L'art de croire             竹下節子ブログ

沖縄を考える その7

嘉手納空軍基地を見下ろせることで有名な道の駅「かでな」にも連れて行っていただいた。

展望台では、基地や戦闘機よりも、子供連れも含めてそれを見学に来る人達の熱気の方が印象的だった。私はあらゆる列車が好きな鉄道ファンやカーマニアの気持ちもあまり分からない人間なのだけれど、戦闘機マニアに心躍らせることは、本質的にリスクをはらんででいるのでは、と思わざるを得ない。

でも、集まっている若い人たちを見ていると、何か壮大なゲームを楽しんでいるように見える。ここから飛び立つ戦闘機が爆撃したり、訓練中に事故を起こしたりしていることなどへの想像力や記憶とは乖離した世界のような気がする。
c0175451_06360916.png
カメラが並ぶ。
c0175451_06363536.png
c0175451_06371413.png
土産物屋?も、米軍グッズや戦闘機写真。オスプレイの写真も見える。
c0175451_06353191.png
駅と基地の間のわずかな場所(黙認耕作地)に畑などができているのもシュールだ。
でも、案内してくれている方は、実際にこの近くに住んで、戦闘機の爆音をずっと聞かされている人なのだ。

リゾートや観光ルートだけめぐっていると、このように、「基地問題そのもの」が観光の対象になっているところの存在を知らないままでやってきて去っていく人も多いだろう。(続く)

[PR]
# by mariastella | 2018-05-25 05:22 | 沖縄

沖縄を考える その6    糸数アブラチガマへ

4月末、沖縄戦で日本軍の陣地や野戦病院としても使われたアブラチガマを案内してもらった。

このサイトに詳しい説明がある。

ここに各地点を360°見渡せる写真があるので、実感を持って追体験できる。

生存者の証言も載っていて、一つ一つ読んでいると、戦争の放棄と武器廃絶以外に人間の尊厳を守ることにふさわしいものはないのではないか、とあらためて思う。

それでも、実際に連れて行っていただいたからこそ、このサイトを開き、じっくり読むことになったのだから、「情報との出会い方」は決定的だ。

ガマへ降りるには懐中電灯とヘルメットが必要だった。

c0175451_20040184.png


実際何度か頭をぶつけた。

最近沖縄のニュースで観光地の階段が石灰岩で滑りやすく、足元に気を取られて頭をぶつけた人が出ているというのをネットで読んだ。

私はこのガマの翌日にそれこそ観光鍾乳洞である玉泉洞にも入ったのだけれど、ライトアップも完璧だし、「通路」の周りの鍾乳石はバッサリと切り取られている。

エスカレーターやエレベーターもあって、なんだかわたしが子供の頃に時々訪れた「昭和の鍾乳洞」の趣だ。環境保全意識の発達した今なら「?」というようなところもたくさんあるけれど、最近公開された「ガンガラーの谷」の鍾乳洞などは、さすがによくできていて、火をともしたランプを手渡されて「自然」風味が残されている。

「アブラチガマ」などは、まったく別のコンセプトだ。

多くの方が亡くなった「死」の場所であり「慰霊」の場所であるだけではなく、アウシュビッツの収容所が負の歴史遺産として保存されているように、二十世紀の戦争の歴史遺産であるからだ。

ポーランド人神父などがやってきて沖縄戦の悲惨さを聞いて、アウシュビッツのように保存していないのか、と言われた時に、沖縄では地上は焼き尽くされたので、地下壕しか当時の状況を残しておけるものはないと説明するのだそうだ。

広島では爆心地のいわゆる「原爆ドーム」が残されている。長崎の「被爆の聖母」のインパクトも大きい。 

アブラチガマでは、私などは転倒しないように最大の緊張感を強いられるのでそれだけで感受性がマックスになる。こんな危ないところに小学生たちも「平和学習」に来るなんて驚きだけれど、非日常感を味わえてさぞや印象に残ることだろう。

沖縄の地下鍾乳洞や縦穴の壕、その中で展開された悲劇、痛み、苦しみ、エゴイズムや差別(わかりやすい差別で安全な壕の奥から日本兵、住民、朝鮮人慰安婦という証言が残っている)などや、それでもなお存在した助け合いや生命力の発揮を思うと、アウシュビッツの記録を読むのと同じように「極限状態の人間」について考えさせられる。

でも壕の特徴はなんといっても「暗闇」の恐怖だろう。いや、証言を読むと、真の暗闇は、恐怖をも凌ぐ。

暗闇が駆り立てるのは光の渇望、色のある世界の渇望だ。

「生きること」と「光」は切り離せないのだなあと分かる。

「信仰の闇」を体験して苦しんだという聖人たち(マザー・テレサやリジューのテレーズや十字架のヨハネなど)の語ったことの意味が少しわかる。

「神を見失った」ことと、だからこそより「神を渇望する」こととは同じなんだろう。

「健康」だの「若さ」だの「親」だの、「失ってはじめて分かるありがたさ」と言われるものはいろいろあるけれど、視力が残っているはずなのに「光」を断たれることは、「ありがたさ」がどうとかいう次元ではない。ただただ、「命の渇望」なんだということが、証言者の言葉でよく分かる。

「戦争になってはじめて平和のありがたさが分かる」なんていう日を来させてはならない。


[PR]
# by mariastella | 2018-05-24 00:05 | 沖縄

『アンナとアントワーヌ 愛の前奏曲』クロード・ルルーシュ

3年前の映画。相変わらずがんばっているルルーシュの映画はなんだかさすがに新鮮味が感じられなくて最近見ていなかったが、仕事が一段落したのでなんとなくTVで視聴した。


原題は『Un + Une』つまり、有名な『男と女』の原題『Un homme et Une femme』の冠詞だけを残した感じ。


でも実際は、『男と女』の3年後の69年にベルモンドとアニー・ジラルドというキャラの合わない男女が引かれ合うという『あの愛をふたたび Un homme qui me plaît (1969)』(既婚のフランス女優とイタリア人の妻がいる作曲家がアメリカで恋に落ちるストーリー)という映画をどちらも好きだったジャン・デュジャルダンとエルザ・ジルベスタンの二人が、このようなストーリーをやりたいと監督に話して実現したものだそうだ

趣味や感受性やライフスタイルが似ている者同士のマッチングを図るネットの出会い系サイトやパートナー・サービスとは違って、実は違う者ほど惹かれ合うというフランスっぽい愛の定義に合っている。

ルルーシュは男と女の力関係の駆け引きをボクシングの試合のラウンドのように構成したという。

前に『À bras ouvertsで、ブルジョワのアーティスト夫人を演じたのが印象に残ったエルザ・ジルベスタンがインドにいるフランス大使夫人役で、こういうある意味の俗物役がこの人にはよく合っている。

大使は60代になったクリストフ・ランベールで懐かしく、登場場面は少ないのになかなか癖があり凄みもある。

主人公はこの映画を撮った2015年には人気絶頂だったジャン・デュジャルダンだ。


いきなり宝石店の強盗シーンから始まる冒頭のインパクトはなかなかのものだし、

そのエピソードにヒントを得た「インドのヌーヴェル・バーグ」風の監督が白黒写真で「ジュリエットとロメオ」という映画を作るというサイドストーリーもおもしろい。インドが舞台のロード・ムービー風という売りどころも分かるし、色彩豊かでエキゾチックで効果的なのも認める。でも、正直言って、「貧しく見えても人が生きるために生きている」国、「不幸の受容がある」国、正直で寛大で、インドに行くとヨーロッパ人のエゴイズムが叩きのめされる、と感嘆するルルーシュの「上から目線」のヴァリエーションみたいなものが鼻につかないでもない。


ルルーシュと組んできたフランシス・レイやミシェル・ルグランらへのオマージュでもあり、ルルーシュは彼らの音楽を通して神が表現しているのだ、などと言っている。(この映画の音楽もフランシス・レイだ。)

インドの群衆の様子と、実在の女性カリスマであるアンマの話も重要なファクターになっている。このアンマについては前に書いたことがある。

TVでこの映画の放映が終わって、二人の主人公やクロード・ルルーシュがゲストになってインタビューされながらルルーシュ映画を振り返る番組が続いた。ルルーシュの若々しさには驚く。80歳の老巨匠というより、まるで若者のように生き生きしている。この映画も当時78歳の監督がはるばるインドで撮影したのだからすごい体力だし、カメラワークひとつとっても、無邪気なくらいの生き生きした感嘆が伝わってくる。

けれども、映画が、もともとオリエントの霊性を研究していた夢見がちのフランス人女性と、合理的で自分の才能と才覚だけを信じている現世的な男との出会い、となっているのだけれど、そのどちらにも共感できない。

