L'art de croire             竹下節子ブログ

Jean d’Ormesson の『la conversation』(éd.Héloïse d’Ormesson)

ジャンヌ・ダルクが最優先なのに、このところ心がナポレオンに向かいがちだ。

しかも、ナザレのイエスが十字架にかけられられたのとほぼ同じ歳の頃のナポレオンに。

終身第一統領が、皇帝になることへの野心を燃やすあたり。

理由はJean d’Ormesson の『la conversation』(éd.Héloïse d’Ormesson)を読んだからだ。

ナポレオンがはじめて自分の野心を第二統領のカンバセレスに語る対話の形だが、ナポレオンの言葉はみな当時の手紙や証言を組み合わせてできている。

フランス革命の中心人物たちがみんな30代とかの若さだったのに驚いたことはあるが、霧月のクーデターに成功して第一統領になった時点のナポレオンが僅か30歳だったということには、やはり、あらためて驚かされる。

30代前半の男が革命を総括して「皇帝」になろうと思うことの、とてつもなさ。

先日、ナポレオン・エピゴーネンのボカサのドキュメント

http://spinou.exblog.jp/16878261/

を見たせいなのか、なんだかよけいに感慨深い。

そして、この本にはほとんど出てこないのだが、ナポレオンについて何度調べても、キイ・パーソンはピウス7世だなあと思う。

ピウス7世こそがナポレオンを救い、近代ヨーロッパの最良の部分(つまり、二度の大戦の後にEUを曲りなりにも形成したこと)を作った男だ。

ジャンヌ・ダルクとナポレオンの運命を分けたのは、イギリスがローマ教会から「脱退」していたかどうかでもあった。

ナポレオンの人生の中で、理解できなかった部分が、ピウス7世を通して見たら納得できる。

ナポレオンの若さもキイとなる。

彼のただひとりの兄だけは野心も少なそうな人だ。

でも苦労を知らないで突然「貴族」もどきになってしまった6人の弟妹たちは、いろいろ彼の足を引っ張るのだが、1800年の時点では、まだ20代前半とか10代後半という歳なのだ。

しかも基本的に苦労知らずで、もう、やりたい放題のガキばかりである。

天下国家に対する自覚など一片もない。

この落差はすごい。

私はなんとなくこれまで、ナポレオンは、兄弟姉妹がたくさんいたから姻戚関係も含めて、彼らを次々と自分の「帝国」の王に据えることができて便利だったろうなと思っていたのだが、この本を読んで、すっかり気の毒になってしまった。

そういえばジャンヌ・ダルクの兄たちもなんだかなあ、という感じだったっけ。ジャンヌには姉1人と兄2人弟1人がいる。弟はジャンヌといっしょにイギリス兵につかまった。当然彼も10代の少年だったろう。

ただ、ジャンヌは、自分の家系の行く先など眼中になく、むろん子孫を残そうともしなかったわけだが、ナポレオンはやはり終身だとか、後継者だとかにこだわった。

最初から自分一代限りとしか考えていない聖処女ジャンヌだとかローマ法王ピウス7世だとかの方が、いざとなるとしぶとい部分がある。
[PR]
# by mariastella | 2011-10-14 16:31 |

社会党予備選と原発について

15日に社会党の大統領候補選出予備選の決選投票がある。

オーブリー女史とフランソワ・オランドが水曜日にテレビ公開で意見を戦わせた。

この2人、前々書記長と前書記長だけど仲が悪いなあ。

一次予選で敗退した5年前の候補のロワイヤル女史(オランドとの間に成人した4人の子供がいる)が正式にオランド支援に回ったので、オランドは、大臣職の経験ではオーブリーに負けるし、オーブリーのような親の七光り(オーブリーはドロールの娘)もないので、オーブリーとも仲の悪いロワイヤルを味方につけたという自信たっぷりで、にやにや笑い。

彼を形容する時に使われる「臆病でゆるい(柔らかい)timide et mou」という政治に対してオーブリーが、「強い(硬い)社会党」とつっぱってみせたら、オランドは、硬いか柔らかいではなくて「堅固(solide)な政治を」、と返して見せた。

この予備選について自分は最初から信念の人、オーブリーはDSK(NYでのセックス・スキャンダルで失墜)の代役だというニュアンスもあちこちに加える話術も巧みだ。

ヒラリーとオバマの時のように、最終的にサルコジに勝つには女性候補よりオランドの方が確実というプラグマティックな流れもあるので、全体としてはオランドが今でも有利だと見られている。

今回の討論ではもうエネルギー問題は取り上げられなかった。

社会党はもともと原発国策に反対していなかった。フクシマ騒ぎとドイツやイタリアの動き、大統領選を見越した緑の党への迎合、などから、最近あわてて一応の「脱原発」を掲げてみたものの、おざなりだということは明らかである。

オーブリーは、今から30年で脱原発と言っているが、もし来年政権をとっても、社会党政権が30年も続くわけはないし、61歳の彼女自身の政治生命も、せいぜい後10年程度だろう。

オランドの方はもっとひどくて、今から2025年までにフランス電力の原発依存度を今の75%から50%に減らすと言っているだけだ。

これは、別に、原発を25%廃炉にするというわけではなく、持続可能エネルギーなどを増やすことで、原発の割合を減らすと言っているにすぎない。

つまり、今原発以外にある25%のエネルギー源を、「3倍に増やす」と言っているわけだ。

すると、全体で50%増しのエネルギー。

ますます電気を使い放題のエネルギー大国にして景気も回復、という展望である。

あり得ないだろう。

こんなふうに社会党の脱原発スタンスがいい加減なものだから、フランス原子力委員会のベルナール・ビゴ(Bernard Bigot)はフィガロ紙を通して、もっといい加減な数字を打ち出した。

「フランスが脱原発をするには7500億ユーロかかるんですよ」(だからこの緊縮財政ではムリムリ・・・)

というのだ。

で、この数字の根拠というのがインチキにもほどがある。

それは、ドイツが脱原発を決めて、持続可能エネルギー開発に向けた予算である2500億ユーロを単純に3倍した数字なのだ。

ドイツの新エネルギー開発予算を、「廃炉予算」と言い換えて、フランスにはドイツの3倍の原発があるからその3倍という計算である。

当然、原子力発電を続けていった場合の増え続ける廃棄物の処理を含めた厖大な経費との比較などない。

それなのに、なぜか、どのメディアも、そしてそれを翻訳する世界中のメディアが、この計算の仕方についてなんの検証もせずに、「7500億ユーロ」を繰り返し、まるでそれが「廃炉不可能」を正当化する唯一の現実的数字であるかのように「既成情報」になってしまった。

原発ついでにもう少し書くと、9月5日の朝日新聞に載ったらしい管前首相のインタビューにすごいことを見つけた。

http://www.asahi.com/politics/update/0905/TKY201109050628.html

「菅直人前首相は5日、東京電力福島第一原発事故について朝日新聞の単独インタビューに応じ、フランス政府から事故後、同原発の使用済み核燃料の引き取りを打診されたことを明らかにした。

 菅氏が5月に仏ドービルでのサミットに参加した際、フィヨン仏首相から提案を受けたという。菅氏は「フランスは使用済み核燃料を持って帰ってもいいよと言った。ある種のビジネスかもしれないが当然、経産省の現場には伝えた」と語った。

 日本政府が福島第一原発の事故で使用済み核燃料の処理に窮するなかで、原発大国のフランス政府がトップセールスで再処理を売り込んできた格好だ。応じれ ば日本の核燃料サイクル政策が根底から崩れかねないとして経済産業省内には反対論が強く、政府内で協議を続けているという。

 当時、東電の調査で、福島第一原発1~4号機のプールは原子炉内の燃料と違い、比較的損傷が少ないことが判明。プール内には3108体の核燃料があり、 うち使用済み核燃料は2724体。フランスの提案は、再処理技術の先進国として原発事故が起きた日本の使用済み核燃料を処理することで、技術力を世界にアピールする狙いがあったとみられる。

 日本は使用済み核燃料について、2012年に完成予定の青森県六ケ所村の再処理工場でプルトニウムを抜き出す核燃料サイクルを進める予定。フランスへの 再処理委託は終わっている。経産省内には「改めてフランスに引き取らせると再処理をあきらめることにつながる」と慎重論が強かったため、フランス政府には 返答しておらず、政府の「エネルギー・環境会議」で取り扱いを議論しているという。 」(引用終わり)

 これって、なかなか意味深長ではないだろうか。

「ある種のビジネス」だの「フランスの技術力アピール」などというが、少なくとも、フクシマの後、3ヶ月くらいは、フランス人は本気で「責任を感じていた」ふしがある。

アレヴァの社長でさえ、フランス人の反応は情緒的すぎると言っていたくらいだ。

実際、第三号炉のMOX燃料はアレヴァが売りつけたもので、事故があった時のリスクの大きさは分かっており、フランスのネット上では、アレヴァに怒りをぶつけて、アレヴァは責任をとって世界中に売りつけたMOX燃料を全部引きとれ、と訴えて署名運動を展開したフランス人までいて、それなりに盛り上がっていた。

Bonjour à tous
J’ai lancé sur le web au titre de simple citoyen un pétition pour qu’AREVA qui est complètement impliqué dans la catastrophe de Fukushima rapatrie immédiatement le combustible MOX qui contient du plutonium (7%), de toutes les centrales nucléaires de la planète ou elles en a vendu.
Vous pouvez signer cette pétition à cette adresse, :
http://www.mesopinions.com/petition-pour-le-retrait-du-combustible-mox-de-toutes-les-centrales-nucleaire-d-la-planete-petition-petitions-b2bc8d0d270a04e27179c3e9b3fa70c4.html

これは5 月の下旬であり、ドーヴィルのサミットでフィヨン首相が管首相に使用済み燃料の引き上げを申し出たのと同じ頃である。

この時期であれば、日本が強く出れば、少なくともフクシマの使用済み核燃料については、リサイクルビジネスの「発注」などではなくて、「廃棄物無料お引き取り」という形で交渉できたのではないだろうか。現に、アレヴァは4月始めに日本に配達する予定だったMOX燃料送りを同義上の理由から中止した。その時も散々非難を浴びたからだ。

それなのに、日本は、「六ケ所村での再処理を諦めることになる」ということが念頭にあって、むざむざと、2724体もの核廃棄物をさっさとひきとってもらうチャンスを逃したわけだ。

最近こういうのも読んだ。

http://eco.nikkeibp.co.jp/article/report/20110928/108520/?ST=rebuild

フクシマでは

「無電源でも一定時間原子炉を冷却できる仕組みがあったんです。1号機には炉の内側と外側の温度差で動く「隔離時復水器」が、2号機と3号機には隔離 時復水器の進化版である「原子炉隔離時冷却系」がそれぞれ設置されていました。その結果、津波で電源を喪失した後も、1号機は約8時間、2号機は約63時 間、3号機は約32時間、それぞれは冷却が続き、制御可能な状態だったと考えられます(※詳しくは日経ビジネスオンライン「見逃されている原発事故の本質」を参照)。

 いずれも稼働時間はほぼ設計通りであり、現場のエンジニアはそれが“最後の砦”だと知っていました。言い換えれば、やがて冷却が止まって原子炉が 制御不能の状態に陥るとわかっていたのです。1号機の場合は毎時25tの水を入れ続ければ熱暴走を防げますが、貯水タンク内の淡水では到底足りません。豊 富にあるのは海水だけ。もはや、海水注入以外の選択肢はなかったのです。」

という山口栄一教授の話だ。つまり、まだ冷却が可能だった時間にすぐに海水を注入しなかったのは、「いったん海水を注入すると後は廃炉しかない」という躊躇があったからだそうだ。

みんな、あんな非常時に、

「もうすぐ完成する六ヶ所村がつかえなくなる」とか

「ここが廃炉になったら困る」

などという先のことをよく考えつくなあ。

(フランスでは海沿いもあるが、ロワールなどの河沿いにも原発がある。川の水の注入だと淡水だから躊躇は少ないんだろうか。)

とにかく、核兵器のある国で、脱原発などと言っても、根本のところで無理がある。まず、核兵器廃絶、そして、核廃棄物をリサイクル燃料などではなく、本当に無害化できるのか有効利用できるのかという新技術の開発に本気で取り組んでほしい。

脱原発、脱原発と口で言っているだけでは、今までやってきたことの後始末や方向転換についての研究のモティヴェーションが下がってしまうのが怖い。

原子力工学者にとってはこれからが正念場になるのだから。
[PR]
# by mariastella | 2011-10-13 22:30 | フランス

『インターセックス』帚木蓬生(集英社文庫)

『インターセックス』帚木蓬生(集英社文庫)

この秋日本で買った文庫本。

これも、ジャンヌ・ダルクのことを考えていたせいで読む気になったものだ。

私はジャンヌ・ダルクをAIS(アンドロゲン不感受性症候群)だったと見ている。性染色体はXY。

彼女の好戦的活動性、2度に渡る「処女検査」の報告、などからそんな気がするのだ。もちろん検証のしようはない。

インターセックスの発現率は各種合わせると100人に1.5人とかで決してまれではないし、スポーツの国際大会の記録でひっかかりでもしない限り、AISの場合、普通は本人も自覚しないことが多いだろう。

男装するタイプのレズビアンにもこのケースはかなりあるのではないだろうか。

ジャンヌ・ダルクの生きた中世では単なる「不妊の女」でしかなかっただろう。

この小説では、「女性だったローマ法王」のエピソードなどもそれらしく載せられているので、信憑性に不安があるが、著者は医学部卒だし、メインテーマであるインターセックスの説明自体は啓蒙的なのだろうと思う。

この本に出てくるインターセックスの人たちは皆女性として生きている。

そこも興味深い。

日本には新井祥というコミック作家によるインターセックスについて作品があるようだが、この人は30歳まで女性として暮らしていたのに、肉体が男性化していって、結局「男」を「選択」したという。

インターセックスが「社会的分類の病」であることはこの本の中でも、黒人と白人という肌の色の差を例に挙げて説明されている。黒と白の中間の黄色人種でも、「病気」とはみなされない、ということだ。(ま、「名誉白人」などという言葉もあったが。)

しかし、肌の色は、いわゆる混血によってシャッフルすることもある。

その時、黒人と白人のハーフはたいてい「黒人」と見なされる。

オバマ大統領がいい例だ。

白人は「純粋」でなくては白人ではなく、少しでも黒ければ「非-白人」と見なされた歴史が長い。

つまり、自分で選択することができない曖昧性や境界性にいる人は、社会からは社会的「劣位」のカテゴリーに組み入れられるわけだ。

インターセックスの手術についても、この本でも、女性化する方が男性化するよりも手術が容易だという理由も含めて、全体に「女性」を押し付けられることが多いと書かれている。だからこそ、インターセックスの人は女性として生きている人が多いわけだ。

しかし、外からでなく、自分で「選択」する場合は、「劣位」から「優位」の方向に行く傾向が出てくる。新井祥さんの例もそうだ。

そして、その傾向そのものは、実は「優劣」の秩序を再確認するものだから、社会から寛容に見られるのである。

つまり、「劣位の者」が「優位」の方へと移行しよう望むのは「上昇志向」としては自然、当然だという認識が働くのだ。

その逆の場合は「不自然」だから、「倒錯」と見なされて社会的に制裁されることが多い。

一般にレスビアンよりもゲイに対する風当たりが強いのはそのせいだ。

「男まさり」はほめ言葉にもなるが「女の腐ったようなやつ」は侮蔑だ。

ショートカットでジーンズをはき、中性的な若い女性は、ゆるされるばかりかかえってセクシーだと思われることもあるが、編んだ髪にリボンをつけてミニスカートをはいた若い男はまず確実に変態視される。

剣をとって戦場に向かう女性はかっこいいと思われるが、剣をとることを拒否して編み物したいという男は糾弾される。

「うちの娘は色気もなくて、いつも走り回っていて、男の子みたいにお転婆で・・・」

という母親の愚痴はほほえましいと思われるが、

「うちの息子は色気があって、いつもおとなしくしていて、女の子みたいで・・・」

という愚痴はなかなか口にさえ出せない。

つまり、人は「与えられた」「優位」を捨てて「劣位に向かう」という自由を制限されている。

それなのに、インターセックスだとかハーフだとか「曖昧」ゾーンにいる人に対しては、社会が無理やり「劣位のグループ」に押し込んでしまうというわけだ。

選択できる場合といっても、性同一性障害の場合は、優位グループにいて「女々しい奴だ」と糾弾される方が日常的なプレッシャーが大きいので、女性へと性転換するケースの方が、手術が楽ということも含めて、その逆のケースよりも圧倒的に多い。(性同一性障害の有病率は疫学的調査によると男性の方が6倍から30倍の高さだという。『落語と精神分析9  男はつらいのか』藤山直樹『みすず』no.597)

