L'art de croire             竹下節子ブログ

ソリプシストKのための覚書その6

 Kとの付き合いの方向性がだんだん固まってきた。

 オペラや建築についてのKの論考を読んでいるうちに、Kの限界も分ってきたのだ。

 今、K を論じる人はほぼ皆無といっていい。

 私が大学教師ならゼミで取り上げ、院生に研究させるのもいいんだけど、などと思っていた。
 Kの残したcorpusは膨大で、これまで誰も、彼を思想史や哲学史に位置づけることがなかったので、紹介書や研究書というものもない。しかし、Kは一種の怪物であるから、思想的に強靭さのない若い学生などがはまり込んだら、はじき飛ばされるか、変に共振しておかしくなるかという確率は高い。

 私の見たところ、そしてエリカとも話し合ったところ、

 K には神学的教養はあった。
 精神分析や無意識については、伝聞知識しかなかった。
 仏教については、ショーペンハウエルのバイアスのかかった理解しかなかった。
 言語を介するコミュニケーション型アートに対して不信感があった。

 と言えそうだ。
 
 Kの醍醐味は、やはり、ソリプシスム自体についての分析と論考である。
 私は、ソリプシスムというのは、はじめは無神論かニヒリズムのヴァリエーションだと思っていたが、次にユニヴァーサリスムの一つの形だと理解し、さらにミスティシズムのヴァリエーションだと理解するようになった。

 古今の神秘家と呼ばれる人は、神秘体験は言語化できないものだと言い、「神秘体験」後の教えや行動は残すが、神秘体験そのものは文字通りミステリーの領域である。
 そういう意味では、Kは、それを論理化する稀有の人である。
 
 はじめは、K が、ある「神秘体験」=啓示体験によって、自分が神であると認識した人であり、そういう視点に立つ哲学というものを覗きたいという好奇心に私はかられていた。しかしK にとっての「自分=神=他者」という体験は、ロジカルな帰結であり、それを基に哲学していくのだが、絶え間ないフィードバックがあって、その理性主義そのものが一番「狂っている」といえば言える。

 無神論の系譜の紹介の仕事が終わった後で、ソリプシスムの系譜を調べてみたい。いろいろな宗教の教祖や「聖人」や神学におけるソリプシスムを調べるのは新しい観点になる。
 ソリプシスムは「思い込み」からくる出発点ではなく、宗教的洞察による到達点の一つであるからだ。

 Kは、膨大な未踏ゾーンにかかわらず、対話可能な存在となりつつある。
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# by mariastella | 2009-04-07 21:30 | 哲学

体への視線

 私が大学生の頃、木村尚三郎さんが、「西洋人の握手」について、「皆さん、知ってますか? 私たちは、西洋人は簡単に手を握り合ったりして、体に触れ合うのが習慣だと思っていますが、彼らは本当は、体に触られるのが日本人よりもずーっと、嫌いなんですよ。不信の固まりで、武器を持っていないことを示すために手を差し出し合うわけですが、本当はすごくそれを嫌悪していて、必死に耐えながらやっているんです」と学生に話した。
 
 その頃はなんだか、すごい裏話を教えてもらったような気がしたものだが、自分がフランスに住むようになってから、彼はお話は面白いが、思いこみは激しいなあ、と思ったのも覚えている。

 「黒人、白人、黄色人種という呼称も、黒と白は本当の色の区別ですが、黄色と言うのは心理的な色なんですよ。白人による警戒を意味しているんです。その証拠に、日本人の肌は白人と同じ色ですよ、(自分の腕を見せながら) ほら、黄色くなくて白いでしょ」

 というようなことも話された。同様のことを後年、総合雑誌のエッセイに書いておられるのを読んだこともある。

 これについては、その話を聞いたその瞬間から、ちょっと違うなあ、と思った。確かなのは、木村さんの肌が確かに非常に白くてきれいで、いわゆる色白の人だったということだ。

 確かにいわゆる「黄疸」などの症状では、どの国でも「黄色」という言葉を使うし、実際、肌が黄色くなる。(黒人が黄疸になったらどのように見えるのだろう?)

 白人でも色素の薄い人は、透けるような肌、というわけで、血の色でピンク色に見えるし、いわゆる赤ら顔の人もいる。アジア人の中には、やはりどうみても黄色っぽい肌の人もいる。実際に遺伝的にメラニン色素の量が違うのだろうからヴァリエーションがあるのは当然だ。

 フランスでは、アラブ人などは有色人種とか肌の色がmat(=艶がない)などと言われるが、日本人にとっての西洋人は、肌の色だけではなく、立体的な顔立ちもセットになっているので、彫りの深いアラブ人などはラテン系西洋人と変わらないと感じる人も多い。特に男性では、「白人」も、肌は白いより日焼けしている方が価値があると思われるから、外見「だけ」では区別がつきにくい。

 入場券を買うために列を作るというような状況の時に、人と人の距離が、「西洋」の方が「日本」のそれよりも広い、ということも日本ではよく聞いた。では「彼ら」は、やはり本質的に体の接触を嫌うのだろうか?

 これも、「西洋人」にもいろいろあって、フランス人は一般に列における他人との距離が狭く、アングロサクソンでは広い、ということはフランスでも言われることがある。

 握手にしても、アングロサクソンの 「Shake hands」 とフランス人の「 serrer la main」は本来全く違う。

 フランス人は毎朝ボンジュールといいながら同僚と機械的に握手するが、短く、早く、握力が強目が基本で、体には触れない。挨拶とセットになっているので別れる時にもする。イギリス人は初対面の時などは握手するが、毎日会う同僚などとは省略される。シェイクハンズは、接触時間が長く、文字通り振ったりする。もう一方の手で肩をたたきあうということもある。

 フランス人がこういうことをする時は、「いやー、おめでとう」のように祝福したりするシーンで、エモーショナルだ。フランス人のただのビジネスの相手に紹介された日本人がアメリカ風の握手をしようとすると、すばやく手を離そうとするフランス人が、手をつかまれて離してもらえないので非常に焦るということもある。

 イギリス人でフランスでビジネスをする人たちは「フランス風」がどんなものか知っている。

 アメリカ人はもともと動作が大仰だと思われている。しかし日本人は、慎み深くて、体を触らず「お辞儀する」という先入観があるくらいだから、アメリカ風に手を握ってくる日本人との出会いはフランス人にとってトラウマになることが一昔前まではあった。

 まあ、今はグローバリゼーションの世代でアメリカ化しているので、ショックも減ったようだが。

 それでも、先日のロンドンでのG 20 における各国首脳の体の「触り方」は、いろいろ興味深かった。

 メルケルは変貌したと言われた。
 
 過去に、シラク大統領に手に接吻された時のメルケル女史は硬ばっていた。
 はじめてサルコジがメルケルを抱くようにして両頬にキスした時もショックを隠せなかった。
 後から外交筋を通じて、適正距離をとれとクレームがついたそうだ。

 そのメルケルは、いまや、自分から手を広げてキスにまわっている。
 サルコジの馴れ馴れしさは伝染するとも言われるゆえんだ。

 今回のG20 では、首脳たちの体のふれあいが多かった。
  
 解説者によると、「肩に手を回す」のは、保護のシンボルだそうで、それはそのまま、支配のシンボルになる。強者が弱者を保護するからだ。

 私の見た写真ではベルルスコーニが両腕をオバマとメドヴェージェフの肩にまわして撮影というのもあったし、麻生さんがブラジルのルーラの両肩に触れているのもあった。
 アメリカとヨーロッパの主導権の争い合いという面もあるから、就任したばかりの若いオバマに、「プロテクト」風のジェスチャーをしようとする人が多かったようだ。
 また、伝統的には、男同士は家族以外は頬にキスしあわないのだが、抱擁しキスしあう首脳同士も多く、これも「兄弟」という親しさのパフォーマンスだった。

 実際、オバマ夫妻も相手によく「触る」。

 長身のミシェル夫人が、小柄なエリザベス女王の肩に手を回した写真は、結果的に好意的に受け取られたものの、微妙なところだった。

 オバマの最初のフランス入りということでも注目されたストラスブールのNATO会議では、レポーター(カトリーヌ・ネ)によると、

 オバマがサルコジにキスし、
 サルコジはミシェルにキスし、
 ミシェルはカルラ(サルコジ夫人)にキスしたが、
 オバマはカルラにキスしなかったそうだ。

 これをどう読み解くか、難しいところだ。

 とにかくこういう場での親しさの表現は、もちろん非常に政治的なものであるから、単なるそのときの気分などではない。

 体ではないが、ファーストレディのファッション比べなどという言説も相変わらず繰り広げられる。
 ブラウン首相のサラ夫人は古臭い、カルラは洗練されていてミシェルは個性的というように。
 メルケル首相は同列には比べられない。

 こういうコメントを通して、メディアが言いたくても言えないこととか、本音が透けて見える場面もあって、複雑である。

 同じ「体」つながりで、しつこいようだが、パリでやっている例の「人体の不思議」展は3月20日に、 「人間の遺体は尊重と尊厳と礼儀を持って扱われなければならない」というフランスの法律に違反するということで、死刑反対のNPOなどが中止を申し立てた。
 インタネットの宣伝サイトでは「アーティスティックで教育的なもの」とあり、反対派は、「センセーショナルであり、科学的ではない」と攻撃している。このへんも微妙に歯に衣着せた論点のずれがある。

 主催者側の弁護士は、展示は科学的側面が重要で、目的は人体を désacraliser (=非神聖化)することである、これによって、フランスにおける臓器ドナーが増えるのに寄与できるかもしれない、などと言っている。

 こういう風に言ってしまえるのは、フランス社会が長い間、カトリック教会の影響によって体を管理されてきたことから「解放」されたという「ポジティヴな戦い」についてのコンセンサスがあるからだろう。

 表現の自由は守られなくてはならないし、冒涜罪、冒聖罪は、あってはならない。ということで、「人体」をめぐる「モノ化」への抵抗を、人体の「神聖」化=過去の遺産という図式を使って排除しようという論理だろう。

 判決は4月9日に出るそうだ。

 この展示は、15ユーロとフランスにしては高く、結構人を集めてビジネス的には上手くいってるようだ。

 人体が開かれたり切り刻まれたり、処理されているのを見てみたいとか際物を見てみたいという気持ちは、普通の人の普通の死が家庭などから消えてしまって、若さと健康至上主義である今の世の中においては、ちょっと不思議な衝動でもある。

 他者の「遺体」を「眺める」という行為には、それなりの意味づけが必要だ。
 その意味付けのないところで、ただ、金を払えば好奇心を満たせるというだけでは、居心地の悪さが残るかもしれない。

 カトリックなどでの聖人の遺体信仰では、「神聖化」が隠す方へ向わずに、「神聖化=神聖なモノ化」になっている。それは類推呪術から受け継がれてきた「病の治癒」などという「意味」の流れの中で呈示されている。

 死を生に統合するやり方や、遺体をどう処理するかは、あまりにも人間的で、同時に文化的な指標なので、観察の興味は尽きない。
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# by mariastella | 2009-04-05 00:23 | 雑感

ソリプシストKのための覚書その5

 エリカが1300ページにわたるかなり大部の翻訳と註を送信してくれた。

 こういう時、コンピューターの有難さが身にしみる。

 Kは、「すべて」であるもののほかに、「すべてのもの」について考察してくれているので、キーワードを打ち込めば、必要なところを簡単に探せる。

 エリカに勧められたKの手紙212番を呼んだら、まるでパウロの神学と重なる部分があるので驚いた。

 パウロが「キリストの中で、キリストにおいて」、と言うところを、Kは、" en Proto-Vouloir"=「元-意志」において、と言い、パウロにおける「希望=期待」は、K の言う"processus de Panréalisation"=汎成就へのプロセスに他ならない。

  l'humilité de la petite volonté face au Vouloir primordial 「元-意志」を前にした小さな意志(個人の意識をベースにした意志)のへりくだり、という表現などは、「人間の自由意志と神のみ旨との関係」にも通ずる。

 女性性と男性性に関する超越志向の力動については、まるで16世紀のGuillaume Postelギヨーム・ポステルの神学のヴァリエーションみたいだ。ポステルは、キリスト教カバリストでユニヴァーサリストである。

 ソリプシストとは、自由が成就した状態であり、そこでは2元論はもうない。
 「状態」と言っても、静的なものでなく、「元-意思」を常に意識に反映させたアクティヴな状態である。

 Kの言っていることはすべて非常にオリジナリティがあるのだが、そのオリジナリティは、ユニヴァーサリスムをソリプシスムでとらえたところから来ている。

 考えれば、神の受肉と人の体の復活を中心に据えたキリスト教は、それによって人間の神化を内包しているのだから、ソリプシスムの母胎となってもおかしくない。
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# by mariastella | 2009-04-03 00:00 | 哲学

ソリプシストKのための覚書その4

 エリカによれば、ソリプシストKは、ユダヤ教がもっともソリプシストであると言っているそうだ。

 これはおもしろくなりそうだ。

 ユダヤ教はキリスト教がユニヴァーサリスムとして派生する前の母胎の民族宗教なのに。

 Kは、ドイツ人の仲間ばかりと付き合っていた時期と、ユダヤ人とばかり付き合っていた時期があった。

 ソリプシスムとユダイスムの関係の分析は2箇所にわたって存在し、その一つはエリカが今訳出している最中の手稿部分である。もう一つの部分をPCの文書で送ってもらうことにした。
 彼女が今まで、Kについて他の文学者が引用したのを見たのは、あるミステリーで、その中で、Kの哲学を研究している大学院生が登場し、エリカの翻訳が引用されているそうだ。エリカはそのミステリ作家にとってのK が、エリカにとってのKと独立して存在することに満足している。

 しかし、Kは翻訳と註を読むだけで膨大な上に、何というか、すでに、K という山の感触を理解していない人には登攀を試みても何も見えてこない山である。僅かな書評も、ニーチェやショーペンハウエルをひいているものの、K が「他の誰にも似ていない」まったく独自の未踏の山であることに気づいていない。
 ところが私には、Kの麓のどんな小道に咲く花も、空気も、見覚えがあり、香りも知っているものなのだ。
 それは神秘主義と無神論と普遍主義とペルソナとが拮抗する場所に狂い咲く花の香りである。

 今のチェコ人にとっては、Kは充分に「チェコ的」ではない故に、目を曇らされている。
 K の同時代の崇拝者たちは、Kの研究をしてKを論じるほどの力量がなかった。
 しかし、彼らは互いの手紙の中で、Kについて語り合い、それが貴重な証言になっている。エリカは註の中でそれを引用している。

 それにしても、エリカの夫がKの手稿を残して1991年に事故で死んだ後、彼女は使徒のように、たった一人でKの世界にのめりこんでいるわけだ。

 そのKが、私の世界を突然照らしてくれて、すべてのものがくっきりと意味を持って見えてきたのには驚きである。ソリプシスムはどうしてもreducteurであり、世界を堂々巡りに縛るものだと偏見を持っていたが、Kのソリプシズムは閉じていず、境界もない、しかも肉体性を備えたものである。しかも明晰で論理的。
 本格的な研究者が体当たりしても、決壊しない強靭さがある。

 彼に比べたら、高踏派詩人たちなど、ただのナルシスティックな自己チューに見えてくるほどである。
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# by mariastella | 2009-03-31 06:53 | 哲学

ラモーのゾロアストル(Zoroastre)を観る

 オペラ・コミック座に、楽しみにしていたラモーのオペラ『ゾロアストル』を見に行く。
この中のバレー曲のいくつかは私たちのレパートリーにも入っている。

 序曲の部分をYoutubeで見ることが可能。

 http://www.youtube.com/watch?v=97tPwHtwgHQ&eurl=http%3A%2F%2Fwww.actualite-de-stars.com%2Fvideo%2Fphilippe%2Fyakk7597tPwHtwgHQ.html&feature=player_embedded

 これだけでも分るだろうけれど、とにかくラモーは演奏が難しいので、オーケストラの苦労がしのばれる。
 でも、色彩豊かでエキゾティックでドラマティック。
 満足度はかなり高い。

 でも、この序曲の場面でも分るように、単純に悪を黒、善を白として、しかも、ペルシャが舞台でイラン人の振付師ということで、オリエント風の衣装で忍者の群れみたいだ。踊りもスーフィーの旋舞風だったり、悪たちがそれぞれ剣を持って復讐の甘さに酔い、エクスタシーの中で自ら体に剣を突き立てるところとか、まるでバリ島のバロンダンスのテイストである。第四幕の悪の盛り上がりは迫力があるのだがこれもバリ島のケチャック・ダンスのノリだ。

 ラモーの曲にはそれを支えるだけのものがあるわけだが、もとのバレー曲(振り付け譜は残っていない)は、振り付けと同時進行で書かれたり踊り方によって演奏が修正されたはずだから、音楽が体に合わしていたわけで(実際、バロック・ダンサーは、完全に自分たちに合わせて奏者が演奏してくれる時以外に、完全な演奏を期待することはできない)、違和感はぬぐえない。

 衣装も、もとは、黒と白、という善悪の単純なものでなく、「青と銀」対、「緑と金」みたいな超華やかなものだった。時代考証なんか徹底的に無視しているから、「オリエント風」というのもフリーメイスン的アリバイに過ぎない。

 私は別にバンジャマン・ラザールの演出風に、初演の衣装や装置の博物館的再現がいいと思っているわけではない。ただ、ラモーのオペラは、台本家のCahusac が明言したように、総合芸術を目指したのだから、衣装や装置や振り付けは曲のエスプリと切り離しては考えられない。

 同じような時代から「途切れることなく」上演され続けてきた歌舞伎などとの決定的な差はそのへんにある。

 最初の2幕が、なんだか深みに欠けたので、一緒の桟敷で観てた人が、バロック音楽演奏も「La nouvelle convention」と化したなあ、と不満を述べていた。
 確かに、60年代、70代の冒険と情熱をまだ持っている人は少なく、今やアカデミックなセクトと化して自己満足の「お約束演奏」に終わってるケースが多い。

 慣習化から抜け出すには、やはり、バロックバレーにおける体の使い方、肉体の意識の仕方へと常に遡及していくことが必要である。

 それでも3幕4幕となると、ドラマティックに盛り上がるので、最初に不満を述べていた人(知らない人である。60年配の男性二人)たちも、面白くなってきた、と満足し始めた。

 でも、それって、イタリア・オペラを観るテイストが入ってるんじゃ?

 つまり、今回上演された1756年版というのは、『ブッフォンの戦い』と言われる有名なイタリア音楽対フランス音楽の優劣論議が熱心になされた後で全面的に手を入れられたもので、ラモーは、フランス・オペラだって、スター歌手の名人芸を聴かせることもできるし、整然とした器楽曲の構成も作れるんだ、というところを見せたからだ。
 その上に、スターが興行して回るイタリアと違って、フランスではロイヤル・アカデミーで、常駐の合唱隊やバレー団や大掛かりなからくりを駆使することができるのだから、バレー、レシタチーボヴォ、アリアを自由に組み合わせて展開していくラモーの神業はその頂点を極める。

 今の世間では高齢化社会で「生涯現役」が芸になって「老害」などと陰口を叩かれる人も少なくないが、1756年のラモーは、73歳だ。この後も、数学者として音楽家としての確信と直感に基づいたきらきら輝く新鮮な名曲をどんどん世に出した。

 「陰謀」はフラットのある短調で歌い、「勝利」はシャープのある長調で歌い、言葉と音とパッションが計算尽くされたぴったりさで繰り広げられる。言葉と曲のこの抜き差しならない感じは、全く違ったアプローチにも関わらず、バッハのカンタータを思い出させる。

 バッハの方は天へ向かい、ラモーの方は天から降ってくる、と、方向性も違うのだが。

 明日は同じ今回のゾロアストル・シリーズで、Roussetの指揮で、ゾロアストル役をやったAnders J. Dahlinによる、ラモーの他のオペラのダイジェスト・コンサートを聴きに行く。これも楽しみだ。
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# by mariastella | 2009-03-30 21:57 | 音楽

フランス人と仏舎利

 2008年11月19日付けで、宗教における贋物と本物の話を書いた。

 http://spinou.exblog.jp/10166766/

 フランス人なら仏舎利から釈迦のDNAを採りたがるかもしれない、などと思っていたが、5月、タイから、釈迦の「真骨」がフランスの仏教コミュニティに贈与されることになった。

 発掘されて1100年というから、1898年にイギリス人が発掘したやつだろう。名古屋の覚王山日泰寺に奉安されている明治33年にシャム国皇帝から贈られた遺骨と同じだ。

 贈与のセレモニーは5月15日。私の義妹がこの一連の行事の事務局長なので、招待してもらえる。
 10時が遺骨のお迎え、14時が各宗派によるセレモニー、15時から遺骨の公開(わくわく)。これはパリ郊外の仏教センター。
 翌16日はパリ市役所のタペストリーの間にて、遺骨を中心にして仏教文化の展示会。9時30から18時までは一般公開もされる。18時からは招待制で、パリ市長などまじえて仏教の歌や踊りもあるパーティ、これにも出席予定。

 よく17日にはヴァンセンヌのパゴダまでヴァンセンヌの森を遺骨を掲げた僧侶たちによる行列がある。

 ま、釈迦だのイエスだの聖人だのの物質的記念品が崇められるのは、いかにそれがシンボリックであり、その奥にある精神や真実や智恵を崇敬するのであるといわれても、偶像崇拝やフェティシズムの香りがぷんぷんするのは否めない。

 「真骨」だというからには物質性に対するこだわりがある。水晶製の舎利や、無酵母パンが「化体」したキリストの体、とはひと味違う呪術的心性を。セレモニーがどう囲っていくのか、フランス人仏教徒の反応や、フランス人の無神論者の反応や、フランス人カトリックの反応を観察するのが楽しみだ。
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# by mariastella | 2009-03-27 20:15 | 宗教

Gran Torino

 クリント・イーストウッドが名演だという『Gran Torino』を観にいった。

 もうできることなら、暴力、戦争、残酷、ホラーなどという映像は見たくないので避けているのだが、しっかりヴァイオレントな映画だった。

 私はなんだか勘違いしていたのだ。老いた人種差別男がアジア人の少年と交流するうちにいつの間にか人間味が生まれて、というしみじみ感動のヒューマン・ストーリーかと思っていて、夕べは何となくそういうものを見たい気分だったのだ。

 イーストウッドの名演がなんたらいうよりも、最初の感想は、あのアジア人たち、アメリカでなくてフランスに移住すればよかったのに、ということである。
 フランスのユニヴァーサリスム、「腐っても鯛」というか、移民の子弟には、ずっとチャンスがある。いわゆる「アメリカンドリーム」という一攫千金の上昇は難しいが、普通の教育を受けて普通の市民になるチャンスは多い。

