L'art de croire             竹下節子ブログ

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国連総会での首脳演説 トランプとマクロン

日本でも国連におけるトランプの「北朝鮮破壊」のような強気発言が報道されていたけれど、なんだかもうこの人の品のない過激ぶりに麻痺してしまった。


フランスではもちろん、その後の演説でマクロン大統領が環境保護や弱者救済をエレガントに語るのが何度も映されて、オバマ大統領を思わせるとか言われた。

トランプの時代だからそのコントラストが際立って、ある意味で得しているかもしれない。


その上、イギリスのEU離脱が決まっているから、国連の安全保障委員会の常任理事国の中で、フランスは唯一のヨーロッパの顔となる。


米、中、露、英、仏。


経済的には今のロシアは弱いが軍事大国だし、英と仏が分かれると、イギリスが過去の帝国主義の盟主、フランスは団結したEUの代表、と見えるから、これもイメージ戦略的には悪くない。


経済的な覇者であるドイツは、こういうところでは、日本と同じくやはり第二次大戦の敗戦国というレッテルから逃れられない。


この安全保障「五大国」、いずれも核兵器所有国だから、北朝鮮でなくとも鼻白むが。

で、このマクロンの、一応「フランスらしい」、アメリカに盾突く発言だが、それを評して「地球という人類の集合住宅の管理組合(国連)の自治会会長」のスタンスだと言った人がいた。

悪くないたとえだ。

最上階に住み自分ちだけリフォームしてセキュリティシステムや耐震設備を整えている金持ちが自分は管理組合なんて無視してもいい、と言ったとしても、

建物全体のメンテナンスが放置されれば、害虫や害獣も忍び込むかもしれないし経年劣化もあるし、いつか土台から崩れるかもしれないのだ。

余裕のある居住者が金を出し合って全体を支えたり、孤立した居住者のケアをしたりした方が最終的には建物全体の健康寿命を延ばす。


そのようにスケールを変えて考えてみると、先日読んだ『プラチナタウン』も別の視点で見えてきた。


あそこで語られた赤字財政、過重負債、過疎化、少子化、人口の老齢化、介護の問題など、実は、「日本の中の一地方都市」の問題ではなく、「世界の中の一地方都市」である日本の縮図だと言えるのではないだろうか。

あの本では、日本の中の「都会」と「田舎」の格差だとか人口の偏りとかが語られているが、地球全体をひとつの国としてみたら、まったく同じようなことが起こっているわけで、日本はまさに、もうすぐ、「公共事業をやり過ぎて立派な施設がいたるところにあるが負債は膨らむばかりで消費は伸びず人口減の進む地方都市」のようなものだ。あの本にあるように世界中の各地へのアクセスは飛躍的によくなっているから、富裕者は、シャッター街になった日本を捨ててもっとリッチな場所に移住していくかもしれない。


そんな「地方都市」日本の再建のカギは『プラチナタウン』にあるような福祉政策かもしれないし、それを地球規模で考えて、地球集合住宅の自治会で積極的に全体の運営対策に参加することかもしれない。


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by mariastella | 2017-09-21 02:30 | 雑感

マクロン VS 仏軍総司令官

マクロンが、引き続き、陸軍参謀総長で今フランス軍のトップの地位にあるピエール・ド・ヴィリィエ将軍との対立を深めている。

シャンゼリゼをパレードした時にマクロンのそばに立っていた人だ。

トランプ大統領を招いた7月14日のパレードの後では、マクロンはパリの軍司令官とことさらに打ち解けた様子を演出していたが、ド・ヴィリィエ将軍の目はごまかせない。

防衛予算削減をめぐってあらわになった食い違いだが、マクロンは問答無用でとにかく軍のトップは大統領のこの私、反論は一切許さないというスタンス。

それに対して将軍は、軍のような命をかける場所では、命令に服するに当たって、信頼関係が築けていることが必要だという。フランスで兵役のなくなった世代の39歳の男で大統領になってから2ヶ月のマクロンが居丈高に絶対権威を振り回すことの不健全さを堂々と口にしている。
「人々を盲目的に服従させてよい人間など存在しない」とFacebookで明言した。