世間とは、「女っぽい男」よりも「男っぽい女」の方が少し生きやすいところなのだろう。

ハーフなのに「黒人」のアイデンティティを掲げ、「劣位」のグループから「成り上がった」大統領に喝采するように、人はジャンヌ・ダルクに喝采する。

白人社会では完全に白人でない者が排除されるように、「男」社会では完全に男らしい男でないと、やはり排除されるのだ。

白人以外はハーフも黄色人種も黒人も皆「有色人種」であるように、「男らしい男」以外は「男らしい男」よりも劣位のグループにまとめて押し込められるというわけである。

ナザレのイエスはジェンダー差別をしなかったことで有名だ。それでも、彼の中に「革命の英雄」を期待していた人々は、失望した。奇跡をなす力があるはずの男が、捕えられ、引き立てられて、無抵抗で恥辱刑を受けたからだ。

敵を全滅させてくれるような全能の父なる神だけが神である、と思われている社会で、「自己犠牲」によって、神と人の境界を取り払ったナザレのイエスはマイノリティ中のマイノリティだ。

群衆はそんな境界的存在を許さずに、イエスの死を求めた。

ジャンヌ・ダルクの死を求めたのは戦争をしていた相手のイギリスだ。

群衆ではない。

それなのに日本の劇団新感線によるジャンヌ・ダルクでは、ジーザス・クライスト・スーパースターのミュージカルのように民衆がジャンヌ・ダルクの死を求める筋になっていたらしい。

まるで、日本人にとっては、「男の中の男」でなくて両性的だったイエスを民衆が制裁するよりも、「女」らしくなかったジャンヌ・ダルクを民衆が制裁する話の方が分かりやすいかのようだ。

不思議な変換だと思う。

私の周りにはいろいろなケースを含めた性的曖昧ゾーンの人がいるのだが、私はそもそも性的な分類自体を重視していないので時々彼らとぶつかることがある。

性的なマイノリティである人たちはいつもそれが強迫観念になって「性的人間」であることがやめられない。

そういうエネルギーは生存や進化に有利なことは分かるが、エネルギーの低い私には「無」性とか「非」性の方の感受性が強いのかもしれない。(と、これを書いている私の手をうちの去勢猫のスピノザが喉をならしながら舐めまくり、私たちはしっとりと、性や種に関係のない至福の時を共有する。)
[PR]
# by mariastella | 2011-10-09 01:35 |

フラ・アンジェリコ

ジャクマール・アンドレ美術館のフラ・アンジェリコ展に行ってきた。

ここのところ展覧会を先延ばしにしていると見損なってしまったという例が続いたので。

有名な金箔の使い方は完全に工芸的な線刻やレリーフで、その細部の素晴らしさは、写真と実物との差がこれほど大きいのがめったにないくらいだ。金というのは、すごいマチエールである。

1月までやっているのでパリにいる人は必見。

彼がドミニコ会に入ったことに関して、当時の画家は、修道士でなければ同業者組合に所属しなくてはならないし、それはそれで徒弟制度などの人脈が複雑なので、修道士になるというのはアーティストとしての自由を確保するひとつの解決法だったのだということを知った。

修道士が絵を描くというより、絵描きが修道士のステイタスを獲得するのだ。

それでもフラ・アンジェリコは叙階までされたんだから、修道士になって宗教画ばかり描いてるうちに本当に「回心」体験があったのだろう。

子供の時から修道院で育ったようなフィリッポ・リッピのような人の放縦ぶりとは逆だ。(そのリッピの絵もあったが、彼の描く人物像のまろやかさは見方を変えるとマンガ風でもあり親しみやすさがある。性格も反映しているのかもしれない)

何しろ福者だし。

キリストの上半身のまわりに受難道具をちりばめた絵がひとつあって、上の方にはユダの接吻がある。その絵を私の後ろでながめていた老婦人2人が、左下の誰かの首を切っている人を見て「これはなんだろう」としきりに言っていたので、思わず「サン・ジュリアンですよ」と言ってしまった。確認していないけれど多分そうだろう。

キリストの受難には直接関係ないが、ジュリアーノ・メディチの守護聖人だからだろう。メディチ家が注文した絵には、一族全部の守護聖人がずらずらと出てくる。聖コジモと聖ダミアーノが殉教して首を切られている絵もある。

この二人は外科医でもあったので、医者の守護聖人で、メディチ家はその名の通り医薬関係の家柄が起源だから、「名」だけではなく「姓」の守護聖人にも気を配っているわけだ。

首を切られた殉教聖人たちの頭にも聖なる光輪がちゃんとついている。

逆に、光輪をつけた聖人が、こともあろうに他の人の首を切っているなんていかがなものか・・・ということで、老婦人たちは悩んだのだろう。

でも、聖ジュリアーノは、妻が密通しているのだと勘違いして、実の両親の首を掻き切ったのだから、殉教者を処刑したそこいらの役人よりも恐ろしい。そういう強烈な、ギリシャ悲劇みたいなキャラが、その改悛のすさまじさで人気聖人になったのだ。

フラ・アンジェリコは他にも聖ジュリアーノの絵を描いている。

もちろん、数々の聖母子像、聖母戴冠像もすばらしい。

聖母戴冠(と言っても聖母の冠にイエスが宝石を一つくっつけようとしている不思議な図柄のやつ)は、楽器を奏でる天使が珍しく後ろ姿だったり、背景がとにかく金色の後光ずくめなのに天使や聖人たちの群像の配置がすばらしく、ほんとうに天国を見ているようだ。

フラ・アンジェリコといえば独特の光が、光が、と強調されるが、デッサンも構図も天才の仕事だ。

メディチ家のような裕福な商人だの権力者たちが魂の安泰のためにこぞって美の製作に金をかけたというのは、非現実的なくらいに贅沢だ。
[PR]
# by mariastella | 2011-10-08 01:13 | アート

『見えるものと観えないもの-横尾忠則対話録』ちくま文庫

『見えるものと観えないもの』横尾忠則対話録 ちくま文庫

先日横浜トリエンナーレ会場の売店でふと買ってしまった。

ジャンヌ・ダルクのヴィジョンのことを考えていたからだ。

ジャンヌ・ダルクといえば「お告げ」の方が中心だが、まずヴィジョンをキャッチすることは何なのか、とずっと考えていた。

この対話録はもう20年くらい前の収録で、

すごく古い。

ほんとに旧世界の出来事のように見える。

「異端」だとか「異界」とかが、まだパワーを持っていた時代。

異端や異界や異形のものなどののイメージがシャッフルされてばらまかれインパクトを失って「普通」になってしまったのは、ここ20年のゲームの世界のせいだと思う。

私は昔から、「いかがわしいもの」に対しては、ある程度「いかがわしいもの」として距離をおくのが「礼儀」のような気がしていたので、別に90年代に「やり過ぎた」とは思っていないのでよかった。

日本にも住んでいないし、影響も限られている。

フランスでは「エゾテリスム」などいかがわしいものは、「エリートや秘密結社のサークル御用達のもの」と、「犯罪実話を読むのが好きなタイプの大衆の娯楽読物」との二つに分かれていたし、今も、基本的にそのスタンスは変わらない。

日本の方はアメリカのニューエイジの影響が大きく、宗教の縛りはあまりなかった。

フランスは、「知的誠実さ」というのと無神論または不可知論的スタンスとが伝統的にセットになっているので、オカルト言説のうち知的なものはちゃんと地下に潜って「よい子の目にふれない」仕組みになっていたのだ。

で、この対話録は、各分野のすでにエスタブリッシュメントである人たちが話しているので、一種の「治外法権」であり、「幽霊見ますか」「私も、私も」「母親が背後に憑いてまして」「私も、私も」という感じで、ためらいの美学というのが皆無である。

たいていは予定調和的で、対話相手が横尾さんに迎合して、話は「超自然」だとか「魂」とかにエスカレートしていく。

はっきり言って、恥ずかしい。

この人たち、20年後の今、これを読んでどう思うんだろうか。

「これはその時のパフォーマンスなんだから、どうってことないよ、ははは・・・」

という感じなんだろうか。多分。

その後で、「オウム真理教」事件があって、こういう「超常」系のよた話はちょっと影を薄めたはずだ。

21世紀になって、ゲーム世界の浸透で再び「警戒心」が緩んできた世界で今度はあらたにスピリチュアルとかオーラ系が「エコロジー」などと組んで出没するようになってきたというところだろうか。

この本の中の横尾さんと梅原猛さんのコンビには、2004年のパリのスーパー狂言『王様と恐竜』の打ち上げパーティでお会いしたことがある。そういう展開になったんだなあ。

一番湿度が高くておもしろいのは淀川長治さんだ。対談当時すでに80歳を超えていて、ぶっ飛んでいるのがよく分かる。

その次に愉快でめちゃくちゃで魅力的なのは草間彌生さんだ。

横尾さんの話に疎外感を感じるとか、話し合えないとか、対談していくのが苦しいからここで降りたいとおもう、とまで言っている。

横尾さんの自己主張は色気があり過ぎるというのだが、自分は60年代のハプニング運動の真のリーダーだった、革命家だった、でも日本の画壇はレベルが低いから認めてくれないとか、嘆いている。

対談の頃の草間さんは今の私と同年代だけれど、その「上から目線」まですなおで可愛い。 

今の私にとっては、草間さんの作品って、直島の巨大かぼちゃのイメージで、挑発的で自信満々で、ちょっとアナクロニックな感じがしていたけれど、この対話を読むと、長生きしてよかったね、と思う。

今読んでも十分におもしろいと感心したのは荒俣宏さんだ。

ジャンヌ・ダルクのヴィジョンについてインスピレーションを得られたのも、荒俣さんのひとことだけだった。

「プロセスというのはゴールへ向かわせる力です。」というところ。

さらに、

「多分狂気と同じものでしょう。そのゴールへ向かう力があるかぎりイマジネーションは成立していると思います。逆に言うと、イマジネーションがそういうモデルやゴールを超えてしまうと、何も考える必要がなくなるというか、捜索や表現が不要になってきますよね」

と続く。

ヴィジョンが「ゴール」を内包していて、そこへ向かわせるひと押しになり得るかどうかというところだ。

ジャンヌ・ダルクのヴィジョンとルルドのベルナデットのヴィジョンの違いとがここでよく分かる。

まあこれについては別のところで。

それ以外、この本の全体で、すごく「古い」と感じるのはジェンダー分けだ。

「男時」「女時」とか、女がシャーマンでインプット、男がアウトプットの表現者とか、世界はすべて男原理と女原理の陰陽統合された両義的なものだとか、宇宙神のプログラミングとか・・・

今こんなものを読んでいたら、無神論の方がまだ「古くて新しい」感じがする。

まあ私はも何人かの「チャネラー」にお会いしたことがあるが、いろんなきっかけで自分に「異界からの交信をキャッチする」能力があることを発見した人たちは、だんだんと、それを理解したりコントロールしたりする努力をするのがほとんどだ。

それを封じ込めたり、治したりしようとする人はめったにいない。

統合失調症の発病で診断された人などは薬を飲んででも治そうとするのに。

同じ症状でも、それを「活かせる」職業についていたり、マネージメントできる人は、それらを「疾患」と見なさずに「ステップアップ」と見なしことができる。

全ての不適応や破綻や疾患は、ステップアップではなくアクシデントだ。
「悪」ではないが、少なくとも進化論的な「不都合」ではある。

その「不都合」を、「次時代に生き残り世界を制覇するスーパー進化」のように捉えるのは危険だし、「有名人」がそんなことを大声でいうのはやめてほしい。

「超能力」という自我崩壊を細々と飼いならしたり、抑圧して「精力善用」に振り向けたり、適宜楽しみながら要所要所で力を借りる、という少数の人もいる。

が、封印しているので目立たない。

正気と狂気という二分法の以前に、「正統と異端」という二分法がアプリケートされてきた世界(そう、ジャンヌ・ダルクは一度も「気が狂っている」とは言われなかった)には、超常現象や超能力についての情報資産がたくさん残っている。

飽きない。
[PR]
# by mariastella | 2011-10-06 19:34 |

フラ・アンジェリコはアートの守護聖人

パリでフラ・アンジェリコを中心にした展覧会があるのでそのうちいくつもりだが、この人のことを考えると、ガウディのことへと連想がつながる。

フラ・アンジェリコ(Guido di Pietro, 修道名Fra Giovanni 。フランスではFra Angelicoと呼ばれて、イタリアでは Beato Angelico と呼ばれる。)は、1984年に、ヨハネ=パウロ二世から列福された。つまり聖人の前段階である「福者」となり、同時に、芸術家の守護聖人とされた。

列福とか列聖とかいうと、普通は複雑な裁判様の審議があって、条件の一つにはその聖人候補に祈ったとりなしによる「奇跡」の認定が必要なのだけれど、その他に、そのような繁雑な手続きなしで、地元ですでに人々から聖人扱いされている人を正式に認定するという道もある(というか、あった。その最後の者は1993年で、それ以降はまたクラシックな手続きが必要になったらしい)。

フラ・アンジェリコは、それを利用して死後500年以上経ってから正式に列福されたわけだ。

そのような例として、最後はドン・スコトゥス(John Duns Scot, 1266-1308、アイルランドのフランシスコ会士、神学者)や、リトアニアの初代司教聖メナール (1136-1196、聖マインハルト。このチョイスは冷戦終結時代と関係ありそうだ)あたりがいる。

フラ・アンジェリコの「フラ」はブラザーということだが(実際は1527年に神父に叙階されている)イタリアでの通称「ベアート」はすでに福者みたいなものだから、ローカルでの「聖人」化はすでにあったということだろうか。

もっとも「アンジェリコ」は「天使」という意味だから、その通称ですでに十分なのかもしれない。

ヴァザーリによる伝記は、彼が製作の前に祈り、描こうとしている人物や天使に共感して涙し、インスピレーションを受けて、決して修正しなかったという伝説を紹介している。

所属していたドミニコ会もかなり禁欲的で神秘的なところであったらしい。

といっても、フラ・アンジェリコは、金箔の使い方のイノヴェーション、遠近法のドラマティックな処理、アトリエでのチームワークの巧みなマネージメントなど、実際は、「現実力」も満々だった。

有名な『受胎告知』は、日本の美術の教科書にも載っていたし、最初にプラド美術館に行った時にも真っ先に「確認」したどこか原風景的な懐かしい絵だ。

しかし、驚くのは、いくら教会側の人間だったとはいえ、「職人」であるルネサンスの画家を、その芸術作品の価値をもって、現代になってわざわざ「列福」したと言うことである。

つまり、彼は、人々が崇敬し祈る対象として正式に認められたということだ。

ガウディ(1852-1926)の方は、2003年から列福調査がはじまり、2010年11月7日にベネディクト16世がサグラダ・ファミリア教会を祝別しミサを挙げた時に列福を口にしたので、その日は遠くないはずだ。

で、こういうメインの活動がアーティストという人物がカトリック教会の聖人になるのは、ガウディの前にはフラ・アンジェリコしかいないのである。

ガウディやその教会は、バルセロナの人にとって、ローマ・カトリックではなく、カタロニアのシンボルであるので、1992年から始められた現地の予備調査には反対の声が多かったらしい。

地元の人にとっては、地元の教会、地元の聖人、地元の聖家族こそが意味があるのだ。

作品が「聖性」の基準となるならば、ガウディの列福は、何よりも、サグラダ・ファミリア教会の持つ聖性のエネルギーの追認なのだろうし、フラ・アンジェリコの場合はフィレンツェのサン・マルコ教会のフレスコ画あたりのカリスマ性、いや、ルネサンスのフィレンツェ全体のアートの力が評価されたのかもしれない。

こういう場合に必ず持ち出されるのが「真・善・美」の三位一体なのだ。

でも、「真」も「善」も「美」も、その受容をめぐる関係性から常に離れられないとしたら、三つの統合は理想論だ。

それが成立していると見なされるものがカトリック教会の「聖性」の基準なのだろうか。

フラ・アンジェリコとガウディがOKだったら、ミケランジェロだって絶対に聖人になれそうだと思うのは、私だけだろうか。
[PR]
# by mariastella | 2011-10-05 22:56 | 宗教

Marie de Dieu と ケニアの話

マリー・ドゥデュー(Marie Dedieu)は、66歳で病弱で車椅子生活のフランス人年金生活者だ。

ケニアの小島で、海賊だかイスラム過激派だか10人ほどに数日前に拉致された。今フランス政府が犯人グループと接触して解放を交渉中らしい。

この島は最近観光地として注目を浴びて高級ホテルができ、そのバンガローで最近イギリス人夫妻が襲われて、夫が殺され妻が拉致されている。

マリー・ドゥデューの方は、もう15年もケニア住まいで、この島(Lamu列島のManda)の海岸に、7年前、スワヒリ風の家を建て、天国だと言いながら、現地の人たちと交流している。

ラジオで彼女の名を聞いてまるでシスターの修道名(マリー・ド・デューならば、神のマリアということになり、聖母マリアを連想させる。実際、「この名前なんだから絶対に救われるよ」、というコメントもあるくらい、誰でもはっとする名だ。実際はドゥデューと続いているのだが、フランス人の姓の多くはあだ名から来ているので、先祖が信心深くて有名だったのだろう)で、興味をそそられたのと、つづりを知りたくて、ネットで確認したら、いろいろなコメントを見つけて読んでしまった。

