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L'art de croire             竹下節子ブログ

VESAK2009 その2 ライシテの困惑

 VESAK の2日目。

 パリ市役所は、プチ・ニコラの展示などの宣伝が大々的で、1日だけのVESAKの案内は、できるだけ目立たない様に配慮されていた。確かにポスターに聖遺物の文字はない。

 仏教2500年の文化の展示、というわけで、ギメ美術館など、パリの既存の東洋美術館、大使館が仏像などを貸し出し、仏教テーマのニューエイジっぽいフランス人アーティストの作品などとあわせて、一部屋にかき集めているが、「葉」を隠すには「森」が一番、という言葉を連想する。その部屋の中央に、タイから来た仏舎利が鎮座し、本当はそのために、そのためにだけ、この展示があるのだ。それは、この仏舎利贈与プランの発起人となったラオス僧とタイ仏教の間で、パリ市役所での公開が条件になったからだと思われる。

 公空間の非宗教性=ライシテの原則に抵触するようなこのような事態が可能になったのにはいくつかの口実もある。

 フランスがヨーロッパで最初の仏舎利所有国として選ばれたのは、フランスが「基本的人権」の祖国であるからというレトリックがあること。

 仏教は伝統的に無神論とされており、宗教でなく哲学だという見方も一般的だ。それにいわゆるフランス人の仏教徒や仏教シンパは、カトリックに失望や反発した無神論インテリ層が中心で、社会党のパリと親和性がないでもない。

 しかし、VESAKをオーガナイズするUBF(フランス仏教連合)は、いまや、宗教ロビーとして、キリスト教、イスラム、ユダヤ教などと同じように政府の諮問機関にも名を連ねている公式団体である。

 パリ市役所が明らかに「宗教行事」であるVRSAKと仏舎利展示を開催するのは無理がある。

 それを回避するために、つまり、葉を森に隠すため多くのごまかしが弄された。(これはすべて私の個人的解釈であることは言うまでもない)

 まず、文化の展覧会と銘打ったこと。

 夜は、仏陀の生涯というテーマだが、多国籍のアジアの文化(歌と踊りと音楽)をフランス人演出家がまとめるという構成のパーティを開いたこと。

 それに2000人近くを招待したこと。多すぎて、アジア人や僧衣の人々の姿は、昼間から市役所広場でパフォーマンスをやっていたインドネシアやカンボジアのダンサーらと同じような文化的コスプレのようで目立たない。(実際、階段の両側にこれらの民族衣装を来た人たちがずらっと並んで合掌して招待客を迎える趣向など、まるで、アジアのリゾート・ホテルの歓迎の演出みたいだ。)

 ヨーロッパ議会の選挙を控えた政治的に微妙なこの時期、ドラノエ市長は、目立たないように姿を消して、「残念ながら」出席できなかったこと。

 市長名代のスピーチでは視点の驚くべき転回もあった。

 このスピーチではさすがに「仏舎利」に触れないわけにはいかない。

 で、どうしたか。

 今回、はじめて仏教文化の展覧会をパリ市役所が受け入れることになって、それを記念するために、仏舎利の授与がなされたと言うのである。
 つまり、仏舎利は、フランスの自由と寛容に敬意を表するために、仏教界が展覧会に添えた花、という理屈だ。実際は、仏舎利の展示を目立たなくするために、宗教を文化にすり返る展示会が組織されたのに。

 市長代理のスピーチでは、パリは多様性のシンボル都市であり、フランス人であろうとなかろうと、パリ市民は自由と平等と友愛を等しく享受する、実際、ますます多くのアジア人が住み、日本人や中国人や、ヴェトナム人や・・・がいて、17区には初の仏中共同の保育園ができることになった・・・・ということが語られた。

 ここで日本人や中国人が言及されたのもおもしろい。
 これは、経済的、政治的には、日本人や中国人がもっともインパクトがあるからだろう。

 しかし、仏教的には、ほぼ、ゼロである。

 在パリの日本人は、仏教コミュニティを作っていない。仏教系新興宗教のコミュニティはいくつかあるが、いわゆる伝統仏教の大きなコミュニティはない。むしろ日本ではマイノリティのキリスト教徒のコミュニティの方がちゃんと活動している。
 ヨーロッパに比較的早く根付いた禅グループはあるが、いわゆる日本人の駐在員みたいな人で、実家の檀那寺が禅宗だから、お参りする、というような人はいたとしても例外だろう。禅はフランス人インテリ僧が力を持っていて、UDFの会長もしかりである。(韓国の禅宗も存在感がある。)

 日本の都会の平均的日本人が、冠婚葬祭以外には家の宗旨を気にしないのと全く同じことである。

 そして、在パリの中国人にもこれといった仏教コミュニティはない。
 在パリの中国人は商売人が多いし、儒教と道教の習合したようなものが主流であるからだ。

 仏教コミュニティが強固なのは、やはり、ヴェトナム、タイ、カンボジア、ラオス、スリランカ、チベットである。
 
 だから、VESAKの中心をなすのも彼らであり、市役所でのパーティの文化祭で演じたのも、彼らであり、中国人や日本人は不在である。
 韓国のグループは太鼓の演奏を披露し、インドネシアは、ガムランの演奏とともに、二人の女性が伝統舞踊を舞った。これは、どう見ても、バリ・テイストの、仏教とヒンズー教の習合であり、『仏陀の生涯』のプロローグがこれで始まったのは、宗教色を文化色で希釈するのには有効だった。

