L'art de croire             竹下節子ブログ

ルネサンス文学手稿

先週はソルボンヌの16世紀フランス文学の学会に出席した。

去年は鉄道ストのためスルーし、一昨年は日本にいた期間と重なって行けなかったので、3年ぶり。しかもここ数年はオデオンの近くで開催されていたので、ソルボンヌに戻るのは久しぶりだ。

カルチェ・ラタン界隈といっても最近の私はサン・シュルピスのLa Procure書店以外(それも読む暇のない本を衝動買いするのを避けて今は必要なものだけ取り寄せている)はほとんどどこにもいかない。パリのテロがあってからはますます足が遠のいた。

だから新鮮なサンミッシェルの泉。
c0175451_02143780.jpeg
ソルボンヌの正面
c0175451_02150802.jpeg
いつものセミナー会場の入口。
c0175451_02164662.jpeg
この部屋に入ると、昔はスライドが見せられるときにカーテンを閉め、明かりを消していたのを思い出す。今は普通にコンピューターの画面が映し出される。
Eduspotというwifiもある。大学の環境は本当に変わった。

今回は16文学作品の手稿と出版との関係がテーマだ。
      
c0175451_02170723.jpeg
フランソワ一世の宮廷におけるジャン・テノーの手稿における文学と占星術の関係に興味をひかれた。
そもそも私がこの学会に出るようになったのはもう20年以上も前に、ノストラダムス関係のテレビ番組製作を手伝った時に知り合ったノストラダムスの研究者の発表に招待されて以来だ。
私にとってフランス・ルネサンスの一種の定点観測となっていて、教えられることがたくさんある。

マルグリット・ド・ナヴァールの手稿に関する一連の研究もおもしろかった。

デルポイの巫女シビュラによるアポンの神託がルネサンス期に出回った手稿によってユマニストをいかに汚染したかというテーマにも興味を惹かれたのに、発表者が病気で来られなくなった。

で、さまざまな手稿というのは、印刷する前の「原稿」の場合もあるし、そもそも、内部供覧用に注文された今でいえば自費出版のような場合もある。もちろん王侯貴族が注文した手作り手稿本だ。ちゃんと製本装丁されている。商品ではないから手書きでいい。
活字印刷して出版されている本をわざわざ挿絵まで手で書き写して最後に祈りの文句や家族みんなの署名を付け加えた後で製本するなど「家族用」の本もある。

今でいう「校正」と改訂済みの増刷などにあたる「改訂版手稿」もある。

こういう話を聞いていると、大昔の日本で原稿用紙で提出したレポートや論文以来、「手稿」というものを書いていないことにつくづく思いがいたる。
原稿はすべてヴァ―チャル化して、上書きを重ねることができる。
誰でも自分の書いたものを「活字」で見ることができる。
昔は、例えば聖書の一節を引用するのに、わざわざそのページを開いて読んでタイプしていた。今は検索サイトを使ってコピペすればいいだけだ。
ついこの前まで、昔自分の書いた本や記事の一節を再利用する時にも、その部分を見ながらタイプし直していた。今はウェブ上に保存してある原稿をコピペする以外の手間は絶対にかけたくない。

昔の人の手稿、書写の努力、忍耐は想像もつかないほどだ。
ルネサンスの時代、活字印刷が可能になり、出版文化が誕生した時に、同時に別の存在の仕方をしていた手稿や書写のいろいろな側面を探るのは刺激的だ。
しかも、今は、それらの貴重な手稿の多くを誰でも自分の書斎でダウンロードできてしまう。文書庫で掘り出し物を見つけた研究者がそれを撮影したものを研究発表で披露してくれる。そのギャップにくらくらする。

一方で、毎年、前の年の発表内容が本になっているのが配られるのだけれど、今年は準備ができていなかった。ソルボンヌがピエール=マリー・キュリー大学と合併するそうで、「活字出版」が大幅に削られることになり作業が遅れているそうだ。
「手書き」から「活字」、そして完全なデジタルへ。
でも、そのデジタルの世界って、やはりこの世界の有限なエネルギーを消費しながら成り立っているのだから、どこか心もとない。
印刷術や出版が生まれても、せっせと手書き本を製本していたルネサンス時代のように、私たちもまだ、デジタル情報を手に取れる「本」の形に残そうとあがいているのだろうか。

町から書店がどんどん消えていく時代、サンミッシェル界隈には昔ながらの書店や古書店が残っているので、古書店でつい昔の雑誌を何冊か買ってしまった。

店頭で本を手にとってのぱらぱら検索は、ネット検索よりも、やはり、味がある。



# by mariastella | 2019-03-20 00:05 | フランス

「善の陳腐さ」について

ストレスフルなニュースばかり続くこの頃、久しぶりに心が軽くなる本の著者がインタビューされているのをarteで見た。

『父を救ったこの不思議なナチ』



フランソワ・エスブールFrançois Heisbourgという戦略研究家でテロリズム対策についての著作などもある人だけれど私は読んだことがない。その彼が、自分の父親をヒットラーから救ってくれた人物をついに探し当てた。父親はレジスタンス活動で収容所に送られるところだった。でも、このころの多くの人と同じで父親は当時のことをほとんど語ろうとしないままで亡くなった。で、息子がさまざまな調査をしてようやく発見した「恩人」は、ドイツの男爵で、志願してナチスの将校となったフランツ・フォン・ホイニンゲンだ。

この人は、当時のドイツの普通のキリスト教貴族として普通のユダヤ人への偏見ももっていたし、ヒットラーの政策にも共鳴してナチスに加盟した。
でも、また普通の正義感も持っていて、ユダヤ人やレジスタンスの殲滅作戦には賛同せず、数百人のユダヤ人やレジスタンスの闘士たちを逃がした。
最後はヒットラーへの反逆の罪を逃れるために妻とルクセンブルクに逃げてそのままひっそりと余生を過ごしたらしい。誰にも知られなかった。

で、エスブールが伝えたいのは、あの時代、普通の人が普通に、不当な扱いを受ける犠牲者を救う行動に出たということだ。

ナチスの蛮行というと私たちはアイヒマン裁判を見たハンナ・アーレントの「悪の陳腐さ」を思い出す。普通の公務員が普通に、命令通りに、大犯罪を犯してしまう。

でも、実は、アーレントの証言にも、「普通の善」の証言もたくさんある。
ユダヤ人の子供たちを匿ったり、ユダヤ人の子供たちのために偽の「洗礼証明書」を発行した司祭や牧師もたくさんいた。

ユダヤ人を救った義人というと私たちは勇気ある英雄だと讃えるけれど、実は、市井の普通の人の多くが、ナチスの将校ですら、罪のない人たちをとらえて殺すなんてとんでもない、と思って、自分たちの身の丈に合った救援活動をしたのだ。

「普通の人」が陳腐な悪の方に振れるのか、陳腐な善の方に振れるのか、その差はごく小さいのかもしれない。

「陳腐な悪」の方が私たちに衝撃を与え、そちらに触れないように自戒を促す。
でも、私たちは実は、ずっとたくさんある「陳腐な善」に囲まれて、その恩恵を受けっぱなしで生きているのだ。

エスブールはもう一人、セルマ・カルタルとかいうやはりユダヤ人らを救った人の消息を探し続けているということで、TVで呼びかけていた。

ナチスの残党を世界の果てまで追いかけて罰しようとするユダヤ人組織の執念を見るのはなんだか怖いといつも思っていたけれど、「陳腐な善」を追い続ける子孫たちの熱意には勇気づけられる。

「陳腐な善」をみんなが実践しやすい社会でありますように。



# by mariastella | 2019-03-19 06:54 |

聖人のタイトル剥奪って… 

オーストラリアのペル枢機卿にペドフィリアで有罪判決が下ったことで、カトリック叩きの異様な興奮が一部で相変わらず続いている。
ペル師はワシントンの枢機卿と違って、自分にはやましいところがないから、と、オーストラリアの法廷に召喚された時にヴァティカンからすぐに戻っている。
「罪を認めて悔い改めた」というタイプの事件とは全く違う。
前にも触れたけれど、フランスでもつい最近、地域の区画整理における対立の後で司祭に復讐しようとした夫婦がペドフィリアを告発した後、偽証や名誉棄損で有罪判決を受けた。悪意によって被る濡れ衣というものは確実に存在する。
ペル師はLGBTについて、保守的な立場だった。まあ、現役カトリックの高位聖職者なのだからそのこと自体を責められないだろう。でもシドニーはサンフランシスコと並んで世界一LGBTのロビーの力が強いところだ。しかもヴァティカンでの既得権益粛清の仕事でますます敵を増やしている。ある意味で「お手軽」なペドフィリア告発の罪がもし「無実」なのだったとしたら、ペル師は一種の「殉教」者ということだ。
まあキリスト教はイエス・キリスト以来「無実の罪」に耐性があるから長いスパンで見れば落ち着くところに落ち着くのかもしれない。

で、バルバラン師にはじめて、ペドフィリアの司祭(これは本人が認めているもの)を世俗の司法に告発しなかった罪で有罪先刻が出たことで、今度は、世界中からいろいろな通告を受けていたはずのヨハネ=パウロ二世が何の手も打たなかったことを非難して、「聖人」の称号を取り消せ、という声まで一部に上がってきた。

カトリック側には、そんなことをいうなら、明らかに今のフェミニズム的には女性差別のテキストを残したパウロだって聖人をやめてもらうことになる、聖人とは神のそばにいるということで、勲章などの問題ではない、ナンセンスだ、と言う人がいた。
確かに、日本でも、政府からのものを含めて褒賞、顕彰などを受けたアスリートが、その後で性犯罪の実刑が出てすべてを取り消されたり剥奪されたりという類の事件があったようだけれど、そういう世俗の名誉とか表象と、列福列聖の論理はまったく別のところにあるのは明らかだ。
また、確かにナザレのイエスは、自分の生まれた時代や環境に対してまったく革命的な人(というかキリスト教的には神だから当然だけれど)だったけれど、弟子だってパウロだって、みな人間的弱みを生きてきた「時代の子」だった。
ローマ教皇というとその上にもう中世以来の「領主」として長い間「政治」的「経済」的な存在だったのだから、「その時代の過ち」からは自由ではない。

ヨハネ=パウロ二世については、冷戦時代の共産圏からヨーロッパの理念を大切にしてヴァティカンにやってきた人だった。そして、彼が「自由世界」で目撃した「近代性」は、21世紀の目から見るとスキャンダラスなものもある。
1970年代のパリでは、実存主義のカリスマであったサルトルらと共に、ペドフィリアを肯定するようなマニフェストが展開されたことすらある。もちろん合意なしのものが罪であるのは変わりがないが、フロイトの影響もあり、子供にでもセクシュアリティはあるので、快感を目覚めさせるのは悪いことではない、欺瞞的な抑圧からの解放だ、という空気が「時代の空気」であり、それが大方の問題意識をくもらせたという可能性は大いにある。

その最たるものが、なぜローマ教皇はヒットラーのホロコーストを許したのか、というやむことのない攻撃だ。

ナチスが政権を取った時、世俗の知識人、聖職者、ユダヤのラビなど、多くの人が、ピウス11世に直訴したり親書を送って、ヒットラーを弾劾してくれと頼んだ。特にドイツのユダヤ人哲学者でカトリックに改宗したばかりのエディット・シュタインからの嘆願の手紙は「先見の明」があるもので、同志てすぐに反応しなかったのかとはよく呈される疑問だ。彼女がカルメル会の修道女となった後でガス室で殺され、後に殉教者として列聖されたこともユダヤ教との間にいろいろな摩擦の種になった。
彼女の列聖こそが、教皇への親書に対する遅すぎた答えだったのかもしれないが、ともかくそれをきっかけにカトリックとユダヤ教の兄弟性が繰り返し強調されるようになったので、シュタインの手紙も「殉教」も決して無駄にはならなかった。

ピウス一世には、あのムッソリーニですら、ヒットラーを「破門」してはどうかと頼む心づもりをしていたという証言も残っている。
そう、ルター派がマジョリティのドイツでは30%ほどだった当時のドイツのトップに立ったヒットラーは「カトリック」だった。イエスは実はアーリア人だったと言わせるとか、ゲルマン神話に入れあげるとか、自分も敢えてカトリックとは言わず「キリスト者」であると言っていた。そして、ユダヤ人を「キリスト殺し」だと非難したわけだけれど、ともかく、当時の脅威だった共産主義無神論者ではなかった。

ヴァティカンが、ヒットラーを則「破門」する代わりに、無神論を共通の敵とする同志として1933年夏にひとまず何とか外交関係を樹立したこと自体が、結果論ではなく当時の文脈で考えた時に「戦略」上間違っていたのかどうかは私には分からない。

その後、エデッィト・シュタインの恐れていた通り、ヒットラーの全体主義は猛威を振るった。教会はすべて御用教会としか生き延びられず、それに反対する聖職者はユダヤ人と同じように収容所に入れられた。

ドイツからオランダの修道院に移ったエデッィト・シュタインは、オランダのカトリックとプロテスタントが共同でヒットラーのオランダでのユダヤ人排斥を弾劾する声明を1942年に出したすぐ後で、その報復として、8/2に300人のユダヤ系聖職者を逮捕したのと同時に逮捕されたのだ。
エデッィト・シュタインは、イエスの十字架はまさにユダヤ人の十字架であり、ユダヤ系キリスト者である自分こそが全てのユダヤ人の十字架を背負うという覚悟をもっていた。

過去のいろいろな歴史を検証して断罪することは難しいけれど必要だ。
それらからいろいろなことを学んで「過ち」を減らしていくことは、さらに大切なことなのに、さらに、難しい。




# by mariastella | 2019-03-18 00:05 | 宗教

ペドフィリア・スキャンダル 司教はつらいよ

先週、バルバラン枢機卿の辞職願がフランシスコ教皇に受理された次の日、


ストラスブールの大司教が、ラジオで、教会内ペドフィリア・スキャンダルについて突っ込まれたインタビューに正直に答えていたのを聞いた。


今、現在、性的虐待で告発されている司祭が司教区内にいるかどうかという質問で、彼は「一人いる」と言う。で、その司祭は直ちに子供と接触のないポストに異動させられているのかという質問には「否」だと答えた。

つまり、大司教はこの告発を現在の教会の指針通り、直ちに警察に通報した。で、今はその調査中なので、証拠隠滅などがないように、その司祭には何も知らせないように、当局から言われているのだそうだ。

