L'art de croire             竹下節子ブログ

ふたりオイディプス

(ただの雑感です)

朝起きて日本のネットニュースを眺めたら、フランスの大統領選がトップに上がっていた。
たいてい英語圏のニュースからの流れだろうから、アメリカで話題になっているということだろう。アメリカはトランプ・ショックから立ち直っていないし、普通はフランスより時差的に「遅れている」場所だけれど、フランス本土の午後8時までに集計されていなくてはならないのでアメリカでの「在外投票」は1日前に行われている。
夕べのフランスのニュースでも、アメリカやカナダの大使館などでひと足早く投票する在外フランス人の姿が映されていた。在米フランス人の第1回投票では、マクロンが55%ですでに過半数だったという。

グローバルな活躍を支援するマクロン出なければ困る、というのは理解できる。
そういえば在日フランス大使がル・ペンが大統領になれば辞職する、とツィートして、そのことを在米フランス大使が「よく言った」と賛同のツィートをしていたっけ。

官僚が民主主義に反対するのはおかしい、という批判ももちろんあったけれど。

今日の結果が楽しみだ。
何があっても、それにまつわる人々の反応を観察するのが好きだから。

マクロンもル・ペンもどちらも嘘つき、信用ならない、与したくない、という人がよく口にするのは

「ペストとコレラのどちらかを選ぶなんてできない」

というセリフだ。 メランションの支持者から発せられた後、一気に広まった。
ペスト(la peste )が女性名詞でコレラ( le choléra )が男性名詞なのでぴったりはまった。日本語の「目糞鼻糞」なら侮蔑的だけれど、ペストとコレラは脅威で恐れを搔き立てる。これもポピュリズムの時代に合っているという感じ。

もう一つ笑える比喩は、ポピュリズムよりも少し「教養?」を必要とするもので、

ル・ペンとマクロンは

「父親を殺した者と母親と結婚した者」

というものだ。

ギリシャ神話のオイディプスのことで、子供に殺されるという神託を受けて、生まれた息子を棄てた王が、結局、成長した息子オイディプスに、そうとは知らず殺され、
さらに、オイディプスはやはりそうとは知らず実の母と結婚してしまう。
フロイトが唱えた「オイディプス(エディプス)コンプレックス」で有名で、息子はシンボリックに父を否定することではじめて大人になる、というような文脈でも使われる。

マリーヌ・ル・ペン女子は、FNの創立者である自分の父を追い出す形で、父に次いで15年ぶりの大統領選の決選に進出した。

マクロンは24歳年上の女性と結婚した。(実の母親はブリジット夫人より3歳上。マクロンは幼くして死んだ長女の後に生まれた第二子)

で、シンボリックな「父殺し」と
シンボリックな「母との結婚」で、

2人合わせて「オイディプス」だって。

まあこの2人にとって、

生まれた時からの父との関係、
15歳で始まった母の世代の女性との関係、

は人格形成において大きなウェイトを持つことは想像に難くないから、
「ペストとコレラ」よりはうがった揶揄かもしれない。

そういえば、今はマクロンを応援している母親も、最初の頃は、マクロンの新党?『En Marche!』(歩き出せ!)を揶揄して、マクロンは満2歳になるまで歩き出さなかったので笑える、などと雑誌の中で語っていた。

でも『EM!』と略するとエマニュエル・マクロンのイニシャルになるようにできていて、理念や目的でなく「方向と進行、流れ」を強調するマクロンが若者にアピールする力を持ったネーミングだった。
まさか実の母にこんな突っ込みをされるなんて想定外だったろうな。

さあ、今日はルイ14世のおかげで生まれたバロック・オペラ『アルシーヌ』に出かける。音楽や演劇、舞踊の分野はもともと国際的だ。
このオペラはフランス・バロックだが、指揮のジョルディ・サバルはスペイン人、コンサート・マスターはドイツ=アルゼンチン人、チェンバロはフランス人、で、出演者全部の国籍は多様だ。ル・ペン女史の言うように「外国人を雇うと税金を課する」ような世界になるとアートや学術、イノベーションの世界はやっていけない。

ジョルディ・サバルのオーケストラの名は「コンセール・デ・ナシオン」。クープランの「les nations」に由来する。「国家」は複数だ。国教のない音楽(この世と異界との区別もない!)を意識していたバロック音楽にふさわしい。


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# by mariastella | 2017-05-07 17:59 | フランス

エマニュエル・マクロンはフランスを救う?

これを書いているのはフランス時間の5/6の夜。
24時間後には新大統領が選出されている。

明日の午後はオペラ・コミックにマラン・マレのオペラ『アルシーヌ』を観に行くので、帰ってきたころには速報が出ているかもしれない。

このブログでは大統領選とカトリックの関係について少しずつ書いてきた。
まとめてみよう。

フランス司教評議会は、いくつかの重要点をに触れたが候補者の名を特定しなかった。
そのせいで、個々の司教たちがメディアから意見を聞かれることになった。

まあ、一般的なのは、「良心に従って選びなさい(トゥーロン司教)」というものだ。
ルーアンの大司教ルブランは「福音書を手にもって投票しなさい」と呼びかけたが、どのページを開けとは指示しない。

ただし、一次投票で三割以上の票がル・ペンに投じられたような司教区では、ポワティエ司教やサンブリィュー司教やポントワーズ、トロワなどの司教たちは、アンチ・ル・ペンを表明した。

マクロンに投票しろと言明した司教はいないようだ。

カトリック知識人たちにも、FNの外国人排斥が福音書に反していると明言する人がどんどん出てきた。ジャン・オルメッソンのような人気作家もそうだし、カトリック系の38団体、カリタスやマルト会や各種の人道支援のNPOもアンチFNを唱える。主要雑誌はマクロンへの投票を呼びかける。

一方で、同性婚法に反対したカトリックのグループはマクロンにも反対し、キリスト教政党の政治家クリスティーヌ・ブタンなどははっきりとル・ペンに投票すると言っている。政治人類学やキリスト教共同体主義の著書がある哲学者チボー・コランもル・ペンへの投票を呼びかけている。彼らの信念は「社会には守り続けるべきものがある」ということのようだ。

異種の排斥はキリスト教的ではない、というのとは別に、規制撤廃の自由化によって善き文化を破壊するのはよくないというキリスト教保守がいる。
フランスのカトリックは少なくとも「一枚岩」ではないのが分かる。

宗教や宗派以前のイエス・キリストのメッセージ(よそ者に宿を貸すというのも含む)に最も忠実な人たちには、「自分ちファースト」のナショナリズムは受け入れられない。
けれどもそれとは別に、文化的、階級的アイデンティティとしてのキリスト教徒がある。彼らは教義や典礼を共有することで連帯しているのだ。

今のフランスで、テクノクラートと化したEUや、経済成長などの数字のみによって存在が認められるグローバリゼーションのせいで、見捨てられ切り捨てられる人が増えているというのは誰も否定できない。

国が人々をその難儀から救おうという時に、

内向きになって国境閉鎖や外国人外国製品を排斥することで「フランス人を敵から守る」と言うのか、

外向きになってグローバルなレベルで戦う人の成功を助けて豊かさを生むことで「敵から守る」と言うのか、

その違いがル・ペンとマクロンの違いだ。

ル・ペンのやり方は実際問題として不可能である。

けれどもマクロンのように、

拝金主義が蔓延した結果拡大した経済格差の深刻さを解消するために、
貧しい人にもチャンスを与え、才能ややる気のある人に自由に能力を発揮させて稼がせる、

というのは、

何だか、軍拡競争、抑止力増大にも似ている。毒をもって毒を制す、というやつだ。

そんなことに「国家」が梃入れして煽るよりは、その競争に与しない人、はじかれた人を守って、犠牲となった人を手当てする方に回るべきではないか、ということを感じている人が少なくない。

けれども、そんな慈父型の「国家」はもう存続が難しい。

今回の大統領選でマクロン大統領が誕生するとしたら、それは、

ある目的やイデオロギーを持った党派

の時代から、

現状を見据えて進み方の「方法と方向」について合意を図るグループ

の時代に移るということなのだろう。

それはデジタル時代と、とても相性がよさそうだ。
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# by mariastella | 2017-05-07 07:05 | フランス

マクロンとキリスト教

(これは今までの一連の、大統領選をキリスト教の視点から見た記事の続きです。)

このままいくとどうやら「マクロン大統領」が誕生しそうだ。

でも先日は「マクロン嫌い」の人から、面と向かって、マクロンの悪口を言いつのられた。

その中で「マクロンは顔を見てもサイコパス」だというひどいものがあった。

でも、私も一度、マクロンってなんか神がかってるし…、って、ひいてしまったことがある。
だから、それについてあまり反論できずに、「彼は年より若く見えて損しているかも」などとしか答えられなかった。

前回の「討論」のアップの姿を見せつけられると、マクロンのことを「クラスで一番の子」という形容をするメディアがあった。
日本なら「委員長顔」かなあ。
要するに優等生顔で、冷たそう、ナルシスト、とも言われる。

例えば、若くてもトランプ大統領を相手に一歩もひかないカナダのトルドー首相の場合は、若くてハンサムでも、温かみがあって親しみやすい感じでいかにも人気者で「ファン」が多い、という感じだけれど、マクロンの周りにいるのは「信者」みたいだ。
そこを「サイコパス」などと言われるとなんだか気の毒ではある。

今回の大統領選は、かなりアメリカ化して、ミーティングもメガチャーチのショー、討論も格闘技ショーみたいになっていたから、はっきり言って、主要五候補の選挙運動はみな新興宗教のプロパガンダみたいだった。

そろそろ中身について考えなくてはいけない。

マクロンは、旧来の社会党や共和党の二政党の枠を超えて連帯、統合すると言っているから、中道のバイルーやラファラン、社会党の右寄りヴァルスだとか、共和党中道路線のブルノー・ル・メールとかを「マクロン派」として総選挙で戦えるつもりなのか、あるいは、5年後を見据えて譲らない「旧勢力」が持ちこたえるのか、それについて今どういう「根回し」があるのか分からない。

で、この前から、大統領選とフランス・カトリックについての周辺の話を書いてきたので、マクロンと「キリスト教」の関係を少しまとめてみよう。

優等生マクロンは、夫人となったブリジットだけでなく、並み居る大人の「大物」の心をとらえてきた。
若者が、「大物」と付き合う時、普通は少しでも対等に付き合おうとして背伸びするものだ。
対等でなければ、完全に心酔して遠くから崇めることになる。
だから、なかなか、その懐に飛び込んでいけない。
でも、実際は、「大物」とか、すでに世間からの認証欲求を持たない、必要としない人たちには、若者と最初から同じ目線で接する人たちがいる。
その「信頼関係」のチャンスをつかむのがマクロンは「天然」にうまいのだろう。

彼が心酔して病床にまで寄り添った政治家にミシェル・ロカールがいる。
マクロンが社会党に入ったのは24歳の時で、首相だったジョスパンが第一回投票でジャン=マリー・ル・ペンに敗れた衝撃を経験している。
ミッテランの社会党政権はロカールとジョスパンという二人のプロテスタント首相を出した。
プロテスタントはフランスの人口の3%に過ぎないから、これには意味がある。
2012年からのオランドの社会党政見にはプロテスタントの閣僚はいなかった。

社会党の「大物」にはEUの立役者で、元欧州委員会委員長のジャック・ドロールがいる。
彼はミッテラン政権下で財政相も務めた。伝統的なカトリック家庭の出身で、欧州連合のカトリック・ルーツ(『キリスト教の謎』第12章参照)のエスプリに最も近いところにいる。
今回マクロンを応援して自分の立候補を取りやめたフランソワ・バイルーもカトリック・マインドの人だ。

伝統的に、社会党は、無神論反教権主義のカラーの強い共産党と違って、カトリックのキリスト教社会主義と親和性があり、

保守共和党の方は、新自由主義と親和性がある。

けれども、マクロンが政治と関わったころの社会党の大御所だったジョスパンやロカールのプロテスタンティズムは勤勉や成果主義と親和性がある。

つまり、マクロンは、社会党出身でありながら、
キリスト教社会主義の「平等」志向と、
プロテスタント的な自助努力の「自由」志向の
両方を同時に体現しようとしているわけだ。

その折り合いをどのようにつけていくのか、実際にどれだけ可能なのか、課題は山積みである。

今の世界がいやおうなくグローバル化しているのはもう後に戻せないし、新しいテクノロジーが「特異点」と呼ばれるものに近づき、人間と労働の関係を変えることも変えられない。そのことが貧富の格差を生んでいるのも事実だ。

マクロンは神学者でもあった哲学者ポール・リクールにも心酔していると言われる。
「リクールの助手をしていた」と言われることもあるが、実はリクールの著作の校正を手伝っただけだそうで、「哲学者ぶっている」ことを哲学者たちから揶揄されることもある。
なぜなら、フランスで「哲学者」というのは、マクロンのように大学で哲学の学位を取ったというだけでは、高等師範学校(ノルマル・シュップ)で哲学を専攻したエリートから仲間に入れてもらえないのだ。もっとも、そのような特殊なフランス型エリートも、グローバリゼーションの中では、だんだん意味が失われつつある。

12歳の時に自分の意志で洗礼を受けてからずっと神との関係は自分の中にあるとカトリック雑誌のインタビューで答えたマクロンは、「神と話すか」と問われて絶句したそうだ。

これからのフランスで本物の「革命児」になるにしろなれないにしろ、「神」と「金」の問題はいつもマクロンについて回ることだろう。
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# by mariastella | 2017-05-06 08:09 | フランス

フランスのフリーメイスン、マクロンはメイスンか?

