L'art de croire             竹下節子ブログ

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カトリック信者の結婚、日本とフランス

年末に、私のサイトの掲示板にカトリックの結婚と離婚についての質問がありました。

分かる範囲でお答えしたのがこちらです


実は、このブログで、いろんな方がコンスタントにアクセスする記事に「カトリック信者の離婚と再婚」というものがあります。

こんなこと気にする日本人なんているのかなあ、と思っていたのですが、単純に「カトリックは離婚は禁止」とか思っている人もいるようなので、読んでみて役に立てば幸いです。

離婚は禁止されているのではなく、結婚は夫婦だけでなく聖霊も一緒の絆なので、人間の都合だけでは離婚できないという意味合いです。


ちょうどひと昔前の日本の離婚が、夫婦だけでなく仲人さんの立場もあるからまず相談しなくては、というのと似ているかも。


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by mariastella | 2018-01-03 00:05 | 宗教

ボストンのバーナード・ロー大司教とパルトニアのガイヨー司教

1216日、ボストン名誉大司教バーナード・ロー師が86歳で、ローマで亡くなった。

この人のことを思うとすごく複雑だ。

アメリカで第四のカトリック信者数、200万人(大部分はアイルランド系)をかかえるボストン大司教区の大司教にまで上り詰めた人だ。枢機卿でもある。

宗教者として優れた人であったことは間違いないはずだ。

両親のいたメキシコで生まれて、ラテンアメリカ事情に強く、キューバの経済封鎖法に激しく反対するなど、アメリカ帝国主義に敵対した。カストロ議長とも電話で直接話しあった。

ハーバード大学で中世史を専攻したのに、召命に従って司祭となり、貧しいミシシッピーで司祭生活を開始した。エイズ患者に寄り添い、黒人やヒスパニックの貧しい人々を助け、ベトナム人難民センターも作った。公民権運動に奔走した。

そんな人なのに、2002年の1/6のボストン・グローブ紙の朝刊で発覚した聖職者による少年の性虐待スキャンダルのスクープで責任を問われて辞職した。4月に出した辞職願いは拒否され、12月にようやく受理された。それ以来、ローマに住み、晩年は長い闘病の末に亡くなったのだ。

このアメリカの聖職者スキャンダルはピューリッツァ賞を受賞し、映画にもなって、世界中に喧伝されて、あちこちに飛び火した。

ボストン大司教区は60年間で237人の司祭による1000人の被害者を数えるという。

2002年の時点ですでに50億円の示談金が支払われていて、2002年からの400人による訴訟でさらに100億円以上の罰金を課せられて、裕福だった大司教区は破産した。

バーナード・ロー師は、問題が発覚した司祭に対して教区を異動させるだけで放置した。その結果、複数の教区で30年の間に130人の少年を虐待していた司祭もいる。

彼の責任は重い。

けれども、どんなに調査されても、本人そのものはまったく嫌疑がかけられていない。

常に弱者に寄り添ってきた彼にとっては、少年にセクハラをする司祭の心理などまったく想像できなかったのだろう。

もちろん、アイルランドやフランスでもそうだが、閉ざされた教会の体質もあるし、「習慣」もあるし、性的被害は、レイプでもなんでも、公けにしない方が被害者のためにもいい、という、ついこの前までの「世間の常識」もあっただろう。

ことが発覚した後で、ベネディクト16世がこの件に関しては「トレランス・ゼロ」、絶対不寛容、を明言した。

家庭内にしろ、学校や部活など教育の場にしろ、教会の合唱隊やボーイスカウトなどの場にしろ、権威と権力を有する大人が未成年に対して性的な暴力を加えることなど、快楽殺人と同じくらい罪は重い。

それを闇に葬ったばかりか、問題司祭を別の場所に異動させて放置した責任は重大だ。

もちろんバーナード・ロー師もそのことを深く謝罪している。

彼は71歳から86歳までの亡命に近いローマでの生活で、枢機卿のタイトルは取り上げられなかったし名誉職も与えられたけれど、実質的に謹慎生活を送った。

彼の後悔、慚愧の念はいかばかりだっただろう。

この人は、本当は、いつも、弱者を助ける現場にいたかったんだろうと思う。

司教の任務は信徒の世話ではなくて司祭たちの世話だ。

でも、彼が本当にしたかったのは、尊厳を奪われている人々の世話や支援だったのだろうと思う。

フランスのノルマンディにガイヨー司教という人がいた。

彼も司教区の世話をしないで、ホームレス、労働者、ジプシー、兵役拒否者、移民、難民の側にばかりいて戦っていたから、何度も戒告を受けた。

とうとうバチカンに呼ばれて、辞職願を出せと迫られた。そうすれば名誉司教となる。拒否したのでアフリカにあるもう存在しない教区パルトニアの司教に任命された。司教や司祭のタイトルを剥奪することはできない。それは聖霊による秘跡で授けられたものだからだ。


