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L'art de croire             竹下節子ブログ

2人の神父さんの思い出

『おバカさんの自叙伝半分』ネラン神父の自伝。講談社文庫。

10月下旬に歌舞伎町のスナック・エポペに行った時にマスターからいただいた。

アンサンブルの仲間を歌舞伎町に連れて行く約束をしていたのだが、知り合いがいないと2丁目には行きにくいし、はじめての場所も不安だ。

で、ネラン神父のエポペだったら、ネットで検索したらフランス人の神学生だかなんかもバイトしていそうだったし、国際色も豊かでいいかなあと思ったのだ。

向かいが2丁目っぽい店だった。

エポペでは、がちがちの陰謀論を熱心に語っている客がいた。

フランス人はいなかった。

90歳のネラン神父は、はさすがにもうめったに顔を出さないそうで残念だった。

ネラン神父に昔習ったことがあるんですよ、

とマスターにいうと、この本を見せてくれた。

この本の中で一番印象的だったのは、1950年 リヨンでの叙階式のショックについて書かれた部分だ。
 
「叙階は、長い年月の祈りや学問という準備期間の末にたどり着いた到達点」ではなく、「信者にとって神父になるということは大変なこと」である。

「夜突然闖入する泥棒のようにキリストが来て、私の蓄えてきた知識や経験などを全て一瞬にして奪い去られた、という感じだった。そして、キリストはその抜け殻になった私を、静かに自分の力で満たしていったのだ。」

そしてネラン神父は叙階の後一週間も眠れなかった。

ずっと後で知り合ったなかよしの日本人神父さんの回顧譚には、その逆で、叙階の前に毎夜毎夜、極彩色の悪夢を見続けた、というエピソードがあった。

このような話をくと、彼らの選択は、ある教えや共同体への共感などではなくて、ただ、一人の「生けるキリスト」に突き動かされたものなのだなあ、と思う。

婚約したり結婚したり子供を持った時に、これほど強烈な何かに促された、という人は少ないのではないだろうか。

ネラン神父は私が駒場のフランス科で受けていたフランス人によるフランス語での講義の必修二つのうちの一つを受け持っていた。

最初のレポートはサルトルの『蠅』についてで、「主人公はなぜ・・・したのか?」というような問に答えるものだった。

ドイツ語からの転向でフランス語は苦手だった私は、講義のフランス語ですらほとんど聞き取れなかった。サルトルの作品は幸い翻訳がある。それを読んで、まず、日本語でいろいろ考えた。自分でもなかなかいいと思う答えを思いついて、それをフランス語に訳していった。 その頃は、フランス語のエレガンスというものを知らなかったので、関係代名詞がいっぱいの複文だったと思う。

返ってきたレポートには至るところに「???」のマークがついていた。

全然通じていなかったのだ。

今から思うと、その時の私のフランス語の思考過程が想像できる。今は、時々、日本人の書いたフランス語を見て、フランス語としてはまさに「???」なのだが、元の日本語が何であったのかが悲しいほどよく想像できる場合があるからだ。

次のレポートで単位がとれるかどうかが決まる。

私は、どんなにしゃれたことを考えても、自分にはそれをフランス語で表現できないことがもう分かっていた。

で、最後のレポートのテーマが何だったのかは全く思い出せないのだが、

私はそのテーマのレポートで、

小論文をひねり出すことを放棄して、

ト書きつきのシナリオ、というかスケッチを提出することにしたのだ。

つまりほとんど会話文である。

それは政治参加について話しながら東大のキャンパスを歩いている2人の学生の会話である。2人は地震研究所に属している。

そこに、一人の学生が時計台の煙突から投身自殺したという騒ぎが起こる。

学生の一人は、時計台の中に据えられている地震計がその落下によってどう動いたか、何が記録されたかを見るために走る。

もう一人は、倒れた学生のもとに駆け寄るのである。

学問の進歩のために反応するか、死にかけている同胞に反応するか、という話だ。

その前に2人が話していた天下国家についての高邁な理念との対比が現れる。

話し言葉だから、センテンスは短い。

レポートが返って来た。

称賛の言葉と共に「優」をもらえた。

私とネラン神父の接点はこれだけだ。

その後卒論を書いた時に、この時の経験を生かして、複文を使わずにできるだけ単純な構文だけを使うことにした。

考え抜いたことを単純な形式に乗せればいいのだ。

東大の先生は学生の卒論のフランス語を事前にいっさい添削しない、というのが規則だった。

だから私は、卒論を書く半年間、アテネ・フランセのアヌーイ神父による井上靖の短編の仏作という講義に通うことにした。フランス人の知り合いも、頼りにできる先輩もいないので、アヌーイ神父に添削してもらおうという下ごころがあったからだ。毎週、最前列に座って、印象付けた。

締め切りぎりぎりで仕上げて、自分で単純ミスのチェックすらせず、ある日、講義の後で「これ、見てください」と頼んだ。

よほどせっぱつまって見えたらしく、サンタクロースのようなアヌーイ神父は、にっこり笑って、

「だいじょうぶ、だいじょうぶ、、ぼくがいるから、もう、だいじょうぶ。」

と言ってくれた。

そしてきっちり一週間後に、タイピング・ミスまで丁寧に赤で直してくれた原稿を返してくれて、

「すばらしくおもしろい、でも、これが理解できる先生がいるか、それが心配です」

と言ってくれた。

その論文には聖書の文句もたくさん引用してあった。

そんなものを神父さんに見せたのは今思うと冒険だったけれど、アヌーイ神父さんは何の抵抗も見せなかった。

フランスに住む前に私が直接関わったことのあるカトリック関係の人はアヌーイ神父とネラン神父の2人だけだ。

キリスト教関係では、荒井献先生に古典ギリシャ語を習ってお宅にまでおじゃましたことがあるし新約聖書のギリシャ語ゼミにも出たことがあるが、厳しく近寄りがたい感じがした。

フランス人神父の方が、フランス語の不自由な私には敷居が高くてもよかったのに、アヌーイ神父はサンタクロースみたいで甘えやすかったのだ。

ネラン神父は言っていること(フランス語)が何しろ分からなかったので近寄れなかった。自伝を読むと日本語ぺらぺらだったのに。

言葉はやはり世界への窓だ。

白水社『ふらんす』に今連載中のジャンヌ・ダルクがもうすぐ終了する。来年度は読者参加型の仏作文について書いていくことになった。

フランス語が不自由なのにごまかしてレポートや卒論まで書いてしまった経歴のある私だから、ちょっと違う「???」のフランス語を書く人たちの目線がよく分かると思う。

窓を開くお手伝いができてネラン神父やアヌーイ神父へのわずかながらの恩返しになればいいのだけれど。
by mariastella | 2010-12-26 03:50 | フランス語
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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