L'art de croire             竹下節子ブログ

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宗教共同体の変化や被昇天のことなど

聖母被昇天祭、2年ぶりに、パリ19区のビュット・ショーモン近くにある被昇天のノートルダムのビュット・ショーモン教会に行って軽いショックを受けた。


今年は遠出が不可能だったので、パリの中にある被昇天のノートルダム教会の別のところに行ってみようと思った。
教会の建物や歴史として圧倒的に興味深いのはリボリ通りの近くにある教会だけれど、ここはポーランド語教区教会となっていて、ミサも全部ポーランド語だし、いかにも熱心なポーランド人が集まりそうなので、こういう特別の祝日にいくのはなんだか敷居が高い。
16区にも被昇天のノートルダム教会があって、ドーム屋根をもったまあまあ感じのいい19世紀末風の教会だけれど、こういう日は16区のブルジョワ・カトリックのメンタリティが芬々としていたりして…と思って、パス。
結局、お話が圧倒的にうまいルヴェリエール師のいる19区なら、少なくとも興味深い説教が聞けるだろうし、と考えて、19区にしたのだ。

教会の名前が被昇天のノートルダムなのに、この日に取り立てて何もないのは分かっていた。

その後、聖遺物の「拝観」やら、
元気印のルヴェリエール師とは何度も個人的に話もして好感度は高かった。

ところが、去年は行っていないのでいつからこうなったのかは知らないが、今回行ってみると、
「被昇天のノートルダム」の名にふさわしいというか、もう被昇天一色で、運河から船に乗ってのノートルダム大聖堂への巡礼まで付いていたのだ。

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こんな感じの聖母子像の神輿みたいなのも飾られていて、これを4人で担いで行く後を外の広場まで「行列」したり、その他にも被昇天のタペストリーも飾られ、教会内のあちこちにイエスの聖心の絵がかかって蝋燭に火がともっている場所だとか、いろいろできている。驚いた。

2年前は、被昇天祭だから被昇天の名のついた教会に行ってみようと思ったので、もしこんな感じだったら満足したと思う。けれども、2年前には聖母のアイン・カレムの訪問の話しかしていなかったのに…。

今回はしっかりと被昇天の教義の由来やら、神学的解説を延々として、あまりにも真剣なので、ルヴェリエール師ではない別人かと思ったくらいだ。あの陽気さ、楽しさ、喜びに満ちた感じが消えて、すぐに祈りの中に沈潜する黙禱が何度もあった。

アペリティフの時に私を見つけてにっこり笑って再会を喜んでくれたのでやっぱり彼だったと分かったのだけれど、たった2年で、同じ祝日の演出や雰囲気がこんなに変わるなんて。

ひょっとしてアイン・カレム信心会の人たちが中心になっていた?

変な話だけれど、よくパリの郊外のモスクで、原理主義のイマムが着任してあっという間に「過激化」してしまう、というのを連想してしまった。radicalisation、ラディカルになる、イスラムなら過激化と言われるが、カトリックなら「急進化」とでもいうニュアンスになるかもしれない。
別に他の宗教や宗派の批判をするわけでもないし、社会や政治の批判をするわけでもないし、ただ、熱心な信心会の雰囲気、というそれだけのことだ。

私が驚いたのは、2年前とのあまりにもの違いだった。
それを見て、とまどって、
なるほど、同じ宗教共同体の同じ場所の同じ行事でも、いくらでも変わるのだなあ、
と感心したのだ。
イスラム教の普通のモスクで普通の礼拝をしていた人たちがいつの間にか聖戦の煽動に洗脳されてしまうことだってあるだろうなとリアルに想像してしまった。

早い話が、2年前の9月の献堂式、大司教が梯子を昇って12の十字架をよろよろとひとつずつ祝別していた時、列席していた壇上の司祭たちがいっせいにスマホを向けて撮影していた。だから、他の会衆もみんなあれこれと撮影した。