「好きでリスキーな場所に行っているんだから、その人に国の予算を使うのはこの財政不況の時にいかがなものか」

「いや、そんな場所にずっと長く行っているのは、フランスに現地の情報を流しているという役目があったんだろう」

「フランスにいたってリスクはあるよ」

「でもケニアでないとボーイは雇えないからな」

「フランスにいたら周りがフランス人ばっかりだという欠点がある」

「自虐はやめましょう」

「彼女は現地で愛されていた。それだけで、フランスのよいイメージの宣伝になっていたのだから、救うのは当然だ」

などなど・・・

最初のコメントはまるで昔イラクで誘拐された日本人へのバッシングみたいだったのだが、それへの反応はいろいろだった。

でも、年金生活者になってから、また体も不自由になってから、ケニアのような国にずっと住み続けるってどんな人だろう。

使用人のボーイ(この人がひょっとして誘拐者を手引きしたのではないかとも疑われている)の他に、同棲している内縁の夫(マサイ族ケニア人)もインタビューに答えているのだが、この「夫」は彼女より27歳年下の39歳で、彼女が最近もフランスのロレーヌ地方に住む父親を訪ねるために帰国した時も付き添っていたという。

父親はどう考えても90歳がらみだろうし、ケニアにいる娘がたまに訪ねていくということは、多分男やもめだろうし、彼女自身にも、父親の他には子供など近い家族がいないと想像できる。

白人がブラック・アフリカに定着すると、シュヴァイツァーだとか各種の人道支援、あるいは帝国主義目線のどちらかに分けられがちだけれど、伝統的に、ブラック・アフリカを本当に天国のように憧れる人もいる。

もちろん、たとえば同国人どころか人間全般が苦手で、野生動物いのち、みたいにアフリカのサバンナなどに暮らす人もいるのだから、異文化とか異人種に異常な愛着を寄せる人が存在するのは不思議ではない。

しかし、たとえば、現実に、貧富の差、物価の差、治安の善し悪しの差などは存在しているし、ケニア人が、「異人種」の国に愛着を持って、という理由からひとりでフランスで年金生活を送るなんていう話は起こらない。

こういう事件が起こると、帝国主義の歴史とか人種差別とか、現代先進国の不全感とかいろんなことが浮かび上がってくる。

そのマリー・ドゥデューは、ケニアからソマリアに拉致監禁されているそうだ。

ケニアとソマリアというと、ケニア国境近くに、9割以上がソマリア難民だという45万人を抱える世界最大の難民キャンプを思い出す。
今年の飢饉は深刻だったのでこの夏もかなりの話題になったのだが、そして支援物資は今も足りていない状態なのだが、この辺はもう20年もこんな状態が続いている。

死亡率ももちろん半端ではないが、毎日半死半生でたどり着く人の数も多い。

こういう人たちを、どうするかというと、もちろん食料と水、衛生状態の整備と治療の提供はあるのだが、「元の場所に帰ってもらう」という選択肢はもちろんない。

で、45万人というと立派に都市の規模だから、学校を作って、子供たちに手に職をつけさせて、この都市内で働き手となって自立してもらおうという計画が進められている。

しかし、ここで生まれたり育ったりした子供たちは、親たちが働いている姿を一度も見たことがないので、毎日学校へ行くという習慣がつかない。

それでも、国連をはじめとして世界中からきているNGOががんばっているので、今では3人に1人の子どもが学校へ行っているという。

ところが、同じケニアの、その難民キャンプの外では、子供の就学率は10人に1人ということで、それは不当だという声も上がっているらしい。と言っても、その辺は遊牧民も多いから、国境とか都市とか学校という考えももともとかなり違っているかもしれない。

そんな「世界一の規模」の難民キャンプ、おそらく世界一の子供死亡率のキャンプのある国で、そこの島を「天国」だといって暮らす人もいるし、高級ホテルに滞在する人もいるわけだ。

その後、マリー・ドゥデューについての情報がいろいろ入ってきた。

彼女は20代で交通事故にあってからずっと車椅子生活の障害者で、70年代の妊娠中絶法運動の中心人物の一人で、フェミニストの雑誌の編集長だったそうだ。

障害にも関わらず、熱心な活動家で感嘆されていたが、ケニアに出会ってからは、その魅力にとりこまれたという。

ここ数年は難病のために、4時間ごとに薬を飲まなくてはいけない状態だったそうだ。

それなのに、すごく活動的だった。

無事なのだろうか。

車椅子なしで拉致されたので、立つことも座ることも自由にできない状態だと思われる。

ほんとに「聖母のご加護」があればいいんだけれど…
[PR]
# by mariastella | 2011-10-04 06:17 | 雑感

対称性の破れ

日本で先日買ったおもしろい本を読了したところ。

『対称性とはなにか-自然・宇宙のしくみを対称性の破れによって理解する』広瀬立成(サイエンス・アイ新書)

私がこれまでに読んだ「科学読み物」の中で最高に面白かったものの一つが講談社ブルーバックスの『非対称の起源-偶然か、必然か』(クリス・マクマナス)だった。

だからこの本も、その面白さを追認しようと思って読んでみたのだが、前者の生物学的アプローチとはかなり違っていて量子力学に近かった。

でもすごく分かりやすかった。これまでにも超ひも理論だとかについての一般向け啓蒙書もいろいろ読んでみたが、よく分からなくて、暗黒物質とか大統一理論などについても、はやい話が、SF小説を通してイメージを形成していただけだった。

それにしても、この本の「わかりやすさ」は半端ではない。

ものを書く人間として、ここまでの分かりやすさを追求した本作りには感動した。

何しろ、見開き2ページが必ずイラストと共にワン・テーマになって論が進められていくのだ。

色もきれいだし、デザインもすてきだし、二匹の猫が時々はっとして「気づき」に目覚めたりする絵もかわいい。

見ると、著者の広瀬立成さんという人もなんだかユニークな人で、ちゃんとした物理学者なのに、「超老人」を目指す健康本など書いている健康おたくらしい。

乗馬、ダイビング、スキー、日本舞踊が趣味で空手の有段者の70代の方で、ネットで写真を見たら本当に超若々しい。

で、この本は、私にとって神の存在理論とか、一神教の天地創造理論とビッグバンの話とか、救いと宇宙人と人類との関係など、科学史と哲学と神学と「信仰」との関係についての論考を準備いる上での参考書のひとつとなるはずだった。

でも、生命とは、゜対称性の破れの極限とも言える高度な組織化である」という観点などは、バロック音楽やバロック・ダンスの理論そのものでもあるので印象深かった。

最近読んだもう一つの本『人はなぜだまされるのか』(ブルーバックス)の著者の石川幹人さんというのも、えらく人間味にあふれた人で、家族のエピソードや自宅で飼っている手のりインコのキュウちゃんの写真まで出てくる。
キュウちゃんが怒っているという感情表現の解釈の方は、「ほんとかね」と思ってしまうのだが・・・

この本は、無神論や陰謀論の説明にもなるし、「裏切り者検出モジュール」の話も、日本における淘汰圧や同調圧、放射能に関する風評被害や、汚染地域の人が簡単に疎開できない事情などについて、いろいろなことを考えさせてくれる。

ただ、人間心理の進化が、草原での狩猟採集生活の300万年で大きく適応したきたものであり、生産性が上がり文明が生まれたたかだか1万年の歴史では変わり方が少ないという理論は、ある意味でうなずけるものの、納得がいかない部分もある。

こういう言い方をする人は、たとえば「糖質制限食」を唱導する人にも多く、そんな人は、人類は肉を食べてきた時代の方がずっと長かったのだから炭水化物は食べなくてもOKなどというのだ。

けれども一方では、それよりはずっと短いスパンで、炭水化物中心だった日本人が半世紀ほどで突然欧米のような肉食になったからいろいろな病気が出てきた・・・という人もいる。

そこに「ゲージ対称性」が成り立っているのかどうか分からない。

あるいは「日本の国民性」と言われるものが、たかだか江戸時代だの明治時代以降だのの社会構造に起因していると言われることもある。

でも、特定の個人の場合、心理学でも、その人の幼少期のトラウマといった、300万年の進化とも、ここ1万年の進化とも関係のないごくごく近い過去の要素が、時には自殺に至るほどの生存非適応をひき起こす。

だとしたら、心理機能のモジュールをいくら分析したところで、個人のある具体的な体験の持つインパクトというものは予測できないのではないだろうか。

実際、鬱傾向に陥って自殺しやすいような遺伝子があるとしたら、そういう人は子孫を残す率が低くなって淘汰される率が多いはずだ。

今ここに生きている私たちはみんな、それなりに適応して子供を作って育てたという先祖たちの子孫ばかりなのだから、今の時代に鬱病患者や自殺者が多くなるのは進化心理学では説明できない。

私たちの心理は「生きるのに便利なようにデザインされている」というバイアスを知ることは意義深いが、それとは真逆のタナトスに向かう心理も確実に存在するので、それは必ずしも、自己犠牲によって共同体を救うとかいう「利他」の「メリット」などだけで説明できるものではない。

「対称性の破れ」ではないが、「生存に向けた適切行動の破れ」が向かう闇が、時として、別の世界の生命を喚起させるほどの魅力をたたえているように感じるのは、私がおかしいのだろうか。
[PR]
# by mariastella | 2011-10-03 00:22 |

le cochon de Gaza

"Le cochon de gaza" 『ガザのブタ』(シルヴァン・エスティバル)は、フランス映画だ。

主演のパレスティナの漁師役が『迷子の警察音楽隊』で味のある隊長を演ったサッソン・ガーベイということで、それだけで期待した。

「公務員系」の役から、貧しい漁師の役へ。

この役者はうまいし、人間的に魅力的だ。

その上私はどういうわけか個人的に、フィクションの中で、赤貧の中で身なりに構わず、精一杯頑張っているのに妻の糾弾的な視線におどおどしているような男というのが大好きだ。
ある意味すごく男らしい男だと思う。

ガザのひどい状況は、なんだか東北の被災地の写真を思いださせた。ボロ船でもそれだけが生活の糧を生む財産である漁師の矜持と、イスラエルによって4キロ以上沖に出ることができなくなって魚が釣れなくなったことによるパニックも、日本で被災地の漁師のドキュメントを見ていたのでよけいに共感できた。

漁師のジャファールは、日々の貧困、武器を持ったイスラエル兵士が常にいる日常、イスラムのイマムによる宗教的戒律の脅迫的説教という三重のストレスに常にさらされている上に、ベトナムの黒豚が網にかかってしまったことで、テロリストにも目をつけられてしまう。

豚が、ユダヤでもイスラエルでも「不浄」であることの禁忌の強さ、しかし、足に靴下を履かせれば「聖なる土地」を汚さないですむといったご都合主義、知らなければ豚の精液でも薬としてありたがって飲む兵士さえいるというばかばかしさ、不条理な笑いや、どたばた劇や、現在進行形の深刻な人間悲劇やらが一体となって、独特の印象をかもしだす。

しかも、豚が、かわいい。

寝顔など天使みたいだ。

始めて豚を見て、悪魔のように恐れたジャファールは、最初、「神さま、助けてください」というのだが、すぐに「神さま、ゆるしてください」に訂正する。

「不幸」が襲いかかった時に、神に救いを求めるか、それが神罰であると見なすかが紙一重の差だと分かっておもしろい。

神が「善」しかなさない存在であるならば、不幸の原因は人間の側の不信心にあるという見方だ。

ガザの状況では、もう何でも、「助けてください」という自然な「神頼み」が機能しなくなっていて、「お許しください」という方向に行くようにバイアスがかけられているのだなあ、と思えた。

テロリストのシーンはやくざ映画みたいだし、イスラエル軍の強圧は、ひとりひとりの兵士にも、植民者にも等しくかかっているというのもよく分かって、人情とエンタテインメントとの不思議なバランスが成功している。

ラストの脱出行は、今村昌平の『神々の深き欲望』のラストとか、聖書外伝での三人のマリアがパレスティナを追われて南仏海岸に漂着するという神話的シーンを彷彿とさせる。

漂着先で出会うのが赤十字のアジア人というのも「別世界」で楽しいし、その時オリーブの枝を掲げて「新天地」に残ることを嘆願するジャファールの姿はまるで大洪水の後でノアの元に戻った白鳩のようだ。

妻の持参金である金を売って借金を返すが、後で収入があるとちゃんとそれを買い戻したり、妻にドレスを買ってやって、最後にうちを追放される妻がそのドレスをトランクに詰めたり、子供のいないこの夫婦のカップルとしての絆の強さも垣間見えて心温まる。

東京国際映画祭で『ガザを飛ぶブタ』という邦題で上映されるそうだが、なぜ「ガザを飛ぶブタ」なんだろう。

私の好きな中島らもの『ガダラの豚』もあるのだから、『ガザのブタ』でもよかった気もするのだけれど。

そういえば、悪魔を祓ってブタの集団にのりうつらせてから崖から落として絶滅させるという「ガダラのブタ」のエピソードも、ブタが不浄とされるパレスティナの悲劇ではある。

私は「汚い」動物は嫌いだけれど、あるカテゴリーの動物を「不浄」としてそれを社会的な同調圧力に対しては絶対に抵抗したいので、「ガダラ」の豚の運命ももちろん不当だと思っている。

「ガザ」の豚の方は、夢幻の世界みたいなところにみんなと行けて、ほっとした。
[PR]
# by mariastella | 2011-10-02 05:02 | 映画

身延山詣で

9月上旬、日蓮宗の総本山久遠寺のある身延山に始めて行った。

泊まったのは日朝水でも有名な中興の祖日朝が祀られている覚林房という宿坊。湯葉御前でも有名。

新宿から中央線の特急に乗って甲府で乗り換えたのだが、甲府という駅に降りたのも始めてだ。

「山梨県は東京と隣接しているに関わらず、山を越えなければどこへも行けないので、心理的な距離はすごく遠いんです。」

と身延出身のパントマイマー、ヨネヤマ・ママコさんが言っていた。

故郷の身延にようやくスタジオ付きの家を建てたのに、そしてそこが新宿からの高速バスの終点のすぐそばだから是非来てくださいと言われていたのに、先のばししているうちに、ママコさんは東京のマンションから埼玉に引っ越された。

東京とセーヌのほとり、東京と身延山、を行き来する暮らしから、首都圏であって同時に彼女の求めている風景の残る場所に移られたのだ。

もう20年近く前、彼女がセーヌのほとりの一軒家を見つけて工事をしている時に、私の義妹のところに住んでいたことがある。

そこで日蓮宗のお経を唱えては、義妹と同居しているチベットの高僧と意気投合していた。

ママコさんのいない身延山は、それでも私にとって、妙に懐かしい場所だった。

甲府も別の旧友の出身地で、冬に校庭に水を撒いて凍らせてスケートをするなどという話を私は驚いて聞いたことがある。お父さんが民俗学者ということで、いろいろな写真を見せてもらい、私にとってはフォークロアの宝庫の秘境のようなイメージだった。

山の中の総本山というと私には比叡山や高野山がなじみがあり、泊まったこともあるし、母とは鞍馬山に何度も行った。
そういうイメージと、日蓮正宗の「折伏」の先入観と、フォークロアと、ママコさんの話とで、もっと神秘的な強烈なものを想像していたのだけれど、わりとコンパクトで敷居が低い感じだった。

どこに行っても、「お詣り、ご苦労さま」という巡礼者をいたわる家族的な雰囲気があって、安心感がある。大きい巡礼地には共通したものだ。

日本仏教の中で唯一開祖の名を冠した宗派というわけで確かに「日蓮大聖人」の存在感は大きいけれど、「菩薩」扱い(これが日蓮正宗では日蓮が「本仏」ということになる)であるし、絵になっている日蓮の法難の数々が見ていて気の毒で、しかも、最後にようやく身延山で落ち着けたかと思うと、故郷の方を毎日拝しては懐かしがっていたようでもあるし、病気治療に出かけた先で病死したり、しかも、あまり長生きしていない。

空海や最澄も長生きしていないけれど、権勢は大きかった(お釈迦様より長生きした有名な日本の僧侶は親鸞や蓮如など浄土真宗系だ)。 まあ、日蓮は流罪された先の佐渡などで信者を獲得しているけれど。

今回は、東日本大震災で日蓮宗など大手宗教がどういうリアクションをとったのかに興味があったので、久遠寺の発行している『みのぶ』という雑誌を5月号から9月号までじっくり読んだ。

日蓮と言えば立正安国論で、「法華経に帰依するならば武運長久国土繁栄に至る」というような布教のされ方をしてきたので、そういう宗教が、地震や津波のような国難を前に何と説明するのか知りたかったのだ。

いろいろと、非常に興味深かったのだけれど、平成33年の宗祖ご降誕800年や35年の身延山開闢750年の行事に備えての百萬人講浄財勧募中で一口壱萬円の寄付者芳名が毎月掲載されていることなど、すごいなあと思った。他の宗派もこんなものなのだろうか。

宝物殿に西洋クラシック音楽がバックミュージックとして流れていた。
南無妙法蓮華経じゃないんだ。

江戸時代のエピソードが面白い。当時でもすでに迫害する側は、宗旨がたわごとだと認めろと迫っていて、『無神論』の歴史を書いていた時も思ったが、宗教を荒唐無稽だと思う合理的感覚というのは、近代以前でも十分に浸透していた。

