L'art de croire             竹下節子ブログ

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イギリスのテロ、トランプ、韓国、パレスティナ…

これを書いているのはフランス時間で5/23。

国際情勢の動きから目が離せない。


マンチェスターのテロはバタクランのテロを思い出させるが、マンチェスターのアリーナの規模は桁違いに大きい。

この事件で、フランスの劇場やコンサート会場などの警備に緊急の通達があった。折しもカンヌ映画祭の開催中である。

何が特に注目されているかというと、「コンサートが終わった後」だ。ホールへの入場には念入りに所持品のあらためや身体検査がされるが、終わった後の「解散」の時には警備が手薄になる。慣習がどっと出てくるところを狙われるというのはセキュリティの盲点だった。

犯人はリビア系でマンチェスター生まれの22歳のイギリス人。シリアやイラクのISの元で「訓練」した経歴があるかどうかはまだ判明していないが、ともかく、国境を閉鎖したところで、EUを離脱したところで、「自国内」の若者がネットなどでISに鼓舞されてテロに走るとしたら防ぎようがないというのが再確認された。


イギリス型の共同体主義社会は、様々な「文化圏」がモザイク状に「共存」している。

それらが互いにリスペクトしあって共存しているならいいが、そのうちのどれかが自分たちの優越性を掲げ、他のコミュニティを「不信心者」として攻撃するなどに走れば、フランス型の「統合」志向の国での逸脱よりもさらにやっかいなことになる。

私がフランス型のユニヴァーサリズムを支援するのは、たとえ多様な共同体が互いをリスペクトして共存していたとしても、どんな共同体に生まれつくかは誰にも「選択」できないし、共同体内部での差別や支配関係は自体は改善されにくいからだ。

その共同体から出ていく自由がより高位の権威によって保証されているべきであるし、共同体の伝統やコードよりも、すべての人間が自由と平等と安全と幸福を追求する権利と尊厳が優先されるべきだと考えているからだ。

生まれついた共同体のマジョリティで戦争や飢饉のない時代を過ごしてきた人にはなかなかぴんとこないかもしれないけれど。


ここ数日は、トランプのはじめての「外遊」も注目を集めている。

ツイッター発信を禁止された?とかで、ここまではシナリオ通りに動いているようだ。

でも国際情勢はシナリオ通りにはいかない。

イランを共通の敵にしてイスラエルとアラブを結束させてパレスティナの平和協定を実現させるという構想自体は悪くないし、関係者たちはすでにアメリカに来て話し合っていた。けれども、イランではアメリカとの関係改善をスタートさせたロハニ大統領が再選された。イランに投資つつあるマルチナショナル企業はほっとしているだろう。

こんどはイランとサウジアラビアと、どっちが長い目で見てより良いビジネスのパートナーになるのか、などという基準で外交が進むのだろうか。

イスラエルの嘆きの壁に手をあてるトランプの姿は世界中に配信され、「壁」ジョークに大いにネタを提供した。トランプと言えば「メキシコ国境に壁」が有名だから、「嘆きの壁」の前で「これはメキシコが支払ったのかな」とつぶやくようなカリカチュアがたくさん出た。

今日はパレスティナのアッバス議長と会っていたし、5/24がローマ法王との会見だということで、「聖水をたっぷりふりかける必要がある」となどとからかわれている。(悪魔祓いという含意?)

翌25日がマクロン大統領との初の会食の予定。

これも、「マクロンの方がトランプよりも英語がうまい」などとからかわれている。

マクロンのフランス語の語彙の豊かさについては前に書いたが、確かに英語の語彙もトランプより豊富なことだろう。


韓国の新大統領も決まった。

「親北反日」だという形容も耳にしたけれど、この「半島危機」の時代に、「反日」だから気に入らないとかいうのは大局的に見ると優先事項ではない。

北と南が穏便な形で平和条約を締結して「朝鮮戦争」を終結させて南北を統一し、米軍が撤退すれば、中国も介入しないですみ日本の「危機」も回避できるというのが理想的なシナリオであることは自明だ。

南北統一が果たされて米軍と中国が矛先を納めさえすれば、核兵器があろうとなかろうと、維持する必要そのものがなくなる。


イスラエル、インド、パキスタンの核兵器の現実の方が危うい。

一番怖いのは自爆型テロリストに核兵器を奪われたり、原発に突っ込まれたりする可能性の方だ。

ドローン攻撃やサイバーテロのことを考えるとほんとうに真剣に対策を立てることは別にあるような気がする。

顔の見える国に対して「制裁、制裁」などと煽っている場合ではない。


生きている間に、イスラエルとパレスティナが互いを認め合い、スンニー派とシーア派が共存し、南北朝鮮が統一されるのを見たい。

いや、それよりも、今現在のベネズエラや南スーダンの内戦状態が気になるし、今週末から始まるラマダンも心配だ。ISはラマダンの期間(特に金曜)にジハードで殉教すれば天国直行とかまた宣伝するだろう。フランスでは昼が一番長くなる時期だからムスリムのつらさも目に見える。

