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L'art de croire             竹下節子ブログ

閑話休題  レバノンの話

忘れないうちにメモ。

レバノンは最近、カルロス・ゴーンの逃亡先として日本で知られるようになった。

私にとっては、1970年代半ばから、ちょっとした個人的トラウマにも関わる縁のある国。

前にこういう映画を観た。



この夏、ベイルートの大爆発の後に、マクロン大統領がすぐにベイルートを訪れたことは、外交的チャンスだったのだろうが、「宗主国」然とした振る舞いを批判されもした。

このことで、あらためて、今のレバノンでは、中東に「キリスト教国」で緩衝地帯を作ろうとしたフランスの恣意的な「建国」の思惑がどう変わっているのかを見たので、感慨深かった。


もともと、フランスが「統治」していた「小レバノン」はマロン派カトリックが80%を占めていた。カトリック文化圏にとどまり、「カトリック教会の長女」などと言われていたフランスは、政教分離の共和国という表看板を掲げながら、レバノンでは政教分離どころか、政治を宗教で分断するような体制でキリスト教を優先した。

けれども、結局、保護国としては1920年に「大レバノン」として地域を広げたので、その時点でマロン派は人口の55%になった。その後、イスラムのシーア派、スンニー派の住民の方が出生率が高かったので、今のマロン派は30%台になっている。


イスラエルとパレスティナの問題で、パレスティナの出生率が圧倒的に高く、イスラエルはこのままいくと少子高齢化で滅びるからじっと我慢していればパレスティナが「勝つ」というタイプの予測を読んだことがあるけれど、そういうことって実際にあるんだなあと思う。イスラエルの場合、アメリカとの関係とか、世界中にいるユダヤのネットワークがあるから複雑だけれど。

でも、レバノンのマロン派も世界中に散らばってネットワークを持っている。カルロス・ゴーンもその歴史と無縁ではない。

今回の大爆発の試練を乗り越えるために、宗教コミュニティ別ではなく、レバノン国民としての団結が求められているわけだけれど、そもそも同じところから枝分かれした一神教同士なのに、そして「共和国」という「おフランス」譲りの看板を掲げているのに、宗教や宗派で争い続けるメンタリティにがっかりする。

レバノンの内戦の時も、イスラエルやシリアが介入してどんどん深みにはまったし、イランとかロシアとか、ヒズボラなどの過激派なども絡んでくるのだから、ことは複雑だ。


フランスが「傲慢」と言われながらも、こういう介入をするときには一応「ユニヴァーサリズムの視点」を明確にするから、まだましだ。普遍を志向する理念なく地政学的権益だけを念頭に動く国の介入は結局、分断を推し進める。

今の日本はその点、ある意味でフランスと同じくらい「宗教的、宗派的」イデオロギーが一般に欠如しているから、住みやすいと思う。でも、「理念」も欠如している。

フランスもいろんな意味で偽善や欺瞞があるけれど、理念と実際の乖離も見えやすいから、批判や議論も起こるし、問いかけも起こる。どこに軸足を置いて問い続けるかというのが見えやすいかどうかということはフランスと日本の大きな違いの一つだ。(でも、アメリカとフランスやアメリカと日本の違いに比べれば、フランスにいるおかげで、日本の問題もずっと建設的な方向で意識化しやすいのでありがたい。)


(またいつか続きを書きます)


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# by mariastella | 2020-09-26 00:05 | フランス

聖者たちの谷 その3

続きです。
広々しているし、夏の終わりだから訪れる人もまばら。
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ブルターニュ7聖人のひとり聖サムソン。ウェールズ生まれで、アイルランドで司教になり、6世紀にブルターニュに来た。第3パリ公会議にも記録があるらしい。7 世紀にラテン語の聖人伝が書かれた。聖職につく前に妻帯していた。
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彼を支えているのは人魚。彼の母アンナはある日、浜で女たちにいじめられている人魚を助けた。人魚は男たちを誘惑するからだ。助けられた人魚は、お礼に、すでに老いていたアンナに子供を授けた。しかし生まれた子供は醜く弱々しかった。人魚がその子を海に浸けて、両手をあげてアンナに返したら、その子は美しく元気になっていた。


次は聖マロ。サン・マロは有名な海岸都市の名になっている。観光地でもある。
ウェールズに生まれて英仏海峡を7年も航海してブルターニュの島に着いた。7世紀のブルターニュ司教としてブルターニュ7聖人の一人。と言っても、伝説はすべて9 世紀のラテン語テキストで、事実関係はたどれない。もちろん奇跡譚がたくさんあって、彼の遺骨を入れた棺は、ノルマン人の海賊に盗まれるのを防ぐためにあちこちに移動された。「聖遺物と奇跡」という民間信仰の典型例のひとつだ。
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ベンチも作品。
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これは聖人伝を舞台装置ごと。こういうのは「語り過ぎ」かもしれない。でも、他の作品の中では目立っていた。
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6世紀にアイルランドから息子である聖ゴネリを追って来た聖女エリブバン。
2人で隠遁生活。上にいるのがエリブバンで、息子が母のもとを訪れたところ。2人のチャペルは別々にあるけれど、今でも年に一度、七夕伝説のように再会するらしい。
これもメンヒルを切り取った雰囲気であるのは面白い。

(続く)

# by mariastella | 2020-09-25 00:05 | フランス

聖者たちの谷 その2

それぞれの聖人のエピソードや制作者についての情報を紹介している余裕がないので、しばらく、写真を続けてアップすることにします。(と言いつつ最低限のコメントをつけました)

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子羊が足元に。
と思ったら、大違い。
手なづけて従わせた子ドラゴン。
 
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サン・ポル・レオンに名を残す聖ポール、パオル。ブルターニュ7聖人の1人。7 世紀に家族や仲間の修道士12人と共にウェールズからブルターニュに。イノシシやドラゴン退治の話は、ドルイッドの祭司たちを追い出した比喩だとも言われる。

 

あたまに鳩が。お地蔵様みたいな雰囲気。
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これはブルターニュ7聖人の1人聖チュグデュアル。ウェールズ生まれ。6世紀のトレギエ司教で修道院を創設。伝説によると、555年にローマを訪れた日に、教皇ヴィギリウスが帰天した。次の教皇を選ぶコンクラーベの間、サン・ピエトロ大聖堂で祈っていると彼の方に白鳩(聖霊のシンボル)がとまったので、神によって選ばれたとされたが、謙虚なチュグデュアルは辞退したという。この像では頭にとまっているのがかわいい。


膝をついてはるか彼方を見ている像も。
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これはお魚付きの聖コランタン
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聖コランタンもブルターニュ7聖人の1人。4世紀生まれ? トゥールのサン・マルタンに叙階してもらってカンペールの司教になった? 魚を持っているのは、隠遁していた時、托鉢でもらった固いパンと草や木の根の食事をしていたのに、隠遁所の近くの泉に毎日奇跡の魚が現れたからだ。しかも、毎日食べても少しずつ身が増えたという。魚はイエス・キリストのシンボルでもあるから、信仰が高まることを表しているともいう。

これは聖ユゼク。
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この聖ユゼクは6世紀に修道院を建てた。動物ではなく「渇いている」人に水を与えているところ? ブルターニュには何千年も前の石器時代の巨大なメンヒルがあちこちに残っていて、17 世紀にイエズス会士がそれをキリスト教化しようとして十字架を彫った「聖ユゼクのメンヒル」というのがある。
こういうの。

石の文化をキリスト教が習合させた後、今また御影石で「新しいメンヒル」を作っていくという感じの発想が面白い。  (続く)




# by mariastella | 2020-09-24 00:05 | フランス

聖者たちの谷  La Vallée des saints (追記あり)

夏の終わりのブルターニュ旅行の続きです。


とにかく「広々とした戸外」の観光という基準で選んだのが、前から行きたかった「聖者たちの谷  La Vallée des saints 」だ。

前にこういう本を読んでいた。

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イースター島のモアイ像に魅せられた著者が、自分たちも石のメッセージ、石に託した夢を残そうと考えてスタートさせたプロジェクトだ。
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100年かけてブルターニュの歴史に残る1000人の「聖人」の像を作るというプランだ。もちろん巨大でなくては意味がない。3mから7mが基本。
2008年以来、北ブルターニュを見渡すカルノエの丘の上には、ブルターニュ産の薔薇色の御影石を使って様々な彫刻家の手によって自由に造形された聖人像がすでに百体以上も配されている。

毎年5月から10月の間、一体30日ほどかけて現場の戸外のアトリエで制作されている。
ブルターニュの「カトリックの聖人」というのは実在した人たちだけれど、ローマから北進して来たのではなく、紀元5-6世紀にかけて、ウェールズやコーンウォールから英仏海峡を渡ってケルトの地を「宣教」に来た人で、ケルトの神話や伝説や英雄譚、異教の奇跡譚などと習合して、独特の世界を築いている。

ブルターニュ建国?の7聖人というのがいて、彼らがBretagneの七つの司教区それぞれを創設し、それぞれの像が、自分の司教区のカテドラル(司教聖座)の方角に顔を向けて立てられている。(Saint-Brieuc, Saint-Tugdual à Tréguier, Saint-Malo, Saint-Samson à Dol-de-Bretagne, Saint Pol Aurélien à Saint-Pol de Léon, Saint Corentin à Quimper et Saint Patern à Vannes)数千年後かに、今の文明だのキリスト教だのが滅亡していたら、次の文明の人々は、彼らがどうしてばらばらの向きになっているのか不思議に思うことだろう。