私の立場は、もちろん、ド・ヴィリエ支持。


マクロンに堂々と反論して譲らないこの人。
こういう人がいることが私がフランスが好きな最大の理由だ。

金曜日に2人が会談するそうで、おそらくド・ヴィリエ将軍の辞任という結末になるだろうといわれている。

全能感にあふれた大統領、知性があるならド・ヴィリエ将軍のような人の存在する意味を考えてほしい。

シビリアンコントロールの大切さと、単に一時的に首長の座に就いた文官が「ぼくちゃん一番偉いから」と首領風を吹かせることとは全く別である。

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by mariastella | 2017-07-17 03:38 | フランス

パリのトランプ大統領

マクロンの招待に応じたトランプ大統領が30時間パリに滞在した

まずアンヴァリッドでナポレオンの棺を見る。
75年前にヒットラーを感動させた場所だ。

それからエリゼ宮でマクロンと会談、夕食はアラン・デュカスが腕をふるうエッフェル塔。
そして翌日の革命記念日のシャンゼリゼでの軍事パレード。

前にも書いたが、世界一の軍事大国アメリカは、独立記念日にでもこういうパレードはしない。第一次湾岸戦争での凱旋パレードのようなものはあったけれど。

マクロンの演出は見事に成功した。

天気がよかった。

テレビで中継を見ただけでもある意味で感動した。
もちろん私は軍事パレードというものは大嫌いだ。
けれども、テレビのスクリーンが大型化し、ハイビジョン化し、天気がいいので、光と影のコントラストが美しい映像で、スペクタクルとして見応えがある。

勇ましいのが好きそうなトランプなら本気で感動しそうだ。
アメリカの独立記念日でもやりたいと言い出しそうだ。
中央集権ではない連邦国家だから無理だろうと思うけれど。

トランプ来仏についてはパリ協定を離脱したトランプなどにあいさつなどしたくないと、ユロー環境相などが異を唱えていた。
また、最近マクロンが軍事予算の削減を言い出して、財政の緊縮のためには軍事省も他の省庁超と同じ、と言ったことに対して、将軍たちから猛烈な反発が起きていた。
他の公務員は命の危険がない。軍で働くものは命を懸けている。実際、毎日フランス兵がどこかで危険な目に合っている。他の省庁と同じとはなにごとだ、というのだ。それをまたマクロンが公開の場で「諫めた」形になったので張り詰めた空気になっていた。

それを考慮してか、パレードの後の演説でマクロンは、フランスが自由と平等の理念を守り抜くために身を捧げている人たちに感謝した。

いわゆる軍隊だけでなく、警官や、消防員、軍隊付きの医者、獣医、法務官までパレードに加わっている。

毎年のことながら、共和国の数学エリートであるポリテクニックの学生も行進する。エリートを輩出するためのこのグランゼコールが、歴史的に士官学校でもあることが、軍隊で連想する「力」に「知力」のイメージも重ねるところがフランスの特色でもある。

まあ、それらの全体を見ると、「力の誇示」は緩和されるから、たとえば北朝鮮の軍事パレードのような気味悪さはない。
でもその「正しさ」の誇示が鼻につく。

それに比べると、「イギリス植民地」上がりのアメリカ、ラファイエットら革命前のフランス軍の援護も得て独立を果たしたアメリカという国のトランプ大統領は、ある意味くみしやすい。

国内で逆風に吹かれている最中だから、フランスに来ることは息抜きでもあっただろう。性格的にもaffectif(感動しやすい?)人だから、メイ首相やメルケル首相とうまくいっていない今、心情的にマクロンに傾くだろうなどとフランスのメディアに言われている。

しかも、表向きは、第一次大戦でアメリカ軍がフランスにやってきて戦ってくれた100周年ということである。

「トランプ大統領」を招待したのではなく、長年の因縁のある軍事的な同盟国「アメリカ」を招待し、感謝したのだ。

「緊急事態」下である今でさえアメリカ大統領を招待してこのパレードを無事に成功させるということは、2024年のオリンピックの開催についても万全のセキュリティを保証できるというパフォーマンスでもある。

イメージとしても小柄だが老獪で精悍なプーチンと違って、大柄で大味なアメリカンというトランプを前にして堂々と「先輩国」のリーダーとしてふるまうマクロンは、ますますジュピターぶりを発揮できた。

演説では、フランスのために命を落とした人々だけでなく、テロの犠牲者も等しく、その子孫を「共和国の子供」(共和国の里子たち参照)として守り続けることを強調した。(そのことは午後に行われたニースのテロの一周年式典での犠牲者への追悼でも繰り返された。)