木曜はキリストの被昇天祭だ。せっかく復活したイエスが、後を使徒たちに託して天に昇ったという日。そして翌日の金曜からラマダンが始まる。

(断食は土曜の朝から)


世界中の宗教者にはぜひ平和のために祈ってもらいたい。





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by mariastella | 2017-05-24 05:27 | 雑感

マクロン、マリヘ行くーー女性国防大臣の意味は?

マクロンのはじめてのヨーロッパ外の訪問は、アフリカのマリのフランス軍駐留地で、7時間いて、閲兵した後は兵士たちといっしょにセルフサービスのテーブルについた。

フランスの国防大臣はオランド政権の5年間、ジャン=イーヴ・ドリアンが続けて存在感を示していた上に、早くからマクロンを支持していたので、続投かと思ったら、欧州・外務大臣に任命された。
要職だから文句はないとしても、新国防大臣にシルヴィー・グラールを当てたのはなんとなく分かる。

マクロンは「大統領は軍の総帥」だということを強調したかった。
もともとナポレオン路線をたどっているから、「軍隊を率いる」というイメージはもっともシンボリックなものである。
就任式の後、シャンゼリゼでパレードした時に普通の車でなく軍用車に乗り込んだのも明らかにそのための演出だった。
年長者に対してやたら「父性的」なしぐさをすることは前に書いたけれど、兵士たちの前をゆっくり歩く足取りも、それを意識している。

そんな「ナポレオン」に、ドリアンのようなベテランの国防大臣は「不都合」だろう。

シルヴィー・グラールは首相候補だともささやかれていたベテランの欧州議員だ。
実績、実力は問題ない。「国防」大臣のポストは、「戦争」大臣、「軍隊」大臣(今回はこれに戻った)など名前はころころ変わるのだが、やはり圧倒的に男性が占めてきた。

フランス史上最初の女性国防大臣はシラク時代のミッシェル・アリオ=マリーで、この人は最初の女性大統領になるかもと言われたくらい見た目もなかなか堂々としていた。彼女がこのポストに就いたのは、2002-2007で、シラクとル・ペン(父)が決選投票した後だ。その後はまた男性が続き、マクロンがル・ペンと決選投票になった後でふたたび女性国防大臣が登場したのは偶然だろうか。
ル・ペンと言えば、ジャンヌ・ダルクを政治利用することで有名だ。
ル・ペンを選挙戦で敗退させた後で、軍隊に女性大臣を配することには隠れたメッセージがあるのかもしれない。

何かと男女の同権や平等が言われる時代だ。女性大臣と言えば教育とか文化、健康、厚生などのポストを受け持たされることが多いことも批判される中で、「軍隊」という伝統的に男の世界のトップに女性を据えること自体の「政治的効果」はもちろんあるだろう。日本でも、稲田朋美防衛大臣が女性初の小池百合子(2007)に続いて2番目だ。

マクロンの場合は、女性国防大臣を置くことで、やはり「真のリーダーは男である自分」、ナポレオンのように軍の先頭に立つリーダーなのだ、ということを「自然に印象付ける」という効果もあって一石二鳥というところか。

この人のやることはすべて計算し尽くされている。
果たして計算通りにどこまでうまくいくのだろう。

しばらく姿を見せなかったル・ペン女史もピカルディの選挙区に姿を見せた。
決選投票で58,2%を獲得したエナン=ボーモンだ(すでにFNのスティーヴ・ブリオワが3 年前から市長をしている。この人は大統領選の間FNの臨時代表をしていたが、TVでのコメントを見ているとまるでFNのイメージのカリカチュアみたいだった。16歳からFNに入ったというからすごい)。

娘と敵対していた父のル・ペンも独自候補を出さずに支持に回った。笑顔を振りまく彼女の姿がまたメディアに登場した。

エナン=ボーモンに住んでいなくてよかった。

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by mariastella | 2017-05-20 06:58 | フランス