全ては歴史的社会的な文脈の中で、ある宗教や教義が「利用できるかどうか」、にかかっているのだ。

日蓮聖人伝の奇跡譚をどこまで信じるべきなのか、という信者さんの議論もネットでは見られるし、信心と信仰と懐疑とはいつの時代もどんな文化でも共通した葛藤を生むらしい。

進化心理学でいうと、現代は、個人や集団の「淘汰圧」が格段に減っているから、信じるか信じないか、の集団確認作業はもうあまり必要ない時代だ。

よかった。
[PR]
# by mariastella | 2011-10-01 06:45 | 宗教

『華麗なるフランス競馬--ロンシャン競馬場栄光の日』

『華麗なるフランス競馬--ロンシャン競馬場栄光の日』大串久美子/駿河台出版社

公式ブログ

  
馬と人と国家の物語で、フランスの近現代史を競馬の世界から照射したもの。

馬との関係を通して、イギリスとフランスの熾烈なライバル関係があらためて分かる。

フランスとイギリスでは、王家も貴族も、姻戚関係が複雑で、バイカルチャーの人も少なくないのに、イギリスから取り寄せた馬を交配させて「フレンチ・サラブレッド」を生産して勝負に勝つことが強迫観念になるなど、驚くべき宿敵へのこだわりがある。

そしてフランスでは馬の外見も大事で、「走るエレガンス」が目指されたというのも興味深い。つまり、両者は、単に似た者同士が同じ土俵で優劣を争う関係ではなくて、底にある価値観が違うわけだ。そして互いがそれをよく知っている。

フランスの馬術ではもともと速く走ることに特化された訓練はされていなかった。
馬術と剣術と踊りは騎士の三大訓練であり、美しい体の動きが最も重要視されたのだ。

これに対して、商業の発達していたイギリスでは馬の調教師も生産者も立派な商人で、競走馬は「走ること」だけに特化した商品であり、取り引きされる「財」だった。

フランス革命をはさんで、貴族たちや新興ブルジョワたちが馬にかける情熱は、いつも「対イギリス」のライバル意識と無縁ではなかった。

競馬はいつも「英仏対抗戦」だったのだ。

文化のほとんどのジャンルにおいて、フランスは、ギリシャ・ローマの伝統はありがたがるので、イタリア文化は進んで取り入れてそれを洗練させてフランス風にしてしまうが、アングロ・サクソンのイギリス文化にはどうしても負けるわけにいかないのだ。

ナポレオン三世下で第一回のパリ大賞レースが行われてイギリス馬が優勝し、フランス人は大失望した。
翌年に始めてフランス馬が勝ち、イギリスのクラシックレースでもフランス馬が勝つようになる。

15世紀にイギリス軍をフランスから追い出したジャンヌ・ダルクがナショナリズムの隆盛と共に国民的人気を得ていく時代である。

フランス国内では絶対にフランス馬がイギリス馬に勝たなくてはならない。

また、イギリス・ダービーをアウェイで制覇することは、ナポレオンにとってたったひとつ不可能だったイギリス上陸の夢を実現することに等しかった。

1865年、創設以来86回目のイギリス・ダービーで、始めてフランス馬グラディアトゥールが優勝した。

イギリスのスポーツ紙は

「本当にイギリスのものである唯一のスペクタクル、我々が独占していたダービーは、もはや終ってしまった。」

「我々は、武力によって戦争に負けた方がましだったと思いたくなるくらいだ」

などと書いた。

イギリス皇太子主催の晩餐には、ダービー卿も、ワーテルローでナポレオン軍を破ったウェリントン将軍の息子も出席していた。

グラディアトゥールは「ワーテルローの復讐者」という異名をとった。

グラディアトゥールの勝利を知ったフランス人たちは涙を浮かべて「フランス万歳」と連呼したという(もっとも調教師も騎手もイギリス人だったのだが)。

グラディアトゥールはイギリスで三冠王となり、パリ大賞でも勝った唯一の四冠王となった。競走馬としてのキャリアにおける19戦中の16戦で優勝した。

しかも、「君主のような優雅さ」で走った。

おもしろいのは、グラディアトゥールは引退してからイギリスの牧場に売られて種馬として過ごしたのだが、高い種付け料にかかわらず、フランスに操をたてるかのように、速い子孫を残さなかったことだ。14歳で安楽死を施された。

亡き名馬の蹄の一つと皮の一部はフランスの競馬教会に寄贈され、イギリスのジョッキークラブは国立競馬博物館で尻尾を大事に保管した。聖人の聖遺物保存と似ている。

時代を遡り、「アルプス越えのナポレオン」の肖像で有名な白い馬は、エジプト遠征の時に捕獲したマレンゴという名馬だった。五時間続けてギャロップで走ったとか、空腹のまま80キロ走ったとか神業の伝説がある。

しかし、そのマレンゴも、ワーテルローで傷を負った。

マレンゴはイギリスに連れていかれて手当てされ、ある将校に買い取られてナポレオンの死後も11年生きて、38歳で死んだ。

この馬も、種馬としては良い子孫を残さなかった。

しかも、どんな雌馬を使っても、生まれてくる馬はみな成長すると白くなる芦毛馬で、イギリス人にとって悪夢のようなナポレオンを思い出させた。

このマレンゴの骨格はロンドンの軍事博物館に収蔵されていて、ひづめの一つを灰皿に加工したものがセント・ジェームス宮殿の士官食堂に保存されているそうだ。

フランスの四冠馬グラディアトゥールやナポレオンの馬マレンゴへのこの異様なフェティッシュな執着も、英仏間の確執の深さを思わせる。

今やフランスの凱旋門賞は世界で一番崇高なレースとなり、フランスのジョッキークラブが世界一格調高いクラブになった。

しかしいまだに英仏では競馬施行規約が異なっていて、判定などに影響を及ぼしている。

日本はフランス式を採用している。

フランス式は走行妨害があった時など、「被害馬」に有利なように採決される。弱肉強食タイプのアングロ・サクソンとのメンタリティの差がある。

日本は何でもアングロサクソン追従かと思うが、フランス革命が採択したメートル法を採用したように、フランス式を選択することもあるのだ。

しかし、空手や柔道の国際協会の本部が今はどちらもパリにあるように、フランスは仕切るのが好きな国なのだ。競馬の世界でも施行規約の統一が審議されている。

この本は、フランス競馬にまつわる興味深い歴史の他に、もちろん現在のフランス競馬の様子や仕組みも書かれている。また、日本からフランス競馬に参加したディープインパクトのレースに多くの日本人ファンがつめかけたことで、フランスが日本の競馬を国民的スポーツだと感心したことも書かれている。

それが、2011年の東日本大震災のチャリティにつながった。

著者のブログの記事を引用しよう。

http://turffrancais.seesaa.net/archives/201104-1.html


 「4月17日、日曜日、オトゥイユ競馬場にて、「仏日連帯デー」なるものが催されました。
競馬協会フランスギャロが、地震・津波の被災国、そして「競馬大国」日本に対する連帯の気持ちを表すために企画したものです。

この日はもともと入場無料だったのですが、「入場者一人あたり5ユーロ(約600円)を協会が日本のための寄付にまわしますので、ぜひ大勢でおいでください」という呼びかけでした。よく晴れた気持ちのいい日曜日(しかも復活祭の休暇中)で、大入りでした。私はテレビ観戦でした。

この日のイベントレース(*)には、「共和国大統領賞(G3)」が指定されていました。国家元首を称えて二旗のフランス国旗がスタンド席の屋上にはためいていましたが、それらと並んで、日本の国旗もやはり二旗かかげられており、「連帯」のイメージがよく出ていました。
また、その「共和国大統領賞」のレースが始まる前に、コースでは日本の大国旗が広げられて、場内に「君が代」が流れました。
……ぐっと来てしまいました。
コースに出てきた出走馬全頭のゼッケン番号の下には、小さな日の丸とJAPANの文字が入っていました。
在仏日本国大使の齋藤泰雄氏も招かれており、このレースの後で謝辞を述べられました。

義援金は、最終的には競馬協会が少なくとも5万ユーロは準備することになっていました(結果的に入場者数で5万ユーロは突破したということです)。さらにそれにPMU(馬券業務団体)が5万ユーロを上乗せし、合計では10万ユーロ以上が日本国大使館を通して日本赤十字社へ寄付されます。

これで終わりではありません。競馬協会としての日本支援企画はこの回が第一回目で、これからいろいろと続いていくのだそうです。」


英仏の関係、日仏の関係、実に意外な示唆に富んでいて興味深い。

フランス史や文化に関心のある人なら、フランス革命から恐怖政治、その後のナポレオン帝政、王政復古やら共和制復活やらナポレオン三世時代など、フランスの激動の時代が、まったく別の肉付で脈動するこの本を読むことで得られる情報やあらたな気づきはたくさんある。

今まで「名前」でしかなかったフランス史上のいろいろな人物を、馬への情熱を通した体温と共にインプットし直すことができる。

著者が言うように、フランス革命も七月革命も、ナポレオンの敗退も産業革命も、みな競馬への情熱を抜きにしては語れない、という気にすらなってくる。

ぜひ、お勧めの一冊。
[PR]
# by mariastella | 2011-09-30 00:07 |

横浜トリエンナーレ

9月の上旬、横浜のトリエンナーレに行った。 

3年前の秋、新港ピアでのインスタレーションなどがわりとおもしろかった。

http://spinou.exblog.jp/10264922/ 

そこで 「直島にあって、横トリにはなかったもの、それは、エレガンスである。」となどと書いたが、少なくとも、エネルギーやテンションはあった。 

今回は、そのエネルギーも減っていた。

メインが新港ピアのかわりに横浜美術館。

なぜかというと、民主党政府の予算の「仕分け」で、国際交流基金から横浜トリエンナーレへの支出がカットされたからだそうだ、それでもトリエンナーレを救うために横浜市ががんばって美術館を提供したわけだ。

前回のタイム・クレヴァスに続くテーマは

Our Magic Hour

ということで、タイトルのセンスは相変わらずいい。

でも、どこか、ちょっと残念でしたね、と言いたくなるようなコンセプチュアル・アートがほとんどだ。

ハインのスモーキングベンチなんて、アトラクションパークにおいたら誰にも見向きもされないんじゃないか。

映像作品でじっくり見たのはシガリット・ランダウの「死視」で、死海に五百個のスイカと全裸のアーティストがぐるぐる巻きになっているのがほどけていく。
スイカのいくつかは割られていて、真っ赤な実が見えているのが鮮烈だ。数珠繋ぎの渦巻きがゆっくりとほどけていく具合を上から遠くながめていると、一種倒錯的な魅力にとらえられる。

観客が言葉を並び替えて参加できるノイエンシュワンダーの作品は、日本語のバージョンもあって、「シゴトガホシイ」などという文が残っていたりするのは「はっ」とさせられる。駅の掲示板みたいだ。ゴルゴ13への依頼が紛れているかもしれないな。

GPSをつけた人がホーチミン・シティや横浜などをひたすらランニングする軌跡をドローイングと映像作品にしたものもあった。こういうのは私には苦手。

日本では、他にももっと伝統的な絵画展もいくつか見に行った。工芸すれすれの油絵もあった。3・11以後にスランプになった後、猛然と製作再開したという人も少なくない。

一点一点では気にいったものもあったが、こんなことなら3年前のトリエンナーレのノスタルジー(母と行くつもりでいたのがその数日前に倒れて、私は結局葬儀の前に一人で訪れたのだった)にとらわれずに、練馬区立美術館の礒江毅展のリアリズムの洗礼をうけておくべきだった、と少し後悔する。

フランスの大統領選に向けた社会党内予備選挙では、オーブリー女史が文化予算を大幅に増やすと言い、この赤字財政の中でそんなことをいうのは無責任だとオランドが批判していた。文化の擁護とプロモートはフランスという国のアイデンティティに関わるものだから財政が苦しい時にこそ切り捨てないでほしい。
[PR]
# by mariastella | 2011-09-29 01:38 | アート

帰仏する機内で見た映画

帰仏する機内で見た映画

帰仏する時に使ったのはエール・フランス機だったので、前に触れた

1.La Conquête

の他、

2.Omar m’a tuer
3.L’élève Ducobu
4.La femme du 6e étage
などのフランス映画を観ることができた。

2.La Conquêteでサルコジ役の俳優が、Omar m’a tuerでオマールの復権に駆け回る作家役で出ているのが不思議な感じだった。
Omar役の俳優はオードリー・タトゥ相手のラブコメディvrais mensonges

ttp://spinou.exblog.jp/15681851/

で、勝ち組のインテリ青年を演っていた人なので、フランス語もうまく話せない移民の犠牲者役をこなすうまさに驚いた。

「文法の誤りを含む血まみれのダイイング・メッセージ」というこの事件は当時すごくうわさになったので私もよく覚えているのだが、文法が間違っているのだから書いた方も「フランス語弱者」なのかもという印象を持っていた。実は被害者はインテリだった。

けれども、確かにちょっと考えてみたら、まだ死んでないのに「オマールが私を殺した」なんていう長い文を必死で壁に書くなんて変だ。たとえ名前だけを書いたとしても、何かの遺恨があったり、残った家族に警告したかったりするならともかく、たかが庭師である「オマール」の名を自分の血で残すような切実さは理解できない。変なところがありすぎる。

先日はアメリカのジョージア州で、20年前に白人の景観を殺したとされる黒人男性が死刑を執行された。物的証拠がなく、当時の証人の9人のうち7人が撤回したと言うのに。 州の判断に連邦大統領は口出しできないらしい。

フランスでは、死刑がないから、ともかく無実の罪で殺されることは避けられるし、大統領恩赦(オマールはこれで解放された)もある。それでもオマールと支援者らは完全な「復権」を求めている。

3.次の小学校が舞台のものは、まあマンガのようなものなのだが、メガネの優等生の女の子や、デブの劣等転校生など、日本なら、マンガの笑いよりいじめの対象にならないかと思うようなカリカチュアで、これも「お国柄」の違いを感じさせられた。

4.La femme du 6e étage
は、思いがけない人気で話題になった映画だ。
考えてみると、イタリア移民やポーランド移民、ポルトガル移民に比べて、スペイン移民というのははっきりした「顔」がない。この国のフランコ政権の時代が、独特の影を落としていたのだとあらためて分かる。

アメリカ映画では、ジョディ・フォスター監督でメル・ギブソンと共演している
5.The Beaver

があり、軽い気持ちで見たらブラック・コメディなので驚いた。
主人公が「鬱」になった理由がまったく分からないのだが、その奇想天外な自己セラピーの方法や、それが通用するところとしない所が明暗くっきり分かれて、なかなか鋭い寓話になっている。
幼い子供にはすんなり受け入れられるのに、当然だが高校生の息子には蛇蝎のごとくに嫌われる。
そして、それをあくまでも治癒に向かうステップとしてポジティヴに見ていなかった妻にとっては悪夢となる。

メル・ギブソンってこんなに名優だったんだ。

さらに軽い気持ちで見た
6.Xmen 

の方は、こういう特撮アクションSFみたいなのは、この種のゲームをやりつけてる人でもないと本気で見れないんじゃないかと思った。ニューエイジ風の優生思想でもある。こういうミュータントはある種の人々の見果てぬ夢なのだろう。

キューバ危機や核戦争の可能性など、ノスタルジックであると共に、世界にはまた同じような核抑止のにらみ合いが残っているわけで、アメリカとイランの間に核攻撃誤認防止のホットラインを引こうというニュースをつい最近聞いたばかりである。

この他に、夏にフランスで『Super8』を観た。ETにインスパイアされていると言うがサイズがちょっと・・・

『クローバー・フィールド』みたいな趣向でもある。
[PR]
# by mariastella | 2011-09-28 00:09 | 映画

日本行きの飛行機の中で見た映画から

まずアメリカ映画

1.Water for elephants /フランシス・ローレンス

おもしろかった。1930年代のアメリカという設定、サーカスという国際的な無法地帯、主人公がポーランド移民の子で、ポーランド語ができて、無能だと思っていた象がポーランド語で芸を仕込まれていたことが分かった驚きだとか、すごくいい味の人格障害者である団長(Christopher Waltz)の妻との恋とか、ハッピーエンドとか、
エンタテインメントのよさが全部そろっている。

2.ミッション :8ミニッツ Source Code /ダンカン・ジョーンズ

列車の爆破事故の現場に何度も戻って過去を変えられるのか。
時間はいつも8分しかない。最後のオチもショッキングで、こういうのをSF・テクノスリラー 映画と言うんだそうだ。ソースコードを経由して、パラレルワードに何度も侵入して、「過去を変える」というより「世界を変える」ことができるかが真のテーマなんだろう。飽きない。

3. Limitless/ニール・バーガー監督/
 ブラッドリー・クーパー、ロバート・デ・ニーロ

別れた妻の弟から、脳の潜在能力を100%引き出す薬を手に入れた男が出世していくが副作用にもおそわれる。ロバート・デ・ニーロは悪役。
アディクションの悪夢でもあり一種のミュータントものでもある。薬がなくなったらどうするのかと思っていたら、金さえあれば薬学者を雇って分析させて製造だってできるんだという盲点や、効果だけ残してアディクションから脱する方法だって考えられる。結局、能力も健康も手に入れるので、ビルドゥングス・ロマンにもなつている。

