L'art de croire             竹下節子ブログ

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地球のために何ができる? 2

承前


エリザベト・バダンテールはアングロサクソン型の男女同等、犠牲者主義(男は敵で女は被害者)、クォータ制、逆差別推進というタイプのフェミニストではなく、人類は皆自由と平等だというフランス型普遍主義のフェミニストだ。すべての人が人間としての尊厳を損なわれないで生きていけるための戦いの一環としてだけフェミニズムも現れてくる。

私はそういうフレンチ・フェミニズムの支持者だ。

「男と同じようになる」とか「男に勝つ」とか「男を敵にする」という二元論的闘争は苦手だ。でも、「男と戦う」のでなく「自由のために戦う」女性を見るのは好きだ。オジャランのロジャヴァ革命の理論やクルドの女性戦士なんてぞくぞくする。

ずいぶん前に女性編集者から「竹下さんのフェミニズム論を読んでみたい」と言われた時には意外な気がした。

私はすでに、アングロサクソン風フェミニズムの裏返しである恩恵ばかり受けてきた人間なのでそのことが後ろめたかったからだ。

詳しいことは書かないが、要するに、ただ、これまで甘やかされ放題で生きてきたということだ。まともに振り返れば、ほとんどアベル症候群になってもよさそうなくらいだ。

(アベル症候群を説明するのに、今、日本語で検索したらこういう論文〈天理大学カウンセリングルーム紀要 第 l巻 2004 共感との関連からみた罪悪感:発達的観点から〉というのが出てきたので該当部分をコピーする。)

>>>>富裕の罪悪感  他人と比較して自分が恵まれた幸せな境遇にいることを自覚することで生じる罪悪感である。 1960年代の有産階級出身の若者を社会運動に駆り立てた動機がこの富裕の罪悪感であったと Hoffmanは考えている 。社会経済学的にいえば、それは「階級的罪悪感」ともいえる。これは共感の最終段階である「目前状況を超え出た視点からの共苦を基盤に形成される発達的に上位段階での罪悪感である。しかし、時代、地域といった文化的影響を受けやすく、現在では目にする 機会が減ったと述べている 類似の現象については、 Modell(1984, chap. 5)が論じている 。この種の罪悪感の背後には、 「自分が何か良いものを手に入れることは、他の誰かが剥奪されることを意味する」 p75)という空想が伺えるという。(註九

Ellenberger (1954)は、この種の罪悪感を「アベル症候群」と呼び、その心理的構成要素に ついて、論じている 。アベル症候群のひととは、「運命に甘やかされた人」で、「他人より幸福 なのを自覚して、漠然とした罪業感を覚え、他人のやっかみを感じているが、十分な自己防衛はきていない人」(p306)である 。アベル症候群は、「(1)幸運と、(2)その結果としての漠然と した罪業感と、(3)羨望の的となっている事実と、(4)不十分な自己肯定感(p307)とから構成されているという <<<<

私の「幸運」は、平和な時代に豊かな国に生まれて育ってきたこともあるが、その中には、たまたま「女の子」だったからすべてが許されてきたというのも含まれていたので、犠牲者主義のフェミニズムに対しても罪悪感があったのだ。

飢えで死んでいくソマリアの子供たちとか、ナパーム弾で焼かれるベトナムの子供たちとか、ありとあらゆるこの世の不幸と不条理は子供の頃から耳にし目にしてきた。フランスでは知識人がアンガージュマンを、と言って、ラテン・アメリカのゲリラに加わったりスペイン戦争やらに参加したりしていた時代だった。

