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L'art de croire             竹下節子ブログ

フェミニズム神学

ようやく『神と女のキリスト教史』にかかっている。
内容はもうすでに十分考えてきたものなので資料もそろっているのだけれど、神学書がそろっている書店に行ってみた。
私の考えているようなアプローチのものはない。

私はいわゆるフェミニズム神学を紹介しようと思っているのではないから、その手のコアなものはむしろ敬遠していた。
でも、一応系統立てようと思って、フェミニズム神学の流れを紹介した本。
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フェミニズム神学の観点から聖書を読み直す本、これは、アングロサクソンではなく、フランスのカトリック、プロテスタントの女性神学者たちの共同作業、『女たちの聖書』。
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そして、ジャーナリストでもある著書が、イエスは女性を男性と対等に扱っていただけではなく、男性よりも女性の方が好きだったのだ、という証拠を福音書の中で検証していく本。
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ちらちらと読んでみたけれど、フェミニズムがどうというより、ほんとに「目から鱗」の話がたくさん出てくる。
確かに、2000年近くも微に入り細に入りあるゆる国の人たちが聖書を研究し、解説してきたと思っていたけれど、それはほぼ全部、男による男のための読み方だった。
だから、「原語」の意味が都合のいいように翻訳され直しているところもあるし、「通説」も全部「男の目から見たヴァージョン」で根付いている。改竄としか言えないようなものすらあるのだ。

でも、よく考えてみたら、聖家族だのイエスの登場の仕方って、古代ローマから続く父権制の世界と対極にある、最高に不都合なものだった。
その不都合さが、解釈や改竄によって「女子供の教育」向けに正されているにしても、完全な「上書き」はされていない。よく見れば「不都合なまま」で残されているのが分かること自体が奇跡的なほどだ。

その「不都合さ」が、エゴイズムのぶつかり合いから少しずつでも人々を共生に導いていったのかもしれない。まだまだ道は遠いけれど。


# by mariastella | 2019-06-18 00:05 | 宗教

内的エコロジー小論

すぐに使えない分厚い本を買うのはやめようと思っていたのに、アマゾンの試し読みをしてあまりにも刺激的なのでつい買ってしまった。
2019年の宗教文学賞(宗教文学の書店組合が選ぶもの)を獲得したジャン=ギエム・クセリの『あなたの魂を世話しましょう ― 内的エコロジー小論』(Cerf)。

20世紀に花開いた精神分析学と文化人類学に基づく「構造主義的人間観」が下火になり、21世紀には生物学、共感主義、サイバネティックスに基づく「神経システムとしての人間観」が優勢になった。

ヒトは何を知ることができ、何をすることができ、何を期待できるのか、という問いには大きく分けて四つのアプローチがある。

それによって、ヒトが病人や子供や障碍者、動物、機械、とどう接するかが変わってくる。

1.アリストテレス的(人は考える動物、魂と肉体のミックス)
2.デカルト的(機械としての体と考える心の主体は別)
3.構造主義的(歴史や文化や生育環境に依拠する無意識に支配される)
4.ニューロン的(内面はある種の分子によって影響を受ける。知覚、感情、気分、意識。抗鬱、抗不安、催眠、抗精神役、気分安定剤、興奮物質、精神刺激薬に対応する分子の発見)

で、マインドフルネスなど黙想、瞑想の話になって、それらは欧米では禅やヨガなどの流行で広まったけれど、実はキリスト教初期の「砂漠の隠修士」と呼ばれている教父たちが詳しい理論を書き残しているのだという。(「聖アントニウスの誘惑」なんていう画題は日本でも有名だ。)

で、彼らの理論を精神分析学者で生物学者でもある著書が徹底的に分析してそれらが魂の病にとって最高の「療法」であることを紹介、解説している。
禅林語録みたいなおもしろさもあるけれど、禅の言葉よりももっと分かりやすい。

神学的なものではなく実践的、実存的、療法的なものだ。
すごくおもしろそう。
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# by mariastella | 2019-06-17 00:05 |

レストラン「カイウス」

5月の中頃、ラジオで、パリのレストラン「カイウス」のシェフの話を聞いて、感心した。65卓の客の一人ひとりの様子を見て、それぞれが何を必要としているかを考えながら、皿を出すのだという。共感がキイワードで、従業員のモティヴェーションを高めるのがすごく大切だという。土日は完全に休む、その他もシフト制にするなどで、バカンスを取りやすくしている。料理を考えること、作ること、給仕することがすべて客と寄り添うことになるように、という趣旨だった。

で、前に書いた「シンプルで中身は洗練され尽くしているフランス料理」のコンセプトと完全に一致している。
で、先日、本当かなあ、と食べに行った。エトワール広場からも遠くない。

カイウス Caïus  6 rue d'Armaillé 75017 Paris

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入り口に、「ここでは食事を売りません、分かち合います」と書いてある。
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レストランはビストロ風でシンプルで、ごてごてしていないし奇をてらわないし、量も多くないし、値段もいわゆる高級レストランとちがって庶民的(ランチ定食が45ユーロ(6千円弱?))で、上品で胃にもたれない。けれども、世界中から集めたような味のコンポジションは絶妙だ。
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私の食べたメイン・ディッシュ。

客の顔を見ると言っていたからシェフのジャン=マルク・ノトゥレが歩き回っているのかと思ったがそうではない。挨拶したい、というと、キッチンに案内してくれた。
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キッチンでのツーショットから。

ラジオで聴いた話をさらに掘り下げてもらう。フランス北部やベルギーでの話、日本での食事体験など、共通の場所がけっこうある。イマジネーション豊かな料理を目指している。食材によってだけではなく、毎日ディティールを変えている。従業員も楽しそうに話してくれた。
でも、一人ひとりの雰囲気を見て料理を変える、とラジオで話していたのは、不可能じゃないかという感じだ。でも、この値段で、こんなエレガントな料理が食べられるなんて、稀有な場所だと思う。そして従業員が幸せな状態でそれを分かち合うというコンセプトで運営しているというのは、人間的ですばらしい。







# by mariastella | 2019-06-16 00:05 | フランス

覚書から その10 聖イーヴのグラン・パルドン

ブルターニュには年間500ものパルドン(免償祭)がある。

一週間も続く大きいのは二つ。

その一つが北海岸トレギエの聖イーヴのグラン・パルドンだ。(免償祭といっても、「パルドン」とはブルターニュで特定の聖人に捧げる巡礼のことを指す。)

日本語では「聖イヴォ」と呼ばれているようだが、「イーヴ」Yvesは、イヴ・サン=ローランやイヴ・モンタンで日本でもなじみのフランス名だ。(イヴというとアダムとイブのイヴみたいだけれど、フランス語ではアダムの連れ合いはエーヴÈve という。日本語でも、日本のキリスト教新共同訳聖書ではエバだ)

で、毎年何千人もの巡礼者がやってくる聖イーヴのグラン・パルドンの特徴は、国外からも弁護士がたくさん来ることだ。弁護士の守護聖人(法律家、ブルターニュの守護聖人、貧者、未亡人、孤児の守護者でもある)だからで、ブラジルから来た弁護士団もいた。海辺だから、漁民と船員(商船、海軍乗組員)たちもたくさん来る。

20195/19の日曜にはパリのオプティ大司教も出席した。

この祭りがブルターニュっぽいなあと思うのは、頭蓋骨の入った聖遺物容れを持って行列するフォークロアっぽさだ。

こういうの。

弁護士が担いでる。

イーヴの祖父は13世紀初め、聖ルイ王と共に十字軍に加わって騎士の称号を獲得した。その息子の第二子で長男がイーヴだ。(1253年頃)

14歳でパリに出て、工芸学の終止の後で教会法を学び、オルレアンで民法を学び、1274年に一度パリに戻って神学を学んだあとで法学博士となった。

1281年にブルターニュのレンヌで教会法の法官に任命される。この法廷で、常に公正を求め、より貧しい人の側に立つことで有名になった。

31歳で司祭に叙階されている。1303年に死ぬまで、教区の仕事と法官としての仕事を掛け持ちした。

1347年、クレメンス六世(アヴィニヨンのフランス人教皇)により列聖された。

聖イーヴで特筆すべきなのは、中世において唯一、司教でも修道院長でもない、地方の一教区の司祭で聖人となった唯一の人だということだ。

聖イーヴのグラン・パルドンの特徴は普通の行列は午後や夜半なのに、昼前に、聖遺物がカテドラルからトレギエの教会に運ばれることだ。ふたつの村の境界で、旗や十字架の交わる演出があり、その後でまたカテドラルに戻る。20世紀には聖俗兼ねた祝祭となった。1936年に「弁護士のパルドン」となり、国際的な巡礼が組織されたけれど、一時は下火になった。1960年代末に、祝日の5/19ではなく5月の第三日曜日にパルドンの日を移したことで、また巡礼者の数が増えた。

そして2019年には、第三日曜と5/19が重なったのだ。


出席したパリ大司教は、司教座であるノートルダム大聖堂が使えなくなっているので、自分もカテドラルから焼け出された「難民」だから、とユーモラスにコメントした。


一度、行ってみたい。


# by mariastella | 2019-06-15 00:05 | 宗教

覚書から その9  「文明」とは何だろう

 文明はcivilisationシヴィライゼーションの訳だろう。


「ざん切り頭を叩いてみれば文明開化の音がする」


で、どちらかというと欧米文化、特に科学技術、和魂洋才の「洋才」を意味していたのだろうけれど、今は、civilisationとは、要するにインフラストラクチャーの整った都市型の生活環境のあるゾーンという意味で使われることが多い。

けれどももともと文明は、シヴィル、つまり「市民」化した社会ということで、支配者と臣民の封建的主従関係ではなく、共同体の構成員がある種の契約関係を結んで権利と義務を分け合うという社会の形態のことで、「西洋近代」に生まれたものだった。

そのルーツは、創造主である神のもとではすべての人が平等で自由な同胞関係にあるという一神教的世界観にある。

だから、19世紀以降ヨーロッパが旧オスマン帝国の版図に「文明」を輸出して「グローバル化」した時、イスラム圏はその文明が同じ一神教であるイスラム文明と一致していると認めて受け入れたという。

イスラム「文化」は別としてイスラム「文明」というのは発展的に解消させたわけだ。

で、「文化」以外の「イスラム」はいつのまにか、「イデオロギー」となってしまった。


日本のような国でも、「文明開化」によって、「自由民権」の思想が入り、普遍的なものとして受け入れられた。問題は、それをするのに一神教モデルを天皇の神格化に応用することで「天皇の赤子(せきし)としての四民平等」というシステムを作ったことだ。

天皇は超越的創造神ではなく建国の神から続く万世一系の子孫という生身の人間なので、あらゆる政治、権力に利用される装置となってしまった。

明治18年の伊藤博文内閣の農商務大臣だった谷千城(軍人でもあった)は、いわゆる「鹿鳴館」政策を批判した。すでに中国も欧米に浸食されていたにもかかわらず、「中国文明」から「欧米文明」に乗り換えることの危険性も説いていた。

「そもそも我国進歩の度を考るに、衣食住の三は既に清国に及ばず、文明は数千年の勉強を積むにあらざれば、以て欧米と馳騁し難し。而るに世人往々欧米の書を読み、欧米の説を聞き、其声を模擬し、其論説を剽窃し、揚々自得、或は改むるに及ばざるものを改めんとするあり。或は早く已に文明に達したるの空想を懐くあり。何ぞ其誤れるの甚だしきや。文明とは学術教法政理より、農工商国民の精神衣食住の程度に至る迄を総称するものにして、器械の如きものに非ず。豈一朝一夕の模擬移取すべきものならんや。」(『意見書』 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/783474p.33)


こう述べた後で、40年前にはオスマン帝国のヘゲモニー下にあるとはいえ強かったエジプトがムハンマド・アリー政権による「欧米文明」と「文化」の急速な採用によって社会が衰退し結局はイギリスの保護領となった例を挙げている。


それにしても、「文明とは学術教法政理より、農工商国民の精神衣食住の程度に至る迄を総称するものにして、器械の如きものに非ず。」という見方は大したものだ。

一国の経済や産業の「発展」だって、国民ひとりひとりの「精神衣食住」のレベルまで視野に入れなければならない。

経済力と軍事力で競うような今の「先進」国の視野は、狭窄している。



# by mariastella | 2019-06-14 00:05 | 雑感

覚書から その8 西アフリカのアフロ・アメリカン

シカゴなどから移住してきたり、リタイア後に引っ越してきたりするアフロ・アメリカンのコミュニティがガーナの海沿い地方にできつつあるそうだ。テレビのドキュメンタリーでやっていたのを視聴した。

インタビューに答える彼ら。


アメリカでの人種差別はなくなっていない。

白人のポリスにいつ撃たれるか分からない。

DNAテストでルーツが分かった。

永住申請もしている。

ここが自分の国なんだと思える。

アフリカには資源があり経済成長の未来がある。

ビジネスができる。

アメリカから持ってくる資金でいい暮らしができるし、ビジネスも始められる。

確かにアメリカは1960年代までは異人種間の結婚も禁止されていたような国だから、21世紀になってもあまり混血が進んでいない。共同体主義の国だ。

ラテンアメリカやフランスの黒人のミックスぶりとはかなり違うなあ、という印象をあらためて受ける。

フランスの旧植民地である北アフリカ出身のムスリムはフランスで差別されているというが、今若者による民主化の波が寄せているアルジェリアなどでは、実は黒人差別が深刻なのだそうだ。