ニコラ・ユロー環境相の意味、マクロン政権への私のスタンスなど

今朝のラジオで緑の党のダニエル・コーン=ベンディットが、ニコラ・ユローの、環境相就任についてコメントしていた。

これまでサルコジからもオランドからも誘われていたのに断ってきたポストをどうして受けたのか、
どうみても原発推進派の首相のもとでこの人選は、「アリバイ大臣」と言われているがそうなのか、

という質問に対するものだ。

ニコラ・ユローはフランス人の好きな人物のアンケートでいつも上位にある人気者で知名度は高い。
この人をついに入閣させたということは新内閣のイメージアップではある。
ヤニック・ジャドも歓迎していた。

(けれども、一方では、ディープ・エコロジストからは体制寄りのご都合主義者として批判されてもいるのだけれど。)

で、コーン=ベンディットの見立ては、マクロンはユローを守るだろうというもの。
というのは、ユローは、これまでのやり方を見ても、もし、自分が十分に動けないとか妨害をされたと感じたらさっさと自認するに違いない。

マクロンにとって、ユローを環境相にして親エコロジーを演出することのメリットよりも、
ユローに批判されて出て行かれることのデメリットの方がはるかに大きい。

だから、彼を起用するにあたっては絶対に辞任させないという自信がある、というか、彼の立場を守る、という合意があってのことなのだろう。

以上がコーン=ベンディットの見立てだ。わりと説得力があったので紹介する。

新内閣の組閣については、後は、

男女同数と言っても「格」としては女性(シルヴィー・グラール)は5番目に出てくるに過ぎない、
平均年齢がオランドの初期内閣よりも上である、

などがコメントされている。

政治畑以外からの入閣が半数を占め、
全体としては左派に傾いているが、
フィリップ首相の任命を聞いたピエール・ガタズ(フランスの経団連にあたるフランス企業運動MEDEFの会長)がいたく喜んだということからも分かるように、「経済リベラル」の路線は確実だ。

労働組合の緊張は高まっているし、マクロンが財政や失業問題の立て直しに結果を出さなければ、
また「取り残された庶民」の怒り、というシナリオになる。

全体としては、バランスが取れた巧妙な組閣だとも言われるが、国民議会の総選挙の経緯を見てみないと誰にも何も分からない未知数であるということは確かで、夏には例えばバロワン首相とのねじれ内閣になるなどの可能性もゼロではない。

付記: 古川利さんが私のことを名指しで「マクロンにメロメロ」だとブログに書いていた、と教えてもらった。
私の一連の記事でどうしてマクロンにメロメロなどという印象を与えるのか不思議だ。あらためてまとめておこう。

数年前から書いているように、個人的には彼の雰囲気は神経質でナルシスティックで好きではない。
教祖的演出も嫌いだった。
政策の新自由主義にも反対の立場だ。(しかも、ポピュリスト公約の住居税免除は私に関係ないしむしろ収入は低下する。)
政策的にはアモンを支持していたが、大麻の解禁のことで躊躇したし、メランションの言うことも、人間性は別としても基本線においては評価している。
マクロンを支持してもいいかと思ったのは第一次投票の三日前に起きたテロのテロリストがマクロンと同じ39歳だったので、同じ歳で国をリードしようとしている若い世代に希望を見出したくなったからだ。
その後はもちろん、ル・ペンよりもマクロンを支持した。彼が当選して「ほっとした」というのが本音だ。
結果的に、プーチン、メイ、習近平、トランプ、メルケルといった強烈な人達に対して、イメージ的に別のメッセージを発することができているようなので悪くはなかったと思う。
フランス語能力が高いことはもちろん評価できる。
全体としては今の私にとってはマクロンはOVNIだとしか言えない。
夫人が私と同世代であることなどどうでもいいが、そのカップルのありようが、例えばトランプ夫妻の逆であるような部分は痛快だとは思う。
私の周囲の若い世代はマクロン支持が多いので彼らへの連帯感はある。
前の記事でも書いたが目上の公人の頬を人前で軽くたたくような不自然な「父性演出」は個人的に不愉快。

とまあ、こんなところ。
サルコジやオランドと違って、内政では軽々しく「おことば」を発しないと言っているので(実際組閣についての説明もなかった)、まあこれからはそう目につかないだろう。食傷気味だ。
フィリップ首相の姿もあまり見たくない。やはりラジオと読み物中心で行くつもり。


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by mariastella | 2017-05-18 16:30 | フランス

ショック・ドクトリン

ネットで日本の週刊誌のコラムを読んでいたら、このところ、北朝鮮からの核攻撃のことが気になってしょうがなかった、というものがいくつもあったので驚いた。

1999年の7月、例の「ノストラダムスの大予言」の終末論で、7月の終りにテポドンが東京都心に落とされるという飛語が飛び交っていた。今思うと、当時の北朝鮮の技術ではそんなことはあり得なかったと分かるけれど、とても嫌だった。