でもフレンチ・フェミニズムは犠牲者主義ではなく、男たちとも連帯して「人間」を扱ったものだったから、私にはハードルが高くなかった。

その第一の論客がエリザベト・バダンテールだったのだ。

しかも彼女はシンプルでエレガントで、知的で堂々としていてすてきだった。

夫君のロベール・バダンテールと同じ理念と志をもって歩んでいるところも理想的だった。それ以上のプライバシーには興味がなかった。

ところが、ある時、彼女が自分には3人の子がいて孫たちもいる、とインタビューに答えた時、なんだか裏切られたような気がしたのには自分でも驚いた。

少し調べると、パリの一等地のすばらしいアパルトマンに住んでいて、世界有数のの広告代理店の創業者の孫で大株主だということも知った。

それ以来、彼女がどんなに弱者の側に立って社会正義のために正論を言っても、失業中のシングルマザーやDVを受けて子供と非難している女性などの苦境にほんとうに共感できるのだろうか、愛も家族も金も知性も地位も権力もすべて持っている「あんたに言われたくない」と思われないだろうか、などと違和感を感じるようになったのだ。

一方で、民衆が立ち上がったフランス革命の理論的支柱となったのは、啓蒙の世紀の貴族や聖職者の知識人たちである。ほんとうに虐待されたり奴隷状態にあったりする人はその日のサバイバル以上のことは考えられない。生活に困っていない人だけが、広く他者に目を向けることができる、と言うのは真実だとも思った。

目を向けるだけでなく、フランスの大貴族のラ・ファイエット侯爵が自費でアメリカに渡って独立戦争を助けたように、身の危険を冒してでも遠くにいる他者の支援に駆けつける人も実際にいた。

恵まれた環境でぬくぬくしているのではなく積極的に「行動」を起こす人もいるわけだ。日本でなら、先ごろ亡くなった犬養道子さんのような人も思い浮かぶ。「おじょうさま」で特権もあり知名度も人脈もある人が、貧しい子供たちに出会ってから人道支援、難民救済に尽くした。

弱者に寄り添うために同じ弱者である必要はない。ビル・ゲイツだってメリンダ夫人(カトリック)と共に、世界最大の慈善基金財団を創って実際に「現地」へ足を運び続けている。

そうは思っても、バダンテールでもなく犬養さんでもなくビル・ゲイツでもなく、ただ親や周囲の人に甘やかされてきたというだけでチキンな私が、いくら世界の不公正に義憤を覚えても、地球の環境悪化や温暖化に危機を感じても、何もできないし何もやらない日常は変わらない。資源ゴミをリサイクルして、多少は省エネを心がけたしたとしても、原発依存国フランスで電気をたくさん使って不自由なく暮らしている事実は変わらないのだ。

私は『ラ・デクロワッサンス』のようなメディアから叩かれるような有名人ではもちろんないから、それでも、ひっそり偽善的に生きていける。いや、この新聞を買うだけで、多少の「償い」感を得させてもらっているくらいだ。

で、バダンテール女史はいったいそこでなんと言われて叩かれているのだろうか ?

おそるおそる読んでみると・・・


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by mariastella | 2017-07-26 06:18 | フェミニズム

前川さん証言と詩織さん事件 その3

前川さんに続いて詩織さんのことを書こうと思ったのだけれど、結局どう書いていいかまだ分からない。
あるブログで、フェミニズムの女性論客たちがほとんどこの件について発信していないことを指摘したものがあった。上野千鶴子さんや香山リカさんやらのツィッターに何も出ていないということだった(今は知らない)。
江川紹子さんはきっちりと発信していて、私も読んだけれど、彼女って本当にすてき。

個人的に言うと、「顔出し」をした詩織さんの外見があまりにも私の好みだったので、まず外見に反応した後ろめたさがあって、距離をおけなかった。
江川さんはもちろん詩織さんの外見などには触れない。

家族に配慮して姓は公表しないという話だったが、私も他の多くの人と同じくネットで彼女のFBをすぐに見た。ますます見とれた。

彼女が私の娘だったら、私もばんばん表に出て支援するだろうし、彼女が私の恋人だったとしても、顔出しで共闘すると思う。

そういうバイアスがかかっているので、彼女が戦おうとしているモノや彼女を踏みにじったヒトたちに対してどういうひどい言葉を発してしまうか自分でも分からないので、やはりここは自粛して、真に役立つ言葉が醸成されるまで待つことにした。

若くて美しい女性を前にして、やにさがるのも、征服しようとするのも、逆におとしめて攻撃するのも、みんな同じルーツであるような気がする。

詩織さんに見とれている自分が上等だとももちろん思えない。
でも彼女を応援します。

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by mariastella | 2017-06-09 02:54 | フェミニズム

マクロン、マリヘ行くーー女性国防大臣の意味は?