ところが、今回の聖母像や行列も、何だか気軽にカメラを向けることなど絶対にできない雰囲気だった。
広場に出てようやく、という感じだ。

ルヴェリエール師が目を閉じている間が長く、目を開くと天を見上げる動作が多く、2年前の「マーフィの法則って知ってますか?」というあのノリは影も形もない。

いったい何が起こったのだろう。

もともとインスピレーションに満ちたカリスマ風だったのは確かだ。
でも前はそれが喜び、親しみ、若々しさ、親愛の道を通して個性的に熱く語りかけてくる感じだったのが、
普通に保守的、伝統的になっている。そういう意味では急進化という言葉は当たっていない。

今回初めてここに来たのなら、何も感じなかった。
リーダーが変われば社風や校風が変わるということはあるだろう。
同じ共同体だと思っていても、人間の集まりって、時と場合や特定の人の恣意や歴史の大きな流れによっていくらでも変わるのだなあという、当たり前のことを考えさせられた聖母被昇天祭だった。

と長々と書いたが、一番の収穫はやはりルヴェリエール師の説教で、被昇天のAssomptionという言葉の語源がassumerというのと同じだということを意識したことだ。
これまでは「ad sumere」で「上に運ばれる」というのでキリストのように自力で? 昇天するのでなく、聖母は天使によって上げられる「被昇天」だという理解ばかりだったけれど、キケロの時代のラテン語でassumptioというのはまさに、決意して、あるいは納得して引き受ける、という assumer だったという。

神が人となることや、聖母が神の子の母となることに、合意した、決意した、引き受けた、ということと、被昇天とは関係しているのだと思うと奥が深い。





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by mariastella | 2017-08-16 02:43 | 宗教

ウィーンの話 その4

シュテファン大聖堂の「宝物館」には、工芸として立派な祭服だの聖体容器、聖杯、聖遺物入れなどの他にカトリックのフォークロリックな「聖遺物」がたくさんある。

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十字架を担いでゴルゴタへの道を行くイエスの顔を拭ったヴェロニックの布だとか、

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最後の晩餐のテーブルクロスだとか、

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イエスの十字架の木の一部だとか、

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茨の冠の棘だとか、

こういうものって、例えばヨーロッパ中にある十字架の木の聖遺物を合わせると森ができると言われるほど、どこにでもあるといえばある。たいていは、4世紀のコンスタンティヌスのあたりから、エルサレムに行っての「聖遺物収集」が始まって、それがイタリアやコンスタンティノープルで崇敬されていたものが、十字軍の時代にコンスタンティノープルから収奪してきたということになっている。
また、神聖ローマ帝国の皇帝やヨーロッパの王とローマ教皇とが対立していた時に何度も侵略や戦争があったので、フランス王やらドイツやオーストリアの王、皇帝、選挙候などもイタリアの各地からメジャーな聖遺物を収奪したりしている。
ケルンの大聖堂などはミラノから略奪した東方の三博士の遺骨を納めるために建設されて、その威光でローマに肩を並べるほどの大巡礼地となった。つまり経済効果があったわけだ。
十字軍の騎士たちに「聖遺物」を売りつける商人たちも跋扈していた。
存在が確認さえされていない三博士はもちろん、あきらかにでっちあげやら真偽のあやしいものはたくさんある。
しかも、手に入れた経緯は略奪やら時には他の巡礼地から盗み出すなど、到底、立派な行いとは言えないものが多く、これらこれらの夥しいメジャーな聖遺物は、巡礼者に宣伝するのは別として、基本的にひっそりと、つまり、本物であることを「強調する」とか「証明する」というようなロジックと別のところで祀られている。

これらの聖遺物を「本物」にするのは、巡礼者、信仰者を集める「実績」であり「ご利益」や「奇蹟」の「実績」であるからだ。聖遺物は崇敬されることで「本物」になり、崇敬による一種の集団サイコエネルギーみたいなものが、「奇跡の治癒」を生み出していく。

中世の人間とはいえ、本気でこんなものをありがたがっていたものだろうか、とその本気度を疑いたくなるかもしれないが、当時の王侯貴族が「毒消し」のために食器や飲み物入れに異常な神経を使っていたことを見るとそれが別の角度から分かってくる。彼らは常に毒殺されるリスクを抱えていて警戒していた。だから食器やカップなどを毒消しの効果のある動物などで装飾したり、毒消しの効果のあるとされていたヤギの胃の石灰化したものをくりぬいて金細工してコップにしたりしている。