 銃社会についてのマイケル・ムーアの告発も思い出す。

 少なくとも、フランスでは、田舎の男やもめがいつも銃器で武装していなくてはならないような状況はない。

 日本でももちろんそうだが、日本でアメリカ映画を見ると、あまりにもかけ離れているので、比べる気が起こらないのだが、フランスで若い移民に囲まれて暮らしていると、しみじみ思う。

 「何々系」による棲み分けとグループ間の対立なども、今のアメリカでもこうなんだなあ、と驚く。
 たとえばこの映画では主人公はポーランド系で、アジアの少年に職を世話してやるのだが、その友人はケネディなんたらというアイルランド人である。ここで、カトリック・プア・ホワイト系の白人コミュニティの感じがよく分かる。

 ウエストサイド・ストーリーの頃の、不良グループと変わらない。

 去年、日本の京都劇場で『ウエストサイド物語』のミュージカルを観た後で次のような記事を雑誌に書いた。
 
 少し長いがコピーしよう。


 「 ミュージカルを観る

  五月に日本に帰った時、京都劇場で、劇団「四季」によるミュージカル『ウエストサイド物語』を観た。
 なつかしい。私にとって、ウエストサイド物語といえば、一九六〇年代の初めの日本を席巻したミュージカル映画であり、赤シャツのジョージ・チャキリスが脚を高く上げて踊る姿、激しい『アメリカ』の賛歌や、ロマンティックな『トゥナイト』のメロディと共に、回りの中学生たちがみな指を鳴らしてニューヨークの不良グループを真似ていたのも思い浮かぶ。

 私の記憶の中では、この話は、ニューヨークで敵対する二つの不良グループの、一方のリーダーであるベルナルドの妹マリアともう一方のリーダーのもとの仲間で親友のトニーとの間に恋が芽生えるという、現代版ロメオとジュリエットの悲劇だった。イタリアが舞台のシェイクスピアのクラシックな純愛劇のイメージと、一九六〇年代の日本の日常から想像出来ないようなニューヨークの大都会の無法地帯のイメージのずれが新鮮で、青春エネルギーの水位が信じられないくらいに高くて圧倒された。

 今回、四〇年以上も後に、同じミュージカルの日本語版を生で観たわけだが、昔とは全然違うものが見えてきて驚いた。もちろん世代的なものもある。昔見た時はこちらはまだ少女であり、不良グループも悲恋も何も、すべて絵空事だったし、今は、完全に大人の秩序の中にあぐらをかいでいる状態だからだ。

 では、何が見えて来たかというと、アメリカという移民社会で共同体主義の社会における「宗教と社会」の関の問題の根の深さである。まず、不良グループの構成だ。映画でジョージ・チャキリスが演じていたベルナルドの率いるシャーク団がプエルトリコ系だということは知っていたけれど、その意味は昔はよく分かっていなかった。

 後に、アメリカにおける人種差別に関する本の中で、プエルトリコ人が黒人よりもさらに差別を受ける最底辺であることを知った。プエルトリコはアメリカの自治領ということになっていて、今はアメリカのパスポートを持てるようだが、ウエストサイド物語の時代には、明らかに外国人の移民として「アメリカ人」ではないと差別されている。人種的には明らかにラテンアメリカと近く、スペイン語が基本のようだ。

 物語の中で、「スペインの混血野郎」と罵倒されているところから見ても、インディオなど先住民と征服者スペイン人との混血というイメージなのだろう。

   「マリア」はなぜ美しいのか

日本のミュージカルでは、出演者全員が日本人なので、むしろ分かりやすい。プエルトリコのシャーク団は肌の色も濃くメイクされていて髪も黒い。一方の「アメリカ人」とされるジェット団の方は、大体金髪で色白という設定で明快だ。ヒロインのマリアも色黒である。 しかし、60年代のハリウッド映画の方は、マリアは当時すでにスターであったナタリー・ウッドだった。黒髪ではあったけれど、ロシア系移民の娘である。ベルナルド役のジョージ・チャキリスはギリシャ系。地中海系で当時のハリウッド・スターにしては小柄で浅黒い感じはあったが、日本人から見ると、単に「アメリカ人のスター」に見えた。ベルナルドの恋人アニタ役を好演したリタ・モレノだけが、実際のプエルトリコ人だったのだ。

 トニーが一目ぼれしたマリアに名を聞いて、分かれた後で彼女を思って歌う有名なラブソングがある。その中で、マリアという名がはじめて耳にした美しい響きだと歌うのだが、これも、今思うと、単に恋した者の思い込みではないようだ。マリアなんてむしろ平凡な名をどうしてそんなに美しいとか初めて耳にするとか言うのだろうと思ったが、それは彼女がプエルトリコ人なのでスペイン語の名前を持っているかららしい。

 それまで「アメリカ人」としかつきあっていないトニーにとっては、聖母由来の名は「メアリー」であるから、「マリア」はほんとうにエキゾティックだったのだろう。 しかし、プエルトリコ人をさげすむ「アメリカ人」であるはずのジェット団の若者達も、実は、大都会の不良グループだけあって、社会の底辺にいるプア・ホワイトの子弟である。シャーク団の若者が浴びせる罵倒が「ポーランドの豚」とか「アイルランドの屑」の類いのものであることから察するに、親たちがポーランド移民やアイルランド移民であり、アメリカで生まれた二世であるらしい。アメリカの先発植民者で「建国」者としてのエスタブリッシュメントであるアングロサクソンではない。

 しかし、だからこそ、移民して苦労した親の世代は、母国語を捨てて、名をアメリカ風に変えたり、子供にもアングロサクソン風の名をつけたと思われる。だから子供たちは、プア・ホワイトの子弟として軽蔑されながらも、「生まれながらのアメリカ人」としての意識を植え込まれているから「スペインの混血」のプエルトリコ人を差別するのだ。

   カトリックのインサイド・ストーリー

 では、このジェット団とシャーク団の共通点は何かというと、両者とも、カトリック共同体であることだ。アメリカの東海岸エスタブリッシュメントはWASPと呼ばれるアングロサクソンのプロテスタントであるのに対して、ポーランド、アイルランド、イタリアなどカトリック系の移民は、長い間プア・ホワイトを形成してきた。だからこそイタリア系マフィアなど共同体内の結束は堅かったわけだ。一九六〇年代にアイルランド系カトリックとして初めて大統領になったケネディが、選挙運動中、まさにカトリックであることを種に執拗な追求を受けたことは周知の事実だ。スペイン系プエルトリコは、もちろんカトリックであろう。

 『ウエストサイド物語』が書かれた一九五〇年のアメリカ社会は異種の共同体がまじりあわない社会だった。カトリックのプア・ホワイトの子弟の不良がプロテスタントの中流家庭の子弟と睨み合うことはない。シャーク団とジェット団が宿敵同士だったのは、まさに、底辺同士で、カトリック同士だったからなのだ。

このミュージカルの産みの親であるレナード・バーンステインとジェローム・ロビンスは、共にユダヤ系アメリカ人である。彼らの最初のアイディアは、この悲恋の物語を、ユダヤ人コミュニティとキリスト教コミュニティの間の話にしようと考えていたそうだ。

 どうしてそうならなかったのだろう。ニューヨークに生きるユダヤ人だった彼らには、異宗教間の恋にリアリティがないことが分かっていたからかもしれない。

 マリアは言う。「あなたのことをパパに話すわ。パパは聞くわ。ちゃんと教会に行っている男かねって。」そして二人は、二人だけで、教会での結婚式の誓いを述べ合うのだ。

 つまり、運命のいたずらである「一目ぼれ」とはいえ、若い二人は、自分たちが「結婚可能」な同じ宗教共同体にいることを知っていた。いや、そうでなければ、そもそも、出会うことだってなかったのだろう。

 考えたら、ロメオとジュリエットの悲恋だって、敵同士の家族とはいえカトリック同士の話ではある。日本にいたら見逃してしまう宗教問題の機微を、あらためて考えさせられた『ウエストサイド物語』との再会だった。」


 以上だ。

 そして、今のこの映画でも、主人公はポーランド野郎、みたいに呼ばれるし、アジア人コミュニティへの侮蔑感(主人公が朝鮮戦争に従事したというトラウマは別にしても)もあらわである。
 アジア人の不良グループは、メキシコ人不良グループとやりあうし、黒人の不良たちも出てくる。人種別につるんでいるし、アジア人の娘が白人のボーイフレンドと歩いていると黒人グループにからまれるのだ。

 今のフランスの移民の子弟の「暴動」に女の子が加わらないのもアメリカ化してるイメージだ。
 この映画で、アジア人の娘が、「女の子は大学へ、男の子は監獄へ行くのよ」というシーンがある。
 女の子が暴動に「加われない」状況は、女の子にとってはチャンスであり、男の子にとってはますます悪い状況である。

 この映画では、ポーランド人コミュニティにとってのカトリック教会の意味もよく分かる。
 この主人公のように、冠婚葬祭にしか教会に行かない人も多いのだろう。アメリカにおいては、そういう人は、宗教を信じていないというより、多分人間を信じていないんだろう。
 
 それでも、ごく若い神父になりたての青年が、主人公にまつわりつく。最後には、主人公は孫ほどの年の男を「ファーザー」と呼んで告解し、最初は「自分のことはミスタ・コワルスキと呼べ」と神父に言っていたのに「ウォルトと呼んでくれ」となる。

 この東南アジア人コミュニティが、アメリカ軍の去った後のベトナム人に追われてやってきた、というくだりも、なんだかかなしい。最後の悲劇が、結局、違う民族同士の不良青年の戦いではなくて、警察に訴えでないであろう同族の「まともな家庭」に向けられた暴力であることもやりきれない。

 この青年たちは、日本人の好きな言葉を使うなら、「農耕系」の穏やかアジア人である。1960年代のプア・ホワイトの子弟同士の争いとは違って、21世紀のアメリカ中西部にこういう実態があるのだとしたら、それはエコロジーやなにかより、はるかに深刻な問題だ。
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# by mariastella | 2009-03-26 19:40 | 映画

人体標本展その後

 前に書いた( http://spinou.exblog.jp/9765172/ ) 人体標本展がリヨンに続いてパリで開催されている。

 「アート」ではやはり無理だったらしくパリの科学技術館や人類博物館に売り込んだらしいが、いずれも、倫理的な理由で断ったらしい。それでも私的なスポンサーはついて宣伝はしているが、その後どうなったのかと思ったら、やはりその「人体」が中国人のものであるということで、毎年6000人から7000人と言われている死刑囚の者ではないかと疑問を呈する人が出てきた。

 私も日本で見た時、最初のドイツ由来の展覧会と違って、アジア人の標本には、嫌な感じがして、チベット人じゃないのか、と思った。

 フランスでの議論に、中国人は先祖を敬う伝統が根強いから、医学の献体も少ないので、このような標本(「万全の信頼を寄せての献体」ということになっているらしい)の出所はあやしい、というのがあった。

 ドイツのプラスティネーションは今でも健在で、人体サーカスとして演出を加えている。それもグロテスクではあるが、一応「アート」とか「表現」の線を貫いているのだ。最近、自分の身体を永遠に残したいと遺言して、名前を公表してプラスティネーションの処置をしてもらったドイツ人の写真記事を見た。だから、ばらばらにされるのではなく、本人の肖像みたいなのが同定可能になっている。
 まあ、埋葬が主流の文化において、自分の身体が腐るのがいやだ、という気持ちはあっても不思議はないので、無料できれいに処理してもらえれば、と思う人も出てくるのかもしれない。

 キリスト教といえば、プラトン風の「肉体は魂の牢獄」、という身体蔑視を思い浮かべる人もいるだろうが、そして中世ヨーロッパなどでは実際そういう部分もあったのだが、実際は、その根幹が「肉体」と結びついている。神が人に受肉したというのと、死の後にキリストは肉体ごと復活したという根幹である。

 だからキリスト教では、肉体蔑視と言っても、サクス(肉)とソーマ(体)を分けて、肉の方は、人間の条件である原罪、つまり欲望に屈して神から離れるので律するべきものであり、それに対して体の方は、聖霊の働く場所であり、聖性へ、つまり神との一致へ向かう。そこでは体は魂の牢獄どころか、神を宿す「神殿」ですらある。

 プラトンのギリシャには同時に肉体賛歌の文化もあったわけだし、ヨーロッパでもルネサンス以降の社会におけるキリスト教の非宗教化の過程では、やはり、人間=肉体の称揚=神格化があったわけだ。だから、その名残がある今のフランスでも、「神を冒涜」するようなアート表現はかなり過激でも別に問題にならないのだが、人間の体の展示には倫理的問題を感じるらしい。

 これがいわゆる「聖人の体(腐らないパードレ・ピオの遺体とか)」の公開などであれば、それはまさに神格化しているのだから、崇敬であって冒涜にはならない、という論理が通るのだが、単に「教育的見世物」として人体を公開するのは非常に抵抗があるわけである。
 ヨーロッパでもたとえばムッソリーニのような独裁者を殺してその死体を「さらしもの」にするというような野蛮なシーンはついこの前まであったわけだが、そういうトラウマも含めて、「人体の不思議展」に強い嫌悪を表明する人が後を断たないのである。

 文化的文脈というのは不思議なもので、好奇心にかられて日本ではプラスティネーションも人体の不思議展も見てしまった私は、パリでは忌避感がある。

 生命活動を失った後の人間の体に向ける視線には、いつも、世界観が現れる。それは「種」としての人間観であり、自己をどう認識しているかということでもあるのだろう。

 
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# by mariastella | 2009-03-26 18:42 | 宗教

安易な東西比較言説は何とかならないのか

 「大恐慌」を前にして、時代の変遷や危機感を分析しようとする言説は、フランスでも日本でもたくさんあるけれど、日本であいも変わらず根強く見かけるのが、「明治時代ですか」と思えるくらいの型にはまった東西比較である。
 
 いや、明治時代の方が、欧にも米にも広く人材を派遣して勉強させ、欧でも、日本と同じ島国である英国と大陸国との違いを分析するなど、きめ細かい観察が政府レベルでなされていた。

 ヨーロッパと日本にメンタリティの違いがないなどとは言わない。
 その違いの深いところにキリスト教の影響があるのも認める。
 しかし、それは非常に複合的で逆説的なさまざまな経緯を経たものである。

 でも日本で言われるのは、何かというと、
 
 欧米は肉食文化だから(残酷で野蛮)とか、
 欧米は一神教文化だから(独善的で融通が利かない)とか、

 それに引き換え、日本は、草食文化で穏やかだとか、八百万の神だから原理主義でないとか・・・・

 そんなものが、ネオ・リベラリズムの弱肉強食メンタリティの批判としてすら持ち出されるのだ。

 戦後の日本は思考停止状態で経済の復興を最優先してきたし、冷戦以降のネオ・リベラリズムや拝金主義消費主義には、「欧米」と一緒に、なりふりかまわず突き進んできた。

 それがいったんおかしいということになると、いや、日本は本来はこういう国でなかったのに、「欧米」に汚染されたんだ、とか言い出すのは不毛すぎて、いつも脱力させられる。

 昨日も、『中央公論』4月号の座談会で自民党の有名議員さんが日本の「空気」について語る中で、こうおっしゃっているのを見た。


 「欧州のような狩猟社会は、一人ひとりがうまく野生動物をしとめなくてはならない競争社会です。対する日本は農耕社会ですから、やはりとっぴな言動は慎みます。・・」

 「一神教の世界なら、『それはモーセの教えに反する』とかなんとか議論になるけれど、対する我がほうは、あっちの山にもこっちの山にも神様がいて、場合によっては石にまで神さまがいる。・・・・」

 などなど・・・

 欧州のような「狩猟社会」って・・・・

 縄文人ですか。

 まあ、ヨーロッパの王侯貴族が趣味で狩をするっていうイメージはあるかもしれないけど。

 せめて「牧畜社会」とか言うならましだけど、それなら「野生動物をしとめる競争社会」(=自然に優しくない征服者メンタリティ)というのにうまくつながらない。

 新石器時代のヨーロッパにはすでに農耕があった。というか、農耕という文化を獲得してこそ、どこでも文化が発達したのだ。縄文人だって後期には稲作をしていたことが分っているらしい。

 競争があれば相手を殺しても勝とうとするし、権力や富は分配するより独占しようとする、などのメンタリティは、残念だが文化を超えた「人類」のメンタリティだと思う。それをどう矯めていくか、あるいはどう管理していくかは文化によって表現が違うけれど。

 欧米のユニヴァーサリズムには特徴が二つある。

 キリスト教における、パウロのユニヴァーサリズム(「もはやユダヤ人もギリシャ人もなく、奴隷も自由な身分の者もなく、男も女もありません。あなたがたは皆、キリスト・イエスにおいて一つだからです」ガラテヤ3-28)がその一つだ。人は、神の子としての兄弟関係によって、尊厳において平等である。

 他の「普遍」宗教も、救済において地縁血縁を問わないという点で民族宗教を超えて、万人に信仰の可能性を開いているという点では同様のユニヴァーサリズムがあるが、キリスト教においては父子関係の力動によって、そのユニヴァーサリズムの自信が一際大きく、宣教主義がある。

 それは、やはり「世界」を視野に入れるという野心のあったローマ帝国の版図に生まれて広がったこともあるが、そのメンタリティのベースとなった、ギリシャの都市国家ですでに、「コスモポリタン=世界市民」という概念があった。

 それが特徴の二つ目につながる。

 世界中にキリスト教の福音を伝えるという使命感が、後に、たとえばフランス革命での人権宣言も「フランス人」用ではなく、人類への「福音」としてとらえられたし、マルクス主義も、疎外された人間の解放という普遍的「福音」としてとらえられた。

 ユニヴァーサリズムは、「尊厳における平等」がすべての人類に適用できるという確信においてユニヴァーサルであるが、「その実現の場はユニヴァーサルの坩堝であるヨーロッパである」とヨーロッパ人は思っていた。

 カント、フィフテ、ヘーゲル、シェリング、フッサールからパトチカまで、みな、ヨーロッパはユニヴァーサリズムをユニヴァーサルにする使命がある、と思っている。

 そういうヨーロッパ中心主義のユニヴァーサリズムがある。

 実際はパウロにおいても、ユニヴァーサリズムは信仰上の約束であり期待であり、「この世」においては、人間の本質的平等を納得してその実現に向けて努力する責任がある、という以上には至らない。

 しかし、ヨーロッパのユニヴァーサリズムが、キリスト教と拮抗して非宗教化しはじめた頃から、それはイデオロギーとなり、政治的プログラムとなった。そのモデルとしての「民主主義」などが、あまねく世界に輸出=押しつけるべき「福音」となったのだ。

 ユニヴァーサリズムの方法論やモデルやツールにおけるヨーロッパ中心主義の見直しと、グローヴァリゼーションの時代における平和共存の鍵としてのユニヴァーサリズムの有効性とは、分けて考えた方がいいと思う。

 ヨーロッパの思想は、キリスト教ユニヴァーサリズムとその非宗教化の歴史の波に洗われ、必然の展開となった無神論とニヒリズムを超克しながら練成されてきた。そこに、科学技術主義と資本主義という現代の世界スタンダードとなった「西洋文明」がセットになって生まれてきて、日本のような国は、サヴァイヴァルのためもあってそれを採用している。洋才は洋魂と分かちがたいのだが、そのラディカルな受容にあたって、あえて「和魂洋才」を唱えたのは、その時点ではすぐれて戦略的だったわけだ。 

 でも、それから100年以上経って、西洋近代もポスト近代へと移り(日本もその時点ではすでに同舟だ)、地球の上では南北格差が広がり、環境危機まで加わり、混迷の時代を迎えている。自己の繁栄のためになりふりかまわなかった先進諸国にその責任の多くがあるとしたら、日本もそれを免れないだろう。

 それなのに、日本は本来は農耕社会で穏やかな協調社会で、地球に優しいアニミズムとか、自給自足の平和な江戸時代とか、それに比べて、「狩猟社会」で「一神教」の欧米は・・・なんて、どの口で言えるんだ、と思ってしまう。
 
 政治家でも、文化人でも、宗教家でも、そういう安易な「東西比較言説」が蔓延しているのだ。

 一方、「西洋思想」をせっせと輸入して説いている日本人学者の多くの言葉は、それはそれで、それらの思想が、西洋思想の長い葛藤的文脈の中でいったいどういう位置にあるのかという洞察を抜きにしたものなので、何のことやらよく分からない。

 困ったものだ。






 
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# by mariastella | 2009-03-25 22:24 | 雑感

フランス・ユニヴァーサリスムの危機

 フランスのユニヴァーサリスム政策が、移民のゲットー化に現実などに上手く対応できていないからと言って、まるでその解決策の決定版のようにアメリカン・コミュノタリスムが浸透していくさまを見るのは我慢ができない。

 その決定版は、県別に、住民の人種の統計をとって、そのパーセンテージがその県の企業の労働者のパーセンテージに反映しているかどうかをチェックしようという試みである。これはアメリカ風アファーマティヴ・アクション以外の何ものでもない。

 フランスでは、住民は、誰でも個人の単位のシトワイヤン(共和国市民)だと見なされる。それが各種コミュニティより優位だと見なされる。だから、原則的には、あるコミュニティの中で(それがたとえ家族であっても)、伝統や文化や慣習やローカル・ルールによって「基本的人権」が侵されているという時は、その個人が国に訴えれば、国の介入を求めることが可能である。
 
 だから、「人種別の統計」も禁止されている。

 しかし、現実に、アフリカ系、アラブ系の名を持つ者には就職が不利だったりするという差別がある。

 昔私がサントノレにあったある日系プレタポルテのブティックの雇われ社長をしていた時、ドアに「フランス人女性販売員募集」という張り紙を日本人の出向社員が出した。次の日に、「社長」の私はj警察に呼び出された。
 この求人は2重に違法である。「フランス人」と国籍を限定したこと、「女性」と性別を限定したことである。
 「フランス語を話す人」というならば業務に必要なスキルであるからOKだ。

 実際には、黒人の男が面接にやってきても、「あなたは私たちの求めているイメージと合いません」と言って採用を断るのは自由なのだから、この法規制は、意味がないともいえる。
 それでも、「25歳から35歳までのスタイルのいいブロンド女性募集」なんていう張り紙を絶対に許さないフランスの建前を私は好ましいと思った。偽善的とかザル法といわれても、この方向性にしか私の求めるユニヴァーサリスムはないからだ。

 ところが、近く、現場での実質差別を解消するために、「白人か黒人かアラブ人の数の統計をとる」と言いだした。
 ここで、「白人」については、イタリア系かポーランド系か、ポルトガル系かと言われないのは、これらの「白人移民の子孫」は実質的に「権利の上で同化」していて差別を受けないからである。「アジア系」が話題にならないのは、アジア系はすでに強力なコミュニティーを作っていて自分たちで雇用を作っているケースが多くて社会問題になりにくいからである。私の中国人の友人はアジア食の工場や多くのレストランを経営しているが、求人がすべて「中国語コミュニティ紙上に中国語で募集」しているので、事実上フランスの警察にひっかからない。