5月はラマダンの月だったから、ムスリムの多い地域のレストランは昼間はがらがらだった。食べている人をよく観察すると、いわゆる白人のフランス人がほとんどで、確かにマグレバン系は見られない。その代わりに黒人の姿が目立つ。白人やユダヤ人なら、宗教上のどんな時期でも、何も守らない人や無神論者もいくらでもいるのだけれど、この時期、マグレバン系の外見をしている人が堂々とレストランなどで食事をするのはかなり居心地が悪い。

その点「黒人」なら、ムスリムかもしれないしカトリックかもしれない。特にベルギー領だったコンゴなどフランス語圏から来ている黒人はカトリックが多い。もちろん、グアダルーペなどの海外県から来ている「黒人」もいる。


ガーナに移住したアフロ・アメリカンはプロテスタントなんだろうな、と想像する。


同調圧力が「外見」で左右されるのは結構つらいだろう。

近年そんなことが増えてきたのは、やはり「イスラム原理主義」の存在感が増してきたからだと思う。





# by mariastella | 2019-06-13 00:05 | 時事

覚書から その7 パリの女王イダルゴ

パリ市長のイダルゴ(今や存在感がすっかり薄れた社会党)は、パリの福祉住宅の割合を11%から23%に、さらに30%に増やそうと目指している。

もともとパリは住民の三分の二が借家人。

そのマジョリティは左翼。

福祉住宅に入る人はさらに左翼。


しかしパリには新建築が可能な場所が少ない。

だからすでにある建物を市が買い上げることになる。

足らない。

そのためにパリのアパルトマンの値段がますます吊り上がる。

ドラノエの頃に25万あった駐車スペースは13万に半減された。

車を減らして空気汚染を減らすためだという。

でも、タトエバ中心のリボリ通りだけいくら通行制限しても、パリの環状道路外側には今や常時トラックが連なっているのだから、全体では汚染はまったく避けられないのに。

無料駐車開始も19hから20hに遅らせたため、ウィークデイに郊外から演劇やコンサートに来る人が減った。

車が市内ではほぼ使えなくなったというジュネーヴ化するのだろうか。


私はこのイダルゴがどうも好きになれない。

すると、最近、セゴレーヌ・ロワイヤルの『私があなたについに語れること』という本で、彼女が2007年に社会党の大統領候補になった時、当時すでにドイツのメルケル首相やチリのバチェレ大統領が女性のトップになっていたのに、同じ社会党のイダルゴら3人の女性政治家がセゴレーヌを貶めるキャンペーンをしたとあった。(カトリーヌ・ドヌーヴやジャンヌ・モローや、男たちも含める8000人はセゴレーヌを擁護する署名をネット上で集めた。)


うーん、何となくわかる。


# by mariastella | 2019-06-12 00:05 | フランス

覚書から その6 「人道資本主義」

ビル・ゲイツの「人道資本主義」


ジャーナリストでエコロジー活動家のリオネル・アストリッュクLionelAstrucがビル・ゲイツ財団批判の本『偽りの寛大(気前良さ)』という本を出した。


財産の95%を人道支援に使うと言っているけれど、彼の財産がこの7年で2倍に増えていること、財団には二つの顔があって、一つは分配だけれど、これは4%くらいが使われているくらいで、もう一つは、財団の支持団体であるトラスト(企業合同)に投資して財団の財源を増やしているのだそうだ。そのトラストを形成しているのが、石油会社、軍需会社、コカ・コーラ、マクド、遺伝子組み換え食品など、エコロジーと真逆のコンセプトの大企業だ。もちろん財団づくりは税金逃れの一環でもあって、つまり、税金として国に治めて分配するでき金を軍産トラストに渡していることになる。

アストリュックは、もとはイギリスの『ガーディアン』紙の投資ジャーナリストマーク・カーティスが2016年に発表した『L’ONG Global Justice Now』というレポートを読んで調査を始めたのだそうだ。も

ちろんビル・ゲイツの「善意」を批判しているわけではないのだけれど、「人道資本主義」というシステムに警告を発しているのだ。

偽悪より、無関心より、偽善の方がよほどいいと思うけれど、途上国での病の撲滅などに真剣に取り組んでいるゲイツ夫妻が一方で、地球規模で環境を汚染し健康被害を創出する大企業と組んでいることには何か、根本的な矛盾がある。

しかも、大規模人道の名によって、他の国連機関などにこの「人道資本主義」システムが導入され浸透する可能性もある。


これは「エコロジー資本主義」も同じだなあと思う。

先日のヨーロッパ議会選挙でもそうだけれど、今や「エコロジー」を語ること自体は政党のデフォルトになっているのだけれど、「緑の資本主義」も当然あって、どのセクターがどのような権益を見込んでいるのかに大いに左右される。


難しいところだ。ほんとうに善意の人やほんとうに環境汚染を防ぎたいと思っている巷の人々のモティヴェーションが下がらなければいいのだけれど。


# by mariastella | 2019-06-11 00:05 | 時事

覚書から その5 元号考

4 月に日本に行く前に書きとめておいた覚書シリーズ、まだまだ続きます。

4/1に新元号が発表された時、日本の複数の人から新元号についてどう思うかと聞かれました。


元号についての感想をある読者から求められていたのだけれど、私は元号そのものよりもそれについて誰が何を言っているかに興味を持って観察していた。

フリージャーナリストの古川利明さんは4/2のブログ記事で

>>>でも、今は、ぬあんとも驚くべきことに、代々木のニッポン共産党はおろか、あの中核派ですら、「天皇制廃止」を言わなくなっておるんだよな。んもう、ウワシン後継のリテラなんか、最早、「皇室べったり」で、スンゴイからな。だいたいが、ワシ以外に、顔出しで「天皇制廃止」を、こうやって声高に喋っておるのは、他に誰かおるかよ? このやうに、相変わらず、ワシは、ニッポン社会から孤立しマクってて、「独りぼっち」なんだよなあ(笑)<<<

と書いていたけれど、もともと天皇制廃止派の弁護士澤藤統一朗さんの憲法日記なんかも

http://article9.jp/wordpress/?p=12362で派手に批判している。

私は昭和が普通に使われている時代に生まれたのでそんなものかと思っていたけれど、確かに平成になってから日本にいないので平成何年かよくわからないし、年齢の計算も難しいので西暦で暮らしている。

でも、「新元号」で人々が騒いでいるのを見ても、大晦日とか元旦とか極端にいうとハロウィーンの騒ぎみたいに「風物詩」なんだなあと思う程度だ。その大晦日や元旦も、明治の日本はあっさりと「新暦」にしている(しかも強引に、直前に)ので、フランスにいてアジアのコミュニティが旧暦で盛大に祝っているのを見ている身としては、まあ、今は、経済効果さえあれば何でもありなんだなあ、と思うばかりだ。

誰でも「個人史」の中では、就職とか退職とか結婚とか、子供の誕生や親の死などによって「一時代」の終わりや始まりを感じる。もっと短いスパンでは、誕生日が来るごとに、または年齢の十の位が上がるごとに感慨を覚える人もいる。

共同体のお祭りに変えてしまうには創立記念日とか創業記念日とかを祝うというのがあるだろうし、カレンダーをめくるごとに気分を一新する人も、桜が咲いたとか紅葉が見頃などと話題を共有するのもよくあることだ。人はなんでもすぐにルーティーン化してしまうけれど、それでも生き方を活性化せずにはいられないものなんだなあ、と思う。

新元号そのものについて、と聞かれれば、明治、大正、昭和、平成、令和と並べると、「二重母音」多過ぎ、というのが私の最初の感想だった。

母音が続く場合、アイ、アウ、アオ、オイ、ウエなどは必ず母音接続として音節として数えられるけれど、

エイやオウは音便といえるくらいに長母音になってしまう。つまり、エイはエーに、オウはオーとなる。

フランス語の単語には「pianoピアノ」のような外来語は別として、ほとんど母音接続がない。あるものはほとんど音便を起こしていて、アとイはエ、アとウはオ、オとウはウ、エとイはエに変わる。

それは小学校できっちり習うので、フランス人用の日本語の教科書にも、その規則が載っている

日本語で、同じ母音が続くときはすべて長母音、イとイはイー、アとアはアー、オとオはオー、などとなる。

「夫婦」はフーフだし、「いいね」はイーネだし、「大きい」はオーキイだ。

同様に、エとイはエー、オとウはオ―だと書いてある。手入れはテーレで、毛布はモーフだ。

はじめてそれを見た時なるほどと思った記憶がある。日本人には「振り仮名」というものを連想しそこには長音の記号を使わないから、夫婦はフウフ、毛布はモウフ、上映はジョーエーではなくてジョウエイだと表記し、そうかと思っている。でも実際は長母音で発音している。

だから、日本語を教科書で習ったフランス人は、「モウフ」を「モーフ」と読むように気をつける。

でも、フランス人が心配しなくても、それを日本の誰かが振り仮名通りに発音しても、別に「間違っている」とは言われない。

このことについて前にも書いたことがある。

2007年の大統領選の時の記事なので、ここに該当箇所をコピペ。


>>>
あともう一つ、このことを気にしているのは私一人なのかどうか分からないが、そして政治とは関係ないのだが、私が今のとこゴーリスト路線で消極的に支持してるUDFのフランソワ・バイルーBayrouの発音だ。バイルーという人と、ベイルーという人と2種類いる。ラジオやTVのアナウンサーですら二つに分かれ、私はどちらか知りたくて悶々としているのだが、誰も気にしてないのである。女優のナタリー・Bayeはバイで、ベイとは聞かない。バロックバレーのクリスティーヌ・Bayleはアングロサクソンぽく「ベイル」でOK。では、Bayrouはバイルーかベイルーかどっちかと思って周りのフランス人に聞いても、BAYだから、どっちでもありうるねとか平気で答えるのだ。私が、でも固有名詞なんだからそのどっちかに決まってる、どっちなんだ!と叫んでも、誰も気にしないで、好きなほうを使っているのだ。バイルーのほうがやや優勢だが、今でもベイルーとはっきりいうアナウンサーも一般人もいる。普通、日本人がフランス語を習う時、Y=i+i と習う。だからcrayon=crai+ion でクレイオンとなる。その伝で行くとBayrou はべイルーなのだ。フランス語は一般的に重母音を嫌って、A+I=エ、  O+U= ウ、 E+I=エ、 A+U=オと音便を起こす。だから、アイとかエイは、両方ともあまりフランス語的でないのだ。

だから、多分、フランス人は、アイとエイの違いに敏感ではないのかもしれない。日本語でも重母音の音便がある。日本人は小学校以来あまり気にしないが、フランス人のための日本語学習にはちゃんと、E+I=長いE O+U=長いO と書いてある。しかし私たちはほんとにそれを守っているだろうか? 確かに「恵子さん」は「けいこ」と書いて「けーこ」と発音される。しかし松田聖子を「せーこ」じゃなくせいこちゃんと発音することはあるように思う。「大英帝国」は「だいえーてーこく」となるはずだが「だい」のA+I という2重母音につられて「だいえいていこく」と言ってしまうかもしれないし、「定刻に来てください」という時なんか「てーこく」というと間延びして定刻っていう感じがしないんで「ていこく」と言いそうな気もする。だとしたら、今私がバイルーかベイルーかで悩んでるのは、日本にいる外人が、「佐藤栄作」の発音は、「さとーえーさく」のはずなのに、アナウンサーによっては「さとーえいさく」と読んでいて、日本人は誰も悩んでないというのに似たものなんだろうか。田中角栄が「かくえー」と聞こえたり、「かくえい」と聞こえたりして悩む外人がいるのかもしれない。司馬遼太郎なんかも、「りょーたろー」のはずだが「りょうたろう」と言っても「りょうたろー」と言っても、自然に言えば、日本人同士ならひょっとしてなまっていると思われても間違っているとは指摘されない気がする。すごくつまらない話だが、この一点だけでも、もしバイルーが大統領になったら、ちょっとうっとうしいなあと思ってしまうこの頃だ。
(2007.4.3)<<<

で、明治はメージ、大正はタイショー、昭和はショーワ、平成はヘーセーと日本語のお勉強をしたフランス人なら発音しそうだけれど、日本人なら明治元年だと「メイジガンネン」の方がきりっとしているから「メイジ」というかもしれないし、ケースバイケースかもしれない。で今度もまた令和で、まだ新鮮なうちは、きりっと、レイワ、レイワ、と連呼しているけれどそのうち弛緩してレーワになるかもしれない。昔、学校で「起立、礼、着席」という号令があったけれど、ああいう時はちゃんと「レイ!」といわないと規律正しい感じがしなかったかも。

まあ、普通のフランス人はHを発音しないし聞き取れないから、「平成」なんてエーセーかエセ(長母音も意識されないので)だったのだから、レイワの運命はいかに?

