L'art de croire             竹下節子ブログ

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マクロン VS 仏軍総司令官

マクロンが、引き続き、陸軍参謀総長で今フランス軍のトップの地位にあるピエール・ド・ヴィリィエ将軍との対立を深めている。

シャンゼリゼをパレードした時にマクロンのそばに立っていた人だ。

トランプ大統領を招いた7月14日のパレードの後では、マクロンはパリの軍司令官とことさらに打ち解けた様子を演出していたが、ド・ヴィリィエ将軍の目はごまかせない。

防衛予算削減をめぐってあらわになった食い違いだが、マクロンは問答無用でとにかく軍のトップは大統領のこの私、反論は一切許さないというスタンス。

それに対して将軍は、軍のような命をかける場所では、命令に服するに当たって、信頼関係が築けていることが必要だという。フランスで兵役のなくなった世代の39歳の男で大統領になってから2ヶ月のマクロンが居丈高に絶対権威を振り回すことの不健全さを堂々と口にしている。
「人々を盲目的に服従させてよい人間など存在しない」とFacebookで明言した。

私の立場は、もちろん、ド・ヴィリエ支持。


マクロンに堂々と反論して譲らないこの人。
こういう人がいることが私がフランスが好きな最大の理由だ。

金曜日に2人が会談するそうで、おそらくド・ヴィリエ将軍の辞任という結末になるだろうといわれている。

全能感にあふれた大統領、知性があるならド・ヴィリエ将軍のような人の存在する意味を考えてほしい。

シビリアンコントロールの大切さと、単に一時的に首長の座に就いた文官が「ぼくちゃん一番偉いから」と首領風を吹かせることとは全く別である。

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by mariastella | 2017-07-17 03:38 | フランス

フランス外人部隊の行進

7月14日の祝日にシャンゼリゼの行進をTVで試聴して、いつもながらおもしろいと思ったのは、終わりの方にある外人部隊の行進だった。
その第一陣は、髭面で斧を肩に担いでいるコスプレ風という姿も印象的だが、歩く速度が音楽に合っていない。

それまでの行進曲はいろいろなものが組み合わさっているが、基本的にラ・マルセイエーズと同じくメトロノーム120、つまり1分間に120歩進む速度だ。1秒で2歩。

ところが、外人部隊の歩く速度は88になる。1分間に88歩。

7月王政で廃止されたスイスの傭兵などをリサイクルするため創設された外人部隊のために1840年頃にできた独自の行進曲の速度だそうだ。(参考)

行進しているのが外人部隊だけになると、音楽自体も88のテンポになるのだが、第一陣が現れる時は、その前のグループに合わせてまだ続いている120の曲で88の歩きをしなくてはならない。

だからすごく微妙なゆらぎで興味深い。(先頭を歩く人がイヤホンか何かでテンポを聞いているのだろうか)

ラストの鼓笛隊の演奏も、ニースのテロの記念式典を先取りしてNICEと人文字を描くことなどなかなか凝っていたが(マルセイユじゃなくてよかったね)、楽器に取り付けていためくり式の楽譜がおもしろかった。アメリカへのサービス、ニースへのサービスなど、曲の種類が多く、それを歩きながら、楽譜を繰りながらこなすのだからさぞ緊張しているだろうと、演奏者の立場を想像してしまう。

そういえば、フランス・バロックの時代にはバロック・バレーと音楽と乗馬と剣術とが一続きに訓練されていたこともあらためて想起した。






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by mariastella | 2017-07-16 00:05 | フランス

パリのトランプ大統領

マクロンの招待に応じたトランプ大統領が30時間パリに滞在した

まずアンヴァリッドでナポレオンの棺を見る。
75年前にヒットラーを感動させた場所だ。

それからエリゼ宮でマクロンと会談、夕食はアラン・デュカスが腕をふるうエッフェル塔。
そして翌日の革命記念日のシャンゼリゼでの軍事パレード。

前にも書いたが、世界一の軍事大国アメリカは、独立記念日にでもこういうパレードはしない。第一次湾岸戦争での凱旋パレードのようなものはあったけれど。

マクロンの演出は見事に成功した。

天気がよかった。

テレビで中継を見ただけでもある意味で感動した。
もちろん私は軍事パレードというものは大嫌いだ。
けれども、テレビのスクリーンが大型化し、ハイビジョン化し、天気がいいので、光と影のコントラストが美しい映像で、スペクタクルとして見応えがある。

