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L'art de croire             竹下節子ブログ

正五度コンサート

 2月20日に、Théatre du Ranelagh に、ハイチ地震支援のチャリティ・コンサートに行って来た。ロンチボー・コンクールの過去の優勝者であるStéphane Tran Ngocが仲間のヴァイオリニスト、ヴィオラ、チェロ、総勢20人で、弦楽器だけのコンサートをしたのだ。デュオや、バッハの2台のヴァイオリンのコンチェルトや、Niels Gade の Octuor à cordes など。最後のは、もとは8人用だが、20人でやるのでなかなかの迫力。

 非常に興味深かった。

 ヴァイオリンは下から、ソ、レ、ラ、ミの五度間隔の調弦で、ヴィオラは上のミを捨てて下にドを加えてドレソラの五度。チェロはヴィオラと全く同じで、1オクターブ低い。
 この3種の組み合わせだから、まさに五度が安定していて、非常に気分がいい。弦のこういう組み合わせ以外にここまでぴったりくるのは、ピアノ伴奏のない合唱くらいだ。後、私たちの正五度ギターが近い。この頃耳がそれに慣れているので、本当にしっくりくる。
 普通のギターは、下から ミラレソシミ になっている。 四度と三度の組み合わせ。すでに開放弦だけでも調弦するのが難しい。四度は逆五度だから、もう少しぴったりきてもいいのだが、結局、平均律でごまかすしかない。

 最近読んだ音楽書には、人間の声や、擦る弦楽器は女性楽器と言われて、自分で音程を作るしかない、平均律の楽器なんかは男性楽器といわれ、音程を変えられない、とあった。で、音程を変えられない型にはまった楽器で演奏を比べる方が、逆にそこをぬって現れる演奏者の個性が分るのだそうだ。なるほどなあと思った。ものはいいようだ。

 もう一つ、あらためて驚いたこと。薄々感じてたんだけど、どこかで誰かが書いてるのは読んだことがない。
 それは、ヴァイオリニストやヴィオラ奏者や管楽器奏者は、本質的に歌い手であり、立って演奏するのが基本だということだ。
 このラネラグ劇場は小ぶりで、20人が出てくると、座る場所はなく、3人のチェリストをのぞいて、全員立ったままで弾く。コンチェルトでソリストは前に出てくるが、基本的にはみな起立だ。

 こうすると、弓の振り上げ方とか、まさに戦士の踊りのようである。

 立って演奏するのと座るのと、違いが出てくるかというと、明らかに出てくると思う。

 チェロやギターやピアノは座って演奏するしかない。
 チェロやギターは、騎馬戦みたいな感じだ。馬の上に乗って弓を射るとか、あるいは砲兵みたいな感じ。
 ピアニストやオルガニストは、戦車や巨大ロボットの中で操作している感じ。

 でも、管楽器や、小ぶりの弦楽器や、歌い手は、手に刀を持ったり、あるいは素手で戦う戦士みたいなものである。

 私は、自宅で椅子に座って練習する歌手やヴァイオリニストやフルート奏者を知らない。あり得ないと思う。
 自分に関して言えば、いつも立っている。
 非常に疲れ果てた時に練習しとこうと思って、座ったことが一度だけある。
 あと、室内楽を始めた時に、座って弾くのが居心地悪くて、上手く腕が動かない気がして、また音量も出ない気がして、座って練習してみたことがある。

 しかし、基本的に、ソロの曲を練習する時は、立っている。

 歌い手もそうだと思う。

 ただし、歌うのは、ピアノやギターの弾き語りというのもあり、そういう時は当然座ってるし、風呂桶に浸かりながら声をはりあげる人もいるし、赤ちゃんのベッドの横に座って子守唄を歌う人もいるだろう。
 オペラなどで、瀕死のヒロインが、ヒーローの腕の中に崩れ折れながらほとんど横になってソプラノを朗々と歌うこともある。
 訓練した演奏者なら、どんな体勢でも、声量や音量や演奏技術に影響ないパフォーマンスができるのだろう。

 しかし・・・・

 オーケストラの弦楽器奏者は全員座らされる。コントラバスとかは別として。

 なぜ?

 長丁場で疲れるから、ではない。
 長大な交響曲でも、年配の指揮者が立ったまま指揮する。

 なぜなのか、Tran Ngoc のグループを見てて分った。

 オーケストラでソリスト以外の弦楽器や管楽器奏者が座らされるのは、犬に首輪をつけられるようなものなのだ。

 オーケストラにおいて、演奏するのは、歌うのは、音楽を創るのは、「指揮者」一人で、「座った演奏家」たちは指揮者の「楽器」なのだ。
 管楽器奏者や弦楽器奏者に座れというのは、「ここはきみが一人で歌うところでも一人で戦うところじゃないからね」と知らせるためだ。戦士じゃなく歩兵になる。

 ギターは基本的にポリフォニー楽器なので、演奏者はソリストのメンタリティがある。だから、複数で座っていても、自分を矯めるのが大変だ。しかし固定平均律楽器だから、音程と自分の間にそれなりの距離がおける。

 トリオやカルテットなどで弦楽器奏者がみな座るのは、視覚的なバランスもあるだろうが、やはり、ソロではなくて「みんなで創ろう」という心構えの現われだ。これがデュオとなると、まず、立つ。二人なら、一騎打ちしながら共に舞えるからだ。

 8重奏を20人で、3人のチェリストだけが着席という構成では、まあ、指揮者代わりのカリスマ性のあるStéphane Tran Ngocがいるからぴたりとまとまっているけれど、歩兵のマスゲームでなく戦士の行進だ。
 コーラスは、着席しない。ソリストは前に出てくるだけだ。歌は体が楽器だから、座らせることで失うものが大きすぎる? しかし、第一第二ヴァイオリン、ヴィオラや管楽器のグループを起立させれば、彼らはまたたくまに空飛ぶ小鳥になって自分の歌を歌いだすかもしれない。弓という翼があるから。
 ギターは自分の指しかない。ヴァイオリンから、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、と、楽器が大きくなるにしたがって弓はどんどん短くなる。ヴァイオリニストが長い弦を振り上げるのは音楽の一部だ。

 長年、オーケストラの一員として、座ったまま、譜面台を前に楽々と弾くことだけを続けるヴァイオリニストって、どんな心理なんだろう。もし、オーケストラのパート譜を、うちで座ってさらっているだけの日々だとしたら・・・彼はもう永久に戦士にはなれないんじゃないだろうか。

 Stéphane Tran Ngocのヴァイオリン隊はみな、はじけていた。バッハでは楽章を変えるたびに違う二人のソリストが前に進み出た。歌う喜び、が伝わってくる。演奏の身体感覚と着席起立の関係は大きく、本質的な何かを含んでいる、と実感した。ほんとうにすばらしいオーケストラでは、座っても立っている音が鳴っているのだろう。
 バロック時代のオーケストラでは、チェンバロ奏者がチェンバロの前に座りながら指揮したりした。楽器はみな不安定な「女性楽器」で、音も濁らず、ソリストの集まりのような不思議なハーモニーがある。

 みんなで何かを創る時、みんなが立つのか、みんなが座るのか、なかなか難しい問いである。
by mariastella | 2010-02-25 00:29 | 音楽
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