Reiwaと表記さればレワだし、日本語を習ったフランス人はレーワだと読むだろうし、Reïwaと表記されればレイワで、日本人がレーワと言うのを聞いて悩む人も出てくるだろう。RLと発音しろというのは時々親切に書いてあるけれど・・・。

考えすぎ?

(これを書いてから、だいぶ前に読んだ山口謡司さんの『ん--日本語最後の謎に挑む』(新潮選書)のことを思い出した。そこに、日本語は、「連声」があって実際の発音が変わっても、オリジナルの単語の発音をそのまま残して表記するとあったのだ。たとえば日本橋は実際はニホムバシと發音していても、オリジナルのニホンを残してニホンバシと表記する。これが音便表記にも関係しているのかもしれない。そういえば、「ん」や「濁音」は下品だという感覚が日本語にはずっとあったとも書いてあったっけ。私が今日本ではやりの「ジージ、バーバ」という祖父母の呼び方に耐えられないのもなんとなくわかる。「おじいさま」なら濁音ひとつ。「おじいさん」なら「ま」が「ん」に降格、「ジジイ」は濁音が二つになって下品でリスペクトに欠ける、それが一体いつのまに「ジージ」ならOKになったのだろう…)



# by mariastella | 2019-06-10 00:00 | 雑感

ノルマンディのトランプ大統領

6/6は、ノルマンディ上陸作戦の75周年の記念日だった。
ヴェテランを招待するのは多分これが最後とかで、まさか生きてまたここへ来れると思わなかったと涙する人もいた。当時は17歳が最年少で、つまり今はみな92歳以上だ。500人というのは壮観だ。20歳前後で死んだ無名戦士の墓地の広大さとコントラストをなしている。

で、70周年の時にはウクライナ情勢を見ながらオランド大統領に招かれたプーチン大統領が今回は招かれなかった(外交官は出ていた)というように、完全に政治の道具と化したセレモニーなのだけれど、3日前からイギリスを訪問していたトランプ大統領夫妻を見ていると、その少し前に日本を訪問した時のメディアの騒ぎを見ていたのでいろいろ複雑だった。

日本では、最大級の「おもてなし」とかで、米軍基地に降り立ったトランプをゴルフに、大相撲に、新天皇による接待に、などとはしゃいでいた。新天皇夫妻が通訳なしで会話できるとか、日米の絆とかも強調されていた。

そのことを将軍が「外様大名」の所を訪れたようなものだと評していた人がいたけれど、その後でエリザベス女王と並んだ姿を見ていて、なるほどこちらは「譜代大名だなあ」と思った。いや、トランプはイギリス(正確には母がスコットランド出身)にルーツもあるし別荘もあるし、今のアメリカ自体がもともとイギリスの植民地がルーツなのだから、もちろん通訳も必要ない。

で、ノルマンディ上陸作戦記念日ではアメリカとイギリスとフランスが「連合国」として、ヨーロッパをナチス・ドイツから救った、平和のためには命をかけた、と称賛し合っていたわけだけれど、なんだかなあ、と思う。
カナダは首相の他に大司教が出席していたのは興味深いが、こういう称賛の仕方では、東から同じくナチス・ドイツを切り崩して多くの犠牲を出したソ連を無視するのはいいのかと思うし、日本人としては、この1年後に広島と長崎に原爆を落としたくせに何が「平和のために命をかける」なんだろう、とも思ってしまう。

北方領土問題もアメリカがもともと戦利品としてソ連に与えた、という記事を最近読んだけれどさもあり何という話だ。
北方はソ連に、沖縄はアメリカに、という占領のされ方が実質続いているということなのだろう。

そしてジャンヌ・ダルクではないけれど、イギリスとフランスは天敵のような間柄だったくせに、とか、アメリカの独立戦争のためにはフランスがアメリカに行ってイギリスと戦ったんだよなあ、と思うし(トランプは、フランスには今でも感謝しているし、もしまたフランスが危機に陥ったらアメリカはまたすぐに助けに来る用意がある、みたいなリップサービスをしていた)、今EUを揺るがせるナショナリズムだのトランプのアメリカ一国主義だのという現実の情勢が頭をよぎる。

この複雑な関係の政治ショーを見ていると、イギリスで起きた派手なトランプ批判のデモの様子も合わせて、その少し前にあった「極東」の外様大名による政治ショーなど、単純なものだなあと思ってしまう。
イギリスの王室の王子と結婚したアフロアメリカンの血を引くアメリカ人のメーガン妃がトランプと同席を拒否するなど、そういう骨太の駆け引きがあり得ること自体が、なにか別世界の出来事みたいだ。

フランスはと言えば、こういう時はいつも通りマクロンはしっかり強気でトランプの批判めいたスピーチを忘れないし、コメンテーターも、「トランプは歴代の大統領などのエリートたちがヨーロッパの歴史や文化を学んでいたのと違ってアメリカしか知らないで教養がないから」などと言っていた。
イギリスのメイ首相はこの日が在任の最後で、ある意味「形」だけの存在だから、マクロンVSトランプの対決はマクロンの教養の見せどころでもある。(ドイツのメルケル首相はイギリス側のポーツマスのセレモニーにだけ参加した)

マクロンが、アメリカ一国主義に向かうトランプに、過去にアメリカが自由と民主主義を救うために大きな犠牲を払ってノルマンディにやってきたことを称賛したので、トランプも、「今でもフランスが危機の時にはもちろん来ますよ」と言わざるを得なかったた。
でも、75年前に前線に送られたのが17、18歳の兵士たちだったように、今の世界中の戦場でも、実際に命をかけているのは政治家たちではなく、若者たちだ。
イギリス軍のヴェテランが、出撃前に、「生きて帰れる率は50%だと士官から言われた」と証言していた。

まあ、フランスの場合、「自由フランス」軍がわずかでもノルマンディ上陸作戦に加わっていたからこそ、「連合国が世界平和を牛耳る」という「戦後」体制に相乗りできたわけだから、フランスはやはりド・ゴール将軍に多くを負っている。
もっとも、ド・ゴールは、6/6を記念の日としていなかった。フランス軍の割合が少なすぎて、英米の祭りだからだ。しかも、実際にナチスに打撃を与えたのはその後のプロヴァンス上陸の方だった。(こちらは自由フランスのラットル・ド・タシニィ将軍も指揮して、フランスの存在感が大きく、チャーチルは乗り気ではなかった)
けれども、アメリカのプロパガンダとしてはやはり「ノルマンディ上陸作戦で命を落としたアメリカ兵たちがヨーロッパに平和をもたらした、としたいわけで、このような政治ショーが定着したわけだろう。

とにもかくにも、その後の75年、フランス国内では戦争は起こっていない。

最近亡くなったミッシェル・セールはいつも、現在は過去よりも確実によくなっている、けれども未来が現在よりもよくなるとは限らない、と言っていた。

未来のために過去に学ぶことは、まだまだある。




# by mariastella | 2019-06-09 00:05 | フランス

『ジャンヌ・ダルク』


講談社現代新書だった『ジャンヌ・ダルク』が学術文庫で再登場しました。

フランスで最も書かれている歴史上の人物は、このジャンヌ・ダルクとナポレオンとルイ14世で、この3人については私も絶対に書きたいと昔から思っていました。

ジャンヌ・ダルクはその「聖女」としての切り口でこの本を書き、その後、白水社の『ふらんす』に連載した『ジャンヌ・ダルク異聞』を加筆したものを2013年に『戦士ジャンヌ・ダルクの炎上と復活』で出しています。2010年代には、もうジャンヌ・ダルクに関する膨大なフランス語文献にほとんどすべてネット上でアクセスできるのに感動しました。

ナポレオンも同じく連載したものをもとに『ナポレオンと神』(青土社)を2016年にだしました。

ルイ14世だけは、『バロックの聖女』(工作舎)1996の中の「ヴェルサイユの聖女」の章で書きましたが、一冊の本にはしていません。
ルイ14世は政治的なディメンションが大きいので切り口がたくさんありすぎるのですが、なんといっても、バレエの王立アカデミーを創設したバロック・ダンサーでギタリストであったという部分が、私のやっていることとぴったり重なるので、いつか書きたいとは思っています。

で、ジャンヌ・ダルクは「聖女」と「戦士」で2冊も書いたうえに、今回「聖女」が復活し、しかも、それは何かに呼ばれたような気がするタイミングでした。

そのことをじっくり加筆しています。

しかも、カバーには山岸涼子さんの鮮烈なジャンヌ・ダルクが。

ぜひ手に取っていただければと思います。



# by mariastella | 2019-06-08 00:05 |

全仏オープンの救急チーム

今、フランスでは全仏オープンテニス、ローランギャロスの最中。
私の知人にも常連の観客がいるけれど、私はあまり関心がなかった。
でも今年は、大坂なおみ選手がランキング一位で、錦織選手もフランス選手と対決するなど、日本のニュースを見ていても毎日のように出てくるのでなんとなく気にかけていた。

するとフランス語でこういう記事を見つけた。
テニスは格闘技などとは違ってそんなに事故のリスクがあるスポーツではないから、もし選手が負傷したら最寄りの病院に運ばれるのかと思っていたら、ローランギャロスの会場には救急部署があるのだそうだ。で、そこに常駐しているのは、

外科医 9 人
緊急治療医 8人
超音波検査技師 9人
IRMの放射線技師  2人
整体師 31人
看護師 20人

だという。

で、そこから800m離れた公立のアンブロワーズ・パレ病院の救急病棟には、

緊急治療医 2人
研修医 2人
放射線技師 1人
看護師 7人

しかいないのだそうだ。

昨年末の虫垂炎シリーズで書いたように、フランスでは救急治療で病院に入ると原則すべてキャッシュレスだ。身分も問われないから、いつも人が多くて、治療側の人手不足と劣悪な労働条件がしばしば問題になっている。まあ病院には「看護助手」が結構いる気がするけれど、彼らには治療行為はできない。

ローランギャロスの治療の料金体系がどうなっているのか知らないけれど、2020年東京オリンピックの医療スタッフが、責任者以外の医師、看護婦にはほとんど報酬が支払われない医療ボランティアになる見込みだという話を思い出してしまった。

スポーツの国際大会の医療スタッフって、主催国による「おもてなし」の枠内なんだろうか。テニスの国際大会も各選手にスポンサーがたくさんついてさぞや莫大な金が動くのだろうし、いわゆる「経済効果」もすごいんだろうけれど、ローランギャロスと近くの病院との差には、考えさせられる。
「生産力」の高い人、経済に貢献できる人たちの故障に備える態勢と、その他大勢のひょっとして命にかかわる急病を手当てする態勢の格差に嘆息してしまう。



# by mariastella | 2019-06-07 00:05 | フランス

Officiel des spectacles

先日すでに紹介しましたが、私たちトリオの6/15のコンサートのお知らせの、パリのOfficiel des spectacles上のサイトのリンクを切っておきます。
このAccèsというところをクリックすれば教会の地図が出てきます。音響はとてもいいところです。


後期フランス・バロックの創造性と自由をフルに発揮して紡がれた物語満載です。先日書いたフランス料理との関係の説をメンバーに話すとみんな喜びました。これは実は、「人間観の変遷」「父権制と父殺し」「フレンチ・フェミニズムとエコロジー」などのテーマとすべてつながっています。
(10月発売予定の『ローマ法王』(角川ソフィア文庫)の加筆部分や
11/10予定の真生会館での講座「エコロジーと女性」でその一端を紹介します)

来春の沖縄公演のための資金作りのカンパをお願いしています。
沖縄では4/12の午後、その前に東京の真生会館の地下ホールで4/5の午後2時にやります。(前回は台風のせいで来れない方もいらっしゃったので)
東京から沖縄に行く途中で徳島で一つやれないかなあと計画中です。
徳島は、2009年秋に大塚美術館のシスティナ礼拝堂でのトリオのコンサートを企画していた場所でした。TBSの担当の方といっしょに2008年の10月末に大塚迎賓館の潮騒荘に泊まって、いろいろ驚かされたのを思い出します。ところがそれから数日後に、いっしょに旅行していた母が倒れて、2週間半後に亡くなるというアクシデントにみまわれました。(今当時のブログを見ると、そんな経緯は微塵も感じられない。今なら潮騒荘の写真だってアップしているだろう。)
で、一周忌まで実にいろいろあり、コンサートの企画は自然消滅してしまいました。(当時の知り合いとも連絡が途絶えて、トリオは2010年の岡山、京都、東京のコンサートで日本に戻ることができました。)
だから、もし徳島でなにかできたら嬉しいです。でもウィークエンドではないから集客も難しいそうでどうなるかは分かりません。
徳島または近辺にお知り合いがある方がいらっしゃれば私のサイトの掲示板にご一報ください。





# by mariastella | 2019-06-06 00:00 | お知らせ

覚書から その4 私のヒーロー

ルノー・ピアルーRenaud Piarrouxの話をラジオで聞いて、「すごい、ヒーローだ」、と思った。(すぐにネットで検索して、腹の出たおじさんの姿を見てちょっとがっかりした自分にもがっかりしたが)