ということは、最悪の場合、まだ「ばれていない」と思っている司祭はセクハラを続けたり別の犠牲者を出したりするかもしれない。それではリスクをおかすことになるのではないか ? トレランス・ゼロとはいえないのではないか ? と厳しく問われても、大司教には自分には今の段階では司法機関に従うしか選択肢がない、と答えていた。確かに、「推定無罪」というのはある。冤罪かもしれない。

これが今までであったら、警察に通報するよりもまず司教が件の司祭を呼び出して、ことの真偽を問うことになる。それで「神に誓ってそんなことはしていない」と答えられれば、それを信じる以外の選択は司教にはないだろう。逆に、事実を認めて悔い改めを表明すれば、やはり神の名において免償しなければならないし、その上でなおかつ司法の手に引き渡すことは「告解の秘密を守る」義務もあるから難しかったわけだ。

バルバラン師の場合もこういうジレンマや教会法的処理について、大きく非難されて決定的に弾劾されたわけだから、このストラスブールの場合は個人的に司祭を呼び出して事情を聞く前に司法に「丸投げ」となったわけで、そうすると彼らの調査を妨げてはならない、となるわけだ。これが教会の公金横領などだったら、「事情を聞く」前に自分たちで「調査」することも可能だけれど、密室の性的犯罪となると、本人抜きの内輪の調査と判断は難しい。


いやあ、まだまだこの問題は試行錯誤が続きそうだ。


ストラスブールではすべての告解室や子供たちが出入りする場所のドアを透明ガラスの窓付きのものに変えたという。

その上に監視カメラや盗聴器まで備えられる日がいつか来るなら、もう倒錯的な段階に突入だ。

このままでは司祭を監督するのが任務である司教のなり手なんていなくなるだろう。

「司祭を監督しよう」などという使命感で聖職の道を選ぶ人などありはしない。


司教ってきのどくだ。

神さま、なんとかしてあげてください。


# by mariastella | 2019-03-17 00:05 | 宗教

3・11のこと

これを書いているのは3/11。

フランスではさすがにもう話題に取り上げられていなかったけれど、いつも見ている日本のブログやニュースの多くが3・11の特集などをしている。この時期は日本では卒業式などの年度替わりだから特別な感じもする。

思えば、あの日以降、多くの新しいブログを見ている。偶然行き当たって一度しか見ないブログもあれば、ブックマークして時々のぞくものもある。

で、そのブロガーさんがどんな人だろうと想像を巡らせる時、私は2011/3/11と少し後の記事を検索することにしている。普段は政治や社会のことをテーマにしないほのぼの系のブログでも、あの地震と津波、原発事故の期間は、何らかのコメントを発しているので、その雰囲気で、そのブロガーがどんな方なのか何となくわかるからだ。「こんなブログを書く人はあの時にどういうリアクションをしたのだろう」と気になる。

で、今年の3/11も、何となく原発関連の記事を見ていたら、こんなブログを見つけた。
おそろしい話ばかりだけれど、問題から目を背けてはいけないとあらためて思う。
このブログの中で、水戸巌さんという方のことをはじめて知った。


未亡人の水戸喜世子さんが80代になっても続ける原発批判の活躍がすばらしい。彼女はお茶の水大で物理を専攻していたそうだ。
水戸巌さんはあの小出裕章さんの恩師でもあり、1986年に50代で山で遭難死したそうだ。しかも、当時24歳の双子の息子といっしょに。双子なんて育てるのは大変だ。
その2人がやっと立派に育って京大と阪大で物理学を学んでいたのに、夫と共に、遭難死なんて。
喜世子さんは巌さんのことを世界一優しい人、でも息子たちはさらにいい男だったと語っている。
さぞや無念だったろうなと思って思わず他のお子さんがいないのか検索したら、娘さんがいて喜世子さんをサポートしてきたようだ。ほっとする。

# by mariastella | 2019-03-16 00:05 | 雑感

イザベル・グイックとクリステーヴァとアヴィラのテレサ

サンタンヌの精神病理学アートの展示会で購入した5冊の本のうちのこれには絵がない。

c0175451_19011659.jpeg
サンタンヌのアートセラピーで絵の才能を見出されて、「病気」も治ってしまって、退院してから画家として活躍するイザベル・グイックのをセミナー講演が収録されているものだ。

このセミナーは主として精神病理学の領域における精神分析の関係とその進化を研究者たちが定期的に報告し合っているもので、この本は2016-2018年にかけて「女性性、女性、女性らしさ」の三つを見分ける目印となるものは何かをテーマに集めたものだ。

ということは、イザベル・グイックの体験談も、単に病とアートの関係だけでなく彼女が女性だということに関係があるのだろう。

彼女を除くほとんどが精神病理学の臨床研究者の講演だけれど、一つだけ特に私の目をひいたものはフランソワーズ・ポンティチェリの『アヴィラのテレサ、女と聖女』というものだ。なるほど、ジュリア・クリステーヴァが『テレサ、モナムール』を書いたのは彼女の精神分析家(精神分析医ではない)としてのアプローチを勧められたのがきっかけだったようだ。

私もテレサの本を書こうとしてアヴィラにも取材に行ったのだけれど、クリステーヴァの大部の本が出てしまったので気をそがれてそのままになっている。

この二講演の記録を読むのが楽しみだ。もとは内部供覧用の本なので、サンタンヌのこの展覧会に行って、スタッフと話し合った時に勧めてもらわなければ出会えなかった。

他にも興味ある記事が満載だ。(参考に目次を載せておきます)

c0175451_19015377.jpeg
c0175451_19025337.jpeg



# by mariastella | 2019-03-15 00:05 |

サンタンヌ病院の精神病理学アート展

「精神病院」の代名詞になるほどフランスで最も有名なサンタンヌ(聖アンナ)病院。

1950年の最初の精神病理学アート展開催以来、多くの所蔵作品がある。

一番古い作品は1858年のものだという。


アートがセラピーの一環になっているのは事実だけれど、「精神病患者に絵を描かせた」というものではなく、すでに「画家であった人で精神を病んでいる人たちが描き続けた」作品群が今回の中心だ。

病理が絵になるのではなくそれぞれのアーティストの本質であるのアートが絵として表出する。絵で病を治療するのでなく絵によって病を探る、という。

自分の耳を切りおとしてアルルの精神病棟に入れられたゴッホや、晩年を精神病院で過ごしたカミーユ・クローデルはあまりにも有名だけれど、画家には、特にプリミティヴ派といわれる人たちには「幻視画」が知られていて、幻覚体験とアートには深い関係がある。

今回の展覧会は特にシュールレアリスムの流れとの関係も興味深い。

フランスではFous(狂人) とか Folie(狂気)とかいう単語が今でも普通に使われるので、「狂人たちのアート」などと言うタイトルがついているので、どきりとする。もっとも今回は、1950年代に普通にそう使われていた歴史的用語として再現したという。

つまり「狂人アートから精神病理学アートへ」というタイトルだ。

雰囲気はこういうもの。


このビデオで取り上げられているのはウニカ・チュルンUnica Zurnという作家で画家(1916-70)の作品で彼女はこのサンタンヌ病院に一年間入院していた。彼女はドイツ生まれで、夫のハンス・ベルメールと共に早くからパリに住んでシュールリアリストのグループに属していた。夫が脳卒中で半身不随になり彼女は統合失調で入院を繰り返していたけれど、最後に一時外出でアパルトマンに戻り、夫の寝室の窓から投身自殺した。今回は展示されていない。

これはサンタンヌ病院の入り口。

c0175451_03334521.jpeg
高い塀がちょっと刑務所っぽい
c0175451_03340369.jpeg
展覧会のポスターが見える。

c0175451_03342527.jpeg

中に入ってまっすぐ歩くと右手にテニスコートがあり、その横の会談を地下に降りると展覧会場だ。

c0175451_03344970.jpeg
c0175451_03351155.jpeg

「サンタンヌ病院アートと歴史ミュージアム」(MAHHSA)というのが正式名称で、入場は無料。

売店にいたのは元作家で今は絵を描く女性で、精神科病棟のアートセラピーの職員としての本採用のために勉強しているそうだ。いろいろ話をした。

右手の部屋が、「画家」が入院中に描いた作品。

入院したら例えば薬物治療のせいで絵が変わるということはないのかと質問したが、まったくないそうだ。この展覧会の目的のひとつはそのことを知らせたいからだという。つまり、精神的な病と作品とは別のものだということを言いたいわけだ。それはまあ分かる。展示されている絵の中に、「やっぱり精神異常の人が描くからこんな風になるんだなあ」というサインを探ってほしくないということだ。

「でも、狂気と聖性と神秘主義とアートって、別々のものではない同じフェーズがあるのでは?」と聞いてしまった。ここに展示されている「アート」の中から「狂気」を取り去ったら「お絵描き」しか残らないのではないか?

左手の部屋は、病気の発症と画作とが同時期であるもの。

確かに「先入観」をもって見ると、気味悪くグロテスクなものもある。

けれども、奥にあるシリーズはシャルル・シュレイという人のものでまったく別の世界だった。

彼は17歳から入院してずっと病院で過ごした。セラピーの一環で絵を描いたのではなく、ある時偶然に、医師が彼の部屋で大量のスケッチブックを発見して驚倒したのだそうだ。

彼の絵のほとんどは色鉛筆の作品なのだけれど、すべての色が何度も塗り重ねられたものだ。統合失調の診断だったらしいが、どの作品も驚くほど「完成」しているので、私は彼はむしろアスペルガー症候群ではなかったのかと聞いた。統合失調とアスペルガー(自閉症スペクトラム)が併発するいうことはあり得ないのだろうか。

アフリカにこだわっている絵がいくつかあったので、アフリカ出身なのかとも思ったけれど、普通の白人のフランス人で、17歳で入院してから一歩も外に出なかった人でもあり、彼の描く世界、建物、自然、などはすべて彼の脳内の産物らしい。

c0175451_03411757.jpeg

彼のひとつの作品を5分以上見ているのは危険だ、と本能的に思った。5分後には「あっちの世界」に確実にとりこまれている予感がする。建物の構造、角度、デザイン、空気がすべてなじみのある本物に見えてくる。

c0175451_03413574.jpeg
カタログの写真を見るとそんなことはないので、やはり「波動」の交換みたいなものなのだろうか。

知り合いが、有名な作品は美術館で無数の人の視線にさらされているから「目垢」がつく、といっていたけれど、ここにある作品は、目垢がついていない分、「うずうずしている」何かを発散しているのが怖い。

では、サンタンヌ病院内のアートセラピーによって才能が見出されたという例はないのかと聞くと、あるという。ひとりの女性は、アートセラピーで絵を描くうちに才能を見出され、しかも完治して、退院して、個展を開いたり美術館に作品を買い上げられたりしてプロの画家として活躍しているのだそうだ。その人の絵は展示されていなかったけれと、彼女が自分の来た道を語ったセミナーの記録を購入した。

15歳くらいで入院してアートセラピーのアトリエで認められたクリスティーヌ・ラブローという女性の

こういう作品群も迫力がある。

c0175451_03444175.jpeg

今回は展示が終わっていたけれど、1950年代に日本の精神病院からサンタンヌ病院に寄付された絵が数点カタログに載っている。名も不明で病歴も不明なのだけれど、このシリーズが、なんというか、日本人が「狂人の描く絵」に抱いているイメージにそっくりなのだ。その後にはインドから寄贈されたものがあるがまったく違う。個人の差なのか文化の差があるのか。1930年代の作品で、かなりショッキングだ。

これが日本。

c0175451_04111019.jpeg

c0175451_03423996.jpeg
これがインド。

c0175451_03440804.jpeg
c0175451_03432853.jpeg

そういえば、最近は「日本初のアール・ブリュット」がヨーロッパでも人気だという話を聞いたことがある。

「アール・ブリュット」と重なる部分に「サイコ・アート」という分野があって、あちらこちらで展示されているのを今回初めて知った。

私の気に入ったのはジャン・ジャメスのこれ。タイトルはないけれど絶対にナポレオンだ。

c0175451_03442462.jpeg

関係書をたくさん購入したので少しずつ読んでいこう。


# by mariastella | 2019-03-14 00:05 | アート

一神教における食物タブーについて その2

(これは昨日の続きです。)


ユダヤ教やイスラム教に比べてキリスト教の食物タブーがほとんどないことについて、

《ユダヤの律法には食物禁忌の他にいろいろなことが細かに規定されていたのに「自由人」イエスがそれを軽々と乗り越えた》

かのようなイメージを持つ人もいる。

彼らが根拠にしているのが『マルコによる福音書7,1-23』だ。

だがこれには異論もあるのを最近知った。

律法の中の食物規定は確かに細かい。

こんな感じ。

イスラエルの民に告げてこう言いなさい。地上のあらゆる動物のうちで、あなたたちの食べてよい生き物は、

ひづめが分かれ、完全に割れており、しかも反すうするものである。

従って反すうするだけか、あるいは、ひづめが分かれただけの生き物は食べてはならない。らくだは反すうするが、ひづめが分かれていないから、汚れたものである。

岩狸は反すうするが、ひづめが分かれていないから、汚れたものである。

野兎も反すうするが、ひづめが分かれていないから、汚れたものである。

いのししはひづめが分かれ、完全に割れているが、全く反すうしないから、汚れたものである。

これらの動物の肉を食べてはならない。死骸に触れてはならない。これらは汚れたものである。

水中の魚類のうち、ひれ、うろこのあるものは、海のものでも、川のものでもすべて食べてよい。

しかしひれやうろこのないものは、海のものでも、川のものでも、水に群がるものでも、水の中の生き物はすべて汚らわしいものである。

これらは汚らわしいものであり、その肉を食べてはならない。死骸は汚らわしいものとして扱え。

水の中にいてひれやうろこのないものは、すべて汚らわしいものである。

鳥類のうちで、次のものは汚らわしいものとして扱え。食べてはならない。それらは汚らわしいものである。禿鷲、ひげ鷲、黒禿鷲、

鳶、隼の類、

烏の類、

鷲みみずく、小みみずく、虎ふずく、鷹の類、

森ふくろう、魚みみずく、大このはずく、

小きんめふくろう、このはずく、みさご、

こうのとり、青鷺の類、やつがしら鳥、こうもり。

羽があり、四本の足で動き、群れを成す昆虫はすべて汚らわしいものである。

『レビ記/ 11, 02-20 ~40)』

で、ナザレのイエスがユダヤ人だったのにそんなことを気にしていなかった、ということの根拠にされるのが、実は、彼が禁止されていたものを食べていたという話ではなくて、なんと、「食事の前に手を洗え」という教えの絶対性を相対化したという話なのだ。(こっちの方は、単なる食物タブーでなく衛生上の根拠があるから、しっかり守った方がいいと思うのだけれど・・・)

