Ne jamais admirer la force
フランスの空港で出発前に買って飛行機で読んだ本 、レジス・ドブレの『イスラエルの友へ』"A un ami israélien" Régis Debray( Flammarion)の中に、レジスタンス時代のフランスで若くして死んだ有名なシモーヌ・ヴェイユの言葉が引かれていた。
平和な世界を実現するための最も大切な三つのこと。 ne jamais admirer la force, (決して力を尊敬しないこと) ne pas haïr les ennemis (敵を憎まないこと) et ne pas mépriser les malheureux. (不幸な人を軽視しないこと) 正確に言えば、ヴェイユは、これを、ホメロスの『イーリアス』について書いている。 戦争や政治において「力」の効果は常に栄光に包まれていて悲惨さを隠すようになっていって、近代ヨーロッパでは悲劇はむしろ悲恋など「愛」の物語に応用されたことを書いている。
そして、力を尊敬すること、敵を憎むこと、不幸な人を軽んじることの三つは、人間にとって宿命的なほどに大きい誘惑だと書いているのだ。 中でも、決して力を尊敬しないこと、は、最初にあげられていて、さらに、「決して」と強調されている。 人間が「力」を誇示し、崇めるところでは魂はいつも、ひずみを受けるというのだ。 私たちは、強いものや大きいものにあこがれる。 動物行動学的に言うと当たり前、そうプログラムされていると言われるかもしれない。 弱肉強食で、強いものが選択されて生き残ってきた。 メスはサヴァイヴァルのチャンスの大きい強い遺伝子を持っていそうな大きくて強そうなオスを配偶者として選択する。 縄張り争いで勝ったものが子孫を残す。 力はいつも、数値化されて比較対照され、差別化に使われる。 力の大小や多寡は、人の価値や優劣やましてや尊厳には何の関係もないのに。 実際、異種間では、そういう比較には使われない。 ゴリラがヒトより強くても、チータがヒトより速く走っても、別に尊敬はされない。 人間同士で力を優劣や勝敗の基準にする世界では、必ず、強いものが弱いものを支配する形で利用されるのだ。 それでも、力崇拝の遺伝子の誘惑は大きい。 日本に帰ったとき、サッカーのワールドカップと大相撲などで、スポーツ番組がたくさんあった。 強い、天才的、というプレーや、それを可能にする才能、すさまじい根性や気合や努力の物語があふれている。 分りやすい。 見てると、すごいなと思い、尊敬し、自分も少しは努力しなきゃと思う。 私は今肩と腕を痛めているので、TV画面で大写しになる力士の裸の腕や肩の筋肉の見事さになおさら感嘆する。力と力がぶつかりあう。全力を尽くして、勝敗が決まる。 「死闘」という言葉がある。 ヴェイユは、人が人に力を行使すると究極的には相手を死に追いやりモノ化するという。あらゆる支配とはモノ化だ。 死闘を見て高揚する私たち。 ローマの闘技場では、ライオンと人との格闘に狂喜した人たちがいた。 パレスチナでは、後に神の子と崇められる人が、辱められながら、期待された何の力も行使せずに、十字架上で、苦しみながら悶絶した。 ne jamais admirer la force(決して力を尊敬しないこと) というのは、「その人」が身をもって伝えたメッセージだった。 力を崇め、求める限り、老いや病気や障害や体質その他いろいろな理由で不幸にも力を持たない弱者を軽視することとつながるかもしれない。ヴェイユの三つ目の戒めは、一つ目を自戒しなければ本当には実現できない。 「力の発揮を前にして感動する」という分りやすい体験を、何か危険なものへの「誘惑だ」として一度も自問しない人は、十字架をシンボルにする宗教に、全然似合わないと思う。
by mariastella
| 2010-07-14 16:50
| 雑感
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