そんな二人を楽しそうに撮っている恋愛映画の名手というルルーシュ(この映画を久々の名作だという評もある)の若さには感心するけれど、全体にフランス人の悪い意味での軽さがインドを通して透けて見える。

主人公が自分のことについて「arrogance à la française」などと認めるシーンがあるが、そう、まさに、フランス人のエレガンスと自虐趣味と微妙にセットになっている独特の傲慢さが、全編を貫く軽さから匂い立つ。

大群衆の中の一人になった後で「たったひとり」としてアンマに抱擁されて「覚醒」するとか「再生」するみたいなスピリチュアル体験にもひいてしまう。

このアンマという人、こんなことを毎日、何年も続けていて、どういう心理状態にいるのだろう。

「先進国で心の病んだ人、疲れた人ご用達」という現実を見るだけで距離を置きたくなる。

アンマに抱擁してもらいたくないし、ルルーシュはすごいけれど、別に友達になりたくない、と思った。


これはフランスに来たアンマとルルーシュの抱擁のyoutube (広告が先に出た場合はskipした後)。



[PR]
# by mariastella | 2018-05-23 00:05 | 映画

沖縄を考える  その5  ユタとノロと最初の切支丹

5/1に斎場御嶽やガンガラーの谷に連れて行ってもらった観光ハイヤーの運転手さん當銘さんには、ユタやノロについていろいろお話をうかがった。

どの地域にも一人いるユタだが彼も若い頃はまったく興味を持っていなかった。けれども結婚するにあたって、一家を構えるのだから、大人たちがしてきたことはすべてしておくように、と言われて、ユタのところにはじめて行った。

ユタは元グスクの近くに集められていたので、名前に「城」がつく人が多い。

彼の地域のユタは山城さんだった。家族の将来などについて一つずつ予言がなされるのだれど、彼の場合は、長男についてだけが不思議にあたっていた。怪我を予言された後で事故に遭ったというのだ。「予防できないのなら意味がないのでは?」と質問したが、ともかく、それからは、長男については何でも相談するようになったという。

子供たちも巣立って長らくご無沙汰していたが、最近妻が悩み事を抱えて山城ユタをたずねていった。すると、もう高齢なので、体力が持たないので霊媒はできないと言われて戻ってきたという。

「霊媒」としてお告げを聴く時の心は心身にとても消耗する重労働だからだそうだ。

ユタやノロの暮らしは代々共同体から支えられているけれど、今は後継者がいなくて大変だともいう。


共同体のおかかえ占い師のスタンスのユタと違って、巫女的な位置づけのノロの場合はもっとたいへんで、ノロが集中している久高島出身の人などは、本島で誰かと付き合っても、結婚話が出ると、「久高島出身」というだけでひかれてしまうので、なかなか結婚もできず、後継者もいなくなるそうだ。

もちろん基地についての話もいろいろ聞いたのだけれど、この方は歴史好きで、図書館から借りてきたという『首里城内の女たち』という本を貸してくれたので、車の中で読んだ。

c0175451_05001520.png

この中の第四話に尚灝王(しょうこうおう)の名吟というのが出てくる。


上下やつまて  中や蔵たてて

奪ひとる浮世  治めくれしや


国王や人民は困っているが中の役人たちは蔵を建てるほど利益をむさぼっている。実に治めにくい世の中だ


という意味だ。なんだか、実感がこもっている。


同じ本の中に、沖縄で迫害されたキリシタンの男の話があった。

『切支丹里之子』というタイトル。


山本秀煌の『近世日本基督教史』の中に、過去に琉球政府からベトラム(ベッテルハイム)の護衛につけられた青年が梁木につけられているのに遭遇したエピソードが引かれ、プロテスタントだけではなくカトリックの最初の信者もいたと書かれている。

1844年にフランス軍官アルメーヌ号で来球したフランスの司教フォルカード師がアウグスチヌス高という中国人の神学生を伴って泊村天久聖現寺に2年間留まって以来のフランス人宣教師たちの様子と洗礼を受けた立った一人の琉球人の話だ、


ちょうど、前の日に沖縄のカトリックの方々とお会いして、『キリスト教の死生観と沖縄における望ましい祖先記念行事のガイドブック」(沖縄宣教研究所――宗教と習俗委員会)という小冊子を読んだところだったので、興味深かった。


明治維新以来の、国家神道の押しつけと民間信仰とキリスト教の関係について、沖縄で起こったことは日本で起こったことの縮図のような部分がある。

これについてはまた別のところに書くことになるだろう。(続く)


[PR]
# by mariastella | 2018-05-22 00:05 | 沖縄

ロイヤル・ウェディング、カンヌ映画祭

5/19

夕方のニュースは、トップがロイヤル・ウェディングで、フランスらしく、ウェディングドレスはフランスのブランドのジバンシィ(でもデザイナーはイギリス人とメ―ガンが二人で決めた)、イヤリングとブレスレットはカルティエだった、と嬉しそうに報道していた。

ドルドーニュのある村でイギリス人コミュニティがあって彼らがカフェで結婚式の様子を皆で見ながら感激で泣く人もいた様子も映される。

アメリカからメーガンが呼んだプロテスタントの牧師がマルティン・ルター・キングの名を何度も出しながら、トランプ批判とも聞こえる熱弁を振るう様子も。

政教分離のフランスでは考えられないですね、とフランス人のコメンテーターが言うと、同席のイギリス人が「イギリス国教会は世界で唯一神を信じなくてもOKの教会ですから」などと言っているのもおもしろい。

ヨーロッパと「離婚」状態になったイギリスとアメリカの結婚みたいですね、しかもカリフォルニア出身で混血となればまさに移民国家アメリカのシンボルで、コモンウェルスの全ての国にとっても朗報です、とも。


突っ込みどころがあるような、ないような・・・。

二番目のニュースがキューバのボーイング機墜落、三番目がテキサス州の高校の銃撃事件。

アメリカではこのケースなら17歳でも死刑になる可能性があるとか、この少年は無神論者(教会に所属していないということだろう)で非政治的だった、とかいう解説で、これもなんとなく、日本ではスルーされるのかもしれないとも思う。

カンヌ映画祭のパルム・ドールに是枝裕和監督作品が選ばれたというニュースも伝えられた。

是枝作品で今フランスでも上映中の『the third murder』は、この前、日本に行く機内で観たところだ。

父親と娘の関係の強調と重層が少しうっとおしいけれど、役所広司の演じるつかみどころのない多重殺人者のインパクトが大きい。

でも、私はまだ加賀乙彦さんの『宣告』を引きずっているんで、主人公にこれからが大変なんだよ、と言いたくなる。

「私はいつも真実しか語らない、たとえ嘘をつく時でも。」


というのは『スカーフェイス』の中でアル・パチーノが言うセリフなのだけれど、証言をころころ変えて弁護士を泣かせるこの「犯人」にぴったりだという気がした。


[PR]
# by mariastella | 2018-05-21 00:31 | 雑感

近頃思うこと---バレーにコンサートにロイヤル・ウェディング

5/17、久しぶりに青空の広がった日、バロックバレーに行った。


公共交通機関に一人で乗ること自体がひと月ぶり以上だ。

午後はじめの生徒のレッスンの後、ゲラの校正に集中するつもりだったのが、クリスティーヌ・ベイルからSMSが届いて青空に誘われて出かけた。

彼女と二人だけだったので、かなり長い振付を通して踊り、バロック音楽と踊りについて、足と体幹のメンテナンスについていろいろなことを話し合った。


今年はクラシック・バレーの主任教師が足を手術することになり、その後、次々と5人の先生におそわった。バレーのレッスン場はヨガのクラスとしても使われていて、いろいろな小道具がある。先生によってゴムの帯や、さまざまなボールを使った訓練の仕方があり、今まで何十年も、一度も聞いたことのないようなヒントがいくつもあった。

そのことをクリスティーヌにも披露した。本当に、ひと昔前と違って、バレーのレッスンの世界は進化している。

私が日本語で作成した子供のためのバロック童話のシャコンヌなどにクリスティーヌが振り付けるというプランも考える。でも、私は演奏に回ったら、彼女といっしょに踊ることはできない。


18日は、カルテットでトルレリの練習をしてからヴィオラ・アンサンブルのシューベルトやビバルディの練習に参加、その後でブランデンブルク三番を弦楽オーケストラ編成での練習にも参加。バッハは、相変わらず、弾いていて夢中になれて楽しい。そして仲間もみんな生き生きしているのが伝わる。来週がコンサートだ。

この週末は聖霊降臨祭の月曜で休日なので、トリオの練習を一日中やることを決めている。

校正は、近代日本の革命とキリスト教の章を読み直している。

昨日の記事でも書いたが、日本の戦力を無化するためにアメリカが絶対平和の憲法を提案したのは皮肉だ。

日本もヨーロッパも「焼け跡」からの復興が第一で、まず人類史上最悪の核兵器を廃絶しろ、という声が世界のどこからも上がる暇がないままに、日本の軍備放棄とアメリカの「核の傘」がセットになってしまった。最初から倒錯的だ。