 ラストは、直立して胸の前で合掌した一人のブータンの僧による仏陀の賛歌であり、これは、どう見ても、それまでのエキゾチックな踊りや何かと違って、明らかに、宗教儀礼に近かった。

 パリ市役所の豪華なホールで、カトリックの聖職者やイスラムのイマームやユダヤのラビが宗教テキストを朗唱するのは考えられない。(東京都庁でも考えられないと思うが)

 しかし、市役所に仏舎利を飾り、この経を唱えるというのが、この急造成の森に隠した葉っぱなのだとしたら、理解できる。

 ところが、
 
 (多くの人にとっての)ハプニングは、その後に起こった。

 華やかな音楽や踊りの後でのブータンの僧の朗唱で、みなが目いっぱい厳粛な気分になった後で、

 フランス人のカウンターテナーのセバスチャン・フルニエが、ギタリストと共に登場、フィナーレと称して、

 Jeff Buckley (元歌はLeonad Cohen)の Hallelujahを歌い始めたのだ。

 しかも、最初に、「ハレルヤ」を皆さんも唱和してください(それをなぜか英語で言った)、と誘いながら。

 私でさえ、なんだかジョークみたいだと思った。KYとはまさにこの時のための言葉みたいだ。

 しかし、ハレルヤ、のリフレインの唱和は盛り上がらなかった。

 参加者全員が舞台に出てきた。

 ハレルヤは空しく響く。

 私は歌ったけど。(声を出すのが好きだから)

 Vitry でのセレモニーの最後の「南無仏陀」みたいなのも唱和したし。

 で、演し物が終わり、カクテル・パーティ会場に移る前に、市役所前でなかよしになったカンボジア人夫婦が顔色を変えて寄ってきた。

 ハレルヤに大ショックを受けた、フランス人は私たちをキリスト教に改宗させようとしている、というのである。

 夫人は、バニューにあるカンボジア人のパゴダの役員をしている。彼らはカンボジア僧を二人連れて来ていたので、私は、通訳してもらって、カンボジアにおける仏舎利信仰についての意見を聞いたのである。

 その後、会場に入った後、もう後ろの方の席しか空いてなかったので、夫人は、二人の僧に前方の席を譲ってもらえないかと言い出した。それで、オーガナイザーの一人である義妹に頼んでしかるべき席を用意してもらった。だから、夫人は、私たちを通して、主催者に、このハレルヤへの不満を伝えて欲しいと思ったらしい。

 彼女によると、新年の祝いなどで、ヴァンセンヌのパゴダ(仏教超宗派)に集まったりすると必ず「エホバのXX」などキリスト教セクトが待ち受けていて宣教のビラを配ったりするのだそうだ。それにすごく忌避反応があり、この「ハレルヤ」もその種の宣教だと思ったらしい。

 私は、「葉」を森に隠す演出を徹底して、その前のあまりにも仏教的な「讃」を中和するために、多様性ですよ、という感じでゴスペルっぽいのを配したのかなあと思った。

 後から聞くと、セバスチャン・フルニエは、うちの甥の空手道場の友人で、去年のトロカデロでの平和の祭典(チベット人支援のために義妹たちが主催したもの)でも歌ってくれた流れで、今回もボランティアで出演してくれたのだそうだ。別に仏教徒ではないがシンパである。
 バロックの歌手なので、教会でヘンデルとかをたくさん歌っているから、「ハレルヤ」の方に近いのは当然だが。そういえば彼の奥さんも去年トロカデロでアヴェ・マリアを歌っていた。

 市役所ホールにはフランス人の招待客も多く、その大半はいわゆる仏教徒ではなく仏教シンパである。メディテーション好き、というエコロジー派も多い。
 そんな客たちとも話し合ったが、「山に登るのにはいくつもルートがあるはずだ、仏教だろうとカトリックだろうと気にしない」という立場の彼らには、最後の「ハレルヤ」はむしろ感動的だったと言う。
 彼らに、仏教の無神論的側面や輪廻の問題などと、神の讃歌と、どう折り合いをつけるのかとか質問してみたが、そういう人たちにとっては、すでに、「神」とは、キリスト教的人格神ではなく、「教え」とか「智恵」とか「愛」なんかと同義なので、ノープロブレムらしい。

 UBFの会長の方は、スピーチで、寛容や自由や平等や非暴力のような、フランスにとっての大切な価値観は、仏教の価値観と同じで、価値観を共有する人は、共存できる、みたいなことを言っていた。

 フランスの共和国理念に「非暴力」なんて入っていないが。

 後、仏教徒はこのような倫理を日々の生活の中で実践しているのだ、というディスクールがあって、これは去年の仏教フェスティヴァルでの講演でも聞いたが、理想化しているなあと思った。

 まあ、日本で、キリスト教徒はピュアで愛を実践しているというような幻想がたまにあるのと同じで、マイナーな宗教はピュアに見えるのだろう。

 仏舎利の方は、囲いがしてあるので、2メートル以内には近づけない。それでも、アジア人はちゃんと合掌して感動してるふうだった。Vitry では、僧も尼僧も、舐めるようにして近づいて凝視していたから、機会さえ与えられればやはり好奇心というものは信心と両立するんだなあと思ったが、市役所では、立派な舎利容器をバックにして記念写真をとる、という人が主流だった。

 仏舎利は、囲われて遠くなると、私にとっては、博物館での発掘品の展示みたいに見えた。これならライシテOKだなあ。

 11時過ぎに市役所を後にすると、警備の人たちが今日はふらふらになった、とぼやいていた。
 
 
 

 
by mariastella | 2009-05-18 04:17 | 宗教
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