Le Dérèglement du monde d'Amin MaaloufAmin Maalouf の 『Le Dérèglement du monde』について。 といっても、3月3日の発売なので、まだ読んでいない。 彼のベストセラー『Les Identités meurtrières』ですら、つい最近読んだばかりだ。 しかし、レバノン生まれでフランスに長いマルチ・カルチャーのマアルーフのアイデンティティについての考察は、私には実感として非常に近いところがあることをすでに書いた。 で、新作についてのラジオ・インタビューを聞いて、また非常に共感した。 私は、『アメリカにNOと言える国』(文春新書)の中で、フランス風のユニヴァーサリズムとアメリカ風のコミュノタリスムの比較をした。 私はフランス風ユニヴァーサリズムを擁護している。 フランス風のユニヴァーサリズムが、建前に過ぎない理想論で現実の差別を無視する偽善的なものだとか、それに対してアメリカ風のコミュノタリスムはプラグマティックな考えに基づいて、実際に多文化社会の差別を是正していくために有効な方法なのだという議論があるのは百も承知している。 まあ、どんな立派な理念でも、適用の仕方が問題だというのは事実で、それは立派な普遍宗教の教えでも、支配者の道具となって敵の抹殺を正当化することだってあるのと同じである。 で、マアルーフの言うのは、2003年のアメリカのイラク派兵がもたらした最大の悪は、コミュノタリスムだということである。 アメリカは「民主主義」をもたらすためにイラクに干渉する、と言った。 実際、サダム・フセインの専制に苦しんでいた多くの人は、「民主主義」に期待していた。 しかし、アメリカがもたらしたのは、「民主主義」ではなくて「コミュノタリスム」だった。 それで、国がばらばらになり、多数派でない人々がどんどん難民になっている。 イラクは、フセインの時代から、共和国であった。ということは、理念としてはすでに、民主主義国家である。 政教分離もあった。副首相のタレク・アジズが東方典礼カトリックだったのも有名だ。 ただし、フセイン独裁のもとで、民主主義が機能していなかっただけである。 そこにアメリカがやってきて、残したのは、 コミュニタリスムである。 シーア派、スンニー派、クルド人、などから代表を選ぶという風なシステムになり、カルデア派キリスト教徒などは壊滅的打撃を受けた。 イデオロギーの戦いが、アイデンティティの戦いにすりかわったのだ。 イデオロギーの戦いは、論陣をはって戦える。論戦が可能である。 アイデンティティの戦いは、それができない。 ユニヴァーサリズムだけが、アイデンティティの戦いを回避できるのである。 フランスでは民族的統計などというものが法律で禁止されている。 どんなに「建前」だ「形骸化」だ「全体主義だ」と言われても、共和国の理念は生きている。 この国に30年以上いるマアルーフも私もそう思う。 私は、自分を「日本人」だとか「日系」だとか、「フランス国」や「フランス人」の側から言われたことはない。 ヒエラルキーのある会社勤めなどでもないので社会的にもカテゴリー外のポジションである。 しかし、だからといって、自分のアイデンティティを忘却するものではない。 家族の中のポジションとか、文化や教育や宗教の風景や気候など、いろいろな影響を明らかに受けている。 それらが、存在のあり方として、さまざまに私を規定しているのはいうまでもない。 だから、「ポストモダンの時代に人が共同体を喪失してばらばらになってしまったから共同体主義を回復するべきだ」というような言説には素直に賛成できない。それの多くは、共同体内での差別や抑圧を温存したり、利害を共有するロビーイングの母胎をつくったり、利害を異にする共同体との対立関係をつくったりすることに結びつくからだ。 人は最初は偶然に、後からは「選択したもの」も含めて、特定の共同体に属する存在だ。その中での力関係というのは、変えられないもの(性別や人種別や家系など)や変わるもの(若さや心身能力など)によって決まる。そして、自分の共同体が自分にとって抑圧的に働いた時にSOSを発することのできるような普遍主義が「高位の理念」として掲げられている社会は、やはり歓迎すべきものだし、守っていきたいと思う。 アイデンティティの戦いを終結させることができるのは、真のユニヴァーサリズムの理念なのだ。 そういう意味では、先日書いた、兄弟愛という訳の「fraternité」が、「solidarité=連帯」に進化したのは、シンボリックな意味があると思う。 fraternité が、「一神教の万物の創造主の前での平等=みな兄弟」ではなくて、特定の共同体内での「兄弟愛」にすりかわる恐れがあるからだ。 フリーメイスンのメンバーは互いを兄弟と呼ぶ。フランスにおいてはフランス革命の理念を最初に掲げた人々でもある。 入会したい人は、兄弟の推薦が必要であり、長い審査機関を経て、入会儀式では、 「あなたはメイスンか?」と聞かれ、「私の兄弟たちが私のことをそう見なします」と答える。 つまり、fraternité は他のメンバーによる「承認」を前提としているのである。 他人から一方的に承認されたり、破門されたり、破門解除されたり、生贄にされたり、村八分にされたり、そういう「共同体の力関係」が、私は好きではない。 それよりも、たとえ現実にはさまざまな共同体アイデンティティの中で生きつつも、「どこの誰であろうと安全に生をまっとうする権利において平等な個人」として私を守ってくれて、他の人とも連帯できるような「普遍主義理念」の方に期待したい。 その気持ちは変わらない。
by mariastella
| 2009-03-02 02:43
| 本
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