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L'art de croire             竹下節子ブログ

Le trac

 朝ラジオを何気なく聞いていたら、舞台に出る前に「あがる=avoir le trac」ということについてインタビューされていた女性がいた。「具体的にどうなるんですか」と聞かれて、

 「いや、説明できないけど、舞台の様子が違って感じられて、すべてに熱っぽくなって、手足も震える感じで、立っていられないんじゃないかとか、ステップができないんじゃないかと思い、パニックに陥って、今すぐ帰りたいと思ったこともある」

 と答えていた。

 「あなたのような水準にある踊り手がそんな風に感じるなんて・・・」

 とインタビュアーが言っていたので、一体だれだろうと思っていたら、何と、シルヴィー・ギレムだった。

 驚いた。

 シルヴィー・ギレムといったら、アーチスティックなパフォーマンスはもちろん、身体能力からいっても、空間と振り付けの記憶力からいっても、何十年に一人といった天才ダンサーである。

 ある若手ギタリストが、有名ベテランギタリストに、自分は一度もあがったことがない、と自慢すると、「心配することはない、キャリアを積めばそのうち分るから」と答えたという逸話もあり、 tracにはいいtracと悪いtracとがあるというのもよく言われることだ。

 私の生徒だけ見ても、普段は下手なのに、発表会だと興奮して何だか堂々とそれなりに弾いてしまう子供もいれば、上手いのに、あがってしまって悪いところが全部出てしまうという子供もいる。子供よりも大人の方があがりやすいというのも普通だ。性格や、「前に、あがってもこれだけはできた」という成功体験によって少しずつ克服する例もある。

 私自身も、小さい時からピアノや声楽、バレーの発表会や公演で、小さな失敗を重ねてきたし、「あがる」ということももちろんあった。

 以前、歌手の友人のフランソワーズがクラブで歌う前夜にホメオパシーのジェルゼミウムを3粒摂り、当日は朝、昼と、本番の30分前に摂ると心臓がバクバクしなくて声も震えない、と教えてくれたので、気休めかもしれないと思っても私も真似したことがある。私は、意識的には、舞台とかが好きなので、事前に「怖ろしい」とか「逃げたい」と思ったことはないのだが、実際本番になると、ヴィオラを始めた頃は弓に圧力がかからなくて音が飛んでふるえたり、ギターのアンサンブルでも直前に頭が真っ白になって、暗譜に自信がなくなり初見のように楽譜を見つめたり、簡単な和音をフォルテシモで弾き落とす直前に突然動悸がはげしくなるという体験はあったからだ。
 気持ち的には落ち着いているので、突然くるパニックは神経生理的なものなのか自分でも驚きで、そういうのには、このホメオパシーは効いたと思う。知り合いのピアニストで、レベルも高く、あがるということもないのに、演奏途中に不整脈や動悸に襲われると歎く人がいて、これを紹介したらすっかり「治った」と喜ばれたこともある。
 
 ヴィオラの場合は、年数を重ねて、テクニックが安定すると弓の震えはなくなった。試験の時、発表会の時、練習量、いろいろな条件を比べて、自分の「あがり方」のデータを収集するのも興味深い。

 6年前に日本にトリオの公演に行ったときは、一日に2回公演とか、6日間連続公演もあったので、そういう時は、さすがに、前日とか当日とかという意味もなくなり、移動がある時などは一つの公演が終わって楽器をケースに入れ、次に取り出すのは次の日の本番、という時すらあった。
 その時もホメオパシーの薬は持っていたのだが、全く飲まなかった。あがりかたをマネージメントする余裕もなく、あがっている余裕もなかったのだ。演奏以外のオーガナイズなどの他のストレスもかかっていて、全体にハイテンションになりすぎていたということもあるのだろう。

 それ以来、「あがらない」という回路が脳のどこかにインプットされたらしく、まったくあがらなくなった。
 緊張して失敗するというのは、生徒と連弾する時で、生徒が下手だと、そっちに気をとられて自分の方は集中できない、しかもそういう連弾の自分のパートは一人で練習するということはないのでいつも初見みたいなものだという理由がある。それに比べると練習してテクニック的に仕上がっているものはやはり強い。

 ところが、うちのトリオの二人は非常にtrac管理に弱い。

 高音ソロパートのMが責任感による重圧でピリピリするのは分る。
 しかし、音楽学的にもテクニック的にも稀有の実力を持ち、チェンバロもオルガンも指揮もこなせるHが、時々、本番前にパニック状態になるのである。
 この二人は普段も学校の音楽の先生でもあるから、生徒たちを前に話したり弾いたり歌わせたりするのも日常的なのに。
 彼らの精神的な弱さや、本番前の逃げの姿勢というのは、私にとって、ずっとイライラさせられることだった。

