L'art de croire             竹下節子ブログ

『ヒロシマ、そしてフクシマ』

小寄道さんのこのブログでフランス人監督によるドキュメンタリー映画『ヒロシマ、そしてフクシマ』紹介されていた。


その最も印象的だと言われる部分が監督のサイトで観ることができる。

福島の女性たちが必死で訴えるこの箇所は、男性の観客にとって映画の印象や、その好き嫌いが別れる場面だったのだそうだ。


確かに、「男性には想像力がない」と決めつけているのはジェンダーバイアスだともいえる。

想像力がない、というよりも、男性には、「想像力を働かせ、行動に反映させる」ことを阻む社会的な構造や圧力がより強く働いているということだろう。


弱者の身になって寄り添うという行動パターンには、次世代を残すという類的な利点があるから男女ともにあるはずだ。

でも「テリトリー」(地位や財産も含む)を守るという行動パターンの方は「オス」に顕著だから、自分のテリトリー外の弱者の立場への想像力を封印してしまうことが多いのかもしれない。


この場面での女性の訴えのインパクトは強烈で、受けて立つ役人がどうしてこんなに無感動をよそおえるのかと感心するほどだ。


けれども「男性には想像力がない」とジェンダー仕様にすることで、「当事者と役人」の構図が、「感情的な女性と冷静な男性」のような構図にすり替えられてしまうリスクが高まった。


それでもこれを見ると、「当事者と傍観者」として、災害に対する想像力の大切さをあらためて考えさせられるので一見の価値はある。


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# by mariastella | 2018-07-18 00:05 | 映画

ワールドカップでフランスが優勝した(追記あり)

フランス国内ではフランスが勝つと予測した人が80パーセントを超えて、二度の優勝を示す二つの星の着いたユニフォームも早々と用意されていたから、これで負けたらどうなるのかと思っていたが、結局下馬評通り勝った。

それでも前半はぱっとせず、ハーフタイムでは勝ち越していたにもかかわらず相変わらず酷評コメントが流れていた。「死闘」を展開するクロアチアの迫力はなかなかのものだったけれど、結局はフランスは4人が4点を獲得するという層の厚さを見せて勝った。

準決勝には12歳の黒人のサッカー少年を連れて行き、決勝には傷痍軍人を同行したマクロンはクロアチアの女性大統領と終始にこやかにやっていた。男同士だったら少し雰囲気が違っていたかもしれない。

カップの授与式が大雨で、最初プーチンだけに傘が差されたことが印象的だった。
雨でずぶずぶの芝生に飛び込んですべってはしゃぐポグバなどを見て、これは水泳大会か、と揶揄していた人もいたが、あれだけ派手にすべっても楽しそうにしているのと、試合中には相手チームのファウルを誘発するために少し転んでも大げさに痛そうにする選手の姿のギャップがありすぎる。

1998年のブラジルとの決勝のようにきれいな勝ち方ではなかったけれど、最後までひやひやさせるという点ではファンを楽しませたのだろう。

今は更衣室でも選手たちがすぐにスマホを手に取って様子を撮影してインタグラムに放出するので、メディアもそれを流す。昔ならお宝映像ばかりだ。
マクロンもマリの傷痍軍人と共に入ってきてはしゃいでいる。クロアチアのような女性大統領だったら更衣室は無理だったろう。(フランスのスポーツ相は女性だ。軍隊相やスポーツ相に女性を配することで女性重視と《ぼくちゃんは男》という二つのメリットがマクロンにあるのかも)

モスクワは大雨でもパリは晴天でシャンゼリゼはすでに優勝を確信していた人々でいっぱいだった。

意外なことが一つあった。

1998年の自国開催での優勝の時にシャンゼリゼに来た人が、今回の方が人が多いというのだ。喜び方も派手だと。

理由を解説されてなるほどと思った。

1998年にはブラジル人もたくさんいたからだ。

そういえば当時パリ中にブラジル人があふれていた。

今回は、フランスの開催ではないから盛り上がりが前より少ないのかと思っていたけれど、確かに、モスクワでの決勝に、クロアチア人がわざわざフランスに来る理由はないから、フランスはフランスのサポーターのフランス人でほとんど埋め尽くされていたというわけだ。モスクワにも行きたいけれど、フランスに残ってみんなと一緒に感動や興奮を分かち合う方がいい、という人の心理が分かった気もする。

何にせよ、街行く人々の機嫌がよくなるのはテロの恐怖に戦々兢々としているのと違って喜ばしい。こういう時は、個人競技で天才プレーヤーがどんなに活躍するよりも、団体競技出の勝利というのは「エゴ」や「ナルシシズム」に取り込まれないで「同胞愛」「連帯」のカタルシスがあるのは喜ばしい。
チームが互いのエゴをどのように管理するか、ということは、トリオやカルテットなどで演奏する私にとっても切実な問題だから、考えさせられる部分もある。

もっとも、サッカーとはスタープレイヤーが月何億円という収入を得ている世界だ。
いろいろな意味で私には理解不可能な領域だ。
次期開催国にカタールが選出されるにあたって買収があったといわれ、取り消しの噂も出ているという。気の遠くなるような大金がどこでも動いている。

とはいえ、スポーツの国際大会は経済や愛国心だけではなく外交のツールでもある。

スポーツの世界選手権に往々にして世界大戦風なレトリックが使われるのは嫌だけれど、フランスはお得意のユニヴァーサリズムをちゃんと掲げることができるから羨ましい。監督は優勝後すぐのインタビューを「共和国万歳」でしめくくった。フランス万歳ではない。「自由、平等、同胞愛」の理念万歳ということだ。

実際は、共和国理念だけではやっていけないのでフランス軍隊の標語「名誉と祖国」の方がワールドカップの熱狂には透けて見える気がするが。
前にこことかここで書いた。
モスクワで観戦していたメキシコ人が、「フランスが勝って嬉しい。フランスには勝利する価値がある。普遍価値を擁している国だからだ。我々はみな普遍価値を必要としている」と言ったという。

フランスでは、憲法はいじられまくるが、「自由、平等、同胞愛」という福音書っぽい普遍理念と世界人権宣言はいじられない。

一夜明けた新聞には「永遠」という言葉が使われているのが目立った。1998 年の優勝の時も「永遠に」とあったそうだ。デシャン監督は選手たちに「君たちはこれで一生、一つだからね」と 言ったそうだ。その「永遠」はユニヴァーサリズムに担保されて居場所を獲得する。

追記:

16日も シャンゼリゼでの凱旋パレードなどがあったせいでニュースはずっとワールドカップ優勝関連ばかりだった。14日の軍事パレードでは、赤白青の三色を空に描くはずだった飛行機がガスを積み間違えて青の一部が赤になるという珍事(北朝鮮だったら大変だ)があったけれど、16日には、しっかりとトリコロールの筋が凱旋門の上に描かれた。

近年、フランス人が大通りを埋め尽くすというのは2015年のシャルリーエブドのテロの後の表現の自由のでも、去年の暮れのジョニー・アリディの葬儀など、いずれも「喪」にまつわるものだった。ジョニーのファンなどは、トランプの支援層のような保守的なリタイア層が目立っていた。

今回は、「世界チャンピォン」という「慶事」で、しかも若い世代が大活躍(アルゼンチン戦で活躍した22歳のバンジャマン・パヴァールの出身地は私にとってフランス屈指の思い出の町でもある)ということで、明るく希望に満ちたもので喜ばしい。

98年に掲げられたのが「ジダン、プレジダン(大統領)」と脚韻で、今回は
「リベルテ(自由)、エガリテ(平等)、エムバペ(19歳のスター選手)」という共和国の標語の脚韻になっていたのもほほえましい。

後、テレビのコメントで、ナショナルチームのヘアスタイルがみな一様に「普通」になっていたことが言及された。

サッカー選手はユニフォームで戦うが、ヘアスタイルは奇抜な人が多い。まるでヘアスタイルで個性や自由を表現しているようだ。
それが今回のフランスチームは全員、「普通の髪型」に代わっていた。
フランス人が監督の命令に従ってそんなことをするとは思えないから、これは自発的としか考えられない。
それが、すべての個性や自由はスタジアムで発揮するという今回のチームのマインドの現れだというのだ。

確かにデシャン監督は、個性的でエゴの勝ちすぎるスター選手たちを外した。
それでもポグバのように羽目を外す選手はいたのに、今回は全員謙虚で落ち着いていた。ヘアスタイルはその心境をものがたっていた、という。

そういえばそうだ。日本で言えば日本人選手が全員黒髪の短髪にそろえているようなものだ。今では奇抜なものが普通になっている。

団体競技が外からの圧力でなく自発的な一体感と自由の落としどころを見つけると、強さが発揮できるのだろう。98年はフランスチームが多様でも他のヨーロッパチームは白人ばかりだったけれど今はベルギーやドイツのような国も移民出身の選手を擁していていたのも時代が変わったとおもわせることだった。






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# by mariastella | 2018-07-17 00:05 | フランス

1998年ワールドカップ優勝から20年のフランス

7/14付の記事に訂正と追記があります。)


1998年、フランスとクロアチアがフランス開催のサッカーワールドカップで準決勝を戦った夜のことを確か『からくり人形の夢人間・機械・近代ヨーロッパ(岩波書店)』に書いたと思う。パリのマジシャンの集まりに参加していた。フランスが勝つとクラクションが鳴り、通りが騒がしくなった。マジシャンたちは機嫌よく、私のためにだけいろいろなテーブルマジックを披露してくれた。非現実的な夜だった。(ここにも関連記事あり)


いろいろな国のサポーターたちがメトロにあふれかえり、今のようなテロの恐怖もなかった。振り返るとなつかしく、感慨深い。

ブラジルとの決勝の日は、私は日本にいた。録画した試合を早朝に見た後、ハワイに発つために成田空港行きのリムジンバスに乗ったら、フランス人が一人乗り合わせてフランスのスポーツ新聞を手にしていた。つい声をかけた。そのリムジンバスの中でフランスの優勝のことをフランス語で話すことができる喜びを共有したことを覚えている。インターネットも今ほど速報を流していない時代だった。

今年はその優勝から20周年ということで回顧番組がいろいろあった。4年ごとの大会だから、10周年というのがなく10年前には何もなかった。

で、あらためて、20年前の優勝の日のフランス人の熱狂ぶりをテレビで見ることになった。それから数年間、2年後のヨーロッパ杯も優勝したのでみんな機嫌がよかった。

フランス人がすなおに機嫌がいいのを見るのはめったにないのでこちらも気分がよかったのを覚えている。1999年の7の月の終末論どころか、1998年の7の月の「アンゴルモワの大王」はジネディヌ・ジダンのことだと言われたぐらいだ。

20年前のシャンゼリゼの熱狂をテレビで見ると、凱旋門に何度も「ジダン、大統領」とテロップが流れていたしみなが声を枯らして唱和していた。「ジダン、プレジダン」と韻を踏むからだ。ジダンはベルベル人でいわゆるアラブ人ではないけれど、北アフリカのマグレブ三国の出身であるのは確かで、当時のフランス・チームが「ブラック、ブラン、ブール」とよばれていたことのシンボルともなっていた。これも「B」で頭韻を踏んでいる。

そのためにわざわざ英語のブラックを使い、アラブを逆に読んだ俗称ブールを使っている。アラブ系の人気俳優が、優勝の夜を回想して、「あの夜、すべてのアラブは美しかった」とほほ笑んだ。

ただ印象的だったのは、当時のナショナルチームの補欠選手で、結局一度も試合に出なかった人が、疎外感を語っていたことだ。凱旋パレードでも自分が取り残されている感じがしたという。試合に出ないどころかテレビを見ていただけの人々があれだけ感情移入してまるで自分たちの手柄のように狂喜乱舞しているのに、ずっとチームと共に訓練しながらベンチにとどまった選手がフラストレーションをおぼえるというのはなるほどそうかもしれない。「連帯」の心理というのは不思議なものだ。

今のハイビジョンになれた目には当時のテレビ画面はぼやけて見えるものの、シャンゼリゼを埋め尽くす人々の興奮と幸福感は伝わってくる。

それに比べると、20年後の今は、テロの非常事態も警戒し、エッフェル塔の周りにも柵ができているし、セキュリティ・チェックは厳しいし、なんだか時代は悪い方に行っているような気がしてしまう。

そして、今回フランスがロシアでの第一次リーグを順調に勝ち進んでいた間も、解説やコメントはみな一様に辛口だった。こういう時、フランス人が自虐的で素直でなくて、文句ばかり言っているのはいつものことなのだけれど、なんだか、敗退した時のショックを減らすために防衛機制が働いているんじゃないかと思うほどだ。

それでも、決勝に進むころには町のみんなの機嫌がよくなっていくのが分かる。

そして、今のナショナルチームで最年少の天才プレーヤーと呼ばれているキリアン・エムバペだが、この人は、パリ生まれだが父はカメルーン出身、母親がアルジェリア人と、「ブラックとブール」のハーフなのだ。今のチームの「黒人」はフランス海外県出身どころかアフリカからの移民出身が主流なのだけれど、エムバペのようなハーフ(というかダブル)の活躍こそ、形だけの「多様性」の共存じゃなくて統合のシンボルだなあとも思う。その意味では98年よりも進んでいる。彼は19歳とは思えない落ち着きで謙虚でエムバペの父親も元サッカー選手だが、ジダンも「白人(スペイン系フランス人)」の夫人との間の息子たち(うち一人は1998年生まれ)がプロのサッカー選手の道に進んでいる。