4.きみに読む物語The Notebook/ニック・カサヴェテス

2004年の映画なんだけれど、これを、JALの機内でもう3度も見た。
まあ、「身分違いの純愛」ストーリーの一種なんだけれど、言い難い魅力がある。純愛が何十年経とうと、相手の記憶がなくなろうと、確固として続く、ということのリアリティが毎回身にしみる。

この4本を見た後で、日本映画を見ようと思って

阪急電車 片道15分の奇跡

というのを見た。

私にとっては梅田から宝塚歌劇場へ行くために乗る宝塚線はなじみがある。

映画の中の今津線と言うのは西宮北口から宝塚だそうで、2003年の公演で神戸に泊まっていた時に、仲間を連れて宝塚歌劇を見た時に使った記憶がある。だから親近感がある。

展開する話はみなテレビドラマみたいで、すごく日本的で、やりきれない。大学生のカップルの間での暴力とか、有閑マダムの食事会の全体主義とか、男に捨てられたので結婚式で嫌がらせしようとするキャリア女性とか、なんとなく、女性の側にかかってくるひずみばかりだ。

日本文化のガラパゴス化という言葉を思い出してしまう。

それでも最終的には打たれ強い女性たち、という話なのだけれど、高校でも大学でも小学生も未亡人も、キャリア・ウーマンも、主婦グループも、日本人が集まるところはみな、人間関係が大変だなあ、とあらためて驚く。

移民問題も、若者の暴動も、セキュリティの問題もなくても、人が平穏に暮らせるとは限らないのだ。
[PR]
# by mariastella | 2011-09-27 01:20 | 映画

Habemus Papam

Habemus Papam

監督Manni Moretti/ 主演Michel Piccoli

カンヌではわりと評判がよかった。

でも、中途半端でがっかりした。

ヴァティカン、スイス衛兵、緋色のマントの枢機卿群、システィナ礼拝堂でのコンクラ―ヴェなど、フォトジェニックで壮大な装置だけなら、ダン・ブラウンの『天使と悪魔』のような荒唐無稽の話の映画でもじゅうぶん楽しめるのだが、この映画は、「ローマ法王もやはり人間」とか「何歳になっても自由を選択できる」というような妙にヒューマンな筋立てになっているので、かえって説得力がない。

コメディだと割り切って笑うには、ミシェル・ピコリがあまりにもうまいので、実存的なシリアスな感じもする。

法王がお忍びで巷の精神分析医の所に行くのは、なんだか、『キングス・スピーチ』を思わせる。

いまどきのローマ法王は、みな超インテリだし、そこまで上り詰める人たちはさぞ精神的にも強靭だと思うので、老齢で選出されたからといって突然動揺して鬱になったりするという設定が、正直言って非現実的だ。

懐疑にとらわれた法王、というテーマだとは知っていたが、まさか、バルコニーに姿を出す時点で拒否反応が出た設定だったとはね。

フランスの大統領が「心配だ」と声明を出したり、ブラジルの大統領がバチカンに向けてやってくると決めたり、笑えるところもある。

この映画では舞台役者も、ジャーナリストも、テレビの解説者も、みな、突然自分のしていることに自信を失うシーンがいろいろ出てくるので、「自信喪失」が一つのテーマなんだろう。

それでも人々が無邪気に新法王を祝福するのが心温まり、それなら、それに力づけられて何とか不安を克服した、というエンディングにしておけばいいのに、なまじ「自由の宣言」のような終わらせ方をするから、おとぎ話として後味が悪い。

この映画を見たパリの大司教が、選出されてすぐ後のスピーチでイエス・キリストに触れない法王なんて考えられないから、そこのところが一番不自然だった、と言っていた。イエスのいない教会、永遠の生を信じない信仰はカリカチュアでしかない、とも。

監督はカトリック雑誌のインタビューを受けて、「枢機卿たちが祈っているシーンも撮影したのだが最終的にカットした、彼らが祈ることは誰でも知っているから」と弁解していた。

私はミシェル・ピコリやベネディクト16世と同じ年くらいのカトリックの神父さんたちとも親しいけれど、みんな驚くほど気持ちが若々しくて生き生きしている。

仲良しの90代のシスターも元気いっぱいだ。「老後の生活が一生保証されているのだから安心して、倒れるまで働き続ける」という感じだ。

老人性の鬱になったりパニック障害になったりするようなタイプの人はもうずっと前になっているんじゃないだろうか。

「カトリックの偉い人」はできるだけ「機嫌よく生きる」ことが肝腎だ。

「福音」

を、宣べ伝えるのだから。
[PR]
# by mariastella | 2011-09-26 02:00 | 映画

末廣亭

9月の初め、久しぶりで新宿の末廣亭に行った。

いつも変わらぬ世界だが、今年は「地震の時、私と家内は・・・」などという前振りがあったのが「今年らしい」感じだった。こんな古い建物、地震が来たら大丈夫かと思うが、出口はすぐそばだから怖くはない。

ここにいると、島国共犯意識というのがひそかに共有されていて、そこはかとない差別や偏見が野放しになっている。昔モンゴル人力士の本名ばかりずらずら並べて見せて笑いをとっていた人もいたが、そこでも少し後ろめたく感じたし、外国人ばかりじゃなく女性差別やら「そこの奥さん」差別も平気で口にされる。

確かに、こういう寄席に来て楽しめる人というのは日本語能力が高くなくてはいけないから、自然と「日本人御用達」になる。

他の伝統芸能と違って、ただひたすら「言葉」だけの世界だから、外人観光客や文化研究者にも敷居が高いだろう。
日本人が何年欧米に住んでいても、政治や時事の風刺のトークショーなどになかなかついていけないのと同じだ。

それでも、こういう閉鎖空間ならではの約束事がきっちりあって、それを無視するものは排除される。

落語の途中で誰かが舞台の前を腰をかがめて横切って退場したのだが、すかさず、「これが海老蔵の舞台だったら、ファンに殺されてますよ」と高座からコメントがあった。

その少し後で、どうやら酒の入っていた人が、前列から何度か口をはさんでいるのが聞こえ、演者が「前座さん、つまみだしてください」と促し、結局その人がちょっとふらつきながら自分で出ていくまで、断固とした調子を崩さなかった。

その後で、元に話題に戻すのはなかなかつらそうで、自分でもそう言っていた。

で、残った人は、家族だけ、という雰囲気に。

でも、実は、どれもこれもあまり手放しで笑えなかった。

女性の芸というのも、なんだか痛々しいと思う。

江戸家猫八の娘さんの江戸家まねき猫の、ものまね枕草子というのも、よくできているのにちょっと物悲しい。

芸人には、多くの人がちょっと自虐的なネタを出すのに躊躇しない人が少なくないが、男性芸人なら笑えてしまうところでも、女性芸人では笑えない時がある。
他の観客はどうなのだろう。

違和感をいろいろかかえて、私はこれからも寄席に行き続けるのだろうか。
[PR]
# by mariastella | 2011-09-25 00:47 | 雑感

團十郎と海老蔵

9月初めに大阪の松竹座で「九月大歌舞伎」を観た。 

いつのまにか東銀座の歌舞伎座が工事中で閉鎖していて、新橋演舞場や京都の南座にも適当な演しものがなかったからだ。去年の夏は赤坂アクトシアターで勘三郎を観たが、今年は大阪で海老蔵と團十郎が出ているのが分かったので。

最初が『悪太郎』で、大酒飲みで周囲に迷惑をかける酒癖の悪い悪太郎が坊主となって踊るという話だ。昨年酒の上でのスキャンダルで謹慎していた海老蔵がそれを演るのだったらすごいなあ、と思っていたら、さすがに違って、右近だった。

2003年に国立劇場の楽屋でプログラムにサインしてもらったことを思い出す。

橋弁慶を踊るシーンで被り物が落ちて、黒子があわてて座った姿勢で出てきて松の後ろに隠れてつけ直していた。その間をもたせるために智蓮坊の猿弥が替って踊っていた。こういうアクシデントはめったに見ないので処理の仕方に興味を持った。

最後に松之丞と太郎冠者も加わって四人で踊るのだが、コントルダンス風になっていておもしろい。念仏踊りってバロックかもしれない。

次に三幕四場の『若き日の信長』で、海老蔵が出てくるのだが、久しぶりの海老蔵のカリスマ性と力量に驚いた。

信長の放埒を戒めるために抗議の切腹をした忠臣の死を知って慟哭するシーンの迫力は半端なものではなくて、客席の人の半分は本当に涙を流していた。何というか、海老蔵のキャラクターとぴったりだし、激情を凝縮して吐き出す感じがあまりにも堂に入っていて、天才だと思った。

こんな役者なら、確かに、酒の不始末程度で葬り去られてはいけない。

最期は『河内山』で、御数寄屋坊主の河内山宗俊が團十郎で、彼に騙されるのが息子の海老蔵だ。
團十郎はなかなか味がある。サービス精神にあふれた演目だ。海老蔵は、見ている方が、信長の強烈な印象を消しきれないので少し違和感があったが、この親子は贅沢な組み合わせだと思った。

彼らの前の世代の親子役者の共演も昔はよく観たが(梅幸と菊五郎とか、勘三郎と勘九郎とか、先代の幸四郎と染五郎とか、先代の鴈治郎と扇雀とか)、あの頃より世代間の差の雰囲気が変わっている。私の立ち位置が変わったせいだろうか。

昔は「親子」共に私よりは年上だったが、今や、私と親とはシンクロして、息子の世代の方は別の生き物に見えるので、かえって「世代の差」など感じられない。

こういう体験ができるのも、歌舞伎などの世襲アートならではのおもしろさかもしれない。
[PR]
# by mariastella | 2011-09-24 00:33 | 演劇

les mains sales de J-P. Sartre サルトルの『汚れた手』

先週、2か月ぶりに Théâtre du Nord Ouest の政治劇シリーズを観に行った。

前回はパトロンであるJean-Luc Jeener演出の『カリギュラ』(カミュ)だったが、今回は彼自身が出演している『汚れた手』(サルトル)だ。

Jean-Luc Jeenerの書いた戯曲、演出したもの、出演しているもの、いろいろ観てきたが、神学者で演劇人という彼のアンガージュマンがますます手に取るように分かってきた。

この芝居では彼は、過激派労働党でリアル・ポリティクスに向かって、純粋派の同志から命をねらわれるエドレールという党首の役だ。

こういう形でのヨーロッパのコミュニズムとか、サルトル世代のエリートには切実だった「ブルジョワ青年の労働者との共闘」などのテーマは、正直言ってもう古い。それなのに、それがそのままで、政治理念と暴力の関係という今も通用する普遍的テーマが浮かび上がってくるところは、サルトルに力量があったのか、これを今上演するJeenerらの手腕なのか、どちらだろう。

Marta Corton Viñals はバイリンガルのスペイン女優で、軽いのか思慮深いのかバカなのか頭がいいのか分からないブルジョワの若夫人で夫を一応愛しているジェシカ役で「爆発」している。

全ての役者の力量が伯仲している。

しかし、開演直前までいつも通りチケット売り場に立っていたJeenerは特別だ。

私との雑談の中で、自分の父親はジャーナリストだった、とか話していた。

もうつき合いが長いので、ちょっと家族のような気がする。
そんな彼が芝居をするのを見たらうまく距離感が保てるだろうか、と、ちらと思った。

とんでもなかった。

彼が役になりきって変身していた、と言うのではない。

その、ちょっと猫背で、けれど優雅な物腰も、
相手のセリフを受けて、「あ、」と合いの手を入れる感じも、
まるで、普段のJeenerそのものであり、芝居の中のHoedrerの方がJeenerに変身しているのだった。

過激派の党首というより修道院長だ。

しかも、若くてきれいなブルジョワのジェシカが、本気で惹かれてしまうのが納得できるほどに、セクシーで魅力的に見えてくる。

それだけではない。

全体がちゃんと、彼の標榜する「キリスト教劇」になっている。

キリスト教はサルトルの強迫観念だったのだろうか。
それがフランスで「無神論者」となることの必然なのだろうか。

しかし、こういうセリフを書けるということは、それがこうして演じられているのを実際に見てはじめて、美男とは言えないサルトルがずっと女性たちにもて続けていた理由が分かる気がする。

女たらし、というより「人たらし」だったんだなあ。

楽譜をいくらながめても、実際に演奏家が演奏しないと、音楽は生まれてこないというのは実感だ。演奏家が楽譜と出会って新しいクリエーションがある。

けれども、戯曲というのは、上演されなくとも、読んだだけで文学として成立する部分があるから、作者と読者の間ですでにやり取りが完成する。
と、思っていた。

戯曲は読んでも理解できる、あるいはアート体験が可能だと思っていたのだ。

しかし、演出家や役者や、役者の体や声や思想がここまで戯曲を新しくクリエイトするのだとは思わなかった。

そう、役者の体や声だけではなく、「思想」が戯曲の「質」を変換したり新しい命を吹き込んだりすることもあるのだ。

私もJeener も、最初の半生がサルトルの時代と重なる世代だ。

しかし、私がフランスに来たのはすでにサルトルの最晩年に近く、彼の芝居も観に行かなかったが、フランスに住んで最初の10年は、演劇でのセリフが一句一句すべてキャッチできるわけではなかった。

だからjeenerのサルトル体験と私のサルトル体験は、さぞやかけ離れているだろう。

でも、Jeenerの芝居小屋での『汚れた手』は、私たちを同じ地平に立たせた。

私とJeenerとサルトルとの3人だ。

そして、その3人をとりまく、今ここの世界の情勢も。

芝居の力は、すごい。
[PR]
# by mariastella | 2011-09-23 01:33 | 演劇

最近手にした日本語の本

今回日本で買って持ってきた本の一部

1.『世阿弥の稽古哲学』西平直 東京大学出版会

2.『新宗教と巨大建築』五十嵐太郎 ちくま学芸文庫

3.『摩擦との闘い - 家電の中の厳しき世界』日本トライボロジー学会 コロナ社

4.『人はなぜだまされるのか』石川幹人 ブルーバックス

5.『予想能』藤井直敬 岩波科学ライブラリー

脳は情報を予測する装置として進化したことや、法則発見機能の進化などは、それを期待する人間の心理と共に興味深い。


日本にいるうちに読んだ本の一部

1.『働かないアリに意義がある』長谷川英祐 メディアファクトリー新書

集団と個の最適関係というのはおもしろい。

利他的行為の進化の説明の一つに、怪我などの一時的コストも周りからの尊敬などで改称し長期的には得をして最終的な適応度が高くなる、などがあった。修道会などの独身集団でこういう適応をするとしたら、それは個の適応ではなくてグループの適応ということになる。

「家」の存続のために切腹したりするのも似たようなもの。

「完全な適応」が生じれば進化は終わり、全能の神となる。
それはどのような環境でも競争に勝てる、という意味らしい。

だとしたら、「神」、ちょっと、むなしい。

2.『原発事故、放射能、ケンカ対談』副島隆彦、武田邦彦 幻冬舎

母親が子供を心配する気持を利用して煽動するのかどうかとか、女は社会性ゼロとか、陰謀論風の言辞とか、一見、副島さんが挑発的で武田さんが穏健で誠実に見える。

副島さんが、「武田さんは東大の教養学科をご卒業です。この教養学科というのは、理科系と文科系が混ざる特殊な英才教育をする所だというぐらいのことは、私でも知っています。」として、世の中には、学部学科の出身の区別がトーテムのようにある、と言っている。

教養学科は進学の偏差値が高くて、第二法学部とか言われていたが、「特殊な英才教育」という見方があったんだろうか。

それでも何となく親近感を覚えて武田さんの略歴を読んだら、カバーの方には誤植があって、「基礎科学科」が「基礎学科」と書いてあった。

トーテムという文脈でいうと「基礎・学科」というのは意味をなさないし、「基礎科学・科」でないとまずいかも。まあ当時は「教養学部・教養学科・基礎科学分科」という名前だったのだろう。

ここを卒業したら内部じゃエリートで就職率も高いのだけれど、「教養学士」というなんだか中途半端なおバカな肩書きになって、外部の「専門家」から指さされ続けたりすることもあるかもしれない。

まあ武田さんは順調に出世して、副島さんからも「英才教育トーテム」などと評されているわけだ。それはともかく、原子力事故が複数あればそれを「横断的に見なくてはならない」と言うように、俯瞰的に見ることで全体の理解を深めていこうという姿勢などは、いかにも「教養学科」マインドを持ち続けているのだなあ、と思う。

3.『東北地方太平洋沖地震は"予知"できなかったのか? - 地震予知戦略や地震発生確率の考え方から明らかになる超巨大地震の可能性』佃為成 サイエンス・アイ新書

予知、予測、予報、予言の違いやメカニズムを、東北沖大地震をなぜ予知できなかったのかという観点ら説明したもの。筆者は地震予知の専門家。

これを読んでいたら、次の東海大地震より西南日本大地震の方が怖くなってきた。しかし長期予知とか確率のルールとかを見ていくと、毎日の生活ではやはり、「偶然」とか「運命」とか「ランダム」という言葉に落ち着くしかなさそうだ。