勇ましいのが好きそうなトランプなら本気で感動しそうだ。
アメリカの独立記念日でもやりたいと言い出しそうだ。
中央集権ではない連邦国家だから無理だろうと思うけれど。

トランプ来仏についてはパリ協定を離脱したトランプなどにあいさつなどしたくないと、ユロー環境相などが異を唱えていた。
また、最近マクロンが軍事予算の削減を言い出して、財政の緊縮のためには軍事省も他の省庁超と同じ、と言ったことに対して、将軍たちから猛烈な反発が起きていた。
他の公務員は命の危険がない。軍で働くものは命を懸けている。実際、毎日フランス兵がどこかで危険な目に合っている。他の省庁と同じとはなにごとだ、というのだ。それをまたマクロンが公開の場で「諫めた」形になったので張り詰めた空気になっていた。

それを考慮してか、パレードの後の演説でマクロンは、フランスが自由と平等の理念を守り抜くために身を捧げている人たちに感謝した。

いわゆる軍隊だけでなく、警官や、消防員、軍隊付きの医者、獣医、法務官までパレードに加わっている。

毎年のことながら、共和国の数学エリートであるポリテクニックの学生も行進する。エリートを輩出するためのこのグランゼコールが、歴史的に士官学校でもあることが、軍隊で連想する「力」に「知力」のイメージも重ねるところがフランスの特色でもある。

まあ、それらの全体を見ると、「力の誇示」は緩和されるから、たとえば北朝鮮の軍事パレードのような気味悪さはない。
でもその「正しさ」の誇示が鼻につく。

それに比べると、「イギリス植民地」上がりのアメリカ、ラファイエットら革命前のフランス軍の援護も得て独立を果たしたアメリカという国のトランプ大統領は、ある意味くみしやすい。

国内で逆風に吹かれている最中だから、フランスに来ることは息抜きでもあっただろう。性格的にもaffectif(感動しやすい?)人だから、メイ首相やメルケル首相とうまくいっていない今、心情的にマクロンに傾くだろうなどとフランスのメディアに言われている。

しかも、表向きは、第一次大戦でアメリカ軍がフランスにやってきて戦ってくれた100周年ということである。

「トランプ大統領」を招待したのではなく、長年の因縁のある軍事的な同盟国「アメリカ」を招待し、感謝したのだ。

「緊急事態」下である今でさえアメリカ大統領を招待してこのパレードを無事に成功させるということは、2024年のオリンピックの開催についても万全のセキュリティを保証できるというパフォーマンスでもある。

イメージとしても小柄だが老獪で精悍なプーチンと違って、大柄で大味なアメリカンというトランプを前にして堂々と「先輩国」のリーダーとしてふるまうマクロンは、ますますジュピターぶりを発揮できた。

演説では、フランスのために命を落とした人々だけでなく、テロの犠牲者も等しく、その子孫を「共和国の子供」(共和国の里子たち参照)として守り続けることを強調した。(そのことは午後に行われたニースのテロの一周年式典での犠牲者への追悼でも繰り返された。)

すごくよくできている。

シャンゼリゼを行進していた兵士たちの多くは20代だ。
リスクの大きい任務についている若者たちが整然と歩いているのを見ると、いろいろな思いがよぎる。
 
お祭り好きのフランス人は、前夜祭でも花火を打ち上げ、踊りまくり、飲みまくっているが、それでも「民衆が立ち上がって革命によって近代理念を獲得した」というのを政治的にアイデンティティとして選択した教育の成果は揺るがないのだなあ、と感心する。

革命の後も恐怖政治や帝政や王政復古や第二帝政や、あれだけいろいろ試行錯誤してきたくせによく「共和国神話」を養い続けているばかりか、必要とあれば太陽王ルイ14世とかジュピターまで総動員してフランス中華思想を繰り広げる根性はなかなかのものだ。

マクロンは今のところ、それを巧妙にわがものにしている。

いつまで続くのだろうか。

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by mariastella | 2017-07-15 06:36 | フランス

マクロンがジュピターでル・メールがヘルメス?