 だからこのプランは、実質、「黒人」と「アラブ人」に、「救済」と称して、レッテルを貼る試みである。

 もっとグロテスクなことがある。

 このような「統計」の試みは、アメリカかぶれのサルコジ政権になってからあからさまになってきたが、すでに、2007年11月に、「違憲」であると、公に斥けられている。

 で、今回は、「あなたは白人ですか、黒人ですか、アラブ人ですか」というアンケートをとるのではなく、「何に属していると感じていますか?」とアイデンティティのsentiment(感情)について調査するのだそうだ。

 確かアメリカの国勢調査では、何系というのを記入する欄があって、しかし、それは強制的ではなかったと記憶している。

 「アイデンティティの感情」

 これは、ますますひどい。

 この国に住んでいる以上、私は市民として「権利と義務の同化」を享受している。
 そして、私の周りの友人たちも、「何系」であろうとその点でまったく波長が合っている。

 ハイブリッドな人たちも多い。彼らは国際人であり、それが力となる。

 フランスのユニヴァーサリスムのシンボルである「人種別統計の拒否」を守らなくてはならない。

 アメリカでは、今のところ、オバマ大統領を揶揄、諷刺することが非常に難しいそうだ。
 白人のサティリストは、人種差別者と言われることを恐れるし、黒人のサティリストも今のところ、オバマは隙を見せず「完璧」だから静観しているのだそうだ。つい最近 Jay Leno がようやく『The Tonight Show』取り上げたらしいが、どんな風だったのだろう。「ブッシュ大統領の頃が懐かしいよ」と彼は言ってたそうだ。

 ともかく、差別をなくすという立派な名目であろうとも、そのために、自由な個人を、利害が対立するグループのアイデンティティに閉じ込めたり、振り分けたり、差異性を強調するのは誤りであると私は考えている。

 フランスとは全く別の文脈だが、そして日本ではあらゆる意味でマジョリティの平均的日本人だった私が言う限りではあるが、私の育った頃の日本ではまだ「単一民族の日本」という神話が根強くて、よく見れば南方系だったり大陸系だったり、肌の色白や色黒にもかなりのヴァリエーションがあるにもかかわらず、みんな同じ日本人だと思っていた。同じ地域に何代も住んでいたような家系でもないので、ローカル性もあまり意識したことがない。だから、フランスのユニヴァーサリスムは、私には最初からとてもナチュラルなものであった。

 それでは、今、「異なるアイデンティティの戦い」の様子を呈しはじめているフランスで、ユニヴァーサリズムを立て直すのにはどうしたらいいかというと、一つは、キリスト教ユニヴァーサリスムの見直しがある。ユニヴァーサルを、「短期間に成果を出すべきプログラム」としてではなく、人間性を見据えた、決して完全には到達できないが、そこへ向かって収斂していくように絶えず回心を迫られる義務であると見ることである。これについては、最近Chantal Delsol 女史の優れた講演を聞いたので、また別のところで述べよう。

 もう一つは、ひょっとして、ソリプシスム? の精神かもしれない。
 ソリプシスムは無神論の一つの解決だと思っていたが、ユニヴァーサリズムの方法論にもなるかもしれない。
 ソリプシスムはエゴイズムの対極にある。エゴイズムでは、他者より自分の利を優先するわけで、これをコミュニティに広げればコミュニティ同士のエゴイズムが衝突しあう。

 しかし、たとえば、ソリプシストKが、ラブレターで、「君は私だ、君はすべてだ、だから君は神だ。」と宣言する時、それは愛する人を神のように崇めるというのではない。
 Kのソリプシスムというのは、全能感によるものではなく、「分解できない全体」感から来るものなのだ。

 ソリプシストのロジックでは、すべての人が神なのであり、自分なのであるから、たとえば、「俗人」を蛇蝎のように嫌う高等派などとは全く違う。ソリプシストの中では自己対他者は支配関係はもちろん、対立関係にもならないのである。

 K s'impose comme un Tout.

Kは常に、一つの全体として自分を開示する。
 こういう文学者や思想家は稀有かもしれない。むしろ、ある種の絵画作品や彫刻などに、ディティールの鑑賞と呈示を拒否して「全体」としてだけ迫ってくるものがある。

 私たちは、自分も、他者も、そのような「全体」として生きるべきではないのだろうか。
 肌の色や文化や生い立ちや健康状態などのカテゴリーで矮小化して微調整を測り、「自分の生活の質」を向上するためにアレンジメントしたり権力者の政策というお情けにすがったりするのは根本的に間違っているのではないだろうか。

 マタイによる福音書(22-36・・・)の中に、もっとも重要な掟は何かと問われたイエスが、まず、あなたの神である主を愛しなさい、と言い、続いて、それと同じように重要だとして、隣人を自分のように愛しなさい、と答えるシーンがある。

 これも、ソリプシスムの光をあてるという禁じ手を使うと、非常にロジックである。
 ソリプシストのロジックにおいては、神と、自分と隣人は、いずれも、「全体」であり、愛と尊厳においてきれいに並ぶからである。三者を切り離すことはできない。
 創造者である神の前では自分も隣人も平等であるから愛し合わなくてはいけないのではなくて、「全体」であることにおいて、自分も隣人も神であるからなのだ。

 私は、「人となった神」を説き、三位一体を説くキリスト教が、近代の原動力となった無神論を内包し、分身のように用意したと考えているが、ソリプシスムも実は、同じ分身のようだ。
 そこには、権力をふるう神とか、裁く神とか、祈願の成就を期待する神とかいう「他者性」はなく、関係性だけが残る。「inter-indépendance=相互独立」というやつである。独立と孤立は違う。

 ソリプシストKが自分のことを形容する言葉で、一つだけ、私とそっくりなのがある。

 それは「私は私の猫たちの奴隷である」という言葉だ。

 「無償でお世話させていただく立場」から決して解放されないという意味では、立派に奴隷だ。

 そして、猫こそは、一匹一匹はそれぞれ個性がまったく違うのにもかかわらず、それぞれが完全な「全体」という個体であることとは一体どういうことなのかを、実感として分らせてくれる存在である。

 分析的に理解しようとするとくらくらするKの世界だが、猫好きの一点で、分るかも、と思ってしまえる。

 
 

 
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# by mariastella | 2009-03-24 23:41 | フランス

ソリプシストKのための覚書その3

 エリカにいくつか質問した。

 冷戦後、Kの本が解禁になった後、チェコの精神科医たちも彼の「診断」を試みようとして、いずれもあきらめてしまったんだそうだ。

 知性が極端に肥大しているだけなのか?

 Kは緻密でまともで論理的である。戦略的ですらある。チェスタトンが言ってたように、完全に整合性のある世界というのは狂気の世界でしかない、となれば、Kはやはり「まとも」ではないのだろうが、本当に、彼は、他のソリプシストの誰にも似ていない。山の端にいる私にすらそれが分かる。何十年も山に分け入っているエリカもそう言い切るのだからすごい。Kの世界の前にはシュミットの世界なんか、本当に泡沫でしかない。

 エリカは他の本の翻訳をして生活費をためてから、数ヶ月をKの翻訳だけにあてている。他の何かと同時進行できるような世界ではないのだ。翻訳どころか、ただ「読むだけ」で、頭がおかしくなりそうなので、私も気をつけなくては。
 それでいて、Kは本当に愛想がよいのだ。彼が自分の精神構造をきれいに説明できる唯一の覚醒がソリプシスムだったんだろう。読む方もそれを受け入れたら多分、少し分りやすくなるのだろうが、それを神経症やら心理現象やら韜晦やらで分析しようと構えているので、理解不可能になる。

 私にとって、Kが特殊な理由。

 これまで、たいていの「偉大」な哲学者だの思想家だの文学者などの作品に接した時は、相手がどんなに巨大でも、自分の都合のいいところ、自分に役に立つところ、そのときの自分の背丈と理解能力に合ったところだけをつまんでくることが可能だった。部分理解や部分利用が可能で、自分の都合のいいようにそれなりに消化吸収できた。山全体を見なくても、木や葉っぱだけでも恩恵を受けた。あるいは、そういう印象を持てた。

 しかし、Kには、「部分」というものがない。
 Kは、常に、「全体」としてしか現れないような現れ方をするのだ。

 これが、真性のソリプシストの所以なんだろう。

 「偉大な魂」というのは、何かその先に、憧憬するものとか、希求するものとかが透けて見えていて、彼らの作品を通して我々もそれを垣間見たり、同じ渇きを共有したり、歓びを得たりするものだ。

 Kは、何かを理想としたり希求したりしない。完結した知性だ。
 
 エリカを見ていると、Kを理解するには、自分がKであるというレベルにいくしかない。
 なぜならこの世界とはすべてソリプシストKであるからだ。

 よい子はこの覚書を無視するように。
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# by mariastella | 2009-03-24 04:03 | 哲学

ソリプシストKのための覚書その2

 ソリプシストというと、「私が神である」と昂然と顔を上げているようなメガロマニアを思い浮かべるかもしれない。あるいは、私のように、シュミットの『エゴイスト・セクト』のせいで、どこか心を病んだ陰鬱な男を浮かべたり、傲慢なニーチェ風「超人」だったり。

 Kはその誰にも似ていない。

 私はKに「病名」のレッテルを貼りたかった。
 
 妄想症とか、
 統合失調症とか、
 アスペルガー症候群とか。
 
 どれも違う。

 何のアポイントメントも取らずに突然Kを訊ねた若者(1読者)は、冷たく追い返されると覚悟していた。
 ところが、Kは非常に丁寧で如才なく、見知らぬ彼を迎えてくれた、という。

 Kのようなタイプであれば気難しくて孤高で激しい気質だろうと思うかもしれないが、実は、人当たりがよく喧嘩もほとんどしなかった。
 Kはそれを、自分で、「私はすべての人にとって、優しさと愛想のよさの化身である」と言っている。
 
 自分は生まれながらにして「隠者」だと思っていて、普通の人のような嫉妬や恐れの感情もないと言っているので、そのへんは一種の情緒障害かとおもってしまうが、短期間は「みなのようにふるまおう」と努力したこともあるそうで、要するに、自分がいかに他人とかけ離れているかをはっきりと自覚している。徹底的に明晰なのだ。
 
 では、どうして、他人に愛想よくふるまえるかというと、ここがKのすてきなところなのだが、

 『J'ai trouvé un modus vivendi avec tout le monde---fondé sur un certain amour (condescendant) issu d'un mépris absolu』

 (私は、すべての人に対する生き方の作法というものを見つけた。それは、絶対的な侮蔑に由来するある種の謙虚な愛に基づいているものだ。)

 というのだ。

 Kを読んでいてくらくらするのはこういうところである。

 彼の精緻極まるロジックや徹底的で過剰で激しい言説から、一体どうしてある種の否定できないエレガンスがあふれているのかは不思議だが、それも、「絶対的な過剰」に由来するエレガンスというものかもしれない。

 
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# by mariastella | 2009-03-23 22:34 | 哲学

méditation cosmographique はキリスト教の曼荼羅なのか

 méditation cosmographique という言葉はGérard Mercator という16世紀の地理学者(というか地図学者)が作った言葉だ。

 大航海時代を経て、世界地図の作成が盛んになり、天体観測の技術もだんだん進んで、プトレマイオス天文学も浸透していたので、天球儀や天体観測儀が非常な権威を持っていた。

 中世キリスト教というと、天動説で古い、地動説を異端扱いにした非科学的なものだというイメージがあるかもしれないが、観測技術が進むに連れて、地球中心で宇宙を説明するために、後のすっきりした地動説とは比べものにならないくらいの複雑な理屈付けと天球図と惑星運行図ができていた。

 その天球図や世界地図を眺めてメディテーションするというのが、当時流行って、学校の教育プログラムにも入っていたらしい。

 神の啓示には2種類あり、一つが言葉による聖書での啓示、もう一つが、万物=被造物である。万物=宇宙に現れる神の永遠の力と神性は、宇宙の観察を通して知ることができる。

 ストア哲学などでは宇宙は人間を超越した秩序であったが、キリスト教においては宇宙も人間と同じ被造物であるから、人間によって秩序付け得るものであるし、そうすることで神の業を読み解く書物の一種である。

 15世紀くらいから現れた当時の典型的なコスモグラフィー(=宇宙図)には、黄道12宮の帯のシンボルはもちろん動植物も配されている。地球を中心とした天球の下には3人の人物が描かれている。
 真ん中に座っているのが「アストロノミア」という女性で、両手にそれぞれ、天文観測儀と天球儀を持っている。向かって右のとんがり帽子に髭の男が彼女の智の父であるプトレマイオスで、自著を開いている。向かって左に裸の女が立っている。これが「ウラニア」であり、時には「テオロギア」とも同一視され、彼女は、目が眩まないように手をかざして空を眺めている。

 当時のリベラル・アーツの象徴であるわけだが、裸の女が「神学」と結びついているところが意外だ。

 ここには、神だのキリストだの天使だのというキリスト教的なものは出てこない。
 あくまで、「被造物」の図であるからだ。世界地図の周りに配されているのもギリシャ神話の神々だったりする。

 そこに、ある仕掛けが施されている、と言ってもいい。

 この世界地図や宇宙図を眺めて神の業について瞑想することは、神を讃えることでもあるが、同時に、それは、神の視点で被造物を見ることでもある。

 世界地図というのは、天高くから見下ろした形になっている。後の航空写真のようなものだ。
 天球図、宇宙図というのは、さらに、宇宙を外から俯瞰する。
 それらを眺めることは、創造神が、自分の作品を鑑賞するのと同じである。

 だから、そこに神だの天使の姿がないのは理屈に合う。
 神は、外からの視線、超越した視線だからだ。

 「コスモグラフィーのメディテーション」というのは、それ故に、神を崇めながら、同時に人間を神格化する方法なのである。キリスト教では超越的なはずの創造神がキリストとなって受肉したことになっているので、神と人との相互のダイナミクスが可能になっている。だから、このようなメディテーションが存在し得るらしい。

 こういう経緯を考えると、私たちが小さい頃から見慣れている「世界地図」などというもの自体が、非常にキリスト教文化圏の産物であるように思われてくる。限られた地域の地図ではない「世界地図」という概念は、単に「西洋帝国主義の副産物」などではないのだ。

 世界の「読み解き」の伝統は、プトレマイオスもそうだが、ギリシャ的知の系譜の文脈上にある。

 これに対して、東洋の曼荼羅を「発見」したユングなどは、それをすぐれた「心理地図」と見たふしがある。
 
 しかし、西洋風の心理学とか精神分析学などは、実はキリスト教無神論の展開の一つである。

 それは、神や宗教感情を「意識の現象」であると捉えた。
 ユングは心理学的視点から東洋思想をとらえた。
 キリスト教世界では、何かというと「仏教は無神論だ」と決めつけられているのも無理はない。

 西洋的自我とか自己意識というのは、確かにキリスト教的なペルソナと結びついている。
 だから、自己意識を否定する流れはキリスト教を否定する流れと重なった。

 「私は存在する」という自己意識の優越というものは、「無意識」の存在を認めた瞬間に破綻する、とユングらは考えた。自由意志を持つ主体=自己という幻想は崩壊したと思ったのである。

 そこだけ見ると、なかなかコペルニクス的転回であるが、それははたして妥当なのか?

 たとえば、自己=主体が固定した実体であるというのは幻想だとしても、自己とは、常に特定の対象との関係において現れる文脈的な存在である、と解釈すれば、「ペルソナ」を維持したまま「自己幻想の崩壊」を回避することも可能なのではないだろうか。

 ユングは、せっかく幻想を打ち消したのに、結局は、意識の拡大を試みて、根源的意識とつながった本来の自己だとか自己実現だとか言い出した。しかも、道教の太乙(たいいつ)の概念を応用して、無意識を形成する根源的自己は、個人の生活史に関わる意識に立脚した自我よりも「上」であるかのような上下関係を導入した。無意識の自己は、「天子」であり、自我はその天子をないがしろにして権力を振るう「将軍」のようなものであるといったようなレトリックである。
 
 このへんが、ユング的な言説がニューエイジやカルトに利用されて、盲目的な「輝く本当の自分」探しと「自己実現」の勧めの言説へと展開していった理由のひとつだろう。

 「無意識」もまた、思考上のモデルであって、それが、たとえば精神医療上のツールとして有効に働くならばいいが、「自己実現」マーケットの商品となれば、自我と同様の幻想に過ぎない。

 私はキリスト教の三位一体論の方が、ずっとよくできているとこの頃思うようになって来た。

 神を三つのペルソナ化して関係性の神とすることで、人間もそれぞれの個性を維持したままでその関係性に参入することができるからだ。

 そこには神が上であるとか、父が上であるとかいうような固定的なものはないし、権力的なものもなくなる。
 自己とは常に複雑化していく自分史をかかえたままで、他の全ての被造物=世界=他者との関係性の中でのみその都度現れるものである。

 ユングが三位一体に聖母の女性原理を加えたとかいうのは意味がなくなる。
 三位一体は構造ではなく力学であるからだ。

 仏教の三身論とは本質的に違う。
 ユングが東洋思想と出合った道教の『太乙金華宗旨』の基礎を成す古代の三神(=泰一、天一、地一)の方は、仏教の三身論と明らかに通ずるのだろうが。

 ユングは『太乙金華宗旨』の翻訳の解説の中でパウロの回心体験などと、「意識の解放」体験を関連づけて、自己の拡大を語るが、そこにも、「より高い精神的存在」などという上下関係が導入される。

 無神論も「高貴な宗教」などと言われるが、そういう、「より上等なレベル」への「解脱」の幻想というのも、実存的「苦」の回避の方法論としてどこまで有効であるか、非常に疑問に思う。
 そういう世界では、そのような「高い境地」に到達した先達が崇められがちで、神格化されることもあるし、「最終解脱者」などと自称する「教祖」にだまされることすらあるからだ。

 ジュリアン・バーンズは、「自分は自由意志を行使している」という「西洋キリスト教文化」的な仮説を採用して生きていくことにした、という。その理由は、たとえ、「人間が自由意志だと思っているものは実は遺伝的、環境的、文化的な諸条件、あるいはそれこそ無意識によって規定されているまやかしである」と自覚したところで、実存的恐怖(病・老・死など)は消えないし、自分の人生はもっと生きにくく、惨めなものになるだけだから、というものである。

 私も今となれば、せいぜい「自由意志」を行使して、「被造物仲間」である他者や世界と「主体的」に関わって、何か柔軟で調和的な関係を築いていきたいという気分だ。
 
 曼荼羅を眺めて瞑想して意識を拡大したり、「より高次なレベル」で生きられるようにならなくても、せいぜい世界地図を眺めて、光に目がくらまないように手をかざしながら、関係性のネットワークと出会いを大切にしていければ、充分すぎるくらいだろう。
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# by mariastella | 2009-03-22 09:21 | 宗教

イザベル・アジャーニとLa journee de la jupe 

 3月21日、Arte で、劇場公開前に新作映画の『La journee de la jupe(スカートの日)』が放映された。

 なかなか衝撃的だ。

 話は、移民3世の子供たちが大半を占める郊外のリセのフランス語クラスで展開する。
フランス語教師のソニアは毎日、生徒たちの無法ぶりの中で疲れ果てていて、屈辱感をかかえている。ある日、黒人生徒がピストルを持っているのを偶然発見して取り上げる。
 それが偶然別の生徒を怪我させ、いつの間にか、ソニアは教師生活ではじめてピストルによって、生徒たちを支配することになる。
 結局生徒たちを人質にとってリセに立てこもる形となり大騒ぎになり、彼女はジャーナリストと話すこと、全国のリセ(フランスでは基本的に公立、というか国立である)に「スカートの日」を制定し、女子生徒がスカートで登校できるようにと条件を出す。
 移民の多い郊外のリセでは、女子生徒はスカートをはけない。スカートをはけば即、娼婦であり男を誘っているとみなされるからだ。
 事件本部に駆り出された女性大臣はパンタロンをはいている。そして、女性がズボンをはく権利を獲得するのに長い戦いがあったのだから、今さらそれに逆行するようなことはできない、と言う。
 
 事件はカタストロフィに向かう。

 女性のズボン着用についての文化の認識の違いをちょっと説明しよう。

 もともとのフランス文化においては、キリスト教の文脈の中で男女異装が禁じられていた。
 創造の秩序を乱すというのは罪であるからだ。
 マリー・アントワネットが子供の頃に、「裸になったら、男か女か分んないじゃない ?」
と言ったという逸話のように、男女の服装コードが極度に発達した時代もあった。
 これは根強い。

 今でも、こういうジョークがある。

 新生児が二人産院で並んで寝かされている。
 一人がもう一人に聞く。

 「ねえ、君は男の子、それとも女の子?」

 「わかんない」

 「見てあげるよ、ちょっとシーツを下げて、
  もっと下まで、
  
ああ、君は女の子だよ、ピンクのソックスをはいてるから」

 このように、特に、男側の異装はまだタブーである。
 つまり、女の子は普通にズボンをはけるが、男の子や男のスカートには市民権がない。

 これについて普通なされる解釈は、男が上で女が下という秩序が壊れていないからで、女が男装するのは上昇志向として寛恕または奨励されるが、男が女のふりをするのは男全体の価値を危うくするからタブーだということである。一般に「男まさり」の女の子がいい意味で使われることもあるのに対して、男への侮蔑辞として「女の腐ったようなやつ」と言われるのと似たようなものだ。

 フランスは、男装したジャンヌ・ダルクが火刑にされた国である。
 男装が堕落しているとされたことの一つに、ズボンは脚の付け根が分るから、というのがあって、まあ、それは何となく分る気がしないでもない。
 だからスカートでも、超ミニというのはあり得ないんで、脚の付け根の存在を隠すロングスカートが基本で、それによって女性は馬に乗るなどの自由な動きを妨げられるハンディを背負い、ますます男に支配されるようになる、という構図だった。

 これに対して、今のフランスで問題になっている一部の若者のイスラム原理主義における女性の服装のタブーは、スカートである。
 ハーレム・ズボンなどのイメージからはアラブの女性の伝統的衣装がズボンだったとも考えられるが、それについてはよく分からない。まあ、どこの国でも、労働する女性は、動きやすいズボン形の服装、労働しない女性は装飾的な服装、という感じだったのだろう。
 とにかく、少なくとも今の原理主義的なイスラム国では、女性は長袖長ズボンが基本である。つまり肌を見せる部分が少なければ少ないほどいいわけだ。ヴェールやブルカ着用のように、髪や顔の肌だって基本的には、家族以外の異性には見せてはいけない。

 で、今、フランスのリセで起きていることがこれだ。

 フランスには旧植民地マグレブ諸国を中心とした国からの移民が大量にいる。

 移民1世は、子供たちにできるだけ可能性を与えてやろうと決意してフランスに渡った。
 彼らは移民労働者として搾取されたが、2世である子供たちは、フランス独特の同化政策の恩恵を受けて、無償の公教育を受け、さまざまなスキルを獲得した。
 才能のあるものは、世にでて、成功した。アルジェリア人の父を持つイザベル・アジャーニもその一人である。コメディー・フランセーズにだって出られる。
 しかし、彼ら2世の中にも、普通のフランス人と同様、際立った才能のない者の方が当然多い。すると、アメリカ風の逆差別の政策がない限り、同程度の平凡な能力の求職者が二人いれば、当然、別の部分が判断基準になる。移民2世より生粋のフランス人が、女性より男性が、障害のある者より健常者が、選ばれる。生粋のフランス人の方がコネがあるし、女性は妊娠出産で戦線離脱の可能性があるし、障害者をサポートするにはコストがかかるからだ。

 フランスはこういう差別是正にはまあ、努力してきた。
 男女差は目に見えるし、障害の有無も見えるので、機会均等を支援するのは比較的楽だ。

 しかし、フランスのユニヴァーサリズムとそれに基づく同化政策は、「移民の子弟」と「生粋のフランス人」の区別そのものを建前上否定する。
 ユニヴァーサリズムの国フランスでは、出自や文化の差はハンディキャップと見なされないので、差別救済処置が遅れるのである。
 
 そのせいで、移民2世の多くは、建前とは別の「ガラスの天井」のような壁にぶつかってルサンチマンを抱く。彼らはユニヴァーサリズムを叩き込まれていてる「フランス人」なので、その不当さがよく分かるのである。
 
 で、そのような、ルサンチマンをかかえた移民2世の子供である移民3世がどうなるかというと、「アイデンティティ」をイデオロギーにし始めた。そのアイデンティティというのを吹き込むのが一部イスラム原理主義者である。
 実際、彼らの世代になると、フランスにも「棲み分け」が進み、郊外の公立校は、移民の子弟ばかり、という状況になりつつある。移民の子弟が住む低所得者用大型団地は非行少年の巣屈のようになる。
 「同化政策」だったはずの公立学校は、ムスリムの子弟のために給食から豚肉を外したり、公立のプールを男女別の時間に分ける都市も出てくる。公立病院で男性医師を拒否したり食事に文句が出ることも普通である。
 
 なぜか?