日本を離れて地震リスクの少ない国にずっと住んでいる日本人たちの「地震に対する心象」の実態は、日本にいる日本人とはだいぶ違うのではないかと思う。でも、誰もそれを敢えて分析しようとはしない。

屈折している。

今はそれに放射汚染まで加わった。

心の整理がつかないで動揺している人は、少なくない。
[PR]
# by mariastella | 2011-09-22 05:18 |

フランス社会党のことなど

先週は社会党の大統領候補予備選挙に名乗りを上げている6人のTV討論があった。うち2人はマイナー候補で、今のところ、優勢なのは前々党書記長のフランソワ・オランド、前書記長のマルチーヌ・オーブリー、前回の候補でサルコジに破れたセゴレーヌ・ロワイヤル、二重国籍やら中途国籍取得の問題で今や「スペイン人」のアィデンティティが有名になってきたマニュエル・ヴァルスの4人。

DSKのスキャンダルもあったし、今のところ社会党にもうんざりしているので、原発についての態度のニュアンスの差に興味を持った程度で、政治的なことはここで書かないが、4人とも、人間関係やキャラが濃すぎる気がする。

なんだか「痛い」人たちも多いし。

今朝のラジオで誰かが、「2人のEX(元配偶者)が…」と言っていたが、オランドとロワイヤルは、4人の子がいるカップルだったのに、前回の大統領選でロワイヤルが敗退してから別れた。そのタイミングなども微妙な気がした。

威勢のいいロワイヤルに比べて、元ダンのオランドの方は、政治家ネタのカリカチュアの世界では、これまで何年も何年も「優柔不断で臆病」なキャラとして、しもぶくれの顔に半開きの口をとがらせて「う、う―」と口ごもる役割を振られていた。

ところが、新しいパートナーを見つけ、ダイエットして、今や精悍で権威のあるキャラにイメージチェンジしている。その過激な変化は違和感がある。多分もともと野心のある人だったのだろうけれど、「外見」がマッチしていなかったのだろう。

で、翌朝のラジオでは切って捨てたように、

「オランドは大統領、オーブリーは首相、ヴァルスは内務相、ロワイヤルは賞味期限切れ」

と評した人がいて、それもやけに当たっているような気がしてショックだった。

5年前にDSKを破ったロワイヤルは、一体なんだったのだろう。

前回の大統領選をめぐってのサルコジを描いた映画

La Conquête ( Xavier Durringer 監督)

を最近見たのだが、そこで、サルコジはロワイヤルとのTV討論の時に、「できるだけ落ち着いて相手にしゃべらせて、向こうを攻撃的な悪者に見せろ」という作戦を採用したことになっている。

そこには、女性が「口角泡飛ばして」熱弁することへの、ネガティヴなイメージの共有がある。

で、先日の討論ではロワイヤルは影が薄くて、オランドとオーブリー女史が熱弁をふるったのだが、新聞などで、

オランドについてはそれが「combatif」(闘争的)と評され、

オーブリーについてはそれが「agressive」(攻撃的)と評されている。

男にとって「戦闘態勢に入っている」のは、「覚悟が決まっている」、という感じで、女が「攻撃的」なのは「ギャーギャーかみつく」という含意が、絶対にぬぐいきれない。

サルコジはと言えば、まだ出馬も正式に表明せず、国内ではおとなしくしていて、リビアに行って、ベンガジではもちろん英雄扱いで感謝の絶賛を受けていた。 サルコジは「利権について何の下心もなく、するべきことをしただけ」とわざわざ強調。

とにかくこれで軍事行動が一応終結するなら、最悪の結果からは逃れられそうだが、シリアやイエメンはその後どうなったのだろう。

世界をいい方に変えるのは、力の衝突では、不可能だ。

DSKもNYでの逮捕劇以来4ヶ月後にTVでインタビューを受けていた。

NYの刑事裁判は起訴が取り下げられたが、パリではまだ予備調査段階で,過去の愛人の娘から訴えられているのに対して「キスをしたかっただけ。キスをしたくなるのはフランスでは犯罪ではない」ともどこかで答えていた。

で、TVでは、女性に対する自分の軽さに対して、この数ヶ月で反省して、これからはその軽さは永遠に失った、と、深刻な顔をして語っていた。

この「軽さ」というのは「弱さ」にも近い。

ある男性に対して「女性に弱い」と使う形容は、特別なものではない。

しかし、「女性に弱い」という言葉の裏で、実際は「力」による関係の強要を迫る人も多い。

DSKのように金と権力を持っていた男が、それを知っている女性にアプローチする時、自分が「軽い」だの「弱い」だの、「合意だった」だのというのは、欺瞞でしかない。

それでも、女性に対する弱さや軽さは、政治家としての「能力」とは別ですから・・・という話法で通し、それが何となく通用してしまうのは、フランスだけなのだろうか。

どんな「力」も、暴力となる可能性がある。

政治の世界でのアピールが、さまざまな形で、結局、「力の誇示」に着地点を求めるのは、そらおそろしい。
[PR]
# by mariastella | 2011-09-21 18:16 | フランス

ボカサとカダフィ

中央アフリカ共和国の「皇帝」だったボカサ一世の戴冠式のドキュメントを見て驚倒した。

1977年の12月、ブラック・アフリカでナポレオンの戴冠を再現した写真は、当時すでにフランスにいた私もよく覚えているが、その後の失墜やフランスでの亡命生活と共に、ちょっと滑稽なエピソードだと思っていた。

このドキュメント・フィルムは、戴冠式の贈り物としてフランス軍が撮影したものだが、それがあまりにもカリカチュラルで、その後もこの独裁者が没落したから、軍隊はこの映像を30年間封印していたのだそうだ。

世界の最貧国のひとつの中央アフリカが、年間国家予算の四分の一の金をかけて祝祭を催した。全てフランスから調達した。しかし現地には調理用具すらなく、200人のシェフが300台の冷蔵庫持参でやってきた。
馬車での行進のためにノルマンディから連れられてきた馬たちは熱帯の気候に耐えられず興奮して暴れ、祝祭中に倒れて死んだものが2頭、最終的には数日後に全ての馬が死んで、フランスに戻ることができなかった。

35度から40度の気温の中、赤ビロードに毛皮の12メートル、38キロのマントを引きずり、皇后は不機嫌そうで、まだ子供の皇太子は軍服を着たまま眠ってしまっている。

ボカサには17人の妻、54人の子がいて、この皇后カトリーヌとは正式に結婚していないが、この時ボカサ自ら冠を授けているので「最後で唯一の妻」と言っていた。しかしこの人はボカサの没落前に逃げ出してジスカール・デスタンの愛人になったとボカサは言っている。

ボカサの父は宗主国フランスに反抗して殺され、ミッションスクールで育ったボカサは司祭にされそうになるが結局フランス軍に志願、自由フランス軍でドゴールに従い、インドシナ戦争やアルジェリア戦争にも参加してレジオンドヌール勲章などももらっている。

ドゴールを「パパ」と呼び、「パパと呼ぶのはやめてくれ」と言われて「わかりました、お父さん(D’accord,Père)」と答えた。で、ポンピドーは兄弟で、ジスカールはいとこだと呼んでいたのだ。

戴冠式に「いとこ」のジスカールは参列せず、大臣が一人送られただけだった。ナポレオンのようにローマ法王自らが司式するミサにあずかりたかったのに、ローマ法王も出席せず代理の大使をよこした。

中央アフリカの独立は1960年、ボカサのクーデターが1965年の12月31日、1972年に終身大統領を宣言、1974年に元帥、77年が皇帝だ。

テレビで何度も、ヒロヒトとイランのシャーに次いで世界で三番目の皇帝になる、と強調していた(日本の天皇もイランのパーレビ国王もフランス語では皇帝だ。この2 年後にイランもイスラム革命で皇帝を追放することになる)。

もちろんボカサにとって最も大事な皇帝はナポレオンで、一兵士からのたたきあげの成り上がりというのがツボらしい。

戴冠式はユーゴのチトーから贈られた屋内競技場であり、掃除機がないので赤じゅうたんは丹念に箒で掃かれ、3時間にわたるパレードはシャンゼリゼの軍隊パレードと北朝鮮とフォークロリックがまざったようなものだ。

ピグミー族が集められ、バトンガールが整然と行進する。群衆はボカサの顔がプリントされたTシャツを着用する。

予算を捻出するため公務員の給与が10パーセント天引きされ、「大きな歴史を作るには犠牲が必要だ」と語るボカサは単一政権である「ブラック・アフリカ革命党」の党首でもある。

祝祭があまりにも常軌を逸していたので、アメリカはその直後に援助を打ち切った。

服、食事、食器、2万4千本のシャンペン、花火、馬、花、パレードの振り付けなど全てを調達したフランスもことの次第に当惑した。だからドキュメンタリー映画も封印されたのだ。

立憲君主国にすると言っていたがもちろん軍事独裁に変わりはなく、抗議する民衆を虐殺し、1979年にリビアに行っている間に(ジスカール・デスタンの画策で?)クーデターが起こって没落する。

その後コートジボワールやフランスに亡命した。

ジスカールに贈ったダイヤモンドのプレゼント(ジスカールはそれを売った金を中央アフリカに寄付したと言っている)がスキャンダルになって、1981年にジスカールは大統領を一期で断念することになった(このことについてボカサはフランス語で回想記に書いたらしいが発売前に検閲されて未発売)。

欠席裁判で虐殺、裏切り、人肉食(フランスがでっちあげたと言われ、証拠不十分で後に棄却)などで死刑判決が下っていたが、1986年に国へ戻り、逮捕されたが終身刑に減刑された後で恩赦され1996年に心臓発作で亡くなった。

75歳。

いろんな意味で興味深い。

ナポレオンとピウス七世の関係と、ボカサとカトリックの関係。

つまり、軍人皇帝の独裁者と宗教権威との関係。

また、当時のジスカール・デスタンとボカサの関係と、今のサルコジとカダフィの関係。

驚くことがもうひとつある。

1976年にフランスからの助成金が減らされて経済的に苦しくなったボカサは、中国とリビアに接近した。そしてカダフィの指導で、リビアのイスラム指導者のもとでイスラムに改宗した。名もイスラム風に改名。

中央アフリカのモスクに出席した最初の祈祷は、スピーカーで町中に流された。イスラムを国教にしようという動きもあった。エジプトも祝福した。

それが1976年の秋である。

それなのに、僅か2ヶ月後、1977年の1月にボカサは離教した。

名もフランス風のクリスチャン・ネームに戻した。

理由はもちろん皇帝の戴冠式とミサにローマ教会を必要としたからだ。

それでもすでにカダフィからの援助はとりつけていた。

すごい変わり身の早さだ。

敬虔なカトリックだった前ベルギー王ボードゥワンが、妊娠中絶法が成立した1990年にその間だけ退位したことと反対だ。彼は宗教的信念を政治的立場に優先させた。

ボカサの方は、経済政策や個人的野望で宗旨替えしてしまうのだから。

そう言えばナポレオンもエジプト遠征中にはイスラムに改宗したという説もあった。

ボカサ、どこまでナポレオンなんだ。

ボカサは、自分のことを「イエスの13人目の弟子」と称していたらしい。

ボカサの「ナポレオン」戴冠は、他のブラック・アフリカからは「白人の猿真似」として批判された。フランスは、旧宗主国の立場もあるから微妙で、一応ボカサの「親フランス」芝居を容認していたのだ。

でも、結局、手のひらを返した。

サルコジは、リビアに民主主義が根付くまでフランスは見守ると言っている。

「金は必要ないんです、リビアには金はあるから」
とも言っていた。

「リビア解放」に費やした金を弁償しろと言いかねないな。

まあ、結局は石油利権などに落ち着くのだろうが。

中央アフリカは世界の最貧国の一つだった。

金やダイヤやウランはあるのだけれど。

もちろんフランス御用会社の「アレヴァ中央アフリカ」というのがあって、バクマ鉱山の開発を独占している。

石油の時代の前には、石炭が「黒いダイヤ」と呼ばれていた時代もあった。

中央アフリカは、ダイヤとウランだ。

ダイヤはジスカールに、ウランはサルコジに。

ボカサは「黒いナポレオン」と呼ばれていた。

そのメガロマニア(誇大妄想)ぶりは、カダフィにも通じる。

しかし、ベルベル人であるカダフィよりも、黒人のボカサは、より「痛い」。

権力、金、政治、個人や国の野心や欲望、植民地の歴史と人種差別。

アフリカはいつも、「近代国家」の暴力的核心がさらけ出される場所なのだ。
[PR]
# by mariastella | 2011-09-21 03:06 | 雑感

langue de bois

langue de bois (木の言葉)というのはフランス語の表現で、意味のない曖昧な言葉で、政治家が答えにならない答弁をする時などによく使われる。

これに当たる日本語は何かなあ、と日頃思っていたら、

最近、日本の国会答弁のことを

「木で鼻をくくった文言」

と形容している文に出くわした。

誠実さのない言葉を前にして、「木」という連想が出てくるのがおもしろい。
[PR]
# by mariastella | 2011-09-20 00:21 | フランス語

Brown Babies

第二次大戦後のドイツで黒人のGIとの間に生まれた子供たちのドキュメンタリーをArteで見た。

私の親戚に、生後すぐにフランス人の養子になった「ボッシュの子」と結婚した人がいる。つまり、フランスがドイツに占領されていた時のドイツ兵とフランス人女性の子供だ。養子先は裕福な商家で、養子の彼が唯一の子供だったので、贅沢に育っていた。金髪碧眼でがっしりした感じは、何となく「ボッシュの子」とはこういうイメージなんだろうという気もしたが、フランス人としてまったく違和感はない。

それでも、部外者の私にまでその出自が伝わるのだから、占領軍と非占領国の女性との関係そのもののインパクトは残り続けるのだろう。

「brown babies」 とは、黒人とドイツ人女性とのハーフだ。

第二次大戦後の日本でも占領軍との間に生まれた「混血児」の話は少なくなく、沢田美喜のエリザベス・サンダースホームの名などは私にもなつかしい(私の父が沢田美喜さんと仕事上の関係を持っていたからでもある)。GIベビーともよばれたらしいが、やはり黒人とのハーフのイメージが強い。詳しく知ったのは、もう30年以上前に読んだ有吉佐和子さんの『非色』(1964)という小説によってだ。

http://www.amazon.co.jp/%E9%9D%9E%E8%89%B2-%E8%A7%92%E5%B7%9D%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%9C%89%E5%90%89-%E4%BD%90%E5%92%8C%E5%AD%90/dp/404126202X

ヒロインは勤め先の駐留軍キャバレーで知り合った黒人と結婚するが、夫は娘のメアリを白雪姫と呼んだ。やがてアメリカへ渡り、日本では占領軍で羽振りがよかった夫が本国では差別されていることを知り、黒人の下にプエルトリコ人がいることや、白人の大学教授と結婚している日本人の家庭で働いて、その白人がユダヤ人として差別されていることを知るなど、複雑な差別と偏見の構造や心理が書かれている。

日本人と黒人の間でさえそうだから、アーリア人優生思想を掲げていたナチスのドイツで、見た目は白人と変わらないのにホロコーストの対象となったユダヤ人どころか敵国の黒人の子供を産んだドイツ女性への風当たりはすごいものだったろう。

アメリカはヒトラーの人種差別を宣伝することで黒人の参戦モティヴェーションを高めたようだが、実際多くの黒人兵がドイツにいたらしい。アメリカのGIたちには、ドイツ人とつきあってはならない、友人関係をもってもいけないという禁令が1945年に出ていた。にもかかわらず、1946年には「混血児」の出生が相次ぎ、禁令も解除されざるを得なかった。子供の母親と結婚したGIもいたが、みな朝鮮戦争に送られることになった。アメリカの軍隊内での人種差別が撤廃されたのは1948年で、本国では、1964年まで公的な人種差別が続いていた。

つまり、アーリア人の純潔思想に染まり、「教会、キッチン、子供」のみっつのKを守っていたドイツ人女性が、アメリカでさえ「二等国民」と見なされていた黒人の子供を産んだわけなので、風当たりは当然厳しかった。

驚くのは、アメリカの黒人女性ジャーナリストが提唱して、ブラウン・ベビーズというプロジェクトを始動、新聞紙上で養親を募り、1951年から、7000人ものハーフの子供たちが、ドイツからアメリカの黒人家庭に送られたことである。

その女性は自分自身も12人もの子供を養子にした。

男の子などには、同じようなドイツのブラウン・ベビーばかり5人を養子にした家庭の農場で奴隷のように働かされたという例もある。彼らは「恥の子」として労働力を搾取されたわけだ。

母親の中にはもちろん子供と引き離されるのを拒んでいた者もいたが、生活苦から、子供を手離してドイツ人と結婚する人が多かった。
多くの子供たちは1946-7年に生まれ、1951-3年ごろにアメリカに渡っているので、すでに環境の変化を感じる歳だった。

なかには、「黒人」女性ではじめてのテレビ・キャスターになったドリス・マクミロンという有名な人が出て、この人はミュンヘンにまで母親を訪ねていった。28年ぶりの再会ということで新聞記事に取り上げられたことで、母親は人種差別者からの脅迫を受けるようになったという。