マクロンが大統領どころか、絶対王朝の若きルイ14世のイメージをヴェルサイユ宮殿で演出しているのは有名だが、今の彼の形容はジュピター。
神々の王、オリンポス山のゼウスのローマ 神話ヴァージョンだ。

で、経済相のブリューノ・ル・メールは、先日、Brexit後の銀行誘致のために
Wall streetで会見したのだが、その時に自分のことを わざわざヘルメスだと自称した。翼のあるサンダルで移動し、メッセンジャーでもあり商売を司る神でもあるということだ。

ヘルメス神はゼウスの息子だ。ローマ風に言うならジュピター の息子マーキュリー(メルクリウス)である。

共和党の予備選に敗れたが、次代の大統領とも思われていた40代のルメール、マクロン側に「寝返った」と言われるのはいいとしても、「神の使い走りをする息子」でもいいのか?

ジュピター(ゼウス)といえば、フェニキアの王女 エウローペーに一目惚れして、白い牡牛に姿を変えて彼女を背に乗せて連れ去った。彼女と駆け回った地域がヨーロッパとよばれるようになった。

近頃のマクロンのヨーロッパ改革に向けたイニシアチブを見ていると、やはりジュピターにインスパイアされて、あわよくばヨーロッパを再び支配しようとねらっているのかもしれない。











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by mariastella | 2017-07-11 17:58 | フランス

休暇村で

数日前からオルレアン近郊の休暇村に来ている。もう10年近く同じ所に来ていたが、去年と一昨年は別のとこに浮気していた。で、3年ぶりに戻って来たら、大きな変化を感じた。

以前は、ここに来たら、ちょっと日本にいるようなリラックス感があった。
ちょっとゲーテッド・コミュニティみたいで、パリのような雑多な人がいない。色々なお店でも、警戒心を感じないし、荷物をプールサイドに置いておいても、窃盗などの危険がない。 仲間うち風の安心感がある。

それに、日本人の私がいうのも変だけれど、白人率が圧倒的に高くて、特に黒人の客がほとんどいなかったのだ。水泳選手にも黒人選手が少ないことを見ても想像がつくが、プールというのは黒人差別が根強く残った場所だった。
2年前に行ったのはブルターニュに新設された同じ系列の休暇村で、やはり白人率が高かった。ところが、3年ぶりに来たここは、パリから一番近いこともあるのか、「見た目外人率」が増えていたのに驚いた。アジア人のグループもいたし、黒人のグループもいたし、なんといっても目をひいたのは、イスラムの装束に身をすっぽり包んだ女性がいたことだ。

で、プールサイドにも、2人のムスリム女性がいた。
1人はいわゆるブルキニを身につけていた。首につながる頭巾がまっ黒なのでやはり異様な感じを免れない。もう一人は頭だけを黒い布で包み、水着は普通の水着らしいもの上からぴったりとタオルを巻いている。下はパレオのような長い裾がのぞく。この人は 目を惹く美女だった。
印象的なのは二人とも隣に夫であろう男性が並んで座っていて、イスラム髭面の顔つきがいかにもマッチョだったことだ。カリカチュラルなくらいだ。今まで映像でしか見たことのなかった現実を見て、軽く衝撃を受けた。

妊婦でもビキニを来ている人が目立つような中で、そこだけが緊張感を醸し出している。
「文化の違い」とか「多様性」とかとはちょっと違うイデオロギー感がある。
また数年経てば、もっとそれが増えているのだとしたら…。


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by mariastella | 2017-07-08 03:11 | 雑感

パリのレストラン

6月の末近くに招待されたパリのレストランは、シェフのAtsushi TanakaさんのイニシャルであるATというところだった。
私は食べたものの写真を撮ってブログにのせるというタイプではないけれど、ここで食べたものは とにかく「見た目」がユニークなので、思わず写真を撮ってしまった。

私が味としてもう一度食べたいと思ったのは、このフォワグラで、グレーのメレンゲの下に隠れている。

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グレーがテーマカラーだというのも、レストランとしてユニークだ。
タクシーで降りたら、トゥール・ダルジャンでお食事ですか?と言われた。
トゥール・ダルジャンのほぼ斜め向かいに位置しているのだ。

ATの方がはるかに今風というか、お洒落なのだけれど、全てが驚きのプレゼンテーションなので、正直言って、何を食べているのか分からない。説明してもらっても分からない。メニューにも素材を羅列してあるだけ。
驚きと、話のタネを食べるという感じがする。