一つ一つの像に、「意味」と「物語」と、土地への愛と「群像の力」とが重なって、広々しているのに濃密な場所になっている。御影石彫刻の野外ミュージアムとして最高で最大という感じだ。

それぞれの像のエピソードや図像学的解説をすることもできるし解説書もあるのだけれど、このブログではともかく、私の気に入った像の写真を記録していこう。(少し説明捕捉しました)

これは入り口
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聖女アリエノール(アズノール)
6世紀ブレストの王の娘。父と狩りに出た時に父が蛇に襲われた。彼女はとっさに自分の胸をはだけて、乳をしぼり出す。乳のにおいに惹かれた蛇が乳首に食いついた時、彼女は乳房を切り取った。この勇気をたたえて神は金の乳房を与えた、という伝説。その後、いろいろあってアイルランドに流されて聖人となる息子を生む。乳母の守護聖女。すごい目つきだ。


これは聖コナン
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聖コナンはアイルランドの聖職者でスコットランド王室の教育係だったという七世紀の聖人。シャーロック・ホームズで有名なスコットランドのアーサー・コナン・ドイルの名前。それが日本の「名探偵コナン」というコミックになって、フランスでも訳されている。コナンは21世紀の日仏の若者に知名度抜群の名になった。この像では戦士として表現されている。

これがアトリエ。
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これは全身像ではない聖人の歩み。
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(続く)







# by mariastella | 2020-09-23 00:05 | フランス

クロード・シャブロル『権力の陶酔』とテオドル・ヘルツル

またまた未整理の覚書。


先日のイザベル・ユペールのイメージが尾を引いて、またArteで彼女の映画を観てしまった。

2006年の映画で、日本語で検索したら、日仏会館で英語字幕で公開された感想を見つけたけれど、ほとんど知られていないようだ。

クロード・シャブロルの『権力の陶酔』。


ユペールが予審判事の役で、2000年に実際に起こったフランスの石油会社エルフ事件をモデルにしている。政界と財界、ブルジョワジーの癒着、モラルの不在。

この映画でも、しょっちゅうタバコがふかされている。でも映画の中の女性判事のタバコは、中毒とはいえ、心を落ち着けるのには必要だったんだろうなあ、と同情の念が湧く。


政財界の大物たちは必ず「葉巻」をふかしている。

(私の周りにも、たばこは絶対吸わないのに、集まると食事の後は必ず葉巻という人たちがいて、無意識かもしれないけれどその含意を感じることがよくある。)

役名のジャンヌ・シャルマンというシャルマンは魅力的ということで、実際にこの事件を担当したエヴァ・ジョリのジョリ(きれいな)を連想させる。

で、エヴァ・ジョリのことは、彼女が2012年の大統領選に立候補した頃にこのブログでも触れているけれど、二重国籍の話だけで、当時は「弁護士から政界に転向した」というイメージで、エルフ事件の予審判事だったことはまったく考えていなかった。


この映画でユペールが演じるシャルマン判事は、予審判事として捜査権をフルにいかした徹底的な活躍ぶりで(予審判事の権力の大きさが冤罪をもたらした例もある)、それ故に、政治家がらみで担当から外されてしまう。

ナマリのないユペールでさえ、か弱そうな女性が大企業のトップを逮捕させて尋問するということで危険な目に合うのだから、実際のエヴァ・ジョリにはさらに偏見や差別の圧力があったのではないかと想像する。

映画としては、一つ一つのエピソードが強烈なのだけれど、カタルシスのない結末なので、考えがあちこちにとぶ。

今となっては2000年のエルフ事件よりも、頭に浮かぶのはやはり日産・ルノー事件だ。ルノーの最大株主がフランス政府であること、ゴーンがルノーで働くためにフランス国籍を付与されたことも含めて、ゴーンのしたことやルノーや日産のしたことも、今はエルフ事件よりももっとグローバル化して、もっと規模の大きいエゴイズムで動いていることにあらためて驚く。同時に、ブラジルのレバノン移民の子孫だったゴーンにとってのサクセスのシンボルがヴェルサイユだったっていうのも何か哀しい。

などと考えているところに、グローバリズムの専門家で政治学者のピエール・イラールが90分にわたって自著の『Dans les pas de Theodor Herzl,revenir aux sources du sionisme ; Famille, nation, vérités immuables』について語っているのを聞いて、それがまた私の頭の中でエルフとルノーに繋がってしまった。

テオドル・ヘルツルは「シオニズム」の提唱者として有名だ。その彼の残した膨大なノートを分析した本だ。

ヘルツルは、ハンガリー生まれのドイツ語話者で、ウィーンでジャーナリストになりパリに派遣されて、様々なユダヤの富豪とコンタクトするのだけれど、フランスのロッチルドとイギリスのロスチャイルドは政治的思惑が違うし(ドイツにもいる)、ドイツもクウェートまでの鉄道を開設する予定があるなど、実にいろいろな地政学と経済の事情が利害を錯綜させている。

で、ヘルツル自身は、まるで聖職のようにこのシオニズム(すべてのユダヤ人を対象にせず望むものだけを対象にしたもの)を追求した。こういう人たちが歴史の流れを変えたのはすごいと思うけれど、結局、「聖職」は「聖職」で、「自分の家族を作って血のつながった次世代を育てる」などという望みとは相いれないんだなあ、とヘルツルを見ていると気の毒になる。離婚できないで、三人の子供をもうけた妻は精神を病んだまま隔離され続けて病死、ニンフォマニアと診断された長女はボルドーで麻薬のオーバードーズで死に、その知らせを聞いて駆けつけた長男はその日のうちにホテルで自殺、結婚した次女も精神を病んだ上、ナチスの強制収容所で殺され、身の安全のためにイギリスに送られていたその息子(ヘルツルのたった一人の孫)も、英国軍の士官となったけれど自殺した。ヘルツルは家庭の辛さから逃げるように、英仏独だけではなく、ロシアやエジプトなどを駆け回ったのだという。彼自身はロスチャイルド家とも共通の友人がいたように、両親ともユダヤのブルジョワジー出身だった。

ヘルツルの話は、エルフ事件ともゴーン事件とも一見関係がないように見えるけれど、国際的なベースがあって、いろいろなタイプの偏見や差別も根にあること、私財を増やすことや権力を拡大することなどが個人や国家やイデオロギーにとっての最優先事になってしまうという倒錯がある事情は共通している。

そういえば、イザベル・ユペールも、ブルジョワ家庭出身で、父がハンガリー、ドイツ系のユダヤ人、母親がカトリックでカトリック教育を受けて育っている。ヨーロッパでは歴史も文化も政治の大きな流れも、様々な階層的、宗教的なリアルなしには語れない。それがそのまま、国際紛争も外交問題にも直結しているのだと、改めて考えさせられる。


# by mariastella | 2020-09-22 00:05 | フランス

『愛と死の谷』

公開当時はまったく興味をもてなかったのに、なんとなくTVで見始めたら、景色のすばらしさにも惹かれて最後まで見てしまった。原題が「愛の谷」で、舞台が「死の谷」デスバレーで、邦題が「愛と死の谷」か。まあ言い得て妙かも。
こんな場所があるのだから、アメリカってフランスにいたら想像もできない広大なところなんだなあ、とあらためて思う。これは大画面で見たかったかも。
でも、ドゥパルデューがあまりにも肥満していて、しかも、裸のシーンが多すぎて、目をそむけたくなるので、大画面でなくてよかったのかもしれない。

ジェラール・ドゥパルデューとイザベル・ユペールが35年ぶりの共演で別れた元夫婦役なのだけれど、互いに自分のファーストネームを持つ俳優の役で、自伝的な部分があるのではないか、などと言われていた。監督のギヨーム・ニクルーのギヨームがジェラールの死んだ息子と同名なのも。

先に撮影場所を決めて、後でストーリーや配役を考えたのだそうで、はじめはライアン・オニールを起用して英語で撮影する予定だったらしい。

二人の主役が見た目が正反対なのに存在感があり過ぎて、つい本気で見てしまう。
半年前に自殺した息子と会えるかどうかというミステリーも、意外な終わり方も、よくできている。ミニマリズムの映画とも評されていたけれど、不思議な映画だった。

デスバレーって、夏は朝から晩までずっと50度を超える暑さだそうで、それもすごい。こんな場所でも昨今の「異常気象」の影響ってあるのだろうか、と考えてしまった。



# by mariastella | 2020-09-21 07:14 | 映画

faveur immérité

私は時々、Google Traduction を使う。

便利なのは、戦艦の種類や武器の種類など、考えても分からない分野の単語を日本語にする時だ。普通の単語の場合は、文脈によっていろいろな意味があるのに一種類しか出てこないので役に立たない。最近の専門語も、フランス語の意味が分かっても、日本で普通に使われている訳語を確認するのに役立つ。その逆もたまにある。
カタカナ語だから、そのままだと思って使っていたら、フランス人には通じていなかったということもあるのだ。例えば、カリウムという言葉。私は「カリウムを摂るためにバナナを食べなきゃ」などと言っていたけれど、カリウムは、英語でもフランス語でも「ポタシウム」(Potasium, potassium)というのだ。元素記号はkaliumのKなのに。ドイツ語はカリウムだそうで、たいてい反目する英仏語がポタシウムを採用しているというのはおもしろい。