 答えは簡単。移民の2世、3世は、選挙権のあるフランス人なので、彼らが多く住む地域の政治家たちは選挙のために彼らのロビー活動に屈するからである。多様性を尊重するという名目で共和国精神を売り渡すのだ。(現在社会党のトップであるオーブリー女史がリールでやっていることも同じである。)
 
 この映画の監督 Jean-Paul Lilienfeld は、これを思いついたのは、2005年の郊外の「暴動」報道の時だったという。車に火をつけたりして騒ぐ若者たちはみな、「男」だった。
 監督は、自分も若い時に町へ繰り出してさんざん悪いことをしたものだが、女の子たちといっしょだった、という。フランスの若者の示威活動の原風景である68年の学生運動も男女共同だった。

 ところが、イスラム原理主義による挑発の道具として操られている移民3世の若者たちの「暴動」には女性はいない。 女の子は外へ出られない。「ふしだら」だと見なされた若い娘は兄弟から制裁を受ける。人前で顔を見せた娘を殺す父親や、男とつきあう未亡人を殺す息子などが罪に問われない国は存在するが、フランス国内で、ゲットー化した一部の「ムスリム・コミュニティー」でもそのような治外法権がまかり通りはじめているのだ。

 この現実と、この映画で、生粋のフランスエリートである女性大臣が、「女性がズボンをはく権利を獲得したのを逆行できない」という言葉には、大きな隔たりがある。

 アジャーニの演ずる教師は、スカートをはいている。
 
 彼女はアジャーニと同様、移民2世という設定である。

 モリエールを教えている。
 彼女は、その教育によって根っからのフランス人なのだ。

 最近のフランスの移民原理主義は、移民の子弟たちのアイデンティティに合致した文化を学校で教えないのが悪い、と主張する。

 すぐれた文学はユニヴァーサルである。
 モリエールのどこが悪い ?
 私は日本人だがモリエールを読んだからアイデンティティが揺らぐなんてことはない。
 人間性に対する洞察が深まる。

 アジャーニの演ずる教師は、だから、女生徒たちがスカートをはけば男生徒に制裁されることを知っている。兄弟からも。彼女が「スカートの日」を!と叫ぶのは、ヨーロッパの女性がズボンをはく権利を勝ち取ったのとは全く別のコンテキストにあるのだ。

 私はアジャーニを『令嬢ジュリー』の舞台で見たことがある。
 シャーマニックだった。

 熱演のため途中で倒れた。
 ファニー・アルダンが続行した。

 ファニー・アルダン版の舞台はTV で観た。
 重厚だった。
 
 私はアジャーニがアルジェリア移民の娘だと知っていたが、この映画に関するインタビューではじめて、毎回、彼女の出自が話題にされるのを読んだ。

 私はパリのリセで教えたことがあるが、カトリック系の私立学校だった。
 フランス人の若い友人の多くは、厳しい試験を経て教員免状を得た後、郊外の移民の多い公立校へと赴任する。年功によって獲得する点数によって、後からは自分の希望に沿うもっと「いい地域」の学校にもいけるのだが、若い教師には選択の余地がない。
 ずっと音楽をやっていた恵まれた環境にあった後で音楽教師になった若者たちなどは、公立中学に赴任して、あまりの無法状態に絶望して鬱病でばたばた倒れる。

 課目にもよるのは事実だ。

 音楽はもちろん、フランス語でも、教室の無法状態を治めるのは難しい。
 数学のアグレガシオンを持っている友人などは、堂々と胸開きワンピースなどで公立リセの教壇に立ったりしている。

 これまで、移民の子弟の多い公立校での教育にがんばる熱血教師の物語はあった。
 2008年のカンヌ映画祭でPalme d’Orを取った『Entre les murs』などが代表だ。
 「切れてしまう」教師の話はなかった。
 
 両方が必要だ、と思う。
 
 現実を見据えて、何がどう変化したのかを冷静にとらえなければならない。

 しかし、今、すぐに、ここで、ユニヴァーサリズムが効を奏しない、という理由だけで理想に向かう努力を捨ててはならない。
 ユニヴァーサリズムというのは単なる「政策」や「戦略」ではないからだ。

 この映画の最後で、ソニアの埋葬に参加したリセの生徒たちの姿が映され、女の子たちが膝丈のスカートをはいているのが見える。

 これがメッセージで、希望なんだろう。

 私にとって、自分がスカートであれズボンであれ、自分の服装を自分で判断して決める自由というのは、「善いこと」に属する。
 そして「善いこと」はすべての人と共有すべきであるというのはユニヴァーサリスムの理念である。
 それが「善いこと」だと思えるのは、私が受け入れている西洋発ユニヴァーサリスムの基本である「自由・平等・友愛」に合致するからである。
 私が西洋型ユニヴァーサリスムを受け入れているのは、それなしでは支配されたり搾取されたりする立場であるグループ(女性とか、心身の強者でないとか、今の世界で西洋キリスト教文化圏出身でないとか)に自分が属しているという自覚があるからである。

 だから、たとえどんなに「伝統的な」「文化的な」理由付けがあったとしても、この世界に、女性を一定の服装に縛り付けて、それを守らないと制裁の対象になるような状況がある限り、それを告発してユニヴァーサルな理想に向かって戦う人々を支援したいと思う。
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# by mariastella | 2009-03-22 02:27 | 映画

ソリプシストKのための覚え書き その1

 solipsisme を une des solutions atheiste だと位置づけようとしている私の試みは、Kの手紙を読みながら微妙に変わりつつある。

 まず、覚え書きを少し。

 Kと音楽。彼は子供の頃、教会の聖歌隊メンバーだった。聖母を讃える曲などを作曲したが残っていない。
 信仰的には、チェコ人らしく、31歳までは非常にリベラルなカトリックだった。

 なぜ、K が知られていないか?
 
 エリカと話す。

 今のチェコにも、Kに夢中になっているアメリカ人グループが存在する。
 アメリカ人にとって、プラハは、ディズニーランドである。つまりバロックのテーマパーク。
 冷戦後に可能になったディープなヨーロッパ体験の場所なのだ。
 1930年前後のパリと同じだ。プラハには「へミングウェイ」がごろごろしている。
 でも彼らは、基本的に文学者ばかりだ。訳すのはKの小説のみ。
 Kは、その哲学抜きでは理解できない。
 
 エリカがなぜ、Kの著作を英語に翻訳しないのか?

 エリカは、19歳でフランス語に出会うまでは、英語による世界把握を自分のものであるとは感じたことがなかった。フランス語によってはじめて、世界の分節が可能になったのである。
 英語のように、語形変化の乏しい言語には吐き気がする。
 「I=私」という言葉がすでに絶望的だ。「I」が大文字でしか書けないというところがすでにつまづきである。

 私はもちろんそんなことは考えたこともなかった。
 I と「I」 とか、書体を変えてイタリックにするとか、他に工夫ができるのではと思うのだが、もともとアルファベット言語圏の人にとっては、大文字と小文字で書き分けられるということの印象はもっと根源的なものなのか?

 エリカがあまり英語の悪口を言うので、私は思わず、エドガー・アラン・ポーの詩を引き合いに出して英語の弁護をしてしまった。まあ、ポーだって、いまにもフランス語で書き出しそうなタイプだが。
 同時に、ポーの『The Bells』と、その日夏耿之介による訳『鈴鐸歌』を思い出してしまった。英語のbellが、華麗な漢字を駆使した日夏の錬金術で妖しく鳴り響く。

 エリカはヤン・パトチカが日本語で訳されているのだから、Kを翻訳する日本人はいるのではないかと言ったが、問題は、文学的感性と審美観と哲学を同時に把握できないと無理だと言うことだ。

 先日話題にしたルクレチウスもそうだが、ある種の詩人の詩作品は、その人の形而上学の表現そのものなので、詩と哲学の両輪なくしては、翻訳が不可能なのだ。

 K のようなタイプの思想家の場合、狂気とどのような距離感を持ってつきあえるかというコツも必要だ。

 K を読み始めて、彼が猫好きだと判明。

 私の嗅覚に合致している。

 K を読んでいて私に浮かんだネオロジスムがある。

 それは、inter-independance という矛盾した言葉だ。

 interdependance なら相互依存とか共依存なんだが、新しいキーワードは、共独立である。

 猫を飼ってる人なら比較的よく分かると思う。

 Kのソリプシスムが次元の低い幼児的万能感、全能感と全く違うのは、この inter の部分にある。

 そこには relation de pouvoir (権力関係)はない。 relation de force (力関係)はあるのだが、相互独立している限り、それは相互破壊には至らない。むしろ、ソリプシスト特有のフュージョンが生まれることになる。これはいわゆる神秘体験と非常に似ている。

 以上、何のことか分らなかった人には申し訳ないが、これから少しずつ書き溜める覚え書きの始めである。
 いつかまとめて解説し、神秘主義について新しい考え方を展開することになるだろう。
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# by mariastella | 2009-03-22 00:06 | 哲学

Dom Juan. operette de Jeener と ジャンヌ・ダルク

 3月14日、Théâtre du Nord-Ouest のモリエール・シリーズで、ここの主催者である J-L Jeener の作であるオペレット『ドン・ジュアン』の初日を観た。

 私はモリエールのドン・ジュアンは、読んだことがあるが、観たことはない。今回のシリーズでは、二人の演出家(Nicole Gros と Cyril le Grix)と劇団による2種類の競演があるので、本来なら、その二つをじっくり観てからこのオペレットを観たかったのだが、時間がなかった。でも、オペレットというスタイルが好きだし、後はJeenerに共感を持っているから、これは見逃したくなかった。

 はじめは違和感があった。ドン・ジュアンと従者のスガナレルのコンビが、どう見ても、ドンキホーテとサンチョ・パンサみたいだったからだ。楽器はピアノ一台とギターで、曲は、モーツアルトから、役者兼ミュージシャンたちによる書き下ろしまで多彩で楽しい。

 今の私の精神状態では、やはり、ドン・ジュアンにおけるリベルティナージュの扱いとか、反宗教とか反モラル、それについてのJeenerの扱いを知りたい、と思っていたのだが、結果的には・・・そんなことより、役者たちの技量に感心した。演技が上手いとすべて説得力が出てくるもので、演劇マジックというものに魅せられた。まあこの劇場では、いつも、舞台と同じ高さの席で役者から最短1メートルのところの席に座ることにしてるせいもあるけれど。

 その日はJeenerの新作『ジル・ド・レの悲劇』を購入できたので、早速少し読んでみた。5月に朗読上演があるそうだ。

 何となく、「清冽かつ鮮烈」などというイメージを抱いていたのだが、少し違うかもしれない。
 言葉は美しいが、内容は審美的より心理的である。解説的でもある。
 ジル・ド・レの子供時代から描き、彼の破壊衝動を生来のものとしている。

 ジャンヌ・ダルクについてもそうだ。

 ジャンヌは、イギリス軍と戦えとかフランスを救えという「神の声」を聞いたとされる。

 しかし、すべてのものの創造主である神が、ある一国の側に味方して、もう一方を追い散らせなどと告げるというのはいかがなものか・・・というもっともな疑問を呈するものが出てきたので、ジャンヌもそれについて考えたことになっている。

 いわく、普通の羊飼いの少女を男装させて立ち上がらせるためには、神は最初は、それなりの単純でインパクトのある言葉を使わねばならなかった。しかし、神の真意は、単純な「イギリス=悪、フランス=善」の2元論ではもちろんない。

 では何か? 

 神は、人間が固有のアートや文化によって神の創造の業を引き継いで豊かにしてくれることを望んでいる。
 だから神は多様性を望む。

 しかし、15世紀のはじめ、イギリス王がフランスに進出して、フランス王を名乗った。
 これでは2国は一つになってしまう。それでは文化やアートの多様性が失われて貧困になる。
 神はそれを望まないから、イギリス軍に出て行ってもらいたかった、ということだそうだ。

 これって、中国人がチベットを占領して漢文化を押しつけるのはよろしくない、漢人は出て行って、チベットはチベット文化を守るのがよろしい、というような、今のフランス文化人のマジョリティの考えを反映してるのか?

 歴史に「もし」は意味がないが、もしジャンヌ・ダルクがあのとき「神の声」を聞かなければ、消滅してたのはイギリス文化のほうかもしれないし、ハイブリッドな何か新しいものが今頃できていたかもしれない。宗教改革だってヨーロッパだって、全く違う展開をしたかもしれない。

 スランスにおける移民の「同化」政策はどうなる、ユニヴァーサリズムとコミュノタリスムの関係はどうなる、というつっこみもあるだろう。

 Jeener の、カトリック知識人としての立場、自由主義的詩人で演劇人である部分、15世紀フランスに咲いた異端の華であるジャンヌとジル、悪と死と改悛の問題、これらがどういう風にこの演劇に結晶しているのかは、全部を読んでいない今は、まだ分らない。

 演劇は、肉体を使った再現芸術である。

 役者と演出家と脚本を入れた錬金術の釜を、ぐらぐら煮立てる熱が、必要だ。

 


 
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# by mariastella | 2009-03-20 21:48 | 演劇

ルクレチウスと有神論

 3月12日、16世紀思想の学会に出た。今回はテーマがルクレチウスということで、今の私の関心事である啓蒙の世紀に無神論へと収斂していく前の有神論(テイスム)の形成において、それがいかにエピクロス的なのかがはっきり分って興味深かった。

 私はテイスムにもっとプラトン的な系譜を考えていたのだが、アリストテレスでは説明できない真空を説明するためにデモクリトスの原子論などが持ち出されて、その発展系としてのエピクロスとルクレティウスが復権したわけである。
 ルネサンスの頃、新大陸の発見による「宗教現象の普遍性」が、反キリスト教言説にも利用され、同時に神の存在証明にも利用されたわけだが、ルクレチウスもすでに同じようなことを言ってるわけだ。

 ルクレチウスの『反宗教論』にモンテーニュが書き込んだ言葉を研究してる人もいておもしろい。

 当時はエピクロス的キリスト教、またはキリスト教的エピキュリスムというのが並存していて、プラトンのコスモロジーに対してと同様で、キリスト教がいかに魂の不滅と魂の物質性を矛盾させずに詭弁を弄するかというのも興味深い。たとえば、ルクレチウスが区別せずに使っている魂=animum と animam を、わざわざ分けて、前者は精神とか知性であり、これは死によってなくなるが、しかし、後者は生の息吹であり、死ぬ時に少しずつ体内から出て行くけれど、それ自体は不滅である、と訂正したりする。

 しかし、ルクレチウスの「魂の非-不滅性」というか魂の有限性の考えというのは、エピクロス的というよりもむしろスピノザに似ている。

 死によって、肉体が朽ちるのはあきらめても、魂が残るかもしれない、と思う、または思いたいのは、これはもう古代ギリシャから今まで、哲学者や宗教者があれこれ思いめぐらせてきたわけだが、「人情」としかいいようがない哀しさ、いじましさである。そして、そんなに、「魂だけは残るに違いない」というわりには、朽ちると認めるはずの肉体の方にまで、みな未練がましくこだわって、埋葬の仕方とか聖遺物とか、あれこれ工夫を凝らすのも普遍的である。要するに、どの仮説にも教義にも本当の所は誰も確信がなくて、その信心の曖昧な部分にこそ、いつの時代でも「恐れ」が払拭できずについてまわるのだ。
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# by mariastella | 2009-03-20 02:48 | 哲学

誰がマギーを殺したか?

 3月13日、TVでウィリアム・カレルによるドキュメント番組『誰がマギーを殺したか?』を見て驚いた。

 マーガレット・サッチャーが首相の座を降りることになった1990年11月の3日間を追ったものだ。
 その時、サッチャーはパリを訪問していた。
 私もフランスにいたのだからこの事件をリアルタイムで聞いていたはずだが、なぜか印象が薄く、長かったサッチャー政権もようやく終わって、冷戦終結によって世界も変わったのだから、いつの間にかジョン・メイヤーになっていたのだなあ、というイメージだった。

 このドキュメンタリーを見て、彼女を政権から引き摺り下ろすためにいろいろな「陰謀」があったことが分った。それはどの国にも政権交代にまつわる裏話というのはあるだろう。でも、気持ち悪くなった。

 私は日本とフランスにしか住んだことがないので、そしてこの二つの国は、どこか似たところがあるのをいつも感じているのだが、アングロサクソンの国の残酷なメンタリティにはびっくりだ。

 これまでは特にアングロサクソン・メンタリティとしてはアメリカを見ていたので、イギリスは「近くて遠い国」だった。アメリカには新興国のフロンティア精神と世界リーダー使命の幻想があり、ブッシュ=カウボーイ、オバマ=ミッキーマウス、という風にフランスでは揶揄されているが、イギリスはそれなりに伝統があり大人の国だよな、などと漠然と思っていた。

 このドキュメンタリィを見ると、イギリスのアングロサクソンの中で、単純でいい性格のやつがアメリカに渡って、残ったのは救いがたいひどいやつらじゃないか、と思いそうになった。

 イギリスと言えば女性禁制のクラブとかパブとかありそうで、ジェントルマンの国で、と「男性優先」な感じもするが、控えめな雰囲気だから、マッチョなイメージはないし、なんといっても、女王様の国、その上、11年にわたるサッチャー政権の華々しさで、女性が解放されてる先進国かと思っていた。

 細かいことをここに書かないが、驚いたのは、この革命というか陰謀の当事者である当時の大臣たちが、インタビューされて証言してることで、その答え方に、慎みがないことだ。サッチャー女史はまだ存命である。

 そして、当時の議会でのサッチャー女史と彼らとのやり取りを聞いても、その下品さ、露骨な嫌がらせ、それにすっかり慣れた感じのサッチャーの受け応え、などに驚いた。サッチャーを攻撃始める男性議員たちは、ジェントルメンどころか、本能むき出しの悪ガキのような態度である。

 もう一つ、当時のイギリスの政治風刺人形劇がところどころにはさまれるのだが、その醜さが尋常ではない。
 女性差別で女性だけ醜く現しているのではなく、政治家は、男たちもみな、この上なく醜いのだが、サッチャーやエリザベス女王ですら、非常に醜い。リスペクトのかけらもない。

 政治家を中心に風刺する人形の寸劇ギニョールというのはフランスにもあって、そこでももちろん、登場人物はデフォルメされているが、カリカチュアであっても、どれも笑える。それを見慣れてるにもかかわらず、イギリスの人形はあまりにもグロテスクで、悪意を感じる。

 内容も、自分の人気が落ちてきたことを知ったサッチャーが、美容院に行って、人気の出る髪型にしてくれと頼んだら、はい、いいですよと答えた美容師が剃刀で彼女の首をばっさりと刎ね、赤い切り口が残る、というようなショッキングなものだ。前後関係から考えても、非常に気分が悪い。

 フランスのギニョールを見ると分るが、特に、女性は、ひどくデフォルメされないで、それなりにきれいに作られる。まあ、話し方は、ヒステリックだったり、馬鹿げていたり、しっかり揶揄されてはいるのだが、全体的に、あきらかに、女性には親切である。

 フランスは、女性の参政権獲得が遅かったり、女性議員の数も少ないし、賃金格差の問題もいろいろあるのだが、男性の国会議員が堂々と、権利の平等とは別に、自分は女性議員にギャラントリーを尽くす、それはフランスの文化であるから、と言うのを私は直接耳にしたことがある。

 サッチャー女史は、鉄の女、ということで、絶大な権力を振るったわけだが、その時代のイギリスにおけるあの、男性たちの意地悪な感じは一体なんだったんだろう。
 イギリスの男たちは、首相が女性であることに、本当は耐えられなかったんではないだろうか。

 このドキュメンタリーを見る限り、単なる政権交代にまつわる泥仕合、だけではなく、もっと根強い差別的なものが明らかに感じられる。ものすごく下品だと思った。

 サッチャー女史は、同じように新自由主義の旗手となって冷戦終結のヒーローとなったレーガン元大統領と同様、今はほぼ認知症状態だそうだ。「昔の仲間=裏切り者?」たちがその彼女の状態について語ったり、それを知った上でタブーなく当時のことを嬉々として語る様子も、見ていて気分が悪い。