お知らせ

先月日本で受けたフリーメイスンに関するインタビューがネットに配信されました。興味のある方はどうぞ。
前半
後半

フリーメイスンについては、言っておきたいことはもう『フリーメイスン--もう一つの近代史』(講談社選書メチエ)に十分書くことができました。
この本を書いた経緯については私のサイトの本の紹介にあるコメントに書いてあります。
フリーメイスンの本のところまで遡って読んでください。

インタビューを申し込まれた方からは、このテーマについて新書を書かないかというお話が最初にありました。
普通は、このようなテーマをこのような形で出した後、もっとわかりやすくリライトして新書のような形で出すものだ、というようなことを言われました。確かに、この選書だけでは、俗流フリーメイスン陰謀論などに影響を与えることなどできないと思います。

でも私のこの本は、その前の『無神論』や『陰謀論に騙されるな』などと同じ路線にあり、今も続けている「普遍主義の実践の仕方」の模索(その中にフランス・バロック音楽もすっぽり入っています。そのことはメチエの本の中にも書きました)の一部なので、今はまた別の切り口で別のものを書いているところです。
返ると、感慨深いものがあります。

さて、大統領選の決選投票が二日後に迫って、マクロンのことをフリーメイスンだと言って攻撃するSNSが現れています。

マクロンが経済相の時にグラントリアン(フランスで最も大きいメイスンのロッジ)で講演したからでしょう。

今回の第一次投票のすぐ後で、グラントリアンのグランドマスターはすぐに、決戦でマクロンに投票するように呼び掛けています。

候補者の中で唯一のグラントリアンのメンバーはメランションでした。
そのメランションは、アンチFNですが積極的なマクロン支持は表明していません。
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# by mariastella | 2017-05-05 22:08 | フランス

大統領選をめぐるフランスのカトリック

これは前の記事の続きです。

で、「ローマ法王にフランスの選挙権があったなら?」というお題に戻るが、結局リアルの教皇は、意見を求められると「自分には意見をいうほどフランスの政治状況を理解していない」ということに落ち着いているようだ。

マリーヌ・ル・ペンは自分のカトリック・ルーツを強調するが、彼女の「政策」のメインとなる移民・難民の制限や差別についてははっきりと現教皇に敵対している。この辺は、「アメリカのエスタブリッシュメントのカトリック」陣営と変わらない。

マクロンは、いわゆる「幼児洗礼」を受けていない。彼は両親がいわゆる「68年世代」だからだろう。親が生まれた頃は、第二ヴァティカン公会議前だし、「洗礼」も宗教というよりたんにファミリーの行事に近かった。68年世代は規制のシステムにノーを突き付けた世代だから、マクロンの両親もいわゆる「インテリ左翼無神論」のグループに近かったのだろう。でも、よくあることだが、そういう旗印とは別に子供はイエズス会系のカトリック私立校に入れたわけだ。フランスという国で「カトリック」や「キリスト教」の基本教養がないことは知識人としては歴史的にも文化的にもハンディキャップだから、その意味では両親の選択は理解できる。
結果、マクロンは12歳で自分の意志で洗礼を受けたという。
これも分かる。フランスのカトリックの中学(マクロンの場合10歳で入学したと思われる)では、キリスト教の時間があって、幼児洗礼を受けている子供に堅信礼や信仰告白のセレモニーを学校で主催するのが普通だからだ。もちろんフランスのカトリック校で共和国の認可を受けているところは、入学基準に信教の基準はないから、仏教家庭やムスリム家庭の子供でも入ることができるし、カトリック内のさまざまな準備クラスに出ない生徒には教養としてのキリスト教や宗教史などの別のクラスが用意されている。
でもまあ、親が単に「インテリ左翼無神論」でも実はカトリック文化のアイデンティティを持っているような家庭の子供なら、10代の初めに、カトリック校に通っていたら、「洗礼」を望むという方向に行くのは自然だろう。「みんなといっしょ」という同調圧力というよりは、フランスの場合、そしてマクロンの場合、やはり文学作品との出会いなどが大きかったのだろうと思う。

でも、その後に既婚の教師との恋や、離婚した相手との結婚があり、
それをいうならル・ペン女史も2度の離婚と今の事実婚があるわけで、

大統領のポストを目指すほどの人たちなら、カトリックであっても「なんちゃってカトリック」というのがフランスのデフォルトらしい。

フランスのカトリック司教評議会は、大統領選の投票について口を出さないことに決めた。
個々の司教や、カトリック・メディアはかなり自由に発言している。

アメリカ、ハンガリー、トルコなど、「民主主義」を掲げている国のリーダーがメディアを攻撃したり統制しようとしたりする時代だから、メディアはポピュリストの動きに警戒心を抱いている。

カトリック・メディアの大手は、FNの「自国ファースト」や移民難民の排斥が分かりやすい「反キリスト教精神」ということで、アンチ・ル・ペンだけれど、マクロンの「新自由主義」路線も、ヨハネ=パウロ二世の頃から批判されてきたものだから、「マクロンに投票する」ことの意味について自問している。その一部を紹介しよう。(続く)
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# by mariastella | 2017-05-05 04:56 | フランス

子供の喧嘩?

昨日のマクロンVSル・ペンの討論から一夜明けて、メディアが冠したタイトルや形容も笑えるものが多い。

小学校の校庭での喧嘩、

ボクシングの試合、

夫婦喧嘩、

だって。

ル・ペンが分厚い「資料」を前においてそれを参照するのに対してマクロンは「すべて頭の中に入っています」という体で現れたこと、

ル・ペンの「せせら笑う」態度が下品、エレガンスに欠ける、とみなされたこともあり、

この討論の直後のアンケートではマクロン支持が4%上がったそうだ。

フランスは、アメリカのクリントンとトランプとのやりとりの「ただの喧嘩」ぶりを冷笑していたので、予備選の時のやり取りもアメリカよりは本質的な議論をして「大人」であることに満足していたふしがある。

ル・ペンもむろんそれを意識して、トランプなどとは違う「大人でエレガントな女性」を演じていた。でも昨日の「戦略」には齟齬があった。

マクロンを元大臣で現政権のすべての失敗の責任者である、として弾劾することと

マクロンが若くて口ばかりで何もわかっちゃいない「困ったちゃん」で、私は笑うしかないわ、というスタンスと、

この2つを同時に展開したのでレトリックが自己撞着を起こしてしまった。

ううん、こういう人では、押し出しはともかくとして、やはりとてもプーチンやトランプと立ち向かえないだろうなと思う。

なんだかんだ言ってもフランス人は「対面」を気にするから、「アメリカと違って知性的な大統領選」を演出したかったのに、それが台無しになったという失望はあっただろう。

それでも、クリントン対トランプが、一応、

革新 VS 保守、
女 VS 男、
過去に政権の中枢にいた人 VS 一度も政権についたことのない人

という構図だったのに対して

マクロン対ル・ペンがどちらも既成の二大政党を排除して、

中道 VS 極右、
男 VS  女、
過去に政権の中枢にいた人 VS  一度も政権についたことのない人

と微妙にねじれていることが、イメージ戦略にどういう影響を与えているのかを考えるのはおもしろい。

もう一つ、アメリカとの大きな違いは、やはり年齢かも。
クリントンとトランプはどちらも68年世代というか戦後ベビーブーマーの世代、
2人の年齢を足したものとマクロンとル・ペンの年齢を足すと、50年以上の差になる。

ひいきの政党はすべて落選したし、
もう何だかわからないし
どうせ誰も信用できないし絶望的だから、というので

「極右のポピュリストに投票してみよう」というよりは
「未来を考える若者にかけてみよう」という人が多いといいのだけれど。
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# by mariastella | 2017-05-04 17:42 | フランス

マクロンとル・ペンの「対決」

今、マクロンとル・ペンの2h30にわたる討論番組を見終わったところ。

けっこう笑えた。

ル・ペンの「マクロンをせせら笑う」ような作戦?は裏目に出たし、
ユーロ離脱に対する論議は説得力がなかった。

マクロンはアルジェリアで「フランスは人類に対する罪を犯した」と言った失敗を指摘されたのはまずかったけれど、後は、まあ、なんとか落ち着きを取り戻したけれど。

一番愉快だったのは、ル・ペンがマクロンのことを、組合にも銀行にもアメリカにもドイツにもEUにもひれ伏すると並べ立てた時に、特にメルケル首相におべっかを使って仕えている、マクロンが大統領になるならフランスはメルケルに支配される、と言った後に、

どっちにしても、今度の選挙は女性大統領ね、私か、メルケルか、

と言ったことだった。

笑えた。

ル・ペン女史よりメルケルの方がずっといいなあ、と思ってしまったのは私だけではないと思う。

世間の「棄権派」には、

「ル・ペンに一度くらい政権を取らせて、どうにもならないことを証明して5年後に滅亡させた方がいい、このまま放置すると、5年後にはポピュリズムとナショナリズムが増大して最悪の事態になるかもしれないから」

などという人や、

「マクロンではビジュアル的にトランプやプーチンに貫録負けする」

という人もいたけれど、

今夜の討論を見たら、どちらも、なんだか、シュールだった。
この組み合わせで、こういう雰囲気の討論がなされること自体信じられないし、予測通りマクロン大統領誕生、となっても、なんだか現実味がない。
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# by mariastella | 2017-05-04 07:02 | フランス

マクロンと夫人を見ていてなんとなく考えたこと

5/3の夜、マクロンとル・ペンの討議があるのでそれを見てからまた書くことにするが、ここに書くのは大統領選とは直接関係のない与太話です。
政治情勢について知りたい方はスルーしてください。

先週、マクロンが第一次投票をトップで通過しただけなのに妻のブリジットを伴って支援者のもとに現れたことで、これまでの当選者は最終投票の後で、それもパーティの時にはじめて伴侶が並んだのに、と「はしゃぎすぎ」を批判する声があった。

フランスはアメリカのようなファーストレディのステイタスが公式に決まっているわけではないから、マクロンは自分が大統領になったらファーストレディの公的役割を明文化すると言っている。

ともかく、この「お祝い」で、マクロンの実の母親、弟、妻の一男二女がそれぞれの連れ合いと一緒に集まった珍しい写真が出回った。

マクロン自身も三人きょうだいの長男だ。マクロンの生まれる前に姉が幼くして亡くなったことがトラウマになったので、マクロンと弟妹のために母親は医師の仕事をパートタイムにしたという。父も医師だが2010年に離婚して、精神科医と暮らしているという。現役だからあまり姿を見せない。マクロンの弟と妹も医師になった。

マクロンは理系バカロレアを出たのに文科系予備クラスに入った。演劇活動で知り合ったブリジットとの恋に夢中で高等師範の入試を二度、筆記試験の段階で落ちている。
ENAも、最も正統的なコースから入ったわけではなく、今になってあれこれと明らかにされていることによると、やはり「15歳の恋」は、勉学の妨げになったということらしい。
それでも、ENAを経て財政省の役人としてキャリアをスタートし、銀行を経て、大統領側近となり、今度は大統領になろうとしているのだから、すごいキャリアだが、それを後押ししたのはおそらくブリジットさんなのだろう。
「マクロンの恋」を統御し、その才能に見合ったエリートに育てていったのはほかならぬブリジットで、彼のリップサービスではなく、この女性なしに今のマクロンはなかったのだろう。

そう思うと珍しい組み合わせだ。フランスのリセのフランス語教育や哲学教育は、とにかく古典をたくさん読ませる。

それによって、哲学的語彙と概念は一気に豊かになる。

日本語なら、少しレベルの高い思想書にはどうしても「漢語」が入ってくるから、日常のやり取りの口語とは少しずれてくるが、フランス語なら哲学の言葉も宗教の言葉も文学の言葉も、10歳の少年と30歳の大人が十分やり取りしあえる。

私は自分が15歳だったころを別として、大人になってから日本の10歳や15歳の少年とじっくり話したという体験がないので、そういうことが自然に対等にできるのかどうか分からない。日本語では年齢や性別や立場によって話し言葉のニュアンスがいろいろと変わってくるから、なかなか本当に対等な感じで話し合えない気がする。

ところが、フランスでは、自分の子供のような年(今や孫に近いような年)の15歳の少年とでも少女とでも、対等にいろいろなテーマについて真剣に話し合うことができる。

思えば、マクロンが15歳でブリジットと出会ったという頃の今から25年ほど前、ちょうど私も、パリのカトリック系のリセで15歳の少年たちを教えていた。正確には高校1年から3年のクラスで日本語を週3時間ずつ教えていた。私立の中公一貫校だが、私の給料は文化省から払われてる契約公務員待遇だ。

15歳から17歳くらいの少年たちはフレッシュで可愛かった。
もっとずっと昔、東京のリセ・フランセでも、小学校4、5年生(小学校は5年まで)、中学1.2年生、中学3.4年生、高校1.2年生の合同クラスで教えていたことがある。でもフランス人の子弟ばかりでなくインターナショナルで親の職業も滞日年数もばらばらだったし、私自身が20代だったから、「先生」を演じていた部分がある。

パリのリセでは、生徒たちは自分の息子のような年齢だ。
私は自然に「先生」だった。「マダム」から「先生」へと呼び方を変えさせていた。
そこでいろいろな生徒と知り合った。

