L'art de croire             竹下節子ブログ

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ペール・ラシェーズの吸血鬼伝説?

記事を書いている暇がないので、7月に久しぶりに行ってみたペール・ラシェーズ墓地の、夏にぴったりだった怪談付きの立派な墓所を紹介。
ロシア人のでデミドフ伯爵元夫人で、この立派な墓所に一年間寝起きした者に贈与するという莫大な遺産をパリ市に託したという伝説があり、今まで3人が挑戦したが皆すぐに気がおかしくなって撤退した。この墓は地獄と直結しているという都市伝説もある。

秘境的なシンボル満載の墓所で、吸血鬼伝説もあり、パリをめぐる超常現象の話題にも常連の場所。

こういうビデオがある。 (フランス語だけれど、いろいろ映ってます)

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いろいろなシンボルがあって、謎解きの好奇心をくすぐる。私としては、サンクトペテルブルク生まれの女性が若くしてトスカーナでロシアの外交官と結婚し、赴任先のパリでナポレオンの支持者になったのに、フランスとロシアの関係が悪くなってロシアに戻らざるを得なくなった。1812年にモスクワで次男を生んだ後、離婚して単身パリに戻ってナポレオンの失脚後1818年に死んだ。実家のストロゴノフ男爵家も資産家だったので、残した遺産というのは自分の名義だったのだろう。

この時期に国際的に動いていたロシア貴族と、パリと、秘境趣味と、ロシア正教と、革命以降のカトリック、宗教的アイデンティティの関係などが私の興味を引いている。

(書いていると長くなるので、今回はこれだけで。
また、ウィーンの中国人の話の続き、オーストリアとフリーメイスン、オーストリアとドイツの違い、とか、自分の記録のために少しずつ書いていきます。)




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by mariastella | 2017-08-22 02:19 | フランス

「疑問票」の不思議

(今、取り込み中と移動中なので、「続きモノ」は後日再開します)

奈良市長選で、「疑問票」の取り扱いを巡って論議になっているという記事を読んだ。「疑問票」とは誤字脱字などを理由に、精査してから数え直す票だそうで、「今回の選挙では「仲」の字をにんべんのない「中」と書き間違えるなど仲川市長の疑問票が多くあり、これが勝敗の行方に大きく関わったというのです。有効・無効の基準を示したマニュアルには、ひらがな表記などについては明記されていますが、漢字の間違いについては記載がありません。」という。

前にも、同じような疑問票についての記事を読んだことがあり、その度に驚く。

フランスの選挙では、字を書かせるということがないからだ。

事前に登録済みの有権者の自宅に、候補者の紹介(マニフェストなど)と、投票紙(すでに名前や所属が印刷されてある)が届く。当日はその中の一枚を持って行ってもいいし、手ぶらで行っても、すべての候補者の用紙が投票所に積んであるので、みんな、誰に投票するか分からないように全部なり、何枚かなりを取り上げて、カーテンに仕切られた場所で選んだ候補者の名がある紙を封筒に入れてから、投票する。余った紙をその場でくず箱に捨てる人もいるし持ち帰る人もいる。

封筒に敢えて何も入れないとか、自分で他の名を書いた紙や白紙を入れるという「無効票」や「白紙投票」もやろうと思えばもちろん可能だ。

フランス人は悪筆だということももちろんあるし、候補者には外国起源の名も多いから綴りを間違える可能性も、日本で日本人の候補者の名前を書くよりもずっと多いのだろう。

フランスが何十年もこうやっているのだから、日本がコストや技術の関係で印刷済みの投票用紙を選ぶというシステムができないわけがない。識字率が高いからなのかなあ、と思ってネットで少し検索したら、《国政選挙で「手書き(自書式)」の投票を採用しているのは、 ほぼ日本だけだ》、というのが出てきた。

日本の投票率が低いというのはよく聞くし、選挙権を引き下げて若者に主権者意識を持たせて、とかいうのも聞くし、最近は、「LDP(自民党)新潟政治学校第2期生募集中。政治は オトコの身だしなみ。」なんていう驚きのツイッターも話題になっていた。