で、82歳になる今もガイヨー司教はパリの「現場」で戦っている。


2015年にはバチカンに呼ばれた。 


「我々を自由にし解放しに来たキリストを教会に閉じ込めてはいけない」、というところで、ローマ司教(ローマ教皇のこと)とパルトニア司教が一致したのだ。

私からの憐みなんか必要としないだろうけれど、なんだか、バーナード・ロー師が気の毒になる。

彼の死に対してフランシスコ教皇は通り一遍の言葉を送り、バチカンではボストンのスキャンダルのことを口にする者は誰もいなかった。


メディアは彼の死を、性的虐待スキャンダルと結びつけて伝えたが、彼がマイノリティの権利のために戦った人だったことに触れる記事はなかった。


フランスでも同様のスキャンダルがあり司教が監督責任を問われたし、バチカンの教皇の側近にも嫌疑がかけられている。

世間的な野心なしに大きな管理責任を課せられるのは、きっと、「試練」のひとつなのだろう。


長きにわたる判断の誤り、は誰の人生の上にも、起こる。


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by mariastella | 2018-01-02 00:05 | 宗教

ロザリオの十字架

私はあちこちの教会などを訪れる時、メダルやロザリオなどの小物を買うのが好き。

たいていは人に差し上げる。
日本人の場合は普通、アクセサリー感覚や旅行のお土産感覚で喜んでくれるけれどフランス人なら、相手の宗教などによって微妙だから結構気を使うので、カトリックだと分かっている人にしか上げられない。

今の季節、毎年、生徒たちにクリスマスソングをアレンジしてあげるけれど、「クリスマスを祝わない」のが信条や方針になっている家庭もあるので要注意。

それでもレッスン室にクリスマスの飾りつけを毎年している。

で、先日、ふとイタリア製のロザリオを手に取ると、十字架のイエスの脚がなにか不自然に開いているのが気になった。
膝がしっかりと開いているのだ。

よく見ると、その奥に見える十字架の木の部分が青い。
青は聖母の色で、ロザリオの祈りも聖母に捧げるのが中心だから、この青い部分にひょっとして聖母の姿でも刻まれている?

いやいや日本じゃあるまいしそんな細かい細工がしてあるわけがない。
日本の数珠などの信心用具に珠の一部が凸レンズになっていて除くと仏さまや観音さまの絵や梵字が見えるものがあるからそれを連想してルーペで見てみた。

分からない。多分、何もないのだろう。
でも、その気になるとなんでも見えてくる。
他のロザリオや十字架をチェックしたら、そんな風に開いているものはなかった。
これまでは十字架上のイエスの視線、顔の向き、上か下か右か左かをチェックしてその歴史や意図、神学的意味をいろいろ調べたのだが、脚は考えたことがなかった。
真っすぐ、足の甲の部分だけ交差、脚も交差、膝が曲がっているけれど平行、イーゼンハイムの祭壇画のようにやや内股、などいろいろあっても、こんな不自然なのはあったっけ…?

ついでにネットでも検索した。何となく仮説が浮かばないでもないが、もっと調べてみよう。(この十字架を作ったメーカーも分かっているので検索したのだけれど何も載っていなかった。)
下が拡大写真。実物は開いた脚の後ろの部分がもっとはっきりと青い。何だかイエスの視線も、まっすぐ下を向いていて膝の後ろをのぞき込んでいるように見えたりして。

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by mariastella | 2017-12-20 03:33 | 雑感

『キリスト教は「宗教」ではない』と核兵器禁止条約

10月に出した新書の短評が東京新聞に出たのを送っていただいた。
ほんとうに短いものだけれど、書いた方はこの本をちゃんと読んでくれたんだなあ、と思う。

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あまり「生き方マニュアル」とばかり強調されると、まるでイエスが宗教者ではなかったように誤解されるのではないかと心配だったが、確かに、イエスは少なくとも「キリスト教の教義」は説いていない。

イエスはユダヤ教のコミュニティに生まれ、養父も母のマリアもユダヤ教の教義を守り、息子をその伝統の中で育て、イエスはラビとして尊敬されていた。

けれどもイエスは、当時のユダヤ教が「聖なるもの」を神殿とその祭司に占有させて、遵法第一主義であったことを批判した。

この時代のこのシチュエーション(ユダヤの国がローマ帝国の属国になっていた)で、共同体を超えた自由、平等、博愛、弱者への寄り添い、報復の否定などを唱える人が出てきたなんてまるで奇跡のようだ。(キリスト教的には奇跡というより子なる神の受肉だけど)

今のローマ教皇フランシスコは、11月にヴァティカンで行われたシンポジウムで、ついに、核兵器廃絶を口にした。

1960年代の第二ヴァティカン公会議の時代は、冷戦のまっただ中だった。

だから、「大量破壊兵器の使用は、たとえ正当防衛の場合でも」「神に対する犯罪、人類に対する犯罪」だとしてはいたが、いわゆる「抑止力」としての核兵器所有まで否定するところまでは踏み込めなかった。

いろいろな意見が戦わされたけれど、結局、「Gaudium et spes の中に、科学兵器の所有はそれを使用することだけを目的にするのではなく、国家間の一定の平和を保つ最も有効な手段だと考える者が多い、と記された。

アメリカの司教たちが、「抑止兵器を非道徳的だと教会が断言しても、それに影響されるのは西洋キリスト教圏の国だけだ」と唱えたので、「抑止力としての核兵器の所有」は、是認もされず弾劾もされず、「暫定的に容認」されることになったのだ。(共産国ソ連は無神論の国だった)

つまり、敵対する国が互いを破壊しつくせるという「脅威」が逆説的に平和を保つということを認めはしても、そのような均衡は安定的な平和も、真の平和ももたらさない、として、「脅威による均衡」は人間のより尊厳あるやり方によって紛争解決の手段を見つけるまでの猶予期間であるとしていたのだ。

