L'art de croire             竹下節子ブログ

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「忖度」とグラムシのヘゲモニー論

今年の流行語大賞候補とか言われている「忖度」という言葉。

これを聞くと、グラムシのヘゲモニー論を思い出す。

20世紀イタリア共産党の創始者グラムシの唱えた「ヘゲモニー」とは、法に依る権力や経済権力による「支配」とは別の、

「指導」や「同意」として行使される権力の形態のことだ。文化による権力だともいえる。

これはまさに今話題の文脈における「忖度」の定義のようだ。

ヘゲモニーとは「同意を積極的に調達するもの」ということだが、「忖度」そのものだ。

自発的な同意を行使させる「忖度」だけではない。

日の丸君が代を起立して歌い敬う「指導」がいつしか処罰をともなう強制に変化してきたように、「忖度」を拒否する人を監視し取り締まる「共謀罪」も成立しようとしている。

安倍一強のヘゲモニーは、出生率の向上や女性の就労支援などといった生き方のありようそのものにまで広げられている。これもグラムシの分析した「生き方を含む対抗文化」の戦略を裏返しにしたものだ。

阿部首相は安保法制の議論の中で「我々が提出する法律についての説明はまったく正しいと思いますよ。私は総理大臣なんですから」と言ったそうだけれど、ヘゲモニーを可視化しすぎ。

グラムシは「新しい時代」を切り開くにあたっての知識人の役割を強調した。

政治とは哲学にひとしい。ある文化圏の中に強固な地層を残している哲学は批判の対象になる。

歴史的に形成された文化と知の要素を批判的に洞察する必要がある。そのためには「すべての人は知識人である」必要がある。

ポピュリズムの対極にある考え方だ。

となると、出自を「でじ」、便宜を「びんせん」とか読む文科副大臣がいたり「云々」を「でんでん」と読むリーダーがいたりする政府によって、無批判に「戦前」の思想を持ち上げられてヘゲモニーを形成している国って…。



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by mariastella | 2017-05-28 00:08 | 雑感



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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