マクロンのはじめてのヨーロッパ外の訪問は、アフリカのマリのフランス軍駐留地で、7時間いて、閲兵した後は兵士たちといっしょにセルフサービスのテーブルについた。

フランスの国防大臣はオランド政権の5年間、ジャン=イーヴ・ドリアンが続けて存在感を示していた上に、早くからマクロンを支持していたので、続投かと思ったら、欧州・外務大臣に任命された。
要職だから文句はないとしても、新国防大臣にシルヴィー・グラールを当てたのはなんとなく分かる。

マクロンは「大統領は軍の総帥」だということを強調したかった。
もともとナポレオン路線をたどっているから、「軍隊を率いる」というイメージはもっともシンボリックなものである。
就任式の後、シャンゼリゼでパレードした時に普通の車でなく軍用車に乗り込んだのも明らかにそのための演出だった。
年長者に対してやたら「父性的」なしぐさをすることは前に書いたけれど、兵士たちの前をゆっくり歩く足取りも、それを意識している。

そんな「ナポレオン」に、ドリアンのようなベテランの国防大臣は「不都合」だろう。

シルヴィー・グラールは首相候補だともささやかれていたベテランの欧州議員だ。
実績、実力は問題ない。「国防」大臣のポストは、「戦争」大臣、「軍隊」大臣(今回はこれに戻った)など名前はころころ変わるのだが、やはり圧倒的に男性が占めてきた。

フランス史上最初の女性国防大臣はシラク時代のミッシェル・アリオ=マリーで、この人は最初の女性大統領になるかもと言われたくらい見た目もなかなか堂々としていた。彼女がこのポストに就いたのは、2002-2007で、シラクとル・ペン(父)が決選投票した後だ。その後はまた男性が続き、マクロンがル・ペンと決選投票になった後でふたたび女性国防大臣が登場したのは偶然だろうか。
ル・ペンと言えば、ジャンヌ・ダルクを政治利用することで有名だ。
ル・ペンを選挙戦で敗退させた後で、軍隊に女性大臣を配することには隠れたメッセージがあるのかもしれない。

何かと男女の同権や平等が言われる時代だ。女性大臣と言えば教育とか文化、健康、厚生などのポストを受け持たされることが多いことも批判される中で、「軍隊」という伝統的に男の世界のトップに女性を据えること自体の「政治的効果」はもちろんあるだろう。日本でも、稲田朋美防衛大臣が女性初の小池百合子(2007)に続いて2番目だ。

マクロンの場合は、女性国防大臣を置くことで、やはり「真のリーダーは男である自分」、ナポレオンのように軍の先頭に立つリーダーなのだ、ということを「自然に印象付ける」という効果もあって一石二鳥というところか。

この人のやることはすべて計算し尽くされている。
果たして計算通りにどこまでうまくいくのだろう。

しばらく姿を見せなかったル・ペン女史もピカルディの選挙区に姿を見せた。
決選投票で58,2%を獲得したエナン=ボーモンだ(すでにFNのスティーヴ・ブリオワが3 年前から市長をしている。この人は大統領選の間FNの臨時代表をしていたが、TVでのコメントを見ているとまるでFNのイメージのカリカチュアみたいだった。16歳からFNに入ったというからすごい)。