本当に特殊な単語はGoogle Traduction (以下GT)では出てこないので、自分で意訳する。

フランス語から日本語よりも、フランス語から英語や、英語から日本語への方が充実しているので、いったんフランス語から英語を調べて、その英語から日本語を探す、ということもある。

まあ、全体としては、大した役には立っていないし、期待もしていないし、もちろん単語でなく文を入れたりするとまったく理解不可能な代物が出てくる。

でも、たまに、フランス語の意味はもちろん分かっていても、いい日本語が思いつかない時に、なんとなくGTに入力することがある。ヒントが得られることもあるから。

先日、faveur immérité という言葉を日本語にしたかった。

どういう文脈かというと、神から受ける恩恵のことで、人間は善行や忖度をした対価、見返り、論功行賞として神からよくしてもらえるのではなくて、神から先に無償で愛を受けている。それどころか、神に背いたり神のもとから去って悪行を繰り返しても、神の方に向き直るだけで喜んでもらえて愛情をかけてもらえる。「放蕩息子の帰還」というやつで、放蕩したあげくに打ちひしがれて戻ってきても、もろ手を挙げて迎えてもらえる。

immérité というのは、メリットの否定形だ。
もし神と人との関係がメリトクラシー(功績主義、実力主義)なのなら、努力した成果に見合った幸せをもらえるという感じになる。供物や犠牲を捧げたり、必死に祈ったり、教えに従ったりすれば報われる。でも、キリスト教の神はそうではない。

ところが、faveur immérité を入力したら、日本語に「当然の恩恵」と出てきたので目を疑った。
正反対だ。
GTは信頼していないけれど、これはあまりの初歩のミス。理解できない。で、フランス語を英語にすると、ちゃんと「undeserved favor」と出てくる。今度はそのundeserved favorを入れて日本語に訳させると、やはり「当然の恩恵」となる。

驚いて、immérité だけを入れると、ちゃんと「不相応」と出てきた。

「不相応な恩恵」

悪くない訳だ。試しにundeservedを日本語にしても、ちゃんと「不相応」と出てくる。 同義語として not warranted, merited, or earned というのも出ていた。

それなのにどうして、undeserved favor にすると「当然の恩恵」となるのだろう。
AIさんのバグなんだろうか。これがこうなっているということは、GTの中には他にもいろいろ明らかな「語訳」が混ざっているということだ。
この訳なんて、神学的にすごく重要なのに反対のことを言われたので、GTにだまされる人っているかもしれない、と思ったのでここに書いておくことにした。

ついでに「当然の恩恵」の英語訳は「Natural benefits」で、
「不相応な恩恵」は「Disproportionate benefits」と出てきた。
なるほどね。

faveur immérité  って、すごく好きな言葉なんだけれど。




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# by mariastella | 2020-09-20 00:05 | フランス語

十字架の聖ヨハネ

昨日の記事の追加。
耳にしたのは、この本の著者であるアラン・キュニョーのインタビューだった。
この著者は哲学者で、キルケゴールの専門家だというのがおもしろい。

私は、十字架のヨハネをフランス語訳でかなり読んだけれどもう35年位前。

彼のテキストには、16世紀という時代性がまったくないので古くならないと言われて、確かにそうだと思った。
自分語りのアヴィラのテレサとは対照的だ。

ではどのように「自分」を語るかというと、あらゆるところで「出会う」自分の「魂」についてだ。彼は詩でそれを表現する。「詩」は自分よりも自分を知っている。「魂」とは個体の真実。
幸福とは、健康のような「良好感」ではなくて、浄化した先にある。

「あなたが生きていることは、あなたが思っているよりも重要だ」

自分語りをしない十字架のヨハネは一つの「謎」だ。

これらの解説を聞いていて、今さらながら腑に落ちる部分があった。
昔読んだヨハネのテキストは、気に入った部分の集合体だったけれど、今、なんとなく、楽譜の部分でなく、「詩」の部分の彼の「音楽」が聞こえてくる。
これは『暗夜』。










# by mariastella | 2020-09-19 00:05 | 宗教

セレマの目指すところ

昨日、セレマについてはいつかまた書くといったけれど、忘れないうちに少しメモしておく。アウグスチヌスの説教の中に、「愛せよ、そして汝の欲するところを為せ(Dilige et quod vis fac.)」とある。

その、「汝の欲するところを為せ」という部分が取り上げられて、ユートピア、桃源郷みたいな標語にあれこれ使われてきた。セレマはカルト宗教にもなった。
ラブレーがガルガンチュワの中で、テレーム(セレマ)修道院というのを描写した。Thélèmeは ギリシャ語のthélêmaから来ていて、新約聖書の中では、人の理性と関係なく人の中に現れる神の意志を示す。
この修道院の標語が「やりたいことをやれ」というわけだ。
で、それは各自が自分のしたいことをするというのではなく、神の意志に従って、ということになる。
修道院長もいないし、ヒエラルキーもない。

なぜ指導者がいないかというと、「自分のことさえコントロールできないのに、どうして他の人をコントロールできようか?」と辞退するからだ。(Gargantua,chapitre 52) 

活動は、飲む、読む、歌う、音楽を奏でる、というのが多い。
争いはゼロ。
天のエルサレムの状態。

と言っても、誰でも入れるわけではない。
読んで書けて、5,6ヶ国語を話せて、複数の楽器を弾ける人。

つまりそういう教育を受けた人。
その教育も、セレマなしには意味がない。

複数の楽器を弾ける人、というのが私のツボにはまる。

アウグスチヌス的には、大切なのは「愛せよ、そして…」の部分で、「愛せよ」には、「教育」も入っているわけだ。それは、恩寵、敬意、賞賛、歓喜を育むものでなくてはいけない。

最近、十字架の聖ヨハネの「暗夜」や「カルメル山登攀」についての説明を聞いて、十字架の聖ヨハネはまず神秘詩人であって、手紙形式のその著作はその「詩」の解説だと言われた。「詩」だけで、喜びを得られる。それは音楽を聴いて至福になるのと同じで、それに続くヨハネの文を読むのは、その音楽の楽譜を読むのと同じだ、というのだ。確かに楽譜を読むことで分かってくることはたくさんある。楽譜を読めれば、その音楽を再現することもできる。聴く喜びだけでなく弾く喜びも得られる。

関係がないみたいだけれど、セレマの「条件」に音楽、しかも複数の楽器を弾けること、とあったことで、十字架の聖ヨハネの読み方のことを考えてしまった。

# by mariastella | 2020-09-18 00:05 | 宗教

Covid19を好機とする


ラファエル・ロスロ―の『Covid-19を好機とする』という本についての著者インタビューを聞いて、なるほどこういう見方、目指し方があるんだと知って、目が覚めた思いだ。コロナ禍をきっかけとして考え直す、と言えば、エコロジーだとか、グローバリゼーションが悪いとか、中国依存をやめようとか、そういう類のものかと思っていた。
すごく実践的で具体的な経済政策の話だった。

彼は、主として中小企業を相手に銀行家として45年働いた。
この人が拠って立つのは基本的にライン型資本主義だ。
今検索したら、この考えを広めたミッシェル・アルベールの本が日本でも訳されていた。

こういうことに詳しくない人のためにここで解説する時間も意図もないので、覚書だけれど、要するに、株主ストックホルダーの利益だけ追及する資本主義と、企業を取り巻く環境全体ステークホルダーの利益も考える資本主義の2種類の話だ。でも、今は完全に、前者が後者に取って代わってしまった。

ストックホルダーの利益を最大にする「成長」が最優先で投資、融資が行われる。で、目指される成長率は15%。
地元的には4%の利益率で充分なのに、国際的には15%が求められる。

ところが、どの国もここ半世紀、実は借金だけで動いている。
フランスでは、投資家が、1ユーロ投資すると、その半分、50セントは中国などの国外に回される。

1ユーロの融資が3ユーロを生むはずだった。
今は、1 ユーロを生むために3 ユーロを融資しなくてはいけない。
つまり、投資の3分の2はその企業で働く人や地域の人の利益を生んでいない。
食べていけなくなった人々は抗議行動を起こし、つぶされる。
ロスローは中小企業が4%の成長をするように融資している。
具体的なノウハウがある。

Covid-19での経済危機を救うためにEUが大規模投資、融資をすることはロスローも賛成している。短期的にはそれしかない。けれどもその後でこそ、投資の考え方を根本的に変えなくてはいけない。

ハンナ・アレントについても言及されている。

(日本語のネットに彼女の『人間の条件』のレジュメが載っている。)

ロスローがNPO的な経済活動を奨励し、実践するのもよく分かる。
彼は、「資本」を小さくすることで、今の世界経済の異常さから逃れる方法を提唱する。コロナ禍後の経済立て直しが、それをするきっかけになるというわけだ。

ここからさらに、ハンナ・アレントとアウグスチヌス、セレマなどについて考えが広がるのだけれど、それについてはまた。






# by mariastella | 2020-09-17 00:05 |

ティファニーで朝食を

先日、新作映画を久しぶりに観に行こうかと思っていたのに、上映時間が限られていて、行く気をなくした。3月から5月まで映画館が閉鎖していたから、新作がたまっていて、シネマコンプレックスのひとつの上映室でも二部制とか三部制になっていたのだ。ちょうどいい時間帯がなかった。