一時ナショナリズムの真似事をしても、実はいろんな意味でもう国境のない人たちなのだ。

今回、1998年から20年ぶりとなるクロアチア戦、今回のファイナルを、ロシアのスタジアムで観戦したいのはやまやまだけれど優勝の瞬間はフランスにいて多くの人と感激を共有したい、というフランス人が少なくないのは意外だった。ロシアに行く金も時間もある人でもそういうからだ。やはり、「感動を不特定多数の隣人と共有」することで増幅させて盛り上がりたい、という欲求は大きいのだ。それは、別に「フランスだフランス人同士で」というのではなく、フランスの優勝をいっしょに喜べる人たちが最もたくさんいるところ、という意味だ。

クロアチアの観光地ドゥブロヴニク(アドリア海の真珠)で今バカンス中のフランス人も多いのだが、その人たちが、15日は目立たないようにひっそりと赤白のクロアチアのシャツを着てテレビを見ると言っていたのも笑える。

フランス人にとってファイナルを見るのに最高の場所はフランス、次がロシアのスタジアム、最悪がクロアチア、ということだ。

そういう意味ではサッカーの国際試合は悪くない。

日本ではサッカー自体の位置づけが違うし、監督の国籍でもいろいろ言われるし、「移民出身選手の活躍」なんて想像もできない。


(この記事は日本時間の16日零時過ぎの予約投稿なので、決勝戦は始まったばかり。終わって何か思うことがあれば追記します)


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# by mariastella | 2018-07-16 00:05 | フランス

ジュリア・クリステーヴァの憂鬱

先日、自閉症スペクトラムの子供を持つ親たちの取り組みについてのドキュメント番組を見た後で、あることを調べるためにネットで検索していたら、ベルナルダンでのジュリーア・クリステーヴァの講演の記録に行きついてつい全部読んでしまった。

この人とフィリップ・ソレルスの一人息子が「障碍者」であることは知っていたけれど、そのことでアルシュのジャン・ヴァニエと出会ってメールを交換しているうちに、これほどまでにカトリック・シンパになったのだろうなあと感慨深かった。


何しろ夫と共に毛沢東ファンだった過去があるから今も不可知論者の立場は崩していないけれど、人間には絶対何かを「信じる」必要があるということは派手に言い立てている。

人間性と、超越の必要性はセットになっているので、必要とあれば神だって作り出す、神が存在するから宗教があるのではなくて、神が必要だから宗教を作った、と、まあショーペンハウエル風のことを「今風」に蒸し返しているように聞こえる。

でも、つい最近、彼女は24歳でフランスに留学してから1967年にソレルスと結婚、1973年に毛沢東主義者になるまでルーマニアの諜報局に見込まれて月一回、フランスの政治状況について口頭報告をしていたことが話題になったばかりだ。

コードネームはサビナで、要するに「スパイ」だったということらしい。

結婚したソレルスもフランス共産党と近い『テルケル』誌の編集長だったから都合がよかったという。報酬はなかった。

ルーマニア政府が、2009年から社会主義時代の文書公開を始めて、冷戦後に活躍する政治家や作家やジャーナリストも西側で「スパイ」活動をしていたことが次々と判明したことでスキャンダルになっているのだ。


ソレルスと結婚して半世紀、『芸術の一つの形としての結婚論』(独立した自由な2人がハーモニーを創り出すという意味)などという共著まで出している「名物夫婦」なのだけれど考えてみたら怒涛の人生だ。


冷戦下のルーマニア生まれ、留学、諜報活動、毛沢東支援、アラン・ソーカル(ポストモダンの思想家が科学用語を濫用したと批判)事件、一人息子の神経障害、ユダヤ人の家系だが東方正教に親しんだ過去を持ち、ヨーロッパのカトリック社会活動を評価し、カトリック女性神秘主義者についての研究もする。


精神分析医になるはずだったのに、障碍児を持ったことで作家になった、とも言っている。


まあ、そもそも精神分析を専門とし、冷戦世代の共産圏出身で、諜報活動、毛沢東主義、構造主義、ポストモダン、障碍を抱える息子、神秘主義などと屈折しまくった人生のせいか、どんなに誠実そうに語る時でも、何かの鎧をまとっている感じがしないでもない。


フレンチ・フェミニズムの一つの形を体現している人ではある。

クリステーヴァはシモーヌ・ド・ボーヴォワール賞というのを創設し(パリ大学などがスポンサー)、女性の解放に貢献した人を応援しているが、単に無神論イデオロギーに目覚めたプチブル・カトリックの娘だったボーヴォワールには絶対に見られない何か必死なところを抱えている。


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# by mariastella | 2018-07-15 00:05 | フランス

革命記念日と自衛隊(訂正と追記あり)

これを書いているのは革命記念日の前日。

結局、自衛隊の参加はそのまま維持されて、安倍首相の代わりに河野外相が出席するそうだ。(前の記事

朝のラジオでは、すでにフランスの親衛隊バンドと共演したことがある音楽隊の三宅 由佳莉さんが、行進の速度の変化やリズムの違いなどについて話していた。

今回の招待は日本だけではなく「アジア」を、ということでシンガポールも参加して、大統領(首相)が来るそうだ。シンガポールは米朝会談で脚光を浴びたし、フランスで軍事訓練を展開している(自国の空域が狭すぎるからだそうだ)など、けっこう関係が深いようで、日本とも、もちろん軍事協力体制の強化というものがある。

フランスのメディアでは自衛隊はもっぱら軍隊、と呼ばれているが、公称は自衛隊であり、軍隊放棄の憲法があるのに偽善的だと議論の的になっていることもコメントされている。
「偽善」を放棄して現状を認めて開き直るのか、「偽善」を本来の「善」に戻すのか、という二極と、看板だけでも「絶対平和」を掲げていることに意味があるという「偽善」維持なのか、こういう問題についてパレードの解説でコメントされるのかどうか興味がある。

日本の豪雨大災害の様子は、フランスの主要ニュース番組で今も毎日、報道されている。

NATOではトランプがヨーロッパの軍事費を増やせと騒いでいたが結局合意声明が出た。冷戦以降縮小していたような軍事費は中東情勢やロシアのクリミア併合以来増えている。

アメリカ一辺倒の日本が、一度も直接に戦争したことがなく伝統的に日本好きなフランスに近づくのは結構なことだ。でも、できる事なら「示威」行動の典型的な軍事パレードはやめてほしかった。ソフトパワーとしての三宅さんがどう使われるのか、どういう効果をもたらすのかには注目したい。

それにしても革命記念日がワールドカップのファイナルの前日であって、翌日ではなくてよかった。
スポーツ・ナショナリズムが平和な連帯ではなくて戦意高揚の力の誇示に利用されるのは絶対に見たくない。

(追記)TVで日本とシンガポールが横並びで更新している画像を見た。
日本の7人の陸上自衛隊のメンバーの二人が女性だったように見えた。シンガポール空軍も黒人女性が入っていたように見えた。(未確認)
こんなに少数なのにちゃんと女性を配するのはフランスからの提案があったのだろうか。今年はパレードでの女性の数を増やしたいという方針だったから。軍隊大臣も女性だし。
河野外相の扱いを見たかったのだけれど、シンガポールの首相がマクロンの右に立ってにこやかに話している姿が印象的で、TVでは河野外相はほとんど認識できなかった。写真で見ると、マクロンの左にブリジット夫人、その横にフィリップ首相、その横に河野大臣という順だった。もし安倍首相が来ていたらどういうポジションになっていたのだろう。
去年はトランプをずっと隣に立たせていたけれど、今年は、シンガポールの首相も、シンガポール軍の行進が終わったらマクロンのそばから去っていた。警察関係の行進の時は内務大臣が横にくるなどマクロンの近くに 進むグループに合わせてこまめにマクロンのそばに立つリーダーが変わっていた。
まあ、去年はなんといっても、若いマクロンがトランプにフランスを印象付ける示威がメインだったのだから、去年が例外ということなのだろう。

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# by mariastella | 2018-07-15 00:05 | フランス

自衛隊と革命記念日

これを書いているのは革命記念日の前日。

結局、自衛隊の参加はそのまま維持されて、安倍首相の代わりに河野外相が出席するそうだ。(前の記事

朝のラジオでは、すでにフランスの親衛隊バンドと共演したことがある音楽隊の三宅 由佳莉さんが、行進の速度の変化やリズムの違いなどについて話していた。

今回の招待は日本だけではなく「アジア」を、ということでシンガポールも参加して、大統領が来るそうだ。シンガポールは米朝会談で脚光を浴びたし、フランスで軍事訓練を受けているなど、けっこう関係が深いようで、日本とも、もちろん軍事協力体制の強化というものがある。

フランスのメディアでは自衛隊はもっぱら軍隊、と呼ばれているが、公称は自衛隊であり、軍隊放棄の憲法があるのに偽善的だと議論の的になっていることもコメントされている。

「偽善」を放棄して現状を認めて開き直るのか、「偽善」を本来の「善」に戻すのか、という二極と、看板だけでも「絶対平和」を掲げていることに意味があるという「偽善」維持なのか、こういう問題についてパレードの解説でコメントされるのかどうか興味がある。

日本の豪雨大災害の様子は、フランスの主要ニュース番組で今も毎日、報道されている。

NATOではトランプがヨーロッパの軍事費を増やせと騒いでいたが結局合意声明が出た。冷戦以降縮小していたような軍事費は中東情勢やロシアのクリミア併合以来増えている。

アメリカ一辺倒の日本が、一度も直接に戦争したことがなく伝統的に日本好きなフランスに近づくのは結構なことだ。でも、できる事なら「示威」行動の典型的な軍事パレードはやめてほしかった。ソフトパワーとしての三宅さんがどう使われるのか、どういう効果をもたらすのかには注目したい。

それにしても革命記念日がワールドカップのファイナルの前日であって、翌日ではなくてよかった。

スポーツ・ナショナリズムが平和な連帯ではなくて戦意高揚の力の誇示に利用されるのは絶対に見たくない。


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# by mariastella | 2018-07-14 00:05 | 雑感

主の平和と遠藤周作

先日「神の平和」という言葉をカトリック関係の雑誌に書こうとして、日本語チェックのためにネットで調べると、「主の平和」が圧倒的だった。

カトリック教会のミサでの「主の平和」タイムは、日本では近くの人と会釈し、フランスでは握手かハグだが、「キリストの平和」という。


「神の平和」と「主の平和」は少し違う。私の記事の文脈での「神の平和」は、神に祈りと願いを捧げ打ち明ければ「人知を超える神の平和」が心と考えを守ってくれる(フィリピの信徒への手紙4, 7)」という部分と関係がある。

一方、「キリストの平和」は、「わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。(ヨハネ14,27)」の文脈だろう。また受難の時に逃げていた弟子たちに復活のイエスが「あなたがたに平和があるように(ルカ24,36)」と赦した言葉もそれを補強した。


神を「主」と表現するようになったのは「蛮族世界」の領主を戴くヒエラルキーを使って分かりやすく布教する過程だったという。ラテン語のdominusは「支配」と同じ語源だし、フランス語のSeigneur(英語ならLord)は、もとはいわゆるシニアと同じ「年長者」から来ているが封建時代の領主であることが一番の含意だった。

もちろん、キリスト教の三位一体的には、父なる神だけが「主」でなく、「主イエス・キリスト」で問題ないのだけれど、今のフランスのカトリックなどでは、「主」という言葉は単独で使うとなんとなくアナクロな感じがする。司教の敬称としてのMonseigneurなどは普通だけど。

で、日本語のネットには、カトリックの信徒が手紙の初めや最後に十字のマークと共に「主の平和」と書くとあった。なるほど。

で、そういう「習慣」や表現について詳しく論じている信徒のブログなどをつい見ていると、なかなか真剣で時には深刻で驚かされる。そのうち、遠藤周作の本に影響を受けて受洗することの是非のようなテーマに入り込んでしまい、そこでも驚いた。

久松健一さんという人の『遠藤周作の秘密』という論文がネット上ですべて読めるのだ。

私は還俗して日本人と結婚した宣教師のことを書いた遠藤の『影法師』も読んだことがあるけれど、それがこんなにも遠藤のトラウマを形成している事件だとは知らなかった。

それにしても遠藤さんってトラウマで満身創痍みたいな人だったんだなあ。

まず、世代的にも、満州で育ったり、戦争中に青年時代を過ごしたり、戦後の混乱を体験した世代だし、当時には少ない離婚家庭で父を恨むシングルマザーに育てられ、厳しい母親に逆らえない形で軍国日本ではネガティヴでマイナーなキリスト教の共同体に所属し、高学歴エリートぞろいの家族の中では落ちこぼれ、戦後初のフランス留学をしても肺結核で吐血して途中で帰国など、どれをとっても、屈折しまくりそうだ。