『マルコによる福音書』の問題個所を見てみよう。

ファリサイ派の人々と数人の律法学者たちが、エルサレムから来て、イエスのもとに集まった。

そして、イエスの弟子たちの中に汚れた手、つまり洗わない手で食事をする者がいるのを見た。

――ファリサイ派の人々をはじめユダヤ人は皆、昔の人の言い伝えを固く守って、念入りに手を洗ってからでないと食事をせず、 また、市場から帰ったときには、身を清めてからでないと食事をしない。そのほか、杯、鉢、銅の器や寝台を洗うことなど、昔から受け継いで固く守っていることがたくさんある。――

そこで、ファリサイ派の人々と律法学者たちが尋ねた。「なぜ、あなたの弟子たちは昔の人の言い伝えに従って歩まず、汚れた手で食事をするのですか。」

イエスは言われた。「イザヤは、あなたたちのような偽善者のことを見事に預言したものだ。彼はこう書いている。『この民は口先ではわたしを敬うが、/その心はわたしから遠く離れている。

人間の戒めを教えとしておしえ、/むなしくわたしをあがめている。』

あなたたちは神の掟を捨てて、人間の言い伝えを固く守っている。」

更に、イエスは言われた。「あなたたちは自分の言い伝えを大事にして、よくも神の掟をないがしろにしたものである。

モーセは、『父と母を敬え』と言い、『父または母をののしる者は死刑に処せられるべきである』とも言っている。

それなのに、あなたたちは言っている。『もし、だれかが父または母に対して、「あなたに差し上げるべきものは、何でもコルバン、つまり神への供え物です」と言えば、

その人はもはや父または母に対して何もしないで済むのだ』と。

こうして、あなたたちは、受け継いだ言い伝えで神の言葉を無にしている。また、これと同じようなことをたくさん行っている。」

それから、イエスは再び群衆を呼び寄せて言われた。「皆、わたしの言うことを聞いて悟りなさい。

外から人の体に入るもので人を汚すことができるものは何もなく、人の中から出て来るものが、人を汚すのである。」

イエスが群衆と別れて家に入られると、弟子たちはこのたとえについて尋ねた。

イエスは言われた。「あなたがたも、そんなに物分かりが悪いのか。すべて外から人の体に入るものは、人を汚すことができないことが分からないのか。

それは人の心の中に入るのではなく、腹の中に入り、そして外に出される。こうして、すべての食べ物は清められる。」

更に、次のように言われた。「人から出て来るものこそ、人を汚す。

中から、つまり人間の心から、悪い思いが出て来るからである。みだらな行い、盗み、殺意、

姦淫、貪欲、悪意、詐欺、好色、ねたみ、悪口、傲慢、無分別など、

これらの悪はみな中から出て来て、人を汚すのである。」

で、パウロもこれを受けて、

キリストは「規則と戒律ずくめの律法を廃棄されました。こうしてキリストは、双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し・・・」(エフェソの信徒への手紙2,1)」

と、ユダヤの律法は律法はキリストにおいて成就した、と言ったのだ。

ところが、この時のイエスの言葉を細かく分析して、律法の偽善的厳守を批判するラビであるイエスがこの時に、食物タブーについて語っていたわけではないと分析するユダヤ神学者がいる。

だからこそ、弟子たちでさえ、「人の体に入るもの」の例えの意味が分からずに後からイエスに尋ねたというのだ。そもそも、件の場面でイエスとその弟子たちは、律法の規定に適うものを食べていたはずだという。で、食物タブーを勝手に取り払ったのはパウロらの恣意、宣教戦略によるものだという詳しい論が展開されているのを読んだのだけれど、複雑なのでここでは取り上げない。ただ、少なくともそれを読んでいる間は「なるほど」と思わせるそれなりの説得力のあるものだった。

イエスは偽善につながるような律法の遵守には反対し、それを権威の道具に使う輩を批判したけれど、律法自体を拒否したのではなかろうということは分かる。「最後の晩餐」の時だってちゃんと伝統の無酵母パンを食べていた。彼らの共同体の食習慣に合致したものを食べること自体に偽善は見いだせなかっただろう。

でも、食事の前には、手だけは、ちゃんと洗った方がいいと思うけれど。


# by mariastella | 2019-03-13 23:02 | 宗教

一神教における食物タブーについて その1

今はカトリック教会の典礼暦でいうと、復活祭前のカレム(四旬節)で、伝統的には日曜をのぞく「断食」の期間だ。

イスラム教のラマダンもそうだけれど、多くの宗教や宗教共同体は、何らかの「断食」を修業に取り入れている。苦行として評価する文化もあるし、何十年も飲食を断って生きる「聖者」が尊敬を集める社会もある。

普通に考えても、プチ断食などが人気なように、飽食の習慣を時々離れて消化器官を休ませるというだけでも、心身のパフォーマンスが向上するだろう。

もっとも今のカトリック教会が信徒に課するカレムは「なんちゃって」断食で、最初の日と最後の聖金曜日だけが肉なしで水とパンの少食か断食を勧めるだけで、後は「心」とアクションで「準備」すればいいことになっている。

昔は卵も食べられなかったからイースターエッグを貯めていたのだし、ミサの前も8時間は飲み食いしてはいけなかった。今は食べてすぐにミサにかけつけても、「聖体拝受」までに既定の時間を経過してくれるので問題ない。

フランスではついこの前までは、毎金曜日に肉でなく魚を食べるという習慣が残っていた。

魚屋には金曜の朝に新鮮な魚が並び、月曜はぱっとしなかった。

公立学校の給食でさえ、金曜は魚がメインだった。それは「宗教」というより「習慣」から来ていた。


それが今やほとんどなくなったのは、イスラム共同体が増えて、彼らの絶対に豚肉を食べないとか、他の肉も一定の手続きで血抜きをしたものしか食べないなどの習慣が至る所に広がったことに対するリアクションのせいでもある。

言ってみれば「お前たちキリスト教だって政教分離と言いながら金曜には魚しか食べないじゃないか」と言われるのが不愉快で、タブーだと解されるものがいつのまにか全部取り払われた感じだ。

実際、他のところにも書いたけれど、私自身も、ムスリムの食物タブーには困らされたことがある。

個人の嗜好に属する好き嫌いだの、アレルギーによる禁忌食品、遺伝子組み換え食品が嫌だとか、菜食主義者だとかについては臨機応変で問題ないけれど、「宗教による食品タブー」と、そのリスペクトを他者に強要するかのようなシーンには苛立たされることも少なくない。

で、おなじみのラジオ番組で三つの一神教論客が食物タブーについて語るのを興味深くきいた。

まずカトリック。カトリックでは基本的に食物に関する「禁止のための禁止」を拒否する立場。

食べ物のタブーは、食卓を共にする共同体のアイデンティティとして発展した。初期のユダヤ人のキリスト教共同体は、ユダヤ人同士の食卓に「異邦人」(割礼などを含む律法を遵守しない)を混ぜることを拒否していた。それが、キリスト教を普遍宗教として構築していったパウロなどの路線によってなくなった。それでも、例えば、「肉は神経を興奮させる」などとして修道僧に禁じるというような習慣は残っていた。(今でも巷にそういう話はある。子供に夕食に肉を食べさせると寝つきが悪くなるなどだ)

ユダヤ教はどうかと言うと、タルムードにもトーラーにもタブーは多い。でも、食品タブーで食べてもいい「カッシャー」というのは、「律法に適っている」という意味であり、食品自体の「浄不浄」とは関係がない。

神が本来の菜食指示をやめて最初にノアに命令したのは、肉は血を抜いて塩と水で洗わなければならないということだ。「血」とは命、生きているものということで「人は、生きているものを食べてはいけない」という生命のリスペクトだ。宗教と関係なく屠殺場の動物の扱いなどは今も議論の種になっているから十分理解できる。

で、その後の甲殻類はすべてダメだとか、うろこのない魚はだめだとか、煩雑な食物タブーを作ってきたのはユダヤ人だという。そこには、「本質に合致しない動物は避ける」というベースがある。それは動物の多様性を無視した偏見だと思うが、そのようなタブーの「意味」は「全てが許されるわけではない」というリミットの設定なのだという。子牛肉を牛乳で煮込んではならないなどのタブーは、子を母の乳の中で煮るなという「残酷さの否定」である。

次にイスラム。これも、「ハラール」かどうかはもともと「禁止」ではなく「許可」の意味である。

神が人間用にあらかじめ決めておいた食物があり、それを守るのは善き信者、という感覚が最初にある。

同じアブラハムの子孫であるユダヤのタブーをどこまでゆるめるかというのがポイントで、海に住む動物へのタブーはすべて取り除かれたし、事実上、豚肉禁止と、肉の血抜き(先に喉を掻き切って地を全て流す)だけが残った。

これらすべて、「自然」の習慣ではなく「文化」の習慣である。いずれも、その目的は、自然や食物というものを「人間的」に認識するという営みの一部である。

アルコールに関しては、イスラムでは、コーランの中でははっきりしない。酒を飲めばサタンの動きを許してしまうからいけないので、イスラム神学者の中にはタブーではないという人もいる。

キリスト教は、修道院のビール製造やワイン製造が有名だ。聖餐におけるワインがシンボルでなく「キリストの血」が化体したものだというカトリックの立場は変わらない。

で、「ヨーロッパでワイン製造の葡萄を栽培できない気候の国だけがプロテスタントに移行したのだ」というジョークがある。

また、キリスト教に食物タブーがないことのについて必ず引き合いに出されるのが『マルコによる福音書7,1-23』だ。


長くなるのでこれについては明日。



# by mariastella | 2019-03-12 00:05 | 宗教

アルジェリア情勢の覚書

やることがいっぱいあるのに、ベネズエラ、イエメン、シリア、アルジェリアの緊迫した情勢に心が乱れる。

特に、2010-2011年にかけての「アラブの春」の時代に「巻き込まれなかった」アルジェリアで、ついに若者たちが民主化を求めて爆発的に声を上げだしたことは、アルジェリアを海外県としてきた歴史のあるフランスにとって目が離せない。

「アラブの春」の時に民主化運動がアルジェリアに「伝染」しなかったのは、1990代のイスラミストのテロによる内戦状態に疲れ果てていたからで、軍隊による統制の「平和」から外に出たくなかったからだ。しかし90年代の記憶がほとんどなく今の大統領の独裁下で育った新世代の若者にはもう我慢ができない。

問題は、今の体制が倒れたとして、「アラブの春」の時と同様に、イスラム系以外の政治的な対抗政党がないことだ。若者たちが「勝利」しても、組織力はすぐには育たない。イスラム系(つまりシャリア法を優先しようとするイスラム共同体主義)の組織に頼るしかなくなる情況、という轍を踏むことになりかねない。

そうなると、失業する若者たちが100万人も大挙してフランスに移住してくることも考えられる。フランスにはすでにアルジェリア系移民や移民の子孫がたくさんいて二重国籍者もデフォルトだからだ、ネットワークは充実している。フランスは彼らにとって自然で、ノーマルで、理想的な移住先なのだという。

エストニアは旧共産国だったのに、今はイスラム政党となり、3年後のEU脱退を目指しているという。
トルコ軍も、民主革命を戦った世代の高官は政教分離を死守しようとしているのに、20代から30代の若い兵士たちは妻にイスラム・スカーフを被らせて、日に5回の祈りを守っている者が多いそうだ。こちらの方は、しかるべき時期にトルコをEUに迎えなかったEUの失敗だったと言われている。

インターネットの発明は、印刷術や産業革命よりも大きな革命だと言われている。
2010年末からの「アラブの春」の時代よりさらに世界の若者たちはつながっている。

これからの展開に注目したい。

# by mariastella | 2019-03-11 00:05 | 雑感

バルバラン枢機卿事件について思うことの続き

昨日に続いて、フランスのカトリック・ウォッチャーとして目を離せない、バルバラン枢機卿事件について補足。

カトリック教会内のペドフィリア(これは正確には小児性愛で、実際には思春期の子供へのヘベフィリア'hébéphilie15-19歳を対象のエフェボフィリア éphébophiles を含む。性別とは関係がない。)スキャンダルは、フランソワ・オゾンの映画公開、リヨンのバルバラン師の有罪判決と辞意、四旬節への突入によって、まさに最高潮を迎えた感じだ。

リヨンの補佐司教は、バルバラン師が判決の如何にかかわらず辞職することを決意していたことと語った。


すごく簡単にこの事件を説明しよう。リヨンにベルナール・プレナ(Preynat)神父というのがいて、リヨンのカトリックのサン・リュック・スカウト運動のリーダーをしていた1970年代から1991年までに、未成年の少年たちに性的な接触をしていたということが、当時の犠牲者によってすでに報告されていたのに、少年との接触を避けるポストに異動させられていなかった。この時の大司教はバルバラン師ではない。

プレナは1991年に加害事実を認めている。

ところが、2014年に、過去の犠牲者で5人の子の父親となっているアレクサンドルが、プレナが相変わらず子供と接触のあるカテキズム(要理のクラス)に関わっていることを知り、驚き、被害者を増やしてはならないと、20147月にバルバラン師に通告した。でも、プレナがその職から離れたのは10ヶ月も経った後だった。で、20166月にアレクサンドルが司法当局に訴追したのだ。


驚かされるのは、このプレナの裁判自体はまだ継続中で、判決が下りていないということだ。


当事者の有罪判決が出る前に監督責任者の有罪判決が出るのは異例だと言ってもいい。


バルバラン師は一種のスケープゴートでもある。今も告発をしないで沈黙を守る犠牲者のためにもそれは必要だった、教会の体質を根本的に変えるにはそれが必要だった、フランスのカトリック教会を弾劾するにはそのシンボルであるバルバラン師を「見せしめ」にするのが有効だった、何よりも、メディア的にコスパが高い、ペイする、などのいろいろな面がある。


カトリック信徒側から見ても、この世の「体制としての教会」の他に「キリストの教会」があるので、十字架の上で殺されたキリストのように、いつも「犠牲者」の中にキリストを見る、という根本的な視点がある。これがあるからこそ、体制としての教会が体制を守るには、いつも「改革」に迫られてきた。実際この根本的視点が奇跡のようにいつも存続してきたからこそ、キリスト教2000年の歴史は不断の改革の歴史でもあったのだ。それがなければローマ・カトリック教会などという体制が今も残っているはずはない。


