。若い頃ならとてもできなかっただろう。

 ルイ15世時代のオペラだと言うと、ではその頃の布の展示会を同時にやって、それと一緒にというのはどうだと言ってくれた。

 来年の6月初めを考えているのだが、どうなるだろう。あまり広くない空間だが、もともと商売をしているわけではないのでオープニングの出し物として招待者だけ対象でもいいし。全然「民主的」でない手続きだが、「民主的」に何かやろうとすると今や、収支計算ばかりの世の中で、「この不況だからダメ」で終わってしまうのだ。

 せっかく久しぶりにヴィクトワール広場に行ったので、ノートルダム・ド・ヴィクトワールのバジリカに寄った。
 パリで「聖母御出現」のあった2箇所のうちのひとつである。だから、けっこう巡礼者が多く、門の前には物乞いも多い。聖母に願いをきいてもらおうとして(正確には神にとりついでもらおう)やってくる人々は、物乞いに何かやらないとまずい気になるのか、門の扉に、ここの物乞いは一人一日400ユーロ稼いでいて、元締めがいます。何もやらないことをお勧めしますという趣旨の張り紙がしてあった。でも、物乞いの目を避けてそんなものをゆっくり読んでる余裕はなかなかない。

 こういう「ご利益」のある巡礼地には、願いがかなった時に奉納する感謝の大理石の板がチャペルの壁を埋めているのだが、その中に、まだ新しい大き目のがあって2006年とあり、「L'étudiant eut recours à vous, le jeune docteur remercie」(学生がお願いしました。若い博士が感謝します。)と書いてあった。論文執筆中の学生が聖母に祈りに来て、無事博士号を得た後で感謝の Ex voto を奉納したんだろう。

 神学博士? ただの、困った時の神頼みか? なんとなく気持ちは分るので親近感は持つが、こうやって奉納板まで掲げるところを見ると、親がやったのかなあ、でも、博士号に来てまでそんなことするか?この人はバカロレアや修士号の時もこういうことしたんだろうか、と無駄に想像してしまった。



 
[PR]
# by mariastella | 2009-06-27 02:43 | アート

ジョニー・トゥ の『Vengeance 』

ヴァイオレントな映画のインプットはやめようと決めてるはずなのに、Johnnie To 監督の 『 Vengeance 』を観にいってしまった。 先のカンヌで、監督のJohnnie Toと主演のJohnny Hallydayの組み合わせが二人のジョニーということで話題になったこともあるし、年代的なことや、他のシチュエーションでも個人的に親近感を持つ事情があったので。

 すると、もう、バリバリのヴァイオレンス・シーン満載で、子供が殺されるというシーンまである。
 こういう「暗黒街の殺し屋どうしの対決」みたいな映画で、アジアが舞台でアジア人が出てくると、70年代にたっぷり見た東映系やくざ映画を反射的に思い出す。あそこではしょっちゅう県警とのいざこざがあったが、マカオや香港には警察いないんですか、というくらいの拳銃撃ち放題。
 新宿を舞台にしたようなマフィアの抗争ものなどは見たことがないので分らないが、こういうシチュエーションなのだろうか。(そういうのは『シティハンター』のコミックでしか見たことがない。)

 で、66歳の初老の疲れ気味のフランス男が、しなやかな肉体の中国人の殺し屋たちと組んで、夫と子供たちを惨殺された娘の願う復讐に乗り出すのだが、シナリオにいろいろひねりがあって、それこそコミック的な部分があり、つっこみどころも多く、ドラマとしては、迫力がない。街の傘のシーンやゴミ集積場の戦闘シーンなど空間の演出はさすがでシュールな感じもして綺麗なのだけれど。

 驚いたのは、英語でしゃべっていた主人公が、香港の海岸で、突然、跪いて両手を組み、フランス語で、「主の祈り」の最初の所を唱えて「私を救ってください」と神に祈るシーンだ。

 そのうちに主人公の脳内幻想のように家族の姿が海から現れて、彼を「復讐」に向わせる。

 その少し前に、彼はすべての記憶を喪失して、

 「復讐? 復讐って何?」

 と、彼のために最初の復讐を代行した殺し屋たちに言うのである。

 この手の映画で発せられるこのひと言の新鮮さが、いかにもオリジナルで、面白い。

 考えてみれば、この男は、復讐の念に燃えたとか駆り立てられたという感じではなく、最初から、それを演じているというか、頭の中で常に再構成しながら組み立てているので、その乖離ぶりが不条理である。

 そして最後は「神」まで動員して、エモーショナルではない復讐、情動のない復讐、だから当然カタルシスもない復讐を完遂するのだ。

 フランス人主演ということで、40年前のメルヴィル―アランドロンの『サムライ』のオマージュとも言われるのだが、全体に、ハードボイルドのパロディのようでもある。
 
 「憎しみと乖離した復讐劇」というオリジナルぶりで味のある作品だった。
[PR]
# by mariastella | 2009-06-24 17:43 | 映画

バカロレア

 今年も、フランス最大の通過儀礼、哲学のバカロレア試験が、先週いっせいに行われた。

 テーマをひとつ選んで4時間の筆記。

 今年のテーマは『言語は思想を裏切るか?』『不可能を欲望するのは不条理か?』(理科系)
『交換することで獲得するものは何か?』(経済系)などで、大体、予測できるテーマばかりで、1年間勉強してきたから楽だったと思う、というリセの哲学教師のコメントもあった。

 ここで言いたいのは、フランスの高校生がこういうテーマを準備したり、4時間もそれについて考えて何か書こうとすることに比べて、日本の高校生は・・・なんていうことではない。そういうことは考えないようにしている。

 言いたかったのは、ヨーロッパ連合27カ国中、哲学が中等教育の必修になっているのは、10カ国もあるということで(フランスの他、ルクセンブルク、オーストリア、ポルトガル、スペイン、スロヴァキア、ルーマニア、イタリア、ブルガリア、ギリシャ)、政教分離や宗教地図と歴史とを考えるとなかなか味のある分布である。
 必修と言っても、フランスのように国家資格としての通過儀礼になっているところは他にないようで、哲学史、テキストの論評、概念の解説、などに留まるところも多い。

 他の国は課目自体が選択制=オプションが多い。

 全くないところ(市民教育、宗教教育の中に組み込まれていたりする)が4カ国ある。

 それは、イギリス、アイルランド、ベルギー、ポーランドである。

 この顔ぶれも、興味深い。

 ヨーロッパの歴史は、キリスト教やローマ・カトリックと深くかかわり、ヨーロッパ近代の歴史は、神学と葛藤し、神学を非宗教化した近代哲学と深く関わっている。
 キリスト教が発展した土壌となったギリシャ・ローマ世界の哲学も低層にある。

 哲学教育をどう扱うかということは、ヨーロッパの理念やアイデンティティにおいてかなり重大なことであり、なかなかイデオロギー的なことでもあるのだ。

 
[PR]
# by mariastella | 2009-06-22 22:26 | 哲学

介護施設でコンサートをする

 昨日(火曜)は、日曜に続きコンサート。

 前から約束していた愛徳姉妹会の老人ホームのチャペル。

 オーガナイザーは、イランのファラ王妃の恩師として有名なシスター・クレールだ。彼女自身が91歳なので、私は、引退した年配のシスターたちのホームかと想像していた(愛徳姉妹会はフランスのソシアルの出発点ともなった由緒ある活動修道会である)。だから、私たちのトリオが、日本でも愛徳姉妹会の養護施設で弾いたりチャリティコンサートをした事などを、最初に話そうと思っていた。

 ところが・・・見かけたシスターは、シスター・クレールを入れてたった2人。

 後は、120人のお年寄りがいて、寝たきりの人や認知症の人も多い。
 つまり、シスターの経営する一般人向け施設だったのだ。

 ぎりぎりに着いたら、会場のチャペルには車椅子の人が何人かいたので、祈りに来ているのかと思った。

 ところがその後も続々、車椅子の人が、ピンクの制服を着たドイツ人介護士に押されて入ってくる。
 結局、舞台になる祭壇の前には、ずらっと車椅子が並び、無表情の人や頭が傾いたままの人もいて、ここはルルドですか、という雰囲気になった。後ろのベンチ席には、老夫婦なんかも座っているが。

 私がマイクで自己紹介を始めると、耳がよく聞えない人がいるからもっとマイクの近くで話すように言われる。
 えっ、耳、聞えないのか・・・? 
 演奏の時にはマイクの電源を切るのに。

 シスター・クレールが、45分で切り上げてくれ、その後寝に行く人がいるから、と言ってきた。

 曲目を少し削る。

 古いチャペルはいつもそうだが音響が良く、気分よく弾けた。

 そして、弾いていくにつれて、無表情だった人たちの顔が開いてくるような気がした。
 はっきりと微笑みが出たり、目が輝いてくる人もいた。何よりも、「開いてくる」というのがぴったりだ。
 さっきまでそこにいてもいなかった人が、だんだんと姿を現して来る感じだ。

 最後の方のダンス曲で、かすかにあえいでいるような息遣いがしたので驚いたが、それは、動けないお年寄りが、明らかに、リズムをとろうとして反応しているのだった。

 終わったら、お庭のバラをブーケにしてプレゼントしてくれた。どのバラも、可憐なつぼみはなくて、これ以上はないだろうというくらいに咲ききっていた。

 まっさきに私たちに話しにきたのは、車椅子だが活き活きとした女性で、昔は子供たちのコーラスを率いてヨーロッパ中をまわったという女性だった。もう一人は、クラシックは好きだがこれまでバロックは好きではなかった、今日はじめてバロックの新しい体験をした、と言ってくれた。

 シスター・クレールは、ルイ15世の宮廷にいるようだった、ピュアそのものだった、踊りたかった、と言ってくれた。彼女は、「実はすごく心配していたのだ」と言った。

 疲れると叫ぶ人がいるし、咳き込む人もいる。大体、チャペルまで来るかどうかも分からない人もたくさんいる、しかも、バロック音楽なんて、みんなじっと耐えられるだろうか。と心配でたまらなかったというのだ。

 そんな心配な状況だったなんて、知らなかった。

 シスター・クレールは、次回はスライドショーと組み合わせよう、とすっかり元気である。

 今回聴いた人たちが亡くなって次の人たちと入れ替わったらまたやれるし、って言う。入居待ちのリストは長いんだそうだ。

 シスター・クレールにはいつも驚かされる。

 年をとるのは、自分でそうと決めて、しかも暇のある人のすること、というのが彼女の信条である。
 彼女のように物質的な生活の心配がない人間は一生働き続ける特権があるのだそうだ。
 
 彼女は昨年転倒して大腿骨を折っている。90歳で骨折すると、さすがのシスター・クレールも、復活できないんじゃないかと懸念していたのに、手術し、リハビリに努めて、2ヵ月後には杖をついてパリに出てきた。昨日なんか、ほぼ飛び跳ねていた。
 ファラ王妃の伝記の中には、シスター・クレールはパリの商家の生まれで、その頃には珍しく、15歳まで洗礼も受けず、冒険ばかり夢見ていたとある。趣味は数学。遠くへ行きたい、数学を教えたい、という二つの夢を同時にかなえるために、宣教地の教師になったのだ。イランのミッション女子中学校ではじめてバスケットボール部を作り、未来のファラ王妃がその初代キャプテンだった。

 カンヌでグランプリを取ったアニメ映画『ペルセポリス』に、ジャンヌダルク校のシスターは厳しく、屋根裏に閉じ込められたという話が出てきたのを、屋根裏なんかはなかった、と閉口していたが、シスター・クレールは当時も今も、筋金入りの自由人であり、フェミニストである。

 シスター・クレールのファンである篤志家夫婦が持ってきたジュースやお菓子を摂りながら、明るいサロンで、イランのムサビ支持者たちのデモのニュースを眺める。彼女の状況分析は鋭い。

 いろんな時代や場所や文化や心身状態が交差した不思議なコンサートだった。
 
 
[PR]
# by mariastella | 2009-06-17 22:55 | 雑感

モデムと猫

 ここのところ、コンサートがつまっていて忙しい。

 うちの雄猫スピノザは、パソコン用のモデムのところで寝るのが定位置だ。

 枕、抱き枕、全身はみ出すが無理やりベッド、と3通りでいつも寝ている。モデムの置き方をどんなに工夫してもだめ。

 今度、直接触らないようなケースを作ろうと思っているが。

 湯たんぽ気分?

 電磁波マッサージで気持ちいいのか?

 猫の体にも悪そうだし、パソコンにも悪そうだし、すごく気になるが、いかにも気持ちよさそうだ。

 無理やり追い立てると、今度はキーボードの上に寝ようとする。

 何で?

 キーボードから無理にどかせても、尻尾だけぱん、と置く。スピノザの尻尾は重いので、画面がぱぱっとめまぐるしく変わる。

 まやはプリンターの上が定位置。そこからじっとカーソルの動くのを眺めている。

 「自然の驚異」なんて感じのppfが誰かから送られてきたのを開くと喜んで見ている。
 動物ものも好きだ。

 何でみんなパソコンの周りにいるんだろう。
 引き出しに猫用おやつを入れてあるからかなあ。
[PR]
# by mariastella | 2009-06-15 19:34 |

ソリプシストKのための覚書その8

 エリカがアメリカに一時帰国している今、チェコの女性と知り合った。

 私はすぐに彼女を質問攻め。

 Kの名は知っているが読んだことはない。Kが共産党政権下で禁書だったことも知っている。

 チェコのカトリシズムについて質問。

 教区はたいていみなカトリックの看板を掲げているが、内容は、カトリックとフス派に分かれている。その事実を知らない、気づかない人も多い。

 彼女の家族はずっとヤン・フスに忠実だった。カトリックのどんな教義も、批判精神なしに受け入れたことがない。共産主義政権が倒れた後、カトリックがまた勢力を増やそうとした。

 彼女(30代くらいだと思う)の両親は共産主義政治に巻き込まれないように精密科学の研究を選んだ。二人とも物理学者。そして家族はみんな自覚的フス派。カトリックは形だけ。

 とにかく、「白い山の戦い」以降、すべてが変わった。

 というのだ。

 エリカから聞いてはいたが、やはり軽く驚いた。

 共産主義の崩壊よりも「白い山の戦い」の方が画期的な出来事なのか?

 それって、1620年だ。何か、関が原の戦いの結果をずっと引きずっている、みたいな感じ?