概して女生徒の方が「大人」で距離を感じた。

授業が終わった後、他の生徒が出て行った後に残って私に話しかけてきたり、授業の前に私と直接話そうとするのは男の子たちの方が圧倒的に多かった。彼らは個人的ないろいろな悩みや将来についてなどを相談してきたり、日本とフランスの比較文明論を持ちかけてくるのだった。
もし今のようにSNSが発達している時代だったら、彼らとその後もずっと連絡を取り合っていたかもしれない。

ピアノの生徒もそうだ。

11歳とか12歳とかで個人レッスンを始める生徒たちに私は最初から対等な立場で音楽論を語る。
私の小さい時にこういう先生とめぐりあっていたかった、と思いながら、私の音楽論は長い間かけて模索し続け、実践しているものだということも伝える。テクニックだけの練習(まあそのおかげでベースができたわけだけれど)では絶対に見えてこない者があることを教える。音楽とは音符と音楽の間にあるということなど、他の楽器や踊りも見せながら説明する。
14、15歳になってくると、「練習する」ということについての哲学的会話も始まる。実存的な会話も始まる。

そういうことができるのは「フランス語」という言語に負うところがすごく大きいと思う。

私のトリオのメンバーであるHも最初に会った時は15歳の終わりだった。H は高名な教育者ルイ・ロートレックのギターの生徒で、私はロートレックの友人という立場だった。ロートレックといっしょにアンサンブルを立ち上げた。Hはそこの最年少のメンバーの一人だった。

Hは最初から普通の少年とは違っていた。 私は彼の母親よりも一つ年上だった。
ロートレックのアンサンブルでスペインに公演に出かけた。Hは18歳だった。その時に加わったのがやはりロートレックの弟子だった28歳のギタリストのMだ。往きのバスが故障して数時間立ち往生するというアクシデントがあった。その時にMが不思議な発言をした。私はそれに一目ぼれした。Hもそうだった。Mの不思議さに魅せられたのはその時居合わせた人々の中で私とH の二人だけだったと思う。私は私とHが同じ種類の人間であることを確信した。

その後、いろいろあったのだが、私はH の才能に感心していた。音楽家として私にないものすべてを彼は持っていた。
ロートレックとのさまざまなアンサンブルで弾いたけれど、それはまあ、時々小遣い稼ぎにはなる程度の、親睦グループみたいなものだった。バロック音楽の感性がないことは明らかで、フランスバロックの道案内をしてくれたのはHだった。グループの編成がいろいろと変わっていく中で、私は、HとMといることが最も知的な刺激に満ちていることが分かっていた。H が一時パリを離れた時期、家族から離反した時期なども通して、私のHへの信頼は一度も裏切られなかった。
Hがオペラ座図書館で見つけたミオンのオペラを持ってきて最初に3人で弾いたときの感激は忘れられない。私たちは私たちの音楽に出会った。それが1994年、Mは21歳でソルボンヌの音楽学科の学生だった。
私たちはそれから、20年以上、たまに他の人と共演することはあっても、ずっと新しい研究やチャレンジを続けながら、実にいろいろな場面で一緒に弾いてきた。Hは音楽のアグレガシオンを取得し、指揮者、チェンバロ奏者としても様々なアンサンブルに加わったり、組織したりしている。Mも国立の音楽院で教えながらバロックギターやテオルブでバロックアンサンブルにいる。

トリオは、音楽へのパッションは揺るいだことがないが、人間的には平坦な道ではなかった。何度もうこれでやめようと思ったかしれない。けれども、私は、若い彼らと音楽について、人生について、議論することの幸運を自覚していた。
そして、15歳だった彼は、今は40代半ばとなっている。でも私たちの関係は、最初に会った日から変わらない。いやますます、親密に、かけがえのないものになっている。私たちのかわした多くの言葉が、私たちの音楽を変え、人生のビジョンを変えた。

もちろんマクロン夫婦のような種類の関係ではないが、相手が15歳の時に知り合った少年と、何十年にわたって友人であり、時と共に、そして彼が編曲してくれる曲目が増えると共に、いろいろなコンサートのいろいろな場面の記憶と共に、言葉を通しても通さなくても以心伝心ですべて分かってしまう体験と共に、同じ音楽で同じ聖霊を分け合っていくと共に、「人間と人間の関係」が深まっていくことを私は知っている。

マクロン夫妻の本当の関係の機微は分からない。数年後に別れるなんていうこともあり得るかもしれない。
でも、大方の野次馬とは少し違って、彼らの話を見聞きすると、私は、15歳の少年と親子ほど年の離れた女性が、何十年もかけてますます理解しあい、助け合うことの真実を実感を持って想像することができる。
でも、日本で日本語だったら、と思うと…非現実的だ。

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# by mariastella | 2017-05-04 02:04 | 雑感

マリーヌ・ル・ペンとフェミニズム

これは前回の続きではありません。

5/1のニュースの中で、大統領選についてフェミニズムの団体にTVが取材したシーンがあった。

フランスで初めての「女性大統領」を目指すル・ペン女史は、なんと、今回の候補者11人の中でもっとも「フェミニズム指数」が低いそうだ。

FNは、これまでフェミニストが応援するすべての法案に反対してきた。

そういえば彼女の周りには男性ばかりが目立つ。

二度の離婚後の「連れ合い」であるFN副党首とは結婚もパクス関係もないから「身内」優先などと言われることはないし、何より本人が「女性」だから、フェミニストに糾弾されることはないと思っていたけれど…。

この指摘に対して、ル・ペン女子はさっそく反論、曰く、

「女性の解放の敵」はイスラミストである。
女性にイスラムスカーフを強要するなどのイスラム原理主義がフランスの諸悪の根源である。

という論調。

なるほど、レバノンでスカーフ着用を断固拒否したのだから、今回もその整合性はある。
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# by mariastella | 2017-05-03 18:53 | フランス

大統領選、司教たちの見解は?

これは前の記事の続きです。

フランス・カトリック教会による大統領選に関するコメントで最も興味深く聞いているのは、ラジオ・ノートルダムで土曜日に放送される「枢機卿との対話」だ。

現在フランスには9人(うち教皇選挙権があるのが5人)の枢機卿がいるが、枢機卿だけではなく司教(現役は115名)も含めて、彼らの一人が10分くらい話す。

興味深い。

みな、司教や枢機卿に任命されるくらいの人だから、経験も豊富だし、フランスの場合、もし聖職者の道を選んでいなくても社会のエリート階級にいる人たちだし、もともとの人脈もある。

しかも、「普通の政治家」と違って、「票田」のケアもないし、普通のエリートや市井の人と違って、失業の心配もなければ、老後のプラン、相続のプラン、家族のケアなどからも解放されている。けれども社会的責任は大きいし、聖職者としての生き方には「定年」がないから、一生、自覚的に自分の使命の遂行に専心できるというレアな人たちだ。

インテリとしてのコストパフォーマンスが高いし、カトリック教会には国境がないから、視座も普通のフランス人と違うし、「永遠」とつながっているのだから、今、ここで、という刹那的な発想からも逃れている。

で、第一回投票の翌日に収録された、リュック・ラヴェル司教(2009年から軍隊の特別司教区の司教だったが、ストラスブール司教に移ることが決まっている。ストラスブールはまだナポレオンとローマのコンコルダ下にあるので、この任命はフランス大統領の商人も必要だった!)による感想。

正確な表現ではないが要約すると、以下のようなもの。

>>フランスはファイナリスト2人によって分断されているのではなく、第一回投票で拮抗した4人の考え方によって分断されていると見た方がいい。

カトリック教会の政治の見方、すなわち社会にどうコミットするかの見方の特徴はそれにどういう「意味」を持たせるかということである。

問題の提起や解決法の提示だけではなく、そのすべての「意味」を考え、「意味」を与える。

その「意味」とは個人の利害や権益を超えたところにある。

「意味」を考えるのは「理性」である。

フランス人が感情や自分の立場優先でなく、それを超えて理性によって投票してくれると私は信じている。<<

ラヴェル師
は父方が海外県にルーツがある人で、パリ生まれのポリテクニシャン、つまりフランスの最高学歴を持っている。

見るからに信頼感をそそるような人だ。(続く)
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# by mariastella | 2017-05-03 02:02 | フランス

メーデーとル・ペン父娘とマクロン

これは前回の続きではありません。

5/1 のメーデー、ジャン=マリー・ル・ペンは13区のジャンヌ・ダルク像の前で娘への投票を呼び掛けてマリーヌのことを「フランスの娘 une fille de France」と呼んだ。
冠詞なしの「フランス」でこういう場合、普通は、王の娘、王女のことを指す言葉だ。

つまり王党派っぽい含意があるので、「私は大衆」と主張するマリーヌのイメージ作戦を裏切るどころか、暗にその父である自分は王であるという本音が出たのかもしれない。

2002年の反FNデモと違って、予想通り、「ファシスト(ルペン)も、反資本主義者(マクロン)も嫌だ」という組合の呼びかけもあった。

メランションが前日、マクロンに政策で譲歩するなら積極的支持に回ると持ち掛けたのにマクロンは昨日のミーティングできっぱり断った。
デュポン=エニャンの支持を得るためにいろいろ譲歩したルペンと対照的だ。

ルペンが譲歩したのはこれによって票だけではなくもー、FNのノーマル化を印象付けるためだ。

マクロンが譲歩しないのは、2012年の決選投票でバイルーやメランションの支持を得たのに当選後は社会党だけで固めたことでバイルーやメランションの離反を招いた前例を踏襲したくなかったからだ。

けれどもそのことを、

ルペンは、プラグマチックで大人、
マクロンは、視野の狭い子供、

という風に見る人や、その見方を誘導する人がいる。
マクロンはわがままでナルシストの子供だと。

いや、でも、同じ日に、マクロンと同様の立ち位置にあるイタリアの42歳のマテオ・レンツィが復帰を表明した。
レンツィは34歳でフィレンツェ市長となり、39歳で首相としていろいろな改革をした。
フランスでも、ナポレオンを引き合いに出さなくとも、ローラン・ファビウスは34歳で政権入り、37歳で首相になっている。その時には「子供」だと批判されることはなかった。ファビウスはマクロン以上の正統エリートだったが、それを攻撃されることはなかった。

今のフランスの病理、閉塞、ポピュリズム、SNSと映像の力、の中での選挙戦だからこそ、「理念」や「原則」を見失ってはいけない。
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# by mariastella | 2017-05-02 18:40 | フランス

フランス大統領選とカトリック

これは前回の続きです。

大統領選についてのカトリック言論界で、「宗教」(つまり典礼や教義の体系)をもってキリスト教を語らないタイプの人々の発言を少し挙げる。

「フランスは、アンシャン・レジームという子供時代を脱して今は青年時代を生きている。イエスの聖心の恵みによって「大人」の時代が来ますように。今は成熟、信用、一致、という3つめの道を創る時だ」

「キリスト教が商品の絶対支配を拒絶すること、偶像崇拝の撤廃だと言うなら、ラスベガスに行くフィヨンよりもメランションの方がキリスト者だ」

次にフランスのベネディクト修道会の重鎮がネットで発信(4/2)したものの初めのところ。

「聖ベネディクトは事態の政治状況に直接は関わらなかった。パウロ6世によってヨーロッパの守護聖人とされたベネディクトは、西ローマ帝国の滅亡の時代に修道院を創設した。十世紀初めのヨーロッパ政治危機の時代にクリュニー修道会が生まれ、二世紀後に、祈りの家という白いマントがヨーロッパを覆った。(注: 白いマントというのは歴史学者ラウル・グラベールの有名な「教会の白いマント」という表現の転用だ)
私たちの家族、学校、アソシエーションの中にまず神の国を希求しよう。そうすれば後はおのずとついてくる。
この大統領選は出来レースだ。民主主義とはいいがたい。現体制は、その体制の産物である候補者を並べて選ばせる。
最悪を避けるために投票することはできる。けれどももっとするべきことがある。ダマスの道で聖パウロの回心があったように主が当選者に恵みを与えて回心させてくれるように祈ることだ。」

「(・・・)我々聖ベネディクトの息子たちの毎日の糧と盾になるようにこの祈りを信仰と共に唱えなさい。(・・・)「勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」と言った我らの主は、十字架の上でまで我々のために祈ってくれたではないか。
(注:「これらのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためである。あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている(ヨハネによる福音書 16, 33)。」)

彼が唱えるように言ったのは詩編の21, 72 ,101番である。
もちろん検索。
うーん、

たとえば72番の1~7、

神よ、あなたによる裁きを、王に/あなたによる恵みの御業を、王の子に/お授けください。
王が正しくあなたの民の訴えを取り上げ/あなたの貧しい人々を裁きますように。
山々が民に平和をもたらし/丘が恵みをもたらしますように。
王が民を、この貧しい人々を治め/乏しい人の子らを救い/虐げる者を砕きますように。
王が太陽と共に永らえ/月のある限り、代々に永らえますように。
王が牧場に降る雨となり/地を潤す豊かな雨となりますように。
王が牧場に降る雨となり/地を潤す豊かな雨となりますように。

101はダビデ王の誓い。3から8は悪くない。
卑しいことを目の前に置かず/背く者の行いを憎み/まつわりつくことを許さず
曲がった心を退け/悪を知ることはありません。
隠れて友をそしる者を滅ぼし/傲慢な目、驕る心を持つ者を許しません。
わたしはこの地の信頼のおける人々に目を留め/わたしと共に座に着かせ/完全な道を歩く人を、わたしに仕えさせます。
わたしの家においては/人を欺く者を座に着かせず/偽って語る者をわたしの目の前に立たせません。
朝ごとに、わたしはこの地の逆らう者を滅ぼし/悪を行う者をことごとく、主の都から断ちます。