「手書き」っていうことが、どこかで無意識のハードルになっているのじゃないかと思ってしまう。

日本って、何かと言うと「外国では」みたいなのに「横に倣え」するのにどうしてだろう。

Wikiでは、記号式投票だとリストに並ぶ順に左右されるデメリットがあるとあったけれど、フランス式ならリストにチェックを入れるのではなくて、各候補者に一枚ずつ用紙があるので、順番は関係がない。

しかも、日本では、「1994公職選挙法改正により一旦は国政選挙における記号式が採用されたが、一度も国政選挙が行われないまま、翌1995に自書式に戻された」とあった。

誰のどういう思惑が働いているのだろう、と思ってしまう。


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by mariastella | 2017-07-29 01:40 | 雑感

ド・ヴィリエ将軍の辞職

マクロンとド・ヴィリエの金曜の会談がどうなるのかと思っていたら、将軍が水曜の朝に自ら辞職した。そのせいで水曜は一日中、SNSでコメントが飛び交った。

フランスの「労働者」で唯一、デモ行進などの抗議行為を禁じられているのが軍隊だから、マクロンの強権的態度がくやしい、という匿名の兵士。

マクロン政権樹立の後バイルーやふぇろんなどの重鎮が次々辞任することになった。マクロンの任命責任はどうなる。

ド・ヴィリエは抗議のためでなく、屈従でもなく、ひたすら軍隊のために辞任した。軍人のトップである自分と文官のトップである大統領に完璧な合意がない状態というのは兵士たちを動揺させるからだ。

etc...

私は前にも書いたようにド・ヴィリエを支援する立場だけれど、感心したのは、マクロンがすぐに後任に使命したのがフランソワ・ルコワントル将軍という、これも完璧な人材だったからだ。(見た目はなんだかブリュノー・ル・メールに似ている

ド・ヴィリエ将軍と同じく、文句のつけようのない立派なキャリアと人格と知性があるという。柔軟でユーモアも備えているが何よりもカリスマ性があるようだ。

ボスニア戦争で若くして実践での「英雄」にもなった。

55歳で4人の娘の父で敬虔なカトリックだそうだ。

軍のトップの武官に知的エリートが不足していないことがすごい。
ブリス・エルブランの著作について書いたこともある。)

今回の対立に関しては、ずっと沈黙を守っていた軍事大臣であるフロランス・パルリーは水曜午後の議会で共和党に意見を求められて、通り一遍の応答をしたがヤジも飛ばされた。
パルリーは総選挙後に就任したばかりだし、マクロンの演出の一部だと思うが大臣に女性を任命することで「軍の総帥」は男の自分であることをいっそう印象付けていた。
今回も、マクロン対ド・ヴィリエという「二人の男の対決」という図になり、

「憲法で規定されている通り、軍の最高指揮権はボク」というのに支えられてマクロンが「勝った」形になる。

若いマクロンの強権発動ぶりを批判したり揶揄したりする人も多いし、マクロン新党の議員空すら異論も出てきた。
けれどもオランド大統領のカリスマ性のなさにうんざりしていた人も多いので、その反動もあって、マクロンのパフォーマンスを好意的に見る人も少なくはない。

私は時々パリのミリタリー・サークルのコンサートやパーティに出ることがある。

フランスの軍人と最も深い付き合いをしたのは2011年の東日本大震災の後にチャリティコンサートを開催した時だった。
に少し書いている。

海軍参謀総長は最初から最後まで完璧に協力してくれた。

コンサート後のパーティに私がすしの配達を手配したら、参謀総長が、自分が個人でシャンパーニュなどを提供すると言ってくれた。

日本でコンサートをしたら、いつもどこでも、楽屋もちゃんとしていて、飲み物や軽食も用意してくれ、主催者側が至れり尽くせりで対応してくれる。私たちは感激する。

けれども、フランスでコンサートをすると、楽屋の準備ができていなかったり舞台とのアクセスが悪かったり、こちらでいろいろ工夫して自衛しないと大変だというのがまず標準である。
普段は贅沢をしない私たちだけれど、コンサートの前というのはストレスがかかっているから、小さな不都合や不満が重大なマイナスになり得る。
トリオのふたりの精神的な弱点も知り尽くしている私にはかなりのプレッシャーだ。