しかも、一生カトリックとしての「アイデンティティ」に悩んで思索し続け、そのおかげでいろいろな作品も生まれたのだけれど、そのカトリック・アイデンティティの危機のルーツの一つが、自分の妻といとこの妻に公教要理を教えていた神父が、いとこの妻と結婚したことだったようだ。人妻、人妻の離婚、神父の還俗というトリプル・ショックだった。

その神父はかって母親のアイドルであり、完璧で高潔なキリスト者の手本として彼にプレッシャーを与え、強者に反発して弱者としての道を歩ませるきっかけとなった人だった。それでも、父の反対を押し切って妻にも洗礼を受けてもらい結婚式をその司祭に司式してもらった。『影法師』ではその元司祭が『沈黙』の転び宣教者のように孤独な姿で描写されている。

遠藤周作の生きた時代と家族関係が信仰への強迫的で苦渋に満ちたこだわりを醸成したのだろう。まるで、子供の頃からカルト宗教の中で育てられた人が引きずるトラウマみたいだ。

で、彼は「日本人にやさしい」自然宗教っぽいキリスト教にたどり着いたようだが、そこまで苦労してもカトリックから離れなかったのはやはり母親への思いだったのかもしれない。そんな遠藤周作は間違ったキリスト教観を人に与えるといって一部から厳しく批判されたこともあった。

なんだか、タイプがまったく違うあるカトリックのカリスマ司祭のことを思い浮かべてしまう。「あなたは救われている」と自信に満ちて福音を振りまいている人だ。キリスト教と言うと「悔い改めよ、罪深い人は地獄に堕ちる」的な先入観もある日本の社会でひたすら「もうだいじょうぶ、だってイエスと出会ったのだから」と宣言しまくるので、遠藤周作とは別の形で「ハードルを下げている」ことに眉を顰める人々がいるのだ。

おどけても、湿っぽくしても、汎神論風に風呂敷を広げても、和のテイストを強調しても、自信満々で輝きと歓びを伝染させても、どこかで必ず「間違っている」と言われるのだなあ、日本のキリスト教コミュニティ。

浄土真宗の人がお釈迦さまだの阿弥陀如来だの親鸞のことを自己流解釈して声高に語ってもそれこそ「公序良俗」に反しない限り注意をひかない。

フランスではカトリックがちょうどそういうスタンスなので、日本との落差は大きい。

それにしても、インターネット上のヴァーチャルな「フィールドワーク」が可能な時代になって、いろいろと驚かされると同時に、多様性の底にひそかに流れる「一致への切実な思い」のさざ波をそれでも感知してしまうのは、はたして希望的錯覚なのだろうか。


遠藤周作さんが「主の平和」のうちにあることを祈る。


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# by mariastella | 2018-07-13 00:05 | 宗教

『都市と野生の思考』

日本でおひとりさまについての対談本を買うために青山ブックセンターの新書コーナーに行った時、他の新書を2冊買った。その一つがやはり対談本の『都市と野生の思考』(インターナショナル新書)だ。

東京生まれで京大に学び京大総長になったゴリラ研究の山極寿一さんと、京都生まれで京大に学び、阪大総長を経て京都市立芸大の学長になった哲学者の鷲田清一さんによる自由な対話。「おひとりさま」の対談よりずっと楽しく興味深い。

京都に長いお二人が京都で対談ということで、「京都贔屓」がなかなかなものだ。

でも、「歴史のある景観」「伝統を残す町」の賛美には違和感がある。

京都はコミュニティが根を張る場所で、成熟した町の強靭さがある。

「この街はどこを歩いていても、そこかしこに過去の佇まいを感じる。何百年も前にも同じ場所を、今とは異なる装いの人たちが歩いていた姿が目に浮かぶ。連綿とした歴史の重みを感じれば、人はおのずと居住まいを正すものです。歴史の息吹を孕む空気が、今の世界だけ基準に考えていてはだめだと教えてくれる。(これは東京生まれの山極さんの発言)」

なぜだか、「なるほど古都ってすばらしい」と全然思えなかった。

普通なら、やはり何世紀もの佇まいが残っていて歴史上の事件や人物たちの幻を見てしまいそうなパリの町が身近に40年以上も暮らしている私にとって、

「そうだよね、豊かな文化が残る古都で歴史的なパースペクティヴを持てるのって大事だよね」と共感、同意できてもよさそうなのに。

実際、ヨーロッパの数ある大聖堂や城や宮殿、いやパリの下町を歩いているだけで、ああここはあの画家が、あの詩人が住んで眺めていた街並みなんだなあ、などと感慨にふけることは少なくない。

でも、京都についてのこの部分を読むと、なぜだかすぐに、

京都だって、応仁の乱で焼けただろ、

先の大戦で絨毯爆撃されて文化財や景観を失った町は重みがなくて強靭さもないのか、

広島はどうなるんだ、

長崎は ?

沖縄は ?

などと次々につっこみが浮かんできた。

「今、ここ」の基準にだけ振り回されるのは良くない、という山極さんの意見は正しい。

でも、「歴史の重み」のプレッシャーで「居住まいが正される」というのは怪しいと思う。

もちろん、マクロンがプーチンをヴェルサイユ宮殿で迎えたり、トランプ大統領にアンヴァリッドのナポレオンの棺を見せつけたり、「歴史の重み」で相手を圧倒するという政治的戦略もあるくらいだから、インパクトはあると思う。

「古都」は演出できるし、「商品」にすらなるのだ。

けれども、たとえば、古戦場を見て、栄華のはかなさを思う人もあれば、古代戦士の雄姿を思って鼓舞される人もあるだろう。

歴史の「重み」とか「息吹」とか言っても、その「歴史」こそ、視座によってまったく様相も変わればコンテンツも変わるのだ。

どの場所も、「失われたもの」の方が残っているものよりもはるかに多いし、そこで死んでいった人たちの方が生きている人よりもはるかに多い。

今はもうそこにないもの、見えないものに向けるまなざしこそが、今なすべきことを示唆してくれるのかもしれない。

(この本は、この部分に最初にこう反応してしまったが、家族や食や性についてとびきり興味深い話題をたくさん提供してくれる。いろいろ参考になった。後日あらためてコメントするかも。)


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# by mariastella | 2018-07-12 00:12 |

西日本豪雨と死刑執行と革命記念日

ここずっとバカンスに出かけていたので、このブログは後1週間ほど予約投稿仕様にしてある。テレビもラジオもほとんど縁がなく、ネットでニュースを時々見ていたが、フランスが勝ち進んでいるワールドカップ(この記事がアップされる明日にはもう準決勝の結果が分かっているだろう)の話ばかりだった。

西日本豪雨の話は友人のfacebookを通して大変な様子だと把握はしていたけれど、フランスでも最近は毎年大雨や浸水洪水のニュースが多いので、「地震」とか「津波」などのキイワードがない限り、あまりぴんとはこなかった。

ところが、先日、7/8、久しぶりにTVで20hのメインニュースのはじめの部分に遭遇した。で、またワールドカップか何かのニュースだろうと思っていたら、なんと日本の豪雨情報だった。東日本大震災の津波の映像のトラウマが戻ってきそうな悲惨な情景で驚いた。無表情で車椅子に座ったままのお年寄りが助けられる様子をはじめ、高齢者の姿が多く、ショックだった。

同時に、安倍首相がフランス革命記念日に自衛隊の儀仗隊をパレードに参加させるとかでフランス訪問を予定していることも知って驚いた。必死で災害救助中の自衛隊の映像がフランスのトップニュースで映されているのに、パレード?
軍産取引の思惑は別にしても、去年のシャンゼリゼのトランプ大統領に続く「絵」を残せるチャンスだったのだろうか。

日本の豪雨災害を目にしたフランス人的にはあり得ないなあと思っていたら、やはり「やむを得ず中止」されたという。

昨年、大統領就任直後のマクロンがやはり就任して間もないトランプを軍事パレードに招くことは政治的に大きなパフォーマンスだったことはいうまでもない。
アメリカの独立戦争を支援したフランスとの歴史的関係は、いつも時の為政者のカードの一つであり続けた。

それに比べると、現在、富裕層優遇で支持率を下げているマクロンにとって、日仏交流160周年の名目で日本の首相とわざわざ革命記念日にツーショットするビジュアルな意味はない。

フランスはもともと他国の自然災害に過剰なくらい反応する。
この「日本豪雨」のビジュアルの後で、日本の首相がにこやかにシャンゼリゼに現れるなど考えられないだろう。

「ドタキャン」で困らせたということはまずなく、フランス側が今回は見送りましょうと先に言ってきたのだとしても不思議ではないなあと思った。

これを書いている時点(7/9夜)で、外務省のネットの広報には、安倍首相が訪問を取り消すという電話会談をサウジアラビア、EU(ベルギー)、エジプトの首脳としたというのが報告されているが、なぜだかマクロンとの電話会談は記されていない。一応パレードの「メインゲスト」のはずなのだから真っ先に挙がってもいいのに‥。

私はもともと軍事パレードなど否定的だし、正直言って、そこに、「憲法九条」を持つ日本の首相がにこやかに並ぶ姿など絶対見たくないと思っていたので、「中止」のニュースにはほっとした。

その上、まさにこの豪雨大災害の進行中、オウム真理教事件の死刑囚7人が一斉に死刑執行されたというニュースも衝撃的だった。

フランスが死刑廃止に踏み切った時の話は何度も書いたことがある。
フランスでの死刑廃止のバダンテール演説は歴史に残る。

私自身が死刑反対である理由もあちこちに書いたことがある。
このブログではここと、そこからリンクできる2つの記事で読める。

こういうタイプのフランスという国に、豪雨災害の最中に7人もの死刑執行をした日本の首相が嬉々として訪れるというのは、やはり、マクロン的にも「ご招待キャンセル」となったのかもしれない、などと想像してしまう。






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# by mariastella | 2018-07-11 00:05 | 雑感

イプセンの遺作『わたしたち死んだものが目覚めたら』

行きつけの小劇場Théâtre du Nord Ouestのイプセン全作上演シリーズのうち、最晩年の作で文学的遺言とされる『Quandnous ressusciterons d'entre les morts(わたしたち死んだものが目覚めたら)』を観に行った。

イエネールでなくエミリー・サンドルが演出・照明・・衣装すべてを担当。


国際的に著名なノルウェーの彫刻家ルベックを通して、人生と作品の間における芸術家のジレンマ、一方のためにもう一方を捨てるという永遠の間違った選択についてのイプセンの自問が、ここでは、「あの世」との境界を取り除くことによって「アートや恋に殉ずること」ことの意味を問う形になっている。


ルベックは『復活の日』という大理石の大作で知られる彫刻家。

晩年に若い妻と故国ノルウェーに戻る。海辺の保養地で無為の中で人生の意味を問い直している。

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舞台の初めはそれぞれ新聞を読んでいる二人。今ならそれぞれがスマホを見ている感じだ。


妻マイアとのすれ違いがあらわで、マイアは不満をつのらせている。そこに現れた野性味あふれる猟師にマイアはすぐに惹かれる。

自由を求めるマイアが猟師と去った後で、ルベックの前に、『復活の日』制作のミューズとなったイレーヌが出現する。

若かった頃の彼はアートへの情熱に目がくらんでイレーヌの人生を踏みにじった。イレーヌはルベックを愛していたが、ルベックはイレーヌに触れなかった。作品こそが2人の「子供」になるはずだった。

イレーヌは魂をすべてルベックの作品につぎ込まれて、以後の人生を抜け殻のようになって死んだのだ。ルベックはイレーヌを取り戻すことができるのか、イレーヌは生き返ることができるのか ?

