トルコについて
チュニジアやエジプトが大激動のこの時期にどうしてトルコかというと、世界についてのオプティミズムを維持したいからだ。
トルコは国民の大部分がムスリムであるにかかわらず、世界でただ一つと言うくらい忠実な「フランス風ライシテ」を採用している国である。
もちろん、フランスがライシテに至ったのとは歴史的経緯が全く違うので、どこか変なところはいろいろあるし、EUへの加入問題も含めて、微妙な問題もたくさんある。
でも、2009年の1月のダボス会議(世界経済フォーラム)で、イスラエルのペレス大統領がガザへの攻撃を正当化しようとして延々と自分たちがいかにハマスに苦しめられているかと述べた時に、怒りをあらわにしたトルコのエルアドン首相が席を発って退場したシーンは、ネット上で何度見ても、感動を覚える。
あの時、西洋諸国はもちろん、アラブ連合の代表も、席に着いたままだった。
イスラエルと国交を持つ数少ないイスラム国であるトルコのあの時の態度は印象的で、アナトリア通信によると、あの後でペレスは電話でエルアドンと会談して謝罪したそうだ。
で、今回、チュニジアやエジプトで、アラブ国では初ともいえるタイプの抗議運動(そこでは「反米、反イスラエル」の言葉がなく、民主主義や人権や平等など欧米由来の理念が普遍的なものとして掲げられていた)が進行していた最中の今年の1月27日、トルコ国内のシナゴーグでアウシュヴィッツ解放記念の式典が行われた時に、トルコの首脳が初めて公式に参列した。
何か、トルコのこういうタイミングの読み方というか、宗教やイデオロギーと人権理念をきっちり分けて見せるやり方は、貴重だと思う。
エジプトやチュニジアの革命がイランのようなイスラム革命にならないかとびくびくしている国際社会に対して、イスラムがマジョリティである国であることとライシテや人権理念を掲げることが矛盾しない、普遍主義とはそういうものであるということをアピールする意味は大きい。
もちろんトルコが過去に行ったアルメニア人のホロコーストを頑として認めないこと、それをヨーロッパ勢から追及される時の切り札としてナチスのホロコーストの犠牲者であったユダヤ人に接近するというトルコの戦略も確かに存在する。
そのようないろいろな思惑が交錯していることを差し引いても、アラブ人でないイスラム国トルコの存在感は無視できない。アラブ系でないイスラム国のインドネシアの歴史も別の可能性を示唆するが、今回の出来事に対して地政学的にはインパクトが少ない。
トルコがライシテを掲げてくれていてよかった、と心から思う。
次回はイランについて。