15年後にユーロミサイルの設置について、ヨハネ=パウロ二世も、それを真の段階的武装解除に向かうまでのひとつの段階としてはまだ道徳的に受け入れられる、とした。けれども、最終的に到達すべき目的は世界を核の脅威から解放することだというのは忘れなかった。

1981年の広島で、教皇は「軍縮とすべての核兵器廃絶のため、たゆむことなく努力することを人類の同胞すべてに約束しましょう」と語った。

けれども198311月、フランス司教団は、マルクス=レーニン主義の攻撃的な脅威の前では核抑止力は暫定的に正当化される、とあらためて発表している。「使用は禁止、所有は容認」の立場が続いたのだ。

しかしソ連の核を念頭に置いた脅威は冷戦の終わりによってなくなった。ロシアではキリスト教のロシア正教が復活した。

1993年の国連で、ヴァティカン代表のマルティの枢機卿は、 

核兵器を21世紀まで持ち続けることはもはや平和の維持ではなくて平和を危うくする、

地球全体の安全という新しい時代に到達するための根本的な障害となる、

と訴えた。

現在、

ひと握りの国の国益を人類の共通善に優先させることは道徳的に許されない、

というフランシスコ教皇は、第二ヴァティカン公会議で設けられた「猶予期間」は終わったとする。

核の均衡は「恐れという論理」の上に成り立っているが、それは紛争中の二国間の脅威ではなく今や全地球の人類の脅威であり、しかも、他のあらゆる「技術」と同じように、事故の可能性はついてまわる。

核兵器の使用だけではなく所有も許してはならない。

フランシスコ教皇は、「死刑」についても、これまでの教皇が死刑存続国にある程度配慮していたのと違って、絶対廃止の立場を明確にしている。

いろいろな国にとってこれほど「不都合なこと」をいう教皇が出て、しかもそのメッセージが今の情報社会ではすぐに世界中に広がる。

おおいに嫌われても不思議ではないし、実際に批判もされている。

でも、キリスト教文化圏の国の指導者が福音書のイエス・キリストの言葉をまともに読めば、

教皇の言っていることも「キリスト教の教義」などではなくて、福音書のダイレクト・メッセージであることは明白だ。

今年、核兵器禁止条約の活動がノーベル平和賞を受賞した。

日本語では広島ブログ(これとかこれ)を読んだ。

フランス語では、この記事の参考にしたカトリック雑誌(La Vie 3772)の同じ号に、国際政治学者の道下徳成さんという人への長いインタビューがあって、金正恩は日本と友達になりたがっている、と書いてあった。詳しいことはここに書かないが、この人はキリスト教徒なのかなあと興味を持って検索してみたが、ネットの世界では、両親ともに北朝鮮人だとか北朝鮮のスパイだなどの中傷がでてきた。

こんなことばが横行するレベルでは核廃絶や平和の道などはるか彼方なのだろうと愕然とする。





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by mariastella | 2017-12-17 00:05 | 雑感

新司教の季節

127日、パリの大司教ヴァントトロワ枢機卿が75歳で出す引退願いが即刻受理されて、ナンテール司教のオプティ司教が新大司教に任命された。着座式は16日の公現祭。


オプティ司教は、ヴェルサイユ生まれで、すでにパリ大司教区の補佐司教を経て、パリ郊外ナンテールの司教だったのだから、常に「首都圏」にいた人だ。

パリ大司教区というのは、100以上の小教区と1200人もの司祭を抱えるスーパー教区た゜が、ただのカトリック教区ではない。歴史的にはもちろん、政治的に大きなインパクトがある。ヴァントトロワ枢機卿の健康状態はずっと良くなくてすでに補佐司教たちが代行していたので、もうずいぶん前から後任の人選が話題になっていた。だから、「定年」の日を待ってすぐ引退願いが受理されたのだ。


ヴァントトロワ大司教を最後に見かけたのは、2年前の19区の教会の献堂式で、その時も疲れが目立った。疲労困憊の大司教が、聖堂周りの12の十字架を聖別するのにいちいち移動式の梯子に上って聖水を振りかけなくてはならない。堕ちたら大変だとひやひやしたし気の毒だと思ったが、列席のもっと若い司祭たちは祭壇の上から遠慮なくスマホ写真をパチパチやっていた。それを見て当然列席者もパチパチ。ますます気の毒になったのを思い出す。

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で、新大司教のミッシェル・オプティ師。私とまったく同世代だからすごく若いわけではなく、後10年くらいの現役となるだろう。けれども、実は、例外的な「スピード出世」街道を来た人だ。


なかなかユニークな経歴で、母親だけが日曜に教会に通う国鉄職員の家庭の三人きょうだい。

パリの病院(ビシャやネッケール)で研修後、総合医として医学博士になりパリ郊外の公立病院で11年間勤務医だった。結婚を考えたこともあるという。

で、司祭になる決意をして神学校に入ったのが39歳、司祭に叙階されたのが1995年ですでに44歳だった。神学校で学ぶ間に、神学バカロレアはもちろん、パリ大学で医学倫理の博士号も獲得した。総合医としてあらゆる階層のあらゆる状況の患者を診てきた経験が召命と深くかかわっているのは想像に難くない。