海軍サロンでのコンサートにはトリオだけではなく、知り合いのフルート、琴、カウンターテナー、ハープ奏者、バロックダンサーなどが参加してくれたから、当日のリハーサルなどがうまくいくように私は飲み物や軽食も用意していった。ビデオの撮影も依頼していた。
ところが、サロンには、すでに、パーティの用意とは別に出演者たちのために飲み物と食べ物が置かれていた。
パーティでも、私はセルフサーヴィスのつもりだったのだが、制服姿の回軍兵士たちがすべての給仕をしてくれた。
参謀総長が手配してくれたカメラマンが撮影もしてくれて、後日、写真を送ってくれた。

まるで、日本で日本人の主催者とコンサートをした時のようだった。

当日の主催は公式には私のNPOであり、私が参謀総長らを「招待」するという形をとっていたのだけれど、実際はすべてのロジスティックをケアしてくれた。

参謀総長につなげてくれた海軍士官クラブの人たちとはあまりにも感覚が違うので招待状の発送などの段階ではひどいストレスにもなったけれど、あの日の記憶はひたすら、演奏者やダンサーたちの善意と共に、全海軍のトップである参謀総長の人間性と確固とした支援と好意の思い出となった。

軍のトップには「権力」でなく「権威」が必要で、それは豊かな人間性と知性と共感能力に支えられて築かれた信頼となって現れるのだということが理解できた。

軍の指導者や伝統宗教の指導者に、共和国のエリート中のエリートがかなりの層をなしているのは少しほっとできる。





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by mariastella | 2017-07-21 02:06 | フランス

軍の統帥権をめぐってのあれこれ

今までうかつにも考えたことがなかったけれど、マクロンとド・ヴィリエ将軍の対立でいろいろ聞えてきたことがある。

軍部は、オランドとドリアンがサハラと中東を中心に14カ国にフランス軍を展開しながら戦略がなく目的の遂行がないことを不満に思っている。
また、他国への干渉(マリだけではなく、イラクや、ミッテランの第一次湾岸戦争の参加も含めて)にあたって、いつも大統領の独自の決定であり民主的な「公論」がなされてこなかったことにも異論がある。

そして、そのような軍事における絶対の統帥権を持つフランスの大統領と違って、 ドイツのメルケル首相には、いわゆる軍事統帥権(最高指揮権)がないそうだ。(ドイツは連邦国だし大統領も別にいるが大統領にも軍の統帥権はない)
そのことが、ロシアや中国が経済問題などで、フランスとではなくメルケルと積極的に接触する理由の一つだと言うのだ。

軍事的なかけ引きがないからだ。

なるほど。

そういえばドイツ軍には集団的自衛権はあっても個別的自衛権はないという話も耳にした。二度の大戦の敗戦国だからいろいろ牽制されているのかもしれない。ヨーロッパ連合やNATOの枠内でだけ動けるのでEU内ではもう戦争はないという前提なのだろう。(詳しくは未確認)

そのドイツの軍事予算は もうすぐフランスを抜いてヨーロッパでイギリスに次いで第2位となるそうだ。

フランスはヨーロッパで今も帝国主義的な夢を捨てていない唯一の国だとも揶揄される。

フランス軍自体も、引き上げることを望んでいるわけではない。

各地に兵を出していること自体は意味があると言っている。
けれども具体的な「成果」につながらない現状にはフラストレーションがある。

だから軍事費の緊縮には強く反発しているわけだ。

就任してすぐマリを訪れ軍の総帥として印象付けておいたマクロンが予算だけ削ると言うのは話が違う。

しかも軍事パレードの前日に、公の席で マクロンは自分がトップだと言ってド・ヴィリエを諌めた形であり、それは他の将軍たちにも我慢できないことだった。

金曜日の会談でどうなるか、マクロンの真の技量が問われるだろう。

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by mariastella | 2017-07-19 00:38 | フランス

