大巡礼地ルルドでは、いろいろな巡礼団が、聖域の中のいろいろな場所でミサに参加する。
小さなチャペルもあちこちにあるが、大きなバジリカ聖堂だけでも三つあることから、わずか150年ほどの歴史しかないルルドが人々に与えた影響力の大きさがうかがえる。
http://www.lourdes-france.org/include/plan_fr.php
最も早くできたのは、聖母御出現のマサビエル洞窟を覆うように建てられた上部聖堂「無原罪の宿り」(聖母の異称であり、ベルナデットに名を聞かれた聖母が自分で名乗ったとされる言葉でもある)だ。
湿った岩肌の洞窟の中には聖母像が置かれ、足元にはルルドの泉の源泉(?)も目にすることができるので、この聖堂はルルドの心臓部、いや、子宮のような洞窟を抱える聖母の体のような位置づけだ。
1871年の聖母被昇天祭に祝別された。この時期が、普仏戦争の敗北と重なっているせいか、フランスのナショナリズムと傷病兵の治癒祈願もあって、ルルドはすごい勢いで発展したのだろう。
さらに、ディズニーランドのシンデレラ城のように華麗な「ロザリオのノートル・ダム」聖堂が続けて建てられた。
ロマン・ビザンティン様式でモザイクをふんだんに使ったギリシャ十字型のバジリカで、1500 人を収容できる。聖別されたのは1901年だ。シーズン中に毎夜行われるろうそく行列の光がこのバジリカの両脇のスロープをゆっくり動くさまは幻想的で美しい。
それでもまだ足りないというので、御出現100周年の1958年、受胎告知の祝日に、先の二つのバジリカから広場を隔てた反対側に、今度は目立たないように地下大聖堂が造られた。大戦中ドイツ軍の占領地域ではなかったルルドは、二度の大戦に疲弊したヨーロッパ中のカトリック信者を慰めるシンボルの場所となっていた。
これが、25000人を収容できる聖ピウス10世大聖堂である。
聖域の中には、この他に、ルルドの水を自由に飲んだり汲んだりできる蛇口のスポットや、有名な水浴場、山麓を回る十字架の道などの巡礼コースがある。
けれども、2002年の4月12日に奇跡が起こったのは、それら三つのバジリカ聖堂の中ではなかった。
洞窟の前でも、水浴場でも、水飲み場でもなかった。(続く)