医師としての活動期間と同じ11年間を、パリの中心部の複数の教会の司祭として活動し、2006年に早くもパリの補佐司教に任命されたのだ。

それからさらに11年(その最後の3年半はナンテール司教)後にパリの大司教に任命されたわけだ。


医者として11年、司祭として11年、司教として11年、と11年周期? それで行くと、パリ大司教にも実質11年は留まるかも。


モットーは「わたしが来たのは、羊が命を受けるため、しかも豊かに受けるためである。(ヨハネによる福音書10, 10)」

医学倫理の専門家らしく、代理出産などに忌憚なく厳しい見解を述べている。

いろいろな意味で注目していきたい。

日本でも東京大司教区で新大司教が待降節第三日曜の前(12/16)に着座式の予定。教会暦のサイクル初めの日曜とか、パリのように1/6だとかの方がきりがいいのに‥と思ってしまうけれど、リタイアする大司教はヴァントトロワ枢機卿より一歳年上で去年の引退願いがやっと受理されたのだから事情が違う。まだ50代の新大司教は首都圏からではなく広い活動をしてきた人だ。


東京大司教と同年齢でやはり去年「定年」を迎えた沖縄の那覇教区、押川司教の引退願いも受理されて、与那原教会の主任司祭カプチン会のウェイン神父が新司教になるという。何十年ぶりか知らないがまさかの「アメリカ人司教」で驚いた。

それでなくとも米軍基地の脅威にさらされている沖縄で、カトリックもアメリカンで大丈夫なのかなあ、と。

でもすぐに、沖縄のカトリックの方から

「日本語堪能で沖縄の風土、人々のことよくご存じで、柔和でユーモアもあり、信徒からの信頼度一番の神父様です。教区に光がさしてくるようで とても嬉しい」というメールをいただいたのでほっと安心した。

沖縄とカトリックの問題はなかなか難しい。

沖縄に米軍基地の大半を一方的に押し付けることで「本土の平和ボケ」を許してきた現状は誰でも認めることだけれど、それに異議を唱える時に、

1「沖縄だけでなく本土も平等に負担を」と言うのか

2「米軍基地そのものを排除」と言うのか、

3「自衛隊基地も含めて軍備そのものを徹底排除」と言うのか


ではまったく立場が異なる。

カトリック教会の中の「正義と平和委員会」というのは、その理念からいって、「平和憲法」原理主義であっても決しておかしくはないのだけれど、ブルジョワ保守派のカトリックからは、「絶対反米のサヨクにのっとられている」と批判される。

押川司教は、2010年に「カトリック正義と平和委員会に提案と要望」として、


「基地反対を呼び掛け、沖縄に連帯して不正義に基づく沖縄の基地に真剣に取り組む姿勢があるなら、沖縄に来て≪座り込み≫や基地を取り巻く≪人間の鎖≫などに参加するよりも、東京で大集会を開いてください。3万人集会を東京で、政府のおひざ元でやってください。」

と述べたように、どちらかというと1のイメージだ。

一番「現実的」なアプローチをしているのだろうと思っていた。


でも、世界に君臨する軍産共同体の権力機構からどんなに攻撃されても平和の「理想」を掲げてやむことのない現ローマ法王のフランシスコ教皇に任命されたのだからウェイン新司教(着座は来年2月)は別のアプローチをするのかもしれない。


沖縄の司教がアメリカ人というのは、沖縄の米軍兵士の通うカトリック教会やプロテスタント教会との連携も考えられる。

軍隊の規律、武器と力の支配とはまったく別の「権威」が影響を及ぼすかもしれない。


カトリック自体が日本ではマイナーだから想像しにくいが、アメリカではヒスパニック人口が増えているし、兵士たちには従軍司祭や教会は大きな存在だろうから、何かが深いところで変化する可能性があるかもしれない。

カトリック教会は、人間が構成するすべての組織と同じく、理想と現実の間で揺れ動いてきた。

これからどうなるのだろう。

パリ、東京、沖縄の新司教たちをウオッチングしていきたい。

おまけ:
下にパリ新大司教のインタビューを貼ります。フランス語を分かる人はどうぞ。
なかなか好感度大です。
信頼されるお医者さんだったろうなと思わせられます。
司教は司祭の世話をするのが仕事ですが、司祭が司祭職の中で幸せを感じるようにと毎日祈っているそうです。


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by mariastella | 2017-12-11 00:05 | 宗教

「主の祈り」をめぐって その6

ルヴェリエ師の話を聞けなかった123 日。

これならうちでTVミサを見ていた方がよかったかも。

と、実際、後で、ネットでアランソンのカテドラルのミサを視聴してみた。


この50m29から51m23で、今から新しい主の祈りですが、みなさんの席に教区が配布した紙がありますからそれを見てご一緒に、と言って、同じ聖霊の中で唱えるのが大事、として新しい祈りが唱和されている。その前の説教では何の説明もない。


なるほど、雑誌や出版物が大騒ぎしている一方で、この変化はあっさりと、ミニマムに、さりげなく取り扱おうという合意があるのかもしれない。


実は19区の教会でも、新しい主の祈りのプリントが用意されていたのだけれど、それは入り口に置いてあっただけで、席にはなかったし、「みなさん、プリントを持っていますか ? それを見てご一緒に」なんて言われなかった。

私も出る時にやっと気づいた。しかも、アヴェ・マリアの祈りのプリント(これも初めて見たが、別に訳は変わっていない)と並べてさりげなく置いてある。

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主の祈りの訳の変化の理由にはどういう神学的配慮があるのか、という疑問をミニマムにするためのさりげなさなのかなあ、などと考える。