マクロン VS 仏軍総司令官

マクロンが、引き続き、陸軍参謀総長で今フランス軍のトップの地位にあるピエール・ド・ヴィリィエ将軍との対立を深めている。

シャンゼリゼをパレードした時にマクロンのそばに立っていた人だ。

トランプ大統領を招いた7月14日のパレードの後では、マクロンはパリの軍司令官とことさらに打ち解けた様子を演出していたが、ド・ヴィリィエ将軍の目はごまかせない。

防衛予算削減をめぐってあらわになった食い違いだが、マクロンは問答無用でとにかく軍のトップは大統領のこの私、反論は一切許さないというスタンス。

それに対して将軍は、軍のような命をかける場所では、命令に服するに当たって、信頼関係が築けていることが必要だという。フランスで兵役のなくなった世代の39歳の男で大統領になってから2ヶ月のマクロンが居丈高に絶対権威を振り回すことの不健全さを堂々と口にしている。
「人々を盲目的に服従させてよい人間など存在しない」とFacebookで明言した。

私の立場は、もちろん、ド・ヴィリエ支持。


マクロンに堂々と反論して譲らないこの人。
こういう人がいることが私がフランスが好きな最大の理由だ。

金曜日に2人が会談するそうで、おそらくド・ヴィリエ将軍の辞任という結末になるだろうといわれている。

全能感にあふれた大統領、知性があるならド・ヴィリエ将軍のような人の存在する意味を考えてほしい。

シビリアンコントロールの大切さと、単に一時的に首長の座に就いた文官が「ぼくちゃん一番偉いから」と首領風を吹かせることとは全く別である。

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by mariastella | 2017-07-17 03:38 | フランス

フランス外人部隊の行進

7月14日の祝日にシャンゼリゼの行進をTVで試聴して、いつもながらおもしろいと思ったのは、終わりの方にある外人部隊の行進だった。
その第一陣は、髭面で斧を肩に担いでいるコスプレ風という姿も印象的だが、歩く速度が音楽に合っていない。

それまでの行進曲はいろいろなものが組み合わさっているが、基本的にラ・マルセイエーズと同じくメトロノーム120、つまり1分間に120歩進む速度だ。1秒で2歩。

ところが、外人部隊の歩く速度は88になる。1分間に88歩。

7月王政で廃止されたスイスの傭兵などをリサイクルするため創設された外人部隊のために1840年頃にできた独自の行進曲の速度だそうだ。(参考)

行進しているのが外人部隊だけになると、音楽自体も88のテンポになるのだが、第一陣が現れる時は、その前のグループに合わせてまだ続いている120の曲で88の歩きをしなくてはならない。

だからすごく微妙なゆらぎで興味深い。(先頭を歩く人がイヤホンか何かでテンポを聞いているのだろうか)

ラストの鼓笛隊の演奏も、ニースのテロの記念式典を先取りしてNICEと人文字を描くことなどなかなか凝っていたが(マルセイユじゃなくてよかったね)、楽器に取り付けていためくり式の楽譜がおもしろかった。アメリカへのサービス、ニースへのサービスなど、曲の種類が多く、それを歩きながら、楽譜を繰りながらこなすのだからさぞ緊張しているだろうと、演奏者の立場を想像してしまう。

そういえば、フランス・バロックの時代にはバロック・バレーと音楽と乗馬と剣術とが一続きに訓練されていたこともあらためて想起した。






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by mariastella | 2017-07-16 00:05 | フランス

パリのトランプ大統領

マクロンの招待に応じたトランプ大統領が30時間パリに滞在した

まずアンヴァリッドでナポレオンの棺を見る。
75年前にヒットラーを感動させた場所だ。

それからエリゼ宮でマクロンと会談、夕食はアラン・デュカスが腕をふるうエッフェル塔。
そして翌日の革命記念日のシャンゼリゼでの軍事パレード。

前にも書いたが、世界一の軍事大国アメリカは、独立記念日にでもこういうパレードはしない。第一次湾岸戦争での凱旋パレードのようなものはあったけれど。

マクロンの演出は見事に成功した。

天気がよかった。

テレビで中継を見ただけでもある意味で感動した。
もちろん私は軍事パレードというものは大嫌いだ。
けれども、テレビのスクリーンが大型化し、ハイビジョン化し、天気がいいので、光と影のコントラストが美しい映像で、スペクタクルとして見応えがある。

勇ましいのが好きそうなトランプなら本気で感動しそうだ。
アメリカの独立記念日でもやりたいと言い出しそうだ。
中央集権ではない連邦国家だから無理だろうと思うけれど。