彼は小児科医でもあり熱帯疫学の専門家だ。

すでに数々の業績があるので、2010年にハイチのフランス大使館から呼ばれた。

その年1月の大地震の後、9月になって、ハイチでは前代未聞のコレラが蔓延したからだ。

何千人もの死者が出た。

それを食い止める方法を求められて呼ばれたのだ。

けれど、彼は、そのハイチ史上はじめてのコレラの元を突き止めることに関心を持った。

「原因調査よりも命を救うことが緊急」と言われるが、医療や看護をするチームと調査する人は別に行動できる。

で、コレラ菌をもたらしたものが地震後に現地に派遣された国連軍(米軍中心)のトイレの不衛生な処置であることが判明した。

監視カメラに映った証拠写真まであったので、国連の事務局長は一応謝罪したけれど、犠牲者を出した真の理由は天候のせいだといいくるめた。

ルノー・ピアルーの調査は、国連からも、その保健機構であるWHOからも妨害、拒否された。


けれども、ピアルーはあきらめず、ネパールでの国連軍から検出されたコレラ菌との比較などを通して、レポートを発表し、2016年になってようやく陽の目を見ることになった。


すでに最貧国レベルの上に地震の被害を受けたハイチ、そんなところでコレラが蔓延しても不思議がない、といわんばかりの傲慢な権威機関に対して一歩も譲らず、「不都合な真実」を忍耐強く明らかにしていった。


彼がいなければ、今も、国連軍が派遣される「途上国」で被害が続いていたかもしれない。

また、これまでに、彼のようなヒーローがいない時に、強者による被害を受けてきた無数の場所があったかもしれないことを思うと、戦慄する。


# by mariastella | 2019-06-05 00:05 | フランス

覚書から その3 チョコレート

1945415日にイギリス軍がドイツのベルゲン・ベルゼン強制収容所を解放した。


『アンネの日記』のアンネが殺されたので有名なところだけれど、ここの生存者2人のエピソードは何度聞いても涙が出る。今年は4月の13日にテレビで2人がインタビューに答えているのを聞いてまた泣いてしまった。


イボンヌは194410/20に収容所で生まれた。 妊娠していた母親は、収容所にやってきた時に35キロくらいの体重しかなかった。母親は助産婦だったので妊娠を隠して自分で出産し、新生児が殺されないようにと服の中に隠した。赤ん坊のイボンヌはそれからの半年、一度も泣かなかった。解放されたその日、服の中から出されて、はじめて泣き声を上げた。


フランシーヌ・クリストフは11歳だった。音楽家、医師、数学者、将軍などを輩出したパリのブルジョワ家庭出身で、ユダヤ人としてのアイデンティティはなかったのに、8歳の時に母親と共に逮捕された。それからいろいろな場所をたらいまわしにされた末、1943年にベルゲン・ベルゼンに移されていた。母親と一緒にいたが栄養失調で飢えていた。フランシーヌの母親は、いざとなったら砂糖があれば生き延びられる、私には砂糖はないけれどチョコレートがふたかけらある、これをいざという時のためにあなたのためにとってあるからね、と言っていた。


ところが、収容所でやせ細った妊婦(イボンヌの母)が赤ん坊を産んだのを見たフランシーヌの母親は、その母子が生き延びるために、このチョコレートを提供しようとした。そしてフランシーヌに尋ねた。

「このチョコレートはあなたのためにとってあるものだから、あなたの合意なしには他の人に上げることはできないけれどどうする ?

フランシーヌは同意した。

二組の母子は半年後に解放された。


フランシーヌは詩人、作家となって自分の戦争体験を本にしたり講演したりしていた。

その体験談の中に、194410月に赤ん坊が生まれたという記述があったのを、成長したイボンヌが偶然目にした。その赤ん坊は自分以外にはない。

で、ある時、フランシーヌの講演会場に行き、ステージに上がって、ふたかけらのチョコレートをフランシーヌに差し出した。メッセージは伝わった。


最悪の状況で生まれ暮らした二人の少女と赤ん坊が、生きて解放されたこと自体が奇跡的だけれど、85歳と74歳の今も元気でいるのはすばらしい。

収容所の中には別のフランシーヌや別のイボンヌもいたかもしれない。そして善意と慈しみにかかわらず、そのまま衰弱死したりガス室に送られたりしたかもしれない。


それでも、二人の証言は、希望を与えてくれるし、人はいかに生きるべきかを教えてくれる。


# by mariastella | 2019-06-04 00:05 | フランス

覚書きから その2 『ラムセスⅡ』

これは書くつもりのなかった演劇評だ。

評論になっていないし、気に入ったとかお勧めとかいうものですらない。

(誰の役にも立たないと思う。だから封印していたけれど一応残しておく)

テレビの放映で視聴した。


『ラムセスⅡ』というものだけれど、フランスの芝居でこれほど私を揺さぶったものはない。

「感動する」という意味の揺さぶりではない。

恐怖と不快感がその後も消化できないからだ。

セバスティアン・チィェリーによるこの芝居は、コメディのカテゴリーであり、不条理なシチュエーションのサスペンスフルな「家族劇」でありながら確かに観客はその不条理な会話(例えば「あなたはひょっとして…記憶力に問題あるの ?」「ないと思います、いや、記憶の限りでは…」とか。)や、繰り広げられるブラック・ユーモアの一つ一つに笑っている。

この芝居はフランスの演劇賞であるモリエール賞にも2018年にノミネートされていて、主要な3人の役者も、特に二人の男(舅と娘婿)を演じる2人は名演、名人芸、熱演の極みである。

三幕から成り、三幕とも悪夢のように同じシチュエーションで始まる。でも、一幕目の初めから、私はまったく笑えなかった。不快で、不安で、「悪意」のようなものをキャッチしたからだ。終盤になってあまりもの不条理さに笑えてきたけれど、「オチ」が分かる最後まで見てもカタルシスは得られなかった。

ネットで批評を検索すると、メディアはすべて高評価(だからこそ賞をとった)だし、絶対お勧め、という観客もたくさんいたけれど、私とまったく同じように、「嫌悪感しか感じなかった」、という意見も決して少なくなかった。

それらを読んで、「私一人ではなかった」という意味ではほっとしたものの、「プロの批評家が絶賛しているものに一部の人が眉を顰める」というケースは普通、その一部の人は固定観念や先入観にとらわれているとか、超保守的とか、上品ぶった偽善者ということが多い。もともと間口の広い私のような人間は、普通は「そっち側」の人間ではない。それなのに、この芝居の巧妙な構成、息をつかせぬサスペンス、役者たちの名演、舞台装置から照明に至るまでの値打ちをすべてキャッチしながら、最初の数分からすでに拒絶反応が起きた。それでも、観るのをやめようとは思わなかったのだから、作品の強度、牽引力はすごいものだと分かる。

舅役のフランソワ・ベルレアンは映画でも名脇役で有名だし、エリック・エルモスニーノはセルジュ・ゲンズブール役(『ゲンスブールと女たち』)でセザール主演男優賞をとっているから日本でも知られているだろうが、もともとアクが強く、今回の役を見た後では、絶対に同室にいたくない人物ナンバーワンという感じだ。

嫌悪感を強く表明する人の言い分には、批評家たちは絶対に触れないけれど第3幕目にエルモスニーノが突然露出狂のようなしぐさをすることがあらかじめ知らされていない、手を前で動かすだけでよかったのではないか、意味が分からないで不快というのがあった。私はもうそのあたりのシーンでは全体が気持ち悪かった。

実は、役者でもあるセバスティアン・ティエリーは、2015年のモリエール賞の授賞式でも、当時の文化相だったフラール・ペルラン女史の前に全裸で現れて戯曲作家の権利擁護を訴えたという人だ。他の作品にも、『全裸の2人の男』というのがあって、フランソワ・ベルレアン演じる弁護士がある朝、全裸で若い同僚(セバスティアン・ティエリー自身が演じる)と自分のアパルトマンにいた。理由は分からない。でも、つじつまを合わせるために妻に嘘を説き続ける、というやはり不条理劇で、「裸」のハードルがもともと低い人なんだろう。もちろん「舞台」上とはいえ、公然猥褻みたいなこんなパフォーマンスなんて、アングロサクソン国では考えられるのだろうか。「真理はどこにあるのか」「事実はどこにあるのか」「ロジックはどこにあるのか」などがテーマになっている不条理劇だということはもちろん分かる。

アート作品には時として、一見「汚い」とか「残酷」とか「乱雑」とか「露悪的」とか、挑発的なテクニックで本質に迫るというか、そのようなテクニックによってしか見えてこない「真実」みたいなものを提供するものがあるのも分かる。

でも、パリ郊外に住むブルジョワ夫妻(もと眼鏡店経営者だったけれど自動車事故で車椅子暮らしという設定。この車椅子自体がサスペンスの小道具になっていて、そのことが不愉快だというコメントもあった。)のところに、毎日曜のランチ(こういうのはフランスに普通によくあることだ)に通ってくる娘夫婦、という設定もフランスにいると妙にリアルで、ある日エジプト旅行帰りで久しぶりにやってくるはずの2人のうち、婿しかうちに入ってこず、娘の方がどこにいるかまったく分からないというシチュエーションが怖い。

 公開当時の宣伝を検索すると、「開かれたエスプリ」の持ち主向け、と解説されている。私が驚いたのは、自分が「開かれたエスプリ」側ではなかったのか、ということだ。

まあ主演のフランソワ・ベルレアン自身も、こんなシナリオを書くなんてティエリーは病気だ、精神分析してもらった方がいい、などとジョークっぽく語っている。

で、最後の「オチ」が分かった後で反芻しても、実は誰が狂気の中にいたのか、いつどこで狂気が発現し交錯したのか、分からない。観客は完全に罠にはまっている。

この芝居を日本人の誰かに見てもらって意見をきいてみたい。


# by mariastella | 2019-06-03 00:05 | 演劇

覚書から その1 ベルナデッタにキーラ・ナイトレイ

3月中旬ごろから、慌ただしくしていたので予約投稿は準備していたものの、日ごとの覚書はブログにアップする暇がなくてword文書にたまり続けていた。

それを吐き出しておかないと、後からチェックしにくいので、これから6月半ばまで、自分が読み直すためにそれらの断片的な覚書を順番に載せていく。

まず、「女性」が出てくる二つの覚書。

1. 『ベルナデッタ』(2020年公開)


オランダ出身で80歳になるポール・バーホーベン(『氷の微笑』『ロボコップ』などの監督)が『ベルナデッタ』を撮った。ベルナデッタといっても、ルルドで聖母マリアを見た聖女ベルナデットではない。イタリアのトスカナ地方で17世紀に実在したベルナデッタ・カルリーニという「神秘家でレズビアン」という修道女の話。カナダの劇作家が『ベルナデッタ・カルリーニ:ルネサンスイタリアのレズビアン修道女』という戯曲を書いている。映画の原作は1987年に出たジュディット・ブラウンという人の『シスター・ベルナデッタ、聖女とレズビアンの間』という小説だそうだ。

ベルナデッタは聖性の誉れが高かったけれど、あまりに多くの修道女を誘惑したので裁かれ、40年間閉じ込められたのだそうだ。ヨーロッパで記録に残る最初のレスビアンだ。

ベルナデッタを演じるのはバーホーベンの『エルELLE』でも敬虔なカトリックの役を演じた。ヴィルジニー・エフィラだ。シャーロット・ランプリングやランベール・ウィルソンといったちょっと倒錯的、背徳的な名優も起用している。バーホーベンの事故で編集が半年遅れて2020年初め公開となりそうだ。

バーホーベンは、幼い頃から「聖なるもの」に惹かれていたそうで、『イエス・キリスト』をテーマの映画も計画しているという。

2. キーラ・ナイトレイ


キーラ・ナイトレイという美人女優は、祖国のイギリスでは嫌悪されているのだそうだ。道を歩いていても罵倒の言葉を投げかけられ、彼女の悪口で女性たちは盛り上がるのだそうだ。フランスでは大人気だし、ハリウッドでも成功している。どうして?