皇室存続というのも考えてみれば同じように倒錯的だ。

イギリスではヘンリー王子とメーガンの結婚式があったが、このメーガンさんは、黒人ハーフのアメリカ人で、自らも離婚経験があり両親も離婚していて、メキシコに住む父やその親類らをたどると、いわゆる「問題のある人々」が少なからずいる。父親もスキャンダルが発覚したり事故があったりして結婚式に出ることを断念した。

でもエリザベス女王がOKを出して、結婚式にかかる数億円の費用はすべて女王が出す。エリザベス女王は自分が突然王位継承者になったことに伯父と離婚経験のあるアメリカ人夫人との恋があったことを忘れていない。

もちろん、数十億円かかるという「警備」の費用は「税金」から出されるのだが、その何倍も、「経済効果」が見込まれるから、ブーイングは少ない。

BREXITによって、ヨーロッパから孤立するかのような印象を与える危機にあるイギリスにとっては政治的、外交的メリットも大きい。


日本の皇室の女性の婚約が相手の家庭の「問題」でいろいろ叩かれて、何かと言うと「血税」を使うのはいかがなものか、のように言われるのとは大違いだ。

第一、今は女王も「税金」を払っている。

王室にかかる費用よりも女王が払うものの方が大きいと言われるくらいだ。


「大違い」なのは当たり前で、イギリスの王室と国民の間には1760年以来の合意が生きていて、王家は貴族たちと同じように膨大な資産を持っていて不動産収入もあって、要するに「金持ち」のままなのだ。

今の王家はドイツ系だけれどわざわざウィンザーと名を変えて、ドイツとの二度の大戦に「勝利」し、王子たちもみな「軍隊」に参加している。

「戦勝国の王室」なのだ。


長い間「戦闘」とは無縁でやってきた日本の皇室が、明治維新で突然、近代式の国民皆兵軍隊の統率者の役割を担わされて、しかも一神教風味の「現人神」に祀り上げられた。

その挙句、世界大戦に敗れた。

そして、立憲君主システムとは無縁のアメリカのもとに、「皇室存続」が決められたのだ。


イギリスでさえ、王室を廃棄せよという意見はある。


確かに、冷静に見たら、互いに姻戚関係のある数々の王室が今もあちこちに残るヨーロッパって、中世ですか、というくらいにアナクロだ。

でも、多くの王室は、文化財であり歴史の証人であると同時に、メディアを通して消費されることで、国にとってのコストパーフォーマンスを成り立たせているようだ。

王や王妃をギロチンにかけた共和国フランスも、イギリスとモナコという「隣の王室」でロイヤル趣味を満足させているし、「大統領が王で、首相が為政者」というスタイルが暗黙のうちに認められている。


地続きのヨーロッパで「敗戦」国となったドイツやイタリア(しかもこの二国は長い間領邦国家だった)と違って、極東で「敗戦」国となった日本のその後の運命の差は大きい。


日本との共通点は、外国から訪れる元首たちがみな女王との会見と記念写真を望むことだ。首相はどんどん変わって短命な政権も多いが、「定年」も「選挙」もない女王はずっと「顔」であり続ける。1952年の即位以前の王室の顔を記憶している世代は少ない。誰にとっても女王は昔からいた「国母」的イメージ、いや、「祖母」のイメージにすらなっている。


「敗戦国」の負荷を引きずったまま同じ役割を要求される日本の皇室は気の毒だ。政治にタッチしないことと政治利用されることが別であればいいのだが。


[PR]
# by mariastella | 2018-05-20 00:05 | 雑感

今さら言ってもどうにもならない「悪の等級」

アメリカとイスラエルの、国際条約をあっさり無視した実力行使を見ていると、第二次大戦後のシオニストによる「洗脳」がいかにその後の世界を危険なものにしていったかをあらためて痛感せざるを得ない。


もとより、人が無抵抗の人の命を奪うというのは、大量破壊兵器による無差別攻撃であれ、一人の「通り魔」がたった一人の通行人を刺し殺すことであれ、まったく同じ「悪」である。命の尊厳に数や状況の格差などない。

けれども、ナチスによるホロコーストを経験した後でシオニストたちは「悪」に等級をつけた。ナチス政権の下で命を奪われたユダヤ人の「ホロコースト」が、人類史上絶対の悪だと位置づけられたのだ。私も昔からそういう言辞ばかり見聞きしてきたから、そういうイメージを持っていた。

そして、このような人類最大の悪業の犠牲者となったユダヤ人がようやく築いた約束の地イスラエルは、もう、二度と無抵抗の被害者となることを拒否して「力」をつけ、「力」を行使するのが当然であり、正当化できるというのが繰り返されてきた。

でも、もし、「悪」に等級をつけるという同じ土俵に乗るならば、「広島長崎に落とされた原水爆」の方が、もっと重大ではなかったろうか。

実際、ヨーロッパが、この原爆のニュースを知った時点では、「ガス室」よりもはるかな大きな実存的衝撃を与えた。

しかし、ユダヤ人ホロコーストの背景には長い間のキリスト教によるユダヤ人差別や対独協力があるから、その後ろめたさと贖罪の意識が、ヨーロッパ人に、シオニストによる「人類最大の罪であるホロコースト」という題目を、刷り込まれるままにさせてきた。


ユダヤ人犠牲者が被った「悪」は、同じガス室で殺された障碍者やキリスト教徒たちが被った「悪」よりも深刻な「悪」だということがなんとなく既成事実になってきた。アルメニアでのホロコーストよりもアウシュヴィッツでのホロコーストの方が重大だ。「悪の陳腐さ」どころか、人類の犯した「特別悪」カテゴリーができたのだ。 

それはアメリカにとって極めて都合のいいことだった。

結局、アメリカの原爆投下は一度も「人類に対する罪」として国際社会で正式に弾劾されることはなかった。アメリカにはシオニストたちの「ホロコースト特別悪」論を支持し強化する理由がいくつもあったが、「原爆=悪」というシェーマを作らせず、核装備を正当化するために役立つというのも間違いなくそのひとつだった。

日本においてですら、アメリカに占領統治されたから当然とはいえ、「原爆投下に至ったのも、もとはといえば日本の軍国主義が悪かった」という「反省」とセットになってそれは語られてきた。 

でも、本当は、あの時もし、世界中が、ホロコーストと同じくらいに、「核兵器は絶対悪」で二度と繰り返してはならないことで、廃絶すべきものだと厳しく弾劾したとしたらどうなっていただろう。


ひょっとして、その後に続いた、核開発競争、抑止力の論理、核実験から原発に至るまでの、人類の環境を脅かすあらゆる「核エネルギー」のここまでの暴走はなかったのではないか、などと思ってしまう。

広島長崎の原爆を「この過ちは繰り返しません」ではなく、ホロコーストのように「絶対悪」として世界中に執拗に刷り込むというロビーがもし存在していたなら、今の世界の様相は変わっていたかもしれない。

もちろん、ガス室で殺されたユダヤ人も、ISに殺された多くの人々も、戦争で日本兵に殺された人々も、原爆ではない空襲で命を失った人も、「力によって他の人の命を奪う」という同じ「悪」の犠牲者であって、そこに悪の等級などはない。一個人から人格を奪い尊厳を損なうという意味では、慰安婦の設置だって、同じ「悪」から発している。

けれども、もっというと、それらの「悪」を導いたものは、私たち一人一人の心の中にある陳腐な利己心や保身と同じルーツを持っている。

シオニストたちが「もう二度と反ユダヤ主義を放置しない」とし、過剰防衛のように「攻撃」する側に転換した末に、パレスティナに平和は訪れていない。そればかりか新しい反ユダヤ主義が生まれ、ネオナチまで生まれている。

世界中には地球も人類も全滅させるほどの核兵器があるし、核実験や原発事故や廃棄物などで、環境はもう十分汚染されている。

その重大さを思うと、人類は広島長崎の後で、核兵器を「特別悪」枠扱いにすべきだった。

どうしてあのような「冷戦」構造にむざむざ向かっていったのだろう。

思えば、ものごとがはっきり見えてくるのに半世紀もかかった。

今、次著の共産主義革命についての章を校正しながら、いろいろな思いがよぎる。


[PR]
# by mariastella | 2018-05-19 00:05 | 雑感

沖縄を考える (番外)