理想と現実と狂想、夢と現が交錯する。イレーヌは『血まみれの修道女』のアニエスのように白服で、黒服の霊媒のような女性を連れて現れる。


ルベックはイレーヌに


「何よりも芸術家、人生をかけた名作を創ろうという欲望に憑りつかれた。『復活の日』というタイトルでなければならず、死から目覚める若い女の姿でなければならなかった。君はぼくにとってただのモデルではなかった。ぼくの想像の源泉だった」


 という。

けれども、今は美術館に収められている『復活の日』は、当初のプランでイレーヌが信じていたものとは違う。イレーヌが去った後、復活の処女神の周りに次々と群像が付け加えられ、イレーヌがモデルだった彼らの「子供」は隅に追いやられて「その他大勢」でしかなくなっていた。

死の世界とつながるイレーヌの恨みつらみも、ルサンチマンもすごいが、

「お前は私の芸術のミューズではない、何のインスピレーションも与えてくれない」と言われ訂正るに等しい立場の妻マイアの怒りと絶望と欲求不満も深刻だ。

イレーヌとルベックには、その後どのような失望や別れがあったとしても、一時はこの世のものとも思えない何かにインスパイアされてアートのクリエーションを分かち合った思い出が共有されている。

マイアのように、芸術家のそばにいてそのアートから締め出されているのは連れ合いにとって残酷だ。

それにしても、この戯曲を通して浮かび上がるイプセン自身のこれほどまでの懊悩の背景は何だろう。

 この作品はイタリアやドイツなどに住んでいる頃に有名になったイプセンが晩年にノルウェーに戻ってアートと人生について自問したものだ。


『ペール・ギュント』も書かれたのはローマだ。ドレスデンやミュンヘンでも暮らしている。彼がローマやミュンヘンというカトリック地域で暮らしたことは興味深い。


ノルウェーで生まれ育ったという出自自体が家庭環境と相まってイプセンのトラウマになっていたらしい。

事業に失敗した父親がアルコールに走り、母親はプロテスタント神秘主義にのめりこんだという。

イプセンが生まれ育った時代から1945年に至るまで、ノルウェーはルター派プロテスタントであるルーテル教会だけが唯一の宗教で、1683年以来、カトリック信者は財産を没収されて国外追放されるという宗教原理主義のような国だった(ルーテル教会が「国教」「でなくなったのは2012年)。

そんな空気の中で、家庭的に不幸だった母親による厳しい倫理観などが、芸術家魂を持つイプセンにとって傷となったことは間違いない。

イプセンはノルウェーの国民的作家として認知されているし、文学サロンで知り合った妻と生涯連れ添っている。政治家となった一人息子はイプセン生存中の1903年に首相になり、1905年にノルウェーがスウェーデン王国から分離するのに大きな役割を果たした。少なくとも晩年は「家庭的に不幸」そうではない。それでもこのような作品が生まれた。


明治の日本でも成功を博したという『人形の家』(これは妻がぜひ読めといったジョン・スチュワート・ミルの女性の地位擁護に得たヒントから生まれたという)も、当時はスキャンダルとなった。

しかも、ドイツやイギリスのプロテスタント国で上映禁止になったり結末を書き換えるように言われたりの圧力を受けたのだ。


ところが、カトリック国では何の問題にもなっていない。1894年のパリでの初演は大成功で、ノラ役の女優レジャーヌはイプセンから「私の夢が実現した。レジャーヌはパリでノラを創造した」という電報を受け取った。

巷のイメージからいうとカトリックの方が離婚不可能で女性は聖職者にもなれないで抑圧されている、と思われるかもしれないが、『人形の家』で最もスキャンダルになったのはノラが3人の子供を置いて家を出ていくという場面だった。

牧師の妻帯が許されていて模範的な「牧師の家庭」の模範的な子育てモラルが規範になっているプロテスタント文化においての方が、この「結末」が「不都合」だったのだ。


カトリック文化では、子供を乳母に育てさせたりすることがごく普通だった。

宗教上の建前と実際の生き方が乖離しているのはどこの社会でもあることだろうが、一般にピューリタン社会の方がそれに罪悪感を持つ。もともと、カトリックのモラルが崩壊して堕落しているということを糾弾して分かれたのがプロテスタントだから当然だと言える。

この「宗教改革」に驚いたカトリック教会は自分たちも遅ればせながら「改革」に着手するのだけれど、すでに「旧社会」の実情は、本音と建前が乖離していてもそれが何か ?というユルイものだった。

イギリス王は離婚が認められないからと言ってローマ教会から離脱したけれど、フランス王はどんなに愛人を作っても、年に一度告解することでチャラにするなどいろいろなレトリックを使って教会を活用し続けた。


とはいえ、19世紀はヨーロッパのブルジョワ世界での女性の拘束が強まった時代でもある。


ノルウェー人であるイプセン夫婦がヨーロッパの各地で暮らし(息子もイタリア生まれ)、名声を得た後で故郷に戻るというシチュエーション自体は、この『わたしたち死んだものが目覚めたら』の夫婦に似ている。


主人公であるルベックの最高作品が最初の意図からさまざまに姿を変えていったことは、イプセンの作品群の歴史の何かを反映しているのだろうか。


今回、めったに上演されない作品をこうしてパリで観ることができたおかげでいろいろなことを考えさせられた。

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カーテンコールから。妻のマイア役とあの世から来たイレーヌ役がにこやかに手をつないでいる。


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# by mariastella | 2018-07-10 00:05 | 演劇

フレデリック・グロとユゴーとバンクシー

前にも書いたフレデリック・グロが最近テレビに出ていた。

この記事


今の世界で新しい世界観の実践による「不服従」が困難なのは、社会の変化のスピードが速すぎるからだと言い、「自由というリスク」をとることの意義を語っていた。


そこでユゴーの言葉が引用された。


Aufond, Dieu veut que lhomme désobéisse. Désobéir, cest chercher.

(実のところ、神は人間が服従しないことを望んでいる。服従しないということは、探し求めているということだからだ)

突然「神」という言葉が出てきたので、

思考停止としての服従と信仰を分ける明確な言葉は何か、

神が望んでいるのは自分の愛に応えてほしいということだけなのか、

人は互いの支配被支配の関係を超越しているものを「信じる」ことによって、他の人から受ける支配や搾取に服従というしないリスクをおかすことができるのだろうか、

など、このテーマについて別の考え方がいろいろ浮かぶ。

折からパリでは10年前に話題になったバンクシーのストリートアートが最近復活して話題になっている。

視覚の訴求力は町の壁を「不法」に覆う「不服従」によってインパクトを増す。中でもこの絵はショッキングだ。

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お座りをしている犬に骨を与えている背広の男。

でも後ろには鋸を持っている。犬に与えている骨は、男が切ったその犬の前足の骨なのだ。

「肉」は男が食べたんだろうか。


「力で奪ったものの残りものを慈悲深そうに分けてやることでますます従属を促す」


というどこかの社会の構図を思わずにはいられない。


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# by mariastella | 2018-07-09 00:05 | 哲学

手作りの庭

6月の末、40年以上の付き合いのお宅に久しぶりに行った。

元歯医者さんで、リタイアしているご夫婦は充実した暮らし。
健康とやる気と金銭的余裕がそろうとこんな風に暮らせるのだなあという見本のような人たちだ。

お庭の家庭菜園にはいろいろなものがたくさん植えられている。
私が食べたことのないものも。

これはニースのズッキーニという丸いズッキーニで、半分に切って中をくりぬいて弾き肉などを詰めて食べるのだそうだ。
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他にもいろいろあるが、菜園でないお庭の方も、どこを切り取っても「絵」になるようにデザインしているのだそうだ。そのために、有名な口腔外科だった腕を生かしてリタイア後に始めた彫刻の作品をあちこちに配している。
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テラスにはこういうの。聖家族風。
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これは実在のモデルを使ったのだそうだ。東洋風の帽子を付け加えたいと言っている。
家の中にもレリーフ作品がいろいろ。
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70代後半。高校生2人を筆頭に7人の孫の世話も精力的にしている。一組のカップルと40年以上にわたってずっと付き合っていると、人生をもう一つ見せてもらっている気がする。で、彼らには、裏表がない。いつも誠実で力強く正義感にあふれている。
誰でも困ったときには絶対に駆けつけて助けてくれる、という信頼感を与えてくれるる。いつまでも元気でいてほしい。

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# by mariastella | 2018-07-08 00:05 | フランス

スリランカ・フェスティヴァル

6月末の週末、ヴァンセンヌの森の仏教パゴダでスリランカのフェスティヴァルがあった。爽やかな天気で湖の周りの散策も楽しい。ボートに乗ればクジャクの島にも行ける。昔はなかったものがいろいろある。
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水鳥のカップルも日向ぼっこ?
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白鳥も優雅に。
久しぶりに行くパゴダではやはりお釈迦さまの「仏舎利」に挨拶。最初にこの仏舎利追いかけをしたのはもう9 年も前のことだった。
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このパゴダの金色の仏像の前でバロックコンサートをしたのももう3年前になる。
パゴダの入り口には実物大のインド象が二頭。
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スタンドには上座仏教の七曜仏のミニチュアがいろいろあった。一週間の毎日を守護してくれるというのは面白い発想だなあと思う。七つの頭を持つ蛇神ナーガのとぐろの上に座している仏さまを記念に買った。

パゴダの中にはフランス中の仏教コミュニティからのいろいろな寄贈品が飾られている。
タイのコーナーにはバンコクのゴールデンマウンテンの模型がある。
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そのすぐ横にはまるで聖母子像のような観音様(?)が。

子を抱く観音様というと、子安観音とか子育て観音とか、水子を救う慈母観音、切支丹のマリア観音とかいうのは知っているけれど、何となく雰囲気が違う。記憶の中の慈母観音は子供をもっと胸の前でだいていたような。
これは布を被せられている姿がヨーロッパの聖母子像の雰囲気にますます似ている。
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この母子像の由来を傍にいた人に聞いてみたが、スリランカ人なので分からなかった。

でも、仏はすべての者に姿を変えて現れる、キリスト教の聖母もイエスもみな仏の別の姿だ、と言われる。
さらに、私が日本人だと分かると、ほら、「ミタマ」ですよ。仏の「ミタマ」がいろいろな形をとるのです、と言われた。

ちょうど、日本のワールドカップ番組のテーマソングか何かで、「燃える御霊」がなんとかいう歌詞について軍歌調云々の批判があったという話をネットで読んだばかりだったので「おお、すごいな、ミタマの認知度」と思ってしまった。

全ての「聖像」に姿を変えて現れているのは、霊的な支えを求める古今東西の人々の心、魂なのかもしれない。


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# by mariastella | 2018-07-07 00:05 | フランス

フランス国立印刷局のオリエント文字見本

フランスの国立印刷局Imprimerie nationale(パスポートは印刷するけれど紙幣は印刷しないそうなので日本のものとは少し違う)が「オリエント」の文字をこんなにプリントできますよという見本帳みたいなのを作っていて、漢字からヒエログリフ、古代マヤ文字までいろいろなものを出している。

読めないが造形的に美しいし、人間の「文化」の結晶の一つの形だとつくづく思う。

日本文字はない。漢字も楷書だけで、日本人の私から見たら特に美しくもない。
この印刷局のお得意さん(というか技術提携先?)にはペルーがある。
今の印刷技術はアートと工芸とテクノロジーの最先端が出会うところで刺激的だ。

日本のレベルはさぞや高いと思うが、マーケティングや売り込みをしているのだろうか?

オリエントの文字の見本帳を見せてもらった後で、それをまとめて図案にした見本を関係者からもらった。

私は美しい紙フェチで、どこに行ってもノートを買い込む人だから、嬉しい。

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写真ではうまく見えないが周りに四角の型押しがある。
きれいな赤地に金のレリーフの文字だ。

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# by mariastella | 2018-07-06 00:05 | フランス

パリ・オペラ座のエスケープ・ゲーム

若い人の間で、グループをある場所に閉じ込めて、そこから脱出するヒントを次々に解いていくというヴァーチャルではないエスケープゲームが流行っていることは知っていた。
例えば不思議の国のアリスの著者の書斎というセットの中で、アリスの物語に関係するヒントを探していき、暖炉の中、引き出しの中などと導かれていく。60分以内に脱出しなくてはいけない。

若い人というとヴァーチャルなゲームばかりかと思っていたけれど、その少し前は、パリの町の中での宝探しゲームも結構流行っていたので驚いたことがある。
学生ではなく若いビジネスマンらがカップルで休日に参加していることも。

そのエスケープゲームをアンヴァリッドなどでもやっていたが、この6月から8月の終わりごろまで、パリ・オペラ座(歴史のあるガルニエの方)でも催されている。6月は金曜から日曜、バカンスの間は水曜から日曜で、グループごとではなく、何百人という参加者がいる。仮面を配られ、ヒントが書かれた封印された手書き風の紙が二人一組に渡される。
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赤いシミみたいなのはバラの花びらのつもり。
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コンサートのための楽譜の一部が盗まれてコンサートが開けなくなったという設定で、ヒントに従って、ドレミの階名をつないでいかなくてはならない。

巷のエスケープゲームと違って、時間はかかるが簡単で、子供でもできて、英語版もあるのでツーリストの参加も多い。
たとえば、音楽家の胸像の生年月日を足したり引いたりしてその計算結果が51になったら、その形から51=SIとなって「シ」となるような感じだ。

エスケープゲームというタイトルだが宝さがしゲームに近い。
参加費は一人28ユーロ(3500円くらい)と高いので、参加する層は限られてくる。

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ホールには入れないが、オペラ座の雰囲気は味わえる。
そして、1時間くらいでみなが無事に「楽譜」を再現できたら、それが、『魔笛』の夜の女王のアリアの一部だと分かり、無事にコンサートが。
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うーん、主催が文化庁なのかパリ市なのかオペラ座なのか知らないけれどすごい収入になるだろうなあと思う。
贅沢であることは間違いがない。
不思議な時間と空間だ。



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# by mariastella | 2018-07-05 00:05 | フランス

ジャハール・パナヒの『3つの顔』

イラン映画『3つの顔』(TROIS VISAGES) を観た。



『人生タクシー』のジャファール・パナヒ(Jafar Panahi )の新作だ。


パナヒ監督は相変わらずイランでは普通に映画を撮れないのでまたロード・ムービーなのかと思ったら、今は、イラン合意(アメリカは脱退したが)の影響なのか映画が撮れるようになったらしい。(けれどもカンヌ映画祭に来るために出国することは許されなかった)


全作のテヘラン市内からは、うってかわって山間の地方でカメラが回る。


イランの女優でテレビでも人気のある女性に、自由を奪う家族から逃げるのを助けてほしいと連絡したのに返事をもらえなかったという若い娘が、自殺中継のビデオをジャファール・パナヒ監督のもとに送って来たという設定だ。