などだ。

でも、問題は、これでは、「何が善で何が悪かと決めるのは王自身」になるということではないか。

キリスト教では「善」や「真実」には「イエス・キリスト」という名があるということになっている。
その分、統治者が偉いとか党や宗派のトップにいる人が偉いということにならないのはいい。

ダビデ王だろうが、
マクロンだろうが
ルペンだろうが、
イスラエル王国だろうが、
「進め!」党だろうが、
FNだろうが、

人間の名と人間の組織を持った時点で、「神」を道具化する誘惑と偶像崇拝の落とし穴が待っている。

結局…ローマ法王に投票権があろうとなかろうと、彼の使命は祈り続けることだということになるのだろうか。(続く)
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# by mariastella | 2017-05-02 02:51 | フランス

マクロンとルペンのメーデー

これは前の記事の続きではありません。

5/3にマクロンとル・ペンのTV公開討論がある。

2002年にはシラクはル・ペン父との討論を拒否した。

今回は、すでに、第一回投票の前の候補者たちの公開討論にル・ペン女史が参加しているし、今になってマクロンが拒否ということはあり得ない。

いや、すでに前の討論でマクロンとル・ペン女史がかなり激しくやりあっているシーンがあったので、二人はやる気満々だろう。

それに比べると、アメリカナイズされて導入された同じ党内の予備選の公開討論というのは、互いに身内の欠点を指摘することになるから両刃の剣というか、その後の連帯に影を落とすし、実際、予備選で選ばれたフィヨンやアモンは、党内の敵対者を極右や極左や中道に吸収されて、今回敢え無く敗れている。

最終戦の候補者の討論というのもアメリカ発で、ニクソン対ケネディが初めだったそうだ。
フランスでは74年のジスカール=デスカンとミッテランが最初だったそうで、その時に若いジスカールがミッテランを「過去の人」と評した時にミッテランはうまく反論できず、7年後の同じ顔合わせの時に、今度はミッテランがジスカールを「過去の人」と逆襲して、初の社会党政権を勝ち取った。

昨日(4/30)の夜の公営放送で、ルペンとマクロンに別々のインタビューで同じ質問に答えさせるというのがあった。

15の質問で10分間の持ち時間。

ルペンは終始にこやか。大衆の怒りがあなたのモティヴェーションになっているかと聞かれて、「怒りではない、愛です」と、慈母路線を強調。

「ジャン=マリー・ル・ペンの娘」というレッテルから「戦う聖母路線」というのは正しい戦略だ。

マクロンは終始眉を吊りあげて戦闘的、若さとエネルギーを強調。

ルペンは、マクロンが現政権の大臣だったこと、つまり、「システム」の中枢にいたエリートであるということを忘れない。

マクロンは、ル・ペンが大衆だと自称するのはあり得ない、生まれた時から(実際は4歳)「党」があって、「城」に住んで、父親の後を継いだ、と強調。自分は地方の家に生まれ、母親に勧められた読書によって啓蒙され、私企業も公職も二度辞職して新しい使命に邁進している、という。

それを受けてか、今朝のラジオのインタビューでルペンは、マクロンのことを
「エマニュエル・オランド」、
「オランドのベビー」
「パパの後を継いでいる」と形容した。

自分が「ジャン= マリーの娘」と呼ばれることをそのまま返したわけだ。前にも書いたがマクロンはその実年齢だけでなく「見た目」も若いので、TVのギニョールではオランドとヴァルスの赤ん坊として描かれていた。それも意識しているのだろう。

過去三代の大統領を一言で形容するなら、

シラクは、「情緒的(愛情深い)」(ルペン)、「寛大」(マクロン)

サルコジは、「ブルドーザー」(ルペン)、「速い」(マクロン)

オランドは、「怠け者の王(何もしない王)」(ルペン)、「妨げられた(やりたいこと、やり始めたことをを完遂できなかった)」(マクロン)

だそうだ。

想定内の答えだが、二人とも質問内容は事前に知らせられていないようなので、一瞬沈黙があったりして、その割にはぼろを出さないのだから、「大統領の資質」は備えている。

5/3は「直接対決」だから、互いに相手がいかに「人々を欺いているか」を「証明」することにウェイトが置かれる。

それにしても、ルペンが、「エリート(プレス、起業家、組合)」をさんざん攻撃し、「私は大衆の一人、エリートではない、大衆だ」と断言した時には、

なんだか、吉本隆明が自分のことを「知識人ではない、大衆だ」と言っていたことを思い出した。

マクロンは「自分は大衆の知性に向けて語る」と言っていた。(これはむしろフランス人のメンタリティに合っている。)

さて今日は5/1で、これまでいつも連帯してデモ行進していた各種組合が分かれる。

これまでFNは組合の共通の敵だから、2002年のシラク対ルペンの決戦の前の5/1は百万人が「アンチFN」を掲げてデモをしてシラクに投票することを呼びかけた。

ところが今年は、メランション寄りの組合が「FNもマクロンもペストとコレラだ」というのでアンチFNだけでは合意できなかったのだ。

5/1はいつもFNがジャンヌ・ダルクをナショナリストのヒロインのように取り込む「祭り」でもある。

マクロンは今日、ミーティングの前に、過去の5/1にFNから「殺された」モロッコ人の追悼に出かけるという。

今日の夜には空気が変わっているのだろうか、変わっているとしたら、どう変わっているのだろう。

2002年にシラク対FNになった時のパニックに私は居合わせていなかった。
2002年の初めに実家の父が亡くなり、春休みに日本に帰っていたからだ。
決選投票の時にはフランスに戻っていたので、シラクの圧勝を見て安心していた。

今年はなんだか心配だし、その後の総選挙でどちらにしてもFNが議席を増やすと思うと怖い。
昨日、フランスの国内政治からリタイアしていたジャン=ルイ・ボルローがマクロン支持に駆けつけたことだけが、バイルーからの支援と共に、マクロンには追い風になると思うけれど。
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# by mariastella | 2017-05-01 17:59 | フランス

メランションとキリスト教

これは前回の続きです。

第1回投票の1週間前が復活祭で、その前の日曜は聖週間の始まる「枝の日曜日」だった。
フランス中のカトリック教会には、ツゲの小枝を盛った人々が集まる。教会前で配布されてもいる。
イエスのエルサレム入城を記念する日だ。

マルセイユで人々の前に現れたメランションはオリーブの小枝をボタン穴に指していた。「私は平和の候補者です」と言い、小枝を手にもって振り、地中海の木であるこの小枝を我々のシンボルにしようと持ってきたことを告げた。
預言者的なこの言葉を聞いた人々が「メランション! プレジダン(大統領)!」と唱和し始めた時、彼はそれを制して「それはやめてください! 私は自分の名がスローガンになるのは嫌だ! 皆さんは、信者なんかではない!『共通の将来』という名のプログラムを担う人々なのです」「不可能な完全性を一人の人間に託するという愚かな熱狂から覚めてください」と続けた。

この日に小枝をシンボルにするという演出は明らかに、自分が救世主のように熱烈に迎えられるということを意識したものであったはずだ(本人は偶然だったという)。第一、どこでも、すべての候補者は、救世主のごとくふるまっているし、支持者たちも、カルト宗教に洗脳された人々のように、ロックスターのコンサートに駆けつけたファンのように叫んでいる。メランションもホログラムで数ヶ所同時にミーティングをするなど、ユニークな演出を工夫していた。

でも、それを誘導しながら、なお、「信者みたいになってはていけない、使命を担った主体的な存在であれ」、
と、至極まっとうなことを言ったわけだ。

世界における南北の格差、他者への無関心、同胞愛などを語る時に福音的なレトリックを駆使するのはまるでローマ法王のスピーチのようであったりする。
フランシスコ教皇のスピーチも「民衆の神学」などと言われている。
いつも弱者の側に立ったもので、これは宗教(教義と典礼を備えたシステム)としてのカトリックの立場というよりも、イエス・キリストの唱えた生きる教えのキリスト教だ。

メランションがカトリックのレトリックをフランス社会に根付いたものとして自然に使うことができるのは、実際カトリックのことを熟知しているからである。子供の頃は教会の聖歌隊で歌っていたし、今もローマ法王の回勅が出ればすべて読んでいるという。

「信仰者、聖職者と話すのは大好きで、彼らは自分自身より大きい世界に身を置いて考えている。不幸の大海の中で幸せでいることは誰にもできない。我々は他者の身の上に対して責任がある。トレーダーと話すよりクリスチャンと話す方がたやすい。トレーダーたちは道徳的、個人的、集合的責任からなっている私の世界とは対極のところにいる。金を偶像崇拝してはならない。」と言う。

サルコジの政治顧問であったパトリック・ビュイソンは「メランションはフィヨンよりもキリスト者だ」と繰り返す。

「キリスト教は商業の世界の絶対支配を拒否し、偶像崇拝を呪う。それはマルクスが商品のフェティシズムを弾劾する時にリサイクルした考え方だ。この点ではメランションは、よりマルクス主義者であるからフィヨンよりキリスト教的だ。」と。

皮肉なことにメランションは候補者の中で最も「政教分離」派である。
2012年には、政教分離を絶対とするフリーメイスンのグラントリアンのメンバーだったことを明かしているし、2016年にも「共和国の再建」という講演をしている。

カトリック系私立学校への公的援助や、アルザス・ロレーヌや海外県における政教分離の例外の撤廃も主張している。
安楽死にも賛成だ。両親が離婚した後で教会が母親に取った仕打ちも恨んでいる。
フランシスコ教皇がEUで発言することは政教分離の原則に反すると批判するが、バーニー・サンダースをバチカンに招いたことやキューバを助けたことは評価する。イスラム原理主義は宗教に特有なものではないという教皇の考えにも同意する。「教皇は少しメランション支持者だ」と笑う。

マクロンはと言えば、難民、移民に関しては、メルケル首相を称賛し、クォータ制なしの受け入れを提唱している。
その辺はローマ法王に気に入ってもらえるだろう。(続く)
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# by mariastella | 2017-05-01 01:48 | フランス

大統領選の2候補どちらも嫌だという人が増えているわけ

リベラリズムについて。(大統領選とカトリックの記事の続きはこの後になります)

冷戦時代は、共産圏に対して「自由諸国がリベラル」というイメージが刷り込まれていた。

冷戦が終わってからは、保守と革新の「革新がリベラル」というイメージが出てきたので混同されることが多い。

『アメリカにNOと言える国」でその違いを説明したけれど、今、ソシアルとソシエタルも混同されてきたのでもういちどおさらい。

ソシアルとソシエタルについては前に一度書いたことがある

ソシアルは国家が自国内の弱者を支援したりアシストしたり、企業主が労働者の権利を保護したりする。共同体内でも格差をなくす方向が目指される。

冷戦時代に自国内の「親・社会主義」勢力を牽制するために、「自由諸国」でも、社会民主主義を採用するところがあった。フランスは特にそれが顕著だった。冷戦後にその必要がなくなったので、歯止めのない「新自由主義」が弱者を切り捨てるようになった。

だからこそ、その「弱者」の怒りを代弁するポピュリズムが目立つようになってきたのだ。

で、リベラリズムについても、本来、

保守のリベラリズムは経済、

左派のリベラリズムは文化、

の分野だという棲み分けがあった。

保守は、規制をどんどん撤廃してグローバリゼーションを進め、結果として格差を拡大させ、左派は表現の自由、アートのグローバリゼーションを応援する。

マクロンのリベラリズムはみんなを集める中道だ、と自称するだけあって、その両方を兼ねる。

ル・ペンの保護主義も、経済と文化の両方を兼ねている。

これが、従来の保守や革新のシンパが、

今回はどちらにも与することができない、棄権する、白紙投票する、

などと言っている理由のひとつである。
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# by mariastella | 2017-04-30 18:53 | フランス

大統領戦とカトリック

(これはこの前の記事の続きです。)

第一回投票の一週間前に当たった今年の復活祭には、カトリック票をねらうフィヨンやマクロンのパフォーマンスがあった。

フィヨンは保守の中で最もカトリック寄りで、
マクロンは左派の中で最もカトリック寄り、

というのが一般的な見方だった。
 
フィヨンは、妊娠中絶その他について、カトリック保守派を支持している。ミサにもちゃんと行く。

しかし、経済政策は別で、マクロンと同じくリベラルでブルジョワの味方であることは明らかだ。

マクロンは復活祭のミサの写真は撮らせなかったが、カトリックのカリタスが運営する宿泊センターで2時間半も過ごして、

「カリタスの価値観は自分と同じで、みんなの利益と寛大さだ」

と言い、

「カトリックであることは最も貧しい人の権利を守ることであって、人々から権利を奪うために戦うことでない」

と言ってフィヨン風の保守反動カトリックを批判した。

難民、移民に関しては、マクロンは、メルケル首相を称賛し、クォータ制なしの受け入れを提唱している。この辺はローマ法王に気に入ってもらえるだろう。

カトリックのリベラル派(ここでいうリベラルとは左派というわけでなく、新自由主義、金融資本主義の恩恵を受けている有産階級、起業家たちのことだ)には、各候補者の姿勢を「分析」して、フィヨンこそ真のクリスチャンで、カトリックはフィヨンに投票しなければならない、という呼びかけをネット上でしたものがある。