これを書いているのはフランス時間で5/15

沖縄復帰から46年の記念日だ。

澤藤統一郎さんのブログに沖縄タイムスの記事が組み替えて引用されているのを読んだ。

ここにコピーしておく。

「復帰後生まれの人口が過半数を占め、米軍基地の形成過程を知らない人が多くなった。沖縄に基地が集中するようになったのはなぜなのか。

米軍普天間飛行場のように、《沖縄戦で住民らが収容所に入れられている間に米軍が土地を接収し基地を建設》したり、《本土から米軍が移転してきた》りしたケースがある。
共通しているのは日本政府が基地建設や米軍移転を積極的に容認していることだ。

在沖米軍の主力で、兵力の6割、面積の7割を占める海兵隊はもともと沖縄に存在していたわけではない。1950年代に反基地感情が高まった岐阜や山梨・静岡から米軍統治下の沖縄に移転してきたのが実態だ。

復帰後本土では基地が減ったが、沖縄の基地はほとんど変わらなかった。その結果、国土の0・6%を占めるにすぎない沖縄に米軍専用施設の7割が集中する過重負担の構造が出来上がったのである。

日米の軍事専門家らが認めているように、海兵隊が沖縄に駐留しているのは
《軍事的合理性》からではなく、《政治的理由》からである。

クリントン米政権下で駐日米大使を務めたモンデール元副大統領が普天間の返還交渉で、1995年の少女暴行事件で米側は海兵隊の撤退も視野に入れていたが、日本側が沖縄への駐留継続を望んだと証言している。引き留めるのはいつも日本政府である。

橋本政権下で官房長官を務めた梶山静六氏が98年、本土での反対運動を懸念し普天間の移設先は名護市辺野古以外ないと書簡に記している。本土の反発を恐れ沖縄に押し付ける論理である。

屋良朝苗主席は復帰前年の71年、「復帰措置に関する建議書」で「従来の沖縄はあまりにも国家権力や基地権力の犠牲となり手段となって利用され過ぎてきた」と指摘している。46年後の現在も何も変わっていない。

辺野古新基地ができてしまえば、半永久的に残る。普天間にはない強襲揚陸艦が接岸できる岸壁や弾薬搭載エリアが計画され、負担軽減とは逆行する。米軍の排他的管理権によって国内法が及ばない基地ができるのである。

 基地が集中する沖縄で、生物多様性豊かな宝の海を埋め立て、基地を建設するのは明らかな禁じ手だ。

 北朝鮮情勢が劇的に動き始めている。日本政府は東アジア情勢を俯瞰する大局観をもって、辺野古新基地建設をいったん止め、海兵隊や不平等な日米地位協定の在り方を問い返す機会にすべきである。」

先日沖縄を案内していただいた時にも、技術を要する海軍や空軍は規律も厳しく兵のレベルも高いが、最も問題を起こしやすいのが海兵隊で、辺野古の基地も、海兵隊が増えることの懸念が反対の理由の中にあるということだった。

基地の資料を読んでいくと、沖縄の人々の痛みが伝わってきてよく我慢していられるなあ、とも思うが、現実には我慢しないで声を上げ続けているのがよく分かる。

でも、フランスに戻ってきてから、シリアでの惨禍に加えて、パリのテロや、パレスティナでのイスラエル軍の暴虐などの映像ばかり見せられて、茫然としてしまう。

全てに共通するのは、大きくて強い者が一貫して、小さくて弱い者を支配し、搾取し、尊厳を踏みにじる、ということだ。

考えてみると、世にはびこる「セクハラ」でも、結局は、人類の半数以上を占めているという意味ではマイノリティなどではないはずの女性に対して、一般に男の方がフィジカルに「大きくて強い」というただそれだけの理由で女性を支配したり襲ったりする連鎖の上に成り立っている。


運動場でのいじめから、大国が小国を脅し、大量破壊兵器を持つ国が民主的手続きを無視したり破壊したりする国際関係まで、一貫して「弱肉強食」の実態がまかり通っているのだ。

宗教者が唱え続けてきた利他だとか、助け合い、連帯、共生のスローガンだとか、過去の蛮行を反省し過ちを繰り返さないという歴史の学びなど一体どこにあるのだろう。

「大きくて強い者」が自分より小さくて弱い者に仕えるという原則、強さは弱さを支えるためにだけ存在する、ということを毎日毎日、何度も何度も、一人一人が自分で唱えなくてはいけない。

笑顔は大切だと思う。

でも、ついこの前まで悪魔のように見えていた金正恩の笑顔の外交を見ると、「優しい言葉をかけるよりももっと効果的なのは、拳銃を持って優しい言葉をかけることだ」と言ったアル・カポネの言葉を思い出す。すべての「平和条約」はアル・カポネのレベルと変わらない。

何年も前から何度も何度も繰り返してリンクしているヴェイユの言葉をまた自分のためにここにリンクしておこう。



[PR]
# by mariastella | 2018-05-18 01:14 | 沖縄

沖縄を考える その4

(これはひとつ前の記事の続きです)

ハイヤーの運転手さんの話をいろいろ聞いて、沖縄の人が日常的に基地問題と向かい合ってきた歴史を実感した後で、リゾートホテルに戻る。

ホテルのスパで海藻スクラブマッサージを施術してもらう。
私の他にいたお客は中国人女性で、英語でやり取りしているが話が通じていない部分もある。
台湾からは直行便(沖縄行きではなく中国名の琉球行き)があるそうで、ホテルには台湾の方がとても多い印象だ。

施術してくれた若い女性は地元の人ということで、基地問題についてどう思うか、とたずねてみた。ハイヤーの運転手さんが熱心に話してくれたのでハードルが低くなったのだ。

すると、 

「基地があった方がいいか、なかった方がいいか、ということなら、私は、あった方がいいですねえ」

という答え。

「えっ? どうして?」

「カーニバルとかでいろいろな催し物があってダンスも見ることができるんです。」

「自由に入れるんですか?」

「身分証明書が必要で荷物検査はありますけど、友達といっしょに普通に入れてもらえます。時々イベントがあるんです」

「見物できるということ?」

「それだけではなく、ピザハットとかダンキンドーナツとか、外では食べられないものが食べられるんです」

なるほど。

「沖縄戦で亡くなったご親戚とかはいないんですか?」

「祖父とかは招集されてグアムに行っていて助かったみたいです」

「でも、沖縄戦の歴史とか習うんでしょう?」

「ああ、平和学習っていうのはありました。でも、基地はイベントがあるから、あった方がいいです」とにっこり。

明快だ。

ピザハットにダンキンドーナツ…。

その後に目を通した資料によれば、今の若い人たちの中には、大学生でもオスプレイという言葉を聞いたことがないとか、辺野古の反対運動のことも知らないという人もいるそうだ。

当の沖縄ですらこうだとしたら、「本土」の子供たちが沖縄の場所も知らないというケースも不思議ではない。

時間が経って記憶が薄れるとか、慣れてしまうとかいう以前に、歴史の継承について、何か大きな「質」的な転換が起こっているのかもしれない。

(続く)



[PR]
# by mariastella | 2018-05-17 00:00 | 沖縄

エルナンド・デ・ソトのベーシック私有権保障

(沖縄シリーズはこの後に続きます)


ペルーの経済学者エルナンド・デ・ソトについてここに覚書を書いておく。

日本語で彼について何が書かれているかまったく知らないので、ネットで検索してみた。


こういうもの

こういうもの

こういうものがでてきた。

(ここで説明する暇がないので興味がある方はどれかに目を通してください)


うーん、全体に、これは私有財産権のはっきりしない途上国の貧困の問題としてだけ理解されているようだ。しかも、結局はうまく開発援助に結びつかなかったかのようにも思えるのだけれど。

とはいえ、実際は、途上国どころか、現在、高度資本主義におけるすべての「先進国」で拡大している貧困の問題に深く関わる問題である。

貧困ラインにある無産者に尊厳ある生活を保障するためには、共産主義(すべての資本を国有にする)、社会主義(剰余利益の再分配を国が行う)も、うまく機能しないことがすでに分かったし、トリクルダウンなんていうお話もあり得ないことが分かった。

それに代わる代替経済の一つとしてベーシック・インカム理論があり、それをインスパイアするものとして「修道経済」があることはこのブログ(4月)ですでに紹介したけれど、このデ・ソト理論は、「ベーシック・インカム」の対極にある代替経済である。