# by mariastella | 2019-06-02 00:05 | 映画

コピペの快感

五月下旬のこと。


はじめに新書で出したときから20年も経ち、文庫化されてからも10年以上経つ『ローマ法王』が別のところで新しく文庫化されることが決まったので、ベネディクト16世とフランシスコ教皇についての章を加えることになった。彼らについては、すでに、大体このブログやその前のサイトのカトリック・ウォッティングに書いてある。

フランシスコ教皇の人気と存在感はすごいし、今年の日本訪問も決まっているようだ。

で、私としては、もういろいろ書いてきたし、また独自な視点で新章を書きおろそうかと思ったのだけれど、やはり、これまでの経緯に触れないわけには行けない。

で、パラパラと参照したのが、私のブログをまとめていただいた『渡り鳥の見たキリスト教』だ。



やはり「目次付きの紙の本」って便利だ。そこから「あっ、使えそう」と思う部分の言葉を自分のブログの検索機能にかけて元の文を見つける。それをとりあえずコピペして並べるという作業。

で、かなりばらばらで前後関係がつながらないそれらの文を組み立て、並び替え、編集し、ブログ風の言い回しを訂正し、新しい文章に代えていく。

私はもともと一度書いたものや一度話したことを使いまわすのが嫌いなので、はじめは、こんな作業はつまらないなあ、と思ってしぶしぶやっていた。


ところが、やっているうちに楽しくなった。一から考えたり調べ物をしたりせずにいわば小手先でまとめていく。料理人の腕の見せ所という感じ。

素人の書いた稚拙な文章を巧妙にまとめ上げるリライトの専門家とかゴーストライターとか、ひいては他人の書いたもののコピペとかパクリを切り貼りしながら自分に都合のいい新しい文脈を構成する人になった気がする。

私の場合はコピペしているのは自分の本やブログだから「元ネタ」がばれても問題はないのだけれど、社会的、地政学的の新しいコンテキストに組み入れていきたい。

不思議な快感と共に、これまで「著作や論文のコピペ捏造」で摘発されたと聞いたことのある人々の気持ちが何だか分かるような気がした。

結局、今切実に考えている新しいメッセージはほんとうに最後の部分でしか書けなかった。

でも、その部分を書きながら、20年以上にわたるローマ法王に関わるそれまでの私の全ての言説は、その最後の部分に到達したんだなあと感慨深く思った。


文字数がかなり超過したので、その部分が削られませんように。


# by mariastella | 2019-06-01 00:05 | 雑感

バベル

先日、2006年の映画『バベル』(カンヌ映画祭で監督賞を受けた)をArteで観た。
もともと毀誉褒貶が真っ二つに分かれていた作品だったので今まで興味を持たなかったのだけれど、日本人の女子高校生が出ているということで、それがどうこのモロッコでアメリカの観光客に起きたライフル事故と関係があるのかとあらためて好奇心に駆られた。

モロッコの砂漠はちょうどこの作品の撮影された同時代の2006年に私も観光バスに乗って訪れたことがある。フランスの旧植民地や保護領であったマグレバン三国の一つだから、いろんな意味でなじみもある。

このモロッコでのストーリー、その中には遊牧民の家族、兄弟の確執や父親の気持ちなどのパート(この部分はすべて現地の人の出演で、村々のモスクのスピーカーでオーディションを知らせたのだそうだ。まるでドキュメンタリーのようにリアルだ)と、アメリカ人観光客たち、彼らと対立してしまう犠牲者の夫妻のパートに分かれるる。土埃、羊の群れ、獣医による縫合手術、など迫力あるシーンの連続。
夫妻が、若さにあふれるブラッド・ピットとケイト・ブランシェットが演じているけれど、苦しむ、叫ぶ、怒る、泣くというシーンばかりでもったいないのか贅沢なのか分からない。
モロッコの砂漠地帯の時の流れは緩やかなので、今も同じ光景があると思う。

時間をずらしてパラレルに語られるのがカリフォルニアとメキシコだ。
監督のイニャリトゥはメキシコ人で、移民としてアメリカで活動し、両国の国境の緊張を描かずにはいられなかったというだけあって、二つの国のコントラストは強烈だ。アメリカの国境警察が与える恐ろしさも伝わる。この映画の10年後にもトランプ大統領がメキシコ国境を越えてくる者こそ諸悪の根源みたいなことを叫び続けるのだから、何も変わっていない。
メキシコはメキシコ・バロックとグアダルーペの聖母の国だから一度は行きたいけれど、この映画でリアルに伝わる町や村の感じを見ると、とても私には無理、と思う。
今までメキシコの人と親しく話したのは音楽学者だけで、ちょうどこの映画と同時代の話だ。このサイトのバロック音楽室1の『サラバンドの起源』に詳しく書いてある。
で、私の少ない砂漠体験(サウジアラビアとモロッコ)を振り返っても、安全なグループとの日帰りなら広大な景色を楽しめるけれど、とても私がサバイバルできる環境ではない。メキシコの喧騒も、私には無理。結婚式の賑わい方も、走る雌鶏を捕まえて逆さにして首をひねって引きちぎるシーンも無理。
国境線にこんな不毛な砂漠、荒野が広がっている光景も無理。

で、メキシコにもモロッコにも住めない、やっぱり日本はいいよね、さすがに日本、しかも新宿などの繁華街が出てくるシーンは「ホームグラウンドだよな」と思いたいところだったけれど…。このミニスカートにルーズソックスの女子高生たちやその周りにたむろする青年たちのナンパ、逆ナンパの光景は、まるでひと昔前のアニメの中の世界に紛れ込んだかのようで別のショックを受けた。
私は定期的に日本に帰っているから、こういう姿の女子高生たちをリアルに見たことはある。今はずっとソフトになっているようだけれど、基本的に膝上スカートというのでは、性同一性障害の女性なら耐えられないだろうし実際ズボンを選べる学校もあるようだ。(先日、日本の自衛官募集のアニメキャラのポスター騒ぎでポスターの例を見た時の驚きは忘れられない。自衛官の制服っぽく表現されているのはすべて女子中校生の制服 見間違うほどで、この『バベル』の映画の日本の場面と変わらない。このポスターがセクハラなどと批判されたことより、そんなものが存在できたということ自体で目が点になる。)
地震危険地帯にある東京の「バベルの塔」ともいえる高層マンションの最上階30階に住むこの女子高生が聴覚障害者だという設定がひねりをきかせていて、ディスコの喧騒、音楽が彼女にはまったく聞えていないことのシュールな感じが、孤独と、「見た目」と「関係性」について考えさせてくれる。
でも、フランスでのこの映画の評価では「日本のパート」が弱い、というのがあった。それも分かる。

これだけばらばらの国のばらばらの物語をうまく構成しているテクニックはすごいと思うけれど、評価がどうというより、複雑な気持ちになった。

メキシコよりも、モロッコの砂漠よりも、21世紀初めの日本の東京の若者の世界の方が、はるかに遠く感じられるからだ。直接の暴力もなく貧しさもない環境で未成年の少女をここまで深刻に傷つけることのできる社会って…。

まあ、全体を通して言えるのは、コミュニケーションが成り立たない、ということより、家族の死のトラウマかもしれない。
アメリカの夫婦は3人目の子供が眠っているうちに突然死したらしい。そのことが夫婦の溝をつくった。
日本の父と娘は妻であり母親である女性の銃による自殺(この設定や父親がモロッコで狩という設定も、日本的には不自然ではある)という壮絶な死のトラウマを抱えている。
モロッコ家族の父は、目の前で長男を撃たれてしまう。
メキシコの方は分からないが、おばと子供たちを降ろして逃走した甥が警察に追われて撃たれた可能性は大きい。

最終的にはアメリカ人の妻は一命をとりとめ、子供たちも助かるのだからこの家族の絆は強まったとはいえるのだけれど、3人目の子を失った事実は変わらない。
アメリカ人の夫がモロッコ人ガイドと共に妻のそばにいる時、ガイドの娘がお茶を持ってきてくれる。
「君の娘か」と聞かれて、「5人の子のうち3番目」と答える。
ブラッド・ピットも自分の2人の子の写真を見せるが、「何で2人しかいないんだ」と言われる。まるで彼らの3番目の子供が死んだことが分かるかのようだ。

高齢者の病死や老衰死と違って、赤ん坊や子供の死はつらい。
でも、運命や神を呪うことはできる。
家族に自殺されるのはもっとつらい。関係性を一方的に壊されて愛を拒否されたように感じるだろうからだ。

映画の最後には父と娘が抱き合ったり、国外退去を命じられたメキシコ人の乳母は自分の息子に迎えられて抱き合ったり、アメリカ人夫婦も絆を強めるのだから、一応のハッピーエンドはあるのだけれど、人生はどこでも誰にでもアクシデントや躓きが待っている、という思いだけが沈殿する。






# by mariastella | 2019-05-31 00:05 | 映画

「茨の冠」を救った人

4/15のノートルダム大聖堂の火災の時、聖遺物である「茨の冠」などが無事に救出されたというニュースがあった。この聖遺物は十字架の木や釘の一部と共に、十字軍がもたらしたもので、これを納めるためにシテ島のあの美しいサント・シャペルが建設された。
今はノートルダムの宝物館に納められていて、年に一度復活祭の間に内陣で公開される。いや普段でも宝物館で観られるけれどそれはガラス越しで、復活祭の聖週間には(昔は聖金曜日だけだったこともある)、特定の修道会の人たちがそれを見せてくれて、信者はずらりと並んでその前でひざまずいてクリスタルの環に口づけするのだ。
私が見に行ったのはもう何十年前か覚えていないし、現在どうなっているのかは知らないけれど、行った時はもう好奇心の塊だった。口づけするなど気が進まなかったけれど、じっくり見るだけではさすがにまずいのでみんなと同じようにしたけれど、その都度、アシスタントが白い布でその部分をぬぐうのだった。布の拭う場所をその都度変えていたのかは定かではない。その時に起こった「プチ奇跡」のことなど、以前にどこかに書いたような気がする。

ともかく、その「思い出の茨の冠」、宗教を抜きにしても、正倉院の宝物と同じでヨーロッパの中世史の貴重な遺物であることは確かだから、火災から逃れたのはめでたいのだけれど、それを救出した消防士が司祭であることを知って驚いた。

ジャン=マルク・フルニエという人で、消防士であり、司祭であり、聖墳墓修道会の騎士という三つの顔を持っているという。
ノートルダム大聖堂の内陣で、火の粉が舞い落ちる中、この茨の冠(クリスタルの環状チューブの中に枯れ枝が寄せ集められている)と聖母子像と聖体パンの入った容器などを救出したんだそうだ。
パリの消防士の標語は「救うか、死ぬか」というもので、みなが命をかける覚悟のいる職業だけれど、フルニエさんはすでにキリストに命をあずけているわけだ。
2008年には従軍司祭としてアフガニスタンに行き、10人のフランス兵がタリバンに殺された時に立ち会った。2015年11月のパリの同時多発テロでもバタクラン劇場で人々を救助した。地方の教区司祭であった時から消防ボランティアをしていたそうで、司祭服にベルトもせずローマンカラーもつけず、素足に木靴という姿でいつも人を笑わせる陽気な人柄らしい。
パリ消防局付き司祭という肩書だけれど、普通に消防士の一員として制服を着て活動している。

この話を聞いて、日本の消防署にも司祭だとか僧侶だとに向けたポストがあるのかどうか知りたくて検索したけれど見つからなかった。自衛隊の中にはキリスト教のサークルがあるそうだけれど、宗教者が常駐している感じではない。
日本で耳にするのはキリスト教系病院のチャプレンとか刑務所の教誨師だ。
刑務官や法務教官による道徳や倫理の一般教誨の他に、僧侶、神職、牧師、神父らの宗教者も希望によって出入りするようだ。

ノートルダムの火災の時に、日本では、法隆寺だの寺社の火災対策が比較して盛んに紹介されていたけれど、火災の時に駆け付ける消防士の中に僧侶がいて、宗教的な貴重品を真っ先に救い出してくれる、などというのは想像しにくい。

戦争とか、災害とか、生と死、存在と破壊が隣り合わせにある極限状態において、境界領域を生きるようなプロがいてくれるかどうかというのは、ひょっとしてすごい違いかもしれない。

全てが終わった後にやってきて冥福を祈ってくれたりお経を唱えてくれるのもいいけれど、修羅場で宗教のプロが身を挺して救いに来てくれるというのは大したものだなあ、と思った。こんな雰囲気の53歳


# by mariastella | 2019-05-30 03:22 | フランス

フランス料理と18世紀のフランス・バロック

世界最初のレストランは1765年にパリのパレロワイヤルに開かれた。

ヨーロッパで言えば、6,7世紀の頃にはいわゆるオーベルジュはあった。旅籠というか、文書配達、飛脚?用の寝泊まり場所での食事サービスで、巡礼宿などもこれに準ずるだろう。

その後、いわゆるカフェやタベルナ、居酒屋類はできたけれど、基本は「飲む」ため。ワインに合わせた食べ物が提供され、大テーブルを囲むという感じのものだったそうだ。

それが、「レストラン」つまり、「回復」、個別テーブルで、メニュー(最初は三種類だったという)を選べるものになった。今は100を超えるメニューが並ぶレストランまである。

それは、アンシャン・レジームに対抗するもので、四半世紀後のフランス革命につながるエスプリ、つまり、「誰でも好きなものを食べることができる」(一人のテーブルでもOK)し、提供されたものについて語ったり書いたりすることで「連帯」できるという「自由」の象徴だった。ガストロロジー(美食学)も生まれ、ヌーヴェル・キュイジーヌ(20世紀のものとは関係ない)と呼ばれた。

まあ、レストランの歴史の蘊蓄などはネットでもなんでも見てもらうとして、それからのフランス料理が哲学やアートと結びついていったことは確かだ。

ここで書きたいのは、その流れの中で、1770年代半ばにプロヴァンス伯の料理長だった人がパリのレストランで初めて、「味覚のコンポジション」を始めたということだ。料理自体はシンプルになった。

