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L'art de croire             竹下節子ブログ

ユニヴァーサリスム

前に、世界人権宣言デーの記事で、Stéphane Hessel
のことを書いたこと
がある。


この人の書いた薄い小冊子で『Indignez-vous!(義憤の勧め)』というのがあって、百万部にも達して、去年のクリスマスシーズンに爆発的に売れたそうだ。

フランス人のクリスマス・プレゼントの定番は昔も今も本、香水、チョコレートであって、私もクリスマスごとに毎年いろんな人から本をプレゼントされているし、している。美術書やハードカバーのBD(コミック)というヴァリエーションもある。

この本についてや著者について、猫屋さんのブログ(2011/1/20の記事)でも少し読めるし肉声も聞ける。
 

この本がすごい売れゆきだったことは、本がクリスマス・プレゼントになるということも含めてすごくフランス的なのだが、そのせいで93歳のエッセルは突然時の人になった。

最近、サルコジ政権が改悪しようとしている年金システムや社会保障制度のすべては対独レジスタンスの中枢が編み出してきたものだということを、もはや数少ない当事者であるエッセルが強調するのは今や新鮮だ。

私の気にいったエピソードは、人権宣言にかぶせる形容詞について、

アングロ・サクソン国(英米だろう)は、internationaux を提案したのに、フランスのRené Cassin が 
universels に固執したというところである。

その形容詞は直接的には「宣言」にかかっているが、René Cassinがこだわったのは droits universels の意味である。

つまり「国際」法ではなくて「普遍」法という意味だ。この宣言での「droits」は権利であって法ではないし、宣言であって法的な拘束力もないのだが、国際間の関係に関する合意ではなくて国籍などを超えた普遍的なものを目指しているという方向性は、それによって明確になった。

日本語では「人権に関する世界宣言」のような訳なので、なんだかワールドだとかグローバルとかを連想してしまい、アングロ・サクソンの世界観とフランスの普遍主義が拮抗する感じが伝わらない。

インタナショナルでは個々の国の存在が前提になる。

この人権宣言が出た時に「連合国」の念頭にあったのは、過去の主権国ドイツの首長であったヒトラーがホロコーストを国の政策として掲げたことに関して、「他国の主権を侵害する」とか「他国の内政に干渉する」ことの是非を超えて人類に対する罪をもっと早く弾劾すべきであったという反省だった。

これはフランスのような国では、国内の共同体に関して、それが家庭であれ、伝統的な共同体であれ、その中で基本的人権を侵されている人がいれば国家が直接干渉するという基本方針に反映している。

共同体の秩序だの伝統よりも、個人の人権の方が重い。

たいていの秩序だの伝統だのは構造的弱者の犠牲の上に成っていることが多いから、これは革命的だ。

この勇気ある理念の当然の帰結として、言い出しっぺのフランスの植民地が次々と独立したりなどということにもつながったわけである。

しかし、イラク戦争など、主権国内での独裁者による人権蹂躙に対して、どの国が、あるいは国連軍が、どの程度、どのタイミングで干渉するかという判断については、政治的、経済的な利害やそれこそインタナショナルな力関係がからんで複雑極まりないものになるのも事実だ。

それでも、ユニヴァーサルを常に視野に入れていないと、インタナショナルはエゴのぶつかり合いや競争原理にのみ傾いてしまう。

義憤という人間的な正論をクリスマス・プレゼントに乗せて広くばらまくフランスにはまだまだ希望がある、と思いたい。

(エッセルが93歳の今まで、戦中も戦後も実に精力的に素晴らしい活動をしてきたことには感嘆させられるが、実は、今回の人気で彼のプライバシーも目に入り、妻の死後に72歳で30年来の愛人と再婚したなどという経歴を知り、私の中での彼の「カッコよさ」は半減した。尊敬するバダンテール夫妻にもそういう理不尽な幻滅を感じたこともある。私のような人がいるから、天下国家について立派な理想や正論を吐く人たちは、私生活もある程度マネージメントする必要があるのではなかろうか。そういう意味では独身で使命を貫くタイプの聖職者にはやはり心理的に付加価値がつくかもしれない。)
by mariastella | 2011-01-24 08:02 | フランス
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