母親はもう亡くなっていたが白人の異父妹や姪と出会った女性もいる。彼女らは異父姉の存在を知っていたがそれはタブーの領域だった。父がプエルトリコ人だったらしいことも分かった。アメリカから調査してドイツまでやってくるような人は裕福な人が多いから、そんなハーフの異父姉に出会った白人の妹が「私もアメリカに行きたかった」などとしみじみ言うシーンもある。

フランスには、「島の人」という表現があって、カリブ海にある海外県のグアドループなどの黒人を指す。サッカーのナショナル・チームなどにいる黒人はたいていこれらの「島の人」だ。フランスでは養子縁組も多いが、たいていは白人のカップルで、ハイチやアフリカの黒人の子供を抵抗なく養子にする。

人種差別法があった1950年代のアメリカでは、黒人とのハーフの子供は「黒人」であるから、「黒人家庭」の養子になるしかなかった。

21世紀に黒人のハーフであるオバマ大統領が生まれるとは誰も想像できなかっただろうが、そのオバマですら「初の黒人大統領」という言い方ばかりされた。同じ人がもしケニアで大統領になったら決して「初の白人大統領」とは言われないのは明らかだ。

私の音楽の生徒にも「島の人」と白人フランス人女性とのハーフの子供がいる。子供たち自身はどちらかというと黒人のアイデンティティを持っている。女の子の似顔絵をマンガ風に描いてやった時、「これじゃ白人みたいだ」とコメントされてあわてたことがある。日本のマンガの世界では、少なくともモノトーンなら、白人と日本人の区別は必要がない。一つの画面に両方出てきて違いを強調する時は別だが。黒人をどう描くかという場面は想定したことがない。今や自粛の対象となる「ちびくろサンボ」だとか手塚治虫のマンガの黒人くらいしか思い浮かばないのだ。ましてやハーフとなると・・・。

最近日本に20日間ほどいたが、不況や大震災の影響か、いつもの行動範囲内に、白人の姿はかなり減って、黒人は一度も見かけなかった。一度も、である。これだけグローバル化した時代でも、「島国」感はぬぐえない。

しかし、肌の色の濃淡は、もちろん環境要因によるメラニン色素の多寡という適応変化でしかない。また、黒いよりも白い方がいいなどというのは文化や時代によって変わる。

ヨーロッパや日本でも「深窓の令嬢」のように、戸外で働く必要のないことを意味する白い肌の女性に美や純潔のイメージが付与された時代があるかと思えば、今はバカンスに出かけたりアウトドアの活動ができたりする余裕の象徴として日焼けした肌の女性が好まれて日焼けサロンが繁盛するほどである。

ブラック・アフリカも例外ではなく、今でもタンザニアやブルンジなどでアルビノスの子供が生まれてきたら殺されたり、白い手足を切断されてミイラ化したそれを呪術の道具にされたりすることがあるので、白いことが不吉や恐怖につながるのかもしれない。

犠牲者を守る国際人権団体もがんばっている。2008 年3月にはじめてタンザニアの大統領が禁止して173人の呪術師を捕らえたが、事態は改善しておらず、障碍者にされて亡命する人もいる。

一見平和な生活を営んでいるような部族でも、実は、さまざまな理由からマイナーな弱者になった存在を排斥したり殺したり 抑圧したりしてその平和を保っていることが少なくない。性器切除と縫合のように若い女性のほとんどが対象になる地域もある。そこにずっと暮らしていたら、祖母も母親もそれを継承するわけだ。アルビノスでも女の子が悲惨なようだ。

結局どこでも、「多数派と違うものを排除しよう」という圧力が働くわけで、それを思うと、個人的には、「白か有色か」がはっきりしない「混血」がどんどん進むといいと思う。遺伝子的にもサヴァイヴァル能力が増すし文化的にも豊かになる。

しかし、結局は、肌の「色」だけの問題ではない。

傷跡やあざ、ニキビやソバカスに至るまで、「見た目」は社会関係を左右するし、長生きすれば誰しも避けられないシミやシワなどの「経年劣化」も、人の心を深刻に蝕むことがある。

まあ「経年劣化」がとことん進めば、心身機能さえ維持していれば人は尊敬や憧れの対象になり得るし、「肌の色」だの「人種」だの「性別」だのの差すら限りなく小さくなる。

「外見」が本当に圧力となるのは、人がモノとしての価値を持つ場合なのだ。

一方、そういう「価値」の序列から逃れさえすれば、人はなんの偏見もなく異種を愛し、仕え、共存することができる。

混血など不可能で肌の色どころか形態もまったく違う犬や猫のペットを家族同様に愛する人は少なくない。

「そこにいてくれるだけでいとしい」

という存在は、外見の差など関係ないし、価値観の共有やコミュニケーションの有無ですら関係がない。

「命」が私たちを惹きつけ、結びつける。

優生主義の誘惑とはとことん戦わなくてはならない、と思う。

若い女性に一定の理想型の情報を流し続ける文化の罪は、重い。
[PR]
# by mariastella | 2011-09-15 17:26 | 雑感

クリプトビオシス(cryptobiosis)

金沢美大OBによる銀座での彫刻展の最終日に行って、終了後に作品が梱包されるのを見ていた。

私は絵画や写真の個展には関わるので取り外しのシーンも見るが、かなり存在感のある彫刻作品群が次々に台座から取り外されてしまわれて梱包されるのを見ていると、ショックだった。ついさっきまで、特別な空間を形成していたのに、ひとつずつ片付けられると火が消えていく感じになる。

そこで思い出したのが、

クリプトビオシス(cryptobiosis)という言葉。

有名なのはクマムシ。 

乾燥状態になると生命活動を停止して無代謝状態になるが、何年経っても、水分が補給されると復活して動き出す。

で、クリプトビオシスは「潜伏生命」。

梱包された作品群も、占めるべき空間を断たれ、見る人の視線を遮断され、いわば無代謝状態。

芸術作品が鑑賞されなければ、「作品」は残るが「芸術」は消える。

モノとしての芸術作品は、まさに潜伏生命だ。

あの梱包された作品(モノ)はまた開かれて誰かの視線に触れれば、復活し、愛でられれば芸術の命を発散し始めるのだろう。
[PR]
# by mariastella | 2011-09-10 23:42 | アート

美とプロポーション Lucian Freud が死んだ

Lucian Freud が死んだ。

こういう絵で有名。

Lucian Freudが数日前に亡くなったので、現存する画家で作品が最も高価に売れる人のランクが繰り上がることになる。

Lucian Freudと言えばエリザベス女王の肖像画、Lucian Freudと言えばジグムント・フロイトの孫息子。

すごく絵はうまい人だと思う。

でも絶対に言及されることを嫌っていた彼の祖父の名が、それこそサブリミナル情報のように、彼の全ての絵を性的な無意識界の表象のように見せてしまう。

それを言うのはタブーなのだ。

彼のモデルは全部彼の中で咀嚼され同化して、彼の無意識のフィルターを通して、くちゃくちゃとグロテスクなマチエールになって吐き出される。

でも、人間だけ、特に、裸の肉体だけが、贓物の再構成されたみたいないかがわしさを見せるのに対して、枯れた植物なんかは、昇華されたように美しい。

たとえばこれ。

人間の裸は昇華の対極だ。

枯れた植物は美しく見えるのに、肉体の解体と再構成には冒涜感が付きまとうのはなぜだろう。

近頃、向川惣一さんの博士論文『レオナルド・ダ・ヴィンチ-絵画理論とその原理に関する研究』を読んだ。

ダ・ヴィンチが、人体比例理論や線遠近法において幾何学的な作図システムを研究していたこと自体は、プラトンやピタゴラス学派と同じくイデアの世界に美を探していたからだと言えるだろう。

しかし、調和比例と黄金比の等比数列を同時に満たす『人体権衡図』の人体各パーツの比例による美というのは、果たして普遍性があるのだろうか。

それはルネサンスの頃のラテン人の基準かもしれない。文化が異なると人間の社会関係における美の評価が違ってくるのはよく知られている。日本の平安時代の引き目鉤鼻も有名だし、マサイ族とピグミー族ではプロポーションは明らかに違う。

人が円やら正多角形やらを美しく感じるのはかなり普遍的だし、顔や体のパーツの左右対称性を美しいと感じることもよく知られている。遺伝学的な説明もされている。

しかし、人間の肉体におけるプロポーションと美の関係には普遍的妥当性はないのではないだろうか。

また、たとえば数学者であるラモーが和声進行を数学的に理論化したこと、それをあらかじめ「知る」か知らないかで、音楽の受容=観賞の深度が天と地ほども変わって来ることと、絵画作品においてプロポーションの理論をあらかじめ「知る」ことの関係はどうだろう。

ダ・ヴィンチの絵を美しいと思うかどうかは、比例への感性の普遍性と関係するのだろうか。

では、ルシアン・フロイトは?

彼の描く超肥満の裸婦像の身体プロポーションは、勿論ダ・ヴィンチの「基準」を大きく逸脱する。

では、比例は別のところに適用されているのだろうか。

水墨画家に言わせると、水墨画における美を決める比率は白い部分と墨の部分にある。つまり面積比だそうだ。

明治の画家岡本月村(京都丸山派の流れ)が南画を修行した時の「模写」帖のコピーを彼のお孫さんからいただいたことがある。

人体について、勿論、骨格や筋肉の解剖学的アプローチはない。ではデッサンが不正確かと言うと、すばらしい。その訓練とはたとえばあらゆる姿勢の人体図をそのまま何度も写して描くことだ。うずくまる人間をあらゆる角度から、全体の塊として、膨大なプロトタイプをストックしておく。いつも、全体の塊としてインプットされる。子供の体もしかり。鳥の姿も。花も、木も。博物誌のようにあらゆる形や種類がひたすら模写される。

後は、どんな新しいものに出会っても、自分の中のストックから似たようなものを選び出してそのベースで描いていくので、新たな対象のパーツを「観察」する必要はない。選び出した「型」に対象の固有性のエッセンスだけ注入すればいいのだ。だから、速い。たちどころに読み取る。だから月村は優れた新聞画家でもあった。

その「美」はやはり、切り取られた「塊」をいかに配置するか、という比率にかかっているのだろうか。
色の濃淡を重さに還元してから徹底的に計算して色彩の面積比のバランスをとったクレーのような画家もいた。

視覚芸術と聴覚芸術において、比率や比例の意味するところや受容のされ方は大きく異なるが、それが受容する側にとってどの程度の「生理的快」に結びつくのかもまた変わる。

音楽におけるオクターヴやテトラコードの比率は物理的なもので、あらゆる文化に共通している。和声もある程度は共有できる。しかし、和声を永遠に繰り返される祈りのようなものから「解放」してそれにはじめと終わりを与え、「進行」の自明性を数式化しようとしたのが一神教文化の西洋にいたラモーだった。

一般に日本人も難なく音楽のグローバル化を受け入れるところから見て、そこにはある程度の普遍性がありそうで、現代音楽や前衛音楽が和声を否定し、調性から抜け出し、リズムを破壊したりすることによってなす挑発に対する忌避感もかなり普遍的だ。

それに比べて、絵画のほうはわりと簡単に抽象へ向かう。まず具象のテクニックを身につけて、それをだんだんと崩して、抽象にいたることが、何か一種の進化のように容認される。絵画が鑑賞者を浸蝕する力の方が音楽が鑑賞者を浸蝕する力よりも小さいから抵抗感がないのだろうか。

建築や彫刻のような三次元芸術との関係もある。

美はどこから来て、どこへ去るのだろう。

[PR]
# by mariastella | 2011-08-29 20:52 | アート

Une Femme Nommée Marie

Robert Hosseinが、ルルドのロザリオのノートルダム大聖堂前で、『マリアという名の女』というメガ・スペクタクルを一回きりの無料公演するというのが、france3のテレビで生中継されたのを観た。

私は1983年に『:Un homme nommé Jésus(イエスという名の男)』をパリの Palais des Sports で観ている。

イエスが四千人の人々にパンを分ける奇跡のシーンでは、使徒たちが客席を走り回ってバゲットのかけらをみなに分けた。そのパンの味が、忘れられない。

ロベール・オッセンは、40歳でカトリックの洗礼を受け、「イエスもの」も何度も演出しているし、「ヨハネ=パウロ二世もの)まで演出している。

息子の一人Aaron Eliacheffはなんとユダヤ教のラビで、仏教徒の息子、イスラム教シンパの息子もいるらしい。宗教好きなアーティストって、フランスじゃけっこうめずらしい。

で、ルルドでのこの芝居は「聖母マリア」ものかと思ったら、一応ベルナデットが出てくるものの、洞窟のマリアに福音書の話をねだって見せてもらう、という形で、これまでの「イエスもの」のヴァリエーションになっている。

ヨルダン河での洗礼に始まり、ヘロデ王とサロメとか、山上の垂訓とか、ラザロを蘇生させるとか、最後の晩餐とか、十字架の道行きなど。

場所がルルドなので、舞台前には車椅子がずらりと並んでいる。

ルルドには、今でも毎年600万人の巡礼者が訪れ、そのうちの1割が「病者」として参加する人だ。

今は聖母被昇天祭が迫っているハイ・シーズンだ。

開演前にインタビューされたオッセンは、この芝居をこの場所で病人のために捧げるのが夢だったというようなことを言って、感極まって涙をためている。

信者かどうかは関係ない、人のために生きている人は神の手に抱かれている、といういつもの言葉を繰り返している。

彼が年とったことに驚いた。精力的なイメージだったのが、もう83歳だそうだ。

イエスの奇跡のシーンで、左右から病人とか障害者役の役者たちが、わらわらと、つまずいたり震えたりしながら舞台に出てくる。

なんだか居心地が悪い。

ユイスマンスがこれを見たらなんて言うだろう。

でもちろん全員が「奇跡の治癒」を得てとび跳ねながら退場する。

うーん。

いいのか、こんなんで。

あまりにも「べた」すぎないか。

オッセンって、ちょっと耄碌したんじゃないか、と思う。

金持ちが天国に行けない、ってきっぱり言われるところは痛快で、「無償で受けたものは無償で与えよ」と言われると、「命」もそうだなあ、とか、選ばれれて語られる福音書の言葉の要所要所には共感もするが、全体としては、どうよ、という感じが抜けない。

しかし例のパンを分けるシーンがあって、中央通路を進んできた使徒や群衆役の役者たちが、「分かち合い」とか言いながら観客にパンを分けて、観客が驚いて、ほほ笑みながら食べているのを見ると、幸せな気になる。

過去の私は金を払って観た客だったが、ルルドではすべてが無償だから、「分かち合い」もじーんとくる。

でも、それ以外は、あまり感情移入できない。

夜がふけてくる。

芝居の最後に、オッセンがナレーションでしめくくる。

「私たちには癒せない。でも私たちは、愛したり、助けたり、分ちあったりすることができる。まだ間に合ううちに。」

と、しわがれた声が響く。

このフレーズはルルドにぴったりだ。

芝居が終わって、それでも、感激して顔をくしゃくしゃにしているおじいさんもいるなあと思って見ていたら、何とそれがオッセンだった。

背が丸くなり、よろよろと立ちあがって、杖をついて、進み、舞台にゆっくり上がってくる。

イエス役が、手を差し伸べている。
オッセンを見ると、俳優がみな泣きそうになっている。

一番感動的なのは、あんただよ、オッセン。

ルルドはそれ自体が芝居の世界のような異界だから、この芝居が一体何を付け加えたのかはよく分からないが、オッセンの信仰が、ひたすら「与える」ことに向けられているのは分かるし、テレビを通してではなく実際にあの場にいたら、感極まって、病気が治る人も出てくるかもしれない?