これに対して、カトリック左派(つまりキリスト教社会主義寄り)は、「フィヨンの経済政策はローマ法王の糾弾するものである」、といって反駁した。

アメリカのエスタブリッシュメント(ブッシュの弟など)のカトリックなどはフランシスコ教皇そのものを受け入れない姿勢さえ示しているから、今のローマ法王は、新自由主義経済の勝ち組にとってはまさに不都合な「左派」である。エコロジーにも妥協がないから極左と言ってもいいかもしれない。

前の記事でも書いたように、新自由主義経済のもたらした弱肉強食のグローバリゼーションを真っ向から叩く、という点では、メランションとル・ペンの口調は一致する。

マリーヌ・ル・ペンは、従来のFNの排外主義、国粋主義、歴史修正主義などの主張を「封印」して、グローバリゼーション、功利的な富裕層による労働者の切り捨て、について大声で弾劾している。その部分だけを切り取れば、ローマ法王にだって気に入ってもらえるだろう。

けれども、その、「金融経済システムと戦う」手段、解決法が、移民の排斥や国境の閉鎖、外国製品の関税強化、などでは、ローマ法王の逆方向だ。(移民排斥やナショナリズムももちろん論外だけれど)

でも、彼女が、失業の危機にさらされた人々の前で

「弱肉強食のシステムを変革するぞ、戦うぞ」

という意気を上げている部分だけを聞くと、その挑戦については同じことを言っていたメランションの抜けた今、人々が
「救世主はこの人、一度はやらせてみる価値があるのではないか」
と希望を託すのも無理はない。

オランド政権の経済相だったマクロンは「敵の側にいるやつだ」と叫べばいいのだから。

でも「やりすぎ」で逆効果かなと思ったのは、ルペン女史が、グローバル金融経済という巨人に対してたった一人で立ち向かう自分のことを旧約聖書(サムエル記)のダビデとゴリアテに例えたことだ。武装した巨人のゴリアテは、投石器しか持たない若いダビデに石つぶてを眉間を打たれて倒された。

うーん、意味は分かる。

でも…ル・ペン女史のキャラはダビデというより、ゴリアテっぽい。

しかも、今、マクロン対ル・ペンという構図である状況で、キャラとしては若いマクロンの方がどう見てもダビデっぽい。

新自由主義経済、グローバリゼーションという「巨人」を体現するのがマクロンだ、ということになるが、今のビジュアル先行の世の中においてはなんだか無理がありすぎる。ミスマッチで笑えてきた。

では、ル・ペンと同じ糾弾をして、実現不可能な極右政策とは逆の解決策を提示するメランションが、実は一番カトリック的なのだろうか?
(フランスは伝統的にカトリック文化圏で、自由主義経済のルーツにあると見なされるプロテスタントの票田は小さいので、カトリックやローマ法王のスピーチや動向が注目されやすい)(続く)
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# by mariastella | 2017-04-30 07:08 | フランス

大統領選の動向

第一次投票の第六番目の男、ドゴール主義者を自称するニコラ・デュポン=エニャンがマリーヌ・ル・ペンとの共闘を表明し、ル・ペンが選ばれたらデュポン=エニャンを首相にする、と共同で発表した。

デュポン=エニャンは、FNは極左でない、と、公営TVのインタビューで断言し、それにショックを受けた彼の党「立ち上がるフランス」の副党首はすぐに辞任した。

それでも、この選挙運動期間中けっこう受けていたデュポン=エニャンが政権入りということで、FNが「普通の党」認定される印象を与えることはあり得るので、少しあせった。

幸い(?)、父親のFN創設者ジャン=マリー・ル・ペンが、同性愛へのヘイトスピーチみたいなものをネットで流してくれた(?)ので、バランスがとれたかもしれない。

選挙の3日前のシャンゼリゼのテロで殉職した37歳の警官の国葬の時に、彼の同性の伴侶がスピーチをしたことを受けてのことだ。

ル・ペン女史の右腕であるフロリアン・フィリィポは同性愛者だから、それが一応、FNの盾になっていたけれど、これでフィリポ首相の可能性はなくなったのだから、ジャン=マリー・ル・ペンの言葉は痛手だ。

マクロンの勝利が見込まれるにしても、なんだか結構はらはらさせられる後一週間の選挙戦である。

5月1日は、メーデー。デモに参加する組合の主張、ジャンヌ・ダルクと聖母の月にいつも前面に出るジャン=マリー・ル・ペンの扱い、マリオン・マレシャル=ル・ペンの本音など、復活祭とは別の注目すべきシーンが繰り広げられるはずである。ちょっと楽しみ。
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# by mariastella | 2017-04-29 23:37 | フランス

ル・ペンとメランションの違い

4/26に、ポーランドへの移転で工場閉鎖が決まっている洗濯脱水機の製造工場にマリーヌ・ル・ペンとマクロンが出向き、組合員などと接触した。ル・ペン女史の方は、トランプと同じく、「私が大統領になったら工場は閉鎖されない、国有化して救う」などと勇ましいことを言っている。歓呼に応え、満面の笑みでスマホのツーショットに応じている。
マクロンは当然、こうなったグローバリズムの責任者として糾弾されてかなり苦しかったが、まあ、だからこそ、これからはすべての人と連帯して、という主張を一応は誠実に繰り返していた。

「国有化して救う」など、なんの保証もない。
同じ「救い方」でも、メランションの唱えていたやり方はもっと現実味があり周到に考えられたものだった。

ル・ペンとメランションが極左と極右同士で同じようなことを言っていると揶揄されがちだけれど、まともに聞けば、メランションの方が説得力があり、展望がある。

反対派からわざと混同されるのは、弱者、負け組、マイノリティを優先するという言い方、新自由主義経済への批判など、「問題の立て方」が共通しているからだ。
ただし、その問いに対する答え方はまさに極右と極左の差がある。メランションの回答はコミュニズムのベースに立っている。ユニヴァーサリズムとしてのコミュニズムだ。ではなぜ、「共産党」ともっと提携しないのかというと、共産党のコミュニズムは一党支配の党派的なもので全体主義につながってきた歴史があるからだ。

といっても、ベネズエラのチャベスとキューバのカストロが2004年に設立した貿易・社会開発協力機構「米州ボリバル同盟ALBA」に加盟すると言って物議をかもしたようにメランションは十分挑発的ではある。

しかし、チャベスの亡き後、今のベネズエラのコミュニズムはもう民衆を救えていない。あれほど自然資源の豊かな国なのに、原油の価格低下もあり、ポスト・チャベスは風前の灯火で暴力の連鎖が続き、死者も増えている。

ル・ペン型のナショナリズムは論外だけれど、コミュニズムが真の「救済」に結びつくのも、経済の後ろ盾がないと困難なのだ。

それでも、もはや、国際金融機関と癒着しているエリート社会党が崩壊した今は、真の左派はアンチ・リベラルのメランションでしかない。

建前の消えたポスト社会党からは、本音に近いマクロンに流れていく者が少なくなく、彼らはもう早々とマクロン支持を表明している。
けれども社会党「左派」はメランションに合流することを躊躇する。
メランションの「不屈のフランス」党が、社会党や共産党との共闘を拒否しているからだ。
6月の国民議会選挙後に「不屈のフランス」党が生き残っているかどうかは分からない。

2002年にシラクとジャン=マリー・ル・ペンの決選投票になった時、シラクはル・ペンとの公開討論も拒否し、全国民に、「FNを阻止するために私に投票してくれ」と呼びかけた。その時はメランションも、シラクに投票するようよびかけて、シラクは歴史的な高得票を得て勝利した。

今回は、すでにFN二代目の娘のマリーヌが、さすがに父親のように「死刑制度復活」などは公約に入れていないが、出生地国籍主義を捨てることや、不法滞在外国人の排除や、移民の家族呼び寄せ制度の廃止、自国民優先を憲法に書き加えることなど、基本的に同じことを言っている。

けれども、今は時代背景や状況が変わった。

貧富格差の拡大や生産地移転による失業者増加、治安の悪化などによって、トランプと同じように、とにかく既成のシステムを悪者にして、今までの政治に参加していない自分こそ救世主というタイプのポピュリストが人心を把握する時代であること、

すでに15年前にはあり得なかったような躍進を地方選挙で実現していること、

マリーヌが創設者の父親を除名してまでも、極右ではない立派な正統的な共和国主義者であると演出していること、

それに加えて、マクロンは、シラクのように「FNを阻止するために私に投票してくれ」と呼びかけるのではなく、「私のもとに集まってくれ、分裂したフランスをまたひとつに!」と言って自分の考えに「帰依」することを求めている事実がある。

だから、メランションやコアなメランション支持者たちは、「FNには投票しないが、マクロンに与するのは拒否」として棄権または白紙投票を表明しているわけである。

保守共和党の方は、リベラルで既得権益のある派はマクロンに合流するし、
右寄りの一部はル・ペンに近づく。
彼らにとっては、やがてFNからフロリアン・フィリポもマリーヌも追い出してマリオン・マレシャル=ル・ペンの体制にするのが理想だ。

では、次に、カトリックの立場から候補者たちを見てみよう。(続く)
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# by mariastella | 2017-04-29 02:19 | フランス

マクロン、メランションとガエル・ジロー

これは一応、前回の記事の続きです。

ジローとマクロンとメランションの唱える経済改革を比較した記事も読んだ。

3人はいずれも現在のフランスの経済が破綻していることは認めている。
失業者が増え、格差が増大するばかりだからだ。
共に金融のエキスパートであるジローとマクロンは金融バブルのリスクを語り、マクロンはグローバリゼーションが賃金の低下を招き、ロボット化とデジタル化が雇用を奪ったことを指摘する。自然資源の枯渇がこれまでの産業モデルの終焉を招くことも3人が指摘する。

視座の転換について最も有効に語るのがジローで、その二つの柱は、
自然をリスペクトすること、
資源と経済活動を集合的次元でとらえなおすこと、だ。

マクロンはフランスがカテゴリー別にいろいろな規制があることが社会の改革を妨げているとして、創造的活動を妨げる規制の緩和を訴える。集合的なビジョンというよりは個人のエネルギーの解放に重点が置かれている。

メランションは、自然との調和、エコロジ―優先のためにすべての生産、流通、消費のつながりを修正しなくてはならないとする。

ジローは、今まで、フランス社会は危機(1789, 1848...)を通してしか変化しなかった、と言う。
けれども、真の変革は地道な仕事によって時間をかけて熟されたものでなくてはならない。1945年にできた社会保証制度はドイツに占領されていた時代に国立研究センターが研究したプログラムによるものだった。フランス人が個々の利益を超えて、生産活動の規則を変えて富を分配するよう、為政者に求める準備ができていなくてはならない。そのプログラムは果たして十分な検討を経たものだろうか? と問うのだ。

こう見ていくと、ル・ペンは別として、メランションはかなり、カトリック的な感覚を持っていると分かる。
マクロンも中学高校と、イエズス会系の学校にいたし、妻が離婚しているから教会での結婚式は不可能だったとしても、今でも妻の孫の洗礼式に参加したりしているのだから、フランスらしいカトリック・カルチャーは十分あると言える。

でも今のマクロンの選挙運動の手法は福音派などのメガ・チャーチのやり方で煽動している。

自分がカリスマで、「マクロン! プレジダン(大統領)!」と連呼させて、「救世主」のイメージを演出している。
もちろん、大統領候補たちはみな、自分こそが「低迷するフランス、テロの脅威にさらされるフランスの救世主」だというスタンスで出ている。これは立憲君主国ではうまく通用しないイメージだろう。

では、「もしローマ法王にフランスの選挙権があったら?」誰に投票するだろうというシミュレーションをしたらどうなるだろう。(続く)
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# by mariastella | 2017-04-28 05:18 | フランス

マクロン こぼれ話 3日ヒゲ

フランシスコ教皇の立場とは大分違うマクロンに投票すると明言するカトリック信者が、おもしろい理由をネットに挙げていた。

>>マクロンは僕の人生を変えてくれた。2012年に政府に参加して以来彼は「3日ヒゲ(無精ひげ)」に市民権を与えた。そのおかげで僕や僕の周りの役人が、官庁に出勤する時、二日に一度しか髭をそらないですむようになったからだ。時間の節約になるし、髭剃りクリームの節約にもなった。永遠に感謝する。<<<

そういえば、今はつるっとした印象しかないが、確かにこういう時期もあったっけ。
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# by mariastella | 2017-04-27 22:59 | フランス

フランス大統領選の特殊性とガエル・ジロー

フランスにおける大統領選の意味の変遷について書いた記事を読んだ(La Vie No 3738)。

私の実感とぴったりだったので以下に要約して紹介する。

まず、大統領選はフランスにおける真の国家的典礼である。

この典礼によって大統領は世俗宗教の司祭となり、フランスのプロジェクトを告げる預言者となり、「絶対」幻想にある国家の王となる。

ところが、以前の7年任期が今世紀に入って5年に短縮されて以来、そして特にこの10年の2人の大統領、ヒステリックで多動的なサルコジとその反動のように「ノーマル」さを強調した凡庸なオランドの時代に「大統領」の権威は綻びを見せてきた。しかも、二大政党がアメリカにならった予備戦で、党候補の立候補者同士を戦わせて大騒ぎすることで、党候補はますますオーラを失った。

その結果、「共和国」普遍宗教に対して、不可知論者、懐疑論者が増加することになった。
(過去にカトリック教会や王政の権威から人々が離れていくのと似ている)

グローバリゼーションの中で、国の主権はダメージを受け、流動的社会、自己中心主義文化の中で「フランスのプロジェクト」は溶解した。第五共和国の神秘的なサイクルはただの政治問題になり、一部の活動家が必死で船をこいでいる周りで、選挙人はばらばらに浮かんでいる。

この状況を救おうと、有力候補たちはメガ宗教のようなマーケティングを駆使して、ミーティングに多くの熱狂的な支持者を集め、右派だろうと左派だろうと国家が大声で歌われ、国旗が振り回される。 

人々は、何をどうしたいかのかは分からないまま、何かをしたいことだけは分かっている。
保守と革新という今までの二分法ではなく、人々の期待が4人、5人という候補に分散したのは、人々が主権者は自分たちだということを思い出したからだろうか。

マクロンは新しい階級のオプティミズムを体現し、メランションは大衆の声を聞き取れるようにしてみせた。フィヨンは隠れたフランスを覚醒させようとする。

フランス人は、自分たちの声を聞いてフランスを運転する大統領を求めているので、自分たちの代わりに考える大統領を求めているのではない。共和国の「超越」は、個々の選挙公約ではなく未来のプロジェクトの投影を求めている。
フランスとは普遍の同義語だった。投票所では、個人の利害を超えた実存的な選択がなされる。

フランス人であることは何なのかを語ることができるのはいったい誰だろうか?