宮廷料理は、すでに見た目や装飾、素材のとり合わせは贅を極めていた。いろいろなプロトコルが存在した。

けれども、「味」に関しては、塩からいか甘いか、の二極を中心に構成されていた。

ところが、「レストラン」は、皿数や素材や盛り付けアートはシンプルになっていったけれど、「味」はさまざまな香辛料、隠し味を駆使した洗練されたものになっていった。

これは、フランスのバロック音楽におけるエレガンスの追求にそっくりだ。

今でも、バロック音楽と言えばイタリアやドイツのものがたくさん演奏されている。

特に、相変わらずバッハの音楽は、その精神性の高さで誉めそやされ、文化の違いを超えて普遍的に魂を揺さぶるかのように言われている。それに比べるとフランスのラモーなどはフランスの国境をなかなか越えられない、などと。

バッハが19世紀に再発見されて演奏されたころはロマン派風でバロックではなかったけれど、その華麗で緻密で大聖堂を建てていくような壮大さと計算しつくされたような複雑な細部の装飾、天へ向かう強迫観念みたいなものも含めて、人々を驚倒させた。フランス人など真っ先にバッハの豊穣さに傾倒して崇め始めた。

で、革命と共に忘れられていたラモーと彼の同時代のフランスのバロック曲の方は、20世紀になり、バロック・バレーの振付の発掘によってだんだんと理解され復活していくのだけれど、バロックにバッハのような霊性、精神性、密度、建築ロジックを期待していた人には、ラモーはよく理解されなかった。

バッハの音楽は豪華を極めた複雑な宮廷料理だ。けれども、霊性の味付けの方向は、塩と砂糖のコントラストのように、地上と天の二極でできていて、地上から天を仰ぎ、宴席に集う人たちをまとめて永遠だの救いだのに向かわせる。

ラモーの音楽は、一見シンプルだが、実は無数の香辛料を組み合わせた美食の歓び、つまり、生きる喜びの「回復」を一人ひとりに提供できる。霊性、精神性だけではなく実存的なのだ。

創造主の高みに向かう祈りのような音楽ではなく、創造主が「今度は何をどうやって創って香辛料を組み合わせて命を吹き込もうかなあ」、とわくわくとしているかのようだ。で、命を吹き込まれるので、踊りたくなる。命とは聖霊の踊りなのだ。

壮麗な建築でなく、多様性の連鎖が一見シンプルに次々と生まれていく。まさに「神業」だ。バッハのような「祈り」を誘発しない。この「一見シンプル」「一見軽やかで無垢」というのがフランス音楽における「エレガンス」の意味だ。(実は、数学的テクニックを駆使しているうえ、複合的なので、曲の分析も演奏もとても難易度が高い)

私はヴィオラでバッハを弾くのは好きだ。オーケストラやアンサンブルで弾いていると恍惚となる。

でもラモーのエレガンスで体の動きを誘発するのは擦弦楽器や管楽器では難しい。バロックの身体感覚で踊るのには、撥弦楽器が向いている。(テオルブやギターやチェンバロ)

しかもラモーの魅力を最大にするには、その構成を研究し尽くして複数の撥弦楽器で分けて弾くのが一番いい。

たとえば、すばらしいチェンバロ曲も、10本の指で弾き分けるのは不可能に近いからだ。

けれども、フランス革命前の、それこそ革命的な、見た目のシンプルさと隠し味のヴァリエーションというフランス・バロックの成果の一部をなす「新しいフランス料理」は、革命後の帝政やら王政復古やらブルジョワジーの台頭で、再び「見た目」の宮廷化へと向かっていった。ブルジョワジーが王侯貴族の複雑なマナーや豪華な食卓をコピーし始めたからだ。

で、日本でも今でも「国賓」を迎える時の標準となっているという「フレンチ」は、そのアンシャン・レジームの食卓イメージをコピーしている。マナーも含めた「おフランス」が「本格フレンチ」の敷居を高くする。

日本で本来の「懐石料理」が「会席料理」と融合してしまったのと似ている。

でも、バロック後期に始まった「フレンチ」エレガンスの料理は、日本の茶の湯や懐石料理などのシンプル・エレガンスと本来は相性がいいので、「フレンチ懐石」などというジャンルも現れるし、フランスでも和テイストを活用するヌーヴェル・キュイジーヌが続いている。

それなのに、先日行った広尾のフレンチ懐石の店のバック・ミュージックはジャズだった。

フレンチレストランでは絶対にラモー以降のフランス・バロックの曲をかけてほしい。

命の回復の歓び、食の歓びにふさわしい。

(個人的にはバッハのカンタータを聴きながら食事したくない)

(バッハはフランス音楽、ラモーの理論に精通していた。バロック・バレーの愛好家で実践者でもあった。超越へ向かう祈りの音楽は、体を動かすダンス音楽と両輪をなしているのだ。もともと音楽そのものが、実存を超えた境界領域にあるのだから、心と体の栄養、新陳代謝にふさわしい。)

また後でプログラムを含めた案内を載せるつもりですが、6/15のパリのコンサートのお知らせを載せておきます。来春の沖縄支援コンサートの資金作りの一環です。

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# by mariastella | 2019-05-29 00:05 | 音楽

ヨーロッパ議会選挙

5/26EU議員選挙だった。

5年に1度の選挙で、「個人」を選ぶのでなく、各政党の得票のパーセンテージに応じて議員数が決まる。フランスの割り当ては79議席で、大体パーセンテージと連動する。今回ならマリーヌ・ル・ペンの極右RNがパーセンテージでは最多で次のマクロンの前進党LEMと中道左派の連合与党MODEMが2位だけれど、どちらも23議席、次の緑の党が躍進して13議席、サルコジやシラクのいた保守の共和党LRが8議席と振るわず、父親の代からの知名度の高いラファエル・グリュックスマンを擁した社会党がエコロジーを前面に打ち出してなんとか6議席ほどで、極左と拮抗し、昔ながらの共産党は一議席もとれなかった。(この記事を書いている時点ではまだ最終的な数字が出ていないので注意。)

フランスのヨーロッパ議会レベルで極右(というより今はネオ・スヴリニスト、つまり新主権主義というそうだが)が最多票を獲得したのは二度目となる。

今のヨーロッパはポーランド、イタリア、オーストリア、ハンガリーなど、反移民、反EUで各国の国境や主権を取り戻そうという右派勢力が強い。トランプ大統領の元首席戦略官であるアメリカの経済ナショナリスト、スティーヴン・バノンまで応援に駆け付ける始末だった(バノンがアイルランド系カトリックであることも興味深い、フランスの極右ル・ペンや、先に上げた四ヶ国の保守派はカトリックつながりがある。)まだBREXITを果たしていないイギリスではBREXIT強硬派が強かった。

せっかくのEUなのに、EU支配反発派が票を伸ばしていくのは一見矛盾している。

EU内でEUの主権を縮小していこうということだろうけれど。

でも黄色いベスト運動で激しく糾弾されたマクロン党がいちおうの支持を受けたのはリベラリズムの強さを示している。黄色いベストも候補を出していたけれどストラクチャーがないのでサプライズは起きえなかった。(サプライズは事前調査でぱっとしなかった緑の党だ。)

(私の住んでいる町ではトップがマクロン党、次がル・ペン、次が緑の党だった。いずれも僅差。)

(カトリック率が一番多いと思われるパリ七区ではマクロン党46,53% 、カトリックのベラミを候補代表にたてた保守が21,74%、 緑の党が 10,57% 、ル・ペン党(政治家パフォーマンスの才能が突出している23歳の若者が候補代表)が7,46%だった)


EUの今の人気のなさと弱さについて、先日、あるポルトガル人作家ジャーナリスト(ホセ・ロドリゲス・ドス・サントス)が面白いことを言っていた。


我々は「ヨーロッパ」を創ったが「ヨーロッパ人」を創らなかったからだ、


と表現したのだ。


どういうことかというと、たとえば、サッカーのワールド・カップで「ドイツ対ブラジル」の対戦であったら、ポルトガル人は100%ブラジルを応援する、というのだ。このことは、ポルトガル人移民の多いフランスにいてもよく分かる。なるほど、ドイツは同じEUのヨーロッパ仲間ではあるが、ポルトガル人にはドイツ「人」と同じヨーロッパ「人」だという意識などない。

ポルトガルは世界最初の植民地帝国主義の国だ。最後でもある(モザンビークやアンゴラの独立は1975年)。で、ポルトガル語はフランス語やドイツ語を合わせたよりも多く使われているのだそうだ(チェックすると、モザンビークではマジョリティではない。やはり世界第五位の人口のブラジルの存在だろう)。

「過去の大国」という誇りがあるというより、過去に大国だったことを今のポルトガル人自体が「驚いている」のだそうだ。確かにフランスなどではポルトガル移民や出稼ぎ者が建物の管理人や家政婦、運転手などのセクターを支配?していて、イメージとしては「二級ヨーロッパ人」という立ち位置を彼らは認めている感じではある。(もちろんフランスは教育社会主義的な国だから、ポルトガル系のエリートも少なくない。)後発の貿易大国となったオランダ人などとは外見もかなり違う。北アフリカや中東に似た「地中海系」という感じもある。

けれども、オランダと違ってカトリックを新大陸に広めた、というのが誇りで、ポルトガルなしには今の世界宗教としてのカトリックはなかった、というのだ。多分そうなんだろう。


それにしても、EUの中でそれぞれの「主権国」が権利を主張しすぎると、その裏では、その「主権国」内のでの全体主義が進むリスクがある。本当の統合と普遍主義につながる多様性獲得のためにはやはり「共同体」の境界を超える多様性が必要なのだ。

今の日本では主として優秀なスポーツ選手を通していわゆる「ハーフ」の若者にスポットが当たっている。見た目すら区別のつかない在日東アジア人と日本人女性の子供に国籍を与えなかった旧国籍法(1980年代にさすがに違憲とされた)の頃と比べれば隔世の感はある。

沖縄には玉城デニー知事もいる。日本の中で分断を作っていろいろな負担の押し付け合いをしている場合ではない。


# by mariastella | 2019-05-28 00:05 | フランス

日本とフランス -- 血を流す覚悟とは何か?

これを書いているのは5/15

日本から帰ってフランスのニュースを見ると、つい、いろいろと比較してしまう。


どんなに不況が語られたり少子化や高齢化が問題になったりしても、少なくとも日本で私が足を踏み入れる場所にはお気楽で安全な雰囲気が満ちていた。

フランスに戻ると、ちょうどラマダンの時期が始まったばかりということもあって、テロのリスクのことも考えたりして落ち着かない。


それでも、これは絶対にフランスならでは、というニュースがあった。

日本ではまず考えられない。

それは、5/1に、アフリカのベナン北の国立公園でサファリパークの観光をしていた2人のフランス人男性(46歳と51歳)がテロリストに誘拐されたというニュースのその後の展開だ。1人はパリ近郊の音楽院のピアノ教師で、もう1人はジュエリー・デザイナーだという。復活祭のバカンス中だった。

彼らと共にいたベナン人のガイドはその場で殺された。身代金をとる見込みがないからだ。

で、ブキナファソに移された彼らを奪還するためにフランス軍の特殊部隊が派遣され、5/10、彼らは無事に救助されたのだけれど、その時に特殊部隊のエリート軍人の2人が殉職した。

ベナンの北は、外務省から旅行をしないように勧告されている「危険地域」だった。

最初にこのニュースを聞いた時は、まるで、2人の無謀な旅行者の命と、2人のエリート軍人の命が入れ替えられたような印象で、真っ先に思ったのは、これが日本だったら、旅行者の2人はいたたまれないというか、激しく非難されるのではないか、ということだ。旅行者の家族も喜ぶより先に肩身が狭いのではないかと思った。

ヒーローとして称賛されたエリート軍人たちは、20代と30代の若くていかにも頼りになりそうな好青年で、ほんとうに、大きな損失だと思わざるを得ない。

実際は、その救出作戦で助けられたのは韓国人女性とアメリカ人女性も入れた4人だったので、「数」的には、22ではなかったのだけれど、フランスでの報道は、一貫して「2人のフランス人を救った2人の英雄」という括り方だった。

フランスに戻った2人は、感謝の言葉と共に、さすがに、「不幸なことに危険地帯となっているあのすばらしい国に行くべきではなかった」とコメントはしたが、いわゆる「謝罪」はない。

外務大臣も「外務省が危険ゾーンとしているところには行くな」とは言ったけれど、この2人を直接に非難したわけではない。

で、外務大臣のコメントはこういうものだった。

「今回の事件では何よりもまず、国の義務というものがある。それはフランス人の安全を守ることで、それがたとえ外国で極限条件にある場所にいる場合でも、危機にあるフランス人を守り救うことである。それが今回なされたことだ」

すごい。つまり、若いエリート軍人とお気楽ツーリストの命の価値を比べたりするのではなく、どんな場合でも、フランスという国は、たとえ最高のエリートを犠牲にしても「危機にあるフランス人を救う」のだ、という国家の価値観の表明である。フランスという国はそういう国なのだ、とテロリストに向け、世界に向けて発信しているわけだ。

このような形でヒーローを称賛することは、政治的にも外交的にも、「正しい」選択なわけだから、「無謀なツーリストのせいで最も優秀な軍人が犠牲になった」などとは絶対に口には出せない。

(フランスに「死刑」がないのも、「国がフランス人を殺すことはない」という意味で一貫している。)