素材を目でも見てみたいという感じがするので、もしリピートするなら、やはりトゥール・ダルジャンの方かなあ。

でも、セーヌの河畔を通って観光客の姿を見ていたら、テロとの「戦争」の緊急事態とかいったい何なんだろう、とまた思ってしまった。



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by mariastella | 2017-07-07 04:52 | 雑感

ファム・ファタル

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プチパレの入り口ホールにある「猿をつれた婦人」という20世紀初頭のこの像、ブロンズやセラミック、エナメルなどを組み合わせた技巧的なものだが、ファム・ファタル(魔性の女、運命の女)をシンボライズしたものだとも言われる。

ネオ中世様式だという猿は、女に捕らわれ繋がれた男の姿だというのだが、なんだか、すごく身につまされるものがある。
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なにかにとらわれて、不本意ながら離れることもできない自己嫌悪みたいな恨み節が猿の視線にリアルにあらわれているからだ。

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by mariastella | 2017-07-06 05:40 | アート

啓蒙の世紀のバロック その3

(これは前回の続きです)
今回の展覧会は、教会ではたいてい暗くてはるか高いところにある数々の絵を身近でけれども雰囲気を壊さない環境展示風の工夫のある空間で観ることができたのはとても興味深かった。

けれども、特別展示会場を出て、常設展示を見て軽くショックを受けた。
常設展示は何度も見ているのだけれど、「啓蒙の世紀」からフランス革命とナポレオン時代を経た19世紀にはすべてが変わってしまったのだなあという衝撃だ。

社会派自然主義の数々の絵、クールベの絵を見るとテーマ自体の落差に驚くが、
宗教テーマの絵にしても、ギュスターヴ・ドレの大作が2点あって、『涙の谷』で十字架を背負って歩くキリストの遠景の光にはカルチャーショックすら覚える。
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さらにシスレーやドガやモネの印象派の展示に進んでいくと、いったい何が起こったのだろう、と思ってしまった。

最近、岡崎乾二郎さんの「抽象の力」という論文をネットで読んでいろいろ考えさせられたばかりだ。
啓蒙の世紀のバロック」の宗教画が人間性の深みに降りていこうとしているのに引きずられていた直後に印象派の作品を見ると、人は被造物の立場から「創造者の秘密」に迫るのを辞めて、「創造の秘密」に迫る試行錯誤を始めたんだなあ、と感慨を覚える。

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by mariastella | 2017-07-05 01:39 | アート

バロック美術展 (その2)


(これは前回の続きです)
フランス革命前の「啓蒙の世紀」のパリで、教会から注文を受けた50人ほどのアーティストたちの作品が集められている。
後半はネオ・クラシックの時代の始まりで、改革カトリック以来のバロック芸術とネオ・クラシックが融合していく気配もおもしろい。
肖像画家のニコラ・ド・ラギリエール、ジャン・ジュヴネのマニフィカート(ノートルダム大聖堂が注文した珍しい正方形の絵)、ピエール・ペイロンのキリストの復活、フランソワ・ルモワンヌのイタリア風優雅な天使、ジャン・レストゥの聖書の絵。マドレーヌ、パンテオン、サン・シュルピス、サン・メリー、サント・マルグリット、サン・ジェルマン・デ・プレ、サン・ロックなどパリ中の教会から集められた絵画のうち30点はこの展覧会のために修復された。

原画が描かれた当時から、すでに、マケット的な小サイズの絵も同時に用意されていたのが展示されているのも興味深い。香や蝋燭の煙で黒くなり痛むことが分かっているので最初から「修復」を想定して元の色や形を記録していたわけだ。

群像の表情(特に、ノートルダム・デ・ヴィクトワール教会の聖アウグスティヌスの生涯の連作)、

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背景のだまし絵的な奥行き、バロック・オペラの舞台装置や演出とも共通している。

エマウスに向かう二人の弟子が復活のイエスを認めた時の視線が新鮮だ。
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これらの絵が最初に飾られた時は、そのわずか数十年後にパリのカトリック教会がフランス革命によってすべて没収されるなんて誰も考えてもいなかったろう。
教会音楽がかすかに流れるプチパレは、修道院とカテドラルを足したような不思議な空間づくりに成功している。「修道院の窓から漏れる光が床に映る」という照明の演出もしている。あるコーナーでは、ジャン=フィリップ・ラモーのオペラ『カストールとポリュックス』のTristes Apprêts(1764年、ラモーの葬儀ミサで演奏された)がかすかに流れていたのが私のツボにはまった。