 そして、このような人々が11年も彼女の「下」にいたのだから、さぞや悪意や憎しみが鬱積したのだろうな、とあらためて思った。故ダイアナ妃の悲劇のことも思い出した。

 こうなると、サッチャーから20年近く経った、ドイツのメルケル首相なんて、メディアからどう扱われて、どのように思われているのかのゲルマン男の「本音」に興味が出て来た。
 
 アメリカ大統領選の予備選で落ちたヒラリー・クリントン、フランスで予備選には勝ち抜いたが本選で落ちたセゴレーヌ・ロワイヤル、彼女らをめぐる言説も、一皮むけば「政治的公正」を欠くものも多い。

 しかし、日本やフランスでは、女性議員、女優、皇族らに対して、本音や裏は知らないが、イギリスのタブロイド紙のような扱いはあり得ないし、TVや議会でも、ああいう形での貶め方はないと思う。

 あんなんで耐えられるのか、イギリス女性。

 フランスに住んでいて助かった、と思うのはこんな時である。

 
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# by mariastella | 2009-03-20 00:42 | フランス

ソリプシスムはフランス仏教徒の感性に合う

 友人エリカがのめりこむチェコのソリプシストについて。

 彼の名はまだここに書かない。
 今はネットの時代だから、彼の名をここに書けば、ありとあらゆる人が検索するだろう。

 その感じがむずむずするからだ。

 エリカが、彼女の翻訳作業にスポンサーを見つけたいと言った時(すでにここ10年ほどで10冊以上がエリカの訳で出版されている)、私は、彼の名で英語のサイトを立ち上げて紹介すればいい、そしたら日本の出版社だって読めるし、と提案してみた。すると彼女は(アメリカ人であるにも関わらず)、英語のような粗雑な言葉で彼のことはひと言も書きたくない、と激しく拒否したのである。

 だから、私も、軽々しく、自分のお粗末な日本語で簡単に書いてしまうのはちょっと気が引ける。

 明日エリカに会うので、ひと言ことわっておこう。

 チェコという国が、そういう「無神論の極北(これは私の解釈で彼女の形容ではないが)」を生むような宗教的背景について、先日エリカに聞いてみた。

 こういうことらしい。

 チェコはヤン・フスを生んだ国である。16世紀にプロテスタントの宗教改革が起こる1世紀以上も前に彼は、腐敗したカトリック教会を批判して、火刑に処されている。彼の影響は大きく、武力で弾圧されたものの、チェコの民衆は、フスの激越な思想を心に深く刻んだ。

 その後、ハプスブルグ家に征服されたりしたことで、チェコはカトリックに戻る。

 しかし、エリカによると、そのカトリシテは表面のことに過ぎず、実は、フス以後、チェコの民衆は、もう誰も「カトリック教会の神」を信じていなかったというのだ。

 民衆レベルの信仰の核が、支配者の押しつける宗教と一見習合したり隠れたりしつつも、実は根強く何世紀も残るという現象は他処でも時折見られることであるから、そういうこともあるのかもしれない。

 そのベースがあったから、カトリックと拮抗して生まれた西洋近代からちょっとずれて、チェコの人にとっては、ニーチェの思想に共鳴してしまうということがたやすかった、というのである。

 なるほど。

 ところが、この哲学者が、34歳のある日、「自分が絶対者=神である」という覚醒を得た時の言葉を極めて「自然に」共感、共鳴してしまうグループがフランスにもいた。西洋近代のユマニズムの本家であり牙城であるようなこの国に。

 それはフランス人仏教徒と仏教シンパの人々である。

 意外だった。

 30年以上フランスに暮らしていると、日本やアジアの慣習や文化で相対的に見えてくるものも多いし、すっかり「フランス人の視点」で見えてしまうものもある。その中で、いつまでたってもなかなか客観的には見れないものも、もちろんある。

 「和服」とか「日本仏教」がその仲間だ。

 たとえば「和服」をパリの真ん中で突然見かけても、異形の民族衣装には見えないで、生まれてからこの方、自分も含めてあの人やこの人が来ていた和服の集合記憶が必ず喚起されるので、それが「他のフランス人の目にどう映っているのか」という想像がしにくいのである。

 「仏教」もそうである。

 私はパリ郊外のチベット仏教センターと関係が深く、多くのラマやフランス人仏教徒や僧侶らとも何十年来の親交がある。いろんなことも学んだが、どうしても、何かを見たり聞いたりした時に、他のフランス人が感じるであろう感覚がつかめない。
 実際、私が日本人であるせいで、彼らからも、「特別」に一目おいて見られていて、というか警戒されていて、全く同じ仲間には入れてもらえないし、逆にラマたちからは、根拠なく親近感や尊敬を得ている。

 そして、フランス人の仏教研究者が回りにたくさんいるにもかかわらず、私は彼らと、研究過程の深まりや心情をほとんど共有しなかった。

 理由はいろいろある。

 夥しい仏教用語のフランス語訳がしっくりこないし、何が何に当たるのか詳しく考えるのが面倒。私の仏教の教養は主に「漢語」の世界であるからだ。フランス語で語ると何となく違和感がある。

 また、フランス人なら感心する、仏教の中の「おお、そういう考え方もあったのか!」的な部分の多くが私には「常識」の部分だったり、感心するツボが全然ずれたりしているからである。

 日本では、「禅の悟りとキリスト教神秘主義」とか、「親鸞とルター」とか、いろいろな「キリスト教と仏教」の比較研究に接する機会が学生時代に多くあったが、その二つは同等ではなく、「日本人の原風景である仏教」がベースとなって比較が試みられるイメージだった。

 フランスでは、フランス語で、山のように、キリスト教と仏教を比較研究する本があったのだが、「仏教のことは分ってるから」と思っていたので、つい最近まで、その類の本は全く読まなかった。キリスト教の知識を自分の中の「日本仏教」の教養とすりあわせていけばことが足りると思っていたのである。仏教に関する日本語の研究書はそれなりに読み続けているので安心感があった。

 ところが、ソリプシストの「神体験=自分は神であった」というような、キリスト教的には、曲がりくねった先の先にある孤絶体験が、「仏教の覚醒=解脱」に憧れてのめりこんでいるフランス人仏教徒的には、非常に共感できて参考になるらしいのである。
 これは思いつかなかった。ソリプシストを前にした私の反応は、「普通のカトリック的教養を持つフランス人」の反応と同じだったからだ。

 しかし、仏教シンパのフランス人の反応は違うらしい。

 彼らのとらえ方はこうである。

 ソリプシストが、「自らは絶対者である」と悟る時、この世は実体を失い、肉体も実体を失う。
 これは西洋的な物質主義からの解放である。
 仏教的な、この世は空である、という覚醒と似ている。

 ソリプシストが自分は神だという時、絶対者を他には立てないわけだし、自分以外の超越神の存在を否定するわけであるから、この世は仮の姿であり、真の実在ではないという仏教的悟りに非常に近い。

 という感じだ。

 正直言って、思いがけなかった。
 私にとっては、仏教的「梵我一如」と「一神教的文脈のソリプシスム」の差こそが見えていたからだ。

 ヨーロッパでは、特にキリスト教の側から、「仏教は宗教じゃない」とか「仏教は無神論」だとかよく言われることであるのだが、ソリプシストに対する反応を見ると、その根の深さがようやく分る。

 意外なのは、「精神」の扱いである。

 彼らに言わせると、西洋は物質主義に堕し、精神の実在を封印する。仏教は、すべて物質的なものは夢幻だととるのである。仏教は西洋物質主義へのアンチテーゼである。

 しかし、デカルト心身論(二元論ではない)の応用としてのフランス・バロック音楽をやっている私にとっては、「西洋近代」の人間主義は、それまでの精神主義から肉体を回復する過程でもあった。

 つまり、パレスティナの終末論とストア哲学に影響されて禁欲的に構築されてしまったキリスト教文化においては、肉体を罪のシンボルのように否定する文化が生まれて、頭でっかちの思想世界が生まれた。それに対して「非キリスト教」文化圏では肉体はちゃんと実体を持って尊重され、思想に組み込まれていた。

 と、そんな感じがしていたのである。

 実際、フランスのバロックバレー系のクラスでは、肉体の意識化ということが強調され、たとえば「私たちの西洋文化では骨盤を動かすということが封印されてきたけれど、本当はすべての部位を覚醒しなくてはならない」というような言説がスタンダードにあるのである。

 まあ、こういう言説は、日本でもあるので、それは、西洋「文化」というよりは西洋「文明」の結果としての機械文明によって「現代人が肉体を忘れてしまった」という危機感から来ているのだろうが、フランスのインテリ仏教徒の間では、それがまた逆転している。
 つまり、肉体にこだわる(延命治療だとか、健康産業だとか)悪しき「西洋文明」の縛りから逃れて、我々は、見かけの物質世界ではない真の実在に向かわなければならない、という精神主義に向かうのだ。

 まあ、この「西洋機械文明が諸悪の根源」で、それらをまとめて侮蔑する、という姿勢は、19世紀後半から20世紀はじめにかけて、高踏派のような少数の「精神貴族」にも流行ったものである。
 ソリプシストも明らかに、その系譜にある。

 ヴォルテールは「無神論は貴族的である」と言った。

 確かにキリスト教無神論は強者の宗教だという面がある。
 ロベスピエールはつまづきにつまづいたが。

 それで言えば、フランスのインテリ仏教徒たちは、日本仏教の親鸞の絶対他力とか、阿弥陀信仰にはがっかりするだろうなあ。

 フランスのインテリ仏教徒と仏教シンパの人たちとは、「無神論者がソリプシストの方向には進めないで、別の方向に進化した人たち」なのである。
 ストア派的無神論をアジア趣味で韜晦してみせた進化形だとも言える。

 (私のこのブログを翻訳ソフトで読もうとしているフランス人がいるので、あまり断言するのはやめよう。)

 余談だが、エリカがのめりこんでいるチェコのソリプシストについて検索して出あったこの仏教的な「覚醒」ブログは、「非人格的覚醒」を標榜している。キリスト教の神やあの世や最後の審判や復活は「人格=ペルソナ的」であることが特徴だ。「私は唯一絶対神である」というソリプシストの世界では、三位一体のような「関係性」がもちろん失われるのだから、非人格的になるのである。それが仏教的解脱に近いと見られる。おもしろい。

 (私がある日、自分が神だと気づいてしまうなら、女神の一人だとか、三位一体の神とかの方が好みだが。)

 後、余談をもう一つ。

 ソリプシストは、当然だが、死は怖くない。この世とあの世の区別はない。そういう意味でも仏教の解脱者と通ずる。

 問題は、病気である。

 死は困らないが、病気は困るのである。

 ソリプシストの論理から言えば、「病気」は存在しないはずだからだ。

 チェコのソリプシストは、結核で、壮絶な病を経てから死んだそうだ。 
 
 生身の肉体からの復讐を回避するための修行体系までもきっちり編み出した仏教の方が上手なのだろう。

 しかし、彼は、多分、苦しんだからこそ、魂の光の痙攣と言われる言葉を紡ぎだせたわけだ。

 この人が死ぬまで元気いっぱいでピンピンコロリ状態だとしたら、エリカが出会うこともなかったに違いない。

 

 

 

 

 
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# by mariastella | 2009-03-09 03:11 | 宗教

キリコのバナナ

 私がセザンヌのリンゴをすごいなあ、と思ったのは、学生時代にメルロ=ポンティの文章を通してだった。セザンヌのリンゴの「本物」を見たのがメルロ=ポンティの文章よりも先だったか後だったかはもう覚えていない。しかし、セザンヌのリンゴの絵と言えば、小中学校の美術の教科書にも載っている。そのリンゴには、何の感動もしなかった。写真を見て別に感動も感心もできない、好き嫌いの感情も湧かないという点ではモンドリアンと双璧だった。

 その後では、セザンヌの「本物」を何度見ても、もはやメルロ=ポンティの視点抜きには見ることができない。

 しかし、キリコのバナナは、ひと目で気に入った。

 どのくらい気に入ったかと言うと、自分が死ぬ時に、『モンパルナスの駅-出発の憂鬱』のオリジナルが死の床にあればいいなあ、と思うくらいだ。

 眠る時に見るのはよくないかもしれない。起きる意欲をそがれるかもしれない。

 http://www.jacquesvlemaire.be/blog/tag/chirico

 今検索してみたら上記のブログにこの絵も載っていたので、見たい人はどうぞ。もっともNYのMoMaにある有名な作品なんで、知っている人も多いと思う。

 といっても、キリコの描く他の果物は今ひとつである。製図用具とか工場の魅力に負けている。

 上のブログ(画家)の書いたものを読んで、私は今回(パリの近代美術館での回顧展)、キリコの模写についてまったく別の解釈を得たことを確信した。

 天才画家が長生きして、多作してくれることは、本当に有難い。人間の思考の過程というものがよく分かる。キリコが1920年代に死んでいたら、それでも、形而上絵画とかシュールレアリズムの絵画の代表者として美術史に名を残した天才であったろうが、その「謎」は残ったと思う。

 夭逝したアーティストが残した作品を見たり聴いたりすると、この人は本当に、ちょうどこの作品を残すのに充分な時間だけを生きてくれたんだなあ、と感動することがあるし、「生き急いだ」という感じや「迫り来る死への予感」というものがますます天才に霊感を与えたんだろうか、などとロマンティックに考えたくなるが、モーツアルトやシューベルトやモディリアニがもっと長生きしていたら、私たちは絶対にもっと豊かな創造の秘密を探る鍵をもらうことができたはずだと思う。

 去年、ヴラマンクの回顧展にフランスと日本の両方で行った時にもすごく複雑な思いをした。フランスでの展示は、第一次大戦の時期どまりだった。
ヨーロッパにおける第一次大戦というものの傷は深くて、戦後の「復興」のための秩序回復のプレッシャーがあまりにも大きかったので、凡百のアーティストたちには打撃だった。
 ヴラマンクはけっこう長生きした。(1876-1958、82歳。キリコが1888-1978で90歳なのでけっこう重なる)

 キリコは、人間性が爆発しないとアートは生まれない、と言った。
 岡本太郎も芸術は爆発だと言った。

 爆発しない人は、どんなにテクニックがあっても芸術家ではない。
 
 たとえば美術学校に進もうかというような人は、たいてい、絵を描くのが好きで、「上手」である。学校でテクニックを身をつけて、ますます上手になる。しかし、99%の人は、多分、爆発しない。爆発できるかどうか、それはもう、体質みたいなものなのである。

 ところが、テクニックがないのに爆発する人というのも、少数ながらいる。

 ヴラマンクだ。

 爆発するから、彼の作品には彼の爆音やら噴出物が跡を残している。
 彼はゴッホを見るとゴッホ風の画風になり、セザンヌを見るとセザンヌ風になった。スタイルはどんどん変わって、節操がないようにも見えるが、何を描いてもヴラマンク火山の溶岩跡はある。

 日本の展示会では、晩年の絵まで揃えてあった。
 継続は力なり、と感心するくらい、だんだん「上手」になったのが分る。

 私はヴラマンクに興味があった。
 彼はヴァイオリニストでもあり、競輪選手でもあり、アフリカン・アートを発見したりして、非常に多才な時代の寵児であったのに、テクニックもなければ天才でもなかったからだ。
 日本の展示会のあった西新宿の美術館で、ヴラマンクの展示場を出ると、常設展示の絵があった。セザンヌとゴッホの「本物」があるのが皮肉である。
 「本家」を見ると、ヴラマンクの力の限界が分る。

 でも、ヴラマンクには、文才があった。彼の書いたものを読むのは非常におもしろい。
彼が西洋美術史に名を残したのは、フォーヴィズムというレッテルをもらったからである。彼はそれをよく知っていた。第一次大戦以降の彼は、2流のアーティストでしかない。しかし、フォーヴィズムの懐古展がある度に引っ張りだされた。その価値もわきまえていた。
 過去の遺産で食っているようなところがあり、しかし多才で自己演出能力もビジネス能力も長けていた。

 そこで、ちょっとパセティックな出会いがある。

 日本では有名な、佐伯祐三との出会いである。

 佐伯祐三は、東京美術学校を卒業した1923年、パリに渡って、当時の有名人であった「野獣派(フォーヴィズム)の巨匠」ヴラマンクのうちを訊ね、自分の絵を見せたところ、「このアカデミックめ!」と 一喝をされ大ショックを受けて、以後パリ郊外に激しい心情表現を求めて彷徨した。いったん帰国はしたが、結局5年後、パリ郊外で、僅か30歳で客死する。

 何で、わざわざヴラマンクを選んで会いに行ったのかなあ。

 佐伯祐三、1923年の時点で、明らかにヴラマンクよりうまい。 
 ヴラマンクがアカデミックでなかったのは事実だけど、下手で、下手なりに苦しんでいたと思う。といっても、何しろ「爆発」する人だから、あまり苦しむことはなかったのかもしれないが。後年、それでも、だんだんとテクニックを獲得したし、それを崩すということはしなかった。それが彼の初期の野性味を消したともいえる。
 アカデミックな優れたテクニックというのは、それを「すでに」持っている人が、それによって爆発を邪魔されないように、それをいかに回避するか、崩していくかというところに味があるものである。

 佐伯祐三が、1923年のパリに来て、ヴラマンクという、かなり異形の人と出会ったのは、皮肉だ。佐伯、25歳、5年後に結核で死ぬくらいの蒲柳の質、自画像を見てもひょろひょろである。フランス語も不自由だったろう。対して47歳の有名人のヴラマンクはその自画像そのままの、いかつい四角顔の威圧的な偉丈夫である。声も大きそうだ。ひょっとして、佐伯の絵の上手さに感心して「何たるアカデミズムだ」と感嘆の声を上げただけだったのかもしれない。

 しかし、佐伯はともかくも、そのショックを糧にして、自らのアカデミズムを矯めながら、優れた作品を残した。明らかにヴラマンクのよりも上等だ。しかし、30歳で死んだのだから、彼がもし長生きしていたら、その「噴火」歴はどのようになっていたんだろう。夭逝が残念だ。

 話をキリコに戻そう。

 キリコは、20世紀はじめのフランス画壇で、誰の系譜にも属さない完璧にオリジナルで個性的な存在として登場した。彼とアポリネールらとの出会いなくしてはシュールレアリズムは生まれなかった。それほどに、シュールレアリズムにはっきりとした形を与えた。同時期のイタリアの未来派などが、理念は威勢が良かった割りにこれと言った総合的な足跡を残さなかったのと比べてもよく分かる。

 キリコはそれくらいにシュールレアリズムの寵児だったのに、パリにそれほど長く留まらなかったし、その後、「クラシシズムへの回帰」という道を歩んだ。
 過去の巨匠の絵画を模写しまくり、自画像の連作でテクニックとスタイルを模索し、最後は、自分の初期作品まで模写したり、パロディやらヴァリエーションを多作した。アンドレ・ブルトンなどに「キリコは死んだ」と言われるくらい、シュールレアリストたちからはキリコの「転向」は裏切りに見えた。

 彼の作品は相変わらず美術史に孤高の座を占めているから、批評家たちもあせった。インスピレーションがなくなったのだ、とか、芸術家としての自殺とか、自滅とか言われたが、全体としては、キリコは初期の作品だけを語ればいいんだ、というような回避が行われた。初期の有名な自作の模写やヴァリエーションの濫作については、単に「金が必要だったから」と見る人もあるし、当時すでに彼の「贋作」が市場に出回っていたので、それに怒った彼が、自らコピーを大量に出すことで、美術市場のシステムそのものを揶揄し挑発したのだという人もいる。
 彼のやり方をただ一人賞賛したのはかのアンディ・ウォーホールだけだった。コピー・アート、ポップ・アートを切り開いた男には別のものが見えたのだろう。

 確かに、後の「転向」がどんなものであれ、1920年代頃までの彼の形而上絵画シリーズの孤高な強靭さというものの放つ力は圧倒的で、今も色褪せない。
 直視すると強烈に目を眩ますのに、決して暖めてはくれない、真冬の太陽のようである。

 このキリコの天才ぶりを見せつけられると、彼が、晩年にスランプに陥ったとか、過去の遺産で食いつないだなどとは到底思えない。

 そして、キリコの模写した大量の名作群(ミケランジェロ、ラファエロ、ルーベンス、ティティアン、ヴァン・ダイク・・・・)を見ると分るが、彼にはテクニックというものへの情熱があり、巨匠の絵画の秘密を探る必要があったようだ。

 キリコは早くから画の才能があり、少年時代にアテネで画学校に通い、青年時代にはミュンヘンで美術学校に通っている。
 つまり、もともと、古典的な画のテクニックも素養も身につけていた。
 「アカデミック」だった。

 真のアーティストであった。
 つまり、「爆発」もした。

 しかし、何が彼の起爆剤だったかと言えば、それは、ヴラマンクのような精力あふれるエネルギーのほとばしりに促される「体質」ではなかった、と思う。

 彼を爆発させたのは、哲学であった。

 しかも、ニーチェである。

 グレコ・ロマンの神話的環境にいたキリコは、ドイツにやってきて、アルノルド・ボックリンの絵画とニーチェの哲学に強い影響を受ける。

 その本質はなんだったかと言うと、

ひと言で言うと、Anthropocentrisme =人間中心主義の終焉である。

 Anthropocentrisme は、もともと非常にキリスト教的な考え方である。キリスト教がアリストテレス的に補強されてなお、それが確固としたものになった。

 キリスト教から離れた西洋近代は、Anthropocentrisme からは脱皮していない。というより、Anthropocentrismeにおいて、西洋近代は、キリスト教の進化形である。西洋近代というと、中世の蒙昧が啓かれて科学主義が生まれた、かのような対立を想像するするかもしれないが、西洋キリスト教の帰結が西洋近代なので、サルトルが「実存主義はユマニズムである」と断言するのも同じようなものである。西洋近代における「無神論」というのは、キリスト教の兄弟みたいなものなのだ。
 このへんをじっくり語ると、一冊の本になってしまう。(実際それを用意しているのだが)
 ところが、真の意味で、西洋キリスト教的世界をくつがえした人が出てきて、その一人がニーチェである。
 
 キリコの絵はいつも「夢」の世界に例えられるし、シュールレアリズムの関係から、詩の世界=ポエジーとも関連づけられる。
 リアリティやロジックがない。現実世界の約束事が消えて、意識化の世界、またはメタフィジカルな真実が見えてくる、と言った風に。

 確かに、たとえばキリコが1920年で夭逝してその後の作品を残さなかったとしたら、それはそれであたっていたかもしれない。

 でも、晩年までに至る彼の作品群を見ていると、私には別のことが見えてくる。

 彼の形而上絵画は、人間の喪失である。ニヒリズムの表現である。
 そして、ニヒリズムの極北(の一つ)は、実は、Solispisme なのである。

 キリコの晩年の、自作のコピーとヴァリエーションの中で、生きた人間の姿が少しずつ現れてきたり、繰り返して自画像が描かれるのは、Solipsisteとしての彼の表現である。