保守的なエリート新司祭B君の意見も聞いてみなくては。(続く)



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by mariastella | 2017-12-08 00:05 | 宗教

「主の祈り」をめぐって その3

「主の祈り」の解釈の変わり種ひとつ。


一応今の日本のスタンダードな訳をもう一度コピー。


「天におられるわたしたちの父よ、
み名が聖〔せい〕とされますように。
み国が来ますように。
みこころが天に行われるとおり
地にも行われますように。
わたしたちの日ごとの糧を
今日もお与えください。
わたしたちの罪をおゆるしください。
わたしたちも人をゆるします。
わたしたちを誘惑におちいらせず、
悪からお救いください。」


父への呼びかけの後に七つの願いがある。


悪からお救いください。

これを後ろから読むという提案。(『救いの梯子』Alain Noëlよりイエズス会のPeter-Hans Kolvenbach神父の解釈)

後ろから梯子を上っていく。

まず、エジプトから逃れ、荒野で様々な誘惑に遭う、

次に、赦しのステージへ。

次にエジプトを脱出したユダヤの民に天から与えられて40年間の主食となったマンナを求める。

最後にようやく、神のみ旨により約束の地、神の国に到達して、

神の名の秘跡と交わる。それが「私たちの父」という呼びかけ。


というものだ。


神を「私たちの父」と呼ぶことの特殊性が分かる。


たいていの神々は支配者であり、超越した存在であり、人間とは異種の優越者だが、その神を「父」とみなす。つまり家族だ。

日本の国家神道が国民をすべて「天皇の赤子」としたのは一神教にヒントを得たものだと言われているが、確かにユニークで効果的な形容だ。


なるほど。(続く)


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by mariastella | 2017-12-05 00:05 | 宗教

「主の祈り」をめぐって その2

これは前の記事の続きです。


12/3からフランス中の教会で訳文が変わってしまう「主の祈り」についてのいろいろな意見の出現が最高潮に達している。

非常におもしろい。

実はベルギーでは今年64日の聖霊降臨祭からもう新約が採用されている。(国語としてライバル関係にあるネーデルランド語の新訳がすでにスタートしていたからだそうだ)

フランスは、ヴァティカンの祈祷書のフランス語新版が出るのを待つと言っていたのだけれど、いっこうに出ないので司教協議会が12/3をスタートと決めた。子供たちに要理を教えるカテキストたちは、フランスの新学期である91日からにしてほしい、と言っていた。(確かに、3ヶ月で文面が変わるのはまずいが、78歳向けの要理クラスの1年目の最初の学期は、まだ主の祈りを暗記させるなどという段階ではない。)

12/3から始まる待降節からの「変化」の予告は各教区でいろいろ準備しているし、プリントも配られるそうだし、フランスの司教会議による説明のパンフレットもある。カトリック系雑誌はいっせいに「主の祈り」の特集をしている。

不可知論家庭に生まれながら神を信じたけれどカトリックの洗礼は受けなかった哲学者シモーヌ・ヴェイユの「主の祈り」への没頭は有名だ。

もともと、カトリックの祈祷書の中では朝の祈り、夕の祈り、11度のミサ、とフルコースなら13度も唱えられるのだからうっかりすると、ただぶつぶつと形だけになってしまうこともありそうだが、シモーユ・ヴェイユは、朝に一度、全身全霊で、一語一語の意味をかみしめながら祈るので、その間に一瞬でも気が散ると、最初からやり直す、と言っている。

こういうタイプの人なら、どんな宗教のどんな祈りでも、その没頭そのものの瞑想効果というか、ミスティックな位相が共通しているもので、言葉の意味などは、どんなにかみしめても、ひょっとして、もう別の世界とジョイントしているのかもしれない。

とはいえ、普通の人には意味の分からない神道の祝詞だの仏教のお経だの、それぞれの聖職者によって「上げられる」タイプのものと違って、「主の祈り」って、パーソナルでも集団でも唱えられる祈りで、言葉の意味もまあ分かりやすいので、繰り返しているうちに刷り込まれるサブリミナル効果というのもあるかもしれないから、確かに「訳文」のニュアンスは大切だ。

今回の「変更」について、一番普通に言われるのは、「神が人に誘惑の罠をかけているかのように取られてはならない。悪に誘うのは神ではなくてサタンであり、それに負けないように助けてください、という意味に近い方がいい」というものだ。

実は「soumettre」という動詞がイスラムを連想するから変えたかった、という説は前回紹介した。イスラムは神への絶対服従、ユダヤ=キリスト教では服従は人間の自由意思に基づくもの、キリスト教ではそれがさらに、神の方が人間の中へスライドしてくれる。現在イスラム過激派が掲げる全体主義、教条主義に対抗して、より人間の「自由」な意思による神との「協働」を強調したいというのは分からないでもない。

司祭たちのコメント。

「けれども、復讐する神から、悪の前で無力な神に代わる、というわけではありません。誘惑の存在を合意していても神が敢えて人を誘惑にさらすわけではありません」、

「訳が変わるのは、別にキリスト教が変化したわけではありません。神と人間の関係のどの部分に焦点を当てるかというのは時代によって変わってきました。

過去は『人間の救済に心を砕く神』であり、ここ数十年は『社会の公正に配慮する神』となり、それが今は『ミゼリコルド、いつくしみの神』へと移ってきました。でも、実際は神は最初から慈しみの神でもあったのです。」