で、久しぶりにテレビで映画を見ようとしたら、Arteで『ティファニーで朝食を』に出くわした。

いやあ、半世紀以上ぶりに観た。

しかも、邦画題名としては珍しく、『ティファニーで朝食を』は原題に忠実なのに、フランス語版では『長椅子の上のダイヤモンド』となっていて、一瞬ぴんとこなかった。

ティファニーのブランド名はこの映画によって日本人に焼き付けられたと思うけれど「NYの宝石店」というインパクトは、フランスではやはり「違う」のかなあと思った。

しかも、フランス語の吹き替えだったので、なるほどなあ、と思うものもあった。
例えばヒロインの名はホリーというのだけれど、これはそのままではフランス語ならオリーとなって、名前らしくない。で「ドリー」に変えられている。
主人公のふたりがどんなに親しくなっても、最後までVouvoyer、つまり互いを敬称で呼び合っているのも、面白い。(普通のラブコメディでは途中で親称になると関係が変わったというサインになる)

ポリコレの時代になってからはミッキー・ルーニーが「謝罪」したとかいう日本人のユニオシという隣人のカリカチュアぶりが何度も出てくることも全く記憶になかった。熱い風呂に入っていて、着物姿で床に寝ているというのはまだしも、本当の日本人だったら、隣人がどんなにやかましくてもじっと我慢していたり、表面はにこにこと取り繕うだろうに、と思うと、完全にアメリカ人によるアメリカ人のための「日本人」像なんだなあ。それにしても、ドリーを取り巻く男たちに比べて、日本人がこんな風に配されていることに当時の日本人は何も思わなかったんだろうか? まったく覚えていない。

誰もかれも何かというとタバコを取り出して、パーティは煙がもうもうだし、ベッドでも吸っているし、歩きたばこも、吸い殻のポイ捨ても全く平気なので、これも隔世の感がありすぎる。

オードリーが本当にギターをつま弾きながらムーンリバーを歌うシーンは、ジーンズをはいているし、あまり古くならないことも分かった。マイ・フェア・レディの吹き替えが記憶にあるので、生で歌っているのがかわいい。

そして何よりも驚いたのがこれが実は「猫」映画だったってところだ。

昔この映画を観た頃の私は犬を飼っていて、自分は「犬派」だと思っていた。
そのせいか、この猫の記憶がまったくない。

名のないこの猫、うちのガイアくんや今のナルくんにも似ている。
ひとりでお留守番している時にはキッチンの流しの中に入るところはイズーくんに似ている。とにかくかわいいし、よくしゃべるし、最後には決定的な役割を果たす。
そしてラストの抱擁シーンでは二人の間にぎゅっと抱かれている。

主人公ポールの女パトロン(パトリシア・ニール?)は、プードル犬を飼っている。

この対比は、金のある女が売れない作家を金で買って飼い犬のように支配するという構図と、金のある男に金を出さそうとするドリーの「猫」性に通じる。
「猫」は自分のかわいさだけで、「猫好き」にかしずかれることを知っている。

ドリーが最後に猫を「捨てる」のはそんな自分の否定であり、そんな自分を愛してくれるポールの否定でもあったので、決定的な危機だった。結局、ポールもドリーも、互いを捨てて猫を追う。

自分を必要としてくれる小さなものに目を向け合うことが、互いへの愛の確認にもなるというわけだ。

記憶や期待とは違った意味で「再発見」した映画だった。

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# by mariastella | 2020-09-16 00:05 | 映画

奴隷制、人種差別を見ていると…

アメリカでBLM運動が高まりを見せてから、フランスでも17世紀に奴隷貿易に関わったコルベールの銅像を取り除くとか取り除かないとかの議論が出てきたのは記憶に新しい。前にも少し書いた。

で、前から、フランスの黒人差別というものとアメリカのそれとはまったく別の種類のものだとは分かっているので、それについてより詳しく分析しようとあらためてずっと調べていた。
調べているうちに、ほとほと嫌になった。
前にも、アメリカの南部で黒人奴隷が求められたのは彼らがマラリアに対する免疫を持っていて白人奴隷よりコスパがよかったからだということを書いたことがある。
今回も、つくづく思ったのは、別に黒人奴隷の悲劇を相対化する意味ではなくて、人間はいかに、相対的に強い者が弱い者の生殺与奪の権を握って、奴隷化、家畜化、モノ化、することに何の躊躇もしなかったという歴史の現実の無残さだ。
「弱い者」には敗戦者だけではなく、女、子供、病人、老人、囚人、障碍者、全部ある。

植民地主義時代の黒人奴隷の「取引所」が北アフリカのイスラム諸国だったことはよく知られている。黒人奴隷を彼らに売ることで利益を得た黒人の王だっている。黒人の部族同士でも戦闘の後で互いを使役用に奴隷化したり、子供は去勢奴隷にしたり、してきた。そのような部族間に存在した「復讐」の文脈で、白人の軍隊に協力する部族がいなければ、アフリカはあのようにあっという間に植民地化もされなかった。例えばフランスがマリを征服したのは、ムスリムに搾取されていた奴隷が氾濫してフランス軍についたからだ。ジブチでは、16世紀初めを除いて、白人に売るために奴隷を確保、調達していたのはほぼ100%アフリカ人だった。
黒人の奴隷商が同じ黒人を売っていた様子はメリメの『タマンゴ』にも出てくる。
「人種差別」ではなく、金の支配だ。
「西洋帝国主義国家」が自然と共生していた平和なアフリカを蹂躙したというのが今のポリコレだけれど、すでにアフリカでは奴隷売買経済の帝国が広がっていた。

奴隷貿易によって富を得たイギリス人やフランス人はいたけれど、イギリスやフランスという国自体が奴隷によって国力を高めたというマルクス主義者が広めた説は正確ではない。国レベルでの「近代化」は、奴隷の有無ではなく、石炭などのエネルギー源の利用によって達成されたものだった。

イラクでは九世紀に、黒人奴隷が増えすぎて20年にわたって反乱を起こしたので、その後は、増えないようにと去勢した。「西洋」は、黒人が増えれば、買わなくても奴隷の頭数が増えることをむしろ歓迎した。

2012年にはオーストラリアのジャーナリストが、今でも、モーリタニアイスラム共和国で売買がなされたという黒人奴隷が北アフリカで働かされているというドキュメンタリーの制作を阻まれた。
それでなくてもコンゴのウラン採掘で子供たちが労働させられていることは有名だし、インドの「現代奴隷」も有名だ。

私が今回初めてゆっくり調べたのはイェニチェリというトルコによる白人奴隷の歴史だった。14世紀、トルコ帝国は馬に乗る騎兵が優秀だったけれど歩兵の力が弱かったので、歩兵の精鋭隊を作るために、ヨーロッパとの戦いで勝った地域から奴隷を連れてきて養成した。その後も、定期的に、ヨーロッパで8歳から20歳の男子を一回に1000人から3000人規模で誘拐し、トルコ語を教えイスラム教に改宗させ、軍事訓練を施して優秀な者によるエリート軍団を作った。彼らは生涯独身を課せられたが、特権も与えられた。その後も誘拐から強制徴用という形を経たが、17世紀には帝国の軍隊の規模が充分大きくなり強大になったので、もうイェニチェリを必要としなくなった。

同時に、トルコ人のイェニチェリも増え、家族を持つことも普通になり、特権の世襲もでき、それなのに近代戦には対応できない「古い」軍隊になっていった。19世紀には廃止されたのだけれど、その時の反乱で7000人がコンスタンティノープルで殺され、10万人以上が亡命先で殺されるなど、ひどい結末になっている。

そんなこんなを見ていると、今のアメリカ社会での実際の問題とは別の次元で、「『差別』が権力によって担保されている」という状況をどうしたら根本的に改善できるのかと、茫然としてしまう。

南アフリカでアパルトヘイトが撤回された後に、ケープタウンの歴史ミュージアムを訪れた人の話を聞いた。そこには、黒人が「原始的」な生活をしている場面を蝋人形で再現した差別的な展示が残っていた。ネルソン・マンデラはそれを撤去せずに、その前に、「あなたはこれについてどう考えますか?」と書いた立札をつけ加えたのだという。

差別の解消は、「問い続ける」知性を育むところにしかないのかもしれない、と思わされた。




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# by mariastella | 2020-09-15 00:05 | 歴史

事件の現場

久々に「外」に出て、晴れ晴れした気分になれたバカンスの話はまだ続くけれど、実は、その途中で、思いがけない「事件の現場」に遭遇することになった。

フランスのニュースを見ている人なら8月の終わりごろから毎日のように報道されていた「嫌な事件」のことを必ず知っていると思う。
目をそむけたくなるようなものだ。

それは、フランスのあちらこちらで、「馬」が襲われているという事件だ。
殺されたものもいるが、みんな「切られて」いる。
特に耳を切られるものもいる。
犯人も分かっていず、犯行の理由も分かっていなかった。