すなわち全ての人に最低収入を保障するのではなく、すべての人に最低「資本」、私有財を保障するという考え方だ。

フランスのような国では具体的にどう適用するかというと、

全ての個人が、自分の持ち物や身体的知的能力を使って得る収入には、月500ユーロ(7 万円くらい)までを、まったく税金の対象としないというモデルとなる。

これは自分の車を貸したり、ベビーカーを貸したりなどの、私財のささやかな「運用」から、副業や日雇いや短期、単発の仕事で得た収入などに適用される。

ユニヴァーサル補償だから、生活保護を受けていようと、夫が高収入のある妻が小遣い稼ぎをしようと、同じように、収入にカウントされない。

収入があるからといって生活保護がカットされたり配偶者控除的なものが取り消されたりすることもない。


「自分の所有しているもの」を使って収入を得ることの自由化だ。

勤労意欲、利益を生み出す意欲が促進される。

新自由主義経済の申し子で金持ち優遇だと批判されるマクロン大統領が関心を示している政策である。


マクロンと同じ社会党だったブノワ・アモンが「ベーシック・インカム」を固持するのに対して、逆方向からの弱者保護、貧困対策ということになる。


フランス型社会民主主義の行き詰まりを打開するものとなると意識されているのだろう。


理論としてのベーシック・インカムには説得力があると思うけれど、この、逆のやり方は、例えば「修道経済」とも逆の方向だということになる。


しかしこれが効を奏するのは、若い世代の貧困に対してだけだろうという気がしないでもない。

高齢者や病人、ネット環境についていけない人などは、取り残されるか、一定のアシストが必要になると思う。

ポイント還元やネットでのアフィリエイト収入、オークション、物々交換などですでにさまざまな「副収入」を享受している人はいるだろうし、スタートアップを支援する税制優遇もすでに存在はしている。


ただ、デ・ソト理論は、ベーシックでユニヴァーサルだから、いわゆる不法滞在者や難民にだって適用されるべきであるはずで、それなら、滞在許可待ちの人々がブラック企業に搾取されたり申請を取り消されたりするリスクは減る。

収監された先で過激派に洗脳されたりドラッグなどの違法取引にかかわったりするのとは別の道が開けるかもしれない。

とはいっても、そもそも国家主導の経済政策で、今の貧困の形が解決するのだろうかという疑問も残る。

平日にこんな記事をネットで書いたり読んだりできる人には関係ない、という話ではない。

同じ国のどこかで、同じ地球のどこかで、社会構造的に尊厳を奪われ、生存権を奪われる人々という「同胞」がいる限り、「全体」の調和と平衡は阻害される。


[PR]
# by mariastella | 2018-05-16 00:05 | 雑感

沖縄を考える その3

まず、最初の観光ハイヤーの安慶名さん。


姓が沖縄っぽかったので、地元の人だと判断し、朝鮮半島の南北会談のすぐ後だったので、それを話題にふってみた。


「南北会談の平和宣言よかったですね、沖縄の人は歓迎しているでしょうね。北朝鮮のミサイル危機がなくなったら、もう基地も迎撃ミサイルも必要ないのでは」


というと、あっさりと、「朝鮮は関係ないです」と言われた。


「問題は尖閣ですから」と。


朝鮮戦争の時も、ほとんどは九州の基地から出撃したので、沖縄は限定的で、もちろん「特需」もなかった、という。


トラウマはなんといってもベトナム戦争だったという。最盛期には多くの兵士がやってきて来て、戻ってこなかった。治安も悪くなり、B52が飛び交うのを見て育った。

沖縄返還時は12歳だった。


復帰は嬉しかったが、「祖国復帰」の祖国という感覚はない。ただひたすら、基地がなくなることを望んでいた。復帰したら米軍がいなくなると思った。ところがそうはならず、むしろ増えた。怒りに震えた。


「祖国愛」などはない。祖国アイデンティティは親や祖父母の代で終わっている。

祖父母、叔父らは戦死した。自分は日本語教育を受けたが、親の時と違ってもう国家主義のない時代だったので、愛国意識もない。


中国との付き合いの方が長い。薩摩への悪感情は根強かった。

日本名と沖縄名と二つ持つこともある。琉球奄は奄美三文字姓が多いが、薩摩は奄美の性を一文字の中国風にして、幕府に対して独立国である振りをさせた。

農漁業に関わる民俗宗教行事はずっとあった。王は仏教徒だったけれど、知的なアプローチだった。(最初は漂着した日本の仏僧によって仏教を知った。後に朝鮮から大蔵経を譲り受けた。)
27
年も統治してキリスト教が根づかなかったのは驚きだとアメリカ人がいう。

明治以来、神社もできたが、七五三とか初詣は今もするが、生活上の信心は昔と変わらない。豊作とか大漁を祈る。

Okidemaプロジェクトというサイトを読んできたのですが、と言うと、「ネット情報は保守も革新もかたよったものが多い」と言われた。じゃあ、辺野古の基地反対運動はどう思いますか、と聞くと、

普天間を変換してくれるという合意があるから辺野古へ移転だったのに、辺野古がいつまでもできないから、普天間は返還されない。

翁長さんは結局何もできなかった。

それならばまだ、自民党を通した方が政府に声が届く、だから名護市長戦の流れが変わった、

もう、辺野古の反対はやめて、ともかく普天間の返還を実現してほしい。毎日のリスクが大きすぎる、という返事だった。

「普天間の返還合意など守られるはずがない」という認識はないようだ。

とにかく、基地がなくなることだけが願いだ、という。

米軍基地がなくなっても自衛隊がそのまま使うのではと聞くと、自衛隊なら事故があっても調査もできると補償もあるし、規律もあるから話がまったく違う、と言う。もっともだ。


基地経済との関係はどうですか、と聞くと、観光産業が圧倒的に上まっているから、基地がすぐになくなってもまったく困らない、とのことだった。とにもかくにも基地がなくなってほしい。


首里城についていろいろ教えてもらう。

戦争で焼けたので、最初から残っているのはこの湧き水の竜の口だけで、

c0175451_21260101.jpeg
そこから引いた水で作った池の上に鯉のぼりが舞っていた。

その池は各国の使節の接待に使ったもので、琉球国にはいわゆる軍隊というものがなかった、朝貢、接待と外交のみで生き延びていた、と言う。

軍隊がなく外交のみで処世していた国が「基地の島」になったとは本当に皮肉で気の毒だなあ、とその時は思ったけれど、15世紀に沖縄を統一した覇者の中山(ちゅうざん)の巴志は、もちろん武力で豪族たちを攻め破ったのだ。

それに、後で購入して読んだ『琉球王国の歴史(月刊沖縄社)』によると、1816年にイギリス艦隊が停泊して礼砲を撃った時は、「いざとなったら鐘を鳴らすから首里那覇の15歳以上の男子は竹槍を持って集まれ」と、王府は130年後の沖縄戦と同じ命令を発していたそうだ。

c0175451_06525541.jpeg
(この本はすごくよくまとまっていて分かりやすい。これを読んでいると、沖縄という補助線なしに語られた今までの日本史って一体何だったのだろう、と思う。鎖国時代から、ペリー来航まで、歴代の中国王朝、台湾、朝鮮半島、欧米との関係など、沖縄を視野に入れることなしには大きなものがすっぽり抜けるのが分かる。今の沖縄県が日本の領土と領海にとって持つ意味も実感できると同時に、人間の自由な移動や交易の歴史とその保障の大切さがあらためて理解できる。)


観光ハイヤーを使う人の中には、戦跡を回る人や、基地関係の取材もあるそうだ。

秋の知事選の見通しなどもいろいろ話してくれた。

こういう政治の話でもすぐ答えてもらえるということは、沖縄の方はどなたでも基地問題についていつも考えていらっしゃるのですか、と聞くと、それは、日常的によく話したり考えたりしている、ということだった。

なるほど、さすが沖縄、と思ったのだが…。(続く)


[PR]
# by mariastella | 2018-05-15 00:05 | 沖縄

沖縄を考える その2

4月の末、10数年ぶりで沖縄に行った。

前回は石垣島のリゾートホテルのニューイヤーイベントを挟んで母と一緒だった。

その時のホテル内の海水プールは、やはり母と訪れたザ・ウィンザーホテル洞爺リゾートのプールと並んで、日本国内で私の行ったリゾートホテルのうちで最高だったという贅沢な思い出がある。母はその数年前にもう沖縄本島のリゾートで新年を過ごしていたので石垣島にしたのだ。父が亡くなってから年末年始はホテルで過ごすようになった母とはいろいろなところに行った。

今回のホテルは恩納村のシェラトン・サン・マリーナというところで、改装したばかりということで快適だった。前のビーチが両側を囲まれている形になっていて、両側の突端に歩いていけるし、夕日も美しい。

c0175451_07251355.jpeg
c0175451_07255328.jpeg

今回の沖縄行きは、ブログを通じて知り合った音楽家の方にお会いして沖縄の基地問題などいろいろなお話を聞くために決めたものだ。私は飛行機が嫌いなので、これまで、北海道に二度(そのうちの一度の「往き」は寝台車カシオペアのスイートを使った)、鹿児島に一度、沖縄に一度行った以外は、日本国内で飛行機に乗ったことがない。