 彼は、有神論に戻ったわけでもなく、古典主義に回帰したのでもなく、ニヒリズムからSolispisme へと展開したのである。
 だから彼には怖いものはもうない。彼こそが、唯一の創造者なのだから。
 彼の絵画の中に戻ってきたのは、「人間一般」ではない。「彼」ただ一人なのである。
 彼が風景を描こうと、古代世界を描こうと、それは彼の創造物であり彼自身なのである。

 以上は私の仮説である。

 私は最近、Solipsisme  について考えていた。

 無神論とは別である。
 異才中の異才、チェコのソリプシスト哲学者がいる。(彼については稿を改めて書こう)

 その哲学者(文学者でもある)の世界と出会い、のめりこみ、一生を捧げている女性と、最近話した。

 ソリプシスムとは、無神論の一表現、無神論の鬼子ではないかと私が言ったら、彼女は、「いや、究極の有神論だ」と答えた。

 ソリプシストにとっては、存在するのは自分だけであり、自分=神であるのだから。
 「神=万物の創造者」という概念のない文化においては、彼女の意味するソリプシストは生まれないのではないだろうか。
 
 その女性、エリカと出会うまで、私はこのことを深く考えたことはなかった。

 いや、一度だけある。
 数年前にシュミットの小説『エゴイスト・サークル』を読んだ時だけだ。
 その時、私は次のような読後感を残している。

 「 シュミットは本当にユニークだ。発想がいろいろあって、スキルも幅広く、ちょっと嫉妬する。この本は、世界が自分の意識の中にだけ存在しているのではないか、夢から覚めると夢が霧消するように、自分が死ねば世界も消えるのではないか、という、誰でも一度は考えたことのある(?)世界観を哲学とした18世紀の奇妙な男を、ある歴史学者が調べていくというミステリー仕立ての話だ。

 私が最初にこの手の妄想にふけったのは、高1のときに兄にヘーゲルの解説をしてもらったときだ。世界が自分の脳内産物かもしれないって思うのは、まだ世界が未知でおとなしくて、世界から攻撃を受けていない若者にとっては魅力的なのだろう。

 私が死ねば全てがなくなる。私は何も失わない、と思えるのは、ちょっとした禁断の安心感を与えてくれた。何が禁断かというと、やはり、世界と他者を自分の道連れにすることの後ろめたさがあったのだと思う。
 
 今となっては、私がこの世の創造主だとしたら、あれもこれも失敗だらけ、創造の責任は誰かに押しつけたほうが楽だ。

 シュミット のこの本のユニークなところは、裏側から見た神学、裏側から見た無神論っていうか、神の視点がよくわかるところで、一神教の素養のない文化にいた私のような高校生には、理由のない全能感にくらくらしても、創造主の孤独というものについては思いが至らなかった。

 創造主である神と世界との関係は、不思議で悲痛だ。それは、全ての人の、自分と自分以外の世界との関係と似ている。
 近頃、自己愛が強すぎて、万能感があり、世間とうまく折り合えない人間の挫折や逃避による欝症状とか引きこもりなどが話題になっている。俺様キングダム、俺様教という言葉もある。

 全てを創造し、全てを超えている。ふと見たら、その全てが固有の「自由」を行使して好き勝手をやっている。造物主や俺様は、なすすべがない。修復するには、なぜだか、絶えず創造主である自分を犠牲に捧げなくてはならない。汚れ、醜くなり、痛み、叫びたくなる。

 結局、世界から疎外された俺様や神の居場所は、逆説的に「今ここ」にしかない。超越することは時空の関係性を失うことだから。そしてそのたった一つの実在である俺様や神の「今-ここ-自分」は、死によって断たれるのだ。

 この恐怖から逃れるためには、やはり、自分ではない他者としての造物主が必要なのかもしれない。自分自身が「超越」だと、絶対孤独だ。神が「だめもと」で世界を創造してしまうのも無理はない。人間の方も、たとえ自由を制限されても、いろんなコミュニティと自我を混同させて自己愛とか家族愛とか愛国とか言って、世界や死との対決をごまかしているんだろう。」


 以上のような感想だけが、私が過去にこのテーマについて考えたことのほとんどすべてだった。シュミットのこの本には、ソリプシストという言葉は使われておらず、エゴイスト、またはAutomonophileという味のある呼ばれ方だった。

 今の私がのめりこみそうになっているそのチェコの哲学者についても、Egosolisteと形容している批評があった。
 日本語で、独我論、唯我論、と言った時には、なんだか「梵我一如」の感じで、「我=創造主=神」とは必ずしも行き着かないので、やはりこの場合は「キリスト教無神論」と親和性があるのだ。

 エリカは、彼のほとんど唯一の本格的研究者で発見者(この哲学者の本はチェコで禁止されていたので、冷戦後に彼女がチェコで全集を出版した)で翻訳者(フランス語で読める。エリカはアメリカ人だが、彼の本は絶対に英語のような雑な言葉には訳せないと言い切る)である。彼女にとっては、ソリプシストという言葉しかない。
 私ははじめて彼女の話を聞いたときに、シュミットとヘーゲルの話をしてしまった。今から思うと、せめてデカルトとかニーチェとかショーペンハウエルとかウィトゲンシュタインとかの名を出せばよかったのだが、上記のような感想文が頭の隅にあったからだ。彼女は、ヘーゲルは的が外れているので取り合わなかったが、シュミットはさすがに読んでいて、「いや、あの本はtragique(悲惨) だから」と言った。

 エリカにとって、もっとも大切なのは、「不条理の美しさ」である。

 彼女を通した彼との出会いは、私にとって、斎藤磯雄を通したリラダンとの出会いみたいなものだ。それぞれ両者の関係には、孤高と情熱が入り混じっている。
 私が斎藤磯雄さんと話したり多少の手紙をやり取りした時は、20歳そこそこの女子学生であり、今思うと、大人が全人生をかけて一人の作家に思い入れをすることの凄みというものが、分るようで分らなかった。
 その後、いろんな分野でいろんな出会いをしたけれど、触れれば切り裂かれるばかりの、エリカのような激越な魂を近くで見たのははじめてだ。

 しかも、情熱、と書いたが、エリカも、暖めることを拒否する真冬の太陽である。キリコの黒い太陽、とも通じる。
 私が、この先どの程度エリカの太陽に冷たく焼かれることになるのか、まだ見当がつかない。

 しかし、エリカと彼女のソリプシスムの美学の陶酔と出会っていなければ、キリコの「転向」の意味の仮説が生まれなかったのは確かだ。

 キリコの「転向」の謎は、実際、今でも謎なのであり、それを彼の形而上学の表現(ニヒリスムがソリプシスムに至る)だと読み解く人は誰もいない。

 逆に、今の段階でキリコの回顧展を見たからこそ、私は、ソリプシストを無神論の系譜にどう位置づけるのかについて、啓示を得たような気がする。

 後は、いわゆる「狂気」との関係がある。ニヒリズムの極北には狂気もあるし、ソリプシスムもあり、ソリプシスムの極北にも当然、狂気がある。

 ある種の宗教神秘体験なども、ほとんどニヒリズムやソリプシスムの鏡像と言ってもいい様子を呈することがある。

 無我、忘我、没我、なんていうのが、独我、唯我と非常に近いのはスリリングだ。

 ニヒリズムからソリプシスムに到達した後でも、狂気からも免れ、神秘家にもならずにすむ方法の一つ。

 絵を描くこと。アートで爆発してビッグバンの一押しのシミュレーションをすること。

 キリコのバナナを見て、そう思う。
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# by mariastella | 2009-03-08 01:54 | アート

Contretemps の踊り方

 今週の火曜日、 あるTV局(フランス)が私のうちでトリオの練習風景を撮影に来た。

 インタビューで、日本人の私がフランス・バロックの擁護をすることとユニヴァーサリズムの意味についてしゃべれたので満足だった。

 ディレクターはすっかり私たちのファンになってくれた。演奏を聴くまでは、正直言って、こんなものだとは全く予想していなかったというのだ。彼はアマチュアのドラマーでもある。その彼が、私たちの「コントルダンス」を聴いて、「身体を動かしたくなった」、と言ってくれた。50分のドキュメンタリーだ。放映はまだ先だが、彼はフェスティヴァルに紹介してくれると約束してくれた。

 このコントルダンスで身体を動かしたくなった、と言われたことは、ここ2週間の新しい演奏法の成果かもしれない。以下に書くことは、バロックバレーのダンサーでないと分からないと思うが貴重なので書いておく。

 それは、2月の始めにクリスティーヌ・ベイルが、ピエール・ラモーを熟読した結果、pas de contretemps における腕の使い方の新しい解釈を理解し、確信したと言ったことによる。
 contretemps は始めに片脚でジャンプするのだが、普通はその時に両手首をくるりと回して弾みをつけるように踊られる(バロックバレーの振り付け譜には腕と手の動きは描かれていないので、正確なタイミングはわからない)。これに対して、ピルエットなどは、身体の回転する前に腕の回転があることは了解されている。
 しかし、コントルタンでも、まず、プリエと共に手首の旋回があって、ジャンプはないが、視線を運動方向に投げかける、というのがクリスティーヌの解釈である。惹起の曲ならなおさら、惹起の部分で、それが始まっている。

 これを実践すると、あら不思議、すべてが自然につながっていくのである。

 普通コントルタンの始まりは、ちょっとつっかえたような印象を与える。進みたいと思っている内部の動きに手綱をつけて抑えていて、それが手首とジャンプで同時に解放されるような感覚になる。それはそれで、バロック的で面白いと思っていた。しかし、結果としては、息をつめたような印象になる。

 それで私はクリスティーヌといっしょに新しいコントルタンの踊り方を練習した。

 その後、トリオでコントルダンスを練習した時、私はすべてのレフレインやリピートの部分に、もっと間隔を置かなくてはいけないと主張した。
 一般に、指揮者がいない場合、ソリストや合奏者は、「休符」や「息継ぎ」が怖い。充分に息継ぎしたつもりでも、後で演奏を聴くと充分ではない。
 日本のバロック・フルートの演奏者からは、前にもっとひどい話も聞いたことがある。当然息継ぎというか、休止を入れるべきところでも、あまりそれをすると、「息が続かないから」だと思われるので、息の持続パフォーマンスの披露のために、連続して吹くことすらあるそうなのだ。

 加えて、一般に、演奏者は、ある曲を練習する段階では、テンポを維持することに努力し、楽節と楽節の間やリピートの際に穴が開かないように、遅れないようにと練習するので、後から、その「間」を加減するのが難しくなるのだ。練習すればするほど、テクニックが確かになればなるほど、テンポが速くなって、「間」が減っていくことはよくある。この点、いわゆる「邦楽系」はさすがに「間」の大切さに市民権がある。

 もちろん洋楽でも、速いテンポで間断なく自在に弾けるようになった後でもう一度、曲想を考えて、「休止」というものをいかに弾くかということが問題となるのだが、往々にしてテクニック至上主義になって、「沈黙」の長さを測りきれない。

 しかし舞踊曲では、楽節の終わりには、身体が床に落ちるし、向きを変えたり息継ぎが必要である。
 休止が体重を支えるのである。
 だから、ダンサーを前にして演奏するのはとても大事だ。
 身体が、身体と重力とのせめぎあいが、踊りと音楽を生んでいるのだということが実感できる。

 だから私は演奏する時も、口をすっぱくして、「間」を取ることを強調する。
 しかし、それは時として、走る気満々の競走馬をゲートが開くまで必死に抑えているような感じになって、変な緊張を生む。

 で、ふと思いついて、コントルタンの新しい解釈を彼らの前で踊ってみた。

 一見して、彼らは理解した。

 私たちは、ダンサーになったつもりで、音の出発に一瞬先じて互いに視線を投げることにしてみた。

 自然な間合いができ、しかも、どんぴしゃりと同時だった。

 ミレイユは、これまでに時々感じていたバロックバレーにおける「ぎこちなさ」のイメージがこれで解消した、と言った。

 沈黙は真空ではないのである。休止は音の墓場でもなく、聴覚情報のインプットを断たれた脳の不安やパニックでもない。生の継続であり、エネルギー補給であり、方向性の決定なのである。

 ある時、ピアノのマスタークラスで、生徒たちがどんなに言われても、充分休止できないシーンがあった。

 先生がいくら弾いて見せてもだめである。

 ついに、指を離してゆっくり数を数えろとまで言われていた。

 そうするとようやく多少は休止に似てくるのだが、まるで拷問である。

 それほどに、時として、曲の途中で断音することは、演奏者にとってつらいのである。
 そこには、テクニック不足と思われるのが怖い、
 一瞬記憶が途切れたと思われるのが怖い、
 などの思いが潜在的に渦巻いているのだろう。

 もちろん、優れたソリストは、沈黙を自在に操る。一瞬の沈黙の中で、感興が一気に発酵したり、期待が耐え難いほどに膨れたり、その沈黙の中で、演奏者は「祭司」になるのである。

 しかし、踊りは、「視られるもの」であるから、ダンサーは身体を消すわけにはいかない。
 音の沈黙の豊穣によっていかに身体を満たしているか、重力との関係を養っているかを、見せなくてはならない。

 非常に興味深い課題である。

 そんなわけで、私たちはコントルダンスのリピートの間合いを、息継ぎのイメージやテンポのキャッチを捨てて、視線の投げあいと、手首の回転のイメージに振り替えた。

 非常に気分がいい。

 それが、TVのディレクターに伝わったような気がする。

 ドラマーにから「身体を動かしたくなった」と言われたのは、ともかく、大成功だ。

 そのことをクリスティーヌに話した。

 でも、3月からはまた別の踊りを始め、それもコントルタンから始まるのに、他の人はもうみな「新解釈」にかまっていなかった。「振り付けを記憶すること」が優先になるからだ。なんだか残念だ。
 
 
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# by mariastella | 2009-03-06 21:02 | 踊り

トスカニーニ

 トスカニーニ87歳の、自宅でのインタビューをまとめたドキュメンタリーを先日見た。

 バロック・バレーのクリスティーヌが、彼の指揮で、両手を内側に閉じるように回すのと、外側に開くように回す時の差が音楽的に何に対応しているのだろうと言い出したからだ。これはひょっとしてかなり興味ある分析になるかもしれない。

 トスカニーニと言えば、私の若い頃、中学高校生の「クラシック・ファン」にとって、神話的存在だった。
 
 いまから思えばまだ「戦後色」の色濃かった日本で、洋画やら洋楽の世界のスターは、「世界一の何とか・・」という形容詞がついて、憧れを誘った。「世界一の美男」はアラン・ドロンで「世界一の美女」はエリザベス・テーラーだとか。で、「世界一の指揮者」がトスカニーニだった。よく流行っていたのは、すでに世にいない御三家のトスカニーニ、ブルーノ・ワルター、フルトベングラーの3者によるベートーベンの交響曲を聴き比べるといったようなことだ。まだ現役だったカラヤンとか、べームとか、ムラヴィンスキーなんかは、幸い全部ナマで聴けたが、トスカニーニらはもちろんみんなレコードである。

 トスカニーニほどにオーケストラを美しい声で歌わせた指揮者はいない、とドキュメンタリーでも言っていたが、質のよいとはいえない録音がTVから流れてくるのを聞く限り、数日前の私には何の感興も起こらなかった。そして、今や、脳内記憶になってしまったカラヤンだのべームだのの「あの日、あの時のナマ演奏」も、トスカニーニのレコードの記憶と同じくらい、実質のないものとなっている。はっきり覚えているのは、ジャケットの写真とか、彼のデビューの伝説的エピソードとか、驚異の記憶力だとかの記事だ。 
 30センチLPレコードは高価なものだったし、ステレオ装置も、コンサートも高価だった。そういう物質的オーラの方が生々しく覚えている。私にとって、音楽体験におけるナマと録音の違いなど、妙な優越コンプレックスの付帯価値をそぎ落とすと、どちらも等しく幻のようなものに過ぎない。(これだけでも衝撃だが、まあ、それについてはまた別のときに書こう。)

 さて、ドキュメンタリーの中で、トスカニーニは引退を決意したコンサートでの記憶障害を、すべてが幻のように見えた、と語っていた。また、ワルターやフルトベングラーは喜びを持って指揮しているが、自分は喜びを味わったことがない、いつも苦しい、と言い切っていた。でもいたずらっ子のような生き生きした感じは、若々しく、ショーン・コネリーを華奢で繊細にしたような表情がある。

 娘が彼のことを、「おとうさまは無神論者だから」みたいなことを言ったのが私の注意を引いた。

 イタリア人で無神論者なのか? これは彼のほとんど教条的な左翼性にも関係がありそうだ。そのおかげで彼ははじめ左翼だったムソリーニを支援し、後に右になったときにはっきり決別し、ヒトラーを蛇蝎のように嫌ってバイロイトでの再演を断念した。フルトベングラーのようなコラボの汚点を残さずにすんだわけだ。

 すると、トスカニーニは答えた。

 「無神論者じゃないよ。めったに教会に行かないし、フレスコ画も見ないけれど、歌うのは好きだ。宗教は信じないけれど、神は信じてるよ」

 そして、ベートーベンの音楽などを、「天上の音楽」とか、「神々しい」という形容をする。
 対して、彼とも信仰のあったヴェルディは無神論者だったそうだ。
 しかし、これにもトスカニーニは、
 
 「彼のレクイエムとかを聴くと、とても無神論者とは思えないね。」

 と言っている。

 これは音楽と聖なるものの関係を、どう解釈するかという古くて新しい問題である。

 私は今、ドイツ・ロマン派の伝説的アート評論を残したWilhelm Heinrich Wackenroder と Ludwig Tieckの評論の復刻版を読んでいる。Wackenroder は、音楽と美術を弁証法的に並べて語るので、今の私のアプローチに近いのだが、すべてのアートは「感情」の再創造だというあたりがあまりにもロマン派過ぎて、私のバロック頭には抵抗がある。
 そのヴァッケンローダーは、無神論者ではないが、「アーチスト=美の司祭」という考え方の先駆者で、ロマン派美学に大きな影響を与えた。

 そこでは、音楽が救済のツールになるのは静謐を与えてくれるからだとある。
 音楽が「神々しい」時、それが「昂揚」を与えてくれるのか、「静謐」を与えてくれるのかは、両極端に見えるかもしれない。トスカニーニは苦しみ、しかし、天に上げられる、と言っている。それは安らぎや静謐には似ていない。

 安らぎや静謐は、「神のもとに永久に安住する」というイメージもあるかもしれないが、そのヴァリエーションとして、悟りのような「ataraxie」を求めるための懐疑主義という伝統もある(ピュロン主義など)。
 この状態は、極端に走ると、思考停止、であり、「死」に限りなく近かったりする。無神論的であり、そこには神がいない。

 私はモンテヴェルディの晩祷のところで天上の音楽(そこでは音と楽音の区別はもはやない)と天上を希求するこの世の音楽との違いについて少し書いたが、それにも関わってくるだろう。

 世に音楽療法というものはいろいろあるが、悩め苛立つ心や痛みや苦しみを和らげ落ち着かせ、平安をもたらせることを目指すのか、無気力で希死概念に取りつかれている人などの心を鼓舞し生の喜びをもたらせることを目指すのか、その方向は全く異なるが、しかし、そこには共通する何かもあるのかもしれない。

 それにしても、「静謐の希求」において、神を追う人と、不可知論者とが限りなく近くなってくるのは皮肉だ。

 実は、この「神との合一」にまで上り詰める神秘主義的な聖なる昂揚と、時として無神論の奈落にまで落ちていく懐疑主義の苦しみとの間には、この二つが実は似ている、ということを暗示する、もう一つの不思議な心性が存在する。

 無神論について考えているだけでも、いい加減、信仰と不信仰の境界線が消えていきそうでおかしくなりそうなのに、その「もう一つの心性」となると、変に心惹かれるだけに、深入りしたら、神経が壊れそうだ。

 これについては次回に触れよう。

 で、このトスカニーニのドキュメンタリーでは、時代の流れとして、ムソリーニやヒトラーの姿が映されたのだが、二人ともの、あまりのバカバカしさやコミックさがショックだった。歴史もののドキュメンタリーなどでは、そういうもんだと思っているので、彼らの「外貌」を特に分析する気もなかったが、音楽番組に突然挿入されると、なんだか独裁者のパロディのようである。二人とも、「偉そうな」顔でもなく、「強そうな」顔でもなく、オーラのある顔でもない。怖そうですらない。彼らの周りにはずっとかっこよくてハンサムで堂々とした人とかカリスマ性や気品のある人とかいくらでもいただろうに。
 マインドコントロールなのか、恐怖からか、これだけ多くの人たちがまるで酔ったように、この二人のほとんどおどけた外見の男を称揚しているのを見ると、悪夢のようである。

 いわゆるカルトの絶対的なリーダーでも、私などが見ただけで、どうして信頼されるのか分らない、という風貌の人がいるが、それこそナマだと別の磁力を発しているのだろうか。

 トスカニーニ自身は、表情も話し方も魅力的で、TVの古い映像を通しても充分楽しかった。音楽の録音再生よりもはるかに・・・
 

 
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# by mariastella | 2009-03-05 04:34 | 音楽

聴覚障害者の世界

 昨日TV5で、聴覚障害者のドキュメンタリーと議論の特集を見た。

 この問題は関心があったので。

 ちょっとショックだった。

 生まれつきの聴覚障害児に音声言語を最初から教えることを、マイノリティのカルチャーから言語を奪うのと同じだ、聴覚障害者のアイデンティティの否定である、と攻撃していたからだ。

 この問題で、どの国でも長年、音声言語派と手話派が議論を戦わしているのは知っていたが、手話によって、モリエール演劇賞を得た女優などが、非常にアグレッシヴ(と私にはには思えた)に音声言語を否定するのにはめんくらった。彼女はほとんど、手話が言語として音声言語よりも優越しているといわんばかりに称揚していた。

 唯一興味深いと思ったのは、パリの病院で手話で診察を始めた医者の話だ。聴覚障害者は、医療において機会差別をされているということはよく分かる。だからこのフランスに20人ほどしかいないこの医者のようなバイリンガル(音声と手話)の医者は貴重である。
 問題は、医者が患者に使う(または使わない)お決まりの婉曲表現というものが使えないということらしい。
 
 たとえば、音声言語で、「あなたは非常に重い病気ではありますが・・・」と医者が言っても、患者は、すぐにその意味をキャッチしないそうだ。言葉を聞いて、意味を考えて、それを受容するまでにいろいろなごまかしや粉飾や心の準備がある。それが、手話では、意味がきっちりと伝わってしまうので、医者も患者もなまの情動と切り離せないのだそうだ。

 今日の午後、レッスンをした私の生徒は20年来聴覚障害児の教育に携わっている人なので、この番組を見たかどうか聞いてみた。
 見始めたけれど、あまりにも、派閥主義のプロパガンダだったので、耐えられなくて10分で消したそうだ。他の同僚も同じ反応だったそうだ。

 この人は、別に、音声言語至上論者ではない。

 私と彼女は、彼女のクラスの子どもたちに、踊りとリズムで音楽教育ができないかと考えていた。

 その準備に、いろいろな試行錯誤をしているのだ。

 先日書いたような音楽障害というのもあるのだから、純粋の聴覚だけの問題ではない、非常に複合的なものなのだ。

 このテーマについてはまた別の機会にあらためてとりあげよう。
 
 
 
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# by mariastella | 2009-03-05 00:05 | 雑感

ふたたびアートと宗教

 アート批評と宗教、アート鑑賞と宗教の関係を引き続き考えている。

 もちろん、いわゆる宗教芸術の批評や鑑賞についてである。

 ジュリアン・バーンズの本に、クラシックのミサ曲のコンサートに一緒に行った友人から、「君はコンサートの間に何度、復活のイエスのことを考えたかね」と聞かれて驚いたというエピソードがある。バーンズは「一度も」と答えた。
 普通の日本人がバッハのマタイ受難曲を聞いて、どの部分でどの程度、救世主イエスのことを思い浮かべたかと聞かれるようなものだ。

 バーンズのこの友人は、牧師の息子だった。
 バーンズは、この友人に、同じ問いを返した。

 「君はコンサートの間に何度、復活のイエスのことを考えたかね」

 「たえまなく」

 と友人は答えた。

 バーンズは驚いて、それまでの長い付き合いで一度も考え付かなかったような質問を友人にする。
 
 「君は、いったい、どの程度、信者なんだね」 と。

 友人の答え。

 「信じてないよ、いや、全く、信じていない。」

  この後、バーンズは、キリスト教美術の鑑賞とキリスト教教義の関係についても考える。
 彼は教会美術が好きで教養も深い。しかし「信者」ではない。

  大聖堂で、すばらしい聖母子像や磔刑図や昇天図に心を奪われる時、では、実際に、この画が描かれた中世にこれを仰ぎ見た人々の心はどうだったんだろう。この画の世界が「真実」だと信じていた人々の心は?
 また、この先何世紀か経って、キリスト教がこの世から姿を消してしまって、画の意味を全く知らない人がこれらを見たときは?