 宗教の帰属の問題は根が深い。Kのソリプシスムが生まれたのは、そういう土壌なのだ。

 
[PR]
# by mariastella | 2009-06-09 02:52 | 哲学

Harmonie と parcimonie

 脳科学者のJean-pierre Changeux の『Du vrai, du beau, du beau』(Odile Jacob)という本を読んでいる。脳神経の働きから、真善美を語ろうというすごく面白い本だ。

 最近『自己組織化に潜むリズムと同定問題』(津田一郎、『言語』6月号)を読んで、なるほど感心したことがたくさんあった。実際は脳の中の細かいことをいくら言われても、リアリティはないので、実感として何かが分るということはないのだが、たとえば、哲学的な問題で全く実感のないテーマに科学の言葉で語られると、はっと納得した気分になる。例をあげると、この論文の中では、木村敏さんの時間論の、人が、少し前の自己と今の自己を同一視することによって自己が統一されるという理論について、その同定の幅が「30ミリ秒」だと説明されるのだが、それが非常に新鮮だ。

 Changeux の本は、全編、そんな感じで、脳波のリズムなんかから、真善美の認知や必要性について語ったもので、刺激的だが、学術語などには、私の知らないものが少なくないので、すぐイメージが湧かなかったりする。だから動植物ものや科学ものはできるだけ日本語で読もうと決めているのだが。
 たとえば、遺伝子のところで、「”drosophile”の場合」、なんて出てくると、見当つけてみたりするのだが、結局、グーグルで検索することになる。それで、何のことだかは、フランス脳的では理解できるのだが、対応する日本語は分らないので、思考ツールとしてはグレイゾーンが残る(腐りかけた果物なんかにたかっている小蠅なのだが、何でもいいからそれに対応する普通名詞をあてられれば落ち着く)。
 
 私は特に音楽と踊りとの関係に興味を持って、ニューロエステティックと音楽というところのを真っ先に読んだのだが、日本語の本はまったく知らなかったので試しに「神経美学」と直訳してネットで検索したらずばりその名前で研究室ブログや研究書の紹介も出て来た。

 この本に、脳は、Harmonie と parcimonie を同時に美しいと感じると書いてあったのだが、これも、適当な日本語訳がなんなのか、日本のこの分野では普通なんと訳されているのか知りたいところである。
 ハーモニーは部分と全体との秩序ある関係で、パルシモニーは複雑なものを簡単に表わすことなのだが、内容の簡略とか簡素化ではなく、無限循環小数を点で表わすとかの、表現の簡素化なのだが、何というのだろう。決まった術語があるなら知りたい。
[PR]
# by mariastella | 2009-06-08 21:49 | フランス語

シモーヌ・ヴェイユのトンでも説

 シモーヌ・ヴェイユは、キリスト教の初期に一種の陰謀仮説を立てていた。ギリシャやオリエントの宗教とのシンクレティックな混交の試みの痕跡を、ローマ教会がシステマティックに消し去ったというのである。

 一軍を率いる将のようなユダヤの民族神の征服欲は、ローマ帝国の征服欲に都合がよかった。
 
 エジプトやギリシャの神は、死の論理に加担しない「愛」の神の先駆で、キリスト教は、そういうオリエントの土壌で育まれた。しかし、その初期に、原罪とでも言える二つの汚染があった。

 一つは、ユダヤ人キリスト教徒によるユダヤ経典の聖書取り込みである。
 もう一つは、それ故に、ローマ帝国が、キリスト教のそういう「ユダヤ」の神の好戦的ナショナリズムを採用してキリスト教を国教としたことである。

 古代オリエント社会の中で、帝国主義的、民族主義的、選民思想があったのは、ユダヤとローマだけで、キリスト教の形成と採用でこの二つが結びつき、西洋の歴史を罪にまみれたものにした。それはイエス・キリストの目指した平和主義や愛の思想とは似ても似つかないものだ。

 とまあ、こんな感じだ。ネオプラトニズムやグノーシスムを引き合いに出して、またニコラウス・クザーヌスが異端でなかったことを引き合いに出し、よりギリシャ的な正統キリスト教があったはずだという仮説を立てる。

 普通は、イエスの頃のユダヤがローマの統治下にあったということで、支配者と被支配者の立場の差が考察の対象にされるのだが、ユダヤもローマもエゴイスティックなナショナリズムで、オリエント世界やケルトやゲルマンとも異質だと言ってのけるところがおもしろい。ユダヤ人の無信仰家庭出身の彼女ならではの着眼だ。

 実際は、キリスト教がローマ世界にどのように広がり定着したかについては、未だに謎の部分もあるし、当時の社会状況や思想状況についての新しい研究も今はいろいろ出ているので、このヴェイユの「陰謀説」は、彼女が該博な知識を駆使しているにも関わらず「トンでも説」に限りなく近い。

 いわゆる神学的にもつっこみどころはいろいろあるのだが、何というか、あのシモーヌ・ヴェイユがこんなこと考えていたんだなあと思うと、感慨深いものがある。思想には、色や香りがあるものだ。
[PR]
# by mariastella | 2009-06-08 06:37 | 宗教

フランス語の歌は聞き取りにくい

 フランス語の歌が聞き取りにくいというのはフランス人でも認める。バロック・オペラを聴いても一発で理解できた試しはないが、フランスでもちゃんと字幕がでるし、当時の上演でも、王侯たちは、台本を手にして見ていたらしいから、まあ、当たり前なのだろう。でもやはり、ネイティヴではないことがどの程度影響するのかと気になることも多い。

 新生児の最初の言葉を比べたドキュメンタリー番組(フランスの)で、英語圏の子供は、単語を発するが、フランス人の子は、文章を発し、日本人には赤ちゃん用の詩の言葉がある、と言っていたのを思い出す。
 その時は、詩の言葉というのがいわゆる幼児語を指すのだと納得しただけだった。
 英語圏の子には、単語だけ繰り返すが、フランス語圏の子は必ず単語に冠詞をつけて繰り返す。これで男性名詞か女性名詞かがセットになってインプットされるのだが、だから冠詞なしの単語だけの発話が遅いのかなあと思っていた。

 『言語獲得の基盤をなすリズム認知』(馬塚れい子、『言語』6月号)を読んで、とてもクリアになった。
 英語は Mommy、Daddy、 Baby などの語の最初に強勢が置かれるので、乳児にとって単語の切り出しがしやすいのだそうだ。フランス語は音節リズムといい、音節が同じようなタイミングで繰り返される。
 日本語は、ひたすら、長さであり、モーラリズムである。(モーラとは音節の長さを決める量)

 たとえば、誰でも知っている『きらきら星』の最初の方を見てみると、

 「き・ら・き・ら・ひ・か・る」これでは、モーラリズムで何語あるか分りにくいのだが、「きらきら」と繰り返しがあるので、そこだけは切り出しやすい。考えると幼児語は、繰り返しが多いし、オノマトペも繰り返しが多い。

 「Twinkle, twinkle, little star」 と歌えば、各語の強勢拍が小節の強拍に当たるので、子供は4語だとすぐに分る。

 これがフランス語だと、

 「 Ah, vous dirai- je, maman 」であるが、

 「 Ah・vous・ di・rai・ je・ma・man」と歌われるので、最初から言葉を知ってる人には分かるが、乳児による単語の切り出しは難しい。

 で、フランス人の子供は、ママンとかパパというような単純語は別として、文章を丸ごと切り出すようになるのだ。たとえば、「おいしい」というのを「C'est bon.」と言い、「青い」という代わりに「il est bleu.」と言う。彼らは、それが主語動詞形容詞の組み合わせだとかはもちろん知らない。

 だから、実は、フランス語にも、乳児の言葉の切り出しを容易にするように、「lolo=ミルク」「 dodo=ねんね」のような繰り返しの幼児語がたくさんある。英語の幼児語より多いんじゃないだろうか。

 近頃、「現地で通じるカタカナ英語」みたいなのがはやっているが、これも、よく見ると、発音の問題なんかではなく、強勢拍をモーラリズムで置き換えているのである。つまり、英語では、強勢拍の感覚が均一になるように発音されるので、その間の音節の長さが伸びたり縮んだりする。それで、モーラリズムのカタカナを調節する。 

 たとえば、「John bought a book. 」は、強勢拍が、3箇所の o に来て、等間隔になる。これを、
  「John purchased a book.」と言い換えると、o‐u‐o に強勢拍が来て、やはり等間隔だ。

 これをカタカナで「ジョン、ボート、ア、ブック」などというともちろん通じないが、
 「ジョン、ボータ、ブック」だと、モーラが三つずつでOK。
 次の文は、「ジョン、パーチェイスタ、ブック」と言っても、等間隔にならないので通じない。
 で、たとえば、「ジョーン、パーチェタ、ブーック」とか4モーラであわせると、通じやすくなる、という感じなのだ。
 
 日本語は8モーラが基本だというのを昔読んだことがある。

 5、7、5 のモーラの組み合わせも、

 「まつしまやxxx ああまつしまやx まつしまやxxx」という8ビートの組み合わせだというので、日本の子供の歌なども、これを抽出しやすいようにできている。モーラのリズムで切り出すのである。
 「きらきらぼし」も、「き・ら・き・ら・ひ・か・る・x」と8ビートから4モーラと3モーラを切り出すことになる。

 フランスでは、音節リズムなので、たいていは、脚韻である。
 ネイティヴでなければフランス語の単語を先に学んでそれを拾おうとするからけっこう聞き取りにくいが、子供の歌は、ほとんどすべて、韻を踏んでいるのである。
 「きらきら星」もそうで、最初の文は一体何を言っているのか分らなくとも、全部歌うと、脚韻がAA、BB、CCときれいに踏んでいるので文章の展開が複雑な割りに覚えやすい。
 英語の歌詞も脚韻を踏んでいるのだが、歌詞の内容や文の構成は、子供が言葉を覚えやすいように、フランス語に比べるとずっと単純である。フランス語は最初から脚韻へのなだれ込みを子供の印象に残すような感じで、詩の意味はけっこう難解なのである。幼稚園や小学校から、結構複雑な詩を意味も分らずに丸暗記させられる。これで、フランス語の音節リズムを体得するわけである。

 そんなわけで日仏英語は、リズム的に言うと絶対に混じらないから、話し言葉の使い分けは楽だと思う。
 でも何十年も自分がそれを意識化していなかったこと自体に、驚いた。

 
[PR]
# by mariastella | 2009-06-08 04:12 | フランス語

ヨブとシモーヌ・ヴェイユ

 旧約の『ヨブ記』というのは、旧約の神の全体的なイメージであり、人間が神に託す普遍的なイメージでもある、「報復による秩序維持」からずれている。普通は「勧善懲悪」とか「因果応報」というのが、人間の「公平感」に見合うのだが、現実には、ヨブのように完璧な「義人」が、なぜか、この世の不幸を一身に受けてしまうというような状況がたくさんある。『ヨブ記』はそういうこの世に「悪がはびこる」実情の説明としてよく引き合いに出される。

 正しい人、その正しさに見合った模範的な幸せな生活を送っていた人が、突然、これでもかこれでもかという不幸に襲われる。子供たちがみな死んだり、財産を失ったり、自分も病で最悪の状態になったり、「どうしてこの私が?」と神を呪いたくなったり、その理由を忖度したり、正義が信じられなくなったり、とっても人間的なテーマなので、宗教者や信仰者だけでなくいろいろな人をひきつけた。

 私が最初にヨブ記について考えたのは、高校生の頃に浅野純一さんの『ヨブ記の研究』(創文社)を読んだときである。
 私のような、平和な時代に生き実際の苦しみをかかえていない高校生が、「苦しみの中でも生きる希望を捨てるなというメッセージ」を切実に求めるわけはなかったので、ヨブ記をたどるのは、むしろ、怖いもの見たさというか、「正しい人がどんどん不幸になっていく」のを見ることのサディズムとマゾヒズムが混ざったような倒錯的な快楽があったのかもしれない。

 シモーヌ・ヴェイユのような立場の若い女性には、全く違ったものが見えてくる。

 シモーヌ・ヴェイユはユダヤ人なので、第二次大戦の文脈では理不尽に差別される側にいたが、家庭はユダヤ教を実践していなかったし、フランスに生まれて住むエリート女性としてむしろ、カトリック的な文化に親和性を持っていた。
 哲学者の中には、今の私から見ると若くして死んだという人もいるが、その哲学が完成しているというか、完結しているという感じの人も多い。でもシモーヌ・ヴェイユは、長く生きてたらどんな風に変わったろうと想像してしまう。彼女が第二ヴァチカン公会議を体験していたら・・・

 彼女はユダヤ人なのに、ユダヤ教にはひどく手厳しい。
 まあ、近代以降のキリスト教文化圏のインテリたちが、『旧約聖書』を前にして、あれやこれやと悩んだのはよく分かる。キリスト教神学が千年以上もかけて辻褄を合わせてきたいろいろなことが、裸の王様みたいに、批判されまくった時期があった。

 キリスト教文化圏生まれでもなく、ユダヤ人でもない私がこれまであまり考えなかったことで、シモーヌ・ヴェイユの 『Lettre à un religieux』 を読んでいて、軽く驚いたことが一つある。

 それは、彼女が、『ヨブ記』のヨブが「ユダヤ人ではない」ことに注意を向けているところだ。
 確かに、ヨブはウツ(死海の東南の地方)の生まれで、友人たちもユダヤ人ではなく、イスラエルがどうとか、選ばれた民がどうとか、神との契約がどうとかいう話はいっさい出てこない。

 ヨブはエゼキエル書(14、14-20)の中でノア、ダニエルと並んで、神の怒りに滅ぼされないですむ義人の代表として挙げられているが(それでも子供までは救われず、自分の命だけ救われる程度だが)、シモーヌ・ヴェイユに指摘されると、なんだか、「旧約の神って、ユダヤ=非ユダヤのダブル・スタンダード?」って言われてるみたいだ。
 ヨーロッパ人は平気でイエスを金髪碧眼の姿で描いてきたりしたし、日本人にとっては、ゲルマン人もラテン人もパレスチナ人もみんな「外国人」だからその辺の機微がぴんと来ないが、フランス文化に根を下ろすユダヤ人であるヴェイユにとっては少なからぬ意味があることなんだろう。

 ヴェイユはギリシア哲学に造詣が深かったから、比較文化的思考を駆使して、キリスト教の神を時間軸から超越した普遍的なものだと納得しようとした。その辺も、彼女が長生きして、ニューエイジだとか「文明の衝突」論を前にしていたら、どんなリアクションだったのか、知りたくなってくる。
[PR]
# by mariastella | 2009-06-05 19:56 | 宗教

ソリプシストKのための覚書その7

 エリカは今アメリカに一時帰っている。

 彼女はKの全集を出している途中のフランスの出版社に交渉したが、印税をもらえなかった。
 チェコで、新しい手稿が発見されたということで、アメリカから戻るとすぐにチェコに行くそうだ。
 
 不況のせいで、普通の翻訳の仕事も少なく、彼女の経済状況は悪くなっている。

 Kを紹介する本を何か書けばそれを日本に紹介する仲介を私ができるかもしれないと言ってみたら、とんでもないと言われた。Kの作品の彼女のフランス語訳(詳細な註付)を重訳する時間も力量も私にはないし、彼女は、自分の仏訳からの重訳で利を得るつもりも全くないと言った。

