カチンスキー兄弟は、政治的に結構批判されてたのに、今のポーランドは異様に盛り上がっている。JP2の逝去以来の盛り上がりかも。これに懐疑的な人もいる。
事故機のボイス・レコーダーによると、無理な操縦を強要したのは大統領自身だという話もあるし、そうなると、他の人たちこそが犠牲者だとも言える。
ユダヤ人、アルメニア人、ポーランド人たちに特有の、「悲劇の主人公アイデンティティ」「敗北における英雄主義」を語る人もいる。こういう「悲劇」が、宗教色を帯びて無批判的な「挙国一致」を生むとしたら、あちこちで政治が宗教を利用したくなるのも無理はない。
イスラエルのように、反動で超タカ派軍事国になるケースもあるし。
悲劇の中でこそ、知性と穏便さが求められる。
スペンサーが
「人間は、容易な時は、高潔ではありえないのだ。困難な時に、はじめて高潔でありえるのだ」(パーカー『約束の地』)
と言ってた。暴力は名誉を維持することのできる分野だとも。
暴力で維持する名誉って…
名誉って、多分、「他人の名誉を尊重する」という文脈で活躍すべきだ。「自分の名誉」っていうのは、かなり自制してケアしなきゃ。