だから、今回の沖縄行きはモティヴェーションが高かったといえる。

案内してくださった山田圭吾さんにいただいたたくさんの資料を、フランスに戻ってからようやく読み終えた。その中に、沖縄本島の美しい西海岸にはリゾートホテルがたくさんできて、海岸を囲い込んで地元の人が近づけなくなっている、ホテルはみな航空会社のキャンペーンと提供していたり外国資本だったりするので、利益は沖縄に還元されない、とあったので焦った。

恩納村にも特に言及されていて、地元自治体は下水道処理のための施設を作らなければならないし、環境を破壊されるだけで地元にとってマイナスが多い、とある。

でも、ホテルで働いている人たちはほぼ地元の人だったようなので、少なくとも、雇用を創出しているのだし、基地内雇用のような微妙な立場ではないから、と、自分で罪悪感を薄めることにする。

実際、今回、「観光」のためにお世話になった観光ハイヤーの運転手さんお二人と、ホテルのスパで施術をしてくれた若い女性は見な「地元の人」であり、いろいろなお話を聞くことができた。みな異なった立場でお話してくださったのが興味深い。

山田圭吾さんに案内していただいた話は別にゆっくり書くとして、まず、この三人の方から聞いた話をメモしておきたい。


[PR]
# by mariastella | 2018-05-14 00:05 | 沖縄

沖縄を考える その1

今日から通常運転。

5月12日、文京区民センターで稲嶺進・前名護市長との「交流の集い」があったことを澤藤統一郎さんのブログで知った。それによると、

>>>主催は「平和委員会」。沖縄の辺野古新基地反対闘争と、全国の反基地・平和運動との連携を目指した集会。稲嶺さんの講演の演題は、「沖縄はあきらめない」という微妙なものだった。
「子どもたちの未来のために 辺野古に基地はつくらせません」との副題が付されている。「沖縄は、琉球処分・廃藩置県後に《大和世(やまとゆー)》となり、敗戦後には《アメリカ世(あめりかゆー)》となりましたが、1972年復帰によって《再びの大和世》になったわけです。『祖国復帰』をスローガンとした県民の真の願いは、平和憲法の日本への復帰でした。しかし、現実は基地付き・核密約付きの復帰でしかありませんでした。それ以来現在まで、沖縄は事実上アメリカと、アメリカ言いなりの本土政府の支配下にあります。県民の願いを無視し、普天間の移設を口実とした辺野古新基地建設強行は、平成の琉球処分ともいうべき暴挙です。…」稲嶺さんは、「自分は市長ではなくなったが、名護市民の思いが新基地建設反対にあることは明らかなのだから、引き続き基地反対運動には関わっていきます。今は『誇りある名護をつくる会』の代表として、当面は9月の名護市議選に向けての運動に携わっています。」という。<<<

「辺野古新基地予定地の海底には活断層もありマヨネーズのような軟弱地盤もあることが明確になってきています。」ともある。

澤藤さんが「沖縄はあきらめない」という演題を「微妙」だと評したのはなぜだろう。
「あきらめない」というのは瀬長亀次郎さんの「不屈館」の「不屈」に通じて沖縄にぴったりな言葉のような気もするのだけれど。

四月末に沖縄へ行った時に、辺野古の工事が見える場所にも連れて行ってもらった。
c0175451_06485972.png
工事が休みなので静かだったけれど、「新基地断念まで座り込み抗議1394日」というこの看板にも「不屈」の文字が書き込まれている。

AF(エアフォース)ナンバーの車や、日本の祝日と関係のないアメリカンスクールのスクールバスが何台も通っていたり、基地の前を通ると、非現実的な世界にいるような気がする。
c0175451_07094398.png
c0175451_06334074.png
c0175451_04590576.png



[PR]
# by mariastella | 2018-05-13 07:14 | 沖縄

うかい亭と東京タワー

4/28

芝のとうふ屋うかい亭に、久しぶりに行く。

五月の飾り付けが美しい。
c0175451_23123259.jpeg
c0175451_23132301.jpeg
外へ出れば、エッフェル塔と違ってバリケードもセキュリティチェックもない東京タワーの下に鯉のぼりが大漁旗と共に翻る。
c0175451_23155578.jpeg
c0175451_23170832.jpeg
東京タワーって、昔は風情がないと思っていたけれど、今はそれなりに周りの緑とマッチして、色も、寺社の厄除け「朱色」に見えなくもない。


[PR]
# by mariastella | 2018-05-12 00:05 | 雑感

美術館の花見

4/26

今年は桜を見損なったので、山種美術館の『桜さくらSAKURA』展を観に行った。
前にもここの桜展を観たのでなじみのある絵に再会。

その中に河合玉堂のものもあって、これも2日前のイメージと重なってなつかしい水の流れ。
c0175451_00380448.png

でも、前回と同様、一番魅力的に思えるのは川端龍子のこの『さくら』。
c0175451_00524060.jpeg
千住博さんの『夜桜』も、相変わらずの迫力で、これは絶対実物を見ないと伝わらない。今回は、千住さんの「秘密」がなんとなくわかる気がした。
でもまだ言語化できない。




[PR]
# by mariastella | 2018-05-11 00:05 | アート

関頑亭の「胎蔵」

御岳美術館のエントランスで、関頑亭の『胎蔵』を観た。
このサイトの右下にあるもの

6体の地蔵の3体が外に見え、3体が内蔵されているという。
とても気を惹かれた。
「胎蔵界」を究極にシンプルにして立体にしたなにか。

こういう作家だそうだ。
c0175451_23343168.jpg
これが胎蔵の原型で「発芽」というタイトル。

c0175451_23391432.jpeg


[PR]
# by mariastella | 2018-05-10 00:05 | アート

寒山寺

御岳渓谷の続き。

寒山寺に寄った。お寺というよりお堂。

c0175451_18542648.jpeg

中国の寒山寺が是非日本にも建立をと言って釈迦像を明治18年に託してくれて、昭和5年に落慶したそうで、絶妙のロケーションにある。
中国の寒山寺は天台山三賢の1人で、寒山拾得で有名な寒山和尚が7世紀に
住んだ地にある寺の名前だそうだ。寒山自身は石穴に住んだそうで、後に文殊菩薩の化身と言われた。
中国寒山寺の詩碑の拓本を基にした碑がここにもあった。寒山拾得が見える。

c0175451_18545089.jpeg
中国人の訪問客もあるとか。

東京で滞在中のエリアも、関西で滞在していた心斎橋エリアも、外国人観光客の方が日本人より多いような場所ばかりなので落ち着かないけれど、こんなに幽邃な場所で中国とのご縁と遭遇すると、なつかしく風情を感じる。



[PR]
# by mariastella | 2018-05-09 00:05 | 雑感

タイムスリップ

4月に、浦和と御岳に2日続けて行ったのだけれど、そのどちらも、はじめての場所だった。中浦和の「萬店」という老舗の鰻屋さんで夕食をいただいたのだが、浦和は鰻が有名だということすら知らなかった。「うらわのうなぎ」というらしい。
御岳渓谷では軍畑で降りたのだけれど、青梅で乗り換える時に、こういう看板を見かけて驚いた。
c0175451_22244470.jpeg
ひみつのアッコちゃんって…
昭和にタイムスリップした感じ。

と思ったら、ここはレトロステーション、「昭和の街、青梅」として赤塚不二夫の看板などを集めているそうなのだ。そのうち、平成の街、というのも出てくる時代が来るとしたら、そのシンボルは何になるのだろう。

帰りは御岳の駅で、ここも昭和の風情がある。これも演出?
c0175451_22275556.jpeg
学生時代、バイトもしたことがないし、東京近郊、いろいろなところに遊びにいったつもりだったけれど、ネットもない時代、情報ってすごく限られていたなあと今にして思う。
今、学生でなくてよかった。
ひょっとしてSNSにのめり込んで薄っぺらい生活をしていたかもしれない。

[PR]
# by mariastella | 2018-05-08 00:05 | 雑感

高村光太郎の『手』

4/24

御岳美術館で見た

高村光太郎の「手」。

c0175451_18362723.png

《ロダンの『手』は「習作」だけれど私の『手』は「作品」だ》

と言っていたそうで、「天を指す」イメージで、それをインスパイアしてくれた観世音菩薩像の「施無畏の印相」の自然な手に宇宙を感じる驚きについてのコメントも引用されていた。