女優はショックを受けて、撮影現場から抜け出し、パナヒに頼んで、イラン北西部のトルコ語を話すマイノリティ(監督はそこの出身)が住む地方にその女性を探しに行くというストーリーだ。カンヌで脚本賞を受賞した。

テヘランの演劇学校に行くことを両親から禁じられた娘が自殺したという実話からヒントを得たという。


2010年に逮捕されて謹慎処分になった時に撮っていた映画も、テヘランの美術学校にの試験に合格したのに両親に反対された娘についての物語だった。

映画の舞台になる村はずれには、ホメイニ革命の前に女優で詩人でダンサーであったもう一人の女性(3つ目の顔)が幽閉されていて、パナヒに自殺のビデオを送り付けた娘は家を出た後、実はこの女性のうちにかくまわれていた。

この「3人目の女性」も実在の人で、イスパファンに住んでいるが、このような設定で名を使うことの許可を頼みに行ったパナヒ監督に自作の詩を朗読して録音を渡してくれた。それが映画でも流される。

3人の女性は自由と表現を希求するイランの女性の3世代のシンボルとなっているのだ。3人がそろった姿は、年長の女性の家の窓に映る踊りのシルエットでしか見えないという演出が心憎い。

古来の習慣をずっと継承しているこの村では、イスラム政権がどうとかいうのとは別に、今なら確実にフェミニズムに叩かれるような家父長制の弊害が充満していて、それでもスマートフォンを持ち、TVで女優の活躍を見ることができる若い娘は、都会に出て行って自分の人生を切り開こうと夢見る。

父親や兄弟や婚約者の家族らから批判され、村人からも疎まれる。


フランスで見ているとすごく封建的で未開な感じがするが、よく考えると、日本のあちこちでも今でも存在しそうなメンタリティだ。映画でも家庭内で妻や母親の存在感がそれなりにあるようなのが分かるところなどもリアリティがある。


知らない土地の深夜でも一人で動き回る女優の行動力や、ラストシーンで彼女も彼女の後を追う娘も車に乗らずに歩き出すというシーンは力強い。

それでも、イランの国の中での都会と地方の格差の大きさを考えざるを得ない。


最近ネットで、日本の大都市圏と地方での教育格差、情報格差についての記事を読んだ。確か北海道の小都市から東大に入った人によるもので、21世紀の日本でもそんな格差があるのかと驚いた。そしてそれが共感を得て真剣に議論されている様子を見て、アメリカの中部の州の小都市に住む人たちの方がもっと狭い世界にすんでいるんじゃないか、とか、フランスでもひと昔前までは、子供はみな親の職業を継ぐようなケースが多かったなあとか、いろいろ考えた末、いつものように難民キャンプに思いを馳せて、戦争や飢饉のある国との「格差」に比べたら些末なことではないかと思ったりした。

とはいえ、差し当たって戦争もなく飢饉も疫病もない時代と場所でさえも、どんな地方のどんな家庭に生まれたかによって決まる格差というのは深刻なのだと改めて思う。


私のごく親しい友人に、この映画よりもっとトルコよりの地方からイランに移住してきた家庭出身の人がいる。ホメイニ革命の後はフランスに亡命してきた。

思えば、親しい関係の人の中には、ベトナム戦争で亡命してきた人ともいるし、クメール・ルージュから逃れてきた人もいる。

彼らは、もともとそれぞれの地元のエリート、支配層であり、逃げるだけの資金も才覚もあり亡命先で再び経済的成功や社会的地位を得るのに成功した人ばかりだ。エネルギッシュで余裕もあるので、こちらはそれぞれの過去の苦労を特に想像したこともなかった。


近頃は映画を観ただけでも、人々の苦労がリアルに身につまされる。

昔はどんな映画を見ても、ディズニーのアニメやSF映画や時代劇を見ているのと変わらずフィクションの世界だと距離を置いて楽しめていたのに、今はなんでもやけに感受性に訴えてくる。

リアルの交友関係からの連想や、豊かな情報環境で昔なら一生知らなかったような場所と環境にある人たちの生活や意見を知ることで、心の「琴線」の数と張力が増えたのかもしれない。


映画としては『人生タクシー』の方がよくできていたが、この映画はいろいろな考えるタネを提供してくれた。


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# by mariastella | 2018-07-04 00:05

6/23 沖縄慰霊の日に思ったこと

(これを書いたのは6/23です


今年の沖縄慰霊の日は、春にはじめてアブラチガマなどを案内していただいて、沖縄戦の犠牲の話などを子孫の方からお聞きした年だったのでしみじみと平和への気持ちを新たにした。

この日に向けて、案内してくださった沖縄のカトリックの方々に7/10発売の『カトリック生活』8月号の平和特集に載る記事の原稿を見ていただいてご意見もいただけたことも嬉しかった。


けれども、同時に、返還交渉で米軍が核貯蔵権を要求していたという米の公文書が公開されたり、名護市の農作業小屋での流弾事件などのニュースもあり、「慰霊」といっても犠牲者の魂を慰めるには程遠い現実がある。


その現実だけをクローズアップして眺めると、いったい沖縄の人たちはどうやって毎日を耐えながら暮らしていけるのだろう、とさえ思うこともある。

幸い人間には精神の安定を保つための防衛機制というものが無意識に働くので、戦争や暴力や治外法権や騒音や危険と隣り合わせに生きているとある種の「慣れ」が生まれるという。そのおかげもあってか、厳しい環境の中でポジティヴな取り組みも生まれているのが嬉しい。


最近ネットで知ったのは嘉手納外語塾という町立の学習塾の存在だった。

嘉手納町は極東最大の米軍空軍基地(品川区と同じくらいの広さ)が町の面積の88%大半を占める町だ。前に書いたことがある。


そんな町で、「耕す土地がなければ、頭を耕せ!(なんていい言葉だろう。ヴォルテールの『カンディード』の結びの句「自分たちの庭を耕さねばならない」というのを思い出す)」をコンセプトにして20年前に外語塾が発足したという。


入塾資格は本人か両親が町内に3年以上居住している1825で、受講は無料、塾生全員に給付型の奨学金が用意されているという。基本支給額は月25千円で、資格取得などの成績に応じて最高5万円が支給され、米軍基地内の事業所などでのインターンシップや、米国への短期留学も支援する。留学先で学生は沖縄の文化を紹介するプログラムもあり、グローバルな人材を育成しているという。

毎年15人程度の枠があるのに半分くらいしか埋まっていないというのが残念だけれど、これまでの19期で181人が卒業し、国内外の大学や大学院に在学中の者もいるそうだ。

沖縄戦では、追い詰められて断崖絶壁から身を投げた人々がいる。


ヴァレリーは『海辺の墓地』という詩の中で、「風立ちぬ、いざ生きめやも」という堀辰雄の訳で有名な「Le vent se lève. Il faut tenter de vivre ! (風が立つ、生きようとしなければならない!)」と書いた。


沖縄の美しい海は、死の場所ともなった。

それでも今も、陽が照り、風が吹く。

断たれてしまった多くの命を思う時、それでも、いや、だからこそ、「生きようとしなければならない」と、慰霊の日は教えてくれる。

 生きるために、頭を、心を耕そう。
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# by mariastella | 2018-07-03 00:05 | 沖縄

ワールドカップ  ドイツはロシアで勝たせない?

6/27、ワールドカップの一次リーグで、前回優勝チームのドイツが韓国に負けて敗退した。去年までは大好調で今年もいろいろ言われながらも優勝候補だったのに。

当然、サッカー解説者のコメントがとびかっている。

私には技術的なことは分からない。
もう敗退が決まっていた韓国が絶対格上のドイツに勝った金星のメンタルもすごいと思うが、この試合を落とせないドイツが冴えなかったのは理解できないという人が多い。

そしたら、周りにいるフランス人の団塊世代の男性たちが面白いことを言っていた。

最初からドイツはロシアでは勝てなかった、というのだ。

なぜなら、第二次大戦で、ドイツが独ソ不可侵条約を破って奇襲攻撃を仕掛け、ソ連に多大な犠牲者を出した。ソ連の歴史の中でソ連を侵略し攻撃したのはドイツだけだというのだ。
だからドイツはロシアのワールドカップで勝利するのは政治的に微妙だ、と。
それはメキシコに勝たせたことにもつながる。ドイツは第一次大戦の昔から、アメリカと敵対し牽制するためにメキシコを利用しようとした。このことは前に少し触れた。
だから、メキシコに勝たせることはロシアにおける一種の代理戦争なのだ、と。

この「トンでも解説」を聞いて、さすがの私でも、ドイツのナショナル・チームや監督らがそんな政治的配慮をしているなどとまったく信じられない。

でも、私を驚かせたのは、今回のロシアでのドイツの敗退とメキシコの突破というそれだけのことでその日のうちにこんな連想をする人たちが存在することそのものだ。

もちろん、サッカーのヨーロッパ大会でも、ドイツとイタリアとイギリスとフランスなどが勝ち進むと、第二次大戦のたとえを持ち出す人は必ずいる。

それほどサッカーの国際試合というのは「疑似戦争」の愛国心を誘発するらしい。
それでも、大国の中国やアメリカが予選落ちして出ていないのだから、実際の世界情勢とは何の関係もない娯楽に過ぎないのは自明だ。

それなのにフランスの「戦後生まれ」の世代で「ロシア、ドイツ、メキシコ」という国の組み合わせを見るだけでこういう発想をする人たちがいるというのは、当然ながら例えば日本の団塊世代の持っている世界のステレオタイプとはまったく違うのだなあ、とあらためて感慨を覚える。

そういえば、日本で韓国に対する新世代の?ヘイト・スピーチが生まれてきたのは2002年のワールドカップ日韓共催以来なのだという話を聞いたことがある。
経済的に優位な日本がサッカー先進国だった韓国との組み合わせでないと開催国になれなかったというイメージもあったのだろう。
スポーツの国際大会が平和のきっかけになることもあるというのに、共催という連帯のチャンスがナショナリズムを刺激することもあるのだ。

あらゆる面で「多様性」があるオリンピックと違って、サッカーのワールドカップの「疑似戦争」は前世紀の歴史にまで遡って人々を刺激するらしい。

でも、ドイツが勝つのを遠慮した、なんていうのはあり得ないとしても、こんなことをフランス人が言うくらいなのだから、ひょっとして、「ロシアでは絶対にドイツの勝利を見たくない、勝たせない」という空気がロシア人の集合無意識の中にあったというのは不可能ではないかもしれない。そんな空気を感じたドイツのチームが「勝ちづらかった」ということもあるのかなあ、などと漠然と考えてしまう。

愛国のプロパガンダや「必勝」の空気が時代を変えたり実際の侵略や戦争を誘発したりして来た歴史を思うと、たかが、ワールドカップの妄想、と切って捨てる前に、ここに覚え書きしておく。






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# by mariastella | 2018-07-02 00:05 | 雑感

マクロンとローマ法王、フランスとアルゼンチン

6/26、マクロン大統領がローマ法王を公式訪問した。


ブリジット夫人は、プロトコルどおりの黒服だが黒ヴェールはつけず。


マクロンはイエズス会系の学校出で、イエズス会のフランシスコ教皇とは話が合う、と言われていた。

マクロンが通い洗礼を受けブリジットと出会ったアミアンの学校はフランスにある14のイエズス会学校の一つだ。

イエズス会にはプラグマティズムがある。

フランスにはその「二枚舌」を攻撃するtwitterのハッシュタグがあって、「偽善者」「風見鶏」などと揶揄されている。

「宗教改革」真っただ中の1534年創立の、ある意味で、カトリック教会の「バロック」戦術の空気の中で生まれた。「一方向」に集中するタイプの修道会ではなく柔軟に戦線を広げてきた。

リベラルな言説と保守的な姿勢を併せ持つ教皇はもちろん、「右でも左でもない」と称するマクロンのやり方もイエズス会的だといえなくもない。


フランシスコ教皇が会談した各国首脳でこれまで一番長かったのはオバマ大統領で52分だったがマクロンは57分で歴代一位だと、会見が終わって一分後にエリゼ宮が発表したんだそうだ。必死で時計を見ていたのだろうか。


恒例のプレゼント交換はマクロンがベルナノスの『田舎司祭の日記』の初版本で、教皇はメルケルなど他のヨーロッパの首脳にも贈呈するサン・マルタン(マルティヌス :自分の来ていたマントを剣で半分に切って貧者に分け与えた

)で「私たちはみな貧しいのです」との教皇の言葉とセットだった。


そしてラトランのバジリカ聖堂(これがローマ司教の聖座)の参事員という例の称号を与える典礼にもマクロンは参加した。

ポンピドー、ミッテラン、オランドはこれをスルーした。サルコジは大得意だった(サルコジから教皇へのプレゼントは献辞入りの自著だったそうだ)。


マクロンと教皇は最後にハグし合ってみなを驚かせた。

エリザベス女王とハグするくらいにあり得ないことらしい。


マクロンって、「善良な年配者」キラーみたいなところがあるとこれまでも思っていたが、本格的だ。


移民難民問題をめぐってイタリアとフランスが激しく対立しあっているタイミングだから、ここで弱者救済のヨーロッパ理念を共有する教皇とフュージョンしているのを見せることは政治戦略的に大きな意味がある。