 そうは言っても、私にはチェコ語は読めないし、チェコの全集もすべて彼女が編集校訂注解したものである。
 1991年に39歳で死んだ彼女の夫(フランス人)の死因はエイズだそうだ。そのあたりの事情も複雑そうである。

 私は、このところKの著作を読めていないので、これ以上書けないのだが、Kのソリプシズムが、ユニヴァーサリズムの究極の形だというのはますます確信が持てて来た。
 この頃、何を読んでも、ああ、Kのソリプシズムはまさにこれなんだ、と思うことが多い。

 パリで今、聖母訪問会の修道女の手芸刺繍作品の一部を見ることができる。

聖母訪問会の創立者はサン・フランソワ・ド・サル(フランシスコ・サレジオ)とジャンヌ・ド・シャンタルという「霊的カップル」で、この二人の関係に私はとても興味があり、『聖女伝』(筑摩書房)で書いたことがある。彼らが死んだオーヴェルニュの聖母訪問会は、美術館もあって、修道女たちの数世紀にわたる珠玉の作品が展示されている。今回のパリの展示会のことで、聖母訪問会のサイトをネット上で訪ねたら、最初のページに、サン・フランソワ・ド・サルの言葉が載っていた。

 "La Foi est un rayon du Ciel,
qui nous fait voir Dieu en toutes choses
et toutes choses en Dieu."
Saint François de Sales

 「信仰とは、天から射す光であり、すべてのうちに神を見せてくれ、神のうちにすべてを見させてくれる。」

 すべてのうちに神を見る、だけなら、汎神論的でもあるが、神のうちにすべてを見る、というのとセットになると、それは、K のソリプシズムの境地に近い。


 新約聖書のヨハネの手紙1-4-12にある言葉、

 「いまだかって神を見たものはいません。
 私たちが互いに愛し合うならば、神は私たちのうちに留まってくださり、
 神の愛が私たちのうちで全うされているのです。」

 というのも、それっぽい。

 この最初の文は、今読んでいる Maurice Bellet の 『Dieu, personne ne l'a jamais vu』という本のタイトルにもなっている。この人は、神父で神学者で精神分析学者であり、30年前に『Le Dieu pervers(倒錯の神)』という本を読んだことがある。その頃はカトリック神学で精神分析学アプローチが結構流行っていて、私には新鮮に見えたのでいろいろ読んだのだ。で、30年後、彼がどうやって信仰を生きているのかと言えば、いや、小冊子ながらすばらしい腕の冴えである。

 その中に、人が人と連帯するところに生まれる躍動の中では、すべての人が「無限」を共有する、というようなことが書いてある。

 C'est, de façon décisive, ce qui se tient au coeur des relations humaines quand elles sont présence partagée, écoute réciproque, soin, partage, amour, et allant jusque vers l'ennemi et l'etranger. Au coeur de cet entre nous se tient tout l'insaisissable, qui fait que chaque humain est pour tout humain l'infini, et non ce qu'il peut saisir, par savoir ou pouvoir, y compris sous prétexte du bien ou de la vérité.(p77)

みんな違ってみんな特別、違いが個性、などという安易な言説の逆である。

 Maurice Bellet の語るのは、神や神々が消えてしまった世界で、人間がどのように「死の論理」でなく「生」に向かっていけるのかということであり、神という言葉がかって担っていた機能を問題にするが、特定の神を掲げるわけではない。

 しかしこれは、Kのソリプシスムにおける、私もあなたも、「すべて」であり「永遠」であり、支えあう「神」なのだというのにすごく似ている。

 この辺のニュアンスは、「神って愛だよね」みたいなクサイ言葉とか、それを揶揄するようなレベルにいては到底分らない。

 私がこういうことを話したら、エリカは反論しない。だとしたら、Kのソリプシスムの神学に関する私の理解や予感はそう外れていない気がする。

 Kと同時代のチェコの文学をちょっと読んでみようと思ったら、つい、脱線して、ロシアのアンドレーエフの『キリスト教徒』という短編に沈没した。証人として裁判所に呼ばれた娼婦が、自分はキリスト教徒でないから聖書にかかえて宣誓できないし、良心も持ち合わせていないから良心にかけて誓うこともできない、と言い張り、裁判官も検事も弁護士も陪審員も聖職者もみな、あきらめてしまう話である。洗礼を受けているからキリスト教徒だろうとか、イエスを信じてるならキリスト教徒だとか、みんなが何とか彼女のアイデンティティを押し付けようとするのに、彼女は、実にシンプルにすべての欺瞞をなぎ倒すのだ。絶対に古くならない名作である。

 
[PR]
# by mariastella | 2009-06-05 04:34 | 哲学

バロックバレーにおける足と脚

 バロック・バレーにおける身体感覚というものに、基本が三つあるというのは『バロック音楽はなぜ癒すのか』に述べた。

 1、 前は前、後ろは後ろ、つまり体には厚みがあるということ。気の流れが全身を貫いて行くというような線的なイメージやぎりぎりに絞った体のイメージに捉われない。

 2、 胸郭と骨盤を中心にした二つの丸い容器があるとイメージする。その容器には水が入ってちゃぷちゃぷしている。二つの容器は紐でつながっている。そのバランスを常に意識する。移動する時も、骨盤の容器の上方にどうやって胸郭の容器を乗せるのかを意識する。

 3、 体は常に動いている。 バランスが取れていても、動的平衡というやつで、完全な弛緩はない。


 で、胸郭と骨盤は分ったし、頭と腕の役割にもこの本ですこし触れた。
 触れていなかったのは脚と足の関係だ。

 体得したのは最近だからだ。
 ピエール・ラモーを擦り切れるように読み込むクリスチーヌ・べイルとの実践のおかげで。

 二つの容器が揺れる体重をどこで支えるかということであるが、

 ずばり、足ではなく、足と膝から下が一体になった部分で支える。
 膝は、必ず足の上にのっている。膝を曲げるプリエで曲がった膝は、足先上方にある。

 この位置関係が動かない。骨盤と胸郭を含む「からだ」は、膝から上の腿まで含んでいる。

 コアリズムという運動の変形をやってみよう。

 足を腰と同じ幅に広げて立ち、足先は30度くらいに外に開く。
 軽く膝を曲げる。その時に真上から見て膝が足をすっぽり隠すような角度になっていることが大事。

 これをキープしたままで、頭の位置も足の真ん中の延長にキープし、後の全身をローテーションしてぐるぐる回すのだ。コツをつかめるだろうか。

 これが、バロック・バレーの体重のかけ方の基本である。ジャンプした後も、膝を伸ばしていても、片脚でつま先立ちしていても、足と膝までが一体化している部分に体重がきれいに乗る。片脚の場合は当然体も頭も片脚に傾くが、足首で支えるわけではないので次のアクションに楽に入れる。
 もちろん足首が柔軟であることは大事だが、膝と足の方向が一定しているということが条件なのである。

 すでにこの件について試行錯誤してる人にでないとぴんと来ないと思うが、これをやると、重心をどんなに左右に移動させても、肩や体からずらせても、すごく安定感がある。

 弾力を途切らせないこと、それが重要だ。

 最近読んだ『言語』6月号の「リズムを科学する」特集の記事はどれも非常に刺激的だったが、『身体技能の習得に見られるリズム』(藤波努-北陸先端科学技術大学院大学)の中で、九谷焼の菊練利という手法において、体重のかけ方が、これに似ているのがおもしろかった。粘土は重くて固いのであるが、

 「熟練者は前傾時だけでなく戻し動作の時にも土を練っていたのである」(p30)。

 初心者は前傾する時に体重をかけて土をこね、、戻る時は何もしないが、熟練者は、戻る時に、腕をもう一押しして、その反発力で体を起こすと同時に土を練るのである。

 すごくよく分かる。

 体重と重力をいかに利用するかというのがすべての身体技能に共通している。楽器演奏だと体重は腕の重さだったり手の重さだったり指の重さだったりするが、少なくともそれを意識化しないと無駄が多くなる。一回の動作ごとに小さな死が通過するのだ。

 

 


 
[PR]
# by mariastella | 2009-06-03 19:28 | 踊り

フランス人と日本人の自虐の本音

 日本人は、よく「外人の見た日本人」の類が好きだといわれる。日本語は特殊だとか、日本文化は特殊だとかいうのも言われるのもわりと好きで、「ちょっとおかしいよ、世界のスタンダード(アングロサクソンのスタンダードだったりするが)とずれてるよ」、と言われるのも好きみたいだ。それと、自国文化を軽視したり、卑下したり、舶来崇拝があったりするのとは裏腹をなしている。

 フランスは日本のような「周縁文化」じゃなくて「中華思想」だから自分が偉いと見なしてるのかと思いがちだが、実は、フランス人も、「外人の見たフランス人」論が好きで、アメリカ人ジャーナリストが「フランスって変だよなあ」、なんていう本を「フランス人向け」に出すとよく売れたりする。「フランスの例外」という言葉もあって、他のヨーロッパ諸国ともずれていると認めるのが好きだ。

 そのわりに、伝統的にイタリアものを崇拝したり、アメリカ好きもいるし、中国とか日本とかチベットとか、遠い感じの文化を論じるのもスノビズムの一種になっている。

 私が、自分のトリオの最初のCDを日本語の解説入りだけで出した時に、フランス音楽なのにフランスではそれがハンディにならないかと気にした時、少なからぬフランス人にこう言われた。

 「フランスではね、情けないけど、自国レーベルのCDよりも、外国のCDとかの方がかっこいいと思われるんで、このままの方がいいよ」

 なんだか、そういう舶来志向って「日本の特徴」かと思っていたので意外だった。

 実際、フランス・バロックをやるのに、日本人の私が混ざっていることは、ハンディとされたことがなく、むしろステイタスだと扱われることもある。

 で、自国人が外国人に批判されるようなテーマをわざわざ持ち出して、自虐的に話題にするのも好きだ。

 世界の31カ国のホテルが観光客の採点(金ばなれ、マナー、服装など)をした。
 総合で圧倒的1位は日本人で、最後尾はインド人中国人フランス人の3者だそうで、この話をすると、フランス人はみな喜ぶ。日本人は結構シニックになる。

 フランス人は、

 「ははは、そうだろうな、フランス人は文句ばっかりいうからな」

 と認める。

 日本人は、

 「これは見方を変えれば、日本人はおとなしくて都合のいい客だというだけのことではないのか」

 と、ちょっと、すねたりする。

 しかし、フランス人も日本人も、本当は、自虐の本音に、自信がある。自信があるからこそ、他から批判されるのも好きという余裕がある、という感じだ。

 日本人はちょっと変、みたいな話でも、「いや、実は、これこそが世界に誇る特徴なのだ」という人も出てくる。

 たとえば、

 「日本人は無宗教だって言われるけど、宗教に深入りしないで付き合う大人の国なんだよね。一神教のやつらのように、原理主義の戦争なんかしないもんね」

 という感じだ。

 フランス人も同じで、自虐ネタの中にも、本当は、その裏返しの自信があることが多い。

 決定的に違うなあ、と思うのは、

 日本人が、

 「日本人はえてして・・・と批判される、でも、本当はね・・・日本人は正しいんだ」

 と集団的自己弁護するのに対して、フランス人は、ずばり、

 「フランス人はえてして・・・と批判される、でも、僕はね・・・ちがうんだ」

 と、個人的自己弁護をするところである。

 この辺は、日本人とフランス人が似て非なる、両極端だなあ、と、思わされる。
 でも、そのニュアンスの差がつかめれば、他のアジア人やアメリカ人よりも付き合いやすいなあと思うのは私だけだろうか。

 

 
[PR]
# by mariastella | 2009-05-30 02:29 | フランス

信仰の言葉と科学の言葉-仏舎利の追っかけを終えて

 この仏舎利シリーズを興味を持って読んでいてくれた方(いるのか?)に、最終日のヴァンセンヌの森のパゴダへの行列風景のヴィデオを紹介する。

 http://www.youtube.com/watch?v=qepfo6pXhNw
 http://www.youtube.com/watch?v=r46Aj4lEohM


 何となく日本のネットを検索してたら、今年の2月に新宿文化センターで「仏舎利新宿展」というのが開催されていたことが分った。

 こういうの。

 http://www.fpmt-japan.org/japanese/relic/index_relics.htm

 日本にいたら見に行ってただろう。

 でも、解説を読んでちょっと脱力した。

 「高い精神的境地にあった方が亡くなられて荼毘に付された時に現われる、真珠のような宝石、それが仏舎利です。それはその方が智慧と慈悲を円満し、その心がこれ以上求めるもののない悟りを得た状態にあることを示しています。」

 とあり、そのような舎利は超常現象で増えるとか、見ただけで非常な幸福感に包まれるとかある。

 まあ、私が3日間も仏舎利の追っかけをしたにも関わらず、非常な好奇心を上回るほどの幸福感を得られなかったのは、信仰が足らないせいだろうから、それはいい。
 でも、見たところ、さすがに、明らかに骨ではない仏舎利を説明するのに、荼毘の後で現れる宝石、と言っちゃうだけでいいのか。聖体パンがキリストの体だと言うためのレトリックほどの努力の跡も見られない気がするのは、これも私の信仰心の欠如なんだろう。で、この新宿展では、あなたはどうしたら幸せになれるか、みたいなのがテーマのようだった。週刊誌の裏とかでよく見かける開運グッズ、や霊力を封じ込めたストーンだのとあまり変わらない。

 宝石状の仏舎利の由来については、私はすでに

 http://spinou.exblog.jp/10166766/  

 の中で触れ、そこでも引いた
 
  景山春樹『舎利信仰』その研究と史料 1986 東京美術

  『仏舎利の荘厳』奈良国立博物館編 昭和58年 同朋社出版 

 の2冊の本によって、好奇心を満足させている。

 つまりこの種の仏舎利の増え方については、解決がついているのである。
 超常的なことはない。

 それなのに、2009年の展示会の、説明には全然反映されていない。

 信仰の言葉と科学の言葉と、業界の言葉、布教の言葉、いろいろな言葉があるのだろう。
 狂信というのもあるから、あまり分け入ってはいけない危険ゾーンもあるかもしれない。

 こうなると、サレジオ会のC神父みたいに、「科学的」に執拗にこだわって、トリノの聖骸布の真偽を追って半世紀以上、という人のディスクールの厳密さと凄さにあらためて感心する。究極の信仰グッズを、聖職者が、信仰から距離を置いて実証的に追いかける、それが不可能じゃないというのがすでに奇跡的だ。

 http://www2.ocn.ne.jp/~g-compri/mpage1.html

 http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=213957X

 やっぱ、来年はトリノだなあ。

 夕べ、ロン・ハワード監督、トム・ハンクス主演の『天使と悪魔』の映画を観にいった。
 ヴァチカンやローマの教会(大掛かりなセットだそうだけど、ヴァーチャルで見たら同じだ)を大画面で見る迫力はあるし、観光映画として刺激的だ。