手は指の動きを生むし、踊りや楽器演奏にとっても、「全体」、そしてその「全体」をも超えるものとつながっているというのをあらためて思う。

これは高村光太郎自身の左手がモデルだそうだけれど、この親指の反り方、ギター演奏にぴったりだ。

[PR]
# by mariastella | 2018-05-07 00:05 | アート

御岳渓谷と川合玉堂

4/24
御岳渓谷を軍畑駅から上流に向かって歩く。
c0175451_18552572.jpeg
川合玉堂の美術館の庭は多摩川の流れをイメージしたもの。
c0175451_18384165.jpeg
玉堂の画手本を購入。たとえばこういう藤の絵を描く時の筆の運びや筆圧も説明。
c0175451_19073762.jpeg
c0175451_19084010.jpeg
この人ほど、正統的な勉強も重ねた後で独自な境地に達したケースは稀な気がするが、このように自分の技術もきっちりと伝えていくという姿勢もすばらしい。
[PR]
# by mariastella | 2018-05-06 00:05 | アート

神戸港


4/22

舞子から須磨海岸に沿ってドライブして久しぶりに神戸港に寄った。

c0175451_14454695.jpeg
c0175451_14462796.jpeg
大きなクルーズ船も停泊していた。
タクシーの運転手さんはもと建築家で、震災後の神戸港の復興にも加わったのだと話してくれた。2003年に最初に垂水教会でコンサートをして以来、神戸はなつかしい場所でもある。1995年に阪神淡路大震災の被災児童を招いてパリのホテルで開催されたコンサートにも私たちのトリオは参加した。ノルマンディでもチャリティコンサートをした。
あの時のヴィデオは避難所に配られたという話だ。
そしてあの時パリに来た子供たちは20年以上前のあのコンサートのことを覚えているだろうか…

[PR]
# by mariastella | 2018-05-05 00:05 | 雑感

夙川教会(訂正あり)

4/21

日本についてからの最初の頃と違って初夏の陽気。

墓園に。

c0175451_14183632.jpeg
その後で夙川教会に寄る。
前に書いたブログで話題にした中井久夫さんが2年前に洗礼を受けられたどこかで紹介されていた記事を読んでから訪れたいと思っていた教会だ。85年前にパリ外国宣教会のボスケ神父が建てた。

(追記: 洗礼を受けられたのは神戸の垂水教会でした。誤りを指摘くださったT 先生、ありがとうございます。この時なんとなく勘違いして、教会でお会いした方にも「ここで中井先生が...」などと話しかけたのですが、反応もなく否定もされなかったので勘違いが続きました。垂水教会だったということはよく記憶しています。2003年に私のトリオがはじめて日本で公演した時の第一回の公演が垂水教会だったからです。舞子の愛徳姉妹会に泊めていただいたご縁からです。本当にお世話になりました。夙川教会は子供の頃によく行っていた場所のすぐ近くで、中井先生のお書きになったものを読んで、今回思い立って入ってみました。)

若いご夫婦が生まれてくる赤ちゃんのために祝福を受けに来ていた。
精神衛生にすごくいいシステムだなあと思った。
祝福を授けてもらうだけなら信徒でなくてもいいのか聞かなかったけれど、見ているこちら側も幸せを祈る気分になった。
c0175451_14363841.jpeg
c0175451_14385415.jpeg





[PR]
# by mariastella | 2018-05-04 00:05 | 雑感

御堂筋で見た日の丸デモ

4/21

心斎橋のホテルを出たら、御堂筋に、「安倍首相、がんばれ」のデモが。
c0175451_09481506.jpeg

はじめて見た。昔は学生デモしか見たことがないし、いわゆる右翼の街宣車からのスピーカー演説は昔もかなり最近も遭遇したことがあるけれど、こんなのははじめてだ。
掛け声も女性が主導で目立つのも驚きだ。女性活躍社会ってこれ…?

福島原発の問題や安保法制などで日本でもいわゆる「市民」がデモをするようになったのは知っていたけれど、実際に見たのは、しかも日の丸を手にして、首相の名を特定して応援するなんて驚いた。フランスなら、大統領批判のデモがあっても、三色旗を持って大統領を応援するデモというのは想像できない。後日、こんな記事をネットで見つけた。デモの終わりに主催者が「いつも応援ありがとうございます」という首相夫人のメッセージを読み上げたのだそうだ。これもフランスではあり得ないシュールな話だ。

[PR]
# by mariastella | 2018-05-03 00:05 | 雑感

割竹の不思議

4/18

日本に着いた時はまた氷雨でがっかりしたけれど、翌日の午後からやっと日が差し始めた。
日比谷のペニンシュラホテルでディナー。

メインエントランスに巨大な割竹あーとが。
割竹の内側を並べるという意外性。
濱恵泉さんといういけばな作家兼現代美術家の2007年の作品で、龍が宇宙を抱き伏せているイメージで平和と幸運を表しているそうだ。
c0175451_22181088.jpeg
c0175451_22174223.jpeg
下のは割竹の内側と外側の印象の違いが分かる。
これに惹かれるのは、なんだか楽器みたいな有機性と機能性を感じるから。
c0175451_22183716.jpeg
生花との竹の相性もよく分かる。レストランのテーブルにはこんな一輪挿しがあった。
c0175451_22311572.jpeg

[PR]
# by mariastella | 2018-05-02 00:05 | アート

修道経済 その11

(これは前の記事の続きです)

Q 10 聖ベネディクトの戒律は現代のこの世界に何かをもたらすでしょうか?

A  これらの修道院が示すことは、聖ベネディクトの戒律に従うことで、この世で幸せに生きられるということです。修道士も修道女もみな幸せです。もちろん彼らの幸福が彼らの「霊性」と無関係だとは言えません。けれども、彼らの生活の仕方が、彼らの存在を満足なものにしているのです。

いくつかの、まったく世俗の組織が、この修道会の経済とマネージメントのアプローチにインスパイアされてそれを取り入れようと試みています。HEC(フランスで最難関のビジネス・スクール)は、聖ベネディクトの戒律に依拠したマスターコースをユーグ・マンゲ神父が受け持っています。マネージメントのコンサルタントでこの戒律にインスパイアされる人たちが増えています。修道院のオーガナイズの方法は社会全体に一般化できるようなものではありません。けれども、この修道院の生き方は、ある方向性の中で、新しい、思いがけない何かを生む運動につながるきっかけを示唆しているのです。

私たちはまさに『ラウダート・シ』の中にあります。

( 『ラウダート・シ』はフランシスコ教皇がエコロジーを呼びかける回勅で、アッシジのフランチェスコの「太陽の賛歌」と同じく「あなたが称えられますように」と、万物の創造主を称える言葉だ。ユーグ・マンゲ神父の活動はすでに2001年に、経済成長と開発を優先する社会に対して「意味と発展」学院をベネディクト修道院に設けられた。マネージメントと倫理についてのセミナーを続け、ついにビジネス・エリートを輩出するHECにまで迎えられたのだ。ベネディクト修道院は、過重労働でバーンアウトした人たちにも積極的に癒しの場所を提供している。)

ある講演会でのマンゲ神父のビデオ。11:10くらいから姿が見える。

「今日はみなさんにお話しするために来ましたが、(みなさんのお話を)聴くためでもあります。聖ベネディクトの戒律の最初は『耳を傾けよ』ですから」

みたいな感じで話し始めている。


あるベネディクト会女子修道院での「仕事」の様子のビデオもリンクしておく。



本当にみんな楽しそうだ。

そのあまりにも楽しそうな様子に、最初に観た時は一抹の疑問も抱いていたのだけれど、今回の修道経済の記事を読んで納得がいって、ほっとした。このビデオの中に出てくるすてきな笑顔の女性の一人のおばあさまが、彼女の修道院入りを嘆いていたのを知っているのでこの記事を送ってあげることにした。

この修道女のことは実は前にブログで少し触れている


このシリーズはこれでおしまいです。





[PR]
# by mariastella | 2018-05-01 00:05 | 宗教

修道経済 その10

(これは前の記事の続きです)

Q 9 修道女や修道士自身には、自分たちが代替モデルであるという自覚があるのですか?