今のフランスのように、よほどの信仰と使命感がない限り若者がわざわざ司祭になろうとしないような社会では、若手の司祭はもちろん多くの信者が、この「キリストの教会」を本気で目指すのでなくてはキリスト者である意味がないと思っている。だから、彼らは体制としての教会の徹底的な改善のために「沈黙の体質」告発も断罪も必要であり受け入れるべきだ、犠牲者支援が第一だ、という意見の方が多い。

 

個人としてのバルバラン師の側に立つと、気の毒な面もないではない。彼はアレクサンドルによる告発の後でプレナに事情を聴き、プレナは神の前で1991年以降はそのようなことは一切していないと誓ったらしい。聖職者が神の前で誓う、ということに大司教が疑いをはさむというのは、彼らにとっては神を疑うほどにあり得ないことだ。だからバルバラン師が1991年以降のプレナは無害であり、免償もされていると考えたのは無理もない。カトリック的には罪を悔いれば免償可能なのだから。それでも、法律的に「犯罪」である未成年への淫行を通報しなかった責任が重いことには変わりがない。


もう一つ、ここだけ聞けば、プレナは悪魔のような偽善者で倒錯男のように思われるかもしれないけれど、実は、プレナは、サン・リュックのスカウトや少年少女の保護者たちに絶大な人望を誇るカリスマ的存在だったという事実がある。エネルギッシュで、各種イベントのオーガナイズの天才で、父兄たちは彼を内に招いたということを自慢し合っていたそうだ。他のスカウト・グループから移ってくる人もいて、サン・リュックのスカウトは羨望と嫉妬の対象にすらなっていたという。まさに「グル」状態だったそうだ。

そんな状態の中で被害を家族にも打ち明けられなかった少年や、いや、被害そのものをなかったことと否認する少年も少なくなかったのだろう。

これはあらゆるカルト的な組織で起こる悲劇だ。

カルトのリーダーの多くがそうであるように、カリスマがあり、演技力があり、実行力があり、組織力もあり、人を惹きつける魅力のある人たちが、なぜそれを「善用」に特化して生きずに、全能感に支配されてしまうのかは私にはわからない。けれども、もっとスケールの小さいレベルではすべての人がそのような誘惑にさらされているような気がする。

「神」にならずに「十字架上で苦しむキリスト」になる、というのは人間の本性に反すると思えるほど難しい。

復活祭を前にした日々、体制としてのキリスト教の信徒であってもなくても、知らぬうちに自分にべったりとまとわりつくさまざまな「優越」の衣をはがしてみることは必要だと、つくづく感じる。


# by mariastella | 2019-03-10 00:05 | 宗教

バルバラン枢機卿に有罪判決 何が変わるのか?

これを書いているのは3/7の夜。

今日、リヨン大司教であるバルバラン枢機卿に、大司教区内の司祭のペドフィリアについて知った後で司法に通告しなかった罪で執行猶予付きの6ヶ月の懲役という判決が下された。

これを受けて、バルバラン師は、辞意を表明し、できるだけ早く教皇にあってそれを受理してもらうつもりだと述べた。

バルバラン師の弁護士は控訴を準備しているという。

この件についてフランシスコ教皇はバルバラン師をサポートするという姿勢をすでに表明していたから、ショックを受けるだろう。
バルバラン師は、枢機卿でもあり、フランスのカトリックのトップでもあるから大変だ。

この事件に関するフランソワ・オゾンの映画について前に記事をかいたばかりだ。

ペドフィリアに関して「有罪」判決が出た枢機卿はワシントンとオーストラリアに続いてこれで3人目だ。他の2人についても前に記事を書いた。



しかし今回のものは「画期的」なものだ。

何が画期的かというと、他の2人は、マカーリック枢機卿は悪質なペドフィルとして教会からも追放され、ペル枢機卿は「陰謀の犠牲」の可能性が高いが一応ペドフィリアの当事者として告発されたわけだが、バルバラン師の「有罪」により、今回初めて、教会内の性犯罪に対する隠蔽の責任者が有罪とされたわけだ。
もっとも件のスカウト活動でのペドフィリア司祭が告発された後で執務停止にされずに別の教区に移されて再犯を続けた時点では、バルバラン師はまだリヨンの大司教ではなかった。
けれども、そのことが告発された後、その事実を知っても法的な処置をとらなかったということだ。

前にも書いたけれど、密室での性犯罪やペドフィリアの被害者が声を上げ、世間がそれを支援するという空気になったのはここ20年ほどのことで、年配の高位聖職者がそれをどうあつかっていいのか分からなかったというのは理解できないでもない。

特に、ここには書かなかったけれど、先日の修道女への性犯罪の番組の中で、ほとんど組織的な修道女虐待があったとされるサン・ジャン・ファミリーの創設者マリー=ドミニク・フィリップ神父の葬儀のシーンがあって、そこで、バルバラン師が個人の徳、聖性を讃えているシーンが映し出された。

フィリップ神父は2006年に93歳で死んだ。バルバラン師は2002年にリヨン大司教に任命された。で、このフィリップ神父はその時点では「聖性」の誉れが高かった人で、福者認定に向けての活動が始まったくらいだった。実はとんだ性差別者、性犯罪者だったわけだけれど、それが明るみに出たのは2013年に被害者が告発したからで、その時に福者認定の活動は停止した。だから2006年の時点で、バルバラン師がそのことを知らずに個人を讃えたのはプロトコルでもあるのに、ドキュメンタリーではそのシーンがわざわざ切り取られて移されていたから、バルバラン師は、ペドフィリアだけではなく修道女への性犯罪も握りつぶして、加害神父を讃えていたのか、という印象操作に成功していた。

バルバラン師って、しかも、前にも書いてしまったけれど、癖のある濃い顔なので、偏見を持ってみられると大いに不利だ。

で、なにが言いたかったのかというと、バルバラン師の有罪判決が画期的なのは、これによってカトリック教会内のすべての「性犯罪」の隠蔽はもう起こりえないということだ。この手の事件について「口をつぐむ」とか「穏便に済ませる」などという、ついこの前までは教会以外の社会でも当たり前のようにされてきた処理は、もうあり得ない。バルバラン師のような大物が、その「沈黙」に対して有罪判決を受けたのだから。

けれども、実は、「カトリック教会内全て」と言ったけれど、このショックが他の司教区の責任者のこれからの態度を決定的に変えると考えられるのは「先進国」内だけであると思われる。アメリカ、ヨーロッパなどの司教は震えあがり、もう絶対に隠蔽はしないだろうし容赦もしないだろう。

でも、今、世界のカトリック信徒の80%は南半球に住んでいる。

彼らの意識は別物だ。
司教も、司祭も、信徒も、今回の判決にふるえあがることはないだろうと言われる。
南半球の多くの地域では、性的なタブーや倫理観が伝統的に違っているからだ。

先日の修道女の告発番組でも、西アフリカでのまさに「言語道断」の実態が語られていた。
どんどんタブーを壊す勢いがとまらない「北半球」との差は開くばかりだ。

リヨンのカテドラルの前で今回の判決の感想を聞かれた信徒たちには、「バルバラン師は充分リヨンに貢献してくれた」という者もあれば、「もっと早く辞任すべきだった」という者もいた。これをきっかけに、カトリック教会は「不都合な事実を正面から見る」ということを学んだ、だからカトリックは続いていく、ということになるのだろうか。

それを「不都合」だとさえみなさない、別の感受性をもつ「南半球組」は、どうなるのだろう。

今、時はちょうど、キリスト教最大のイベントである復活祭前の四旬節に突入したばかりだ。

2000年前からずっと十字架に釘打たれたままで全ての人の罪を贖うのだと言い続けているかのように見える「あの人」は、ひょっとして、永遠の被害者なのかもしれない。

# by mariastella | 2019-03-09 00:05 | 宗教

マクロン覚書

主治医の医院の待合室で手に取った雑誌で、マクロンの「失言」について精神分析医が質問に答えているのを読んだ。

マクロンが「黄色いベスト」運動から傲慢さを攻撃されているのにかかわらず、「努力が足らない人がいる」的な言葉を発して「炎上」していることで、「どうして口が滑るのでしょう」という質問に、あれは口が滑ったというのではなく、彼には建前を語るという体験が欠けているのだという。
シラクもサルコジもオランドも、みんな、心の底で思っていることとは違う建前を語るというスキルがあった。というかそれは大統領という職務に付随しているスキルなのに、マクロンはそれを学んでくる期間がなかった。

それだけではない。

マクロン自身が、自分が選ばれた理由の一つこそ、自分がこれまでの大統領のように二枚舌を使わないで、考えていることを率直に口に出すという「違い」を認められ期待されたことだと信じている。

エリートの「傲慢」な言葉もそのまま出せば「自分らしさ」としてポジティヴに評価されると思っているらしい。
けれども、実際の人との距離の取り方には極端な幅がある。
ジュピターとして神のようにふるまうかと思えば、やたら体に触れたり、近すぎる、親しみすぎる時がある。

うーん、これは「分析」というより事情の把握という感じだ。

でも、いつもよく言われる「マクロンは若いから未熟だ」という形の批判よりは、ずっと説得力がある。
若くても「本音と建て前」を使い分けるスキルを身につける人はいくらでもいるからだ。

大切なのは本音と建前を意識化していて、二つの間のその関係をどう分析して、アクションにはどのように反映していくのかという「決意」の部分だと思う。それが真摯であれば伝わるだろう。

「知・情・意」にたとえて言えば、本音が「情」に依拠していても、建前は「知(理性)」で武装すべきだし、それをふまえて、あるべき道を進む「意志」を構築するということだろう。

それを感じさせる政治のリーダーというのは、めったに、みつからない。


# by mariastella | 2019-03-08 00:05 | フランス

カトリック教会のもうひとつのスキャンダル 修道女と司祭


これを書いている3/6は復活祭前の四旬節が始まる「灰の水曜日」。(前年の小枝の祝日に使った枝を燃やした後の灰を額に塗布するのだから聖性のリサイクルとしては、日本の寺社で前年のお守りなんかをどんど焼やお焚き上げなどで燃やしてもらうのからさらに一歩進んでいるなあという気もする。で、昨日がカーニヴァルの最終日だったわけだけれど、それに合わせたのかどうか知らないけれど、独仏合同製作社のArteが衝撃の告発ドキュメンタリーを放映した。

カトリック教会、ペドフィリアに同性愛、と、カトリック教会はこのところスキャンダル続きだけれど、その次は司祭による修道女の性被害ということで、それを告発するドキュメンタリー Religieuses abusées,l'autre scandale de l'Église という番組が放映されたのだ。

個々の「犯罪者」である司祭だけでなくシステムとしてのカトリック教会全体を弾劾するトーンだから、今さらながら、ほんとうに使命感に駆られて正義感が強く弱者に寄り添っている多くの聖職者のことを思うと気の毒になる。

確かに単純に個人の「性犯罪」とは言えないところが難しい。相手は未成年ではないし、当該司祭は「合意」があったという。霊的な行為だというひどい奴もいる。

修道女たちは従順の誓願をしている。閉鎖空間で司祭と向き合い、霊的指導だとかキリストが私を使っているとかのレトリックを駆使されて誘導されると抵抗するのは難しい。 


過去に受けた性被害を今告発しているフランスの元修道女は、すでに故人となった司祭2人(彼らは兄弟で、それぞれ修道院付き司祭とカトリック共同体付きの司祭でまるで引き継いだかのように一人のシステムたーを何年もハラスメントしていた。いわば、「合意」しているシスターの申し送りがあったわけだ)に誘導された行為をどうして拒否できなかったのか自分でも理解できないという。

カルト宗教などで語られる教祖と信者の間のマインドコントロールと同じような状況だったのだろう。

その元シスターは、そのことについて語ることができずに死んでいったシスターたち、語ったのに信じてもらえなかったシスターたち、今でも語ることができずにトラウマに苦しむシスターたちのために告発を決心したのだという。

心理療法士であるカナダ人のシスターは、ペルーで看護師として働いた時に、司祭によるシスターへの性虐待のことを知り、性被害に遭ったシスターたちを救済する活動を始めた。そのことを後悔するある司祭(顔出しはしていず声も変えられている)に彼女が質問しているシーンも撮影されていた。まるで司祭がシスターに告解しているような感じだ。彼は、そのような例があること、自分は否認していたけれど妊娠に至る例もあることを認め、その場合は中絶が勧められたり、還俗が勧められたりする例があることも認めている。


妊娠中絶を勧めること自体がカトリック的には充分「罪」であるのはもちろんだ。


西アフリカの場合には、エイズが蔓延しているから、欧米から来た司祭たちには、感染をおそれて売春婦や一般女性信徒に向かうのでなく、衛生的に確かであるシスターや志願者たちを「性奴隷」のようにしている者がいるという。妊娠が発覚した時は胎児の心臓を止めてから死産させたり、中絶させたり、養子に出させたりしたうえで、司祭は転任、シスターは昇進するか排除されることになる。

ヴァティカンの大学で学ぶ多くのアフリカ人シスターの中には、資金をまかなうために内輪の売春をするように裏組織もに促されるに例もあるのだそうだ。女性蔑視と人種差別が重なっている。

旧植民地の有色人種ではなく、ヴァティカンで勉強していたドイツ人シスターの場合の証言も紹介されたけれど、彼女は別のところにやられ、結局修道会を去ることにしたら、3000ユーロと交換に口外しない誓約書にサインさせられたと言っている。

修道女は清貧、従順の誓願もしているから、やめようとしても簡単には暮らしていけない。

また司祭を「神の代理」と見なす伝統だから信仰深いシスターほど悩むことになる。

といっても、ヴァティカン大学で博士課程で学ぶようなシスターたちは知的レベルが高いのだから、そんな虐待をして口を拭えると思う司祭の方の知的レベルを疑ってしまう。(まさに、このテーマについて今博士論文執筆中のシスターがいるそうだ。論文が一般に公開されるかどうかは疑問だけれど)

もちろん、この時事に憤激して犠牲者を助ける男の弁護士、司祭、カトリックジャーナリストもいるし、欧州議会による教皇への手紙、調査、レポートの公表(ミズーリ州のナショナル・カトリック・リポーター)などの動きもここ20年ほど行われてきた。