というのはちょうどその7月に私はアサヒカルチャーセンターで何日かの講座を任されていたからだ。

普段フランスに住んでいる自分が何を好んでわざわざ1999年の7月に東京都心にいなくてはならないのだろう。

ノストラダムスの「予言」にまつわるいいかげんな終末論の横行については、私は当時すでに、ノストラダムスをルネサンスのフランス知識人として解説しなおしていた。

けれども私がいくらまともなことを言っても、

「世界の終わりだ!」

と大声で叫ぶ人には勝てない。

世間は「ネガティヴなことを大声で叫ぶ人」に耳を傾ける。

そして、そんなことを全く信じていないばかりか批判をしている自分でさえ、「わざわざそんな日に東京に行くのは嫌だなあ」と思ったのだ。カルチャーセンターの仕事がなければ、日本でも神奈川県の実家にこもっていれば被害は少ない?かもしれないのに、と。

もちろん、ちゃんと講座は務めたし、何事も起こらなかった。

でも、今は、より「現実的」になった北朝鮮のミサイル攻撃からの身の守り方みたいなものをまるで「地震対策」のように流して恐怖を煽る何かの思惑が働いていて、それが、コラムニストなどの意識にある程度功を奏しているわけだ。

近頃は、日本に帰ると「フランスはやっぱりテロで怖いですか」などと聞かれることがある。
日本にいる時に「地震が来たら嫌だなあ、」とか、飛行機に乗る度に「落ちたら嫌だなあ」と思う程度には怖い。

でもこうなるともう、
ナオミ・クラインの「ショック・ドクトリン」を思わざるを得ない。

日本国憲法の前文を提案したのだか押し付けたのだかは知らないけれど、その頃のアメリカの指導層は、まだ罪悪感も持っていたし、本気でキリスト教精神の一番いい部分での人類愛とか普遍的な自由の実現を掲げていた。その「自由」がいつの間にか、「神」の愛やみ旨に発するものではなく「金」への愛や欲望に発するものとなってしまった。

進駐軍のエリートでさえ、リンカーンを読み、聖書を読み、「正義が力となるのであって、力が正義になってはいけない」などと多分その時は本気で言っていたというのに。

興国とは「謙」の賜物であって、亡国とは「傲」の結果である、と言ったのは内村鑑三の『興国史談』で、国家を存立するのは武力や経済力や領土ではなく道徳力なのだ、と言っていた。

日本は、明治の開国時のプレッシャーの中でも、敗戦の焦土と窮乏のうちにも、攻撃や恫喝ではない平和構築の優越性を確認してきたはずだ。今、ショック・ドクトリンに沿って防衛ミサイルなどの軍事産業のますます繁栄するのに加担するのを見ていると暗澹とする。



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by mariastella | 2017-05-17 06:36 | 雑感

新首相への懸念と前の記事の追記

新内閣の発表は水曜日に延期されたそうだ。

共和党のフィリップ首相が任命されたのだからブリュノー・ル・メールなど何人かの共和党議員が入るだろうと言われていたのだけれど、フランソワ・バロワン(私はこの人の低音のファン)は分断を認めないし、なかなか微妙だ。

フィリップ首相を激しく弾劾するのは「共和党を裏切った」とかいうことではない。
もともとル・アーブルのような元来左派の拠点であるような街になんとか食い込んで市長をやっているのだから「保革」の間をうまく泳げる人であるのは確かだ。
問題は2007年から2010年の間にアレヴァ社の公務部門ディレクターをやっていたことで、持続可能エネルギーへのシフトや生物多様性に関するエコロジカルな法律にこれまで反対投票をしてきた過去だ。
アレヴァというのは言わずと知れた原子力産業のトップの複合企業で、もちろん日本の原発産業とも深いかかわりがある。

こんな首相のもとでは、マクロンを支持してきた前環境相セゴレーヌ・ロワイヤルなどとても閣僚にならないだろう。

マクロンが若者は仕事を覚えなくてはならないから週40-45時間労働は当たり前だ、今の35時間労働はシニア向け、などと議論しているシーンのyoutubeも試聴が増えている。