やっかいなのは、洗礼を受けて要理も受けているから「主の祈り」は暗唱しているけれど毎週教会に来ることはない多くのフランス人カトリック信者が集まる葬儀、洗礼、結婚式などの特別なミサだ。

そこで唱えられる主の祈りの訳が変わっていることなど皆は知らない。

だから、これからは、そのような冠婚葬祭ミサのために、新訳を必ず手渡すよう、注意を喚起するようにと配慮が求められている。

うーん、外野からみたら、前日までは何十年も「A」という文句だったのにある日突然「B」が正しく「A」は間違いということになる「典礼」自体の「融通のなさ」はナンセンスにも見えかねない。でもまあ「宗教」システムだけでなく、「新常識」がいつの間にかできていたり、「新条例」「新法制」がある日施行されたりするのは広く社会システムにもあることなので、その変化が何を反映して何をねらっているのか、人をより自由に平等に安全に導くものなのか、などをきっちり見極める必要がある。

だから今回の「変更」についていろいろ語られる「主の祈り」の解説も、示唆に富んでいる。

主の祈りの「読み方」について、前回は、7つの願いがシンメトリーになっていて、真ん中の「お父さんにパンを頼む」父としての神が中心で、前半は王(崇拝対象、権威)としての神、後半はモラルの審判者としての神であるというのを紹介した。日本のイエズス会の『神学ダイジェスト』でも読んだことがある。

同じシンメトリーでも違う読み方があるし、もっとアクロバティックな読み方もある。(続く)


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by mariastella | 2017-12-04 00:05 | 宗教

主の祈りと「服従」

キリスト教で一番大切な祈りとされているものにイエス・キリストが伝えた「主の祈り」というものがある(マタイによる福音書6-13など)。

その、今の日本の共同訳聖書で


「わたしたちを誘惑に遭わせず、/悪い者から救ってください。」


という部分は、2000年の、日本のカトリックと聖公会の共通口語訳による「主の祈り」では


「わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。」


となっているようだ。


確かに「誘惑に遭わせず、悪い者から救ってください」と言うと、なんとなく「悪い友達」に引きこまれないように、サタンだとか蛇に出会いませんように」というイメージもあるが、「主の祈り」の「わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。」ならもっと、自分の内面の誘惑や悪を連想するかもしれない。

毎日曜のミサで唱えるものだから、こっちの方がより効果があるのかも。

プロテスタントでは「我らをこころみにあわせず」だったり、正教会では「我等を誘いに導かず」というものなどと、ネットには出てきた。


参考に全文は

「天におられるわたしたちの父よ、
み名が聖〔せい〕とされますように。
み国が来ますように。
みこころが天に行われるとおり
地にも行われますように。
わたしたちの日ごとの糧を
今日もお与えください。
わたしたちの罪をおゆるしください。
わたしたちも人をゆるします。
わたしたちを誘惑におちいらせず、
悪からお救いください。


で、非キリスト教者にも懐かしい文語訳では


「天にましますわれらの父よ、
願わくは御名の尊まれんことを、
御国の来たらんことを、
御旨〔みむね〕の天に行わるる如く
地にも行われんことを。
われらの日用の糧を
今日〔こんにち〕われらに与え給え。
われらが人に赦す如く、
われらの罪を赦し給え。
われらを試みに引き給わざれ、
われらを悪より救い給え。」


ヘブライ語の修辞法では最も大事なものが中心にあって、前と後ろに挟まれることになっているという考え方からは、最初の「御名、御国、御旨」というのは「王としての属性」、最後の「罪、赦し、悪」というのが「神としての属性」、一番大切なのが真ん中の、「今日の糧をください」という「父と子の関係」だという説がある。父としての神が一番重要なのだ、という解釈になるほどと思ったことを覚えている。

で、その「神としての神」の部分に、「悪へのいざない」というか、「試み」が出てくるわけだ。


1988年版の英語訳では

Save us from the time of trial


らしくて、「遭わせないでください」というのは試み、誘惑そのものというよりそのtimeということで、よりタイミングのイメージがある。「遭う」という漢字がその意味なのか。

And lead us not into temptation, というのもあった。


そもそも誘惑があり得る環境に人を置いたのは神で、その誘惑に負ける自由意志を与えたのも神だし、いろいろな試練を与えて「試みる」のも神だ。神の子イエス・キリストですら様々な誘惑や試練を与えられた。

だから、「そんなことをしないで下さいよ、おとうさん」と、私たちが言いたくなるのも当然だ。

で、なぜこんなことを書いているかと言うと、123日、つまりクリスマス前の降誕節最初の日曜日のミサから、フランスのカトリック教会で、「主の祈り」のこの部分のフランス語だけがいっせいに変更されることになったからだ。

すでに21世紀の初めから、フランス語圏の司教会議で、典礼に使う聖書の訳の新訳について協議がなされていて、201311月にこの部分の変更が合意されていた。20173月に正式に承認された。

1966年以来これまで、ルター派の改革教会でも正教会でも使われていたフランス語訳は

« ne nous soumets pas à la tentation » だ。

このsoumettreは屈服させる、服従させる、ゆだねる、供するという意味で、いわば、「私たち」を「モノ」のように、有無を言わさず誘惑に遭わせるニュアンスがある。