前日に到着した時も、ヴァチカンのフランス大使館のあるボナパルト館ではなくイタリアのフランス大使館のあるファルネーゼ宮に泊まった。

朝食時は移民支援に熱心なフランスのカトリック信者のサン・エジィディオの代表者とブリーフィング、教皇との会談の後はフランス人枢機卿等と昼食、ラトランのセレモニーの後でヴァティカンのフランス人コミュニティを訪問。

ローマにあるフランス教区に属する二つの教会には行かない。


要するに、ヴァティカンにおけるフランスの影響力を増すこと、それによってヨーロッパの立て直しについてのフランスの発言力をバックアップさせることなどをねらったのだろう。


「主権国家」でありながらたアルゼンチン人の教皇や多国籍の大臣やら国民を擁するヴァティカンに歴史的に縁の深いフランスがそれを利用しないという手はない、ということだ。


その日の夜、ロシアのワールドカップの決勝トーナメントの一回戦でフランスとアルゼンチンが戦うことが決まったのは、また、別の話。


一次リーグの一位通過がすでに決まっていたフランスの最終試合は「退屈」で、一時リーグ敗退の危機にあったアルゼンチンは気合の入った勝利だったという。


私のアルゼンチン人の知り合いと言えばカルテットのヴァイオリニストの他には、もうずっと前に友人の連れ合いだった女性作家がいる。やはり亡命してやってきた彼女は、マラドナについての本を書いてそれが日本語で訳されたので私にプレゼントしてくれた。その後、いろいろなトラブルがあって友人にトラウマを残す別れ方をしたが、生命力あふれる「濃い人」だったのを思い出す。
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# by mariastella | 2018-07-01 00:05 | 雑感

ワールドカップのロシア大会

6/21の夏至の日に行われたロシアのサッカー・ワールドカップでのフランスとペルー戦について、スタジアムの大半が赤い色のペルーのサポーターで埋め尽くされていたのに、フランスのサポーターはちらほらにしか見えないことについていろいろ解説されていた。フランス・チームはペルーの国歌斉唱の時も圧倒されていたという。

ロシアに行って滞在するのは費用が掛かるからフランス人はあまり行かないのだそうだ。


で、ワールドカップに外国から来る人たちのうちで一番多いのは、なんと、自国のチームが予選落ちしていて出ていないアメリカ人なのだそうだ。

アメリカと言えばベースボールにバスケットボールにアメリカンフットボールだから、サッカーのレベルが今一つだというのは理解できるけれど、競技としてのワールドカップを楽しみたい人は多いらしい。そして、やはり、金があるんだろうなと思う。

ドイツ人も多い。前回優勝の強豪国で金もありロシアにも比較的近いから分かる。


でもペルーなどの中南米の国からそんなに大挙して押しかけることができるのはなぜだろう。一体だれが金を出しているのだろう。それとも4年に一度の大会のために必死で積み立てているのだろうか。

距離的に言っても、フランスやドイツやイングランドなどからロシアに行くよりもずっと大変なのに。

今回初めて全試合が無料テレビで放映されるというイタリアは、皮肉なことに欧州予選落ちしているからみんなで盛り上がって観戦というのはなくて、カフェなどのテレビ観戦している人は肩身が狭いこともあるそうだ。

欧米から経済制裁されているロシアで存在感を増す中国企業の漢字広告がスタジアムで映る中国も出場していない。

ワールドカップを本当に支えているのは愛国心とは別の次元の「金の論理」で、「愛国心」はマーケティングの一つのアイテムということなのだろう。

それにしても、ナイジェリアやセネガルなど、経済難民がたくさん出るようなアフリカの国と、難民に厳しいポーランドのような国や、サウジアラビアとイランなど、普通なら絶対に「対等に向かい合う」などと言うことはあり得ないような国々が出会い、サポーターが国旗を振っているシーンはなんだか非現実的だ。

オリンピックでも国別のメダル争いなどが話題になるけれど、サッカーのワールドカップというのはなんだかもろに「世界大戦」であるかのような愛国ワードがとびかうので、フィクションみたいだ。


そういえば、日本で韓国ヘイトの言説が堂々と目に見えるきっかけになったのが2002年の日韓共催ワールドカップ以来だという話を最近読んだことがある。フィクションもヘイトの種になるのだ。


フランスのナショナルチームは相変わらず黒人選手が活躍して彼らの姿がメディアによく出るのはよかったなあと思う。

2015年のパリのテロで実行犯の逃走劇があった時は、黒人テロリストの兄弟の顔写真がずっとTV画面にアップされっぱなしで、同名の人や黒人は肩身が狭かったと思うからだ。

(私はこういうテロや犯罪の時に画面にアップされ続けるのがもし東洋人の顔だったら、しかも自分と同じ姓だったら、などと想像してしまうタイプなのだ。しかも、マジョリティの白人系フランス人たちからは、知り合いでもない「黒人の顔」とか「東洋人の顔」は、「個人」でなく「カテゴリー」に見えてしまうからなおさらだ。)


今は一番露出度の高い黒人の姿がサッカーのスター選手たちだからイメージアップでほっとする。それに、フランス・チームが勝ち進むといつものことながら、町の機嫌がよくなってリラックスするのはいい。


20年前に自国で優勝したワールドカップを回顧する特集があちこちで見られる。

当時のキャプテンが今の監督で、当時のスター選手もレアル・マドリードの監督としてチャンピォンズ・リーグ三連勝の記録を達成したばかりだから、「栄光の過去」は存在感を増しているのだ。


それでも、20年前とは決定的に、何かが、変わった。


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# by mariastella | 2018-06-30 00:05 | 雑感

ルルドで「診療してはいけない」お医者さん その2

(これは前の記事の続きです)

アレッサンドロさんはマルタ騎士団のメンバーでもあり熱心なカトリックだが、ルルドの「治癒報告」に対する科学的な判断の客観性は揺るがない。


「説明不可能な治癒」の基準は非常に複雑で、ハードルが高い。


例えば、この5月にはアメリカ人女性による癌の突然治癒の報告文書が届いた。

ちょうど、シカゴの腫瘍学専門の医師が訪れていた。

ルルドの国際医学協会のメンバーの1人で、彼らは毎年会員更新する。

カトリック以外の医師も含めて73ヶ国の11千人のメンバーが登録していて、専門と必要に応じてデータを確認したり新しい検査をしたり、「説明不可能な治癒」を司教に申告する最終投票に参加したりする。


アレッサンドロさんは、この英語の案件を腫瘍医に渡した。

次の日、腫瘍医は、その癌の自然治癒は極端に少ない例ではあるが不可能ではなく医学的に説明可能である、と答えた。「奇跡の治癒候補」から直ちに外されたのだ。

1858年の聖母御出現以来、たったの70件しか「奇跡認定」されていないが、こうしてはやばやと「はねられる」申請の他に、「説明できない」としたまま保管されている案件は1883年以来、実に7000も保存されている。

「説明不可能」なうえに「奇跡」という名を冠されるには、治癒を得た人のその後が信仰の模範となるかどうか、福音的効果に左右されるものだから、治癒を受けた後ボランティア活動に専心したりもともとシスターや司祭などの場合が「無難」だと思われるかもしれない。

70件の公式「奇跡」認定を受けた人のうち、10人が修道女、3人は後に修道女になり、修道士1人、司祭1人だそうだ。

こういう人たちは信仰の点でも、周囲の人による祈りのサポート点でも、ルルドに関与する可能性の点でも最初からプラスのバイアスがかかっていることを思うと、奇跡の治癒むしろ少ないくらいだといえる。

国籍別にいうと、フランス人45%、イタリア人30%、アメリカ人10%、その他15%だ。

地理的にいっても、実際に訪れる病人の巡礼者の割合からいっても妥当な数字だそうだ。


実状として英仏伊の3ヶ国語が医学検証事務所の公用語化しているのだから、この3ヶ国語で記された医学証明書が審査されやすいのも理解できる。

実際私は説明できない突然の治癒をルルドで得たという日本人の話を詳しく聞いたことがあるが、その方もわざわざ診断の書類など出していない。

変な仮定だがもし私がそういう治癒を体験しても、申請、報告などしないだろう。自主報告でなくビフォーとアフターの詳しい診断を出し、その後の経過も詳しくチェックされ、ルルド医学協会のメンバーからの問診や再検査を受ける、などというモティヴェーションはない(当事者ノンフィクションを書きたいという色気は出てくるかもしれないけれど)。

で、アレッサンドロさんの「奇跡の治癒」候補の審査というのは、毎日のように届けられる報告書、申請書のチェックだけではなく、保管庫にひしめいている7000件の報告に時々目を通して、「有望」だと思われるものを取り出して、「その後」の経過を調べるためにコンタクトすることになる。

アレッサンドロさんが着任3年後にはじめて奇跡認定された68件目の「奇跡の治癒」を得たシスター・ルイジナ・トラヴェルソさんは83歳だが今も元気で毎年ボランティアとしてルルドを訪れる。

彼女は何度も手術を繰り返してもよくならない坐骨神経髄膜瘤で背骨が完全に麻痺して196531歳の時ルルドに着いた時には担架で列車の窓から降ろされた。

帰りは自分で歩けるようになり、付き添いの司祭は歓喜の涙を流した。

ルルドの医学事務所は1984年にはじめて彼女にコンタクトしたが、それきりになった。2009年に着任したアレッサンドロさんは、この件に注目し、もう一度検査するように頼んだ。X線撮影による彼女の背骨は変形したままで、今でもまともに立てるはずもない所見だった。機能だけが回復したのは「説明不可能」というほかはなかった。

それでも、今、ルルドへの巡礼者は激減している。


私が『奇跡の泉ルルドへ』を出版した20世紀末には世界一の巡礼者数と言われるマリア御出現の聖地だったが、今は半減している。

21世紀初頭に日本の大学生に付き添って訪れた時のことは『聖女の条件』に書いたが、今はテロ対策のセキュリティ・チェックもあり、洪水の影響もあり、多くのホテルも閉鎖されたという。


皮肉なことに、今は、「医学のお墨付き」のインパクトすら必要とされていない時代なのだろう。

プロテスタントの福音派は派手な演出で「その場の治癒」を喧伝するし、「治癒付き」新宗教もたくさんあるし、何よりも、「治ればいい」というプラグマティズムが支配するからだ。昔の「蒙昧」への先祖返りではなく、マーケッティングとコスト・パフォーマンスの追求だ。メディアの消費者はフェイク・ニュースにも慣れ始めている。

ルルドでの「厳密」な医学検証の方が完全に時代遅れで非効率でペイしない。

アレッサンドロさんは予算の削減により一人しかいなくなったアシスタントと一緒に5ヶ国語で会報を発行している。治癒報告書のデジタル化も進めた。


時代とともに病も変わった。

以前の「奇跡」は動けなかった人が動けるといった機能回復が中心だったが、今のルルドには心を病んでやってくる人が多い。

鬱病の突然の治癒を「説明不可能」と証明するのは難しい。

でも、「生きるのが困難になる」という点では、心の病は体の病と同じように深刻だ。


ルルドは今でも多くの人が癒されているのは間違いがない。

ルルドでは、私も、健康な学生たちも、病んでもいないのに癒された。


利益追求社会の中で「恵み」の無償性を掲げ続ける場所と人の存在を知るだけでも意味がある。

71件目の奇跡の治癒認定も間近という噂のある今、アレッサンドロさんにはまだまだがんばってほしい。


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# by mariastella | 2018-06-29 00:05 | 宗教

ルルドで「診療してはいけない」お医者さん その1

「ルルドの水」で有名な世界的な巡礼地ルルドにある医学検証事務所に、突然のアレルギー発祥で駆け込んだアメリカ人女性ツーリストの前にいたのは、一部の隙もないエレガントなスーツ姿の医師アレッサンドロ・フランシシスだった。


「申し訳ないです。私は医者ですが、診察はできないのです。契約書に書いてあります。私は役に立たない医者です。治った患者しか受け付けないのです。」


というのが彼の対応だった。


LOBS/n.2797》の載った『奇跡ドクター』という記事の冒頭だ。(下の写真もL'OBSの同記事より)

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LOBS》というリベラル雑誌にルルドの奇跡の話が載ること自体が意外だったので、どういうトーンなのか知りたくて読んでみた。

ルルドと言えば、1858年に川沿いの洞窟に聖母マリアが「御出現」して、湧き出た泉の水で、たくさんの「奇跡の治癒」が起こった巡礼地。


医師団のお墨付きによってその「奇跡(実際は奇跡認定は司教によるもので医師団は説明不可能、という結論を出す)」を認定しなくてはならないほどに「あやしい」ケースが多いのか、あるいは逆に、科学の名において高らかに効能をうたい上げるという宗教的、経済的な「戦略」なのか思われるかもしれないが、実はそのどちらでもない。

古今東西、ありがたい水やらお守りやらお祈りやらが「効く」とされて多くの巡礼者を集めている「聖地」だのパワースポットだのはたくさんある。

そういうところに行く人の中にはすでに「期待」があり、そういう人々の期待の集合パワーもすごいし、積み重ねられてきた「物語」や築き上げられてきた「演出」も半端ではないから、「現時点では説明不可能な完全で突発的な難病治癒」などというもってまわった「お墨付き」など誰も必要としない。


