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L'art de croire             竹下節子ブログ

非平均律ギターのサロンコンサート

 昨日は非平均律=正五度ギター特に10弦バスギターを使っての最初のパリでのコンサート。
 プログラムは作っていなかったし、昨日は私の主宰するアソシエーションとも関係ないので、ほとんどが、私たちをはじめて聴く人ばかりのプライヴェートコンサートだ。
 つまり、私たちの独占レパートリーを初めて聴く、正五度ギターを初めて聴く人ばかりだ。
 だから丁寧に説明する。

 音楽とか絵画とかは、誰の目にも見え、耳に聞えるものだから、先入観なしに見たり聴いたりして自分の感受生に忠実になればいいと言われたりするが実は大違いで、事前に準備していればいるほど、感受性の幅も増すし、受容が複合的になる。たとえば、旅をしてもツアーで決められたところをまわるのと、知らない土地に知り合いがいて、知ってる店に連れて行ってくれたり、その場所の歴史やらゆかりの人について長く思いを温めていたというような場合とでは、まったく印象が違うのと同じだ。

 音楽でも、たとえば、自分が苦労して練習してきた曲を他人が弾いてるのを聴くと、聴くところや感動のしどころが選択的になるというのはよくあることだ。和声学をやっていると和声進行ばかり気になったり、オーケストラでも自分の弾ける楽器のパートばかりはっきり聞えてしまうということもある。それをもう一歩踏み込んだところで、新しく自由な受容ができる。練習を重ねた難しいパッセージが、いつか、自在に弾けるようになるのと同じである。どんなに自在に弾いていても、脳の中にはそれまで練習のフィードバックが起こるから、最初から易しかったパッセージとは全然違う。

 一回きりの聴衆にはもちろんそんな反復や成熟は期待できないわけだから、音楽のコンセプトや楽器のコンセプトや歴史的背景を説明することで、「たんに受身で音が聞こえてくるのを待っている」という状態から、脳のいろんな部分を活性化状態にしてもらう。音楽を聴いているときの脳の活動状態というのは、このような準備によって、どこまでも広がることが知られている。ミラーニューロンが働いて、自分も弾いているような気分、あるいはダンス曲では踊っている気分にもなれるし、実際に筋肉が疲れることさえある。

 招待者の顔ぶれはかなり多彩だった。場所はパリ18区の女性画家のアトリエ。彼女の娘も画家。出席した息子は音楽家だ。イギリス人、スコットランド人の美術愛好家二人、イギリス人俳優一人、アルゼンチン出身の舞台監督でヤスミナ・レザ作品を上演している女性、アメリカ人でKの翻訳家エリカ、彼女が連れてきたチェコのジャーナリスト二人。一人は昨年のパトチカの学会をまとめた人だ。でも彼らはチェコ語、英語、ドイツ語しか話せなかったので、フランス語の説明はよく分らなかったかもしれない。メンバーの中ではMのドイツ語が私の英語より上手いので相手をしてもらったが、彼らのドイツ語はあまり上手くなかったと言っていた。
 アトリエと同じ住所に住んでいるフラメンコのスペイン人と、インドのシーク人のカップル。彼らとはフラメンコの話や、シーク派の祈りの形について話せた。他にはメンバーのHの音楽教師仲間たち。
 私たちのトリオと一緒に活動したいと前から言っていたカウンターテナーのセバスチャン・フルニエもようやく私たちを生で聴けた。
 彼は6月の上海公演でジョイントできないか考えてくれるそうだ。Hはオペラ座図書館に戻って、歌のパートの歌詞と楽譜をコピーしてくると約束した。「聖霊の踊り」の歌のパートについては、私の楽譜に書き込んであったので見せた。日本ではこの部分をバロックフルートに吹いてもらえないかと考えているからだ。

 夕方に早いうちに始めたのでカクテルパーティでゆったりと話せた。 
 この時に感じたこと。

 私が20人から40人くらいのカクテルパーティをする時は、紙かプラスティック製の使い捨てコップや皿を使うのだが、この画家、ミシェル・ルメルシエ(ヴェネローゼ信奉者)は、すべて紋章入りの皿やクリスタル食器を用意していた。これは気分がいい。私もこんな風にやりたいところだが、うちのパーティでは未成年の生徒もいるし、今ひとつ気が進まない。(でも、何を隠そう。私は自分のうちでパーティをしてる時、自分だけはこっそりマイコップで飲んでたりするのだ。)
 紙コップ類だと遠慮がなくて気楽でどこにでも打ち捨てられるというメリットはあるが、クリスタルならこちらも注意を払うので実際は破損のリスクは少ないかもしれない。食器というのはメンタル面ですごく重要だとあらためて確認。

 そのアトリエには、息子がイエスとしてポーズを取った『マリアとマルタの家のキリスト』の大きな油絵がかかっている。マリアとマルタのモデルは同じ女性とかで、確かにマリアとマルタは双子のように似ている。
 このテーマの絵では、厨房や食べ物や食器の細部をいかに綿密に描くかのようなところに画家の力量が発揮される場合も多いのだが、ミシェルは、ベラスケスの作品をイメージして、それを逆転させ、前面にはイエスとマリアのみ、マルタは背景という構図を採用した。このマルタはなかなかいい。嫉妬と不安に表情を汚くして台所仕事をしているのではなく、長椅子に座っているだけだが、そこからにじみでるのは孤独である。
 霊的な知的な活動だから料理を手伝わなくともOKというマリアでなく、「師」を独り占めにしているマリアに対して「独り」であるマルタの孤独が迫ってくる。

 ミシェルとこのテーマについて話したら、その絵のオリジナリティに反して、フェミニスト的なよくある意見がかえってきた。
 キリストは無性的で、それによって女性を性的対象から開放して霊的知的な世界に招いた。そのおかげでビンゲンのヒルデガルドのような大インテリが登場した。
 女性は台所で労働するのが当たり前という時代に、キリストは、女性でも学ぶことが、最も高貴なことであると見なしたのである。

 私はこの見方にことごとく異論を唱えた。この場面でのイエスはイエスであってまだキリストではない。イエスが無性的というのは根拠がないし、このテーマにおいて意味もない。台所仕事よりも知的な仕事が価値があるというのはメーッセージでないばかりか誤っている。

 この続きは、音楽のテーマと関係ないので、また別に記事を書く。
 30日の土曜には同じ解説付きコンサートを今度は公開でやる。ロンドンからいらしてくださる湯浅さんのほかに、私のバロックバレー仲間のエマニュエル・スーラも来てくれて、翌日にこの二人とダンス付コンサートの練習を試みる。

 土曜のコンサートは、

  Récital du Trio Nitétis
  30/01/2010 à 20h30

 Lieu::Les temps du corps
 10, Rue Echiquier
 75010 Paris
 tèl : 01 48 01 68 28

 Accès : Métro Bonne Nouvelle / Strasbourg St Denis

 パリにいる人はどうぞ。解説はフランス語だけです。
 来秋の日本ではもちろん私が日本語でレクチャーします。


 ミシェルのアトリエにはネコが2匹いて、ギターケースの上で寝てくれた。かわいい。043.gif

 

 
 
by mariastella | 2010-01-25 20:04 | 音楽
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

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