 彼は、発掘された古代の神像を見たときの自分の感動を想起する。
 その宗教については、もう何も分かっていない。
 女神像が埋葬の副葬品で、人の目に触れさせるために作られたのでないことは分っている。

 博物館では垂直に立てられているが、発掘された時は横に並べられていた。
 その乳白色の色がフェルメールを思わせ、神秘的であるが、おそらく元は極彩色であったことも分っている。

 そういえば奈良の東大寺の大仏殿の建立当時の様子を、ヴァーチャルにデジタル復元した人の本を最近読んだ。大仏が全身金箔なのはもちろん、柱も天井も壁も、極彩色で装飾的である。

 フランスのカテドラルの外壁や彫像ももとは極彩色で、ステンドグラスによって推定されるので、近頃は、夜になるとカラーレーザー光線などでライティングをして元の姿を再現している場所もある。非常に美しい。

 しかしこうなると、「年代物だからありがたい感」とか、「わびさび感」とか、「金ぴかでないから上品で上等」とかいう感じが一掃される。

 しかし宗教アートが、全然その内容を知らずに見ても、神秘的だとか、超越的だとかいう感動を与えることもある。多くの宗教の根源にあるものが、死の恐怖だとか、超越的なものへの畏怖だとかいう普遍的なものだからだろうか。

 その宗教の文脈を知り、しかもその信仰を共有している者は、そうでない者よりも、よりよくそのアートを理解したり、感動したりするものなのだろうか?

 宗教アートがある時代におけるある宗教の中で生まれたとしても、それを鑑賞する者の時代と宗教との中で、新たに「価値」が生まれるものなのだろうか。

 これも、音楽と美術「品」とでは違う。

 美術品は、経年変化した物質としての「本物」を、その地理的文化的文脈から切り離して、博物館の中で眺めることもできるが、音楽は、鑑賞者の同時代人による「演奏」を通して「生(なま)」で鑑賞される。

 一度として、同じ演奏はない。

 優れたミサ曲に「復活のイエスが現れ続ける」のは、作曲者の信仰か、演奏家の信仰か、鑑賞者の信仰か、三者が出会ったところに錬金術のように現れた「信仰」とは別の何かなのか。

 また、その中で「複製」の持つ意味は? 美術作品の写真集や音楽演奏の録音再現は、「鑑賞」におけるどの部分に寄与しているんだろう。アートと個人との出会いにおいて、どのような機能を果たしているんだろう。
 
 宗教芸術が、常に、聖なるものの一種の「依り代」であるならば、「生(なま)」や「本物」ですら、常に偶像でしかないのだろうか。

 

 
 
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# by mariastella | 2009-03-02 03:39 | アート

Le Dérèglement du monde d'Amin Maalouf


Amin Maalouf の 『Le Dérèglement du monde』について。

 といっても、3月3日の発売なので、まだ読んでいない。

 彼のベストセラー『Les Identités meurtrières』ですら、つい最近読んだばかりだ。

 しかし、レバノン生まれでフランスに長いマルチ・カルチャーのマアルーフのアイデンティティについての考察は、私には実感として非常に近いところがあることをすでに書いた。

 で、新作についてのラジオ・インタビューを聞いて、また非常に共感した。

 私は、『アメリカにNOと言える国』(文春新書)の中で、フランス風のユニヴァーサリズムとアメリカ風のコミュノタリスムの比較をした。

 私はフランス風ユニヴァーサリズムを擁護している。

 フランス風のユニヴァーサリズムが、建前に過ぎない理想論で現実の差別を無視する偽善的なものだとか、それに対してアメリカ風のコミュノタリスムはプラグマティックな考えに基づいて、実際に多文化社会の差別を是正していくために有効な方法なのだという議論があるのは百も承知している。

 まあ、どんな立派な理念でも、適用の仕方が問題だというのは事実で、それは立派な普遍宗教の教えでも、支配者の道具となって敵の抹殺を正当化することだってあるのと同じである。

 で、マアルーフの言うのは、2003年のアメリカのイラク派兵がもたらした最大の悪は、コミュノタリスムだということである。

 アメリカは「民主主義」をもたらすためにイラクに干渉する、と言った。
 実際、サダム・フセインの専制に苦しんでいた多くの人は、「民主主義」に期待していた。

 しかし、アメリカがもたらしたのは、「民主主義」ではなくて「コミュノタリスム」だった。
 それで、国がばらばらになり、多数派でない人々がどんどん難民になっている。
 
 イラクは、フセインの時代から、共和国であった。ということは、理念としてはすでに、民主主義国家である。  
 政教分離もあった。副首相のタレク・アジズが東方典礼カトリックだったのも有名だ。
 ただし、フセイン独裁のもとで、民主主義が機能していなかっただけである。

 そこにアメリカがやってきて、残したのは、 コミュニタリスムである。
 シーア派、スンニー派、クルド人、などから代表を選ぶという風なシステムになり、カルデア派キリスト教徒などは壊滅的打撃を受けた。

 イデオロギーの戦いが、アイデンティティの戦いにすりかわったのだ。

 イデオロギーの戦いは、論陣をはって戦える。論戦が可能である。
 アイデンティティの戦いは、それができない。

 ユニヴァーサリズムだけが、アイデンティティの戦いを回避できるのである。

 フランスでは民族的統計などというものが法律で禁止されている。
 どんなに「建前」だ「形骸化」だ「全体主義だ」と言われても、共和国の理念は生きている。

 この国に30年以上いるマアルーフも私もそう思う。

 私は、自分を「日本人」だとか「日系」だとか、「フランス国」や「フランス人」の側から言われたことはない。
 ヒエラルキーのある会社勤めなどでもないので社会的にもカテゴリー外のポジションである。

 しかし、だからといって、自分のアイデンティティを忘却するものではない。
 家族の中のポジションとか、文化や教育や宗教の風景や気候など、いろいろな影響を明らかに受けている。
 それらが、存在のあり方として、さまざまに私を規定しているのはいうまでもない。

 だから、「ポストモダンの時代に人が共同体を喪失してばらばらになってしまったから共同体主義を回復するべきだ」というような言説には素直に賛成できない。それの多くは、共同体内での差別や抑圧を温存したり、利害を共有するロビーイングの母胎をつくったり、利害を異にする共同体との対立関係をつくったりすることに結びつくからだ。

 人は最初は偶然に、後からは「選択したもの」も含めて、特定の共同体に属する存在だ。その中での力関係というのは、変えられないもの(性別や人種別や家系など)や変わるもの(若さや心身能力など)によって決まる。そして、自分の共同体が自分にとって抑圧的に働いた時にSOSを発することのできるような普遍主義が「高位の理念」として掲げられている社会は、やはり歓迎すべきものだし、守っていきたいと思う。

 アイデンティティの戦いを終結させることができるのは、真のユニヴァーサリズムの理念なのだ。

 そういう意味では、先日書いた、兄弟愛という訳の「fraternité」が、「solidarité=連帯」に進化したのは、シンボリックな意味があると思う。

 fraternité が、「一神教の万物の創造主の前での平等=みな兄弟」ではなくて、特定の共同体内での「兄弟愛」にすりかわる恐れがあるからだ。

 フリーメイスンのメンバーは互いを兄弟と呼ぶ。フランスにおいてはフランス革命の理念を最初に掲げた人々でもある。

 入会したい人は、兄弟の推薦が必要であり、長い審査機関を経て、入会儀式では、
 「あなたはメイスンか?」と聞かれ、「私の兄弟たちが私のことをそう見なします」と答える。

 つまり、fraternité は他のメンバーによる「承認」を前提としているのである。

 他人から一方的に承認されたり、破門されたり、破門解除されたり、生贄にされたり、村八分にされたり、そういう「共同体の力関係」が、私は好きではない。
 それよりも、たとえ現実にはさまざまな共同体アイデンティティの中で生きつつも、「どこの誰であろうと安全に生をまっとうする権利において平等な個人」として私を守ってくれて、他の人とも連帯できるような「普遍主義理念」の方に期待したい。

 その気持ちは変わらない。

 
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# by mariastella | 2009-03-02 02:43 |

『Le moment fraternité』(Gallimard) de Régis Debray

 レジス・ドゥブレという名前は、1960代半ばに中学生高校生だった人には、憧れの名前だったと思う(私だけ?)。世の中に目を向け始めた頃に、はっと気がついたら、60年安保が過去のことになっていた、という「バスに乗り遅れた世代」と揶揄されたので、それでも、来るべき60年代末の若者の闘争の雰囲気にわくわくしながら、でもまだ「生徒」の身分でしかない、という中途半端な気分。そこにレジス・ドゥブレがやってきた。

 中学の終わりごろ、サルトルやポール・ニザンはとてもすてきに思えたし、キューバ革命とかゲバラとその死も、今から思えば、自分の日常とかけ離れていたのに、とても近く感じた。英文の参考書に「20歳で左翼でないやつはおかしいし、30歳でまだ左翼でいるやつはもっとおかしい」、という言葉が載っていたのをはっきり覚えている。

 そんな時に、まだ20代で、従って、自分たちと手の届きそうな距離にいながら、そして、サルトルやニザンのようににエコール・ノルマル出身で哲学のアグレガシオンを取得し、けれども第二次大戦中の「レジスタンス」などには「乗り遅れた世代」のレジス・ドゥブレが、南米に渡ってゲバラに従って、ボリビアで逮捕されて書いた『革命の中の革命』は、同時代感があって、かっこよかった。

 今から思うと、彼は1940年生まれだから、日本の「60年安保世代」とほぼ同じなのだが、距離が遠くて現実感がない分、勝手に近く感じたのだろう。あの時代で、日本でなら、たとえ5歳年上でも「対等に付き合ってもらえない」上の世代だという疎外感があったと思う。

 まあ、そんな レジス・ドゥブレだが、私自身も30歳などとうに過ぎて、「革命の時代」なんて世界的にアナクロになった頃、彼は再び、非常に近い人として現れるようになった。

 最近、彼の書くものには、いちいち、うなづける。

 彼の、フランス的な市民精神と、「聖なるもの」の適量の配合は、私の波長にぴったり来ることが多い。

 で、最近出た『フラテルニテの時』である。

 このフラテルニテ( fraternité)という言葉は彼の言うように、本当に薄幸の言葉だ。

 フランス革命の標語として、「自由・平等・博愛」と昔は習ったが、今は「友愛」と訳されることが多い。
 もっと性格にいうと「兄弟愛」である。博愛と言うと広く浅くという感じがするが、血のつながりでなく、隣人愛に近いので、訳としては悪くなかったのだろうが。

 しかし、問題が多すぎた。

 兄弟愛という「きょうだい」は、男だけではないのだが、語源的に男兄弟を指す。これって、フェミニズム的にはちょっと避けたい言葉である。
 また、これは、一神教の神のもとでは人類みな兄弟、というキリスト教的含意がある。

 フラテルニテといえば、中世の西ヨーロッパのカトリック互助組織として席巻した各種「兄弟会=信心会」のことだった。その含意を避けるために、今は、fraternitéよりも solidarité(連帯) という言葉の方が圧倒的に好まれる。

 実際、今時 fraternitéというと、破門解除問題でカトリック界を騒がせている聖ピオ10世会(=Fraternité sacerdotale Saint-Pie-X)を連想するくらい、まあ、誤解され得る言葉でもあるのだ。

 レジス・ドゥブレは、自由や平等が、「表現の自由」とか、「機会の平等」のように限定語をつけて具体的な政策や討論の対象となって、共和国精神の実現への努力と関っているのに対して、「兄弟愛」だけが、お蔵入り状態になっていることを憂える。
 で、この言葉を、あらためて、現代の欧米的強者による「人権至上主義」の行き過ぎや押し付けにブレーキをかける言葉として復権させようとしているのだろう。

 「fraternité」 は、もう一つのキリスト教的徳であるはずの、「 humilité(=謙遜、謙譲)」と共になければならない。

 考えてみれば、同じ親を持つ「きょうだい」といっても、常に「平等」ではないし、「自由」でもない。
 生まれた時代、親の経済状態や健康状態、若さ、家族構成がそれぞれ違うし、それによって、たとえ「きょうだい愛」によって「連帯」しても、それぞれにかかる義務も違えば立場も変わるだろう。

 自由も平等も、「 humilité」をベースにした「fraternité」とセットになってこそ、真価を発揮する。

 そして、この時代、何が難しいかといって、humilité ほど難しいものはない。

 正論はいつも arrogance(尊大、傲慢)とセットになりがちだからだ。

 弱者の自由も平等も踏みにじってかつ傲慢というのは分りやすいが、自由と平等を唱えて戦う人の傲慢というのは、他人にも自分たちにも分りにくいのでもっと始末に悪いことがある。

 私が翻訳した『聖骸布の仔』(中央公論新社)という小説の中で、主人公のジミーが、最初のシンプルな人間だったのを、イエスの生まれ変わりにふさわしくと、さまざまな宗教教育の特訓をされるうちに偉い人間になり、そのことで自分の翼を切られた、と表現するシーンがある。

 そこに出てくる印象的な言葉がある。

 「J'étais humble, ils m'ont rendu modeste.」

 というのだ。

 私はこれを「僕は自然に慎ましかったのに、彼らは僕を中途半端に生ぬるい人間にしてしまった」
 と、すごく説明的に訳した。前後の日本語とバランスをとるにはこれしかなかった。
 私はこの原文のフランス語が好きだったので、原作者のコヴラルトともここのところについて話したのだが、ぴったり来る言葉がなかったのだ。humble というのは humilité につながる形容詞である。福音書的貧しさみたいなものだ。

 この辺も難しい。

 私自身は、臆病さと事なかれ主義から来るどっちかというと modeste なタイプだが、humble であるかは大いに疑問である。 

 最近、「キリスト教と金」というテーマで書くことがあり、書店に行ったら、「神と金」「聖書と金」「キリスト教と経済」というようなテーマの本があふれているのに驚いた。特にグローバル経済とキリスト教についての論考が多い。神学者兼経済学者、カトリックで経済学者などというような人がたくさん書いている。資本主義とキリスト教というと、なんだかピューリタン的勤勉主義の文献のイメージがあったので驚いた。

 要するにこういうことらしい。

 いわゆる「冷戦時代」は、カトリックは、経済のことを論議するのを控えていた。
 自由主義対共産主義という構図があったからだ。

 キリスト教はもとは、キリスト教的分かち合いの共同体という理想の伝統がある。
 その意味では共産主義や社会主義の方が親和性がある。しかし、階級闘争や武力革命や労働者という一階級による支配というような概念はないし、ましてや、冷戦下の「共産主義」というのはこれも伝統的に「無神論」の体制であった。その意味では宗教の敵である。だから、共産主義経済を擁護するわけにもいかないし、だからといって、自由主義経済を擁護するのも控えていた。共産圏出身の前教皇JP2は、自由主義陣営と組んで冷戦終結に貢献したが、自由主義経済の市場経済や消費主義を批判していた。

 で、冷戦が終わって、たがが外れたように、ネオ・リベラリズム経済が席巻して、弱肉強食が顕わになり、人々は、「(モノや金を)獲得する欲望」と「失う恐怖」との間で右往左往することになった。

 同時に、キリスト教側の、経済論の規制も解禁された形になって、ネオ・リベラリズムの批判や、警告や、正当化や、行くべき道を説くいろんな言説が巷にあふれていたのである。

 キリスト教と社会学とか社会政策、福祉政策についての論考が多くあるのは知っていたが、経済論議がこんなにあるとは思わなかった。で、今は、金融危機だというので、ここ20年近くのキリスト教陣営のさまざまな経済論議の是非が顕わになりつつあるのだ。

 レジス・ドゥブレが、ネオ・リベラルの「新・自由」でなく、いよいよ、埃をかぶっていた「fraternité」を棚卸して、「 humilité」で補強して提出して見せたのは、彼の「聖なるもの」の感性と切り離しては考えられない。

 「modestie」は他者との関係で生まれる謙遜だが、「humilité」は「聖なるもの」との関係で生まれる謙遜だということなのだろう。

 



 
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# by mariastella | 2009-02-27 23:14 |

A l'origine

Un cinema Francais comme je l' aime!!

ここのところ『プチ・ニコラ』とか『メアリとマックス』とか、自分が選ばずに、何となく消化不良の映画ばかり行ってた後で口直しに Xavier Giannoli  の 『A l'origine』を観にいった。今年のカンヌに出ていたのにすごく地味に終わってしまった。 François Cluzet と Gérard Depardieuが出てる。

 フランソワ・クリュゼはヴァンサン・ランドンやなんかと同じでアンチヒーローっぽい、いかにも普通のフランス人だ。しかしこの映画はよくできている。私の好きなタイプの映画だ。

 詐欺師が失業にあえぐ地域の人々に持ち上げられて高速道路を建設してしまうという話で、住民運動の中心にでもなるのかと思ったら、地域の人を雇って希望を持たせて、本当に道路を造り、しかも実話だそうだ。
 贖罪というより、成り行きで、運命というより使命に捉えられてしまったという感じだ。
 しかし、あり得ない、あり得ないだろ、と思うので、展開が気になる。
 社会派の話で、労働者と失業者とチンピラと詐欺師が出てきて、舞台は工事現場ばかりで、それなのに、ハラハラの連続のスリラー仕立て。ハードボイルド風ですらある。
 何か日本ではあり得ない話のような気がするが。フランスでもノール地方というのでようやくリアルな感じだ。

 この道路建設が中止されたのはカブトムシのコロニーを救うための自然保護運動だったというのも、いろいろ考えさせられる。この工事の現場の機械類の圧倒的な存在感(ノール地方の機械レンタル会社のパトロンが全面的に協力してくれたそうだ)は、わくわくする。戦車よりもすごいし、破壊じゃなく、建設のために使われる。

 たくさんの人が協力して作ったものが私の周りにたくさんあって、その恩恵を日々受けている。なかにはもうこの世にいない人や引退した人もいるだろうけど、モノは残っている。巨大なインフラを見てると、いつも感動する。家にも、ビルにも。人工とか、人が手を加えるってことは、まさに「人間的」なことで、驚異的だ。
 カブトムシも巨木も自然の景観でも、感動したり、神の業、みたいな玄妙さに感心したり、あるいは雄大な気持ちになれるのだろうが、神ならぬ人間が、一人では絶対できないことをやってしまった結果のモノを前にしたときの方が、別の意味で圧倒される(私は、動物園の動物を見るだけで、牙も爪も毛皮もない人間がよく猛獣とか飼ってるなあ、とそのことばかり感動するタイプなのだ)。
 エコロジー原理主義の人が、自然を破壊したり管理したりする人間を批判したりするけれど、私は、先人の積み重ねて来てくれた「文明」に乗っかっていないとこの歳まで絶対にサヴァイヴァルできてないと思うので、感謝の心の方が強い。

 この映画を批判する評には、「嘘つきは人を孤独にして不幸にするが、連帯や協力は幸せ」というモラルが安易というのがあったが、フランソワ・クリュゼの演技がとても抑制的でかつ繊細なので、そういう単純な図式は決して透けてこない。

 日本で公開されないかなあと思って、今、日本のネットで検索したらなんと、カンヌの紹介で、

 「ある詐欺師の男は高速道路の建設現場の責任者のふりをして、金をだまし取ろうと企んでいた。しかし、この道路の通る街の女性市長と出会った詐欺師は、愛に目覚め、激しく動揺する。」

「 “フランスのダスティン・ホフマン”ことフランソワ・クリュゼと、アルノー・デプレシャン作品の常連女優、エマニュエル・ドゥヴォスを迎え、映画『情痴 アヴァンチュール』のグザヴィエ・ジャノリ監督が挑む大人の恋愛ドラマ。」

 と書いてあった。

 ええーっ!! 005.gif

 「フランス映画=大人の恋愛ドラマ」ってバイアスがかかってるのか?