すごくよくできている。

シャンゼリゼを行進していた兵士たちの多くは20代だ。
リスクの大きい任務についている若者たちが整然と歩いているのを見ると、いろいろな思いがよぎる。
 
お祭り好きのフランス人は、前夜祭でも花火を打ち上げ、踊りまくり、飲みまくっているが、それでも「民衆が立ち上がって革命によって近代理念を獲得した」というのを政治的にアイデンティティとして選択した教育の成果は揺るがないのだなあ、と感心する。

革命の後も恐怖政治や帝政や王政復古や第二帝政や、あれだけいろいろ試行錯誤してきたくせによく「共和国神話」を養い続けているばかりか、必要とあれば太陽王ルイ14世とかジュピターまで総動員してフランス中華思想を繰り広げる根性はなかなかのものだ。

マクロンは今のところ、それを巧妙にわがものにしている。

いつまで続くのだろうか。

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by mariastella | 2017-07-15 06:36 | フランス

マクロンの公式写真

フランス中の市役所に飾られるマクロン新大統領の公式写真がネット上で公開された

ネットで公開というところがすでに「新しい」。
その写真は背後の窓を開けた執務机に腰掛けるようなスタイルでそれも新しい。

その机の上にいつも使っている二つのスマートフォンを重ねておいてあるのも今風。
彼が自分でそれを机の上にレイアウトしている様子のビデオも公開されている。

そのビデオには、机の上に広げたドゴール将軍の『戦争回想録』の分厚い本のどのページを広げるかをマクロンが選んでいる様子も見える。

どのページだったのか知りたい。

ドゴール将軍の本の反対側にはスタンダールの『赤と黒』、アンドレ・ジッドの『地の糧』の2札が重ねられている。うーん、このチョイスもなかなか意味深だ。

『赤と黒』のジュリアン・ソレルがナポレオンを崇拝していたことも想起される。

本棚の前での大統領肖像写真というのも定番だったころもあるけれど、多くの本ではなくてこうして選択されているとメッセージ性がある。

ジッドの『地の糧』は一つの詩の世界でもある。

サンシュエルなテーマが私の好みだけれど、マクロンのイメージと重ねると、

Ose devenir ce que tu es. Ne te tiens pas quitte à bon compte. Il y a d'admirables possibilités dans chaque être. Persuade-toi de ta force et de ta jeunesse. Sache te redire sans cesse : il ne tient qu'à moi.

という箇所などぴったりだろう。

すべての人には感嘆すべき可能性がある、君の力と若さとを信じたまえ、

みたいな感じだ。

エリゼ宮の庭の木立がなすV字型とマクロンの両腕のなす逆V字型の交わるところに青い視線がくるように計算されている。

両手の薬指に指輪がある。
ヨーロッパ旗と三色旗を配したのもマクロンらしい。








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by mariastella | 2017-07-01 06:24 | フランス

トランプ大統領、パリ祭(7月14日、フランス革命記念日)への招待に応じる

6/28にマクロン大統領がトランプ大統領と電話で15分話して、7/14の革命記念日のシャンゼリゼでの軍事パレードにトランプを招待したのをトランプが応諾したんだそうだ。

シリアのアサド大統領がまた化学兵器による攻撃を準備しているとかいう情報でマクロンは、オバマとオランドは見逃したが今回はそんなことがあったらフランスは単独でもシリア軍を攻撃する、と宣言したばかりで、トランプも「じゃあ、うちも」ということになったところだった。

マクロンが今回トランプを招待するのも、別にアメリカ大切でトランプに尾を振っているわけではなく、どちらかというと、プーチンをヴェルサイユに招待したように自分の権威を強化するためだということがある。
同時に、トランプがパリ協定から抜けると声明を出した時に

私はパリ市民に選ばれたんじゃない、ピッツバーグ市民に選ばれたんだ」

などと言ってのけたことに対して、「パリ」を見せつけ、しかも、パリ協定に背を向けたアメリカを追い出すのではなく対話を続ける用意がある、ひいては懐柔する、という意味もある。

国民の祝日で派手に軍事パレードをするのは、社会主義国家や全体主義国家、軍事政権国家以外の「先進国」ではフランスだけだ。以前には軍隊パレードを見直す、と言った大統領候補者が叩かれたこともあった。その時の記事に私の考えも少し書いている

軍隊と言えば世界最大の軍事国家はもちろん桁違いでアメリカなのだけれど、そのアメリカのトランプを敢えてパレードに招いたことは、トランプが力の誇示の好きな人だからけっこう乗り気になるだろう、という見とおしがうまくいったとも言われる。