医学の発達していない時代に、病気や怪我や中毒などは神罰やら運命やらに一撃される不可抗力の恐れだった。
いいというものにはすべてすがってみる、というのは信仰や迷信というよりもっと実存的な欲求だったのだろう。

このような聖遺物崇敬の「迷信」はプロテスタントから一笑に付され、一掃されたわけだが、ましてや明らかに出自のはっきりしない聖遺物について、今のカトリック教会はもちろん大っぴらに宣伝するわけもないし、新しく公認された「聖人」の真正の「聖遺物」だって、「それがどうした?」と部外者に言われればそれまでなのだから、中世の王侯経由で聖堂や修道会に伝わるコレクションについては、崇敬されてきた歴史を尊重するだけで、「真偽」を問うようなことはしない。

で、この大聖堂が捧げられたイエスの使徒ステファノ、聖シュテファンの聖遺骨はどこに?どこに? (続く)

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by mariastella | 2017-08-12 07:10 | 宗教

スウェーデンのカトリックと移民、難民  その1

スウェーデンのストックホルムのカトリック大司教が6月末にローマ教皇から「枢機卿」に任命された。次の教皇を選ぶ選挙権もある枢機卿はカトリック行政の上では教皇の下の最高位だ。(霊的にはすべての司祭の上に上下関係はない)

ヨーロッパの国の首都の大司教なら枢機卿になるのも順当に思えるかもしれないが、実は、スウェーデンでは初めてのことだ。

なぜなら、スウェーデンはいわゆるプロテスタント国で、カトリックは人口の2%というマイナーな国だからである。

スウェーデンの宗教などについてはここで書いている

しかも、67歳のアンダース大司教、

カトリックには20歳で改宗した人で、


元カルメル会の修道士で、


プロテスタント改革以来、はじめてのスウェーデン人司教(それまではドイツ人やポーランド人が任命されていた)だという。

なるほど。


日本のカトリックもスウェーデンよりさらにマイノリティで、昔は外国人司教ばかりだったけれど、戦中の国策ですべての外国籍司教が辞任して日本人司教に代わっていった経緯がある。20世紀の世界大戦で中立国だったスウェーデンではそういうナショナリズムはなかったのだろう。


アンダース大司教と共に枢機卿に任命された他の4人のうちの2 人もマリとラオスという「非カトリック国」の人であることも、カトリックは「カトリック教会」にとっての辺境や周辺地域でこそ仕えなくてはならないという今の教皇の方針を反映しているのだろう。

で、もっと驚いたのは、ルター派の福音ルーテル教会をスウェーデン国教会としているバリバリのプロテスタント国だと思っていたスウェーデンが、実は、今は世界でも有数の非宗教、非信心国であるという話だ。多くの国民は「キリスト教」が何であるかも漠然としか分かっていない完全な「ポスト・キリスト教」社会なのだそうだ。(宗教帰属意識が低いと言われる日本人にとって冠婚葬祭から初詣や各種の祭りなどけっこう「信心」行為のハードルが低いのと比べ物にならないようだ)

で、もっと驚いたのはそんなスウェーデンで、カトリックが今人気になりつつあるという話だ。プロテスタント離れしてしまったので、過去にあったアンチ・カトリックの偏見はほぼ消えてしまった。それどころか、今は注目されている。

それは「スウェーデン国教会」に対してカトリックが超国家的でユニヴァーサルだということで、スウェーデン内のいかなる共同体よりも、カトリック共同体は文化的にも民族的にも多様性があるからだという。

国教会に集まる「信者」は、人種的にも世代的にも社会的にも似たような人たちだが、カトリック教会に集まる「信者」は100以上の国籍が共存していて、多くの移民がいる。

そういえば、スウェーデンと言えば、2013年にシリアからの難民を制限なくすべて受け入れると宣言していた。今や国民の5人の1人は外国生まれだともいう。

ラテン系や旧植民地国も多く人種の混ざり具合が大きいフランスなどと違って、金髪碧眼率の高い北欧諸国では中東やアフリカの難民、移民は目立ちすぎて同化できないんじゃないかとか、カトリック教会が勢力拡大に移民を利用しているんじゃないか(ベルリンの例など)などというこれまでにも書いてきた私のゲスの勘繰りは、ほんとうに、ただゲスなだけなんだろうか…(続く)