以上だ。

というわけだが、決選投票にはマリーヌ・ル・ペンとエマニュエル・マクロンが残った。

このままいくと、マクロン優位は間違いない。
けれどもマクロンのやり方はすでに、ネオリベラルの既成路線を走っている。
社会党の活動はすでに、金融機関に支えられていた。

マルチナショナルな金融機関が政治活動と癒着した新自由主義体制は限界に達しつつある。
このままいくと2008年を超える経済危機が起こると警告する経済学者は少なくない。

国際金融機関のトップにいたような人が「回心」したり「転向」したりして「反体制」に向かっている。

IMFを批判する側に回ったアメリカのスティグリッツ、
財界グループのトップであったのに、国際金融資本サイドと袂を分かつことになったイギリスの元金融庁長官アデア・ターナー、
そして、最近フランス語に訳されたターナーの『債務、さもなくば悪魔』の序文を書いたのがフランスのガエル・ジローだ。

最後のこの人は私好みのユニークな経歴を持つ。まだ47歳。
アンリ四世校から高等師範学校、ポリテクニック、などエリート校を次々と経て、経済学者、応用数学博士などとなり、ヨーロッパ銀行の顧問としてばりばり活躍していたのに、突然すべてを捨てて研究生活に入った。。
そして、2004年、34歳、受難のイエスとほぼ同じ年、イエズス会に入ったのだ。
(マクロンがロスチャイルド銀行を離れて大統領の秘書としてエリゼ宮に入ったのも同じ年齢だった。)

あるリセの生徒向けに『渇きへの道』という戯曲も書いている。
現代に生きるイグナチオ青年が、経済的な野心を棄てて魂の道を回復する物語だ。
これを書いた2013年にガエル・ジローは叙階された。そしてすぐに『金融の幻想』という金融界の内部告発本を発表している。
今は国立科学研究センターの経済部門やフランス開発局のトップの座にある。
今やドグマ化している新自由主義〈やみくもな規制緩和や国家の撤退、市場効率主義など)のエラーを認めて改革しない限り、危険なポピュリズムの拡大と戦争の悲劇は免れない、というジローの言葉は広くリスペクトされている。

日本でも有名になったトマ・ピケティともいろいろな意見の交換をしているが、アフリカなどの「現場」を知らないピケティに対して、理論だけでなく実際も知り尽くしているジローの分析は説得力がある。(続く)
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# by mariastella | 2017-04-27 16:11 | フランス

大統領戦 こぼれ話

フランスの大統領選、結構日本でも関心を持たれているようなので、サービスにまた、本日二度目の更新です。

候補者が二人に絞られたので、いろいろなエピソードが流れてきた。

マクロンの経歴だが、リセの時代から、将来伴侶となるフランス語教師ブリジットとだけではなく、多くの教師とばかりディスカッションしていて同年配の生徒とはつるまなかったそうだ。なんとなく分かる。すでに脳内大人だったのだろう。
そして、バカロレアはS(理科系。数学の比重が大きい。フランスは特性や志望とは別にともかく数学の点数で上からコースが決まる)で、平均 18/20 以上の「最優秀」お墨付きで通った。だからパリの名門アンリ四世校のプレパにも入れたのだけれど、最難関の高等師範学校の受験には失敗している。その後パリの政治学院に行くのだけれど、ここは、バカロレアで「最優秀」の点数があれば基本的に無試験で入れる。国立ではない。そこから国立行政学院ENAに入るのだ。

しかし共和国の最優秀の人たちには、高等師範学校(数学物理もある)やポリテク(前も書いたがエンジニアといっても要するにエリート養成学校)を経由した後でさらに政治学院やENAに行く人もいるので、マクロンは、別に挫折なしの「超エリート」ではなかったということが分かる。日本人はもちろんフランス人だって普通の人には分からないようなランキングなのだけれど。

一方のマリーヌ・ル・ペンは、パリ大学の法学部を出て弁護士なので日本的に考えたらエリートに見えるが、ヌゥーイ―・シュル・セーヌの裕福な家庭に育ってバカロレアB(今のES、すなわち経済系)を受けたというだけで、理系バカロレアを受けるほど成績が良くなかったと分かる。
しかも、ストレスでパニックに陥って、「市民には抵抗権があるか?」というテーマの哲学の試験で4/20の点数しか得られず、全体でも10/20に届かなかったので追試験を受けて何とかパスしたという。バカロレアさえあればパリ大学の法学部に登録することは簡単だ。まあその後で多くが脱落するのだが、そこは、順調に修士に到達、刑法の学位、弁護士資格と登録にまでこぎつけた。

気の毒なのは彼女はすでに父親ジャン=マリー・ル・ペンの影響をしっかり受けていたし、その平凡ではない名前(出身地であるブルターニュのモルビアンあたりの名でpeenは異教徒という意味もあるらしいから皮肉だ。漁師であったジャン=マリーの父親は海で死んでいる)から、あの強烈なキャラの父の娘だということは誰からも知られていた。もっともそれでいじめられるというようなキャラでないのはもちろんで、父親と同じくらいに戦闘的、挑発的だった。社会党のミッテランが大統領になった翌日は「フランスの喪に服する」ための黒い腕章をつけて学校にやってきたという。その年の大統領選は、公認候補に必要な500人の市町村長の署名が得られず父親は立候補できず、党員たちに決選投票は「ジャンヌ・ダルクに投票しろ」と言っていた。1984年の両親の離婚の後、末っ子のマリーヌはますます父親の活動をサポートするようになる。

私はいつも「人間」が好きなので、どの人がどういう経歴でどういう生き方をするに至ったのかにとても興味がある。
だから、今回の2人のようにキャラのたった人たちを比べるのはおもしろい。

ただ、予想されていたとはいえ、いよいよ決選投票に2人が残ると、なんだかいやな感じが戻ってきた。

それは、2007年のサルコジ対セゴレーヌ・ロワイヤルの決戦、そしてついこの前のトランプとヒラリー・クリントンの決戦のことを思い出したからだ。

はっきり言って、このレベルで「男と女」が戦うと、ジェンダーや差別や「見た目」に対する偏見が、さすがに大っぴらではないけれど、表出してくる気がするからだ。

直接選挙ではないドイツのメルケルやイギリスのテレサ・メイなどの場合とは違う。

といっても、「トランプとクリントン」と「マクロンとルペン」は全く違う。

トランプは結婚3回のビジネスマン、子供もたくさん、
クリントンは元ファーストレディ。

マクロンは10歳上のルペンよりもさらに10歳以上も年上の妻と二人三脚で、自分の子は持たず、元経済相。
ルペンは2度離婚して今は事実婚状態で子供3人。

それなのに、たとえばトランプが女性蔑視発言をしても糾弾されず、「頼もしい」とさえ見られたり、
クリントンは余裕がなく狡猾であるかのように見られがちだった。

マクロンは、トランプのような「貫禄?」はもちろんないが教祖風、ナルシスト風。
ルペンはいわゆる「女性枠」ではなく、あくまでも「二代目」リーダーで自信満々、押しが強い。

ところが、毎日この2人の画像がメディアで繰り返し流れると、なんだか、

「オバサンよりもフレッシュな若い男がいい」

というサブリミナルなメッセージを受ける。

政治的には、「ルペンよりマクロン」というのは共和国コンセンサスに近いのだからいいのだけれど、
映像的にはすごく微妙だ。

2人の立ち場とか2人のビジュアルが逆だったら意識下ではどういう展開になるのだろう、と思ってしまう。

日本の都知事選では女性候補がジャンヌ・ダルクだとか言って見事に当選したのが記憶に新しいけれど、マッチョな日本の方が意外に意識下では「強い女」を頂く願望があるのかなあ。

(次の記事ではもっと本質的ことを書きます)
(もしローマ法王にフランスの選挙権があったなら? というテーマも続きます)
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# by mariastella | 2017-04-26 19:16 | フランス

鈴木正文さんと教育勅語

docomoのサービスを拝借して、百冊以上の日本の雑誌のネット版をタブレットで読むことができる。そのおかげで、日本に住んでいても立ち読みさえしないような雑誌にアクセスできる。
その一つがGQのeditor's letterだと前にも書いたが、今発売中のものは特筆に値する。

日本で教育勅語を唱和させる幼稚園の話にはじまって、教育に取り入れてもよい、などという見解が出されるなどしたことで、いろいろな人が的確な批判をしているのをこれまで目にしてきたが、この鈴木正文さんの文が一番私の考えていることと近かった。この文で彼のおばあさまがドイツ人だということもはじめて知った。そのことが彼の今の視野の広さにつながっているのかもしれない。

素敵な文章だったので全文引用したいくらいだけれど、まず要約。

1947年生まれの鈴木さんは小学生の時に黒人のハーフの同級生Mさんがが差別的な言葉を投げつけられて泣いているのを見て慰めたかったけれどできなかったし、旧友たちに抗議する勇気もなかった。

教育勅語の「道徳的目標」は「普遍的な道徳観」を示すものでどこがいけないかという考え方が今出てきているが、「教育勅語」との文脈的な結びつきを失うのでは意味がないし、文脈とは皇国思想であった。

「・・・果たして、親をうやまったり、友達同士や夫婦、兄弟が仲良くしてお互いを信じあったりすることが道徳的なのだろうか、」

「親をうやまい、家族仲良くし、友を信じることは、そうすることが倫理的だかに正しいからそうしなければならないことなのだろうか(・・・)こうしたことのすべてが、だれかにいわれてしなければならないこととしてあるべきなのか・・・」

「もちろん、僕たちはだれかを尊敬し、だれかを好きになり、だれかを信じる存在だけれど、そこで大事なのは、尊敬し、好きになり、信じるだれかを、僕たちが自由に決めるということだ。これは同時に、親をうやまわず、家族と仲良くせず、友を信じない自由もまた僕たちにはあるということでなければならない。それが個人主義というもので、この個人主義を獲得するために人間が数千年を要したことを僕たちは知るべきである。」

「(・・・)ほんとうに道徳的であるのは、そうした自由に立脚しつつ、「友」ならざる人を「友」とし、「家族」にあらざる者を「家族」とし、おのれの「親」ではない「親」を敬うという営為なのではないだろうか。なぜなら、友でも家族でも親でもない者を友とし家族とし親とするためには、道徳の力、つまり「正しいこと」をなすという倫理の力が必要だからだ。
少年だった僕が、Mさんを前にして持ち得なかったのは、実に、この道徳の力であった、といまおもうのである。」

以上だ。

これは簡単なことではない。
なぜなら、「正しいことをなす」こと、「正しくないことをしないようにする」ことの他に、正しいこととは何なのかを希求し分別する営為も必要だからだ。

ともあれ、自国ファーストとか家族ファーストとか自分ファーストといった内向きのポピュリズムが席巻する世の中で、鈴木さんの言葉は一条の光を投げかけてくれるものだった。
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# by mariastella | 2017-04-26 00:39 | 雑感

マクロンのカミングアウト?

