ルルド効果なのか、このところ突然アクセスが増えているので、15 日のコンサートのお知らせをもう一度コピーしておきます。
東日本大震災チャリティコンサート
コンサート日時 4月15日(金)20h30開演
サンジェルマン・デ・プレ教会
(Eglise de St-Germain-des Pres 75006)
プログラム:
Barber Adagio pour cordes 弦楽のためのアダージオ
Mozart Symphony No.29, en la majeur K.201
Mozart Symphony No.40, en sol mineur K.550
指揮、音楽監督 佐藤俊太郎
チケットは20ユーロで、自由席です。
これについての佐藤さんのインタビューがここで読めます。
http://www.newsdigest.fr/newsfr/content/view/4593/83/
ここにあるように、佐藤さんは、日本の音大のxx先生門下などという家元メンタリティとはかけ離れたユニークな存在です。
今回の3曲は最初が犠牲者の鎮魂のため、次が、明るさを強調、最後が若い時の佐藤さんを救い、これを指揮するために指揮者になったというモーツァルトの40番です。
この第一楽章のメインテーマは、多分世界でも最もポピュラーなクラシックのメロディかもしれません。
今ではネット上で、いろいろな指揮者の演奏が聴き比べできます。
ある意味、その指揮者の人生観、あるいは、人生そのものがどんなものだったかが見えてくるような曲です。
というのは、交響曲の第一楽章のメインテーマというには珍しく、息の短い動きだからです。
「疾走する悲しみ」だったか、小林秀雄による有名な形容(正確には弦楽五重奏の方ですが)もありますが、私にはそうは思えません。
喘ぐような、とか、メランコリックなとかとも違います。
この最初のラソソ、ラソソ、ラソソミーという部分、
私にはバロック・ダンスのジュテのパが思い浮かびます。
ジュテ、ジュテ、コントルタン
です。
このテーマが二度目に裏側からこっそり出てくる時はもうその明らかな感じはなくなるのですが。
非常にマニエリスム的で職人的な技の積み重ねですが、それが暴走していくのがスリリングです。
第三楽章のメヌエットは、この文脈ではダンス曲の原形から離れて、やはりマニエリスム的な独立した器楽曲だと思われていますが、
この変則的なメヌエットも、コントルタンをふんだんに使って、変則的で複雑な交差図形を床に描けそうな、脳内ダンスの楽しみがあります。
この交響曲はダンスを内包していて身体感覚を揺さぶってくれるからこそ、再生の力を持っているのではないでしょうか。