 こういう浅薄な内容でこれだけ忙しくて複雑なものをよく作ってるな。

 ここでも科学と信仰が二元論的に語られていて、つまり弾圧と陰謀と復讐みたいな単純図式になっていて、ルネサンスに本当に何が起こっていたのかなんて一顧だにされない。

 地球が丸いなんて古代からずっと言われていた、というか、観察されていたことなんだけど。
 錬金術なんかでも太陽中心主義はずっと根底にあったから、地動説によって全然ぐらつかなかった。

 「異教」的なるもののとり扱いも、あいかわらずのアメリカン・テイストで、科学者や学者が神を信じるのかどうか、なんて迫られるのもアメリカンだなあと思う。

 映画でたっぷり見られるヴァチカンのアナクロニックなコスプレ・ワールドも、この3日間、仏舎利の追っかけで見たきらびやかなアジアのコスプレ・ワールドの後なんで、それなりの感慨は覚える。

 人は、きらきらと着飾り、権威を大きく見せようとし、さまざまなプロトコルの網を張り巡らせるが、その信仰の対象になっているものは、智恵とか覚醒とか愛とか希望とかいう眼に見えないものだ。その一方で、創始者のよすがとなるものも崇敬する。しかし、それはただの骨片だったり、無酵母パンに託した「肉」だったり、遺体を包んだ布に残った影のような曖昧な形だったりする。その落差のどこかに智恵が宿っていると思いたい。
 その落差が、力動を生むわけでもあるのだから、「聖遺物」は、超常的な宝石なんかじゃなくて、黒ずんだ骨とか、古い布についた血のしみだとか、宝飾を拒否する即物的なものの方がインパクトがあると思うのだが。
 その意味で、「聖体」が小麦と水だけのせんべいとか、「聖血」がワインだとか、物理的成分がはっきりしてるものも、いっそ好感が持てる。

 信仰のエッセンスって、言葉にする時と、形にする時と、どちらによく残るんだろう。いや、そもそも、言葉や形の中に残存するものなんて、すでに信仰の力が散逸した影やエコーみたいなものなのかなあ。

 


 

 
  
 
[PR]
# by mariastella | 2009-05-20 19:13 | 宗教

VESAK2009 その3 雨のヴァンセンヌ

 VESAK 3日目。仏舎利の追っかけも3日目だ。

 今日は雨もよいの薄寒い日、ポルト・ドレからヴァンセンヌの森のパゴダまで、仏舎利行列。東南アジアやスリランカ系のコスチュームの人、寒そう。

 VESAKは入場フリーだが、一般の人は、正午までパゴダにはアクセスできない。途中で出会ったカンボジア人の夫婦(昨日の人とは別)はインタネットで見てきたのだが招待状を持っていなかったので、いっしょに入れてあげた。欄の花をお供えに持ってきていた。花やお香を持ってきている人がたくさんいた。パゴダはいっぱいの人で、仏舎利はほとんど見えないのに、お経をきくだけで感極まって泣いているいる人がいた。皆アジア人である。

 昨日なかよしになったカンボジア人の月寶さんと又出会った。中国人の先生とも。

 法門寺の指骨が「第九大奇跡」というのは、万里の長城を含む世界の七不思議というのは分るけど、第八はなんですか、と聞くと、「西安の兵馬抗」だと言う。

 それで、九番目が、「法門寺の指骨」か・・・

 中国の広さと歴史を考えたら、ちょっと発掘したら「不思議」はいくらでも出てきそうだな。

 でも、法門寺の指骨がバンコクのワット・サケット(パゴダ前で記念ピンスを買った)にある仏舎利よりも「不思議」度が高い理由は本当にあるのか。
 
 あの指、指にしては大きいから、今は「指状」の骨って言われてると日本のサイトで見ましたよ、というと、先生に、「釈迦の体ではなくて教えが大事なのだ、あなたは科学的過ぎる」と言われてしまった。

 私は、いや、あの中国のヴィデオの疑似科学的なもったいぶったところが私はすごく好きで、それはカトリックの聖人の遺体確認における妙な疑似科学の倒錯と似てて、日本の封印文化と違うところが興味深いんです、と答えておいた。

 セレモニーが終わって、仏舎利は一般公開されたが、押すな押すなの大盛況で、セキュリティの人が輪を作り、入場制限もあって、とても近づけない。

 日に日に遠くなる仏舎利。

 うちに帰ったら、近くの音楽院で、acousmate の実演というのをやっていた。
 音響考古学というか、音の化石というか、分子の中に刻まれた波動のキャッチというか、非常にあやしい、これも疑似科学のパロディみたいなのを観客参加型パフォーマンスにしている。

 イヤホン付ヘルメットをかぶったり、聴診器をつけたりして、音楽院の地下を調べたりする。

 革命前にはここに聖女セシル(チェチェーリア、音楽の守護聖女である)のチャペルがあったんだとか言うと、壁からかすかに歌が聴こえてきたりする。
 I pod で周囲から孤絶するのではなく、世界と交信するんです、とガイドはいう。

 ある部屋では、レコードが回っていて、それに針を当てると、音が聞こえてくるのが、一番不思議に見えた。

 ついこの前までは普通の光景だったのに、回転する円盤が音を記憶してるなんて、すごく印象的だ。
 古いレコードなんて知らないような世代の子供たちにとってはなおさらマジックのような光景だ。

 最後には、未来の「音響考古学者」に残しておく手がかりとしてみんなで手を叩いて拍手に変わる趣向だ。

 潜水艦の中で、レーダーにキャッチされた船を識別するための耳の訓練を受けたという「黄金の耳」と呼ばれるガイドもいる。

 擬似科学と「不思議」と信仰のパフォーマンス、一種のコスプレ(それが僧衣であれ、アンテナ付ヘルメットであれ)、隠れた音の記憶、焼かれた骨の記憶、「思い」だけは、時空を軽々と越えていく。

 感動して泣く信者、困惑して笑う観客、何が真実で何がパロディなのか、誰にも分らない。
 
[PR]
# by mariastella | 2009-05-18 05:57 | 宗教

VESAK2009 その2 ライシテの困惑

 VESAK の2日目。

 パリ市役所は、プチ・ニコラの展示などの宣伝が大々的で、1日だけのVESAKの案内は、できるだけ目立たない様に配慮されていた。確かにポスターに聖遺物の文字はない。

 仏教2500年の文化の展示、というわけで、ギメ美術館など、パリの既存の東洋美術館、大使館が仏像などを貸し出し、仏教テーマのニューエイジっぽいフランス人アーティストの作品などとあわせて、一部屋にかき集めているが、「葉」を隠すには「森」が一番、という言葉を連想する。その部屋の中央に、タイから来た仏舎利が鎮座し、本当はそのために、そのためにだけ、この展示があるのだ。それは、この仏舎利贈与プランの発起人となったラオス僧とタイ仏教の間で、パリ市役所での公開が条件になったからだと思われる。

 公空間の非宗教性=ライシテの原則に抵触するようなこのような事態が可能になったのにはいくつかの口実もある。

 フランスがヨーロッパで最初の仏舎利所有国として選ばれたのは、フランスが「基本的人権」の祖国であるからというレトリックがあること。

 仏教は伝統的に無神論とされており、宗教でなく哲学だという見方も一般的だ。それにいわゆるフランス人の仏教徒や仏教シンパは、カトリックに失望や反発した無神論インテリ層が中心で、社会党のパリと親和性がないでもない。

 しかし、VESAKをオーガナイズするUBF(フランス仏教連合)は、いまや、宗教ロビーとして、キリスト教、イスラム、ユダヤ教などと同じように政府の諮問機関にも名を連ねている公式団体である。

 パリ市役所が明らかに「宗教行事」であるVRSAKと仏舎利展示を開催するのは無理がある。

 それを回避するために、つまり、葉を森に隠すため多くのごまかしが弄された。(これはすべて私の個人的解釈であることは言うまでもない)

 まず、文化の展覧会と銘打ったこと。

 夜は、仏陀の生涯というテーマだが、多国籍のアジアの文化(歌と踊りと音楽)をフランス人演出家がまとめるという構成のパーティを開いたこと。

 それに2000人近くを招待したこと。多すぎて、アジア人や僧衣の人々の姿は、昼間から市役所広場でパフォーマンスをやっていたインドネシアやカンボジアのダンサーらと同じような文化的コスプレのようで目立たない。(実際、階段の両側にこれらの民族衣装を来た人たちがずらっと並んで合掌して招待客を迎える趣向など、まるで、アジアのリゾート・ホテルの歓迎の演出みたいだ。)

 ヨーロッパ議会の選挙を控えた政治的に微妙なこの時期、ドラノエ市長は、目立たないように姿を消して、「残念ながら」出席できなかったこと。

 市長名代のスピーチでは視点の驚くべき転回もあった。

 このスピーチではさすがに「仏舎利」に触れないわけにはいかない。

 で、どうしたか。

 今回、はじめて仏教文化の展覧会をパリ市役所が受け入れることになって、それを記念するために、仏舎利の授与がなされたと言うのである。
 つまり、仏舎利は、フランスの自由と寛容に敬意を表するために、仏教界が展覧会に添えた花、という理屈だ。実際は、仏舎利の展示を目立たなくするために、宗教を文化にすり返る展示会が組織されたのに。

 市長代理のスピーチでは、パリは多様性のシンボル都市であり、フランス人であろうとなかろうと、パリ市民は自由と平等と友愛を等しく享受する、実際、ますます多くのアジア人が住み、日本人や中国人や、ヴェトナム人や・・・がいて、17区には初の仏中共同の保育園ができることになった・・・・ということが語られた。

 ここで日本人や中国人が言及されたのもおもしろい。
 これは、経済的、政治的には、日本人や中国人がもっともインパクトがあるからだろう。

 しかし、仏教的には、ほぼ、ゼロである。

 在パリの日本人は、仏教コミュニティを作っていない。仏教系新興宗教のコミュニティはいくつかあるが、いわゆる伝統仏教の大きなコミュニティはない。むしろ日本ではマイノリティのキリスト教徒のコミュニティの方がちゃんと活動している。
 ヨーロッパに比較的早く根付いた禅グループはあるが、いわゆる日本人の駐在員みたいな人で、実家の檀那寺が禅宗だから、お参りする、というような人はいたとしても例外だろう。禅はフランス人インテリ僧が力を持っていて、UDFの会長もしかりである。(韓国の禅宗も存在感がある。)

 日本の都会の平均的日本人が、冠婚葬祭以外には家の宗旨を気にしないのと全く同じことである。

 そして、在パリの中国人にもこれといった仏教コミュニティはない。
 在パリの中国人は商売人が多いし、儒教と道教の習合したようなものが主流であるからだ。

 仏教コミュニティが強固なのは、やはり、ヴェトナム、タイ、カンボジア、ラオス、スリランカ、チベットである。
 
 だから、VESAKの中心をなすのも彼らであり、市役所でのパーティの文化祭で演じたのも、彼らであり、中国人や日本人は不在である。
 韓国のグループは太鼓の演奏を披露し、インドネシアは、ガムランの演奏とともに、二人の女性が伝統舞踊を舞った。これは、どう見ても、バリ・テイストの、仏教とヒンズー教の習合であり、『仏陀の生涯』のプロローグがこれで始まったのは、宗教色を文化色で希釈するのには有効だった。

 ラストは、直立して胸の前で合掌した一人のブータンの僧による仏陀の賛歌であり、これは、どう見ても、それまでのエキゾチックな踊りや何かと違って、明らかに、宗教儀礼に近かった。

 パリ市役所の豪華なホールで、カトリックの聖職者やイスラムのイマームやユダヤのラビが宗教テキストを朗唱するのは考えられない。(東京都庁でも考えられないと思うが)

 しかし、市役所に仏舎利を飾り、この経を唱えるというのが、この急造成の森に隠した葉っぱなのだとしたら、理解できる。

 ところが、
 
 (多くの人にとっての)ハプニングは、その後に起こった。

 華やかな音楽や踊りの後でのブータンの僧の朗唱で、みなが目いっぱい厳粛な気分になった後で、

 フランス人のカウンターテナーのセバスチャン・フルニエが、ギタリストと共に登場、フィナーレと称して、

 Jeff Buckley (元歌はLeonad Cohen)の Hallelujahを歌い始めたのだ。

 しかも、最初に、「ハレルヤ」を皆さんも唱和してください(それをなぜか英語で言った)、と誘いながら。

 私でさえ、なんだかジョークみたいだと思った。KYとはまさにこの時のための言葉みたいだ。

 しかし、ハレルヤ、のリフレインの唱和は盛り上がらなかった。

 参加者全員が舞台に出てきた。

 ハレルヤは空しく響く。

 私は歌ったけど。(声を出すのが好きだから)

 Vitry でのセレモニーの最後の「南無仏陀」みたいなのも唱和したし。

 で、演し物が終わり、カクテル・パーティ会場に移る前に、市役所前でなかよしになったカンボジア人夫婦が顔色を変えて寄ってきた。

 ハレルヤに大ショックを受けた、フランス人は私たちをキリスト教に改宗させようとしている、というのである。

 夫人は、バニューにあるカンボジア人のパゴダの役員をしている。彼らはカンボジア僧を二人連れて来ていたので、私は、通訳してもらって、カンボジアにおける仏舎利信仰についての意見を聞いたのである。

 その後、会場に入った後、もう後ろの方の席しか空いてなかったので、夫人は、二人の僧に前方の席を譲ってもらえないかと言い出した。それで、オーガナイザーの一人である義妹に頼んでしかるべき席を用意してもらった。だから、夫人は、私たちを通して、主催者に、このハレルヤへの不満を伝えて欲しいと思ったらしい。

 彼女によると、新年の祝いなどで、ヴァンセンヌのパゴダ(仏教超宗派)に集まったりすると必ず「エホバのXX」などキリスト教セクトが待ち受けていて宣教のビラを配ったりするのだそうだ。それにすごく忌避反応があり、この「ハレルヤ」もその種の宣教だと思ったらしい。

 私は、「葉」を森に隠す演出を徹底して、その前のあまりにも仏教的な「讃」を中和するために、多様性ですよ、という感じでゴスペルっぽいのを配したのかなあと思った。

 後から聞くと、セバスチャン・フルニエは、うちの甥の空手道場の友人で、去年のトロカデロでの平和の祭典(チベット人支援のために義妹たちが主催したもの)でも歌ってくれた流れで、今回もボランティアで出演してくれたのだそうだ。別に仏教徒ではないがシンパである。
 バロックの歌手なので、教会でヘンデルとかをたくさん歌っているから、「ハレルヤ」の方に近いのは当然だが。そういえば彼の奥さんも去年トロカデロでアヴェ・マリアを歌っていた。