「マリア」の出番は、イエスの物語の中にはまったくなくて、「看板に偽りあり」という気がするが、「キリスト教的公正」だからこれでいいのかもしれない。

私は自分が年とるにつれて、まだ30代前半であんな死に方をしなくちゃならなかったイエスがかわいそうでたまらなくなり、「あんたのために何かしてあげるから、待ってなさい」と言いたくなる。

釈迦が悟った後、80歳まで教えがぶれなかったのは分かるが、イエスって短い一生(のしかも最後の方)が激しすぎて、「神の子」だし、「子なる神」だし、後で復活するから大丈夫、という気にはなれない。

この芝居で残念だったのはイエスに笑顔がほとんどなかったことだ。

キリスト教の本当にいいところは、自由意思へのオプティミズムだと思うので、それをもっと伝えてほしかった。

「この世は夢幻」とか、「仮の世」とか、「神のお告げが下される」とかいう解決のし方ではなく、何かを求めて、あるいは何を求められているかを探しながら自分でちゃんと生きていく、というメッセージは、この芝居よりも、この芝居をこの場所で実現させたオッセンの姿を通じてよく伝わってくる。

神の手に抱かれている人、少し羨ましい。
[PR]
# by mariastella | 2011-08-14 07:06 | 演劇

オスロのテロ事件

 書きたいことが山のように溜まっているのだが、今、忙しいので、例のオスロの事件がらみで、忘れないうちに、ほんの少し、書く。

 私は5月のカンヌ映画祭で、ラース・フォン・トリアが、「ヒットラーにシンパシーを感じる」とかいったことで、カンヌから追放されてしまったことに対して、「これって過剰反応じゃないの?」と思っていた。

 ところが、今度のオスロ事件の銃乱射男が、facebookの中でお気に入り映画に挙げていたのがトリアーの『Dogville』だと聞いて、すごく複雑な気がした。

 本音だから正しいとは限らないし、正論だから建前だけとは言えないし、みんなの言わないことをあえて言うからといってそれが真実だともいえない。

 『ドッグヴィル』って、かなり危ない映画だと思う。

 どんな人の心にも、嫉妬や恐怖やその他もろもろで他者を虐待したいとか殲滅したいという類の気持ちが潜んでいるとしても、マイノリティの権利を守る、みたいな理由付けで、そういう感情に市民権を与えたり光を与えるのはよくないなあ。

 芽のうちに摘み取ってもまた生えてくるとしても、せめて大きく育たないように日陰に押し込めておかないとだめだ。

 偽悪の方が偽善よりましだと思うときもあったけれど、凡人は「偽善」でいいから悪を牽制したほうがいいかも。
[PR]
# by mariastella | 2011-07-31 03:10 | 雑感

社民党や社会党のこと

フクシマという日本語は最近フランスでもっとも耳にする言葉になってしまった。フクシマさんという名の日本人がフランスに住んでたら困っているかもしれないなあ、と思う。
福島みずほさんは大丈夫かな、福島みずほさんの社民党は一貫して脱原発派でよかったなあ、とも。

そんなことを考えていたら、この語呂あわせで福島さんを揶揄している発言をネットで見つけた。女性差別発言でもある。日本で「社民党」と「女性」の組み合わせにはネガティヴな含意がいろいろありそうだ。

今のフランス社会党の大統領予備選にはセゴレーヌ・ロワイヤル女史とマルチーヌ・オーブリー女史という二人の女性が立候補している。

ロワイヤル女史は前回の自分自身のカリカチュアのような雰囲気だ。あれ以来離別したパートナーであったフランソワ・オランドが今回は最有力候補になっている。

私はオランドは生理的に嫌いなのだが、多分候補者たちの間で最も頭がいいと思う。
ジョスパンもシラクより頭のよさが際立っていたが敗れた。政治家は頭のよさで墓穴を掘ることもある。

今でもある意味不思議なのは、そもそも5年前になぜ、ロワイヤル女史が社会党予備選を勝ち抜いたのかということだ。

当時彼女に敗れたのは今ソフィテル事件で戦力外になってしまったたDSKとローラン・ファビウスの二人だった。

どう考えてもDSKとファビウスの方が本選ではサルコジを破る力があったような気がする。

誰も表立っては言わないが、

予備選でロワイヤルが勝ったのは、

彼女がフランス軍人の娘で、カトリックだったのに対して、

DSKとファビウスが共にユダヤ人だったからではないだろうか。

そして、本選でロワイヤルが敗れたのは、

彼女が女だったからかもしれない。

アメリカの民主党予備選で黒人の男オバマと白人の女ヒラリーとが争い、ヒラリーが優勢だったが、共和党との本選になると男には負けるだろうから、黒人でも男のオバマが戦略的には有利だという論評が存在した。

それを応用すると、5年前も、女よりは、「ユダヤ人でも男」の社会党候補なら勝っていたのだろうか。

「移民の二世でも男」のサルコジが勝ったのだから。

まあ、前回そのサルコジを選んでしまったのだから、今回の敷居はぐっと下がって、DSKのユダヤ性などもう誰も問題にしなくなった。来年の大統領選では最有力と言われていた。

しかしDSKはセックス・スキャンダルで自滅。

それにひきかえ、サルコジは「最低の大統領だが最強の大統領候補」だと言われている。

一番人気だったDSKが、ホテルのメイドから訴えられているこの時期に、妊娠中のおなかをあらわにした水着姿の奥さんと海辺のバカンスのツーショットを撮らせたりしている。

社会党候補たちがなりふり構わずテンションを上げている時に、ついこの前まで攻撃的で興奮していたサルコジは、口数が少なく、温和なそぶりを保持している。

サルコジが再選されたらフランスの崩壊は進むだろう。

社会党が17年ぶりに返り咲いたら、別の方向に破綻するだろう。

ヨーロッパ議会とのバランスやゴーリズムの求心力の有無によっても変わってくるだろうが。

ちなみにフランスでは与党はもちろん、社会党でも緑の党でも、脱原発は党是ではない。
[PR]
# by mariastella | 2011-07-19 01:56 | 雑感

A.I.

キューブリックが考えついてスピルバーグが演出したというこの「母親に愛されたいと望む」少年アンドロイドの映画「A.I.」は、封切当時これといって私の関心を惹かなかったのだが、最近DVDで見る機会があった。

「愛されたいと望む」プログラムなんて、最低だなあ、と思った。

せめて「愛する= 相手の幸福を望む」プログラムにすればいいのに。

「愛されたいと望む」なんて、プログラムのレベルでは、破壊を望むのと同じくらい暴力的だ。

そんな明らかに発想からして破綻しているアンドロイドを、息子を失いそうになって悲しみの淵にある母親の慰めのために与えようというのだ。

猫を飼え、猫を、

と思った。

猫型精神のプログラムでもいいけれど、それをアンドロイドにする必要はない。

外見が人間だったら、この映画にあるように、子供たちから嫉妬されたり、いじめられたりするからね。

この映画の少年アンドロイドはどちらかと言えば「犬」型だ。犬は主人に忠誠を誓い愛も求めるから、絶望した人間の支えになることもあるが、主人と特別な関係を勝手に組み立てて自分の世界のヒエラルキーに組み込むから、後で主人が結婚したとか子供が生まれたとか、状況が変わると、新参者に嫉妬することもある。

それをキャッチして新参者の方がその犬を厭うこともある。

この映画でも、少年アンドロイドと、奇跡の回復をなして母親のもとに戻った人間の少年の間でも、当然そういう緊張が生まれたわけだ。

しかも、犬より悪いのは、形が人間だということの他に、アンドロイドには食事も与えなくてもよく、世話がかからないというところだ。

物質的、生活的な依存関係がない。

ある程度の「共依存」がないと、生活の場での都合よい「愛」はなかなか成り立たない。

猫は、外見がまったく人間とは違っても、美しいし、柔らかく気持ちいいし、かわいいし、でも、食べ物やトイレの始末などの世話は遠慮せず要求するし、こちらに愛させてくれる(それも向こうの機嫌次第だけれど)。

まあ、猫には、お世話させてもらって、愛撫させていただこうと努力させてもらって、自然体で美しい姿を愛でさせていただいて、などと、こちらがそういう努力を強いられることによって、逆に生きる元気を与えてもらえるわけだ。

息子が意識不明で絶望している母親に、「愛されたいと望む」プログラムのロボットを与えるなんて、設定からして完全に「間違っている」と思うので、その後の展開がいかにシンボリックで寓話的でそれなりに興味をつないでも、出発点の違和感は乗り越えられない。

やっぱり猫ですよ、猫。
[PR]
# by mariastella | 2011-07-18 02:09 |

エヴァ・ジョリの憂鬱(追記あり)

エヴァ・ジョリって、名前がどこかのセレブ風だし、見た目は金髪に真赤な鼻眼鏡の独特なキャラだし、緑の党の公認として「大統領選」出馬が決まったことにけっこう違和感があった。弁護士としては有名だ。

で、最近公認候補になった時に、はじめてフランスとノルウェイの2重国籍だということや過去にミス・ノルウェイの3位に選ばれたことがあるなどを知った。

2重国籍自体はフランスでは珍しくないので、注意をひかれなかったのだが、スピーチで、「私の(フランス語の)なまりは、私がフランスを選んだという証しで、フランスの栄誉の徴しだ」という趣旨のことを言っていたので、この人にとってフランス語が母国語でなかったこと、日本風にいうバイリンガルではなかったことを知った。

そう思ってあらためてスピーチを聞くと、Zの音がSと澄むことが分かった。日本人にはどうということのない発音だが、ノルウェー人にとっては何十年たっても「なまる」音なのだろうか。でも、言われなければ、その人の単なる癖か、方言のなまりかと思っただろう。

日本人の「バイリンガル」観から言えば、母国語でない言葉を駆使して大統領選に出馬ということ自体が驚きかもしれない。

そのジョリ女史が、革命記念日のシャンゼリゼの軍隊行進の後で、「あれはかなりのエネルギー消費でエコロジー的には問題だから自分が大統領になったなら別の形に見直すかも」、という趣旨(追記1:消した部分は私の解釈だったのだが、その後「私は自分で自分を寿ぐ」とまで言い切ったフィヨンによると女史が軍隊行進を北朝鮮になぞらえたことで頭にきたらしい)、の発言をした。それに対して、フィヨン首相が、「彼女は2重国籍でフランス人になった年月が浅くて、フランスの価値や歴史や伝統への理解が今一つではないか」というような発言をしたものだから、大騒ぎになっている。

2重国籍者への差別は、つい最近サッカー選手要請に絡んでスキャンダルになったばかりだ。
フランスにはいわゆるマグレブ系の移民の二世三世がたくさんいて、フランスで生まれているので2重国籍を有している。ジダンもそうだ。で、そのような選手たちがフランスで苦労して育てても、先祖の国のナショナルチームに入ってしまうことがあるのはいかがなものかという議論が出てきて、それが差別だと言って物議をかもしたのである。

でも、フランスで生まれ育った2重国籍者と、中等教育まですべて他国で終えてからフランスにやって来た後に国籍を取得した者とは、いろんな点で違う。また、いわゆるフランス人と外国人が結婚して生まれた2重国籍の子供たちも違うだろう。

今のようなグローバル化した時代と違って、ジョリ女史が生まれ育った1940年から60年代初めは、国境や文化の差が今より大きかっただろう。

ジョリ女史は、「私は50年もフランスに住んでいるんですよ」と反撃した。

確かに「2重国籍者はフランス人として日が浅い」というフィヨン発言は突っ込まれても不思議ではない。ジョリ女史にはフランスに生まれ育った25歳のフランス人の2倍の年月のキャリアがあるのだ。

そればかりか、生まれてからずっと先祖代々の国で暮らしている人は自国の文化や伝統や価値観について特に意識しないことが多い。青年期以降に外国で暮らしてはじめて、カルチャーショックを体験して、自分の国の文化や伝統の輪郭を確認し、またそれとすり合わせることで、ホスト国の文化や伝統をはっきり意識して、うまく適応した人はハイブリッドに、「器」を大きくしていくものだ。

ではフィヨン首相のほんとに言いたかったのは何かというと、多分、5歳から11 歳くらいの、柔軟な時期にフランスの価値を「叩き込まれる」教育を受けているかどうか、ということなのだろう。

言い換えると、子供時代に過ごした国から人は「洗脳」あるいは「マインドコントロール」され得るという考えが透けて見える。

フランスの言い分はどことなく分かる。

アメリカの小学校の国家掲揚や国歌斉唱でアジア系移民の子供も涙を流すほど感激したり、可塑性の大きい子供たちに「愛国心」をたたきこもう政策はどこにでもある。
ヴァーサリズムにあるから、小中学校には全部「自由、平等、友愛」の標語が掲げられているし、市民教育の時間があって「フランス革命の価値観」などを叩きこまれることになっている。一種の教育社会主義が浸透しているのだ。

これは「愛国心」よりも標榜するユニヴァーサルな理念への忠誠を叩きこもうとしているわけだ。
フランスでは共和国主義は、一種の宗教だから、その洗礼を受けているかどうかと言いたいわけである。

これが軍部に行けば、入口を入ったところに、

「名誉、規律、愛国心」という三つの標語が掲げられている。

まあ軍隊ならば「自由、平等、友愛」の普遍主義だけでは無理なので当然だ。

ともかく、フランスでは、建前としては、人生の入り口で、「自由、平等、友愛」が掲げられるわけであり、その表看板が、下部構造の軍隊やら教会やらの上にあるという認識があるのだ。

フィヨン首相はだから、「共和国主義」を子供の時に叩きこまれてきたか、あるいは国籍取得のために学ばされたか、という2重国籍者ではなくて、単にフランス人との結婚によってフランス国籍を得たジョリ女史を皮肉っていたのだろう。(彼女はオペールとして働いていたホストファミリーの長男である医学生と結婚したのだ。)

女性差別もないとは言えない。

これを受けて、革命記念日の軍隊パレードを肯定する政治家たちも一斉にフィヨンを批判した。「フランス人を出身によってカテゴリー分けすることはフランスの理念に反する」というわけだ。

これは本当で、オバマ大統領がつい最近まで、本当にアメリカで生まれたのかどうかなどとしつこく追及されたアメリカなどとは対照的だ。

社会党の大統領選予備選挙に出馬している人たちは、政策的にはけっこう仲間割れしているくせに、声をそろえてフィヨンを批判した。

その中でマニュエル・ヴァルスが、「自分はスペイン人でフランスの議員の中で唯一、中途国籍取得者だ」と言ったのにも、注意を引かれた。この人は、ロワイヤル女史と同様、少なくとも「口にする言葉」のレベルでは、共感できる政治家だ。

調べてみると彼はバルセロナ生まれで、フランス育ち、カタルーニャ語、フランス語、スペイン語のトライリンガルだそうだ。17歳で社会党のミシェル・ロカールにいれあげた政治青年だったし、フランスの教育をずっと受けているので国籍取得も簡単だったろう。当然いわゆる「なまり」もないし、「カルチャーショック」もない。そういう意味ではサルコジだってハンガリーの移民二世だが「純フランス人」である。

いろんな意味で今回のフィヨンの発言は「舌禍」には違いないのだが、つい本音が出たと思われても仕方がない。

と言っても興味深いのは、彼がイギリス女性(ウェールズ人)と結婚していて、英仏2重国籍の子供を5 人もうけている事実だ。
 
イギリスとフランスでは政治哲学も歴史もかなり違う。でも距離的には近いから子供たちは昔から両国を行き来しているだろう。

そして、フィヨンは、フランスのリセで知り合ったウェールズ人の妻の「フランスの伝統や歴史や価値観」の理解度をどのように感じているのだう。

勘繰りたくなる。

ちなみに私は日本で小中高大学と国公立学校に通ったし、「君が代」だって習ったが、それで愛国心とかを特に感じたことはない。君が代は神楽歌が起源だとかいうが、日本の曲らしい「ファ」抜きのメロディラインなどになじんだことは、幼い頃からピアノやバレーなどで「西洋ロマン派風音楽」がデフォルトになっていた私には貴重だ。というか、音楽の教科書に出てきた「邦楽」や「民謡」系統の曲はすべて新鮮だったので、歌詞も含めてすべて今でも覚えている。

また日本での「西洋」理解はアングロサクソン系やアメリカ風が多かったので、フランスでの生活によっていろいろ修正したり、人種問題や人種感覚についても何度も振り子が左右に振れてきた。

まあ、自分の中の「非カテゴリー領域」をひたすら広く深く掘り下げておけば、後は、具体的な時と場所における特定の個人相手の関係性において、その時々の最善のアイデンティティが浮かび上がるようになる。

最善というのは、もっとも対等で友好的な関係が築けるとか、私よりも相対的に困難な状況にある人の力になれるとか、豊かな充実感が互いに得られて「次につながる」期待が生まれるとかいうことだ。

試行錯誤を経て大体そういう自在な感じになった。いや、他在というべきか。

文脈ぬきで「自分のアイデンティティ」はこれこれなどと言っている間はろくなことがない。ましてや国籍がどうのこうのというのは不毛だとつくづく思っている。

追記2: 18日の朝のラジオで、マグレブの両親を持つ移民2世でサルコジ政権の大臣にまでなったラシダ・ダチが感想を聞かれて、二重国籍云々の問題ではなくそれにはコメントしないと言い、革命記念日の軍隊の行進の重要性を説き、軍隊とは民主主義を守る構成要素だと強調していた。

パレードの前日にアフガニスタンの自爆テロでフランスの兵士の命が奪われていて、大統領もこのパレードは彼らに捧げる、などと言っていたデリケートな時期に、ジョリ女史が批判的なことを言ったわけで、こうなると「舌禍」はむしろ彼女の方なのかもしれない。

彼女の支持率からいって、実際に有力候補となる見込みはないから、ジョリは思っていることを言っただけなんだろうが、そしてフィヨンの反応が社会党候補らの格好の批判の的としてまた使われたことも事実だが、ラシダ・ダチが「軍隊は民主主義とセット」になっているとまで強調するのには激しく違和感がある。

何につけても「力の誇示」は、ある目的のために選択されるものだ。軍隊のパレードが、「民主主義」のシンボルというは、もちろん政治的言辞であって、「真実」ではない。

権力、軍事力、金力の誇示は、どこの国であろうと、個人的には好きではない。

しかし、アフガニスタンの犠牲とか、このタイミングでこのような比喩を出して、彼女の立場でこんな発言をしたのは、政治戦略として、賢明であったのかどうかは分からない。

でもそのおかげで図らずも「二重国籍」に対する差別が露呈したのは興味深いことだった。
[PR]
# by mariastella | 2011-07-17 22:33 | フランス



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
以前の記事
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
カテゴリ
検索
タグ
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