国立文書館の二つの展示会
今パリにいる人に見学お勧めのミュージアムは国立文書館。
http://www.exponaute.com/lieux/63-archives-nationales/expositions/ 僅か6ユーロで、歴史建造物や内装を見学することができて、8 世紀のシャルルマーニュの免状やらナントの勅令やナポレオンの遺書のオリジナルなども見られる上に、今は、対照的な二つのテーマの展示会がある。 一つは14 世紀初めのテンプル会殲滅作戦展示で、 もう一つは17、18 世紀の絶対王朝華やかりし頃のmenus plaisirs du Roi の資料だ。 後者の期間は、フランス・バロック音楽の全盛期と完全にかぶる。 このmenus plaisirs du Roiの日本語の定訳というのを知らないのだが、国王付きの行事を取り仕切る特別部署で、冠婚葬祭、オペラから花火まで受け持った。 Jean Berain の大道具のデッサンなどを見ていると、ミラノでのダヴィンチを思い出す。 あらためて、ルイ14 世の壮大な「演出」趣味に感動する。 このような、大がかりでぜいたくで、技術と芸術とを駆使して、誇大(古代でもある)趣味のうちに、自然や超自然や神秘を再現しようという意図を遂行され得たのにはそれなりの条件があった。 中央集権、絶対権力の王、そしてその王が芸術好き、祭り好きで、長生き、しかも、10数年におよぶ戦争のない期間の存在、などだ。 同じ時代の日本も戦争がない平和な期間だったし、歌舞伎などが盛んになったけれど、支配者の表向きの理念は儒教的、あるいは武士道的な質実剛健だったので、芸能はいわゆる「悪場所」での出来事で、公の豊や力の誇示とは別の世界だった。 戸外での祭は収穫祭などの神事の枠内で盛んだったかもしれないが、時間と場所が管理されていたわけだし、花魁道中だの商家の贅沢だのも、時間と場所が極めて限られていたわけだろうから、中央集権的な圧倒的な贅沢の誇示とは比べ物にならない。 ルイ14世のヴェルサイユ宮での饗宴は、日本ならむしろ安土桃山末期の豊臣秀吉の聚楽第のエピソードなどを連想させるが、秀吉の政権は安定からほど遠く、聚楽第も跡形がない。後も続かなかった。 まあ、フランスではこれだけの壮大な祭りが繰り広げられたのだから、それがやがてはフランス革命にもつながっていくわけだけれど、絶対王権の文化遺産というのは、ある程度残されてきたので、私たちは今でもまだそれを享受できるというわけだ。 この展示会を見たら、総合アートにこれほどの金と時間をかけてくれたルイ王朝に感謝したくなるし、展示会に置かれたノートにも、「フランス万歳 ! ただしサルコジは抜きで」などという書き込みがいくつもあった。 さて、そんな「フランス万歳!」な展示と同時に、1307年のテンプル会一斉検挙にまつわる文書展示があるのだ。 テンプル会殲滅の徹底ぶりを見ると、なるほど、こうやってフランス王は最大のアート・メセナになり得るだけの富を築いてきたのだなあ、ローマ教会やキリスト教の神に遠慮せず自らをジュピターや太陽神になぞらえて天地を再現するオペラを上演する土台ができたのだなあ、と思わせられる。 しかしこれほどなりふり構わぬ一方的なでっちあげ異端審問の嵐を前に、初めは消極的だった神学者たちはもちろん、翌年(1308/5/5-15)には、トゥールで、司教たちや都市参事会や貴族たちが王に招集され、テンプル会撃滅挙国一致体制を可決してしまったたその文書も展示されている)。 挙国一致が全体主義的にまとまっていく様子は、正直言って怖い。 もっと複雑な気がしたのは、この展示会でマルグリット・ポレートの異端判決資料を目にしたことだ。 ベギン会の女性カリスマだったこの人のことは、『ジャンヌ・ダルク-超異端の聖女』(講談社現代新書)の第一章でジャンヌ・ダルクの先駆者として書いたことがある。 ジャンヌ・ダルクのルーアンでの火刑が1431年の5 月31日。マルグリット・ポレートのパリでの火刑は1310年6月1日だ。 異端判決が出たのはその前日の5 月31日。 この日付の意味は大きい。 なぜなら、1307年10月13日に一斉検挙されたテンプル会士のうち54人が 1310年5月12日にはじめて処刑されたからだ。 教皇と王の間の緊張は高まっていた。 ことは複雑なのだが、あえて単純化して言うと、テンプル会から没収した厖大な財産をフランス王が独占すると理解した教皇が異を唱え始めたわけで、その教皇の注意をそらすためにマルグリット・ポレートの火刑が演出されたらしい。 もともと異端審問にはこれといった特別予算がなく、異端宣告を受けた者から没収した財産が資金になっている。言い換えれば、没収すべき財産のない者を異端認定したら赤字になるわけである。 だから、16世紀以降の魔女狩りなどとは違って、個人の、しかも、財産のない女性がわざわざ糾弾されて火刑にされることは異例だった。 つまり、女性が単独で火刑にされるのは、他に別の政治的意図がある場合だということだ。 マルグリット・ポレートもしかり、ジャンヌ・ダルクもしかりである。 ジャンヌ・ダルクの異端審問費用を出したのはイギリス軍だった。 マルグリット・ポレートのそれはフランス王による一連のテンプル会糾弾予算に組み込まれていたのかもしれない。 権力や富の飽くなき追求がなされる時、社会的弱者である女性にスポットライトが当たってスケープ・ゴートにされる。 やりきれないが、唯一救われるのは、これらの犠牲に供された女たちのカリスマというのは、時を超えて生き続けたり蘇ったりするということだ。 彼女らはイコンになる。 その一方で、財力と特権を享受していた男たちのテンプル会士の悲劇の中から生まれ生き延びた神話は、その隠れた財宝だったり、ジャック・ド・モレイの呪いだったりした。 それを思うと感慨深い。
by mariastella
| 2011-04-03 06:09
| フランス
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