私自身は

力を誇示したり崇めたりするところでは魂は必ずひずみを受ける」

というシモーヌ・ヴェイユの言葉の信奉者だから、軍事パレードなんてもちろん嫌いだ。

しかも、フランスがアメリカと組んで軍事的に目立ったりすると、またテロリストの標的になるだけで迷惑だという忌避感もある。

マクロンとトランプって「力の誇示好き」ってところで似た者同士なのかもしれない。やだやだ。

でもそもそも「国際政治」とは力の誇示で成り立っているのだとしたら、そういう人しか政治家にならないのかもしれない。

プーチンがインタビューで「力のバランスだけが力の行使を防ぐ」と言っていたけれど、彼の口から語られると、「抑止力」とか「必要悪」という言葉がリアリティを持って迫ってくる。

それでも平和への道は別にもあると信じながらジャン・ラプラスやアンドレ・ルーフの本を読んでいる。

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by mariastella | 2017-06-30 01:27 | フランス

ローマ法王フランシスコとフランス大統領マクロンの五つの共通点(By 《La Vie 3744 》その4

これは前の記事の続きです。

カトリック雑誌が挙げるローマ法王とフランス新大統領の共通点。
後ふたつあるので続けます。

その4は、「同時に」という考え方だ。

まずローマ法王。

フランソワ教皇は亡命者や移民の弁護人だ。そして「同時に」、各国の為政者に対して移民政策において慎重であるようにと促している。
妊娠中絶は恐ろしてことだと言うが、司教時代には中絶を余儀なくされた女性のために戦った。
同性婚には反対だけれど、私には裁くことなどできない、と言った。

その一見すると一貫しない態度は、教皇の敵からはポピュリズムであることの証明だと批判される。
けれども教皇にとっては、真理とは、罪びとたちのためにやってきたキリストというペルソナ(人であり、同時に、神である)であり、単純なイデオロギーなどではない。

教皇は、「対立するものは助け合う。人間の生とは対立するものの上に構築されている」と言う。
ベネディクト16世と同じく、イタリア生まれでドイツ育ちの神学者ロマノ・グアルディニの影響を受けている。

マクロンの方も、矛盾点を政敵から揶揄される。
経済相を自認した時「確かに私は自由と平等を選択した。成長と連帯も選ぶ。企業と勤め人も選ぶ」と言ったからだ。
マクロンの尊敬するポール・リクールの研究家であるオリヴィエ・アベルは、「マクロンの《同時に》は、リクールの考え方に近い。彼は対立物を、完全に合意に至らないとしても実りある緊張であると捉えている」とコメントした。

つまり二人とも、「ポジションをはっきりしない」と批判されているわけだが、人間の社会は黒白や善悪の二元論で解決するものではない。
反対意見や少数意見を排除しないで話し合ってすり合わせていくという平和的解決は現実的でもあるし、何かを強引に決めた後で起こりやすい逸脱を避けることにもなる。
黒か白の一色にしてはいけないし、かといって混ぜて灰色にしても本質が失われる。たえず他のポジションを意識することで自分のポジションに疑いを投げかけることも必要だ。
黒白二元論でなく価値多元主義で自分は自分、人は人というのも間違っている。どんなたくさんの色があるとしてもばらばらでなくひとつの絵を描いていくために必要な普遍的な価値観というものも模索したい。

この週末に総選挙が始まるが、マクロン新党LREMが過半数をしめるという予測が出始めている

サミットでのトランプとの握手の仕方が痛快だった、ハンサムで英語が話せて、EUへの働き掛けも積極的で、というマクロンの姿をフランス人は自分たちに重ねているのだそうだ。
そういえば、サルコジが大統領になってすぐにアメリカの富豪の豪華ヨットでバカンスを楽しんでセレブ生活を見せつけたことを、フランス人はまるで自分たちのステイタスが上がったかのように満足していた。
これがドイツの首相なら大スキャンダルになって失脚ものだと言われたが、フランス人は自分たちの代理として大統領に目立ってほしいのだ。

で、いろいろ批判されていたマクロンも、今は、若くてハンサムで自分たちにぴったりなどと思われ始めているらしい。

今にして思えば、「ノーマルな大統領」になりまーす、と宣言したオランド大統領はイメージ戦略を誤った。
フランス人は自分たちと変わらないようなノーマルな大統領を欲しているのではなく、自分たちの妄想を託すことのできる大統領を欲しているのだ。