 こいつらはそもそも、プロの舞台人にはなれないんじゃないか、インテリ過ぎじゃないか、甘えじゃないか、人前で弾く約束をした以上、どんな状態でも最低限のレヴェルを保証するのがプロだろう、私だってそれなりにストレスがかかってるのに表に出さないようにしてるのに、そんな様子をこっちに垂れ流すなよ、と思う。

 時には、もうこいつらとトリオを組むのはこれで最後だと、何度も思った。

 実際は、tracに関わらずいつもそれなりのパフォーマンスができ、互いの信頼感も育っているし、情熱を共有しているのでもう付き合いが20年も続いているのだけど。

 で、シルヴィー・ギレムの思わぬ告白。

 シルヴィー・ギレムである。

 まあ、彼女だからこそ、いかにtracがあるってことでも平気で話せるんだろうが。でも、実感がこもっていて、H とそっくりで、ほんとうなんだと思う。

 ちょっと気が楽になった。

 Hがいつかこういうtracを克服するんだろうという「時や慣れが解決する」という希望は潰えたが、そして、それは多分、脳神経システム上の個性なんだろうが、だからといって必ずしも舞台のレベルを下げたりアクシデントにつながるというわけではないことがはっきりしたからだ。

 私は時々悪夢を見る。

 たいてい、踊りや演奏の本番や本番前のシーンである。

 バレーで、全然振り付けの記憶がないのに、舞台にたたなくてはならない。最後のリハーサルにだけ参加してあわてて覚える。知っているふりをしなくてはならない。実際、その間に必死に、できるだけ頭にたたきこんで反芻する。あきらめるという選択はない。
 楽器の演奏をする。途中で暗譜の記憶が消えていたり楽譜のページが消えていたりするのが分る。その箇所にたどりつくまでに何とかごまかし方を見つけなくてはいけない。あるいは野外で弾いていて、ひどい時はボートの中とかヘリコプターの中とかで、楽譜が風に飛んだり濡れたりする。
 
 どの夢もとてもリアルで、とても疲れて、全力で事態の打開(=ごまかし)に向っている。新しい曲や振り付けをそれと悟られずに必死で練習していることもある。

 夢だから、結末はこれといってないし、失敗してブーイングされるとか共演者に悟られるとかいう悲劇もない。tracというのも厳密には違うだろう。しかし、舞台に立つ人間にとって、振り付けを忘れるかもしれないとか、曲が分らなくなるという恐怖は無意識の中にけっこう刻まれているのかもしれない。

 私はいわゆる講義や講演というのもしたことがあるが、そういう時にはあがったりもしないし、それにまつわる悪夢も見たことがない。講義や講演は、時間の線軸で展開するし、その時間の「タイミング」を管理するのも自分だからだろう。意味のあるコンテンツ、情報というのも具体的にあるから、たとえば最初の5分間声が小さかろうが震えていようが、1時間半や2時間後には、けっこうな情報や知識など、聞いていた人が後から利用可能なものを提供し終えていることは確かである。内容に失望する人がいたとしても、「決定的なアクシデント」というのはありようがない。実際、講演する方も、最初は、聴衆の雰囲気とかを探りながら徐々に話の向きを変えていくこともあるので、相互性や流動性は大きい。

 しかし、踊りや演奏というのは・・・基本的に人をその場ですぐに満足させなければならない。幸せにしなくてはならない。タイミングというのも音楽的に決まっているわけで、それを一瞬でも逸れると立派なアクシデントであり、一度そういうアクシデントを見せてしまうと、その後で「信頼回復」させるのは難しい。いや、そもそもこちらがどきどきしてるとかあがっているとかという様子を最初の一瞬に見せてしまったりすると、もうそれは、試験だの発表会だののレベルになってしまって、公演やコンサートという関係性は築けないのだ。

 踊りにおいては、踊っている方がいかに自分の身体性に自信を持っているかということも前提となって、すぐに見えてしまうから、ごまかしも聞かない。たとえば楽器奏者なら当然ながら体型や衣装は問題にならない。

 今でもtracのあるというシルヴィー・ギレム。彼女もひょっとして舞台にまつわる悪夢ってみるのかな。
by mariastella | 2013-04-18 16:56
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