マクロンやフィリップのような人は、週100時間くらい働いても平気、って感じもするけれど。

昔、日本の企業や役所からフランスに来た人たちが、「フランス人は働かないって聞いていたけれど、エリートは日本人よりも働いていますね、」と驚いていた。

エリートが眠らずに働くのと、ブラック企業で働かされるとか、働かないと食べていけないとかいうのは意味が違う。

エリートが人一倍働いて、それなりに庶民に利益を還元するという時代も過去には確かにあった。

今や経済格差の問題というのは人の心を確実に蝕んでいる。

ああ、それから、前の記事の追記として書いておくと、『アエラ』のマクロン夫妻の写真のキャプションも間違っている。 

「北仏のリゾート地ルトゥケを訪ねた際の仲睦まじいマクロン夫妻。ここは彼らが結婚式を挙げた町だ」

とある。

ルトゥケにはリゾートで遊びに来たわけではなく彼らはここに住民登録をしている。
投票もこの町でしている。

まあどうでもいいことだし、他の雑誌のマクロン報道も的外れのものが多いのだけれど、朝日新聞系の雑誌の記事なんだから、少しは校閲というものがされないのか不思議だ。



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by mariastella | 2017-05-16 22:59 | フランス

マクロンとフランス語

トランプ大統領の語彙が貧困だというのは有名だ。
日本の首相たちも漢字の読み方を間違えていることを何度も指摘された。
サルコジは俗語を使ったり悪文を弄したりしていた。
オランド大統領も文法の誤りを指摘されたことがある。

フランスでは「フラランスとはフランス語」だと言われるくらいに、フランス語への思い入れは深い。

マクロンは高校の演劇で出あったフランス語の教師と恋に落ちたくらいだからフランス語の能力は高い。
今回の大統領選で彼の勝利を決定的にしたマリーヌ・ル・ペンとの最終討論で彼が披露した語彙は話題になった。

若いのに古臭い言葉を使う、と言われもしたけれど、文学や哲学の教養は確かだ。

リストに上がった単語は、

La poudre de perlimpinpin

Galimatias

Saut de cabri

Antienne

Broutard


どれも文脈で大体わかるけれど私が使ったことのない言葉ばかりだ。
ペルランパンパンなんて、オノマトペが語源で、これですっかり有名になってyoutubeで出回った。
私も使ってみたくなる。

最後のBroutardは全く知らなかった。
その他にも、別の折に、イタリア語由来の In petto  やアラビア語由来の Chicaya なんて言葉を使っている。

私はバロック・オペラの歌詞を知っているし、古典もまあ読んでいるから、古臭い言葉は割と分かる。
今の若者の俗語や略語やネットの言葉みたいなのはフランス語でも日本語でもよく分からない。

どちらにしても、39歳の新大統領の語彙が豊富でうまく使いこなせるというのは「フランス」にふさわしい。

マクロンと言うとロスチャイルド投資銀行で働いていたということで「金持ちの手先」のように批判されるわけだけれど、マクロンの前にはポンピドー大統領もロスチャイルド銀行で働いていた。ポンピドーも詩に造詣が深くフランス語の教養があった。

そういえば、当選の夜のルーブルのピラミッドの前でのスピーチで、歩いてきた時はEUの歌である「喜びの歌」だったけれどオーケストラ演奏のみで歌がなかった。
ベートーベンでドイツ語だから、それでなくともEUはドイツに牛耳られているというル・ペン女史の言い分を想起させるようなミスをおかすことはできない。
スピーチの後のフランス国家の「ラ・マルセイエーズ」は曲だけでなくフランス語の歌詞をマクロンも人々と共に歌っている。
そのシンボリックな意味は小さくない。

スピーチの背景のピラミッドをフリーメイスンだという人もいたが、三角形は天と地を結び、三位一体の「父と子と聖霊」が共和国の「自由・平等・同胞愛」の三つの標語に置き換えられたことのシンボルだと言う人もいる。

サルコジが「(それまでのフランスから)断絶する」、オランドが「金融システムと戦う」などと言っていたのに対してマクロンは「愛を持って仕えます」とスピーチを結んだ。「謙虚に仕えます」とも言っていた。
その辺は完全にキリスト教の優等生的な言葉だ。

総選挙では男女半々で428人の候補を立てると今日発表されていた。
マクロンの「En Marche!」は「La République en Marche(REM)」と名を変えたようだが、EMはマクロンのイニシャルであると同時に「エム」と読め、つまり「aime(エム: 愛する)」の含意もあったそうで、言葉へのこだわりがここでも見られる。

言葉を制するものはリスペクトを得られる。
マクロンのスピーチで繰り出されるフランス語をウオッチングできる5年間になりそうだ。

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by mariastella | 2017-05-12 06:24 | フランス語



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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