権威と権力を嵩にきて神の恵みと唱えながら、弱い立場の修道女を虐待すると同時に自らの貞潔の誓いも破って、何食わぬ顔で「神の代理人」としてふるまっているのだから、何重にも悪質で、胸が悪くなるほどだ。神の名においてのテロリズムと変わらない。

多くの証言が、実名でどんどん出てくる。

ある意味で、聖職者に同性愛者が多いとかペドフィルが多いとかいう昨今のスキャンダルどころではない。


まず司祭志願者には普通に異性愛者が多く、そのほとんどは独身の誓いを守り、欲望を抑え、キリストのように弱者の尊厳を守り、仕えることを実践している現実がある。

それなのに、一部では、シスターに全面的に信頼され、拒否されず、しかも秘密がばれないという情況に置かれると誘惑に負け、味をしめてアディクションになっていく病的なケースがあるわけだ。


自らは貞潔である司祭だの司教だのが、そのことを訴えられて事情を知ることになって困惑したことを考えると少しあわれでもある。そんな「ビョーキ」の例に対処しててきぱきと最善の策をとるような行政能力のある人ばかりではない。ショックを受けて信じられなかったり、思考停止状態になったり人もいるだろうし、逆に割り切って教会の存続や安泰という優先事項しか頭に浮かばずに小手先でごまかしてしまう人もいるのだろう。

ともかく、告発されて書面で事実を認めて謝罪したケースもあるのに、これまでのペドフィリアと同じで、世俗の司法の手に渡すというような措置がとられたことはない。

番組に出てきた弁護士も、出産した後、養子に出すことを強制されたシスターが修道会にも戻れなかった時に、養子縁組を解消して子供を取り戻すなどの仕事をしただけだ。

何よりも、「罪を犯した」司祭は、その罪を悔いれば「免償」されるけれど、シスターが貞潔の誓いを破ることになったり中絶したりするなど自分が望むことなく強制された罪を免償するシステムはないということらしい。

日本にもある障碍者支援施設ジャン・バニエ創設のラルシュ・ホームのパリ郊外の共同体を指導していたトマ司祭からは、1993年の死までに何人ものシスターが定期的に性被害を受けている。この司祭はなんと1952年にすでに同様の罪でヴァティカンに呼ばれて執務停止処分を受けていた人らしい。

1970年代から被害を受けていたシスターで還俗した人2人が、彼の死後10年以上経った2007年に告発に踏み切った。カトリック教会はそれを認めて、2017年に、3人の司教が被害者と家族、友人のみを招いて謝罪ミサを行った。被害者用のそのビデオで大司教が謝罪し教会の恥だと言っているのが映っている。

でも、それも「内輪」のことで、法的な介入はいっさいない。


このドキュメンタリーを製作したチームはこの2人の元シスターが教皇に面会できるように20184月に申し込んだのだけれど、8ヶ月後にようやく「他の人をまじえないプライベートな面会」を提示され、拒否したという。

まあ、この段階で、この手の最初の接触にジャーナリストを同席させるとかカメラを回させるというのは、「もみ消し」や「隠匿」というよりも、普通のプロトコルのような気もするが、悪質な例を並べ立てたこの番組の最後にこうアナウンスされると、いかにもヴァティカンの秘密体質がひどいという印象を受ける。

ペドフィリアのスキャンダルはようやく「世論」にまでなった、今度はシスターの虐待スキャンダルに声を上げていかなくてはならない、とコメントする人もいた。

いわば「内輪」の被害だから、ペドフィリアよりももっと隠蔽されやすい。けれども妊娠や中絶という可能性があるという意味ではペドフィリアよりもリスクが大きいともいえる。

独身制の司祭の中で、同性愛者や小児性愛者のうちでその性的傾向を実行に移す割合や、異性愛者のうちでそれを修道女に向ける割合自体はごく少ないだろう。一般社会での性犯罪率より多いとは思えない。

けれども、「聖職者」がその権威をふりかざす立場で弱者の信頼を裏切るというのは、より「重大」であり、個人の罪は、組織全体を蝕むことになる。司祭の罪は神への冒涜ともなる。何度も自殺を試みた被害者もいるし、神さえも信じられなくなった人もいる。

他にもいろいろ、倒錯的でおそろしい話もあったのだけれど、ではこれが実際にペドフィリア事件よりも大騒ぎになるかどうかというと予測がつかない。もともと女子修道院だとか女子校だとか、女性ばかりが集まっている閉鎖空間に対しては性的な妄想を抱く男たちがいる。ディドロの『修道女』が原作で女子修道院の内部での虐待や同性愛を示唆した映画なども見たことがある。「妻帯司祭」も「司祭と修道女」も、伝統的な妄想の一部なのだ。それらの「やましさ」が、問題の本質をまともに取り上げるのを躊躇させると面も出てくるのではないだろうか。

で、一夜明けて、前日のドキュメンタリーで大変なミソジニー倒錯集団であるかのように描かれていたヨハネ=パウロ二世世代に創設されたサン・ジャン・ファミリーという修道会の代表が、被害者である女性の勇気を讃え、教会がこの問題に沈黙を保ったことはセカンド・レイプにも等しい、被害者と連帯していく、というコメントを出していた。

ドキュメンタリーのあの描かれ方では、創立者マリー=ドミニク・フィリップ神父もその周りに集まる若者たちもみな倒錯者の集まりに見えて、嫌悪感をそそられた。映像とか編集の力は恐ろしいもので、いくらでも「印象操作」はできるなあという感じだ。もちろん、シスター虐待という「事実」やそのもみ消しの「事実」は確かなものなので、弁解の余地ない「罪」なのだけれど、当然、全員がそうだというわけではなく、一部の性向のメンバーの罪を正当化してしまえる空気があったということかもしれないけれど、番組を観終わった後では、「全員が悪魔」に見えてくる。

これでは偏狭なナショナリズムや民族差別と変わりがない。すべての司祭、教会から神に至るまで倒錯的で不潔だというプロパガンダにつながってしまうのは、フランス革命の時と大して変わらない。

もっとも、キリスト教の信仰者が共通して慕い、愛を捧げる「イエス・キリスト」は確かに、権威や権力を行使する聖職者とは正反対だ。虐待どころか裸で十字架に釘打たれて公開処刑されてしまった。その、人間として最悪の姿の中に「尊厳」を見るという逆説的なキリスト教の精神を受け継ぎそれに殉じる信仰者もたくさんいる。彼らをリスペクトすることはもちろん、彼らの指す道の向こうにあるものを共に求めたい。

ペドフィリアも、ミソジニーも、女性への性虐待も、ヒエラルキー社会での保身や隠蔽や忖度や偽善や欺瞞や既得利権への執着も、権力志向も、カトリック教会や修道院の世界の中に特有なものではない。

あらゆるところにひろがる「人間的」な過ちだ。

他の宗教や宗派、政治の世界や軍隊や大企業からカルトグループ、家族や各種の施設まで、「叩けば埃」どころか偽善と腐蝕で成り立っているケースもあるだろう。

それが、今回、カトリック教会という小宇宙で暴かれて分析されることで、彼らがそれをどのように処理し、犠牲者を守り、自浄し、過ちの予防を模索するのかを見ることは意義がある。

これらを総合的に自己批判する時に、カトリックには「世襲の聖職者」が存在しないし、選挙戦に備える必要もないのだから、ほんとうに「キリストに倣う」ことを誓った人たちの発揮する力をみてみたいものだ(最も必要なのは聖霊の力なのだろうけれど)。


# by mariastella | 2019-03-07 19:36 | 宗教

宗教体験とアディクション 覚書

アメリカのモルモン教の本拠地ユタ州のユタ大学で、2014年に始まった「Religious Brain Project」というのがあって、宗教体験を脳科学で研究している。そこで若いモルモン信徒で神性とのつながりと祈りとを中心に信仰生活を送っている19 人を対象に、モルモン経や指導者の説教を聞かせたりした時の能をMRIで調べた。霊的に強い感情によって活性化する脳の部分はドラッグやセックスによるものと同じ報酬系システムだったそうだ。つまり信仰生活は「歓び」を生む。
彼らは他の宗教の信仰者についても同じ実験をして確認したいと言っているそうだ。

私は『大人のためのスピリチュアル「超」入門』という本の終章「科学と神秘主義 - 宗教と神秘体験」で、同じアメリカのペンシルヴァニア大学による宗教体験中の脳の血流分析についての話を書いた。その時の対象は瞑想状態に入った仏教徒と、深い祈りに入ったフランシスコ会修道女だった。脳の時間と空間を認識する場所、自己と非自己を区別する場所が活動停止し、情緒を司る場所だけが活発に作動していたという。この結果は2001年に『神経神学』という本になった。(これをめぐってのいろいろな見解もあるのだけれど、私のこの本を持っている方はもう一度見てください。)

で、今回のモルモン教。
アメリカってこういう宗教アプローチが好きな国だなあ、とあらためて思う。
でも今度は、報酬系とかアディクションの問題。
つまり宗教行為や体験には依存性があるという話だ。

この研究を紹介する記事はたいてい、だから
「宗教のオーバードーズには気をつけよう、でも、依存症になっても、いまのところ体に悪いという結果は出ていない」
という調子で結ばれる。

うーん、イスラム過激派やカルト宗教による洗脳などはどうなのだろう。
アディクションが「利用」される場合、「善用」されるか「悪用」されるかが問題だし、「脳内」の研究だけではあまり意味がないともおもうのだけれど。

# by mariastella | 2019-03-06 00:05 | 宗教

4/21のお知らせ

4/21、復活祭の午後に信濃町の真生会館の講座で話します。
キリスト教と関係のない方でも歓迎です。
参加なさる方には、いつものように「プレゼント」を用意しています。
何日か後のこのブログでそのプレゼントを紹介しますのでお楽しみに。
チラシを送っていただいたのでここに貼り付けておきますが、もうすぐウェブからも申し込めると思います。http://www.catholic-shinseikaikan.or.jp/
c0175451_07524256.jpeg
ADDRESS〒160-0016
東京都新宿区信濃町33-4
TEL03-3351-7121(受付代表)
FAX03-3358-9700
受付時間10:00-16:45

■交通アクセス

JR総武線信濃町駅改札を出て右側徒歩1分



# by mariastella | 2019-03-05 00:05 | お知らせ

モンテスキューとパリ大司教 

カトリック系ラジオで毎朝、フランスの各地の司教にインタビューする若手ジャーナリストマリー=アンジュ・ド・モンテスキューという女性がいる。

定期的に耳にするうちにすっかりこの人のファンになった。自分の父や祖父のような年配の司教や大司教や枢機卿に臆することなく、というか絶えず矛盾を突くかのような挑発的な問いを率直に投げかけて本音を引き出しているのだ。


特に、毎土曜の8h45から10分間のパリ大司教オプティ師へのインタビューが面白い。

時に真剣勝負だけれどオプティ師はいつも同じように生き生きとして新鮮で精神の若々しさがにじみ出ている。

このふたりが互いをリスペクトしながらこのインタビューを楽しみにしている様子が伝わってくる。

3月のはじめはペドフィリアについてだった。

「欲望」とか何かについて、まず「医学部の教科書を参照してみた」というのは、現役医師10年の経歴ならではだ。

「欲望」には、遺伝子やホルモンなどに基づく生物学的な側面、

そして霊長類から見られる情動的な側面、

最後に人間にだけ見られる「意志的なもの」がある

と医学の教科書に書いてあるという。

まさに「知・情・意」の世界だ。

同じように、「愛する」にも三つの要素がある。

そもそも「愛する」ということには知的なもの、官能的なもの、そして愛情という三つだ。理性と肉体と感情ということか。

で、大切なのは、「欲望」が「欲望」の充足で終わるのではなく、「愛」を構築しようとするものであるかどうか、なのだそうだ。

「欲望」と「愛」について、「欲望は卑しい、愛は崇高」みたいに分けるのではなく、

「愛につなげる意思のある欲望の生き方」が求められるのだという。


「欲望を愛につなげろ」と言い切るのではなく、「愛につなげようとしろ」というのがポイントだ。

このインタビュアーのマリー=アンジュ・ド・モンテスキュー、名前からすぐ分かるように、啓蒙の世紀の『法の精神』で世界の思想史に名を残すモンテスキュー男爵の家系の人だ。モンテスキューと言えば、イギリス滞在中にフリーメイスンのメンバーになり、1734年(すでに『ペルシャ人の手紙』で知られていた)のパリで、他の貴族やイギリス貴族たちと共にフリーメイスンの会議に参加した記録が残っている(このフリーメイスンはフランス革命につながった啓蒙思想のグループであり、秘密カルトのようなものではない)。

直系子孫であるマリー=アンジュはパリ政治学院の法学マスターでジャーナリストとして活躍している。 乗馬療法士の資格を持っているというところが、貴族っぽい感じもする。

乗馬療法(équithérapie)というのは馬との触れ合い、乗馬を通した身心療法だそうだ。フランスっぽい。(ヒポクラテスも唱えていたし、ディドロの百科全書にも乗馬の効能が載っている。19世紀後半に半身不随や呼吸困難のリハビリとしての研究が始まった。英語や日本語ではヒポセラピーhippotherapyとよばれる。)


それにしても、こういう人が毎週パリ大司教を相手に丁々発止で興味深い言葉を引き出していることには、さすがフランスというか、フランスの歴史や文化の継承の確固さを感じさせられて、すこし、うらやましい。


# by mariastella | 2019-03-04 00:05 | 宗教

教皇は謝罪すべきだったのか

カトリック教会内の性犯罪ペドフィリアをテーマにしたのシノドス(世界代表司教会議)が2月に終了した時のフランシスコ教皇の閉会の辞について、「失望した」「完全に失敗した」との声がフランスのカトリック内で一斉に上がっているのには驚いた。


この閉会の辞は、開会前に用意されていたものだそうで、シノドス中に交わされた意見や議論はまったく反映されていない、閉会の辞というより、開会の辞だった、というもの。

だから最初から結果ありきでこれからのあらたな指針が何ら反映されていない、というもの。


そして、フランシスコ教皇は、ペドフィリアが「沈黙の文化」(教会内だけではなく世間一般全てが性犯罪の被害者に泣き寝入りを促した)であった世代のど真ん中にいたのだから、アルゼンチンでの司牧時代のことも含めて、神に「謝罪」するべきだった、というもの。


21世紀にはいる前にヨハネ=パウロ二世が十字軍やら異端審問やらそれまでのカトリック教会の犯した「罪」について謝罪したことは記憶に新しい。

ペドフィリアについての「沈黙の罪、看過の罪」も、それに匹敵する重大なことであり、トレランスゼロでそれを一掃するにはまず教皇による謝罪が必要だった、という意見は興味深かった。