 市役所ホールにはフランス人の招待客も多く、その大半はいわゆる仏教徒ではなく仏教シンパである。メディテーション好き、というエコロジー派も多い。
 そんな客たちとも話し合ったが、「山に登るのにはいくつもルートがあるはずだ、仏教だろうとカトリックだろうと気にしない」という立場の彼らには、最後の「ハレルヤ」はむしろ感動的だったと言う。
 彼らに、仏教の無神論的側面や輪廻の問題などと、神の讃歌と、どう折り合いをつけるのかとか質問してみたが、そういう人たちにとっては、すでに、「神」とは、キリスト教的人格神ではなく、「教え」とか「智恵」とか「愛」なんかと同義なので、ノープロブレムらしい。

 UBFの会長の方は、スピーチで、寛容や自由や平等や非暴力のような、フランスにとっての大切な価値観は、仏教の価値観と同じで、価値観を共有する人は、共存できる、みたいなことを言っていた。

 フランスの共和国理念に「非暴力」なんて入っていないが。

 後、仏教徒はこのような倫理を日々の生活の中で実践しているのだ、というディスクールがあって、これは去年の仏教フェスティヴァルでの講演でも聞いたが、理想化しているなあと思った。

 まあ、日本で、キリスト教徒はピュアで愛を実践しているというような幻想がたまにあるのと同じで、マイナーな宗教はピュアに見えるのだろう。

 仏舎利の方は、囲いがしてあるので、2メートル以内には近づけない。それでも、アジア人はちゃんと合掌して感動してるふうだった。Vitry では、僧も尼僧も、舐めるようにして近づいて凝視していたから、機会さえ与えられればやはり好奇心というものは信心と両立するんだなあと思ったが、市役所では、立派な舎利容器をバックにして記念写真をとる、という人が主流だった。

 仏舎利は、囲われて遠くなると、私にとっては、博物館での発掘品の展示みたいに見えた。これならライシテOKだなあ。

 11時過ぎに市役所を後にすると、警備の人たちが今日はふらふらになった、とぼやいていた。
 
 
 

 
[PR]
# by mariastella | 2009-05-18 04:17 | 宗教

VESAK2009 その1 仏舎利到着

 今日は待ちに待った(?)仏舎利到着セレモニー。

 バンコクから朝6時半に到着した仏舎利は、駐仏タイ国大使の車で直接 Vitry sur Seine に運ばれた。
 私がついた時には、ちょうど、仏教センターに向けて行列が始まっていて、通りは通行止めになっていた。
 50人くらいの焦げ茶の僧衣の尼僧中心のグループが歌うように先導し、色とりどりのアオザイを着た腰の細い若い4人の美女が、花びらを撒き、盛装した浄行師に続いて、金ぴかの輿に鎮座する舎利容器が運ばれ、その後には、タイ、ラオス、チベットなど、各派の僧が経を唱えながら、その後に又50人近くの黄色の僧衣の尼僧が続く。香が焚かれ、蘭の花が掲げられ、華やかだし、また、どの宗教の行列にも似ているような、デジャビュの世界でもある。

 センター入口では、結局招待状のチェックもなく、セキュリティは大丈夫なのか、とこちらが心配したくなる。
 セレモニーのあるホールに入るには靴を脱がなくてはならない。タイル張りの床の中央にモケットが引いてあってその上に座布団代わりのクッションが並べてある。

 舎利容器は4mくらいの天蓋付台の上に置かれた。金ぴかの仏像授与も行われた。

 これはプレス用の資料にもあったが、インドからタイに仏舎利が分けられたのが仏教暦の2442年で、フランスに来た今年が2552年、どちらも、逆から読んでも同じ数字ということで、因縁が深い、とされている。

 セレモニーのくわしいことについては又別のところで書く機会があると期待して、今は要約だけする。

 マジョリティはアジア人、それも旧仏領インドシナ系、ならびにタイ人という感じだが、いわゆるフランス人の僧も少なくない。スリランカ僧は精悍な感じで、インド人の釈迦もこんな感じだったかなあ、と思ってしまった。

 で、フランス人の仏教連合代表のコメントに、この出来事は、ヨーロッパに仏教が根付いた現実の反映だとあった。

 佛舎利については、「我々すべての師である仏陀の身体的臨在」という言葉が使われたのが印象的だった。
 フランスはライシテの国だから、明日の市役所での展示の時はどうか目立たないようにしてください、という注意も忘れなかった。まあ、仏教は「無神論」だとか哲学とかと言われているから、ライシテの谷間をすり抜けられるのだろう。オバマの就任演説でもオミットされてたぐらいだし、ね。
 
 釈迦の遺物の実在は、決して、過去の遺物ではない。星の光はたとえ何億年昔に放たれたものであっても今の我々を照らすのである、とコメントは続く。聖遺物の力とか、人々を一堂に集める力なのである、と。

 そして、タイ、ベトナム、ミャンマー、スリランカの合同のお経、ベトナムのパゴダのグループのお経、韓国仏教、曹洞宗、チベット仏教、と続く。仏教のインカルチャレーションの仕方って、正教に似ているなあ。国別の色が濃い。座ったままのグループが多い中でチベット仏教のグループはたって五体投地から始めた。
 曹洞宗はこの国での歴史の長さもあって、フランス人の方が多く、フランス語のお経もあった。

 確かに、仏陀の舎利を前にするとエキュメニカルになるというか、各国仏教の宗派がまとまる感じで、こういうのが聖遺物の力だと言われると、なんだか、来年に公開が決まったトリノの聖骸布を見に行こうかという気になった。

 全体としては、なんだか、私は、仰々しいセレモニーを見ていくだけで、これは偶像崇拝だよな、とか、呪術だよな、と思えてきて、しらけてくるタイプなので、終わった時はすっかりアグノスチックになって出てきた。
 感動とか、やっぱり本物はすごい、とか、名古屋の日泰寺では見られなかったものをたっぷり見られて好奇心を満足させられて嬉しいとかいう感じもしない。

 仏舎利はタイの黄金寺で10バーツで拝めるのと同じようなプレゼンテーションで、クリスタルの容器の底をよく見ると、古い歯みたいなのが数個入っているかなという感じだ。うーん。

 カトリックの聖人の聖遺骨の方が、誰の骨やらは知らないが、いかにも骨、明らかに骨、というのが多い。
 それを見慣れてる目には、この仏舎利は、まあ有機物の感じはするが、火葬された後の骨というよりやはり歯っぽいかなあ。それもあやしいものだ。タイの「本物」だって、本物の本物は、塔頂に封印してあって、舎利容器の中で開帳しているのはコピーというか、分身じゃないのかなあ。もう、「本物」という概念自体が曖昧である。カトリックのミサで、無酵母パンが、儀式の後では「キリストの体」に化体するというのと似たような感じだ。

 私の好きなのは、やはり、宗教でなく人間だ。

 リジューのテレーズもこんな感じだったかも、と思うような若くてかわいい、一途な感じのアジア人の尼僧がいて、ちょっと見には委員長タイプで額に青筋が浮かびそうなんだが、お経を聴いているうちにどんどん目がうるうるしてきて、終いには滂沱の涙を流しているのを見ると「萌え」という感じになる。また、真剣に、静かに五体投地を続ける老婦人を見ていると、これがほんとの old woman's faith なんだなあと思って、敬虔で安らかで温かい気持ちにさせられる。

 昼はおいしいビュッフェがふるまわれて、いろんな人と話せた。

 午後はメディテーションがあった。女性が「集中の中にこそ心の平穏があります」的な案内をフランス語で語り、それが不自然な気がした。こういう時には、背筋まっすぐ、座禅慣れしてるようなニューエイジ的エコロジー的な仏教シンパのフランス人が生き生きとして見える。

 一番おもしろかったのは昼休みに路士棟という中国語の先生とした話だ。

 この先生によると、中国共産党の指導者には結構「隠れ仏教徒」が多いそうで、仏舎利信仰も内部供覧として極秘になされているそうなのである。

 一番人気は、なんといっても1987年に1000年ぶりに発掘された陝西省西安市の西120kmにある法門寺の釈迦の指骨である。これがわざわざ共産党本部にも運ばれたこともあるらしい。

 史記にも記述があるなかなか由緒ある舎利なのだが、私は、釈迦火葬御の最初の8基のストゥーパはともかく、アショカ王によって再び細分された8万4千基(そのうちの19塔が法門寺をはじめとする中国にあるものらしいが、少ないといえば少なすぎないか)となると、なんだかすでに、「信じられない」と思ってしまうので、「南京の頭骨(玄奘のじゃないのか?日本にも分骨されたはず・・)」も含めて、好奇心が充分に沸いてこない。

 でも、路士棟先生によると、法門寺の「指骨」は、4つ見つかったものを鑑定して一つが本物で3つがコピーだったという。本物は100%本物だ、と強調する。台湾からも巡礼が来ると。

 で、関連のyoutubeアドレスを送ってくれた。

 http://v.ifeng.com/v/his/20090506/3794/index.shtml#0057d73c-6d4f-4eca-9191-f1c41b787234

 とか、 

 http://v.ifeng.com/v/his/20090506/3794/index.shtml#6e36f815-79ec-45d9-b64d-83e2d716d28d

 こういうの。

 その辺にいっぱいあるので、興味のある人はどうぞ。
 「多少奇異的故事」とか、「世界第九大奇跡」とかあって楽しそうだ。
 真骨は「真身舎利」と言うらしい。

 で、見てみると、確かに髄の溶けた後の中空の骨様のものなんだが、わざとらしい筒状で、内側に北斗七星のマークがあったり、やっぱあやしそうである。

 youtube で発掘の様子や鑑定の様子を見ていると、カトリックの聖遺物鑑定みたいで、けっこう即物的であり、日本の「聖なるもの」封印文化とはだいぶ違うぞ、これならDNAを採取しかねないな、わくわく、と期待したのだが、日本人の書いた紀行ブログを見てると、指の骨にしては大きすぎるということで今では「指状」舎利と言われているとか、他の3つも本物と一緒にあったから本物と同等なんですと言われたとか、やはり、はっきりしなくて、あやしい感じは拭えない。

 路士棟先生は、仏教の深さに比べると他の宗教は表面的だ、としきりに言っていたが、誰でも自分の極めたものが深く思えるので、表面的にしか知らないものは表面的に見えるんではないだろうか。

 彼は、普通の人間の体は殺生をして生きているので朽ちるが、完全解脱した釈迦の体は、罪を免れているから微生物からの復讐を受けずにこうやって残っているのだ、それが智恵の証明だ、と言い出したので、私はヒマラヤやアルプスの永久凍土で発掘された遺体はどうなるんだとか、エジプトのミイラはとかどうなんだ、とか、『カラマーゾフの兄弟』に出てくる聖人の遺体が匂ってくる話まで繰り出した。
 彼は釈迦の慈悲を強調したが、私はもし梵天勧請がなかったら、釈迦だって自分で成仏して終わりだったんじゃないか、と言ってしまった。彼は「それも方便、これも方便」と言う。

 仏教徒にとっての懐疑主義はどういう形態をとるのかという話もした。

 キリスト教において、神の実在に懐疑を抱く「逆啓示」現象があるように、仏教において、「解脱はないとか、輪廻転生はないのではないか」という懐疑主義の伝統はないのだろうか。このことについては前に義妹と話し合い、結局、仏教には超越というものがないから、その主の懐疑論は内在しないという話になったのだが・・・

 先生には、もともと仏教は実存的苦を逃れるための智恵だから、と言われたのだが、それではやはりストア哲学と大して変わらないという気もする。キリスト教がストア哲学を凌駕してしまった理由の一つにはまさに「肉体」の問題があるのだけれど。

 そもそも、生老病死は、本当に苦なんだろうか。生老病死を「苦」とするコンセンサスによって社会のシンボル体系ができていて、それを崩されるのが最高の危機であるから、自殺者はどこでも恐れられ忌避されるのではないだろうか。「特権の放棄」は秩序にとっての罪なのである。

 フランス人は仏陀のことを、我らの父、みたいにコメントしていた。
 キリスト教的なバイアスがかかってないか?

 結論は、釈迦の偉大な教え、智恵を継承して我々も解脱を目指そうという、オーソドックスな話なのだ。
 でも、私は、釈迦の死後2500年とか、イエスの死後2000年とか、そんな何千年も、教えが星の光のように届いている存在が偉大だというよりは、何千年もそういう教えに希望を託して試行錯誤しながら生きてきた多くの人々の集合的な努力の方がすごいと思うし、いとおしくも思う。

 目の前のケースに入った粒が骨であろうと、何であろうと、とにかくそういうものに託する人々の思いの方に興味がある。
 人とつながる人はみんな神の子、という言葉を適用すれば、私もまた神の子である自信はあるんだけど。

 
[PR]
# by mariastella | 2009-05-16 06:53 | 宗教

酒を飲んで裸になる話

 その人は、泥酔して、全裸になった。

 そうっと服を着せてあげるだけでいいのに、裸を見ただけで、通報した男がいた。

 この男は、裸の男から、子々孫々まで呪われよ、と言われてしまった。

 
 「その人」とは大洪水の後の人類の父(?)ノアである。

 システィナ礼拝堂の天井画の「ノアの泥酔」の場面はいつも私にとって最高に気になるものだった。

 ノアだけでなく、通報者の息子も、服を持ってきた息子たちも、全員裸だからである。

 Michel Masson『La chapelle SIXTINE-La voie NUE』 Ed.Cerf

 http://arts-cultures.cef.fr/livr/livrart/lartx53.htm

 が、これでもかこれでもかと、秘密を解明してくれる。

 まず、聖書によるとノアは、公共の場所で裸になったのではなくて天幕に入って裸になったのに、ルネサンスの絵は場面を田園風景に映す伝統があった。

 しかし、ミケランジェロの絵でのノアの体のポジションから見て、解剖学に精通していたミケランジェロが表現したのは、ノアが実は寝込んでいなくて、意識を保っているということである。その証拠に、ワインの杯もデカンターもちゃんと邪魔にならないように考えて脇に置いてある。

 ここでは、くわしいことを書くつもりはない。

 ノアの泥酔シーンは創世記のエピソードをある意図を持って慎重にパロディ化した再構成なのである。
 そこにはインセストや同性愛の香りもたたえた性的怪物の姿も顕わになる。

 Daniel Arasseの「超解釈」主義を継承したMichel Massonの驚くべき荒業が、すばらしい整合性と説得力を持って展開していくさまは、圧巻である。

 しかも、これほどに、ユニークな解釈をしても、それがヨナを通じて神が伝えたいメッセージであるという啓示的宗教的ディメンションを全く失わないどころか、全体としてはちゃんと信仰告白になっているところも、ヨーロッパのキリスト教美術とその鑑賞の歴史の底力を見せつけられる感がある。

 どんな過激なことを言っても冒涜的にもならないし、美術批評としても成立しているというすごさだ。

 天地創造のシーンで、「白髭の年寄り」の姿の神はクリシェでありパロディであり、真の神の姿は、太陽や月を創造した後で植物創造に向う神の後姿からはみ出して存在を主張する「尻」なのである、なんていう解説も、驚きだが、ミケランジェロが何一つ、偶然や無意味なものを描いていないということは納得できる。

 しかし、システィナの天井画は、ダヴィンチの絵画全作品と比べても圧倒的に情報量が多いから、壮大なストーリーができそうだ。わくわくモノの『システィナ・コード』、書けると思う。
[PR]
# by mariastella | 2009-05-13 00:42 | アート

V・I  の BMI は 21,63

 このタイトルの意味がすぐ分かる人、いますか?