で、その後すぐに、日本のニュースで、ある国会議員が(北方領土を取り戻すには)「戦争しないとどうしようもなくないですか」という風な暴言をリークされてスキャンダルになったニュースを見た。

そのニュースに対するコメントの中で、この国会議員の暴言は、実は今の与党政治家の多くの本音ではないかというのを読んだ。リテラのものだ。

こういう言説が引かれていた。

(下線は筆者)

>>>歴史修正によって過去の侵略戦争を美化し、国民が国を守るために命をかけることを迫り、日本人が血を流す未来の戦争を煽る──。こうした姿勢の議員は政権与党である自民党にこそ、やまほどいる。

そして、この頂点にいるのがほかでもない、総理大臣である安倍晋三だ。たとえば、安倍は2012年の総理に返り咲く数カ月前、こんな物騒なことを堂々と口にしていた。

わが国の領土と領海は私たち自身が血を流してでも護り抜くという決意を示さなければなりません。そのためには尖閣諸島に日本人の誰かが住まなければならない。誰が住むか。海上保安庁にしろ自衛隊にしろ誰かが住む」
「まず日本人が命をかけなければ、若い米軍の兵士の命もかけてくれません」(「ジャパニズム」青林堂、20125月号での田久保忠衛・日本会議会長との対談)<<<

次に、稲田朋美・元防衛相の言葉。

>>>「国民の一人ひとり、みなさん方一人ひとりが、自分の国は自分で守る。そして自分の国を守るためには、血を流す覚悟をしなければならないのです!」(2010年に開催された集会での発言)<<<

櫻井よしこさんの言葉。

>>>「明治維新のとき、日本人は、今のような生ぬるい議論をしていたのではなかったはずです。多くの人が殺されて、切り合って、議論をして、血を流して、自分の命を犠牲にして、日本国が列強諸国に飲み込まれないために戦ったのです。そして、日本国を守り通した。その発想が、今こそ必要なのです」<<<(櫻井さんが理事長を務めるシンクタンク「国家基本問題研究所」20181月の例会での発言)

これを読んでショックを受けた。

フランスでは、国の義務はフランス人を守り救うことでそのためなら血を流すことも辞さない、と政治家が言い、

日本では、国や領土を守るために日本人は血を流す覚悟や決意が必要だ、と政治家らが言う。

これって、見事に逆の発想だ。


日本も昔は互助社会だったのに新自由主義経済のせいで自己責任とか自助努力とかいう弱肉強食の考え方が蔓延してしまった、などというレベルではない。


日本では、国と、主権者である国民との関係が、ひょっとして、封建時代の儒教道徳や明治以来の忠君愛国主義から全然変わっていないのではないだろうか。だから、こんなことを堂々と言えてしまうのかもしれない。

もちろん日本には「無抵抗降伏論」を唱えた森嶋通夫さんのような人だっている。



(そういえば、前から愛読していたこのブログがずっと停止していたのだけれど新ブログとして再開されていた。4/11215/1秋葉忠利さんが昭和から平成に変わった時に書いた記事の再録は興味深かった。)


二〇世紀の話だけれど、若者に「国のために命を捨てる覚悟があるか」という若者へのアンケートで、確か最下位に日本とフランスが並んでいたことを覚えている。私のイメージと合致していた。今でもフランスは多分最下位だろうなあと思う。日本は? ある時期からほんとうに若者が国のために血を流すタイプの「愛国者」になったのだろうか・・・。


# by mariastella | 2019-05-27 18:09 | フランス

ノートルダムの火災とデイディエ・リクネール

ノートルダム大聖堂の火災以来、脚光を浴びているのが文化財保護運動のジャーナリストで美術史家のデイディエ・リクネール(Didier Rykner)だ。彼はもうずっと前から、フランスの美術品を外国に貸与することに反対したり、文化財の補修や保存のために声を上げたりしてていた。マクロンが経済相であった頃からすでに文化財への年間予算は500億円から400億円へと削減されていたそうだ。ノートルダムなどセーヌに面するアクアセンターにしてはなどのジョークさえあったという。

パリ市庁舎なら各階ごとに専門の消防員がいるのに、ノートルダムでは日中に一人だけ、それも火災当日には、代わったばかりの新任者だったそうだ。

午後615分には最初の煙を目撃した人がいて写真を撮っている。

でも、消防車が呼ばれたのは650分になってからで、パリには十分の高さに届く梯子がないのでヴェルサイユに借りることとなり、さらに30分もロスがあった。(パリ32m、ヴェルサイユ45m

放火説、陰謀論もすぐに出回ったそうだが、それについてはリクネールは全否定している。

火事場にいた人影を撮影したというものも出たが、それは彫像であったり消防員であったりと判明している。

そもそも公共建築の火災の90%は工事中の場所から発生したものだそうだ。

温度が上がると警報が鳴るシステムがなければ発見が遅くなる。

工事人(下請け会社の場合がほとんどだ)のタバコの吸い殻、電気系統のショートのケースが多い。

今回、ノートルダムで補修中だった工事は国の担当だけれど、そこにカトリック教会側が電線を引いていたそうで、それが問題だったかもしれない、そのことについて許可が下りていたのかも現在調査中だという。

彼は、フランス中の他のカテドラルや教会や城なども、深刻な危機に瀕しているとあらためて警告を発している。

明言はされていないけれど明らかにパリ・オリンピックを視野に入れた5年での修復などあり得ない。

たった15日間のオリンピックの経済効果のために、850年の歴史を持つ建造物をあわてて修復するために、今は厳しくなっている環境基準などのすべてのプランや審査などを簡略化、特別扱いとすることなど、あってはならない、という。

尖塔の新デザインについては、ノートルダムが共和国の重要文化財に指定された150年前にはすでに今回倒れた尖塔が存在していてそれも込みで指定されたのだから、原料は耐火性のものに変えるとしても原形を修復すべきであり、設計図も残っているから可能なのだそうだ。

この辺は、美術史家の見方であり、昨日の記事で紹介したシネティ師の「バベルの塔」論とは異なる視点だ。

まだ修復費用の予算は計算されていないけれど、寄付金は充分にあるので、これからは他の文化財の修復、保全、耐火に人々の善意を向けなくてはならない、という。

確かに、ノートルダムの記念金貨をはじめとして、「売りあげの一部を修復費用として寄付」という名目の多くの商品が今いたるところに出回っている。

美術史家、文化財保護活動家、宗教者、いろいろな視点から見ていくと、政治と経済の論理で成立する大口寄付と突貫工事の宣伝など、ほんとうに、空しくなる。


# by mariastella | 2019-05-26 00:05 | フランス

ノートルダムの火災でフランス・カトリックの真価が分かる

4/15に起こったフランスのノートルダム大聖堂の火災は、日本でもずいぶん話題になった。


日本人観光客でここを訪れない人などいないからだろう。


歴史的建造物の火災ということで、同じく先の大戦の被害を免れた京都や奈良の有名寺院の火災対策についても語られていた。

大手ブランドが次々と復興支援金を寄付して、マクロン大統領がパリ・オリンピックを見据えてか、5年以内の再建案を通したのもニュースになった。


1905年の政教分離策以来、大聖堂の所有権は国で、カトリック教会は使用料を払わない店子という位置づけだが、今回の寄付金は、文化省の指定する四つの財団に振り分けられて、その中のノートルダム財団というものだけがカトリックと直接の関係がある。

日本的な感覚からいうと、ノートルダム大聖堂が焼けてカトリック教会は大ショック、と思うかもしれないけれど、直後に、今のフランス司教会議代表であるランスの大司教が出したコメントに、

「この世では永遠に存続するものは何もない」

とタイトルがつけられていたのには感心した。

この世の栄華は儚いとして諸行無常の理を説く仏教と変わらない。

内外の多くの人が、宗教施設、信仰の場としての大聖堂よりも歴史建造物、文化遺産としての大聖堂(観光資源でもある)の危機を嘆きショックを表明していた時に、すぐにこのコメントが出るなんてかっこいい。


聖週間の始まりとしてはつらい出来事だったけれど、キリストの生きる体こそが生きる石でもあるので、形としての石ではない。いや、聖なる教会が火の被害を受けたことよりも重大な被害があらゆる神の座で起こっている、それは、私たちの心のことだ、という。

「あなたがたは、自分が神の神殿であり、神の霊が自分たちの内に住んでいることを知らないのですか。

神の神殿を壊す者がいれば、神はその人を滅ぼされるでしょう。神の神殿は聖なるものだからです。あなたがたはその神殿なのです。( コリントの信徒への手紙一 3,16-17)」

というパウロの言葉をうけたものだ。

つまり、成果主義だの、自己責任だの、弱肉強食だの、生産性だのによって、私たちは、本来私たちのうちにあり守らねばならない貴いものをないがしろにしたり傷つけたりしている。そもそもイエスがこの世にやってきたのは、頑なになった人々の心や体を生まれ変わらせてあらたにするためだった。

ノートルダムの火災とそれを前にした時の人々の自発的な連帯は、そのことを思い出させてくれる。


というのだ。

うーん、危機を前にすれば真価が分かる。

この火災がちょうど復活祭前の聖週間の月曜日だったことから、このことを灰の月曜日(復活祭は「灰の水曜日」から始まる)、聖金曜日(イエスの受難の日)の先取り、内的な十字架の道(復活祭前の期間にイエスの受難を追体験する)、などと形容する人々も多かった。すべては、火災を聖なるお祭りをだいなしにする障害物としてではなく、その意味をあらためて考えさせてくれるものととらえられているわけだ。

で、次の週にパリ総代理司教のブノワ・ド・シネティがこう発言していた。

彼については前にも書いたことがある。



で、シネティ師によると、今回の火災の後で集まった寄付金の膨大さは、

カトリック教会にとって、大聖堂の火災自体を上回る試練だ、

というのだ。


彼の意見を要約しよう。

焼け落ちた尖塔は、19世紀にヴィオレ=ド=デュックが18世紀の塔よりも高いものを建造したものだが、その中の聖トマス像のモデルに自分の肖像を使うなど、純粋な信仰心というよりかなり自己承認欲求が強かったように思える。「それらの彫像群は、火災の4日前に取り外されていて助かったそうだ。内部でも壊れたのは第二ヴァティカン公会議記念の祭壇だけだった。)

今回の「修復」や「再建」にあたって、焼け落ちた者よりもより立派なものを、などというのでは、それは「バベルの塔」と同じだ。

今回は、過去にはカテドラルのそばには必ず設けられていた貧者のための施設 « hôtel-Dieu»のようなものを再建すべきなのではないか。今カトリック教会は難民ばかり優遇するなどという批判を内部から受けているけれど、すべての苦しむ人に寄り添うこと、彼らがすべて神から愛されていることを知らせることが私たちの使命だ。石の大聖堂が火災に遭ったことを、聖霊の炎による一つの徴しととらえて、使命を遂行しなくてはならない。貧しい人たちのことを考えに入れないノートルダム修復はあり得ない。

このような、ある意味での、宗教者としての「正論」がすんなり出てくるのはすばらしい。


天皇の代替わりで奉祝奉祝とさわいでいた日本の「宗教?」事情を見てしまった目には、少し、うらやましくもある。
# by mariastella | 2019-05-25 00:05 | 宗教

帰りの機内で観た映画 その2 ミスター・ガラス、メリー・ポピンズ・リターンズ

『ミスター・ガラスGlass』/M・ナイト・シャマラン

もう年配になったブルース・ウィルスが出ているのに興味を持った。

実際は、アンブレイカブル、スプリットに続く M・ナイト・シャマラン(シックス・センスの監督)の3部作のラストの作品ということで、前二作を見ていない私には分からないことが多すぎだ。多重人格の名演というのもなんだか疲れる。

でも、アメリカン・ヒーローコミックと超能力の関係という面白いテーマで、子供時代のトラウマやそれにともなう多重人格などが出てくるのだ。

アンブレイカブルが2000年ということで、ブルース・ウィルスがしっかり年を取っているのに超能力を発揮する。

私は宗教神秘主義研究の中のさまざまな超常現象の記録を読んでいるので、こういう切り口はある意味で新鮮で、合理的な説明がすぐにできない超能力を前にした時の人々の反応が時代によってどう変遷するのかというテーマを与えられた気がした。

『メリー・ポピンズ リターンズ』


ジュリー・アンドリュースの前作は、リアルタイムで見た。確か「正月映画」であり、正月三日に必ず大スクリーン(シネラマとかシネマスコープとか当時言っていた?)の娯楽映画を毎年家族で観に行っていたのだ。

でもメリーポピンズもサウンド・オブ・ミュージックもフランスでは意外と知られていなかったので、「スーパーカリフラ…」だとか「ドレミの歌」などを生徒たちに教える時も最初はあまり興味を持ってもらえなかった。