ゆるしてもらえるとか罪を償えるとかなどの次元とは関係なく、再出発においての「謝罪」ってたいせつだなあ、とあらためて思う。


# by mariastella | 2019-03-03 00:05 | 宗教

枢機卿のペドフィリア・スキャンダル

昨日の関連記事で、オーストラリアのペル枢機卿(George Pell)(77歳)がペドフィリアで投獄されたニュースについて書く。

ミサの前で支度をする香部屋で二人の未成年侍者に触れたとかいう話だけれど、不審な点がたくさんある。ミサの直前にそんなことをする自体が心理的にも不自然だ。「犠牲者」のひとりはなくなっているが、亡くなる前に実はそんなことはなかったと母親に証言したというし、もう一人の証言にも矛盾が多すぎるそうだ。ペル枢機卿は控訴している。ペル枢機卿と言えば、ヴァティカンでフランシスコ教皇の片腕として改革に手を染めた人だ。ヴァティカンの特にイタリア貴族系高位聖職者たちの多くは代々宮殿や城などで贅沢に暮らしているように「既得権」が大きく、フランシスコ教皇はそれを一掃しようとした。もちろんそのことによって「敵」を作ったわけで、既得権益を犯された高位聖職者とその周りの利益享受者たちの「マフィア」が復讐のためにペル枢機卿を陥れたのだという説がある。根も葉もない陰謀論というより、あり得る「陰謀」かもしれない。

ヴァティカンはペドフィリアに関して予防と罰則を徹底したばかりで、ペル枢機卿が「クロ」なら、かばうつもりはない。現に、2月半ばには、ワシントンのマカーリック枢機卿(Theodore McCarrick)を、ペドフィリアの罪により枢機卿として初めて、職務停止ではなくカトリック教会から追放還俗の処置をとった。

今世界中でセクハラやパワハラの弾劾が激しさを増している中には、復讐やでっち上げも一定の数はあるだろう。その識別はたやすくない。

ペル枢機卿のニュースと同時に、司祭をペドフィリアで訴えていたあるカップルが、偽証だと判断されて名誉棄損などの罰金と懲役の実刑判決がでたというニュースも耳にした。悪質な告発もあるわけだ。でもこのニュースはほとんど報道されない。

少し前までは教会の隠蔽体質そのものを利用して偽の告発でメディアにばらすと脅迫し、示談金をせしめていた人もいただろう。ペドフィリアの告発は10年も20年も後になってからのことが多いから、「証拠」も「反証」も難しい分野でもある。その気になると「おいしい」詐欺のターゲットになる。実際、1人の人が複数の国の司教団に偽の告発をしていたことが判明して「ブラックリスト」に載った例もある。

前にこのブログで取り上げたフランスの犠牲者の例は、司祭になった友人たちをいわれのない偏見から守るために、司祭一般や教会ではなく、罪を犯した「特定の司祭」を徹底的に糾弾するという動機があった。


長い準備期間を経て独身制を受容してまで司祭になるような人はホモであろうとヘテロであろうと禁欲するだけの意志を持つ善意の人が率としては圧倒的に多いはずだ。

ヒエラルキーの頂点にローマ教皇を戴くカトリック教会が、どのような試行錯誤によってその「善意の人」たちが世界中の弱者に寄り添うことを支援できるのか、注目される。


# by mariastella | 2019-03-02 00:05 | 宗教

ヴァティカンの同性愛者スキャンダル『ソドマ』

フレデリック・マルテル(Frédéric Martel)«Sodoma: enquête au coeur du Vatican» という本は、ヴァティカンの高位聖職者たちの同性愛について調査したもので近頃スキャンダルになっている。発売と同時に数ヶ国語に訳されたらしい。(私は読んでいない。マルテルへのインタビューを聞き、いくつかの書評を読んだだけだ。)


興味深いのは、このマルテルという人は、本人は「12歳の時にカトリックをやめた」(つまり多くのフランス人のように、最初の聖体拝領の次の典礼を家族行事として終えた後で教会を離れたという程度の意味だろう)と言っていて、1996年には『バラ色と黒――1968年以降のフランスのホモセクシュアリティ Le rose et le noir. Les homosexuels en France depuis 1968 』という同性愛の社会研究の本を出したゲイの「活動家」であると分かっているのに、ヴァティカンでの彼の調査に多くの高位聖職者が協力的だったことだ。


日本ではホモという言葉が差別語で「ゲイ」と言わねばならないというのは英語圏からの影響だろうけれど、フランスではゲイともいうけれど「ホモセクシュアル」「ヘテロセクシュアル」でホモ(同性愛者)とヘテロ(異性愛者)が普通に使われる。


この調査によるとヴァティカン内のホモの率は高く、カップルの関係が利益誘導にもかかわっているという。

また、今回カトリック教会が聖職者を「解雇」して追放するほどの徹底的な方針を定めたペドフィリア事件においても、その85%は男児に対するものだという。一般社会におけるペドフィリアも成人男性によるものがほとんどだけれど、女児に向ける場合が圧倒的に多い。

男児が被害になる割合の高さから見ると、司祭の中に同性愛者が少なくないのは納得できる。もちろん教会内のペドフィリアは例外的な事例であるけれど、それが隠蔽されようとしてきた裏には、それを暴くことで高位聖職者の同性愛が明らかになることへの恐れがあったのではないかともマルテルはいう。

その「恐怖」が偽善につながる、とも。


といっても、この本は、聖職者に同性愛者がいることを告発糾弾しているのではない。マルテルは、同性愛者の権利を拡大しようという運動家なので、同性愛がカトリック教会の中で堂々と認められる「革命」を煽っているともいえる。だからこそ、彼の調査に実名で協力した聖職者もいたわけだ。

犯罪であるペドフィリアは論外としても、他の「カップル」は司祭と神学生との間などに成立する「合意」の関係というのが基本だ。地方の司祭館に司祭が一人、というのとは違って、聖職者たちの密度が大きいヴァティカンでは誘惑が大きいのかもしれない。

ヨハネ=パウロ2世は本当にこういう情況を知らなかったらしい。ベネディクト16世は知っていても改革するにはナイーブに過ぎた。今のフランシスコ教皇は、情況を把握し、教会を改革してなんとか救いたいという気が満々なのだけれど、いろいろ矛盾があって難しい。

興味深いのは、同性「愛」(ホモフィリィ)と同性「性愛」(ホモセクシュアリティ)の違いだ。

「司祭には同性愛者が多い」と言うとスキャンダルになるのに「異性愛者が多い」とは言われない。

確率的には、人間には「異性愛者」の方が圧倒的に多いだろう。でないと存続しない。

一方では、今のローマ・カトリック教会の聖職者には「独身」の誓いがある。

修道会などでは「貞潔」の誓いもあるように、本質的には性的に禁欲的な生活を送る、という意味だ。けれども、法的に「独身」出さえあれば何でもOK、のような感じで、「内縁の妻」みたいな存在の人と暮らしてきた司祭が歴史的にはいくらでもいて「公然の秘密」はたくさんあったた。(さすがに同性愛はそれ自体が「罪」だから、同性の内縁関係というのが信徒から看過されて来たという例は聞いたことがない。一般人との同性愛関係を貫く司祭は「還俗」することになる。チベット僧の禁欲「戒」には異性とも同性とも獣とも交わってはならない、とあるから、リスクマネージメントが徹底している。)

で、基本的には、「マジョリティ異性愛者」である聖職者は禁欲して貞潔を守るわけで、その場合、別にわざわざ「異性愛者ですよね」なんて確認されるわけではない。

同様に、「同性愛者」である聖職者も、禁欲して貞潔を守る人はいくらでもいるわけで、「性愛」がなければ「性的傾向」は関係がない。

問題になるのは「性的行為」であって「性的傾向」ではないのだ。


「性愛」のない場合はホモセクシュアルでなく単にホモフィルというだけだ。

つまり同性に惹かれるけれど性的関係を結ぶわけではない。貞潔を誓って生きればいいので、それはヘテロセクシュアルの聖職者が貞潔を守るのとまったく同じだ。そして、同性愛であろうと異性愛であろうと、人は24時間性的な存在であるわけではないし、一生性的な存在であるわけでもない。

でも同性同士の閉鎖空間では異性愛者よりも「戒」を破るハードルが低いのも理解できる。

マルテルの本は実態を暴いたという点では衝撃的だけれど(誇張が過ぎるし事実と明らかに違う箇所も指摘されているが)、不思議で曖昧なシロモノでもある。


ゲイの活動家として、聖職者の独身制という偽善を廃せよ、同性愛司祭も自由に伴侶を持てるようにせよ、と言いたいのか、


宗教やら教会やらをバッシングするグループに格好の餌を提供しているのか、


それとも教会内部のものだけではないすべてのペドフィリア防止の根本対策につながるものを模索するヒントになるのか、


「性愛」ではない「愛」とは、「性愛」における「愛」とは何なのか、その本質が何につながっているのか、神への愛とかキリストの愛とは何なのか、などを見つめることを可能にするのか、


これから続いていくだろう議論を観察していきたい。


# by mariastella | 2019-03-01 00:05 | 宗教

21世紀フランスの反ユダヤ主義

これは前に書いたいくつかの記事の続きの覚書。

これや、これ。その前はこれ。


2/19にフランスの主要政党が呼びかけた大規模な「反ユダヤ主義糾弾のデモ」だけれど、実際に行ったジャーナリストの話では、一般人のデモと政党関係者(特に社会党とマクロンの共和国前進党)との間にはっきりと境界があって、混じらないようになっていて、メディアに映されたのはVIP枠ばかりだったという。一般人枠にいた人には公式のスピーチなど何も聞えなかったそうだ。

フィンケルクロート自身が証言していたように、彼に対するユダヤヘイト攻撃は明らかなイスラム過激派サラフィストによるものだった。けれどもメディアは「過激派」とは言うが「イスラム」という言葉をまず使わない。政治家も同じだ。「イスラム」差別と混同されると政治的不公正だと言われる空気があるからだ。

で、同じ日にマクロンがナチス時代のホロコーストの犠牲者を追悼するなど、21世紀のユダヤヘイトもひたすら1930年代から第二次世界大戦末までのホロコースト糾弾へと回収されている。

政府筋に近いユダヤ系ポピュラー言論人のBHL(ベルナール=アンリ・レヴィ)などは、「黄色いベスト」運動の核心は反ユダヤ主義だ、などとまで言いだしている。

つまり、地方に住み生活の苦しさを訴える保守的なキリスト教徒たちが生きづらさのスケープゴートとしてユダヤ人を攻撃しているというわけだ。

けれども、公平に見て、そんな人は極端な少数派、というか、都会でも富裕層でも、必ず一定の割合で様々な差別主義者がいるのと変わらない。

フランスのキリスト教のマジョリティはカトリックだが、ローマ教皇もすでに1930年代にはユダヤ教とキリスト教は同じアブラハムの宗教、キリスト者は霊的にはみなユダヤ人でもあるというような発言をしている。ヒトラーはキリスト教徒としてユダヤ人を殲滅しようとしたのではなく、ゲルマン民族の優越感を煽ったのでイエスがアーリア人であるという説まで唱えさせていた。


フランスには確かに「ユダヤ人はキリスト殺し」という偏見が中世から存在していた。けれども、フランスのカトリックは絶対王権、フランス革命、ナポレオン、王政復古から第三共和政や厳格な政教分離などを経て、イデオロギーとしては限りなく薄まっている。 

フランスのほとんどの「カトリック信徒」は、冠婚葬祭、子供の教育や地域の通過儀礼にまつわるピンポイントの家族行事の域を出ないし、21世紀の今、「キリスト殺し」「神殺し」のユダヤ人なんていう偏見は過去の遺物だ。もともと「何々系フランス人」という統計を禁じているユニヴァーサルリズムの国柄もあって、第二次大戦後生まれのフランス人のほとんどは、「ユダヤ人差別」に「無関心」というのが実情だと思う。(ホロコーストに対する飽くことのない糾弾やロビー活動がなければ、多くのフランスの知識人にとっては「ヒロシマ・ナガサキの原爆」の方が大きなインパクトであったとも思う。)

今の「反ユダヤ主義」の復活は、明らかに、冷戦以降の格差問題や難民問題に加えて、石油によって莫大な富を得たサウジアラビアのワハディズムの宣教主義に影響を受けた過激派がフランスに流入したことで生まれた。そうして流入したあらたな「反ユダヤ主義」の高まりを見ることで、ユダヤ差別など忘れていたか無関心だったフランス人が、ホロコーストにまつわる「罪悪感」を再び呼び起こされることになった。

ヨーロッパの拡大、アフリカや中東、パレスティナの混迷、中国、インドなどの新興経済大国との関係、地球規模の環境破壊など、多くの困難に向き合う世界で、進むべき新しい道を構築する力がない時、人は「過去」に戻って固定した歴史をパラレルに論じてしまう。

で、情緒に訴えやすい、「1930年代の反ユダヤ主義が復活している」、「キリスト教右派が暗躍している」、これでは第三次大戦も避けられない」、などというタイプの言説が生まれるわけだ。

前述したように、フランスのカトリックは「打たれ強い」を通り越して、マジョリティが「無関心」組だから、どんなに批判されても、司祭はもちろん神だのイエスだのに向けたヘイトスピーチが全開しても、異を唱えない。ユダヤ教やイスラム教についての批判はご法度だから、カトリックほど便利なヘイトのはけ口はないのだ。だから、1930年代の危機がもう一度、とか、反ユダヤ主義が再燃、というようなストーリーを語る時に、昔ながらの「キリスト教徒によるユダヤ人迫害」という図式が簡単に蒸し返されるのだ。

でも、そんなことをしていては、ほんとうの問題が何なのかが見えにくくなるし、解決も遠のく。


私は日本の記事も読んでいるから、最近の日本で、明治回帰だとか、皇国史観や軍国主義の復活だとか、戦前の全体主義の再燃だとかを批判して、差し迫る危険を煽る言説にもなんだか共通点があるような印象も受ける。

世界は地球レベルで変化している。もはや、「今」の危機的状況を「100年前」の危機的状況にいつも照らし合わせて「もう二度と同じ間違いを繰り返しません」という物語だけで解決できるものではないのではなかろうか。

もちろんフランスはかろうじて第二次大戦の戦勝国の仲間入りをして敵国だったドイツやイタリアと欧州連合を作ったし、日本は敗戦国としてアメリカ一国とだけ同盟を結んでいるという根本的な情況の差は大きい。