「お父さん、そんなことしないで」と頼んでいる。

今回の変更(これも2016年にフランスのプロテスタント連盟でも推薦されている)は、

«ne nous laisse pas entrer en tentation »


というものだ。

「私たちが誘惑の中へと引きずられていかないようにしてください」のようなニュアンスだといえるだろうか。


つまり、「私たちが誘惑に弱くそちらに惹かれていく存在であるのはしようがないけれど、何とかそれを引き留めてください」という感じもある。

これでは、まるで「誘惑とはアクシデント」みたいだけれど、実際は、どんな誘惑も試練も、創造の全責任者である神からくるのだから、アクシデントとは言えない。「新訳」の方が、「悪」が別にあるかのような二元論の印象を与えるのではないか。

なぜこれをわざわざ取り上げたのかというと、日曜日に必ず唱えられる「主の祈り」のこの部分だけが変更されたのは実は「イスラム対策」なのだ、という人がいるからだ。


「イスラム」というのはその語源に、「服従」がある。

手っ取り早く日本語のwikipediaをコピーすると、


>>この語は、「自身の重要な所有物を他者の手に引き渡す」という意味を持つaslama(アスラマ)という動詞名詞形であり、神への絶対服従を表す。ムハンマド以前のジャーヒリーヤ時代には宗教的な意味合いのない人と人との取引関係を示す言葉として用いられていた。ムハンマドはこのイスラームという語を、唯一神であるアッラーフに対して己の全てを引き渡して絶対的に帰依し服従するという姿勢に当てはめて用い、そのように己の全てを神に委ねた状態にある人をムスリムと呼んだ。このような神とムスリムとの関係はしばしば主人と奴隷の関係として表現される。<<


別にイスラム教でなくとも、カトリックの中ですら、イエスどころか「マリアの奴隷」を自称するような一派もいたくらいだから、「自主的な服従」というのは人間の社会関係における「選択」のひとつではあるのだろう。

でも、現在、カトリックの力が弱まり、イスラム人口が増え、過激派の言葉が広く響き渡るようなフランスでは、宗教における「神の名のもとの全体主義」への警戒が高まっている。その中で、イスラムの語源として真っ先に「soumission」という訳が出てくるし、イスラム原理主義の中での「従属させられる女性 femme soumise」に対して異議が唱えられている。

そういう含意を持ってしまったsoumission とかsoumettreの動詞活用だから、神と「私たちの関係を表現するものとして「主の祈り」で毎回繰り返すのはよくない、という思惑から、表現が変更されたというのだ。


12/3はぜひルヴェリエ師のミサにでも出て彼がこの変化を何と説明するのか聞いてみたい。この前に彼に会った時の記事で、キリスト教における人と神との関係では絶対的服従でなく「合意した、決意した、引き受けた」と言うのが強調されていたことを書いたが、それもひょっとして今の情勢の中の流れなのだろうか、と今にして思った。


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by mariastella | 2017-11-22 00:05 | 宗教

ジャン=リュック・イエネールの『地獄』Jean-luc Jeener

ジャン=リュック・イエネールの『地獄』

完全にマイ劇場と化したThéâtre du Nord Ouestのこれも完全にマイ戯曲家(今回は出演もしている)と化したジャン=リュック・イエネールが「宗教とライシテ(政教分離)」のシリーズで問う新作『地獄』を観に行った。


重病のもたらす痛みに耐えられずに自殺願望を口にする重篤の夫を前にして悲嘆にくれる女性のところに、夫の友人である一人の司祭と一人の女性歴史学者が呼ばれる。同時に夫から呼ばれていたのは黒い長い司祭服を着てやってきた保守的な教区の司祭だった。彼は死にゆく男の最後の告解を聞いて赦しを与えてから終油の秘跡を与えて魂を天国に送るというのだ。

男は幼児洗礼は受けているが、教会から離れた無神論者だったはずだった。

妻も友人たちも驚く。

男は人格者であり、友人である司祭にとっては、無神論者であろうとなかろうと、男はその愛のわざによって救われている。告解をきいてやるなど考えたこともなかったし、男がそれを望んでいるのも知らなかった。

男の妻は、男が自殺するのをとめたい。


告解して秘跡を受けたその後で自殺しても天国に行けるのですか?

と司祭にたずねると、それはダメ、地獄に堕ちる、と保守派の司祭は断言する。


それを聞いている進歩主義の司祭は苦笑い。

彼にとっては、神はイエス・キリストを送って人の心につながることでアダム以来の罪を救ったのであって、何をどうしたらどこに行くとか行かないとかの理論はもはや本質的ではないからだ。

けれども、死の瀬戸際にある人間にとって、は元気な頃の思想信条がどうあれ、救われるのか救われないのか、などという言葉のディティールが思いがけない重みを持ってくる。


宗教史の女性学者マリーは、アリウス派についての研究書を出していて、保守派の司祭もそれを読んでいた。

何が異端で何が正統になってきたのかという歴史を研究していたら、その産物のひとつである一教派の教えを絶対化する教条主義など無知蒙昧の証しであると見えてくる。

「あなたのように、カトリック教会が人を脅かすための古臭いメソードである地獄をいまだに振り回している人を見たら、カトリックを捨てた自分の判断が正しかったとあらためて思うわ」、とマリーは保守派司祭をあざ笑う。

 