フランス大統領選第一次投票でトップに立った夜、「ブリジットとエマニュエル」の名で関係者にSMSの招待状が送られて、貸し切りになったモンパルナスのブラスリー《ラ・ロトンド》でマクロンを囲む祝賀パーティが開かれたことについて、世間の風当たりは厳しい。

それがあまりにも、10年前に大統領選に勝利した後にサルコジがシャンゼリゼのフーケで催したパーティを彷彿とさせたからだ。サルコジはその時に財界人や有名人に囲まれて、セレブ好きのスノッブであることを「カミングアウト」したと言われた。

不思議なことに、その後も、サルコジはアメリカのセレブのヨットでバカンスに出かけたり、メルケル首相なら一発で辞任に追い込まれると言われた行状を繰り返したにかかわらず、彼のポピュリズムに与した大方の庶民の反感をあまりかわなかった。セレブの豪遊ぶりをグラビア雑誌で追い続けるのが普通になっていた庶民が、「なったつもり」で楽しむことに慣れていた時代だったからだ。

マクロンは、「移民の子」だというのを売りにしたサルコジに比べると、ある意味でフランス人らしいフランス人で、エリートコースを歩んでいるので、社会的な「サクセスストーリー」を演出するのは難しい。それでも持ち前のカリスマ性を発揮して、つい3週間前には地方で「苦しむフランス」へのスピーチをして労働者に感涙を流させた。

それなのに、まだ最終投票までに2週間あるというのに、派手なパーティをやってその模様が映されたのを見て、裏切られたという気になった人もいる。
インタビューされたスポークスマンは「いや、これはシャンペンを開けるようなお祭りではなく、第一の関門を突破したまじめで慎重な祝いだ」という趣旨の返事をしていた。
ところが、映像はシャンペンが開けられるところを映し、1.5リットルのマグナム瓶が50本開けられたと伝えられた。

ロトンドはオランド大統領の選対本部とも縁のある場所だからそれなりの理由で選ばれたのだろうけれど、こうなると、メディアは、1981年に社会党のミッテランが最初に大統領に選ばれた夜に、バスティーユ広場に集まった人々の祝いに合流することをせず、社会党本部の職員にあいさつしただけで自宅に戻ったことと比較する。

(でも私の記憶ではあの夜は雷もともなう嵐になったので、ただ濡れたくなかったのかも。保守支持の知人が、ミッテランが当選したことで神が怒って雷になった、と言ったことを覚えている)

マクロンは、選挙に出る政治家としてはゼロから出発したわけで、「前に進むすべての人々にオープン」にと叫び続けて、彼に続く人がだんだん膨れ上がっていったことで、「ナザレのイエス」にもたとえられて揶揄された。

そのグループも「En Marche!」と、「!」込みの名前で、日本でも最近「句点込み」のグループ名などが普通に使われるようになったけれど、私の世代には違和感のある命名だ。
「進め、ナントカ少年!」のようなノリだ。
サルコジにはない発想だと思う。

18歳から24歳の選挙人はメランションの支持が目立った。
マクロンの支持者は、まさに、彼の世代、アラフォーを中心とする「新世代ブルジョワ」だということだ。ネーミングも、マーケッティングの福音派風の手法も、何もかも、うさん臭いというよりはそれが普通である世代なのだろう。

私は幸いこの世代と親しいので、彼らの生きた時代を彼らの目から眺めることもできるから、理解できることがかなりある。私がフランスで生きてきた40年と重なるので同時代性もある。
ほぼ同世代であるサルコジなどの方が、私の知らないフランスで生まれ育っているから共有しないものが多い。第二次大戦の後の復興や68年五月革命などの激動の時代は私にとって伝聞である。
今と違って、日本とフランスの情報の距離は遠かった。

そんなこんなでマクロンのプラグマティックな背景はなんとなくわかる。

それに比べると、マリーヌ・ル・ペンの方は、私にとって宇宙人みたいだ(猫好きということを除いては)。ジャン=マリー・ル・ペンのような強烈なキャラクターに洗脳されて育ってきたような人だから特殊だ。

決選投票の棄権率はどうなるだろう。

第一回投票は「大統領になってほしい人」に投票する。
決選投票は、第一回投票で入れた人が残らない場合は、「大統領になってほしくない人」を排除するために投票する、と言われる。

しかし、第一回で敗退した「大統領になってほしい人」に忠実でありたい人は、決戦では棄権したり白票を投じるという。
第一回で棄権する人は「市民の義務」を怠るという側面があるが、
第二回で棄権する人は、自分の信念に忠実な「殉教者」意識があってそれは「信仰告白」なのだから、棄権することに誇りを持っているなどとも言われるのだ。

今回の場合は、メランション支持者にそういう人が目立ちそうだ。
ル・ペンとメランションはEUへの姿勢などでかなり共通しているが、だからこそいっしょくたにしてほしくない、という気持ちがある。だからと言って、全く対極にあるマクロンを支持することなど到底できない、というわけだ。大統領選はスルーして6月からの議会選挙に向けて始動ということだろう。

二週間後、マクロンの組閣の仕方、議会とのかかわり方、社会党や共和党とのかかわり方、などをじっくり見て、FNや共和党、メランション、社会党のリアクションを観察するのが楽しみだ。
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# by mariastella | 2017-04-25 19:09 | フランス

フランス大統領選 アンチ・ルペンは機能するのか

仏大統領選の第一回投票が終わって、翌朝、地方別、県別、パリ郊外のイール・ド・フランス県の市やパリの区別の結果をじっくり見た。

予想を大きく覆すものはない。
地方選挙の結果と同じで、地方における国民戦線支持は確実に広がっている。

一年前まではジュッペが大統領になると言われ、半年前にはフィヨンが大統領と言われたのに、初回で消えてしまった共和党だが、ブルジョワや年金生活者に強固な支持層があるので「消滅」はしないだろう。総選挙で回復するしかない。

今回のもう一方の敗者である社会党は、内部を両側からマクロンとメランションに引き裂かれたわけだから、再建は著しく困難だろう。

2002年のルペン(父)とシラクの対決の時は、左派が一致してルペンを阻止する動きを見せたが、今回は保守が一致してルペンを阻止するかどうかは分からない。棄権すると公言する人も多い。
マクロンとルペンではペストとコレラのどちらかを選べと言われているようなものだ、と形容する人もいる。

今回、敗退してすぐにマクロンの支持を表明したアモンは潔いというか好感が持てたけれど、ルペンと同じくEU離脱を唱えるメランションはとても歯切れが悪かった。

ここにきて、EU離脱を決めたイギリスの景気がむしろ順調であることも判明して、もし今もう一度国民投票したら前よりいいスコアで離脱賛成になると言われている。

でも、前にも書いたが、イギリスはもともとEUの「特別枠」みたいな存在だった。そして反EU派からはEUがまるでドイツの傀儡のように言われているけれど、それは間違っている。

本当は、EUを一番有効利用してきたのはフランスだった。

しかし、どんな高邁な理念を掲げても、結局あらゆる国際組織が、いつしか金と軍事の論理に牛耳られてしまう。
ヨーロッパの始まりは普遍主義的理想だったが、実際に結束させたのは冷戦の危機であって、トルーマンとスターリンがEUの生みの親だという皮肉な言い方もあるくらいだ。

マクロンのヨーロッパも、市場経済と金融のヨーロッパだ。

金と力と、その複合体(武器産業と戦後復興産業)が支配する経済のベースに、普遍的な人権主義とエコロジーをどこまで組み入れてシステムを再構築できるのか、が問われていることはマクロンも分かっている。

彼の明晰さに期待できるだろうか。
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# by mariastella | 2017-04-25 00:17 | フランス

マクロンこぼれ話

マクロンが仏大統領選のトップに立ったということで、日本でも彼について関心が出てきたようだ。

24歳年上の日本ではいわゆる「年の差婚」の夫人ブリジットについて、前夫は何者かとある人に聞かれた。

だから少しマクロンをめぐるゴシップを紹介しよう。

ブリジッドさんの前夫は、アミアンの銀行家で、名前も分かっているけれどすでにリタイアしているだろう。彼女が20歳の時に結婚しているからもう60代後半だと思う。
前夫との間の子供3人は長男がエンジニア、長女が循環器医、次女が弁護士でこの次女はマクロンの選挙運動に公式に関わった。

注)フランス語のエンジニアというのは前にも書いたが、フランスの最大のエリートコースであるエンジニアのグランゼコール(今は学部からも可能だし、中途入学も可能だが、内部では差別されているくらい、グランゼコール予備クラスからの入学生がエリート)の卒業でエンジニアというタイトルを持っている人ということで、日本語や英語のエンジニアとは全く違う。日本語や英語のエンジニアはフランス語ではテクニシャン(技術師)というタイトルで格下となる。エンジニアの学校は要するにあらゆる分野の管理職養成の場所だ。それに比べれば医学部はやや格下、弁護士はもっと格下と見なされてしまうのが一般的だ。つまり、長男はエリートコースの王道である数学強者だということだ。まあそのような「格付」も「エリート内部」の話だけだけれど。

話を戻すと、前にも書いたけれど、このところ、クラシックな「夫妻」として機能する大統領がいなかった。今回の大統領候補たちも予備選も含んで、みな事実婚や再婚などを繰り返している人ばかりで、だからこそ、同じ妻と5人の子をもうけたフィヨンのクラシックな安定感(と言っても、日本の感覚なら奥さんがウェールズ人だということがすでにクラシックとは言えないが)が保守の信頼感をそそったのだ。しかしそれが裏目に出て、専業主婦と称していた奥さんや子供たちの架空雇用や不正雇用のスキャンダルが命取りになってしまった。

で、マクロンは、16歳で恋に落ちた(マクロンの母親は、息子はたとえレチシア・カスタが目の前で服を脱いでもなんの関心も持たないだろう、妻とは完全に一体化している関係だ、と言っているそうだ)リセの教師と29歳で結婚して、妻の孫の世話(孫は7人いて、去年の夏には末の孫息子の洗礼式に出ている。)もしているのだから、これも、ある意味の安定感がある?
(ロックスという名の柴犬も飼っている)

まあ、まだ39歳だから、他の老練な政治家たちの女性遍歴(あるいはル・ペン女史の男性遍歴)を見る限り、これからだって破局があるかもしれない、などという下世話な考えもあるが。

フランスでは1980/12月に、18歳未満の生徒と関係をもった教師に3年までの懲役となり得る法律が成立している。教育社会主義的なフランスでは学校は共和国の聖域だからだろう。1969年に、16歳の生徒と関係した32歳の女性教師が刑務所に入れられた後自殺するという事件もあった。

マクロンは高3でパリに出て、ブリジットは離婚してやはりパリの、今度は16区の私立高校の教師になる。

それから十年以上経って、ENAを卒業し、将来のキャリアが約束されてから晴れて結婚したというわけだ。50代に入っていたブリジットは彼のキャリアを支える役にまわる。

うーん。
ブリジットさんと同世代の私としては、いろいろ考えさせられてしまうのは確かだ。

2人の結婚式のビデオがテレビで放映されてネットにも出回っているが、この時のマクロン(29 歳)のスピーチは、なかなか感動的で、ブリジットの子供たちに感謝しているのが印象的だ。(ここで見られます。CMの後です)

この時のスピーチは、ある意味、今のマクロンのスピーチと姿勢が変わっていない。
この人には人の共感を呼び支援者を作る才能があるのだろう。

16歳の彼の書いた詩があまりにも素晴らしいので毎回のフランス語の授業でブリジットが読み上げたというのだから、昔から文才もあったのだろう。
才能と野心に加えて、困難はあったとはいえ、16歳から一人の女性と相思相愛で来たということは、多くの若者のように晴れた惚れたで時間を奪われることがなく、無駄なく突っ走れたともいえる。「自分の子供を赤ん坊から育てる」という必要もなく来れたし、自分の選択を周囲に正当化するために若くして、社会的、金銭的な成功を得るモチヴェーションになったのかもしれない。

彼に比べると、サルコジなんて、女性や子供のことで多くのエネルギーを浪費してきたともいえる。

サルコジと言えば、彼の鼻とマクロンの鼻はなんとなく似ている。
ル・ペン(父)などは、大統領時代のサルコジの鼻がますます突出してきた、出自(母方がユダヤ系)を彷彿とさせるなどと、差別発言をしていたし、サルコジは横顔の撮影を嫌がっていたという話もある。マクロンも、ロスチャイルドの銀行家だったことから、共和党系のカリカチュアで、鉤鼻に帽子に葉巻という姿で描かれ(後に削除された)た。
けれども、いや、よく見ろ、マクロンの鼻は完全にブルボンの鼻だ、という言説もあったし、左派系のカリカチュアでは鼻に特徴がない。
一番印象的なのは真っ青な目だろう。これでアーリア人認定する人もいる。

北フランス系だから、コルシカ出身のナポレオンとは全く違うはずだけれど、そして時代はもちろんキャリアもまったく違うけれど、その人心掌握の仕方がナポレオンと似ているという印象は変わらない。

全体として、もしマクロンがこのまま予測通り大統領になったら、フランスっておもしろい国だなあとあらめて思う。

こういうタイプの若いヒーローはギリシャのツィプラスとかスペインのポデモスなどに見られる急進左派のポピュリズムに見られる。つまり今のフランスのメランションのような極左のトップにマクロンのような若者が躍り出るという構図だ。

フランスではそれが、中道左派のリベラルというところがおもしろい。
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# by mariastella | 2017-04-24 21:49 | フランス

マクロンとル・ペン

大統領選の第一回の投票で、大方の予想通り、ル・ペン女史とマクロンが2週間後の決選投票に進出。

最近のメランションの支持率増加は、実はル・ペンに向かっていたポピュリズム票がメランションに流れる傾向の表れかもしれないから、極右と極左が引っ張り合って共倒れして、結局マクロンとフィヨンくらいの組み合わせになればといいのにと思っていたけれどそれは無理だったようだ。

久しぶりにマクロンの顔を見ると、演説の表情がなんだかヴァルスやサルコジの若い頃を彷彿とさせる。一年前に彼の顔についてこういう記事を書いたことがあるが、たった一年で、もうすっかり「大統領顔」になっているのは驚きだ。三年前までは一般には全く無名で、選挙で議員に選ばれた過去もない若者が、大統領選の第一回選挙でトップになるとは、信じられない。

スマホを駆使した効果的なミーティングの演出の裏話も流出していたし、「公約」自体も、個人的にはあまり歓迎できないものもあるし、あまり期待はしていないなかったのだけれど、それでも、数日前のテロの時に書いたように、「若者の精力善用」のいいモデルかもしれないなあと思い始めていた。

メランションは前にも書いたかもしれないが、彼の支援者だった知り合いのバロックダンサーが実態を知って離反した話を聞いていたので私の中では終わっていたし、社会党のアモンは、原発脱却を唯一言明して緑の党のヤニック・ジャドに支援されていたことを評価していたけれど大麻解禁について納得いかないこともあり、フィヨンは個人的にやや距離が近いのだけれど、公務員削減について賛成できなかった。

投票日の午後、ある集まりで、私のファンだと公言する93歳の女性オディールと久しぶりに同席した。
当然、選挙の話になる。彼女の反対側の隣に座った男性(79歳の退役軍人)が、「あなたが誰に投票したかあててみましょう」などと言い出して、かなり突っ込んだ話が展開した。

このオディールは、代々の貴族とはいえかなりリベラルな人なので、マクロンかなとも思ったら、「だいぶ前から子供たちや孫たちにマクロンに投票しろと勧められていたけれど迷惑だ、私は自分で考える」という。
ひょっとしてアモン?

