人気ブログランキング | 話題のタグを見る

L'art de croire             竹下節子ブログ

伝統医学

 今、自分が肩を痛めたリハビリを通して、代替医療についてのレポートを書こうとしているのだが、それについてフランス語で読む時と、日本語で読む時の差に気づいて改めて考えさせられた。

 昨年鳩山内閣は代替医療のエビデンスを確立したいというような統合医療を目指す方針を出したらしいが、日本では、

「近代西洋医学」

    対

「伝統医学」または「代替医療」

という図式があって、

「近代西洋医学」は科学的でエビデンスを追求し、普遍性があるが、機械論や細部にとらわれて全体を見ない、個々の人間を見ない、副作用で体を壊すこともあり、冷たい、

それに対して「伝統医学」や「代替医療」は自然にやさしく人間にやさしく、ホーリスティックで全体を見て、理論は確立していなくとも実績がある、温かい、

という印象がある。

これが、フランスでは根本的に違う。

もちろん、近代医学が解決できない難病などの前に、代替医療系の特効薬や奇跡の治療が紹介される時には、確かに医薬産業を脅かすということもあって、徹底的に叩かれることもあるのは、「先進国」では共通したことだ。

しかし、「効く」代替医療の特集などが雑誌類に載る時は、「伝統医学に対する補完医学」という書かれ方をすることがよくある。「古典(クラシック)医学に対する新医学、代替療法」という言い方もされる。

ここで「伝統医学」とか「古典医学」というのは、

もちろん日本でいう「西洋近代医学」を指しているのである。

当然ながら、ヨーロッパにおいての伝統医学とは、ヒポクラテス以来、進化してきた医学の全体を表わしているので、修道院での薬草栽培やルネサンス以来アラビア人やユダヤ人がもたらした医薬の伝統もすべて入っている。フランスには今でも在野の治癒師がいるし、火傷の急患がいると、救急医空の連絡を受けて痛みをとる念を送る役の人もいる。
フランスでは癌の診断が下されると一切の治療はキャッシュレスになるし、癌の「機械論的」治療と並行して、カウンセラーやホーリスティック医療のチームが病院に組み込まれていることも少なくない。

どこの国でも、人の病気をホーリスティックに直したいと思うのはベースにあるわけで、その中で、ある種の病気については、外科的とか化学的薬品的なピンポイント治療が有効だと分かって光のあたる場所に出てきただけだ。

だから、フランス語で「伝統医学」というのは、「西洋近代医学」だけではなく、「西洋近代医学」は氷山の一角に過ぎない。その水面下の部分に、鍼灸だとか、「気」だとか、アユルヴェーダなどの「他の国の伝統医学」だのホメオパシーやオステオパシ―などの近代代替医療も取り入れて、氷山の上の部分を補完しようとする。それらの医療が大学で研究されたり治療として保険適用されたりするのだ。

氷山の上の部分が万能だなどと言っていないし一番偉いとも言っていない。特化した部分であるだけだ。

フランスの医学部の博士論文の審査にはヒポクラテスの胸像が同席していて、合格した者は、その胸像に向かって宣誓するのだが、それはいわゆる「ヒポクラテスの誓い」の直訳ではなく、「貧しい人の治療を拒みません」とか「治療した以上の報酬は受け取りません」というようなものだ。

日本は近代と共に「西洋近代」を輸入してきたもので、そこに傾倒する部分と、「西洋近代」の弊害をあげつらって、伝統回帰が一番、のような反動の部分がある。
「西洋近代」医学に従事する者は、それが、西洋の伝統医学の一部分でしかないことを自覚せずに、「蒙昧な伝統医学」を切って捨てるような態度をとる者もいるし、それこそ機械論的な非人間的治療をする者もいる。

代替医療をめぐる言説というのは、だから、日本語の文脈で考える時と、フランス語の文脈で考える時とでは、微妙に違うのだ。
by mariastella | 2010-10-18 00:56 | フランス語
<< フェミニズムの効用 enantiodromie >>



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
以前の記事
2025年 11月
2025年 10月
2025年 09月
2025年 08月
2025年 07月
2025年 06月
2025年 05月
2025年 04月
2025年 03月
2025年 02月
2025年 01月
2024年 12月
2024年 11月
2024年 10月
2024年 09月
2024年 08月
2024年 07月
2024年 06月
2024年 05月
2024年 04月
2024年 03月
2024年 02月
2024年 01月
2023年 12月
2023年 11月
2023年 10月
2023年 09月
2023年 08月
2023年 07月
2023年 06月
2023年 05月
2023年 04月
2023年 03月
2023年 02月
2023年 01月
2022年 12月
2022年 11月
2022年 10月
2022年 09月
2022年 08月
2022年 07月
2022年 06月
2022年 05月
2022年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 12月
2021年 11月
2021年 10月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 06月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
2020年 11月
2020年 10月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 04月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
カテゴリ
検索
タグ
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