それなのに、ルルドにだけものものしくそんなものがあるのは、アレッサンドロさんが言うように、ここが「デカルトの国」だからだ。

しかも、「蒙昧」を吹き飛ばしたフランス革命の後のフランスに突如として出現した「新しい聖地」だからである。


アレッサンドロさんは、別に奇跡を期待し確信しているわけではない。「奇跡の認定があっても別にボーナスは出ませんから」と笑う。


2009年にこのポストに就いてから201220132018年と3件の「奇跡」認定につながる仕事をしてきた。

それは、聖地内で起こった不思議な治癒が報告されてそれを吟味して検査して専門医に問い合わせてチェックする、という単純なものではない。ルルドで流れる時間は普通の「お役所仕事」の時間とはかけ離れている。

「洞窟のドクター」と呼ばれるのが好きだというアレッサンドロさんは「リタイアした信仰深いお医者さんの余生を捧げる」仕事としてこのポストについているわけではない。


父親がイタリア人で母親がアメリカ人で、ハーバードの学位も持っている。英独仏語のトリリンガル。イタリアの大学で医学部教授だっただけでなく、ナポリの北、カンパネラ州カゼルタの行政トップである政治家だった。2009年、地方の名士であり職業人として脂の乗り切った54歳の時に、突然タルブ=ルルドの司教から手紙を受け取った。

人口14千人の小都市ルルドの聖域内で「奇跡の治癒」が申告される事務所の常駐責任者になることを要請されたのだ。(常駐は2人。聖域全体では300人が正規職員)

アレッサンドロさんは四ヶ月も迷った末に、引き受けた。

独身であることは身軽だが、母と二人の姉妹を支えていた。

それでも、ルルドで働くことは魅力的だった。

17歳の時、初めてナポリからルルドにボランティアに行った。そこで病人の世話をしながら、医者になるという使命感が生まれた。特に病気の子供たちをルルドの聖水の浴槽に浸ける手伝いをしている時に、将来は小児科医になると決心したのだ。

(続く)


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# by mariastella | 2018-06-28 00:05 | 宗教

『La promesse de l’aube』(夜明けの約束)と『Ôtez-moi d'un doute.(疑いを晴らしてください)』

帰りの機内で観た映画 その3


フランス映画『La promesse de laube』(夜明けの約束) エリック・バルビエ監督。


イヴ・サンローラン役がはまっていたピエール・ニネと、シャルロット・ゲンズブールという二人のユニークな性格俳優が母と息子の年代記を演じる。


ピエール・ニネはなんとなくスラブ顔だが、ゲンズブールはポーランド人に見えない。いや、実際は、彼女の演じるニーナ・カツェフはロシア人の元女優で、息子が生まれた頃はポーランド領とされていた地域に住んでいたが、ユダヤ人でロシア正教に改宗しているらしい複雑な背景だ。


1980年に66歳で自殺した人気作家ロマン・ガリーの自伝が原作で、母親は息子を一人で育てているが、何としても息子にフランスで一旗あげてほしい、父親はフランス人であると強調する(実際のロマン・ガリーの父はユダヤ系ロシア人だったらしいが当時のアーティストたちにとってはフランスは憧れの祖国的存在だったようだ)。


で、14歳で母子そろって憧れのフランスのニースに移住するが、母の期待を受けて小説を描き続け、しかし、第二次大戦がはじまって空軍のパイロットとなり、その後でイギリスに逃れて「自由フランス」のレジスタンス戦士として活躍するなど、波乱万丈の生涯を送る。


これも、ヨーロッパの複雑な歴史と地政学的状況、文化、宗教、ロシアとロシア革命、二度の大戦、反ユダヤ主義などの背景が具体的な一組の母子の運命を通して浮きあがってくるのが面白い。


この手の背景は、「昔の話」ではなくて「当事者」が今でもいくらでも「再生産」され、研究も深まるので、「映画的ごまかし」はきかないから、かなり本気で制作されている。

母子関係だけを見るととんでもない「鬼母」で、教育的に絶対「正しくない」圧力のかけぶりで、息子は絶望的なマザコンだけれど、激動の時代に異常なテンションとボルテージ、執念と強迫と才能とが火花を散らしてフランス文学の「天才」作家が生まれた。その何かが足りなくて時代の犠牲になった無数の若者たちがいたことはいうまでもない。

最後がごくシンプルなフランス映画のコメディ『Ôtez-moi d'un doute.(疑いを晴らしてください)』だ。


女性監督のカトリーヌ・タルディュー。


今や名優となりつつあるフランソワ・ダミアンに、すっかり熟女になったセシル・ド・フランスなどが出ている。

バック・ミュージックにヴィヴァルディの二台のマンドリンの協奏曲とか、モーツアルトのオペラとかが効果的に使われているのが印象的だった。


親族間の遺伝子検査で父親と血がつながっていないと知ったブルターニュの不発弾回収者エルヴァンはやもめだが、育ての父親も愛しているし、妊娠中の娘も愛している。母はもういない。


しかし私立探偵をやとって実の父について調査し始める。

それらしいと分かった老人のもとを訪ねてうちとける。その前に偶然出会った女医に惹かれるが、彼女はその老人の娘だった。ということは異母兄妹という関係かもしれない。

他にいろいろな人間関係が絡むのだけれど、お涙頂戴でもなく笑い飛ばすわけでもなく、ぎりぎりのところで知的でエレガントに仕上がっていて、それには主演の二人の「品」が寄与している。


特殊な家族関係のドタバタでありながら、ヒューマンドラマになっているところに好感が持てた。


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# by mariastella | 2018-06-27 00:05 | 映画

『天国でまた会おう』と『若きマルクス』

帰りの機内で観た映画  その2

フランス映画もいくつか観た。


『天国でまた会おう』( Au revoir là-haut


2013年のゴンクール賞を獲得したピエール・ルメートルの原作を映画化したもの。


もとはミステリー作家だけれど、この映画にはまるで『天井桟敷の人々』を観ているような香りと味わいがある。

マルセル・マルソーのピエロの化粧と、顔を失った男の仮面とが重なる。


 第一次大戦後のパリというのは独特の欠落と自由と不安と享楽が混在した独特の雰囲気で、『天井桟敷の人々』の舞台のパリとは一世紀も隔たっているのだけれど、同じ不思議な魅力がある。


「傷痍軍人」が支給されたモルヒネを売って生きのびたり、戦士の記念碑のデザイン詐欺によって金儲けをしたりというそれぞれのサバイバルのエネルギーに圧倒される。

 アートと戦争、アートと金儲けとサバイバル、そして父と息子、見どころ、考えどころがたくさんある。

ルイーズ役の11歳の少女が、あごを失ってうまく発音できない主人公エドゥアールペリクール(これを演じるのはあの『BPMビート・パー・ミニット』「バロック俳優」ナウエル・ペレズ・ビスカヤールで、彼なしにこの映画は成り立たない)の独特の言葉をどうやって通訳できるのか分からないが、彼女の存在もまるでユゴーの世界みたいだ。

『若きマルクス』はフランス・イギリス・ベルギー製作でラウル・ペック監督。でも邦題はなぜか『マルクス・エンゲルス』


パリで若きマルクスが眺めるアナーキストの演説に出てくる標語は「労働、平等、一致」だ。

マルクスはケルンを追われて、1844年にパリに出てくるが、子供が生まれて生活は楽でない上に、不法滞在でもある。

マルクスはプロテスタントに改宗したユダヤ人ラビのの息子だが妻はウェストファリアの貴族の娘だ。

イギリスのマンチェスター工場で出会ったアイルランドの女工であるエンゲルスの連れ合いの方は、何よりも「自由でいたい」ために、子供も欲しくないし、貧乏なままでいたいという。エンゲルス自身はプロテスタントの裕福な紡績事業主の息子だ。

この二組のカップルを見ていると、組み合わせの妙、カップルの力というのは大きいなあ、と思う。


フランスに長年暮らしている身として感慨深いのは、マルクスもエンゲルスも、独仏英の三か国語がペラペラだったんだなあ、ということだ。

マルクス夫妻もマルクスとエンゲルスも、フランスでは他人がいなくても互いにフランスで話してしまうシーンも、「あるある」だ。

ロシア人ももちろん出てくるが、ロシア人もフランス語を話す。


『共産党宣言』の起草にあたって「カトリックに代わって新しい宗教を創る!」 と言っているのもおもしろい。こういう時に反面教師というかモデルになるのは、やはりプロテスタントではなくて教義も組織も盤石で続いてきたカトリックの方らしい。


最近、近刊の資料としていくつかのマルクス伝を読んできたけれど、ヨーロッパの多言語がとびかう映像による再構成というのは追体験として貴重だと改めて思った。


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# by mariastella | 2018-06-26 00:05 | 映画

『シェイプ・オブ・ウォーター』と『神様の思し召し』

帰りの機内で見た映画いろいろ (その1)

5月初めに帰仏した時に機内で観た映画について忘れないうちに記録しておこうと思っているうちにひと月以上も経ってしまった。

まずアメリカ映画

『シェイプ・オブ・ウォーター』サリー・ホーキンスリチャード・ジェンキンス

これについてはすでに少し『亜人』評の中で述べた。


孤独なヒロインに寄り添うのがゲイの黒人の老人などと社会的ハンディをいくつも持っている人物であるのに対して、彼女にセクハラ、パワハラ全開の男は典型的なWASPの白人男で、「全ての人間は神の似姿として創られた」という聖書のセオリーも、「神は私の方によく似ている」などと言う。

そして、「人間」ですらない謎の水中生物は「神の被造物」にも入れてもらえないらしく、人権も生命の尊厳も顧慮されない。


SFとファンタジーとレトロな雰囲気が交錯した不思議な映画だ。

イタリア映画『神様の思し召し』(エドアルド・ファルコーネ 監督)



 まず、このサイトからストーリーをコピー。


>>>完璧主義だが、傲慢で自己中心な辣腕医師トンマーゾを主人公に、将来は医者へと期待を寄せている息子の思わぬ告白から、ある神父と出会い、人生観がひっくり返される様子をコミカルに描いている。トンマーゾと結婚して以来、かつての輝いている自分が消えうせ、子どもが育った今、人知れず孤独を抱えている妻や、トンマーゾらとほぼ同居状態の能天気な娘、トンマーゾからは馬鹿にされながらも、愛嬌のある不動産業の娘婿と、家族のキャラクターも個性的。トンマーゾの態度が変わることで、家族との関係が変化していく様子も丁寧に捉え、トンマーゾと共に家族が再生していく姿も感動を呼ぶヒューマンコメディー<<<

邦題が『神様の思し召し』で原題は『神が望むなら』だそうで、フランス語の題は『それだけは、だめ』だ。つまり、カトリック時代に大罪である同性愛のカミングアウトを受け入れるのは、今ではトレンドで我慢するけれど、医学部にいる一人息子が大学を中退して神学校に入って神父になるなんて、それだけは、絶対受け入れられない、という意味。


イタリアと言うとカトリックのおひざ元という感じだけれど、この映画では教会の壁に落書きがあるし、立小便している者もいる。医師も、キッチンドリンカーの妻も、カトリック教会は世界一意味のない組織だ、神父は煙突掃除人と同じくらい時代遅れの職業だ、と断言する。


若者たちを洗脳している絶対に怪しそうな神父は前科者でもあり、医師は彼の欺瞞を暴こうとするが、神父はどうやら彼よりも人間としての器が大きい。

テーマは結局、宗教がどうとかではなく、「境遇がまったくちがう大人の男の意外な友情」であり、ある意味でラブストーリーだ。


ラストで事故に遭った神父が助かるかどうかという時に、若者たちは病院に駆けつけるが、医師は病院から出て教会に赴く。そこで無神論者の彼がいよいよ「神頼み」で祈るのかと思うと、一心不乱に床掃除をしだすのだ。そのシーンが実にうまい。

(続く)


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# by mariastella | 2018-06-25 00:05 | 映画

コロ―とチェロ弾きの修道士

(これはマルモッタン美術館シリーズの続きです)

さて、今回のマルモッタン美術館行きの目的はコロ―の肖像画展だった。

その中でも、もう自分としては、何度も何度も反芻してネット上で眺めた一点を観るためだった。

というのは私は楽器演奏の絵と踊りの絵を複製がほとんどだけれどコレクションしていているのだけれど、特に「チェロ弾き」の絵は独特の雰囲気のあるものが多いことに注目している。

このコロ―の絵はその中でも秀逸で、このシトー会士と思われる感想修道士が、何の背景もなく、ただ、チェロを弾いているのが印象的だ。
光と影の配合が見事だ。
左手がハイポジションであることから、初心者ではないことが分かる。
ミサの伴奏などではなく、瞑想の中にあるようだ。
あるいは、チェロ奏者が何らかの理由で修道請願をしたのかもしれない。

コロ―の最晩年の作品である。(78歳)