けれども、今の危機を過去に回帰してパラレルに見ることで誰かに都合のよいストーリーが作りあげられているのかもしれない、ということも頭に入れて、打開の仕方を、じっくりと考えることが要請される。



# by mariastella | 2019-02-28 00:05 | フランス

もしも神が女だったなら…

ユダや、キリスト、イスラムの3つの一神教が毎週ひとつのテーマについて語るラジオ番組で、先日は「もし神が女だったら」というのを聴いた。


興味深いので忘れないうちにメモ。


これは一神教に特徴的な問題だ、と司会者が言う。女神を含んでいろいろな神が住み分けている多神教と違って、一つの神しかなくて、それは名のない超越神であるはずなのに、「父」だとか「万軍の主」だとか男性のイメージを付与されているのはいかがなものか。

キリスト教の神学者のコメント。

ヨハネの福音書のはじめにロゴスは父の乳房に休んでいる、とある。子は父の中に孕まれているので、母と別のものではない。 (日本語の「言は神と共にあった」という部分だろうか。だいぶニュアンスが違うのでチェックしたい。フランス語では普通、神の「中」にあった、と訳される。)

けれども、父権制社会の中で男たちが言説を紡いでいくうちに神は「父」であり「男」であるかのようになった。もし女の姿をとっていたらこの世はこれほど暴力的なものになっていなかったかもしれない。

イスラム神学者は、コーランには神は「いつくしみの神」とあり、この「いつくしみ」というアラビア語はヘブライ語も同じで「子宮」から来ているモノだとコメントする。スンニー派では「聖なる子宮」という表現がとられている。(ここでの「子宮」はフランス語では「マトリス」で「原型」、「版型」も同じ言葉。)

ユダヤ教も、神はそのルーツにおいて男と女の両性であり、人間の創造でも男と女を同時に創った。

「女」という言葉は「男」という言葉の「女性形」ではない。別々の対等な言葉なのだ。

また、三位一体の父と子と聖霊はフランス語ではすべて男性形だけれど、ヘブライ語の「聖霊」は女性形である。

全般的にいうと、

ヨーロッパ、フランスに特化して言えば、19世紀のブルジョワの台頭と共にヒエラルキーと強弱の世界が宗教に反映された。

そこでは、性別だけではなく、ある二人の人間が出会う場においては「どちらがより強い立場にあるか」という序列の意識なしにいることは難しい。

(強弱による「序列」から自由になるには、強弱を固定しないことがまず必要だ。

同じ人間でも、赤ん坊、子供、壮年、老年と「強さ」は一定しないし、同じ年ごろでも、病気や事故や障碍によって、強弱関係は変わる。その時、その場所において、相対的な強者が相対的な弱者を支え、仕えるということが重要だ、とあらためて思う。) 

番組の終わりに、

もし神がこれほどまでに「女性」でなかったら、神は存在していなかっただろう、

と結ばれたのもおもしろい。


# by mariastella | 2019-02-27 00:05 | 宗教

フランスの「ユダヤ人」

忘れないうちにメモっておく。

Denis Olivennes2/18のフィガロで説明していたフランスのユダヤ人というかユダヤ系フランス人の系譜。


まず1世紀にローマ人と共に南フランスにやって来たユダヤ人。

次に6世紀にパリに。

1000年からアルザスとロレーヌに。

16世紀にスペインとポルトガルからボルドーに。

19世紀には中央ヨーロッパ、東ヨーロッパから。

最後が、1960年代に、北アフリカ(マグレブ3ヶ国)から。(1870年の条例でフランス人とされていた)

これだけいろいろな系統があるので、文化も伝統も民族さえ、実はばらばらで、それぞれの系統の中にまた別のグループがある。例えば北アフリカからの移民ユダヤ人には、アラブ化を避けるために6世紀ごろからユダヤ教に改宗し始めたベルベル人もいるし、15世紀にスペインから追放されて住み着いたユダヤ人もいる。

聖職者たちも、セファラード系(1492以降にスペインからイタリア、北アフリカ、ギリシア、トルコへと移動した地中海系)と

アシュケナージ系(中欧、東欧系)、

Comtat Venaissin(アヴィニヨン)の「教皇のユダヤ人」と呼ばれる系統では

典礼も違う。

アシュケナージでもアルザスとポーランドとロシアでは感受性もノスタルジーもみんな違う。

プルースト(アルザス)、ジョゼフ・ケッセル(ロシア)、アルベール・コーエン(ギリシャ)、アルマン・リュネル(プロヴァンス)などの小説を読めば違いがよく分かる。

このような歴史や典礼の違いの他に、フランスのユダヤ人には、土曜にシナゴグの礼拝に行くタイプ、定期的に行くことはないけれど信仰はある者、無神論者、反ユダヤ主義者から、キリスト教に改宗した者まであらゆる人がいるし、政治的にも極左、左翼、中道、右翼、保守、極右まで分かれるし、イスラエルについても、ユダヤの国を擁護しても、大半はユダヤ人の運命がパレスティナにあるとは思っていない。シオニストもいれば反シオニストもいるし、「無関心」派も多い。

社会的にも「ロスチャイルド」だけがユダヤ人であるわけではない。ベルグソンも、ルネ・カッサンも、シャガールも、ダリウス・ミオーも、フランソワ・トリュフォーも、マンデス・フランスもユダヤ人だ。銀行家も起業家も、医者も、弁護士も、警察も、泥棒も、パリジャンも、田舎に住む者も、あらゆるところにあらゆるユダヤ人がいる。

アルジェリアからやってきたベルベル系ユダヤ人のエンリコ・マシアスは、モルダヴィア系ユダヤ人のロベール・バダンテールよりも、同じく歌手である非ユダヤ人のミッシェル・サルドゥとの方にずっと共通点が多そうだ。

第一次世界大戦では35000人のユダヤ系フランス人が愛国心に駆られて出征し、4000人がヴェルダンで戦死した。(ドイツのユダヤ人もドイツへの愛国心に駆られていたのを忘れてはいけない)

トロツキストは二人よれば分派する、というのと同じくらいに「ユダヤ人」は一人一人が違う。

それは「フランス人」が一人一人違うのと同じで, 1791年の人権宣言によって同じ権利を与えられたすべての人と同じなのだ。

うーん、私の周りにいる「ユダヤ系フランス人」とのつき合いを通しても実感としてもすごくよく分かる。


これだけ複雑なのだから、ユダヤ系ロビーもさぞ錯綜しているのだろう。

巷に流れる「ユダヤ陰謀論」とかをちらりとでも信用しないようにくれぐれも気をつけよう。


# by mariastella | 2019-02-26 00:05 | フランス

ジャン=マルク・ソヴェによるペドフィリア調査

フランスのカトリック司教会議がつくった教会内ペドフィリア(司祭による性犯罪)の徹底調査機関がある。

完全な「第三者委員会」となっていて、司教委員会が任命したのは委員長になるジャン=マルク・ソヴェひとりだけで、その彼に他の22人の委員の人選が任された。ソヴェは日本風に言うと「内閣官房副長官」を長く務めた69歳の高級官僚だ。今はパリ大学都市のプレジデントでもある。最難関行政エリート養成機関であるENAに二度も合格して二度目は首席で卒業したという記録を持つ人だ。一度目も優秀な成績で合格したけれどイエズス会士になろうと決心して中退し、2年間を修錬士として過ごし、その期間にジプシーと生活を共にしたり自閉症の施設で働いたりしたことがある。結局、自分は聖職者には向いていないと気づいて、もう一度ENAを受験しなおしたというわけだ。「召命」を捨てたこと自体は負の体験だったけれど、その2年間で「弱者」と過ごした体験はその後の彼の視野を大きく広げてくれた。

調査委員会が彼に任されたのは、あらゆる種類の先入観を持たずに真実を追求する姿勢と人柄が認められたからだという。こういうエリートがいることが頼もしい。

彼が今回のペドフィリアの調査機関の委員に選んだのは、社会学者、歴史学者、心理学者、精神医、未成年案件の裁判官、法律学者,神学者など多岐にわたる。1950年以降のフランスのカトリック教会でペドフィリアの犠牲となった全ての人に絶対秘匿を条件にして証言を呼びかけている。1950年と言えばベトナムやアルジェリアなども「フランス」であり、その全てが対象になっている。

なかなか徹底している。確かにそれ以前の話ではもう証言者を見つけることは難しいだろうし、追跡調査も困難だろう。

おもしろいのは、この試みについて、フランスにある「沈黙の文化」を壊さなければならない、と何度も言われることだ。

「世間体の悪いことは口をつぐんで黙っている」というのは日本のことかと思っていたけれど、あんなに何でもべらべらしゃべるフランス人でも特に性的被害や教会がからむと「沈黙の文化」があるのだ。いや、なんでもべらべら話すフランスだからこそ、その「沈黙」が重大な意味を持つのかもしれない。

教育機関や家庭内でのペドフィリアの犠牲者の方が絶対数の上でははるかに多いのだけれど、どれも「個別案件」になってしまうから、問題の根を探り、共通項を見つけて再発を防止するのは難しい。今回フランスの司教評議会が徹底調査を企てて、分析し、そのレポートを公表するというのは、ペドフィリアという犯罪についてのはじめての試みで、注目される。

ペドフィリアだけでなく、閉鎖空間でのパワハラやセクハラ、いじめや虐待の防止にどのような有効なアプローチが可能なのかというヒントになるといいのだけれど。


# by mariastella | 2019-02-25 00:05 | フランス

日本の太平洋側の冬のような陽気

1月は日照時間が極度に少なくて、季節性の鬱になる人が少なくなかったのだけれど、2月半ば前から今度はからりとした青空が続き、日中は15度前後にもなるような陽気が続いている。信じられない。
ここ数年、暖冬ならやはり地球温暖化かと思うし、大雪や零下が続くなどすると異常気象かと思うし、冬の太陽や青空をすなおに喜ぶ気持ちが弱くなっている。

それでも、少しパリ郊外の森歩き。

ここ数日の気温で梅?もほころび始めている。それはそれで、この先また気温がぐっと下がったらどうなるんだろうと心配になる。
c0175451_01403540.png
c0175451_01391933.jpeg
お天気がいいと、冬姿の白樺何かも寂しげではない。
葉が落ちるとヤドリギのたくましさばかりが目立つ巨木。
c0175451_01425772.jpeg
隣同士にある同じ種類の木でも、一方はツタで覆われていて一方はほとんどないのを見ると、いったい何が違うんだろうと思う。ツタに絡まれている方が迷惑なのか寒さを防げて有利なのかどうかも分からない。
c0175451_01435541.jpeg
命が噴き出すような春や夏の木々にも力や希望を分けてもらえるけれど、葉を落としてミニマムになった姿に確かな充実を感じるのはここ数年のことだ。どうしてだろう。

# by mariastella | 2019-02-24 00:05 | 雑感

フランソワ・オゾンの新作『Grâce à Dieu』

フランソワ・オゾンの新作『Grâceà Dieu』について、23日の公開が許可されるかどうかの判決が21日にでて結局公開されることになったらしい。

フランスの司祭による少年への性犯罪を題材にしたもので、成長した被害者たちが声を上げて告発に踏み切るまでの本人や家族たちの葛藤が描かれている。

えっ、フランスのような国でそんな題材に公開禁止の可能性があり得るのかと一瞬驚いたけれど、告発者が実名で出てくるので、その一人がその実名公開を拒否して上映禁止を申し立てていたらしい。


Grâceà Dieuというのは「神のおかげで」ということで、この件に関して事情を知っていたのにもみ消して司祭を別のところに異動させただけで放置した責任を問われたリヨンのバルバラン大司教が、「Grâce à Dieuでその件には時効が成立している」と口を滑らせ、「Grâce à Dieuって、幸いなことに、っていう意味ですよね」とジャーナリストに咬みつかれたシーンが映画にも出てくる。

Grâce à 何々」という表現は確かに、「何々のおかげで」という意味で、「おかげさまで」というニュアンスもある。日本語でも「おかげさまで」というと、何のおかげなのかはっきりしなくても、「おてんとうさまのおかげで」みたいな感じがあるけれど、フランス語でも、このGrâce という言葉自体が「恵み」「恩寵」という意味だから、しかもそれを聖職者が口にすると、ほんとうに「私の信仰している神の恵みによって」みたいに解釈されてしまっても不思議がない。


他の性犯罪と同じで、密室のペドフィリアについての社会の見方は劇的に変わった。

四半世紀前に発覚した時代には、できるだけ公にしないで内輪で処理する、被害者も家族も泣き寝入りする、あるいは隠す、なかったことにする、などという対応が「普通」だったということはあるだろう。だからその頃の司教たちも、まともな人なら事件にあわてて、なおさら思考停止してしまって、穏便に、内密に、という方向に流されたのだということは理解できないでもない。

もちろん、力関係を利用して未成年を虐待することは絶対に阻止しなければならないし、あってはならないことだ。それが「独身制」のカトリック司祭によるものであることで、より重大だということは分かる。

まあ、この立場でこういうことをする人たちは「ビョーキ」としか言えない。

一方で、今どきローマ教皇の地位に昇り詰めるような人たちは本気で敬虔で高潔な人たちだろうから、そのような身内のビョーキに対する想像力が欠けていて、衝撃も大きい。トレランスゼロと言い続け、司法の手に渡すというだけではなく、つい最近はワシントン司教が職を解かれて還俗させられた。職務停止という例はあるが、聖職から完全に追われるというのははじめての例らしい。

こういうと、偽善的で悪魔のようなカトリックの聖職者の毒牙にかかってトラウマで人生を狂わせられた者たちによる復讐劇のように見えるかもしれないけれど、そう単純ではない。今どき子供たちをカテキズムやスカウトに参加させるような親たちはブルジョワで教育の高いクラスも多いし、その子供たちもエリートコースを歩くことが多い。そこで被害に遭えば、親にもなかなか言い出せない、親も信じたくない、などの葛藤が生まれる。

被害者でなかった子供たちの中には信仰を深め使命感を持って自分も聖職を目指す者もいる。同じ世代の仲間同士で秘密と溝ができてしまうのだ。

こういう歪み、トラウマ、不幸を克服するには、すべてを明るみに出して、「神」だの「教会」だの「独身制」などを攻撃するのではなくて、当該司祭をはっきり弾劾して社会的な罪を償ってもらわなければならない。そうすることで、他の善意の司祭たちが一層努力する余地が出てくる。