 確かに市長との絡みはあるが、愛に目覚めたから動揺するんじゃなくて、仕事に目覚めたから、人を愛することも思い出したんで、逆だ。彼の考えてることは、多分本人にも何だか分らない、ただ、高速道路を造りたい、現場や機械に魅せられた、他人に認められ、感謝され愛されているうちに人格が変わった、などが渾然一体になっている。そのへんが面白いのだ。スリリングだし、映像の迫力もあるし。

 やれやれ・・・025.gif
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# by mariastella | 2009-02-24 05:55

Amusia の不思議

 これは2月17日の「音楽脳の不思議」の続きである。

 オリバー・サックスの本を読み続けていたら、ようやくチェ・ゲバラの部分に来た。その後で、これもずっと私の気になっていた「音楽嫌いの大知性」フロイトの部分もあった。ダーウィンは初耳だった。
 
 フロイトなんて、ロマン・ロランとの大洋感情についてのやり取りを読んでいると(私はこれについて『大人のためのスピリチュアル「超」入門』という本で触れたことがある)、そもそも彼は、神秘感情とか、情動の嵐とかを絶対体験しないし、想像もつかない人に属する気がする。
 音楽を聴いても、何の感興も覚えないという人たちも実際にいるので、それは、まあ、神経障害の症状の一種でもあるらしい。そんな人たちが、分析的統合的な大知性を持っていることは当然あるので、彼らの思想と、その情動障害がどのようにつながっているのかは興味のあるところである。

 ゲバラは、マンボとタンゴの区別がつかなかったし、音の高低の区別もつかなかったそうだ。
 でも、踊っていたそうだ。歌えなかったから踊っていたのかな。リズムは認識できないが、聞えてはいたのだろう。
 リズム障害を持つ私の生徒でも、メトロノームを聴きながらなら曲を弾ける人がいる。ただ、自分の内部では、基準になる音の長さをまったく記憶できないのだ。ゲバラはそれっぽい。

 音楽障害には、ざっと、次のようなものがある。このうちのいくつかが組合わさっていることもある。

 音の高低の区別がつかない。

 音色の区別がつかない。(すべてが鍋を落としたような金属音に聞えたりする。声色の区別はつくことがある)

 リズムを認識できない。

 メロディーを認識できない。(簡単な曲も区別がつかない。つまり聴覚情報の脳内構成ができない。)

 ハーモニーを認識できない。(たとえば、四重奏を聴いたら、レーザー光線が4つの別々の方向に放射されるように聴こえて、相互の関係や全体は聴き取れない)

 そして、音楽が認識されるのに、情動反応がない。(ととえばバッハのフーガの構造には感心できても、感動はない)


 おお、なんと、豊かな世界なのだ。逆説的ではあるが。

 そしてすべての障害はグラデーションだから、私たちが「あの人は音楽の才能がある」といっても、いろいろな部分のいろいろな発展が複雑に組み合わさっているのだろう。

 そしてサックス教授のいつもの話のように、これらの障害は、脳外傷や卒中などによって、一部の機能を失ってしまった人による証言によって仕組みがどんどん明らかになる。

 こうなると、音楽が普遍的なメタ言語であるというような言説は、幻想だなあ。

 脳障害によって、音楽の統合力を失う人の中には、耳から聞いても理解できないが、前に聴いて知っている音楽を脳の中で再現することはできる人がいるらしい。つまり「イマジネール」は壊れていないのだ。新しい聴覚情報の処理だけができない。
 ところが、イマジネールを失う人もいる。すると音楽の記憶というのはすべてなくなる。

 これは視覚でもそうらしく、普通の人は目を閉じても、いろいろな視覚記憶を思い浮かべることができる。
 しかし、脳神経障害で途中で視覚を失った人の中には、視覚記憶も失う人があるそうだ。

 そういう人はたとえば、「数字の3」と言っても、その形を思い出せない。指で空に形をなぞることはできて、形の運動記憶としては残っている。視覚記憶を運動記憶と入れ替えながら思い出していかなくてはならない。

 完全な音楽障害に陥ったけれども、情動だけは残るという人もいるそうだ。そういう人は、情動の記憶は持っている。ある人にアルビノー二のアダージオを題を伏せて聞かせたところ、その人は、その曲ははじめて聴くと言った。しかも、どういう曲かを認識できないにもかかわらず、「何か哀しい気を起こさせる。それは昔、私がアルビノーニのアダージオを聴いて感じた気分を思い出させる」と答えたそうだ。

 この本を読んでいると、演奏についても、音楽教育についても、鑑賞についても、批評についても、いろいろと考えさせられるのだが、では、絵画ではどうなんだろうと思う。

 普通、ある曲を聴いたりある絵を見たりしても、好き嫌いはそれぞれだから、という部分は当然出てくる。だから一億総評論家にもなれるし、主観や思い込みと言うものが科学の分野でのように馬鹿にされるわけでもない。

 でも、ある絵画を前にしても、その情報の処理の仕方は、きっと千差万別なのだろう。

 色は見分けられるが形は見分けられない人、
 個々の部分は見えるが、統合した全体が見えない人、
 決して情動に結びつかない人、

 つまり、さまざまなレベルの美術障害、の人もいるんだろうなあ、途中でそうなる人も。

 音楽障害も、実態が分るようになってきたのは最近で、それまでは単に自分は音痴だからと思って音楽の授業や付き合いでの音楽会にずっと耐えてきた、という人たちが、次々にカミングアウトしたらしい。

 読書障害、というのも確実にあり、これは、子供の学習障害の一種として認識もされてきた。文字面は読めるのだが、情報の蓄積も統合もできない。

 何らかの音楽障害を持つ人は人口の5%であるとも書いてあった。
 情動障害は、Anhedonia って、一種の幸福障害でもあるそうだ。

 これらって、治療可能なのか? 
 また、このような「障害」は、相対的なものであって、呼吸障害とか意識障害とか代謝障害と違うから、本当に「病気」といえるのか? 
 別の実存的な意味を持つものなのだろうか。それらの「障害」と偉大な知性や思想や哲学との関係は? 
 このような障害によって、自分ではどんなに想像しても「分らない」分野を持つ人の孤独とは?

 器官的な聴覚障害は、音楽障害とは言わない。重い聴覚障害のある人が「音楽」の「イマジネール」を「健常人」と共有できないというのは、双方共に想像がつく。
 しかし、聞えるのに聞えていない、見えるのに見えず、読めるのに読めない。そのような断絶には、どのようにより添えるのだろうか。それが自分自身の「自覚されていない障害」である時は?

 私は猫という異種と暮らしているので、彼らの認識体系やイマジネールが実は私達と全然違うと思いつつ、それでも、互いに妥協して満足に寄り添えあうという体験を日々している。それが僅かだが救いの光を投げかけてくれるように思うのは、気のせいだろうか。
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# by mariastella | 2009-02-22 22:17 | 音楽

アートと宗教

 「アートと宗教」というタイトルをつけたが別に大論文ではなく、昨日の続きである。

 若山さんの力作において、そのいわゆる学問的考証の幅と深さは読んでいてわくわくする。でもそれをすごく無邪気に楽しめるのは、たとえば天井画における寓意肖像画の解釈などの場所であり、つまり、解釈の根拠が歴史的な背景のみで説明されているような部分である。

 そうではなくて、解釈が神学的であったり、しかも、「当時の神学のトレンド」というものではなく、無時間的、非時間的な恩寵とか神の摂理とか信仰とかに裏付けられている部分は、つい、完結した「信仰告白」として読めてしまうので、その後で口を挟める雰囲気を拒む。

 私はこのシスティナの天井画の『ノアの泥酔』のエピソードについて、その選択も、構図も、年とった父親と3人の息子の裸とその美醜と禁忌の扱いも、前からすごく気になって仕方がなかった。
 若山さんに貴重な御著書をいただく前にすでに、メールで質問をした。
 
 私の関心の持ち方が浅薄であることは指摘されても仕方がない(そうはっきり言われたわけではないが)。

 天井画全体の構成とバランスとの中でしか論じられないものであり、その場面だけとってマニアックなディディールに卑しい想像をめぐらせるのは、美術鑑賞としても、学術的姿勢としても、もちろん宗教的アプローチとしても間違っているので、ただの野次馬的好奇心であるのは自覚している。

 で、ミケランジェロにおける、人間の、もっと言うと男の肉体へのフェティッシュな感じというのは、もちろんルネサンスという時代と切り離せないわけだが、この天井画はやはりその表現の場だったという気がする。

 もちろん当時のイタリアには、宗教としては、ほぼローマン・カトリックしかなかったのだから、そして、アーティストに作品を注文してくれるパトロンというのもほぼ、宗教的文脈と切り離せないのだから、聖書だの神の摂理だのが無関係だということはあり得ない。でも、彼らには、宗教的宇宙観について「選択の余地」はほとんどなかった。そして、「選択の余地のないフィールド」とは、、アーティストの枠組みであり場であり、規制ではあっても、彼らにそれを「成就」するというような意識は生まれるのであろうか? 

 ミケランジェロの話の後で、自分の卑小な体験談を持ってくるのは気が引けるが、私のトリオは2003年に、日本でコンサートをした。大学や施設やサロン・コンサートもしたが、4箇所のカトリックの聖堂でも弾いた。そのうち3つはチャリティーコンサートで、2つは、神戸と東京の教区の教会である。

 その東京のコンサートが終わった後で、主催してくれた方から、「教会で異教の音楽のコンサートをするのはどうかという声が最初はあったので心配した」といわれたのには非常に驚いた。

 「異教の音楽」?

 確かに、17-18世紀のフランスのバロック・オペラは、まさに、当時の権力や宗教から口を挟まれないようにということもあって、舞台を神話世界や異国に設定するものが多かった。

 私たちの演奏するオペラ組曲も、歴史の実話に題材をとったエジプトの悲劇の女王を巡る話である。だから、精霊を召喚する場面だとか、ナイルの神殿に奉納する祭りのシーンとかが出てくる。だからエキゾチックな部分もあるが、そういうのはルネサンスを経て、すでに当時のヨーロッパのハイブリッド文化の常識の部分であり、ピューリタンの世界ででもない限り、特に異教的とかいうものではない。ファンタスティックな娯楽というだけである。
 それでも当時は確かに、復活祭前の四旬節とかのいわば「忌み」の期間には、世俗の娯楽の上演が禁止されていたんで、サロンや劇場ではもっぱらモテットやミサ曲などの宗教音楽が上演された。。
 でも、その時のそういうモテットやミサ曲や聖歌などきくと、オペラ曲と同じ構造を持っているのが分かる。
 聖書を題材にしてとてもドラマティックなバロック音楽になっていたり、オルガン曲がまるで舞踊組曲のような構成やフレージングを持っていたりする。
 作曲者も、演奏者も、聴衆も、たとえば四旬節の間だけ「敬虔な宗教音楽」を聴いて、それがあけたら「世俗の音楽」が解禁になってそっちに行った、という感じではない。
 シーズンによって、タイトルが違うだけで感性や実態は同じなのだ。
 
 当時からそんなものだったし、もちろん、私たちは今も、フランスの各種教会でコンサートをすることが少なくない。

 音響が悪くない場所が多い。
 場所と常連がすでに「ある」のだから、オーガナイズしやすい。
 安い。メンテナンスや集客の問題も少ない。向こうに負担がかからない。
 チャリティーコンサートにしたり、寄付を申し出たりすると無償で借りられることも多い。
 数が多い。
 そこの司祭さんか市長さん(教会の建物自体はたいてい市町村の所有物)と個人的な知り合いであれば(あるいは単に自分の住んでいる地区の文化担当や、教会に連絡すれば)、簡単に便宜を図ってもらえる。

 ま、フランスの教会は、演奏場所を探している室内楽系のミュージシャンにとっては、建物がしっかりした昔からある公民館みたいな感じである。

 まあ、よほど、過激で挑発的なコンサートとかなら、ひょっとして断られることもあるのかもしれないが、外国の民俗音楽であろうと、現代の映画音楽であろうと、チェックされない。
 特に私たちのように、基本的には18世紀の音楽、なんて、もうそれだけで、アンシャンレジーム下の音楽なんだから、無害であることは自明だ。

 そして、私たちは、音楽の中にある、スピリチュアルなメッセージというものには非常にひきつけられるのだが、たとえば、「神学的公正」みたいなことは、頭をちらりとよぎりもしない。メンバーの一人は無神論者だし。それも、家庭的に無神論文化で育っただけで、闘争的無神論者ではない。私たちは、日本で、関西での1週間ほどを修道院でお世話になったのだが、宗教がどうの、信仰がどうのなどということは全く問題にされなかった。

 だから、東京の教会で、「異教の音楽はいかがなものか」みたいなことを耳にして驚きでぶっとんだわけである。彼らには、「(本家の)フランスでもしょっちゅう教会で弾いてます」ということで安心してもらったわけだが、実際、私たちは、どこで弾くかということに対して、「信仰の問題」とかましてや「教義の問題」などを絡めて考えることはない。
 もちろん、グレゴリオ聖歌の本場の修道院で聖歌を聴くとか、レクイエムを聴くのはやっぱり教会だよね、とか、パイプオルガン曲はあの聖堂で、とか、歴史と伝統と音響効果とアートと精神性がぴったり一致して感動させられるシーンというものはある。比叡山の声明は国立劇場より比叡山で聴きたい。ギリシャ悲劇は野外の円形劇場で観たい。でも、それは、鑑賞者にとって別に信仰を共有してるとかの問題ではない。
 もちろん信仰によって、鑑賞のディメンションが変わってくるということはあるだろうが、それは、アート批評の言葉にはならないだろう。

 そして、演奏者の端くれとしていうならば、自分のレパートリーを弾く時に、音響効果とか、演出とか、客層(子供もいるとか、プロがきてるとか・・・)には気を使っても、教会(=神の家)で弾くから、神の声に呼応しようとか、そこの教義やら、神の恩寵やらとかを考えることなんかは、あり得ない。

 まあ、教会に頼まれて、天井画を描いたり、壁画を描いたり、彫刻を創ったりする人には、今でももちろんいろいろな神学上の制約もあるだろうし、自分の信仰との折り合いというのもあるんだろうが。

 それでも、アーティストというのは、ありとあらゆる制約をいかにしてかいくぐって、自分のクリエーションを自由に表現するか、ということに常に挑戦する者で、それが、壮大な神の摂理に一致するかとかなど、たとえルネサンスの時代でも、考えていたとは思えないのだ。
 ミケランジェロはあの広大な場所に、裸の肉体をあれこれとりまぜて心ゆくまで描くことがすごく嬉しかったと思う。たとえ、作業がどんなに苦しく、重圧があり、ストレスが大きくても。

 あ、もちろん、「神の方からアーティストに働きかけた」というのは別だ。アーティストが自分でもそれとは知らずに神の道具としてクリエーション(=啓示)に参加するという見方は、それもすでに「信仰の言葉」であるから、これは確かめようがない。

 ルネサンス後期のイタリア、ましてや18世のフランスなどは、すでに、支配体制としてのカトリック教会のあり方について、大いなる疑問が突きつけられていた時代であるから、聖職者も含めてインテリの間では、「神の摂理」というのも、教義の壁をするりと抜けて、有神論だとか理神論に近い、シンボリックな霊性に向かっていた節もある。
 まあ、人生には誰でも霊性についての感受性の波があるものだから、本気で「信心深く」なったり回心に向かう時期もあるとは思うが。

 一般的に、なんだかアーティストというのは、本質的に悪魔、といっては悪いなら、堕天使みたいな部分があるのではないだろうか。

 いや、だからこそ、信仰の枠を確かめて境界領域でせめぎあう人も出てくるのかもしれない。

 どちらにしても、システィナ礼拝堂を見ると、それを我われに残してくれた、ミケランジェロや、ユリウス2世や、ローマ教会や、神に感謝、というしかないけれど。
 やはり、普通の人の想像を超えたアート作品こそが神の恩寵の証明、存在証明、かもしれない。すぐれたアートを残してくれない神なんて、いてもいないのと同じだよ、と思わず言いたくなる。

 
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# by mariastella | 2009-02-22 21:12 | アート

では、アート批評はどうなるのか

 この前の記事のNicolas Berdiaev は、キリスト教の啓示はすでに聖書にすべてを含んでいるのか、それとも新しい啓示はあり得るのか、ということについて、こう答える。

 聖書の中の啓示は、はっきりと顕れたものと、いまだ包まれたものとがあり、それをあらわにしていくのは人間の創造的精神による自由の行使に他ならない。

 これには終わりというものはないし、人の数だけ表現の多様性もある。
 この辺はいいのだが、いいのだが、しかし、Berdiaev は、その後で、次のように言ってしまう。

 真の宗教的クリエーションとは、キリストによりキリストのうちに精神を強くされる、法(戒律)の真実と贖罪の真実を成就する人間にとってのみ可能なのである。

 このBerdiaev このは、キーエフの貴族で、革命派だったのだが、最初はその社会民主主義的意見ゆえに北に追いやられ、ロシア革命後はパリに亡命した。
 
 いわゆる宗教芸術において、アーティストの信仰が大いに関係するのは分かるし、そのクリエーションを、神の啓示の継続と見るのも、まあ、納得がいく。
 それを「鑑賞する側」も、自分の人生における、あるいは自分の生きる世界における神の業を読み解くために、「鑑賞」によって、啓示に参加するというのも分かるのだが・・・

 宗教芸術においては、王道かもしれないのだが。

 でも、その「宗教」を共有しない異文化圏、異宗教、または無宗教の人による鑑賞はどうなるんだろう。

 私は昔『ユリイカ』(1996年1月号)で、バッハの音楽について、ミスティックな感性の持つシンボリックな力というものは、宗派のコンテキストを超えて普遍的であるというようなことを書いたことがある。
 
 それは、「こっち側」からの視点であった。
 どんな人間でも、生病老死の実存的条件を背負い、超越(=あっちの世界)を思いやる潜在的な動きがあるものだから、それが、育った文化や時代によっていろいろな形をとるとはいえ、共通する聖なるものへの表現になり得るという話だ。

 でも、出発点が、「あっちの世界」であれば?
 超越によるこっちの世界への絶え間ない自己表現と、それを受けたこっちの世界のアーティストがそれを「成就」させようとしているのであれば?

 ルネサンス美術の研究家である若山映子さんの

 『システィーナ礼拝堂天井画―イメージとなった神の慈悲』(東北大学出版会)

 については、また別のところで書かせていただこうと思っているが、この大力作を読み始めて、驚いた。

 普通、芸術批評、特にアカデミックな研究書というものでは、それがいかに「宗教芸術」であろうとも、批評家の信仰告白はまずなされない。もちろん、アーチストがどのような社会的時代的環境にいたかということは研究分析の対象になるし、たとえば図像学な考証というものは、不可欠でもある。

 日本のような国で、ヨーロッパのアートを云々する時は、これが結構盲点にもなっていて、たとえば、ある作家がどの国のどの時代のどういう宗教環境で育ったかということは無視されることが多い。確かに、作家の個人史を抜きにして、顕れている作品の部分だけを観察するというやり方もあるが、それは、背景となる文化や感性がある程度自明だとかいう場合が多く、意図して語らないのと、無知や無視とは別である。思想家や哲学者や、無神論者と自称する作家においてさえ、いや、無神論者であればなおさら、どの時代の宗教観とに摩擦があったはずで、その機微を理解しなければ、すっぽり抜ける部分がある。

 で、ミケランジェロの作品などは、当時のローマ教皇の依頼で書かれたものであるから、完璧な宗教芸術であるわけで、その批評的鑑賞というのには、本来ものすごい宗教的教養を必要とするのは言うまでもない。

 といっても、それを看過するのはまあ問題外としても、普通は、研究者が研究書を出す時は、少なくとも、そこに、その宗教に対する「自分の信仰」とかスタンスを前面に出さないというのが通例ではないだろうか。

 ところが若山さんのこの本は、まさに、Berdiaev のいうような意味での、「啓示の読み解き」なのである。

 システィーナ礼拝堂天井画のような作品を鑑賞するにはそれ以外のやり方はない、と Berdiaev には言われそうだ。しかも、それが、21世紀に生きる日本人女性による信仰告白なのだから、まさに、啓示の多様性と普遍性を象徴している。

 しかし、この膨大で緻密でそれでいて、信仰のたえまないフィードバッグにはっきりと裏打ちされている研究書について、宗教者の側からの感嘆の声も、研究者の側から反響も、少なかったらしい事実は、何を示しているのだろう。

 宗教者の側では、著者の信仰の密度に圧倒されてそれを受け止められなかったのか、あるいは、単に、美術鑑賞の基本スキルの差が大きすぎたのか。
 研究者の側では、「学問的」な「研究」に、個人の信仰告白をこれほどまじえた批評を前に声を失ったのか。それは「正論」の前での畏れでもあり、焦りもあったのだろうか。

 しかもこの本における、いろいろな解釈は、非常に歴史的、実証的、美術史学的、宗教解釈的な根拠に基づいているのではあるが、底に流れるのは、神の摂理に関する著者の信仰であり、確信である。

 それは、学問的な部分と、信仰の部分というのにとても分けることはできない不可分のものである。

 それを思うと、少なくとも著者やミケランジェロと信仰を共有しない人から見ると、「対等な批評の場が開かれていない」という気持ちを起こさせるものかもしれないし、共有するものにとっても、向かい合うには重すぎるものとなるかもしれない。

 ミケランジェロの時代の宗教と文化の空気の一部が今でもそのまま社会の空気の一部となって共有されているようなローマのような町でなら、この本の登場には違和感がなく、気負いも、警戒心も引き起こさないだろう。

 でも日本のように、私が『レオナルド・ダ・ヴィンチ-伝説の虚実』(中央公論新社)で書いたように、ダヴィンチもダン・ブラウンも各種陰謀説もニューエイジもノストラダムスも宗教ものや終末論もののアニメもゲームもマンガもみんな同じのっぺりとしたヴァーチャルな場所でひとからげに語られたり消費されたりされる場所では、この本は、多分、存在感が、ありすぎる。
 
 現在生きている一人の人間の人生の重みをかけて、宗教を通した現代社会への平和のメッセージもこめて、偉大な預言者としての芸術と芸術作品の読み解きによる「成就」を目指すという試みを、まともに受け取れる人がいるのだろうか。

 それは、日本語で何かを書くときの私自身のやり方とも全く反対方向である。
 つまり、あるアートがどんなに私個人の深いところに達して存在の根を揺さぶろうとも、それを批評の言葉にするためには、そこから、「個人」性やそれに基づく情動の部分をいかに削っていくかというのが、私が普段やろうとするやり方だ。
 それがうまく行けば、たとえ特定の「信仰の言葉」や「情動の言葉」を注意深く全部切り捨てても、なお、そこに残った「気配」が多様な他者の存在の根に触れるかもしれない。

 触れないかもしれない。

 それでも、触れない故に、ニュートラルなのっぺりした批評空間の片隅に無害な顔をよそおって残ることができるかもしれない。そしたら、そこで多様な他者と触れ合って、別のルートでやってきた別の啓示の「気配」を見つけることができるかもしれない。

 Souzenelle やBerdiaev の感性のことを考えると、若山さんが東方正教の諸美術をどう解読なさるのかに、とても興味がある。
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# by mariastella | 2009-02-21 01:42 | アート



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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