Les trois singes
去年のカンヌ映画祭で演出賞をとったNuri Bilge Ceylan のトルコ映画『3匹の猿』。
見ざる聞かざる言わざるの家族の秘密の悲劇。色合いとか間合いがとてもアントニオーニ的で玄人好みでいかにも演出賞にふさわしい感じ。 内容は、たとえば、今の私の環境や生活や性格とかと何の接点もないのだが、それでいて、普遍的な情緒に訴えてくるという意味では、ほとんどギリシャ悲劇の世界だ。ギリシャ悲劇の完成度って、すごいなあとあらためて思う。 主演のHatice Aslanなんて、メディアのマリア・カラスみたいだ。 情熱というか煩悩というか、もっとつらいのは、全編にあふれる「卑怯さ」である。 選挙前に交通事故を起こした政治家が、罪を運転手に被ってもらって服役してもらう。給料は息子に払い続け、出所したらまとまった金を払うという約束だ。こんなことに家族ぐるみでOKしてしまうところがもう間違いで不幸の元なんだが、トルコ的にはあり得るのか。 息子は大学受験に失敗して引きこもり気味。政治家に頼んで金を前借して車を買ってくれたらそれでバイトするとか言っている。 母が政治家に会いに行く。しかし政治家は選挙に敗れてしまった。この辺で、私なんかは、そのせいで、もう約束の金をもらえなくなるんじゃないかという方を心配して、政治家と母親の間に情事が起こるなんてまったく想像しなかった。 (母親役のHatice Aslanは40代半ばのグラマラスな人で、そういう目で見ればなるほどセクシーでもあるが、日本のこぎれいな奥さんが見ればどこのおばさん?という感じでもある。悲惨な貧乏話に似合いそうで、惚れたはれたの話だと思わなかった) しかも、金をちらつかせたセクハラですらなくて、政治家はそれなりにわりと親切で、女の方がすっかり夢中になってしまうという設定だ。 じゃあ、合意の上ならまあいいじゃないか、と、ギリシャ悲劇的な人間の業の感覚からかけ離れた小市民的な私は、全然テンションを共有できなかったのだが・・・ 母親の情事に気付いた息子の目に入る台所の包丁がぎらっと光るのにぞくっとした。 もう一つ、この家族にはタブーとなっている不幸がある。それは、次男が子供の頃に死んだことだ。何も語られないが、アクシデントか何かで、家族のみんなが罪悪感やら相互非難やらを抱いているらしいことが分かる。このトラウマを解決していないことが核になって、卑怯さを糊にして後ろめたさがたまっていく。 この子が息子の前に出てきたり、出所した父の後ろから腕を回したりするシーンがとても怖い。でもなぜか、母のところには出てこない。 なぜなら母は恋をしているからだ。 しかし、一応親切だった政治家も、まさか付きまとわれるとは思わず、後は手のひらを返したように冷たく乱暴になる。 結局息子が彼を殺すのだが、私は父親が今度は息子の罪をかぶって自首するつもりかと思った。 でも結局、家族愛の発露みたいなものだの、赦しみたいなものだのは、何もない。 抑制というより、諦念であり、「卑怯と愚かさは愛より強し」というのを突きつけられる。 母と息子の息苦しさ、父と息子のぎこちなさ、夫と妻の欺瞞、怒りと失望と不信、こういうのが人間の存在の仕方の基本である、と見せられているようで、えらく説得力がある。文学的説得力なんだけど。 線路、列車、海、空、流行歌らしいものをがなり立てる携帯電話の着信音、すべての小道具がそれを裏付けるからだ。 一つ外したら嫌悪感をもよおしてしまいそうだけれど成功しているので、やはり名人芸なんだろう。
by mariastella
| 2009-02-13 00:40
| 映画
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