それでもあまり深く考えていなかった。考えたくもなかった。
動物虐待のサイコパスの仕業なんだろうと思っていた。
 
ところが、プルターニュのラニヨンの近くの牧場に連れて行かれて驚いた。
8/28のことだったけれど、その2日前にそこにいる7頭の馬のうち1頭の耳の下が深く切り込まれていたというのだ。
若いカップルと6歳の娘のいる家族で、夫は動物の長距離輸送をしていて留守の時だった。
妻はFacebookを立ち上げて、互助のグループを作った。前の日の夜、娘を家において自分は犬と一緒に車で寝て見張った。民間の警備会社にも頼んでいる。一晩ひとり2万円くらいかかる。彼らも犬を連れている。

で、28日の夜は夫が帰ってくるから警備員を頼まない、とFacebookに書いたという。それを読むだろう犯人を罠にかけるためで、実は6人を雇っていた。

前日は逃げられたけれど、3人組が目撃されていて、ひとりは車の中で待ち、2人の実行犯は、1人が元屠殺場で働いていた人、もう1人が元獣医のところで働いていて窃盗で解雇された人、というのがほぼ特定されているという。凶器はメス。

驚いた。

確かに、切りつける相手は牛や羊ではない。放牧されている馬となると、近づくのも難しいし蹴られることだってあるだろう。

だから、馬を扱いなれていて、切りつけ方も知っている人が犯人なのだ。

動機は分かっていず、馬の耳や内臓その他のコレクション、闇のSNSでのコンクール、疫病退散に馬の耳が過去に使われていた民間信仰がコロナ禍で復活した(馬の耳は血管が集中していて、その血を飲む?)、カルト宗教、復讐、愉快犯、模倣犯などいろいろ考えられるかその複合だという。
2012年にイギリスでもあったし、フランスではコロナによるロックダウンの前に少し始まって、外出規制が終わってから増えだしたという。

牧場でコーヒーをいただいている間にも、ニュースチャンネルからひっきりなしにコンタクトがある。
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向こうに馬が見える。

小さな娘は三匹の牧羊犬と遊んでいるけれど、ロックダウン以来もう半年も学校へ行けていない。

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すごく怖い話だ。結局その夜は、犯人たちがまずドローンを飛ばして、警備員がいるのを見つけたので逃走したらしい。次の日の夜は、ひとりを追いつめたけれど、敷地内ではなかったので捕まえる権利がないので警察が来るまでに逃げられてしまった。何ヘクタールもあるし、塀で囲まれているわけでもないから、完全に見張るのは不可能だ。アメリカのような銃社会だったらどうなるのだろう。

9月に入ってからは馬を家の近くに集めるなどして、一応落ち着いたようだ。
毎日、報告がきた。(彼ら親子とは、子供の曽祖父母の家で2月にいっしょに食事をしたが、牧場に行ったのは初めてだ)
今回私が寄った時は、一番緊張が高まっている時で、ストレスが最高潮で、前日一睡もしていない母親と無邪気に遊ぶ子供のコントラストを見ているとくらくらした。

9/6にこの件のドキュメンタリーが放映されて、そこにこの親子も登場するので視聴したけれど、やはり馬の傷などがショッキングで目をそむけてしまった。

(記録のためにここにリンクしておくけれど、残酷なものが苦手な方は視聴しないでください。10分21秒に親子が出てきます)






# by mariastella | 2020-09-14 00:05 | フランス

海を見る

友人のうちからレンヌに行って、2月の旅行の時に気に入っていた同じホテルに泊まった。こういうSPAがついている。
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ジャクジー、サウナ、ハマーム、ジェットバスなどついていて、予約制の貸し切り。
新形コロナウィルスは、海やプールなどの水では感染しない、とバカンス前に言われていたから、一応安心して楽しみにしていたのだけれど、2月はまったく貸し切り状態だったのに、今回は何組かがいっしょだった。確かに、2月はシーズンオフだったから、夏は、たとえば10人まで、とかなんだろう。
それでも、ゆっくり楽しめた。
でも、次の日に泊まった海辺のホテルでは、感染を防ぐためにという名目でSPAが閉鎖されていた。そうなると、なんだか、途端にこのレンヌのホテルでのSPAが大丈夫だったのか気になり始めた。(ブルターニュは感染者が増えていた時期で、その日から10日ぐらいはなんとなく心配だったけれど、結局なにごともなかった。)

2月にはレンヌの教会をいろいろ回ったのだけれど、美術館のことしかこのブログにアップしないままに半年も過ぎた。今回のレポートの後であらためて書くことにする。

で、今回はレンヌの後で行った海の話にうつる。
前回も訪れた海の見える家。。もう何十年もいろいろな思い出のある家だ。
夏の終わりなのに紫陽花が咲いていた。
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その後でコート・ダルモールの海辺のホテルに向かう。
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私の母は、年に一回は海を見ないと具合が悪くなる、といつも言っていたけれど、私も、今回の外出規制とそれに続く「引きこもり」の後でようやく「海」にたどりついて、本当にすがすがしい思いがした。世界各国がロックダウンしていた期間、TVでは毎日のように、人気のないタージマハルだとか、モン・サンミッシェルだとか、誰もいないヴェニスだとか、普段では見られないいろいろな映像を流していた。広大な山脈や広々とした海もあった。でも、「本物」の空気とは全く違う。「そこにいて同じ空気を吸う」ことの代え難さをつくづく思う。

海辺のホテルに泊まり、夕方、海岸を歩いてクレープの店に行く。
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港。
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レストランのそばにある石場。ここは薔薇色の花崗岩の景勝で有名なペロス・ギレックにも近く、同じようなものがところどころに見られる。
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夕日を浴びるとこんな感じに。
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ホテルの近くには別荘がいろいろ。
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朝はホテルの横の階段を下りて浜に出る。
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気持ちがいい。
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20世紀初めの有名な政治家アリスティッド・ブリアンの記念碑があるのに驚いた。彼はこの海岸からすぐの島にいつも滞在して、自分のことをブルトン(ブルターニュ人)と称していたのだそうだ。
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岩場に海鳥がとまっていた。
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砂浜の石に海藻がくっついている。
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普段なら、別に気にしない小さなものでも、今回はすべて新鮮に見える。海鳥も、石も、海藻も、Covid19とか外出規制とかなどと何の関係もなくそこにあった。
日本で最後に「海岸」を歩いたのは去年の春の三保の松原だったなあ、と思い出した。なんだかとっても長い時が流れたような気がする。




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# by mariastella | 2020-09-13 00:05 | フランス

いろいろな動物との出会い

8月末のバカンス記事、まだまだ続きます。

次は、いつも泊まるル・マン郊外の家と、そこからレンヌに行く途中で寄ったラヴァルの友人の家の話。

最初の家は基本的に親戚の「別荘」なので、大昔は犬がいたけれど、今は動物がいないはずだ。それなのに、いろいろ遭遇する。
 
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去年の秋以来久しぶりに訪れた。池の周りをゆっくりと一周する。
保護色でよく分からないけれど、カエルがぴょんぴょん。
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庭のテラスには、迷い込んできたという雄鶏。
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朝の4h30から鳴かれたのにはまいった。
向かいのうちの猫も平気で入ってくる。
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次の日はラヴァルの旧司祭館に住むジルベールのうちに。
庭側からうちを見たところ。
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うちの中から庭を見る。窓際に鳥の餌箱みっつ並んでいて、たくさんの鳥が来ていた。カメラを向けると逃げられたけれど。
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家の中にはウサギも。
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庭には羊も。
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アヒルや鶏たちも。
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心が和む。首都圏に住んでいるとめったに見られない。
この日は、9月から医学部に進学するという孫息子が来ていて、バッハのトッカータなどをピアノで弾いてくれた。
というと、とっても幸せな感じだけれど、実はジルベールは3月に連れ合いのジュヌヴィエーヴを亡くしたばかり。その数ヶ月前まで元気で、癌が発覚した時はもう手遅れだったとか。
家の中にも庭にも、ジュヌヴィエーヴのテイストが至る所に残っている。
ジルベールは、リタイアしたエンジニアだけれど、娘はスイスに住んでいて、実は息子(いっしょにいた孫息子の父親)も亡くしている。息子の死についてぬぐいきれない罪の意識みたいなものを引きずっている。70代前半。元気なようで、いろいろなものを失う年齢でもあり、行き先が突然不安になることもある年齢だ。
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家の前庭には巨大な珍しい樹がある。
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アラウカリア。
その横にイチョウ。

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この二つは「世界最古の現世樹種」なんだそうだ。はるか壮大な気分になる。
鳥、羊、ウサギ、最古の巨木、祖母のピアノでバッハを弾く18歳の青年、もうそこにはいないジュヌヴィエーヴの写真。コロナ禍と遠くにある穏やかな小宇宙のように見えるこの旧司祭館には、いろいろなドラマがつまっている。




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# by mariastella | 2020-09-12 00:05 | フランス

閑話休題 ボルドーとブルゴーニュ

ワインを飲む人、あるいはフランス人ならだれでも知っているボルドーワインとブルゴーニュワインの違い。
ボルドーは熟成させて飲む、ブルゴーニュはその年の新鮮なものを飲む。

ブルゴーニュワインの一種であるボージョレー・ヌーヴォーが毎年の解禁日を待って飲まれるのは日本でも有名だ。

ボルドーは宗教戦争の時代、フランスのプロテスタントの拠点だった。
で、カトリックのブルゴーニュとの差がはっきり出てきた、とジャン=ロベール・ピットは言う。

カトリックは教皇庁のカテキズムを守っていればいい。あとは楽しく生きる。
プロテスタントは常に自分の内面を精査して「良心」をチェック。

カトリックは消費する。
プロテスタントは稼ぎ、貯蓄、投資する。

カトリックは余暇、文化。
プロテスタントは働く。

カトリックはオプティミスト、貧しくても子だくさん、ブラジルのスラムに住んでいてもリオのカーニヴァルで派手に金をかける。

で、ブルゴーニュのワインは、すぐに楽しく飲み、
ボルドーのワインは大事に取っておいてちょびちょびテイスティング。
ほんとに17世紀以来、そうなってきて、メディテーション・ワインと言われる。

ピットはそこいらの社会学者とかではなくて、ソルボンヌの学長も務めた文化地理学者で本格的な知識人だ。カトリックだが、ハンガリーのユダヤ人にもルーツがあり、ヨーロッパ人を自負している。彼が、カトリック文化圏のちょっといい加減で怠け者、享楽的な文化の伝統を書いた『カトリックの惑星--ある文化地理の試み』を出版したところなので、読むのが楽しみだ。

試しに検索してみたら、なんと日本でもピットのワインについての本が訳されていた!