娘と敵対していた父のル・ペンも独自候補を出さずに支持に回った。笑顔を振りまく彼女の姿がまたメディアに登場した。

エナン=ボーモンに住んでいなくてよかった。

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by mariastella | 2017-05-20 06:58 | フランス

新内閣のスポーツ相とブラックフェイス

今回のフランスの新内閣の構成で、男女の同比率はきっちり守られたし、出身階層や学歴についてもいろいろ分析されていた。閣僚全部で88冊の著書があるとかいうのもフランス的だ。政治家の本はよく売れるし、フランス人は今でもクリスマス・プレゼントに単行本を贈り合うのが珍しくない。

でも、何しろ公の「人種別統計」が禁止されている国だから、閣僚の「人種」のバランスは問題にされない。

今回の唯一の黒人閣僚は、ローラ・フェッセルで、スポーツ大臣、過去のオリンピックで金メダル2度、世界チャンピォン6度を征したフェンシング選手(エペ)である。

黒人閣僚は、海外県担当大臣(別枠)を除くと、近年有名なところではラマ・ヤデやクリスティーヌ・トビラという大物がいたが、ローラ・フェッセルも含めてみな女性だというところが意味深長だ。

アメリカではオバマ大統領の登場も含めて黒人問題は今も重要テーマだけれど、フランスではかなり温度差がある。とはいえ、アメリカの影響で寄り注目されるようになっている。

3、4年前だったか、『エル』の女性ジャーナリストが黒人女性に扮した写真が差別だと問題にされた。

あるパーティで、ファンであるビヨンセの妹に扮した写真をインスタグラムにアップして批判されて叩かれ謝罪したのだ。

「黒塗り」はコスチュームではない、と抗議される。

アメリカとは歴史が違うから、差別への感受性も違う。

ヨーロッパでは「ナチスの仮装」の方が罪が重い。

1980年代初めのフランスでは黒塗りのコメディアンが「アフリカ人」というタイトルでコントをやっていた。

今なら完全にレイシストだ。

シェイクスピアの『オセロ』は16世紀以来白人俳優が黒塗りで演じてきた。ヴェルディの『オテロ』も白人歌手が黒塗りで歌う。

日本でも二期会の公演の写真を見ると、テノールの福井敬さんが黒塗りで歌っている。

劇団四季のミュージカル『ライオンキング』を東京で観たが、黒塗りではなく「アフリカ人」をメークしていた。

同じ『ライオンキング』がパリでは全員黒人歌手やダンサーだったことに驚いて、なるほどなあ、と思ったことがある。

オペラ『蝶々夫人』での白人歌手の「日本人メーク」の歴史もいろいろありそうだ。

アメリカでは白人が黒人を演じる「ブラックフェイス」というのが19世紀にジャンルとして確立した。

映画で有名なものに黒人歌手を描いたものがある。


1964年からはもちろん自粛された。

今はいわゆる「仮装大会」でしか見られないが、それでも問題になるわけだ。

フランス映画のコメディで女性のブラックフェイスを描いたのもあったっけ。

で、その逆のホワイト・フェイスというのはない。

一般に、女性の男装は、男性の女装よりも社会的に容認される。

女性として生まれてしまったにかかわらず、男性という「上位」に倣い、希求するのは上昇志向でOK。

せっかく男性として生まれたのに、女性という「下位」に身をやつすのは脱落者。

黒人の場合は、それが少し歪んで、

白人が黒人に扮するのは動物に扮するのと同じファンタジー(差別)、

黒人が白人のふりをするのは越権で許せない。

あるいは、社会的な差別体系の中で上位の者が被差別者に扮するのはそもそも「差別」の一形態であるから、逆のケースはあり得ない。

ローラ・フェッセルの場合は、競技種目がそもそも剣を使って戦う剣術だ。

そしてフランス語がつかわれるフランスっぽい競技。

記録を競う競技でなく相手を破って勝ち取る競技。

そこでチャンピォンでオリンピックの旗手も務めたローラ・フェッセル。

で、黒人。

で、女性。

2024年のオリンピック開催を目指すフランスにとっていろんな含意がありすぎる人選だ。






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by mariastella | 2017-05-19 03:00 | フランス