 V・I は、サラ・パレツキー作のハードボイルドのヒロイン、V・I ウォーショースキーことヴィックのことで、彼女は172センチで体重が64キロ前後ということで、肥満度指数(体重÷身長(m)の二乗)が21,63という意味である。

 最も病気にかかりにくい健康な標準体重のBMIは22ということで、V・I も四捨五入すると22、よかった。
 偶然ではない。他の多くの女性探偵は、痩せすぎで、いくらカラテの達人でも男との体重差は不利になる、とパレツキーは言う。社会で成功をおさめた女性たちはひたすら痩せて、男たちに、自分たちは無害な小さな女の子であるというメッセージを送っているのだ。

 日本で購入したHMM(ハヤカワミステリマガジン)で連載4回目を読んだパレツキー自伝はひたすらおもしろい。アメリカにおけるフェミニズムについてこれほど生き生きした記述を読むのははじめてだ。

 私は、『アメリカにNOといえる国』の中で、アメリカ的=コミュノタリスム的、犠牲者主義的フェミニズムとフランス的=男女平等主義、連帯主義のフェミニズムの違いについて触れたが、パレツキーはその違いをはっきり意識している。その上で、「以前のわたしは男女平等主義の信奉者だったが、一九七一年の冬にフェミニストになった」と明言している。

 中絶の権利ひとつとっても、アメリカの状況は悲惨すぎる。 

 表現の自由は、女性へのサディズム産業を助長したが、アメリカは「先進国の中で唯一、性と生殖を議論するのが、完全に不可能といわないまでも、かなり困難な国である」。政府は年間200万ドルもかけて絶対禁欲性教育を進め、中絶費用の公費負担を禁じたり、中絶医の大部分が手術をやめてしまったという現状まである。薬剤師に、避妊ピルの調剤を拒否する権利を与える州も続々増える勢いらしい。

 フランスや日本では、歴史やメンタリティはずいぶん違うが、この辺の事情の「ヌルさ」はよく似ている。

 パレツキーは博士号も持つ学者だが、フェミニズムのためにブルーカラーの女性探偵を創造し、アメリカのミステリにおけるフェミニズムの「流行が去った」今でも、戦っている。それでも、ミステリ業界で、男性作家の本が書評で取り上げられる回数は、女性作家の7倍(絶対数の比を考慮に入れても)であったり、3倍も早く絶版になったりするそうだ。日本のミステリ界では、とても、そんな印象はない。

 やっぱ、アメリカって、特殊かも。

 今朝のラジオで、フランス人ジャーナリストが、最近アメリカ国籍を取得した人はメキシコ人、インド人、中国人、フィリピン人などが多く、このままいくと2026年には白人はマイノリティになるという話題を取り上げていた。その時に、

 「あ、アメリカでは白人というと、コーカジアン(コーカソイド)ということなんです。アメリカでは、南アメリカ人は白人だとは見なされていないんですよ」

 と注釈があった。

 ヨーロッパ的には、「南アメリカ人」は漠然と白人である。というか、ラテン・アメリカ人は「ラテン系」であるからラテン人=ヨーロッパ人仲間である。ポルトガル語とスペイン語がヨーロッパ文化の継承を象徴する。

 ここでヨーロッパ的、というのは、実は、「大陸的」と言い換えることができる。

 私は、学生時代に中根ちえ先生の人類学の講義で周辺文化と中央文化のメンタリティの違いを習った。中華思想の国の代表が中国とフランスだという認識もあった。日本は島国で、中国の中華主義の周縁で、それを取り込んでカスタマイズするというか独自の文化を作っているが、あまりそれを他者に発信しないという認識も実感もあった。

 フランスに30年以上住んで、この頃、ようやく、大陸的なヨーロッパ中華主義の実感というものがどういうものか分ってきた。驚くべきことだ。

 つまり、大陸的ヨーロッパ(ケルト+ゲルマン+ギリシャ・ラテンの混合)の視線で見ると、イギリスという島国は、どんなに強大な時期を経ても、所詮「周縁文化」の国なのである。
 そして、そこから大西洋を渡ってできたアメリカも、「巨大な島国」「巨大な周縁文化」みたいなものなのである。オーストラリアもしかりである。

 それに対して、スペインやポルトガルが進出した中南米諸国は、たとえ先住民のインディオと大量に混血しても、ヨーロッパ大陸風普遍主義に連なる自分らの仲間、なのである。

 どこにもこうはっきりとは書いてないが、そしてそれは無意識な島国根性と同じような無意識な大陸ヨーロッパ中華思想なのだが、実はこういう感じなのである。

 第二次大戦後の人間が大半になった世界では、アメリカの大国ぶりが「常態」だったので、ヨーロッパの誇りはコンプレックスの裏返しだとか過去の栄光を捨てられないものだとか思いがちだが、「中央」による「周縁」差別の根は結構深いのだ。

 で、そのアメリカだが、こう「非白人化」が進むと、カルチャー的には、ますます脱ヨーロッパ化していくのだが、社会政策的にはだんだんとヨーロッパ風(福祉志向)になるという皮肉な過程に突入している。

 これが果たして、ユニヴァーサリズムの新しい突破口になるのかどうか期待したいところなのだが、パレツキーの話を読むと、まだまだ、アングロサクソン・ピューリタン的メンタリティが根強く、悲観的になる。

 「女性大統領よりは黒人大統領の方がまし」

 だとはっきり意志表示した人種差別団体のように、ピューリタン的偏見に基づく女性憎悪は、今のアメリカでも蔓延している。

 女性といえば、2026年を待たなくても、すでに、アメリカ人の半分なのだ。女性への憎悪や暴力や支配構造に踏み込んできっちり向かいあわない限り、アメリカがユニヴァーサリズムの旗手となる日は来ないだろう。

 
 
[PR]
# by mariastella | 2009-05-12 19:56 | 雑感

La tragédie de Gilles de Rais

théâtre du Nord Ouest にJean-Luc Jeener の 『ジル・ド・レの悲劇』の朗読上演を見に行った。

 これまでの関連記事は以下。

 http://spinou.exblog.jp/11291357/

 http://spinou.exblog.jp/11144599/

 といっても全編朗読ではない。全部読むと4時間以上になるそうだ。
 まあ、私もあまりの長さに、完読を放棄してこの上演に期待していたわけだが。

 でも、10名以上の役者たちの朗読は熱演で、上演後に舞台でJeener のコメントも聞けた。
 その後劇場の入口でもう一度Jeenerと話し、次の機会に食事をしようと誘った。

 この戯曲は先頃出版されたばかりだが、実はJeenerの若書きで、それ以来、悪の問題の神学についても自分の研究は変化したが、今の時代にアクチュアリティがあると思った、と言っていた。

 「青髭公」ジル・ド・レの「大量犯罪」は、魔術、錬金術、小児性愛、サディズム、屍体愛が複雑にからみあい、犠牲者は140名が挙がっているが、実は1000名を越すとも言われている。
 なぜ放置されたかというと、彼が大領主だったからで、そこいらの変質者が誘拐してきた子供を自宅の地下室でこっそり飼ったり殺したりするのとはスケールが違う。

 多くの召使や「友人」たちが、彼の犯罪に積極的に手を貸し、多分、間隔を麻痺させたり、潜在的な倒錯に目覚めたりしたんだろう。数人は処刑されたが、多くは、逃げた。処刑されたイエスのもとから逃げた使徒たちと変わらない。
 ブルターニュでは「聖ユダ」の民間信仰があって、「善の成就のための悪の必要性」というコンセプトがあったというセリフがあるが、その出所を今度Jeenerに聞きたい。

 基本的には、史実に忠実であるとJeenerは言っている。フィクションを加えたものはあるが、事実を捻じ曲げた部分はないと言うことだ。

 実際、ジルの犯行のシーンは、聞いていると胸が悪くなる。

 信じられない。

 しかしこの部分は、裁判での証言によって再構成された「史実」の部分であって、Jeenerが猟奇的な脚色をしたわけではない。

 芝居の中で、ジャンヌ・ダルクは言う。

 「人間はその性向(悪、暴力)を変えることはできないが馴らすことはできるのだ」と。

 しかし、ジルの解釈は、いつの間にか、ユダのように悪の杯を汲み尽し、飲み干した時に大いなる幸福が成就すると言うことになっている。 錬金術の l'oeuvre au noir (黒の過程)ということである。

 Jeener は、それでも、悪は実は賢者の石に決して行き着けない袋小路であると言う。

 悪を極めた者は孤独地獄に陥り、その袋小路に閉じ込められる。

 で、そこにやってくるのが「神の愛」で、神の愛からは誰も逃れられない、と言うセリフになる。
 だから、ジル・ド・レは聖者のように死んだ、という結末なのだが・・・

 そんなんでいいのか?

 ジル・ド・レが悪を極めた末に聖人のように崇められて死んだのは、彼のおかれていた社会的、時代的、地域的立場とその構造とメンタリティと切り離せない。

 悪とか暴力とか倒錯の衝動は、普遍的な部分もあるし、文化的要素もあるし、個体特有の神経系のアクシデントということもあるだろう。

 人間の歴史は大きな流れとしては、それを飼い馴らし、矯めてきたと思うし、これからもその方向に迎えると信じたい。

 ジル・ド・レのケースは、興味深い。

 戦争中の残虐行為は別としたら、権力者による破壊衝動というものは、「命令」の形をとるもので、自分で手を下すことは少ないと思う。ヒトラーは自分の手でユダヤ人を殺さなかっただろうし、テロ・カルト組織のリーダーも自分では毒を撒いたり自爆したりしないだろう。

 また、悪と聖なるものとの関係も普遍的だ。ジル・ド・レが子供たちを殺したように、無垢の者、子供、清らかな者、処女などが、どこの文化でも、神々と取引するために効果的な生贄として捧げられてきた。「善の成就のために犠牲が必要」という心性は奥深い。

 その意味でジル・ド・レは、聖女ジャンヌ・ダルクの火刑の煙を絶やさず守り続けた悪の司祭だったのかもしれない。
[PR]
# by mariastella | 2009-05-12 18:40 | 演劇

聖なるものの痕跡

 さっきUPした記事の中で、去年のポンピドーセンターでの『Traces du sacré』展のことに触れたのだが、今チェックしたら、このブログの中では触れていなかった。

 人体展との関連もあるので、ここにコピーしておこう。

 

 >現代美術における「聖の痕跡」をたどったポンピドーのテーマ展は、あまりにもフランス的なコンセプトである。

 この21世紀でも、アメリカで、ポーランドで、ロシアで、イタリアで、オーストラリアで、イギリスで、キリスト教の冒涜的なアート作品が、展覧会場で破壊されたり、ギャラリー閉鎖に追い込まれたりしている。日本やフランスにいるとそんなことがぴんと来ない。
 そんなことは、イスラム原理主義の話だと思う。でも、それは、キリスト教原理主義の話でなく、ある種の「善良な人々」の感受性に拒否反応を引き起こすのである。
 
 挑発というのは、拒否反応があるから挑発になるので、フランスでは平和だ。しかも、この展覧会は、モダンとポストモダンの流れにおける無神論的表現とその展開がすごく系統的に紹介されていて、加えて、演出が優れている。

 たとえば、遠近法の変遷のコーナー。
 西洋遠近法では消失点が画面の中にある。イコンの遠近法では、画面の向こうは神の世界で無限だから、消失点は、イコンを見ているこっち側に来る。その違いや、視線の向きによる、上昇遠近法の例を示しつつ、そのコーナーそのものが、遠近法の錯視を利用したつくりになっている。

 美術館の入口に、中国人アーチストの巨大な作品がある。チベットの祈りの法具(真言を書いてある筒をぐるぐる廻すやつだ)の巨大なのが突っ立っている。
 リアルで、サイズだけが巨大なんで、たとえばロン・ミュエックの新生児みたいに、そのサイズの錯誤そのもののインパクトをねらってるのかと思ったら、なんと、思想作品で、宗教が肥大化して権力的になる倒錯を告発したのだそうだ。ダライラマの政教一致の批判である。

 でも、一昔前までは、信教の自由も何も、チベットには他の宗教の情報がなかったんで、自由が迫害されてたわけではない。亡命後、外の世界を見たダライラマは率先して、民主主義体制を準備しようとしてるくらいだ。
 ま、このアーチストもその後、中国当局に追われる身だそうだけどね。こういうナンセンスも、まあ、チベットびいきのフランスだからこういうテーマ展でドンと出してもイデオロギー性が相対化されていいのかも。

 フランスに何十年もいるアングロサクソンの友人は、この展覧会は理解できないみたいで、忌避反応を示している。フランス的な感覚というのは、そう簡単にアシミレートできないのかもしれない。

 まあ、本当のテーマは、長いこと宗教組織が超越を管理してきて、それが否定された後に、では、芸術が超越を啓示できるのか、っていうことなのだが、アーティストっていうのは、別に教会やら司祭に代わって神降ろしをしようとしたのではなく、自分が神になろうとしているのである。クリエートということはそういうことで、そういう意味ではいつも冒涜の香りがする。 <

 以上である。

 本当に書きたいのは、アートの変遷と無神論と西洋近代がどう関わっているかということである。

 人やアーチストが自分で神や司祭に「なりたい」と思うのは、一種の「召命」である。
 よくないのは、自分に合わせて自分の都合で「偽の神」をでっちあげたり、「偽の神」の司祭を演じることなのだ。
[PR]
# by mariastella | 2009-05-07 22:15 | アート

「Our Body展」スキャンダルのその後

  パリでやっていた人体の不思議展が禁止された。
 これまでにこのブログに書いたことをおさらいしておこう。
 まず、昨年9月22日の記事。

 >今朝のラジオで一つ驚いたことがある。

 リヨンでプラスティネーションの展覧会があり、人を集めている、という話だ。

 これはドイツの誰かのテクニックで、人間の体に樹脂を注入して常態で保存した標本で、それを輪切りにしたりして、展示する。

 私は10数年前に、横浜のみなとみらいの中でこの「人体の不思議展」を見た。
 怖いもの見たさ、ののぞき趣味もあったが、何かシュールで、あまり怖くなかった。

 その後数年前に、東京で、中国で製作したという同種の展覧会を見たが、これはアジア人なので何かリアルで、どこかの強制収用所で本人や家族の許可なしに剥製にしたんじゃないかとか思えて気分が悪かった。

 で、この展覧会、アメリカのどこかでやったときに、倫理的なクレームがついたそうで、まあ、問題ないとなったらしい。ヨーロッパでもどこの国だかで、開催中止を呼びかける運動があったそうだ。

