Sasの話
うちには室内飼いの猫が3匹いて、そのうちの雌2匹はここ6年来完全棲み分け体制である。いろいろわけがあるのだが、とにかく間違って接触したら確実に血を見ることになる。その一番若いサリーは、基本的に階下のLDKのみに住んでいて、家政婦さんが来るときにだけ、寝室のひとつに閉じ込める。玄関からLDKに行くには4メートルちょっとの狭い廊下がある。あるいは客用ダイニングを通るがそこは猫禁止ゾーンなので、たいていは廊下を通る。こうすれば、通行自由の雄猫スピノザもついて来れるからだ。
その時、うっかり廊下のドアを開けるとサリーが飛び出すことがあるので、私たちは廊下の両端のドアを両方閉めることにしている。こうすればLDKのドアを開けたときサリーが逃げ出しても、危険ゾーンには行かないで廊下に閉じ込められるから、ゆっくりと連れ戻すことができる。 先日階下のLDK の向こうにあるトイレの水漏れがあったので、修理の人に来てもらった。彼を案内する時、廊下のドアを開けて、二人が入るとただちに後ろ手にドアを閉めることになる。狭い廊下に二人きりで閉じこもり、さらにドアを開けてLDK に入ってもらって、またただちにドアを閉める。「猫がすみ分けてるもので・・」と言い訳するが、自分でも変だ。しかも、サリーは臆病だから、LDK の冷蔵庫の上に隠れていて見えなかった。猫の姿は見えないわけだ。ますます気まずい。 すべてのドアが閉まっていて、通過するとすぐに閉めるこのシステムを見て、ホラー映画みたいだ、と言われたこともある。 私たちはこの廊下のことを「sas」と呼んでいる。逃亡防止の安全地帯である。潜水艦や宇宙船で船外から戻ってくる時に内部と分ける中間地帯である。 先日、このsas のことを日本語で何というのかわからないことに気づいた。 うちでは全く日常的な言葉なのだが。日常語でも、日本語訳を度忘れするということはあるので、ひょっとして知ってる言葉じゃないかと思って考えてみたが、やはり分らない。 ついに辞書を引いた。仏和を引くのは翻訳している時以外ではめずらしい。 すると、「sas 」は、「運河の閘室(こうしつ)」とあった。知らなかったよ。 しかも字面もなじみがないし、聞き覚えもない。猫のせいで毎日のように普通に使ってる言葉が、こんなにレアな日本語とはね。 食べ物や動物、植物の名では、フランスにあっても日本にないとか、名と本体が一致しなくて日仏語の対応が分らない、ということはよくあるのだが、こういうなじみのある一般語ではめったにない。それとも日本語では、何とかルームってもっとなじみの英語を使っているんだろうか。と思って今ネットの仏英辞書でしらべたら、 sas とは、 1.airlock; 2.(on canal) lock; 3.(in bank) security double door system. とあった。 そうか、うちのはこの「セキュリティ・ダブル・ドア・システム」だなあ。 長いよ。 sasって短い。ほんとに日常的な言葉だ。何度も繰り返すことを 「Ressasser」と言って、クロスワードパズルにもよく出てくる言葉なんだけど。 うちの廊下のドア、「あ、これ、猫のためのsasなんですよ」と笑って言えばなんとかなるが、「あ、これ、猫のためのセキュリティ・ダブル・ドア・システムで・・・」って言うと驚かれるだろう。かといって、「閘室(こうしつ)でして・・・」なんていって通じる人なんているのか・・・ 言語の対応って、ほんとに不思議なゾーンだなあ。
by mariastella
| 2009-11-25 08:45
| フランス語
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