あ、ついでにこの関連記事を別ブログに書いたのでどうぞ。





# by mariastella | 2020-09-11 00:05 | フランス

テンプル騎士団司令部 その5

最後は教会。これは、もうテンプル騎士団の面影というより、マルタ騎士団の色濃いものだ。
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壁にマルタ十字架が描かれている。マルタ騎士団の前身である聖ヨハネ騎士団に痴漢で聖ヨハネ十字架ともよばれるもので、十字架の先がふたつに分かれていて「星」をイメージしたもの。騎士たちの八つの心得の他に、十字軍を組織したヨーロッパの八つの国(オーヴェルニュ、イングランド、アラゴン、カスティーリャ、プロヴァンス、イタリア、ドイツ、フランス)を表す。
この教会は、騎士団の敷地の外側の扉からも入れるので、日曜のミサには地域の信徒もあずかることができた。で、名士のためには桟敷席、ではなかった、ブロック席のソーシャル・ディスタンスが設けられている。壁際は一般席。
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前にも書いたが、テンプル騎士団についてはいつかまとまったものを書こうと思っているのだけれど、こうして彼らの「生活」基地の空気を吸って、その後のマルタ騎士団の展開も考えると、本当に、テンプル騎士団異端裁判というのは悪質で非道なでっち上げ裁判だったとあらためて思う。
ジャンヌ・ダルクは政治的に「復権」できた。
テンプル騎士団はフランス王とフランスに牛耳られた教皇を敵に回して、しかも、「十字軍」の意味そのものがその後の歴史によって「野蛮なローマ・カトリックの狂信者による一方的な略奪」のようなポリコレ・レッテルを貼られたので、「復権」できない。膨大な裁判記録によって作られた悪魔的イメージもサブカル的定着をしている。それらについてまったく別の角度から切り込んでいきたいものだ。

駐車場に戻ると印象的な樹が。
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この樹は騎士団の生活を見ていたのだろうか。
         


# by mariastella | 2020-09-10 00:05 | フランス

テンプル騎士団司令部 その4

ミュージアムを見た後は、菜園を再現したところや各種の建物を見る。
イヤホンガイドも充実していてどれも興味深かったけれど、都会で半年間も「自粛」していた身には、広々した空間そのものが楽しくて、しかも、至る所にリンゴの木や梨の木があって、果物がたくさん落ちているのが一番印象に残った。誰も収穫しないんだろうか。落ちているのも、今すぐに食べられそうなものがいっぱい。

ミュージアムを出たところ。
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家族連れの観光客の多い平年だったらこんな風ではないのかもしれないけれど、とにかく至る所に果物が落ちていた。他の訪問者の姿はゼロ。コロナ騒ぎで観光客はこなくても、果樹は実をつける。

これは納屋。今はコンサートなどに使われているそうだ。
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ほとんど干上がっているけれどこれが沼。
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沼は家畜の水やりや農耕のために最重要で、池や沼のあるところが司令部の敷地として選ばれたというわけだ。 (続く)
                 


# by mariastella | 2020-09-09 00:05 | フランス

テンプル騎士団司令部 その3

さて、ミュージアムの中を進むと、説明だけではなく、至る所に等身大のフィギュア、音楽、大道具、小道具が配されていてとてもよくできている。最初は十字軍に志願して船に乗り込むようなイメージで部屋全体が船の造りになっていたり、途中のイタリアの港のシーンになっていたりする。
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これは、航海中の聖ルイ王。この人って本気だったんだなあとあらためて思う。
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これは騎士団に入ったばかりの修道僧に独房で支給されるすべてのもの。
彼らは修道会の中でももっとも厳しいシトー会系の誓願を要求され、清貧、貞潔、従順を守る。十字軍などといったら、血気にはやった兵士をイメージするかもしれないけれど、従軍慰安婦の存在などとかけ離れたストイックな集団で、人間って、いい方にも悪い方にも、こうやって「個」を殺して信ずるところに殉じることが可能なんだなあ。
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騎士の墓地の上に置かれる像の例。
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脚が十字に組まれているのが神殿騎士の証し。子羊が寄り添う。
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階上へ。
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オリエント世界と遭遇する十字軍。
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ここで、「異文化」を武力で淘汰して回ると思ったら大間違いだ。当時の中東はトルコの支配を受けていたけれど、基本的に豊かなギリシャ文化圏だった。騎士団や十字軍の一般兵士たちは、信仰と軍事と手仕事のことしか知らない素朴な人間がほとんどなので、オリエントの文化と「遭遇」して夢中になって貴重な記録をたくさん残す。
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ウードなどの楽器との出会い。

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これは特に面白い。チェスを覚えて現地の人と興じる兵士。王手=チェック・メイトというのは勝った時に「王は死んだ(詰んだ)」というペルシャ語から派生したものだそうだ。

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楽器や各種ゲーム、ワイン嗜好まで含めて、いわゆるイスラム文化でなくササン朝ペルシャの影響を引き継いだ官能的でミスティックなスーフィズムとの「出会い」が大きかったようだ。今に至るまでフランス人はスーフィーとの相性がよくて、民間の異宗教対話で「ムスリム」として招かれるのがリベラルなスーフィーだったりするのも単なる政治的理由ではなさそうだ。

最後は一四 世紀の弾圧、拷問、殲滅、異端宣告のエピソードで締めくくられる。
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ここでは歴史的な詳しい説明をしないので興味ある人は各自検索してほしい。玉石混交でいくらでも出てくるだろう。

でも、私自身、テンプル騎士団についてはその「異端づくり」裁判を中心にこれまで長くいろいろ調べてきたのだけれど、こうやって流れを概観することによって新たな「出会い」みたいなものを感じる。彼らがいかに金融や流通のシステムをつくり、強固なネットワークを築いてきたのかというのが実感として分かる。

(続く)








# by mariastella | 2020-09-08 00:05 | フランス

テンプル(神殿)騎士団司令部 その2

最初に、十字軍とテンプル騎士団の歴史を再現したミュージアム部分の建物に入る。入場料は全敷地散策込みで7ユーロ。
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ミュージアムだけでなく敷地のいろいろなところを回りながら解説を聞けるイヤホンガイドも借りた。1-22がミュージアムの部分。
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ショップには子供が喜びそうな「騎士」グッズやフィギュア―などいろいろ並ぶ。
これは子供コーナー。
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フィギュアで、これは、ドラゴンが乗っているこれはさぞ重かったのではと思う。
馬もなんだかかわいそう。
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文房具フェチの私の買ったグッズはこれ。
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もちろん資料も買った。テンプル騎士団の話はカタリ派と同じく一度まとめて書いてみたいテーマだ。
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十字軍は時代によってもいろいろ変わるし、今では、狂信的な聖戦集団の代名詞にもなっているし、カトリック教会などは21世紀に入る前に過ちを認めて神にも謝罪しているくらいだ。でも、テンプル騎士団の実際の暮らしをここで見ていると、本気で殉教するつもりだったのだなあと分かる。
イスラム過激派ジハードのテロリストを洗脳するのと同じレトリックが刷り込まれていることにはある種の感慨を覚える。時代や環境や情報量と質がまったく違うし、今は政治的、経済的な格差や搾取の構造をベースにした「洗脳」なので、比べることはできないのだけれど。

2015年の「シャルリー・エブド」テロの共犯者の公判が始まったばかりなのでいろいろ考えさせられる。

「神」と「適切」な距離を保つのは、いつも、そう簡単なことではない。



# by mariastella | 2020-09-07 00:05 | フランス

やっとバカンスへ。テンプル騎士団司令部

8月の終わり、半年ぶりに、パリ地方から外に出た。
若い友人らと違って、マスクをしながら飛行機に乗る気も列車に乗る気も、最初にクラクフを予定していたような都市部を観光する気も起らなくて、ひたすら車で行けて海も見て、戸外の広いところ、というプログラムを組む。初めての友人宅にも行った。

楽しんで戻ってきたら、すっかり秋になっていた。仕事が取り込んでいるので、しばらくは、旅で撮った写真のシリーズ。コメントをゆっくり書いている暇がないので、いずれまた説明すると思う。