A 彼らは、財産や世界や他者との関係性を、ホスピタリティをベースにした福音書的な一つの証しだと見ています。「私たちがどんな風に生活しているか見に来てください」という姿勢です。「代替経済」という概念は、経済学者や社会学者によるアカデミックな構築物で、典型的な修道会の言説の中には溶け込まないのです。けれども、彼らの生活の中には、今の世界の経済的アプローチである利潤第一主義や個人主義、簡便さや速さの追求、霊性の次元の欠如などへの批判を見出すことができます。


(ホスピタリティ、おもてなし、だ。ホスピスも、ホテルも、ホスピタル(病院)も、中世から巡礼者や病者や貧者を支える組織として、キリスト教に通底する弱者に寄り添う義務と共に発展してきた。もっと言えば、それは「愛」という言葉になる。これが一番難しいのはいつの時代も同じで、「リスペクトする」ことと「愛する」ことの間には実は深淵がある。それこそ「天」を経由しなくてはならないかも。)





[PR]
# by mariastella | 2018-04-30 00:05 | 宗教

修道経済 その9

(これは前の記事の続きです)

Q 8 修道経済の研究におけるもう一つの重要なテーマはエコロジーでしたね。

A  出発点ではむしろそれが私の軸方向だったのです。でも、そのうちに、修道院においては、修道者自身によっても、深く考察されるに値するアスペクトであるとすでに自覚されていることが分かりました。だから、むしろ労働についての彼らの考えを聞く方が重要だと思うようになったのです。でも結果的には、修道院では、はっきりとした形をとらないでもエコロジックな実践がされているという結論に至りました。

例えばピエール・キ・ヴィール修道院では、生産高第一主義の農業を捨てたのですが、それは、環境保全に対する確信からではなく、そのアプローチではやっていけなくなったからでした。またランドル修道院では、チーズを生産していますが、もちろん添加物などない昔からの自然製法ですが、BIO(自然食品、オーガニック食品として認定されたものに許可されるマーク)という認定マークをわざわざ申請して付けていません。そのマークが彼らのマーケティングに何らの影響を与えないだろうからです。

修道生活のもう一つのエコロジー的な側面は、ほとんどの修道院において、聖書の「詩編」が週一度は全編歌われていることです。

天は神の栄光を物語り/大空は御手の業を示す。 (詩編19,2

と毎週歌っていて、

Lex orandi,lex credendi (祈りの法が信仰の法=祈りの中で唱える言葉が信仰を生む)と典礼の中でも歌い続けるうちに、どんな修道者も、自分では気づかないままに、神の被造物である自然をリスペクトして信仰を深め、エコロジストとなっているのです。

(今のフランシスコ教皇の福音宣教の大きなテーマの一つがエコロジーであることとも合致する。聖書世界では、自然は人間と同じ被造物であり、共に生きて神の栄光をたたえることになっている。

「多神教世界では自然と共に生きるがキリスト教世界では人間が他の生き物を支配して自然も破壊した」

などというような言説がなされることがあるが、それは、人間が科学技術の発展と共に神を捨てて勝手に暴走した結果だ。利潤追求至上主義の蔓延は、文化や宗教と関わりなく、社会を、地球を、子供たちの未来を蝕んでいる。)





[PR]
# by mariastella | 2018-04-29 00:00 | 宗教

キリスト教と共産党?

4/28の朝の特別編。

昨日は南北会談を見て、キリスト教と共産党の出会いだなあ、と思った。

キリスト教と、その無神論ヴァージョンである共産党は、どちらも、国境のない普遍主義として出発し、そのポテンシャルも有しつつ、結局、互いに互いを否定することから出発して全体主義の道をたどってしまった。

韓国は、キリスト教への帰属意識が実際に機能している人が多い国で、日本や中国からの脅威に対抗するとき、キリスト教アイデンティティを武器の一つにしてきた。
でも、反共法や国家保安法によって、共産主義や共産党を禁じる自由諸国唯一の国である。
とはいえ、今回の南北対談の前に日本共産党の志位さんにインタビューしたり、平和宣言が、キリスト教と共産主義の和解でもあることを自覚している。
c0175451_10141565.png
c0175451_10145785.png
ムンジェイン大統領が熱心なカトリックで、就任後 すぐにヴァチカンに特使を送るなどして根回しを始め、今は北朝鮮にも国家の監視下とは言え、戦後閉鎖された修道院が開かれたり、韓国キリスト教を通した修道会からの援助も始まっている。
金日成の宗教的背景については近刊の本で解説したが、金正恩の宗教的教養については分からない。
けれども、普遍主義ツールとしてのキリスト教の重要性は理解しているはずだ。ソ連崩壊の前後のロシア正教の役割とか、中国とヴァチカンの微妙な外交戦についても研究しているだろう。

けれども、このキリスト教と共産主義の「出会い」は、互いの全体主義を引きずっている限り、もう一つの「国境のない普遍主義」である拝金主義、高度自由主義経済に、呑み込まれるだろう。アメリカがどう出るかというのは、結局、トランプではなく巨大な軍産複合体の利権にかかっているからだ。

二十世紀前半に朝鮮半島を併合して敗戦の混乱を深めた上に朝鮮戦争特需で「復興」を進めた日本が、平和主義を普遍主義として東アジア平和共同体を推進していくべきだと思う人は少なくない。
でも今の日本の内政の混迷を見ていたらそんなことは夢のまた夢なのかも。




[PR]
# by mariastella | 2018-04-28 10:18 | 雑感

修道経済 その8

(これは前の記事の続きです)


Q 7 その「他者性」を認める原則に基づいて、ある修道者に仕事を任せる基準はどうなりますか?


A それぞれの修道者に見合った任務を与えるのは修道院長の責任となります。同時に、修道院に必要な仕事のすべてにおいて適切な修道者を見出すという責任もあります。けれども、仕事の内容と報酬が対応しているわけではないので、ある修道士に、その仕事における利潤率によっては正当化されない仕事を与えることが可能です。とはいっても、役に立たない無駄な仕事があるというわけではありません。他者への関係性は仕事との関係性にも反映されます。自給的な仕事と報酬が発生する仕事は同じレベルで尊重されます。一般社会では、家庭の母親が育児をする労働は国の経済指標である総所得(GNI)の中に計算されていません。母親が育児係を雇って給料を払う場合には計算されます。



(これも本質的な問題だ。修道院には、自分たちの生きる分の自給自足の食料生産をしたり、料理、掃除、洗濯、メンテナンスをしたりなどの家事的労働も多いが、チーズ、ビール、クッキー、各種の食品から陶器、レース編み、キルトなど「商品価値」を持って販売されるたくさんの生産労働もある。利益率で労働を評価するわけではないから、その二つは同じレベルにある。それが実現している世界では何が起きているのかというと…)





[PR]
# by mariastella | 2018-04-28 00:05 | 宗教

南北会談の手の向き

日本滞在中のブログはほぼ予約投稿にしている。
日本での感想も予約投稿なので2週間遅れくらいになる予定。
フランスに戻ったら締め切りのある仕事がいくつかあって忙しいし、コンサートの準備もあるので記事を貯めている。私はもともとtwitterなどで不用意につぶやくことを警戒してやっていないくらいだから、間をおくのがちょうどいいと思うからだ。
でも、今朝、 南北朝鮮会談での2人の首脳の歴史的出会いの中継を見て、その握手の仕方について書きたくなったので、今日の2つ目の記事にしておく。

これまでもマクロン、トランプ、プーチンらの握手の仕方を記事にした。

これ とか

で、キムさんとムンさん、
どちらも伝統的には握手文化圏ではないけれど、全世界に向けたパフォーマンス、念を入れて準備しているはず。
最初の握手は無難に。

次にKさんがMさんを北朝鮮側に「招待」。
この時に手をつなぐ時の差し出し方が違和感があった。

普通はイニシアティヴを取る方(男)が手の平を上にして、それを受ける方(女)がその上に手をのせる。少なくとも、宮廷ダンスではそれが決まっている。
でもKさんは、手の甲を上に、つかむような形で手を差し出した。
握手の延長のようなイメージだと見えなくはない。

次に戻る時も同様。最後の握手ではKさんが左手を、肩や背中には回さなかったが、握手の手に添えた。

この形が与える印象についていろいろ考えたのでここにメモ。

もし微妙な効果が計算されていたのだとしたらすごいなあ。








[PR]
# by mariastella | 2018-04-27 11:36 | 雑感



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
以前の記事
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
カテゴリ
検索
タグ
最新の記事
沖縄を考える その7
at 2018-05-25 05:22
沖縄を考える その6    ..
at 2018-05-24 00:05
『アンナとアントワーヌ 愛の..
at 2018-05-23 00:05
沖縄を考える  その5  ユ..
at 2018-05-22 00:05
ロイヤル・ウェディング、カン..
at 2018-05-21 00:31
近頃思うこと---バレーにコ..
at 2018-05-20 00:05
今さら言ってもどうにもならな..
at 2018-05-19 00:05
沖縄を考える (番外)
at 2018-05-18 01:14
沖縄を考える その4
at 2018-05-17 00:00
エルナンド・デ・ソトのベーシ..
at 2018-05-16 00:05
沖縄を考える その3
at 2018-05-15 00:05
沖縄を考える その2
at 2018-05-14 00:05
沖縄を考える その1
at 2018-05-13 07:14
うかい亭と東京タワー
at 2018-05-12 00:05
美術館の花見
at 2018-05-11 00:05
関頑亭の「胎蔵」
at 2018-05-10 00:05
寒山寺
at 2018-05-09 00:05
タイムスリップ
at 2018-05-08 00:05
高村光太郎の『手』
at 2018-05-07 00:05
御岳渓谷と川合玉堂
at 2018-05-06 00:05
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