フランス語の歌は聞き取りにくい
フランス語の歌が聞き取りにくいというのはフランス人でも認める。バロック・オペラを聴いても一発で理解できた試しはないが、フランスでもちゃんと字幕がでるし、当時の上演でも、王侯たちは、台本を手にして見ていたらしいから、まあ、当たり前なのだろう。でもやはり、ネイティヴではないことがどの程度影響するのかと気になることも多い。
新生児の最初の言葉を比べたドキュメンタリー番組(フランスの)で、英語圏の子供は、単語を発するが、フランス人の子は、文章を発し、日本人には赤ちゃん用の詩の言葉がある、と言っていたのを思い出す。 その時は、詩の言葉というのがいわゆる幼児語を指すのだと納得しただけだった。 英語圏の子には、単語だけ繰り返すが、フランス語圏の子は必ず単語に冠詞をつけて繰り返す。これで男性名詞か女性名詞かがセットになってインプットされるのだが、だから冠詞なしの単語だけの発話が遅いのかなあと思っていた。 『言語獲得の基盤をなすリズム認知』(馬塚れい子、『言語』6月号)を読んで、とてもクリアになった。 英語は Mommy、Daddy、 Baby などの語の最初に強勢が置かれるので、乳児にとって単語の切り出しがしやすいのだそうだ。フランス語は音節リズムといい、音節が同じようなタイミングで繰り返される。 日本語は、ひたすら、長さであり、モーラリズムである。(モーラとは音節の長さを決める量) たとえば、誰でも知っている『きらきら星』の最初の方を見てみると、 「き・ら・き・ら・ひ・か・る」これでは、モーラリズムで何語あるか分りにくいのだが、「きらきら」と繰り返しがあるので、そこだけは切り出しやすい。考えると幼児語は、繰り返しが多いし、オノマトペも繰り返しが多い。 「Twinkle, twinkle, little star」 と歌えば、各語の強勢拍が小節の強拍に当たるので、子供は4語だとすぐに分る。 これがフランス語だと、 「 Ah, vous dirai- je, maman 」であるが、 「 Ah・vous・ di・rai・ je・ma・man」と歌われるので、最初から言葉を知ってる人には分かるが、乳児による単語の切り出しは難しい。 で、フランス人の子供は、ママンとかパパというような単純語は別として、文章を丸ごと切り出すようになるのだ。たとえば、「おいしい」というのを「C'est bon.」と言い、「青い」という代わりに「il est bleu.」と言う。彼らは、それが主語動詞形容詞の組み合わせだとかはもちろん知らない。 だから、実は、フランス語にも、乳児の言葉の切り出しを容易にするように、「lolo=ミルク」「 dodo=ねんね」のような繰り返しの幼児語がたくさんある。英語の幼児語より多いんじゃないだろうか。 近頃、「現地で通じるカタカナ英語」みたいなのがはやっているが、これも、よく見ると、発音の問題なんかではなく、強勢拍をモーラリズムで置き換えているのである。つまり、英語では、強勢拍の感覚が均一になるように発音されるので、その間の音節の長さが伸びたり縮んだりする。それで、モーラリズムのカタカナを調節する。 たとえば、「John bought a book. 」は、強勢拍が、3箇所の o に来て、等間隔になる。これを、 「John purchased a book.」と言い換えると、o‐u‐o に強勢拍が来て、やはり等間隔だ。 これをカタカナで「ジョン、ボート、ア、ブック」などというともちろん通じないが、 「ジョン、ボータ、ブック」だと、モーラが三つずつでOK。 次の文は、「ジョン、パーチェイスタ、ブック」と言っても、等間隔にならないので通じない。 で、たとえば、「ジョーン、パーチェタ、ブーック」とか4モーラであわせると、通じやすくなる、という感じなのだ。 日本語は8モーラが基本だというのを昔読んだことがある。 5、7、5 のモーラの組み合わせも、 「まつしまやxxx ああまつしまやx まつしまやxxx」という8ビートの組み合わせだというので、日本の子供の歌なども、これを抽出しやすいようにできている。モーラのリズムで切り出すのである。 「きらきらぼし」も、「き・ら・き・ら・ひ・か・る・x」と8ビートから4モーラと3モーラを切り出すことになる。 フランスでは、音節リズムなので、たいていは、脚韻である。 ネイティヴでなければフランス語の単語を先に学んでそれを拾おうとするからけっこう聞き取りにくいが、子供の歌は、ほとんどすべて、韻を踏んでいるのである。 「きらきら星」もそうで、最初の文は一体何を言っているのか分らなくとも、全部歌うと、脚韻がAA、BB、CCときれいに踏んでいるので文章の展開が複雑な割りに覚えやすい。 英語の歌詞も脚韻を踏んでいるのだが、歌詞の内容や文の構成は、子供が言葉を覚えやすいように、フランス語に比べるとずっと単純である。フランス語は最初から脚韻へのなだれ込みを子供の印象に残すような感じで、詩の意味はけっこう難解なのである。幼稚園や小学校から、結構複雑な詩を意味も分らずに丸暗記させられる。これで、フランス語の音節リズムを体得するわけである。 そんなわけで日仏英語は、リズム的に言うと絶対に混じらないから、話し言葉の使い分けは楽だと思う。 でも何十年も自分がそれを意識化していなかったこと自体に、驚いた。
by mariastella
| 2009-06-08 04:12
| フランス語
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