総選挙で私の注目しているのはパリのカトリック学院で神学と社会科学を教えるポール・リクールの研究家である女性神学者クレマンス・ルヴィエが当選するかどうかということだ。
彼女はマクロン新党からの候補者で、かなりリベラルだ。
カトリック的に不都合などんな政策でも、時代の文脈を見て、そのベースに愛と慈しみがあるなら受け入れられるという。終身助祭の夫と成人した三人の子供がいる。
彼女なら「ローマ法王とマクロンの共通点」のシンボルになるかもしれない。


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by mariastella | 2017-06-10 06:38 | フランス

ローマ法王とフランス大統領 その2

(これは昨日の続きです。)

ローマ法王フランシスコとフランス大統領マクロンの五つの共通点(By 《La Vie 3744 》

その2です。

2番目の共通点とは去年の春、まだ社会党内閣の経済大臣だったマクロンが独自に立ち上げた運動 En Marcheだ。

En Marche は日本語では「前進」と訳されているようだが、単に歩くという意味だけではなく、動いている、うまくいっている、目的に向かう途上にある、などのいろいろなニュアンスがある。

まず法王。

ヴァティカンのように何世紀もイタリア領邦国家の利権とずぶずぶだった巨大組織は、前進どころか慣性で一歩も前に進めないというイメージだけれど、この教皇は、どこかの国の「岩盤規制の一点突破」みたいなやり方ではなく、広く全方向的に窓を開いていくような動き方をしている。

離婚して再婚したカップルを再び共同体に迎え入れること、
多宗派とのエキュメニカルな理解と前進、
ヨハネ=パウロ二世時代にいったん破門された聖ピオ10世会との歩み寄り

など、いろいろな分野で、たとえ歩幅は小さくても少しずつ動き進むことを好む。問題の解決とは人々が並んで歩くことによる出会いの中で見い出されるものだろう。
目は天を仰ぎ、足は地に着けて「歩いていく」ことがフランシスコ教皇のやり方だ。

マクロン大統領は、その「前進」という運動名はイデオロギーではなく現実との接点を表現する。彼の政策のいくつかは、その運動の内部から自発的に生まれた。また、頭の中だけではなく実際に体を動かせるという「可動性」の徳も強調する。物理的なアクセス可能は、社会的公正を目指す政治の一部だ。彼が大臣時代にそれまで公共機関の独占だったバス路線を「自由化」したことで、フランス中を長距離バスで移動する人が大幅に増えたことがその典型だ。<<


これはやはりプラグマティズムに基づいているのだけれど、
巨大な権威を持つ教皇が広く浅く少しずつ「伝統」を揺さぶろうとしているのに、民主主義と議会制度に縛られるマクロンの方が、強硬に自由化の法を整備して目に見える結果を出すのが対照的だ。

政治家には「次の選挙」というハードルがあるし、常に「政敵」からの攻撃を受ける対策も必要だ。「今ここで」自分の実力を見せつけることが必要とされる。
教皇の方は時として挑発的なコメントを小出しにしながら、様子を見て、パン種が発酵するのを待っている。政治生命のスパンが全く違う。
次の選挙や選挙の地盤を後継者に譲るなどの憂いもない。
配偶者も子供もいないし、時空を超えた神や聖人たちとの交わりの中で足を地につけている。

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by mariastella | 2017-06-05 17:12 | 宗教

マクロン、プーチンと会う

ロシアのピョートル大帝がはじめてパリにやってきた1717年から300年、ピョートル大帝をテーマにした展覧会がヴェルサイユのグラン・トリアノンで開催され、その開幕にプーチンがやってきた。

プーチンは選挙運動期間にル・ペン女史に会ったり、フィヨンを支持するコメントを出したりしているのでマクロンとは微妙だ。

朝のラジオでフランスのロシア大使は、ロシアとフランスの今の緊張はウクライナ、シリアと、すべて別の国が原因になっているので、ロシアとフランス自体の昔からの絆は変わらない、と強調していた。

プーチンの保守主義とマクロンのリベラルという価値観の違いはあるけれど理解し合える、と。

そして今になって、ちょうど10年前にサルコジがG8サミットではじめてプーチンと会談した直後に記者会見の場に現れた時の様子が何度も流された。


明らかにふらついていて話すこともしどろもどろ、当時は、ウォッカを飲まされたに違いない、と言われていた。

しかし、プーチンもサルコジもアルコールを飲まない。

それが今になって、あの時は実はサルコジはプーチンに脅迫されてショック状態にあったのだと暴露され始めたのだ。それが単に「言葉だけのものではなかった」とも言われているのだけれど、完全には説明されない。