果たして、死の床にある男が3人にあてた手紙が開かれ、その中には、若い頃に誤って犯した殺人についての告白が記されていた。

死が近づくにあたって、その罪の重さは彼を苛み、社会的には時効が成立しているが、司祭による神の「赦し」を必要とする心境になったということであるらしい。

衝撃が走る。


自分たちの第一の務めは「魂を救う」ことだ、と「やる気満々」の保守派司祭。


死の前の弱い状態だからと言って、友人がそんな蒙昧の世界に舞い戻ることは許せない、正気ではない、と思う歴史学者。


そして、今そこにいる「友人を愛し、寄り添う気持ち」の方が、所詮神の業でしかない「魂の救い」に優先するという実感の中にいる進歩派の司祭。

その彼も、友人が、「魂の救い」について司祭である自分に頼ってくれなかったこと、別の司祭を呼んだことに対しては苦い思いを禁じ得ない。

そういうそれぞれの思惑が、ただただ絶望し嘆きわめく、男の妻のつくり出す絶望と怒りの空気の中で微妙にからみあってくる。


「死ぬ時まで神を信じ続けられるのか」「死ぬ時にこそ神を信じられるのか」、などのいろいろな人間的な疑問が2人の司祭と反カトリックの学者との間で互いにエスカレートしたり壁に突き当たったりする。

うーん。すごくフランス的だ。

結局、一見かなり「普通のフランス人家庭」であったこの「夫婦」であろうと、司祭になった男たちであろうと、どういう立場であれ、もとは「普通に幼児洗礼を受けた人たち」であるわけだ。それが、長じて無神論的イデオロギーに出会ったり、あるいは普通の意味で、子供が親の影響から逃れ出て自立する過程の一部として、「カトリック的なもの」と決別したりする。

その中で敢えて、「イエス・キリスト」と出会った者、「呼ばれた」者は、司祭の道を選ぶが、その間には「信仰の夜」を経験するなどいろいろな試練がある。それらを経て、なお司祭としてとどまった者は、「信仰」を内的なものとして人々との愛の中に生きようとするか、人々との「魂の救い」のためにがんばるか、という道に分かれる。

日本なら、神社でお宮参りをしたとか七五三を祝ったとかいう「家庭の行事」について大人になってからその宗教的意味を自問する人などまずないだろう。クリスマス・ツリーのそばにあるサンタクロースからのプレゼントをもらった思い出について宗教的なアイデンティティに悩む人もいないに違いない。

キリスト教の歴史についていろいろな角度から調べているという点では、この芝居の中に出てくるマリーと私は似たような立場だ。異端の歴史を始めとして歴史的展開を見ていると、いわゆる教義のようなものがどんどん相対化されていくのもよく分かる。

でも私の場合は、それによってキリスト教の呪縛から解放されていくというのはない。最初から縛りがないからだ。

神が存在するとかしないとかを考えることなしに初詣で手を合わせて賽銭を投げることに抵抗がない多くの日本人と同じく、現実のキリスト教の組織が官僚化していようが偶像崇拝があろうが、それに対する拒否感から神を信じられなくなる、というような深刻な悩みなしにキリスト教シンパとして研究もすることができる。

神との関係も多分、良好。神が困っていたらなんとか助けてあげたい。

たとえ神と出会えなくとも、神を探している人たちと出会うのは大好きだ。

日本でなら、こんなふうに言ったところで、「無神論者」から馬鹿にされたり攻撃されたりすることもない。

でも、フランスで、こういうテーマを正面から取り上げるのは、21世紀の今でもやはり勇気がいるだろう。無神論者を攻撃するイスラム過激派との確執が深くなっている今ではさらに微妙なテーマだ。

芝居が終わってからイエネールと話した。

今回はThéâtre du Nord Ouestの小さいほうのホールが使われた。

観客は15人か20人くらいだった。席が全部埋まっても30人くらいしか入らない。

この芝居については、今回こちらのホールを使いたかった、ここでは、観客の重力が伝わる、感じられるとイエネールはいう。500席の劇場では絶対にない感覚だという。

観客としての私は逆だ。前の席に座っていると、登場人物と1メートルしか離れていなかったりするので、そんな登場人物たちが同じ場面にいる私たちに気づいていないかのようにお話が展開するのを見ていると、まるで自分が透明人間になったような気がするのだ。

私は芝居の登場人物らを見ているのに、彼らは、私を見ていない。私は見えていない、という感覚だ。でも、役者たちは、私たちの重力をずっしり感じているというのが意外だった。いや、透明人間だからこそ、重力だけがひしひしと伝わるのかもしれない。


そこに、保守司祭の役を演じたジャン・トムが加わって、イエネールは自分とは正反対の進歩派の司祭を演じて大変だったよね、みたいなことを言った。イエネールは、いや、愛し合うという福音が一番重要だというのはぼくの意見でもある、と答えた。

イエネールはがちがちの保守派と見られているとでもいうのだろうか?

カトリック作家であると自動的にそう思われるのだろうか。

私は彼の著作をキリスト教についてのものも含めてかなり読んでいるので、彼のリベラルなアーティストの感性と、信仰の真摯さというもののバランスをかなり良く理解できる気がしている。神学者でもあり、「受肉の演劇」「キリスト教戯曲」の意味を追求し続けるイエネールの文字通りすぐ近くでたまに時間を過ごせることは本当に贅沢だと感謝する。もっと続きますように。


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by mariastella | 2017-11-20 00:05 | 演劇



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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