人気ブログランキング | 話題のタグを見る

L'art de croire             竹下節子ブログ

Mignon

まだ春休み中。数日前、ようやく『脱陰謀論』(仮題)を仕上げたので気分も春。『無神論』も完成したそうで、うちに届くのは連休明けとか。楽しみ。

 春休みの最初の日曜日、突然思い立ってOpéra Comique に Ambroise Thomas の Mignon を見に行った。 オペラ・コミックとオペラの違いは、前者はすべての台詞が歌われるのではなく語りのシーンがあることだそうだから、ミュージカルに近いかも。

 私はミニオーケストラで年に1、2度、オペレットの序曲を弾いている。どれもみなよく似ていて、転調やリズムの変化とか、構成が共通しているし、「どことなく懐かしいメロディー」ばかり出て来る。「存在のあまりの軽さ」という感じで非常に心地よいものばかり。
 薄っぺらで中身がないようなのに、押しが強い。何曲も弾いているうちに、すっかり癖になる。

 私のやっているバロックとは対極の、19世紀の化身みたいな音楽なのに。なんだかその秘密を探りたくて、パリのオペラコミックの中で最高の人気を博していたアンブロワーズ・トマのこれまた超人気オペレット『ミニョン』を聴きたくなったのだ。

 私のオペレット鑑賞体験はオッフェンバックの『パリの夜』や『オルフェ』などの数曲しかない。

 『ミニョン』といえば、歌曲よりも、ゲーテの原作の方が記憶にある。大学でドイツ語クラスにいたので、ドイツ科で『ウィルヘルム・マイスター』を読んだのだ。教授は辻ヒカル(変換できない)さんだった。学生は多くても3、4人で、フランス科が女子学生もいて華やかなのとは対照的で私が一人だったので、みんなにやさしくしてもらえたのを覚えている。
 で、「君よ知るや、南の国・・・」。

 それくらいこのオペラに関する予備知識なしで見に行ったら、かなり予想と違っていた。19世紀的にセンチメンタルでナイーヴなばかりかと思っていたら、オーケストラ譜も難しそうだし、歌の方も、イタリア・オペラばりのテクニカルなものだった。ハープは素晴らしいし、音楽は全体に感傷的すぎないし、むしろアカデミックである。きっちりとフランス的だし、ガボットなどのダンス曲もちゃんと入っている。トマがマスネーなどの教師だったのもよく分かる。

 なんだかモーツァルトとバロックオペラとオペレッタとヴェルディなんかが全部アマルガムされているようなハイブリッドな代物でもある。異国趣味、イタリア、ゲーテ、シェイクスピア(劇中劇が『真夏の夜の夢』に設定されているのも楽しい)、火災シーン(この上演中にオペラコミックは実際に全焼したことがある)、男装の少女、女性歌手が男装で演じる貴族、記憶を失ったさすらいの老人、実は別れ別れになっていた貴族の父と娘、メロドラマティックな筋書き、なかなか濃い。

 フランス・バロックオペラとの共通点は、一時熱狂的な人気を誇っていたのに、「忘れ去られた」ということだ。

 興味深いのは、指揮者が客席に向かいあってることで、逆にオーケストラ奏者たちは舞台の進行をよく感じることができる。指揮者の向きというのは18世紀頃から試行錯誤があって、なんだかカトリックのミサにおいて司祭が信者に向かうか背を向けるかという推移を連想する。

 オペラの時には、指揮者もオーケストラも、全員が舞台を向いていた時代や場所もあった。今回の指揮はフランソワ=グザヴィエ・ロトで、時々舞台の方をを振り向いていたが、指揮棒も使わないし、楽しそうで、「踊る舞台装置」みたいだった。彼の姿はビデオで映されて、別のところにいるコーラスも、ちゃんと合わせられるようになっているのだ。指揮者の表情を最初から最後まで見るのは初めてなので、とても新鮮だった。

 
by mariastella | 2010-04-29 00:49 | 音楽
<< adorer オンフレイがフロイトにかみついた >>



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

by mariastella
以前の記事
2024年 03月
2024年 02月
2024年 01月
2023年 12月
2023年 11月
2023年 10月
2023年 09月
2023年 08月
2023年 07月
2023年 06月
2023年 05月
2023年 04月
2023年 03月
2023年 02月
2023年 01月
2022年 12月
2022年 11月
2022年 10月
2022年 09月
2022年 08月
2022年 07月
2022年 06月
2022年 05月
2022年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 12月
2021年 11月
2021年 10月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 06月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
2020年 11月
2020年 10月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 04月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
カテゴリ
検索
タグ
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