先日(1・26)少し触れたオリバー・サックスの新著『Musicophilia』によれば、彼自身がいろいろな音楽系の不思議体験をしてるらしい。
60年代にアンフェタミンをやったら、一度耳にしたどんなメロディもピアノで再現できた、70年代にショパンの曲だけ金属音で聞こえた、母親が亡くなって落ち込んできたときに偶然シューベルトを聞いてたちどころに立ち直った、など。
語るのがオリバー・サックスだから、音の不思議体験ってみんな神経系のバグなんだなあ、と思ってしまう。アスペルガー症候群の人の異能異才とかはよく知られているが、一度耳にした音楽をすべて再現できるなんて、普通は「羨ましい音楽の才能」と見なされるものである。
円周率を何万桁と暗誦できる異能がある人や暗算の天才なんかは、まあ、コンピューターもある世の中だから、そう「羨ましい」とは思わないが、メロディー記憶の「音楽の才能」があるのとないのでは、音楽家の人生は全く変わる。
しかし、そのような「才能」も、超能力のようなアクシデントの一種なんだろうか。だとしたら、人が普通に生活して生き延びるには、そういう異能をどれだけ「封印」できるかこそが大事なのかもしれないが。
私のトリオの友人のHなんかも、内的メロディが耳について離れないことがあると言っていた。
私には幸か不幸かそういう体験がない。
アンサンブルをやってると、仲間の体調から心理状態まで全部分かるという体験はよくあるが、それも時としてつらいし、なんというか indecent なので、あまり深く見ないで、封印しようとすることもある。こちらが相手の深部に入ると、向こうもそれをキャッチするからで、それが引いてる最中の曲想とかなら問題ないのだが、そうではなくすごくプライヴェートな事項の非言語領域だったりすると、互いに非常にばつが悪い。
音楽脳においては、神経のバグは、コミュニケートの領域まで広がるということだろうか。
チェ・ゲバラに音楽脳障害があったというのは有名な話らしいが私は最近知った。それはいわゆる「真性音痴」みたいなもので、聞いたメロディーを絶対に再現できない。これはこれでとても困る。私の生徒には、内的リズムを刻めない人が2人いた。arythmique と言う。この人たちは、何度も聴くと、それをまねることはできる。しかし、楽譜を見て音符の長さを調整できない。テンポを記憶できないのである。メトロノームと一緒に弾くことはできるのだけれど。
ゲリラの生活には何となく歌が似合うと思っていたので、ゲバラは気の毒に、仲間とのコミュニケーションに苦労したんじゃないかと考えたりする。まあ音楽を禁止する宗教もあるくらいだから、団結と音楽は必ずしもペアにならないかもしれないけれど。