 私が驚いたのは、それについての解説が、アートはどこまで許されるかとか、アートと倫理というの問題だったからだ。プラスティネーションについても「アーティストは」なんたらとか、作品がなんたらとか言っていた。それで引き合いに出されたのが、先日も書いたが、サザビーズで飛びきり高価な値がついた Damien Hirst の作品だった。確かに、彼のも動物のホルマリン漬けなのだが・・・

 日本で、プラスティネーションの紹介やら解説の記事を読んだ時、それはアートだなんて語られていなかった。科学見世物、というか、科学展示会、で、見本市会場というか、よくても博物館展示という感じで、「美術展」とか、美術館とか、芸術とかの枠では議論されてなかったと思う。

 まあ、人間の臓器だの死体だのを展示して見る、ということ自体が際ものというか、冒涜的な感じなので、それを正当化して罪悪感を消すためか、啓蒙的、科学教育的なテイストと、新しいテクノロジーの価値とか、ことさら散文的なバイアスがかけられていた。アートであるかないかなんて切り口は私は知らなかった。

 これは、ミュージアムという言葉が日本語では美術館と博物館の2種類の訳があることとも関係する。博物館なら「科学的(歴史的も含む)」な価値のあるもの、めずらしいもの、がOKで、美術館には芸術的価値のあるもの、という合意がある気がする。

 ルネサンスのヨーロッパでは、新大陸からの文物はもちろん、キリンでもインディアンでも黒人でも肉体的ないわゆる「奇形」者でも、みんな「珍しいもの=価値あるもの」として、展示されたり、貴族やブルジョワが「Cabinet de curiosites」というコレクションにおさめたりした。

 こういうコレクションは、後の分類学とかの基礎ともなったので、好奇心といってもただの悪趣味ではなく、科学精神もあったわけだが、これが、キリスト教的な秩序や世界観におさまりきれない部分を収容していたのだろう。

 ミュージアムもほとんどは、個人のコレクションの発展したものだ。

 昨年はじめに上野の国立博物館でエジプトのミイラ展を見て、その時も、ミイラをCTスキャンして、中まで見せよう、というので、最新のテクノロジーが強調されていた。まあ、エジプトのミイラは考古学的価値や歴史価値もあって、人類遺産って感じはするから、それでOKだけど、どこの誰か分からない現代の中国人のおじさん、なんかが樹脂を注入されて縦割りされているなんて展示会は、考えてみると、どういう理屈をつけて「見せる」んだろう。

 確かに冒涜的な感じがするこんな途方もないものは、「科学」でなくて、「アート」とした方が、欧米では通りがよいようだ。
 「倫理に反する」というクレームも、ある意味で西洋的であり、それに対抗するには、「いや、科学的展示ですから」というよりは「いや、コンテンポラリー・アートですから」と言った方が通りやすいんだろう。

 では、あれは、アートだったのか?

 この意外な発想の違いはけっこう本質的な何かを秘めている気がする。

 聖人の聖遺骨の展示やコレクションの伝統が、ルネサンス以降も、偉人(学者・アーティスト・哲学者・政治家など)の遺骨だの体の一部の保存に変わって残っているヨーロッパというコンテキストとも切り離せないと思う。


次に今年の3月26日の記事。

 >前に書いた( http://spinou.exblog.jp/9765172/ ) 人体標本展がリヨンに続いてパリで開催されている。

 「アート」ではやはり無理だったらしくパリの科学技術館や人類博物館に売り込んだらしいが、いずれも、倫理的な理由で断ったらしい。それでも私的なスポンサーはついて宣伝はしているが、その後どうなったのかと思ったら、やはりその「人体」が中国人のものであるということで、毎年6000人から7000人と言われている死刑囚の者ではないかと疑問を呈する人が出てきた。

 私も日本で見た時、最初のドイツ由来の展覧会と違って、アジア人の標本には、嫌な感じがして、チベット人じゃないのか、と思った。

 フランスでの議論に、中国人は先祖を敬う伝統が根強いから、医学の献体も少ないので、このような標本(「万全の信頼を寄せての献体」ということになっているらしい)の出所はあやしい、というのがあった。

 ドイツのプラスティネーションは今でも健在で、人体サーカスとして演出を加えている。それもグロテスクではあるが、一応「アート」とか「表現」の線を貫いているのだ。最近、自分の身体を永遠に残したいと遺言して、名前を公表してプラスティネーションの処置をしてもらったドイツ人の写真記事を見た。だから、ばらばらにされるのではなく、本人の肖像みたいなのが同定可能になっている。
 まあ、埋葬が主流の文化において、自分の身体が腐るのがいやだ、という気持ちはあっても不思議はないので、無料できれいに処理してもらえれば、と思う人も出てくるのかもしれない。

 キリスト教といえば、プラトン風の「肉体は魂の牢獄」、という身体蔑視を思い浮かべる人もいるだろうが、そして中世ヨーロッパなどでは実際そういう部分もあったのだが、実際は、その根幹が「肉体」と結びついている。神が人に受肉したというのと、死の後にキリストは肉体ごと復活したという根幹である。

 だからキリスト教では、肉体蔑視と言っても、サクス(肉)とソーマ(体)を分けて、肉の方は、人間の条件である原罪、つまり欲望に屈して神から離れるので律するべきものであり、それに対して体の方は、聖霊の働く場所であり、聖性へ、つまり神との一致へ向かう。そこでは体は魂の牢獄どころか、神を宿す「神殿」ですらある。

 プラトンのギリシャには同時に肉体賛歌の文化もあったわけだし、ヨーロッパでもルネサンス以降の社会におけるキリスト教の非宗教化の過程では、やはり、人間=肉体の称揚=神格化があったわけだ。だから、その名残がある今のフランスでも、「神を冒涜」するようなアート表現はかなり過激でも別に問題にならないのだが、人間の体の展示には倫理的問題を感じるらしい。

 これがいわゆる「聖人の体(腐らないパードレ・ピオの遺体とか)」の公開などであれば、それはまさに神格化しているのだから、崇敬であって冒涜にはならない、という論理が通るのだが、単に「教育的見世物」として人体を公開するのは非常に抵抗があるわけである。
 ヨーロッパでもたとえばムッソリーニのような独裁者を殺してその死体を「さらしもの」にするというような野蛮なシーンはついこの前まであったわけだが、そういうトラウマも含めて、「人体の不思議展」に強い嫌悪を表明する人が後を断たないのである。

 文化的文脈というのは不思議なもので、好奇心にかられて日本ではプラスティネーションも人体の不思議展も見てしまった私は、パリでは忌避感がある。

 生命活動を失った後の人間の体に向ける視線には、いつも、世界観が現れる。それは「種」としての人間観であり、自己をどう認識しているかということでもあるのだろう。


 次に、4月5日の記事の後半。


  > 同じ「体」つながりで、しつこいようだが、パリでやっている例の「人体の不思議」展は3月20日に、 「人間の遺体は尊重と尊厳と礼儀を持って扱われなければならない」というフランスの法律に違反するということで、死刑反対のNPOなどが中止を申し立てた。
 インタネットの宣伝サイトでは「アーティスティックで教育的なもの」とあり、反対派は、「センセーショナルであり、科学的ではない」と攻撃している。このへんも微妙に歯に衣着せた論点のずれがある。

 主催者側の弁護士は、展示は科学的側面が重要で、目的は人体を désacraliser (=非神聖化)することである、これによって、フランスにおける臓器ドナーが増えるのに寄与できるかもしれない、などと言っている。

 こういう風に言ってしまえるのは、フランス社会が長い間、カトリック教会の影響によって体を管理されてきたことから「解放」されたという「ポジティヴな戦い」についてのコンセンサスがあるからだろう。

 表現の自由は守られなくてはならないし、冒涜罪、冒聖罪は、あってはならない。ということで、「人体」をめぐる「モノ化」への抵抗を、人体の「神聖」化=過去の遺産という図式を使って排除しようという論理だろう。

 判決は4月9日に出るそうだ。

 この展示は、15ユーロとフランスにしては高く、結構人を集めてビジネス的には上手くいってるようだ。

 人体が開かれたり切り刻まれたり、処理されているのを見てみたいとか際物を見てみたいという気持ちは、普通の人の普通の死が家庭などから消えてしまって、若さと健康至上主義である今の世の中においては、ちょっと不思議な衝動でもある。

 他者の「遺体」を「眺める」という行為には、それなりの意味づけが必要だ。
 その意味付けのないところで、ただ、金を払えば好奇心を満たせるというだけでは、居心地の悪さが残るかもしれない。

 カトリックなどでの聖人の遺体信仰では、「神聖化」が隠す方へ向わずに、「神聖化=神聖なモノ化」になっている。それは類推呪術から受け継がれてきた「病の治癒」などという「意味」の流れの中で呈示されている。

 死を生に統合するやり方や、遺体をどう処理するかは、あまりにも人間的で、同時に文化的な指標なので、観察の興味は尽きない。<

以上である。

 というところで、その後、日本に行って、こっちに帰ってきてみたら、展覧会は4月22日の夜に仮処分で閉鎖され、その後4月30日に正式に中止命令が出たそうだ。

 4月21日の判決では「良俗に反する」ような訴えが認められた形だったようだが、30日の判決では、特に、主催者側が、展示されている遺体の身元や本人の生前の同意を証明できないというところが、人権侵害の疑いとなったらしい。本人の同意のない中国の死刑囚の死体だという訴えに反応したようだ。

 フランスで、法律が、一般の展示会を中止するのは、非常に稀なケースである。
 前衛アートへの許容が高いから、アメリカやイタリアやイギリスなどで冒涜的だとされて中止や非展示に追い込まれるような作品でも、ほぼフリーパスである。その辺のことは、以前ポンピドーセンターでの『Traces du sacré』展の記事でも書いた。

 マルセイユやリヨンではすでに公開されたこと、日本で私自身も見ていること、も含めて、けっこう複雑な気分だ。イスラムでは遺体の公開は禁じられているからパリのイスラム・ロビーが影響しているのではないか、とちょっと穿った考えも頭をよぎる。

 これに関するブログを見てみると、案の定、キリスト教の聖人のミイラの公開はどうなんだ、と書いている人がいる。
 人権という点で考えると、聖人に認定されたような人は、すでにそういった聖人の遺体や聖遺物信仰のある環境で生きていて、自分も死んだらみなさんの祈りを神に取次ぎます、と言明したり、聖人になりたい、などという積極的意識を持っているのが基本だから、遺体の公開もOKという同意があったようなものであると思われる。それでなくとも、普通は教会の決定に従順であるという意志を示しているのだから、聖堂内陳列というか、崇敬の対象になっても、まあ、信仰の問題、せいぜいフォークロアの問題だ。

 人体標本展は、教育的科学的と銘打っても、大学医学部の標本室の出来事ではなく、大宣伝をして、高い入場料もとって、関連グッズも販売したりして、完全に商業行為なんだから、人々も別に賽銭を上げたりガンをかけたり拝みに来るわけではない。で、だから、「あやしくない」=教育的というのは、確かにどこかおかしい。

 どんなものでも宗教色を消せば、ただち無味無臭で無害な商品になるのかと言えば、逆に、宗教という口実がないことでかえって突出する実存的な冒涜の香りも立ち上ってくることがある。

 きっと、人間の体というものは、生きている時も、死んでからも、自分ひとりのモノではなく、情動をともなう関係性の中でしか存在しないものなんだろう。

 開かれ、スライスされ、標本にされ展示されているモノとしての体が、いったいどこから来て、何もので、どこへ行くのかという問いを抜きにしては、見ることを共有できないというフランスの感覚は、ひょっとしたらかなりフランスらしく健全なものなのかもしれない。
[PR]
# by mariastella | 2009-05-07 21:54 | 雑感

Le diable rouge

 Le diable rouge 『紅い悪魔』

 これは緋色の枢機卿の衣を纏って権謀術策を弄したルイ14世の宰相マザランの形容だろう。

 夕べ、モンパルナス劇場で観た芝居。今年のモリエール賞でも話題になった。

 脚本Antoine Rault
 演出Christophe Lidon
 出演Bernard Malaka , Geneviève Casile , Alexandra Ansidei , Denis Berner , Claude Rich , Adrien Melin

 今の時代の政治状況に通じる風刺ももちろんあるのだが、このルイ14世の親政直前の時代のフランスの歴史にやはり想いが馳せられる。

 リシュリューもすごかったが、マザランは「人たらし」だったとも言われ、自分の弱さを上手に見せる事の上手さもよく現れている。マザランの台詞にイタリアなまりを加えないというのは、主演のクロード・リシュの選択だったそうだ。それがかえって、イタリア人マザラン、スペイン人のアンヌ・ドートリシュ(ルイ14世の母后)、イタリア人のマリー・マンチニ(マザランの姪、ルイ14世の恋人)らの、国への思い、フランスへの思い、家族への思い、らの複雑さを強調して、複数のアイデンティティの間で揺らぐ人間の心や、ヨーロッパの歴史的現実について考えさせられる。

 自分も14歳でルイ13世に嫁がされたアンヌの女性としての心や、マザランへの愛、息子への愛、国や兄への愛も身につまされるが、稀代の政治の天才ともいえるマザランが死にあたって、「ああ、ほんとはずべての人が自分より先に死ねばいいと思ってたんだが・・・」と生への執着への本音を吐くところもすごい。

 主演の名優クロード・リシュは80歳だ。権力の頂点にあって長い間病気に苦しんだマザランの、一種無邪気な計算されたわがままさが、死への恐怖と諦念とを彩って、すばらしい説得力を持って演じられている。

 しかし・・・

 しかし・・・

 30歳前に教皇庁の公使としてフランスにやってきて、40歳でフランス宮廷の宰相の地位に登りつめたこのマザランは、実際は、満59歳にも達しない歳で、死んでいるのだ。

 私とほぼ同世代である。

 惚れやすく醒めやすく、理性と情熱とパワーゲームの嗅覚を兼ね備えたルイ14世とマザランの関係も、温かいような容赦ないような、嫉妬(母親の傾倒、ルイの若さ・・・)や葛藤が混ざった独特のものである。

 ハプスブルクとの戦争に決着をつけたかったスペインのマリア=テレサとの結婚のための根回しは、そう簡単なものではなかった。しかし、フロンドの乱の沈静以来、マザランの手腕がもっとも発揮されたのはこの結婚かもしれない。
 
 この結婚を受け入れなければ、ルイ14世は「太陽王」でなく「流れ星」に終わっていたかもしれないのである。

 ハプスブルグの大海に囲まれたブルボンを光源とする「太陽王」に成長したルイは、ナントの勅令を廃止する頃に、真の絶対君主となったのだ。

 随所に挟まれるバロック・ダンス曲が聞こえてくる度に、片足をこの時代においたままにしている私のフランス・バロック魂が揺り動かされる。

 非常にすぐれた芝居だが、あまりにフランス的でもある。

 こういう芝居は翻訳劇にしたら意味がないだろうな。

 日本の時代物で、このようなタイプの政治=心理劇の新作が見てみたいが。
 日本の時代モノの新作というと、歌舞伎風か人情モノ、勧善懲悪モノ、お家復興モノ、敵討ちモノ、忠義モノ、武芸モノ、大奥モノ、あるいはTVの大河ドラマ風のモノとか、いろいろあるようでいて、どれも型が決まっていて、現代的(=超時代的)で鋭い切り口のものは少ないんじゃないだろうか。
[PR]
# by mariastella | 2009-05-07 20:26 | 演劇