その時のG8におけるサルコジについて、ベルギーのテレビがまさに「上級生のいる運動場に入って興奮している下級生のようだ」と揶揄して、後から謝罪している。

そのために、先日のG7でのマクロンのパフォーマンスが注目されたのだ。

マクロンはうまく立ち回った。

で、次は注目のプーチン。「力関係」が決め手だとはマクロン自身も言っていて、用意周到だろう。

まず、最初の出会いの握手

握手しながらマクロンがすぐに左手でプーチンの腕に触れると、プーチンもすかさず触れ返した。

さて、午後、ヴェルサイユ宮殿の「戦いの間」での記者会見の中継をネットで全部見た。会見が終わって握手して2人がカメラに背を向けて去る時にマクロンの腕がプーチンの背にあてられた。マクロン得意の、「上から労り」ジェスチャーだ。

すごいなあ、大した度胸だ。

プーチンはヴェルサイユに来たのは初めてで感嘆している、と言った。

場所の選定も、ピョートル大帝の記念という口実も、G7の直後というタイミングもうまい。サンクトペテルブルク生まれのプーチンはピョートル大帝を尊敬しているし、ロシアはフランス文化に憧れていた。

記者会見でより多くしゃべっていたのはマクロンで、ロシアの触れてほしくないチェチェンでのLGBT迫害だの、大統領選中にスプートニク通信社が報道したマクロンがゲイでゲイのロビーに支えられているという噂についても、デマやプロパガンダを垂れ流すものはジャーナリズムだとは見なさないと言って名指しで批判した。

シリアやウクライナ問題についても言うべきことは全部言い、それでもことを進めるためにプラグマティックに解決する用意があるとも言った。

選挙運動中に言っていたことをすべてそのまま口にしている。

もとがトランプのような暴言ではないので、一貫しているという意味だ。

会見の様子を見て、マクロンはプーチンと対等に話した初の大統領だ、などとコメントした人がいた。

もしマクロンの対ロシア外交がアメリカへの従属に終わるなら大失敗だと言われていたが、これはまず成功の部類だろう。

会見の背景に映る両国の国旗も、ロシアも三色旗(上から白、青、赤)なのだが、白を真ん中にするフランス国旗の方がはっきりしていたし(マクロンの顔が白地の前になる)、その後ろに並べられたヨーロッパ旗が、フランスはフランス一国でなくてヨーロッパが背後についているという威嚇と同時に、フランスがヨーロッパの旗手であるという風にも見える。いや、そう見せる意志が伝わってくる。

10 年前、何があったのかは知らないがあのサルコジをすら打ちのめしたプーチンに対してともかく「対話」をした。(オランド大統領にいたっては建設的なことは何もできていない。)

こんな風に書いているとまた私は「マクロンびいき」だと言われるかもしれないが、実は、日本のことを考えていた。

マクロンとプーチンの会見を見ていて、安倍首相とプーチンの会見のことを思い出して暗澹としたのだ。日本の政権とメディアをめぐる今の状況を憂えているので、記者会見でのやり取りを聞いて、そのことも考えずにはいられなかっのだ。

日本の為政者にとって他国の為政者と対等でいられるということはどういうことなのだろう。

G7の首脳を伊勢神宮に連れて行っても、それはヴェルサイユのような意味は持たない。ロシアに関しては、プーチンをわざわざ地元の宇部に迎えてその後に山荘に招いて「温泉でゆっくりどうぞ」なんてあまりにも…敵を知らなさすぎる。

ロシアとの歴史と言えば日露戦争だったりするし、一度だって憧れを持たれたことがないと思う。

欧米の国で伝統的に日本文化に「憧れ」を持っている唯一の国はフランスなんだけどね。

表現の自由、メディアの独立性、外交においても言うべきことをきっちり言うこと、説得力を持たせること、展望があること…。

スポーツの試合では対戦相手のプレイのビデオを何度も見て、相手の弱点などを分析して戦略を立てるなどということがよく知られている。

国際関係に携わる人はなおさら、歴史の経緯も含めて勉強、研究が欠かせない。内向きのポピュリズムで満足している場合ではない、とつくづく思う。


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by mariastella | 2017-05-30 02:18 | フランス



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