まず久しぶりに「フランスの田舎」の景色を見てほっとする。
やっとバカンスへ。テンプル騎士団司令部_c0175451_05392011.jpeg
何もなくて、向こうの方に教会の鐘楼が見えるので村があると分かる。

シャルトルを過ぎて高速を離れてロワールの方に向かい、アルヴィルという町のはずれにあるテンプル騎士団の司令部跡に。14世紀にフィリップ・ル・ベルにほぼ絶滅させられたテンプル騎士団の司令部はひとつでなくネットワークを形成していてヨーロッパのあちこちにあるのだけれど、このアルヴィルが一番よく保存されている。1128年から1130年ごろに、領主から寄進された1000 ヘクタールの場所で、農耕、軍事訓練、修道生活が営まわれていた。その後、後のマルタ騎士団の所有となり、フランス革命で国の所有となった。
その後、農民の手に渡ったが、1979年に修復が始まって、1999 年からは、テンプル騎士団歴史センターになり、十字軍の歴史を説明している。今年はCovid19のせいで中止になっているけれどコスプレの催し物もいつもあるようだ。

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やっとバカンスへ。テンプル騎士団司令部_c0175451_05421427.jpeg
これは付属の教会。
やっとバカンスへ。テンプル騎士団司令部_c0175451_05413578.jpeg
やっとバカンスへ。テンプル騎士団司令部_c0175451_05424644.jpeg
司令部の敷地の門。
やっとバカンスへ。テンプル騎士団司令部_c0175451_05432411.jpeg
やっとバカンスへ。テンプル騎士団司令部_c0175451_05435673.jpeg
全体のマケットとはこんな感じ。
宿舎、菜園、鳩小屋、厩舎がある。
コロナ禍のおかげ?で、訪問者はまばら。広々ゆったりと楽しめる。
やっとバカンスへ。テンプル騎士団司令部_c0175451_06030255.jpeg
(続く)



# by mariastella | 2020-09-06 00:05 | フランス

神のように幸せ

ベビーブーマー世代のフランス人が書いている話で、

小学校の時にこういうドイツ語の諺(言い回し)を習った、とあった。
それは

「Heureux comme Dieu en France」
「Glücklich wie Gott in Frankreich」

つまり、「フランスにいる神さまのように幸せ」

フランスのことを「世界一美しい国に世界一不満をこぼす人間が住んでいる」と形容するのはよくある。
フランス人さえいなければフランスって世界一いいところなんだけれど…というやつだ。これは誰が言い出したのか知らないけれどフランス人は自虐好きなので喜んで口にする。
「不満を表明する自由があって、でも実際は、わりといい国なんじゃない、うちって?」のような逆説的ナルシシズムが底にあるのかもしれない。

で、冒頭の「フランスにいる神さまのように幸せ」。
こういう表現をフランスの小学校で教えて、
それをずっと覚えている人がいて、
しかも、それがもともとドイツ語の表現だなんて、

いろいろ示唆される。

神さまの居場所、居心地のよい場所って、けっこう限られているかもしれない。
きっと神さまだって、適度に自己表現できる場所が必要だろう。
神さまは別に「崇められたい」と思っていない。
神さまの自己表現は、いつも、「愛」。






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# by mariastella | 2020-09-05 00:05 | フランス

風景構成法の思い出  その4

最終回は、四世代目の絵です。

2008年生まれのフランス人男児が6歳の時に描いたもの。
風景構成法の思い出  その4_c0175451_22001786.jpeg
右奥にエッフェル塔がありParisと書いてある。そこから車で祖父母のいる町に来るという構図。木に根の部分も書き込んであるのが特徴。花は切り花っぽい。
動物として、カタツムリの横にはに翼付きの馬?

家に煙突がついていなかったのは、フランス以外で1920 年代に生まれた第一世代の2人の絵だった。

付録)

これはどの世代の誰のものか分からない。でも一番風景になっていて物語性がある。山に雪がある。家には煙突がない。


# by mariastella | 2020-09-04 00:05 | 思い出

風景構成法の思い出  その3

(これは前の続きです)

次の世代。1980年前半生まれくらいの世代。
この世代にはたくさん描いてもらったと思うのだけれど、どの絵が誰のものか分からない。はっきり書き留めたものが一つあったのでそれを紹介。
当時31、2 歳の独身フランス人男性。
裕福な家で育ち高学歴でIT関係コンサルティング。
風景構成法の思い出  その3_c0175451_21595601.jpeg
登山もするスポーツマンだけれど、山に道があって上に旗が立っている。
陽当たりのいい家の煙突からは煙が出ている。花と石が同列に。
全体として「風景画」になってないけれど…。



# by mariastella | 2020-09-03 00:05 | 思い出

風景構成法の思い出  その2

(これは前の続きです)

次の世代の絵。
つまり私と同世代。
フランス人である兄と妹。描いた当時は50歳前後。

まず兄の絵。
風景構成法の思い出  その2_c0175451_21574152.jpeg
子供たちを連れて山に登っていく家族連れ。木が松の木っぽい。
家が結構丁寧に描かれている。

次が妹の絵。
風景構成法の思い出  その2_c0175451_21570607.jpeg
兄の絵とはまったく逆の配置だけれど、家がすごくよく似ている。ドアの配置が同じだし、屋根にも窓があって、煙突がある。兄の絵と違って煙突から煙は出ていない。
2人の育った家は大きくて、こんな雰囲気だった。
ドアの前と窓辺に人の姿が。
家から遠い山のてっぺんに教会らしき建物が見える。(彼女は宗教者だ。)
ダイナミックな構図だ。細かい解説などはもう忘れてしまった。

# by mariastella | 2020-09-02 00:05 | 思い出

風景構成法の思い出 その1

2001年に講談社選書メチエの『知の教科書――ユング』(山中康裕編)をいただいた時に、中井久夫さん考案の「風景構成法」が載っていた。川、山、田、道、家、木、人、花、動物、石あるいは岩のようなものの順番で全体を一つの風景にしてもらう。その後で足りないと思うものは自由に書き足していい。

「読み方」は標準化されていない。

その頃、周りのいろいろな人にこれを試してみた。

私はやっていない。この本を読んできたから自然な心象風景が出るとは思えないし、私はいわゆる「お絵描きがとっても上手な子」なので、最初から、全体の遠近法とかを考えながら「絵になる」構成を考えてしまうからだ。で、その時から周囲の人に描いてもらった紙を、この本の中に保存していたのを最近偶然見つけた。名前や年齢が書いていなくてもう分からないのもある。

フランス人には「田」は「畑」と言った。

今となっては懐かしいしユニークなものもあるので少し紹介というか、ここに思い出として記録しておくことにした。

描いてもらった人は、精神的な問題があった人でなくごく普通の人。だから、心象風景というより、その人たちにとって、「家」とか「木」とか「川」とか「道」とか「花」とかがどういうイメージなのかということが分かって興味深かった。


年代別に四世代分あるので、まず、私の母の世代。つまり1920代半ば生まれの二人。


私の母のもの。

風景構成法の思い出 その1_c0175451_21594036.jpeg
日本人だから「田」ということで右に田んぼが見える。家にはドアがない。石は木の下に配置。山は川の向こう。川には橋がない。母は戦争中空襲を経験したけれど、親兄弟は誰も失っていない。

次は驚きの絵だった。
風景構成法の思い出 その1_c0175451_21584885.jpeg
描いたのはチベット人の活仏である高僧。チベットからインドに亡命、さらにフランスに亡命した。解説してくれた人が、下は東estだと補完している。
で、ヒマラヤに暮らしていると、太陽はいつも足元から上がってくるのだそうだ。そして、チベットにはそもそも「風景画」という観念がなく伝統もなく存在もしなかった。道が川を横切っているのにほっとするけれど、これを書いた人がチベットのラマ僧だと知らなければ、ぎょっとする、というか、精神状態を心配してしまいそう。実際はいつもにこにこ温厚そのものの人だった。
母も、この高僧も、もう、いない。(続く)


# by mariastella | 2020-09-01 00:05 | 思い出

オリヴィエ・スリエの話を聞く

先日ラジオでオリヴィエ・スリエの話を聞いた。
この人は総合医でありホメオパシー医でもあって、エビデンス原理主義の医師たちからはよく思われていない。
「病気を治す」ことを「病人を癒す」ことに優先する規範に疑問投げかけて「病の意味」を問い続けている。ビデオを検索したら2015 年のこういうのがあった。
なかなか感じのいい人で、手の動きが印象的で、8:29あたりから出てくる指を内側にして両手を組むしぐさも気に留まった。(やってみると気持ちよく、指のツボとか押さえられているような。)

で、この人がフランスにおけるCovid19について話していた。

香港風邪ではフランスで10万人が死んでいるけどロックダウンなどしなかった。
Covid19は戦後のフランスが経験した12の伝染病の中で9番目の感染力。
(衛生状態や生活形態のせいで大量の犠牲者が出ると思われた)アフリカで犠牲者数が伸びていないのは、彼らは抗マラリア薬のヒドロキシクロロキンを日頃から服用しているからだという。(なるほど、それは考えつかなかった。東南アジアでもあり得るかも。抗マラリア薬もいろいろあるけれど、旧フランス植民地国ではこれが使われている確率が高いだろう。)