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by mariastella | 2017-07-30 01:10 | 宗教

前川さん証言と詩織さん事件 その2

これは昨日の続きです。

前川さんと出会い系バーのことで私が連想したのはアンリ・マレスコ―という人だった。

アンリ・マレスコーは、1943年生まれで今年74歳。

ヴェルサイユのブルジョワ家庭に生まれ、フランス最高の学歴のひとつエコール・ポリテクニックを卒業。50歳でその母校の総長になる。

56歳で陸軍大将、58歳で全軍総監察官という華麗な経歴。

22歳で結婚した妻との間に5人の子供と、今は19人の孫がいる。

55歳から、ヴェルサイユのリセの生徒たちのためのカトリックの教理のクラスでボランティアをしていた時に、司祭から「終身助祭になるつもりはないか」と言われた。終身助祭とは、司祭叙階の前の段階としての助祭ではなく、助祭としての役割のみを果たすものだ。結婚や洗礼の司式はできるけれどミサの神降ろしの一種である「聖変化」の秘跡はできない。妻帯者でもなれる。

マレスコーは助祭になる勉強を始めた。妻は驚いたという。

その彼も、教区の手伝いをする意思はあったものの、59歳で、突然パリの娼婦の支援機関で奉仕するように言われた時は自分も驚いた。

教会の奉仕者は「まず審査を受けるべきです。その上で、非難される点がなければ奉仕者の務めに就かせなさい(テモテへの手紙一/3,10)」と聖書にあるようにそれは一つの試練なのだと思って引き受けたという。

その2年後、ヴェルサイユで助祭に叙階され、さらに5年後には自分で「タマリス協会」を立ち上げて、売春組織の犠牲者の女性支援に携わっている。

2017年だけでも、5月までで350人の女性が、無条件の援助、行政、司法、医療の手続きなどの支援を、30人ばかりのボランティアを通して受けている。そのうち150人以上が売春から抜け出すことができた。

週2日パリの事務所を解放して相談にのったりフランス語を教えたりする他に、二週間に一度は、2人組で町や森に出て、客待ちの娼婦に声をかけて相談にのる。女性たちはほとんどがナイジェリアで騙されて売られてきた。皆ひどい目に合っている。タマリスでは友情と連帯も得られ、フランス語の勉強もできる。(2前まではほとんどが東欧の女性だった)

マレスコーの活動を紹介するビデオがある。
接触するポイントは、娼婦たちに会いに行くときにかならず男女2人組でいくことだ

車を停めて降り、ボンジュールと言い、握手して、私服警官ではなくて売春婦支援団体のメンバーであると告げ、フランス語のレッスンを受けられることを伝えて携帯電話の番号と名刺を渡す。それを毎回繰り返す。

センターはムーラン・ルージュの向かいにある聖女リタ(『聖女の条件』参照)のチャペルの上にある。そこに来ればコーヒーとケーキがふるまわれる。週二回の午後に50人から75人がやってくる。
対応するのは15人のボランティアだ。

まず、話を聞くこと。
生活を変えたい、という女性が多い。
フランス政府の支援で国に帰る手段があると伝える。
フランスに残りたいという人には仕事を見つける手助けをする。
95%は不法滞在者で、滞在許可を得るのは難しく時間がかかることを告げるが、モチヴェーションがあれば支えていくことを約束する。

このマレスコーさん、いかにも上品でエレガントでエリート中のエリートで、家庭にも恵まれ悠々の老後を満喫するのが似合いそうなのに、パリの盛り場で、貧困の犠牲者である売春婦たちに囲まれて一生懸命に話を聞き、相談に乗っているわけだ。

彼がただの「上流階級の慈善活動家」ではなくカトリック教会の助祭というステイタスがあることが、彼を助けるボランティアにとっても彼に助けられる売春婦たちにとっても、「信頼」の基礎になる

たとえ同じモチヴェーションがあったとしても、文科省次官がオフの時間に一人で出会い系バーに出かけて若い女性を連れ出して話を聞いて援助すれば、当然、第三者がスキャンダルに仕立てるのは簡単だ。

