正律ギターでトリオの練習を続けている。バスが10弦ギターになったので、その調整が最も難しい。
6弦ギターは、弾いている方には何の不都合もない。
3つのギターの和音の響き方が、これまでとは全く違って、快感としか言えない。
これだけ気持ちいいのだから、このフレタージュが知られるようになれば、すべてのギタリストが採用するかなとも想像したが・・・・
この特殊フレタージュでは、上からミシソレラミの調弦しか不可能である。
第6弦をミでなくレに下げて弾く曲は少なくない。
開放弦だけなら問題ないが、フレットを押さえるとなると、ずれてくる。
クラシックギターを始める人が誰でも弾きたがる曲に、「禁じられた遊び」の他にタルレガの「アルハンブラの思い出」に「タンゴ」がある。このタンゴは、6弦をミに、5弦をソに下げて、ポジションをずらしながら弾く。
こういうのは、正律ギターは使えない。使えないわけではないが意味がなくなる。
正律ギターの調弦は、私たちは今のところ、418ヘルツをラにとって、各弦をラにあわせる。開放弦を使えるのは5弦だけだ。これは少し面倒だけど、慣れるとどうということはない。
ピアノというのは平均律だが、一音に一つのキーしか対応しない。その上、和音とかが混ざる。だから、それなりに、脳が微調整して聴いてしまう。本来ならばヴァイオリンソナタでピアノ伴奏なら、違和感があるはずなのだが、たいていはスルーされる。平均律に慣れていなかった明治の日本人はピアノ伴奏のヴァイオリンソナタをラジオで聴いてその不正確さに驚いたというが、今の人は生まれたときから平均律に慣れてるし。
私は初めてチェンバロを弾いた時、そのタッチの違いや音色の違いに気をとられて、調弦の違いは気にならなかった。和音が混ざらないで各音が立ち上がってくるのが一番気に入った。これはギターのトリオと同じだ。
ギターの一番の問題点は、一台で和音を弾くと楽器の内部で混ざってしまうし、平均律になっている上に同じ弦で別々の音を出せないから、ずれがピアノよりも広がることだ。私たちのように三台のギターで弾く時は、主要和音がきれいに響くように調弦を微調整しておくことが可能だが、そうするとオクターブや開放弦が合わなくなる。その上、一音の初めと終わりで高低差の大きい弦に当たることもあるし、フラストレーションは大きいのだ。
ヴィオラで和音を弾くと指の位置で調整できるのでぴったりと決まってそれは気持ちがいいが、けっこう難しいし、基本的にメロディラインなので、私の場合いつまでたっても和音が上達しない。しかし、中年になって初めてヴィオラという非平均律楽器を手にして、正確な五度のハーモニーとそこから出発する音程の安定を自分で創って耳にした時の生理的な気持ちよさは忘れられない。
五度が正確に鳴る正律クラッシック・ギターで、バロック・オペラを演奏するというのは革命的なアイディアだったと思う。しかし、このフレタージュはラディカルなものだから、一人の製作者が初めからやるのでなければリスクも大きいし、心理的抵抗も大きい。エピセアでニスの薄い最高級のギターを「いじる」のは、今思うと無謀な冒険だったが、私たちにはなぜか、無邪気な信頼と、結果への確信があった。
パリでは来年の1月30日にこの世界で唯一の正律クラシック・ギターの22弦トリオによるコンサートをやる。日本でも来年秋に予定しているので、またここでお知らせすることになるだろう。