DVDが出回ってからいろいろ知られるようになった気がする。

ディズニー映画だけれど、ロンドンが舞台であることでしっかりとイギリスの俳優をそろえているのが今はよくわかる。

ジュリー・アンドリュースもそうだし、今回のエミリー・ブラントもそうだ。バンクス姉弟などもイギリス人。

だからこそ、アメリカ人俳優が異色なアクセントになっている。

メリル・ストリープの演じるメリー・ポピンズのいとこも不条理な感じが満載だし、ガス灯の点灯夫のジャックがアメリカ人なのも、前作の煙突掃除人バートがアメリカ人のディック・ヴァン・ダイク(前回は銀行の頭取との二役だったが今回も同じ銀行の前頭取役で出てくるのも驚きだ。撮影時に91歳だという。)だったことと呼応している。


前作が1910年と第一次世界大戦前の設定、今回が第二次世界大戦前の大恐慌の時代という設定も、二つの大戦間のヨーロッパの歴史に首を突っ込んでいる今では一番興味深く思われた。


ストーリー自体は、「孫を連れて行ったおばあちゃんも、孫といっしょに満足して楽しめる」と評されるようにサプライズはないけれど、「前作を子供の時に見たおばあちゃんが孫といっしょに本気で楽しめる」こと自体がすごいなあと思わずにはいられない。


# by mariastella | 2019-05-24 00:05 | 映画

帰りの機内で観た映画 その1 運び屋、七つの会議、一二人の死にたい子供たち

『運び屋』


90歳の麻薬の運び屋を演じるクリント・イーストウッド。

主演した『グラントリノ』から10年目。

老父に一番冷たい娘役がイーストウッドの実の娘という。

麻薬カルテルがメキシコ系でスペイン語を話している。

どう見てもラテン系でないイーストウッドだが、ユリの栽培でメキシコ人のスタッフを使っているのでスペイン語も分かり、ベトナム戦争の退役軍人という設定も歴史を感じさせる。老人の経済的な行き詰まりが、インターネットの普及による事業の悪化であるというのもリアルだ。

でも、「時代についていけない」部分とは別に、人種差別や性差別などについて意外にまっとうな感性を持っていて、「人とのコンタクトを楽しむ陽気でマイペースな男」というベースは変わっていない。

でも、彼の正義感の発揮とオプティミズムはやはり白人であることにルーツを持つので、ポリスに車を止められて職務質問されるたびに死の恐怖を味わう「非白人」の本当の事情を分かち合うことはできない。

アメリカってやはり想像を絶する部分がある。

『七つの会議』


池井戸潤原作など私のタイプではないけれど、野村萬斎、香川照之、北大路欣也、片岡愛之助など、役者の魅力のために見る気になった。

リコール隠し、隠蔽する組織体質、責任のなすり付け合い、過度なノルマなど、業界的には大いにあり得る話だそうで、日本の企業って本当にこんなものなのだろうか。

私にとっては「おじさん向けコミック」のような設定なのだけれど、人気作家の小説で、それなりのリアリティはあるのだろう。

もちろん前回観た『空飛ぶタイヤ』のリコール隠しのことも思い出した。



野村萬斎がなんといっても、個性的で、狂言の舞台も観たことがあるにもかかわらず、最初は『陰陽師』の安倍晴明の姿が重なったけれど、だらっとした背広姿で実は全編を担っていく強靭さが半端ではない。

最後に結局リコール隠しを摘発するのは、『ミスター・ガラス』(後述)の結末と似ていないでもない。

『一二人の死にたい子どもたち』


廃病院に集まって集団安楽死をしようとする未成年たち。

典型的に、今のSNS時代ならではの話だ。

この中の、気が強そうな優等生タイプのメイコ/黒島結菜(くろしまゆいな)がどういうわけか国際政治学者の三浦瑠麗女史と重なって見えた。途中でやめてもいいと思って見始めたのだけれど、それなりの謎解きや人物造形がよくできていて、結局最後まで見てしまった。ここまで「大人」不在という映画が伝えようとするメッセージを考えさせられる。


# by mariastella | 2019-05-23 00:05 | 映画

團菊祭

5/6、歌舞伎座に團菊祭五月大歌舞伎を観に行く。

これもフランス人連れでない2年ぶりの日本だからこそで、ちょうど2年ぶりだ。

その前に、神社巡りついでにうちの近くの穏伝神社に行く。ここは元落ち武者にかかわる「隠田」だったのだそうだ。

この狛犬の下から顔を出す仔犬?がすごくかわいい。

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寿曽我対面

歌舞伎十八番の内 勧進帳

神明恵和合取組 め組の喧嘩

のみっつで、最初の2つはもう何度も観ているけれど、今の役者の親の世代や祖父の世代で観てきたのだから、感無量だ。

天皇と違って、「代替わり」は、新しい名をつけるのではなく名を継承していくのだから、同じ曲を異なるオーケストラや指揮者で聴くのと同じように、同じだからこそ別々のクリエーションがある感じもする。

歌舞伎座のプログラムの表紙絵はいつもすばらしいけれど、今回のは特に爽やかだ。

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「寿曽我対面」は、白塗り、赤塗り、花魁など色々な衣装や塗りの型が一堂に会するのが楽しい。

「歌舞伎十八番の内 勧進帳の海老蔵の弁慶が楽しみだったけれど、この人はやっぱり「天才」なのだなあと思う。

天与の才に自覚と責任感が加わって迫力だけでなく強度が増した。

松緑、幸四郎、猿之助、先代海老蔵、ファンだった富十郎などいろいろ観てきたし、能の安宅も観たけれど、今回の海老蔵はやはり格別だった。能楽風に始まって、突然三味線が入ってくるところからぞくぞくする。

つい2日前に速玉神社で見た弁慶像も重なり、芝居の中で弁慶が、山伏問答をし、信じないなら熊野権現の罰が下るぞ、のような脅し方をするのにも親近感を感じてしまった。

久しぶりの右近、いや今は右團次も観ることができた。

「神明恵和合取組 め組の喧嘩」は、初めて観る演目。命がけの喧嘩をする男たち、総勢780人という数にも驚かされる。2014年に有村架純のジャンヌ・ダルクを観た時にも総勢130人という戦闘シーンに驚いたのを思い出す。

その時には歌舞伎の御存鈴ヶ森を連想しているのがおもしろい。


「め組の喧嘩」は、ヴィジュアル的には、肉襦袢の力士たちと鳶の半纏姿のコントラストが強烈で華やかだ。

白肉襦袢の力士の「四つ車大八」を演る左團次は身長が180cmだそうで、いかにも力士という貫禄だ。

ハシゴの使い方も楽しい。手を使わずにハシゴを駆け上るのが印象的だ。戦場?に出発する前の水杯で足袋に水を噴きかけて濡らすのも勇壮だ。

怒りの原因は「差別」であり、「力士は帯刀を許されているから町を守る鳶職より偉い」がということへの反発がある。

勧進帳もそうだけれど、「時の権威」に従うことが「忠」とされる徳よりも深いところで、正義や弱者への寄り添いやらを優先する「徳」が実は共有されていたのだなあとあらためて思う。

それにしても、鳶職たちが覚悟を決めて決起するシーンはなかなか感動的で、赤穂浪士48人と同じくらいの数で、日本人はこうやって、自尊を傷つけられて「落とし前をつけに行く」という話が好きなんだなあと思ってしまう。

宝塚のオーシャン11で男役たちがカッコよく踊って歌っているのを見ると、この世に男はいらないなあ、と思ったけれど、舞台いっぱいの鳶職人の決起を見ていると、この世に女はいらないかも、と思ってしまう。戦争もこういう風に始まってしまうのかもしれない。(この芝居では幼子のいる女房でさえ、夫を焚きつけている。)

命の火を輝かすのはやはりテストステロンなのかなあ。その力が建設的な方に向かうのか破壊に向かうのかは、その力の原初にあった創造の力とコネクトできるかどうかにかかっている。


# by mariastella | 2019-05-22 00:05 | 演劇

紀の松島

5/5、

勝浦港からクジラの形の遊覧船に乗って「紀の松島」巡りをする。

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内海から太平洋に乗り出した時の水平線はさすがに雄大だ。

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勝浦の漁業組合が支えていると思われる八幡宮に行く。日の丸の旗が立ち、祝新天皇即位との幟が立てられているのを見ると、神社本庁が皇国史観によって編成されたことはまだそのままなのだなあと思う。

八幡宮の近くの道は漁港らしい風景が広がる。

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昼は魚市場「にぎわい」で。マグロは毎日食べているので生姜を添えたシラス丼を選んだ。
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その後でマグロの解体ショーが始まった。最初だけ見た。

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こんな場所にいると、ヴィーガンのテロリストに襲われるんじゃないかと思ってしまう。

帰りの紀伊本線特急の車窓。海のすぐそばを走るので、美しいと思うものと同時に、東日本大震災での津波のことを思い出して、辛い。

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日本的な風景にほっとする。

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# by mariastella | 2019-05-21 00:05 | 雑感

那智大社と速玉大社

5/4

次の朝はボートで勝浦港に戻って、那智大社、熊野古道の大門坂へ。

宿の朝食も、御膳とブッフェとが組み合わされるというユニークなものだった。

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午前中は観光バスに乗って、熊野古道。すごく歩きにくい。フォトジェニックではある。

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八咫烏、かわいい。

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那智の滝は霊水を飲むのも含めて初穂料というか、カネがかかりすぎ。

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那智大社は西国第一番札所の青岸渡寺(インド僧である裸形上人が開いたという)とセットになっている。参道はすべて登り。

ふたつが分かれた背景にある明治の「神仏分離令」のことを思う。

200名以上の歴代天皇の半数以上が上皇となり、その半分以上が出家して「仏教」に帰依し、「法皇」と称した歴史も合わせて考えると、今の神社が掲げる「令和奉祝」の言葉も感慨深い。


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修験道の聖地だから役行者の像も。

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青岸渡寺、三重塔や那智の滝が見える。

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八咫烏
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午後は新宮の速玉大社に。
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速玉大社の印象的な弁慶像。

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脚がいい。

弁慶は熊野水軍を味方につけるために弁慶を派遣したのだそうだ。

梛の神木。

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私の好きなのはこのオガタマの木。モクレン科だという。

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相変わらず「令和」。
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端午の節句の武者幟。江戸時代のもの。

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鯉のぼりよりジェンダーバイアスいっぱい。

下に仁田四郎が猪にまたがっているのが今年の干支を思わせてちょうどいい。


速玉大社から1kmほど歩いて神倉神社へ。速玉大社への参道も階段が大変だったけれど、ここの階段はそれに歩きにくさが加わる。

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普段はロワール以北の平野に暮らしているから、山と海が競り合うような迫力に圧倒される。どこの寺社にも「神木」というのがあることにもあらためて感動。
キリスト教の教会は石造りのイメージがあるけれど、木材が足らなかったせいであり、「生命の木」が中心なのは同じで、中のしかるべきところには木が使われていた。ノートルダム大聖堂などにもそういう火災に弱い部分があったわけだ。

逆に、日本の山岳信仰には「石神」がある。国歌にあるように「さざれ石が巌となり苔がむす」という石の成長テーマがあるのだ。

先に南方熊楠のことを書いたけれど、修験道やら山伏にもいろいろな思い出がある。

今となっては元の疑問が何だったのかは思い出せないのだけれど、大学院で謡曲の講義をとっていたのだろうか、『安宅』がらみで修験道や山伏や『谷行』につながったのだろうか。ある日、本郷の宗教学科の修士課程のゼミで、どういう経緯だったのか、同じクラスにいた中沢新一くんにその話をしたところ、次の週の時間に、折口信夫が『谷行』について書いたテキストをコピーして持ってきてくれた。その中沢君からはその後博士課程のレポートに至るまでいつも斬新な切り口で助けてもらうことになった。その最初がこの『谷行』だったのだ。

熊野は何しろ陸の孤島だから、今熊野など、熊野権現を勧請した京都や大和などの山があって、『谷行』も大峰山に向かう途中の葛城山の出来事だ。
でもその頃には中沢君は出羽三山などのフィールド・ワークに熱心で、私も、彼の影響を受けて出羽三山に行ったり恐山に行ったり、飛島に行ったり、と、東北新幹線もない時代、寝台車を乗り継いですっかり「東北」フォークロアにのめりこんでいたのはなつかしい。

今ネットで検索すると、折口信夫の『谷行』のテキストは出てこなかったけれど、青空文庫というのでいろいろ読むことができて、山伏については


>>>山人の中、飛鳥末から奈良初めへかけて、民間に行はれた道教式作法と、仏教風の教義の断篇を知つて、変態な神道を、まづ開いたのは修験道で、此は全く、山の神人から、苦行生活を第一義にとつて進んだのです。だから、里人に信仰を与へるよりも、まづ、祓への変形なる懺悔・禁欲の生活に向はしめました。即、行力を鍛へて、験方の呪術を得ると言ふ主旨になります。だから、修験道は、長期の隔離生活に堪へて、山の神自体としての力を保有しようとした山人の生活に、小乗式の苦行の理想と、人間身を解脱して神仙となるとする道教の理想とをとり込んだに過ぎません。後々までも、寺の験方の形式をとり去ると、自覚者の変改した神道の姿が現れるのです。<<<


と、すごく明確な定義があった。近頃修験道に興味を示しているオディールに今度会う時にこう説明しよう。


(引用は下のテキストからの抜粋です)









# by mariastella | 2019-05-20 00:05 | 宗教



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