演奏旅行からフランスに帰って、たまった雑誌類をまとめ読みしていたら、ドイツで「多文化主義が失敗した」と発表されたとあって、複雑な気分だった。
これは、一般化して言っているが明らかに「トルコ人が多すぎる」という意味なんだそうだ。
ドイツは公的場所でも宗教の自由が大きく、公立学校で女児の親がイスラム・スカーフの着用はもちろん、男女ミックスの体操や行事に参加させない、泊まりがけの旅行にも参加させない、などいろいろな問題があることは知っていた。
一応のライシテの建前のあるトルコ本国の方がスカーフ禁止などうるさいので、ドイツの方が住みやすいと言って移住する人もいるらしい。
フランスのように、公教育の場では宗教規定よりも共和国主義を優先するように義務づけている国では、それを全体主義的だとか、二世代後にはみんなフランス人になって元の文化が失われるとかいうような批判もされるのだが、ドイツはその逆だった。
まあ、ドイツはもとが領邦国家の集まりの連邦国で、宗教戦争の後は、各公国の首長の選んだ宗教(カトリックかプロテスタントか)によって住民全部が改宗を迫られるという時代もあった。
同じ頃のフランスでは、ナントの勅令以来の何世代かは、宗派の有無を問わず共通の「市民の義務」を果たすことで「市民の権利」が保障されるようになっていたから、ユニヴァーサリズムの模索の歴史はけっこうある。
ユニヴァーサリズムのもとでの多文化共生が最も難しいが最も理にかなっていると私は思う。
「文化」というものは、絶対不変の価値ではなく、時代と共に変わっていくものだし、人権意識のない時代の価値観を引きずっている部分もたくさんある。
「由緒正しい文化や伝統」などが、奴隷制だとか優生主義や人種差別や性差別の上に成り立っていることも多いし、弱者の犠牲を想定していることもある。
そういうものは、ユニヴァーサリズムとのすり合わせで、少しずつ、変化していった方がいいと思う。現に、今のような社会では、「他の文化」の情報が多すぎて、「昔ながら」を疑いなく受け入れる弱者はどんどん少なくなっているだろう。
そんな中で、女性司祭、ひいては女性司教の司教区に組み入れられることを断固拒否する英国国教会の一派が、最近、ローマ・カトリックへの改宗を明らかにした。彼らがローマに打診して、昨年の秋に教皇が改宗方法の条件を示したものに同意したのだ。
これを受けて、小教区ごと帰属を変えるところも出てきているらしい。
英国国教会ではすでに女性司祭は日常的な風景の一つになっているし、アメリカではもう20年来のことだ。
ローマ・カトリックにおける女性司祭や妻帯司祭の拒否というのは、これも「伝統墨守」の一種なのだろうか。
それとも、他宗派からの改宗を受け入れたり、一度切り離した改革拒否派を再び受け入れたりする動きも、彼らなりの「多文化主義」の一種なのだろうか。だとしたら、受け入れを決めた相手を、カトリックの本来の意味であるユニヴァーサリズムの光に照らして、共に「回心」を更新し続けていってほしいものだ。
コミュニティに他者を新たに受け入れることは、実はコミュニティ自体の回心であり刷新だというのを聞いたことがあるが、含蓄深い。
これは国家と移民の問題にも共通する問題だ。