ハミングはいつも孤独
半世紀以上も音楽をやってきて、つい先ごろ始めて知って、驚倒したこと。
ある種の楽器奏者にはひょっとして常識なのかもしれないが、私もその種の楽器を始めてもう15年になるというのに、先ごろ気づいたのだ。 ことの起こりは、クリスマスに室内楽のトリオで弾くためのCambiniの曲。私がヴィオラで1小節に三連音符を4つ続けて弾くのが10小節くらい続くところでヴァイオリンのジャンとフルートのエリカがメロディっぽいものをかぶせて弾く。しかし、メインはこの三連音符の連なりであり、本来なら他の二人が私にあわせなくてはならない。2拍子なのでテンポはかなり速い。つまり2拍のうちに12の音を弾くのである。しかも80歳近いジャンは近頃耳がとおいこともあって、マイペースで弾く。だからジャンにあわせるのはいつもこちらであるが、私は三連音符を外さないことに集中していてなかなか彼のパートを聴けない。で、彼の楽譜を借りた。出だしの彼のリズムは、付点四分音符一つに十六分音符二つである。私は彼のパートを何度か弾いて、それから、自分のパートを弾きながら彼のパートを歌って練習しようとした。 すると、 声が出ない。 で、もう一度、彼の楽譜を見て、「ラーン、ララ」(最初のラーンの間に私は三連音符を三つ弾き、後のララの間に三連音符をひとつ、つまり三つの音を弾く)としっかり頭に入れて、トライ。 やっぱり、声が出ない。 まったく、出ない。 確かにすごく簡単なリズムでもないが、それにしても、この程度なら、ピアノで、左手で同じ三連音符を引き続け、右手でヴァイオリンのメロディーを入れるなんてことは普通にできる。 クリスマスの発表会では生徒たちとピアノの連弾やギターのデュオもするのだが、私はいつも自分のパートを弾きながら、生徒のパートを同時に歌ってやっている。何の問題もない。バロックのギター・トリオの曲を一人で練習する時も、MやHのパートを歌いながら弾くのはよくあることである。 それなのに・・・ ヴィオラのレッスンに行った時、先生にそのことを言ったら、 「ああ、それは当然よ。だって、ヴィオラはそれ自体歌だから。」と言われた。 ヴィオラやヴァイオリンは脳の楽器でピアノやギターは物理だから、というのだ。 それってどういうこと? ピアノだって脳も使っていると思うけど。 つまりこういうことらしい。 ピアノやギターは早い話が、楽譜を読んで、しかるべきキーを叩いたり弦を押さえたり弾いたりすると目的の音が出る。これに対して、例えば、声を出して歌を歌う時、声を出す一瞬前に、私たちは音程を脳の中でつくらなくてはならない。かってに音が出てくるわけではない。 そして、ヴィオラやヴァイオリンのようにフレットのない楽器では、やはり先に音程をイメージしない限り、正しい音は絶対に出ないのである。だから、ヴィオラを弾く時の脳は歌う時の脳になっているので、別のメロディーを同時に歌うことはできないのだという話である。 うーん、そういえば、ピアノやギターの弾き語りというのは普通にあるが、ヴァイオリニストがヴァイオリンで伴奏を弾きながらメロディを歌うなんて聞いたことがないなあ。 もちろん、ヴィオラを弾きながら、ヴァイオリンのパートを「聴く」ことはできる。それができなければアンサンブルもオーケストラもなりたたない。しかし・・・他のパートを自分で声に出すことは、できないのだ。 それは、一つの歌を歌いながら別の歌を同時に歌えないのと同じよ、と言われた。 そこでよみがえった思い出。 『サウンド・オブ・ミュージック』というミュージカルに有名な「ドレミの歌」があって、その中で、「ドミミ、ミソソ、レファファ、ラシシ、」とハーモニーを繰り返させた後で「ソー、ドー、ラー、ファー、」とメロディラインをのせていくという「練習」がある。これを一人で口ずさむ時、「どっちか一方」しかできないのである。自分としては、どっちか一方を歌いつつ、脳内でもう一方を喚起してハモりたいのに、不可能なのだ。 もちろん声さえ出さなければ、両方を脳内で思い浮かべることはできるし、管弦楽曲や協奏曲だって、全体として喚起することはできる。しかし、いったん、一つのメロディを声に出すと、脳内でその音程を作る回路が優先して他の音楽喚起機能がブロックされるらしい。 まあ、ドレミの歌くらい単純なものなら、細切れの画像を早送りすればつながって見えるような感じで、高速で頭を切り替えると、それらしい気分にはなれるのだが、いつもフラストレーションがあった。 考えると、すごーく単純な輪唱、たとえば、「Are you sleeping」みたいな曲でも、二人で歌って相手のパートが重なってハモるのを聴くのは楽しいが、一人じゃできない。自分のパートを声にしたとたんに、別のパートは、脳内で喚起できないのである。 人間の耳は2種類以上の音を処理できないので、指揮者なんかは、一秒の何分の一とかという高速で各パートを選択して聞き分けて脳内で再構成して繋げているという話は読んだことがあるけれど。 そういえば、一口に、たとえばレコードで聴いた大オーケストラの曲や、ナマの演奏会で聴いたポリフォニーの大コーラスとかを、後で脳内再現したつもりでも、それって、どの程度の再現なんだろうか。メインのメロディーの追っかけでなければただの「印象の連なり」ではないのか。だんだんあやしくなってくる。 もちろん、訓練もあるだろうし、個人差もあるだろうけど。 歌手が伴奏なしに練習する時、伴奏を思い描けない。協奏曲を弾くヴァイオリニストも、ソロパートを一人で練習する時、オーケストラは聴こえてこない。できるのは、伴奏者と音合わせする時のために自分の楽譜に相手のパートを書いておいたり、あらかじめチェックしておいて、聞き取れるようにスタンバイすることだけである。もちろんイントロとか間奏部分などは一人でも、自分で歌ったり喚起したりできる。 だとしたら、ハミングは、いつも孤独? 試しにこれを書きながら、特定の曲(ベートーベンの歓びの歌)をハミングしながら、飛行機の轟音がバックにあることを想像してみた。 できたよ。 次に同じ曲をハミングしながら、うちの猫がうるさくなくところを想像。 できた。 次に同じ曲をハミングしながら、「子曰く、朋あり遠方より来る、また楽しからずや」と脳内で唱えてみた。 できた。 次に同じ曲をハミングしながら、後ろからシューベルトの『楽興の時』が突然流れてくるところを想像。 できないよ。 先生が言った。 「それが分るには、耳栓して練習してみるといいわよ、弾けないから」 って。 ピアノでもギターでも、実は、こう言われる。 1.下手な演奏者は自分の出した音を聴かない。 2.普通の演奏者は自分の出した音を聴く。 3.真の演奏者は音を(脳内)で聴いてから出す。 微妙だなあ。 だとしたら、アルペジオなんか弾きながら歌ってる人は、絶対、3はあり得ないなあ。 機械的に弾いて、それを声と一緒に聴いて楽しむ耳があるだけだ。 左手で三連音符の連続を速いテンポで弾きながら右手でメロディーを弾くピアニストは、少なくとも片手は2どまりだなあ。けっこう複雑な気分だ。
by mariastella
| 2009-11-29 03:38
| 音楽
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