ペドフィリアというビョーキを実行に移す割合は、学校教師だとか寄宿舎の舎監だとかスポーツ合宿のコーチだとかの方が聖職者より多い。いや、最も多いのは家庭内で実の父とか義父とか兄から受ける被害がとびぬけて多いそうだ。とはいっても、「聖職者」は「聖職者」であるだけにより罪が重いし体制としての教会自体へのダメージも多い。

この映画、監督がフランソワ・オゾンだから、人間性の織りなす模様にはさぞや迫力があるのだろう。「特殊な世界のスキャンダル」を超えた普遍性を持つ作品なんだろうなと思う。


リヨンのバルバラン大司教はとっても優秀な人で、こんなことに巻き込まれてある意味でGrâce à Dieuどころか、悪魔の罠にはまったような状態で気の毒と言えば気の毒だけど、この人って、なんだか顔が濃くて損をしている。(温顔とか尊顔とかいう感じではない。そしてカルロス・ゴーンを連想してしまう。ついネットで画像検索して「顔面相似形」のショットを見つけようと思ったけれど、眉の濃いところとかは別にして、ゴーンは明らかに押しの強いやり手の雰囲気で、バルバランさんは高位聖職者にありがちな謙虚さがこの状況ではなんだか優柔不断に見えてしまう。)


なお、この映画についてフランスのカトリック教会は今のところ何のコメントもしていない。それでも、カトリック信者から、「この映画を観に行くべきですか?」という質問が来るそうで、それについてストラスブールの司教が答えているのを聞いた。


「キリスト者が護るべきなのは教会ではなくて、イエス・キリストです」


というものだった。なかなか含蓄がある。


参考 : これに関する以前の記事。





# by mariastella | 2019-02-23 00:05 | フランス

エリック・ベリオンの航海

エリック・ベリオンという人のドキュメンタリー映画が公開されて評判になっている。


この人は、ヴァンデ・グローブ(Vendée Globe)というヴァンデ地方から出発して南半球を回る世界一過酷だと言われている単独無寄港無補給世界一周ヨットレースに2016年に参加した時にビデオカメラをたくさん持ち込んでこの映画を作ったのだ。(99日間)


それだけ聞くと、私のような非冒険家はああ、こういう冒険家っているなあ、という感じで映画も特に観に行くつもりはないのだけれど、この人は実はすごくユニークな人だ。

まず、ヴェルサイユの裕福な家庭生まれでリヨンの名門ビジネススクールを出ているという経歴が、私と親しい人(このブログに出てくるオディールの孫V)とまるで同じであることに興味をもった。Vは、そのままコンサル企業務めという王道だけれど、エリック・ベリオンは学生時代からヨットに夢中になった。同級生2人と組んでヨットにのめりこんだ。

その後、仲間と分かれてから、ある四肢麻痺のスポーツマンと組んで、ブルターニュからモーリス島を68 日間で航海するという記録を打ち立てた。障碍者と健常者という組み合わせが豊かなものをもたらすことを証明するために、ヨットの仕様を変えるなど準備に3年を費やした。結果は、単なる障碍者支援の宣伝や満足とはかけ離れたものだった。

海が荒れている時に、「憐れみをかけている者」に舵をあずけることなどできない。ほんとうに信頼している者にあずけるのだ。障碍も、出自や年齢なども関係がない。ただ、「信頼できるか」「互いに信頼で結ばれているか」だけにかかっている。

この体験から、四つの行動原理(違いを恐れないこと、信頼をおくこと、困難の前で革新を図ること、集団のパフォーマンスを目指すこと)を発見したエリックは、「ジョロキア・チーム」というのを立ち上げる。海軍省に属する心理学者のアドヴァイスを受けて、全盲の人を含めて、さまざまな障碍を持つ人々と共に、6ヶ月の訓練を経て、ビデオカメラで記録しながらヨットレースに参加して、プロのチームを破った。そのことで、五つ目の発見があった。不屈の意志を持って違いを克服することが、至福を生むということだ。

航海への情熱と人間哲学が一致した、という。

その後での単独無寄港無補給世界一周だ。


すごい人だなあ。


# by mariastella | 2019-02-22 00:05 | フランス

フィンケルクロート事件 - レイシストだと攻撃されるユダヤ人 

2/19は「黄色いベスト」の毎週土曜デモが始まって3ヶ月記念につづいて、前の週末に哲学者でアカデミー・フランセーズのメンバーであるアラン・フィンケルクロートがモンパルナスの自宅に帰ろうとしていた時に明らかにサラフィストである「黄色いベスト」のひとりから反ユダヤの兵と発言を浴びせかけられたことで「反ユダヤ主義」弾劾のデモがあった。
最近のユダヤ・ヘイトの言説はネットで広がっていたけれど「ついにネットのヘイトが受肉した」などと言われている。
今回のヘイトも、フィンケルクロートというポーランドからのユダヤ人移民の息子で世代的には68年5月革命の洗礼を受けたエスタブリッシュメントでアカデミー会員になるほどの「共和国の理念を体現した共和国の誇る)フランス人だ(だから町を歩いていても容易に気づかれる)。そんなメジャーな人物に対する差別発言をが堂々と隠すこともなく発せられて、言葉も映像も全部現場収録されて拡散された。

こういう話になると、
「ああ。恐ろしい、1930 年代の反ユダヤ全体主義が再燃、絶対許してはならない」
となってしまうのだけれど、実は当のフィンケルクロートが言っていることが一番納得がいく。

これは30年代の反ユダヤ主義の復活などではない。
昔のユダヤヘイトは中世のキリスト教がふりまいた「神殺し」というやつだった。
今のユダヤ人に対する今回のヘイトは、そうではない。
イスラエルのシオニズム運動とその結果としての今のイスラエルの植民地主義、軍事によるパレスティナ差別を攻撃している。
つまり、「ユダヤ人はアラブ人を差別するレイシストである」と攻撃されているのだ。

そのことが一番ショックだったとフィンケルクロートが言っている。

もちろん昔の差別も今のヘイトも、その裏には「ユダヤ人の金貸しの強欲さ」という偏見から「ユダヤの金融資本が世界を支配する」というような陰謀論まで、生き難さを抱えている人々が不満のはけ口としてスケープゴートを求めるという面がある。

その「生き難さ」の構造にまで切り込まないと問題は解決されない。
たんに1930年代が戻ってきた、ほおっておけばまたホロコーストが始まる、というような恐れを煽る回収の仕方をしてしまうのでは、「黄色いベスト」を支えていた庶民の姿もかき消されてしまう。

自分の受けたヘイトが政治利用されるのは拒否するというフィンケルクロートは本当に、共和国理念の体現者だなあと思う。彼がこう明確に発言してくれることがすがすがしい。

# by mariastella | 2019-02-21 00:05 | フランス

シュラキ訳の聖書の「幸せ」

アンドレ・シュラキという人がフランス語に訳した聖書がある。

いろいろインスパイアされるものだ。


正確にはナタン・アンドレ・シュラキという名で、ナタンはヘブライ語の「ナタニエル(神が与えた」)、アンドレはギリシャ語の「人である」、シュラキはアラビア語で「オリエント」という組み合わせ。つまり、自分の存在はヘブライとギリシャとオリエントの三つのシンボルだと本人が言っている。

1907年に当時フランスの「県」だったアルジェリア生まれで、フランス本土で教育を受け戦後イスラエルに移住した。ヘブライ語、アラビア語、フランス語、ギリシア語のすべてが「母国語」レベルであり、新旧約聖書、タルムード、コーランなどをそれぞれの原典やこれまでの訳を照らし合わせながら、より正確なフランス語に訳す業績を残した。


そのシュラキ訳によると、イエスのあの有名な「幸いなるかな 心の貧しき人」(新共同訳では「貧しい人々は、幸いである」)(ルカ6,20)の「幸い」というのは、フランス語でずっと訳されてきたheureux(幸せな)というものから en marche(途上)に変わっている。(en Marcheって、マクロン新党『La République en marche! 共和国前進党と訳されているようだ』みたいだ。)


思えば、今まではこの箇所の解説って、「貧しい人々」の意味についてはいろいろと読んできたけれど、「幸い」の方は、なんだか誰からも共有されている概念のようにスルーされてきた。いや、だからこそ、普通の「幸福」の理解とは反対の貧しい人とか飢えている人とかがなぜ幸せなんだ、というインパクトがあるのかもしれない。


でもシュラキは、この幸いという言葉の方を取り上げて、それがいつどういう言葉で語られいつどういう言葉で訳されてきたかを研究した結果、en marcheとした。つまり、その後でイエスが言っているように「今の状態」ではなくて、「天の報い」に向かっての良い方向、正しい道をたどっている意味だというのだ。

「今は不幸だけど天国では幸せになれるよ」などという話ではない。

エレミア書にも出てくるのだけれど、「道を間違える」ことで幸せからどんどん離れていくことになる。今貧しかったり苦労をしたりしている状態というのは、大丈夫、正しい方向に向かっているしるしだよ、というわけだ。

「狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。 (マタイ7,13)」というのと通じているのだろう。「狭い門の狭い道が幸いだよ」と言っているわけではない。


まあ、確かに、富だの勝利だの成功だの権力だの欲望充足だのばかりを求める方向に突き進んでそれが得られても、それが永遠に続くことはないし、新たな欲望も生まれてくるのだから最終的な満足にも「救い」にも到底至らないだろうことは分かる。

生きている限り幸不幸の感情の完結なんてないんだし、そういうものを超えた次元での「いい方向」に向かって歩いている実感がいつもあれば、少なくとも精神の安定は得られるかもしれない。

これってやっぱり「賢者の言葉」なんだろう。


# by mariastella | 2019-02-20 00:05 | 宗教

『スピノザ組』マキシム・ロヴェール

スピノザと言えば、アムステルダムダムのユダヤ人共同体から追放されて、ハーグに移ってレンズ磨きで生計を立てて生涯独身、孤独に『エチカ』などを執筆したというようなエピソードを思い出す。

けれど、実際はまったくそうではなかった。彼の「哲学」が神学の殻を破って、やはりオランダに住んだことのあるデカルトの数学的合理主義の影響を受けたように、彼の生きた時代と人脈による「チーム」を形成していた。

アムステルダムのユダヤ人共同体といっても一枚岩ではなく、懐疑派もいればリベラルな者もいた。彼の追放も、カトリックの破門のような絶対的なものではなくローカルな「出入り禁止」に過ぎない。もちろんアムステルダムのユダヤ人は彼と付き合うことを禁止されたから、兄弟たちとの縁は切れた。

でも、別に「蒙昧なユダヤ共同体が理性的な啓蒙哲学者を否定した」というような話ではない。

母は彼が幼い頃に死んでいて、23歳で父が破産して死んだ時に父の負債を引き受けないために、日本語で何というか分からないけれど、縁を切るような手続きをとった。オランダの法律的には合法的だが、それはユダヤの慣習法に反するもので、形式的にはその一点だけで、「追放」の条件を満たしている。

もっとも、もスピノザはごく若い時から聖書を合理主義的に検証してその矛盾をつくなど批判的な立場を隠さなかったから、ラビに神学的に非難されたのだ。このアムステルダムのユダヤ人共同体は、スピノザの祖父と同じようにスペインからポルトガル経由でオランダに移住してきたもので、ユダヤ人のアイデンティティよりもポルトガルのアイデンティティの方が強かったという。そういう閉じたサークルから追放されたのだ。

けれども、当時のオランダには理神論的な哲学者、科学者たちがたくさんいた。

スピノザは幼少の頃から飛びぬけて頭脳明晰であり、宗派を問わず知識人たちから尊敬されることになった。聖書や神学の内容を一から「仕分け」して理性で説明していく方法は、多様な文化的背景、教養を持った知識人たちの思想を「真理」によって統合できると信じていたからこそのものだ。彼らは意見を交換し、戦わせ、ヨーロッパ近代の「理神論」や「無神論」の流れを共に形成していったのだ。

独身をとおした禁欲的な人生というのも違うようで、26歳の時に自分のラテン語教師の娘16歳のクララ・マリアに恋をして結婚を考えた。けれども相手はカトリックでスピノザにカトリックに改宗してくれるように頼んだが彼は拒否した。結局彼女は、カトリックへの改宗を受け入れたプロテスタントの男と結婚した。

その失恋が尾を引いたわけだ。レンズの研磨をして望遠鏡を売っていたのは事実だが、それも幾何学と光学の関係から始めたものでいわゆる「職人」というわけではなかった。レンズを磨く前に幾何学の個人教師をしていた。友人から年金を支給されていたのも事実で、「食うために働く」状態ではとてもあのような著作は残せなかっただろう。『無神論』(中央公論新社)でも書いたけれど、ヨーロッパでは宗教改革の始まる16世紀には知識人の間で実質的にはもう「ローマ・カトリックの教義」というものを言葉通り信じている者はいなかった。しかしそれを言葉にして、神学から切り離した哲学を構築するのか、は簡単なことではなかった。ローマ・カトリックのシステムと秩序は庶民の生活の中での冠婚葬祭の典礼や互助組織から、政治、経済に至るまで浸透していたからだ。でも、ユダヤ教のベースから宗教イデオロギーを否定した人たちとカトリックやプロテスタントのベースから宗教を否定した人たちが誕生しつつあった「合理主義」の名のもとで結びついて確かなチームワークが形成された。無神論はそれぞれの宗教の鏡であるから「多様性」はそのままだったけれど、普遍的なことばで「真実」に迫るというモティヴェーションが彼らを結びつけた。多くの書簡が残っている。

今のように世界中でタイムラグなしの通信が可能な時代、「真理」の探究者たちがどんどん意見を交換して協働に向かうエスプリを維持していることを期待する。

この『スピノザ組』という本はフィクション抜きの小説だ、と著者であるマキシム・ロヴェールが言っている。

c0175451_05050601.jpeg
1677年とはスピノザの死の年だ。けれどもチームワークは続く、というより本格的に始まり、啓蒙の世紀へとつながっていく。
エッセンスをひとことで言ってしまうと…。

自由とは「ノー」と言えるところに存在する。ノーという自由がある時にだけ、「イエス」という合意が、従属ではなく確信に基づくことになるからだ。

(読みやすくて刺激的だ。500ページを超える大著なので今まで敬遠していたけれど先月文庫版が出たのでさっそく購入した。)


# by mariastella | 2019-02-19 00:05 |



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
以前の記事
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
カテゴリ
検索
タグ
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