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展覧会ではこの絵と共に、同じ修道士テーマの二点が飾られていた。
三点ともかなり大きい。
本を読む修道士。一つは「自然」の風景の中で、もう一つはチェロ演奏と同じく、ほとんど背景がない。
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で、「チェロを弾く修道士」については、ネット上の画像を何度も見ていろいろな分析もすでにしていたのだけれど、実際にこの三点が飾られているコーナー(文字通り角にある)に立って、戦慄を覚えた。

この三点に囲まれている空間だけが異次元のように密度が違う。何の密度かと言うと、何かスピリチュアルなものとしかいいようがない。
コロ―が描きたかったもの、晩年の死生観を貫きその先へ続く何かが、凝縮している。この「スポット」に入ってしまったら「波動」と光に捕らわれる、というそんな感じだ。自分が「にわか霊能者」になった気分だった。

だから、このブログでこの写真を出してみても、もちろん伝わらない。
観る前に考えていたことを改めて言語化しようとして、今まで「寝かせておいた」のだけれど、まだまとまらない。
こうなると、「複製」の鑑賞と「本物」は何かが本質的に違うと認めざるを得ない。
ライヴの音楽演奏を聴くのと複製音楽との違いとまったく同じような波動や空気やアーティストとの接触が絵画にもあるのだ。

今回の展覧会、コロ―にはこういう肖像画もある。
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画家のアトリエ、上に彫刻があり、キャンバスに絵があり、でも、女性の持っているのは絵筆ではなくリュートだ。
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この絵もそうだ。絵と、楽器と、思索、が、コロ―の中で一体になっている。
修道士のように本を読む女性たちの絵もたくさんある。
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これはマグダラのマリア。(マリー=マドレーヌ)
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本を手にする女性というのは聖母マリアのイコンでもある。受胎告知の時も、幼子イエスを抱いたりあやしたりする時も本を読んでいるマリアの姿は繰り返し書かれてきた。
コロ―の読書する女性たちは、瞑想とメランコリーの間を漂っている感じもする。

それにしても、コロ―と言えば「バルビゾン派の風景画家」という先入観が吹き飛ぶ展覧会だった。







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# by mariastella | 2018-06-24 00:05 | アート

マルモッタン美術館のナポレオンとモネ

(これはマルモッタン美術館シリーズの続きです)

マルモッタン美術館の常設展示にナポレオンを題材にしたものがある。

私が『ナポレオンと神』(青土社)を書いた時には参考にしなかったけれど、こうしてあらためて見るとアンヴァリッドやフォンテーヌブローのナポレオンとは違った趣がある。

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これは刺繍作品
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フォンテーヌブロー城近く、舟遊びでくつろぐ珍しい姿。
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第一執政官だったころの若い姿の肖像。
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マリー=ルイーズとの結婚式でのエトワール広場の花火の絵。

19世紀始めにこんなに華やかな花火技術があったのだ。しかも街の真ん中で。

この美術館の名の一部でもあるモネの部屋はもちろん充実している。
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ジヴェルニ―の同じ場所を違う時間の違う光の中で描く贅沢さ。画家冥利に尽きるようなライフスタイル。
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私がジヴェルニーに最後に行ったのは20世紀のことになる。
彼がオランジュリーの水蓮の製作を決心したのは第一次大戦の勝利を記念したかったからで、でも、その意欲と自信と高揚がだんだん怪しくなってくる動揺がはじめて実感できる。それでも、友人だったクレマンソーの励ましで無事に完成して、第二次世界大戦勃発より前に死んだのでヨーロッパの平和が続かなかったのを見なくてよかったなあと思う。

モネの展示室には2017年フィリップ・ガレル作のモネの肖像彫刻があった。
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何だか悲しい目だ。





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# by mariastella | 2018-06-23 00:05 | アート

マルモッタン美術館の男と女  マネとモリゾー

(これはマルモッタン美術館シリーズの続きです)


 マルモッタン美術館では、コロ―から印象派にかけての時代の作品だけではなく、彼らの交流の歴史が実感を持って繰り広げられている。


彼ら同志が肖像画も描き合っている。

 

例えばこれはルノワールが描いた「新聞を読むモネ」の肖像画。

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なんといっても、この美術館の「顔」ともなっている出色の肖像画はエドゥアール・マネによるベルト・モリゾーの肖像画だ。

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ベルトはコロ―の弟子だった女流画家だ。

マネの兄と結婚した。娘も絵を描いた。

彼女の姉も画家で、マネの親友と結婚した。


この時代で意外なのは、女性たちが男性画家のアトリエで弟子として「修行」することが流行っていたことだ。熱心に師匠の作品を模写する者もいれば、単なる「お稽古事」気分の者もいたようだ。そんなアトリエ風景を描いた絵もある。中央にいるのが師匠で、女性たちはまじめに聞いている者もいれば窓の外を眺めている者もいる。

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ベルト・モリゾーは、姉と二人でルーヴル美術館でルーベンスの絵を模写している時にマネと出会った。

その時すでにマネは結婚していた。

『草の上の昼食』の裸の絵がスキャンダルになっていた頃だ。マネを評価していたボードレールが死んで2年後である。

マネはもともと「女性」が好きで話もうまかった。カリスマ性もあった。

ベルトはマネにすぐ惹かれるけれど、その他大勢の一人でなくマネのミューズでありたいと思う。

二人の恋はそれなりのスキャンダルにもなったらしい。

ベルトが姉に書き送った書簡をもとにしたマネとベルトの物語をマンガ化した大判のコミック(BD)まで出版されているのには驚いた。

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このコミックを見ていると、フランスのアート・シーンと知識人サークル(文学者、哲学者など)におけるギャラントリーとエレガンスにおける男女の協働関係の伝統がよく分かる。

17世紀から続くサロン文化から日本でも有名だったサルトルとボーヴォワールの内縁関係、#Metoo に向けたカトリーヌ・ドヌーヴらの違和感にまで通底している流れだ。

「エリート」「アッパークラス」にだけ通用する話だと言われればそれまでだけれど、だからこそ、ひとつの独特の「文化」を形成してきた。


マルモッタン美術館には、ベルトの作品がたくさんある。

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それにしても、マネによるベルトの肖像画の表情や眼の光を見ていると、ベルトの性格や葛藤や挑発などがみな透けて見えてきて、「二人の関係」が知的にも芸術的にもいかに刺激に満ちたものであったかが容易に想像できる。



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# by mariastella | 2018-06-22 00:05 | フェミニズム

米朝首脳会談の後とシリアから戻った子供たち

 先ごろ、米朝首脳会談に関する日本のメディアの記事を読んでいるとなんだかネガティヴなものばかりで心もとなかったけれど、私がいつも読んでいるブログの三方は全員がポジティヴな見方をしていたので少しほっとした。


元広島市長による広島ブログ。


弁護士の澤藤さんのブログ

元外交官でレバノン大使だった天木さんのブログ


私は他のことに関して彼らの意見にすべて与するものではない。

彼らの間でも意見が異なるテーマがある。

でも、彼らはそれぞれ「ぶれない」ところが信頼できる。

家族会関係者のこの発言も興味深く読んだ。


なるほどだと思う。


40年も経っていれば、一方的に拉致被害者の返還などというより、日朝国交を回復して被害者が向こうで作ったかもしれない家族とも自由に行き来し、今の時点でそれぞれの当事者たちが最も望む形に沿えるように支援することが最善であるというのは分かる。

今のフランスで切実な問題は、ISに洗脳されてシリアに渡ったフランス国籍の女性たちが連れて行ったり、現地で生んだりした子供たちの「引き取り」だ。

子供たちはある意味で「拉致」されたと言える。

現在フランスに戻ってきた子供たちは70数名だそうで、シリアにはまだ300人以上残っているというが、現地で生まれた子供たちについては出生届とかがあるわけでないので正確な数字は把握されていない。

彼らは、テロ関係の犯罪容疑で裁かれる親たちと隔離される。

フランスによる再教育のプログラムを受ける年齢でない子供たちは、保護家庭に引き取られているが、ISの子供たち専門のオリエンテーションを受けた保護家庭ではない。

いろいろな問題が噴出しているようだ。

普通の移民や難民の子供たちを暫定的に引き受ける家庭に振り分けられるからだ。


ISから来た子供たちは多くの問題を抱えている。

もちろん、生まれた時から「戦闘地域」にいたというトラウマもあるが、みんな父親との関係がなく母親とだけ暮らしてきた。もちろん保育園や幼稚園や地域の「社会生活」というのも知らない母子隔離状態だ。だから子供たちは母親から引き離される時点でパニックに陥るという。


母親の中には積極的にテロリズムに参加した者から、洗脳の犠牲者、性暴力の被害者、最初から騙された者などいろいろなケースがあるが、それは裁判によって明らかになるまで「容疑者」として留置されている。(シリアで逮捕されて裁かれ、終身刑の判決を受けた女性もいる。)


どのケースであっても、子供たちはみな、被害者だ。


それを思う時、北朝鮮による拉致被害者に子供や孫がいる場合、彼らを一体どのように「保護」できるのか、というパースペクティヴをはたして日本政府が持っているのかどうかについての疑問が、頭を離れない。


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# by mariastella | 2018-06-21 00:05 | 雑感

ブラッド・アンダーソン『ベイルート』

ブラッド・アンダーソン監督の『ベイルート』

レバノンのベイルートにおける1972年のアメリカ大使館テロから内戦を経て1982年にやはりアメリカ大使館の高官がPLOに誘拐される事件を通して、「人質交換」をめぐるサスペンス映画。

主演はジョン・ハムという人で、最初のテロで外交官として勤務していたメイソン役。大使館で妻を殺され、養子にしようとしていたパレスティナの少年カリムとも別れる。

カリムの兄がばりばりのパレスティナ解放同盟の活動家だった。

メイソンはアメリカに帰り、アル中気味で、中小企業間のネゴシエーターをしていたが、レバノン時代の友人が誘拐され、PLOがメイソンを仲介役に指定したと知って10年ぶりに現地を訪れる。

撮影はモロッコだそうだが、内戦で荒廃したベイルートの町の悲惨な様子は、ついこの前「イスラム国」から奪還されたイラクやシリアの歴史的な美しい町の惨状と重なる。

この映画はアメリカ視線、白人視線で、実際のレバノン人は誰も起用されていない、アラブ人への偏見があるなどとも批判されたそうだが、当時の状況を内側の人間ドラマを通して実感できるという意味で貴重な情報提供だと思う。

前に『アルゴ』を見た時も、ホメイニ革命でのクライシスの裏側を観て興味深かった。この『ベイルート』はスリラーとしては『アルゴ』ほど成功していないのだけれど、イスラエルとパレスティナとアメリカのからみがよく分かる。

レバノンは元フランス語、フランス文化が浸透していた国(中東の多部族の抗争地域で土着のキリスト教徒を守るための緩衝地帯として創られた政治的な国)で、この映画にもフランス語のポスターがちらりと出てくる。でももちろんすべてはアメリカ視線だ。アメリカン・ユニヴァーシティも出てくる。


この期間のテヘランやレバノンやカイロというのは個人的に縁の深い場所なので、当時を回顧して内側から再構成するような映画はどうしても観たくなる。

パキスタン、アフガニスタン、イランやトルコや中近東のその後の展開、冷戦後の軍産コングロマリットのグローバル化と油田の利権、東欧の内戦、イスラエルとパレスティナの戦い、イスラム原理主義とテロリスト、米英軍のイラク派兵、アメリカやヨーロッパでの報復テロなど、この映画の終わった時点から35年以上の月日が経った。

ようやく今になって、自分にとって一番者が見えてくるのに適当な距離感と視座が決まって来た。

この映画は決して「昔の戦争の話」などではなく、エスカレートして再生産される愚行のプロトタイプの一つとして身につまされる。

傲慢と非人間性がいつもセットになっているのも分かる。


車で映画館に行ったのだが、信号待ちの道路の横に「シリアのファミリー」という紙を掲げてのぞき込む中東の男とそばにうずくまる母子がいた。

このような現実は、日本で映画を観る人には想像できないだろう。

こういう時に本当にするべきなのは、「当局」に知らせて家族を保護してもらうことだろう。彼らは本当のシリア難民かもしれない。明らかな未成年の難民なら必ず保護してもらえるはずだ。

フランスには、長い間、子供とセットにして物乞いをさせる組織的なロマ(ジプシー)のネットワークがある。子供は少し大きくなると今度は「ひったくり要員」として放たれる。

いや、中世からずっと、さまざまな「弱者のふり」をして喜捨で生きる人々のたまり場もあった。

メトロの中の物乞いにもさまざまなタイプがあり、当初、何もできないことに罪悪感を抱いていたら、「あれは商売なのだから相手にしてはいけない」と言って罪悪感を解消してくれたフランス人の司祭もいた。

そのような国に何十年も住んでいたら、「シリアのファミリー」と称する人が道路にうずくまっていても、とっさに懐疑と警戒の念が起こる。申し訳ない。


二十世紀のふたつの大戦後に「大国」の恣意的な世界地図の線引きによって起こった数々の悲劇は形を変えて続いている。私にとってはそれは1970年代からずっと身近にあるものだ。


それらのことをいつも考え続けるのはつらいけれど、いろいろなことを想起させてくれる「映画」との出会いには感謝する。


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# by mariastella | 2018-06-20 00:05 | 映画



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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