啓蒙の世紀の特徴としては、ジャンセニズムの影響と典礼の変化が感じられる。教会が明るくなった。色彩が鮮やかになった。殉教者や奇蹟のテーマはぐっと減り、一七世紀のヴァンサン・ド・ポールのような人間的な活動、聖母やイエスの表現も周りの「普通の人間」の表情と親和性がある。
聖母マリアの誕生、イエスの誕生、子供たちに囲まれるイエスなど、「子供」のテーマも多い。それはルソーの教育論『エミール』などにもみられるように、この世紀には「子供の人格」というものが意識化され、見直されたからだ。

ジャック=ルイ・ダヴィッドの磔刑図のキリストは苦痛よりも自問の表情だ。手足の傷や十字架の木肌のリアリズムもロココ美術とは一線を画する。ネオ・クラシックがイタリア・バロックとフランス・バロックを融合させたということだろう。
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by mariastella | 2017-07-04 05:34 | アート

シモーヌ・ヴェイユの死

アウシュヴィッツの生き残りで、二週間後に90歳を迎えるはずだったシモーヌ・ヴェイユが亡くなった。(Veilで、哲学者のWeilとは違う)

シモーヌ・ヴェイユと言えばフランスでは1975年に妊娠中絶を合法化した保健相として有名だ。

当時の国民議会には女性議員が9人しかいなかった。(今回の総選挙では223人、38,7%が女性議員)
彼女が中絶の選択の自由を訴えると、「アウシュヴィッツでジェノサイド(民族抹殺)を生き延びたのに胎児のジェノサイドをやるつもりか」などと男たちから揶揄されたという。

イギリス軍から解放される数日前に母親がチフスで死に、助かった妹も数年後に交通事故で死に、2005年のアウシュヴィッツ解放60周年に出席した時にもまだ、自分は死の床でもアウシュヴィッツの光景を思い浮かべることだろう、と証言していた。癒えることのないホロコーストのトラウマを社会変革のエネルギーに変え続けてきた人だった。

戦争を生き延びたユダヤ人少年だった故パリ大司教リュスティジィエ枢機卿と、とても親しかったという。

リュスティジィエ師が、ユダヤ人の「改宗カトリック」で枢機卿に上り詰めた人であることや、カトリック的には「妊娠中絶」なんて「罪」であることなどを考えると、この2人の友情の深さや質のさまを想像できる気がする。

ヴェイユ女史は欧州議会の議長にも選ばれ、「多様性の中の統一」を掲げた。

アウシュヴィッツで一度死を経験したから、「不死」の中に生きていたという。
「難しい人」だったという。絶えず「悪」へと傾く人間の社会では、「たやすくて戦わない人」でいれば「未来」はない、絶えず困難な戦いを続けなければならないと。
亡くなった後たった一晩でもう25000人が彼女の遺体の「パンテオン入り」を大統領に訴える署名をしたそうだ。一日後には20万人にもなった。

ひとまずは、マクロンも出席するアンヴァリッドでの葬儀が決まっている。

ヴェイユ女史が、苦しい過去の上に平和を建設したようにやはり少し前に亡くなったドイツのヘルムート・コール元首相も、大戦の確執を乗り越えて平和を築いた人だった。

けれども彼は家庭的には最悪だった。政治の最悪な部分にも関わった。彼の遺品(各国元首との書簡を含む貴重な歴史資料)は、現政権を恨む二度目の妻が絶対に渡さないと言っている。

それに比べるとヴェイユ女史は3人の息子に11人の孫がいる家庭にめぐまれたが、政治的に「中道」であったけれど2007年にサルコジを支援したことが記憶に残る。サルコジは忠実な友だと言っていた。同性婚にも反対していた。今回の大統領選ではバイルーがマクロン支援に回ったことを裏切りのように評していた。
ナチスの全体主義への絶対拒否を持ち続けていたから、何度かもちかけられた首相の座も断ってきたし、ジュピターと称される今のマクロンの神格化の演出にも抵抗があっただろう。

まあ、コールと同じで、亡くなった今となっては称賛の声ばかりが聞こえてくる。
コールやヴェイユをしのぶことによって、政治家たちが自分たちの正統性の印象付けに利用するのではなくて、二度の大戦で殺し合った独仏の連帯と平和を目指すヨーロッパの理念に立ち戻ってくれることを願おう

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by mariastella | 2017-07-03 00:13 | フランス



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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