インフルエンザの報道について

 日本にいる間にメキシコ発の新型インフルエンザの報道が始まって、胸が悪くなった。
 過剰反応というか、恐怖心をそそるような、カタストロフィ映画のような映像ばかりだし、あの段階で、大臣がが午前1時とかに記者会見するのにも驚倒した。メキシコから来た飛行機に乗り込む検疫の人の様子も。
 フランスではだいぶ違うだろうなあと想像していたが、やはり、メキシコ便の検疫も5月に入ってから始まったばかりらしいし、アフガニスタンの情勢とかのニュースの方が大きい。日本では、飛行機の旅、大丈夫ですか、といろんな人に言われたが、シャルル・ドゴール空港もいつもと同じアバウトな感じだった。

 9・11の時も、日本のニュースは邦人の消息ばかり伝えて、フランスでは、フランス人の消息よりも総合情報が多かった。まるで日本の政府は日本人の安否をすごく気づかってくれているみたいだが、海外に暮らして何十年、日本の海外公館が邦人のサーヴィスに徹しているという実感はまったくない。むしろ冷たい、というのが実感だ。フランスの方が、移民2世のフランス人が9・11に関わってアメリカで裁かれた時も熱心に人権保護をしようとしていたし、紛争地域におけるフランス人の人質救出にも明らかに熱心だ。

 日本のあの熱心さは、いわゆる水際作戦で、悪の元がうちに入り込まないようにしよう、というだけの自己中心な態度だけだ。伝染病が起こるとまたたくまに大惨事になるような開発途上国の構造的や技術的な問題に対してそもそも何か援助できるのか、という発想はない。
 
 それでも、それですら、フランスでは、この新型インフルエンザに対する過剰報道を批判する声をいろいろ聞けた。

 まず、メディア操作の問題だ。

 たとえば、スリランカでタムールのゲリラ殲滅の政府軍の攻撃に巻き込まれて死ぬ人々の様子は撮影禁止だから出てこない。人がいなくなってがらんとしたメキシコの通りの映像を流す方が恐怖心をそそることができる。

 新型インフルエンザは確かに世界中に被害を及ぼす可能性があるが、普通のインフルエンザでも、高齢者や子供や免疫力の弱っている人の間では死者を出す。でも、先進国では概して栄養状態がいいし、抗ウィルス剤もあるから、大惨事になる可能性は、後進国に比べてずっと少ない。アフリカでのエイズの蔓延を考えても分ることだ。

 日本やフランスのような国では、インフルエンザによる少数の死者が出ても、それはすぐに、餓死者の数よりも多くなる。しかし、地球には10億人の栄養失調者がいて、日に2万人死んでいる。マラリアでは、毎日3000人の子供たちが死んでいる。

 逆に、ヨーロッパのような地域で本当に深刻なのは、政治的構造的伝染病の上陸である。たとえば、セネガルあたりから毎日のように飲料水もなく送り込まれて漂流する膨大な数の不法移民の問題だ。
 どんなに「強制送還」したり、取締りしたとしても、故郷で餓死するかサヴァイヴァルをかけて危険な渡航をするかどちらかだ、という人々を止めることはできない。ウィルスを水際防止する難しさどころではないのだ。地球における根本的な貧困の問題と向き合わない限り解決できない。

 日本でも、アジア諸国からの不法移民者の問題は深刻になっていると思う。しかし、貧困をウィルスのように水際で撃退するだけで解決できる問題ではない。
 そして、構造的な貧困の問題は日本国内にも広がる。

 日本では毎年、自殺者が3万人を超えている。一日100人近くが自ら命を断っている計算だ。

 はっきりいって、インフルエンザどころではない。

 ものものしい検疫や午前一時の記者会見する暇に、人々がなぜ自殺に追い込まれるのか、構造的、政治的、精神的な原因究明や対策に真剣に取り組むべきではないのか。

 新型インフルエンザについての報道を聞いていて胸が悪くなったのはそのためだと思う。
[PR]
# by mariastella | 2009-05-06 18:09 | 雑感

仏舎利シリーズ (続き)

 16日の、市役所のパーティのパリ市長からの招待状は余っていないのだが、15日のl'INSTITUT hUYEN VI(86Rue Pasteur 94400 Vitry sur seine)での9h30からのセレモニーと、17日のヴァンセンヌのパゴダでの11時からのセレモニー(その前の行列は一般の人ももちろん見学できる)の招待状の方は、後一人か二人くらいなら私と一緒に入ることができる。

 パリ市役所(タピスリーの間)でも、16日の9h-18hまでは一般公開しているので、基本的には誰でも見ることができる。

 仏教連合の代表によるセレモニー自体をすごく見てみたいたい人は、mayatosally@gmail.com に連絡してみてください。(基本的に仏教徒優先なので、外見がすごくイスラム的とか十字架をいっぱい身につけてる人とかは遠慮してください)

 タイでの仏舎利信仰も、神通力が手に入れられるという権力的、呪術的なものみたいだ。
 ゴールデン・マウント(黄金の丘)という、人工的に造成された丘の上の300階段を上った頂上の仏塔内で中央に鎮座しているのを10バーツの拝観料で見られるそうだが、その塔の頂に封印されていてバンコクのどこからでも拝めるのだ、とフランスでは聞いた。日本語のインタネットで「バンコク+仏舎利」などで検索すると、写真入りのいろいろなブログが出てきたが、舎利容器に封印されていて「真骨」自体は見えないような気もする。
 また、めったに見られない御開帳のような写真でも、米粒のようなのが数粒で、これは日本の寺院でも見られるような、石英とか珊瑚とかの珠によるコピーじゃないのかと思える。でもとにかくタイの人は真剣に拝んでいるそうだ。

 タイでは仏舎利を女性に拝ませないケースがあって、人権侵害で訴えた女性もいるというのは興味深かった。
 
 私の興味の対象は、マチエールとしての聖遺物で、偽物か本物かをめぐっての心理や信仰のメカニズムなので、やはり、フランスでの公開の仕方や受容のされ方が興味がある。
 
[PR]
# by mariastella | 2009-05-06 17:25 | 宗教

仏舎利シリーズ

 フランスに帰ったら、パリ市長からの招待状(5月16日)と、フランス仏教連盟からの招待状(15日と17日)とが届いていた。

 ついでに、今世紀に入ってから、タイから世界中をぐるぐる回った後、NYの国連本部にも釈迦の真骨が贈られたエピソードについてもはじめて知った。

 今回の経緯、そして、政教分離のはずのフランスでパリ市役所がなぜ関わることになったのかの詳しい話も。

 驚きの連続である。

 ムハンマドの聖遺物ならこうはいくまい。イエスの聖遺物でももちろんだ。

 実際、パリ市役所は、「聖遺物」という名を伏せたポスターを用意している。同じイヴェントに仏教連盟のポスターと2種類用意されているわけだ。

 この辺の経緯については内部供覧のものでしか知ることができないので、すぐにこのブログに書くわけにはいかない。

 問題の3日間が終わったら、また報告しよう。
 
 
[PR]
# by mariastella | 2009-05-04 16:46 | 宗教

帰りの飛行機で見た映画

 帰仏。昼のフライトで、、久しぶりの日系航空会社なので、日本映画を集中的に見ることにする。

 まず、『20世紀少年』の第1部と第2部。

 2作続けて見ると長い。

 しかも完結してないのでフラストレーション。

 浦沢直樹の原作をビッグコミック系雑誌ではじめの頃少し読んだことがある。彼のコミックはいつも謎が壮大で、『モンスター』なんかは最後が気になって、ついに日本でコミック最終巻を購入したこともある。

 しかし、「科学冒険映画」と銘打つにしては、実写にすると荒唐無稽さばかり目立ち、ラストの、人間が死んでよみがえったら神になるとか、先例はイエス・キリストただ一人、とか大仰に言われると、キリスト教徒でなくとも、マスクを取って顔を確認しなくてもいいんかい、とつっこみをいれたくなるのではないか。

 万博のパロディがあったり、1969年の日本が、高校生だった私と、映画の主人公である小学生の男の子たちとではここまでイメージが違うんだなあ、と感慨深いものがある。彼らの日本の光景(原っぱの秘密基地とか)は、まるで、私の小学校の頃の日本の光景で、時代よりも年代の問題なんだろうか。

 概して面白い小説が映画化されると、切り捨てられる部分が多く想像力も乏しくなるので、つまらなくなる感が多いが、コミックの映画化もアニメならいざしらず、薄手になると思った。俳優の魅力とか映像のディティールの面白さはあるのだけれど。逆に、面白い小説がコミック化されて成功する例はわりとある。コミックのレベルの高さ、潜在力は、実写をしのいで、小説に拮抗するのだろうか。

 日本では豚インフルエンザ騒ぎがすごかったので、(フランスに戻ると全然トーンが違う)、毒食わば皿までと開き直って
 
 『感染列島』(瀬々敬久監督)も見る。

 まあ予定調和風のカタストロフィ映画だが、それでも、正直言って、『20世紀少年』よりじっくり感があって楽しめた。主人公のカップルは結ばれないが、10代の若いカップルが助かるところで希望が繋がれている。
 『20世紀少年』もこの映画も、何かというと、外国ニュースが流れる。
 前者では、「世界征服』が目的だから、ロンドン。パリ、NYも絶滅したりするが、こっちは、日本が罰せられている、という自虐的な感じが強い。実際、結構な被害が出て、後味はすかっとしない。

 南の島に感染源を探しに行くというシーンもあって、変化に富んでいるので飽きないけど。

 次に口直しに

 『旭山動物園物語 ペンギンが空をとぶ』(マキノ雅彦監督)を見た。

 それこそ予定調和のほのぼの物語かと思ったら、なかなか手に汗握る展開だ。
 正直これが一番おもしろかった。

 すべての動物物語と同様、動物たちのインパクトがすごいこともあるが、園長役の、西田敏行をはじめ動物にくわれないだけの芸達者がそろっていて、楽しい。

 ただ、この映画の若い飼育係のエピソードといい、20世紀少年の子供時代といい、なんだか、日本の小学校では「いじめ」がトラウマであり原体験(いじめていたり目撃していた者も含めて)であるらしい陰惨な感じがあって、それが「よくあること」らしいのは、胸が悪くなる。

 自殺対策といじめ対策は、景気対策やインフルエンザ対策よりも根源的で急を要するんじゃないか。

 その後、1本くらいフランス映画を見ておこうと思って、

 『L'Heure d'été』 (Olivier Assayas 監督)

 を見た。母親が死んだ後の遺産相続に3人の子供が直面する話で、これも今の私と近い状況なので身につまされたが、他の4本の日本映画とは、全く違う空気が流れている。
 兄弟の葛藤とか、老いた母の心理とか、もちろん普遍的な人間感情は共通しているのだが、日本とフランスって、何かが決定的に違う。
 この映画での母親の誕生日パーティや、いろいろな会話、人と人との距離、反応など、こちらの方が、私の日常にずっと近い感じがするのは当然といえば当然だが、何かもう、私は日本的世界では生きられないなあと思ってしまった。

 それこそいじめにあうか、鬱病になりそうだ。

 

 
[PR]
# by mariastella | 2009-05-04 16:35 | 映画

我々はどこから来たか、我々は何者か、我々はどこへいくのか

 名古屋モノその2

 教科書に載ってるような有名美術作品で、本物を見ると以外に小さいので驚くという代表にダヴィンチのモナリザがあると言われるが、ゴーギャンの『我々はどこから来たか、我々は何者か、我々はどこへいくのか』もその一つだろう。

 私は昔はゴーギャンに何も感ずるところがなかった。なんか平板なタヒチの光景、という認識と、ゴッホから切った耳を贈られた男というスキャンダラスなイメージはあったが。

 ゴーギャンが好きになったのは、1891年の『IA ORANA MARIA』という聖母子の絵を見てからだ。
 マドンナは、緋い色のパレオを腰につけ、左手に天使がひざまずき、女たちが拝みにやってくる。

 ところが、その聖母の方に乗る幼子は、青黒く、首の据わらない重度障害児であるという解説を読んだ。
 首が真横に倒れ視線の定まらないそんな子供を抱えたマリアの表情は実に生き生きとして、自然だ。

 肩の上のイエスはかわいらしい子供ではなく、すでに30年後に十字架上で残酷な殺され方をしてがくっと頭を垂れる姿の先取りだとも言える。しかし、マリアは、そんな変わり果てた我が子の姿を見て嘆くピエタ像の嘆きのマリアではない。実に平然としている。

 悟りというのはいかなる場合でも平気で死ぬことなのではなくて、いかなる場合にも平気で生きていることであると、正岡子規が言っていたが、この聖母子像はまさにそういうことを気づかせてくれる。

 色も明るく暖かく、見ているだけで幸せだ。配色の天才、構図の天才である。

 で、それ以来、私はゴーギャンの畢生の大作と言われる『我々はどこから来たか、我々は何者か、我々はどこへいくのか』(1897-98)を見れば、何か大発見があるに違いないと期待していたのだ。

 この作品はボストン美術館にある。ところがちょうど、今回、名古屋ボストン美術館で公開されていた。

 意外と小さい。

 意外と暗い。

 『IA ORANA MARIA』で見られるマリアのパレオの赤は、この作品では中央右よりの赤い実や左下でそれを食べる子供の持つ実、左端下の鳥のくちばしなどに散見されるだけ。

 名古屋造形大の学生たちが黒白処理した記念作品では右下の赤ちゃんの腰布も赤かったが、その方がなんだか説得力がある。

 この展覧会にも一つ聖母子画があって、『IA ORANA MARIA』と同じモチーフだ。

 木彫レリーフ作品もあり、それを見ていると、ゴーギャンって、彩色の天才とはいえ、版画やレリーフや彫刻の方が合ってるんじゃないかと思えてくる。今でもインドネシアあたりで彫られるちょっと前衛的な仏像の顔などと明らかに親和性があるし。
 屏風絵などとも似ている。背景の処理、左右端上のメタリックな黄色の使い方、左の水面、時系列と空間が波のように干渉しあう画面。

 ゴーギャンってデンマーク女性と結婚していた。子供もいる。
 波乱にとんだ彼の人生を考えると、感慨深い。

 期待していたような衝撃の出会いはなかったが、なんだかしみじみとさせられてしまった。

 
[PR]
# by mariastella | 2009-04-30 16:23 | アート



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
以前の記事
カテゴリ
検索
タグ
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