社会のメジャーの側にある強者が最底辺の弱者に奉仕しようとする時、パリで長い間社会福祉を担ってきた歴史と伝統のあるカトリックのストラクチャーが残るフランスは恵まれている。

マレスコーさんのような使命感のあるエリートは日本にもいるだろう。
出会い系バーで買春者を待つ若い女性の話を聞いてアドヴァイスをしたいと思う人がいたとしても不思議ではない。

前川さんがどんな方なのかは私には分からないけれど、「あんな場所に行って下心がないはずはない」などと決めつけるのは想像力の貧困さの現れであって、ひよっとして、経済的な貧困よりももっと深刻な何かの喪失を示唆しているような気がする。

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by mariastella | 2017-06-08 00:39 | フランス

パリのファチマ

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これを書いている5/13は、ポルトガルのファチマで3人の牧童に聖母マリアがはじめて姿を見せた日から100年の記念日。

ファチマではフランシスコ教皇が巡礼して、幼くして病を得て死んだフランシスコとヤシンタという2人を聖者の列に加えた。殉教者ではないはじめての子供の聖人となる。

私は去年の秋に一足先にファチマの巡礼に行ったから、親しく感じてパリでの記念ミサとロザリオの集まりに出て見た。フランスにいる移民で最も多数なのはポルトガル人だ。ポルトガル人とのハーフの数もとても多い。で、パリには、 ポルトガル人の教会と称されるところがある。ファチマのノートルダム教会とも言われ、ファチマの聖地の出張所みたいな格付けになっている。ファチマの聖母の言った通り、毎月13日(12日の夜)にロザリオの祈りがささげられる。
この教会は19区の端にあって、第二次大戦後のパリ解放の記念に建てられたゴシック様式のもので、十字架のイエスが栄光の姿であるところが近代的。
かなり広いが人はいっぱいで2階席も使われた。
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ロザリオの祈りは、先唱が、病の床にある人の嘆息のようにひそやかにはじまり、「大声を出さないように」と何度も注意がある。ロザリオの祈りというとつい機械的に繰り出されるし、ファチマで聞いたのも念仏みたいなものだったが、ここでは、隣の人の祈りを聞きなさい、とまで言われた。そうしてはじめて共同の祈りとなる。なるほど。

司式をした司祭はユーモアもあって、

実は今からファチマの秘密を公開します、

と宣言し、それは十字架のイエスが、自分の母をもうママンとは呼ばずに、婦人よ、と呼んで、全ての人のママンとして捧げ、新しい母性を創造したということです、と言った。だからみんなは聖母をママンと呼んでもいいのだ、と。

その後で、献金の籠が回される前には、

ファチマの第二の秘密も明らかにしましょう、

聖母は、銅アレルギーなのです、
紙が好きです、

と言って笑わせた。

で、1ユーロ以下の銅貨は入れられず、見ると、5ユーロ札が一番多かった。
ヨハネ-パウロ2世の聖遺物もあった。
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入り口では私も去年ファチマで買った公式ロザリオなどが売られていた。
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途中でも最後にも、「ファティマのノートルダム、」「私たちのためにお祈りください」という掛け合いが三度続いた後に、二人の子供の新聖人の名が「聖」を冠して呼ばれて「私たちのためにお祈りください」、と続く。聖人の連祷という奴だが、この三者に限定したところが新鮮だ。早逝したこんな子供たちが、突然「聖ナントカ」と呼ばれて祈りの取次ぎをたのまれても戸惑っているかもしれない。

ともかくここのミサでは跪く人の割合も高くて、アヴェ、アヴェ、アヴェ・マリアという時に掌を上に向けて高く上げる人の数も多く、化体(聖変化)の時には鈴音が響くし、聖体拝領を手で受けない人の数も多い。ポルトガル風味だ。

でも、こういう場所のこういう「演出?」を見ていると、フランスのような国で選挙戦を戦うような人は、少なくとも教会でどういう典礼がどのように行われ、どういう言葉が使われているのかを熟知している必要があるなあとあらためて思う。マクロンがイエズス会の学校で洗礼を受け「超越の存在」から使命を託された印象を述べ、愛を持って謙虚に仕えるなどと語るルーツは多くの人からサブリミナルにキャッチされているのだろう。



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by mariastella | 2017-05-14 03:16 | 宗教



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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