『アエラ』のマクロン記事にびっくり 

フランスの大統領選についての日本語の記事を偶然、ネットの雑誌記事で見て驚いた。

日本の個人のブロガーなどが的外れなことを書いていても別に気にならないけれど、アエラって朝日新聞社の雑誌じゃなかったっけ?(5/22号 p58-59)
しかも、編集部とライターの署名記事。

突っ込みどころが多すぎる。

タイトルからして

《「ナチスの教訓」が勝った》

というのだ。

ドイツじゃあるまいし、フランスが極右を排除しようとするのは、口をそろえて「共和国精神に反する」からで、この建前だけは、なかなか外せない。

そしてサブのテキストが

「仏大統領選で有権者が選んだのは、同国史上最年少の大統領となる元銀行員。」

だって。

「銀行員」!!

政治家として官僚として最高のエリートのグラン・ゼコールを出た人なのに。
「銀行」と言ってもロスチャイルドの投資銀行に3,4年いて大口の買収を成功させて何億ユーロと稼いだ人。

その後、大統領の特別顧問、経済相になった男を「元銀行員」。
フランス語を本気で読み違えているのだろうか。「元銀行家」ならまだしも・・

>>無所属の「泡沫候補」でしかなかった人物<<

に期待が託されたのはまるでトランプ選出を見ているかのようだ、だって。

マクロンは社会党に属して大臣だった頃にすでに自分の団体を立ち上げて気勢を上げていた。
若いし確かに最初はまさかとは思われたが、知名度では「泡沫」どころではない。

「グローバリズムへの反発」が起こって、「傍流が主流になる選挙」だとも書いてある。

メランションが勝ったならそう言えるけれど、マクロンはグローバリズムの勝ち組で推進者だ。

「かろうじてEUに残ることを決めた有権者たち」

というのもおかしい。もともとEUに入ることをフランスから拒否されていたイギリスが抜けたこととはまったく意味が違うし。

記事の下のコラムもひどい。

例によってマクロン夫人のことで、まず、

「超・年の差婚」にも寛容な大人の国ですが…

というキャプション自体が不愉快。こんなところに「寛容」という言葉を使うのも嫌だ。

「高校生だったマクロン氏が、高校教師だったブリジットさんを前夫から奪った略奪愛。」

という解説も不愉快。女性は前の所有者から「略奪」されるものなのか。

>>7人の孫を持つ女性とは思えぬ美脚が自慢で、レザーパンツやミニスカート、ハイヒールがよく似合う。
微塵もコンプレックスを感じさせない熟女の星だ。
日本では「母のくせに」「妻のくせに」となどと非難されそうなものである。<<

これもひどい。孫は自分で生むのではないから年のとり方とは関係がない。
コンプレックスを感じさせないところが「熟女の星」だなんて。

彼女は、インスタグラムにアップしようと高校の屋上で危険な写真を取っていた生徒数名が停学処分になった時に、彼らを負傷者のいる病院でボランティアで働かせることを提案したという。ほんとうに怪我をした人たちとその周囲の人たちがどういう状態になるのかを知らせることが最も教育的ではないかと考えたからだ。障害のある生徒にも積極的に関わってきた。

先日、娘のインタビューを聞いても、非常に好感が持てた。

私はシカゴ学派の別名のようなグローバリズムはフランスの「共和国主義」と伝統的な社会民主主義路線に反すると思っているので、マクロンのやり方そのものには賛同していない。

でも、アエラのこの記事の的外れ具合とコメントを見て、ショックを受けた。
コラムも署名記事で女性のライターのようだ。

こんなのでいいのか、日本?












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by mariastella | 2017-05-15 05:37 | フランス



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