トランプ来仏についてはパリ協定を離脱したトランプなどにあいさつなどしたくないと、ユロー環境相などが異を唱えていた。
また、最近マクロンが軍事予算の削減を言い出して、財政の緊縮のためには軍事省も他の省庁超と同じ、と言ったことに対して、将軍たちから猛烈な反発が起きていた。
他の公務員は命の危険がない。軍で働くものは命を懸けている。実際、毎日フランス兵がどこかで危険な目に合っている。他の省庁と同じとはなにごとだ、というのだ。それをまたマクロンが公開の場で「諫めた」形になったので張り詰めた空気になっていた。

それを考慮してか、パレードの後の演説でマクロンは、フランスが自由と平等の理念を守り抜くために身を捧げている人たちに感謝した。

いわゆる軍隊だけでなく、警官や、消防員、軍隊付きの医者、獣医、法務官までパレードに加わっている。

毎年のことながら、共和国の数学エリートであるポリテクニックの学生も行進する。エリートを輩出するためのこのグランゼコールが、歴史的に士官学校でもあることが、軍隊で連想する「力」に「知力」のイメージも重ねるところがフランスの特色でもある。

まあ、それらの全体を見ると、「力の誇示」は緩和されるから、たとえば北朝鮮の軍事パレードのような気味悪さはない。
でもその「正しさ」の誇示が鼻につく。

それに比べると、「イギリス植民地」上がりのアメリカ、ラファイエットら革命前のフランス軍の援護も得て独立を果たしたアメリカという国のトランプ大統領は、ある意味くみしやすい。

国内で逆風に吹かれている最中だから、フランスに来ることは息抜きでもあっただろう。性格的にもaffectif(感動しやすい?)人だから、メイ首相やメルケル首相とうまくいっていない今、心情的にマクロンに傾くだろうなどとフランスのメディアに言われている。

しかも、表向きは、第一次大戦でアメリカ軍がフランスにやってきて戦ってくれた100周年ということである。

「トランプ大統領」を招待したのではなく、長年の因縁のある軍事的な同盟国「アメリカ」を招待し、感謝したのだ。

「緊急事態」下である今でさえアメリカ大統領を招待してこのパレードを無事に成功させるということは、2024年のオリンピックの開催についても万全のセキュリティを保証できるというパフォーマンスでもある。

イメージとしても小柄だが老獪で精悍なプーチンと違って、大柄で大味なアメリカンというトランプを前にして堂々と「先輩国」のリーダーとしてふるまうマクロンは、ますますジュピターぶりを発揮できた。

演説では、フランスのために命を落とした人々だけでなく、テロの犠牲者も等しく、その子孫を「共和国の子供」(共和国の里子たち参照)として守り続けることを強調した。(そのことは午後に行われたニースのテロの一周年式典での犠牲者への追悼でも繰り返された。)

すごくよくできている。

シャンゼリゼを行進していた兵士たちの多くは20代だ。
リスクの大きい任務についている若者たちが整然と歩いているのを見ると、いろいろな思いがよぎる。
 
お祭り好きのフランス人は、前夜祭でも花火を打ち上げ、踊りまくり、飲みまくっているが、それでも「民衆が立ち上がって革命によって近代理念を獲得した」というのを政治的にアイデンティティとして選択した教育の成果は揺るがないのだなあ、と感心する。

革命の後も恐怖政治や帝政や王政復古や第二帝政や、あれだけいろいろ試行錯誤してきたくせによく「共和国神話」を養い続けているばかりか、必要とあれば太陽王ルイ14世とかジュピターまで総動員してフランス中華思想を繰り広げる根性はなかなかのものだ。

マクロンは今のところ、それを巧妙にわがものにしている。

いつまで続くのだろうか。

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by mariastella | 2017-07-15 06:36 | フランス

マクロンがジュピターでル・メールがヘルメス?

マクロンが大統領どころか、絶対王朝の若きルイ14世のイメージをヴェルサイユ宮殿で演出しているのは有名だが、今の彼の形容はジュピター。
神々の王、オリンポス山のゼウスのローマ 神話ヴァージョンだ。

で、経済相のブリューノ・ル・メールは、先日、Brexit後の銀行誘致のために
Wall streetで会見したのだが、その時に自分のことを わざわざヘルメスだと自称した。翼のあるサンダルで移動し、メッセンジャーでもあり商売を司る神でもあるということだ。

ヘルメス神はゼウスの息子だ。ローマ風に言うならジュピター の息子マーキュリー(メルクリウス)である。

共和党の予備選に敗れたが、次代の大統領とも思われていた40代のルメール、マクロン側に「寝返った」と言われるのはいいとしても、「神の使い走りをする息子」でもいいのか?