もちろん皆が異口同音に「ワクチン」開発をCovid19の最終解決策だとしていることには反対。何年たっても有効なワクチンができていない伝染病はたくさんある。エイズのHIVワクチンも、有効性が証明されたものはいまだにできていない。ワクチン開発に頼るなら、これから40も50もワクチンを作っていかなくてはならない。
新型コロナウィルスが人に広がったという「結果」だけと戦うのはやめて、「原因」(人による自然環境の破壊)と戦わなければならない。

で、彼のところにやってくる患者に発想を転換して病の意味を考えるようにと啓蒙をしているのかと聞かれて、

「自分は余計なことはつけ加えない。100の疑問、悩みについて、101答えることにしている」

と言っていたのが印象的だった。


# by mariastella | 2020-08-31 00:05 | フランス

量子力学と神

講談社の『本』7月号に、ブルーバックス『量子とは何だろう』の著者松浦壮氏が「見えている世界・見ていない世界・本当の世界」という分を寄せられていた。

「見えているもの」とか感知しているものが、五感という観測装置が捉えた情報を統合させるために脳が作り上げた「世界の想像図」だというのは今やよく分かる。

要約すると、

自然科学は、「存在とは、それを仮定することで現象を説明できる仮説である」という発想で、現象の合理的説明が科学の目的。
現象という「想像図」と矛盾しない仮説が科学における「存在」。(例えば「力」は目に見えないけれど「加速」という現象を説明するために必要な存在)

また、いつでも存在が確認できるなら、見ても見なくても存在している、という立場も常識を根底から支えている。(誰も見ていない月も存在している)

量子力学はこの世界観をひっくり返した。「見る前は確定していなかった電子の居場所が、見ることで確定する」と仮定しないと自然現象が説明できない。

「直観」をはねつける量子力学を常識や直感に組み入れるのは「天動説」が「地動説」に変わったくらいに難しい。

となる。

確かに、今でさえ、「地動説」はみな頭で理解しているけれど、毎朝日が昇り毎夕日が沈み、月が満ち欠けして、という「目に見える」「現象」はあいかわらず日常レベルで機能しているし、生活レベルでは星座占いや干支占いですら、需要と供給がある。

でも、見ることによって居場所が確定する、存在するという発想って、宗教神秘現象や見神体験、御出現、回心などの言説においては、実はすでに「根底にある」ような気がする。宗教の典礼の中だけでなく、芸術の中に、また自分の心の奥においても、神と「出会う」人がいる。

有神論とか無神論で、神は「存在」するかどうかの「議論」は、超越神が「見えない」か「見えているか」か、あるいは神を「見ない」のか、などが、近代科学合理主義の「存在」定義によって否定されたり、あるいは、存在してもしなくてもどちらでもいいとスルーされてきた。

私たちが、「世界の根本である量子の理」(松浦さんの言葉)を直観に焼きつけられる時代が遠からず来る時には、神や各種の「霊的」存在は、どのように語られ、どのように生きられるのだろうか。

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# by mariastella | 2020-08-30 19:18 | 宗教

「お年よりを守る」

最近気になったこと。

そのうち考えてみたいけれど忘れないうちに覚書。

Covid19の感染拡大を防ぐということでの各種の自粛要請に、あなたは無症状でも感染者かもしれない、お年寄りや持病を持っている人にうつしてはいけない、高齢の親との同居には要注意、田舎の祖父母に会いに行くなどは自粛など、というキャンペーンがあった。

高齢者のことを気にかけないで遊びまわる無責任な「若者」たちを諫めるべきだとか。

私は個人的には、重症化しない若者たちが集団免疫の楯になってくれればいいと思うし、何より、若者が若者らしく自由にふるまうのを長期にわたって制限したり、罪悪感を与えたりするのは不健全だと思っている。
といっても、前期高齢者の私自身が、後期高齢者の方とか、もし今まだ両親が存命だったらと思うと、すごく注意する気にはなる。

ところが、その「お年よりを守る」というお題目の反動か、近頃は、「お餅を詰まらせても、熱中症でも毎年お年寄りがたくさん亡くなっているのに、犠牲者数の圧倒的に少ないコロナにだけなんで大騒ぎするのだ」、という声があちこちで上がってくるようになってきた。そもそも高齢で持病がある人がコロナで重症化して亡くなるのは寿命なのであって、大騒ぎするようなことではない、とも。
むしろ日本は、他の年代での交通事故の方が多くても、高齢者の運転する交通事故だけを目立って取り上げて、高齢者に「社会の迷惑」的プレッシャーをかけている感じだから、「お年寄りのせいで若者が犠牲になる」のが本当は嫌なのではないか、と思ってしまう。

思えば、「お年寄り、持病のある人」、つまり「相対的な弱者」を守るために自粛する、というキャンペーンは、明らかにヨーロッパから始まったように思う。
武漢の封鎖の時にそんなことは聞いたことがない。むしろ、障碍者が閉じ込められたまま餓死したケースとか、Covi19以外の病気、老い、障碍を持った人たちが一律に無視されて大変な苦しみを味わったような感じがする。今となっては新型コロナによる中国の死者数は「大したことがなかった」わけだから、コロナ以外で亡くなった方の数が圧倒的に多かったのではないかと思う。

で、中国式の封鎖を受け入れるなどと程遠い気質のヨーロッパ諸国が都市封鎖をして、それが受け入れられたときの金科玉条が「お年寄りや持病のある人を守るため」だった。フランスは特にいわゆる医療崩壊は防げているから、年齢による医療差別はともかく表には出ないですんだ。
で、規制解除後も、「お年寄りが、お年寄りが」と言い続けている。

そしてこの呪文が浮かび、効を奏した背景には、やはりキリスト教的集団無意識への刷り込みがあるからかもしれない。

人間のどの社会でも、共同体の社会進化論としては、昔は「生産性のない」年寄、病人、障碍者などを養う余裕はなかったわけで、淘汰しないと共同体が滅ぶ。「楢山節考」的な典礼化した淘汰の伝統というのは、人類学的に見るとあちこちに見られてきた。そんな世界で、病んでいる人を見舞い、飢えている人に食べさせ、渇いている人に飲ませ、宿のない人を迎え、それらの弱者の一人ひとりがイエス・キリストなのだ、天国に迎えられるのだという革命的なことをイエスは言った。

その後、キリスト教はローマ帝国の国教になって政治権力のツールになったけれど、弱者に寄り添って自らも侮辱され処刑されたイエス・キリストの姿が磔刑像で可視化されている限り、「弱者救済」は、キリスト教文化圏の文化DNAに組み込まれてきた。だからこそ、「お年寄りを守れ」というお題目が受け入れられたのだ。

で、日本が同じことを言い出したのは、武漢由来ではなくて、ヨーロッパ由来だと思う。

日本や中国にも年長者を敬う儒教文化があるではないか、とも思ったけれど、儒教文化における長幼のヒエラルキーというのは、結果として「年を重ねた支配階級」向きになっているような気がする。
「先生」=「先に生まれた」人が権力を行使したり、先輩が後輩をいじめたり、老師匠に絶対服従したり、言ってみれば年寄の既得権死守と結びついている場合も多そうだ。無産階級では老人支配はもとより成立しない。店を継ぐ、田畑を継ぐ、財産を継ぐ、特権を継ぐという時に「先代」が意味を持つ。それなのに、昔は「特権」と結びついていた「苗字」が明治時代にすべての人に与えられてから、無産階級でも「家名」だの「戸籍」などで継ぐべき所有物があるかのような錯覚があって、「家長」を頂くヒエラルキーができたので、その中で「敬う」年寄は権力勾配の上に位置するわけだ。
弱者、病者の中にイエスを見て仕える、というのとは違う。
情報があっという間に共有されるグローバル化した世界でのCovid 19にまつわる言説とその背景には、実は大きな欺瞞やねじれもあるのではないだろうかと思えてきたのでここにメモしておく。
# by mariastella | 2020-08-29 00:05 | 時事

今年初のブドウ数粒

8月上旬、庭の葡萄の木に垂れ下がっていた葡萄の房のうちそこかしこがもう色づいているのを発見。
今年初のブドウ数粒_c0175451_20112672.png
今年初のブドウ数粒_c0175451_20094338.jpeg
取りに食べられる前にいくつか摘んでみた。
今年初のブドウ数粒_c0175451_20135302.png
ツンツンとしようとしているナルくん
ブドウは小さいからか種がほとんどなくて甘かった。

水やり意外ほとんど何も手入れしていないのに、小鳥の餌はやっているから、何十匹もやってくる。小鳥が種をまき散らすせいか、花や果樹があちこちから芽をだす。
うちで育つのは生命力の強い植物ばかり。

植物を育てるのが上手な人のことを英語ではgreen thumb(緑の親指)を持っているというけれど、フランス語ではmain verte(緑の手)を持っているという。

そういえばアングロサクソン国の長さの単位のインチって男性の親指の爪の付け根の幅が基準だったとかいうし、「親指」は英語ではthumbs upで親指を立てて「イイネ」の合図にも使われるし、日本語でも「親」指でなんとなく家父長的な雰囲気だ。

園芸など、何かを「養い育てる」にはやっぱり五本の指が協力する「手」のシンボルの方がやさしいかなあと思うんだけど。


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# by mariastella | 2020-08-28 00:05 | 雑感



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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