で、オディールはぎりぎりまで迷っていたのだけれど、数日前にフィヨンが中東のキリスト教徒への支援を表明したのが決め手になってフィヨンに投票したのだそうだ。

なるほど。

それぞれの琴線に触れるテーマがある。

オディールは私と征服王ウィリアムの功罪について議論したいからまたうちに来てくれ、と言った。
そうなると、そのあたりの歴史をさらっておかないと。

今回は、大統領選について、9歳の子供から、93歳の女性まで、かなり具体的な話をした。
フランスらしいとも思うけれど、今回はイギリスやアメリカのポピュリズムの台頭を受けて、特に関心が高かったと言える。

そして結果として、第五共和制を政権交代しながら支えてきた保守と社会党の二大政党が予備選を経て選んだ候補が両方とも脱落した。王政だとも揶揄される大統領の権限の大きい第五共和制そのものに限界が来ている。

マクロンにバイルーが合流したことは前に書いたが、今回マクロンがトップに立ったことを受けてバイルーが自分がやりたくてできなかったことを彼がやり遂げつつあることをしみじみと喜ぶ感じにやはり好感を持てた。マクロンが大統領になったらいよいよ、首相ですか、と聞かれて今はそんなことをいう時期じゃない、と答えていたけれど、バイルーが首相、って、あり得る構図とはいえ、不思議だ。

6月に選挙があるので、今回敗れた二大政党はそちらの方にかけることを強調していた。
マクロンが大統領になったらどう組閣するのかが興味津々だ。
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# by mariastella | 2017-04-24 06:51 | フランス

500周年を迎えるルターの宗教改革のゲルマン性

ルターの95ヶ条から500年、今年に入ってからルター派についていろいろと読んで、今までいかにbkbsi ちゃんと向かいあっていなかったが分かった。

確かに、考えてみたら、フランソワ一世がいた頃のフランスになぜこうもルターの改革派教会が根付かなかったのかということは、日本にキリスト教が根付かなかったということと同じくらい興味深いテーマをはらんでいる。

私は今まで、それはフランスのガリア教会主義が認められていたから(1516年8/18にレオ10世が前年に戴冠したフランソワ一世にフランスの司教を指名する権利を与えるなどのコンコルダを締結している)だと表現してきたし、それは間違いではないのだけれど、もっと根深いものがある。

ひとことでいうと、ルターの改革派教会とは、「キリスト教のラテン・インカルチュレーション」であったローマ・カトリックから分派した、「キリスト教のゲルマン・インカルチュレーション」だったのだなあ、と思う。

当時のカトリック教会についてルターの批判したようなことはカトリック教会の内部でもいろいろな人が声を上げていた。免罪符や聖職売買や司祭の要請についての多くの点の改革すべきところは自明だった。フランスでもギョーム・ブリソネなどが批判していた。けれども、「救い」の場から聖母や聖人を締め出すことはしなかった。「聖母と聖人と煉獄に関しては批判しない」というコンセンサスができた時にカトリックを去った人(ギヨーム・ファレムなど)などもいる。

ルターが死んだとき、多くのプロテスタント教会にルターの実物大の肖像画が描かれたり、デスマスクと手足の型がとられて服を着せられて保存されたりしたのも、カトリックの「聖人崇敬」が実は広く人々の必要に応えたものだったことを反映している。

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(ルターのデスマスク)

ルターもかなりのものをラテン語で書いていたし、ラテン語の著作はフランスでもそのまますぐに読まれた。ストラスブルク、バーゼル、パリ、リヨンなどの印刷業者を通してラテン語からやドイツ語からの仏訳もかなり出回った。1534年までに15作と、エラスムスの著作のフランス語訳よりも多い。

それでもルターは「ドイツのヒーロー」だった。
今から200年前の1817年の10月には、ルターが身を隠したワルトブルク城で500人の学生が改革300周年と、プロイセン王国がライプツィヒでナポレオン軍を破った4周年とを同時に祝った。
第一次大戦のときのドイツのプロパガンダではルターとビスマルクがドイツの根幹を形成してい(た。イタリア人のローマ教皇やフランス人のカルヴァンに反対したということが、ドイツのアイデンティティを称揚したのだ。

ローマカトリック教会のラテン性もルター教会のゲルマン性も(さらにいえば聖公会のようなアングロサクソン性も)、みなそれぞれの地域でインカルチュレーション(文化変容)したキリスト教なのだが、日本のような国からは、みなまとめて「欧米の宗教」だと見なされきた。プロテスタントの民族性を分けて考えることは少ないだろう。

なぜフランスにルーテル教会が根を下ろさなかったのかを引き続き考えていくことで気づかされることは少なくない。
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# by mariastella | 2017-04-23 06:01 | 宗教

大統領選を前にしたテロ

大統領選3日前のシャンゼリゼでのテロ、誰もが、2004年のマドリードの列車爆破テロのことを思い出す。あれも総選挙の3日前だった。(スペインは王国だから大統領がいなくて、日本やイギリスのように総選挙の結果で政権が決まる)

テロの後すぐに当時の保守政権がそれはバスク独立派のテロだという見解を出したが、選挙当日の朝にアルカイダが声明を発表し、スペインがアメリカに従ってイラクに派兵したことを断罪された。
政府がバスクに責任転嫁しようとしたのも意図的だと見なされて、結局、選挙では左派が勝利して、スペインはイラクからも撤退した。

この展開に対して、それではイスラム過激派のテロの思うつぼになったのだと批判した人たちも多くいる。

今回のシャンゼリゼのテロの警官狙撃犯は39歳で、23歳の時にも警官殺しをしていて、釈放されてからもまた警官をねらった要注意人物だったという。昔から警察への憎悪があるわけで、大統領選に向けたISの煽りに乗った形だ。

シャンゼリゼはパリでも最も警戒が厳しい地区で、言い換えれば、その気になれば警官も憲兵も兵士もぞろぞろいるので彼らを標的にするのは簡単だ。

今の警官は対テロ仕様になっているから、すぐに射殺される率は高いけれど、もともと警官を殺すことが強迫観念になっているような人物のようだからそれは抑止力にならないのだろう。

ル・ペンはもちろん、自分が大統領であればこんなことは起こらない、とコメントした。金曜が最後のキャンペーンの日なので、各候補はこのテロに対する声明をいろいろ工夫せねばならなかった。

候補者の最年少のマクロンは39歳で今回の狙撃犯と同じ年齢だ。

狙撃犯のカリム某は、パリ郊外生まれで、家宅捜査されたうちもパリ郊外だ。詳しいことは分からないが、おそらくいわゆる「イスラム系移民の子弟」なのだろう。

39歳。

リセのフランス語教師と結婚して銀行家として成功し、大統領の顧問となり、財務大臣にもなり、そのポストを辞めて大統領選に立候補し、ナポレオン風にカリスマ性を発揮しているマクロン。

20代から警官殺しが頭から離れないカリム某。
イスラム過激派と接触したのはご多聞に漏れず刑務所内なのだろう。

何だか反動でマクロンを応援したくなった。
ブノワ・アモンが大麻を合法化すると言っていることもしっくりこない。

39歳でも、大統領になろうとする人がいる。
多くの人に多くの希望を与えて多くの期待を担おうとする人がいる。

青年には大志を抱いてほしい。
テロリストになって天国に行こうなんて自分本位のことを考えないでほしい。
国や、世界や地球のために何ができるか考えることだってできるのだ。
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# by mariastella | 2017-04-22 00:10 | フランス

こんの げん さんの作品を見て考えたこと その2

これは前回の記事の続きです。

こんの げん さんのfacebookを拝見したら、イントロに「保存修復技術 à 東京芸術大学大学院」と書いてあった。

正確にどんなことをする技術なのかは分からないけれど、今回の展示を見た時に、最初に、どこの遺跡の発掘物の展示だろう、などと思ったことを思い出した。

今回の作品は、火災のダメージを受けたものを「修復」するどころか、自然の力によって加作されたもの、メタフォルモーゼしたものとして提示されている。

作者のクリエイトの上に別のクリエイトが上書きされた。

では、制作における作者の驚くべき緻密な技術を支える「保存修復」技術と、この被災の力を取り入れることはどう両立するのだろう。

こんのさんの経歴を見る前に、引き続き以下のような趣旨のメールをお送りした。

*****
こんのさんの「宇宙は異質な物質が満たされている」という言い方に触発されて、電子の話を想起したのだが、ほんとうは、彫刻作品が現出するにあたっての「有」と「非有」の関係を考えていること。

ウパニシャドで、宇宙の初めは「非有」しかなかった、という時、それは「無」とか「空」のような単純な存在否定の意味ではなく、すべてのものが混有する存在混迷で、何物も他から区別されていない渾沌だということだ。「有」は存在秩序が「名と形」に従って分節された事象のシステムで、すべてのクリエーションは存在形成力ということになる。

これはむしろ井筒俊彦さんの受け売りの考え方なのだが、私にとって、彫刻作品とはすべて何かのマチエールから存在を生む行為だと思っていた。

けれども、今回こんのさんの作品の展示を見た時、そこに働いていたのは、コスモスからカオスに戻す、クリエイトとは逆の「非有」の力だったわけだ。

それが、「有」と「非有」の境界領域を可視化してくれたから魅力的だったのか、あるいは、クリエイトを破壊する「暴力」に抵抗する何かが露出したから魅力的だったのかどちらだろう。

作品が完成するのは鑑賞者と作品の間だ。
でも、これまではその出会いは、作品に凝縮し、周りにも漂っている作者の意図、作者が見ていたものとの出会いのような気がしていた。

ルミネでの展示では、それが損なわれた現場と遭遇したわけで、そのインパクトが、創造よりも破壊から来るのだとしたら、アートとはいったい何なんだろう、と衝撃を受けたわけだ。

****

以上。

こう書いた後で、(多分文化財の)「保存修復」にも精通したこんのさんが、自分の作品を「被災」から修復しなかったばかりか、そこに新しい力を認めたのはなぜだろうと、あらためて考えた。

ルミネの展示会で、ショップの人にお話をうかがった時に、「アトリエの火災があったのは、東日本大震災のすぐ前のことで、その後に震災が起こったので、それどころではなくなった」というような話を聞いた。

あの東日本大震災の津波などの圧倒的な暴力的な映像や、破壊、自然の風景や人間による構築物の姿が一変した様子は、多くのアーティストにとってトラウマになったと思う。

それに加えて、一見自然の風景も町の様子も変わらないのに、放射能という目に見えない毒のために見捨てられて廃墟化していく町を見る不条理。

外的な力が加わる破壊と、見捨てられることによる崩壊の両方を私たちは見せつけられた。

最近、自らも炭鉱で働いたことがあるという柿田清英さんによる軍艦島の写真集を見た。

一瞬核戦争後のどこの廃墟かと思うような荒涼とした風景なのに、たった数十年前に人々が「そこから去った」というだけで、町が、生活の匂いが、荒廃し果てている。

フランスには何百年も前に建てられた教会などがたくさんある。

パリのノートルダム大聖堂は850年以上建っている。
もとは外壁が彩色されていた。今はステンドグラスを除いては中も色の名残がない。
宗教戦争の時、フランス革命の時、何度も外も内も破壊の対象になった。

でも、何度も何度も「保存修復」が重ねられてきた。
しかしそれは、決して、彩色された「元の姿」を再現しようというこだわりではない。

「保存修復」しようとされてきたのは、「建物」ではない。

「建物と人間の関係性」である。

ノートルダム大聖堂は、軍艦島や放射能汚染地域のように「見捨てられた」のではなかった。いつも、セーヌ河のシテ島で人々の真ん中にあり、ゴシック聖堂の誕生を何世代にもわたって祈念してきた人々や石工たちの技術の跡を内包していた。

軍艦島の写真が怖いのは、そこに移っているのが時間や災害による崩壊ではなく、忘却と絶望だからだ。

日本でも、奈良時代平安時代からあるような寺院や神社の古びた感じは、いつも人々と共にあり、霊性を内包した枯れた味わいがあると受け入れられてきた。

最近になってきらびやかな色彩の当時の形に再現されたものもある。
その中には、「建物と人間との関係性」を考慮しないものもある。

こんのさんが火災後の作品を展示しているのは、それが受けたものが忘却や絶望ではなく、火災による傷跡と対面したこんのさんが、自分の作品との新しい関係性を発見し、その創造性をあらたに人々の前に提示したのだろう。
こんのさんが、自分と作品との関係のラディカルな変化を私たちと共有したいという「意志」そのものがクリエイトなのだろうと思うと、納得がいく。

忘却や絶望や負のエネルギーのベクトルなど、所詮、人間の価値判断で決まるものではないと改めて考えさせられた。

いのちとは、関係性の中にだけ宿る。
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# by mariastella | 2017-04-21 02:37 | アート



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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