ジュピター(ゼウス)といえば、フェニキアの王女 エウローペーに一目惚れして、白い牡牛に姿を変えて彼女を背に乗せて連れ去った。彼女と駆け回った地域がヨーロッパとよばれるようになった。

近頃のマクロンのヨーロッパ改革に向けたイニシアチブを見ていると、やはりジュピターにインスパイアされて、あわよくばヨーロッパを再び支配しようとねらっているのかもしれない。











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by mariastella | 2017-07-11 17:58 | フランス

休暇村で

数日前からオルレアン近郊の休暇村に来ている。もう10年近く同じ所に来ていたが、去年と一昨年は別のとこに浮気していた。で、3年ぶりに戻って来たら、大きな変化を感じた。

以前は、ここに来たら、ちょっと日本にいるようなリラックス感があった。
ちょっとゲーテッド・コミュニティみたいで、パリのような雑多な人がいない。色々なお店でも、警戒心を感じないし、荷物をプールサイドに置いておいても、窃盗などの危険がない。 仲間うち風の安心感がある。

それに、日本人の私がいうのも変だけれど、白人率が圧倒的に高くて、特に黒人の客がほとんどいなかったのだ。水泳選手にも黒人選手が少ないことを見ても想像がつくが、プールというのは黒人差別が根強く残った場所だった。
2年前に行ったのはブルターニュに新設された同じ系列の休暇村で、やはり白人率が高かった。ところが、3年ぶりに来たここは、パリから一番近いこともあるのか、「見た目外人率」が増えていたのに驚いた。アジア人のグループもいたし、黒人のグループもいたし、なんといっても目をひいたのは、イスラムの装束に身をすっぽり包んだ女性がいたことだ。

で、プールサイドにも、2人のムスリム女性がいた。
1人はいわゆるブルキニを身につけていた。首につながる頭巾がまっ黒なのでやはり異様な感じを免れない。もう一人は頭だけを黒い布で包み、水着は普通の水着らしいもの上からぴったりとタオルを巻いている。下はパレオのような長い裾がのぞく。この人は 目を惹く美女だった。
印象的なのは二人とも隣に夫であろう男性が並んで座っていて、イスラム髭面の顔つきがいかにもマッチョだったことだ。カリカチュラルなくらいだ。今まで映像でしか見たことのなかった現実を見て、軽く衝撃を受けた。

妊婦でもビキニを来ている人が目立つような中で、そこだけが緊張感を醸し出している。
「文化の違い」とか「多様性」とかとはちょっと違うイデオロギー感がある。
また数年経てば、もっとそれが増えているのだとしたら…。


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by mariastella | 2017-07-08 03:11 | 雑感

パリのレストラン

6月の末近くに招待されたパリのレストランは、シェフのAtsushi TanakaさんのイニシャルであるATというところだった。
私は食べたものの写真を撮ってブログにのせるというタイプではないけれど、ここで食べたものは とにかく「見た目」がユニークなので、思わず写真を撮ってしまった。

私が味としてもう一度食べたいと思ったのは、このフォワグラで、グレーのメレンゲの下に隠れている。

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グレーがテーマカラーだというのも、レストランとしてユニークだ。
タクシーで降りたら、トゥール・ダルジャンでお食事ですか?と言われた。
トゥール・ダルジャンのほぼ斜め向かいに位置しているのだ。

ATの方がはるかに今風というか、お洒落なのだけれど、全てが驚きのプレゼンテーションなので、正直言って、何を食べているのか分からない。説明してもらっても分からない。メニューにも素材を羅列してあるだけ。
驚きと、話のタネを食べるという感じがする。

素材を目でも見てみたいという感じがするので、もしリピートするなら、やはりトゥール・ダルジャンの方かなあ。

でも、セーヌの河畔を通って観光客の姿を見ていたら、テロとの「戦争」の緊急事態とかいったい何なんだろう、とまた思ってしまった。



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by mariastella | 2017-07-07 04:52 | 雑感



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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